本部

Rorschach

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/03 13:43

掲示板

オープニング

●ある朝の出来事
 行き場を失くした一人の浮浪者が、トボトボと朝霧の漂う早朝のビル街を歩いていた。廃棄された弁当を漁ったり、トイレの手洗い場で水を飲んだりしてどうにか飢えに渇きを凌いでいたが、春先早朝の冷えは痩せた身体に堪える。
[……彼らは、これを善性愚神とH.O.P.E.が結託した陰謀であると主張し、H.O.P.E.の解体を求めてホワイトハウス前での座り込みを続けている模様です]
 同じような境遇にある老人が、高架下で古ぼけたラジオを大音量で鳴らしていた。浮浪者は足を止め、リスナー達のやり取りに聞き入る。
[自由リンカーを名乗っていますが、米当局の調べによると、小犯罪行為などにより、H.O.P.E.の手で捕縛された前科を有しているとのことですが……]
[H.O.P.E.が解体されれば彼らを抑えつけるものは無くなりますからね。彼らの主張は慎重に見ていく必要があるでしょう]
 浮浪者は溜め息をつくと、再び歩き始めた。下らない話だった。H.O.P.E.がどう、善性愚神がどうというのが随分と話題だが、知ったことではない。今の彼に必要なのは愚神やら従魔から守ってくれる存在ではない。ただただその日の食事を用意して、ついでに職を用意してくれるような存在なのだ。
 擦り切れた鞄の軽さを感じながら、浮浪者はようやく駅前にやってくる。だからといって何かあるわけでもないのだが。彼に靴磨きの技量も道具もないし、鳩に餌を撒いている暇人を眺めるくらいしかする事は無かった。

 しかし、その日は何かが違った。駅前の空間を見て、浮浪者は不審そうに首を傾げる。
「なんだ……?」
 男は首を傾げる。影のような何かが、広場の中に幾つも立っている。人型にも見えるそれは、高架の上をじっと見上げて立っている。傍には鳩の餌を撒くいつもの暇人がいたが、彼がその影に気付く気配はない。どうやら、その姿は浮浪者にだけ見えているようだ。
 浮浪者は怪訝そうに首を傾げる。そんな彼に気付いたのか、影は揃って浮浪者の方を振り向く。その瞬間、影はうねうねと蠢き、みるみるうちにその姿を変え始めた。その姿は、翅を広げた蝶のようにも、手と手を取り合う天使のようにも見える。そんな姿を、浮浪者はじっと見つめる。気付けば、その眼を影から離すことが出来なくなっていた。

 そして、いつの間にかその影の数が一つ増えていた。

●ブリーフィング
「今回のミッションは、都内に出現する従魔集団の討伐です」
 オペレーターは地図をスクリーンに映す。そこは、とある駅前の広場であった。
「プリセンサーが予知した情報によると、デクリオ級程度の実力を有すると見られますが……それ以上の事はどうやら不明なようです」
 画面が切り替わり、定点カメラから見た駅前広場の様子が映し出される。
「彼ら単体ではそれほど難しい戦いになるとは思いませんが……どうやら周囲にいる人々はこの従魔の存在に気付かないようです。一般人に従魔の被害が及ばないよう、最大限の注意を払ってください」

「難しい情勢が続いていますが、落ち着いて任務を遂行してください。よろしくお願いします」

●朝霧に浮かぶ影
 君達は早朝、眠い目を擦ったりしながら従魔を討伐しに駅の前へと駆けつけた。相も変わらず、鳩に餌を撒く老人が立っている。
 君達は駅の前に立つ影を見た。線路をじっと見上げていた影も、静かに君達へと振り返る。

 やがて、その姿が蠢きその形を変え始めた。

解説

メイン 従魔を撃破せよ
サブ 一般人を負傷させない

ENEMY
デクリオ級従魔×10
その姿は影のようにおぼろげ。それを目にした者の心のままに、様々な形を取る。
・ステータス
 不明
・スキル(PL情報)
 変貌:相対した者に応じて姿を変貌させる。[キャラクターによってランダムに効果を発動させる]
・性向
 カカシ:それらは言葉もなく突っ立っている。[移動を行わない]

フィールド
・早朝の駅前(広さ30sq×50sq)
・朝霧が立ち込めており、やや足元が見づらい
・ベンチや街路樹、タクシーなど、障害物になり得るものがいくつかある。
・人影はまばら。夜の仕事終わり、なんて人もいる。

TIPS(PL情報)
・一般人は従魔の存在に気付いていない。
・無闇に従魔の存在を伝えるのはかえって危険。伝え方は工夫しよう。
・従魔の攻撃行動は自分を認識した存在に対して行う。

リプレイ

●今から演習です
『(デクリオ級程の能力を持つ従魔が……何故動かないのでしょうか)』
 構築の魔女(aa0281hero001)は駅前広場を駆け回り、“Keep out”のテープを通路に差し渡していく。それから彼女はテープを跨いで広場へと入り、駅前でパンくずをばらまいている老人に話しかけた。
『申し訳ありません。数日後に従魔の出現が予知されたので、これより現地演習を行う事になりました。ご協力をお願いできますか?』
「従魔ぁ? そうか。そりゃ大変だなぁ」
 下手に危機感を持たせるわけにもいかなかったが、それにしても老人の態度は呑気だった。その肩をそっと掴んで、魔女は広場の外へと歩かせる。
『お願いします。H.O.P.E.としては当日一人の被害者も出したくないので……』
「あー、わかった、わかったから。乱暴にせんでくれ」

「何? 通行止めぇ? 一体何なのよこの朝っぱらから!」
 一方、夜の街からの帰りらしい淑女達が高架下の方でぶーたれている。普段使っている通路が塞がれ、少々不機嫌になっていた。エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は、そんな婦女子達の背後に立つ。
『さて……演じましょう、道化師を』
「はい。お母様」
 アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)はこくりと頷き、エリーと共鳴する。瞬間、その背はぐっと縮み、胸や腰回りも幼くすぼまる。いかにも少女らしい外見になってしまった。小さく咳払いをした彼女は、いきなり仮面とシンセサイザーを幻想蝶から取り出し、喧しく騒ぎ始めた。
『Hey Ladies! 偶然この場に居合わせた貴方達はラッキーよ! 命が惜しくない人は見ていくといいわ!』
 蝶と薔薇を模した仮面にはマイクが仕込まれ、少女のキラキラ声が一帯に響き渡る。
『善性愚神とかなんとかって、本当に素敵? 騙されてるんじゃない? 不良がゴミ拾いをしたら凄くいい人に見えちゃうでしょう? でも優等生がゴミ拾いをしたって当たり前だと思っちゃう』
 ただの少女とは思えない、立て板に水を流すような言い回し。女達は思わずエリーの方を向いた。エリーは金髪も振り乱し、シンセサイザーをライブのようにかき鳴らす。
『愚神は人を誑かすのがお上手ね。善性愚神だなんて。愚神にとっての善が人の善のはずがないのに。貴方達はH.O.P.E.という優等生がどんなか、しっかり見るべきだわ!』
「あんた誰や?」
 突然現れて最近のトレンドをぶち抜く大演説を始めた少女に、女はぽかんと口を開く。キーボードの左から右へと指を滑らせ、エリーは飛び切りの笑みを浮かべた。
『私? フリーのエージェントよ。今日の名前は、アルメリアにしておくわ!』
 よろしく、モノの分別も付かない愚かな皆さん。弾けるような笑みを浮かべつつ、エリーは心の奥底でそっと付け足すのだった。

『さて、あの方が頑張ってくれているおかげで、退避は無事に済みそうですね……』
 二挺の拳銃を手に取り、魔女は戦場へと舞い戻る。目の前に立ち並ぶ影は、ぼんやりと駅の高架をじっと見上げている。微動だにする気配がない。
『従魔反応なし、安全確認完了。これより訓練を開始します』
 トランシーバーに連絡を吹き込み、いかにも訓練らしい雰囲気を装う。しかしそんな中で、辺是 落児(aa0281)は一つの違和感に気付く。
「(ロロ……)」
『はい?』
 落児の言葉に、魔女は首を傾げて周囲を見渡す。戦いの準備を進めていたはずの仲間達が、街路樹のようにぼうっと突っ立っていた。

●Abnormalize
「……ん。ママと、パパ……?」
 氷鏡 六花(aa4969)は、思わず足を止める。対峙した二体の影が、いきなり六花の両親に姿を変えたのだ。運命の日、六花を自宅のクローゼットに隠し、二人は身代わりとなった。戸の影から覗いている間に、父親は狼に一呑みとされ、母親は冷気で凍りつかされた。まるで幼児が蟻を潰すかのように。そんな彼らは、無言のまま、並んで六花を見つめていた。
「ん。六花が、雪娘を、赦したから……カタキを討つのを……やめたから……ママもパパも、怒ってる……のかな。それとも、悲しんでる……のかな」
 六花は唇を震わせる。しかし二人は何も言わない。本物ではないとわかっているからこそ、なおさら心が痛くなる。その儚い声色は、すっかり共鳴する前の六花と同じになっている。
 “狼狽”していた。
『六花。ちょっと、六花』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は六花に呼びかける。しかし六花は茫然自失としたままだ。ふと、アルヴィナはライヴスが徐々に蝕まれていくのを感じた。全身に影が靄のように纏わりつく。
『いけない』
 アルヴィナは咄嗟に主導権を取り、身を振るって靄を振り払った。そのまま断章を開き、六花とは違う厳然とした冷気を身に纏う。
『(……駄目だわ。このまま、私が従魔を倒したら、六花の心は……迷いを抱えたままになってしまう。これは……六花の心の問題。六花自身に乗り越えさせないと……意味がない)』
 右手を振り、冷気を放散する。その身を取り巻く靄を凍風で振り払いながらも、アルヴィナは影に手を出せずにいた。

「……その格好で視界に入らないでよ。その、顔で……ッ」
 ナイチンゲール(aa4840)はジークレフを握りしめ、二体の影を見つめる。片や彼女と瓜二つの女。騎士の戦衣を纏い、炎を纏う剣を手にしている。その隣には、黒い機械の身体にローブを纏った死神が現れる。女は死神に寄り添うように立ち、その口元は――
「笑うな!」
 少女は飛び出す。激昂する心のままに叫ぶと、ジークレフを肩に担ぎ、女に向かって強引に振り下ろす。唸る風と共に影は吹き飛ぶ。しかし、次の瞬間にはその影はカタチを取り戻し、不自然な斥力を受けて少女は突き飛ばされた。
「なにさ! いつも邪魔ばっかり! 自分は私の事お構いなしに、好き放題するくせに!」
 声を甲高くして、力任せに剣を振るう。癇癪を起こした彼女の体捌きは滅茶苦茶だ。
「何で今出てくるんだ。何でその人の隣にいるんだ! また男を乗り換えたのか!」
  しかし、それもお構いなしにナイチンゲールは無闇な攻めを繰り返す。
 “暴走”していた。
『なるほど。未だ支えが取れぬと見える』
 墓場鳥(aa4840hero001)は呟いた。ナイチンゲールは眼を剥く。
「違う! 私は――」
『だが気が付いている筈だ。お前がアグネス・リデルハートの姿となる理由を。アグネスがタナトスの隣にある訳を。それがお前の――』
「言わないで!」
 ナイチンゲールは思わず崩れて膝をつく。その眼には涙が浮かぶ。
『では下がれ』
 墓場鳥は主導権を奪い取ると、ゆらりと立ち上がる。小夜啼鳥を模した無数の光が彼女に纏わり、その姿は墓場鳥のものへと変わる。その手には、全ての光を奪う黒い刃。
「待って! 私はまだ!」
『黙れ小娘』
 墓場鳥の厳めしい言葉が、ナイチンゲールの口を噤ませる。
『……大人しく見ていろ』

『退避してください! 演習とはいえ本番を想定しています!』
 不知火あけび(aa4519hero001)の声が幻想蝶から響く。街路樹の天辺に日暮仙寿(aa4519)が立ち、バリケードテープを跨ごうとした男を見下ろしていた。その超然とした姿に、男はたじろぎすごすご下がる。仙寿は腕組みをして首を傾げる。
《……こんな事をする必要はあったか》
『いいの! どうせなら格好良く決めないと!』
《忍びなれども忍ば……いや、何でもない》
 仙寿は飛び降りると、駅前に佇む影を目指して駆け出した。そのうちの一体のカタチが不意に歪み、赤髪と黒い瞳を持った青年へと姿を変える。あけびの心の奥底に刺さった、小さな棘の一つに。
『(……葉守さん?)』
 その姿は彼女が討ち果たした悪魔の眷属。元の世界から持ち出してきた記憶の一つ。何故彼がここにいるのか。彼女の動揺が、仙寿にまで伝わってしまう。振るった剣先は影を掠めただけだ。
《どうした、あけび》
『(……あの人は派手な事件を起こしてた。味方同士で殺し合わせたり……そうだ、近くに爆弾を仕掛けているかも)』
 空に飛ばした鷹の眼で、あけびは駅の周辺を見渡す。しかし、その瞬間に彼女は気付いてしまった。嘗ての彼が動物型の敵を行使していた事を。
『(いけない。これを使っていたら、私ごと乗っ取られるかも……!)』
 あけびがそう思った瞬間、鷹は消え去る。仙寿は苦い顔をした。
《これでは技が使えない……》
 過去の苦い記憶が、あけびを“封印”していた。

「敵は……動かない?」
『……動く必要が無いのかしら』
 一足先に六花達が対峙している影を見渡し、迫間 央(aa1445)とマイヤ サーア(aa1445hero001)は呟く。戦いが始まってからもずっと、影は一歩も動く気配を見せないのだ。山間に立つ立木のように、彼は動かない。
「人の流れの中に立っていること自体が目的か」
『どうにも変よ。皆、そんな影に対して上手く戦えていないみたいだけど……』
 マイヤは声を潜めた。六花は攻撃を放てず、ナイチンゲールは動かぬ影に攻撃を当てられない。仙寿も影を前に狼狽えたような動きをしている。央は眉を顰め、通信機のスイッチを入れる。
「大丈夫だと思いたいがな。……俺達は、ターミナル入り口前の個体に対応する。後は任せたぞ」
 建物の影を縫うように駆け抜け、央は一体の影と向かい合う。背中に負った白夜丸に手を掛けるが、その瞬間に影は形を変えた。それを見て、央は思わず歯を食いしばる。
「……皮肉なもんだ。やっぱりこんな形でしか会えないとはな」
 それはマイヤに瓜二つ。しかし、彼女は砂漠の踊り子のようにあでやかな、漆黒の装いを身に纏っている。口角を持ち上げると、艶やかな唇が紅色に輝いた。
「ナティス・レヴァンハート」
 それは、央にとっての夢、恋、羨望。恐らくはその全て。自らを魔女と名乗った女。
『あれが……力の魔女』
 白く慎ましいドレスを身に纏う彼女にとっては、当に対局といえる存在。彼女に近しい容姿でいる事は、央が求める英雄として相応しいと、内心誇りに思っていた。
 しかし、彼の全てを利用しているようで、引け目にも感じていた。

「皆、どうしてしまったんだろう」
 荒木 拓海(aa1049)は影を見つめた。それは動きもしない、只の的。しかし、そんな的を前にして、皆が攻撃を躊躇っていた。
『そういう能力を持っているのかもしれないわ。気を付けて』
「わかってるよ。いざという時は、何とかしないとならないかな……」
 足を止めて睨み合いをしている央と影を見遣り、拓海は魔剣を手に取る。一切攻撃してこない不気味な従魔に、拓海は駆け足で近寄った。もしかすると、誰かに憑依している存在かもしれないと思って。
 刹那、影は形を変じた。その身体は一気に縮み、一人の幼い少年へと姿を変えていく。同時に、放たれた黒いライヴスの波動が拓海を捉えた。
「……ミロン」
 虚ろな目をして、拓海は呟く。彼に見えていたのは、助けられないまま、最近死亡したと聞かされた少年の姿だ。
「生きてたんだ……!」
 思わず、彼は我を忘れて駆け寄ろうとする。しかし、その動きをメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が制した。
『待って! 影が化けただけよ!』
「違う! 愚神達に利用されて、ここに居るのかもしれないだろうっ!」
 しかし、拓海は聞く耳を持たない。ミロンを抱き寄せようと、彼に向かって手を伸ばした。

『これは……ハハ、ハハハハハ!』
 ディオ=カマル(aa0437hero001)は狂ったように笑い出した。影が翼を広げたからだ。その顔は天使のように美しく、その瞳からは悪魔のような悪辣さが透けていたからだ。その存在が、彼の家族を殺し、世界を滅ぼした愚神にそっくりだったからだ。
『いいだろう、いいだろう! その姿を取るという事は、俺に殺されたいという事か!』
 憤怒したディオは吠えたて、火乃元 篝(aa0437)の肉体の主導権を奪い取り、己が自ら戦おうとした。大剣を握りしめ、影へと向かって駆け出そうとする。
「……ふんっ!」
 しかし、柄を両手で握りしめた篝が大剣の腹を自分の額に叩きつけた。額からうっすらと血が滲む。太陽のように光を放つ金髪が、さらりと揺れた。篝は獅子のように歯を剥くと、内のディオに向かって吼えた。
「ディオ! 今は私だ! 全ては私のやる事なのだ! 邪魔するなら潰すぞ!」
 ハスキーな声色が、凛と駅の周囲に響き渡った。その叫びは、一言でディオを脅しつけ、我に返らせる。
『……アッハハァ! 失礼いたしましたぁよ主ぃ! では御好きに、ワタクシの憎悪を消し去ってくださぁい!』
 道化が謡うように、ディオは篝へと己の想念をライヴスに乗せて託す。しかし、篝は眼を瞬かせた。
「うん……よく解らぬが、行くぞ!」
『はぁい、それでよいのですぅよ、あなたはぁ』
 篝は巨大な鉈を両手で握りしめ、影へ向かって突き出した。天使の姿を失った影は、抵抗もせずにその刃を受け容れた。篝がトリガーを引くと、火薬が炸裂して刃は影を吹き飛ばす。そのまま篝は鉈を手放し、チェーンソー型の大剣に持ち替える。ライヴスが満ちるとともに、鎖鋸は静かな唸りを上げた。
 四肢に纏う黄金の甲冑が光を帯び、彼女を日輪の輝きで包む。
『……天頂へ向かう恒星よ。全てを焼き尽くし給え』
「オラァ!」
 彼女は吼えると、影に向かって鬼神の如く一撃を叩き込んだ。影は回転する刃に削り取られ、朝霧の中へと霧散する。
「ふん。動かぬ案山子など、最早鍛錬にもならんな!」
 篝は二振りの刃を地面に叩きつけ、腕組みする。一陣の風が吹き抜け、彼女の髪を靡かせた。

『おお、見よ! アレは太陽! 希望の篝火! その一撃は一切の容赦なく人類の脅威を打ち砕くわ!』

『……まだ、ミロンに見える?』
 主導権を拓海から取り上げ、リサは尋ねた。そこに立っているのは、リサと同じ鎧を纏った、三十路絡みの大柄な男。拓海はようやく我に返った。
「いや。……あの人は?」
『少ししか思い出せないけど……多分私の許嫁だった人』
「簡単に惑わされたよ……すまない」
『生きてるかもと思うなら当然よ』
 リサは魔剣を中段に構える。切っ先が歪な光を放った。
「リサの手で倒せる人なのか? オレが倒すよ」
『……ううん。大丈夫……だって、私の目の前で、亡くなった人だもの』
 リサは腰を落とすと、低く構えたまま男へと迫る。
『あの人の姿に成らないで!』
 目にも止まらぬ三連撃。迸るライヴスでその身を引き裂かれた影は、朝日の中へと融けていった。

『イェス! その一撃は強靭よ。立ちはだかる壁は全て打ち砕くわ!』

「……俺の背中を押せ、マイヤ。少しだけ、お前の力を貸してくれ」
 央は呟く。全ては泡沫の夢だ。既に心に決めた者がいる。目の前にあるのは、過去から伸びて彼の脚を捉まえる鎖だ。マイヤは彼の想いに応え、意識の中に融けこむ。
「夢も現実も全てを置き去りにして……一瞬で終わらせる」
 央の髪が、一房蒼色に変わる。そんな彼に、魔女はしなを作って流し目を送る。骨まで蕩かしそうなその視線を遮るように、彼はライヴスを纏って消えた。刹那、その姿は揺らぐ。魔女はふらつき、その眼が宙を泳いだ。
 影の背後に央が立つ。背負った大太刀の鞘が、蒼い光を帯びた。柄に手を掛けると、袈裟懸けに太刀を振り抜いた。
 白の眩い輝きが、魔女の影を闇へと葬った。

『今何が起こったか分かったかしら?素戔嗚尊とよばれる彼の剣筋から逃れる術はないわ!』

《討伐したんだろう! 偽物に負けるなど、死んだ男に笑われるぞ!》
 影から定期的に放たれる引力を躱しながら、仙寿は叫ぶ。その言葉を聞いた瞬間、あけびははっとなった。その黒い瞳を見据える、仙寿の手にある小烏丸が、歪な輝きを帯びた。白羽根を散らして迫り、袈裟懸けに斬りつける。ライヴスの毒が、影を溶かしていく。
『葉守さんの為に技を磨いた。彼を終わらせるために……殺した時、開いたままだった瞼を閉じたのは私』
 影はその場に崩れ落ちる。葉守の姿は消え去り、只の影へと変わって塵になっていく。
『酷い事件を沢山起こしたけど……元々は、本当に普通の、とても悲しい人だった』
 仙寿の瞳はうっすら赤く染まり、その目尻が薄らと光る。心の奥底が、茨で引っ掛かれたように痛んだ。
『言ったでしょ? 今となっては、斬るだけだ……って』
 最後の戦いの言葉を思い出す。仙寿は刃に纏わる影を払い、鞘へと納めた。あけびの痛みを彼も感じ、ひたすらに顔を顰めていた。

『着物で戦場を舞う天使。守護者の光とよばれる彼。彼の正義はきっと貴方達の希望となるわ!』

『……安心したぞ。それでこそ、私の“自我”だ』
 乗り代わっても姿を変じぬ二つの影。墓場鳥はつかつかと踵を鳴らし、タナトスを袈裟懸けに斬りつけた。返す刃で、アグネスにも一撃を叩き込む。影から放たれた斥力が刃を止めるが、墓場鳥は構わずアグネスを押し込み、その脇腹に刃を突き立てた。そのまま刃を薙ぎ払うと、二体の間を駆け抜け、背面から立て続けに二体を切り裂く。
 二体の影が同時に斥力を放つ。重力の捻じれが墓場鳥の腕を裂いたが、彼女は構わずタナトスへ大上段の一撃を叩きつけ、そのままアグネスにも切り上げを見舞う。
 淡々とした攻撃だった。
「もうやめて、斬らないで!」
『駄目だ』
「お願い、自分でやるから」
 ナイチンゲールは悲痛な声で叫ぶ。墓場鳥の目に、涙が浮かんだ。
『……認めるか、お前の“本質”を』
「だって」
 真珠の涙が地面へ零れる。元の姿へと戻ったナイチンゲールは、ジークレフを握りしめた。
「それが私だもの」
『ならば案山子に用はないな。“成し遂げろ”。そして――』
 ナイチンゲールは両手で拳を握りしめると、一気に振り抜いた。影は切り裂かれ、霧散する。その目は、新たな決意が宿っていた。
『“優しさを諦めるな”』

『徴を刻む者。見逃さないように見ていなさい、彼女の刻む奇跡を!』

 ふと、六花の髪に挿していた雪華のかんざしがさらりと鳴る。
「ん……仙寿さんに、貰った簪。雪娘と、お揃いの簪……」
 六花はそっと頭に手を遣り、髪から簪を引き抜く。
「……六花が、優しいままであるように……って。仙寿さん……言ってた」
 簪を握りしめると、ふわりと心が温かくなる。六花は唇を結び、真っ直ぐ従魔を見据えた。
「雪娘を殺したら……すごく哀しむ人が……一人、いるの。六花は、誰にも六花と同じ思いをさせたくないから、もう、カタキ討ちは……やめた、の」
 六花は簪を髪に挿し直すと、魔導書を手に取った。
「……きっと、わかってくれる。ママとパパなら、きっと……六花の決めた事、褒めて……くれる」
 その身に冷気が渦巻き、周囲の空間を歪ませていく。父母の姿が歪み、只の影へと戻った。六花は身を躍らせると、地吹雪を走らせ二体の影を纏めて呑み込む。
 六花が迷いを吹っ切ろうとした瞬間だった。

『可愛いらしい見た目に騙されちゃ駄目よ?絶対零度の氷雪華、彼女の氷の魔術は全てを薙ぎ払うの』

『幻覚を見せられた……ですか』
 仲間達からの報告を受けながら、魔女は不審そうに呟く。確かに、影に対峙した時の彼らの挙動は手練れのそれではなかった。
『能力は強力な精神攻撃、といったところでしょうか。それにしても……』
 銃で影を撃ち抜きながら、魔女はちらりとエリーの方を見遣る。周囲に集まった数名の人々は、半ば茫然と此方を見ていた。敵の姿に気付いている様子はない。
『一般人の方には見えていない、という事でしょうか……?』
「ロー」
 あるいは、存在に気付いた瞬間見えるようになるのか。疑問は尽きない。
『何より、その幻覚が私達に見えないのはなおの事不思議ですね』
 彼女達の前で、影はただ目の前に立ち尽くす影だった。それ以上でもそれ以下でもない。
『この従魔、只湧いて出たわけではなさそうですね……』
 もう一回引き金を引くと、影は跡形も無く消え去る。
 二人の中に降りた影は、既に燃え尽きてしまったのかもしれなかった。

『あれこそはH.O.P.E.が軍師の一人。常に冷静沈着、狙った標的は外さないわ!』

 エリーの口上が高らかに響き渡る。気付けば、駅前の影は全て斬り払われていた。

●Nameless Monster
「六花」
「……ん。ナイチンゲールさん……」
 六花とナイチンゲールは、互いを抱き寄せる。“あの時”には叶わなかった事だった。アルヴィナはそんな二人を見守り、仙寿の方へ振り返る。
『ありがとう。貴方のおかげで……六花は前を向けたわ』
「いや。俺は何もしていない。それは六花自身の力だろう」
 仙寿は首を振る。あけびと目配せし、小さく微笑みあった。墓場鳥はそんなあけびの赤い瞳を覗き込む。
『お前は平気なのか。元の世界で、思う所のある存在を見たそうだが』
『はい。……一度、しっかりと決意してやった事ですし』
 あけびは頷くと、改めて六花の横顔を見つめる。その目には涙が浮かんでいた。
『このまま、六花の決断が報われればいいけど……』
 それを聞いたアルヴィナは顔を曇らせる。
――その優しさを忘れちゃダメだ。……でも、利用されないように気を付けろよ――
 六花の心の奥底に響いた、一匹の蛙の言葉。愚神との共宴が怪しくなった今、アルヴィナにはこの言葉が鐘のように響き続けるのだった。

 そして数日後、雪娘の言葉は彼女の心を氷のように打ち砕くのだ。

「わかっているんだ。喩え、この世界がひっくり返ったとしても、アイツが俺の前に現れる事は……もうない」
 央はベンチに座り、うなだれていた。そのそばに寄り添い、マイヤは空を見上げる。
『あの従魔が私達の前であの姿になったというのは……』
 果たして央の未練なのか、マイヤの内心の不安によるものなのか。
「……」
 一抹の寂しさを感じる。どちらからともなく、二人は互いの手を握り合っていた。

 アトルとエリーは駅前を離れ、今だ賑わいの無い通りを歩いていた。H.O.P.E.の関係者であると悟られる前に、さっさといなくなることにしたのだ。
「母様はもっと壊さなくて良かったのですか?」
 結局彼女は戦わずに観ていただけだった。アトルは無邪気に首を傾げた。
『そうねぇ。本当に壊したいものがバレたら大変でしょう?』
 エリーはにこりと微笑んだ。いつかは彼らの首をも切り裂く。黒い想念を胸に、彼女は早朝の街を闊歩する。
 それと擦れ違うように、篝は寝ぼけた街の中を歩いていた。“体力が欲しいなら朝ラーメン”とかいう怪しいノボリが掲げられた店の前で、彼女はメニュー表を見つめていた。
『あのぅ……この店はぁ、何か美味しくなさそぅで……』
「……うむ! ここはやはり味噌ラーメンだな!」
 しかし、篝は納得したように頷き、さっさと店の中に入っていく。ディオは肩を落とした。
『全く、我が主は人の話を聞かないし好き勝手だし……であるからこそ、我が憎悪を乗りこなしますか』
 ディオは肩を落としつつも、どこか満足げに後へ従うのだった。

「ワシにはちゃんと帰る家がある! バカにするな!」
 拓海は、鳩に餌巻く老人に怒られていた。浮浪者と勘違いしてしまったのである。
「ごめんなさい。……それで、最近この辺りで寝泊まりしていた人とか、見ませんでした?」
「この辺にはよくいるからなぁ。……うむ。最近も一人増えたような気がしたが……いつの間にかいなくなってしまったな」
 拓海とリサは顔を見合わせる。嫌な予感がした。それに追い打ちを駆けるように、魔女たちが駆け寄ってきた。
『やはり、この辺りで何人も行方不明者が出ているようです。この辺りのホームレスの方も、少なからず巻き込まれてしまったのではないでしょうか』
「そんな……」
 拓海とリサは顔を曇らせる。ミロンが死んでしまった事実に打ちのめされている間にも、善性愚神を人々が持て囃す間にも、命は着実に失われているのだった。魔女は行方不明者のデータを黙々と纏めていたが、やがて首を傾げる。
『それにしても、やはり動かない従魔の存在は気になりますね……』

 ふと、警笛が高らかに響き渡る。リンカー達は一斉に駅の方を振り返った。濛々と煙を放つ漆黒の蒸気機関車が、轟轟と音を立てて線路を駆け抜ける。
『機関車……』
「山手線に機関車? そんなの聞いた事……」
 拓海は訝しげに眉を顰める。再び警笛を鳴らしたかと思うと、機関車は駅を駆け抜けていく。リサは眼を細くしていたが、やがてその動体視力が窓の中の人影を捉えた。
『……中に、さっきの従魔が乗ってる』
「何だって?」
 拓海達も慌てて列車に眼を向ける。

 車窓から、影が見ていた。インク染みのような形のそれは、列車とビルの谷間へ消えた。

 終

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611

重体一覧

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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