本部

【ドミネーター】生きる意味

玲瓏

形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
14人 / 0~15人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/01/23 20:22

掲示板

オープニング


 何も難しい話じゃあない。簡単だ、エージェント諸君。
 目の前にいる一人を殺して大勢を救うか、大勢を犠牲にして目の前の人間を助けるかという端的な話。しかも目の前の人間とは、犯罪者だ。どうして答えの分かりきったゲームをするかといえば、それは愚問だな。
 ――最初からこうするつもりだったよ。
 ナタリアを内部から殺すには人手が必要だ。それは権利、権限に満ち溢れた一般市民である必要がある。僕はテスの作戦に大賛成したね、ああなるほど……それは流石だと。市長という肩書を上手に使う戦略には僕も脱帽した。
 だけど、僕は度重なる戦いで君らがどれだけタフなのかを知っている。巧妙な人海戦術も見破ってくるだろうという最悪なケースは想定できていた。
 僕はテスに助言をした。
「実際にHOPE日本支部まで大勢で出歩けば、効果は更に高まる」
 人民を沢山連れて、日本支部に! そこには沢山の人間がいる。一般市民がいた。彼らを人質に取ると思いつかない訳がない! でもどうやら、君らも念には念を入れているみたいだね。
 ちなみに、爆弾が埋め込まれているのは飛行機じゃない。テスの体内だ。テスは義体された腕、足を持ってして飛行機の探知検査には逃れられなかっただろう。月並みなゲートを潜れば必ず防犯装置が働いたに違いない。
 そこでHOPE職員の出番だ。その職員は僕らの仲間じゃないが、義体の説明をしてくれれば何も問題はない。体内に入り込んだミクロの爆弾には決して触れない、知らないのだから仕方ないね。
 選ぶ時が来たよエージェント、君たちが本当に救いたいのはなんだ?
「罪のない人間を大勢で避難した愚民達か? それとも罪のない大勢の人々を見殺しにした罪人か。好きな方を選ぶといい」

 フランメスは口角を吊り上げた。
 その様子は飛行機のモニターだけではなく、音声としてインターネット上に公開されていた。
 一般市民達はこう思うだろう。馬鹿げた問いかけだ、フランメスという男はただの愉快犯だと。エージェントは飛行機を救うに決まっている、もし選択を誤るならば、そのエージェントは裏切り者でドミネーター、もしくはHOPE自体が間違いを犯している。
 タイムリミットはない。あるとすれば、フランメスの興が覚めた時だろう。
 フランメスは目を見開いた。
 銃をナタリアに突きつけた。片手は端末機を手にしていた。
「相変わらず、醜い手筈を用意してくるのね」
 見れば、ジェシー・リンが座席に座って景色を眺めていた。彼女はドミネーターと契約を結んでいる愚神だ。
「来いとは一言も言ってないがね」
「ジェシーはパーティに呼ばれなかったら自ら参戦しちゃうのよ。それに、私のお気に入りの子もいるしね」
「そのお気に入りの子の寿命は今日かもしれないよ」
 目の前で、ナタリアを守ろうとする少女。フランメスは少女に一瞥をくれた。
「もしその子を殺したら、ジェシーはあんたとの契約を破棄するわ。約束と違うもの」
「その時は君を殺す」
「へえ」
 ジェシーは視線をフランメスの背中へと寄越し、舌で唇を舐めた。人間風情が、よく言えたものだわ。
 床にはもうひとり、人形のようにキレイな少女がうつ伏せで倒れていた。ジェシーは目を輝かせて少女の隣に正座した。
「フランメス、この子も殺しちゃだめよ。ジェシーのお気に入りコレクションに追加だわ」
「どうぞ、ご勝手に」
 さて、フランメスは前座の二文字を口にするとナタリアと、それを守る少女に顔を向けた。
「時間はタップリ与えているはずだ。もう答えを出してもいい頃なんじゃないか」
 ナタリアは隅に蹲って「死にたくない」と何度も口にしていた。
 祈りの言葉は電車の音にかき消されず、絶対的な感情を生んでいた。
「前はあれだけ僕に殺してくれ、と言っていたじゃないか。今更、死にたくないとはね」
「黙れ!」
 強く怯えていたナタリアが、顔を上げて叫んだ。
「わ、わたしは……! ま……前と、ちがって! 大事な人達が出来た、できたんだ。そ、その人を別れたくないんだよ。ずっと一緒に、いたいんだよッ! だから死にたくないんだよ、くそッ!」
「君は昔からお涙頂戴の童話が好きだったからねえ。なるほど、そういう感情か。なら尚更、君の死が楽しみだね。それとも友人達を殺した方がいいかな。君に絶望を与えてから殺すというのも、悪くはない」
 言葉が消えて、沈黙が流れた。列車は既に目的地を通過している。運転手は震えながら、決して後ろを振り返らない。ただ前だけを見て、殺されないためにブレーキを踏まなかった。フランメスからお告げがあったのではない。ただ、電車が止まるのは自分の人生の終着点だと思えたからだ。
 混乱している。混乱した風が吹いている。

解説

●目的
 ナタリアの護衛。
 サンクトペテルブルク支部に向かうのは諦め、別の場所でナタリアを守らなければならないが、日本支部は先ほどの混乱の後片付けをしなければならず、坂山は新聞記者達の対応に追われている。
 どこにナタリアを避難させるかはエージェント達に一任された。どこに避難させても問題はなく、そこでの滞在期間は一週間とする。
 一週間立てば別の支部への移送を再び行う。

●ジェシー・リン
 愚神。
 彼女の能力は他の愚神からのコピー能力で、現在はトラップを使った攻撃を主流としている。電車にはトラップを仕掛けていない。
 トラップはないが、両手に持ったレイピアによる素早い攻撃、防御で身を守ることも可能。

●状況
 列車は四両あり、先頭車両にはアリス、氷鏡、フランメス、ジェシー、ナタリアが乗車している。
 更にフランメスは救援を用意しており、ヘリコプターを使った機関銃、破裂弾での攻防、新たな敵「ドクター・リン」との交戦が廃線路で繰り広げられる。

●ドクター・リン
 白衣を着た四十代の男で、フランメス、ナタリアと暮らしていたバグダン・ハウスの生存者の一人。彼はバグダン・ハウスでの事件当時、別の街に引っ越していたために難を逃れた。
 錯覚、薬品を使った攻撃を得意とする。脳外科医の彼は細い針を使って攻撃し、相手の体を麻痺させてから一方的に攻撃する。所持している武器は他にリボルバーがあり、フランメス同様銃弾に薬品を仕込み、状態異常を狙う。
 彼はバグダン・ハウスで起きた事件で婚約者を失っている。
「逢いたかったよ、ジュエラ」
 その時に起きた精神疾患で、婚約者と近い年齢の女性を見れば、その女性が婚約者であったかのように錯覚し、攻撃の意志を無くす。

●増援
 十人体制で行ってきた作戦だが、五人の増援を増やし十五人で遂行していく。坂山は五名のエージェントに作戦の全てを教え、列車へと臨場させる。

リプレイ

 動き始めた列車は止まらない。人間の恐怖を原動力にして。
 醜い程に快晴。今日のロシアは晴れていた。小鳥達は詩に興じ、子供達は太陽に向かって走り、風は愉しげな声を乗せて海を渡っていただろう。
「どうする?」
 氷鏡 六花(aa4969)は唇を噛み締めていた。フランメスだけならまだしも、ジェシー・リンが来たからには強引な戦法は取れない。それに、助けなくてはならないのはナタリアだけではなく、意識を失ったアリスも救わないと。
 思考は止まる気配を見せず回路を走り回っていた。どうすればいい? どうすれば最良の結果が導き出せる。飛行機にのる人々も救い、ナタリアも救い、アリスも救う。幸運にも飛行機には赤城 龍哉(aa0090)が搭乗していた。
「答えて欲しいな。僕も器はそこまで大きくなくてね。このままずっと動かないつもりなら、回答権は僕に委ねられる」
「待ってよ……!」
 幼い少女には、難しい問題だった。ただの思考実験ではないのだ。選べば、誰かの命が必ず奪われる。現実に。
 トロッコを使った知名度の高い倫理問題がある。前に向かって突き進むトロッコは誰にも止められず、その先には五人の命がある。その事を読者は知っている。読者はトロッコの進行経路を変更することができるが、その先には一人の人間がいる。
 一人の人間を救って五人を殺すか、一人を殺して五人を救うか。フランメスは倫理問題を、最悪な形で構築したのだ。
 トロッコは、どうやって止める?


 切り離された車両は点のように小さくなっていた。迫間 央(aa1445)は満足に傷の治療を終えていないながらも立ち上がり、肩で呼吸しながら状況を整理していた。
 ――まさかあんな形で不覚を取るとはね……。
 フランメスが強襲してくる予想は出来ていた。装甲車や船上での強襲がなければ、最後に来るのは列車だ。風代 美津香(aa5145)と交代で休眠をとっていたから、油断の隙は無かった。
 マイヤ サーア(aa1445hero001)は声で迫間の心を撫でた。
「……何を言っても言い訳にしかならんな、挽回させて貰うしかない。まずは列車を止め、線路に降りて追尾の手段を探るぞ」
 先頭車両にはアリスと氷鏡、ナタリアが取り残されている。更に言えば、恐怖心に苛まれているだろう運転手だっているのだ。誰一人として死なせはしない。
「では、ブレーキは僕に任せてください」
 九字原 昂(aa0919)が名乗りをあげた。迫間は頷き周囲を注意深く観察した。何か使えるものはないか。一ミリでも奴を遠ざけないための方法が。
 反対側の操縦室の扉には鍵がかかっていて、止む無く飛鷹が扉を破壊した。広さに欠ける室内を見渡してどれがブレーキなのかを探るが、瞬時に判断するには雑多なスイッチ。
「確か、小説にはハンドルで止めるって書いてあったはず。どこにあるんだ?」
 ――いつの時代の小説だ。そんな止め方はしない、左に横向きのレバーがあるだろ、それを手前に引け。
 操縦席の左にはベルフ(aa0919hero001)の言うようにレバーが設置されていた。九字原は両手で掴み思い切り引いた。
 激しく空気が入り乱れる音がタイヤ側から響き渡り、電車の動きは小さくなり始めた。
 電車が完全に止まったのを確認し、迫間は線路上に飛び降りた。廃線になっているから、他の列車が来る心配はない。
「どうやって追おうか? さすがにあたい達でも電車のスピードには追いつけないし」
 両手を望遠鏡のようにして遠くを見る雪室 チルル(aa5177)の問いに答えようとした矢先、迫間の通信機が音を立てた。受信先を見れば、それは坂山からのコールだった。
「皆、無事よね。テスの方は上手く捕らえて、今は飛行機で輸送中よ。ただ問題が発生して……どうやらテスの体内には爆弾が仕掛けられているみたいなのよ」
「敵のハッタリだろう。いくら体内に仕掛けられているとはいえ、空港の探知ゲートから逃れることはできない」
「それを掻い潜ったの」
「どうやって? 空港にもドミネーターの手が回っているのか」
「違うわ。テスは既に体内を改造されていて、様々な物質がセンサーに反応するようになっていたの。上手くカモフラージュしていたのよ」
 空港の科学技術が一歩追いつかなかったのだろう。
「坂山、こっちも問題が発生している。救援を求めたい」
「状況は知ってるわ。運転手の人が秘密裏にこっちに連絡を回してくれたの。今ヘリコプターがそっちに向かってる、暫く待っていて。十五分もあれば到着するはずよ」
 十五分。一秒を生きる世界において、九〇〇秒というのはやけに恐ろしく、大きい数字に思えた。


 雲を泳ぐ飛行機の中は騒然としていた。
「誰か助けて、こんな所で死ぬなんて嫌!」
「こんな、嘘だろ!」
「落ち着いてください、シートベルトを外さずに席に着いてください。立ち上がると危険です」
「馬鹿言ってんじゃねえぞ! テロリストが乗ってる飛行機で、しかも爆発しそうだと! 落ち着けるわけねえだろ!」
 何人かは頭を抱え、また何人かは震えていた。子供の泣く声まで聞こえてきて、機内からは静けさが殺された。人々の怒号は飛び交うが、どの声も震えていた。伸び切らない声だ。
 大きなストレスで喘息を患う人が、薬を求めてバッグを探る。乗り物酔いの青年は嘔吐する。ヒステリックを起こした男性や女性が立ち上がり、CAにあらゆる要求を押し付ける。
「静かに!」
 その声は狙撃銃のように正確に直線を描き、不安定な声を出し抜いた。騒然さは消え失せ、全ての人がスナイパーに目を向けた。
「HOPEのエージェントだ。今から危険因子を排除する」
 エージェントだ、何処からか市民の声が聞こえた。見れば体格の良い青年と美女が立ち上がっているではないか。
「皆さんはシートベルトをきちんと締め、しばらく頭を低くしておいて下さいな」
 赤城は同行していた晴海に市民たちの対応を任せてヴァルトラウテ(aa0090hero001)と共鳴すると、テスの下へと急いだ。
 HOPE職員に挟まれて中央に座っていたテスは不自然にも口角が吊り上げながら目を伏せていた。通路側に座っていた職員は立ち上がり、赤城と目を合わせると頷いた。
「機内での外部通信は禁止だぜ。人生経験が抱負なあんたならそれくらい知ってても当然だよな」
「政策の参考にするためにアメリカやフランスを訪れる時や、インドに渡る時に何度も利用したことがある。君の想像は正解だな」
「お前、熱心に参考にしてる割には下らねえことして捕まってんのかよ」
「理由は誰にも理解されまい。それよりいいのかね、このまま私を放っておけば幾つもの犠牲をはらむことになる」
 テスの想像はフランメスよりもやや人間味があった。彼はエージェントがナタリアを選ぶと確かな回答を持っているのだ。この状況で一人を犠牲にして大勢を救うのがエージェントではない。どちらも救うのがエージェントだと。
 両方を救うのは決して簡単ではない。動き始めたトロッコは読者の力ではどうも、止められない。
「どうやってフランメスの策略を止めるつもりだ。案がないなら君の負けになる、いや君たちの負けか」
 案は、ある。ナタリアを救い、たとえテスが爆発しても飛行機は幾千もの命を乗せたまま目的地に辿りつく方法がある。
 だが――大きなリスクを伴った。もしも失敗すれば一人の命が消える可能性だって捨てきれないのだ。
「来いよ、こっちだ」
 両腕を後ろで縛られていたテスは漸くと重い腰を持ち上げると、腕を赤城に掴まれて移動した。赤城は近くにいた乗務員に耳打ちする。機内に届くエンジン音でテスには届いていないが、不自然なる微笑が止まった。
 乗務員はハッチの近くにいた乗客達を空席へと移動させた。移動量は最小限であり、準備が終えると赤城に合図を送った。
「小僧まさか――」
「ああ、おおよそその通りだぜ」
 不必要な言葉を口にする前に、赤城はテスをハッチへと押し付けた。右腕を胸に押し当て、体重をかける。決して逃がさない。
「ハッチが開けば落ちるのは私だけじゃない。貴様も押し出されることになる。いくらリンカーだろうが」
「分かっててやってんだ。口出すんじゃねえよ」
「機内の外へ放り出せば確かに、二つの選択肢にある命を救えるだろう。だが、貴様の命が残っているとは限らない。骨折じゃ済まされないぞ」
「分かってるって何度言えば気が済むんだ?」
 パラシュートなんて用意していない。着地地点もランダムだ。真下を見れば、忽然とした大海が二人を受け止めるだろう。真冬の大海が。
 テスは唖然としながら、赤城の目から視線を逸らせなかった。
「よし、開けろ」
 近くにいた乗客達は全員移動しているとはいえ、ハッチを全開に開けるとシートベルトが乗客達の凶器となる可能性がある。必要最低限の隙間でなくてはならなかった。


 ――立花、これ以上は厳しいわ。答えを出さないと。
 フランメスの様子を細かく観察していたアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は氷鏡に告げた。
 列車の不規則な音が氷鏡を急かしていた。窓から見える景色に変わりはないが、着実に終点へと向かっている。
 やがてフランメスが退屈に耐えかねて口を開こうとした時、氷鏡は先に言葉を紡いだ。
「分かった……ナタリアさんを殺せば……飛行機の皆には、手を出さない……んだよね?」
 俯いていたナタリアは氷鏡の言葉に、色をなくした瞳で少女を見上げた。絶望の鼓動がナタリアの体を震わせた。
「エージェントはそっちを選んだか。賢明だがつまらないな。誰もが予想した結末、ありきたりな選択だ」
「待って、お願い立花。まだ死にたくないの」
 フランメスは通信機を持ったまま二人に歩み寄った。たった六歩の距離だった。
「――立花、って言ったね。そこを退いてくれないか。僕が始末しよう」
 氷鏡はしかし、フランメスの目を見るだけでその場は退かなかった。そして口を開いた。
「お願い。殺すなら……せめて……直接、六花の手で……殺させて」
 沈黙の中で、ジェシーの小さな微笑み声が列車の音に混ざっていた。
「立花、本当に……私を」
 枯れた声だった。氷鏡を見上げていた顔は下がり、列車の床に視線を落とした。生きたい、と言う言葉も無くなった。
「その女は最悪の裏切り者だった」
 フランメスの言葉に、氷鏡の手が止まった。彼は氷鏡が何を聞き返す間もなく言葉を続けた。
「僕達は異端者として一般市民達から差別を受けていた時期があった。それは僕とナタリアが子供だった頃だ。そこで僕は、ナタリアと一緒に世界に復讐すると約束した。だがお前は裏切ったね。あの孤児院で育てられてから少しして、復讐を止めるような事ばかり言い始めたね。元はと言えば、お前を助けるための復讐だったというのに。裏切り者が」
 彼女は何も言わなかった。口にするほどの体力や、希望は残っていなかったのだった。
「朽ちろ。僕は絶対、お前だけは許さない。死んでも恨み続けるだろう」
 氷鏡は振り向いてナタリアの肩に手を置いた。ゆっくりと目を閉じ、手に冷気を集中させる。車内がひんやりと冷えていく。氷の風がナタリアの手を中心に集まり始め――
 雪となる風は不意に動きを変えた。氷鏡の背中を境にして、フランメスとジェシーの空間を取り囲んだ。雪風の鋭い冷気がフランメスの持っていた端末を破壊し、拳銃をも凍らせた。
 ゆっくりと後ろを振り返る。フランメスが浮かべていた感情は、笑みだった。
「そうこないとな」
 風が吹く中、フランメスは流れに逆行し輪の吊革を掴んで一度に距離を詰めた。彼女の手にしていた魔導書を足で蹴り、その足を使って氷鏡の鳩尾に爪先を叩き入れた。体全体を苦悶が支配し、呼吸さえできない。
「ただのちびっ子がでしゃばるからこうなるんだ。後悔って文字を、体に刻んでやろうか」
 一切笑みを崩さず、彼は氷鏡の顔を掴み、ジェシーのいる方へと投げ飛ばした。
「く……! フランメス……っ!」
「邪魔者がいなくなった。お楽しみはこれからだな」
 ナタリアを助けようと動き出した氷鏡の体を、ジェシーはクスクスと笑いながら押さえつけていた。地面に横たわったまま、何もできない。魔導書は手の届く範囲にない。
 フランメスは最初に、ナタリアの腕の関節を膝で弾かせた。醜い音がなり、言葉をなくしたナタリアから悲劇的な声が漏れ出た。
「次は約束を守るから! 私が殺すから!」
 氷鏡の必死の乞いは届かなかった。
「反対側も折っとこうね~」
 リズムを刻むように足音を立てて、再び醜い音は鳴る。悲劇的な声が走る。氷鏡は、目を開けていられなかった。
「目も潰しとこうか?」
 信じられないような、人間が発したとは思いたくないような。氷鏡は必死にもがいてジェシーから脱出しようとしたが、強打された部分が痛み満足に動けない。ジェシーは自分の下で動く彼女を愛おし気に見つめていた。
 フランメスは抵抗を止めた官女の顔を片手で上に持ち上げた。
「殺すなら早く殺してあげてよ!」
 氷鏡の叫びは届かない。狂気だった。
 フランメスの指先が、ナタリアの瞼に当たる。最初は撫でるように、静かに。そして一度目から遠ざけた。
「目がないなら生きていても楽しくないよな?」
 彼はその直前、思い切り顔を歪めていた。今まで見たことがないほどに、歪められていた。 
 そこに人間らしさはどこにも見当たらなかった。

 電車が揺れた。不自然な、大きな揺れだった。フランメスは歪めた顔を元に戻して、周囲を見渡した。
 右の窓ガラスを向いた時に何が起きたのかに気づいたが、行動の余地はなかった。
「はああぁぁッ!」
 光輝くアイギスの盾が窓ガラスを突き破り、車内に飛び込んできたのだ。その勢いを殺さないままフランメスを反対側の窓へと押し付けた。
「はい、そこまで。フランメス、貴方のお務めは終了よ」
 列車の結合部には風代 美津香(aa5145)が立っていた。ロケットアンカー砲を使って一度に乗り込んできたのだ。彼女はジェシーに体当たりを仕掛け、両腕を瞬時に拘束した。
「呼ばれないパーティには参加するもんじゃないわね」
 月鏡 由利菜(aa0873)の盾は力強くフランメスを離さなかった。
「あけおめじゃフランメス! 喪中だったら申し訳ないのう。まさかわらわ達を忘れたとは言うまい」
「貴様ら……」
 ヘリの操縦席に座りながらカグヤ・アトラクア(aa0535)は言ってみせた。列車と平行して走っていたのだが、バランスが乱れて挨拶だけ告げると、再び上空へと飛び立った。
「はっはっは! 勝利の匂いがするのじゃ!」
 ヘリは一機だけではない。二機は伴 日々輝(aa4591)が運転していた。搭乗していたエージェントは全員列車内に降り立ちフランメスとジェシーを囲んだ。
「ご機嫌ようミスター妹が世話になってるって言うから挨拶に来たんだけど……もしかしてお邪魔だった?」
 ナイチンゲール(aa4840)は地面に倒れていた氷鏡を抱き寄せながら、フランメスに目を合わせて言った。
「ああとんでもなく邪魔だ。絶頂点だったッ。最近はよく君達にイライラさせられるが、今日のは今までの非じゃない。誰か一人は必ず殺してやる。他は半殺しだな」
「……そう、宜しく」
 氷鏡が何かポツリと呟こうとしたが、その口を手で包んだ。それを言うのはまだ早い。ナイチンゲールはアリスと氷鏡を座席に寝かすとレーヴァティンを抜いた。まるで死刑宣告を下すかのように切っ先をフランメスへと向けた。
 月鏡は盾を引いてフランメスから距離を取り、ナタリアの前に立つ。
「絶対にナタリアさんの命は守ります。絶対に……!」
 風代は月鏡の横に立って、こう口を開いた。
「フランメスさん、だっけ? 過去にも貴方みたいな事を言っていた男は沢山いたよ」
 風代は拷問や洗脳を掻い潜って、それでも今ここに立っていた。
「誰ひとりとして私を屈服させる事は出来なかったよ。私を、『ブラック・ストーム』を鎮める事は誰も出来なかった。私を屈服? やってみなよ。上手く出来たら世界旅行に招待してあげるよ。もっとも、私が貴方に招待する場所は刑務所だけどね!」


 赤城はハッチを掴んで、全身の力を込めて無理やり開かせた。ハッチは気圧抵抗で機械の力だけではどうしても開かなかったのだ。
 隙間から、全ての者を落とそうとする残酷な風が機内に吹き込んでくる。もう少し、もう少し開いてくれるだけでいい。
「行くぜぇッ!」
 赤城はテスの体を抱えて、開いた隙間から飛び降りた。ハッチは自動的に閉まり二人は上空へと投げ出されるのだ。だがテスの体にはエンジンが迫っていた。赤城は瞬時にテスの背中に拳を打ち付け避けさせた。
 やることはやり終え、後は落ちるだけだ。
「大気圏突入の時より酷いな、この状況」
 真下は真っ青な海。しかも冷気が棘のように鋭く肌に刺さる。赤城はそんな状況でも冷静さを失わず、笑みをこぼす余裕さえ見せていた。
「飛行機一機分を丸ごと犠牲にするよりはきっとマシですわ」
「だといいんだけどな」
 真っ逆さまに落ちる。風が髪を乱暴に掻き回す。
 思ったよりかは早く海が近づいてきていた。赤城は時に備えて目を瞑り、呼吸に集中した。
 海が、手に取れるかのような錯覚を覚えるほど迫って来た時、見慣れない模様が海の上に見えた。オレンジ色で、花のように咲いている。その隣にはモーターボートがあった。
「マジか」
 本来ならばこのまま海の中に落ちる予定だったが、変更だ。
「本当、豪奢な事してくれるぜ坂山さんよ」
 遠くの方で水しぶきが上がった。テスが海に落ちたのだ。次は赤城が衝撃を食らう順番である。
 自由落下に任せた赤城の体を、そのオレンジ色の花が柔らかく包み込んだ。お陰様で衝撃は軽く済んだ。
「無事か、赤城」
「お前スチャース! ……と、フォルトまでいんのかよ。お出迎えまでキッチリしてんな」
「坂山から急に出動命令が出てね。最初は僕一人だけの出動のはずだったんだが、スチャースも来たいっていうもんだから。体は痛くない? 大丈夫かな」
「お陰様で問題なしだ。助かったぜ、サンキューな二人とも」
 これがサポートの真髄だ。
 オペレーターの役割は思ってもみない発想を現実に変えるために思案すること。坂山は独自のコネクションを総動員させて救命に駆けつけさせたのだった。
「ロシアに向かうぞ赤城。向こうでは激闘が繰り広げられている。急いで合流する必要がありそうだ」
「おう。でもちょいと待った」
 突然、赤城はボートの外に身を投げ出した。極寒の海を泳いだかと思えば、彼は溺れるテスの所へと急いだのだ。
 重い体をボートの上に乗せた。咳き込んだテスは、驚いて赤城を見上げた。
「……爆発するかもしれないんだぞ。私を助ける義理がどこにある」
「お前を助けた訳じゃねえ。ただ俺の信念に則って動いただけだぜ」
 最初は驚いていたフォルトも、その顔が苦笑に変わるとモーターボートのエンジンを蒸かしてロシアへと走らせた。
 ――人間とは興味深いものだな。
 犬型ロボットのスチャースは誰にも聞こえないように頭の中だけでそう言った。


 バイクで列車に追いつこうと走っていた薫 秦乎(aa4612)の前には白衣を来た男が佇んでいた。線路の上でただ一人空を見上げていた。隣を走っていた雪室 チルル(aa5177)もバイクを止め、警戒心を露わにさせる。
「……誰だ」
 名称不明(aa4612hero002)が声をかけると、男の視線は下がった。
「ねえ君、僕のジュエラを知らないかい」
「ジュエラ? 分からないが、貴公にとって大事な人物なのか」
 その問いかけには答えなかった。男が知りたかったのは、目の前の人間がジュエラを知っているか知っていないかだけ。
「何処に行ってしまったんだろう」
 付き合うだけ時間の無駄だろう、バイクに足を乗せてアクセルを踏んだ。だが左肩を襲った痺れる痛みに彼はバイクから降り、男を睨んだ。男は両手に針のような物を隠していたのだ。
「もしかして、フランメスの手先なの?」
「手先なんて言い方はひどいな。僕はフランメスの友達なだけ。彼がピンチだと言うから、駆けつけてきただけにすぎない」
「お前を斬る必要がある事実に変わりはないみたいだな」
 ベグラーベンハルバートを構えた彼は白衣を着た男と向かい合った。
「僕の事はドクターと呼んでくれ。差し支えがなければね」
 ドクターの背後からはもう一つの足音が聞こえていた。レオン(aa4976hero001)の姿だ。彼は葛城 巴(aa4976)と共鳴してヘリコプターに乗り込んでいたが、線路に立つドクターの姿を視認していた。途中で機体から降りて駆けつけたのだ。
「やはりあなたも敵側の一人でしたか。攻撃の意志を見せるならば容赦はしません」
 レオンは武器を持たず両腕を広げていた。
「別に死ぬなら死ぬでいいさ。なんなら僕はいつでも、死にたいとすら思っているんだから」
 ドクターは白衣のポケットから瓶を取り出して、中に入っていた透明の液体を体内に流し込んだ。口の端から溢れるのを気にせずに飲み干すと、瓶を乱暴に捨てた。
「これを飲むと落ち着くんだよ。強く依存するくらいね」
 そう言うとドクターは左右に向かって六つの刃物を投擲した。手術で使う道具の一つだ。
 ハルバードの柄で防ぎ、英雄の彼はダメージを免れたが、レオンの白鷺を通り越して彼の足に突き刺さった。脳内が揺さぶられる感覚が起き、必然的な危機を感じ急いで刃物を抜くと、体内を走る毒の鎮静に急いだ。
 ハルバードを手にした彼は走ってドクターの懐に入り込み、大振りに刃を振るった。ドクターはしゃがんで躱し針の握られた拳を彼の腹部に伸ばす。彼は少しだけ身を引き、刃を振るった勢いを殺さずに柄でドクターの腕を打ち針を落とさせ、滑り込むように脇の下まで柄を入り込ませると上に力を向けて上空に体を浮かし、体を切り裂いた。衝撃で飛ばされたドクターは離れた場所で地面に落ち、肩を抑えながら立ち上がる。
「ジュエラはどこだ……。彼女はどこにいる?」
 レオンは仲間よりも少し前で白鷺を構え、腰を落とした。
 ドクターの攻撃タイミングは読めなかった。立ち上がりながら我武者羅に刃物を振るい、卓越した技術力で刃物を二人に向かって投擲する。攻撃線は全て二人に向かい、防御に徹するだけでも一苦労だった。
 刃物は小さく、油断すれば命中する。
「ジュエラさんとは、あなたにとってどのような人だったのですか。あなたが望むならば探してもいいんです、一緒に」
「彼女は僕の婚約者だったが、ある日突然姿を消した。僕は何年も探し回っていたが、どこにも、いなかったよ」
 静かに語りながらも攻撃の手を緩めない彼の動きは狂人に似ていた。
「どこにもいなかった! でもどこかにいる! だから僕は諦めずに探し続けてきた。でももう、辛いんだよッ。こんな辛い思いをして生きているくらいなら、死んだ方がマシだ。最期は友のために死ぬ。僕は義理を全うして死ぬ」
「その婚約者のジュエラさんは、あなたが人を殺して喜ぶような人間なんですか……!」
 白鷺とハルバードが刃物を弾くが、永久には続かない。
「彼女は優しい人間だった、決して喜ばないだろうよ。けれどもういいんだ、だって裏切ったのは彼女の方なんだから。アレ……? おかしいな、僕はどうして彼女を攻撃するような言葉を言っているんだ? こんなに愛しているのに」
 ドクターは声を荒げて言葉を続けた。
「あああッ! 苦しい、苦しい。ジュエラあ!」
 ドクターは咆哮し、二人の至近距離へと駆け込んだ。大きな怒りが彼の中に芽生えていた。
「雪室さん、この人の相手は僕と薫さん務めます。雪室さんは先頭車両の援護に向かってください」
「分かったわ。でも、無茶は禁物だからね!」
 雪室はバイクに乗り、ドクターの対処を二人に任せると攻撃を喰らわないように大きく旋回してバイクを走らせた。


 フランメスを中心とした戦場は大きな波乱が渦巻いていた。彼の呼んだ救援のヘリコプターが駆けつけ、機関銃でカグヤの乗る機体に攻撃している。
「ここから先へは行かせない。お前は、どんな選択をしても絶望的な状況にしていたんだろう。HOPEは必要なら誰でも殺すと。自分達も例外ではないと。希望を謳って良い組織ではないと民衆は思った筈だ」
 日暮仙寿(aa4519)は氷鏡を背中にして小烏丸を構えると、急速にフランメスの懐へと忍びこみ刃を振るった。フランメスは手刀でを日暮の腕にあて軌道を逸し横に躱した。だが横にはレーヴァティンが待ち構えていた。腰を落として回避したフランメスだが、次には日暮の小烏丸が彼の脇腹に突き刺さり怯みを与えた。
 ――どっちも救うに決まってるよね。人を裁くのは法であるべきなんだから! 不知火あけび(aa4519hero001)はフランメスにも聞こえるような声でそう言った。
「お前の様な下衆は例外だがな、フランメス」
 ナイチンゲールが車窓を破壊すると、日暮は力任せにフランメスの体を外へと投げ、後を追うように窓から飛び降りた。車内に残ったジェシーの始末を任せ、ナイチンゲールも後に続いた。
「ジェシーさんだったかな。貴女も降りてもらうよ!」
「へえ、一人でジェシーと戦うなんて良い度胸ね。まあ面白いから付き合ってあげるけど」
「あんまり私を下に見ない方がいいかもしれないよ!」
 ジェシーは空気中から取り出したかのようにレイピアを顕現させ、風代に向けた。風代はファラウェイを向けて大きく素振りすると、両手で構え呼吸を整える。
 最初は風代が攻撃を仕掛けた。服の中に閉まっていた丸い氷の塊を取り出してバットで打ち付けると、それを勢いよくジェシーに向けて飛ばしたのだ。ジェシーはレイピアで塊を二つに切り裂いたが、風代は彼女の至近距離まで攻め込み、足を振り上げて肘を狙った。ジェシーは両手に持った二つのレイピアを上空に投げると掌を使って風代の足を下に押し返し、落ちてきたレイピアを再び手にすると回転して彼女の肩を切り裂いた。
「やるね……!」
「でしょ?」
 ジェシーは攻撃の手を緩めなかった。レイピアを無尽蔵に巧みに操りながら風代をナタリアの方へと追い詰めていく。絶え間ない連撃に隙は無く、ジェシーのレイピアが運転席の窓を貫いた。
「チェックメイトね。ジェシーの勝ち」
 レイピアを勢いよく引き抜いたジェシーは風代の両脇から挟みこむように、刃を振るった。
 ジェシーの動きが止まった。
「何……?」
 見れば、傷一つなかった腹から銀色の突起物が生えてきているではないか。それは鋭利で、先端は赤黒く染まっていた。
「詰めが甘いな。その程度じゃエージェントは倒せんぞ」
「誰かと思えば……。へえ、ジェシーに気づかれないように隠れてたって訳ね。でもたかが小蝿が二人増えただけじゃ、ジェシーは――」
「三人よ」
 橘 由香里(aa1855)は声高らかに宣告した。
「ジェシー・リン。前に会った時は不覚を取ったけれど、自由にさせておくと厄介な敵。ここで倒す!」
 橘は冬姫を握りしめ、迫間の後につづいてジェシーの胴体を貫くと、二人で同時に左右に切り裂いた。
 切り裂かれる痛みに悶えながら、ジェシーは電車内に糸を張り巡らし、その合間を掻い潜って列車の外へと飛び出した。
 後ろに座り、目を見開きながらエージェントを見上げていたナタリアの前に風代は座った。
 ――ナタリアさん、生きたいと願ってくれたのですね。私達の願いを聞いてくれた貴女の想い、決して無駄にはしません。
 アルティラ レイデン(aa5145hero001)は風代の口を借りて、彼女にそう言った。
橘は糸を切り裂きながら外へ飛び出すと、敵のヘリコプターが彼女を狙っていた。
「蜂の巣にしてやるぜ、おらあァ!」
 冬姫で弾丸を弾きながら横に逃げ、隠れ場所を探すが線路の上だ。身を隠す場所はなかった。弾丸が橘の足を射抜き、頬を掠める。
 ――ピンチじゃのう。どうするつもりじゃ?
 飯綱比売命(aa1855hero001)は映画の観客になりきっていた。
「簡単よ、こうする!」
 橘はハストゥルに瞬時に武装を切り替えると、地面を蹴って空中で舞うと鋭い矢を放った。矢は運転席の男に命中しバランスを崩したヘリコプターは線路の上に落下して爆炎を上げた。
 隙を見せる暇はない。ジェシーは橘のすぐ背後にいたのだ。
「マズっ――」
「貴女、あの時の奴隷ね……? 匂いで分かるわ。まさか忍び込んでいたなんて……。でもいいわ、貴女も持ち帰って私のリンカーコレクションにしちゃおうかしら」
「コレクションにして、どうするつもり?」
「さあ。それはお楽しみよ。でもあなたが思っている以上に、ジェシーの趣味は気高いの。痛くないから、安心していいのよ」
 ジェシーは橘の腕に絡みつくように手を這わしていた。
「逃がさない。まずはあなたから仕留める!」
 橘は左足に力をこめてジェシーの足を踏んだが、ジェシーは痛がる素振りを見せなかった。

 線路に落ちたフランメスに追撃を加えるように日暮は小烏丸を振るっていたが、フランメスが取り出した剣が刃を防いだ。
 敵の増援のヘリコプターは日暮達の所にも集っていた。
「フランメスさん、援護に来た! 逃げ道は作っておかなかったけどいいのかよ」
「構わないよ。既に僕が用意してあるから。とにかく今は、エージェントを殺す事だけを考えろ」
「了解! 覚悟しろよ、HOPEの犬ども!」
 機関銃が轟音を鳴らし、日暮やナイチンゲール達の胴体に向けて銃弾が降り注いでいく。
 だが彼らはすぐに爆発し残骸となるのだ。
 バイクに乗ったアークトゥルス(aa4682hero001)はフリーガーファウストを肩に乗せていた。
 ――ロケラン構える騎士ってなんかすごいっすね、と君島 耿太郎(aa4682)。アークトゥルスはロケット砲を降ろしてバイクを停車させると戦場に降り立った。
「優美さには劣るが、勇猛には見える。悪くないだろう」
 ――うーん、まあ確かにそうかもしれないっすけど。
 戦場に降りたのはアークトゥルスだけではない。九字原と伴、雪室も合流していた。雪室はバイクに乗ったままフランメスに突撃しようと突っ走っていたが、途中で機体があらぬ方向に旋回して失敗した。空中で受け身をとって難なく着地した雪室は腰に手を当ててこう言った。
「あたい参上! あたいが来たからにはもう逃げられないよ。覚悟っ!」
 目の前には多くのエージェント達。数えて、六人だ。
「おっと、わらわも忘れてもらっちゃ困るのじゃ。しっかり上におるからのー。フランメス、逃げ場はどこにもないのじゃ」
 上にもう一人、カグヤがいた。彼女はヘパイストスを固定してレバーを自動操縦できるように設置している。操縦しながらの運転ができるという、器用な真似だ。
 更にカグヤの隣を並走するヘリもフランメスを逃さない。グワルウェン(aa4591hero001)は車窓からフランメスを見下ろしていた。
「私も、いるから……! まだ戦える……!」
 列車に乗っていたはずの氷鏡が線路に降りて、毅然として立っていた。
 フランメスは地面に剣を突き刺し、両手を横に広げると空を見上げた。太陽がフランメスを照らしていて、彼は小さく笑い始めた。
「来なよ。誰からでもいい。来な」
 先手を取ったのはグワルウェンだった。伴は機関銃の照準覗きフランメスを見つけると、思い切りトリガーを引いた。
 銃弾の嵐を剣で防いでいたフランメスの背後には九字原が迫っていた。フランメスは上体を反らして銃弾を避けるとその体勢のまま回転し、剣で九字原の飛鷹に叩きつけた。伴は攻撃を止め、九字原は飛鷹で剣を上向きにし好機を狙った。フランメスの腕が上を向いている今防御は不可能だ。だがフランメスは瞬時に剣を手放して肘で飛鷹を受けた。ダメージを最小限に留めてその手を掴み、思い切り手前に引き寄せて大内刈りを仕掛けた。九字原の視線はフランメスの目から大空へと移行する。
 背後から雪室が不意打ちを狙い、ウルスラグナを天から地へ振り翳した。フランメスはその切っ先を手で掴み強い力で剣を持ち上げた。
 ――チルル、剣を手放して!
 スネグラチカ(aa5177hero001)の言葉と同時に雪室は剣を手放し、クリスタルフィールドをフランメスの背中に叩きつけた。その衝撃はフランメスの肉体を吹き飛ばす程で、その先には月鏡が控えていた。月鏡はフロッティを前に伸ばしフランメスを迎え撃ったが、彼は剣を握りしめフロッティの身を削り火花を散らしながら刃と刃を擦り合わせていた。フランメスは月鏡と額を重ね合わせて醜悪な笑みを浮かべた。
「ひひッ、どう足掻いても、お前らは僕には勝てない」
「……ッ!」
 月鏡はフロッティのグリップを思い切り引いて刃を手で掴むと、フランメスの額に頭突きをして胴体を切り裂いた。
 しかし瞬時に、切り裂かれたはずの傷が塞がれた。フランメスは月鏡の腕を踏み台にすると高く飛び、上空に飛ぶカグヤのヘリに向かった。
 ――奴の自信のひとつは、報告にあった即時再生能力故か。
 直前の報告書に目を通していたリーヴスラシル(aa0873hero001)は瞬時に、その現象が報告書の通りであると理解した。
「あれを破らなければ、何度斬りつけてもキリがないでしょう」
 ヘリコプターの外に突き出す機関銃の銃口を手で掴んだフランメスは素早い身のこなしでカグヤの隣の席に座ると、剣を彼女の喉元に突きつけた。
「ほぅ、そんな玩具でわらわを?」
「やってみようか」
 フランメスの腕が思い切り振られる直前、カグヤはレバーを強く引いて機体を大きく傾けた。
「さすがに喉をやられるのは困るからのう。潔く落ちてもらうのじゃ!」
 落ちる直前、フランメスはカグヤの手を掴んだ。
「落ちる時はお前も一緒だ! 引きずり降ろしてやる」
「それはどうかのう」
 フランメスは顔をカグヤから、カグヤの視線の先に向けた。グワルウェンの操縦するヘリ、その高速で回転するプロペラが向かってきているではないか。
 気付いてからは既に遅い。彼はプロペラに巻き込まれ三回転した後地面に弾き飛ばされた。
 衝撃で彼の上着がボロ雑巾のように破れ、至る所から血が流れていた。
「絶好のチャンス!」
 不意打ちに失敗した雪室は再びウルスラグナを構え、正面から衝突した。
 フランメスは腹を貫かれる寸前に両手で受け止めたが雪室は力を弱めなかった。
「もう少し、もう少しで届く……!」
 更に背後からはナイチンゲールが迫っていた。彼女の手にしたレーヴァティンは、今や彼の血を求めて切っ先を輝かせていた。
 ――しゃがめ。
 墓場鳥(aa4840hero001)は突然、ナイチンゲールの脳内で言った。
 その時、上空を三機のヘリコプターが通り過ぎていった。カグヤとグワルウェンのとは違う。その機体が機関銃をナイチンゲールに向けて放ったのだ。彼女が引くと同時に雪室もフランメスから離れた。
「やっときたか……」
 膝でウルスラグナを弾くフランメスは、一歩引いてエージェント達一人一人に一瞥をくれた。
「本番はこれからだ、エージェント諸君」
 三機のヘリコプターからは、顔見知りがそれぞれとその姿を現した。
「なるほど……ドミネーター総登場という訳か」
 アークトゥルスはそう呟いた。九対一が、今や覆ろうとしている。

 白鷺がドクターの肩を狙い直線を突く。細い切っ先が伸びるが、それが命中することはなかった。レオンは体の動きの鈍さを感じ始めていた。敵の武器に塗られた薬物の影響か、集中力が切れ掛かっているのかは区別ができない。
 反撃を防ぐために一歩足を後ろに下げた。
 下げた先には氷が張っていた。摩擦音を立てて、レオンの体はバランスを崩した。
「危ない!」
 機を逃さなかったドクターは幾つもの刃物を上空に投げた。何かを描いているかのようにすら見える動きは、全てレオンの方へと向けられていた。
「朽ち果てろ!」
 ドクターの予想は裏切られることになるが、それは大した問題ではなかった。
 レオンを守るように彼が立っていたのだ。仲間が背中を見せて庇っていたのだ。
「すぐ治療します……っ。助かりました」
 彼は伏せていた顔を上にあげた。すると、レオンの後ろから車が走っている所が見えてきたではないか。幻覚作用ではないだろう。
 レオンも車に気付いて、彼を庇うように立ち上がった。だが車は二人を通り過ぎ、ドクターの前で止まった。
「フランメスさんの援護に行くぞ。こんなところでモタついてる暇はねえ」
「うん? ……そうか、じゃあそうしよう」
 ドクターが車に乗り込む直前、薫の判断でフリーガーファウストのトリガーが引かれるも車に乗っていた一人のスナイパーが弾丸を衝突させ、煙の中を走り去って行った。
「治療が終わったら僕達も合流しましょう。……急がないと」
 まだトロッコは止まっていない。
 このトロッコの倫理問題は普通とちょっと変わっているのだ。一人と五人を救うことはできたが、このトロッコには人間が乗っていて、その人間も救わなければならないのだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命



  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Sun flower
    グワルウェンaa4591hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • エージェント
    ラモラックaa4612hero002
    英雄|35才|男性|カオ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976
    人間|25才|女性|生命
  • 食いしん坊な新米僧侶
    レオンaa4976hero001
    英雄|15才|男性|バト
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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