本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】ランチキ・ド・パリ

ガンマ

形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
24人 / 0~25人
報酬
普通
相談期間
4日
完成日
2018/12/17 11:58

掲示板

オープニング

●パリが燃えている

 フランス、パリ、花の都

 ――に行ったことがなくても、「エッフェル塔」という単語は聞いたことがあるのではなかろうか。
 今、その塔の周辺は。

 混沌であった。

「オラァー!」
「っけんなゴラァー!」
「やんのかボケェー!」

 チンピラとチンピラがあっちでこっちで取っ組み合い殴り合っている。
 そこに花の都の面影はなく……否、「戦神マルスの野」の意がある「シャン・ド・マルス公園」の本来の姿としては正しいのかも、いや正しい筈がない。

『御覧ください! マガツヒのヴィランが大暴れしています! 対するはH.O.P.E.と同盟を組んだジャンク海賊団! 凄まじい殴り合いっぷり! 陸のギャングと海のギャングの正面衝突だァー!』

 それを世界中に中継しているのは、周囲を飛ぶドローンの空撮や、どこかから撮影されている映像。
 もう何がなんやらである。
 現場に派遣された君達の感情がまず“呆然”になるのも無理もない。

 ――状況を一つずつ整理していこう。


●事の発端 01
 凶悪。
 マガツヒを示す言葉として、最も適したものであろう。
 その最たる例として、脱退者・裏切り者を認めない姿勢がある。「意識を失わせた上で完全拘束した構成員でさえ、他の構成員に殺害される」という実例が物語る。
 一度でもマガツヒを名乗れば、もう逃げられない。
 エネミーや他の幹部のような暴力に殉じれる者ならばそれも是だろう。
 だが……
 そうでないような、ただの弱っちい下っ端ならどうか?
 世界が終わりつつあるこの状況、H.O.P.E.との全面的な対決。マガツヒという泥に足先しか使っていない程度の者はこう思った。

「マガツヒがなくなれば自分達はどうなる?」
「H.O.P.E.に捕まれば自分達はどうなる?」
「混沌としていく戦況で、真っ先に使い潰されるのは自分達ではないか?」
「世界が終わりそうなのに、こんなことをしている場合なんだろうか?」

 しかしマガツヒから逃げ出せば殺される。だからそんなこと、口が裂けても言えやしない。
 そんな時だった。
 マガツヒ首領、比良坂清十郎はこんな声明を出したのだ。

 エッフェル塔から範囲一キロメートル内に財宝を隠した。
 財宝とは「マガツヒを脱退できる権利」。
 生き延びたいのならば探せ。そして遠くへ行くといい。

 それは地獄に垂らされた蜘蛛の糸か、傀儡を操る人形糸か。
 されど、追い詰められた弱者に選択権などなかったのである。
 生きたくて、死にたくなくて。多くの下級構成員共が、花の都を目指した。


●事の発端 02
 それをいち早く察知したのは、インターネット上のアジテーター集団インフィニット・シングラリティことインシィであった。
 警察が国民に対し盗聴やSNSの監視等を働けば批難を浴びるように、H.O.P.E.もまた超法規的活動が認められているとはいえ、無闇なプライバシー侵害は行えない。が、インシィは違う。インシィは合法的組織ではないから、そんなことが平然とできる。
 だがインシィは、得た情報を悪用することはなかった。
 インシィのリーダーDEMが、H.O.P.E.へ情報を送りつけてきたのである。
『一般人の避難ならインシィにお任せ☆ そうそう、ヴィランって呼ぶのやめてくれる? マガツヒみたいなのと一緒くたにされたくないっていうか――じゃあ何て呼べって? 賑やか集団でいいよ!』
 と、画面上には巷で人気のバーチャル動画配信者よろしく、3Dモデリングの美少女があざとく微笑んでいた。その少女はDEMと名乗り、こう続けた。

『世界が滅んで欲しくないのはインシィも一緒ですから! H.O.P.E.のお手伝いしちゃいますよっ』


●事の発端 03
 ヨーロッパ近海で【界逼】事件解決の協力をしてくれていた、H.O.P.E.と協力関係を結んだ“元”ヴィランのジャンク海賊団。
 彼らは件の情報を聴き付けるや、颯爽とシャン・ド・マルス公園に駆け付けた。なぜって? H.O.P.E.の敵対組織は海賊団の敵、そんなマガツヒ連中をボコボコにする為と、お宝を頂く為。「大丈夫だ、ちゃんとH.O.P.E.と山分けさ!」とはキャプテン・クラーケンの弁。

「お宝と聴いちゃあ、海賊は黙ってられねえよなぁ!」

 そう啖呵を切って。持ち前の喧嘩っ早さと血の気の多さのままに、あっちこっちでマガツヒヴィランと殴り合いの大乱闘を繰り広げ始めたのである。めんどくさいのは全部殴って黙らせる、それが海のルールだと言わんばかりに。というかコイツらは喧嘩したいだけじゃないのか? とは聞いてはならない。「そうだけど?」と答えるからだ。
 とまあ。海賊団は味方であるのは事実である。


●そして

 今に至る。

 マガツヒとは不倶戴天である古龍幇の者らがシャン・ド・マルス公園を封鎖してくれている。「マガツヒは一匹たりとて逃がしはしない」と、青龍刀や銃器を手に彼らの目は剣呑だ。おそらく逃げ出そうとしたマガツヒヴィランを、彼等は容赦しないだろう。
 思えば名だたるヴィラン――“元”や“ヴィランと呼ぶな”までいるが――が大集合しているではないか。
 かくして、そこに君達は登場する。

 花の都は、乱痴気騒ぎで燃えていた。
 

解説

●目標
メイン:マガツヒヴィランの捕縛
(積極的殺害は認められない。また過剰な残虐行為、虐待、拷問等、非人道的行為はH.O.P.E.として厳禁)
サブ:財宝の発見・必要ならば処理

●登場
▽マガツヒヴィラン
 下っ端系。数が多い。戦闘力は低い。
 凶悪犯罪者ではなく、マガツヒとしての志が低い者ばかり。

▽ジャンク海賊団
 わらわらいる。あっちこっちでマガツヒヴィランと大乱闘中。
 PC達の味方で、指示には従ってくれる。……が、いかんせん脳筋集団。
 ボスのキャプテン・クラーケンは公園敷地内で喧嘩に明け暮れている。
 海賊服なのでマガツヒとの見分けは楽。

▽インシィ
 SNS等を駆使し、避難誘導を行ってくれた。おかげで一般人の乱入は起こらず、エリアに一般人はいない。
 スマホに向けて「オッケーDEM」と話しかけると、インシィのリーダー格DEMと会話できる。
 ちらほらとインシィの者が隠れており、ドローンやカメラ等で状況を撮影して世界に放送している。リンカーだが戦闘する気はなく、居場所がバレると逃走し別場所に潜伏する。
 同時にエリア全体の状況も把握しており、DEMに話しかければ最速情報をオペレートしてくれる。

▽古龍幇
 周辺封鎖をしてくれている。
 エリアからマガツヒ勢が逃走しないように目を光らせてくれている。

●状況
 フランス、パリ、エッフェル塔を中心とした半径約1km周囲(シャン・ド・マルス公園)。
 捕縛用の手錠等、通信機、マップなどは支給されている。
 時間帯は日中。
 主な行動方針は以下。それ以外も可能。

【戦野】
 シャン・ド・マルス公園のそこかしこで勃発している喧嘩に殴り込み。

【護塔】
 エッフェル塔に上ったり中に入ったりする不届き者の制裁。
 塔の損傷を極力抑えることが任務。

【宝探】
 比良坂清十郎の隠された財宝を探す。
(PL情報:あちこちにあるが、“アタリ”は一つ。それはマガツヒらしい悪意の所業。注意)

リプレイ

●ド・乱痴気騒ぎ

 混沌、だった。

「殴り合い、すさまじい、な……」
『インシィの実況も混ざって、お祭り騒ぎみたいになっているな』
 共鳴中の木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は、目の前で繰り広げられている乱痴気騒ぎに一瞬だけ呆然とした。

「大乱闘乱痴気騒ぎってやつだね~」
『何を呑気なことを言ってるでござるか! 早く止めなければ』
 それは虎噛 千颯(aa0123)も同様で、瞬きをする彼に白虎丸(aa0123hero001)がライヴス越しに喝を入れる。

 一方で、ウィリディス(aa0873hero002)と共鳴中の月鏡 由利菜(aa0873)は、憂いの溜息を薔薇色の唇からこぼした。
「皆が手を取り合う姿が永遠であればいいのに……」
 そんな由利菜と対照的であるのが夜城 黒塚(aa4625)だ。
「大分あったまってきてるじゃねえか。全く、揃いも揃って御機嫌な奴らだ」
 強面を笑ませてズカズカ進んでいく黒塚。共鳴中のエクトル(aa4625hero001)は『なんかすっごく楽しそうだね、クロ』と目をパチクリさせた。

『ここで寝てたら、踏まれた方も踏んだ方も怪我するのです』
「怪我で済んだら良い方だよ」
 桜小路 國光(aa4046)もメテオバイザー(aa4046hero001)と共鳴し、仲間の一歩に続こう。

「ほらほらマルコさん、今此処全世界に中継されてるんだよ」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)もならいつつ、マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)へ振り返る。英雄は「だからどうした?」と肩を竦めるので、アンジェリカはこう続ける。
「ここで歌えばボクの歌姫としての知名度も上がるんじゃない?」
「歌うなら終わった後にしろ。戦闘中は流石に不謹慎だろ? 逆の意味で知名度が上がるぞ」
 ほら共鳴するぞ、と一蹴され。「もう!」と頬を膨らませつつも、アンジェリカは共鳴を。

 ――彼方に見えるは、かの有名なエッフェル塔だ。

『世界遺産だからね、早く収拾しないと』
 それを見上げ、春月(aa4200)と共鳴中のレイオン(aa4200hero001)が言う。此度の任務は、珍しく彼が出動を希望したのだ。
「海賊がいるよ! 陸だけど、海賊がいるよ! 迫力がすごいっ」
 一方の春月は見て見てと周囲の乱痴気騒ぎを指差していた。

「うわわ……あっちでもこっちでもケンカなんだよっ!」
「有名どころが集まっているとはいえ……想像以上だねぇ」
 まんまるに目を見張るピピ・ストレッロ(aa0778hero002)に、皆月 若葉(aa0778)は苦笑を返した。呆れもあるが、事態収拾の為に頑張らねば。
「……一部協力関係の組織もありますけど、ここまで非合法組織が揃っているとなかなか壮観ですね」
 キース=ロロッカ(aa3593)も若葉と同意見だ。共鳴中の匂坂 紙姫(aa3593hero001)は『そうだねぇ』と頷いてから、
『ここでお宝探すんだよねっ?』

 そう――宝探し。
 なんでも、ここに比良坂清十郎がとあるモノを隠したという。

「聞いた!? 宝探しだってよ! 魔法使いも海賊もロマンあふれるけど、宝探しもあふれまくりってやつだよな!」
 ルカ マーシュ(aa5713)は目を輝かせる。その隣で、ヴィリジアン 橙(aa5713hero001)は気だるげに向こうの塔を指差した。
「俺、エッフェル塔の方がいいんだけど……」

 辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)も、同じくパリのシンボルタワーを見上げていた。
「杞憂だといいのですけどね……」
 溜息を吐く。マガツヒの首領がここまでして、数名の死者で満足するとは思えない。
 それはユフォアリーヤ(aa0452hero001)と共鳴中の麻生 遊夜(aa0452)も、同じことを想っていた。
「“マガツヒを脱退できる権利”、ね……胡散臭いことこの上ないな」
『……ん、派手な騒動こそが本命……お宝は、“死ぬ権利”……とか?』
 その推理には琥烏堂 晴久(aa5425)も同意だ。「比良坂ってヒドい人だね。こんなの炙り出しじゃん」と眉根を寄せる。
「脱退……生き延びたいのならば……そして遠くへ……これ、マガツヒの性格上、生かす気はないよね」
「モノは爆発物である可能性が高いか」
 傍らの琥烏堂 為久(aa5425hero001)がそう言った。
 それを聞いていたレミア・フォン・W(aa1049hero002)は、ライヴスを通じて荒木 拓海(aa1049)へと問いかけた。
『たからって……きけんなもの……なの?』
「素直に縁を切ってくれないだろうから、爆発物や異界へ通じる穴……とか、違う意味で遠くへ行きそうだな」
『かわいそう……はんせいしてるひとも……いるよね』
 無垢なレミアは、心を痛めて小さく呟いた。
 対照的なのは紫苑(aa4199hero001)だ。飄々と、バルタサール・デル・レイ(aa4199)のライヴスを通じて物見遊山の物言いで、
『シャン・ド・マルスの虐殺ってのがあった場所みたいだね』
「虐殺ってほどの人数じゃなかったみたいだけどな」
『じゃあ、今回は本当の大虐殺を決行しようってことなのかな、比良坂清十郎は。いい性格してるねえ』

 さて。
 作戦が始まる。



●戦乱の野にて

「落ち着いてください……殴りますよ」

 共鳴中の時鳥 蛍(aa1371)は、ストレートブロウによって思い切りぶっとばした相手にそう告げた。ぶっとばされたマガツヒは他の者にぶつかって、諸共まきこまれて伸びている。
『……蛍が物騒!』
 ライヴス内でグラナータ(aa1371hero001)が言った。「それはそうですよ」と蛍はスンとしている。
「脇目も振らないこの喧騒……避難がなされていなかったらどうなっていたことか」
『殴ると言った時にはスデに行動が終了してるッス……ヒュウ……』
 とはいえ聖剣コールブランドでぶった切るのではなく、柄の方でぶん殴るという慈悲はある。無力化するだけで、それ以上のことをするつもりはない。痛いもんは痛いだろうが、先に敵意を向けてきたのはあっちなので、まあ。
 さて。他の場所でも起き続けている騒乱を鎮める為にも――蛍はスマートホンを取り出して。
「この際です。相手がどんな存在であれ……使える人は使っておきましょう」
『よしきたッス。オッケーDEMゥー!』
 そう呼びかければ『DEMちゃんでーす』と、3Dモデリング美少女が画面上に現れた。蛍は表情を変えぬまま、淡々とDEMに問いかける。
「……この周囲に、何か不自然に置かれている物は?」
『ンー、露骨っ! に置かれてるのはないかなー?』
「じゃあ、“宝探し”をしてるマガツヒの場所」
『この先15m、右方向デス』
「わかった」
 答えるや、蛍はスマホをしまって走り出す。まもなくだ。木に登ってなにやらガサガサしている無頼――それは蛍の存在に気付くや、舌打ちと共に拳銃を向けた。が、
「……遅いッ」
 跳び上がった蛍の聖剣が、銃身を払う方が早かった。バランスを崩したマガツヒは、そのまま木から落ちる。そこに聖剣の切っ先を向けられては、両手を上げて降参する他になく。
 蛍はヴィランに手錠をかけつつ――思い出すのはエネミーの存在だ。
(マガツヒは、アイツがいた組織……)
 その首領がエネミーの存在を許容していたのなら、きっと彼が仕込んだ宝などロクなものではないだろう。悪意を悪意で塗り固めたような、反吐の出る連中だ。蛍の心には、静かな怒りが燃えていた。だがそれは我を失うほどのものではない。強い“動機”として、少女の脚と剣を突き動かすのだ。
「……まだマガツヒとの戦いは終わってない」
『止めに行くッスよ!』


「……貴方達、町の風紀を乱すのは関心しないわね。私は仏じゃないから三度は言わないわ。懺悔なさい?」
 凛然と告げた橘 由香里(aa1855)は、学校の制服に眼鏡に「風紀」と書かれた腕章を身に着け、正に風紀委員長であった。
 が、ヴィラン共は「なんだこのガキ!」と聞く耳もない。焦燥と恐慌に凶暴性が臨界点を超えている。彼らに対し、由香里は大きく溜息を吐き、残念そうに首を振ると――

 ゴッ。

 金のジャスティン像(3rd記念)のフルスイング。
 更に返す刃(刃?)で他の馬鹿もゴッ。
 過剰攻撃禁止、ならばここで使わずいつ使う。嗚呼ジャスティン像。奴等に鼻血の花を咲かせよ。今宵のジャスティン会長は血に飢えておるわ。
「正義と希望の重みを知りなさい!」
 物理である。由香里はノックアウトした輩をザイルで手際よく数珠繋ぎに縛り上げると、「ここで反省してなさいっ」と既に設置済みのプレハブサウナにブチ込んだ。大丈夫、ちょっと汗をかいて健康になるだけです。全然非人道的じゃないですよ? 最初にシバいた相手が何分入って汗だくになってるか知らないけど、まあ、共鳴してたら死にはしない。理論上は。それにケアレイも持ってるし、大丈夫大丈夫。理論上は大丈夫。
「さて、次次」
 由香里は正義と希望の重み(物理)を知らしめるため、戦の野を征く。


 八朔 カゲリ(aa0098)はナラカ(aa0098hero001)に全権を委ねていた。そしてそのナラカはといえば、「つまらない」と辟易を抱いていた。
『昏い、な』
 マガツヒに属しながら、その理念を貫く意志も覚悟もない有象無象。
 他を虐げておいて、「生きたい、死にたくない」と口にして。
 自らの力に酔い痴れながら、同じ力を揮われることに覚悟はなし。
 軽い。弱い。昏い。決意も意志も。どこまでも自分本位で浅ましい。
 犯した罪は重くはない、なれど罪は罪。そこに弱さが介入する余地はなし。
 よって“赦される”など――あるわけもなかろうが。
『ならば良し、喝を入れてやるとしよう』
 そう言って、善悪不二の光を以て。カゲリに天剣「十二光」を揮わせる。必殺の意志こそないが、加減や躊躇もまたそこにない。これで死ぬなら是非もなし、死もまた惻隠の情と言うものだろう。
『死にたくなければ、生き足掻いてみせよ。――これは試練であり、裁きと知れ』
 その声は焔となり、光となり、黒となり、昏き者共を次々と切り捨てる。抵抗など塵芥。逃げるものなら、鎖匣レーギャルンによる居合を以て斬り捨てる。あまりにも速い斬撃に、刃に血が付くことすらない。そしてまた、白磁の玉肌に傷ができることもない。
 この軍神が野に、燼滅の王と渡り合える者など、ましてや止められる者などいようか。それほどまでにこのヴィラン達は弱く――そう、あまりにも弱かった。下手をすればH.O.P.E.に入って研修中の新人よりも弱い。
 それでも彼らは、リンカーではない人間に対しては圧倒的に強いのだ。
 嗚呼。なぜ、特別な力を手に入れながら、目の前のことしか見ることができなかったのか。自分のことしか考えられなかったのか。弱きをいたぶってよいと考えてしまったのか。奪うだけでは、いつか枯れ果て尽き果てるというのに!
『ああ――悔しくて泣いてしまいそうだ』
 どこまでも袋小路な、哀れな子。うずくまって武器を放棄して命乞いをする者を見下ろした。まだ若く、体も薬などをやっていなければ健康だろう。
『……なあ、どうしてこうも己に恥知らずでいられるのだ』
 答える声はない。ただ、共に在るカゲリだけがその悲嘆を理解していた。

 國光はそんなヴィランに手錠をかけ、あるいは倒れた者を担いで、騒乱の場から遠ざかる。
「貴方も怪我したら心配する、血のつながらない“兄弟”とか“親父”とかいるんでしょ? 大人しくして!」
 基本的にノックアウトされた者は戦意を喪失しており、厳しい口調の國光に対し抵抗や文句を言う気配はなかった。メテオバイザーは國光の叱咤に畏怖を感じつつも、『少しだけ言うこと聞いて欲しいのです』とヴィランへ付け加えた。
「海賊団……は心配なさそうだね」
 脚を休めることはしないまま、國光はワイワイやっている海賊団らをチラと見やる。練度に関してはヴィランより海賊団の方が上のようで、彼らが大怪我をしている様子はない。
 であらば、すべきことに本腰を入れるまで。國光は無力化された者を古龍幇の者らに任せると、先ほどカゲリを前に怯え切ってしまった者を連れて――わざわざ気絶させるまでもないだろうと判断し――キースの元へと連れて行く。
「おまたせ。くれぐれも扱いには気をつけてね」
「あ、サクラコ。身柄は貰いますが、その前に」
 言いながら、キースはH.O.P.E.のコートをヴィランの肩にかけた。そのまま、彼はヴィランにこう言う。
「今の状況だと、H.O.P.E.だと偽った方が身の安全が保障できると思いますよ……。ついでにいうと、警察に身柄を引き渡した方が生存確率は高いと思います」
『あたし達に知ってることを話してくれれば、司法取引で罪が軽くなるかもね~』
 知っていることがあれば教えてくれ、と紙姫と共に物言いに滲ませる。
 だが。
「お、俺は何も知らない。本当だ嘘じゃない!」
 恐慌した早口でヴィランは捲し立てた。ここに居るのはどいつもこいつも下っ端、有益な情報は何一つ持っていないのだろう。忠義によって口を閉ざしているとも思えない。
「……それは残念です」
 このヴィランが、キースらの作戦にとって有益を生むことはないだろう。そう判断したキースはコートを幻想蝶の中にしまうと、そのヴィランを回収担当の者に任せることにした。


 騒乱は続く。
 そんな中、降り注いだのは癒しの光雨だ。
「比良坂やマガツヒという組織は許せませんが……あなた達は、その身勝手さに振り回されただけです」
『……あたし達H.O.P.E.が人命優先なことのありがたみ、身に染みて感謝してよ?』
 由利菜とウィリディスの献身によって、重傷を負ったヴィランがそのまま命を落とすことはなかった。基本的に皆が加減していることもあり、この公園で死傷者が出ることはなさそうだ……今のところは。
 傷を治されたヴィラン、そしてアダマスの大鎌の柄で殴打し沈黙させた者らを、由利菜は手錠によって拘束する。そして、金襴に波打つ髪をなびかせて、暴力性に明け暮れる者共を見渡した。花のような美しさを持ちながら、薔薇の棘のように洗練された由利菜の手腕、戦闘経験――その宝玉のような赤い瞳に見据えられては、野蛮な者らも尻込みをする。
「“あなた達を利用できるだけ利用し、自分の掌上から逃げ出すことは許さない”……比良坂清十郎はそういう身勝手極まりない男です。そんな男に、いつまでも従う必要があるのですか?」
 そんな彼らへ、由利菜は凛と声を張った。
「武器を捨てて投降するのです。あの男の言うまま宝探しなどする必要はありません。……私達があなた達を殺めに来たのではないことは、もうお分かりでしょう?」
 聖歌のような麗しさと厳しさを秘めた声だ。なれど「しかし」と言わんばかりにヴィラン共は視線を惑わせる。長年を牢屋で過ごす羽目になるのではないか。マガツヒの追手に殺されるのではないか。
 そんな惑いを、由利菜は彼らの表情から察した。だからこそ、力強く声を重ねる。
「生きてさえいれば、這い上がり、やり直すチャンスは必ず訪れます」
『……みんなが生きられる世界は、あたし達で作るよ。その為に、まずヒラサカとか愚神の王とかをぶっ飛ばさないとね!』
 乙女らの清廉な言の葉に。幾人かが武器を放棄し、リンクも解いて、由利菜に投降する。
 しからば彼らを安全な場所にまで連行せねば。由利菜は状況を見渡す。仲間達も怪我を負うことはなく大丈夫そうだ。きっと状況が良くなることを信じ、乙女は進む。

「財宝って、どんなものか、わかる……?」
 黎夜は捕縛した者へ問いかけていた。だがいずれも答えはNOだ。
「そう……」
 彼らが嘘をついているとは思えない。ちょうど通りかかった由利菜に彼らの連行を委ねつつ、最後に黎夜はこう告げた。
「……籍を置かないって意味なら、『死ぬ』のと同じだと、思う、よ……? “生きて”脱退とは、言われた……?」
 少女のその言葉に、ヴィランは苦い顔で押し黙るのみである。深く考えれば罠の可能性にも思考が及んだろうに――そんな余裕がないほど、彼等は精神的に追い詰められていたのだろうか。
『悪趣味だな、この“首謀者”は』
「……うん。だからこそ……思惑通りになんか、させない」
 アーテルにそう答え。黎夜は海賊団と取っ組み合うマガツヒらへ掌をかざし、漆黒の炎を花開かせる。その火焔はマガツヒの者だけを焼き、ダウンさせる。
「うちは、命は取らねーから、安心して……?」
 魔法に峰打ちの“峰”はないが、命を奪うつもりはない。積極的殺人者に堕ちてしまえば、それこそマガツヒと同じ穴の狢だ。
 さて、休む間もなく黎夜は続けて魔法を使う。今度はマナチェイサーだ。ライヴスの痕跡を辿らんとする――が、
『……うーん』
 アーテルが苦い声を出した。なにせこの一帯にはリンカーがあっちこっちで大喧嘩中。つまりはライヴスがあっちこっちに拡散している訳で……。
『あれだな。木を隠すなら森の中、とやらか』
「……全くだね」
 これも見越していたのだろうか、比良坂清十郎は。どこまで悪辣なのか。
 とはいえ、茂みでガサガサやっている不届き者の発見には役立った。黎夜は黒き魔法書に魔力を込め、黒い靄をケモノに変えて。
「行けっ……!」
 狼の姿をした魔法が駆ける。茂みを探っていた者の尻に噛み付く。「いでえ!」という声に対し、黎夜は「降参しないとお尻を六つに割るよ」と言い放つ。


「喧嘩は祭りと江戸の華よ! ってな!」
『千颯は江戸の生まれだったでござるか!?』
「え? 違うよ?」
『紛らわしいことを言うでない! でござる!』
「まあここパリだし――ねッ!」
 ライヴス内で白虎丸とやりとりしながらも、千颯の飛盾「陰陽玉」がマガツヒの横っ面を殴り飛ばした。どれもこれもH.O.P.E.の新米よりも練度の低い者ばかり。手加減はある種、本気よりも気を遣う。
「はいガッチャン、っとー」
 ノックアウトした者に片っ端から手錠をかける。それから流れ弾に当たらないように、ちょっと遠巻きにポーイと投げる。
「おーいそこの海賊、捕縛したこれ回収しといてな~俺ちゃん達はあっちの応援に行くんだぜ~」
「あいよ、そっちも頑張ンな!」
 振り返る海の男が力強く応える。千颯はそれに親指を立てた。
『うむ、あの海賊というモノたちは千颯と近い匂いがするでござるな』
「白虎ちゃん……それ褒めてるの?」
 困ったように笑いながらも、千颯はスマホを取り出して。
「オッケーDEM、今一番苦戦してるとこはどこ?」
『了解。皆様優秀ですので“苦戦”はしておられませんが、エッフェル塔に入らんとする不届き者が目立ちますね』
「はいどーも」
 DEMにそう答えるや、千颯は走り出した。
『千颯、今のは何でござるか? そのすんまふというものから返事が来たでござるよ?』
「なんて言うのかなー……一応は味方、みたいな人からの通信っていうの?」
『ほほー……。あ、千颯! あそこ!』
 白虎丸が促す。千颯がそちらを見てみれば、当たり所が悪かったか、反対側を向いた腕を抑えて呻いているマガツヒが。骨が肌を突き破ってしまっている……なかなかに凄惨な傷だ。
「うーわぁ……大丈夫、そうじゃないなー」
 千颯はその者に歩み寄ると、掌をかざした。「ヒッ」と身構えるマガツヒの警戒に反して――傷を治す優しい光が、その者を包む。
「こんなところで死ぬことなんてないだろ。ま、致命傷ってほどじゃなかったみたいだけど!」
『弱き者は、駆逐するのではなく救うものでござる』


「おじさん達久しぶり。ボクがぶっ飛ばすから逃がさないよう捕まえてね♪」
 アンジェリカは海賊団と共に、無頼共を片っ端から制圧していた。ワチャワチャやっているところに飛び込んで、華麗なる大剣グランドール――の刀身の腹で、一気に五人ものマガツヒを殴り倒す。
『逆に気を遣うな、斬らないように戦うのは』
 痛快なほど殴り飛ばされていく者らを見、マルコが呟く。ハッキリ言って、ここにいるマガツヒは雑魚だ。熟練の戦士であるアンジェリカに手傷を負わせられるような者はいない。立ち上がって来る根性もなく、痛い目に遭えば降参するか、逃げようとするか。
「まあ、……強かったら、こんなところにはいないよね」
 溜息のように言いながら、アンジェリカは芝生の上に転がった拳銃を剣で突き刺し、破壊する。無力化された者らについては手錠をかけ、連行を海賊団に任せる。
 エージェントらの活躍によって、公園内の騒動は少しずつ鎮火に向かっていた。この調子で作戦が進めば、周辺の騒動は収まるだろう。さて、アンジェリカはスマホを取り出し。
「オッケーDEM、状況は?」
『御覧の通りかな! この調子でがんばろ☆ とりあえず目についたのをぶん殴れば収まると思うわ!』
 明らかに萌えを狙っているあざとい美少女が、画面上で媚びて笑む。『俺は現実の女性がいいなぁ』とボヤくマルコだったが、ここでふと、向こうに女ヴィランがいるのを目ざとく見つけ。
『おっ。そこのレディ、くだらん暴動等止めて俺とお茶でも――』
「ちょっと! リンク中はボクの姿なんだから止めてよ! どっちが恥さらしだ!」
 慌てて相棒を黙らせるアンジェリカ。ほら鎮圧頑張るよ! とむくれながらも走り出す。


「おっけーDEMちゃんっ」
 共鳴中の木霊・C・リュカ(aa0068)――今日はこっちが体の主導だ――がそう言えば、スマホの中に美少女が現れる。『バーチャルアイドル……!』と凛道(aa0068hero002)は唾を飲み込んだ。
「H.O.P.E.のお宝探しが終わったエリアを教えて?」
『了解なのです! マップに表示したですよ!』
「ありがと!」
 では、と彼は未探索部分へ走った――走りながらイメージプロジェクターでゴロツキっぽく変装する。周囲は海賊とマガツヒとH.O.P.E.でもみくちゃだ、範囲攻撃は控えるとして、リュカは大きく声を張り上げる。
「おい! あっちの方に宝があるらしいぞ!」
 あっちだ、と指をさす。するとそれに反応するのはマガツヒで、彼らが走れば海賊達も「待てやオラー」と追い始める。これで騒動場所をある程度コントロールできれば、宝探班も動きやすかろう。
 と、その時だ。リュカに一気に間合いを詰める影あり。
「オラーッ!」
 黒塚だ。服装でリュカをマガツヒと見間違えた黒塚の腹パンだ。
「グエーッ!」
 ごえーっと出ちゃいけないものが出る。
「ほう、今の一撃で倒れないか……ちったぁ骨のある奴がいるじゃねェか」
 一方の黒塚、めっちゃ嬉々。ゴキゴキ拳を鳴らしている。それはそれは楽しそうに戦気がムッワァアアアである。「ちょっと待って」とリュカはむせ込みながらも慌ててイメージプロジェクターを解除した。
「知り合いに変身すれば拳が鈍ると思ったかオラーッ!」
「本人です紛うことなき本人ですグエーッ!」
 そういうタイプの敵じゃない。よくある精神攻撃してくるタイプのアレじゃない。「違うんです、いや違うくないです」と必死に首を振るリュカ、その胸倉を掴んで「何発耐えられるかなァ?」と狂犬の笑みを浮かべる黒塚。
 とかやってるとマガツヒの者に「今がチャンスだ」と思われる。やっちまえ、と囲まれる。
「ボス! どうしますボス!!」
 若干ラッキーと思いながらも、ゲッソリしながらリュカは黒塚の後ろに隠れる。黒塚は後ろの彼に、久々かもしれないガチメンチを切った。
「チッ……マジでリュカか。ややこしいことしやがって」
「ボスのせいでHPがゼロです、あとはまかせましゅ……ふええ……つらたにえんむりちゃづけ」
「……てめェ後でエッフェル塔の裏来いや」
「やだぁ! 黒ちゃんお仕置きする気でしょ黒ちゃんのエッフェル塔で! 同人誌みたいに」
「あ? どうじんし? ……何ワケのわかんねェこと言っ――おい、なんでマガツヒの奴らも海賊も俺から距離取ってんだ 待てコラ」
 逃げられたら追いかけたくなっちゃうのは男のサガ。かもしれない。

 とまあ。
 黒塚はひたすら拳で殴り、リュカは鎌の柄で殴り。
 殴って転がして蹴ってぶっ飛ばして千切っては投げ。
 どれも弱い。スキルで全力攻勢するまでもない。

「ごめんね……亀甲縛りとかで飾ってあげられなくて……」
 リュカはそんなことを言いながらも、無力化した者らに手錠をかけて、騒乱から遠ざけて、DEMを通じて連行担当者に連絡を行った。
 黒塚も、後ろ手に親指同士を結束バンドで完全拘束と容赦がない。しかもその後、足で蹴って転がしているので更に容赦がない。
「で、だ」
 深い溜息。鼻血を流して転がっているマガツヒの者を、黒塚は見下ろして。
「……こっから肝心なのはお前らの身の振り方さ。真っ当に生きたい心積もりがある奴は、それなりの選択肢を一緒に考えてやる。
 一生悪党で通すんなら、何度でも、泣いて土下座するまでぶん殴ってやるから覚悟しとけ。どの道を選ぶにしても、手前らが自分で自分の責任を負うんだ……甘えた根性ぶら下げてんじゃねえぞ」
 彼らは弱かった。意志も力も。だがそれは“許される”口実にはならないし、“弱いから”といってなんでもワガママが押し通ることもまた、ない。弱さにも、強さにも、平等に責任がある。
 だから黒塚は容赦をしない。だがそれは“残酷さ”とイコールではない。彼の“容赦なき言葉”に、悪党共はうつむいた。謝罪の言葉はない。だが、悪としてあった心は、確かに折れた。それはもう――ベッキベキに。


「ふたりで探したほうが早くない?」
「この状況で? 危ないだろ」
 ルカの言葉に、ヴィリジアンはそう答えた。マガツヒ連中は弱いが、それでも非共鳴状態ならば太刀打ちはできない。それもそうかぁ、とルカは共鳴を決めた。
「あ。ルカ、パリって犬のう〇こ多いらしいから気を付けて……」
「最後になんつう台詞をっ!」
 なんて言いつつも、共鳴完了。なお共鳴中は会話すらできない。実質ルカ一人でこの騒乱に放り出されたようなもので――ルカはだんだん怖い気持ちが勝ってきた。
「つうか……宝って……どんなもん……」
 独り言ちつつ、辺りをキョロキョロ。喧嘩から逃げるように、ルカは気配をできるだけ殺す。
「失礼します……」
 ガサ、と茂みを掻き分ける。あるいは顔を突っ込む。なんだか不審者の気持ちになってくる。
「不審者じゃないですよ……」
 呟きながら、木の上にはジャングルランナーで登り、葉々を掻き分け不審物を探す。
 おっかなびっくりだが、やることはキチンと。仲間と連絡も取り合い、効率的に。
 そんな時だった。薄っぺらい便箋を一枚、ルカは発見する。
「あれ……もしかして怖いものだったりする?」
 どうしようコレ。ちょっとオロオロしていると、「俺のモンだ!」とマガツヒの者が跳び出してきてそれをひったくった。
「ひぇー!」
 半ばパニックになりながら、ルカはパトリオットシールドでその者を殴り付けた。
「でかした!」
 そこに現れるのは、マガツヒを追って来たのだろう海賊で。取り押さえてくれたので、ルカは「ヒェー!」と手を震わせながらもなんとかそのヴィランの拘束に成功した。ついでに“宝”はハズレだったようで、中身は空っぽだった。
(びっくりしたぁ……)
 冷や汗をダラダラしつつ。「お手柄じゃねえか」と海賊と目が合ったので、「あ、どうもー、ごくろうさまですー」とジャパニーズ会釈の後にソソクサッとその場から離れるルカだった。カッコイイけど、海賊って怖いよね!


「オッケー☆DEM!」
 Ezra(aa4913hero001)と共鳴したプリンセス☆エデン(aa4913)は元気よくそう言った。言ってみたかったのもある。
「公園内の監視カメラのさ、過去映像を解析できる? 変なモノを設置してる人のサルベージよろしく!」
 すると、通信機越しにやりとりを共有していた拓海もまた、「ついでになんだけど」とDEMに声をかける。
「監視カメラの撮影範囲も皆に教えて欲しい」
『しょうがないにゃ~。まず荒木クン、君のオーダーは今反映したにゃ。次エデンちゃんのオーダーね、こんなこともあろうかと用意したモノがコチラ』
 と、DEMがエデンのスマホに送ったのは、エッフェル塔が映っている画像、だ、が。
『塔の天辺辺りにUFOっぽいの映ってるでしょ。これね、DEMの見解的にエネミー/シャングリラ』
「……塔の天辺!?」

 そのことが全員に知れ渡る――前に、時間は遡る。



●花咲く思惑
 剣呑な中国語が聞こえてくる。古龍幇の戦闘員らが、警戒を張り巡らせている。
 最中、CERISIER 白花(aa1660)はベンチに脚を組んで座り、優雅に葉巻を吹かしていた。
「堂々と路上喫煙しても問題ないのは良いわね」
「えぇ! そのとおりですわ!」
 即答したのはプルミエ クルール(aa1660hero001)。傍らの芝生、膝の上にはノートパソコン、キリッ! とした顔で一意専心に操作を行っている。
 ふぅ――白花の口唇からこぼれた紫煙は、十二月のパリの空に掻き消える。白花は半分フランス人だが、育ちは日本。「懐かしい」という気持ちは湧いてこなかった。ただ、亡き夫の墓にまで騒ぎが及ばなければいい。
「ああ、そうそう」
 白花は葉巻――プルミエを作業に集中させる為に自分でカットし火を点けたもの――を灰皿に置いて。取り出したのは小さな紙箱。傍らの古龍幇の者に差し出す。「大姐(ダージェ)、これは?」と男が問うた。
「睡眠薬。マガツヒ構成員を捕まえたら飲ませなさい」
「はあ、しかし、」
 古龍幇からすればマガツヒは怨敵、生温いやり方では……といったところだろう。それを踏まえて、白花は柔らかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、私がやりましょうか」
「あ~……いえ。了解です、大姐」
 降参の笑みを返し、彼は睡眠薬を受け取った。白花は笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「……それに、方法はお宝以外にもまだありますわ。例えばマガツヒそのものがなくなる とか。そうでしょう?」
 と、その時だ。プルミエが「任務完了です!」とパソコンを白花の方へ献上するように向ける。そこにはインシィが生放送している動画が幾つか映っていた。白花が英雄に調べるよう指示したのだ。貴婦人は葉巻を咥えたまま、画面を見やる。
「あら――」
 こうして並べてみれば……どのカメラにもエッフェル塔が映っているではないか。
「私ね、こう思うのですが」
 葉巻を燻らせ、白花は言う。
「インシィ……DEMは“できる子”ですもの。比良坂の“お宝”の正体と場所を知ってるんじゃないかしら」
 そしてこの映像こそがヒント。エッフェル塔に何かある。そこで何かが起きる。
「このことを皆に伝えて頂戴」
「知道了、大姐!」
 白花の声に、古龍幇の者らが直ちに同胞へ、そしてH.O.P.E.へ連絡を行った。
「大姐、海賊にも?」
「あの子達には……別にいいんじゃないかしら」
「好的!」

 ――同刻。

「オッケーDEM? ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
 構築の魔女はスマホに語りかける。すると3Dモデリングの美少女がパッと画面に映った。
『ハァイ、DEMちゃんだよ! ご用件は?』
「もし、エッフェル塔が倒れるとして、どの方向に倒れたら一番死者が多くなると思う?」
『ン~……一般人の避難はもう済んでるし、倒すウマミってあんまりないかも?』
「ふむ?」
『塔を倒す以外で、コウチクちゃんはどう考える?』

 ――DEMは犯人ではないが、おそらく“アタリ”がついている。
 惜しむらくは、DEMは倫理観が希薄で、悪人ではないもの根っからの愉快犯、ということか。

「オッケーDEM★」
 振澤 望華(aa3689)がそう呼べば、『DEM様だぜ!』と早くもキャラブレしたDEMが答えた。
「ちょっと見て貰いたいモノがあるんだけど~……」
 そう言って、望華は“DEMが勝手に使った望華の映像”を再生した。
『ア! コレな。マジナイス。水着のチャンネー最高! イイネ!』
「どーも! じゃなくて! なんで……なんでアップした映像をそのまま切り取っただけのを無断で使ったの……! 一言、断りの連絡をくれたらその部分の高画質元データをあげたのに!!」
 望華は肩を戦慄かせ、顔を真っ赤に立て続ける。
「あくまでもあの動画サイトでの一般的な再生サイズに適した画質なのよ!! そりゃあね? 気を遣ってそれなりに綺麗に観れる画質にしてあるけど! けど!! そうじゃないの!! テレビに適した画質じゃないの!! もう!!!」
『メンゴメンゴ。思い立ったがキチ日しちゃうタイプだからさDEM様は』
「そんなわけで!!」
 ケロッと表情を良い笑みに変えて、望華はDEMにこう言った。
「お詫び代わりに“このあと一番センセーショナルな映像(え)が撮れる場所”教えてちょうだい。たくさん目があるんだもの、“イイ場所”知ってるわよね?」
『ハハ~ン? DEM様に取引とな?』
 その時だ。白花による連絡が届く。3Dの美少女がメロイックサインをキメた。
『ココ! マダガスカル! そーれっ!』
「マダガスカルじゃなくない? ふんふん……フフン。インシィメンバーだと堂々と人目はばからずは撮れないだろうけど、私は撮れるわ」
 それは、遠回しに望華が手は出さないことを示していた。
『イイジャン! オッケー! レッツゴー! レッツ戦場カメラマンじゃん!』
「任せてよね! それじゃ、行ってきまーす」
 あざとく敬礼してみせて、望華は傍らに控えていた唐棣(aa3689hero001)を呼んだ。共鳴を果たし、黒い髪とスカートとをなびかせて、乙女はシャン・ド・マルス公園を駆ける――。


「初めまして! ボクは琥烏堂晴久。君がどこまでインシィのメンバーを把握してるか分からないけど、何人か世話になってるんだ。やっと頭目に会えて嬉しいよ」
 合言葉の後、晴久は画面上の少女に告げた。『よろしくにゃん♪』と3Dモデルが微笑む。
「早速だけど、君は宝の正体を知ってたりするのかな」
『実物を見てないからなんとも言えないにゃん。でも、ハッピーなものじゃなさそーな気はするにゃん』
「……ボクらに隠してることある?」
『DEMの個人情報とかかにゃ!』
 のらくらと言う。考察するに、H.O.P.E.との関係性が悪化するのはDEMにとっては悪手、つまり“致命的にマズイ”ことを隠している様子はなさそうだ。ならば追及はさておき、晴久は次の問いへ。
「探し終った場所をマップに表示して欲しいんだよ。H.O.P.E.全員分できる?」
『了解にゃ!』
「それから……」
 と、ここで晴久は為久を共鳴を。その姿は黒い軍服に手錠と鞭という、耽美でサディスティックな外見だ。
『キャーッ兄様素敵っ! は、オッケーDEM、兄様の録画を頼む!』
 テンション爆上げの晴久、言葉が出ない為久。
 さて早速、作戦開始だ。「部下の方達をお借りしたいのですが」とキャプテン・クラーケンにも筋を通し、戦力も得た。
 為久は海賊らにマガツヒの者らを囲い込ませ、誘導と追い込みをして、重圧空間によって一網打尽を図る。
「跪きなさい。ここから先は立ち入り禁止ですよ」
 妖艶な美貌を笑ませながら、その手には運命の赤い鎖。武器を手放した者には「良い子ですね」と手錠をかけてゆく。
(兄様も結構ノリノリなんだよ……)
 ライヴス内でそう思う晴久。しかしながらイイ。凄くイイ。尊い。無理。しんどい。合掌。世界に感謝。
『オッケーDEM! 兄様ちゃんと撮れてる!?』
『バッチリ撮れてるにゃ。あとでキミのメアドに送るにゃ~』
『ありがとう!!!』


 ナイチンゲール(aa4840)については、少し時を遡ろう。
 彼女はH.O.P.E.本部へとこんな要望を送った――「現場のマガツヒ全員をジャンク海賊団送りにしたら?」と。脱退者保護と【終極】の戦力増強を兼ねた措置だ。陸地を離れればマガツヒの追手もそうそう手出しはできまい。
「札付きの受け入れは立派な社会貢献だから、海賊団の減刑に色付けてあげる感じで。大丈夫そうなら話はこっちで通すよ」
 それに対しての本部の判断としては、「マガツヒが壊滅するまでの一時的な避難場所としてそうすることも構わないが(とはいえ決定権は海賊団にある)、【界逼】が解決した後は捕縛したヴィラン達へ随時裁判を行い、然るべき刑罰を下す」というものとなった。
 そして今。墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴したナイチンゲールは、クラーケンのもとへ。彼、そして彼らは武器を持たず拳によってマガツヒをぶん殴っていた。
「しばらく、キャプテン。調子良さそうだね」
「おう、お前か」
「ちょっと相談があるんだ。ああ、手は止めなくていいよ」
 掴みかかって来るヴィランの手はヒョイとかわし、ナイチンゲールは言葉を続ける。例の措置のことだ。
「……マガツヒ達をこのまま連れ帰ってくれない?」
「俺らの船を監獄にしろって?」
 ナイチンゲールに組み付こうとしていた者をブン投げつつ、クラーケンは片眉を上げた。その者が茂みに頭から突き刺さる軌道を眺めつつ、乙女は言葉を続ける。
「恥ずかしい話だけど、H.O.P.E.がマガツヒの構成員を生かしたまま連行ってのはハードコアミッションでさ。つまり“そういうこと”――あなた達にとっても危険な仕事になる。だけど……ね、お願い」
「あーあー、面倒臭ェがしょうがねーな」
「ありがとう!」
 ナイチンゲールは船長の腕に抱きつくと、「じゃ、よろしく! あと、ほどほどにねー!」と笑みを浮かべ、ひらり離れて走っていく。極上の女体を抱きしめ損ねた船長の義手は、八つ当たりとしてヴィランを殴った。
 さて、ナイチンゲールはこのことを本部及び関連組織に連絡し、周囲に視線を巡らせる。DEMのと通信の結果、妙な傍観者や不審者はなし。……このまま上手く事が進めばいいのだが




●鉄の貴婦人の希望と絶望
 時系列的に、エデンがまだDEMと連絡を取ってない頃。
「お宝みーつけた!」
 エデンはロケット花火を打ち上げ注目を集めつつ、声を張った――リュカがやったのと同じ、偽情報による誘導だ。そして今度は為久のように、重圧空間での足止めを試みる。
「さて!」
 足止めされた者達へ、エデンは腰に手を当て見渡して。
「ねーねー、あのインキャな比良坂清十郎どんが、優しく脱退ゆるしてくれると思う? いまさら? 冷静に考えてみて! お宝見つけた瞬間に、みんなあの世行きだよきっと! 嫌がらせ大好きそうだもん、あいつ!」
 動くことができなければ、あとは話を聞くことしかできまい。そう思い、エデンはヴィラン達に言葉を投げかける。
「きっと危険物だよ間違いない! だってお宝(仮)見つけたとして、どうやってあいつと連絡とるの?」
 その言葉に、正論を返せる者がいようか。返って来るのは歯ぎしりのような呻き声ばかり。
「あのインキャ男と、プリティーなあたし、どっちのこと信じてみる? この騒ぎを事故なくおさめたら、きっとH.O.P.E.も寛大な処置をしてくれるよ!」
 たぶんね! とは心の中でだけ付け加え。抵抗を止めた彼らは流石にH.O.P.E.の手伝いをするほどの気力はないようだが、無力化したことは事実だ。

 で――エデンはDEMとあのやりとりをして、今に至る。
 この情報は、構築の魔女もまた調査せんとしていた内容だった。
(周辺の一般人避難は済んでいる……ならば、一般人の大量殺人は目的ではない、ということ……?)
 流石にパリが焼け野原になるような超越兵器ではない、と思うが。そんな“便利なモノ”ならもっと別の場所で使っているだろうし……など、構築の魔女はエッフェル塔を目指しつつ推理する。

 バルタサールも、徐々に違和感を覚え始めていた。
 宝物にはライヴスが何かしら検出されるのではとレーダーユニット「モスケール」を持ってきたが、リンカーというライヴス性存在だらけで逆にそういったものの発見が難しくなってしまっている。
 一方で見つかる宝というのは、どれもこれも空き箱だったり空の便箋だったり、なんでもないハズレばかりだ。
「……殺しが目的じゃないってことか?」
 どうにも、比良坂清十郎の目的は「シャン・ド・マルスの虐殺」ではないように思えてきた。バルタサールは悪意の面から推理と予想をしていたが、そのどれもが外れていたのだ。
『じゃあなんでこんな“雑”なことを?』
 紫苑が言う。財宝にしたって、H.O.P.E.からすればそれが怪しさ満点な――明らかに罠であることは明白で。そう、まるでバレることが前提のような……。
『かといって、本当に下っ端を脱退させてあげるよーなんて大盤振る舞いはありえないだろうし』
「H.O.P.E.にバレまくってる時点で、下っ端共の思う“脱退”は叶わない訳だしな」
『ま、逮捕されてH.O.P.E.の管理下になっちゃえば、死ぬことだけは回避できるかもだけどね? そう思うと嘘は言ってないのかな、わあヤラシイ』
「逮捕と刑罰がプレゼントってか、とんだサンタクロースだ」
 とかく。殺人が目的じゃないなら、何が目的でこの事件は起きた?
「……陽動か?」
 世間の目を【界逼】の本当の騒動から逸らす為の。
 そう推理すれば……全てのつじつまが合ってしまう。
 この事件は最初から比良坂清十郎の掌の上、哀れで愚かな狂乱芝居――。
『さっきも言ったけど、いい性格してるねえ』
 紫苑が呟き、バルタサールは溜息を吐いた。それから、そんなことも知らずに目を血走らせているヴィランへと、フラッシュバンを造作もなく投擲する。
「おめでたい奴等だ。財宝なんていう戯言を真に受けるとはな」
 溜息は、パリの騒乱に掻き消えて行く。

「大規模な殺戮を起こす気はない……みたい、だけど……」
『だからといって、このまま無事で帰すのも考えにくいわね』
 共鳴中の氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)はライヴス内で意見を交わした。マナチェイサーや戦屍の腕輪による調査も、黎夜の結果と同じく皆のライヴスに紛れてしまって見つからない。比良坂清十郎のライヴスを見つけ出さんとしたが、共有された情報によると“財宝”はエネミーが――おそらく清十郎からの命令で――しかけたものと推測される。
 たくさん殺す気はない、だがバレる前提、なれど見つかりにくい――この事件が陽動なのだとすれば、騒動が長引くほど陽動としては適している。そんな予測がついた。


 一方、エッフェル塔。
 春月の申請によってエレベーターの電源は止められ、今この塔を登る手段は階段ぐらいだ。乙女は階段の入り口に陣取って、双剣『カジキ/マグロ』を構えていた。
「やいやい、近づいたらマグロで叩くからね!」
 このマグロ、ジョークグッズながらAGWとしても機能する。ついでに剣であるが実際は殴打武器である。「なんだテメェ!」と見た目に騙された者が掴みかかって来ようとする――ので、「えいやっ!」と春月はマグロを閃かせ、打ち据える。磯の香りの幻臭がする……かもしれない。
 シュールだなぁと思いつつ、レイオンはライヴス内で状況を見守っていた。マガツヒの連中は弱い。本気の剣では酷く殺傷してしまう危険性があるので、まあ、マグロで最適解ではある。絵面がアレなだけで、春月は真面目に任務をこなす心算だ。
「効くかなー?」
 マグロである程度べしべししたら、あとはセーフティーガスで一網打尽。無力化した者らを手錠――たくさん支給されているので、なくなる心配はなさげ――でヴィラン達を拘束し、目の届く場所に集めておく。
「ふぅ……」
 戦野の面子の奮闘のお陰で、エッフェル塔にヴィランが大挙して……という事態は防がれていた。おかげで春月も仕事がし易い。周囲への警戒もしつつ、拘束した者らを見やった。結構最初の方に転がした者は目を覚ましたようで、手錠をガチャガチャやりながら悪態を吐いている。
「大丈夫? あんまりガチャガチャするとその……手首痛いよ? ほら、チョコ食べるかい?」
 確かコイツは、腹パンならぬ腹マグロを決められたはず。マグロに殴られた傷が痛むだろうと、春月はその者の口にチョコを捻じ込んでおいた。
「しっかし、でっかいなーエッフェル塔」
 一息つきつつ、春月は鉄塔を見上げる。するとレイオンがうんちくを語り始めた。
『エッフェル塔の名前はね、建築家から来ているんだよ。建設当時は、デザインが奇抜だと受け入れられなくて……』
「あ、あれ、今授業の時間だっけ……」


 ほど近い場所では、ピピと共鳴した若葉がヴィラン達の捕縛に尽力している。
「こらー! 待てー!」
 階段が封鎖されていると見るや塔によじ登り始めた者へ、フットガードによって完全なバランス性を得た若葉が猫のように鉄骨を渡り追う。
「タマさん、ゴー!」
 そのまま黒猫の書に掌をかざせば、タマさんと名付けられた魔法猫が飛び出して、不届き者に猫パンチ。バランスを崩したヴィランはそのまま落下してダウンするが、共鳴していれば頭から落ちても大丈夫……理論上は。
「ふう……OK、DEM。状況はどう?」
 鉄骨の上から周囲を見渡しつつ、若葉はDEMへそう問うた。
『イイ調子! このままがんばろっ☆』
「そっか、ありがと」
 返事の終わりには鉄骨から軽やかに飛び降り、若葉は新たに塔へ近付こうとしている者へと駆ける。
 インシィと古龍幇のおかげで、一般人の避難やマガツヒの逃亡も心配はないだろう。海賊団のおかげで制圧についてもこのまま時間が進めば完遂できる。仲間達からの綿密な連絡によって状況も掌の上。
(なら……僕らはパリの象徴を護らないとね)
 騎士双剣ホワイトナイト・ツインエッジに武装を持ち替え、若葉はヴィランの前に躍り出る。舌打ちをした無頼は粗末なナイフを振り上げた――が、それは若葉の操る切っ先に、ことごとくが軽く踊らされる。
「比良坂が脱退を認めると本気で思ってるんですか? 罪を償う必要はあります……でも、まだやり直せます。仲間が比良坂を倒します、大人しく投降してください」
 下っ端といえどマガツヒ、油断はしない。相手は一向に届かぬ刃に苛立ちと焦燥を見せながら、自棄めいた声で「うるせえお前に何が分かる!」と怒鳴りつけた。
「そうですか」
 直後だ。剣の柄による殴打が、ヴィランの鳩尾に突き刺さる。無頼が崩れ落ちる。
「……次は誰です?」
 ニコリと人畜無害なれど容赦のない笑みで、若葉は周囲を見渡した。


 銃弾が走る。夫婦狼が刻印された狙撃銃ハウンドドッグにより、遊夜が撃ち出した弾丸だ。
「すまんがここは立ち入り禁止だ、お引き取り願おう」
『……ん、そこは全て……ボク達の、目が届く範囲……絶対に外さない、お縄の時間……だよ?』
 彼はエッフェル塔の鉄骨の上から、黙々と淡々と“狩り”を行う。モスケール等も起動し、ここは己が狩場だと言わんばかりに警戒を張り巡らせる。
「俺達の眼から逃れられると思うなよー?」
『……ん、絶対に……逃がさない、よ』
 狩りにおいて、狼ほど獲物に執念深い生き物はいまい。鉄塔の物陰、遊夜はスコープを覗き込み、引き金を引いた。また一つの弾丸が精確無比にヴィランの足の甲を撃ち抜き、跪かせる。やろうと思えばヘッドショットも容易いが、頭を狙えば殺してしまう。だが殺さねばならない相手ではない。なのでせめて足を狙い、動けなくさせて、仲間に捕縛を任せよう。
(……キッツイなぁ、)
 心の中でそう呟いたのは、「ありもしないもの」を探して苦しんでいるヴィランらの姿についてだ。あまりに憐れで、見ている方が苦しい。さっさと意識を飛ばしてやる方が楽だが――まあ、この弾丸でその心も折れてくれることを祈ろう。また一発。
(アイツはマガツヒ自体を気にかけていない。そんな情けをかけるタマじゃなかろうに。というか……そもそももう声明のことすら忘れてる可能性もあるんだよな)
 今言っても詮無いか。次弾を装填しつつ、溜息のようにこう言った。
「何にせよ、さっさと捕まるこった」
『……ん、逃げ出せば殺される……ならボク達に捕まって、抜ければ良い』
 ユフォアリーヤの言葉に「全くだ」と同意した。救済など大それたことはできないが、せめて少しでも良くなるように、願いを弾丸に込める。


 遊夜の丁度反対側では、拓海が同様にヴィラン対応を行っていた。
「そこの人ー! 止まりなさーい!」
 H.O.P.E.が現地入りする前に塔に入り込んだか、階段を上っている者へと、拓海は縛られぬ者によって空を駆けながら塔外部より呼びかけた。だがその者は拓海を睨み付けるや、拳銃を向ける。容赦のない発砲音が数発響く、が、弾丸はいずれも拓海の前で、まるで見えない手に掴み取られたかのように止まり、パラパラこぼれ落ちていく。
「もうここまでだ」
 拓海は階段に降り立ち、ヴィランを見下ろす。だが無頼は焦燥の顔で銃口を向けるので――まるで大気という髪がたなびくような、強い風を吹かせて階段から転がり落とした。マガツヒの者は踊り場に転倒すると同時に銃も落としてしまう。
「……H.O.P.E.には元犯罪者もいる。真剣に更正したいなら力を貸すし、出直せる」
 無力化した者に手錠をかけつつ、拓海は諭すようにそう言った。
 さて、まだ仕事は残っている。DEMからの情報共有、それから飛行時に見た塔の中の景色の共有。モスケールの確認。まだ残っているヴィラン対応。……皆の武運を祈る。
「よーし、あともうひと頑張り……! 次に来る時は観光でッ!」
 自分を鼓舞するようにそう言って、気合を入れ直すように頬をペチと両手で挟み叩いた。


 朱殷(aa0384hero001)と共鳴したHAL-200(aa0384)はエッフェル塔の内部をくまなく探索していた。
「んー」
 ライヴスゴーグルを着け、ダウジングロッドを両手に持ってウロウロしている姿は、こんな状況でなければ不審者感が凄まじい。朱殷はそう思うものの、ライヴス内で沈黙していた。どうせここにいるのはヴィランかH.O.P.E.エージェントか――かくして遭遇したのは、前者だ。
「お前ッ、H.O.P.E.か!」
「うん、そうだよー。そっちはマガツヒかな」
 ゴーグルをヨイショと額に上げ、ハルは大剣ヴァルキュリアを手に持つ。そのままなんてことない仕草で一閃、重量に任せた平打ちを奴の脚にお見舞いする。ボギッと嫌な音がして、悲鳴と共にヴィランが崩れ落ちた。
「痛かった? ごめんね」
 言いながらも手錠をかけて、「ここでじっとしててね」と諭すように言って、ハルは再び探索に戻る。
 結論として、ダウジングロッドの反応はなく、展望台やレストランなども見渡したが、ライヴスゴーグルで妙なモノは見当たらなかった。
「オッケーDEM」
 その合間、ハルはスマホに呼びかけてはインシィのリーダーを呼び出した。
「マガツヒのヴィランの中に、比良坂清十郎のスパイとか紛れ込んでいないのかな? 変な動きしてるマガツヒとか、ドローン飛ばしてるのとか、いない?」
『ン~~、いなさげ! そーゆーのが出てこないようにインシィでも目を光らせてるよ、安心して☆』
「じゃあ、変な隠しカメラとかはある?」
『そういうのもないなぁ。てことはー、比良坂清十郎はここの成り行きなんてどうでもいいんじゃない?』
「……なるほど。皆も言ってたけど、やっぱり陽動ってことなんだね」


 じゃあ、ボクは外を担当します――キースはそう言って、建物内に関しては國光に任せ、塔の階段を駆けていた。
 見渡せば、入り組んだ鉄骨。造形美を感じさせる佇まいで……残念ながらそれを目で味わっている暇はない。どこかに何か隠されてはいないか、キースは用心深く骨組みを見渡す。
『観光で来れたら良かったのにねぇ……』
「全くです」
 のんびり歩いて散策するのは、また今度。塔の天辺を目指し、ひたすらキースは走り続ける。
「毒か、爆弾か……」
 少し息を弾ませながら、キースは推理する。仲間達も言っているが、もしそうであればライヴス性のものになるだろう。

「早く広場に戻らないと……」
『手早くいきましょう
 一方、國光は塔内部のフロアにいた。怪我人らのことが気懸りだが、今は清十郎の宝を暴かねば。防犯カメラの死角に注意しつつ、辺りを見渡す。塔の内部にもマガツヒの者らがちらほらいるが、外の仲間達の活躍によってその数は多くはない。見つけた者には対応者に連絡を行い、國光は財宝発見に注力した。
 財宝とやらの未捜索範囲も大分と狭まっている。まもなくこの事件は収束するのだろう。それがバッドになるかグッドになるかは、ここからが正念場。

 それから間もなくだった。
 キースは塔の天辺付近に到着する。
 財宝は巧妙に、しかし見つけろと言わんばかりの雑さも携えて、そこに合った。
 小さな封筒ひとつ。「清十郎ちゃんからのプレゼントです エネミーより」と書いてある。記されていた日付を確認すると、エネミーが討たれるちょうど前日だった。
 手に触れる――前に。幾つか対処をした方が良いだろう。彼はすぐさま、仲間達へ連絡を行った。

 財宝とはすなわち、死を与えるものだろう。構築の魔女はそう考えていた。
「はぁぃ、キャプテン。聞こえてる?」
 エッフェル塔を駆け上りつつ、通信機でキャプテン・クラーケンに声をかける。
「マガツヒの財宝がろくでもない物だった時に身体を張ってもらえるかしら?」
『そりゃどういうこった?』
「爆弾カモって話」
『マジかよ。よし、俺達はできることをしよう。つまり“塔に近付かない”だ』
 爆弾解体技師がいなくてね、と船長は付け加え。確保した者らも含めてある程度の退避は行ってくれるようだ。
「ねえ、キャプテン。これが終わったら飲まなきゃやってられないわよね?」
『金目のモンじゃないかもって聞いた時点で俺ァ萎え萎えだな! 後で飲もうや、奢るぜ』
「大賛成」

 さて、もし爆弾だった時に備えて、盾役として駆け付けたのは構築の魔女とハルだ。エデンと六花も続いて現れる。
「オッケーDEM。あなた達の計算信頼してるわよ?」
 塔を倒すほどのヤバイものじゃないかも、というDEMの言葉だ。37mm対愚神砲「メルカバ」の装甲を構えソフィスビショップ二人を護りつつ、構築の魔女は告げた。
(さぁ、まだ果たすべきことはありますから死ねはしませんとも)

「気を付けてねー」
 ハルも同様、フォートレスフィールドとライヴスシールドを展開し、仲間を護るべく用心する。

 緊張の一瞬。

 六花とエデンがマナチェイサーで見れば、封筒には確かにライヴスが存在していることが判明する。
 しからばとマジックアンロック。すると封筒のライヴスが急速に弱まった――“解除”されたと見ていいだろう。
 細心の注意を払いつつ、ハルが封筒の中身を改める。
「……四葉のクローバー?」
 錆びた金属で作られたクローバー。それは魔的なモノを帯びていた。
「オッケーDEM。これは?」
『オーパーツかな。セラエノのあれこれを盗み見した時に目録的なやつで見たことあるよ』
「じゃあ、セラエノが仕組んだってこと?」
『ノン。未所持ってそこに書いてあったモン。比良坂清十郎が所有してたってことじゃない? 入手方法までは流石にわかんないけどね』
「これはどういうモノなの?」
『触った人のライヴスに反応して爆発する魔術式トラップ“0,01%の福音”――ああ、今は大丈夫。スイッチはオフになってるぽいから』
 なんにしても回収案件だ。キースは“0,01%の福音”を、ライヴス・コールドボックスに収容する。
『暴力的なマガツヒらしいね……』
「力で全てを支配しようとする内はまだまだ愚劣、と言わざるを得ませんね」
 紙姫と共にキースは溜息を吐いた。これで一件落着だろう。『ねえねえ、それよりシャンゼリゼ通りで買い物した~い!』と紙姫が声を弾ませた。



●一件落着
「どうにかなったね」
「……塔は平気、みたいだね」
 若葉とピピは共鳴を解き、静かになったエッフェル塔を遥か仰いだ。

 一方、捕縛されたマガツヒらへ。六花は発見された“財宝”を見せ、その正体を明かし、こう続けた。
「これが……比良坂清十郎のやり口。最初から、貴方たちを生かして脱退させてあげるつもりなんて、なかった……んだよ」
 その言葉に「どういうことだ」「そんなのでっちあげだ」と無頼らが顔を歪ませる。お宝が危険物と分かっては、それらを見守る海賊団もガッカリしたような様子だ。
 六花は表情を変えずに続けた。
「分かったでしょう……もう、貴方たちが……戦う理由なんて、ないことを。……もう、投降して。H.O.P.E.は……“人間にだけは”優しい、組織……だから。貴方たちのこと……きっと、殺さずに、いてくれる……よ」
 それでも、マガツヒらの表情は曇っている。これから刑罰が待っているのだ。マガツヒによる制裁の可能性があるのだ。なにより人類が滅ぶかもしれなくて。明るい顔をしろ、なんていうのが無理な話で。
 その全てを解決し救済することなどできない。が、不安を一つ摘み取ることならばできる。六花はコールドボックスをキースに返却すると、こう締め括った。
「……大丈夫。比良坂清十郎は……すぐに、六花たちが……殺してきて、あげる……から。そしたら、貴方たちも……自由になれる……でしょ?」
「無理だ!」
 ヴィランの一人が叫んだ。
「俺達は殺されちまうんだ、比良坂清十郎にも……愚神の『王』にも!」
 その目にあるのは絶望だ。その者が言葉を続ける前に、古龍幇の者が護送すべくしょっぴいていく……。

 ――結果として。
 マガツヒらの死者はなし。
 エッフェル塔の損傷もほぼなし。
 オーパーツ“0,01%の福音”についてはH.O.P.E.によって回収され、厳重に管理されることとなる。
 捕縛したヴィランについては、ナイチンゲールの申請通りに、【界逼】騒動が安定するまではジャンク海賊団が船上で監視・管理することとなった。



●どんなときも・エンタテイメントを・もりもり

 かくして、騒動は終結。

 拓海の希望もあり、例の財宝――ひいてはこの事件の真相については、世に大きく広められた。もちろんインシィや望華が中継していたこともあって、その拡散具合は凄まじい。
「H.O.P.E.は人道的対応をします。もしこの映像を見ているヴィランの方は、速やかな自首をお勧めいたします」
 拓海の凛としたかんばせがモニターに映っている。
 DEMはモニターの彼に、そして“彼ら”に拍手を贈った。

 実にエンタテイメント!

 きっと彼らの中には「最初から全部教えろよ!」と怒っている者がいるに違いない。しかしだ。DEMとて全てを知っているわけではなかった。塔に何か危険物があるだろうとは予測していたが、それが危険なオーパーツとまでは分からなかった。それ以前に、DEMに良心というものがあれば、端からインシィは「便宜上ヴィラン」になってはいない。
 逆に、だ。DEMはこう考えていた。断片的な情報から的確に推理し、真実に至った彼らの実力は確かに有能だ、と。
「この調子で――」
 すっかり魅入っていた。おかげで冷めきってしまったハンバーガーを頬張って。

「――世界を救って下さいね、皆さん」



『了』

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • エージェント
    HAL-200aa0384
    機械|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    朱殷aa0384hero001
    英雄|38才|男性|ブレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 大切がいっぱい
    ピピ・ストレッロaa0778hero002
    英雄|10才|?|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 願い叶えて
    レミア・フォン・Waa1049hero002
    英雄|13才|女性|ブラ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
    英雄|19才|?|ドレ
  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660
    人間|47才|女性|回避

  • プルミエ クルールaa1660hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃



  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • リンクブレイブ!
    振澤 望華aa3689
    人間|22才|女性|命中
  • リンクブレイブ!
    唐棣aa3689hero001
    英雄|42才|男性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • そうだよ、楽しくやるよ!
    春月aa4200
    人間|19才|女性|生命
  • 変わらない保護者
    レイオンaa4200hero001
    英雄|28才|男性|バト
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • 感謝と笑顔を
    エクトルaa4625hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
  • 魔法マニア
    ルカ マーシュaa5713
    人間|19才|男性|防御
  • 自己責任こそ大人の証
    ヴィリジアン 橙aa5713hero001
    英雄|25才|男性|カオ
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