本部

【終極】連動シナリオ

【終極】神無月夜の偶人刀

形態
イベントショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/10/20 21:37

掲示板

オープニング

●ふたたびの夜

 ──それとは知らずに、ではあるが……。
 そのビルの屋上に建つ社(やしろ)には、かつて愚神が祀られていた。

 正確には、祀られていたのは愚神自身ではなくその身体の一部である。
 昔、「人喰らいの刀」と呼ばれていた刃があった。
 今思えば、それは恐らく愚神の特性として「刃」が周囲のライヴスを奪っていたのであろう。
 現代においてとある一族がそれを封じ──恐らく現代で言うところのオーパーツ的な物質を使って──「刃」を銅剣の中に埋め込んだ「御神刀」を作り出した。
 封印した一族は「神代(かみしろ)」と名乗り、代々この「御神刀」を護ってきた。
 二〇一八年、現在。
 その刀は愚神に奪われ、すでに「ここ」には無い。
 本堂の手入れは行き届き、敷かれた玉砂利は綺麗に掃き清められていたが、この社には未だ祀る神は居らず……。

 神代 桐生(かみしろ きりお)はボールペンを走らせていた手を止めた。
 二〇一八年九月二十五日、その夜は満月だった。
 日本では旧暦の十月を神無月という異称で呼ぶ。
 今はまだ長月。
 神が出かけるにはまだ早い──

「──誰か居るのですか?」

 桐生が声をかける。
 満月の下に少女が居た。



●影
「どういう……こと……」
 それを見たH.O.P.E.のオペレーターは言葉を失った。
 とある曰くつきのビルがドロップゾーンと化した。
 こんなご時世である。取り急ぎそこへ斥候として数名のエージェントが向かい──彼らは全滅した。
 彼女は、彼らから受け取ったデータを持って新たなエージェントの下へと駆けだした。

 ブリーフィングルームのスクリーンに表示されたのは十五、六歳ほどの一人の少女だった。
 市松人形のような娘──切りそろえた前髪とおかっぱ髪と朱色の着物がそんな印象を与えた。
 白目のほとんどない黒い瞳で月を見上げる少女は、白い手に日本刀を下げていた。
 ──彼女を、H.O.P.E.の人間の多くは知っている。
 【神月】作戦で撃破されたはずの愚神十三騎《虚の刃》神無月。
 今回のビルは愚神・神無月が初めて出現したとされる場所でもあった。
「斥候として潜入したエージェントたちが遺したデータによると二〇一五年に出現したドロップゾーンと変わらないようです。あの頃のデータはほとんど残っていませんが、少しの写真と当時の救出対象だった女性が送って来た地図が残っていました」
 スクリーンに手書きの地図と、幾枚かの写真が表示される。


  一枚目『ビル』。
 八階建てのほとんど装飾の無いのっぺりとしたビルが映る。
 中央入り口に入ってすぐに八階までのエレベーターが、右奥に屋上まで続く折り返しの階段がある。
 二階から七階にはテナントが三店舗ずつ。
 屋上直下の八階は横長の広いイベントスペース、エレベーターを挟んで右にレストラン、左に本屋がある。
 イベントスペースには中央に鍵のかかった大きな観音開きの窓がひとつあり、レストランには壁一面にガラスがはめ込まれている。また、エレベーターの裏には非常用の梯子が隠されており、登りきり天井を押し上げればドロップゾーン中央に出ることが出来るが、同時にそこは従魔の輪の中心となる。
 なお、本屋の真上が本殿となるが、屋上がドロップゾーンと化しているため、天井を破り上階へ突破する方法は使えないと書かれている。

 二枚目『ドロップゾーン』。
 一階から屋上まで続く折り返しの階段。
 登り切って屋上の扉を開くと、庭園に出る。
 扉から二十メートルほど先には社があるが、扉から社までの間には玉砂利が敷き詰められたスペースがあり、更に五体の従魔が大きく円を描くように並んで佇んでいる。
 所々今は緑の桜の樹が植えられ姿を隠せるが、玉砂利を踏めば大きな音がする。
 社の切妻造の大きな屋根の上に愚神が居り、侵入者に気付けば様子を見ながらゆっくりと降りてくるだろう。

 三枚目『拝殿および本殿』。
 正面に短い階段のある社。広めの拝殿を抜け、石敷きの道を通った先に小さな本殿があるが、そこには何もない。
 拝殿、本殿には従魔は入れるが、愚神は何故か入れない。
 今はこの建物を守る御神体こと「御神刀」はないが、神無月の「影」もまたこのルールを守っている。

「ちなみに、今回は夜ということもあり、ビルの中には人は居ません。中には、居ませんが──」
 オペレーターは言い淀み、そして続けた。
「ご本人からは言わないで欲しいと連絡がありましたが、実はこの社の拝殿にはこのドロップゾーンを発見した『通報者』が居ます。彼の名前は神代 桐生。このビルのオーナーのお孫さんです」
 高校生の桐生は小説家を目指していて、この社と社に祀られていた刀の物語を書こうとしていたという。それで、祖父に内緒で深夜にビルに忍び込み──愚神を見つけたのだという。
「幸いにも彼は元ゾーンブレイカーである親類に御神刀の欠片を託されていました。彼はそれを持って拝殿に篭っています。ただ、以前の報告にもあるように、いずれ従魔が動き出せば拝殿に押し込まれて彼の命もないでしょう。しかし、一般人を守ってのトリブヌス級愚神との戦いは無謀だと、彼は自分の存在をエージェントに話さないようにと通報時に依頼しました。
 ですが……」
 オペレーターは困ったように笑った。
「正義の味方(H.O.P.E.)としては、それを告げないわけにはいかないですよね」
 神無月の「影」は、【神月】作戦の彼女よりは明らかに弱体化しているというが、それでもあくまでトリブヌス級愚神だ。



●桐生
 ──あれが、愚神・神無月……。
 拝殿の細く開けた扉から、桐生は外を見ていた。
 ドロップゾーンに浮かぶ、スーパームーンのような巨大な月が屋上を煌々と照らしていた。
 神無月は自我が無いように見えた。
 桐生を見ても興味を示さず、気付いた彼が拝殿に転がり込むのを無表情に見ていた。
 だが、その後、玉砂利の上に現れた鎧武者たちはそうはいかないだろう。
 ──僕は死ぬかもしれない。けれども、僕の書いたこれだけ、遺せればそれでいい気がする。
 桐生は神無月の姿とドロップゾーンの様子を手帳に事細かに書き記す。
 ──でも、できるのならば、エージェントの姿を一目見て、それから……。
 青年は守り袋に入った、御神刀の欠片をぎゅっと握りしめた。

解説

●目的:神無月の撃破
 ※桐生が死亡した場合は成功度が下がる

ステージ:23時頃、屋上がドロップゾーンのビル

●敵
従魔:鎧武者姿のデクリオ級従魔五体
動きは遅いが攻撃力は高めで連携を組んで戦うことはない

〇トリブヌス級愚神・神無月の影
愚神・神無月は(恐らく)元カオティックブレイドの強力な戦士であると思われる
だが、王達への敗北により完全に愚神化、愚神十三騎の一柱として忠誠を誓っていた
今回の「影」は2015年「神無月夜の偶人刀」シナリオ時点での能力で出現
言葉らしきものは交わせるが意思はない

特殊能力:《斬星截天》《虚の鎧》《上天驟打》
ステータス:物攻B 物防C 魔攻D 魔防A 命中B 回避D 移動D 生命B 抵抗A INT D

・虚の鎧:全身に纏うパッシブスキル、魔法防御力が高く追加効果を抑制する
  これによって痛みを感じず、死角を取られることには無頓着である
・斬星截天:静かな動きで見えぬ衝撃を放ち、空間を抉り衝撃と後退効果を伴う攻撃(連続使用可)
・上天驟打:多数の刀を召喚して複数の標的へ放って攻撃するカオティックブレイドの技


●NPC
・神代 桐生
厭世家の男子高校生、三年
小説家を目指しているがなりたいわけではない
この世界において、リンカーにもなれず、また何者でもない自分に不満と絶望を抱いており、
祖父のビルで起きた事件と愚神に強く惹かれているが
PCたちには従い、邪魔をしたりはしない
オペレーターを通じて、彼のメールアドレスをPCたちは知っているので指示を出すことはできる
奥の本殿ではなく、手前の拝殿に隠れて外の様子を見ている
御神刀の欠片:拝殿・本殿内では神無月避けの力を持つ(PCには使えない)

リプレイ


●偽月
 神無月は神の居ない十月の別称であるがその異称としても今はまだ長月。
 だが、ここに在るのは愚かな神ではなく、終極を迎え過去の残影が歪に滲み出ているに過ぎない。
 屋上へと続くドアの前で、荒木 拓海(aa1049)は神無月が社に近づかないという報告を思い出し、ふと浮かんだ疑問を口に出した。
「取り込まれてる刀が、真に仕える者が居た事を覚えてるのかな」
『または、敵わぬ何かと記憶してる……とかね。効果が消えない間に倒しましょう』
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が心配そうに社を見遣った。
「彼我の戦力比を見取るだけの眼力がありながら、何か勘違いをしているようであるな。その若者は」
 ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)へこぼす。
 桐生のことである。
 ──愚神を倒すためとはいえ、自分の存在を秘匿せよなどと勘違いも甚だしい。無辜の犠牲者の上に成り立った勝利など、何ほどの価値もないというのに。
 ソーニャたちは愚神に呑まれた祖国を取り戻す解放戦線を進めている。その勝利の為には必要なことは何でもやる覚悟だが、それは勝つために何をしてもいいということでは無いのだ。
「何かのために、捨てていい命などない。小官は件の若者の保護に向かう」
 きっぱりと言い切るソーニャ。
「ソーニャ、何かあったらすぐに連絡しろよ」
 日暮仙寿(aa4519)がそう言うのと同時に、不知火あけび(aa4519hero001)も一人往こうとする戦友へと回復薬を差し出した。
 しかし、一瞥して断るソーニャ。
「戦友であるからには信じてもらおうか。小官の事を気にかけて存分に戦えるほど、トリブヌス級はぬるい相手ではない。だから、その心だけもらっておく」
 驚きののち、込められた気持ちに気付き、仙寿とあけびは微笑して頷いた。
「……そうだな。お前の信に応えられるよう全力を尽くす」
「桐生君の事、頼んだよ!」
 八朔 カゲリ(aa0098)と共鳴していたナラカ(aa0098hero001)がそっと能力者を突く。
『どうする──問うまでもないか』
「……」
 カゲリは普段とは変わらぬ様子だった。だが、その眼差しは真直ぐに扉の向こうに居るであろう神無月の影を見ている。
 【神月】にてトリブヌス級愚神、そして、愚神十三騎・神無月へ最後の一撃を放ったのは彼だ。
『――かつての残影。かつてを真打とするならこれは宛ら影打と言ったところかね』
 ナラカがそう評するあれをカゲリは再び討つつもりだ。無論、あの時の仲間は居ないが彼は揺るがない。
「過去の残影に足を曳かれるつもりはない。かつてと同じく、打ち倒して進むまで」
 カゲリの揺ぎ無い意思を感じてナラカは笑む。
「そろそろだ」
 迫間 央(aa1445)は細く開いたドアから見える少女愚神の姿に構えを取る。
 彼の知る神無月と比べれば、此れは随分『小さい』と、今の彼には感じることが出来た。央は破邪のいわれを持つ天叢雲剣の柄を握り込む。


 《リンクコントロール》によって絆を高めた墓場鳥(aa4840hero001)とナイチンゲール(aa4840)は能と徴を統合した”ひとり”として戦場に立っていた。
「──出るよ」
 一人、エレベーター裏の非常用梯子でナイチンゲールは通信機へ囁いた。
『気をつけて』
 仲間からの返答を確認すると出口のハッチを跳ね上げ、踏み桟を蹴って飛び上がった。軽やかな着地と共に足元で玉砂利が音を立てるが、気にせず、真直ぐに顔を上げる。目の前の社を見て、それから切妻造の大きな屋根の上で月を眺める日本人形のような少女の姿に目を留めた。
「……綺麗」
 周囲で殺気が膨らんだ。
「こんばんは。素敵な夜だね」
 じゃり──。闇の中、自分を囲むように四方八方で動く従魔の気配を彼女の張り詰めた五感は捕らえた。
「ん、そろそろやる?」
 抜き放たれた刃、押し寄せる敵意へ、銀晶盾ウィオラファラーシャを構えた彼女は《守るべき誓い》を発動した。



●鎧武者
 ナイチンゲールが飛び出したと同時に、階段側のドアが開く。向こうに広がるドロップゾーンの空気は外界のそれとはどこか違って感じた。
 月光を央の影がすり抜けた。次いで仙寿、遅れて拓海。そして、氷鏡 六花(aa4969)、カゲリ、ニノマエ(aa4381)と続き、最後に飛び出たソーニャのみが拝殿を目指す。
 玉砂利を踏みつける音が闇に響く。
「神無月……!」
 独り、立ち止まった六花が叫び魔法書を開く。護符を終焉之書絶零断章に挟み込むと、ダメージ・コンバートの力により出現した巨大な氷槍の纏うライヴスの彩が鋭く変わった。物理的な力を得た氷槍は避けようとしない愚神の腹を抉らんと夜を裂く。
 砕けた瓦が吹き飛び──だが、それだけだった。
 《虚の鎧》でそれを受けた神無月は無言で六花を見下ろした。
『流石に、一撃で貫くのは無理のようね』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)へコクンと頷く六花。
「少しでも削って、意識がこちらに向けば……それで充分」
『そうね。じゃあ、行くわよ』
 六花の前を走るニノマエが玉砂利を派手に蹴り飛ばす。ぴくっと音に反応した一体を見定めた。
「一体は請け負う」
 頷く拓海はアックスチャージャーを始動させた。


「っ!」
 五体の鎧武者の攻撃を耐えるナイチンゲール。
 仲間たちはまだ遠い──はずだ。
 静謐な光の中で、ヒラリと花弁が舞った。違う、影を収縮したそれは青い薔薇と桃色の桜の花弁だ。
 突如、二色の大きな花の嵐が巻き起こる。
 シャドウルーカーの《繚乱》。
『待たせた』
 渦巻く花嵐へ呑み込まれる従魔たち。花の中のナイチンゲールへ、尊大に央が笑い、彼と対向した仙寿が隙無く構える。
「逸るのは構わんが、しくじるなよ? 仙寿」
「それは此方の台詞だ、央。因縁の敵なのだろう? 援護は任せろ。仕留めに行け」
 玉砂利が派手に弾けた。抉れた地面の向こうには刀を抜いた愚神の少女が立つ。戦況を確認した央は頷き、剣先をそちらへと向けた。
「ああ……厚意に甘える」
 仙寿はナイチンゲールと視線を交わすと入って来た入口へと走る。それを追う従魔。そして──央は神無月との距離を詰めた。
「これが、三度目の対峙ならば……」
 此度こそは、月を破る。


「っう!」
 仙寿を追って走るナイチンゲールへ鎧武者がその刀を振り下ろす。声を押え耐えるナイチンゲール。
「左一番目は貰うよ」
 声と同時に、ウコンバサラの連撃が鎧武者の兜を吹き飛ばし、鎧をひしゃげさせた。
「仕留める!」
 アックスチャージャーでライヴスを溜め込んだ強力な一撃を受けた鎧武者は刃を振り回した。浅く拓海の肩から血が噴き出たが、それを無視して彼は一気呵成を叩き込む。
『今よ、拓海!』
 メリッサの声と共に崩れ落ちた鎧の隙間に追撃すると、無人の鎧は弾け飛んだ。
「一体!」
 仲間へ向けた拓海の声が響く。
 ニノマエもまた、自ら決めた一体の従魔と相対していた。
 繚乱によって翻弄が残っている敵の攻撃を避けながら、彼は剣戟を繰り返して逆に神無月の方へと圧していく。
 それに気付いたのか、刃を交わしていた央が跳び退った。
『いける』
 ミツルギ サヤ(aa4381hero001)の合図に、夜空にずらりと並んだ剣たちが鎧武者と神無月に降り注ぐ。
 ……カオティックブレイドの《ストームエッジ》だ。
 神無月の影が顔を歪めた気がした。
『仲間に向かって剣は振るえぬのだろ?』
 従魔を盾にするように位置取りをしながらサヤは嘯く。
「カオブレの鉄則……か」
『武人として魂に刻み込んでいればこそだ』
 答えるサヤ。


「……ここに、いて!」
 六花のブルームフレア「氷炎」が従魔たちを焼く。
『ニノマエさんが一体を押えてる。六花がバックアップ、二体が小夜を追って──拓海さんが一体撃破したよ!』
「そして、俺が一体──残りは!?」
 鎧武者を押し止めながら仙寿が小烏丸を鎧の隙間を狙って繰り出す。
「後ろだ、ナイチンゲール」
 カゲリの天剱が鎧武者を突き刺す。そこへゴーストウィンド「雪風」が吹き付けた。
「ありがとう。カゲリ、六花!」
 盾に体を隠しながら従魔へアタックを仕掛けつつ、ナイチンゲールが叫んだ。
「ソーニャ、お願い!」



●ソーニャ
 社の扉は薄く開いていた。
 それは桐生が外を覗いていたからだ。
 桐生は、ずっとリンカーは『ヒーロー』だと思っていた。しかし、確かに彼らは『ヒーロー』ではあったが、創られた無敵の勇者ではなかった。
「なんで」
 青年は震えながらも目を離すことはできなかった。
 ──むりだ。
 突然、彼の肩が掴まれた。
「ひっ……ぐ」
 悲鳴を上げた彼の口が塞がれ、共鳴したソーニャが逆の手で纏っていた新型迷彩マントを脱いだ。
「勇気ある無謀な若者は貴公か」
 二メートルをゆうに超える人型戦車に抑え込まれた桐生は両眼に恐怖を浮かべながら訳も分からず頷いた。
『少佐』
「……うむ。落ちつけ、H.O.P.E.だ。脱出するぞ、神代 桐生」


 従魔を片付けた仙寿は素早く央の下へ戻ると再び神無月へと仕掛けていた。
「!」
 何か気付いた神無月が社を振り向く。
 攻勢を強めるエージェントたち。
「──神無月は、俺が能力者になる前の敵。その在り様はかつての俺に似ているように思う」
『仙寿様……』
 敵の刃をくぐり、守護刀「小烏丸」を振るう仙寿がぽつりと言った。
「今は違う」
 あけびが頷く。
「俺が刀を振るうのは守るべき誰かの為だ。桐生は絶対死なせない」
 小烏丸の刃が月光を弾いて鈍く光った。
 ──この愚神に友を追わせない。
 虚の鎧によって痛みを感じぬ神無月は打ち込まれた攻撃を振り払い、強引に距離を取った。
『行かせるな、ニノマエ!』
「言われなくとも、だ!」
 サヤの声に応じて黄銅に輝く刃が最後の従魔と愚神へ降り注ぐ。弾け飛ぶ鎧武者と……それでも、平然と受ける神無月。
 ガシャン!
 巨大な月を背にロボット然としたシルエットが屋上のフェンスを乗り越えるのが見えた。ロケットアンカー砲によって身体を固定したソーニャだ。
 神無月は刀を振りかざした。
 ──『今度は』逃がさぬ。
 斬星截天──切っ先がソーニャを指そうとした。
 気付いたソーニャは護るように腕の中の桐生を抱き込む。
「……戦友たちに敵を任せきること。それができるのは、轡を並べなくとも共に戦っているからだ。解るか、青年」
 桐生ははっとして共鳴したソーニャの無骨な面を見上げた。
 ……理解した。
 彼らが無数の傷と血を流し、鎧武者一体一体に張り付き愚神の動きを封じたのは、先ずたった一人の民間人(じぶん)を逃がす、ただそれだけの。
「これを!」
 ソーニャの腕の中でもがきながら桐生が何かを放り投げた。
「神代さん、を……!」
 六花の巨大な氷の槍が神無月を打った。
「させない!」
 新たな守るべき誓いを使ったナイチンゲールが射程内へ滑り込んだ。後を追う従魔へ拓海が組み付く。
 神無月の一撃によって玉砂利と木々が吹き飛ぶ。

 そして、ソーニャは桐生を抱えてビルを飛び降りた。



●終影・神無月
 粉塵に混じって燃えるようなライヴスを放った小さな欠片が落下していった。
 桐生の放った御神刀の欠片であったが、神無月を除いたその場の誰もそれを知ることは無かった。
 欠片は静かに神無月とフェンスの間に歪な線を描いた。
「……っ」
 落ちていく鬼火のような燐光の中で、崩れ落ちるナイチンゲール。それを少女愚神がじろりと睨み──動く前にカゲリの一撃が叩き込まれる。
 時が再び動き出した。
「小夜!」
「小夜啼さん!」
 自分の身を案じる仲間たちへ、ナイチンゲールは小さく頷いて見せた。
「散開するんだ!」
 上天驟打を警戒した央が叫び、銀腕から剣型のビームを放つ。
 ──剣を執れ、ヌアザの銀腕!
 央の一撃が吸い込まれた所を狙って続けざまに仙寿が刃を走らせた。上天驟打を撃ち逃した神無月は睨む。
 仲間の戦いから目を離さずに、補助武装に手をかけたニノマエは相棒へと語り掛ける。
「ミツルギ、おまえ本来の長ったらしい名前な。……今は俺にも認識できるんだ」
 一瞬、言葉を失うサヤだったが。
『……世界蝕の影響か。いや、しかし。この世界でおまえに名乗った名前こそが今は真だ』
「おまえ……」
 頷く英雄の気配を感じながら、ニノマエは換装したジャングルランナーを愚神に向けた。
『行くぞ』
 頷くニノマエ。
 ライヴスによるマーカーが神無月を捕らえる。
『ニノマエの剣【ミツルギ サヤ】参る!』
「応。虚の鎧、実の剣でぶち破るぜ!」
「!?」
 突然襲い掛かったニノマエの一撃を受け入れる神無月。だが、反射的に突き出された刀がニノマエの身体を裂く。
「……くっ!」
 押し返すようなその一撃。だが、ニノマエはジャングルランナーで即座に距離を詰め再び、食らいつく。
「上天驟打で薙ぎ払われるよか、マシだ」
『ハハハッ……ニノマエらしいな!』
 背後に仲間の気配を感じながら、相棒の台詞にサヤは笑う。


「……大丈夫。行って」
 拓海と六花に守られながら、賢者の欠片で回復したナイチンゲールは弱々しく微笑みを浮かべた。
「……荒木さん?」
 その時、六花は隣の拓海の異変に気付いた。
 ソーニャと、何より桐生を生かすのならばあれが最良であった。なのに、優しい兄のような彼は悔恨の情にかられている。
「……あ」
 言葉を探す。
 神代さんは守りたかった、それは自分も同じなのだ。だが、今の六花には彼を癒す言葉が喉に詰まったかのように容易に出て来なかった。
 しかし。
「……ありがとう。六花ちゃん」
 言葉に出来なかったそれを汲み取って、拓海は微笑むと自分の両頬を叩いた。
「──ごめん。行かなきゃ、だね」
 ナイチンゲールがふわりといつもの優しい微笑を浮かべた。
「ありがとう。それから、拓海さん、六花、お願い」


 央の正眼に構えた刃から繰り出される猛攻を神無月の刀が防ぎ損ねた。
「今だ!」
 短い央の合図を受けてエージェントたちは一斉に動いた。
「くっ!」
 ──虚の鎧破り。
 それはかつてのオリジナルを調べて戦いに挑んだ彼らがはなから狙っていた作戦だった。
 その攻撃が、勝機とばかりに一段と激しさを増す。
「本当に成す事が有ったんじゃないのか? 仕えるは王じゃない、自身の有り方に戻れ」
「自身、など──」
 六花の遠距離からの援護を受けて、拓海のチャージを重ねた疾風怒濤に神無月は顔色を変えた。
「破るぞ!」
 ニノマエの声に先駆けて素早い仙寿の刀としっかりと撃ち込むカゲリの剣が神無月を怯ませた。
 そして、ニノマエが《エクストラバラージ》と《イノセンスブレイド》を重ねた渾身の一撃の、その切っ先が虚の鎧を打ち破り、少女愚神の肉体へと届いた。
 剣を握る央の指に力が篭る。
 信じられない、と目を見開き、影は、初めて言葉を発した。
「──邪魔だ」
 地を蹴った央が再び間合いを詰めて攻撃を繰り出す。突き出した剣が今度は容易く神無月を突く。
 突然の痛みに少女愚神が悲鳴を上げた。
「ふざけるな……ふざけるな!」
 マイヤが冷ややかに嘯く。
『鎧の過信かしら? 剣での駆け引きが貴女にはない。何度でも出し抜いてみせるわ』
 天叢雲剣にかかった《毒刃》が神無月を傷つけたのだ。
「お前が無限の剣を放とうと、対する俺は究極の一。出した剣を飛ばすだけのナマクラで俺達は倒せん。
 行くぞ、神無月。──武器の貯蔵は十分か?」


「行くぞ、央!」
 仙寿と央が毒刃と縫止を使い、神無月の動きを阻害して流れをこちらへと引き寄せる。
 その間で、今度はカゲリが正面から愚神との剣戟を交わす。
 否、一心に打ち込むカゲリとは別に、影もまた、執拗にカゲリへと刀を向ける。
 血を流しながらも変わらず繰り出される強力な一撃はカゲリの身体を容赦なく壊してゆく。
『かつてと同じように挑めば、かつてと同じように勝てはするかも知れぬ。だがそれが王道かと言えば否だろう。かつての道をただなぞって、得られる勝利に何の意味があろう』
 赤く濡れたカゲリへ、俯瞰の神鳥が囁く。
「カゲリさん!」
 傷を押して立ち上がったナイチンゲールが声を上げる。
 無言の打ち合いの果て、カゲリの血が四方に赤く散った。
 ……これは影。打破した愚神のリピートに過ぎない。それでも、六花にとってはこれもまた愚神であった。彼女の心にまた冷たい怒りが蘇る。
「……ん。愚神を、逃がせば……また、誰かが、悲しい思いをする……の。愚神は、ぜんぶ殺す……」
 高速詠唱を唱えた血彩の氷花を取り出した。六花自身の血から生み出した呪いめいた禍々しき品であり、またこれは愚神を滅する彼女の覚悟の証だ。
 拓海が思わず息を飲む。魔血晶が砕けた後、六花の背後には──血にまみれた氷槍が現れた。
「貴女のことも、ここで殺してあげる……から」
 闇を裂いて、赤い氷の槍が愚神の胸を抉る。
「──く、くぁああああっ!」
 吼えながら、神無月は氷槍を叩き折る。
「広がるんだ!」
 央の警告と同時に ずらり、巨大な満月の前に染みのような闇色の刀が並んだ。
 上天驟打。
 豪雨のような刃がドロップゾーンに降り注いでずたずたに引き裂いた。
『──央!』
 マイヤの声に央は閉じた目を開ける。
「大丈夫だ──本物ほどじゃない」
 埃で汚れた顔を拭うと央は飛び退って賢者の欠片を掴む。同じく、傍に居た仙寿も頷くと後退する。
「今度は──間に合った」
 六花の前で浮遊する飛盾「陰陽玉」の後ろで拓海が膝を着く。
「一旦下がるから、少し任せる」
「……ん。任せて」
 頷いた六花は拓海の前に進み出て、後退した仲間たちを守るように再び氷槍を呼び出す。
「……さて」
 徐に立ち上がるカゲリ。その足元に砕けた奇蹟のメダルがばらばらと落ちた。
 黒焔を帯びた燼滅の王が腰までの髪を無造作に払うと、炎は黄金へと変わった。
「“ぶれいぶないと”としての十全は先の戦で覚者が示した。ならば此度は私が神威として今持てる十全を示そう」
 いつの間にかカゲリの姿は消え、それは妙齢の着物姿の女性と変じていた。
「ナラカ……さん?」
 ナイチンゲールがぽつりと呟く。
「人の身で、このような数で”とりぶぬす”なる愚神を倒すならば、はて、代償はこれくらいで良いものか」
 好戦的に笑った女性の突き出した指先でライヴスソウルの宝石が砕け散る。
 その場に居たエージェントたちの顔が険しくなる。
「―― 一切群生蒙光照。我が焔の輝きは遍く塵刹を照らす」
 異世界の宝石に込められたライヴスが解放され、ナラカの身体に満ち溢れる。
「此処で朽ち果てるがいい、神無月」
 天剱を掴んでナラカが走る。
「小さき、者が!」
 神無月が刀を振り上げると、刃と刃が火花を散らした。だが、ナラカの一撃はそのまま刃を払って神無月の身体を縦に斬りつける。
「!」
「波を止めるな!」
 傷を癒した拓海、央、仙寿、そして、ニノマエが参戦する。
 影は──たしかに弱体化していたが、それでも、トリブヌス級と数えられた存在であった。
 しかし、けれども!
 【神月】のアル=イスカンダリーヤの戦いから過ぎた時と同じだけ、人は研鑽を積んで来た。
「意志なき今の汝に負けるほど──我等も私も歩みを止めていないのだよ」
「……──」
 最後のナラカの一撃が神無月の腹を貫くと、声も無く影は霧散した。



●希望
 空には煌々と光る月。
 ビルから脱出したエージェントたちはソーニャたちと無事合流を果たした。
 彼らは停めた車の前で銘々、傷を癒しながら休息をとっていた。
 リンクバーストをしたカゲリは満身創痍の身体を既に車内へと運び込まれていた。
 共鳴したままの央は、改めて黒い塵となって消えた愚神の影に想いを馳せる。
「……ヘイシズの事を思えば、神無月もかつて愚神の王と戦った勇士だったのかもしれない」
『そうかもしれないわね』
 央の中で、マイヤが静かに寄り添ったのがわかった。央は散って行った愚神たちを思い、強く心に誓った。
 ──俺達の行く末、お前達に示してみせる。


 傷の深いナイチンゲールも共鳴したままで静かに月を眺めていた。
 意識は依然統一化されたままであるが、胸中にはとりとめない想いが泡沫のように浮かんでは消えていた。
 消えた神無月の在りようはどうしても哀れで、なにゆえにと思わざる得ない。そのまま、愚神、英雄、そして王をと、思索にふけっているとすとんと胸に落ちるものがあった。
「……そっか。私達みんな、ずっと見てきてるんだ」
 ──王のこと。それなら……。
 彼女は友人たちへそっと声をかけた。
「ねえ、六花。ひとつお願いがあるの。──アルヴィナ達のこと、心から信じてあげて」
 声をかけられて、六花は小首をかしげた。
 構わず、彼女は続ける。
「仙寿、あけび。いつかの約束、きっと最後まで果たしてね」
 不思議そうな顔をする彼ら、誰へというわけでもなく、彼女は話を括った。
「そしたら、王に“絶対勝てる”から」
 友人たちからの答えを待たずに、ナイチンゲールは彼らに背を向けて離れる。
 ──たぶん、最初からそう宿命づけられてるんだ。だから英雄がいて、能力者がいる。
 それは、なんて哀しいんだろう。
 だから、『彼女』たちは月を見上げて、その瞳から──誰のものとも知れぬ泪を一筋、流した。


 ソーニャの腕から解放された桐生はへたり込んでいた。余程力んでいたのだろう、四肢に力が入らない。それでも、自分を守ってくれたエージェントに礼を言おうとして、彼は息を飲む。
 無骨な人型戦車の前には軍服を着た年端も行かない赤毛の少女が立っていた。
 桐生にとって、そして、多くの人々にとって、人類の何割かに過ぎないリンカーは『強力な力を得た特別なヒーロー』である。その力を得ることを羨み疎んじ、世の為に戦うことを当然と思う者も多い。
 だが。
 リンカーの少女は大人びた笑みを浮かべた。
「さて、この青年はだいぶ疲れているようだ。運べるか」
『お任せを』
「へ? う、うぇえ!?」
 上官に応じてラストシルバーバタリオンが動き出し、桐生を抱え上げた。
 元気な桐生の姿に拓海がほっとしたような表情を浮かべる。
「ソーニャ、お疲れ様!」
 共鳴を解いたあけびが駆け寄る。
 あけびだけではない、多くのリンカーたちが共鳴を既に解いていた。
 そのあまりに──普通な顔ぶれに気付いた桐生は顔を強張らせる。
 無論、整った顔立ちの者も鍛えた身体を持つ者もいるし、身のこなしは歴戦を経験したそれであろう。けれども、街ですれ違って、彼らがリンカーだと、H.O.P.E.のエージェントだと気付くことが果たしてできるだろうか。
 桐生の様子をどう受け取ったのか。メリッサは明るく彼に声をかけた。
「無茶な事を言ったわね? ……でも、貴方にしか出来ない事、見付けられたのじゃない?」
 自分の存在を秘密にして欲しいと伝えたことが筒抜けだったと気付いて桐生は赤面した。そうだ、H.O.P.E.が彼の無駄な自己犠牲を尊重するはずもなかったのだ。
「……ん。……神代さんが……無事で……良かったの」
 彼の無事を喜ぶ六花が、躊躇いがちに小声で尋ねた。
「……六花たちの戦い……見て……、どう思ったのか、教えて欲しい……の」
 口籠る桐生にあけびも尋ねる。
「桐生君って小説書いてるんだよね?」
 すごいね、と言わんばかりのあけびに桐生は俯いた。
「いや、僕は……貴女たちのような傑物でもない。何者でもない無力なモブですし」
 卑屈な返答に仙寿は僅かに眉を顰めた。
 ──何者でもない? そんな訳ないだろ。
 けれども、そう言ったとしてもこの青年に伝わらないことは良く解っている。
「リンカーになると見えなくなるものも多い。それに愚神と戦える力が手に入ったって、結局は人だ」
 痛感したばかりのそれを、リンカー本人の口から言われて怯む桐生。
 しかし、仙寿はこう続けた。
「今のお前だからこそ、出来る事があると思う」
 ソーニャも頷く。
「うむ、血を流すばかりが闘いではない。自分にできることを精いっぱいやりぬいて生きることこそが、人々に希望を与えるのだから」
 あけびが明るい声を上げた。
「あ、じゃあ、今回の私達の戦い、小説にしてよ! 今度読ませて貰うからね!」
 はっと息を飲んで、桐生は六花に向き直った。
「貴女たちは……とても輝いていたよ。優しくて強い……けれど、僕と同じ『人』なんだね。本当は、僕もきっと抗わないといけないんだって思った。でも、今は言葉が見つからない。……ねえ、僕はいつか書き上げるから、それまで」
 桐生は六花とエージェントたちへ懸命に伝えた。
「どうか、無事で」

 終極を迎え、彼らの積み重ねたものが一つの節目として結実の時を迎えようとしていた。


結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

  • 燼滅の王・
    八朔 カゲリaa0098

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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