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質問卓
最終発言2018/11/18 15:51:14 -
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最終発言2018/11/19 08:33:37 -
作戦相談卓
最終発言2018/11/19 20:16:15
オープニング
●希望の拠点から北極へ
「さてと」
愚神商人という怪異にとって、距離という概念はあってないようなものだ。
北極点。異界化し、空も地面も薄ら白い。その中央には王という混沌そのものが渦巻いている。緩やかに、この世界を蝕みながら。
そしてこれから起きるのは、そんな王を討たんとする人類の足掻きだろう。
彼らの声を、心を、愚神商人は“つい先ほど”まで聴いていた。
それがこれから、成されるのだろう。
きっとその輝きは美しい。
然らば勝負。
愚神商人は、王より染み出す混沌そのものに掌をかざした。
泥の水面が蠢く。
そして――“立ち上がる”のは、王がこれまで征服してきた世界にいた、兵士達である。
原始的な武器の歩兵。甲冑を纏い馬に乗った騎兵。近代的な砲を曳く兵。この世界の軍隊にいそうな銃兵。ケモノの姿をした兵。幻想的な魔術兵。エトセトラ、エトセトラ。
その多種多様さこそ、王の征服の証。戦利品とでも呼べようか。
兵士らは従魔、ゆえに自我も理性もない。――敗者の帰結。憐れな現身。
それらを従え、愚神商人は――王の欠片は、侵略者は、彼方より来る叛逆者らを“見”澄ました。
「では、始めましょうか」
●“何故”と自分と
「さーてと」
君達へ振り返ったのは、隆々たる偉丈夫の剣闘士であった。最低限の鎧に、盾と剣。見慣れぬ男だ。しかし兜から覗く男の面影に、君達は見覚えがあるかもしれない。それもそのはず、
「俺様だ! ヴィルヘルムだ。……正しく言うと、ジャスティンと共鳴した俺様だ!」
自己紹介の通り。君達は動揺をしたかもしれない。いや、ここに来る前に会長も戦線に加わるとは聞いていたけれども。
「ンな顔すんな! 確かに俺様ァH.O.P.E.でいっちばん偉い人間さ。だけどな、飾りじゃねーのさ。今回はとにッかく戦力が要る。【界逼】事件でただでさえ人手不足なのに人手が要る。戦える奴は全員出なきゃならねーレベルだ。だから俺様も出る。火力で切り開かなきゃならねーから、防御系男子アマ公より攻撃タイプ喧嘩番長の俺様の登場ってワケだ」
普段のヴィルヘルムの声を男そのものにした声で彼は言った。
「繰り返すが、俺様は飾りじゃねえ。特等席の玉座で見下ろす皇帝陛下じゃねえ。地べたで剣を振り回す、誇り高きグラディエーターさ。戦って、戦果をもぎ取る者だ。
ジャスティンも、危険は承知さ。それでもな、戦わなきゃならねー時があるんだ。それが今なんだ」
そこにヴィルヘルムの普段のおちゃらけた雰囲気は一切なかった。
「……ってゆーのが、俺らがここに戦いに来た理由だ。お前らの戦いに来た理由は何だ? お前らは、何の為にここに居る? お前らは、何のために武器を握ってる?」
青い瞳が君達を見渡す。
その問いに、君はなんと答えただろうか。それとも、無言だったろうか。
いずれにせよ、会長はニッと笑い、君達に背を向ける――遥かの敵群へ、向き直る。そしてその剣を、曇白の空に突き付けるのだ。
「俺達はここに居る。そして――これからも在り続ける!
――征くぞお前ら! この世界に、奴らの目玉に、俺達の生き様を刻み込めェッ!!」
解説
●目標
敵勢力をできるだけ撃破し、戦域の人類勢力圏を取り戻す。
●登場
従魔*無数
様々な世界の“兵隊”。基本的に人型。
古代的な歩兵から、騎兵、現代的な銃兵、異世界的な魔法兵など実に多種多様。
PC英雄にとって、見覚えのある兵装を帯びた個体もいるかもしれない。
基本的に下位従魔。個々の戦力は低い。
愚神商人
攻撃技は無い。生命と特殊抵抗が超越的、攻撃0、防御皆無。
リプレイ開始時、従魔兵らの奥に居る。
・灰は灰に
パッシブ。効果範囲は戦域まるごと。
回復技やアイテム効果を「回復はせずに、生命力にそのまま回復量分の実ダメージ」に変更する。クリアレイ系はランダムでバッドステータス付与、オートキュアクリンナップは通常通り発動。
・塵は塵に
パッシブ。受けたダメージ、罹患したバッドステータスをそのまま攻撃手にも発生させる。
・土は土に
戦闘不能になったリンカーに接触することで、それを邪英化させる。
ヴィルヘルム
味方。会長と共鳴中。
防御適正×ドレッドノート。立場相応に強い。
基本的にPCの作戦に従う。戦局判断能力は高く、無茶無謀突出はしない。
●状況
北極点。異界化している。
どこまでも白い空、鏡のように白い大地。時間帯は日中だが、このエリアに昼夜という概念はない。
足場や光量ペナルティはない。
敵陣、味方陣が突撃を開始したところからリプレイ開始。
リプレイ
●存在証明 01
「なんでここに居るのかって?」
そんなこと聞いちゃう? と片眉を上げたのは、Ezra(aa4913hero001)と共鳴中のプリンセス☆エデン(aa4913)だった。
「だってあたしはまじょっこアイドル(仮)だよ! 戦うのがお仕事なんだよ! 愚神とか従魔とか王とかに、黙ってやられてなんかいられない! あたしのファン(予定)を守ってこその、まじょっこアイドルなんだよ!」
彼女の言葉には夢と希望がいっぱい詰まっていた。それは幼いとも取れる、だが「誰かを護りたい」願いは本物で。
対照的なのはバルタサール・デル・レイ(aa4199)だ。緊迫の意識に、ふと間隙ができる。
「何で来たんだろうな……自分でも分からなくなってきたぜ」
『戦う理由を失いつつあって、戦う理由を探しに来たのかもしれないね』
ライヴスを通じて紫苑(aa4199hero001)が言う。セミオート狙撃銃SSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」を手にした男は、フッと笑った。
「なるようになる、か。そうかもしれんな」
『素直だね、気持ち悪い』
――何の為にここに居るか。
理由は十色。同時に揺らがぬ真実は、今ここに居るということ。
「大将自ら陣頭指揮かよ。……賢いやり方かはともかく、俺は嫌いじゃねぇわ」
くく、と含み笑ったのは夜城 黒塚(aa4625)だ。
「今ここに立つのは世界の危機だからじゃねえ。大将のその気概がよ、俺も命懸けるだけのモンがそこにあると思えるからだ」
見やる先、ヴィルヘルムが視線を寄越す。剣闘士はニッと、騎士へ口角を吊って見せた。であれば、余計な言葉も不要か。
「とりあえずは陣取り合戦だ……エクトル、ビビってんじゃねェぞ」
『うん! クロや皆がいるもん。こんな時なのに僕、すごくわくわくしてる』
ライヴスを通じてエクトル(aa4625hero001)が言う。
『……クロ、僕の王様はクロだけだから。征こう、僕達の信じるものの為に』
そして、一同は前を見澄ます。
冒され蝕まれた北極点。終末の白い風景。
『流石に滅入っちゃうよねぇ。見えてるのにさ、何も見えてないみたいに真っ白だ』
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)のライヴス内で、木霊・C・リュカ(aa0068)が呟く。
そしてその、白の上に……。
『亮よ。何が見えるかのう?』
ライヴス内のブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)が問うた。だから百目木 亮(aa1195)は、こう答えた。
「奴さんが大量に」
『そうか。努々、油断するでないぞ』
「おう、もちろんだ」
数多の敵。膨大な従魔。物言わぬ敗残兵共。
『こいつらみたいに手遅れになる前に……仁菜の世界は仁菜が守れ』
ライヴスを通じて、九重 依(aa3237hero002)は藤咲 仁菜(aa3237)に言った。コク、と仁菜が頷く。思い返せば「妹を守る為」、「仲間を守る為」、それが今では「世界を守りたい」だなんて。
「私って欲張りだね」
『それは出会った時から知ってる』
依は呆れたように笑った。それから、愚神商人の対策としてライヴス内の視界を閉ざす。
『ジーヤのお手並み拝見ねぇ』
GーYA(aa2289)ライヴス内で、まほらま(aa2289hero001)が笑む。彼女もまた目を閉ざしているが、指に煌く一心同体の指輪が、なにより絆が、彼と彼女を惑わせない。
「俺の理想郷は壊させない、世界もまほらまも守る」
守る為――
それは日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)も同じく。
『この世界の終わりみたいな場所で、仙寿様は何を想う?』
ライヴスを通じてあけびは問う。
「俺は守りたいものを守るだけだ。しかし、そうだな……“明ける日”が笑っていられる世界が良い、と」
仙寿が答える。嗚呼、とあけびは鼓動を感じた。――“同じ言葉”。
(でも、お師匠様と仙寿はもう重ならない)
彼は彼だ。今ここにいるのは、彼だ。だからこそ。
『生きるも死ぬも貴方の傍で。私達は“誰かを救う刃で在れ”!』
救う為――
Jennifer(aa4756hero001)と共鳴中の小宮 雅春(aa4756)は、ギュッと拳を握り込んだ。
「きっと皆、無事で帰すから……少しだけ無茶に付き合って」
『貴方のそんなところ、嫌いじゃないわ』
桜小路 國光(aa4046)は自分の掌を見る。思い返すのは、メテオバイザー(aa4046hero001)が彼に贈った「fortis」という言葉。
(オレは割りと臆病だと思うけど、)
英雄にはそう見えてないらしい。寸の間の深呼吸。次いで思い出す、「気を付けてください」と見送ってくれた友の目だ。あの目を、國光は知っている。だから――前を向いた。
「今まで色々な愚神に会いました……皆、私達と変わらない。それぞれの願いがありました」
迫り来る敵に、卸 蘿蔔(aa0405)は目を細め思い返す。友達が欲しい、必要とされたい、大切な人といたい
――倒してきたそれらの声が脳裏に過ぎる。
「王がその想いを踏みにじる存在なら……」
『抗おう。俺たちはその為にここに居る』
ライヴスを通じて応えたのはレオンハルト(aa0405hero001)だ。彼もまた目を閉じ、戦いに備える。
『様々な異世界を侵略してきた……か。似たような輩を知っている気がするな』
六道 夜宵(aa4897)のライヴスの中、若杉 英斗(aa4897hero001)は既視感を覚えていた。へぇ、と夜宵が興味を持つ。
「で、そいつらはどうなったの?」
『やっつけた! と思う、たぶんな。俺がいま無事なんだから、きっと勝ったんだろう』
「そりゃ心強いわね。今度も期待してるわよ!」
一同は敵陣を見澄ましている――その奥には、愚神商人が佇んでいる。
「……愚神商人」
忌々し気に呟いたのは氷鏡 六花(aa4969)だ。
「できればここで殺したいけど……今は、勢力圏の奪還が一番の目的……だから」
『そうね。あれを殺すには……こちらも反射ダメージで何人も斃れるのを覚悟で消耗戦を挑む必要があるわ。今は、一体でも多くの敵を討つことを優先しましょう』
ライヴスを通じてのアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の言葉に、六花は「うん」と頷いて。
「六花は……愚神を殺す為の……凍れる剣。愚神従魔は……ぜんぶ殺す」
『怖くない?』
荒木 拓海(aa1049)の中から、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が問うた。
「怖い……だから用心深く成れる」
『良いことだわ』
相棒にそう笑んで――何かを守る為には商人を倒すしかないものね、と最後に思い。メリッサは口と思考を完全に閉ざした。
「ここが戦場であるならば、見届けよう」
『愚神商人……届かせましょう。少しでも、近くへ』
共鳴を果たした紫 征四郎(aa0076)の主体はユエリャン・李(aa0076hero002)に委ねられていた。
辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)もまた、愚神商人を見やる。
「会話は良いものでしたね」
相容れなくても理解はできるものもあった。が。
「私にはまだ目的があります。……ですので、ここは譲れません」
ゆえに、「さあ、闘争を楽しみましょう」と魔女は笑うのだ。
一方で、愚神商人への警戒も怠らず。
「愚神商人の力のおかげで現状回復手段がない状態だ。皆、倒れる前に退避した方が良い、決して無理をしてはダメだよ」
『リンクバーストもリスクが高すぎる。邪英化の危険も考慮すれば、推奨はしたくない』
カナメ(aa4344hero002)と共鳴した杏子(aa4344)は仲間達に呼びかける。マイヤ サーア(aa1445hero001)と共鳴中の迫間 央(aa1445)はそれに頷きを返した。
「戦域全体に渡って回復が封じられている……か」
『敵は商人以外は格下ばかり。回復がないからってどうということはないわ。やれるわわよね?』
「あぁ。何が来ようと、その尽くを叩き落とし、俺とお前がここに居る証を示そう」
回復行為ができない。それは単純に言って非常に厳しい状況だろう。
だが同時に、回復術は攻撃として使用できることも意味していた。
されど、クレア・マクミラン(aa1631)は呟く。「私はごめんだがな」と。
『何がだ?』
ライヴスを通じてアルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)が問う。
「人を生かすメディックの技術を攻撃に転用するのがさ。プライドに反する」
さて。だが、生かすことは何も治すことだけじゃない。クレアはヴィルヘルムへこう進言する。
「敵は最悪の指揮官だ。馬鹿じゃない」
『個々の戦力に惑わされねば良いがな。対多数の戦闘とは目先で判断するものではない』
例えば、故意に突破させての包囲や迂回戦術など。集団戦闘に置いての孤立分断は死を意味する。その言葉に会長はしかと頷き、一同へと喚起を行った。
それから彼は、クレアへ向き直る。
「いつもありがとよ。頼りにしてるぜ。それから……また戻ってきてくれると嬉しいよ。いろいろ援助もできるし」
かくして――銘々の想いはその心の中に。
『……むごい有様だ』
ライヴス内で呟いたのはミツルギ サヤ(aa4381hero001)。
『王の眷属となりし彼らを解放する。私達が在るべき世界はここなのだと、伝えるための戦いだ』
「ああ。この世界を喰らおうとする者、全てに聞かせる」
ニノマエ(aa4381)は深呼吸を一つ――誓約を、ミツルギと共に復唱する。
「『絶対に負けないこと、あきらめないこと』」
それは呼吸の如く止められぬ、魂の鼓動。
●存在証明 02
従魔兵らの砲が、矢が、弾丸が、魔法が、一斉にエージェントらへと放たれる。
それと交差するように、エージェントらもまた一斉に攻撃を仕掛けんとす。
「準備OK!」
拓海は十六連装ロケットランチャーカチューシャMRLを翼のように展開し、通信機越しにニノマエへ合図する。「了解」と、離れた場所ではニノマエが、その周囲に途方もない数の刃の列を創り出して。
『敵最大数削減を目的に着弾点を合わせる。路を開くぞ』
「十字砲火だ……喰らえッ」
一斉に、カチューシャの砲撃が、そしてニノマエのライヴスキャスターが、従魔の群れを蹂躙する。
「異世界の勇者達に敬意を込めて……行きます!」
ジーヤもそれに続けと同じ兵器を展開。
「足掻いてもがいて掴む為に、生きる為に全力を成す!」
「さて……久しぶりに思う存分狩らせてもらうか」
亮、そしてリィェン・ユー(aa0208)は多連装ロケット砲フリーガーファウストG3を構え、砲撃を途切れさせることなく発射する。
「さて、らしくなくはありますが皆さんを頼りましょう」
伴奏のように、あるいは連弾のように、構築の魔女は37mm対愚神砲「メルカバ」の砲声を三つ奏で上げる。
熱い火薬の世界――されど六花が表すのはそれの対、即ち万物を零へと帰す冬の女神の吐息。氷鏡によって大展開される氷の槍はブリザードのように、少女の憎悪と殺意を侵略者へと刻み付けよう。
更に降るのは、輝きの雨。雅春、杏子、御剣 正宗(aa5043)が降らせるケアレインにケアレイは、愚神商人の呪いによって全てを苛む魔毒となる。
「……――」
雅春は、本来ならば慈しむ光によって苛まれてゆく従魔に少しだけ目を細めた。死後も尚弄ばれる、従魔と化した兵士達。きっとかつては、自分達のように世界を護ろうとしていた戦士達。虚像なれど、死力を尽くすことが彼らへの弔いにして礼儀であり――この光が本来の意味として慈悲となることを祈ろう。
「本来、傷を癒すためのものを攻撃に使うことになるとはね……」
だが、使えるものは何でも使って勝たねばならぬ。杏子は複雑な思いをしつつも、戦意は十二分。
「えすちゃん……ありがとう」
正宗は共鳴中のCODENAME-S(aa5043hero001)――愚神商人との因縁を果たすために力を貸してくれた彼女に礼を述べる。そして彼女と共に、敵陣の奥にいるのだろう怨敵を睨み付けた。
ここで負ければ、世界は滅ぶ。
……なんて、御大層すぎてバルタサールにはあまり実感がなかった。彼はいつも通り、引き金を引き、敵を撃つだけ。粛々と。
その更に後方ではクレアが英国王立兵器工廠にて作成されたアンチマテリアルライフルの銃声を轟かせていた。大反動に見合う精度と威力が、敵兵の頭を吹き飛ばす。
傷付いた従魔らから血も臓器も出ない。ただ、黒い泥のようなものが溢れ出すだけだった。
体が抉れても、脚が吹き飛んでも、それは行軍を止めない。まさに死者の軍隊。
つまりこの従魔らは生物としての機能などない。心臓も脳味噌もない。全部、見かけだ。泥の詰まった人形だ。だが少なくとも、武装を持つ手を壊せば武器は揮えなくなるし、脚を潰せば移動は鈍る。部位狙いは無駄という訳ではない。
悪趣味だ――同時に悲哀を、ユエリャンは覚えた。万死の母の目には「我が子達」が映っていた。だからユエリャンはここに来たのだ。ここに居るのだ。見届けなければならないから。
「俺は兵器だった、心を持って作ってもらった、兵器だ」
傍ら。オリヴィエは獣の姿をした“兄弟”から、母を見、視線を伏せ。
「……だから、壊そう。あれももうきっと、自由になっていい」
「ああ、きっとそうだ」
二人の声は冷静だった。だけど、冷徹ではなかった。
「……口を開けた口内、喉。そこが急所。足を狙ってもいい。オリヴィエ」
「了解、“ユエ(母さん)”。口内に足、だな」
言い終わりには、オリヴィエはセミオート狙撃銃LSR-M110を向け、引き金を引く。放たれた弾丸は獣の口の中を確実に撃ち抜き、それを泥屑へと変えた。
ユエリャンは目を逸らさなかった。ただ静かに、砲声と銃声が鳴り続ける戦場で、こう呟いた。
「――おやすみ、我が子」
あの時と違って。
この戦いの後、きっと己は死を選ばないだろう。ユエリャンは掌を、他の獣らへと向けた――それは子を抱きしめる母のような仕草で。
「前は逃げてすまなかった。駄目な母だな、僕は」
ライヴスの糸が、蜘蛛の巣のように獣兵を絡め取る。ここに居る為、ここに在る為、ユエリャンは子らを再殺する。
銃火、爆発、閃光、爆煙。
猛烈な射撃が行き交う中、鯨波を上げ突撃する戦士らの刃が遂に交わる。
剣に槍に斧に槌、あらゆる白兵武器が襲いかかり――央は、仙寿は、その全てを軽やかに掻い潜る。虚ろな兵らが揮う凶器が触れられるのは、彼らの残像だけだ。
「回避ルーカーの意地を見せるぞ、央」
「ああ。――速く、鋭く、抜け目なく……徹底的に、研ぎ澄ませ!」
回復が封じられているのならば、そもそも負傷しなければいいのだ。超人的な集中力と、刹那すら置き去りにする反射。必要最低限にして究極に洗練された動作に、二人のかんばせには汗一つない。
『小烏丸は両刃。攻め抜くことで守る刀!』
誰かを救う刃であれ。守護刀「小烏丸」はあけびと仙寿の想いの刃。敵兵との擦れ違い様、その首をするりと掻き切る。
一方、央がその手に持つ忍刀もまた護りの想いが込められたものだ。龍紋を宿す刃は振り下ろされた大剣を軽やかに受け流し――ひと揮いする切っ先から生み出すのは蒼い花弁。それはマイヤの髪と同じ色。吹き舞う蒼の流れは、まるで風にマイアの髪が揺蕩うようで。
「背中はお守りします」
そんな仙寿、そして央を支援すべくと、蘿蔔は炎弓「チャンドラダヌス」から火焔の矢を撃ち放つ。戦場を一直線に駆ける赤は、空の白と兵士の黒というモノクロの世界に色を添える。
焼き尽くされる兵。
それを踏み越え来たる兵を、國光は宝石を散りばめた双神剣「カストル&ポリュデウケス」を手に迎撃する。別の場所では仁菜が、同じように飛盾「陰陽玉」によって攻防一体の活躍を見せる。
――圧し負けるものか。
レースの騎士が、ウサギの闘士が、戦線を保つべくと尽力する。
ならば攻勢は存分に、と黒塚が躍り出る。
「出し惜しみはしねぇ――喰らいやがれ!」
その手に構えるは獄火の大剣インフェルノ。禍々しい刃は怒涛の暴力を宿した乱舞によって、文字通り敵陣を“切り崩す”。
一方ではトランプの兵隊がぴょんと跳ね、泥の兵隊をハートの槍で突き刺した。
「オ供しマーす!」
『存分にどうぞ』
童話「ワンダーランド」を手にしたシルミルテ(aa0340hero001)、佐倉 樹(aa0340)が会長に言う。
「おうよ! カッコイイとこ魅せてやるぜッ!!」
ヴィルヘルムが豪気に笑う。シルミルテが召喚したトランプ兵らを引き連れて、怒涛乱舞によって戦線を切り開く。
『よし、ヴィルヘルムに続くぞ!』
英斗が言う。夜宵は「OK!」とつい答えたものの。
「って、英斗はどちらかというと防御向きよね?」
『味方が攻撃に専念できるように俺が敵の攻撃を防ぐ。これなら火力アップに貢献していると言えるだろ?』
「なるほど……それで、具体的には?」
『ヴィルヘルムを孤立させない。俺達で守る。敵はヴィルヘルムが倒す。完璧な作戦だろ?』
「ひゅ~」
嫌いじゃないわ、そういうの。夜宵は口笛を鳴らすと、敵を見澄まし印を結んだ。
「かかってらっしゃい! 私が相手よっ!」
発動するのは守るべき誓い――この乱戦だ。周囲至る所にいる従魔兵らが、ぐりんと一斉に乙女へと顔を向ける。淀んだ眼差しがいくつも、夜宵を見澄ました。
「うッ、結構ホラー……!」
『安心しろ、お前は強い子だ! 具体的に言うとフォートレスフィールドが展開済みだ! ついでに言うとディバインナイトの俺がついてる!』
「だからディバインナイトってなに! まぁ……やってやるわッ!」
飛盾「陰陽玉」を構える――正しく“数の暴力”が夜宵一人に降り注ぐ。だが、乙女の玉肌に傷は付かず。狙いが甘い攻撃はかわし、そうでないものは陰陽玉で弾き受け止めいなし流し。その様はまさに鉄壁の要塞だ。敵は雑兵、なれど塵も積もれば山となるが、彼女はそれすら凌駕する。
「会長さんにヴィルヘルム! 敵は私達に任せて、思いっきりやっちゃって!」
陰陽玉を操りつつ、敵陣の真ん中で夜宵は親指を立てて見せる。鉄壁を以て、火力を支える。守ることこそ夜宵の武器だ。
「ありがとよ! 後でデートしてやるッ!」
ヴィルヘルムはそう笑い、また一つと剣を振るった。
「さーて……」
陰陽玉で反撃もしつつ。弓の引き絞られる音、銃が向けられる気配。ピリピリするような殺気が彼女を取り巻いている。ならば。
「いくわよ――六道封魔陣!」
『心眼じゃなかったか』
「技名付けたの英斗でしょ!」
なんにしても。二人の護る意志は、本物だ。
「ところで、あのヴィルヘルムっていうイケメン、なんかあたしのライバル(仮)に似てない?」
極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』による魔法攻撃を次々と従魔へ降らせながら、エデンは前衛の会長を見て呟いた。
『……』
エズラはノーコメントである。「まあいいや!」とエデンは極獄宝典のテンションのままに、
「ばりばり従魔を倒しちゃうよ!」
と、前衛からは届きにくい敵を狙い、討つ。
●存在証明 03
戦いは続く。
愚神商人を危険視し過ぎていたが為に、撤退のことに些か意識を割き過ぎていたか。劣勢でこそなく、堅実ではあるが、状況は膠着状態でもあった。
従魔が取るのは白兵戦闘だけでなし。弾丸、砲弾、魔法は、エージェントらのそれが従魔へ届くように、従魔の攻撃もまた一同へと届いている。ここは王の庭、安全圏などどこにもないのだ。
鳴り響く戦闘音楽。愚神商人はその場から動くことはなく、静かに状況を眺め続けている。
「王に興味はあってもあいつにゃ興味ないからね」
リィェンは独り言ちた。かの愚神の領域は厄介なもので、かなり離れていてもヒールアンプルは毒に変わった。愚神商人は居るだけでも厄介なのだ、動かなければそれでいい。
「ふッ――!」
ならば戦闘に没頭するのみと、リィェンは【極】と銘打たれた屠剣――実に四本分の材料を圧縮した質量兵器――を軽々と揮う。分厚い刃は銃剣を突き出さんとしていた兵士を容易く、その武器ごと斬り捨てた。悲鳴もなければ吹き出る血もない。ただどろりと、タールのような黒泥に変わるのみだ。
「……」
この泥にリィェンは見覚えがある。かの王と遭遇した時の、あの泥に似ている。だがあの時のようにライヴスを奪うような効果はないようだ。王の権能ではあるが、これには王の影響(あるいは要素か)が薄いものだと推測される。
だが、リィェンにとって不愉快なことに変わりはない。万敵断つ鬼として、王とは途方もないほどに不倶戴天なのだ。いつか必ず、かの首を刈ると――決意と共に剣をまた、揮う。銃弾が掠め、至近距離で魔法の火が炸裂しても。
「邪魔だ……!」
無骨な強化装甲を纏った彼の姿はさながら鬼だ。生きて帰る為にもと、鬼は牙を剥く。
青い炎の残光がたなびく。
「おらッ!」
黒塚は己が信ずるものの為に地獄の炎の剣を揮う。疾風怒濤の剣閃が、分厚い盾を構えた騎士を力尽くで叩き斬った。
まだまだ戦いは終わらない。空紺の外套を翻し、近代風の従魔兵が振り下ろしたサーベルを剣で受け止める。金属同士が高く響く音。黒塚の眼前に、虚ろな目をした兵士が映る。
『クロ……!』
「俺が負けるかよッ――!」
押し返し、斬り捨てる。エクトルがライヴス内でホッとした様子を見せる。心配性なんだよ、と心の中で呟いた。崩れた従魔の泥を踏みしだき、また一歩前へ――この一歩が、人類の場所を取り返しているのだと、不屈の意志を携えて。
対する数の暴力に、黒塚は決して無傷ではない。だが致命傷はない。掠り傷だ。まだまだ戦える。ここで負けたら、世界が滅んでしまったら、自分やエクトルはあの兵士らの仲間入りになるのだ。そんなこと、受け入れられる筈がなかった。
ゆえに不撓不屈。黒塚は構えたインフェルノにライヴスを流し込む。蒼と、銀と、赤が混じる光が、刀身を包んだ。ひときわ重装備の兵士へ踏み込み、力の限り剣を振り抜く。一刀両断。また一つ切り開く。なれど、彼は表情を曇らせたまま。
「“端末”を通して今も視てんだろうな……胸糞悪ィ」
それは愚神商人であり、王であり……。
――ここは王の掌の上。
その上を、我武者羅に突き進む者がいた。伊集院 翼(aa3674hero001)と共鳴したリリア・クラウン(aa3674)だ。まだ先日の任務の傷すら癒えていない体で、一人、従魔の渦中を走っていた。
当然、止められた。突出行為は危険だと。だがリリアはそれを無視し、仲間を振り払い、猛進する。撤退の文字は既にない。
「愚神商人ッ……!」
乙女の顔は怒りに歪む。修羅がごときの表情で、リリアは怨敵だけを見澄ましていた。だが、愚神商人への道は容易くはない。なにせあれは敵陣の奥。膨大な数の従魔が彼女の行く手を阻んだ。
ならばとリリアはチョコマシュマロを従魔へ投げる。されど食品類などの回復道具は口にしなければ意味がない。口に狙って投げつけるのも至難の業、そもそも従魔が口に入ったものを律儀に咀嚼するはずなどなく。白い菓子は踏みつぶされて、乙女の白い肌に不躾なほど刃が突き立てられた。
「あうっ! っこの、退いて!」
屠剣「神斬」を振り返りざまに薙ぐ。従魔は切り捨てられ、刺さった剣は泥に変わる。だが新たに、数多の武器が、リリアの体を貫いた。
「退け――退けっ、退けッ、退けッ、退けぇええええっっっ!!!」
もがく。暴れる。だが数の暴力がリリアを押さえつけ、圧し掛かり、引きずり倒し、その体に武器を刺す。何度も刺す。愚神商人のみと足並みをかなぐり捨て、単身突出したがゆえに、仲間からのカバーも届かない。
(こんなところで――だってボク、まだ――!)
死ぬ覚悟で愚神商人を殺しに来たのに。だから撤退も連携も捨てて特攻を仕掛けたのに。アレを殺さないと、世界はいつまでも蝕まれるのに。絶対に絶対に倒さないといけないのに。
自分の強さの証明をしたかった。強い敵と戦う好奇心があった。同時に、自分が死んでもいいから皆の笑顔を護りたかった。後悔したくなかった。
のに。
届かない。阻まれる。
愚神商人は自らを「弱い」と称している。であれば、易々と自分のもとへエージェントを到達させまいと動くのは必然だろう。従魔らの数多の手の向こう、こちらを見ている愚神商人と目が合って、そこでリリアの意識は途切れる。
バルタサールは眉根を寄せる。愚神商人は相変わらずの位置のまま動く気配はない、が、いつ戦闘不能者の元へワープしてそれを邪英化させるかも分からない。
しからばと、彼は倒れた者を他の仲間が回収できるようにと三連続の速射を放った。あまりにも鋭い精度の弾丸が、全く同時に三体の従魔の脚を撃ち抜き、跪かせる。
「随分とたくさんの従魔を溜め込んでいるじゃないか、どれだけ食べれば王とやらは満足するんだ?」
ドラグノフ・アゾフの銃口から硝煙を立ち昇らせつつ、バルタサールが愚神商人へ問うた。……戦闘不能者から、かの愚神の意識を逸らせるためだ。戦場は決して静かではない、だが愚神商人は声を拾ったようで、バルタサールの方を向く。
「さあ。王は貪欲な方で、決して満足をされない方ですから」
「満足しない……ね。とんだ“顧客”を相手にしているんだな」
「はは。この世界を飲み込めば、あるいは満足されるやもしれませんね」
笑えない冗談だ。バルタサールはふんと鼻を鳴らした。同時にライヴスを目に集め弱点看破を試みる。驚くべきことに愚神商人は全身が弱点だった。なるほど、紙装甲に偽りはない。どこを攻撃しても大ダメージを与えられるだろう。そして、大ダメージが返ってくることだろう。
悪趣味だ、と思いつつ、彼は言葉を続けた。
「王の目らしいが……何やら楽しそうだな」
「クライマックスはいつだって心が躍るものです。それに、最期だというのに白けた顔をしていては皆様に失礼でしょう?」
その言葉に返事はせず。バルタサールは従魔兵に威嚇射撃を放ち、牽制を行う。
正宗はその間にも、戦闘不能者を回収すべく、ブラッドオペレートを展開し従魔を切り裂き踏み越える。叶うならば己とて愚神商人に攻撃をしたい、殺してやりたい――だがあの愚神は敵陣の奥に居る。切り込むのは容易ではない。射線の確保も難しい。接近はおろか、そもそも道を切り開くことが難しいのだ。
だが今は、何よりも倒れた者の確保だ。愚神商人に邪英化される危険性はもちろん、戦闘不能の状態から更に従魔に追撃を喰らえば死亡しかねない。守らねばならなかった。
撤退をかなぐり捨てたリリアは随分と先に倒れている。到達にはもうしばし時間がかかりそうだ。ミイラ取りがミイラになる訳にもいかない。
「っ……!」
正宗の前に立ち塞がるのは、巨大なハンマーを持った巨躯の兵士だ。既に構えられていたそれが華奢な体を殴り飛ばす。咄嗟にとった防御姿勢のおかげで大きな傷にはならなかった。正宗は転がりながらも姿勢を立て直す――追撃せんと踏み込んでくる従魔に掌を翳した。迸るのはパニッシュメント。裁きの光が、従魔を焼却せしめる。
と、そこに吹き荒れたのはゴーストウィンドだ。不浄な風が、従魔らを朽ちさせる。
「いけいけどんどーん!」
ぴょんと跳ねるエデンは、仲間が倒れた以上は出し惜しみを止めていた。「もーいっぱーつ!」と更に死霊の風を吹かせ、範囲大火力というソフィスビショップの本領を発揮する。
正宗はエデンへちらと目線を向け――感謝の眼差しを送り――バトルメディックとしての本懐、救助者としての使命全うに邁進する。
従魔は変わらず、無尽蔵だ。これが尽きる時が果たしてくるのだろうかと不安を押し返し、正宗はその掌から今一度、呪われた癒しの光を生み出した。この調子でいけば、戦闘不能者は無事に回収できるだろう。
「次はどーれにしよーかなーっと」
戦闘不能者の回収は前に出て行った者に任せ、エデンは従魔制圧に注力していた。
「よし! じゃあ次はこれ!」
言いながら掌を翳し、キラキラ輝くライヴスの光を纏いながら撃ち放つのは、可愛い見かけとは裏腹にえげつない威力のサンダーランスだ。光が走り抜けていった後には塵も残らない。
そんなノリノリのエデンであるが、愚神商人を見やる眼差しはご機嫌ナナメだ。
「高みの見物、ムカつくよねー」
今回は手出しするつもりはないが、悠然としたあの態度は気に食わない。
「ねえねえ、今まで死にかけたことってある? それってどんな相手? どんな状況だったの?」
「そうですねぇ。……ありませんね、そういえば」
「なにそれ、つまんない!」
頬を膨らませつつ。魔法少女は容赦のないブルームフレアを、敵陣に放つ。
別の方向へは、また異なる魔女が火薬という魔術を演奏する。
「十分な数があれば作戦など不要なのですけど……」
構築の魔女はボヤきながらも、メルカバによる照準と発射の手を休めない。世界終焉というのっぴきならぬ事態に、【界逼】のマガツヒの暴挙と、どこもかしこも戦力不足。今は自分達こそ一騎当千と奮い立たせて尽力する他にない。
さて、構築の魔女は闘志と理知を両立させた眼差しで戦場を見澄ます。敵陣形をある程度コントロールできないものかと思ったが、それは個人の努力では流石に難しいか、やるならば全体的な作戦通達が必要だったろう。
それから、指揮官たる従魔がいないかも観察したが――それらしい存在はいない。支援魔法や援護射撃を行うタイプは見られたが、具体的な指揮官というものは存在していないようだ。つまりアレらの指揮官は愚神商人なのだろう。愚神商人へ特攻を仕掛けた者が従魔の壁に露骨に阻まれたように、この従魔兵という傀儡を操っているのはかの愚神に間違いない。
じゃあ愚神商人を落とせば万事解決――ということができれば良かったのだが。愚神商人は不動だ、あそこまで切り込むにはもう少し戦線を押し上げねばなるまい。狙撃するにしても、その斜線を防ぐように位置している従魔をどうにかせねばならない。
「さあどうなされますか?」という愚神商人の問いかけが見えてくるような状況だった。
(上等――……)
これは愚神からの挑戦状なのだ。愚神商人がこれまでもそうしてきたように、愚神側のワンサイドゲームではなく勝てる可能性のあるゲームを挑んできているのだ。その受難の果てに絆の力がより強くなるように。よりこちらの世界が熟するように。
――難問ならば解き暴くのみ。構築の魔女は口角を吊り、重く鋭い砲撃を叩き付ける。
火柱が上がる。銃弾が、刃が交じる。
ユエリャンが造り出した霊力の鷹は、戦場の混沌とは対照的な優雅さを以て、世界を見下ろしていた。
得た視覚情報は常に仲間と共有し、ユエリャン達は抜け目なく隙なく立ち回る。
「ユエ、大丈夫か?」
「問題ない。戦闘続行可能だ」
交わす言葉は最低限だ。オリヴィエが放つ弾丸に足を吹き飛ばされた従魔を、ユエリャンが芥子花の暗剣で確実にトドメを刺す。あるいはユエリャンが不可視の刃で攻撃をいなし流した従魔へ、オリヴィエが弾丸を叩き込む。
(数が多いな……)
肩口を掠めて行った矢に眉根を寄せつつ――冷静に反撃の銃口を向けつつ――オリヴィエは短く呼吸を整える。だが、押されてはいないことは事実だ。一気呵成とまではいかないが、エージェントらは粘り強く戦っている。戦闘不能者も現在のところ一人しか確認されていない。よほどの無茶をしなければ倒れることはないだろう。
となれば、後はもう集中力とガッツの問題だ。根性論――昔の自分ならば非科学的・不要なものと切り捨てていただろうが、今は“想い”が成す有り得ざる力をオリヴィエは知っていた。“先”を信じて引き金を引くこと。泥沼の戦況ではあるが、心が乾くような心地は……しなかった。
従魔が突き出した槍の穂先が、ユエリャンの頬を掠めた。つっと一滴の赤が伝い、朱色の髪が揺蕩う。なれど万死の母は苦痛に顔を歪めはしなかった。泰然瀟洒。もっともっと辛い“痛み”を知っているがゆえに。そして、美しい花には棘があるように――踊らせる指先から零れるのは赤い芥子の花弁。それは阿芙蓉の毒を以て従魔共の意識を蝕み、冒す。
「ふ――」
今のところ、ユエリャンにもオリヴィエにも大きな傷はない。しかし、小さな傷は少しずつ増えている。それは他のエージェントも同様だ。
ユエリャンは前を見やる。彼方には愚神商人がいる。少しずつ戦線を押し上げてきたがゆえに、最初の時よりは距離が近くなった憎き愚神。
「王から離れた我々が何者であっても、意義はある。我輩はそう結論づけるよ、愚神の商人」
見ているのだろうそれに告げた。共鳴した英雄の目を閉じるという対策を仲間達が取っていたが、それの効果がどれほどあるのかは未だ不明。待ち構えるように、愚神商人はそこにいる。そしてユエリャンの声に、顔をそちらへと向けた。
「ふむ、“ゆえに我在り”、と。しからば励んで下さいね。摘み取られないように」
嘲笑や皮肉の声音ではなく。真心の声援だった。だからこそこの世界を、この命を何とも思っていないのだと、根本的な人間との価値観の差を感じさせる。
「ふ。言われなくとも――」
「俺達は力を尽くす」
ユエリャンとオリヴィエはそう答えきった。
そして銃口を、刃を、侵略者へと向ける。
「久しいな。此方の動きは想定内か?」
一方で仙寿もまた、愚神商人へと呼びかけた。相変わらずかの愚神は初期位置から動く様子はない。ワープもその気になればできるだろうに、その能力でこちらを攪乱してくることもない。
「そうですね、堅実な作戦だなと思いますよ」
なんてことない物言いで愚神は答える。その物言いから、愚神商人はあくまでもフェアな戦いを人類に仕掛けているのだと察することができるだろう。その気になればいくらでも“最悪”をもたらせるだろうに。慢心でも油断でもないところがまた憎たらしい。誠心誠意、勝機を残しながら戦いを挑んできているのだから。
「ムカつく野郎だぜ」
盾で従魔を殴り付けながらヴィルヘルムがボヤく。「全くだ」と仙寿は返した。愚神商人の力があれば、H.O.P.E.の長たるジャスティンを暗殺することだって容易いだろうに。
……ここまで“挑発”されたのだから、益々負ける訳にはいかない。仙寿は霊力の白翼を羽ばたかせる。舞い散るのは一切純白の天使の羽根。王によって死者の肌のように塗り潰された空の白とはまるで異なる。美しく、気高く――そして鋭く強かに、押し寄せる従魔兵らを斬り裂き乱す。
白羽根の残滓は霊力の塵となって儚くも消えていく。その煌きの中、央は稲妻のように敵の死角へ飛び込むと、その首筋に忍刀を突き立てる。
「まだまだ――!」
一体でも多くを倒せば、愚神の勢力圏を狭めることができると信じて。央は「マイヤを一人にしない」と誓約を結んだのだ。この刃は一人で握っているものではない。“二人で一緒にいる”の未来を切り開く為――言い方を変えれば“一人の女を泣かせない為”、男は死力の限りを尽くす。
戦闘が続いても尚、冴え渡る集中力。
央を、仙寿を、捉えられる者は未だいない。
『ヴィルヘルム、帰ったら皆で美味しいもの食べよう! 今回重労働だから!』
小烏丸を閃かせ、降り抜かれる大剣を軽くいなしつつ。あけびは剛力のままに敵兵を斬り捨てるヴィルヘルムに声を張った。
「おうさ! そういやーもうじきクリスマスだな! 焼肉だ、焼肉!」
「焼肉、いいねぇ! 会長のおごりか?」
「ハッハァ! このままお前が無傷で勝ち帰ったら奢ってやるとも!」
会長が呵々と笑う。談笑も良いが集中を――という言葉は無粋か。そのやりとりを側で聴いていた央は、フッと口元に笑みを滲ませた。そのまま表情を引き締める。そのまま、突撃をしてくる騎兵に向けて、幻影と共に死をくれてやる。
「ふ――」
鎖匣レーギャルン より抜き放たれる天剣「十二光」は、殲滅の黒焔を以て王の“指”を切り払う。この場において、ナラカ(aa0098hero001)と共鳴した八朔 カゲリ(aa0098)は一兵卒であった。絆の力を焔に変えるその刃に焼き払えぬものはなし。
状況は遅々としている。だが後退はない。鉛の海を泳ぐようだが、確かにH.O.P.E.は進んでいた。
少しずつ、愚神商人との距離は迫る。
天の剣の光が揺らめく。
そして、刹那であった。カゲリが単独、仲間達の前線から跳び出し、愚神商人へと駆け出したのは。
もちろん、引き留めんとする声はあった。当然だ。単独特攻がどうなるかは、先ほどの戦闘不能者によって証明されている。なれど、それがどうした?
『一度はその意志の輝きに譲ったが……』
ならばこそ二度はない。邪魔をするなら、従魔も人も平等に、覚悟も決意も受け止めた上で踏破するまで
ナラカを突き動かすのは使命感だ――能力者や英雄の輝きは見て取れた、それは良い。だが王という普遍の敵を前に世界はどうだ? 悪は我関せずと跳梁跋扈し、当事者でなき者は他人事と受動的、「誰かが何とかしてくれる」「できなければお前達が悪い」と。
『人間とはそうした下卑たものか? 否だろう! 私はそう信じている――故に普遍へと試練を課さん』
銀の髪を、黒の外套を翼のように翻し。群れ来る従魔を切り払い。カゲリは、ナラカの言葉を身に沁みていた。万象は諸行無常……そうではないと信じたいが、人の意志は脆く弱い。愛する人を喪えば、生きていられず自ら死んでしまうほどに。
――異形の愚神を見やった。己が悟りを覆すことと、神鳥の期待が叶うことは同義。欲しいのは納得。敢行するは吶喊。
『さて、約を果たしに来たぞ商人よ』
「ああ。邪英化して人間の試練に成りたい――というものでしたか? 諦めてなかったんですねぇ」
私としては構いませんが、と商人は肩を竦める。言葉とは裏腹に、未だ従魔の群れは絶えず、壁となりカゲリを阻む。
いや、カゲリを阻む者がもう一つ。
それは後ろから彼を抱きしめたヴィルヘルムだ。
何を、と反応するよりも早く。
会長は、剛力のままに裏投げを決める――彼の意識を落とす。
「全くデンジャーなボーイだぜ」
脱力した部下を抱え、会長は溜息を吐いた。H.O.P.E.会議室での彼の言動は会長の耳にも届いていた。ゆえにその動向は見通していたのだ。
「心配すんな! 引き続き俺様について来い! 俺は刃だ! お前達に降り注ぐ“石”を斬り捨てる剣だ!」
世界で一番、世界からの批難と悪意と責任を受け止めている男は、部下達を心配させまいと声を張った。エージェントの中にはH.O.P.E.に辟易としている者もいる。それでもここにいてくれる者達を、老害だ偽善だ無力だと罵られようが、守る義務があった。
その返答として、シルミルテは烈火の焔を彼の傍らに咲かせて見せた。部下を引き留めるために一気に前に出た会長を護るように。
「アナタ達はH.O.P.E.ノ旗印! ドンな結果になロウと、アナタ達さエ生き残レば勝ち目ノ掴みヨウはアル!」
『だから、不本意だろうとなんだろうと、アナタ達だけは何としてでも生きて帰ってもらいますよ……“ヒーロー”なんだから』
いつか誰かがヒーローと愛したひと。シルミルテと樹は片方だけの目を細めた。
無言の兵士らとは対照的に、ジーヤが戦場で轟かせたのは百獣がごとき咆哮だ。それは物理的な殺傷力こそないものの、音圧という暴力を以て、従魔兵らを放心させる。少しでも、会長が戻るまで敵兵の足止めを。
「ライヴスが王のモノじゃないなら――!」
まほらまとの絆を強く強く心に携え。ジーヤはオートサブマシンガン「チェルカーレG」の引き金を引き、敵兵へとありったけの弾丸を叩き込む。
尚も混沌と戦況は渦巻く。
雅春はエマージェンシーケアを傷付いた従魔へ飛ばし、反転した呪いを以て眠らせる。
中衛位置、雅春は呼吸を短く整える。その頑健さを以て仲間達の盾となるその体は無傷ではない、しかし甚大な傷でもない。戦闘続行可能。まだまだ、戦える。
(――どちらかが死ぬまで添い遂げる……)
心の中、絆という糸で繋がったジェニファーとの誓約を繰り返した。その想いは雅春を奮い立たせる。そして同時に、ここが死ぬ場所ではないことを自覚させる。これは決戦、なれど王との最終決戦ではなく、そして……命を無駄に散らせることの無意味さを雅春は知っていた。勇気と蛮勇が違うことを知っていた。自己犠牲は傲慢と自己陶酔だと知っていた。
だからこそ――……いや。
口にはしまい。
少なくとも、雅春と同じ想いの者がこの場には何人もいて、彼らが雅春と同じように備えていたことを、知っていたから。
まだH.O.P.E.は、瓦解していない。
この体も朽ち果ててはいない。
仲間へ飛来する矢を、雅春はその掌で受け止めた。鏃が手を貫通する。だが雅春は人形のように顔色一つ変えずにそれを引き抜き投げ捨てる。……負傷については、布による圧迫止血などについては、愚神商人の『灰は灰に』は適用されないようだ。とはいえこの戦場、常に動き続けている仲間を術以外で治療するのは難しいだろうが。
――指が無事なら、武器は操れる。
雅春はメフィストの道化人形を操る。禍々しい人形は命が吹き込まれたかのように動き出し、反撃にして反抗の刃を放つのだ。
まだ戦える。
死んだりなんかしない。
一先ずの懸念は失せた。となれば、後は粛々と戦争を続けるのみ。
クレアが放った三連射は的確に従魔の頭を吹き飛ばし、ダウンした者が後方へ運ばれゆく為の活路となる。
ライヴスによる意識のクリンナップによって、クレアの意識は鮮明だった。どこまでも騒々しい戦場の最中、遥かよりレティクルを覗く狙撃兵のように、あるいは四方を装甲に護られた戦車兵のように、“静けさ”がそこにあった。
『十時の方向』
「了解」
『続けて一時の方向――少々遠いが射程圏内、届くなら当たる』
「了解」
アルラヤの調律を受けつつ、クレアはまた一つと敵兵を沈黙させる。数こそ多いが無限ではなかろう。これらを破壊することで、王というリソースが一でも削れるのならば上出来だ。
蘿蔔もまた、後方よりの援護射撃に徹していた。同時に通信機によってオペレーターとしての機能も果たす。
「大丈夫――落ち着いて。一人じゃないですから」
優しい声を仲間に届ける。皆で戦っているのだと、遥かな先へ矢を届かせる。こんな戦況で、こんな状況で、不安と絶望が心をジワジワ蝕み続けることだろう。終わりの見えない戦い。圧倒的な敵。だからこそ孤独にあらずと手と手を取り合わねばならないのだ。独りぼっちじゃ、何もできない。
「私達は負けない……」
迸る紅蓮の火矢が三つ――数に物を言わせて迫りくる従魔を焼き払う。
「だって、こうして前に進んでいるんですから」
蘿蔔の言葉通りだ。エージェント達は少しずつだが確実に、前線を押し上げつつあった。また一歩、蘿蔔は歩み出ながら矢を引き絞る。一歩の度に、人類はその生存圏を取り戻しているのだと希望を灯して。
『……――』
レオンハルトには戦況は見えない。それでも他の感覚で状況は伝わって来る。今の彼にできることは、ただただ蘿蔔を信じ抜くこと。彼女が戦い抜けるように、絆を介して力を送り続けること。
――私達なら大丈夫。
そんな思いが、相棒から伝わって来る。だからレオンハルトは、蘿蔔を信じた。
そして蘿蔔は、そんな相棒の想いに応える。
武装を愛らしい魔銃に持ち替える。敵の数の多さは、それだけ敵の攻撃の苛烈さを語る。しからば物量には物量で。
「薙ぎ払います!」
ありったけの力を銃に込め、空に放つ――放たれた弾丸は幾重にも枝分かれし、弾丸の嵐となって王の庭に降り注ぐ。
寸の間に現出した間隙。
泥と化した屍の舞台に躍り出たのは、羅刹の目をした六花である。
霊力の限り凍れる炎を撃ち尽くした少女は高速で術式を展開し、その掌に血色の氷華を現した。それを握り潰すちょうどその頃合い、開かれた場所を埋め尽くさんと従魔兵が雪崩れ込んでくる。
「――凍れ……!」
呟く声は零より冷たく。六花の殺意は氷となり、周囲一切を徹底拒絶の氷獄に閉ざす。
六花の進撃は止まらず。凍った躯を踏み砕き、更に乙女は敵陣へと飛び込んで、ディープフリーズを今一度。
「まだ……まだ……!」
鬼のように歯列を剥く。己が受けた痛みはこんなもので雪げぬと言わんばかり、今度はライヴスソウルを割り砕き――揺蕩う羽衣は蒼白のドレスに。周囲の気温が一際下がったかのような。それは人類に呪詛を吐き、侵略者に憎悪を刻む殺意が少女の体から溢れ出しているがゆえか。
「――ァ あ゛アァ ああ゛あッッ!!」
叫ぶ。駆ける。限界すらかなぐり捨て、仲間からも離れ。六花が周囲一切に放つ凍れる地獄は見境のない破壊をもたらす。だから仲間を巻き込まないよう――六花は独り、敵の渦中へ。破壊。破壊。破壊。破壊。破壊。その様は天災そのものか。
アルヴィナとの絆を代価に、体を直し、魔力を作り。
(……“寒さを厭わぬこと。雪を愛でること”……)
六花のライヴスの中、冬の女神は誰にも届かぬ声で呟く。交わした誓約には“苦境においても人生を投げ出さぬこと”と意味が込められている。……六花は今、自棄と妄執で己の人生を忘れてはいまいか?
●存在証明 04
六花の献身、そして一同の尽力により、人類はまたその生存圏を取り戻す。
バーストクラッシュによって力尽きてしまった六花については後方へ運ばれる。一方で愚神商人は初期位置から動いておらず――それはつまり、かの愚神への接触が可能な圏内であることを示していた。
「ここがあの商人の領域なら痛みに変わるってなあ」
亮はたむろする従魔へとケアレイン――呪いによって痛みの雨となったそれを降らせる。見た目は清らかで神々しい、しかし反転した本質は命を蝕む脅威へと転じている。ぐずぐずと、雨を浴びた従魔兵らが形を崩す。
「ほんと……泥人形みたいだな」
亮は眉根を寄せて呟いた。崩れゆく兵士らは一切喋らず、表情も変えず、ただ、朽ちていく。そして朽ちた味方を見て他の従魔兵が何か反応をすることもまた一切ない。全てが空虚だ。何もない――何も。
(ガランドウになるまで奪われて……それでも形を使われて、使い潰される……何度でも……)
思い付く限りの尊厳の蹂躙だ。この兵士達が、かつては王に抗った者達なのだから尚更。
『この戦列に加わりたくはないのう』
黎焔がしみじみと呟いた。「全く同感だ」と亮は言葉を返しつつ、炎纏槍ブレイジングランスで躍りかかって来る従魔をまた一体、灼熱の一突を以て灰に還す。崩れる体を蹴り飛ばし――見やる先には愚神商人。
「さーて、灰は塵となるか……」
射程圏内だ。掌を向ける。危険を承知で撃ち放つのはクリアレイ。本来ならば危機を祓うその光は、反転し危機をもたらすモノとなる。光は真っ直ぐ愚神商人を包んだ。
途端である。亮は凄まじい体の重みに顔をしかめた。回避能力の劣化、それも甚大な……。
「ぐ、おっ……こうなるのな……!」
クリアレイによるランダムバッドステータスの付与は効果が甚大なものになるようで、その上当然のように行使者にも反射する。身動きのままならない亮に従魔の攻撃が雨と降る。
「痛ぅっ……やられるかよッ」
血を流しつつも持ち前の頑健さで耐え忍ぶ。歯列を剥き、亮は波濤の敵勢へと挑み続ける。
「はぁッ!」
ジーヤは渾身の力を込めて、死気の大剣ツヴァイハンダー・アスガルを横に薙ぐ。怒涛の一閃に五体もの従魔兵が木っ端と散った。
「……言ったろ、足掻くってさ」
幾つかの被弾、斬れた頬から滴る血を手の甲で拭い、ジーヤは剣先と眼差しを愚神商人へ向ける。
「応援しておりますよ」
愚神は悠然と言った。ふと、ジーヤは思う。
(王との繋がりを弱められないかな)
『策は?』
(ない、から試す)
ライヴスを通じてまほらまにそう答えるや、ジーヤは従魔兵を押し退けすり抜け愚神商人へと間合いを詰めた。そのまま剣を一閃――愚神商人の左腕を浅く切り裂く。同じ傷がジーヤにできる。鋭い痛みを感じつつも、彼は愚神の腕を掴むと、傷口へと賢者の欠片をねじ込んだ。
「ぐッ――!」
命が削れる激痛が走る。癒しは呪いへ反転したこの場では、回復道具はそのまま攻撃へ、そして愚神商人の攻撃は攻撃した者へ。
「よくやりますねぇ」
愚神商人は平然としたまま、裂けた傷口を眺めていた。それから半歩分、腕を振り払うのもかねて“すり抜け”て後退する。その様子に特に乱れはない。王とのリンクを弱めるというのは並大抵ではないのだろう――邪英が愚神となればもう戻れないように。
「さあ、次の策は?」
「この野郎……」
侵略者は剣を握り直したジーヤへ微笑む。
ならばと、次に愚神商人へ挑むのは杏子だ。可憐な見かけに反して荒々しくも飛盾「陰陽玉」で従魔兵の顔面を殴り付けて払い除け、愚神商人を厳しく見澄ます。
「私はもう直に散る命だが、これからを生きる命の為に、この世界をお前達にやる訳にはいかないんだよ!」
その見た目は乙女、しかし杏子の身は老婆だ。長く生きた、その分、若い衆より守るべきものが多いのだ――その手に現すのは霊力を練り上げた術札。慈悲などなしと投げつけるそれは、「この世に害をもたらす存在には容赦はしない」という杏子とカナメの想いの象徴、邪悪のみを焼く鋭き聖光パニッシュメント。
「――ッ……!」
焼け付くような痛みが走ったのはその同時。パニッシュメントは愚神従魔邪英にしかダメージが発生しない、が、愚神商人にダメージが発生した時点で、それは灰は灰に、呪いとなって杏子にも返る。
ヒールアンプルや賢者の石といった回復も商人から行使者へ返ることも、ジーヤの行動によって立証済みだ。本当に、ありとあらゆる手段で愚神商人へ行う攻撃行為は跳ね返るらしい。
「厭味ったらしい……性根が透けて見えるようだな」
みっともない悲鳴など漏らさない。苦痛を噛み殺し、杏子はまだ凛然と立つ。襲い来る従魔を、その盾で隔てる。
仁菜もまた、その盾で仲間達を護り続ける。ターゲットドロウで掻い潜り、持ち前の堅牢さで耐え忍び。なれど蓄積する疲労は少なくはない、それでも。「皆に会えてよかった」と思えるこの世界を守る為に。
「はぁっ……!」
呼吸を整えつつ、また一歩の前進。愚神商人を見やる。少しずつ、あの未知の愚神のことが解明されている。ならば自分も。この戦いを次の勝利に繋げるために。
今だ、と踏み込んだ。陰陽玉をライヴスで覆い、それを愚神商人にぶつける。それは相手の霊力を奪う一撃。
「あぐッ――」
途端に全身に響くのは、叩き付けられたかのような衝撃だ。攻撃のダメージが仁菜の身に呪いめいて反射する。だが霊奪の効果が仁菜に発生することはない。つまり攻撃に付随する特殊な効果――パニッシュメントの愚神らのみに有効な点など――は反射されず、純髄にダメージだけが跳ね返るのだろう。そしてこれはいくら防御を固めても、命そのものに発生する傷だ。
(……もう一発!)
これしきの痛みで仁菜は倒れない。まだ確かめたいことがある、更に陰陽玉で攻撃を。それは愚神の頭に当たり――仁菜の頭部にも、目から火花が飛ぶような衝撃が走る。
(ダメージが返って来た……ってことは……!)
じくじくと傷を受けた頭部から血を流しつつ、仁菜は冷静に分析する。愚神商人の“灰は灰に”は常時展開型のスキル、最早“体質”と呼ぶべきか。
「……まだ大丈夫!」
英雄が何かを言う前に、仁菜は彼へ、そして仲間へ心配無用と告げた。再び盾を構える。従魔掃討へと力を尽くす。
「ああ……痛いですね」
幾つかの攻撃を喰らった愚神商人はそんなことを言った。言葉とは裏腹によろめきもしない。ただ、数多の従魔兵と戦い続け、疲弊し削れ続けつつも挑んでくる“希望”を見詰めている。
できればその“目”が届かぬよう、仲間達の英雄にも目を閉じて欲しいところだが……それもなかなか難しいか。拓海はフリーガーファウストG3を撃ち続け、広さの暴力で従魔兵を薙ぎ払う。
と、その時だった。
「どうも皆様は私の戦法を解明したいようですね。次に繋げるべくの行為、大変殊勝です」
拓海を、そして他の者を見渡し、愚神が言う。
「ではお見せしましょうか。例えば、そうですね、皆様の後方まで一気に跳んで、倒れている三名を邪英にする、などいかがです?」
「なッ――!」
拓海は目を見開く。
が、誰よりも早く愚神に反応した者がいた。
シルミルテだ。兎のように地を蹴った彼女は、愚神商人へ真っ直ぐ――袖に隠した暗殺ナイフ「ウヴィーツァ」を、その左目に突き立てる。
ぶつ。
嫌な音がした。柔らかい眼球を、鋭いナイフが刺し貫いた音だ。そして傷は反射され、シルミルテの左目、茂る八重桜からおびただしい血が伝う。シルミルテにはもう左目がない。ないからこそできる、覚悟。
「いいんですか? 目」
ぐりっと眼窩を抉られながら、残った目で愚神商人が魔女を見る。
「別に仲間ヲ邪英化させルワけにはートカ、そんなオ綺麗事ヲ言いタイわけジャナイ。アノハリボテなおうさまモドキの手足ヲ増やスノが業腹だかラヨ!」
そんな言葉を突きつけて、シルミルテは愚神商人を「えイッ」と蹴り飛ばしながら刃を引き抜く。血濡れた花弁が舞い、消えた。
シルミルテの目は無事だ。だが樹は違う。あの時のような呪いではないので、すぐに治療すれば間に合うだろう。尤も愚神商人の領域下での治療は無理だ――となればもう運次第だ。安全圏に戻れた時に間に合うかどうかは。樹が永遠に光を失うか否かは。
「っ……無茶する!」
拓海は思わず心からの声を零した。それからシルミルテと交代するように、愚神商人へと肉薄した。今は少しでも気を削がせ、重傷者が襲われることを防がねばならない。あれやこれや策を考えていた。けど、今は考えるより先に動かねば。結果が同じになればそれでいい!
「――進ませないッ!」
この力は、同士討ちの為のものなんかじゃない。拓海は雷斧ミョルニルに、アックスチャージャーによって膨大なライヴスを纏わせた。力は稲妻となり、戦場を照らし――叩き下ろす三撃は、雷神が下す裁きの雷霆がごとく。爆発音のような雷鳴が、世界に響いた。
強力無比な、そこいらの愚神ならば一撃で微塵になるだろう破壊力。
だがそれはそのまま――拓海へと牙を剥くのだ。
「……ッ!」
袈裟懸けにおびただしく血が噴き出して。拓海はよろめき、膝を突いた。体が繋がっているのが奇跡なほどの――そう、実際に奇跡は起きたのだ。彼のポケットの中で、奇蹟のメダルが砕け散る。
「っ……大丈夫生きてる! ……撤退する!」
そう声を張った拓海を護るように、國光は彼の傍へ。そして、絆を二つの刃に乗せて一閃――周囲の従魔らを一瞬で切り伏せる。
「生きて帰ろう、皆で」
無為に死んでいい命なんてない筈なんだ。國光は黒い結晶が並んだ灰色の町を思い出す。そして、仲間を護る為、その道を切り開く為、美しい双剣を握り直した。
「オレの背にある多くの絆……友……家族……誓約……約束……引き継いだ夢達……絶対に死ねない理由がオレにはある!」
『何があっても最後は前を見て立ち上がり、優しさを手放さない……その“勇敢”な心にメテオは応えるのです』
絆を力に変えよう。
この力が世界を冒すというのなら、もっともっと強い力で全ての脅威を薙ぎ払おう。
メテオバイザーは世界を滅ぼす為に國光と出会ったんじゃない。
國光はメテオバイザーに世界を滅ぼさせる為にここに居るんじゃない。
「……帰ったら、メテオの焼いたスコーンが食べたいな」
『ええ、サクラコ。約束です。だから……』
「――うん。生還の誓約は、絶対守る!」
二人の想いは勇気になって、力になる。
嫋やかにして勇ましく、“武勲の証”を翻し。
燃え上がる絆をそのまま輝く刃に込めて。レースの騎士は踊るように剣を舞わせた。
王が従魔らと結んだリンクは絆ではない。ただの支配だ。略奪だ。そんなものは――赦さない。要らない。
剣の雨が、モノトーンの戦場に降る。
ウェポンズレインに、フリーガーファウストG3。ニノマエは徹底的に範囲火力で従魔兵らを吹き飛ばしていた。
(さて……そろそろか)
見渡す戦場。戦いは長く、長く。愚神商人は健在だが、その体は傷だらけだ。とはいえアレがどれだけ生命を削られているかは不明。押し上げられた前線に、商人はその転移の力で距離を開ける。
『ノルマは達成じゃなかろうか』
ミツルギが言う。目標としていた地点まで前線を押し上げることには成功した。敵の数も随分と減った。その代り、エージェント達の負傷と疲弊は激しい。
ならば、とニノマエはクローフィナイフをその手に持った。その刃と魂を交わす――引き出すのはその力。そして、その魂によって創り出すのは数多膨大な刃の列だ。
『私達が生き抜くことが、すなわち世界を生かすことに繋がる』
「諦めはしない、絶対にだ」
目には希望を。胸には勇気を。そして手には叛逆の刃を。
「『喰らえッ!!』」
ありったけの想いを込めて、撃ち放つのは今一度のライヴスキャスター。幾つもの刃が嵐の如く乱舞するその様は、まるであまりに巨大な剣が戦場を貫き穿ったかのような。カオティックブレイド“ミツルギ・サヤ”という剣を、一・新という男が降り抜いた一撃。
「っし――下がるぞ! 撤退だ!」
この戦いは、次に続く戦いだ。
ここで死ぬわけにはいかない――生きて、帰らなければならなかった。
●存在証明 05
長い長い戦いとなった。
回復がない状況でじわじわと削られながら、それでもエージェンらは戦い尽くした。
結果として、王戦力に甚大な被害を叩き出したのは事実。エージェントらが撤退するのを見て、愚神商人も頃合いかと撤退し、従魔兵は消え去った。取り戻された人類生存圏は、ゾーンブレーカーの儀式の拠点地となるだろう。
「えすちゃん、お疲れ様」
正宗は共鳴を解いたエスへ振り返り、薄らとだけ笑みを浮かべた。それから感謝の言葉と、「あの人といつまでも幸せに」と。
……生きていて良かった。命は、大切だ。自分達の命を大切に想ってくれている人がいるから、尚更。
一方でクレアは、可能な範囲で異界の兵士の遺品がないか見渡した――だがそこには何もなかった。ぐずぐずの泥のみがわずか、無常を語っている。王に負ければ本当に何も残らないのだと痛感した。けれど彼らが存在したことは、クレアの記憶に刻まれている。
「命を賭した英雄は、誰かが弔ってやらねば」
『そして、語り継がねばならない』
――戦いは未だ続く。
ここに居る為の戦いは、未だ。
『了』