本部

五月病と薔薇とあれとこれ

江戸崎竜胆

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/05/20 10:09

掲示板

オープニング

「五月で御座います……」
「そうですねぇ~」
 二人が小さな部屋で紅茶を飲みながら話をしている。
 一人は猫耳が生えた中年男性。一人は大柄で痩せぎすな青年。
「この時期、日本では五月病なる病が流行ると聞いております。香港支部エージェントの私がお助け致しましょう!」
「ああ、そうなんですねぇ~」
 のほほんと茶を啜っていた青年が顔をあげる。どうでも良さそうな感じにも思える相槌だった。
「楽しく仕事をしたいという意欲を思い出させるのです! この私のように!」
「……あれ? リン殿はお仕事していましたっけ~?」
「していますよ! 寝て起きてご飯食べてお酒飲んで寝て!」
 黒い猫耳をぴこぴこさせて自慢げにリンと呼ばれた男性が笑う。
「猫の仕事とは、癒しと愛嬌を振り撒く事です! そうは思いませんか、姜様!」
「……はぁ。うーん? まあ、良いんじゃないでしょうか~?」
 姜と呼ばれた青年が、リンと呼ばれた男性の仕事内容を思い出そうとするが、本当に寝て起きてお酒飲んで寝ているイメージしかなかった。エージェントってそんなので良いのかな、とか少し思うが、まあ良いか。で終わった。
「そうと決まれば、早速準備に取り掛からないと! 五月……はっ! 端午の節句!」
「あれぇ~? 香港支部は中国だから、節句は旧暦じゃなくって良いんですぅ?」
「日本では新暦で祝うらしいので宜しいでしょう! ふむふむ、粽と菖蒲湯……後は英国式に薔薇園巡りとアフターヌーンティーを。夜は小さなバーを貸し切りでアルコールを提供しましょう」
「あ~。なんか適当で良いですねぇ~」
 適当に姜が返すのに、びし、とリンが黒い猫尻尾で指差す。いや、尻尾指す。
「姜様! 貴方も何か案を出しなさい!」
「あ~? そうですねぇ。お酒が飲めない子供用に……う~ん。私は流しそうめんが食べたいですねぇ~」
「却下」
「ええ~? なんでですかぁ?」
 不服そうに眠たげな眼を細める姜。
「流しそうめんは夏にします! よって却下です!」
「うーん、うーん。じゃあ、わんこそば」
「なんでですか!?」
「日本のお蕎麦、美味しいですぅ~」
 適当なのは姜も同じく。適当にまったり過ごすのが二人のやり方だった。
「……まあ、良いでしょう! そうなるとこうこう……」
 リンが早速、パソコンで提出するための企画書を書き始めた。行動力だけは評価しても良いだろう。
 その日、リンが書いた書類を「日本の五月病になるエージェントへ奮起を促すイベントを開催する」と上層部へ提出したら通ってしまった。

解説

 リンが企画したイベントは以下の内容です。

11:30 現地集合。遅刻は少しだけ許す(適当に集まったら出発)
12:00 薔薇園を巡りつつ、東屋でサンドイッチを摘まむ(弁当持参でも良い)
15:00 景色が綺麗なホテルのラウンジでアフターヌーンティー(美味しい)
17:00 菖蒲湯に浸かって疲れを取る(お風呂ポカポカ)
19:00 わんこそば大会(いっぱい食べてね)
21:00 バーを貸し切って飲み会(未成年はジュースとノンアルコールだけ)
24:00 解散(お疲れ様でした!)

 リンと姜はふらふらしているので、捕まえると色々教えてくれます。
 リンはお酒に詳しいので、バーではお勧めのカクテルを聞けば答えてくれます。甘いの、さっぱりしたの、度数が低め高め、色合い等々。アルコールが飲めない人や未成年にはノンアルコールカクテルも教えてくれるでしょう。
 姜は雑学に詳しいので、行事の由来や花の名前や、割りとどうでも良い事を教えてくれるかもしれません。

リプレイ

●現地集合
 ばさばさと風にはためく旗を持っている男がいる。猫耳がぴん、と立った紳士然とした中年男性に、隣にぬぼーと立っている全体的に白い長身。香港支部のリン・ウォン(az0120)と姜 水龍(az0120hero001)だった。
 旗には「おいでませ! 五月病を吹き飛ばせツアー御一行様!」と書かれている。
 最初に到着したのは、構築の魔女(aa0281hero001)だった。ほぼ時間ぴったりに現地に合流した。
 続々と集まる面子に、構築の魔女は知人を見付けて声をかける。
「おはようございます。拓海さんにメリッサさん。今日はゆっくり致しましょう」
 荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が手を挙げて構築の魔女に挨拶をする。
「お待たせ~。今日は食べる予定が多いな。適度に運動しないと腹が空かないぞ」
「こんにちは、え……拓海、全制覇予定?」
 メリッサが驚いて目を丸くする。
「コースに入っているなら当然!」
「そうね……」
 拓海を、相変わらず変わらない、と言った眼差しで見詰めるメリッサ。
 構築の魔女に少し遅れて、辺是 落児(aa0281)が合流する。
「□―……」
 申し訳なさそうに周囲の人々に頭を下げる辺是に声をかける者も多い。
「気にするな。近頃は陰鬱な空気だったからな。息抜きに丁度良いかも知れんな、落児」
 辺是の友人である御神 恭也(aa0127)がそうフォローすると、伊邪那美(aa0127hero001)が、旗を見て首を傾げる。
「五月病? ボクは罹患してないけど良いのかな?」
 集まって来た面々を見て、リンが声をかけようとした所。
「艶朱だ! そこでぼけーっとしてんのが雨月な! 今日はよろしくなァ!」
 と、艶朱(aa1738hero002)が豪快にリンと姜に握手を求めてくるので、リンはしっかりと、姜は、わあ、と変な声を出しつつ握手をした。
 天海 雨月(aa1738)は端午の節句に限らず五節句は実家で超絶多忙に過ごす事が殆ど。だからこそ他で経験する節句祝いというのは中々に新鮮で興味がある様子。因みに姜はなんとなく雨月に親近感が湧いた様子だった。おっとり系なのが似ているのだろう。
「炉威さま。お誘い、有難う御座いますの!」
 リリィ(aa4924)が炉威(aa0996)に誘われた礼をしようとして近寄る。
「どう言う事ですの。炉威様?」
「どうもこうも、ねぇ」
 肩を竦める炉威に、エレナ(aa0996hero002)が狂愛の色を帯びて一瞬光るが、にっこりと微笑みを向けた。
「でも、誘って頂けたわたくしの気持ちは変わりませんわ。其処の女さえ居なければですけれども」
「メインゲストだよ。カノン、リリィ、来てくれて良かったよ」
 エレナの刺々しい視線をカノン(aa4924hero001)が凛とした姿を崩さずに受け止める。
「炉威さまもエレナさまも御機嫌よう……」
 リリィが上品に会釈をすると、カノンも冗談か本気か分からない口調で挨拶をする。
「まさか王子様からお声が掛かるなんてね」
 エレナはリリィに対しては少しだけ柔らかく微笑んだ。とは言え、表面上の好意ではあったが。
「リリィ、お久し振りですわ」
「カノンは変わらずだね。この間の誕生日プレゼントには笑ったよ」
 前に誕生日祝いとして、コーヒー一杯だけ貰った事を思い出して炉威が笑い掛ける。
「叶うのであれば、2人で来たかったがね」
 意味深な事を炉威はカノンに囁いて、飄々とした雰囲気で誤魔化す。
 他の面々も合流すると、大体が知人友人の様子で、今日の予定を回るグループは大体決まっているらしい。
 こほん、と咳払いをしてから、リンが旗を振って宣言する。
「それでは! 五月病を吹き飛ばせツアー開始で御座います!」

●薔薇園にて
 御神が伊邪那美と薔薇園をのんびりと歩いている。
「薔薇と言っても色々な種類があるんだな……」
 色とりどりの咲き誇る薔薇を見て、感心したように御神が感嘆の声をあげる。
「種類だけじゃないらしいよ。花言葉も本数とか、部位、組み合わせでも変わるんだから」
 伊邪那美がちょこちょこと小さな歩幅を合わせながら、薔薇について発言したのに、御神は少し驚いた顔で見る。
「ほう……色気よりも食い気だと思っていたが、やはり恋愛関連については詳しいな」
「うん? 前から知ってんじゃなくて、さっき教えて貰ったんだけど」
 きょとん、とした顔で伊邪那美が御神を見上げる。
「……年相応なのか不相応なのか、分からんな」
 小さく溜息を吐く御神。
 その伊邪那美にちょっとした豆知識を教えた荒木はと言うと。
 友人の辺是達と行動していたが、薔薇園で少しだけ別行動をする時間を貰って、姜に照れながら話しかけていた。
「あの……いつも世話になってる魔女さんとリサと妻へお勧めの薔薇、あ、花言葉とか、を選んで貰えませんか?」
「あ、はい~。奥様がいらっしゃるんですねぇ」
 姜がほのぼの幸せそうだなぁ、といった感じで、そうですねぇ、と薔薇園のスタッフに頼んで、薔薇を切り取る許可を貰う。
「それぞれの人柄、教えて下さいますかぁ?」
「あ、はい。魔女さんは知的で友達って言うか……で、リサはその……大切な相棒、で……ええと、妻は……格好良いって言われると嬉しいって言うか、幸せで」
「はいはい~。荒木殿は人に恵まれているんですねぇ~。良い事ですぅ」
 人の事とは言え、嬉しそうに鋏で摘み取った薔薇を加工して貰う様に頼み、フラワーボックスにして保存出来る状態にしている間、姜が説明する。
「魔女殿には紫。『誇り』『気品』『尊敬』の花言葉。リサ殿にはうーん、黄色とオレンジ色で迷ったのですが~。オレンジ色で『信頼』『絆』を。奥様にはべたに、赤い薔薇を。本数は~。嵩張らないように、5本にしました~。『貴方に出会えた事の心からの喜び』。で、オレンジ色のカーネーションも混ぜ混ぜして~。カーネーションは母の日のイメージが強いでしょうが、女性への感謝と愛を伝える花言葉でぇ。オレンジ色は特に、恋人に贈るのに向くんですよぉ~」
 長ったらしい姜の説明に、荒木が固まる。荒木の妻は女性ではない。女性ではないが、今言うのは躊躇われる。どうしようかと荒木がおろおろしているところに、艶朱と雨月が通りかかる。
「おっ水龍! なァ、お前誕生花とか詳しくねェか?」
 がし、と艶朱に捕まれ、はぁい? と姜が変な声をあげる。
「雨月の誕生花に薔薇があるらしいッてェ。誰かが言ってたわ。まァ詳しい事ァ知らねェが……お前、知ってねェ?」
「ああ~。はいはい~。雨月殿の誕生日はいつですかぁ?」
 良い具合に話が逸れたのを、荒木が安堵して出来上がったフラワーボックスを受け取り鞄に隠し友人の所へと向かう。
「5月7日の誕生花は~ええと。一般的には木蓮や矢車菊や牡丹と言われる事が多いですぅ。でも、薔薇なら黄色か白色です~」
「そうなの?」
「はい~。余り良い意味はないで……あ、黄色は友情、白色は純潔とかを意味するので、いわゆる赤い薔薇の愛を誓う意味とは違うって事ですぅ」
「なんだァ! 悪くねェな!」
 わいわいとしている中、優雅に薔薇園を散策している組もある。炉威がリリィとカノンとエレナを連れて、薔薇を見て、女性陣に話しかける。
「カノンは薔薇のようだからね」
「ええ、カノンねーさまは薔薇」
 炉威とリリィが話している合間にエレナが入る。
「美しい薔薇には棘がありますもの。わたくしのようでもありますわ」
「確かにエレナさまも薔薇のように気品高くて……」
「違うとも言えないのが情けないがね」
 薔薇と例えるに相応しい麗しさを持つ一団が、花にも負けない華やかさを撒いて通る。
「でも、リリィにも薔薇が似合いますわ」
 エレナが微笑んで唐突に言い出すのに、炉威とカノンが頷く。
「そうだね。リリィは綺麗な薔薇になると思うよ」
「……エレナ、貴女は何色の薔薇を咲かせるのかしら」
「リリィも薔薇だなんて…!そんな、勿体無いですの……っ」
(……綺麗な薔薇……リリィも薔薇……カノンねーさまやエレナさまと一緒……)
 憧れの2人の女性と同じ花だと例えられ、頬を赤くするリリィ。
「それにしても……棘、ね……あたしにもあるのかしら?」
 くすり、とカノンが笑って呟く。
「炉威は、茨を掻き分け薔薇の許まで辿り着く王子様、かしら?」
 一団は笑いさざめきながら、東屋でサンドイッチを摘まむ。
「持参でも良かったんだがね。人の作ったモノもたまには、ね」
「あら、炉威様がご所望ならば、わたくしが作りましたのに」
「美人と幼女じゃ完成品の質が違うからね」
 ふと、炉威が二人の方を向き、問いかける。
「カノンとリリィは、料理はするのかね?」
 困った顔でリリィが誤魔化して逆に問う。
「……では炉威さまはお料理なさるんですのね。エレナさまも以前のお菓子…とても素敵でしたし……」
「そう言えばそうね……気持ちの溢れたお菓子だったわ。あたしは炉威のお料理を食べてみたいけれど」
 カノンが静かな声で言う。
「望まれるならば、今度作って来るわね」
 小さく付け足す言葉は聞こえただろうか。
「……また会えたら、だけれど」

●アフターヌーンティーを頂く
 御神はそわそわ、と景色が綺麗なラウンジで落ち着かない様子で座っていた。
「何と言うか……空気が合わん気がするな」
「だろうね。こんな場なのに紅茶じゃなくて緑茶を頼もうとするんだから」
「一番、落ち着くんだがな」
 伊邪那美はローズティー、御神は緑茶を注文していた。緑茶は一応、日本のラウンジとして無料で提供している。
「そのローズティーって言うのは美味いのか?」
「味は普通の紅茶かな、香りはボクの好みだけど」
 伊邪那美の言葉に御神は首を傾げる。
「前に酸味があると聞いたんだが……」
「そんな事は無いけど? 何かと間違ってるんじゃない?」
 御神はちら、と周囲を見回した。目についた友人、紫 征四郎(aa0076)とガルー・A・A(aa0076hero001)が、夜城 黒塚(aa4625)とエクトル(aa4625hero001)と談笑しているのを見て、こそこそと聞きに行く。どうやら、ローズティーとローズヒップティーの違いが分からなかったようだ。
 征四郎とガルーが説明しようとしている横で、黒塚とエクトルが微笑ましいやり取りをしていた。
「お上品なのは正直苦手なんだが……まァ、偶にはな。……エクトル、ついてるぞ」
 と、黒塚が自分の頬指差して示す。エクトルはその仕草を見て、ナプキンで頬のクリームを拭く。
「……んゆ。サンドイッチも、フルーツタルトもおいしーね」
 慕っている黒塚に対して、エクトルはにこにこと笑う。
「僕のおすすめー! クロ、あーん!」
 クロテッドクリームとブルーベリージャムがてんこもりのスコーンを差し出して、口元に運ぼうとするのを、黒塚は眉を顰めて首を横に振る。
「断る。自分で食うから寄越せ」
 エクトルはあーんさせてくれなくて、頬を膨らませてむくれている。黒塚が宥めつつショコラマドレーヌをエクトルの口に運んでやると、すぐに機嫌が良くなって、もぐもぐと幸せそうにエクトルが甘味を食べ続ける。
 黒塚はそんな英雄に苦笑しつつ、自身も甘味を少しずつ味わって食べていく。
 構築の魔女は、銘柄・味・ブランドを機械的に判断しそうになるのを堪えつつ、一口ずつ紅茶を口元に運ぶ。
「普段はよくてティーパック……大概はペットボトルですから味が違いますね」
「オレも水分補給できれば充分とペットボトルだ……こう言うのを飲むと気持ちに潤いが出るね」
 荒木がほう、と紅茶を飲んで溜息を吐く。
「お菓子も美味しいですし、きっとお茶に合うようなものを選んでいるんでしょうね。拓海さんは気に入ったものとかありました?」
「特にこれが美味しいですね」
 と、ダージリンファーストフラッシュのバランスの取れた味わいを好んで飲んでいた。
「このお菓子も使ってる材料から既に違うよな?」
「えぇ、私が言うとあれですけど、美味しいものは美味しいと楽しむのがいいものです」
 薀蓄を並べつつ、夢中で食べている荒木を視界に収め、辺是は紅茶を嗜む程度に飲んでいた。
「もぅ……美味しい物に薀蓄は要らない~ですよね?」
 メリッサがくす、と笑って言う言葉に、辺是が微かに頷く。
「□――□」
「私はこれかな……ん、幸せ」
 少し甘いチャイを飲みつつ、メリッサは辺是とゆったりとした時間を過ごしていた。
 カノンは炉威に誘われ、アフターヌーンを共にしていた。
「カノンはどの薔薇が気に入ったかね?」
「そうね……あたしはあの深い真紅の薔薇かしら」
 カノンは言いつつ、炉威の顔をその薔薇と同じ色の瞳で覗き込む。
「例え、後で小さくとも麗しい薔薇の棘に刺されたとしても……ね。知らないわ」
「俺に薔薇の棘に刺さるのは早過ぎるかも知れないね」
 薔薇に例えた女性達の事を言っているのか、くすりと笑う。
「炉威はどの薔薇が気に入って?」
「どの薔薇も綺麗は綺麗だがね……特別はないと言ったトコかね。今はまだ……だがね」
「ね、それでも。薔薇は咲き続けるのよ。きっと『炉威の為の薔薇』も美しく咲いて待っている」
 いつか棘をも気にせず手に取る日が来るとカノンは暗に言う。
 炉威には棘に刺された手が血に染まろうとも、等と言う日が来るかは分らない。
 全ては、運命が紡ぐがまま。

●唐突ですが此処で残念なお知らせです
 うふーんなお風呂シーンはカットです。
 女湯を覗こうとした不届き者は存在しなかった、紳士しか居なかった、とお伝え致します。

●わんこそば大会です
「エンジュ! まけませんよ!」
 お椀を握り締めて、此処までお腹を空かせて我慢していた征四郎が、艶朱に勝負を挑む。
「よりにもよってそっちに挑まんでも」
 ガルーが少し呆れるが、征四郎は出るからには負ける気はない。
「受けてたああああつ!!」
 賑やかな事が好きな艶朱は当然、大会に参加している。一切手を抜く気が無い。ガチである。
 なお、征四郎選手135センチ31キロ。艶朱選手203センチ90キロ。
「紫の名を継ぐものとして、決して負けるわけには参りません!」
 征四郎は意気込み充分。とは言え、子供の中では食べる方、位の普通の胃袋。勝てる訳がない。
「俺は一杯で良いかな……」
 雨月が細やかに参加しようとするのを、艶朱が背中を叩く。
「雨月! お前は細ェんだからもっと食えって! わんこそば一杯ってお前!」
「あー! もう食べられません!」
 征四郎、ギブアップしてガルーにバトンタッチ。
「かかってこいや!」
 ガルーは188センチ80キロと、艶朱に比較的対抗出来ると思われる体格だが、それでも楽し気に食べる艶朱に追いつけるか怪しい。
「いい勝負でした。次は負けません……!」
 艶朱に拳を突き出して笑顔を浮かべる征四郎。食べながらも、拳を突き出して愉快気に笑う艶朱。
「征四郎の嬢ちゃん、お前は頑張ったさァ!」
 精一杯張り合った後と言うのは、気持ちの良いもの。二人の間に絆らしいものが浮かんで見える。
「……たとえ、征四郎が紫でなくとも、きっと」
 そして、雨月は本当に一杯しか食べていなかった。無言でじっと彼女を眺めてから、静かに頭をぽんぽんと撫でる。何を想い、どういう意図で頭を撫でたかは不明だが、それは『子供』に向けたものではないようだ。
 征四郎は驚くも、不思議と悪い気はしなかった。
「……! 征四郎も、髪に触っても良いですか?」
 頷く雨月に、征四郎は薔薇園を歩いていた時に貰った薔薇を髪に差そうと背伸びをする。雨月が髪に挿しやすいようにと頭を下げる。
「アマミの髪は、とてもきれい、ですね」
 花で飾られた雨月の髪を撫でて、征四郎が呟く。
 そして、他にも大会に参加している者がいる。
「汁も蕎麦の口当たりも良いから何杯でもいける、記録は何杯ですか? ……え?」
 荒木が記録に挑戦しようとむきになり食べ、げふ、と早々に倒れた。
「……限界……くっ、落児さんは何杯?」
「……□□?」
 辺是はゆっくりと食べている。荒木の8割程度だが、明らかに余裕である。まだ食べられるが、敢えて食べない、と言った態。悔し気に荒木が嘆いている。
「この後はお洒落なラウンジなのに……落児さん達を見習って欲しいわ」
 メリッサが適度に、二人を見て呆れ顔だが、楽しんで食べていた。
 構築の魔女がメリッサと二人を眺めつつ話している。
「えぇ、美味しいですよね。普段食べるものじゃなくて予定を見た時はびっくりしましたけど」
 わんこそばをちゅるり、と食べて、一言。
「楽しむのが一番ですけど……、食べ過ぎには気を付けないとですね」
 この後の飲み会を控えているのに、と。

●飲み会
「ボク達って、場違いじゃないかな……って恭也?」
 まだ少女と言って良い外見の伊邪那美が、未成年の御神に声をかけると、慣れた風でヴァージンモヒートを注文していた。本来のモヒートはミントとライムが爽やかな炭酸のアルコールだが、ヴァージンモヒートはノンアルコールカクテル。未成年の御神も飲める。
「……何かこなれてる」
「家の手伝いで何度かな、それよりも伊邪那美は何を注文するんだ? 分からんなら適当に頼むが」
 家業のボディーガード関係で、依頼人の付き添いでバーにも訪れる御神がメニューを差し出す。伊邪那美はメニューを受け取って、慣れない横文字にすぐに読むのを諦めた。
「名前から想像が出来ないからお任せするよ」
「じゃあ、シンデレラかな」
 カクテルの名前を聞いて、伊邪那美が感心する。
「へぇ~、外国の童話と同名なんだ」
「俺は飲んだ事が無いが、有名なカクテルらしいぞ」
 シンデレラは、柑橘系とパイナップルジュースの味わいが夏に合うノンアルコールカクテル。勿論、伊邪那美も飲めるジュースのような味だ。
 マスターが見た目も綺麗なカクテルを作るのに、リンが一言添える。
「魔法をかけたシンデレラのように、お酒が飲めない人でもカクテルを楽しめる事が出来る、と言うのが名前の由来で御座います」
 構築の魔女は赤色を基調にしたカクテルを適当に頼んで楽しんでいた。
「落児は意外に若いんですけれどね……っと、こう言う言い方は私が年寄り臭いですけど」
「大人ペアと子供ペアよね……外見年齢はそんなに違わない気がするのに」
 少し気にしてるメリッサが不満そうに呟くと、構築の魔女が軽く背中を撫でる。
「あれ? オレだってこう言う時は決めるぞ?」
 荒木は紹興酒を頼み、微笑んで無言で飲む。
「……悪くないけど、知ってる分、頑張ってます風に見えて……」
 荒木の普段とのギャップに、肩を震わせ笑いを堪えるメリッサ。
「メリッサさんは……そうでしたね。ふむ、ノンアルコールで同じ色合いのものを頼んでみますか?」
 す、とリンが聞きつけて、マスターに「クランベリーキューティー」と告げる。クランベリージュースを使った、赤いノンアルコールカクテルだ。
 乾杯をしつつ、構築の魔女が笑う。
「場所と雰囲気に酔うと言うのも良いものですよ。飲めるようになってからでは味わえませんし、えぇ」
 辺是は荒木に酌をされて、度数の高いウォッカをロックで嗜む程度に飲んでいた。
「…………」
 紹興酒を飲む荒木に、つまみを勧めて飲み進める。空腹でアルコールを胃に入れると酔いが早い。
「二人の時はどんな会話をされて過ごすの?」
 メリッサが疑問に思った事を聞くと、平然と構築の魔女が答える。
「ん? 普段ですか。エージェントとして動いていない時は別行動なんですよ、私達」
 こくん、と頷く辺是。
「オレ達みたいに常に一緒だとばかり」
 荒木が二人の関係性を聞いて驚いた。
 今日のイベントの感想や最近の仕事話等、話は尽きる事無く続いた。
 征四郎も黒塚達とスツールに座って、メニューを開いていた。
「オレンジジュース……はっ! ノンアルコールカクテル、と言うのもあるのですね」
 しゅたり、とリンが側に来て「お好みは御座いますか?」と問うのに、甘い大人な感じなのを、と背伸びした注文をする。
 すぐさま、リンは「こちらのレディにプッシーキャット」とマスターへ。可愛い猫と言う意味のノンアルコールカクテルだが、フルーツの甘みが飲みやすい。
 ガルーは甘めの日本酒を注文して、二人は乾杯。
 黒塚はリンに、やや度数強めでお勧めのアルコールを、エクトルにはノンアルコールを、と注文。リンは少し考えてから「夜城様に、カミカゼを。エクトル様に、シャーリー・テンプルを」と勧めて下がる。
 黒塚は見知った顔、征四郎とガルーに声をかけようとした、所。
「クロヅカ、エクトル! 飲んでますか!」
 場酔いした様子の征四郎が絡んで声をかけたりしていた。
 場も落ち着いた頃に、ふと征四郎が黒塚へ質問を投げる
「……、クロヅカが、戦う理由って、なんですか?」
 征四郎が聞いてみたかった事。この人はガルーに少し似ていて、怖じることのない人だから。
 一拍置いて、黒塚が答える。
「戦う理由、ねェ……端的に言やァ、生きる為、だろうな。その都度細けぇ目的やなんやはあるにしても、だ。いつもの仕事も、能力者としての戦いも、相手をぶっちめる事が目的じゃあねェ……あくまで取った手段と過程の話さ。やった事のケツまで責任を取るのは何だって同じだ」
 からん、とグラスを傾け、自身に言い聞かせるように黒塚が語る。
「生きる、ため」
 征四郎にとって、責任、と言う彼は、凄く大人に見える。
「それで、戦えてしまうのはすごいです。征四郎は、」
 やっぱり少し怖い、と思う。
 言うなれば、責任に押し潰されてしまいそうで。
「俺は見ての通りの無頼漢だからよ、何か偉ェ事を成し遂げたい訳でもねェしな。……ただ、まァ…こいつ、英雄が来て、お前らと出会っちまったから、変わる事もあるかもしれねェな?」
「僕はねー、僕がね、クロを守るんだよ! ずっと一緒にいたいからね!」
 エクトルが勢い込んで言うのに、黙らせるように黒塚が髪をぐしゃぐしゃと撫でて、征四郎に問いかける。
「……征四郎はどうだ? 戦い始めた時と、今と。変わった事はあんのか?」
 迷いのある征四郎は、答える事が出来なかった。
「正しさは絶えず手前が証明し続けるもんだ。誰にとっても同じ正しさは無ェからこそ、筋は通さなきゃならねえ。……恩人の、受け売りだが」
 信念を持つ言葉に、征四郎は頷く。
「せーちゃんは一人じゃないからね、困った事があったらいつでも言ってね!」
 エクトルが続けて言う。
 1人じゃない、と言う言葉は、征四郎にとって、とても嬉しくて。
 ガルーがつん、と征四郎を突くと、滑り落ちそうになるのを抱えた。
「寝ちまったみてぇだから先戻るわ。有難うな」
 征四郎は解散より少し早めにガルーに抱えられて、会場を後にした。
「……ひとり、じゃない」
 むにゃむにゃと寝言を言う征四郎に、ガルーが聞こえていないであろう言葉を掛ける。
「大丈夫。お前さんは1人で戦うわけじゃねぇから」
 そして、日付が変わる頃、解散となる。
「お疲れ様、1日楽しかったね。これ、姜さんにアドバイス貰って選んだんだ。いつもありがとう」
 荒木がメリッサと構築の魔女に薔薇を渡すと、二人は喜んでくれた。
「わぁ綺麗で可愛い。拓海、姜さん、ありがとうございます」
「あら……? ありがとうございます。……ふむ、私からも準備すべきでしたね」
 笑いながら、語りながら、帰途を辿る皆を、見送る主催はこんな日も良いだろうと視線を交わし。明日からの糧として欲しいと願うばかり。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 解れた絆を断ち切る者
    炉威aa0996
    人間|18才|男性|攻撃
  • 白く染まる世界の中に
    エレナaa0996hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 綿菓子系男子
    天海 雨月aa1738
    人間|23才|男性|生命
  • 口説き鬼
    艶朱aa1738hero002
    英雄|30才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • 感謝と笑顔を
    エクトルaa4625hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • Lily
    リリィaa4924
    獣人|11才|女性|攻撃
  • Rose
    カノンaa4924hero001
    英雄|21才|女性|カオ
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