本部

リンカーストーリー 第三章

玲瓏

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2018/07/31 19:43

掲示板

オープニング

 二年もの間続けてきたリンカーへの取材。第三章が最後の取材となる。
 第一章、第二章と続けていかに彼らが人間性に満ちているかを伝えられたはずだ。英雄であると同時に人間であるという事実を読者の全員に伝えられたはずだ。リンカーは恋をし、人を愛す。時に鬼となり武器を手にするが、愛を護るためだったのだ。
 第三章では、彼らは人間であると同時に英雄であることを描く。
 具体的にいえば、彼らは生きている間に何を経験し、何を得たのか――をコンセプトに取材が行われるのだ。
 最後には彼らから、今を生きる人々へのメッセージも載せたいと思う。
 今、この文章を書いている時にはまだ、一体どんな話が聞けるのかは分からない。だから私は非常に興味深く、内心の好奇心を隠せない。
 この本を書ききるために二年も費やしたが、取材の間で私の中にも変化は生じていた。彼らと触れ合うだけで人一人の人生観に強く影響してしまう。なぜならば、彼らは一人一人が主人公であるから。
 物語で感動する時、大凡主人公が軸にいる。そして観劇者の価値観に響き渡り、問いかける。
 さあいざ行かん。英雄は何を知り、何を見て、何を感じたのか。どうして彼らが英雄と呼ばれるのか。

解説

●目的
 自分の事を語る。

●質問事項
 今までの経験で達成したこと、もしくは達成しようとしたができなかった事。
 そこから得られたものを語ってください。得られたものは物質的な物でも、教訓でもなんでも問題ありません。
 そして、最後には誰かに向けてメッセージを綴りましょう。誰かとは一番大切な人でも、今を生きる人々でも誰でも問題ありません。
OPでは今を生きる人々に限定してますが、リンカーの残すメッセージというのは誰の心にも響くので問題ナシです。
 その他、話したいことがあれば何でもオーケーです。

●文屋が訪れるタイミングについて、他
 彼は全くランダムな時間帯、場所にエージェント達を訪れる。任務の時を除いて、例えば買い物をしている所や仲間と遊んでいる時等に質問を持ちかける。そのため、二人以上のエージェントと同席して質問する場合もある。
 質問をしてくれた礼として、ジュースをお礼に渡す。無論、リクエストは受け付けます。
 更に家でお話を聞いてもいいのかと尋ねる。リンカーがどんな家にそれぞれ住んでいるのか。それも題材になるのだと。

リプレイ


 彼女達の事は覚えているだろうか。幼い少女は紫 征四郎(aa0076)と言い、英雄はガルー・A・A(aa0076hero001)と名乗る。彼女らは店を構えていて、私がここを訪ねたのは偶然ではない。
「いらっしゃいませ。少し久しぶり、ですね」
 紫はニコやかに私を出迎えてくれた。二年も前になるのに覚えていてくれたというのは、些か嬉しな事だ。ガルーはクッキーとお茶を盆に乗せて用意してくれていた。客間は涼しく、居心地の良さが私を歓待していた。
「店は休みだから、気にせず寛いでくれ」
「お心遣いありがとう。ではお邪魔します」
 二人は歴戦の猛者だということは、もしや読者も周知しているだろう。中には二人に助けられた人もいるのではないか。
 私は居住まいを正して本題に移った。
「では取材を始めよう。二人とも、何年もエージェントをやっているのだから思い出も詰まっているだろう。その中で、達成できた事もしくは達成できなかった事はあるのだろうか」
 前回、前々回と違って今回の質問は以上だ。長くエージェントを拘束するのも不躾であり、この問いはエージェントを語るにおいて最も適当な問いだからだ。
 紫は悩む時間も少なく、はきはきと言葉を紡いだ。
「達成できたこと、できなかったこと、きっといっぱいあるのですが。以前にインタビューされたことを思い出しました」
 第一章の言葉を私は想起した。父に関する言葉だ。
「征四郎は、達成できませんでした。父さまに認めて頂くこと。というよりも、きっと征四郎は、いろいろ間違えていたのです」
 強くて厳しい、誰にも負けない父さま。
 けれど、父さまもまた『怖かった』
 家を襲ったヴィランが。英雄が。征四郎が。
 彼女はポツリ、ポツリと雨が滴る時に似た声で私に語り掛けていた。一般市民がリンカーに対して畏れを感じるのと同じく、そしてそのリンカーが恐怖心を持つのもまた同じなのだ。
「父さまのこと、征四郎は何も見えてなかったのですね。それを無闇に信じて、頼りきりにしてしまった。……それでも、征四郎は強くなりたいです。強くなって、1人でも多くを守りたい」
 それが今の目標です、と彼女は締め括った。
「征四郎は、強くなったと思う。大きな課題をクリアしたからではなく。日々の小さな達成が、こいつの背中を押したんだと思ってる」
 二年前の彼女と比較する。彼女から流れる気泡は確かに変わっているのだと私は感じる。まだ幼いながら、表情は勇者だ。第一章と比較してほしい。文の上ながら、変化が見られるはずだ。
「俺様も同じように変われたのかどうかはわからないが……大事なものは、増えたと思う。征四郎の強さが大事なものを思う強さなら、自分の強さは大事なものが無いからこその強さであったんだろうな」
 私は前回よりも二人について理解できたと自負できる。紫とガルーは互いに無い物を持ち、それを尊重し生きてきたのだ。だからこんなにも逞しく、ヒーローとしていられるのだ。
 自分にない物を尊重するとは、非常に難しい。
「この先、共に歩けば、もしかしたらその道は違えてしまうのかもしれないけれど」
 ガルーはそう言って紫を見た。紫は「そんな事ないですよ」と言い返し、ガルーは微笑を浮かべた。
「……ああ。でも、俺様はこいつが、征四郎が相棒で良かったと思ってる」
 同じ言葉を以前も耳にした。私は永遠を信じなかったが、二人を見ていると信じる気になるものだ。
 最後に私はこう訊ねることにした。
「よかったら、今ここにメッセージを残して欲しい。友達や、親友や、恋人や。全世界の人に向けて、でもいいんだ」
 すると紫は小さく咳払いをして、こう言った。

「では――大事な人たちへ、征四郎はいつもそばにいる、と。そばに居られるように、強くなるのです」


 愛想の良い店員が値段相応のコーヒーやパンケーキを運んで机の上に置いた。
「取材に応じてくれてありがとう。買い物の最中に失礼……」
「平気だ。これまでの行いを振り返る良い機会だと思う」
 彼は御神 恭也(aa0127)と名乗り、隣でケーキに手を付けているのは英雄の不破 雫(aa0127hero002)という。コーヒーが冷めてしまう前に私は取材に移ることにした。
 御神は私の問いに悩む時間が終わると、真っすぐに答えてくれた。
「充実感と、個の弱さを痛感したことだろうか」
「ふむ、ふむ」
「家業でボディガードを請け負っているが、仕事が終わっても護られて当然と考える者が多くてな」
 私は頷き、続きを促した。
「だが、今の仕事だと護られて当然と考える人はいない。逆に怪我を負った時は心配までしてくれる。面と向かって礼を言ってもらえ、心配をしてくれる事が此処まで嬉しい物だとは知らなかった」
 真剣な眼差しの先に温かさが窺えた。優しく光る。
「個の弱さについてはそのままだが……個々の力を上回るケントゥリオ級であっても連携を取り合えば撃退は可能だ」
 丁度パンケーキを食べ終えた不破が飲み物の注文に立ち上がった。少し列が出来ており、彼女は後ろに並び、メニューボードに書かれている商品をまじまじと眺めている。
「それ以上の力を持つものでも情報と人を集めて対処すれば、同じく撃退は出来る。重要なのは個の力よりも足並みを揃えて事に当たるべきだと痛感させられるな」
 また、彼は最後にこうも言った。
「経験からではないし、雫が席を外した今だから言うが、家族を失った俺が新たな家族を得たのがこの仕事についてからの最大の物、だな」
 不破はアップルジュースを手に席に着いた。一口飲むや否や御神が彼女に「お前は」と私の言葉を代弁してくれた。すると、彼女の物言いに迷いはなかった。
「お菓子を作れるようになりました!」
「おい……」
 私は二人の自然な応酬に心が綻んだ。溌剌とした声と自信に溢れた表情は続く。
「契約の前は天魔を創造していた私が、普通に失敗作を作れるようになったのは偉大な一歩です」
 御神は最早何も言わず手元のカップに口を付けた。二人の情緒は富んでいると私は感じていた。
「最後に、二人からメッセージを頂きたい」
 大事な人にでも、誰にでも。
 不破が最初に口を開き、今を生きる全ての人々へと語ってくれた。

「これからも精進していけば私の料理と同じレベルにまでなる筈。諦めずに歩み続ければ不可能な事はないのです!」

「俺からは、そうだな……一人一人の出来る事は知れている。何か大きな事を為したいなら人を頼れ。人を頼りたいなら人を知り、手を指し伸ばせ」


 私は最初、彼に気付いてもらうまでに労を必要とした。十回ほど呼び掛けて漸く私に気向いた時、彼の魂にある翳りが私の感情を止めた。私が取材を申し出たいと言えば、彼は何事かを呟き携帯電話を取り出した。警察に通報されてしまったか――とは言い難い様子だ。彼が端末をしまったのを機に、なるべく警戒されぬよう低姿勢で私は言った。
「邪魔してしまったなら帰るよ、悪いな」
 しかし予想を裏切って、彼は私に待ったとジェスチャーで語った。言葉ではない。
 静かなカフェに案内され暫くすると髪の長い女性が微笑を浮かべ私に会釈をし、席に落ち着いた。彼女は本名では無いのだろうが、自身を構築の魔女(aa0281hero001)と名乗り、彼を辺是 落児(aa0281)と教えてくれた。
「何か御用で?」
 私が説明しようと口を開きかけた時、落児は「ロ――」と言った。文に最も適した表現がこの言葉なのだ。
「なるほど」
 短いやり取りで彼女は私の目的を理解した。驚く間もなく魔女の目が私に向けられる。
「では何をお答えしましょう」
 私は簡潔に内容に触れた。質問を終え、腹の虫が騒ぎ出す前に机上のホットドックを頂きながら魔女の話に耳を傾けることにした。
「語弊があるかもしれませんが……落児にとって得たいものは過去にしかなく、ある女性から託された達成すべき願いももはや叶えることは出来ない。よくある言葉ですが失ってこそ大切さに気が付くとかそういう感じでしょうか?」
 彼には今と、未来が損失しているのだ。あるのは過去でしかない。だから、だから何も話す事ができない。
「では、どうしてエージェントとして活動を続けていられるんだろう」
「ある種の代償行動ですね……誰かの平穏を維持するために依頼を受け解決をしています。残念なことに……力があるということは力がないということと両立できないのですよ」
 私には彼女の言葉が身に染みた。力のある人間は必ずしも、それが最善な道を歩ませてもらえるとは限らない。
「あぁ、悪いことばかりではないですけどね。それでも、力を持たないからこそできることもあるものですよ」
 彼女の話が終わると、私は増々落児への好奇心が刺激された。言うなれば彼の人生は悲劇的な芸術そのものなのだ。運命という芸術家が創り出した。
「少し、家を拝見しても?」
「……ふむ? 落児の家を見てみたい?」
 私が頷くと、彼は「ロロ」と言う。
「構わないそうですけど、ないもないと思いますよ」
「いえ、問題ない。取材の一環だから」
 てっきり断られるものだと思っていた。了承を得られただけでも幸たるものだ。私は二人に家まで案内してもらい、魔女とはここで別れる事になった。それが意外に思えた。
「突然お邪魔するのも悪いですからね、それでは」
 扉から家に入り、中を見通して頭の中で完成した言葉は「ロスト・ボイス」だ。直訳すると失われた声となる。
 殺風景なのではない。一般的な男性が贅沢を言わずに家具を整えると完成する部屋だ。なのにどこか空白で声が無かった。


 涼しいレストランで円卓を囲んでいるリンカー達を順に紹介しよう。ホットミルクを嗜んでいるのは百薬(aa0843hero001)と言い、隣にはパフェをフォークで食べる餅 望月(aa0843)。今回は二人だけでなく、望月達が半ば強引に連れて同席してもらえた月鏡 由利菜(aa0873)とウィリディス(aa0873hero002)だ。今回は四人に取材をさせてもらうことになった。
「カリメラ! 風の聖女リディスでーす!」との自己紹介には少し圧倒させられてしまった。私はどことなく、独特な四色が揃ったのだと予感した。
 机に全てのメニューが乗ってから私は取材を開始した。何を達成できたのかと問えば、百薬は間を置かずに口を開いた。
「プリンとか従魔とか美味しく食べられたよ」
「ははあ」
 私の予感の適当具合には感嘆させられる。望月が彼女の言葉を引き継いだ。
「日本どころか世界中の色んな所で名物料理を食べたりしてるね」
「例えば?」
「伝説のプリン」
 人通りの多い商店街で、時々伝説という言葉を目にすることはあるが、彼女達が口にしたのは紛れもない本物の伝説なのだろう。リンカーなのだから。
「いいなー。あたしも食べたいよー」
 ウィリディスは手元のティラミスをフォークで刺し口に運んだ。蕩けるような甘さが口に広がっているのだとは、彼女の表情を見て即座に分かることだった。
「でもね、まだ私達は目標には届いてないんだよね」
 どんな目標かと訊く。
「富士山よりも大きなプリンを食べる」
 ぜひ頑張ってもらいたい。
「違うよね。――まあ、一生食うに困らないだけ稼ぐってことだね。お金を貯めてーまずは高級ホテルにいって黒毛和牛のステーキを食べる。その後はデザートのフルコースで一口目にプリンをいただく感じで。出来ればテイクアウトも」
「食べ放題人生ね、達成したら引退するの?」
 食べるために生きるを一直線に突き進むのだろう。大事な事だ。人間の三大欲求を人生の目標とするのは、間違いではないのかもしれない。
「んー、しないと思うよ。でも達成する前に平和になったらどうしようかな、悪さはしたくないし」
「悪さ?」
「万引きとか食い逃げとか。あーでも、最終的には家も無くなっちゃって美味しい食べ物もデザートも食べられなくなるーって考えるだけでゾワゾワする」
 とにかく、二人の目標は美味しい物を食べ続けることなのだ。
「なるほど。素敵な答えをどうもありがとう」
 お世辞ではない。年頃の少女らしい真っ当な答えに、私は素敵だと感じたに過ぎない。
 私はフォーカスを次に月鏡へと変えた。
「月鏡さん達からの話もせひ」
 彼女は戸惑いを一つ浮かべたが「じゃあ」と言葉を皮切りにして語った。
「リンカーになったのは、両親への強い憧れからです」
 彼女の両親はリンカーなのだとも教えてもらえた。
「憧れには近づいているのだろうか」
「そうですね……。少なくとも、二人の英雄のラシルやリディスの主として恥じないだけの力が付いていることは実感しています」
 ウィリディスはどうかと尋ね、彼女はこう答えた。
「あたしは、ユリナや先生と対等に近い立場まで追い付けたことかな」
 私がノートにペンを走らせていると、ウィリディスは自然に言葉を紡ぎだしてくれた。
「あたしがこっちに来たのは【神月】事件の後。気がついたら東京支部の外れに倒れてて、そこでユリナと会ったんだ」
「いきなり『親友』だって抱きついてきて、驚きましたね……。このまま放っておいたら消えてしまうので契約しましたが」
「消えなかったら契約してくれなかったの?!」
「さあ……」
 しばらく和やかな会話が続き、私は本題の話へと戻した。次はリンカーになって成した事、成し得なかった事だ。月鏡の表情が少しだけ重たくなった。
「……長らく、両親と直接会えていないこと……。二人とも、この世界や異界を駆け巡っていますから……」
 命を預かるリンカーに、休日は多くない。彼女の口振りから窺える最大の事実だ。医者と同じように。
「私が走れば、あの二人は更に先へ進む。未だ、あの人達には追い付けていません」
 アキレスは前を走る亀に、永遠に追い付けない。
 ウィリディスは澄んだ表情、声で私の問いに答えてくれた。
「あたしは……英雄の性質上、自分の真の正体は永遠に確定しないってことかな……。いつか、自分の正体が分かればいいんだけど。夢のまた夢かなあ」
 言葉を書き留め、私は紅茶を飲んだ。定番ではあるが、アールグレイの良い香りが二人の会話の彩りとなっていた。
「そういえば、二人ともどんな家に住んでいるのだろう」
「現在は、HOPEに紹介して頂いたこの涼風邸という邸宅にて、メイドを雇って暮らしております」
「それまでは涼風荘っていうアパートに住んでたんだけど、三人で住むには狭いから…。あたしも先生も、普段は幻想蝶の外で活動するタイプだし」
 メイドを雇うという家屋が日本にどれだけ存在するだろうか。私はよく映画に出てくる洋風の家を想像していた。確かに、美女が住むには相応しい家であるようにも思える。寧ろアパートの方が似つかわしくないだろう。
「取材に協力してくれてありがとう。二人とも、目標に向かって頑張ってほしい。富士山プリンは、達成できるかどうか分からないが」
「もちのロン! ゼロパーセントじゃなければなんでも叶うよ。だからこの世界が平和になるまで愛と癒しで戦い続けるからよろしくね」
 癒やしにはなる、のだろうか。よくよく観察すれば百薬には翼が生えているようにも思える。要するに、戦場に降り立つ天使という事だろうか。
「あたし達も頑張るよー! さーユリナ、英気を養うためにレストランはしごだー! 次はもーっと食べるからね!」
「おー、行くなら私達もついてくよー」
 これ以上は私も邪魔をしてはいけない。仲良し四人組に混ざればきっと楽しい時間を過ごせるのだろうが、まず私は男なのだから場違いだ。
 五人分の支払いを済ませた私は、次のリンカーを探す旅に再び降り立った。


 人気の少ない遊歩道のベンチは木製で、吹き抜ける風が涼しさを分け与えてくれる。私はスポーツドリンクをGーYA(aa2289)に渡し、彼の手を伝ってまほらま(aa2289hero001)まで届いた。二人とも快く取材に応じてくれた心優しきリンカーである。彼らの気前の良さと笑顔に私は何度か頭を下げた後、取材の言葉を口にした。今まで何度も繰り返した言葉なだけに、五回目となると滑らかに言い終えることができた。
 ジーヤはこう答えた。
「リンカーになったからって事なら明日を考える事ができる様になって生きる目標ができた」
「その話を詳しく聞いてみたいな」
 気付けば私は、座ったまま身を乗り出していた。
「俺アイアンパンクなんだ、機械化したのは心臓と周囲の血管。まほらまの霊力で蘇生できたらしいから英雄に命を貰ったって事になるかな」
 現代の技術と英雄の存在がなければ彼は既に造物主の下へと還っていたという。生きる目標が出来た――私は彼の言葉を反芻した。
「見えない明日に絶望してた俺の『世界』がその日から変わったんだ。最初力の制御がうまく出来なくて混乱した時はまほらまと一緒に解決して絆を深めたり」
「病院の屋上から落として状況をわからせたのよねぇ」
 到底、私には想像のつかない世界だ。私もリンカーだが、屋上から落とされた事はない。そういう状況に陥った事すら。
「そんな事もあったな。HOPEに登録して簡単な依頼から始めたんだけど自分の存在がどこかか不安定だったんだ。ここに居ていいのかなってさ」
「本来ならば生きてはいない人間だから……?」
「それもあったかな? 前に、興味本位で敵地に踏み込んで意識なくして……助けて貰った事があってね。救出行で皆んなひどい怪我して、仲間を大切な人を家族を失ったかもしれないのに、俺が助かって良かったって言ってくれて知り合いには思い切り叱られて泣かれた。その時俺は自分の命が重いものだって気付かされたんだ」
 目の前をランニング中の男性が通り過ぎていった。彼の背中は紋章のような汗が染み込んでいて白かった。
「そういえばあの時からちょっと考えて行動するようになったわね」
「ちょっと? まずいかなって時はちゃんと友達に相談したじゃないか」
「無茶してから、だったわよねぇ?」
 常々思うが、英雄と人間との絆は不可思議だ。親友や恋人といった定型の枠組みには納まらないと感じる。それ以上の繋がりが、彼らの中には存在しているのだ。私は私の英雄に対してその感情を意識づけてみたが、特に気付かない。仲は良いが――おそらく、無意識的な繋がりなのだろう。
 またぞろと、ランニング中の男性が横切った。ランニングをするには良い気温なのかもしれない。今年は暑い日が続いていたが、遊歩道という事もあってか此処はずいぶんと涼しい。
 私はジーヤに、最後の質問をした。誰かに伝えたいメッセージはないか。彼は少し悩み、その様子をペットボトルの飲み口に口を付けながらまほらまが小気味よく見ている。

「【屍国】の時、リンカーは人間とは違うって言われた事があったんだ。ウイルスに罹患しなかったし愚神と戦える力がある事はそういう事なんだって実感した――でも知って欲しいんだリンカーも病気には勝てないし心は皆んなと同じなんだって。そして英雄は最初こそ特別な存在だけど絆を繋いでいくにつれて「人間」になっていくんだって事。――俺はもっと強くならなくちゃいけない、けど、危険な刃にはなりたくないんだ」


 以前南極に取材した事を覚えているだろうか。氷鏡 六花(aa4969)、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の二人は、今日は東京の海上支部で会う事が出来た。再び顔を合わせた時、氷鏡の表情、いや明確には分からずとも、不思議と一年前に比べて変化があると分かった。彼女の話を聞いていくうちに、私は彼女に訪れた変化に対して納得することになる。
「……ん。文屋さん、お久しぶり……です」
「お久しぶりね。今南極は真冬だから、話すならここが一番よ」
「氷漬けにはなりたくないからな」
 只でさえ昨年は手足が麻痺したというのに。確かに今日は磯の香りを楽しみながら取材の方がよいだろう。私は今日の取材内容を伝え、ペンを手にした。氷鏡は思案顔となり、地平線へと顔を向け、話し出した時の口調は落ち着き払っていた。
「前回の取材でお話した……六花の、ママとパパを殺した愚神。見つかった……んです」
「本当か……!」
「はい……。善性愚神の件は……文屋さんも、ご存知……ですよね。愚神……雪娘。それが……六花の両親の仇……でした」
 彼女は建物の窓に目をやった。
「あの部屋に……雪娘は二ヶ月滞在してました。雪娘の姿を見て……六花は……ママとパパが殺された日のこと……やっと、ぜんぶ、思い出せ……ました」
 ぎこちない口調は前と変わらない。アルヴィナはただ黙し、氷鏡の言葉の行き先を見守っていた。
「罪を贖いたいって……雪娘は、言ってました。六花は、すごく……迷いました。でも……六花がもし、雪娘を殺したら、少なくとも一人。雪娘を愛してた、六花のお友達が……きっとすごく、悲しむんだろうな……って」
「愚神を愛する人?」
「はい……。六花は、誰かが悲しむような復讐はしない。そういう組織にHOPEはなるって、他の人とも約束したんです」
「……」
 彼女はそして、雪娘を許した。しかし現実は理想に即さなかった。最後には討たれてしまった、その終わり方は記憶に遠くない。
「その人も……後を追って……亡くなりました」
 私は彼女と目が合った。氷のような瞳に何を映しているのだろうか。
「だから……六花は、愚神はぜんぶ、殺す……そう、決めたんです。愚神が、HOPEが、この世界が……憎い。でも、復讐では……ないです。だって、どれだけ愚神を殺したって…あの人も、雪娘も……もう、帰らない……から」
 真の平和を取り戻すまで、氷鏡もまた立ち上がるのだ。しかし、しかし――私の心の中に芽生えた違和感がどうしても拭えなかった。善性愚神も、彼女からしたら敵なのだろうか。アルヴィナの眼が細くなったということは、私の違和感に間違いはないのだろうか。
「ただ、愚神は皆殺しにして……平和な世界を、誰も悲しまずに済む世界を……六花は、作るの。そのために……これからも、戦い続けます。この……あの人が愛した雪娘と同じ、氷雪の力……で」
 海上の塩っぽさが鼻につきながらも、私は氷鏡が見ていた窓に目をやる。少し前まで生きていて、その後に死んだ存在がその窓の奥にいたのだ。生きていたのだ。
 悲劇はこの場所で起きた。氷鏡は悲劇を二度と起こさないように、今日も立っている。
 しかし、それが新たな悲劇にならないだろうか。私は彼女の行く末に一抹の不安を覚えたが……。それは、杞憂にも感じた。氷鏡の人生がどうなっていくかを知る術がないからだ。
 ただ分かるのは、彼女の憧憬は決して濁ってはいないという事。

「……ん、見ていてください」

 彼女は地平線に呟いた。その先に、誰かがいると海風に乗せて呟いた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    不破 雫aa0127hero002
    英雄|13才|女性|シャド
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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