本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】破滅の予兆~マガツヒ動乱~

一 一

形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
20人 / 1~25人
英雄
18人 / 0~25人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/11/21 21:34

掲示板

オープニング

●躍動する悪意
「清十郎様、準備が整いました……し、しかし、本当によろしいのですか?」
「私の判断が不服か?」
「し、失礼しました!」
 地中海の海中を進む、マガツヒに奪われた原子力潜水艦の内部。
 航行の指揮を任された部下の戸惑いを切り捨て、比良坂清十郎(az0134)は艦内を歩く。
「……まあ、万が一にも失敗があったとすれば、改めて貴様らに責を問えばいい」
「――ひっ!」
 声音は一定、威圧感は皆無、振り向きもしない清十郎の背中に、部下は確かな畏怖でのどがひきつる。
 感情を波立たせることは滅多になく、圧倒的な存在感と背筋が凍る空虚さについぞ慣れることはなかった。
「タイミングは指示する。行け」
 目的の場所に到着すると、清十郎は短く言い捨て『中』へ入っていった。

 マガツヒはさながら、『暴力』を原動力に世界を駆ける『無秩序の翼』である。
 ただし、実態は自由を羽ばたく代償に大量の『羽』を撒き散らす『イカロスの翼』。
 清十郎の期待に応えた者も応えられなかった者も、自然に冷淡に平等に散っていった。
 今までも。
 これからも。
『マガツヒ』の軌跡に残され積もる『羽(いのち)』は、どこまでも軽い。

「『視(み)』えない恐怖と『視』える諦観、どちらがより深い絶望か……」
 暗闇の密室で1人、清十郎は誰に向けるでもない独り言を漏らす。
「――滑稽だな。いまさら己を主体と惑うか、比良坂清十郎?」
 自問自答にて導かれた解は、己への嘲笑。
「私は『比良坂清十郎』。『混沌』の体現者――それ以上でも、以下でもない」
 独白から静かな息づかいが流れ、わずかに身じろぐ。
「本命はもらう。『鍵』も手にした。悪く思うな……リヴィア・ナイ」
 そして『タイムジュエリーの欠片』を手の内で転がし、その時を待った。

●舞台へ降り立つ巨悪
 そして、潜水艦の制御室にて。
『撃て』
「っ! 合図だ! 『魚雷』を発射しろ!」
 唐突に届いた短い指示に、マガツヒ構成員は慌てて動き出した。
「正常に射出を確認……でも、本当に大丈夫なのか!?」
「さぁ? てめぇが直接『中に入った』ボスに聞けば?」
 制御室内が困惑に包まれる中、浮上途中のガリアナ帝国のバリアへと『魚雷』が直進する。
『っ!』
 そして、清十郎を乗せた文字通りの『人間魚雷』は――バリア付近で爆発した。
「すっげぇ! あれってカミカゼって奴だろ!? 俺初めて見たわー!」
「何に興奮してる!? ひ、ひとまず撤退を――」
『――誰が退却を指示した?』
 一瞬で混乱がピークに到達したマガツヒは、しかしすぐに聞こえた通信の声に硬直。
 慌てて海中探索用のカメラ映像をモニターに映し、乗員は無意識に息を呑む。
「……うっわ、生きてやんの」
「(黙れバカ! あまり口が過ぎると、本当に殺されるぞ!?)」
 爆発の余波で砕け散った魚雷の破片とともに、ガリアナ帝国の内側へ落ちる『黒い影』。
 そして、帝国より上を移動していた潜水艦が映す俯瞰の映像より、『黒い影』の着弾が確認された。
『海上から届いた『笛』によるバリアの消失と、魚雷の射出タイミングがわずかにズレたため、突入時に推進部をやられたようだ……上出来とは言えないが、帝国への進入には成功したからよしとしよう』
 遅れて聞こえてきた清十郎の声に、安堵のため息がいくつも漏れる。
 どうやら、彼らの『命』はまだつながっているらしい。
『すぐに戦力を集めろ。H.O.P.E.やセラエノの連中もすぐに感づく』
 しかし、鋭い命令が突き刺さることで弛緩した空気はまたも張りつめた。
『これよりガリアナ帝国の制圧、および『天蓋の世界樹』を強制起動する――『地獄』の再演といこう』

●マガツヒ首領と直接対決
 数十分後。
『つい先ほど、プリセンサーが比良坂清十郎のガリアナ帝国への侵攻を予知しました!』
 地中海を潜っていく複数の潜水艦の中で、エージェントたちは焦燥に染まったオペレーターの声を聞く。
『状況から察するに、どうやら海上で吹かれたヨイさんの笛により帝都を覆うバリアが一瞬だけ解除されていたようです! 信じられませんが、清十郎はその一瞬をつく形で帝都への侵入を成功させたとのこと!』
 H.O.P.E.も完全に予想外の事態だったのか、通信の後ろから聞こえる声も酷く慌ただしい。
『マガツヒの狙いは十中八九、『天蓋の世界樹』でしょう! 先の恐竜を使ったテロや遺跡転移事件から推測するに、オーパーツの暴発も視野に入れた行動だと思われます! 現在、そちらへ回せる戦力を集めていますが、マガツヒはもちろんオーパーツを狙うセラエノも相応の戦力で大挙してくるでしょう!』
 緊急依頼を受けたエージェントたちは先遣部隊として先行している。
 マガツヒやセラエノとの戦闘も考慮すれば追加戦力はありがたいが、到着を待つほどの余裕はないだろう。
『皆さんにはこのままガリアナ帝国へ向かい、比良坂清十郎を直接叩いてもらいます! 間もなく追いつく後続の部隊には、潜入の支援とヴィランの迎撃に向かわせます! 『天蓋の世界樹』を悪用される前に、比良坂清十郎を止めてください! 非常に危険な任務ですが、お願いします!』
 わかってはいたが、あまりの無理難題に思わず誰かの苦笑が漏れる。
 しかし、エージェントたちは誰1人ひるまず了承を口にし、ガリアナ帝国へと突き進んだ。

解説

●目標
『天蓋の世界樹』発動阻止
(比良坂清十郎の討伐)

●登場
・比良坂清十郎
 マガツヒの首領
 浮上してきたガリアナ帝国の動きを真っ先に察知し帝都への侵入に成功
 どこからか入手したタイムジュエリーを用いて『天蓋の世界樹』の利用を画策

 能力・スキル…不明

・マガツヒ
 総数不明
 清十郎の命令を受け、奪った軍艦や潜水艦などでガリアナ帝国へ集結しつつある
 H.O.P.E.部隊の迎撃を行いつつ、帝都に乗り込む隙をうかがっている

・セラエノ
 総数不明
 PCや清十郎の動きを察知し、H.O.P.E.に多少遅れてガリアナ帝国へ進行中
 最重要オーパーツである『天蓋の世界樹』奪取のため、その行動には見境がない

●状況
 場所は地中海のほぼ中央にて浮上途中のガリアナ帝国帝都
 中心部に大きな神殿のような城がそびえ、周囲を円形に取り囲むように民家らしき建物が並ぶ
 上昇速度は加速度的に上がっており、PCの帝都到着の一定時間後に海上へ浮上
 その後、『笛』の影響をより強く受けるためバリアの維持・展開は不安定となる

 PCは意図的にバリアを消失させて潜水艦ごと帝都へ侵入
(同時にマガツヒ部隊も侵入に成功する)
 その後、直接攻撃部隊として清十郎およびマガツヒの追跡・討伐へ
 清十郎はすでに神殿内の祭壇で『天蓋の世界樹』起動の準備中

●PL情報
 勝利条件は『タイムジュエリーの破壊』か『起動装置である祭壇を操作し停止させる』
 神殿内には水晶に包まれ眠っている帝国民が多数存在し、特に起動場所に集中して鎮座
 清十郎所有の『タイムジュエリー』は欠片であり、起動までにタイムラグが発生

 最初から正常に発動させる気はなく、もし起動を許せば被害規模は計り知れない
 清十郎より優先順位は低いがマガツヒもすでに命令を受け、何らかの目的を持って行動する

※特定の条件を満たした場合、帝都内でセラエノも含めた混戦状態に発展する可能性アリ

リプレイ

●帝都防衛戦
「アイツラの敵(かたき)であるマガツヒの首魁――ようやく狩れるとこに出てきたか、清十郎」
『気持ちはわからんでもないが……感情に飲まれんじゃないぞ小僧』
 神殿へ向かいながら闘志を燃やすリィェン・ユー(aa0208)に、すかさずいさめる零(aa0208hero002)。
「わかってる……わかってるさ。だがこれは、俺に必要なけじめだ。この期を逃すわけにはいかねぇ」
『ならば尚の事。その感情に呑まれた刃は、けじめを濁すぞ』
 リィェンは元々所属していた組織の仲間をマガツヒに奪われた。
 今回の戦いはうまくすれば、マガツヒを壊滅せしめる好機足り得る。
 そんな逸(はや)る気持ちを斟酌(しんしゃく)しつつも、零は重ねてなだめた。
「――では、そのように」
『母様、どうしてH.O.P.E.に輸送船の手配をしていたのです?』
「もし捕虜が現れたら、判別が面倒でしょう?」
 通信を終えたエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は、疑問符を浮かべるアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)へ何でもないように微笑んだ。
 いわば『最低限の配慮』でしかなく、ヴィラン殺害に葛藤などない。
『はてさて、此度(こたび)の相手は比良坂清十郎か』
「――楽しそうだな」
 どこか浮き立つナラカ(aa0098hero001)の声に、八朔 カゲリ(aa0098)は【天剱】を解放しつつ尋ねる。
『うむ。超えるべき難敵が、困難があればこそ人は奮起し意志もより強く輝く。良き試練となるだろうよ』
 普遍を見透し万象を俯瞰し、遍(あまね)く照らす善悪不二の光――ナラカのあり方は常に一貫している。
 強敵との戦いが人間の意志を輝かせると期待に満ちていた。
「……そうか」
 万象を等しく肯定するカゲリもまた、何者をも対等に扱い意志を貫く姿勢に揺らぎはない。
 ナラカや清十郎さえ肯定して、己の意志を押し通すだけ。
「いずれにせよ、マガツヒに構う必要はないか」
 やがて見えてきた敵の壁を、レーギャルンの抜剣による衝撃波でこじ開け進む。
『それで、きみ自身はどう動くのかな?』
「せいぜい、敵の裏をかこうと考えてるくらいだ――っ!」
 紫苑(aa4199hero001)のからかい気味な声に、バルタサール・デル・レイ(aa4199)は答えを濁した。
 ある程度マガツヒとの距離を詰めれば、『フラッシュバン』を打ち込み足を速める。
「どけどけぇ! 神殿にカチコミだ! 邪魔する奴はたたっ斬るぞ!」
 共鳴した雪ノ下・正太郎(aa0297)は神斬を振り回し、先頭に立って敵を崩して活路を開く。
 敵の意識も多く集めるが、そこはうまく攻撃を凌いでどんどん突き進んでいく。
「さて、と」
『それじゃあ、始めよう』
 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は同時に呟き、開いたアルスマギカから『地獄の業火』が噴出。
 リフレクトミラーの乱反射でさらに敵を舐め回す。
「ふぅん……構造自体はよくある造りの様だけど――まぁいいや。やる事は変わらないのだし」
 開いた視界から神殿を、次いで街の構造を確認しながらアリスは走る。
 前方より肌をなでる熱とは裏腹に、流れる景色に何の感慨も浮かばない。
「まったく、どいつもこいつも――っ!」
『……んー、総力戦だねぇ。いつも通り、やれることやろう』
 後方からは『静狼』で援護する麻生 遊夜(aa0452)が、各所の騒動も含めた悪態をこぼす。
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)のフンス! と漏れた気合いに押され間断なく射撃をばらまいた。
『で、ニーナはまた無茶するつもり?』
「……気になることがあるの」
 主導権を握られ不安が募るリオン クロフォード(aa3237hero001)に、藤咲 仁菜(aa3237)は短く返す。
 思い浮かべるのは、以前に関わった事件とその人々の顔。
「知りたいの、真実を」
 顔を上げた仁菜は、アイギスの盾を握る手に力を込めた。
『して由香里、この戦における策を聞こう』
「特にないけど?」
 中には飯綱比売命(aa1855hero001)のように、共鳴した橘 由香里(aa1855)の返答に度肝を抜く者もいる。
『……正気かえ?』
「仕方ないでしょ、駆けつけたのがギリギリだったんだから!」
 雷上動で紫電の矢を放ちながら飯綱比売命の視線(?)に耐え、由香里は必死に頭を働かせていた。
「罠や仕掛けはないらしい! まずは可及的速やかに祭壇まで到達して、比良坂を捕捉するぞ!」
『立ちふさがる者は容赦しませんわ!』
 ヨイから首都について聞いた話を仲間に伝えた赤城 龍哉(aa0090)。
 ブレイブザンバーを構えてマガツヒへ突っ込み、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)に呼応し風穴を広げる。
 敵も慌てて立ちふさがるが止められず、やがて神殿の入り口が見えてきた。
「どうみても無理難題だね……」
 清十郎と相対する前の戦闘もあり、餅 望月(aa0843)は渋い顔。
『レガトゥス級が出てくるより大したことないよ』
「それはそう、かな?」
 百薬(aa0843hero001)のポジティブな発言ですぐに気を取り直し、突然立ち止まった。
「マガツヒはここで引き受けます。ワタシに任せて、先に進んでください」
 エヴァンジェリンを手に体を反転させた望月を皮切りに、他数名もその場に残る。
「あたしたちも残るよ、エズラ! 放っておいたら、絶対邪魔しようとしてくるはずだから!」
『承知しました、お嬢様』
 プリンセス☆エデン(aa4913)もその1人。二つ返事で頷いたEzra(aa4913hero001)は流されやすい性格ではあるが、清十郎へ向かう人数を考慮すれば反対する理由はなかった。
『清十郎の方はいいの?』
「私たちの妨害など折り込み済みの待ち伏せでしょうし、みすみす見逃さないでしょう?」
 前回の邂逅で、聴 ノスリ(aa5623)はサピア(aa5623hero001)が清十郎に興味を抱いたと思っている。
 目的に沿いつつより愉しい方へ――サピアの行動はいつも複雑で、単純だ。
「顔合わせは足の速い方々に任せます」
 だからノスリは、この場に残った矛盾にもどこか腑に落ちた。
「何かあれば連絡を頼む」
『こんなに早い分断はよろしくないわね』
 事前に味方内での通信を確認していた迫間 央(aa1445)は、残った仲間たちへ声を飛ばす。
 共鳴したマイヤ サーア(aa1445hero001)の意見に嘆息するが、少数精鋭の弱点として妥協は必要。
 大半のエージェントたちは一つ頷き、神殿内の祭壇へ向かった。

「最初からのんびりする気はなかったが、急がないとまずいな」
『……ん、囲まれてる』
 モスケールで探索しつつ神殿を走る遊夜は、続々と現れる反応に険しい表情。
 ユフォアリーヤの言葉通り純粋な人数差は歴然で、いつ突破されてもおかしくない。
「できれば、帝国や『天蓋の世界樹』も調査したいけど……」
『そんな余裕があるかしらねぇ?』
 神殿内を観察しながら走るGーYA(aa2289)に、共鳴したまほらま(aa2289hero001)は素っ気なく返す。
 比良坂清十郎とは前に顔を合わせており、雑念を残して戦えるほど甘くない。
「(……いた!)」
『護衛もなく1人なんて、よほど自信があるのかしら?』
 先行して祭壇の部屋前にいた荒木 拓海(aa1049)は、モスケールと肉眼で清十郎を確認。
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は祭壇を操作する背中を睨み、仲間が追いつくのを待つ。
(――っ)
 そっと中を覗いたジーヤは、わずかに息を飲む。
 祭壇の部屋には清十郎の他、人が入った水晶が壁一面に鎮座していた。
 ヨイから聞いた帝国民の現状と一致するが、清十郎がいる部屋に集中しているのは痛い誤算だった。
「(帝国民の方々を戦闘に巻き込むのは避けたいですわね)」
『耐久度も未知数だ。通常の水晶も、硬度は高いが衝撃には弱い』
 ファリン(aa3137)の懸念にヤン・シーズィ(aa3137hero001)が小声で補足する。
 清十郎の能力も不明なため、放置するのは危険だろう。
「(ヨイ殿から、この帝都にはオーパーツの工房があると聞いた。水晶化した人々の中には、オーパーツの製法を知る神官も居るやもしれん)」
 獅堂 一刀斎(aa5698)は水晶内の帝国民そのものに注目する。
「(俺には、我が生涯の全てを捧げてでも治したいオーパーツがある。独学で何十年掛かろうと治してみせるつもりだが、神官からの話や工房があれば、『彼女』の修理に一気に近づける……!)」
 ――故に、帝都の破壊は許さない。
『比佐理の心も、一刀斎様と同じです』
 一刀斎と思いを同じくする比佐理(aa5698hero001)も、帝都と人々を守る決意を口にした。
「(……ん、状況は大変。でも……比良坂清十郎は今、1人)」
『逆に考えれば、倒すなら好機でもあるのよね』
 冷徹で好戦的な氷鏡 六花(aa4969)の意見に、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)も追従。
「(……なら、俺は主に出入り口付近で侵入警戒に回ろう。余裕があれば、そっちも援護する)」
 遊夜の索敵結果を知り、バルタサールがそういってドラグノフ・アゾフを掲げて告げた。
 そしてメンバー全員が同意を確かめるように無言で頷いた後、行動を開始した。

●首領との戦闘
 部屋への突入と同時、清十郎と空中に浮かび発光するタイムジュエリーへ駆け寄る。
「比良坂!」
 いち早く飛び出した龍哉はネビロスの操糸をけしかけ、清十郎を包囲し逃げ場を奪った。
 さらに疾走の勢いを利用し、強い踏み込みから跳躍すると空中でブレイブザンバーを再度握る。
「そこまでだ!!」
 清十郎を飛び越え祭壇の正面へと降り立った龍哉は、集積していたライヴスを解放。
「――来たか、H.O.P.E.」
「っ!?」
『ストレートブロウ』で祭壇から引き剥がそうとした一撃を、清十郎はネビロスをくぐり抜けて回避。
 龍哉は真横を取られ、漆黒のライヴスを纏った裏拳が横腹へめり込み吹き飛んだ。
「そこから離れろ!」
 即座にリィェンが反応し、接近しつつ神斬・【極】を清十郎へ向け『エクストラバラージ』を展開。
 密度を高めた『ストームエッジ』が吹き荒れ、次々と肉厚の刃が地面へ突き刺さる。
 が、なぜか幽鬼のように体を揺らすだけの清十郎に当たらない。
「わたくしは援護と水晶の運搬を行います! 正太郎様、ご武運を!」
「ファリンさん、助かる! さて、実悪レベルの敵役に不用意な突出は自殺行為だな」
 そこでファリンの『リジェネーション』効果を『リンクコントロール』で高めた正太郎が前進。
「まずは協力して、清十郎を祭壇から引きはがす!」
 射程距離まで接近すれば神斬の斬撃を飛ばし、前衛に加わった。
「せめて、戦闘から距離のある場所まで移動しなければ……」
 その間に、ファリンはガーンデーヴァで牽制射撃をしながら壁際を走り、水晶を抱える。
 現状は清十郎からの注目は浅く、急いで帝国民を移動させていく。
「比佐理!」
『いきます!』
 さらに一刀斎が清十郎へ接近し、肉体から霊体のような比佐理が飛び出して『猫騙』の牽制。
 反応を遅らせて仲間の行動を補助しようとしたが、清十郎は意に介さない。
「生憎(あいにく)と私は『目』がいい。フェイントはほぼ無意味だと思え」
「っ、比良坂!」
 だけでなく、すれ違いざま清十郎は一刀斎へ助言を残す余裕を見せた。
「――っ!?」
 さらに追撃しようとした清十郎は、突然生じた爆発に体を浮かせる。
「さっそくですまんが、ちぃとそこどいてくれや」
『……ん、早く止めなきゃ……だから、ね?』
【静狼】を構え、『アハトアハト』の直撃を見届けた遊夜が口角を上げる。
 同じく笑みをこぼすユフォアリーヤとともに、常にライヴスサイトの中央に清十郎を捉えて離さない。
「はぁっ!」
 そこへジーヤが飛び込み、ツヴァイハンダー・アスガルの『ストレートブロウ』でさらに吹き飛ばす。
『いくら速く動けても、避けられないタイミングはあるわよねぇ?』
 共有する視界から遠ざかる清十郎を映したまほらまは、愉快そうにのどを鳴らす。
 たとえ予測困難な動きをしても、人型である以上は地面から足が離れれば回避も難しい。
「俺とお前でヤツを封じ切る。やれるな、拓海?」
「ああ!」
 清十郎の後を追う央と拓海が互いに視線を向け、同時に駆けだした。
「攻撃役は赤城と六花に任せる」
『ワタシたちは――崩しとフォローね』
 数歩でトップスピードに至った央は龍紋が浮かぶ忍刀を抜き、清十郎へ肉薄。
 反撃と構えた腕を下段から切りつけ、攻撃動作を潰すことでマイヤの声に応える。
「うおおっ!」
 そこへウコンバサラを掲げた拓海が介入。
 祭壇からさらに引き離そうと、『ドレッドノートドライブ』と『ストレートブロウ』で加速する。
「――君の攻撃も遠慮しよう」
「な、っ?!」
 が、気づけば清十郎は拓海を追い越して……否、攻撃の射程外へ逃れていた。
「今のは……?」
『目測を誤った……わけじゃないわよね?』
 慌てて体勢を立て直し、拓海とメリッサは言いしれぬ気味悪さに冷や汗を流す。
「……愚神を吸収してその能力を乗っ取った、って話だけど。もしかしたら、ほんとはその逆で……比良坂清十郎は、とっくに愚神に乗っ取られてるのかも……」
 終焉之書絶零断章を開き、氷結のライヴスを展開した六花は一度目を閉じ、薄く開く。
「ううん、そんなこと――どっちでもいい。愚神なら殺すだけだし……人間なら、尚更許せない。あいつは――ここで殺す」
 生来の優しさを意識的に凍らせ、憎悪と殺意で研ぎ澄ませた氷槍を射出した。
「中々いい殺気だ。私の部下にスカウトしたいくらいだよ」
「死んでも……嫌!」
「そうか、逸材だけに残念だ」
 前衛の合間から飛来した氷槍も躱し、清十郎は軽口を叩く余裕さえ見せる。
 一方、『マガツヒと同類』ともとれる挑発に六花は苛立ち、氷槍の射出速度を上げていく。
「――っ」
 それも躱した清十郎を追い、カゲリが黒光を放つ『ライヴスブロー』で切りかかる。
『ふむ……汝の輝きは歪みが酷いな』
「ほう? 面白いことを言う」
 ライヴスを纏った腕で受け止めた清十郎は、思わずこぼれたナラカの言葉に反応する。
『薄弱であり強固、矮小であり強大、散逸であり一律……覚者に匹敵しながら対なる意志が混在しておる』
「言い得て妙な表現だが、正確ではないな」
 黒光を何度も明滅させ、無言で行うカゲリの連撃を躱す清十郎はナラカへ告げる。
「君が視(み)た『私』を『人』と同列に並べることが間違いなのだから」
「ぐ、っ!?」
 眼前へ迫った清十郎の黒腕を、カゲリはキングシースの加護も上乗せして防いだ。
『己の定義を外したと言うつもりか?』
「……若干だが、物理に手応えがあった。とはいえ、耐久力に大差はない」
 清十郎の真意を計りかねて首をひねるナラカを置いて、カゲリは『リンクコントロール』で力を補強。
 攻撃の感触から得た推測を仲間へ伝え、再び前へ進み出た。
『あらかたの避難は終わったが、次はどうする?』
「祭壇の操作に行きますわ。わたくしへの注意が薄い状態ならば、あちらの対処も遅れるはずです」
 祭壇から近い位置の水晶を移動し終え、ヤンの問いに【蔡文姫】を装備しながら答えるファリン。
 さらに【打神鞭】を取り付けて武器の感触を確かめた後、タイミングを見計らい祭壇へ駆けだした。
「させん」
「あんたの相手は俺たちだ!」
 すぐに清十郎が気づくが、『ライヴスシールド』を形成した正太郎が進路を妨害する。
「邪魔だ」
「お互い様だろう! 『天下御免斬り』!」
 心臓へ伸びた清十郎の爪を力場の盾で阻み、正太郎は神斬にライヴスを纏わせ切り払った。
『リンクコントロール』で最大に活性化したライヴスの一撃は――清十郎の腕に食い込み止まる。
「退く気がないなら、譲ってもらおう」
 瞬間、清十郎からあふれ出したライヴスが漆黒の竜巻――『無明』となって襲いかかった。
 至近距離の正太郎はもちろん、追撃に接近していたエージェントもまとめて吹き飛ぶ。
「ぐ、くっ! ――不覚でしたわ」
 その余波は祭壇を前にしたファリンにも届いていた。
 数度地面を跳ねた後で素早く立ち上がり、『ケアレイ』と『エマージェンシーケア』で前衛を治癒。
 その間に接近する清十郎へ【蔡文姫】のワイヤーで切りつけるが、足は止まらない。
「――大した堅さだな」
 ファリンへ伸びる清十郎の爪の間に入ったのは、仁菜の盾。
「初めまして清十郎さん。やっぱりマガツヒ首領はオーラが違いますね」
「心にもない世辞に貸す耳はない」
 清十郎は仁菜から一度後退して距離をとり、背後から迫った前衛に対処する。
「貴方は愚神にもっとも近いヴィラン、と聞きました。愚神商人とも交流があると」
 しばらくして再び、仁菜に攻撃を止められ相対した。
「私はずっと、【森蝕】に疑念がありました。パンドラは『大事なものを奪われた』と言っていて、敵だった幹部を狂わせたのはパンドラの細胞……これらは無関係ですか?」
 単純に『パンドラ細胞』と呼ばれたそれは、パンドラ自身をも狂わせていた危険物。
 もし『大事なもの』が『パンドラ細胞』を指すなら、誰かが奪ったことにならないか?
「パンドラ程の実力者が、『パンドラ細胞』を移植する前のバルドル達に取られるとは思えません。そもそもの出所も曖昧なままですから。しかし、貴方ならどうです?」
 パンドラは元マガツヒ所属だが、『いつから』愚神かは不明だ。
 ならば、『パンドラ細胞』を保有していてもおかしくない愚神商人から入手した、とは考えられないか?
「パンドラもバルドルも……フレイやフレイヤも狂わせることができた――彼を愚神にしたのも、細胞の移植も、全ては貴方が仕組んだ事じゃないですか?」
「……まず前提として、パンドラはマガツヒに入る前から『愚神』だ」
 仁菜の言及に、清十郎は冷めた口調で返す。
「次に、元から狂っていたパンドラの言葉が『真実』だと何故言える?」
 四方から襲い来る前衛へは、再度『無明』を放った。
「そして、首領の立場から『個人の活動』に詮索や関与をしたことは『一度も』ない」
 同じく距離を離された仁菜が顔を上げれば、清十郎の金輪と目が合う。
「他に質問はあるか、お嬢さん?」
「……っ!」
 声音に含まれた嘲笑に眉をひそめ、仁菜は『クリアプラス』を付与した『ケアレイン』で味方を回復した。
 手持ちで費やせる全戦力でも押し切れない激戦の中、飯綱比売命は妙な脱力感を覚えていた。
『安易に非難したわらわにも責はあろうが、この場で『それ』を思い立ったそなたに少々呆れてもよいか?』
「……我ながら、この策はすごい無茶だって思うわよ」
『まあ、そうじゃな』
 微妙な表情の由香里とともに見つめるは、両手で握った『浦島のつりざお』。
「駄目元よ、普通に考えて失敗すると思うわ。でも、可能性はゼロじゃないでしょ?」
 強がって無理やり微笑んだ由香里は、チャンスを探して移動する。

●蠢(うごめ)くマガツヒ
「放っておいて後々面倒な事にでもなったら困るし、とりあえず残ったはいいけれど……」
『うじゃうじゃいるね。骨が折れそうだ』
 こちらは神殿を背にし、出入り口前で陣取るアリスとAliceが億劫そうにぼやく。
 眼前を埋め尽くす敵は、下手をすれば100人以上。
 対するこちらは――たったの5人。
「いっくよー!」
『うおあっ!?』
 出し惜しみは不要と、エデンはアルスマギカを広げ『ブルームフレア』を展開。
 少しでも多く敵を巻き込むように炸裂した火炎が、数人のマガツヒを上空へ吹き飛ばす。
「ここから先は通さないよ! 『天蓋の世界樹』は、あたしたちが絶対止めてみせる!」
 見た目は魔女っ娘でも実力は本物。
 マガツヒもわずかに怯むが、すぐに雄叫びを上げて再び戦意を奮わせた。
「さて、始めましょうか」
 他方、サピアも『名も無き本』を広げ無数の文字を浮かばせ、ほんの僅かに戯れる。
「さあさ、貴方達おゆきなさい」
 視線をつい、とこちらへ迫るマガツヒへ向ければ、文字たちは勢いよく直上へ。
 一瞬の間を置き、うかつに近寄った敵を『ウェポンズレイン』で打ち据える。
「中へ進めぇ!」
 それでも指揮をとる男の後押しで、マガツヒは勢いそのまま神殿へ押し寄せた。
『――ごきげんよう、マガツヒの皆様』
 が、突然響いた少女の声に警戒して足が鈍る。
 見れば神殿の前に、拡声器にくくりつけられたスマホが放置されていた。
『あら、壊すのは話を聞いてからでも悪くないと思いますわよ? 貴方達の命に係わる事ですから』
 すぐさま1人が武器を向ければ、声の主――エリズバークは意味深にのどを鳴らした。
『現在、貴方達の後ろからH.O.P.E.はもちろん、セラエノもここへ迫っております。このまま進めば挟み撃ちとなり、さすがのマガツヒでも2つの勢力に挟まれては――分かりますね?』
 敗色を臭わせ少なくない人数が怯む気配を感じ、食いついた、と笑みを深める。
『そこで提案です。ここで私達と手を組み、セラエノ撃退に加勢してくださるのであれば、H.O.P.E.で貴方達の身を守ると約束しましょう』
(――牢獄の中で、ですけどね?)
 本音を秘した魔女の言葉に、マガツヒからも戸惑いが上がった。
『逆らったらゴミのように捨てられ、組織を抜けても生きていく術がない……そうした逆らえない恐怖が、今なら貴方達の選択で消せるかもしれません。無論、断った場合は容赦しませんが――どうします?』
 さらに畳みかけるように言葉を重ね、思考の時間と判断力を奪うと1人が前へ。
「お、俺h」
「――はぁ?」
 しかし、指揮役がその1人の頭を潰すと空気が変わった。
「俺たちにあんのは裏切って無惨に殺されるか、上の命令で好き勝手して死ぬかの二択だ。
 つまり……生き汚い奴ほど早死にすんだよ」
「――なるほど、大変勉強になりましたわ」
 返答の『肉声』に指揮役が顔を上げると、新型迷彩マントから覗くエリズバークの魔導銃と目があった。
「こちらはお礼です。遠慮なく味わってくださいな」
 にこっ、とこぼれた笑みを引き金に『ライヴスキャスター』がマガツヒの眼前で発生。
 一直線に並ぶ集団を次々と薙ぎ倒していく。
『これでいっぱい壊せますね、母様!』
「そうね、アトル。楽しみましょう」
 人形と魔女は嘲笑(わら)う……マガツヒに劣らぬ狂気をはらんだ穏やかな仮面で。
「ぎゃあっ!?」
「っと! 比良坂清十郎との戦闘に参加は無理かな?」
 なお接近するマガツヒを聖槍で追い払い、望月は油断なく周囲を睨む。
『味方に任せられそうならアリだったけどね。逆に応援がほしいくらいだよ』
 百薬が嘆息する通り、周囲にはまだまだが敵が控えていた。
 実力が高い敵が少なそうなのは幸いだが、すべてを退けるには味方戦力が少なすぎる。
 意図せず後衛が多いメンバー唯一の壁役として、望月は積極的に前へ出た。
「あぐぅっ!?」
『ブルームフレア』で全身にやけどを負い、倒れたマガツヒの前に紅い少女が立って見下ろす。
「指示によって向かう場所も違うだろうし、どんな指示で動いてるかは知らないけど、ここは通行止めだよ」
「は、っ、生かした、ところで、情報を、吐くとでも――」
「ああ、いいよ。どうせ君たちは答えないんでしょう?」
 蝕む『減退』でひきつる声に素っ気なく、アリスは淡々と告げた。
「此方も此方で、期待はせずに勝手に聞くから――『指示内容を教えてくれる?』」
「う、ぉ……っ!?」
 瞬間、マガツヒの脳内に染み渡った『支配者の言葉』が『洗脳』に至らせ、口を開かせる。
「清十郎、様、の、指示は――」
「……そう。わかった」
 か細い声を聞く中でも炎を広げていたアリスは、口が閉じたマガツヒを蹴り転がして通信機を起動した。
「アリスだけど、マガツヒの目的がわかったよ――」

●『先見の明』
 祭壇の部屋にアリスからの通信が届き、反応できた遊夜は目を丸くする。
『――ガリアナ帝国のバリアを解除するんだって』
「本当ですか!?」
『祭壇とは別の部屋に操作盤があるらしくて――っ!』
 さらに詳細を聞こうとしたが、途中で大きなノイズが混じりアリスの通信が切れた。
 戦闘に集中すべき状況になったと察し、遊夜は歯噛みして視線を巡らせる。
「端的に言って、あんたは危険過ぎる。ここらで退場して貰うぜ!」
 龍哉は積極的に清十郎へ近接戦闘を挑み、祭壇への干渉を防ごうと攻撃を繰り返す。
「ちっ! 甘く見積もっても、トリブヌス級以上の力はあるか!」
『汝が無秩序に広げた悲劇の連鎖、私たちが断ち切りましょう!』
 だが、龍哉の攻撃力を警戒する清十郎になかなか刃が届かない。
 それでもヴァルトラウテの戦意を上乗せし、果敢に攻めて攻略の糸口を探る。
「腕に、黒い何かが宿ってる……。なら、影に纏わる能力が……?」
『少なくとも、前衛を吹き飛ばしたのは魔法的な攻撃のようね』
 六花もまた、氷槍の連射を行いながら清十郎を観察し能力分析も行っていた。
 事前情報やアルヴィナの見立ても参考に、先入観を捨てた考察を重ねる。
(……ここだ!)
 そこへ、『潜伏』で身を潜めた一刀斎が清十郎の背後から奇襲。
『黒糸』と同時に操る『蛇糸』が生き物のように空中をはいずり捕縛する。
「祭壇から離れてもらうぞ!」
「元々から力自慢ではないが――この程度で力負けすると思われるのは心外だな」
 そのまま強引に引き寄せようと力を込めるが……清十郎はびくともしない。
 だけでなく、己の身に迫った前衛の斬撃を利用して『蛇糸』を切った。
「ならば直接叩くまで!」
 舌打ちを1つ残し、一刀斎は高機動を実現する脚力で急接近。
『ジェミニストライク』の分身とともに『黒糸』を手繰り、攻勢に出る。
「同じ事は二度も言わんぞ」
「っ!」
 対する清十郎は、1人単独でタイムジュエリーへ向かった分身の前へ。
 伸びた『黒糸』を急所から外し、すべて弾いてから一刀斎本体の頭をつかんで投げた。
『一刀斎様!』
「ぐ、っ、問題ない! が、『潜伏』の効果はあったものの、奴の反応速度が高すぎる」
 数度のバウンドで比佐理の声に返答し、体勢を整え走り出した一刀斎は戦法を考える。
「清十郎っ!」
 さらにリィェンが【極】を振り抜き斬撃を飛ばした。
「――ちっ! ちょこまかと!」
『狙いが甘い。牽制にしかなってないぞ、小僧』
 龍哉たち前衛の援護に放たれた刃は、わずかに清十郎の意識を引くにとどまる。
 零の呼びかけで深呼吸を挟み、リィェンは改めて清十郎を見据えた。
「それだけじゃねぇだろ、おっさん……奴の動きは無駄がなさ過ぎる」
『何かしらの種はあるだろうが、完全に避けてるわけじゃないなら勝機はある』
 零の指摘通り、清十郎への攻撃すべてが無駄ではないが与えたダメージは低い。
 まるで、『攻撃の危険度』を把握しているような動きだった。
「くそ、どうなってるんだ!?」
 2度目の『ストレートブロウ』も躱され、拓海は『疾風怒濤』の雷撃を纏った斧刃を振り回す。
「簡単なことだ――私が少し『先』を視(み)ているだけだよ」
「ご、っ!」
『拓海!』
 なのに、清十郎は拓海の懐にいながら連撃をやり過ごし、大振りの直後にカウンターを入れた。
 メリッサの声に遅れ、拓海の口から強制的に空気が吐き出される。
「っぐ、『先』って、まさか……プリセンサーの力を戦闘に利用してるのか!?」
『納得……するしかなさそうね』
 驚愕を表情に出す拓海の目には、龍哉の『ストレートブロウ』が空を切る様子が見えた。
 清十郎の緩急ある動きで攻撃をいなす姿に、メリッサも歯噛みして認めるしかない。
「相変わらず出鱈目だな」
『……ん、当てれはするけど』
 遊夜は前衛の隙間を埋めるように精密射撃を行うが、不満げなユフォアリーヤの態度の通り効果は薄い。
 気を散らすため目を集中的に狙うも、清十郎は怯まないどころか着弾の衝撃を回避に利用してさえいる。
「マガツヒやセラエノの懸念があるにせよ、まず清十郎を止めない事にはどうにもならんしな」
『……ん、群れの頭を狙う、基本』
 時折モスケールでマガツヒの動きも見つつ、祭壇との距離を維持する清十郎に目を細めた。
『……ん~、やっぱり、祭壇を操作して、止めるべき?』
「それが無難だろう。起動途中でタイムジュエリーを移動ないし破壊すれば、正常に停止しないか暴走の危険がある。強制停止は最終手段って認識でいくぞ」
 観察と推測を繰り返し、ユフォアリーヤと遊夜は清十郎への攻撃を続ける。
「未来を視ると嘯(うそぶ)く割に、俺への反応は甘いようだな」
 素早く清十郎の正面から迫った央が、ライヴスを高めて再度接近。
「私の力も万能ではないのでね。注意を払う相手にも、優先順位はある」
「――あまり見くびるなよ」
 清十郎の言葉を軽視と捉え、央は『ジェミニストライク』で一度に複数の刃で切りつける。
「失礼、肝に銘じておこう」
「――っ!」
 すれ違いざま、清十郎の反撃が素早く分身を穿(うが)つ。
『攻撃予測』と『零距離回避』で対応した央だが、何度もさばける速度ではなかった。
(――今!)
 そのとき、清十郎たちから離れた位置にいた由香里が浦島を振り抜いた。
 釣り糸の先には――火花を散らすタイムジュエリーの欠片。
(比良坂は普通に考えて強敵……味方のベテランが数人がかりでも止められるとは限らない。まして私は、作戦のすり合わせにも参加していない滑り込み参加。無理に割り込めば、逆に味方の連携を阻害しかねない)
 後方からの牽制射撃や回復支援も重要だが、由香里の考えでは戦況を覆すほどの決め手には欠ける。
『しかし、よもやタイムジュエリーを『釣り上げよう』とは……』
 そこで由香里は、幻想蝶にあった浦島のつりざおに着目した。
 飯綱比売命の反応をよそに閃きから作戦を組み上げ、味方へ回復支援を行いつつ室内を移動。
 祭壇が清十郎の意識から離れるタイミングを測っていた。
(いくら相手が比良坂でも、戦闘で遠方への注意は削がれているはず――これなら!)
 そして今、思惑通り標的へ向かった釣り糸は――『腕』に絡みついた。
「……君の機転と度胸は買おう」
 冷淡にこぼした清十郎は瞬時に糸を切断し、由香里へ手をかざす。
「だが、見過ごすつもりはない」
「っ――くっ!?」
 すぐに離れようとしたが、地面の丸い影から伸びた無数の腕――『奈落』が殺到。
 事前に展開していた『ライヴスミラー』が衝撃を何とか弾くも、状態異常防げない。
『拘束』された場所から毒のように染み入る『減退』の不快感に、由香里はたまらず膝をついた。

●乱戦
「はぁ、はぁ、はぁ」
『エデン様、大丈夫ですか?』
 間断なく迫ってくるマガツヒは倒してもきりがなく、エデンの息が荒くなる。
 エズラが身を案じてかけた言葉に返す余裕もないまま、一番近い敵へと魔法攻撃を放った。
 その時。
 ズズンッ!!
「――わわっ!?」
『っ?! この振動は……』
 突如、帝都全体が揺さぶられる衝撃が広がり、エデンとエズラも困惑する。
『お嬢様! 上を!』
 続くエズラの声で視線を真上に向けたエデンは、バリア越しに見えた空に海上へと浮上したと悟る。
「……嘘、バリアが!?」
 直後、ガリアナ帝国を覆っていたバリアが消失。
 さすがに5人では、神殿への入り口すべてをカバーしきれなかったようだ。
『こちら増援部隊! マガツヒの追加部隊に加え、セラエノも首都へと侵入しました!』
 だめ押しに後続の仲間から通信が入り、新たな敵勢力の介入が発覚した。
 消耗したエデンたちにとってまさしく凶報で、程なくして敵が押し寄せる。
「ここは保護しないといけない場所です。邪魔するなら、仕方ないので一緒にぶっ飛ばします!」
 新たに現れたセラエノたちへ、望月は一応の説得として注意勧告を行った。
『う~ん、効果なし?』
「みたいだね――仕方ないなぁ、もう!」
 戦場はより雑然と化し、百薬の声で肩を落とす望月はセラエノも一緒に迎撃する。
「~っ、みんな! 神殿の中へ入って合流しよう!」
 しかし、エデンが苦肉の策として『重圧空間』を発動。
 味方も巻き込むが背に腹は替えられず、少しでも侵攻までの時間を稼ごうと結界を維持し続ける。
 奮戦もむなしく敵の敵も敵となり、徐々に神殿内への後退を余儀なくされた。

『ねえ、お客さんが来たみたいだよ?』
「ちっ……思ったより早いな」
 すると、部屋の出入り口から淡々と狙撃援護をしていたバルタサールの耳に紫苑の笑い声が響く。
 意識を室内から通路内へ戻せば、複数人分の足音や話し声が近づいてきた。
『迎え撃つ?』
「ああ、ここから離れすぎない程度にな」
 不利を楽しむような口振りの紫苑に肩をすくめ、バルタサールは通信機で味方に状況を報告する。
『……っ! ファリン!』
 次にヤンが気づき、弓で前衛を援護しつつ祭壇の操作を狙っていたファリンが振り向いた。
『――ぅぉおおおっ!!』
「まさか、ここにマガツヒが!?」
 こだまする大勢の野太い声に、知らず耳と尻尾の銀毛が逆立つ。
 そこへ、ふわり、と前触れもなく1人の女性――サピアが入り込んだ。
「再会が遅れました。貴方が『近しい』と言うものですから、敢えてこの様にご挨拶させていただきますね。
 ――御機嫌よう、ご同胞」
「君か。以前もそうだが、よほど寄り道が好きらしい」
「くすくす――さようならを告げるには、少しもの寂しさを感じますね」
 一見親しげなサピアと清十郎の会話はされど、双方の態度は空虚で寒々しい。
「それとみなさん。もうすぐこちらへマガツヒやセラエノが襲撃にきますので警戒を」
 が、すぐに近くの仲間へ告げた内容を意識せざるを得なくなる。
 バリアの消失以降、通信を行う余裕もなかった足止め班の先触れとしてサピアは訪れていた。
 そして間もなく、入り口の向こうからマガツヒとセラエノの怒号が重なる。
『やばいぞ! どんどん敵の数が増えてやがる!』
 事実、通信機から銃声をBGMにしたバルタサールの焦った声が響いた。
 段々と祭壇の部屋にも喧噪が届き、どんどん近づいてくるのがわかる。
「くそっ!」
 間もなく、悪態をついたバルタサールが室内へ入ったと思うと、大量のマガツヒがなだれ込んできた。
 膠着状態だった戦況が、悪い流れに傾いていく。
「う~、ごめん! 突破された!」
『みんなは無事……じゃないか』
 聖槍で敵の壁となり、後ろを振り返る望月は百薬の台詞で眉間のしわが深くなる。
 清十郎との激戦を確かめ、届く範囲で『ケアレイン』を振りまいた。
『お祭りみたいだねぇ?』
「血肉が飛ぶだけのバカ騒ぎだがな!」
『トリオ』の後も断続的に敵を射撃で倒し、なお衰えない侵攻に紫苑は見当はずれな感想をこぼす。
 バルタサールは次々と引き金を引きつつ、清十郎への意識も切らさない。
「清十郎か祭壇……どちらかを何とかしないと、こっちが持たない!」
 正太郎も積極的に攻撃しながら、逃げ場がないと焦りを募らせる。
 特に連携を重視するファリンを始め味方に回復を任せてきたが、消耗が激しくなればいずれ支援も尽きる。
 H.O.P.E.の増援も神殿の外側から奮戦こそすれ、ほぼ中枢に位置する祭壇まで間に合うかわからない。
 守る者が多い正太郎たちにとって、戦況は切迫している。
「行かせるかよ! 剣を摂れ、銀色の腕!」
 ついに室内まで押し寄せたマガツヒやセラエノへ、素早く反応したのは央。
 一時的に清十郎から離れ、銀の籠手から中距離の長さまで射出した剣状のビームで祭壇の床を寸断した。
「誰か、後ろの対応に向かってくれ! 俺は比良坂の抑えに戻る!」
 眼前を横切った牽制で足が鈍らせ、央はまた身を翻(ひるがえ)す。
 清十郎との戦闘は予断を許さず、仲間が迎撃の姿勢を整える『間』を作るだけで限界だった。
「清十郎様の命令だ! 壊して殺して時間を稼げ!」
「『天蓋の世界樹』を我らの手に!」
「くそっ! マガツヒも、セラエノも、『世界』なんてお構いなしか!?」
 好き勝手なことをわめいて迫る敵たちに、ジーヤは『怒濤乱舞』で切り込み押し返す。
 彼らの態度に『他者の命』は勘定になく、許容できないエゴに囲まれ心がざわついた。
「――比良坂には討伐指令が出ております。彼と心中することはありますまい。投降すれば司法によって裁かれこそすれど、過度な虐待は加えられませんわ」
「はっ! もうその手に乗る奴はいねぇよ!」
 ファリンは弓矢を構え、マガツヒへの説得を試みるもあっさり否定された。
 すでに同様の交渉に失敗したと聞いていたため落胆は薄く、ファリンは引き絞った弦を離した。
「セラエノとの交渉は、もう少し粘るべきでしたでしょうか?」
『ウェポンズレイン』後に後退したエリズバークも小さく嘆息。
 まだあふれ出る敵の数を『レプリケイショット』で減らす。
「マガツヒもセラエノも、どうでもいい」
『邪魔をするなら死ぬ気でおいで』
 同じく後退してきたアリスとAliceは、『ブルームフレア』で区別なく炎に包む。
 彼女たちにとってかつての共闘は単なる過去、今の障害は等しく『敵』だ。
「『セラエノを追い払って!』」
「うわっ!?」
 エデンは魔法防御が低いと見立てたセラエノのドレッドノートへ『支配者の言葉』を向ける。
『洗脳』は成功し、命令で同士討ちへと仕向けて混乱を誘った。
「こっちはまだ大丈夫だよ! みんなは早く、オーパーツを止めて!」
 そして、清十郎と戦うメンバーへ急かすように声を向ける――それだけ、エデンたちには余裕がない。
「ちっ!」
 遊夜もまた『トリオ』でマガツヒやセラエノを牽制。
 後衛にいた者ほど、清十郎への意識がそがれていく。
『距離が近いわ、六花!』
「邪魔を……しないでっ!!」
 敵が増える前に勝負を決めたかったが、アルヴィナの警告で六花はリンクバーストを発動。
 龍哉と同列の攻撃力を警戒され、清十郎へろくにダメージを与えられなかった鬱憤も込めて乱入者を睨む。
『うおおぉぉ  』
 マガツヒ・セラエノを問わず、先頭にいた者たちを『氷炎(ブルームフレア)』で蹴散らし。
 間髪入れず仲間に退避を促してから、『氷獄(ディープフリーズ)』で一網打尽。
 混戦の規模を広げないよう、蒼白のドレスをたなびかせて積極的に数を減らしていった。
「――六花ちゃん!」
 それでも後衛へ押し寄せるマガツヒとセラエノに、拓海も身を反転。
 走る途中で装備をデストロイヤーへ持ち替え、追加戦力に潜り『怒濤乱舞』で豪快に吹き飛ばした。
「たとえ本人の望みでも、独りで戦う姿は見逃せない!」
『どれだけ強くても、11歳の女の子に多くを背負わせたりしないわ!』
 拓海もメリッサも六花の身と心を深く案じ、リンクバーストを発動。
 増え続ける敵へ立ちふさがり、鉄槌を放ち続ける。
「ダメだ、これは長引くね」
 望月は拓海へ範囲攻撃用の『ライヴスリロード』を飛ばしてうなる。
「バーストした人もいるし、リンク力を分ける?」
『何なら、思い切っても大丈夫だよ』
「なら、ワタシたちもリンクバーストで行こうか!」
『了解。愛と癒しを、さらに振りまくよ!』
 百薬の後押しもあり、回復手段が尽きた望月もライヴスソウルを砕き『ケアレイン』で仲間を鼓舞する。
「氷鏡殿!」
 続いて一刀斎も六花を案じてマガツヒとセラエノへ向かう。
「このまま背中は俺たちが受け持つ! 荒木殿と氷鏡殿は、比良坂に集中してくれ!」
「っ、わかりました」
「……はい」
 敵の士気を一気に削る猛攻で両構成員が及び腰になり、一刀斎が振り返る。
 数が多い敵も脅威だが清十郎への対応が弱まる方が危険と、拓海と六花は頷き背を向けた。
「――待て!」
「ちっ!?」
 直後、ファリンが移動させた水晶へ近づくセラエノへ、牽制の『黒糸』を放つ。
「友も工房も神官も、守り抜いてみせる――!」
 とがった犬歯をあらわに唸り、一刀斎は人混みへ咆哮した。

●タイムリミット
「隙あ――ぐへっ!?」
「通信? ファリンさんからか?」
 遊夜が『ダンシングバレット』で強引に接近した敵を撃墜したとき、ファリンから通信が入った。
「――了解した、補助があるなら助かる」
『……ん、撃つの?』
「ああ。残念だが、時間切れだ」
 短くやりとりを終え、遊夜は混成集団から距離を置く。
 ユフォアリーヤとともに室内を見渡し、狙撃に適した場所を探した。

「――くそっ!」
 前衛が吹き飛び、龍哉へ『インタラプトシールド』を展開したリィェンは接近戦に切り替える。
「逃げ道を塞がれても迷わず私を選んだな……仲間を見捨てて殺しにきたか?」
「信頼して背中を預けたんだよ! てめぇと一緒にすんな!」
 清十郎の挑発に声を荒らげつつリィェンは苛烈に攻める。
『厄介ね。隙をこじ開ける攻撃が、次の攻撃に対応する布石にさせられてる』
「畳みかける以前に、祭壇からも引き剥がせないとはな」
 すでに何度斬り込んだかしれない攻防を経て、マイヤの苛立ちが央にも伝わってくる。
 かなり特殊な例だが清十郎も愚神に変わりはなく、ヴィラン相手よりも感情の高ぶりは強い。
「ま、だだ!」
『奈落』の腕に『拘束』され体内を蝕む『減退』で力つきようとした時。
 龍哉はリンクバーストで無理やり清十郎の力をふりほどいた。
「援護しますわ、赤城様!」
 リンクバーストを確認したファリンがクロスリンクを繋いだ。
 続けてリィェン・ジーヤもクロスリンクを意識し、龍哉のフォローに入る。
「悪足掻きは寿命を縮めるぞ?」
「無駄かどうかは終わってから決めやがれ!」
『限界突破』も加えた膨大な龍哉のライヴスを前にしても、清十郎に焦りはない。
 地面を砕いて距離を詰め、龍哉はブレイブザンバーで切りかかる。
『奇蹟のめだるが砕けたか――如何する?』
「押し通る」
 同じタイミングで致命傷を避けたカゲリは、ナラカの問いに12度目の【天劔】解放で答えた。
「それでこそ覚者よ!」
 立ち上る炎が黒から黄金へ変わり、中から着物を纏う妙齢となったナラカが突出。
 肉薄した清十郎へ『コンビネーション』を見舞う。
「汝もかつては『人』の子なれば、意志の輝きを示してみせよ!」
「残念だが、君の思想と『私』は相容れない」
 二度、三度と剣筋を見極める清十郎は、ナラカの言葉も流して躱す。
「こうなったら……やるしかねぇよな」
 背後の戦闘音にじれたリィェンは、空のアンプルを投げ捨て【終一閃】を起動。
 祭壇の直接破壊も視野に、ライヴスで形成した超射程の大剣を振りかぶる。
「――よし!」
 そこでバルタサールも動いた。
 若干だが敵の侵攻が弱まり、清十郎への攻撃がさらに苛烈となった今、祭壇は狙い目。
 初めから操作のタイミングを見計らっていたバルタサールは、一直線に祭壇へ向かう。
「許すと思うか?」
 しかし、突発的にしか思えない行動にも清十郎は反応した。
「いいのか? 俺が今避けたら、祭壇が破壊されるぜ?」
 わずかに振り返ったバルタサールは、すぐ近くまで迫った祭壇への被害を臭わせた。
「逆に聞こう――『天蓋の世界樹』の操作盤が破壊されて困るのはどちらだ?」
 だが、清十郎の返答にわずかの躊躇もない。
 普通なら虚勢(ブラフ)を疑うが、『未来予知』を使う相手なら話は別。
 ハッタリと断ずるには、リスクが高い。
「――ヨイさんにも確認しました! 比良坂の言葉は、脅しじゃありません!」
 通信機ですぐに裏付けを取ったジーヤの声に、全員が歯噛みする。
 最終手段だったとはいえ、『天蓋の世界樹』の阻止が期待できた手段がさらに潰された。
「――くそがっ!」
 故に、バルタサールも守りへと意識を変えざるを得なかった。
 直前で賢者の欠片を飲み込み備えるが、足下から広がった『奈落』から祭壇をかばい『重傷』を負う。
『小僧!』
「――っく!」
 さらに、ジーヤの警告を聞いた零の制止でリィェンも動きも変化。
 すでに振り下ろしていた【極】の軌道を変え、棒立ちの清十郎を避けて地面をえぐる。
「もうすぐ時が満ちる。終わりは近い」
 直後、タイムジュエリーの発光と火花がより激しさを増した。
 清十郎には、すでに『天蓋の世界樹』の暴走が視えているのだろう。
『六花、私たちも限界が近いみたいよ』
「……わかった」
 仁菜や一刀斎からクロスリンクの支援を受けていた六花も、アルヴィナからの忠告で方針を変更。
 清十郎の殺害からオーパーツ起動阻止を優先し、『高速詠唱』で氷塊を展開する。
「数がダメなら――押しつぶす!」
 みるみる巨大な氷槍となる中、六花は『魔結晶』を砕きさらなる魔力を注入。
 己の血で染まった殺意の具現を掲げ、まっすぐ腕を突き出し射出した。
「必殺の念がこもった粘つくライヴス……やはり惜しいな」
 事前の合図で前衛が離れた瞬間、清十郎は真正面から血濡れの氷槍と衝突し笑う。
『『王』は世界を取り込んで『混沌が渦巻くのみの虚数』にするつもりよ、異世界化の被害も出てる』
「そんな時に、こんな……っ!」
 さらに、『トップギア』を施したジーヤも清十郎へと切りかかった。
 まほらまの言葉とともに声が怒りで震え、眼光鋭く清十郎を射抜く。
「あんたもリヴィアさんも何を知っているんだ!? それを手に入れて、何をしようとしているんだ!?」
「さて、リヴィア本人に聞け。我欲と妄執の分別もつかないあげく、賢者を装う愚者の考えなど知らん」
 障気の刃は黒い爪で防がれ、揺らがぬ金輪が平然と見返す。
「『私』なら単純だ……より深き『混沌』の実現だよ。愚者らしくて明快だろう?」
 拮抗は反発し、ジーヤが叫んだ。
「あの日、『最初の世界蝕』で何があった!? どうすれば愚神を意識ごと取り込むなんて事になる?!」
 大剣と爪の激しい乱打から、清十郎は薄い三日月を浮かべた。
「当人以外は理解できんさ。同じ経験を経たとて、各々の視えた世界は違う」
 耳元のささやきを子守歌に、背中を貫く清十郎の腕に支えられたジーヤはまぶたをゆるりと落とす。
「ただでは、倒れ、ない……」
 同時に、ジーヤの身につけたリベリオンが祈りの力を発現し、清十郎の口から一筋の血がこぼれた。
『前は聞きそびれたけど、愚神の力の取り込み方に興味があるんだよね。やる気がない僕はともかく父母はきっと喜ぶだろうし、どうせならやり方を教えて消えてくれると嬉しいな』
 動きが止まった清十郎へ文字を飛ばすサピアの口を、ノスリが動かす。
「愚神の支配を上回る意志で押さえつければいい」
『それだけ?』
 返答はただの精神論だったが、あっけなく答えを聞けて拍子抜けする。
「やはり面白い方ですね、ご同胞。個人的な興味もありますが、貴方の選ぶ先には何が待つのかしら?」
「混沌と地獄。【東嵐】で違えた『地獄』の再演だな」
「再演? 同じ事の繰り返しは退屈なのですけれど?」
 ノスリは満足したのか、次に口を開いたサピアは清十郎へ言葉と文字を向けて笑う。
「始まりと終わりは常に予定調和なのだから、途中経過は僅かでも愉しい方がいいでしょう?」
「幾多の絶望を経た快楽主義……なるほど、君は『私』に近しいか」
 近づく、離れる、笑う、踊る。
「共通点は『すべてを飲み込む超人ではいられなかった』こと。そして――」
 殺到する『レプリケイショット』から、清十郎が抜け出す。
「君は諦念に至り、私は諦観に足掻いたことが相違点だ」
「ふ、ふ。本当に、面白い、方……」
 黒い腕に腹を貫かれ、サピアも意識を闇に落とす。
「それはお前にとっての事だ――オレ達の恐怖と諦観じゃ無い!」
 拓海は再び清十郎へと迫った。
「今を守ることが、未来を守るんだ!」
「青いな。今を守ることで、壊れる未来もある」
 拓海の怒号とAGWの爆発がこだまし、煙から飛び出した清十郎の冷淡な声が虚しく響く。
『標的までの距離や高さ、サイズはお伝えした通りですわ! 射線の確保も補助いたします!』
『んっ!』
「そこだ!」
 刹那、ファリンの通信でユフォアリーヤと遊夜が『ダンシングバレット』を射出した。
「――っ」
 同時に清十郎が舌打ちを漏らし、タイムジュエリーを守ろうと祭壇へ足を向け――隙をさらした。
「行かせません!」
 そこにファリンが数本の矢を山なりに射出。
 射撃精度は低くなるが、清十郎の直上から足下や進行方向へ落下し初動を殺す。
「ここで決める!」
 続けて正太郎が踏み込み、『天下御免斬り』を清十郎へたたき込む。
「最低限でもタイムジュエリーの破壊って話だから――」
『――四肢を燃やして壊そうか』
 アリスとAliceも追従し『霊力浸透』の炎を放出。
 ずっとマガツヒやセラエノと相対していた中での不意打ちであり、清十郎も反応が遅れる。
「子らの輝きに勝利を飾ろうぞ!」
 その炎もいとわず身を投じ、ナラカは黄金の炎色に染めた『コンビネーション』で清十郎を切り刻んだ。

 バリンッ!

「――ひとまず、最悪は回避できたか」
 直後、壁や天井を移動した跳弾がタイムジュエリーを貫通。
 異変の収束を見送る遊夜は静かに嘆息する。
「ちっ――」
『愚神の力など取り込んだ事自体が、貴方の弱さの証明――』
「お前自身は心の弱い人間に過ぎん」
 マイヤの非難と『潜伏』で気配を殺した央が同調し、舌打ちをこぼした清十郎の死角から白夜丸を抜刀。
「――此処で終わらせる」
 無防備な一瞬を見極めた央の『ザ・キラー』が急所に沈む。
「……否定はしない」
 その状態から、清十郎は央へ答えた。
「『比良坂清十郎』は弱かった。故に、今の『私』がある」
 まるで虚空を覗くような諦観に触れ、央は無言で太刀を引き抜き後退した。
「今度こそ、逃がさねぇ!」
 そこへ、リィェンの『エクストラバラージ』と『ストームエッジ』が清十郎を囲んだ。
『龍哉!』
「応!」
 同時に、ヴァルトラウテと呼吸を合わせた龍哉が瞬時に清十郎へ肉薄した。
「俺たちを高く評価してくれた礼だ――たっぷり食らいやがれ!」
 事前の『チャージラッシュ』で震える刃が竜巻がごとき『疾風怒濤』となって暴れ回る。
 確かな手応えとともに、龍哉は『ストームエッジ』ごと清十郎を飲み込んだ。
「欲を言えばトドメは俺が決めたかったが、これはけじめだ。死んじまったアイツラと生き残っちまった俺、両方の……なぁ、今どんな気持ちだ……清十郎?」
 今使える最大限の戦力が集束し、粉塵が舞う仇敵がいた場所を睨むリィェン。
「……っ!?」
 直後、龍哉は伸びてきた清十郎の手に視界を塞がれ息を呑む。
「一太刀でこの威力とはな――こちらこそ、君たちを過小評価した詫びをしよう」
 瞬間、左肩から袈裟懸けに深い傷を負った清十郎が『奈落』で龍哉の体を貫いた。
 追撃に接近していたナラカをも『重体』にし、他の前衛にも次々と襲いかかる。
「ここは退こう」
 さらに、清十郎は手のひらに黒い種に似たライヴスを生み握りつぶした。
「え――  」
 瞬間、視界がブラックアウトした由香里をきっかけに、次々とエージェントが倒れていく。
「『奈落』に触れた先には『涅槃』が広がる……君たちが視るのは『悟り』か『死』か、見物だな」
「う、っ……ま、待って!」
 前衛の盾を担っていた仁菜の消耗は激しく、すでに回復スキルを使い切って治療も難しい。
 それでも戦意を残す気概に薄く笑った清十郎は反転し、壁を破壊して姿を消した。

 あの後、エージェントたちは壊滅寸前の状態から増援の力添えもあってマガツヒとセラエノを鎮圧。
 満身創痍な先遣隊はすぐさま病院に運ばれた。
 数日後、負傷者が集まった病室で事件の顛末が共有されたところで、望月がふと手を挙げた。
「皆さんに相談ですが……比良坂清十郎を助けられないでしょうか?」
 あまりにも予想外の提案に困惑する者も多い。
「あの時は余裕がありませんでしたが、愚神に匹敵するとはいえリンカーのようですし、リンクを解除させられればなんとか――」
「駄目だ」
 しかし、リィェンが途中でさえぎる。
「この世には許しちゃいけない『悪』がいる――奴は、そういう存在だ」
 拳を強く握り、眼光鋭いリィェンに反論する者はいなかった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
  • 紅の炎
    アリスaa1651
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698

重体一覧

  • ライヴスリンカー・
    赤城 龍哉aa0090
  • 燼滅の王・
    八朔 カゲリaa0098
  • ハートを君に・
    GーYAaa2289
  • Trifolium・
    バルタサール・デル・レイaa4199
  • エージェント・
    聴 ノスリaa5623

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御



  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • エージェント
    aa0208hero002
    英雄|50才|男性|カオ
  • 敏腕スカウトマン
    雪ノ下・正太郎aa0297
    人間|16才|男性|攻撃



  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • エージェント
    聴 ノスリaa5623
    獣人|19才|男性|攻撃
  • 同胞の果てに救いあれ
    サピアaa5623hero001
    英雄|24才|女性|カオ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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