本部

変わらぬ日常を

秋雨

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/02/25 17:59

掲示板

オープニング

●目覚め

 ピ、ピピ、ピピピ──バシッ。

 目覚まし時計のスイッチを叩くように止め、四月一日 志恵(az0102)は薄らと目を開けた。ピントの合わぬカメラのような視界はいつものことで、そばの机に置かれていた眼鏡っぽい輪郭のそれへ手を伸ばす。
 やはりそれは眼鏡で、元に戻った視界に安堵すると志恵は小さく肩を震わせた。
「……さむい」
 眠気が一気に覚める。冷気が部屋の床から立ち上り、足に絡みついてくるようだった。それを断つようにスリッパを履いて、更に半纏も着こんだ志恵は小さくカーテンを開ける。
(天気でも悪いのかしら)
 こんなに寒かったこと、最近じゃそうそうなかったのに──。

「……」

 志恵は数回目を瞬かせた。カーテンを閉じて、また開ける。

「…………」

 今度は眼鏡を外し、服の裾でごしごしと拭く。かけて、もう1度外を見遣って。

「…………これはまた、随分と」

 寒い寒い夜が明け、けれどもまだ寒さは和らぐことなく。窓の外には綺麗な雪景色が広がっていた。


●お出かけ攻防戦

「シーエ! 遊びましょー!」
「嫌。絶対に、嫌」
 ソファに座って本を読む志恵。その周りをくるくるとシェラザード(az0102hero001)が回る。その姿は完全防寒、外で遊ぶ気満々だった。
「シエー」
「何」
「お外ー」
「出ません」
「図書館ー」
「行きません」
 そしてずっとこの調子であった。
 ただ『行きたい』だけで志恵を動かすことはできないと気づいたシェラザードは、うーんと首を傾げて部屋をぐるりと見渡す。その視線は壁の一点で止まった。
「! シエ、シエ!」
「シェル、そろそろ静かに──」
「今日、おかいものに行く日だわ!」
 志恵の言葉が途切れる。シェラザードは目をキラキラさせながら壁掛けカレンダーへ駆け寄り、今日の日付を指差した。そこには可愛らしいお星様のマークが書かれており、買い物に出かける日を示しているのだとシェラザードは知っている。
「ね、ここでおかいものに行かなかったら、ご飯がなくなっちゃうと思うの」
「別に明日行ったっていいでしょう?」
「シエ、決めた日に行かないのは良くないわ」
 そんなことを言っていても、やはりシェラザードの瞳は『外に行きたい!』と訴えている。志恵は本から少女へ視線を移すと、大きく溜息をついて本を閉じた。
「……このままだと本に集中できないわね。さっさと買い物を終わらせてしまいましょうか」
「! シェル、もっと暖かくなるように準備してくるの!」
 目を輝かせたシェルがぱたぱたと部屋へ小走りに向かう。その後姿を見て志恵は目を瞬かせた。
(十分着こんでいるのに、どう準備するのかしら。マフラーを2重に巻くとか?)
 着ぶくれしたシェルを想像すると、何ともおかしくて。口元を緩めた志恵もまた、外出の準備をするために立ち上がった。

解説

●概要
 日常を過ごす

●詳細
 フリーアタックシナリオです。
 漫画を大人買いして読みふけるもよし、外へ散歩に出て積もった雪で遊ぶもよし。誕生日が近いならその準備をしてみても良いかもしれません。勿論、恋人や夫婦でのデートも歓迎です。

 当方のNPC(四月一日 志恵、シェラザード)はお呼び頂ければ基本的に登場いたします。ご指定のプレイングに関しても常識的な範囲であれば問題なく描写できるかと思います。
 OPの行動は気にしなくて大丈夫です。時系列は曖昧なので。

※プレイングの密度がリプレイへ顕著に出ます。それなりに文字数を埋める事をお薦め致します。

リプレイ

●寒い日は炬燵に限る

 ちらり、ちらりと雪が外で待っている。どこかで子供がはしゃぐ様な音が聞こえたが、反して不破 雫(aa0127hero002)のいる部屋の中は静けさに包まれていた。聞こえるのは時折本のページを捲る音のみ。そこへ炬燵の温かさが加われば快適な読書空間だ。
「……おや?」
 不意に彼女の耳が物音を捉える。鍵が開けられる音、何か重い物を下ろす音。暫しして、どうやら音の主は雫の方へ近づいてきているらしかった。
(誰かが帰って来たようですね)
 それは第1英雄か、それとも──。
 ガチャ、と扉を開いて部屋に入ってきたのは御神 恭也(aa0127)だった。その腕に抱えられている段ボールに雫が視線を向けると同時、恭也は部屋の中を見渡す。何かを探すような視線は最後に雫へ向けられ、第1英雄の居場所を聞かれた雫は「ああ、」と窓の外へ視線を向けた。
「雪が積もっていると気づいたらしく、外へ遊びに出かけましたよ。何か用事でも?」
「貰い物の八朔を大量に押し付けられたんだ」
 聞けば早朝に実家から連絡があって外出したらしい。通りで朝からいないわけだ。
「消費を手伝わせようと考えたんだが……この際、雫でも良いか」
「随分と失礼な言い分ですが、ちゃんとお手拭きとかを用意してくれるなら頂きます」
 恭也の言葉に肩眉を上げた雫。けれども食べるつもりはあるようで、恭也は幾つかに切って持ってくる、と台所へ段ボールを運んでいった。
 雫はその背中を見送り、再び手元の本へ視線を落とす。ページを捲ってしばらく──雫は戻って来た恭也に気付いて見上げ、皿に乗った果物に目を瞬かせた。
「皮を剥いて来るとは思いましたが、房まで剥いて来るとは……芸が細かいですね」
「本を読むのに、房を向きながらだと面倒だと思ってな」
「成程」
 見れば彼の手元にも読書用と思しき本が数冊抱えられている。恭也が皿を炬燵の上へ置き、炬燵へ入ると雫は肩をビクリと揺らした。
「キョウ! 冷たい貴方の足が私の足に当たったんですが!」
「寒い外に居たんだ、仕方があるまい」
 恭也の言葉に雫は黙り込んだ。彼の言葉は正しく、そして炬燵は誰のものでもない。雫も彼と同じ状況なら炬燵に入っただろう。
 だからといって全てを許容できるわけではないが。
 憮然とした表情で本へ視線を落とすと、恭也も本を開いて読み始めた。ページを捲り、文字を辿り。時折手を伸ばして八朔を摘まむ。恭也の足も次第に温まり、2人とも本の世界に引き込まれ──不意に雫の手が宙を切った。
 本の世界から意識が戻って来た雫の視線が本から恭也へ向けられる。
「……キョウ、八朔がなくなりました」
 彼女の言葉に恭也もまた意識を皿へと向け、そのようだなと呟いた。
(思ったよりもあっという間だったな)
 また切ってこなければ──そう思いながらも恭也は立ち上がることなく視線を雫へ向ける。
「……今度は雫が切って来てくれ」
 雫は瞳を眇めて恭也へ視線をやり、続いて台所へ視線を向けた。
(どう見ても、私の方が遠いですね)
「キョウの方が台所に近いです。キョウが行ってください」
「お前の方が多く摘まんでいた。雫が行け」

「「…………」」

「温かい炬燵から出て台所に行けなんてキョウは鬼ですか?」
「俺はもっと寒い雪の中、重い段ボールを抱えて帰って来たんだ。問題ない」
「問題ありです。キョウは──」
 『八朔を剥いて戻ってくる』というだけのことなのだが、如何せんどちらも行きたくない。炬燵から出れば外から忍び寄る冷たい空気が足を撫で、その体温を奪っていくことなど火を見るより明らかだ。
 2人の不毛なやり取りは第1英雄が帰ってくるまで続き、彼女を呆れさせることとなるが──それはもう少し後の事。


●子供たちとの1日を

 体を揺らされた麻生 遊夜(aa0452)はもぞもぞと布団へ潜り込んだ。
「ぬぅ、あと5分……」
「……んー、気持ちは……わかるんだけど、ねぇ……」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)は遊夜の姿にくすくすと笑いながら、しかし彼を起こすべく布団の裾を掴む。
「……はいはい、起きる時間ですよー」
 ばさぁ、と布団が剥がれ、冷たい空気が遊夜の肌を撫でる。咄嗟にユフォアリーヤに抱きついて布団へ引きずりこむと、彼女は小さな声をあげてから再び笑い出した。
「もう……しょうがないなぁ」
 彼の腕の中は温かい。それは寒い朝だから尚更。スリスリされるとほんの少しくすぐったいが遊夜だから構わない。
 ユフォアリーヤで暖を取る遊夜の耳には、窓の外から聞こえる子供たちの声が聞こえる。どうやら積もった雪を見てはしゃいでいるようだ。
(部屋に突撃してくるまでは……この温もりを堪能するか)
 子供たちはそう時間もかからず『外で一緒に遊ぼう』とやってくるだろう。それまではこうして至高の二度寝を楽しもうじゃないか。
 そう腕の中の彼女に告げると小さく頷き、頭へ手を伸ばされた。優しく撫でられ、小さな笑みの声が漏らされる。
「取りあえずは……ご飯だけど、ね」
 かくして短い、しかし至福の時間を過ごした2人は子供たちによって連れ出された。ご飯を食べ、広い中庭へ子供たちが散らばって行く。
 子供は風の子、とは良く言うが。
「本当、元気だよなぁ……」
「……ん、寒さとかも全部……吹き飛ばしちゃうくらい、力が有り余っているねぇ」
 小さく笑うユフォアリーヤの隣で遊夜は屈み、雪を握った。じっとしているよりも、子供に倣って動き回った方が寒さは紛れるというもの。遊夜が声を上げると子供たちが一斉に彼を見た。
「ここに第26回雪合戦を開始する!」
「「「わー!!」」」
 ユフォアリーヤも混じって子供たちから大歓声と拍手が巻き起こる。
 この中庭は広い。どれだけ広いかというと、沢山の子供たちが遊ぶことを考えてアスレチックなどの遊具やステージもあるくらいに。これだけの広さを使い、障害物も利用してのバトルロワイヤルである。
 勿論遊夜たちやリンカー適性のある子供にはハンデをつけているが──。
(……いったい、誰に似たというのか)
 ハンデを気にせず大暴れする子供たちに遊夜は思わず苦笑を浮かべて。浮かんだ悩みは一旦置いておき、今は体を温め楽しむために雪玉を握ったのだった。

「リーヤ!」
「……ん、任せて」
 こくりと頷いたユフォアリーヤが不利になっている子供へ加勢しに行き、相手へ雪玉を投げ返す。それを見ていた遊夜は視界に入った雪玉へ、手に持っていたそれを投げつけて相殺した。──だが。
「集中攻撃だー!」
 次々と子供たちが雪玉を投げつけ、遊夜の視界を白に染める。やり返すべく遊夜は雪玉を振りかぶって──不意に家の方を向いた。ユフォアリーヤも聞こえたらしく、狼耳をピクピクと動かしながら遊夜の方へ近づいてくる。
「こんなことにしとくか」
「……ん、お呼び出しだね」
 呼んでいるのは昨年6月に生まれた、2人の末っ子たる双子。急いで行かなければ、今よりも更に大きな声でその存在を主張することだろう。
「うし、撤収、撤収だ!」
「……ん、戻ったらお風呂に入るよー」
 今は走り回って温かいが、家に入れば雪塗れの体は一気に冷える。風邪にかからないよう確り温まってもらわねば。
(風呂から上がったらきっと、一気に静かになるな)
 静寂が包む昼寝の風景に思いを馳せ、遊夜はふっと顔を綻ばせたのだった。


●年度末の危機

 皆月 若葉(aa0778)は危機に瀕していた。
 それは王を倒し、日常を取り戻したが故の危機。──さらに言うなれば、エージェント業に専念した代償。
「まずは……何からやろう」
 その危機は、どこから手を付けていいものかと考えるほどのものだった。困り切った若葉は隣にいるラドシアス(aa0778hero001)へ助けを求めるように視線を向ける。
「……期限が近いものから始めたらどうだ」
「そっか、そうだね。期限か……んー……指導案の作成からにしようかな」
 リビングのテーブルに小学校の教科書と参考文献を広げ、パソコンを前に黙々と作業を開始する。ラドシアスはその隣で珈琲に口をつけながら、若葉が見ていない間に資料を確認した。
 カタカタとキーボードを打つ音が響いて、暫し。プリントアウトされた書類に目を通したラドシアスは赤ペンを手に取った。
「……変換ミスが多いな。それにこの部分は狙いが分かりづらい。もう少し明確に──」
 漢字の間違いには丸を付けられ、文章に下線を引かれ。あっという間に真っ赤になった書類に若葉は思わず苦笑いを浮かべる。
「うわ……こんなに」
 だがやらないわけにはいかない。今度は訂正の入った書類を脇に、パソコンに映っているデータを修正していくのだ。
 修正と添削を数度と繰り返し、どうにかラドシアスから合格を貰った若葉。けれどもまだまだ控えている課題の山に、若葉は引き攣った笑みを浮かべた。
「……思ってた以上に多いな」
「救済措置があるだけ有り難く思え、順にやるしかあるまい」
「頑張るよ」
 そう、もう分かるだろう。若葉は今──大学の進級が危ぶまれているのである。

「次は、課程論にしようかな」
 今日でどうにか課題を終わらせなければならない。次に手を付けるべく、課題の内容を確認した若葉は思わず「あ、」と声を上げた。珈琲を飲みきったラドシアスが視線を向ける。
「……どうした」
「肝心の参考文献を借りるの忘れた」
 ラドシアスの表情に呆れの色が宿った。いや分かっている、自分でもドジを踏んだと思う。これでは課題が進まない。しかも間の悪いことに大学は休みで開かない。
 他に借りられる場所か、人か。
「……そうだ! 前に依頼で行った、あの図書館に行ってみよう!」
 外を歩くのは気分転換にもなる。行き先を決めた若葉はノートパソコンをバッグに入れ、ラドシアスと共に図書館へ向かった。
 冬の空気を肺いっぱいに吸い込み、偶然会った知人と会話を交わしながら町を歩く。見覚えのある建物の扉を開けると、気づいた司書が笑顔を浮かべた。
「お久しぶりです」
 司書に大学の課題をやらねばならない旨を説明すると、彼女は必要な本があると思しき書架へ若葉を案内した。何となしに本を眺めるとすぐにそれらしいタイトルが目に入り、若葉はその本へ手を伸ばす。
「あ、これと……この辺も使えそうかな。ありがとうございます」
「あとでお茶を持っていきますね。ごゆっくりどうぞ」
 去って行く司書の背を見送り、若葉はすぐに行動を開始した。本を数冊腕に抱え、隅の方の机を借りてノートパソコンと本を広げる。
 ラドシアスはその隣に座り、積まれた本から1冊を手にするとページを開いて文字を追った。関連しそうな部分には小さな紙を挟み、再び読み進め、読み終わったら次の本へ。
「えーっと、これは……」
「……それは、ここに書いてあるな」
 ラドシアスの挟んだ紙──それが挟まれたページを確認していくためか、そもそもこの環境がそうさせるのか。家でやるよりも確実に課題が早く終わっている。手をつけている課題を終わらせればラドシアスが次の課題を既に準備させているものだから殊更だ。司書に出されたお茶を飲みつつ、山のような課題を着実に進め──。
「終わったー……」
 パソコンを閉じた若葉は机へ突っ伏した。やや疲労の残る顔で、ラドシアスに笑みを浮かべる。
「今日はありがとう……マジ助かったよ」
「落第されては困るからな。それに……普段読まない分野で興味深かった」
 僅かに笑みを浮かべたラドシアスは、「だが」と続けた。若葉に出されたのは課題だけではない。
「……後は追試か」
「そっちは何とかするよ」
 1日で課題を詰め込んだおかげで、多少なりとも追試に備える時間ができた。エージェント業とはまた違った忙しさと充実を得られた日でもある。──当然、毎日やりたいとは思わないが。
 気が付けば日が傾いている。帰ろうか、と若葉はラドシアスと図書館を後にした。

 後日。エージェントの友人の元へ、「進級できた!」と連絡が来たとか、来てないとか。


●信じたい心

 何もない休日。長時間かかるような家事もなく、妻は外出しており家には自分と英雄だけ。
 荒木 拓海(aa1049)もまた外出すべく、部屋にいるメリッサ インガルズ(aa1049hero001)に声をかけた。
「本部に行ってくる、留守番を──」
「私も行くわ。1人より2人でしょ?」
 断ろうにもメリッサの瞳に宿る意思は固い。何より自らも当事者で同じだという言葉に、気持ちに拓海はメリッサを連れ立って本部へ向かった。偶然すれ違った知人と軽く言葉を交わしながら本部へ入り、そこで見知った人影を見つけて拓海は声をかける。
「志恵さん、新しい情報は入ってるかな?」
「はい、お出ししますね」
 四月一日 志恵(az0102)が出した資料はH.O.P.E.で保護された人物の情報だ。定期的に見せてもらっている情報の中から、拓海はいつもとある子を探している。
(色白で、内向的で……影が薄い印象だったが、顔は忘れて無い)
 かの少年には双子の、瓜二つな姉がいた。彼女の写真も貰って参考にしながらデータを見比べる。生きていれば11歳、たったの2年で容姿が劇的に変わるとも思えなかった。
「新しい中には無いわね……まだ時間もあるし、以前のを見直しましょうか」
 メリッサが古いデータの確認を手伝い、拓海はまだデータ化されていない書類とも睨めっこを始めた。だが結果はいつも通り。酷使した目を瞬かせ、座り続けて凝った腰を押さえて溜息をつく。
「諦め悪いよな……」
「納得してないなら探すしかないわ」
 メリッサの言葉を聞きながら、拓海は1年程前のことを思いだしていた。
 少年の体に憑りついていた愚神『ヴァルヴァラ』が善性だと告げ、共同戦線を張った時。H.O.P.E.の会議室で対話した時の事。

 ──ミロンね、食べちゃった。
 ──私のライヴスを調べたら、ミロンのライヴスの波長とかパターンとか……そういうのがなくなってるのが分かると思うよ。

 雪娘に告げられた通り、彼女が受けた検査結果には少年の残滓は確認されなかった。逆に言えば死んだ証拠もない。けれど──。
「……本気で生存を信じてるなら、全てを投げ打って雪娘出現の記録があった地域を探し歩くよ……彼を忘れて無いと言い聞かせるためにこうしてるんだ」
 それは他ならない、自分自身へ。
「投げやりにならないの」
 メリッサはずっと彼を見て来た。この2年間、拓海には守る者も守る物も増えた。当然、探す時間は無くなっていったところも見た。
「それでもこうして探すのは貴方にとって重要な事だからよ。納得出来るまで付き合うわ」
「……ありがとう。……生存を信じる奴が居ても、良いよな……」
 例え誰が信じなくとも──信じていたいのだ。それは死の確証を得るまで変わらないだろう。
 志恵へ挨拶をして、帰路へ着く。2人の鼻腔を美味しそうな香りが擽った。
「焼き芋屋台ね」
「全員ぶん買って行こう~、リサには2本奢るぞ!」
 今日のお礼と言わんばかりの拓海に、しかしメリッサは口元に笑みを浮かべて。
「あら……安くない?」
 えぇ、と苦笑しながらも、いつものようなノリに拓海の心がふわりと温まる。沢山の焼き芋を袋に詰めてもらい、2人は再び帰路へ着いたのだった。


●夢と現

 王を倒し、平和な日常が戻って来た。
 スマホにセットしたアラームで起きたGーYA(aa2289)はいつものようにリビングのドアを開け──瞠目した。
 ソファの上に置かれた本、玄関に置かれたままのスリッパは英雄の物。このアパートのドアを開ける事はもうないだろうと、戻らないだろうと鍵を閉めた時のままで。そこにはただ1つ、英雄の姿だけが無い。
(あぁ、そうだった……)
 英雄は王と共に”消えて”しまったのだ。──平和は戻ってきても、日常が戻ってくることはなかったのだ。
 GーYAの英雄は絆の聖剣を残し、そこに込められた彼女のライヴスがGーYAの人工心臓を動かしてくれている。けれど何度もその剣で心臓を貫こうとして、その度に『生きて』という言葉が手を止めさせた。
 それは聞こえるはずもない彼女の声で。
 やりたいことはある。友達もいる。王は消え、未来が約束された世界だ。それでもGーYAは足りないと、思う。
 どうして君はいない。どうして君は消えてしまった。どうして、どうして。
(君がいない日常は寂しくて、辛いんだ)
 だから次の瞬間に『いない』と分かってしまうとしても。君の名を呼んでしまうんだ──。

「まほらま!!」
 叫んだ瞬間、ゴスッと頭に何かが当たった。はっと目を開けると怒った表情のまほらま(aa2289hero001)がGーYAを見下ろしている。
「何よ!?」
「ぇ……まほらま?」
 額を押さえるその様子と、先ほどの感触からして──どうやら、起きぬけに頭突きを食らわせたようだ。じわじわと実感する現実に、GーYAの口から言葉が無意識に漏れる。
「怒った顔も可愛いな……」
「ばっ……寝ぼけてないでっ、出かけるわよ?!」
 真っ赤になったまほらまにティッシュ箱を投げつけられ、自分の顔が涙と鼻水で汚れていることに気付いた。
「夢だった、……よかった!!」
 あの夢は有り得たもう1つの日常──もう1つの未来。夢だったからといって完全に心から消え去るわけではないけれど、今はまほらまが傍らにいると実感できることにひたすら安堵していた。
「……で、どこいくの?」
「ジーヤと契約を確定した病院、その屋上よ」
 昔、GーYAは1度死んでいる。限りなく死に近い仮死状態だった、とでも言うのかもしれない。自らの心臓が動きを止め、GーYAは試作品だった人工心臓によって蘇生されたのだ。
 けれどもそこは、GーYAを否定した世界であることに変わりなく。力の制御ができずに病室を破壊したGーYAは、共鳴化させて沈静化をさせようとする医師と初めて会う英雄にパニック状態となったのだ。そして──。
「──屋上から放り投げられた、あの?」
「そうよぉ」
 GーYAは頷くまほらまに促され、外へ出かけた。

「あ、ジーヤさんだ。2人でどこか出かけるのか?」
「そう、ちょっと用事があってね。……あれ、あそこを歩いているのは──」
「……若葉だ! おーい、若葉ー!」
 偶々会うリンカーたち。誰の傍らにも英雄がいて、GーYAの傍らにもまほらまがいる。そんなことを思えば小さく笑みが浮かんだ。
 軽く挨拶を交わして彼らと別れ、病院の屋上へ。2人の間を風が吹き抜ける。
「……英雄は王を止めるための存在。俺が生かされた意味がそうだったんだなって」
 GーYAが生きたことで、英雄であるまほらまはこの世界に存在できたのだと思った。けれどまほらまはそれに答えることなく、屋上の手すりに寄りかかる。
「王はなぜ英雄を消さなかったのかしらぁ?」
「消さな……かった?」
 消せなかった、ではなく消さなかった、なのか。景色を眺めながら、まほらまは小さく笑ってみせた。
「『その先の未来』をあたしたちに託したのかもねぇ」
 絶望する世界の先を。
 ねぇ、とまほらまがGーYAを振り返った。その手が差し伸べられる。
「あたしは此処にいるわよ? 連れていってくれるんでしょ?」
 ──希望の理想郷へ。
 GーYAは「ああ」とまほらまへ微笑んで──その手を取った。


●新しい1歩を

 狐杜(aa4909)の自宅は山間部に位置している。周囲ごと静けさが包む家で、刀の手入れをしていた蒼(aa4909hero001)は不意にその視線を上げた。そこに立っていたのは薄いサングラスをした、中性的な少年。
「アオイ。少し時間をくれないか」
「……いいだろう」
 許可を得た狐杜は蒼の方を向いて座り、真っすぐに彼を見つめた。
「わたしはきみに罪を告白をしたい。王との戦いが終わった今、意味を見出せないかもしれないが」
 それでも、ここで言わなければ機会は2度と来ないかもしれない。
「わたしは、己が殺しをした恐怖心から自らの命を捨てようとした。アオイの存在をかけた約束だというのにそれを破った。そしてそれを認める事を否とした。それが、わたしの罪だ」
 エージェントになる際に『自身から何かを奪う者から全てを奪う』という覚悟をしたのは嘘ではない。エージェント生活はそれを証明するための戦いで、腹も括ったはずだった。
 けれど実際は。仇を討ち、命を奪い──ただ恐怖を抱いた。奪うことの恐ろしさを奪ってから知り、耐え切れずに命を断とうとしたのだ。
 狐杜にとって命を捨てるのは、最初の誓約を反故にすることだった。
「幾度ときみはあの日の話をしようとしてわたしは聞こうとしなかった。本当にすまなかった」
 度胸がなかったのだ。反故にしようとしたあの時を見つめ返せなくて逃げ続けた。だが、それももう終わり。
 見つめ返せばならない。進まねばならない。──言わなければならない。
「許してもらおうと思っての告白ではない。ただ、虫のいい話だが、きみとまだ時を過ごしたい」
 狐杜の言葉が途切れ、しばらく。小さく蒼が息をついた。
「……八代琴理。俺は初めの価値観の押し付けを謝罪しなければならない」
 それは長らく口にしていなかった、狐杜の本名だ。
「俺の記憶は世界を越えた影響で曖昧だ。だが奪われた、護れなかった悔恨は見に沁みている。だから貴様に手を貸そうと思った」
 『手を貸さなければ良かった』と思ったのは誓約を反故にされた時で、少し後には蒼の中で考え方が変わっていた。戦いの経験がある蒼と、経験がない狐杜。そもそも感じる命の重みが──価値観の物差しが異なるのだ。1つの命を散らした時、同じように捉えることなどできるはずもない。
 だがその事を話そうとするとかわし続け、聞きたくないと言う狐杜に苛立ったのは事実だった。約束を破り、それを認めない者だったのかと感じさせるのには十分で。
 しかし狐杜は正面から向き合い、認めた。ならば自分もまた、正面から向き合おう。
「貴様の告白に向けた覚悟に称賛を。……今は無き初めの誓約だ。死なば諸共、あんたと生きよう」

 また、ここからが──始まりだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    不破 雫aa0127hero002
    英雄|13才|女性|シャド
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 今を歩み、進み出す
    狐杜aa4909
    人間|14才|?|回避
  • 過去から未来への変化
    aa4909hero001
    英雄|20才|男性|ジャ
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