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質問卓
最終発言2018/10/02 19:37:22 -
相談卓
最終発言2018/10/04 19:49:55 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/10/03 22:35:10
オープニング
●猜疑の種
「急に呼び立てて申し訳ありません。実は皆さんに、リヴィア殿の様子を探って欲しいのです」
開口一番、キュリス・F・アルトリルゼイン(az0056)は集めたエージェントを前にそう依頼する。
「ご存じの通り、我々H.O.P.E.とセラエノはマガツヒに関する事件に限っては共闘関係にあります。これまでも互いの力を借りて事件を解決し、恐竜を暴走させたテロでも迅速に動くことができました。それ以降のマガツヒに大きな動きはありませんが、セラエノとはある程度の信頼を築けたと思っています」
それなのに、ここにきて何故リヴィア・ナイの調査を決定したのか。
問われたキュリスは、わずかに渋面となり続けた。
「……すでに耳にした方もいるかもしれませんが、スワナリアで見つかった塔の女性が記憶を取り戻しました。その時、地中海周辺で発生している遺跡の転移現象についての話もあったのです」
まず、キュリスはガリアナ帝国の女王を名乗ったヨイとのやり取りを簡潔に説明する。
「原因は古代遺跡で形成した魔法円を利用して発動させた、『天蓋の世界樹』というオーパーツの暴走。未完成でも安定していたバランスが、マガツヒの古代遺跡へのテロによって崩されたため、と聞きおよんでいます。そこにはリヴィア殿もいたのですが、『天蓋の世界樹』に興味を抱いた様子でした」
ちら、と見たリヴィアの毒気が混じる笑みを思い出し、キュリスは思案げに口元を手で隠す。
「ここが怪しい、などと言える確かな証拠はありません。ですが、その時の彼女からにじみ出た雰囲気や態度が、妙に気にかかるのです。杞憂ならばいいのですが……あまりいい予感がしないのも事実ですから」
重いため息をこぼすキュリスに、エージェントたちも自然と【神月】の経緯が頭をよぎる。
短期間ながら協調してきたとはいえ、過去の前例が信頼を預けきるには危険だとささやいていた。
「どのような理由があれ、密偵行為が発覚すればいらぬ亀裂を入れる事になるので慎重にお願いします。あまり長期間で行えばリスクも高まるため、ひとまず1週間ほど調査してください」
そうしてキュリスからリヴィアの様子見を依頼されたエージェントたち。
果たして、リヴィアが不審な動きを見せたのは数日後のことだった。
●思案と焦燥の狭間で
ドイツ某所。
「――マスター・ナイ。H.O.P.E.に無断での行動ですが、よろしかったのですか?」
「正式な同盟関係ではありませんから、問題ないでしょう? 私たちの考えや活動のすべてをあちらに報告する義務などありません」
数名のセラエノ精鋭に護衛されつつ、リヴィア・ナイはとある山道を歩いていた。
「それにしても、『奴』の潜伏先がこうも早く判明したのは運が良かったですね」
「偶然か『奴』の意図かは不明ですが、地中海での異変がマガツヒの仕業であれば、現場から近い場所で見ているだろうと予測はできます。セラエノの総力を用いて網を張れば、いずれかかるとは思っていましたよ」
時折会話をしながらぬかるんだ土を歩くセラエノ精鋭とリヴィア。
獣道のようで人が踏み固めた跡のある道を進むと、鬱蒼とした木々の合間から建物の外壁が見えてきた。
「さて、これから交渉に向かうわけだけど、アポも手土産もない不作法くらいは大目に見てもらうわよ。……この機を逃せば、次はいつ捕まえられるかわからないもの」
皮肉を込めたつぶやきをこぼし、リヴィアは山道を抜けた先に見えた古城を見上げて微笑む。
「そうでしょう? ――比良坂清十郎」
瞳の奥でわずかに浮かんだ敵意と焦燥を綺麗に消し、リヴィアは悠然と古城へと乗り込んでいった。
「――セラエノのリヴィア・ナイが清十郎様との面会を求めていますが、如何しますか?」
間もなく、古城にいたマガツヒ構成員が比良坂清十郎(az0134)へリヴィアの来訪を知らせ判断をあおぐ。
「……通せ」
対する清十郎の反応は素っ気ない。
バルコニーから遠くを見るような姿勢のまま、伝令が下がる気配を無言で見送った。
「あちらの目的はいくつか推測できるが、いずれにせよ面倒な客人に変わりはない」
誰に当てるでもない独り言を漏らし、億劫そうに和装をひるがえす。
「『王』が直接動き出した今、私が無駄にできる時間などわずかもないのだ――」
古城の壁へ吸い込まれた小さな声から、チリチリとくすぶる苛立ちが飛び散った。
解説
●目標
リヴィアの尾行
(リヴィアの護衛&無事の帰還)
●登場
リヴィア・ナイ
セラエノのリーダー
協力関係にあるH.O.P.E.やキュリスに黙って独断専行
セラエノの精鋭数名を護衛に連れ清十郎との接触を画策
比良坂清十郎
マガツヒの首領
『天蓋の世界樹』の暴走を歓迎しつつ、リヴィアの来訪に応じる
同時期に出現した『王』にも関心を示している素振りも見せていた
●場所
清十郎が隠れ家として利用していたドイツ某所にある古城
敷地は比較的狭く、最大8階建てで部屋数が多くやや入り組んだ構造
城門の幅は横に3人が併走できる程度で、中庭を囲むように3つの建物が並ぶ
窓を除き、全ての建物に共通して出入り口は中庭に面する1つだけ
近くの町から距離があり、道程は舗装されていない山道のため基本の移動は徒歩
往復にそれなりの時間と体力が必要で、周囲は森に囲まれている
●状況
ヨイとの話し合いの時、キュリスがリヴィアの挙動に違和感を覚えPCへ調査を依頼
数日後、何の連絡もないまま護衛を引き連れたリヴィアを怪しみ尾行を開始
密かに追跡した結果、ドイツの古城へ入っていくところを目撃し遅れて突入する
(PL情報)
PCが清十郎の隠れ家だと知るのはリヴィアが清十郎と接触した時点
尾行プレの隠密性や追跡速度で、リヴィアと清十郎の会話を聞くタイミングが変化
城への潜入直後、多数のマガツヒ構成員が清十郎への報告もかねて城へ戻ってくる
脱出時にマガツヒとの戦闘はほぼ不可避
セラエノとの協力関係は継続中のためリヴィアは護衛対象として扱う
敵地からの撤退戦になるため、必ずしも敵を倒す必要はない
リプレイ
●追走
最初にリヴィアの動きを知ったのは麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)だった。
「やれやれ、動いちまったか……」
「……ん、連絡なし。少人数、怪しい」
荒木 拓海(aa1049)の提案から交代制で監視をしていた中での不審な動きに、遊夜は思わずため息。
仲間へ連絡後、キュリスにも連絡があったか事前確認したユフォアリーヤも「むむむ」と眉間に力が入る。
「事件の全てが繋がってるとは思わないが、マリスの事も観察してたんだろうな」
『『王』絡み……まして、セラエノには利用価値が高いでしょうね』
先日、地中海である愚神を倒した拓海は、リヴィアが行動に移したタイミングをいぶかしむ。
共鳴したメリッサ インガルズ(aa1049hero001)も、混乱に乗じたような意図を感じ取っていた。
「押し留めるだけで必死なのに……利用を考えるとは大したもんだ」
『世界の滅びを厭わずなら、利用法は沢山あると思うわ。止めたければ元を断つしかないわよ』
こちらはマガツヒをはじめとしたヴィランの他、愚神の事件も対応しなければならない。
対して、限定的な協力関係であるセラエノは本来ヴィランズだが、必要でなければ愚神との関係は薄い。
リヴィアはそれも踏まえてH.O.P.E.の意識がそれる愚神騒動を利用し、動いたと見ていいのだろう。
呆れを通り越していっそ感心すら覚える拓海に、メリッサは釘を刺すように叱咤した。
そうして、リヴィア調査の依頼を受けたエージェントたちは今、息を潜めて森を移動している。
(んー、森の中は気持ちいいな)
『調子がいいのは結構ですが、お仕事中は気を抜かずにいましょうね?』
種族的になじみ深いのか、シュエン(aa5415)は機嫌よく肺に空気を吸い込んでいる。
共鳴したリシア(aa5415hero001)はのんきな様子に苦笑気味だが、シュエンを責める色はない。
気配もうまく消し尾行に問題はないため、単に気持ちの緩みをたしなめる意味合いなのだろう。
(リヴィア・ナイ……まるで、小さい頃の私がそのまま大きくなったような人……)
尾行中、月鏡 由利菜(aa0873)は『篠宮クレア』だった頃の身勝手さとリヴィアの行動を重ねていた。
『う~ん、少なくともユリナには、お父さんやお母さんの力になりたいって気持ちが第一にあったからなんでしょ? でも、リヴィアにそう言う気持ちがあるかどうかは……怪しいと思う』
ただ、共鳴したウィリディス(aa0873hero002)の声は否定的だった。
根本が独善的なリヴィアとは違う、というウィリディスの思いに触れた由利菜は自然と頬が緩み前を向く。
『……僕は別に、興味はないかな。この結果で協定が守られようと破られようと、どうだっていい』
(なら、このままこっそり帰りましょうか?)
聴 ノスリ(aa5623)の淡泊な声に、共鳴の主人格となったサピア(aa5623hero001)は静音にて笑う。
『仕事をする気はあるよ、一応ね』
(なら、このまま追いましょう。さぁさ、お手伝いをしましょうね。この先を愉しく愉しくする為に)
荒事となると捨て身になりやすいノスリに代わるは、刹那的に愉しい方へと行動の舵を取るサピア。
新型迷彩マントで身を隠し、追跡に慣れた面々の後をつかず離れずついて行く。
『元々利害の一致からきた協力関係だ。利害によっちゃ、こういう事も十分にあるだろうさ』
木の上では、共鳴したベルフ(aa0919hero001)の台詞に九字原 昂(aa0919)が肩をすくめる。
(そういう関係だからこそ、僕らが行動を制限させるのも難しいしね)
『とはいえ、向こうが黙って動くなら、こっちも同じく黙って着いていくだけだ』
双眼鏡に映るリヴィアたちの背中を見つめ、昂はH.O.P.E.に要請して借りた小型の集音マイクを確認。
ベルフに無言で頷き、イメージプロジェクターで森林迷彩を施した服で木々を跳躍して進む。
(こんな所に、一体何の用があるのでしょうか?)
『さあな。こんな山奥まで遊びに来たとは考えにくいが』
共鳴の主体であるAlbert Gardner(aa5157hero001)も、昂と同様に服に迷彩を施して行動。
意識の中でVincent Knox(aa5157)と無言の会話をしつつ、セラエノの集団を白い目で見つめた。
(この先は何があったっけか?)
ステルス機能があるアルマータ装備の遊夜は、モスケールの燐光を木々に隠しつつ反応を範囲内に捕捉。
追跡しながらこぼした疑問に、共鳴したユフォアリーヤが小首を傾げるような声音でぽつり。
『……ん、森の中……舗装もない、ただの山道……秘密基地?』
(地図にもなければ、正に秘密基地だな!)
これも一種のロマンなのか、つられて遊夜の声も若干弾む。
(異世界と地球の間を自由に行き来できる、か……一体何をするつもりだ?)
『わからないけど……もしかしたらこっちの尾行も、リヴィアの想定内かもね』
共鳴により侍の姿である日暮仙寿(aa4519)は潜伏状態で木々に紛れ、目を細めてリヴィアの背を追う。
意識内で懸念をこぼす不知火あけび(aa4519hero001)ともども、油断はしないと気合いを入れた。
(マントの効果に期待しつつ、バレないように行動しないと)
『気がついてて利用されてる可能性もありそうよねぇ』
新型迷彩マントを纏い気配を消すGーYA(aa2289)は、リヴィアの後方でぴったりと追跡を続けていた。
共鳴したまほらま(aa2289hero001)の懸念を頭の隅に残し、ぬかるみに足跡を残さないよう注意を払う。
(どんな目的があれ、私たちには無断での行動ですから、いい予感はしませんね)
『さて、最低でも彼女の目的くらいは知りたいところです』
零月 蕾菜(aa0058)は無言のまま、共鳴した十三月 風架(aa0058hero001)と意識内でやりとりを行う。
先行する仲間に続いて移動し、遠目にあるリヴィアの背中をとがめるように目を細めた。
●潜入
『(荒木です。リヴィアさん一行の予測進路上に、古城を発見しました)』
山道を進んでしばらく。
ジャングルランナーで行き先を先回りしていた拓海から小声で通信が入った。
『(ここが目的地かは不明ですが、ひとまず周辺の山道やわき道などのルート調査も行います)』
短い報告を終えた拓海はすぐに通信を切り、エージェントたちはそのままリヴィア追跡を続行する。
「(こんな所に城か……)」
『……んー、密会に最適だねぇ』
拓海の偵察結果を聞いた遊夜とユフォアリーヤはつぶやきをこぼし、リヴィアへの不審を強める。
「(……所有者の名義は一般人らしいですが、偽装の可能性もありそうですね)」
さらにジーヤがおおよその現在地から城を特定し、H.O.P.E.との連絡で得た情報を伝えた。
「(枝の除去みたいな逃走経路の確保はできませんでしたが、おおよその地形は把握してきました)」
そこで、先行していた拓海が戻り仲間と合流。
戦闘を想定し、逃走時に銃撃などの遠距離攻撃がされにくく狙われにくい地形やルートを全員と共有した。
「(それと、オレは能力的に潜入には向きませんので、城の外で待機していますね)」
「(私も外で待機し、周囲の警戒を行います)」
「(ならば私も、外で待ちましょう。潜んでこっそりは苦手ですし、全員が行く必要はないのでしょう?)」
さらに拓海と由利菜、サピアが先んじて撤退支援を表明し、それぞれの役割を手短に確認する。
『中の事は彼らに任せ、僕らも外で待機だ』
「(――とのことですので、私も撤退時にお力添えを)」
ヴィンセントも拓海と同じ考えから待機を表明し、アルバートがその旨を伝えた。
そのまま山道を進んだ先にあったのは、偵察の通り古城だった。
外観から要塞より住居の色合いが強く、森に取り残されたまま時間が止まったような感覚を覚える。
確保した土地の狭さから縦に増築した城の城門には、見張り櫓(やぐら)のような尖塔が複数見て取れた。
すると、リヴィアたちが城門へ近づくと内側から人が現れ、会話をしてから中へ入っていった。
「(俺はこのままリヴィアさんを追います。身を隠すのは得意なので)」
心臓の発作が軽かった幼少時、病院の看護師を困らせるレベルのかくれんぼスキルを今こそ役立てる時。
密かな自信を見せるジーヤは、潜入前に起動したハンディカメラを腰に固定。
撤退用の順路確認にとオートマッピングシートを取り出し、そのままリヴィアの後を追っていく。
「(私も同行します。いざとなれば、リヴィアさんの護衛につきますので)」
「(オレもついて行くよ。警戒の目は多い方がいいだろ?)」
そこへ蕾菜も小声で追跡に名乗りを上げ、シュエンも挙手して潜入組として続いた。
「(俺は城の外壁から鍵の開いている窓を探し、内部に侵入しよう)」
「(では、僕もそのように。皆さんもお気をつけて)」
また、仙寿と昂は小声で『地不知』で足にライヴスを纏い、それぞれ素早く駆けだす。
正規の出入り口が外観から見あたらないため、窓からの侵入であれば見つかりづらいという判断だ。
ただ壁移動にも制限時間はある。
2人は目に付いた窓から入れないか、素早く見て回った。
『(城の中にも入るんだったら、何も起こらずはい終わり――)』
(――なんて、そんな筈はないのでしょうね)
結果、追跡継続班と退路確保班に分かれての行動となり、リヴィアたちに続いていく背中を見送る。
ノスリとサピアは心中で不穏な考えをこぼしつつ、門の近くで潜伏できそうな場所がないか探し始めた。
(中は結構入り組んでるな)
『……ん、潜伏も簡単そう』
入り口に近い別館へ入った遊夜は部屋数に目を丸くしつつ、ユフォアリーヤと隠れられる場所を探す。
自分たち以外のライヴスが現れたら味方へ通達する撤退支援役だが、モスケールは稼働時に光って目立つ。
なるべく目視でも外を見られるよう、窓の近くを中心に移動していった。
(中に案内役がいた、ということはここは拠点の可能性がありますね)
古城へ近づかなかった由利菜は、背の高い樹上で身を隠し人の動きを監視する。
そして、中庭から城の中へ入っていくリヴィアたちの姿を見送った。
「どこに向かっているのかしら?」
「本館の最上部です。すでにお待ちになられてますので、ご心配なく」
(映像は難しいけど、せめて会話くらいは記録したいところだ)
『カメラと言えば……監視カメラが見あたらないのが気になるのよねぇ?』
リヴィアと案内役の声をかすかに拾いながら、見つからずに潜入できたジーヤ。
一定の距離を保って追跡しつつ、周囲を警戒するまほらまの疑問にマントを調整して辺りを観察する。
(部屋の多くに生活感があるから、結構な人数が出入りしているみたいだけど)
『ただの住居と割り切ってるのかしらぁ? それとも……必要ないから置いていないのかもぉ?』
通る部屋の中をのぞき、ジーヤとまほらまは少しでも情報を得ようとする。
(結構ごちゃごちゃしてるんだな)
『人の気配もちらほらとありますから、警戒は十分にしましょう』
シュエンもまた、曲がり角などで視界から消えそうになる度、見失わないよう積極的に距離を詰める。
リシアも音に耳を澄まし、映る視界に目を凝らして内部の観察に余念がない。
(それにしても、廊下は短いし階段は部屋の中だし、面倒くさい作りだな)
『侵入者対策でしょうね。内部構造が複雑だと奇襲がしやすく、逃げる時間も稼げますから』
同じ場所をぐるぐる回っている感覚に渋面となるシュエンをよそに、リシアはかすかな会話に耳を傾ける。
『(――リヴィアさんの訪問は、ここにいる方たちにとっても予想外なのでしょうか?)』
事情を知る者が手がかりになる情報を漏らさないか集中するも、警戒や戸惑いの声しか聞こえない。
ひとまず部屋の配置と声が聞こえた部屋を連絡し、リシアとシュエンはそのまま先行を続けた。
そうしてしばらく城内を歩き、最後にリヴィアたちが入った部屋の入り口で聞き耳を立てる。
「久しぶりね。こうして直接顔を合わせるのはいつぶりかしら?」
先に聞こえた声はリヴィアの声。
「……私はこれでも忙しい。用件は手短に話せ」
続いて発せられた、背筋が凍るような声にエージェントたちは息を呑む。
『(あれは、マガツヒの首魁……? 何の話をするつもりでしょうか?)』
シュエンの目を通して声の主――比良坂清十郎の姿を目撃したリシアは疑惑の視線をリヴィアへ突き刺す。
『結局、侵入できたのはバルコニーからだけか』
(すべての窓を施錠されてたらね。この城の主――彼は意外と几帳面な人なのかな?)
『もしくは、外部からの侵入をあらかじめ警戒していたか……』
一方、外壁から潜入を模索していた昂は、清十郎とリヴィアが対面する部屋のバルコニーにいた。
室内から死角になる場所で息を潜めつつ、ベルフの言葉に警戒心を強めて集音マイクを室内へ向ける。
(よもや、頭目同士の対談になるとはな)
仙寿も同じバルコニーの窓際で、昂と反対側の死角で耳をそばだてていた。
『まさか、この状況を見越して私たちの尾行を見逃して……?』
(さて、問題はここから事態がどう転がるか……)
あけびがリヴィアへの猜疑心を膨らませる中、仙寿はまず拓海から預かったスマホと拡声器を脇に置く。
その後はいつでも介入できるよう、室内へ意識を集中し小烏丸の柄に手を添えた。
「単刀直入に言うわ――私たちと手を組まない?」
果たして、息を呑んだのはエージェントか案内役のマガツヒか。
唯一、リヴィアの誘いに一切の反応を示さなかった清十郎は無言で話の先を促す。
「ガリアナ帝国の女帝を名乗ったヨイから聞いたオーパーツ――『天蓋の世界樹』に興味があるのよ。邪魔者(キュリス)の目を盗んで手に入れるなら、あなたと敵対するより共闘した方が成功率は上がる。見返りに、こちらもあなたの目的に協力するわ。必要ならセラエノ所有のオーパーツを提供しましょう」
●決裂
(私はつい最近まで、ラシルと共にセラエノ構成員達とオーパーツを巡って争っていました。今のままでもH.O.P.E.との対立が容易に成立する状態だと、リヴィアが把握していないとは思えませんが……)
通信機を通してリヴィアがH.O.P.E.と敵対する提案を聞き、由利菜は眉をひそめる。
『ユノちゃんが心酔してたマガツヒの首領……。あたしはあんな下衆集団の頭領なんて、見るのも嫌だけど』
ウィリディスも、かつて交戦した『黒崎由乃』というオーパーツの少女を思いだして声音が荒い。
『……やっぱり、こうなるのね』
(リヴィアさん……)
由利菜とは別の場所で古城の外に身を潜め、通信機で状況を把握したメリッサが冷たい声をこぼす。
拓海は表情をゆがめ、スマホを握る手に力を込めた。
『……ん、出入り口……森方面に、反応多数』
『(この城に用がある団体さんを確認だ。数はおよそ50、各自警戒を)』
その時、ユフォアリーヤと遊夜から小声の通信が入った。
『……っ、バート!』
(っ! 中にまだ……!)
直後、森から近づく大勢の話し声がヴィンセントとアルバートの耳に届いた。
中庭に面していない場所の物陰で少しの焦りを浮かべ、本館を見上げるも潜入班から新たな連絡はない。
「(こちらアルバート。報告にあった集団の帰還を確認しました。おそらく、マガツヒでしょう)」
要人警護の常で出入り口を確認できる位置取りにいたアルバート。
続々と武装したマガツヒが城へ入る様子を見つつ、小声で短く通信を飛ばす。
『どうする?』
(荒木さんが撤退ルートを偵察しましたが、城内は別です。上階にいる潜入班との合流を優先しましょう)
ヴィンセントに返答後、ジャングルランナーを装備したアルバートは周囲を確認した後マーカーを射出。
人の目がない瞬間を狙って屋根へ飛び上がり、窓を避けながら建物の影を移動し本館の窓に注目する。
いつでも乗り込めるようにと身構えつつ、アルバートは人目を避けて場所を選別しながら移動していった。
(纏まって動けばリスクが高まるからと、散らばってみたはいいですけれど)
『下手に動けば多勢に無勢、か』
しばらくして、中庭が見える部屋に身を隠すサピアも、通信機で連絡を入れつつ集団の様子をうかがう。
人の気配が少ない場所を選んで潜入したが、それなりの人数がこちらに近づきノスリはため息をこぼした。
『それで? きみはどうするつもり、サピア?』
(もちろん、最善を尽くしますよ。ところでノスリさん――どう動いたら愉しいと思います?)
『さてね。好きに動いたらいいんじゃないかな?』
(えぇ、ならばそうさせてもらいますね)
水を向けられたノスリは、笑いをかみ殺すサピアに適当な口調で返すと。
息を殺し足音を殺し気配を殺し、サピアは迷彩マントを纏ったままゆっくり動き出した。
『……ん、そっちの本館に30名……東館と西館に、10名ずつ……移動中』
『(内20名が上階に進んでる……そろそろレーダーの範囲外だ、気を付けろ)』
自身も隠れる場所を変えているのか、ユフォアリーヤと遊夜の報告に小さな衣擦れや足音が混じる。
さすがに本館と別館では距離があったのか、ライヴス反応を追うにも限界があったようだ。
すでに城内で自分たち以外の存在に気づいていたエージェントたちも、改めて警戒を強くする。
再び、バルコニーの部屋にて。
「……そちらの主張は理解した」
話を静かに聞いていた清十郎が初めて口を開くと、答えを求める視線がリヴィアから注がれる。
「返事を聞きましょうか」
「考えるまでもないな――」
おもむろに手を伸ばしたリヴィアへ、鷹揚に頷いた清十郎は一歩を踏み出し――消失。
次に現れた時には、腕に漆黒のライヴスで形成した爪でリヴィアを貫こうと構えていた。
「――っ!」
完全に虚を衝かれ反応できないセラエノ精鋭の代わりに、バルコニーから仙寿が飛び出す。
素早くリヴィアと清十郎の間に滑り込み、『ターゲットドロウ』で差し込んだ刀で衝撃を受け流した。
「疾っ!」
仙寿が返す刃で振り抜いた反撃を躱した清十郎だが、直後に手首から飛び出した刃に頬をかすめる。
「……ふむ」
射出されたウヴィーツァの奇襲で一筋の血をたらし、清十郎はもう数歩後退。
「釣れた鼠はひとまず1匹か――」
「っ! マスター・ナイ!」
仙寿の防御に阻まれてなお、清十郎はリヴィアへの追撃を止めない。
遅れてセラエノ精鋭が武器を構えるも、清十郎は間をすり抜け再び黒爪をリヴィアへ突きつける。
「――させませんっ!」
が、今度はすんでのところで昂が間に入り、白夜丸で受け止めた。
「いい動きだ」
「……っぐ!?」
拮抗は一瞬、清十郎は力任せに昂の刀を両腕ごと上へと押しのけ、その場で回転。
『零距離回避』も間に合わず、無防備な昂のわき腹へ清十郎の裏拳がめり込み吹き飛んだ。
「――っ!」
「……」
一瞬、リヴィアの視線と清十郎の金輪が至近距離で交錯する。
『貴様っ!』
そこでセラエノたちが一斉に清十郎へ攻撃を集中。
和装の背中を貫く前に清十郎は大きく跳躍し、バルコニーの近くで着地した。
「巻き込まれたと言えばいいのか、巻き込んだと言えばいいのか……」
『尾行して首を突っ込んだと考えれば、向こうからすれば後者ですね』
仙寿と昂が清十郎の気を引いている内に、蕾菜たちも隠れていた場所からリヴィアの近くへ飛び出した。
マガツヒ構成員も戦闘音を聞きつけてか、城内の喧噪が徐々にこちらへ近づいてくる。
「あら。あなたたち、いたの?」
『上からの命令ですよ。あなたに不審な気配があるから、1週間ほど探ってほしいと』
表面上は平然としているリヴィアからの問いかけに、蕾菜の口を一時的に借りた風架が答えた。
「キュリス……余計な気を回すのは相変わらずね」
『こちらに全て伝える必要は無いとはいえ、少なからず態度に出ていたから怪しまれたんでしょうに』
ため息をこぼしたリヴィアに対し、呆れた口調の風架は嘆息を残して意識の奥へ戻る。
『随分と自由に動いてくれたよね。“護衛”の身にもなってくれる?』
「私から頼んだ覚えはないけれど?」
「正式では無かろうと、協力関係にある者は必ず護る……こうなることも折り込み済みだったのだろう?」
あけびからの苦言をとぼけた調子で返したリヴィアを背にかばい、仙寿が肩越しに鋭い視線を送る。
あくまで『護衛』の一環だ、とする主張に薄く笑むリヴィアから視線を一度切ってセラエノへ向けた。
「そういうわけだ。お前たちも協力してもらうぞ」
暗に『今は』味方だと目で制した仙寿に、セラエノも間をおいて頷いた。
「――この状況が答えだ、リヴィア・ナイ」
そこで、清十郎が口を開く。
「意図的か過失か……いずれにせよ、面倒な『鼠』を引き連れてきた君の程度は知れている。足手まといになるとわかっていて懐に入れてやるほど、私は寛容ではないのでな」
「早計ね。私がある程度あなたの目的を察した上で行動した、とは思わない?」
「見当違いも甚(はなは)だしい――所詮、蛙の子は蛙か」
なおも清十郎への交渉を続けるリヴィアだが、その一言で表情を変えた。
「……何ですって?」
「ろくに地固めもせぬまま異次元理論の研究に没頭し、『世界蝕』の原因と糾弾された男がいただろう? その娘もまた、父親の友人だったアルヴィン――キュリスの父親に、研究していた基礎理論の公表を許している。研究者の道だけでは足らず、目的に集中するあまり視野狭窄に陥る愚鈍さも父親譲りか?」
「――っ!」
ナイ博士とともに侮辱されて苛立ちを見せたリヴィアに割り込み、今度は仙寿が清十郎へと問いかける。
「清十郎。その異質な力はなんだ?」
「異質か……過去に愚神の力を意識ごと取り込んで得たものだが、君たちにはそう見えるのかな?」
清十郎は何でもないことのように語るが、リヴィアを除き居合わせた全員が驚愕で息を呑んだ。
愚神を取り込む――つまり、人間の身で『邪英化』と真逆のことをしてのけたに等しい。
それはもはや『犯罪能力者』ではなく『愚神』そのもの――そう考えたところで、仙寿はなおも口を開く。
「……その力で、お前は何を望む?」
「より広く深い『混沌』と『絶望』を」
「『過去機知』で何を視た?」
「知ってどうする?」
「ならば、『王』についてどう考える?」
「同盟、または協力に近い関係ではあるな……さて、そろそろ脱出の算段はついたか?」
すでに目的が時間稼ぎと気づいていた清十郎の口振りに、仙寿は眉間にしわを増やす。
会話の間に仲間が外と通信を行い、撤退の準備を整えていたことは筒抜けだったらしい。
ただし先に上がってきたのはマガツヒの足音で、どんどんこちらに迫ってきていた。
「清十郎様、っ!?」
――バララララッ!!
出入り口にマガツヒが現れた直後、バルコニーからヘリコプターのプロペラ音が響きわたった。
「まさか、空からも増援が!?」
マガツヒが身構えた瞬間、朱雀の翼を装備し直したシュエンが飛び出した。
「どけー!」
「ぐ、っ!?」
先頭にいたマガツヒへ神獣の爪牙に付与した『ジェミニストライク』で先制。
勢いそのまま、退路を開こうと率先して前へ出た。
「スマホを鳴らすタイミングも効果もバッチリだったぞ、拓海!」
『隙を作れたのならよかった! オレたちも援護するから、そっちも十分に注意して!』
『シュエン、戦いに興じ過ぎてはいけませんよ。道を開けてもらえればいいのです』
シュエンは着信音を利用した細工の成果を通信機で拓海に伝えつつ、リシアの忠告に首を傾げる。
「でも、倒さないようにってのはオレ難しいよ?」
『ええ、もちろん。手加減は不要なのです』
「なら問題ないな!」
が、すぐにリシアの笑みに促されたシュエンは再度『ジェミニストライク』で敵に突っ込んだ。
性質こそ違えど、2人はともに生粋のバーサーカー。
闘争を好む獰猛な笑みのまま、立ちふさがる障害を喜々として食い破っていく。
「今です! 撤退しましょう!」
「他のマガツヒもこちらへ迫っている。急げ!」
援護射撃で蕾菜が『幻影蝶』を発動し、下から上ってきた新手の動きを鈍らせる。
通信機から敵の動きを聞いた仙寿の声も後押しし、リヴィアたちも連れて清十郎へ背を向けた。
「……交渉決裂ね。残念だわ」
去り際、リヴィアは清十郎を一度だけ振り向き捨て台詞を残して部屋を後にした。
「――止めないんですか?」
殿(しんがり)としてメンバーの後方にいた昂は、刀に手を添え清十郎に警戒の目を向け続ける。
「むしろ、静かになって好都合だ」
清十郎はゆっくりと背を向け、バルコニーにあったスマホと拡声器を踏み砕いた。
「僕たちのことは全部お見通しだった、ということですか」
『……底が知れない男だ。強力なプリセンサーとは聞いていたが、どこまで状況を見通していたのやら』
清十郎の言動からして、昂たちが潜伏していたことに加え音の仕掛けもあらかじめ知っていたのだろう。
ベルフの警戒がより一層強くなるが、敵意を受けても相手は動かない。
「護衛対象から離れすぎるのはまずい。行くぞ、昂」
清十郎自身に追撃の意思はない……同じくその場に残っていた仙寿もそう判断。
昂を促して仲間の元へと走っていった。
「……君は行かなくていいのか?」
徐々に足音が遠ざかり、階下の戦闘音が苛烈になる頃。
不意に、清十郎が部屋の入り口へ振り向いた。
『ジーヤ!』
(……っ)
迷彩マントで身を包み、1人残っていたジーヤはまほらまの声に冷や汗を流す。
清十郎からマガツヒの行動を示唆する言葉を聞けないか、と残っていたことに気づかれたのか?
緊張が高まるジーヤだが、ふとその横を人影が通った。
「すぐに帰りますよ――すこおし遠回りしておりますけれど」
『……どうやら此処には、神の紛い物はいたようだ』
それは、迷彩マントの擬態を解除したサピアだった。
ノスリのつぶやきを耳に流し、清十郎に1人で相対する姿は普段通り泰然として薄い笑みが張り付く。
「生憎(あいにく)、この拠点を探っても、君たちにとって重要な情報は得られないが?」
「いえいえ、私は少し顔を見てみたいかしらと思っただけですよ――比良坂清十郎さん」
「ほう――?」
瞬間、清十郎の手が再び黒い爪に覆われる。
「マガツヒ首領とお話しする機会なんて、そうないでしょう? 構成員はリヴィア・ナイたちの方へ向かわれましたし、寄り道は案外簡単でした。何より――こうした方が愉しそうでしたから」
「それは相応の覚悟があっての考えか?」
「ふふ――危ないかしら? 殺されてしまうかしら? それもそれで面白いでしょう?」
清十郎の凶悪なライヴスがビリビリと肌を打つ。
それでもサピアは、愉しげに優しげに、微笑み詠(うた)う。
「……なるほど。君はどうやら『こちら側』に近い人種のようだ」
「さぁさ、一つ壊れる駒が何かに為るかしら? 貴方の選択は、どの様な波紋を広げてくださるかしら?」
それは自問か、問いかけか。
清十郎は答えることなく前進。
サピアもただでやられるはずはなく、リフレクトミラーと『名も無き本』を瞬時に展開。
綴られた文字がふわりと浮かび、乱反射の末に幕となって壁となる。
「緩(ぬる)い」
が、清十郎はそれを難なく突破し肉薄――サピアの腹へ握り拳を突き刺した。
(――っ!)
吹き飛んだサピアの体は再びジーヤの横を通り過ぎ、壁にぶつかり力なくずれ落ちる。
「急所は外してある……そこの君。連れ帰るのは自由だが、どうする?」
『……ここまでねぇ』
やはり、ジーヤにも気づいていたらしい。
清十郎の金輪が向けられ、まほらまの声もあって立ち上がるとサピアを抱え上げた。
「俺がとやかく言うことじゃないですけど……命を粗末にする行動は感心しませんね」
ジーヤは瀕死のサピアへ不快感を隠さず声を落とし、振り返らないまま逃走する。
背後からの追撃はない。
(ふ、ふ……繰り返すだけの過去や未来なんて、どうでもいいでしょう? 今が愉しければ、それで――)
『(僕は神の駒であり命だけど、使い捨てだしね)』
そして、サピアとノスリからの返答もない。
命の価値観が希薄な2人に、ジーヤの言葉は響かなかった。
●撤退
「ちっ、大人しく帰しちゃくれないか」
『……ん、敵陣の中、仕方ない』
吸盤を使って別館の窓から壁を登り、屋根に体を伏せていた遊夜は騒がしい中庭を見下ろす。
視線を上げると窓に映る人影も慌ただしく、ユフォアリーヤはピコピコ耳を動かした。
「さて、こっからは後方攪乱だな」
『……ん、皆、助ける』
そうして幻想蝶から黒銃『静狼』を取り出して構え、把握できる限り敵の動きを通信機で伝えていく。
「まずいな、マガツヒが本館の方へ集まってる」
「急ぎましょう、拓海さん! 少しでも敵の数を減らし、中にいる皆さんの負担を減らさなければ!」
それを受けて城の外で待機していた拓海と由利菜が動き出した。
すでに潜入を把握された以上、隠れ続ける意味はない。
『全力移動』で城門を突っ切り、中庭へと進み出た2人は同時に武器を展開した。
「……ちっ! 外にも潜んでやがったぞ! こいつらも片づけろ!」
敵の1人が気づくと周辺のマガツヒが反転。
拓海と由利菜を取り囲もうと迫った。
「悪いが、このまま押し通らせてもらう!」
「多数が相手だからといって、私たちを止められると思わないでください!」
『ぐあぁっ!?』
瞬間、ウコンバサラを掲げた拓海が目の前の敵へ『ヘヴィアタック』を叩き込み。
トリシューラを構えた由利菜が隣の敵を吹き飛ばす。
一点に攻撃を集中させて包囲を崩し、本館の方へと走っていった。
一方、本館からの脱出に進むリヴィア護衛の歩みは順調とはいえない。
「まったく、1人倒せば3人増える勢いだな」
『どこにこれだけいたんだか!』
仙寿とあけびの呆れ混じりな言葉通り、いくつもの部屋や階下から次々現れるマガツヒ。
後方から素早く前へ出た仙寿が『繚乱』で散らすも、今いるメンバーではやや突破力に欠ける。
「外からの帰還者もそうですが、室内戦闘だと余計に、多く感じますね!」
『逆に広い場所へ出れば集中砲火を浴びるんだから、それよりはマシだろう?』
『ブルームフレア』で進路を焼く蕾菜が少しずつ焦りを覚えだす。
とはいえ、戦闘経験が豊富な風架はまだまだ余裕で微笑を浮かべてさえいる。
『窓から離れてください!』
すると、突然通信機から声が聞こえ、間を置いて破壊された窓から1人の人影が飛び込んできた。
「セラエノの方々は……暫定的にまだ我々の敵ではないと判断しましょう」
ひらりと姿を現したのはアルバート。
「ええ、今のところ敵対の意思はないわ」
疑惑の目を受けるリヴィアは笑みのまま平然としている。
『話を聞く限り、もはや時間の問題だがな』
「――お互い聞きたい事があるとは思いますが、今は退避を」
ヴィンセントの判断に内心で同意しつつ、アルバートは陰陽玉を展開しリヴィアの壁に。
また『守るべき誓い』で敵の意識を分散させつつ、マガツヒの攻撃を防いでいく。
「遅れました!」
「さぁさ、一緒に逃げましょうか」
さらに、後方から追いついたジーヤと動けるまでになったサピアが合流。
敵の数を減らすため、ジーヤはツヴァイハンダー・アスガルを手に前へ出て『怒濤乱舞』。
続けてサピアが『カオティックソウル』を重ねた魔法文字の乱反射で、一気に敵の壁を崩す。
「っ、出口が見えてきました!」
ジーヤとサピアの加勢で開いた穴をこじ開けるようと、蕾菜もパイルバンカーを打ち込み前進。
そのままマガツヒの攻勢を押し返し、外へと続く扉へとたどり着いた。
『「全員、そのまま走れ!」』
そうして中庭へ出たリヴィアと護衛班の耳に、通信機と肉声が重なって聞こえた。
『――うおっ!?』
遅れてマガツヒも城から出てきたが、直後に破裂した『フラッシュバン』の『衝撃』で目がくらむ。
「すまんが、こっちからは丸見えなんだよ」
足が止まった集団に笑みを浮かべた遊夜はさらに、それぞれ別館から出てきた集団へ消火器を投げて狙撃。
吹き出した消火剤を煙幕代わりにして足を鈍らせた。
「っと! さすがに居場所がバレたか!」
しかし、すぐに矢や銃弾や魔法などが飛んで来たため、遊夜は急いで窓から館内へ降り立つ。
『……ん、部屋も多く入り組んでる……ボク達を見つけられる、かな?』
クスクスと漏れるユフォアリーヤの忍び笑いを軌跡に残し、素早く部屋を出ていった。
「大丈夫でしたか!?」
「オレが先導します! こっちへ!」
マガツヒが混乱する中、中庭で敵の進入を防いでいた由利菜と拓海が本館の出入り口で合流。
すかさず由利菜が『クリアプラス』を付与した『ケアレイン』で負傷を癒し。
『怒濤乱舞』でウコンバサラを振り回した拓海が、リヴィアたちを城門へ誘導する。
『といっても、まだまだ湧いてくるわね』
「本当に、どこにこれだけ残っていたんだ!」
一行の前面に立ちふさがるマガツヒにメリッサが思わずため息。
それなりの敵を『戦闘不能』にした拓海も悪態を隠さず、『疾風怒濤』で目の前の敵を倒して進む。
『待ちやがれ!』
当然追跡使用とするマガツヒだが、その前に昂が立ちふさがる。
『おっと、そちらさんはお呼びじゃないんでね』
「足止めをさせてもらいます!」
『げぇっ!?』
ベルフの笑みに呼応した昂が『女郎蜘蛛』を展開すると、大勢のマガツヒがからめ取られて悲鳴を上げた。
範囲外から迫る敵に対しても『縫止』や大太刀で迎え撃ち、次々と足を鈍らせていく。
『傷は?』
(戦闘に支障はないよ)
『無理はするなよ。受け身で衝撃を殺したとはいえ、ダメージは軽くないんだからな』
俊敏な立ち回りを見せる昂だが、ベルフから先ほど清十郎から受けた攻撃を指摘される。
常に一団の後方にいたため由利菜の回復スキルの範囲外だったが、昂は涼しい表情で足を止めない。
「おらぁ!!」
「……ぐっ!?」
『劣勢とまでは言わないけど、数的不利が解消しないのは厄介だね』
が、次から次へと襲ってくるマガツヒに防戦となりがちになってしまう。
今も、リヴィアを狙った攻撃を蕾菜がカバーリングして防いでやり過ごす。
それでも風架の視界には、まだまだ武器を構えるマガツヒの姿が大勢映っていた。
『セラエノも迎撃には協力的とはいえ、少数精鋭じゃ手が回りきらないかな?』
「まだまだ、この程度なら心配されるほどではありません!」
ただ、風架にとっては窮地には遠いようで、どこか挑戦的な声が蕾菜に届く。
それに戦意を奮わせた蕾菜は大盾のようにパイルバンカーを構え、『ブルームフレア』で敵を退けた。
『しかし、次々と仲間をやられてなお一向に退く気がないのは何故だ?』
ここで、ヴィンセントがマガツヒの衰えない戦意に首を傾げる。
何よりリヴィアへの追撃が執拗で、諦める様子が全くない。
「ここには比良坂清十郎さんがいますからね。私たちを倒して点数稼ぎをしたいのでしょう」
『迷惑な話だ。奴はわざわざこちらを見逃したというのに』
「もしそうだとわかっていても、手を出さない理由にはなりませんからね」
『ハイカバーリング』でせき止めたアルバートの予想は、的外れではないのだろう。
ヴィンセントの悪態に嘆息を漏らし陰陽玉を操作し、アルバートは攻撃の波をしのぎきった。
『見えたよ、城門!』
「皆さん、もう少しです!」
撤退の進撃を止めず、ようやく見えてきた退路にウィリディスが叫ぶ。
一通り回復を終え、露払いに前へ出ていた由利菜がトリシューラを振り回し味方を鼓舞。
真紅の烈風が敵を蹴散らし、先に開けた城門へ向けた進行速度がわずかに上がる。
「逃がすな! 追え!」
「――おっと。そんなに焦ってちゃ転んじまうぞ?」
そこへ後続のマガツヒが姿を現すが、2階の窓から遊夜が彼らの足下へ『トリオ』を撃ち込み足を止める。
その隙を逃さず、今度は『アハトアハト』を撃ち込んで大勢を爆発に巻き込んだ。
「そこか!」
「――っ!?」
しかし、射線を読まれたらしく矢の反撃を受けて窓から離れる。
『……ん、平気?』
「問題ない。が、さっさと場所を移さないとな」
上腕に刺さった矢を抜き、心配そうなユフォアリーヤに答えた遊夜。
休む間もなく、階下から聞こえる足音から離れるように駆けだした。
「潜伏に適した装備とはいえ、麻生さん1人で大丈夫かな?」
『遊夜ならうまく立ち回れると思うわぁ。あたしたちは目の前のことに集中しないとねぇ?』
「ごもっとも……それじゃあ、もう一踏ん張りしましょうか!」
それを横目に見ていたジーヤが心配を表情に出すも、まほらまの言葉でかぶりを振って大剣を構える。
腰を落とした後で地を蹴り、ジーヤは刺突の構えから『電光石火』で門前に構える敵に風穴を開けた。
「先に行ってください!」
「無駄な交戦は避けるに限りますからね」
「オレたちもすぐに追いつくからさ!」
『ちっ――くそっ!!』
ついに城門へたどり着いた一行の後方で、拓海・昂・シュエンがしつこいマガツヒと相対。
拓海は取り出したイグニスから火炎を吐き出し、広く牽制を仕掛ける。
火勢が衰えれば、昂とシュエンがそれぞれ『女郎蜘蛛』を展開。
『拘束』での足止めで後続の足も鈍らせ逃走の時間を少しでも稼ぐ。
「それでは、お暇(いとま)させてもらいます」
『うおおっ!?』
そして、最後にサピアが仲間に声をかけてから後方へ『ライヴスキャスター』を向けた。
本から浮き出た文字の砲撃が城門へ詰めようとしたマガツヒをまとめて飲み込み、一時的に沈黙した。
●決別
「失礼します」
城門をくぐってすぐ、アルバートはジャングルランナーからフォレストホッパーへ装備を変更。
一言断りを入れ、リヴィアを横抱きに持ち上げた。
「待て、何を!?」
「撤退の最短ルートを先導します。急いでください」
それでセラエノ精鋭がわずかにいきり立つが、有無をいわさぬアルバートの声で黙り込む。
反論が消えたことを確認し、陰陽玉で身を守りつつ森の中へ先行した。
「山道の索敵は俺がやろう」
そこへ仙寿が並び、アルバートに声をかけた後さらに駆け出す。
いつでもカバーに入れる距離を維持しつつ、潜伏したマガツヒがいないか広く警戒を広げていった。
「ひーふーみー……よし、全員出たな」
リヴィアたちが城から離れた姿を横目に、遊夜はモスケールで敵の反応が薄い場所を調べる。
さらに窓の位置を確認して逃走ルートを決めると、フォレストホッパーを装備して城の外へ飛び降りた。
『……ん、皆助けて……大団円、これが一番』
「だな。さっさと合流しよう」
フンスッ! と漏れたユフォアリーヤの鼻息に微笑を浮かべ、遊夜は『全力移動』で森へ駆けていった。
「森で狼に敵うと思うなよ!」
それでも数人の追っ手が迫ったが、森林戦闘に慣れたシュエンが『縫止』で足止め。
さらに木々に紛れた攪乱戦法で集中を乱し、仲間たちの撤退をアシストする。
「追え! 逃がすな!」
『それにしても、彼らもしつこいですね。そろそろ諦めてくれてもいいのですけど』
「そうか? オレはまだまだ戦っててもいいけど!」
すでに仲間たちは視界からいなくなっているが、城門から出てくるマガツヒは少なからずいた。
どこかうんざりしたリシアとは違い、シュエンは歓迎の色を表情に出す。
「僕たちもあまりのんびりはしていられません。敵の追撃が緩めば、すぐに撤退しましょう」
が、昂が隙を見せた相手の背後につき、一刀で『戦闘不能』にすると離脱を促した。
「これで、最後! 行きましょう九字原さん、シュエンさん!」
『ヘヴィアタック』で近くにいたマガツヒを太い木の幹へと吹き飛ばした後、拓海も頷き身をひるがえす。
そうして殿(しんがり)となったメンバーは時間を十分稼ぎ、追撃が途切れたタイミングで離脱した。
『何とか逃げ切ったわねぇ』
「負傷者はいますが、これで全員そろいましたね」
マガツヒの追っ手を完全に振り切った後、まほらまとジーヤがため息をつく。
さらに時間をおいて敵の足止めをしていたメンバーも合流し、全員の無事が確認された。
「ここまでくれば安全でしょう。足下にお気をつけください」
「ご丁寧にありがとう。意外と快適だったわよ?」
そこでアルバートは今まで腕に抱えていたリヴィアをゆっくり下ろす。
ぬかるみが多い地面を指した注意にリヴィアは礼を述べつつ、ついでに乗り心地を評価してみせた。
表面上、リヴィアはいつもと変わらないように見えるが、だからこそ違和感を拭えない。
そう……先ほどH.O.P.E.と縁を切ると宣言したも同然なことをしたばかりとは思えない態度だ。
『あのさ、ユリナやリヴィアに聞きたいんだけど』
古城が見えなくなってからもしばらく足早に離れてから、ウィリディスがふと、こんな話を切り出した。
『もし、この戦いの果てに異界の扉が閉じて、英雄も消えちゃったら、何するのさ?』
疲労で弾んだ息を整えつつ、先に口を開いたのは由利菜。
「……ラシルの誓約が切れて、両親の下へは帰れるわね。ベルカナの正社員を目指すこともできるし、エージェント業で得た資産の運用でお金に困ることもないと思うわ」
ぼんやりと浮かび上がる未来図を追うように空を見上げ、しかしすぐに首を左右に振る。
「でも……リディスやラシルと永遠に会えなくなる方が、今の私には辛い。だから、異界の扉が消えて欲しいと願えば、それは嘘になる……私の両親なら、きっと大丈夫。私よりずっと、身も心も強い人たちですから」
『……ユリナだって強いよ。親友のあたしが保証するから』
偽りない気持ちを吐き出した由利菜に、温かい気持ちを覚えたウィリディスは微笑で答えた。
「――くだらない」
しかし、リヴィアの声音は逆に冷え切っていた。
「たとえジブリールがいなくなっても、私は真理の探求と解明に動くだけよ。今までと同じように、ね」
目的のためなら手段を選ばないという姿勢を固持するように、腕を組んで由利菜を見下ろすリヴィア。
鋭く無機質な視線のまま、右手で強くつかむ機械化した左腕から、カチャリ、と小さく部品が鳴った。
「……任務はあなたの護衛です。今は槍を向けることはしません」
対する由利菜も強い眼光で睨み返し、「ただし」と前置きした後で言葉を続ける。
「自分達の自己満足の為に、この世界の全てを犠牲にすることをよしとするなら――今後、容赦はしません」
「それは怖い。肝に銘じておくわ」
かつての【神月】と同じような真似はさせない。
そうすごんで見せた由利菜だが、リヴィアは飄々とした態度で躱された。
『ついでですから、あなたに渡しておきます』
「これは?」
徐々に険悪な空気が広がる中、意識を浮上させた風架がリヴィアへ1通の手紙を差し出した。
『実際に戦って判明した『王』の能力についての記録です。情報は集めているでしょうが、多いほどいいでしょう?』
「……そう」
蕾菜の顔で笑みを作った風架をしばらく見つめ、リヴィアもふっと微笑を浮かべて受け取る。
『戦った自分が主観的な考察を省いて事実のみを簡潔に纏めたものですが、さらに詳細なものは正式に同盟を結んだ後でキュリスさんにでも請求を』
「参考にさせてもらうわ」
風架があえて『王』という脅威やキュリスの名を出したのは、裏にリヴィアへの『牽制』があった。
マガツヒとの共闘が失敗した今、セラエノがH.O.P.E.と再び対立すれば敵を増やすだけ。
そう笑顔に込めた風架の真意は伝わったようだが、リヴィアの笑みはどこか挑発的だった。
『目的あっての行動でも、長が自らなんて無謀ね。それで? H.O.P.E.との関係を切る算段は整ったのかしら?』
疑問の体だが断定的なメリッサの声を押しとどめ、拓海はそれでも微笑んでみせる。
「仮でもオレ達は……少なくともオレはまだ、仲間だと思ってるよ。無事で良かった」
リヴィアが清十郎へ持ちかけた話の内容も、それが意味することも知っている。
それでも、断ち切れる寸前の繋がりを諦めない拓海の想いは、リヴィアの視線とともに切られた。
「お前達の事を逐一報告しろとは言わない。だが、今回は軽率だったな。最悪死んでいたかもしれない」
また、ずっと黙っていた仙寿も口を開き、流し目でリヴィアを睨む。
「そこまで真理に拘るのは父親の為か? ……異世界に父親を探しに行きたいように見えるぞ」
「違うわ」
否定は強く、早かった。
「私は私のために真理を探求しているだけよ。父は関係ない」
煩わしいと全身で伝えるリヴィアの態度を受け、ひとまず仙寿は矛を収める。
(……なあ先生? これって、もう一戦ある流れじゃないか?!)
『完全に否定はできませんが、わくわくするのは少し違うと思いますよ?』
なお、戦いの熱が冷めないシュエンは意識内でリシアにたしなめられていた。
『――報告は以上になります』
「……そうですか。ありがとうございます」
数日後、ジーヤから事件のあらましを聞いたキュリスは感謝の言葉を述べて通話を切った。
「リヴィアさん……貴女は今、何を見据えているのですか?」
どこか遠くを見る目をしたキュリスは、誰に聞かせるでもないつぶやきをこぼす。
そして、この日以降、リヴィアやセラエノからの連絡は完全に途切れた。