本部

【ドミネーター】線路上の死闘 上

玲瓏

形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/04/22 20:32

掲示板

オープニング

 絶え間なく動き続けていた戦場に、僅かな休息が与えられた。終わりではない。終わりへの前哨戦なのだ。
「ジェシーは光栄よ。とてもいい気分」
 サイドテールを自分の手で撫で、ジェシーは短く笑った。彼女はフランメスの命令で別の地点で合流していた仲間の指揮を取れと命じられたのだ。
 役は揃っていた。
 ドミネーター最初の行動で犠牲になった町で行方が分からなくなったスナイパー。
 不適にほほ笑むドクター・リン。
 エージェントへ差し出された駒は三人だけ。人数差で不利だと明白なはずだが、ジェシーは怯みを見せなかった。むしろ、この状況を楽しんでいるようにさえ見えた。
「この子たちの怒りの力は壮絶よ。恨みが満ち溢れて、それが無限の力になっているの。あなた達はどう? 私達に対しては怒りという感情だけをもっているかもしれない。でもこの子たちはそれ以上の感情をもって、ここに立っているわ。……まあ、ちょっと細工もさせてもらったんだけどね」
 ドクター・リンはドミネーターから結成されて当初から幹部の立ち位置に座っていた。今まで表に顔を見せることはなかったが、裏で隊員達の士気向上に貢献していた人物でもあった。
 戦場にはまだ雪が残っていた。周囲には人の気配もなく、真っ平な道に線路があるだけだ。死闘の場として、これ以上はなかった。

解説

●目的
 敵の撃破

●ジェシー・リン
 彼女の能力、コピーは罠の設置から「暗黒」を操作する能力へと変わっている。
 暗黒は属性ではなく、彼女からすれば武器である。人間の血を吸収する事によって威力が増す。最初、暗黒は円形を模しているが、ジェシーの命令によって遠距離武器、近距離武器へと形を変えることが可能。力を半分にして二個まで分裂も可能で、ジェシー本体から切り離す事も可能。
 暗黒は消費式で回復効果をジェシーにもたらす。
 奥義「ブラッドアーク」は最大の技。広範囲に及ぶ高威力ダメージと、少しでも攻撃に掠れば麻痺が付与される。

●ドクター・リン
 前回同様、針を使って攻撃を繰り出す。彼は婚約者を失っており、それに近い年齢と姿形の女性を見れば攻撃の意志を無くす。
「短い金髪が左右の側頭部で結ばれ、唇の横に黒子が出来ていて拳銃を持ち、右腕に切り傷が出来た女性」全てが当てはまればその人物に対して攻撃はしなくなるだろう。情報源は坂山で、バグダン・ハウスの情報資料を読み漁り、それと近い男性の名前を見つけていた。
 他にも口癖があるようだが、それは分かっていない。

●ドレイク
 身長は155センチメートルと小柄な男のスナイパー。迷彩服とガスマスクを装備している。
 狙撃の腕は高く、五キロメートル内ならば的確に命中させる。
 狙撃銃には様々な能力が備わっている。対象に当たれば強い衝撃を与える破裂弾と貫通弾を瞬時に入れ替える能力、グリップと銃口からナイフを出し銃剣として扱える能力、フックの射出。
 狙撃銃以外にも手榴弾、煙幕を数個所持。腰には二丁の拳銃が備えられている。
 彼はヴィランではあるが、最早人間とは呼べないだろう。意思疎通は取れず、目先の獲物を狩ることにしか脳がない。狩るためならば、自分自身の身を犠牲にしてでも敵を殺すだろう。
 その証拠に、彼の体内にもまた爆弾が埋め込まれている。それを知っているのはジェシーだけだ。

リプレイ

 線路の真横をワゴン車が通った。ジェシーの横を通過する直前で停車し扉が開いた。
 テスをHOPE職員に預けた赤城 龍哉(aa0090)は途中で線路まで車で送られていた。車の中には荒木 拓海(aa1049)、構築の魔女(aa0281hero001)も乗車しており、三人は共鳴すると即座に臨戦態勢をとった。荒木は線路内へと入り、全員の前へ立った。
 三人と、十人の戦い。ジェシーは瞳に宿した笑みを崩さなかった。
「戦いは、戦いとは人間のあるべき姿よ」
 ワゴン車は三人を降ろすと雪を掻き分けて来た道を引き返していった。スナイパーのドレイクは照準を車に合わせたが、ジェシーが制止した。
「今の人間は皆、忘れているわ。かつては美しい物のために争いは絶えなかった。土地や、金、美女。血は高潔たるものなの。痛みや恐怖は人間の防御力。怒りは攻撃力」
「人間には戦い以外で相手と交渉しあえる知能がついた、それだけの話とも言えますが」
 晴海 嘉久也(aa0780)は赤城の後ろからジェシーに言ってみせた。彼は空港から急いで駆け付けたのだ。
「人間に知能なんてつくはずないでしょ。ジェシーはこう思うわ。死という恐怖を子供の時代から植え付けさせ、戦いに臆病にさせただけ」
 耳を傾けていた荒木が最初に口を開いた。
「それがジェシーさんの、戦う目的なのかな」
「まだあるわ。戦いの中で美しい人間をコレクションするのも、私の楽しみの一つなの。特にあの子とか」
 目配せした先には橘 由香里(aa1855)がペイルブレイズを構えて立っていた。突然突き刺さる視線に少しだけ動揺したが、すぐに持ち直して言葉を返した。
「私をコレクションに加えてどうしようっていうのかしらね。参考までに聞かせてくださる?」
 趣味の悪い答えしか返ってこないだろう、とはその場の誰もが思ったことだろうか。
「そんなに知りたい? じゃあヒントを教えてあげる。フランメスは美しい物を汚すのが悦びだって言ってたけれど、私は真逆。美しい物は美しい物として取っておくの」
 ジェシーは短く笑うと片手を前に掲げた。手のひらを空に向けると、その上に気泡に似た物が形成された。赤黒い色と呼べる。泡だったものは確かな形へと変わり、水晶玉へと変化した。
「あなた達に命令するわ。美しい物は捕獲し、それ以外は殲滅。以上よ。死ぬ気で狩りなさい」
 黒い水晶玉は追って形を変え、剣の形を形成した。


「これ使うのも久しぶり。昔はよくこれ使って無理してたっけ……。でも体に負担がとか言ってる場合でもないし」
 橘は秘薬を口にした。リンカーの可能性を高めるが、精神と肉体に大きな疲労を与える。橘は秘薬に頼る戦いから一度離れたが、今こそ使うべき時なのだ。飯綱比売命(aa1855hero001)も口を挟まない。
「やーっと因縁の対決に決着って感じだよ! ジェシーだかなんだか知らないけどあたいがここで氷漬けにしてあげるわ!」
 雪室 チルル(aa5177)は臆面なく言う。人数的に有利とはいえ相手は愚神だ。スネグラチカ(aa5177hero001)は共鳴していなかったら彼女の口に手を当てていただろう。
「ところであたいも美しいでしょ。やっぱりコレクションに入れたくなる?」
「私のコレクションにバカっぽい子はいらないわ」
「きさまー!」
 雪室は近くの雪玉を拾ってヤケクソにジェシーに投げつけた。ジェシーは振り払うまでもなく、頬に雪玉を受けた。怒りを見せるどころか、ジェシーは雪室の遊びに乗っていた。彼女も雪玉を手で丸めて、玉を返した。
 危うく胴体に激突するところだった。雪室は素っ頓狂な声を出して横に避けた。
「へえ、これが噂に聞いていた雪合戦。結構面白いのね」
 ドクターとドレイクは二人してジェシーを睨んだ。
「あんた、何遊んでんだよ。フランメスの言う事を忘れたのか」
「別にいいでしょ」
「ふざけるな! ドレイク、もう誰でもいいから早く殺せ」
 呆れた溜息を出したドレイクは、即座に銃を構えてトリガーを押した。刹那は一秒すらかからなかった。
 ラモラック(aa4612hero002)は即座にハルバードを構えた筈だった。ところが脇腹に痛みが走ったのだ。
「ち……ッ」
 息を呑む間もなくドレイクは再び狙撃銃を構えていた。
 フリーガーファウストを構えたラモラックは、ドレイクの足元に向かって放った。
 衝撃音が空に高鳴ると、雪と煙が舞った。
「向こうの方角へスナイパーが退避しました!」
 微かな煙の揺らぎを九字原 昂(aa0919)は見逃さなかった。ドレイクは煙に紛れて線路から脱した森林の方へと走っていったのだ。ドレイクの追跡には赤城も加わり、三人が後を追った。
「させないよッ!」
 三人の進行方向に毒を含む針が投擲された。針は正確な軌道を進んだ。先には三人の首筋、だが――その針は途中で砕かれた。三つの銃弾が軌道を掻き消したのだ。
 プライドオブフールズの銃声だ。
「邪魔な女め」
 途端にドクターは狼狽えた。ジュエラ、ジュエラと二度名前を口にすると、先ほどよりも強い憎しみを込められた目で魔女を見返した。
「お前だな、お前がジュエラを誘拐したんだろう! そうだリンカーだ。お前らの中の誰かがジュエラを攫ったんだよ!」
 顔が紅潮していく。
 風代 美津香(aa5145)は魔女の隣に立った。パトリオットシールドを構えてドクターを見据えていた。
「あの人は昔に婚約者を失って、今も探しているみたいなの。彼女の事になると目の色を変えてひどく攻撃になる。魔女さん、一つ提案があるんだけれど……彼を攻撃するのは少し待ってもらえないかな」
「提案とは、一体どのような物なのでしょう」
 彼に聞こえないように二人は小さく話した。ドクターは焦りを帯びて二人に怒鳴ったが、風代は提案を声にした。
「さっき坂山さんから連絡があってさ。子供の頃フランメス達がいた施設バグダン・ハウスにリンっていう苗字の人がいたの。その人間は女性で、彼の婚約者じゃないかって思ってる。身体的特徴もいくつか分かってるから変装を試みようと思ったんだ」
「変装をし、一瞬でも彼に隙を与えるということですね」
 鋭い針が二人に向かった。咄嗟に盾が構えられ針は防がれたが、ドクターは咆哮を上げながら走り出した。雪を足で蹴り飛ばしながら近づいてきている。
「巴ちゃんが婚約者役で今変装してくれてるよ! それまで二人で時間を稼ごう!」
 共鳴中、レオン(aa4976hero001)は葛城 巴(aa4976)に人格を預けていた。女性として、今度の任務は彼女の方が適任だったからだ。
 ドクターは指間部にそれぞれ三本ずつ針を構え拳を突き出した。盾は拳を一度は防いだが、ドクターは足で蹴り上げ風代の腹部に再度の攻撃を繰り出した。
「苦しみながらさあッ! 死の恐怖に犯されてみろよ!」
 魔女は瞬時にドクターの右腕関節を斜め下へ押し、手首を捻った。針が地面へ落ちた。
 標的は自然と魔女へと向いた。
 視線を魔女へと変えたドクターは針を真上へ投げた。針が落ちる前に彼は魔女の脇を通り、彼女の背後へ回った。体を前のめりに反らし抵抗力を奪うと両腕を後ろに掴み垂直落下する針の軌道に彼女の頭を置いた。風代は彼の肩に手を伸ばしたが、寸前で黒い剣が彼女の手に衝突した。
「楽しい人間ショーを見させて欲しいわ。ジェシーがドクターの所にきたのは、そのショーを見たいからなのよ」
 ところが一発の弾丸が黒い塊を明後日へと吹き飛ばした。機会を掴んだ風代はドクターの手を掴み地面に投げた。針は無秩序に地面に突き刺さった。
「標的を間違えてるんじゃないか、ジェシーさん。折角きたのに無視されるのは心外だな」
 ピースメイカーを手にしていたのは荒木だ。


 雪衣をつけた針葉樹はスノーモービルが近くを通る度に揺れ、雪が降りかかった。
「出てこい! そう長くリンカーの目を欺けると思うなよ!」
 一際高い針葉樹が目の前に見えた。ラモラックは木の頂上にロケット弾を放った。着弾の寸前に人影が別の木を転々と飛び回った。
「ここから南西の方角だ!」
「了解」
 音が鳴った場所から南西だ。九字原は木を見上げながら捜索へ走った。木々に身を伏せながら、周囲を窺うように。
「本命を仕留める前に、まずはこっちからやらないとね」
 ――わかっていると思うが、前座と侮れる相手じゃないぞ。
 ベルフ(aa0919hero001)の声は鋭かった。この状況に招集されてきた人材なのだ。
「うん。だからこそ、今ここで排除しておかないと次が厳しくなる」
 一発の銃声がなる直前、九字原は近くの木に身を隠した。銃弾は木を貫通し、地面に嵌った。
 木が動く音が聞こえた、再び移動したのだ。
 ――北北西だ。黄色い鳥がいる方角だ。
 ベルフは感覚でドレイクの後を追った。
「移動しました、場所は北北西です。赤城さんのいる方角です、注意を!」
「サンキュー!」
 ドレイクは木々を飛び移っていて足跡は残さない。
 針葉樹の隙間から日光が零れ出ていた。日光は影となり雪に降り注いでいた。
 赤城の前に落ちていた日光が揺らいだ。
「そこだな!」
 九陽神弓は素早く構えられたが、予想外の急襲が弓を弾いた。木々を移り回っていたドレイク自身が、まるで弾丸の代わりとも言うのだろう、赤城に向かって飛び降りてきたのだ。足元の地面に突き刺さったフックがドレイクのスピードを加速させていた。
 肘にナイフが突き刺さった。
 突き刺したナイフを引き抜いたドレイクは逆手に構え、二度の刃を伸ばした。赤城は掌底でドレイクの手首を押し上げ刃と首筋の間にゆとりを作った。
 ナイフは外したが、ドレイクは引かなかった。猫背の姿勢で背後に回り込みフックを真横に射出し距離を取ると、狙撃銃を構え何発も撃ち込んだ。赤城はブレイブザンバーで弾丸を防いだが、一方的に鳴る銃声は反撃の余地を漏らさない。
 ――体制を一度崩し、遠距離武器から近距離武器へ切り替える隙を使って反撃を作らせない……という事ですわ。
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は噛みしめるように言った。戦法を次々と変えながら戦うことによって相手を攪乱しているのだ。
 スノーモービルがドレイクの背後から近づいていた。ラモラックは赤城との挟撃を狙っていたのだ。ドレイクは機体に照準を合わせたが、別の方角から飛ばされたハングドマンが銃に絡まり身体が傾いた。
 ドレイクは悪態を見せると鋼線をナイフで切り裂き、再び別の木へと移った。
「場所は北東です、三人で回り込み逃げ場を絞り込みましょう。ここから北へ生き続ければ街に出ます。街には絶対に行かせないようにしながら彼の逃亡ルートをこちらで適宜調整しましょう」
「一般市民に犠牲者を出す訳にもいかねえからな。なら、モービルに乗ってる俺が先端を走り奴の逃亡先を逸らす。二人は左右から奴を炙り出すんだ」
 スノーモービルが雪を掻きだし、全速力で走り出した。機敏に木々を避けながら北へと走る。赤城と九字原はラモラックに続いて走り出した。
 銃声が響いた。弾丸は赤城の頭を狙っていたが、腕を額の前に掲げて寸前で食い止めた。貫通は許さなかった。銃声がした方角に弓を構え、想定される潜伏地点に矢を放つ。感触はなかったが、人影は再び北へと移動した。
「そのまま北に向かってるぜ! こいつ、街があることを知ってるのかもしれねぇな。街なら隠れ場所なんていくらでもあるってことだ」
 赤城は通信機に向かって言った。
「なら、ここからずっと進行方向は北方面って事になる訳だ。なら良い報告があるぞ。その方角に進んだ場所にひとしきり葉が生い茂る木がある。スナイパーにうってつけの場所だ。俺が詳しく言わなくてもみりゃ分かる。周囲に木は少ない。……ってとこから一つのやり方が導き出せる」
 ラモラックは無造作にロケット弾を打った。着弾し大きな音が広がると、木を揺らした。
「目標となる木、その周辺に奴が隠れる可能性を皆無にする。そして奴が地面を降りるか、その木に飛び移るかの二つに行動範囲を狭める。ここで奴を叩く機会を作るって話だ」
「地面に降りれば三人で囲めば逃げるのは難しい。木に登れば狙撃する時を狙って攻撃を仕掛けられる。問題はどうやって周辺に生える木に隠れさせないかという事でしょうか」
「木は合計三本だ。その内の二つの木の上に二人が立つ。俺は囮になって地面にいるぜ。もう一本の木はフリーガーファウストで攻める」
「内容は分かったが、奴は近接攻撃も仕掛けてくるぜ。俺らが木の上に立ってるからといって、こっちに来ないとも限らないから注意しろよ」
「再び近接戦闘に持ち込むチャンスです。向こうの逃亡手段はフック、それが分かれば次は逃がしません」
 再び銃声が鳴った。次の狙いは九字原だ。九字原を狙う弾丸は木に遮られた。


 荒木の横には晴海が並んでいた。ジェシーは晴海に視線を合わせた。
「爆弾付き空の旅は快適だったかしら。テスはどうなったの?」
「彼なら無事、HOPEへと届けられました」
 微笑みを浮かべていたジェシーは、退屈そうな溜息を吐いて不機嫌を露わにした。
「無能な人。でもお似合いの結末ね。フランメスは最初から、リンカーにテスの裏がバレた時点で捨て駒にするつもりだったわ。最後は色々な物を巻き添えにして散ってほしかったのに、最後まで使えないだなんて。それじゃあ、あの子はどうなるのかしら」
「あの子って?」
 晴海の返しに、ジェシーは何も答えなかった。代わりとなる言葉もなく、表情もなく。ただどこか、宙を見つめているように見えた。
「フランメスも愚か者ね」
 銃は次第に剣へと形を変えた。ジェシーは晴海の後ろに立つ橘、雪室に視線を送った。
「そこのアホっぽい子もコレクションに加えてあげる。気が変わったわ」
「アホっぽいって何さ! もう許さない! 鉄拳制裁を食らわしてやるんだから!」
 ――やっちゃいなさいよチルル、あれだけ侮辱してきたんだからちょっと派手にやったからって文句を言われる筋合いはないよ! さいきょーガールの名にかけてさ!
 スネグラチカの言葉に激励を受け、雪室は軽快に飛び上がった。ウルスラグナの切っ先をジェシーの頭に向け、重力のまま落下する。
 剣と剣が弾く音が響く。
「綺麗な音。ジェシーが聞きたかった音だわ」
 ウルスラグナの刃は弾かれども引かず、雪室は身体を一回転させてジェシーを狙った。
 身体を後ろに倒して剣を避けられた雪室は回転の勢いが止まらなかった。
 突然、背後から何かが覆いかぶさってきた。何か、とは言うまでもないのだが頭が白くなる想像がどこまでも全身に流れた。
 ジェシーの両腕が身体に絡まり、暖かい息が首を撫でる。
「捕まえた。ごっこ遊びはもう終わりの時間かしら」
 荒木は銃を構え、ジェシーに狙いを定めた。気配に感づいた彼女は荒木を見上げ、雪室の首筋に切っ先を突き付ける。
「賢明なあなた達ならどうすればいいか分かるでしょ? いいじゃない一人くらいこっちに来てくれても。最近全然コレクションが増えなくてジェシーは退屈してるの」
「待っててくれチルルちゃん、何とかして助け出す!」
 撃てば雪室を巻き添えにしないとも限らない。近づけば、ジェシーは雪室に何をする予定なのだろうか。
「威勢だけは一人前。所詮リンカーなんて――」
 荒木はレールに銃口を向けて即座に発砲した。
 跳弾はジェシーの手首を射抜いた。痛みで立ち上がったジェシーは、次に雪室の渾身の剣を食らう。雪室はウルスラグナで胸を切り裂き、荒木の横へと戻った。
「大丈夫ですか雪室さん。何か痛みとかは感じませんでしたか」
 晴海は雪室の首筋を診た。違和感となる傷跡はないように見えた。
「あたいは平気! だけど、あいつ何気に強いかもしれない。後ろから抱き着かれた時の力凄かったよ。そこらの愚神とは違うね……。コイツ、多分なんかこう、強いと思う!」
 痛みを克服したジェシーは再び笑う。
「次は私の手番よ、きつくお返しをしてあげないとね」
 剣は二つの小剣に分離し、ジェシーは両手にそれを構えると前屈みになり晴海へと走り出した。交差するように構えていた小剣は晴海を範囲内に捕らえると、左右から挟むように振りかざされた。
 左右から迫る小剣を屈んで避けた晴海は、NAGATOをジェシーに突いた。狙いは腹部だったが、ジェシーは足の側面で晴海の手首を蹴り軌道から自身の体を外すと、小剣から薙刀へと変え銃を構えた荒木の武器を狙って叩いた。
 ――恐らく、奴のコレクションとなる雪室とお主には一切傷をつけるつもりはないのじゃろう。
 ジェシーの攻撃を見据えながら飯綱比売命(aa1855hero001)は言葉にした。
「私も同じことを思っていた所だったわ。この状況をチャンスに活かせればいんだけれど」
 ――言うて、隙を作ることくらいじゃな。攻撃の先にお主がいたらジェシーは攻撃の手を止める筈じゃ。前回からどういう訳か、お主に目をつけているようじゃしな。
「移り気味ね。少し前は別の子を狙ってるんじゃなかったかしら、ジェシー」
 薙刀は次に荒木の胴体を狙ったが、寸前で晴海の撃った魔導銃が薙刀を弾き飛ばした――だが、薙刀は独立した動きを見せた。上空を舞った薙刀が、荒木を目掛けて降り注いできたのだ。
 間一髪だった。荒木は刃で頭を防ぎ弾いたのだ。
 息を整える暇はない。続いて薙刀は一本のナイフになり、左右から荒木の腕を切り刻んだのだ。
 寸前、ナイフは分裂したかのように思えた。


 ドクターは針を、魔女の胸元に的確に命中させた。魔女は避けようともせず、かつ反撃も試みなかった。
 仰向けに倒れこむ魔女にドクターは近づいた。
 風代はドクターを後ろから羽交い絞めにしたが、勢いはまだ生きていた。
「お前が連れ去ってからおかしくなった。何もかもが狂ったんだ! 早くジュエラを返せ。居場所を言えよ!」
「私は、そのジュエラさんという女性の居場所を答えることはできません」
 ありったけの罵詈雑言が魔女の耳に届いた。魔女は表情を決して変えず、ただ目を合わせていた。彼はただ怒りという表情が、その呪われた仮面に支配されていた。しかし魔女は知っていた。彼は魔女に言っているのではない。
 風代は抑えるのに手一杯だった。
「落ち着いてよ! こんな事をしてもジュエラさんは帰って来ないんだよ。あなたは人間でしょう? 理解することくらい、簡単なはず!」
「理解? とっくの昔にしてるさ。理解しても、僕は足りないんだよ! 理解したくないんだよ。分からない、僕はどうしたいのかわからない! 彼女は裏切った。僕を、だから、いや分からないよ!」
 突然に、ドクターは前を見つめた。暴れていた体が静まり、目が一点になった。
「ジュエラ……? そんな、そんな」
 風代は彼を離し、魔女の所へと向かった。刺さっていた針を抜き、傷口を押さえながら彼女もまた前を見た。
 綺麗な金色の髪をした女性が立っていた。ドクターは彼女の事を、ジュエラと呼んだ。
「私、貴方を裏切った、の……?」
 戦場に訪れた静寂。まるで、優しい女神が降り立ったかのよう。
「ジュエラ、ジュエラ」
 ドクターは地面に躓きそうになりながら彼女の所へいくと、全身で抱き締めた。あの時の温もりが、忘れて久しい人間の温もりが蘇る。
 ――。
 辺是 落児(aa0281)は、暗闇の中から密かに二人を覘いた。ロ……と一言だけ呟いた。
「会いたかった、ずっと会いたかった。何処にいってたんだい? やっぱり僕は、君に何か悪い事をしたのかな。だから僕から離れたのかな」
「どうしてそう思ったのか、聞かせて欲しいわ。自分が悪いだなんて」
「君は、ドミネーターがそんなに好きじゃなかった。君は心優しい人だったから、迫害されたとしても人々の中には優しい人もいるってずっと言ってたから……。だから」
 ジュエラはドクターの口にそっと人差し指を当てた。
「謝って済む話ではないと思うけれど……ごめんなさい。貴方を独りにしてしまった事も、急に姿を消したことも、本当に悪かったと思ってる」
「ううん、君は悪くない。僕にも悪いことはあった、だから君だって離れてしまった。これからは僕の悪い所は治すように努力する。だから、これからも一緒にいてほしい。お願いだ」
 異端者という烙印を押され市民からは拒絶された。親も、さながら自分達が不幸であるかのようにドクターをバグダン・ハウスに送り届けてからは一度も彼を訪ねたことはなかった。
 人という優しさを失ってはいなかった。だから人を殺す時に生じる罪の意識を、受容してくれる存在は確かに必要だったのだ。
 ジュエラはドクターの苦悩を理解しようと努力した。努力した気持ちはドクターへと伝わった。その過去は、もうずっと前の話になる。
「貴方の怒りも、悲しみも、苦しみも、言葉にならない衝動も、全て私が受け入れる。それが私の、貴方への愛……。ずっと一緒よ、これからも」
「本当にありがとう。本当に……。大好きだ」
 魔女を介抱していた風代は立ち上がって、親指を上に立てた。ジュエラは、葛城はドクターの背中に両手を重ねながら風代に柔らかな笑みを向けた。ドクターは顔を下に向けていた。
「ちょっとだけ、僕は緊張しているみたいだな。本当は君に会ってからわんわん泣いてやろうかと思ったけど、それ以上に幸せだったり恥ずかしかったりして、そんな暇はないみたいだ」
 彼が顔を上げた時、怒り狂った時とは大きく違った顔が見えた。呪いの仮面はようやく外れたのだ。年月を重ねてようやく。ジュエラは彼に笑みを向けた。
 不自然に彼の顔から笑みが消えた。目の前に、あるべきでない物、黒いナイフが見えた。


 自分が罠にかかったと知るまで、ドレイクは銃を構えていた。目の前の獲物を狩れればいい、一方的な狩人の思考は相手を人間とは認識していなかった。ただの物だ。
 物だから何も考えられない。
 三方から囲まれたドレイクは銃を降ろし、スノーモービルに跨るラモラックに木から突進した。
 先端の鋭利な刃を防ぐのはベグラーベンハルバードの柄だった。顔が迫り、ドレイクの荒い息がマスクの隙間から白く上る。
 ドレイクは片手で拳銃を構え、赤城と九字原と交互に銃口を向けトリガーを引いた。
 ――狙い撃ちますわ!
 矢はドレイクの足元を狙って放たれた。弾丸でダメージを防ぐと、フックを備品から取り出した。
 フックの先を一回り早く察知するのは簡単だ。一番手短に見える木に狙いを定めればいい。九字原はドレイクがフックを射出したと同時にハングドマンを投擲した。弾かれたフックは適当に地面に導かれるのだ。
 怯んだドレイクには隙が出来た。
「あまり君に時間は取れないようだ、すまないな」
 ――最後まで気ぃ抜くなよ、息の根止めんぞ。
 薫 秦乎(aa4612)の忠告に、彼は頷いた。油断できる相手ではない。
 頭を掴んだラモラックはドレイクの身体に刃を潜りこませ、大きな木に叩きつけた。腹部の致命的な一撃はドレイクの体力を大きく奪ったが、まだ息があった。ドレイクは拳銃を二丁取り出し、三人に向けて連射した。赤城は肩を射抜かれながらも矢を放ち、二丁の拳銃は粉砕した。
「ここまでだぜスナイパー。後はHOPEでタップリとお話を聞かせてもらおうか」
 どういう訳か彼は喘ぎながら低く笑い始めた。驚くほど低かった。
「……お前、まさか」
 テスが脳裏によぎった。ドミネーターは体に自爆装置を埋め込む技術を持っている。人の心を無くした指導者が敗者に施す方法としては最適解だろう。情報漏洩の危険性を無くし、あわよくば敵に大きなダメージを与えられる。
 赤城はドレイクの身体を持ち上げ後方に吹き飛ばした、途端に彼の身体は破裂して大きな噴煙を上げた。
「あんたもフランメス絡みの加害者で被害者ってとこか」
「自爆装置を埋め込む……それほどフランメスは、部下の事を信頼していないのでしょうか」
「信頼以前の話って気がするな。あくまでも、奴にとって部下は石コロなんだろうよ。……よし、合流を急ぐぜ。まだ仕事は終わってねえ」


 黒いナイフはジュエラを狙った。彼女の背後から、背中に突き刺さろうとした。
 考える間も無かった。気付いたら、いたのだ。ドクターはジュエラを退かした。
 間一髪でナイフに気づいた魔女が柄を掴み、それでも暴れるナイフを自身の腕へと刺した。
「ちッ、邪魔者……!」
 ジェシーの目に曇りが現れた。
「貴様、なぜジュエラを殺そうとした?! なぜだ!」
「あなたが役立たずだからよ。薄汚い人間の恋に負けて、任務を放棄したわ。それなら、暗黒に血を分け与えてくれた方が有意義だと思わない?」
 震えた声をしたジェシーはナイフを自分の所へ戻して、二つの剣に変えた。魔女の左右から二つの剣が迫っていた。
 右には荒木が、左には橘がそれぞれ構えていた。
 荒木は切っ先を手で掴んだ。指から血が流れるが、厭いはない。
「防御力はあるんだよ」
 橘は肩で剣を受け止めた。大事なコレクションに傷がついたことで、ジェシーの目の色が変わった。橘を睨みつけ悔し気に片方の口角を下げた。
「まあいいわ。ここで貴女も殺してあげる。殺したら綺麗な部分だけ貰ってコレクションに加える予定よ」
 剣は深々と肩に刺さっていく。橘は痛みに耐えながらも、笑みを作ってみせた。
「この機会を狙っていたのよ。さっき血を分け与えてくれた方がって言ってたわね。血を吸い取って、この暗黒は進化するんでしょう? こちらの力を吸い取っている最中なら――こちらからもライヴスを送り込める――この一撃で!」
 橘はベイルブレイズで剣の胴体を切り裂くと、接触した場所からライヴスを注ぎ込んだ。ライヴスは暗黒の中で炎となり、力が半分になった暗黒の片割れは崩壊した。
 ――後で坂山に叱られるぞ、無茶するんじゃないとな。
 血のついた指で剣を地面に叩きつけ、荒木は斧を勢いをつけて振るった。二度の攻撃を真正面から受けた暗黒の剣は真っ二つに割れ、液体となって溶け出した。
「力を分断したのはミスじゃないか? もう少し頭を使わないとな、リンカーを相手にするなら」
 黒い液体はジェシーの足元へと近づき、小さな結晶となって彼女の手の平へと乗った。
「私がここまで追い込まれたの、生まれて初めてね。追い込まれるのが、ここまで苛立つなんて――」
 暗黒は小さなナイフとなって、ジェシーの手に握られた。
 ジェシーは上品に笑った、そうしながらナイフを自分の腹に突き刺した。抉るように。
 暗黒は次第に大きさを増した。ナイフから剣に、剣から斧に……彼女は腹に突き刺さった斧を引き抜いた。
 斧は天に掲げらると強く発光した。
 雪室はウルスラグナを手に特攻した。斧が地面に突き刺さるその手前、刃同士を触れ合わせた。
「邪魔な子! そこを、退け!」
 ジェシーは斧の向きを反対側に変え、剣を押し上げた。
 気づけば雪室は天高く浮いていた。
「なんだ、なんだよーっ!」
 ジェシーを中心に突風が吹き荒れたのだ。猛吹雪のような雪が数分の間吹き荒れたかと思えば、ジェシーの姿は無かった。
 吹雪の中を晴海は走り、落ちてくる雪室を受け止めた。
「うーごめん、逃がしちゃった」
「いえ、問題ありません。逃げ出す直前に銃で足を狙いました、何処に逃げたかは追跡が出来るはずです」
 地面には転々と血の跡が残っていたが、森林へと消えてからは見えなくなっていた。

 晴海が状況を整理しながら、エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)がは坂山に伝えた。
「――はい、はい。皆は無事です。ですがジェシーが逃げて……はい、フランメスと合流した報告もなくレーダーにも反応がない、ですか。ありがとうございます」
 報告が終わると、晴海は急いで線路を走った。一秒でも早く合流しなければならない。
 猛吹雪で飛ばされた石がドクターに命中し、致命傷ではないが歩けなくなる傷を負った。ジュエラはドクターに寄り添い手当をしたが、病院で治療を施した方が良いだろう。
 風代、アルティラ レイデン(aa5145hero001)の二人は合流の前に周囲を散策したが、ジェシーの姿は無い。
「どこに行ってしまったのでしょうか」
「さあ……。けど、あの最後の決死の技はジェシーの生命力を大きく削ったと思う」
「これから先、また出てくるかもしれないという事ですね。今は、先にいった皆さんと合流することが最優先、でしょうか」
「だね。ひとまずドクターさんが正気を取り戻してくれて良かった、悪役にもならずにすんだし。それじゃいこうか」
 荒木から簡単な治療を受けた赤城達はフランメス討伐へと合流した。葛城は衣装をそのまま、病院へと送り届けた。
 また面倒な事を。レオンは人格を彼女に預けながらも、溜息をつきたい気分だった。
「すまないジュエラ、すまない」
 フランメス達との合流部隊と、この場の跡片付けの班で別れることになった。魔女はドクターを見送り、現場に残る部品一つ一つを拾い集めていた。割れた暗黒の欠片が液体にならずに残っている。
「敵を知るほどに戦いが重くなるなぁ」
 荒木はドクターの後ろ姿を見ながら呟いた。声を耳にしたメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は冷たい両手に白い吐息を当てると、彼に言った。
「辛いのなら辞めちゃったら?」
「そしたら結局は誰かが戦うだろう? なら最後まで自分で進むよ」
 そう言うと思った。メリッサは荒木の微笑を見ながら、彼女もまた微笑んだ。
 フランメスに合流した班の後ろ姿は見えなくなっていた。
「皆、無事に帰ってくるといいんだけど」
 メリッサは力強く敬礼して見せた。無事に帰ってくることを祈りながら。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • エージェント
    ラモラックaa4612hero002
    英雄|35才|男性|カオ
  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976
    人間|25才|女性|生命
  • 食いしん坊な新米僧侶
    レオンaa4976hero001
    英雄|15才|男性|バト
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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