本部

Engineer

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/10/13 22:58

掲示板

オープニング

●天才少女の憂鬱
「……これって」
 アパートのリビングで、真夜中までコンピュータの画面と向かい合っていた仁科 恭佳(az0091)。彼女はずり落ちかけた眼鏡を掛け直し、恭佳は無数の数式、モデル、文章に目を通していく。リオ・ベルデの事件の際に回収されたケイゴ・ラングフォードの研究と、フリークス事件の際に回収されたロジェ・シャントゥールの研究。そのどちらも併せて見た時に、恭佳は一つの結論に達しようとしていた。
「これが本当だとしたら……確かに全ての辻褄は合う……か」
 ふと寝室へ続く襖が開き、ジャージ姿の澪河 青藍(az0063)が眠そうな目を擦りながらその背中を横切った。
「まだ起きてたのか。身体壊すなよ」
「わかってる」
 曖昧に頷きつつ、恭佳はキーボードを叩く。青藍はそんな妹分を見て肩を竦め、台所に立って水を飲む。薄暗闇の中、水の流れる音だけがざらざらと響いた。
「姉さん」
 恭佳はふと青藍に呼びかける。
「何?」
「心って……一体何なのかな」
 青藍は眉をしかめた。天才の恭佳は常に何か答えを見つけている。それでも青藍にそんな質問をするのは、その答えを認めがたいか、信じられないかのどちらかだ。とはいえ学生としては凡才な青藍が天才の疑問についていけるわけもない。だから彼女はそっと妹の背中に寄り、そっと肩を抱きしめる。
「恭佳は私といて良かったと思う?」
「……うん」
「だったらそれでいいんじゃないかな。それが心だと思うよ。もし私達が水槽の脳なんだとしても、そう私達が感じたという事実だけは嘘じゃないでしょ? ……その正体が、何だったとしても」
 恭佳は姉の温もりを感じながら俯く。その脳裏には姉と共に過ごした様々な日々が過ぎっていた。
「じゃあ、私は寝るから。恭佳も早く寝なよ」
 青藍は恭佳の両肩をポンと叩くと、さっさと寝室へ引き下がる。その背中を追っていた恭佳は、ふと微笑んだ。

「ありがとう。……お姉ちゃん」

●天変洞窟サンクトゥス
 ある日、君達はブリーフィングルームに集められた。スクリーンの横に立つのは、いつもより深刻な顔をした恭佳の姿。そわそわしているあたり、何処か焦りもあるようだ。
「今回の依頼はH.O.P.E.研究班から。サンクトゥス洞窟システムの再調査をお願いします」
 サンクトゥス洞窟。強烈なライヴス濃度を伴って出現し、二度の調査で異世界と接続している可能性も示唆され始めた洞窟だ。周辺、特にリオ・ベルデでは従魔や愚神の出現が相次ぐようになり、そのせいで周辺三国の関係もひりひりし始めている。
「簡単に状況を説明しますと、探査プローブ周辺のライヴス濃度が再び高まってるんです」
 スクリーンには探査プローブが打ち込まれている空間の様子が映し出された。周囲の霊石が共鳴するように光を放っていた。
「恐らく先頃に発生した第二世界蝕の影響が考えられますが……正直予断を許さない状況です。元々プローブはこの地点で発生するライヴスを吸い上げる事で起動するシステムにしてあり、現地のライヴス濃度の減少と、状況の探査を並行して進められる形にしていたんですが、さらにライヴス濃度が上昇した事で出力が過剰に上昇し、熱暴走を引き起こしかけているようです」
 恭佳はテーブルから何かの装置を取り出すと、テーブルの上に載せる。
「なので、今回の目標はプローブにこの追加デバイスを取り付けて破損を阻止する事、そして洞窟が現在どのような状態になっているかを改めて確認する事です」
 恭佳はぺこりと頭を下げる。
「ということで、私も帯同しますので、よろしくお願いします」



 この時はまだ、洞窟で起きる天変地異に誰も気づいてはいなかった。


解説

目標1 プローブ周辺の探査を行う
目標2 異世界転移による洞窟崩壊を逃れて脱出せよ

目標1について
・プローブ周辺の空間
 変質し、モザイクのように様々な土質の地面やらアスファルトやら床やらが入り混じった空間に変わっている。同時に過去の遺物と思われる装飾品や、近代頃に作られたと思われる機械の歯車などが落ちている。[遺物を幾つか回収する事が出来る]
・プローブ
 既に激しい熱を持ち、所々の部品が変形しつつある。足元の地面は霊石に変質しており、脈々と光を放ち続けている。[目視で危険な雰囲気は確認できる]

目標2について
・転移
 既に部品交換は行える状態ではなく、プローブが破損する。その瞬間にライヴスが溢れだし、異世界の転移が発生する。[脱出開始。一分ごとに生命力が2減少するようになる。]
・地底湖
 湖は再び白く輝き、沸騰しながら周囲の地形を塗り替えている。半ば融けかかった瀕死の従魔が内部から這い出し、PC達に襲い掛かろうとしてくる。
[従魔が出現。能力はミーレス級。スキルはなし。能力は一撃で撃破できる程度]
・鍾乳洞
 地響きと共に、鍾乳石が幾つも降り注ぐ。岩肌も剥がれて、中からは建造物じみたものが現れてくる。閉じ込められてしまわないうちに脱出しなければならない。
[鍾乳石は道を塞ぐように落下する。攻撃などを試みる事で排除し、脱出しやすくなる]

NPC
仁科恭佳&ヴィヴィアン
 研究班から派遣されたエージェント。間違いなく天才のエンジニアではあるが、解決できない事もある。
ステータス 命中ジャックポット(45/30)
スキル テレポートショット
    シャープポジショニング
    トリオ

TIPS
・異世界化は回避不能。粘ることはできるが、その場合重体化する危険がある。

リプレイ

●天才達の仮説
 洞窟に足を踏み入れると、エージェント達はすぐに不穏な気配を感じ取った。洞窟へ満ちる過剰なライヴスを。それにあてられ、誰もが不穏な気配を察していた。

 イーヴァン(aa4591hero002)は、槍の石突で石筍だらけの地面を突きながら歩く。岩石そのものも脆くなりつつあるのか、突いた石筍はたまに砕けた。
「思ったよりも続報が早かった……というより、これは速報か」
『遅かれ早かれだったようにも思えるがねぇ』
 伴 日々輝(aa4591)の呟きに応えて、イーヴァンは言葉を繰り始める。六つの尾が互い違いにゆらゆらと揺れた。
『いやはや、得てして異世界とは面倒なものだ。近づかないほうが身のためだったといっても過言ではないかな、今や』
「ほんとそういうとこ……ダメじゃないけど、普通、英雄自身がそんなこと言わないからね」
『我が事ながら同感だ。自分が愚神でないのが信じがたいな』
 イーヴァンはけろっと言う。一つの凍った視線を感じ、日々輝は素早く囁いた。
「ほらまた……周りの眼が怖くなるだろ」
『はいはい、冗談半分までで黙っておくよ』

「……ん。仁科……さん。この前は……ムラサキカガミさんの盾。作ってくれて……ありがとう、ございました。おかげで……ムラサキカガミさんのこと……思い出せ、ました」
 氷鏡 六花(aa4969)は恭佳のぼうっとした顔を覗き込む。素直な礼には慣れてないのか、恭佳は肩を竦めただけだ。
「追加デバイスの取り付け……がんばりましょう、ね。熱暴走、してるなら……六花の氷魔法、少しは、役に立てるかも……」
 六花は断章を取り出すが、恭佳はバツが悪そうな顔で首を振る。
「いや、ライヴスの過剰でヤバい事になってるのにライヴスぶつけたらもっとわやになるからさ、遠慮しとく」
 どストレートに断られ、六花は思わずしゅんとなる。
「そう……ですか」
『仕方ないわ。他に出来る事を考えましょうよ』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は六花をそっと諭した。その隣では、天の川のように光を棚引かせながら、プリンセス☆エデン(aa4913)が興味津々の眼で洞窟を見渡していた。
「洞窟が突然現れて異世界と接続とか意味わかんないね」
『自分の事ですら、わからないことばかりです』
 Ezra(aa4913hero001)は応える。夢枕に立った謎の愚神に突如突きつけられた真実に、エズラはすっかり戸惑っていた。そんな不安を吹き飛ばすように、エデンは声を張り上げる。
「英雄は、バグが発生した愚神って事らしいけど。エズラにとっての王は、あたしだったってことだよきっと!」
『王というより、手のかかる幼子といった感じですが』
 不穏な洞窟でもマイペースな彼女に、エズラはほっと溜め息を吐く。
「なによー照れちゃって! あたし達、すごいイイユニットだし、楽しいし、もっと売り出さないとならないし! あなたもパートナーといると楽しいでしょ?」
 エデンは恭佳に振り返る。恭佳は目を丸くしていたが、やがて頷く。
「……まーね。開発も手伝ってくれるし」
『今度は私のアイディアも取り入れてくださいね』
「はいはい」
 彼女達のやり取りを見ていたエデンは、満足げににっと笑う。
「バグって言うけど、みんな自分の英雄と、出会うべくして出会った運命って感じだよね」
 エデンの屈託ない表情を、君島 耿太郎(aa4682)は遠目に眺めていた。その脳裏には、アークトゥルス(aa4682hero001)と初めて出会った瞬間の事がぼんやりと浮かび上がる。
「出会うべくして出会った運命……っすか」
『言われてみれば、そのような気もするな』
 狭い空間が一気に開け、彼らは地底湖に差し掛かる。再び地底湖は白く染まり、息が詰まりそうなほどの光を放っていた。
『俺達はここに留まって少し調査し直そうと思う。下の状況確認は貴方達に任せる』
 アークはその眼をナイチンゲール(aa4840)へ向ける。
『くれぐれも無理はなさらぬよう』
「……大丈夫です。ちゃんと戻りますから」
 ナイチンゲールは相好を崩すと、恭佳の後を追ってプローブを打った空間へと走っていった。見送ったアークは、そっと湖の前に跪く。手を差し入れると、何かが融けだすような感覚に囚われる。
『完全に元の木阿弥らしいな』
「一応採取しておくっす」
 アークは頷くと、水筒の口を開き、輝く水を中へと飲み込ませるのだった。

 アーク達を残し、エージェント達は“竜の心臓”へと続く道を下っていく。しんとした道中。紫苑(aa4199hero001)は傍らにいた恭佳に尋ねる。
『ロジェを捕まえて、何か新たにわかったことってあったのかな? 王のことも、色々とわかってきたみたいだけど』
「どうしてその事を?」
『何だか様子がいつもと違うから……何かあったのかなって』
 紫苑は楽器のような声色で恭佳へ語り掛ける。難しい顔をすると、恭佳は俯く。
「私は別に何も変わりゃしないですけど……」
『僕たち英雄は、王に滅ぼされた異世界から、王の駒として送り込まれて。でも王とのリンクが切れて。そしてきみたち人間と繋がった。それって王の力にもバグがあるってことだし、そのバグは単なる偶然なのか、それとも……どう思う?』
 ふらりと彼女の前に出ると、紫苑は恭佳の顔を覗き込んだ。
「何です?」
『他の愚神とか従魔のリンクを王と切断する事って、出来るのかな?』
「……無理ですね。一つだけ方法はありますが、それは愚神や従魔のリンクを王と切断するとか、そういう話にはならないですし、現状の技術では不可能です」
『ふうん。じゃあもう一つ二つくらい』
 紫苑の質問攻めは続く。その口振りからは、彼の興味を推し量る事は出来なかったが。
『異世界転移って、人為的に起こせるものなのかな? ハワード・クレイって、本当に単なる能力者なのかな? 愚神が憑依してたり、しないのかな』
「まだ何とも。前者については、恐らくは出来るとは言えますが……あと、後者については姉さんがそのうち明らかにしてくれますよ」
『あの子か。じゃあ楽しみにしておくね』
 質問はようやく途切れた。彼らの会話を横で聞いてずっとじりじりしていたナイチンゲール(aa4840)が、待ってましたとばかりに恭佳の隣へ一足飛びで迫る。
「恭佳さん。……ずっと、考えてたことがあるんです。もし、ライヴスと心が不可分なら」
「不可分なら?」
 彼女は思いを巡らす。この場所で見たもの、今までの戦い、極地の謁見の報告。彼女はそれらが一つに帰結していくのを感じていた。
「ライヴスは。人の心は、私達は」
『いけません、グィネヴィア』
 善知鳥(aa4840hero002)がナイチンゲールの言葉を遮ろうとする。だが彼女は怯まない。
「……私達は初めから、王の」
 打倒を、王によって宿命づけられているのでは。そう言う前に、遂に口が塞がれた。
『グィネヴィア、未だ言葉にしてはダメ』
 眉を顰めるナイチンゲール。善知鳥は、その脳裏からそっと囁く。
『(それは己の否定を他者に望んだ嘗てのあなたそのもの。もしも真理だとしても、軽々しく口外すべきでない)』
 柔らかくも鋭い言葉で窘められて、ナイチンゲールはようやく黙り込む。善知鳥が代わりに前へ出ると、そっと恭佳に尋ねた。
『宜しければ恭佳様のお考えを……聞かせてくださいませ』
 恭佳は何処か神妙な顔をしていたが、やがて意を決したように口を開く。
「恐らく、誰もがライヴスをある種の物質みたいに捉えてますよね。……でもロジェやケイゴは違った。彼らは、ライヴスをある種の重力だと捉えていたんです」
 言葉を探りながら、慎重に話を展開していく恭佳。派手に悪戯をかます馬鹿と同一人物には見えず、その線の細い美貌が際立っていた。
「彼らの考えによれば、ライヴスは意志によって発生する。発生する……という言い方も最早正確じゃないです。ライヴスはそもそも無限遠に果てしなく広がる布のようなもので、我々が普段ライヴスと呼称して行使しているのは、その布に出来た皺の部分だそうです」
『その皺を生むのが、僕達の意志って事かな』
 紫苑が言葉を引き継ぐと、恭佳は静かに頷く。
「そう。……個人の持つ意志が強くなればなるほど、その個人が行使するライヴスも強くなっていく。これは皆さんもご存知でしょう。彼らにしてみれば、それは地球と太陽の重力に差があるようなものなんですね」
『では、我々が、ここでブラックホールを見た意味は……』
 クロード(aa3803hero001)が思わず口を開くが、次の言葉が中々出てこない。メリッサ インガルズ(aa1049hero001)も荒木 拓海(aa1049)に尋ねる。
『何か思いついたかしら?』
「……さっぱりだ」
 普段通りの彼に、リサは思わずくすりと笑う。
『拓海らしいわね』
「何だよそれ……まあ、考えるよりも動く方が得意なのはその通りだけどさ」
 二人のやり取りを黙って眺めていた恭佳は、出し抜けに言う。
「ブラックホールと言えば、物質が崩壊し、無限の重力が残った特異な天体ですよね」
「……じゃあ王は、意志が崩壊して、ライヴスが残った特異な生命体?」
 世良 霧人(aa3803)がふと思い至る。その答えを聞いた恭佳は、ふと満足げに笑みを浮かべた。
「はい。私はそうだと考えてます」

●意志の破れ
 洞窟の奥地に足を踏み入れた彼らは、目を見張る他なかった。クロードは真っ先に“そこ”へ足を踏み入れる。紫檀の床板を踏みしめ、石畳の床を踏み、最後にはアスファルトの道路を踏みつけた。
「なんで? 何でここにアスファルトが……あるの?」
『どう見ても以前とは様子が違います』
 クロードは傍に屈みこむと、車のドアミラーを拾い上げる。
『こんなものも落ちてますし、現在進行形で異世界と接触してるのでは?』
「ここまでの状態になって、プローブをまた取り付け直しただけで落ち着くのかなー?」
『そうだと良いのですが』
 ちらりと恭佳を見る。幻想蝶からジュラルミンケースを取り出し、彼女は渋い顔をする。
「ぶっちゃけあんまり期待しない方がいいです。最初から直せない可能性はあったんで」
『……危険を感じた場合はすぐに退避しましょう』
「出来たらいいっすけど」
 黙々と此処まで降りてきたバルタサール・デル・レイ(aa4199)の中で、紫苑はまた心を弾ませ始めた。特に、プローブの針のそばで咲いた霊石の華が彼の眼を惹く。
『すごいね、すっかり様子が変わっちゃってる。AGWに必要な霊石がざっくざくだね』
「これは、一体どういう状態なんだ?」
 バルタサールが恭佳を見遣る。
「スワナリアと現象的には似たようなもんです。異世界がこちらの世界に転移しようとしているんでしょうね」
『異世界転移ってよく判んないんだけど、ひとつの世界じゃなくて、複数の世界と繋がるのかな。それとも、混沌そのものと繋がっているのかな』
 目の前に転がっていた木製の装飾品を拾わせながら、紫苑は恭佳に尋ねる。
「どれもです。今回の場合は二番目ですね」
 改めてプローブの前に立ち、恭佳は顔を顰める。パーツの隙間から白煙が噴出していた。ナイチンゲールは掌から氷を出現させると、プローブに押し当てる。当てたそばから氷が溶け、湯気が立つ。
「……ひどい」
「だいぶ望み薄ですね」
 恭佳が四苦八苦して蓋を開こうとしている姿を、拓海は遠目に見つめる。輝く華に近づくと、鳥肌が立って仕方が無かった。
「ライヴスが多すぎると、こんな事にもなるんだね」
 これが物語ならば、この場が王の出現場所。或いは英雄がやってくるための場所。拓海は薄らロマンに浸りながら、リサに尋ねる。
「……懐かしい感じがするとかは?」
『記憶が無いのに?』
「敢えて消されてるのかな……」
『そうね~。下心が有ると真の絆が作り難いから、真っ白な状態で送り込まれたのかもね』
 やり取りを続けながら、これまでの事を二人は思い起こす。最早、互いに有るがままを有るがままに受け入れていた。出会った時の戸惑いは、過ごす内に薄れ去っていた。
「恭佳ちゃんのいう事が本当なら、ライヴスが全ての元凶、って事になるのかな」
『でも、ライヴスを無くす、なんて事も出来なさそうね』
 考えれば考える程、袋小路に迷い込んでいるような気がしてきた。
「今は止めよう」
 拓海は思い直し、カメラを周囲に向ける。様々な地形がモザイク状に敷き詰められた様子は、混沌と称するに相応しい有様だった。
 エデンは帽子やローブの裾を揺らし、ふわりとしゃがみ込む。宝石で彩られた小箱が落ちていた。目を惹かれた彼女は、ひょいと幻想蝶へ放り込む。
「なんか色んな物が落ちてるね~。エズラは、なんか懐かしく感じる物とか落ちてない?」
『はて……どれを見ても、全く思い当たりが』
「どこの異世界と繋がってるんだろうね」
 エデンがステンドグラスの破片を幻想蝶へ放り込む間、六花は槍の穂先に見える金属の塊を拾っていた。材質も、その形も様々だ。
『年代も意匠も、ばらばら……ね』
「ん……。この洞窟……いくつかの異世界と、もう、繋がってる……のかな」
 尋ねてみようかと、六花は顔を上げる。その時恭佳は大量の蒸気にその身を包まれていた。
『……恭佳、駄目です』
「わかってるよ。こんなんどうしようもねえわ」
 恭佳は傍に置いてあったジュラルミンケースを蹴っ飛ばすと、工具を幻想蝶へ戻して振り返る。
「熱で色んなパーツが歪んでます。予定してた装置が取り付けられません」
「え? それってヤバいんじゃない?」
 真っ先に反応したのはエデンだった。恭佳もこくりと頷く。
「あと数分で機能停止、ライヴスの強度が元に戻ります」
『なるほど。非常にまずいですね。逃げましょう』
 プローブからついに火の手が上がった。霊石の華が、洞窟中に咲き乱れ始める。見渡したイーヴァンは、槍を振るいながら一歩前に踏み出す。
『待ってくれ。止めるのが無理だとしても、ちょっとやっておきたい事がある』
 イーヴァンは槍の先にライヴスを纏わせ、祭司の杖のように振るい始める。銀河の流れを思い出しながら、乱れるライヴスを整えようとする。
「乱れさえなくなれば……ってとこか?」
『それ以上が出来る力が有ったら、英雄などやっていないさ』
 ナイチンゲールは彼の様子をじっと見つめていた。善知鳥もそっと囁きかけた。
『今、ここは最も近いのでは』
「じゃあ……」
 繋がるかも。目を閉じ、彼女は華に向かった両腕を開く。気付いたクロードも駆け寄る。
『我々もお手伝いして宜しいですか』
「うん、お願い」
 洞窟内に溢れるライヴスに、二組は己のライヴスを融かしていく。

 愚神にさえ見られた人らしさ。きっと“彼女”にもある筈。
 だから英雄が居るんだって、私は信じてる。

 ナイチンゲール達は意識を世界へ向かって傾けるが、広がりゆくのは虚無ばかり。ふっと意識が遠のき、どこかへ融けてなくなりそうになる。
 その時、握り潰さんばかりに手首を掴まれ、その痛みで二組ははっとなる。目を開くと、恭佳が目の前に立って彼らの眼を見据えていた。
「無理です。逃げましょう」
「無理って――」
 問いかけた瞬間、恭佳の背後でプローブが弾け飛んだ。一際強いライヴスの波動が放たれ、エージェント達を突き飛ばす。咲いた華が次々に砕け散り、全員の視界を歪めていく。恭佳は顔を顰めて叫んだ。
「このままだと洞窟が崩れます! すぐに脱出を!」
 言って、彼女は真っ先に洞窟を駆け登っていく。イーヴァンは槍を収め、後へと続く。
『お嬢さんが何かを試みるだけの時間は稼げたか! それで善しとしよう!』
「……ただ逃げるだけじゃ、良いも悪いもないか」
 日々輝はぽつりと呟く。イーヴァンはしたり顔で応えた。
『そういうことだ。挑まねば。……喜べ少年、君の英雄達は挑戦のプロフェッショナルさ』

●EVENT HORIZON
 その頃、アークは刃を抜き、従魔を迎え撃っていた。斬れども斬れども、それは白濁し沸騰する湖から次々と這い出して来る。
「急に何が……」
『修理が上手く行かなかったのだろうな。じきに皆戻ってくるだろう』
 彼が言って間もなく、エージェントが奥の空間から駆け登ってきた。
『地底湖が沸騰かぁ……本当にブラックホールみたいなんだね。宇宙と繋がってるのかな』
 バルタサールはアサルトライフルを構えると、全身の融けかかった従魔を撃ち抜く。紫苑と違い、彼は目の前の事態に一切の感慨も抱いていないようだ。クロードはそんな彼の脇を抜け、飛び出してきた従魔に一閃を見舞い、次々切り裂く。
『ご無事ですか、アークトゥルス様』
『ああ、俺なら問題無い。急いで撤退するとしよう』
 世界は歪み、溢れた白い水が鍾乳石を木材や石材に塗り替えていく。見ていたエデンは、幻想蝶から一本の瓶を取り出し恭佳に見せる。
「ねえ! これ投げたらどうなると思う!?」
「どうって……分かんないです。転移は全く一方向的というわけではないんで、もしかしたら他所の世界に流れ着く可能性もありますが……」
「あるんだね? なら!」
 エデンは瓶を湖に向かって放り投げる。着水した瞬間、無尽蔵のライヴスが瓶を呑み込みこの世界から消し去っていく。中に閉じ込められた手紙ごと。
「よしオッケー! さっさと行こう!」
 魔導書を開いて炎を放つが、従魔は彼女達を取り囲むように襲ってくる。六花は鋭く手を突き出すと、氷の槍で纏めて吹き飛ばす。凍てついた眼で、六花は二人へ振り返る。
「……すぐに、追いつくから。先に、行ってて」
「先に行ってて、って……」
 顔色を曇らせたナイチンゲールが思わず駆け寄ろうとするが、クロードは剣を差し出しその足を止めさせる。
『六花様の実力ならば、ディープフリーズが使えるはずです。ここは邪魔にならぬように退避するのが得策かと思われます』
 六花は既に魔導書を開き、その足元には雪の結晶を象る魔法陣が広がり始めている。
「そ、そうか……絶対戻ってね! 絶対!」
 離れ際に、ナイチンゲールは両手を組んでもう一度“王”へと呼びかける。
「(貴方は、どこに居るのですか?)」

 その答えは、やはり帰って来なかった。

 エージェント達は洞窟を駆け登っていく。その背中を見送り、六花は湖から這い寄る従魔をじっと見下ろした。
「……貴方達も、“王”に従魔にされちゃったの……? 可哀想……」
 広がり切った魔法陣は、コキュートスの冷気を放ち、ライヴスに満ちた湖を一気に凍らせていく。
「なら……今、ちゃんと、殺してあげる…ね」
 凍り付いた湖から氷の茨が次々と伸び、敵を百舌鳥の早贄のようにしてしまう。どろどろの身体も凍り付き、湖の氷ごと、従魔達は一斉に砕け散った。
 冷気を受けて一瞬収まった沸騰も、一分としないうちに再び激しさを増す。
『行きましょう。ここがどれだけ持つか分からないわ』
「……ん。分かってる。こんな所じゃ、まだ、死ねない……から」

 敵討ちの為に。王を殺すために、今は、生きねばならない。

 天井から折れた鍾乳石が降ってくる。ライヴスを満たした刃で岩を砕き、クロードは僅かに見えた外の光を目指して走る。
「壁が崩れて……アレはなんだろう?」
『わかりません。石で出来た城……のようにも見えますが』
 クロード達が目にしたのは、白い化粧石で装飾された荘厳な壁。蝶が羽化するように、無骨な岩肌が次々に剥がれ落ちている。瓦礫をライフルで撃ち抜きながら、バルタサールは溜め息を吐く。
「派手な改築作業だ」
『まるでハリウッドみたいだねぇ』
 紫苑が愉しそうに言う横で、イーヴァンは降って来た岩を盾で弾き返した。周囲を見渡し、ふと日々輝に尋ねる。
『あの娘は戻ってきているか?』
「いや……まだみたいだけど」
『ならば今一度戻ろう。このままでは間に合わんかもしれん』
 言って、イーヴァンは回れ右する。崩れた岩を槍で砕き、彼は坂道を下りていく。そのうち、彼方から鋭く飛んで来た氷の槍が、太い石筍を纏めて砕いてしまった。慌てて足を止めると、六花が向こうから駆け登ってくる。イーヴァンは彼女に治癒の光を当てつつ、手招きする。
『戻られたか。少女よ、急いで合流するぞ』
「……はい」

 アークは先陣を切り、石筍を砕いてルートを切り拓いていた。しかし、出口も間近というところで、不意に耿太郎がその足を止めさせる。
『どうした』
「今なら……あのブラックホールが目の前な気がするんっすよね。前は届きそうも無かったっすけど、やるなら今かなって」
 アークは周囲を見渡す。岩肌が剥がれ落ち、ビルの廃墟やらも見えつつある。このままだと落盤してくるかもしれない。だが、彼は指一本動かせなかった。
『全く、最近無茶が増えたな、お前は。……俺からは離れるなよ。いいな?』
「……はいっす」
 耿太郎は幻想の欠片を握りしめると、洞窟へ満ちるライヴスに、己の想いを乗せようとする。それを見ていたナイチンゲール、拓海、クロードは目配せしてその傍に並ぶ。
「これで、何か見えたりするかな……」
『時間が無いから、ほんの少しよ?』
 拓海はライヴスソウルを取り出す。目にしたクロードは、自らも賢者の欠片を取り出す。
『これで代わりになるでしょうか』
「ならないと思うけど……やる価値はあるかな?」
 一方、ナイチンゲールは義手の手の甲をなぞる。埋め込まれた歯車が巡り、ライヴスを行き渡らせていく。

 ……母よ。貴方の本当を教えて。

 次の瞬間、再び四組は宇宙へと放り出された。息も詰まるような圧力。どうにか目を開くと、目の前には全てを呑み込む虚無が鎮座していた。耿太郎は息を呑む。
「思った通り……」
 耿太郎は唇を噛む。
「(みんな勝手だ。これしかないと思って人も英雄も愚神も世界をかき乱して……)」
 その原動力が意志というもので、ここがその意志が表出する場と言うならば。
「だったら俺だって、ふざけんなって言い返すくらい許されるっすよね」
『あぁ、若者の反発大いに結構。前を向いてしっかり言い放ってやれ』
 アークは思わず言葉を緩める。自己主張の乏しかった少年の、精一杯の拒否の姿勢が初々しい。耿太郎は異形のライヴスを撥ね退けるイメージで叫ぶ。

「これ以上は、許さないっすよ」

 しかし返ってくるものは何もない。それどころか、虚無は引力を発揮して耿太郎達を呑み込もうとさえし始める。ナイチンゲールは咄嗟に叫んだ。
「ねえ! 貴方は、貴方は何の為に英雄を作り出したの!」
 返事は無い。引力はますます強くなる。拓海とクロードは顔を見合わせた。
「これはマズいんじゃ」
『ええ、戻らなくては』
 虚無へ引きずり込まれかけた二人の腕を引っ張り、彼らはその場を離れようとする。
『駄目です。これ以上は帰って来られなくなります』
「……くぅっ」
 反抗を歯牙にもかけない王の態度に唸りつつ、耿太郎は意識を引き上げる。ナイチンゲールはそれでも粘った。
「後少し――」
 刹那、彼女は現実へと引き戻される。義手にドライバーを突き刺し、恭佳が苦々しげに彼女を見据えていた。
「無理ですよ。……王の意志は、いわば事象の地平面の彼方にあるんですから」
「事象の地平面って――」
 天井の岩盤が崩れ、次々に岩が降ってくる。咄嗟に拓海は飛び出し、衝撃波を放って岩を砕いた。
「もうここは持たない! 急いで出よう!」
 エデンも反応すると、右手から炎を放って岩を吹き飛ばす。
「もう少しこういう魔法沢山使えないかなぁ?」
 その背後からは氷の鏡が破片となって無数に飛び散り、瓦礫の破片を砕いていく。
「……ん。戦い方で、工夫すれば、いいから」
 六花はさらりと言ってのけると、裾をひらひらさせながら出口を目指す。後を追いながら、紫苑が呟いた。
『このまま巻き込まれたらどうなるかな』
「死ぬ」
 にべもなくバルタサールが応えた。降る瓦礫から頭を庇いつつ、イーヴァンは周囲を見渡す。
『よし、そんな目には誰も遭わなそうだ』
 炎と刃で岩を砕き、ナイチンゲールと耿太郎は共に走る。
「まだまだっすね」
「これからだって。これからが、本番……今は無理でも、きっと」
「……っすね」
 耿太郎は頷くと、出口への道を駆け抜けた。

 何とか間に合った。エージェント達は咄嗟に背後を振り返る。ビルやら城やらが入り組んだ、見るも異様な建造物が鎮座していた。見上げていた霧人が、ぽつりと呟く。

「……まるで、キマイラだね」



 Engineer 終



【そちらの世界はどうなっていますか。こちらの世界は混沌が幅をきかせています。でもやっつける!】
 一人の男が、妻と寄り添いながら今にも粉々になりそうな紙片を見つめていた。二人は目配せすると、紙片を丁寧に折りたたんで幻想蝶へ収める。
「そうか。まだ、戦えてるんだな」
『向こうに戻る方法、早く見つけなきゃね』
「恭佳、待ってろ」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • Iris
    伴 日々輝aa4591
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840

重体一覧

参加者

  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Star Gazer
    イーヴァンaa4591hero002
    英雄|21才|男性|バト
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 明日に希望を
    善知鳥aa4840hero002
    英雄|20才|女性|ブラ
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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