本部

安んずるひと時

影絵 企我

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
23人 / 1~25人
英雄
22人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/02/24 20:51

掲示板

オープニング

●エピローグ
 タナトスが果てて、暫くの時が経った。兎の隠れ里が所有していた守護石のライヴスを利用する事で、意識不明に陥っていた人々は快方に向かっていた。とはいえ、全てが万事元通りというわけにはいかない。彼の所業によって、多くを失った者もいた。

「悪いな。オッサンあんまり料理できないんだわ」
 東京都内、寂れたアパートの一室。炬燵を前に腰を下ろした冴えない中年男は、少年に向かって湯気の立つどんぶりを差し出す。もやしとワカメが具のインスタントラーメン。少年は黙りこくったままそれを覗き込むと、ぼそぼそと挨拶をして食べ始める。男も割り箸を割ると、さっさと麺を啜り始めた。荷も解かないまま、段ボールに囲まれた空間にずるずると音が響く。
「……ねえ」
 少年は男に尋ねる。気付いた時には全てが終わっていた。全てを失っていた。しかし、この中年男がいた。共に故郷を失った二人は、導かれるまま東京へやってきたのである。
「これから、どうなるの」
「んー? ……まぁ、なるようになんだろ。オッサンいつだってそうだったしな」
 器と箸の触れ合う高らかな音。彼らが確かに生きている音だ。

 一方、タナトスの暗躍は多くの縁を引き寄せた。隠れ里の自警団の一人、住吉は本日付でH.O.P.E.の新しいエージェントになっていた。

「じゃあ、隠れ里の事は任せてください」
 高瀬は仲間達と共にバスへ乗り、見送りに立った住吉を振り返る。
「ピンチになったらすぐに駆けつける。だから安心して」
「ええ。信じていますよ」
 バスは走り出す。住吉は英雄と共に、小さくなっていくバスの背中を黙って見つめていた。

●束の間のひと時
 H.O.P.E.全体を引きずり回した森蝕事件にも決着がつき、――次々問題は襲い来るものの――束の間の安息が訪れた。
 澪河青藍はそのタイミングを選び、慰労会を開く事にしていた。妹の手による妨害行為があったものの、どうにか日程調整を済ませた彼女は、東京海上支部でウォルターと共に準備を進めていたのである。

『どのくらい来てくれるかな』
「忙しい人も沢山いるしね。来る人は来てくれると思うけど」
 テーブルの上にオードブルやらドリンクやら並べて、青藍は英雄――ウォルター・ドルイットに応える。彼女が皿や箸と共にチョコ餅を並べる姿を見つめて、彼は青藍に尋ねる。
『それにしてもどういう事なんだい。一品持ってこいなんて』
「うちの研究室でよくやるんだ。全部こっちで用意するより品揃えが面白くなるんだよね」
 そう言って青藍は屈託なく笑う。タナトスと戦っている間は難しい顔ばかりしていたが、ようやく肩の荷が下りたらしい。ウォルターは微笑むと、ひらりと白衣を翻す。
『医務室での作業が残ってるから、それ片付けてから戻ってくるよ』
「うん。いってら」
 かくして、青藍は休日を皆との会食に当てることとしたのだった。

 君達は次への戦いまでのひと時をどのように過ごすだろうか。

解説

メイン1 各自思うように休日を過ごす
or
メイン2 慰労会に参加する

NPC
澪河青藍
タナトスを巡って本当に色々あった。海上支部の一室を借りて慰労会を開いている。

ウォルター
シナリオ開始段階では医務室で仕事中。後半慰労会にやってくる。

そのほか諸々
(※影絵シナリオに登場したキャラのみ、プレイングに応じて登場します)

慰労会
「希望を齎す者」に参加したPCには多分招待状が送られている。
(届いてない事にしてもいいし、参加不参加も自由)
・参加者は一品作るなり買うなりして持ち寄る。
・20歳以上の能力者は参加費1000G(※誤魔化してもいいです)
・もちろんお酒は20才以上の人だけ!

TIPS
イベシナではあまりやりたい事をたくさん書いても採用しきれません。ショットガンよりもスナイパーライフルのつもりで、やりたい事は一つ二つに絞りましょう。ゲームしても外食してもジムに通っても良いですが、三つ纏めてやったら書き切れなくなってしまいます。
他PCさんとの絡みは上手く相談しながらやってくだされ。
慰労会は基本的に誘導なので、思いつかなかった場合は是非お越しください。

リプレイ

●忙しき日々
『セイランさんから便りが来てるよ、ユリナ。愚神タナトスの事件、解決したんだって』
 ウィリディス(aa0873hero002)が一枚の便箋を持って月鏡 由利菜(aa0873)の居室へとやってくる。学園の後輩達の分も含めて舞い込んでくる無数の依頼書に目を通していた由利菜は、目を擦りながらリディスの差し出した手紙に手を伸ばす。
「私達は別の依頼が重なって参加できませんでしたけれど……そうでしたか」
 手紙の前半には、事件の推移やエージェント達の動向が簡潔に連ねられていた。例大祭で同郷であると知ってから、青藍とは時折こうして情報交換を行っていたのだ。
「作戦に参加したのは私達も知っている方ばかりでしたから、安心して任せられましたね」
『そうだね~。でも世の中にはまだ愚神がいっぱいいるし、手が回り切らない時もあるよ。そういう時こそあたし達の出番だね!』
 リディスは由利菜の肩越しに手紙の後半を読んでいく。
――アマゾンでは精神的に厳しい出来事が続いていたと聞きます。その件も含め、近日慰労会を開こうと考えているのですが、戦局の推移を教えて頂けますか。
 二人は顔を見合わせる。リディスは由利菜の正面に回り込むと、声を弾ませた。
『ユリナ、あたし達も手伝いに行こう! 傷ついて皆を癒すいい機会だよ!』
「……そういう事でしたら、準備しないと、ですね」
 由利菜も微笑む。引き出しから便箋を取り出すと、万年筆を走らせ始めた。

「ほうほう? 要するにただ飯?」
 日暮仙寿(aa4519)から慰労会の話を聞いた逢見仙也(aa4472)は、主にその食事の内容に興味を示したらしかった。仙寿が手に取った慰労会の招待状を覗き込み、ディオハルク(aa4472hero001)は首を振る。
『別に無料では無いな。それに帰ったら山ほど食べ物がある』
「時期が悪くて辛い物になってる牡丹肉の話はヤメれ」
 仙也は眉を顰める。猟友会に所属している彼は、山里に出ては人を襲う猪やら、山の中で木の皮を剥いでしまう鹿やらを、駆除の名目で毎年狩っている。しかし、冬の猪は臭みも強く痩せて筋張っててと、到底美味いとは言えなかった。仙寿は仙也に招待状を押し付け、ペットボトルの蓋を開く。
「お前も死神と関わってたんだから、遠慮なく来ればいいだろ」
『仙也達の料理、今から楽しみだよー!』
 不知火あけび(aa4519hero001)は仙也とディオの前に立ってニコニコしている。ディオは鬼のような顔であけびを見上げた。
『何で勝手に行くことに決めてるんだ』
「まあいいんじゃね? 新しい装備も使ってみたいし、狩った獲物の食い切れない分を食ってもらうって事で」
 二組がそんなやり取りを繰り広げているところへ、兎のワイルドブラッドがやってくる。
「皆さんもトレーニングですか」
『あ、住吉さん! 住吉さんも慰労会に来ない?』
 新たな仲間となった住吉に、早速慰労会の誘いを持ちかけるあけび。彼も嬉しそうにその誘いに応じているが、それを見ていた仙寿はほったらかされた猫のような顔になった。
『あ、そうだ……って、どうしたの仙寿様?』
 何かを持ち掛けようとしたあけびの袖を、仙寿が思わず掴む。悪気の無い顔で振り向かれ、仙寿はかくりと肩を落とした。
「……いや。何でもない」

●緩やかな朝
「ふーん。タナトスとかいう奴はやっつけられたんだってさ」
 タブレットでH.O.P.E.からもたらされるニュースを読んでいた雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)。依頼の中でちらりとその名前だけは聞いていた。
『いつぞやの操られてた愚神の支配者だっけ? アイツは手ごわかったよね……』
「どっちにしろ、終わり良ければ全て良し!」
 チルルはいつものように胸を張る。自信満々、元気溌剌。今日も彼女は足音高らかに食堂を目指して歩いていた。さいきょーになる為には、まずは戦いに耐えられる身体を作らなくてはいけない。
「すんすん……ふむ? 普段とは違う匂いが……」
 しかしチルルは、普段と食堂の雰囲気が違うのを感じた。具体的には匂いが違う。オリーブオイルの匂いだ。イタリアンだ。二人は顔を見合わせると、一気に食堂へと飛び込んだ。

「これだけの量を作るのは久しぶりだな」
 厨房の一角を借りた一ノ瀬 春翔(aa3715)が、茹で上がったパスタとミートソースを和えていた。台には他にも大皿に盛られた数種のパスタが。アリス・レッドクイーン(aa3715hero001)はその隣でごりごりパルメザンチーズを削っていた。
「美味しそうですね」
 青藍がその様子を覗きにやってきた。再びフライパンに火をかけて何かを作り始めた春翔は事も無げに応える。
「昔取った杵柄ってやつだ。イタリアンのレストランでバイトしてたんだよ」
「なるほど……」
『というか、青藍まで厨房に立ってんの?』
 ペペロンチーノの上に乾燥バジルの粉末を散らしながら、アリスは青藍の身なりを指差す。エプロンに三角巾、調理実習に臨む中学生のようだ。青藍はエプロンをぴらぴらさせた。
「安くしてやるから手伝えって」
「……多少はノーって言えるようになろうぜ」
「まあ、慰労会ですし。自分の手で準備するのは悪い気しないですよ」
 彼女がそう言った時、チルルとスネグラチカがにょきにょきとカウンターに生えてきた。
「ふっふっふ。話は聞いたわ。あたい達も参加させてもらうわよ。今日はみんなと一緒にお祝いをするわ」
「い、いつの間に……良いですけど、その代わり何か一品用意してくれます? オードブルだけじゃ足りそうになくて」
『どうする、チルル? ……あと私達、死神に関わってたわけじゃない気がするけど』
 スネグラチカは横目に相方を見て尋ねたが、当の本人は相変わらず自信満々だ。
「その辺も含めて問題ないわ。せっかく人が集まって賑やかになるんだもの。あたい達でもっと盛り上げてあげるのよ!」

 数分後、エプロンに着替えたチルル達はチョコレートを入れた大鍋に火をかけていた。傍の大皿には、一口大に切られたフルーツが盛りつけられていく。
「二月と言えばバレンタイン! あたい達はチョコレートフォンデュを用意するわ!」
 両腰に手を当て、チルルは青藍に向かって胸を張る。その背後では、スネグラチカがせっせとバナナやらオレンジやらを切っている。
「これでチョコレートを貰えなかった男達から崇められる事間違いないわね」
『男の人だけ?』
「ううん。もちろん女の人だってOKよ。あたいは男女平等なんだから」
 得意満面、喜色満面。チルルはすっかり張り切って、自分もまた果物をサクサクと切り始めた。少女二人のそんな様子を眺めながら、青藍はこっそりと参加者名簿に目を走らせる。
「(みんな貰ってそうだなぁ……)」

『ふむ、やはり細部には埃が溜まっていますね……まあ、良い運動です』
 古今東西の文献を集めた本棚の裏に、構築の魔女(aa0281hero001)はフローリングワイパーを滑らせる。忙しくて最近家の掃除が行き届いていなかった。
『不必要なものはそろそろ売るなり捨てるなりしないといけませんかね……』
 本棚には既にみっちりと本が詰まっている。クローゼットの中も服が多くなり、次第に雑然としつつある。そろそろ整理していく必要があった。
 が、それはともかく。
『これも壁にかけておきましょうか』
 魔女は小さな箱から手のひらサイズのパネルを取り出す。金メッキの施された、太陽の紋章。かつて栄華を誇ったインカ帝国のものだ。棚の上には、マトリョーシカ人形やら、ミニチュアの編笠やらが飾られている。
『ささやかな役得といったところでしょうかね』
 次は一体どこに行くことになるのだろうか。ロシア、ブラジル。また今度は寒い国になったりするだろうか。想像は尽きなかった。

『さて、何を買いましょうかね』
「折角の休日だったんだがな……」
 御神 恭也(aa0127)は、不破 雫(aa0127hero002)に半ば引っ張られるような形で家具屋を訪れていた。森蝕という大きな事件も終結。束の間の平穏を利用して家財道具を見繕いに来たのである。
「小物や服なんかは少しずつ揃えてきたが……確かに家具か何かは買っていなかったな」
 箪笥やら寝具やら並ぶ中を歩きつつ、恭也は呟く。雫はスカートをふわりと揺らして振り向くと、口角を僅かに持ち上げる。
『ええ。H.O.P.E.からのお給金も溜まってきているので、私好みの物を買うつもりですよ』
 そんな事を言いながら、雫の足は少しファンシーな飾りっ気の多い家具へと向かう。クールを気取っているが好みはしっかり女の子である。その後を追いつつ、恭也は首を傾げた。
「しかし、俺が来る必要はあるのか? 大した事は言えないぞ」
『キョウに来てもらわないと。私が勝手に大金を叩いたら色々煩いこと言うでしょう?』
「それはな。……だったらネットで買うのも良かったんじゃないか? 種類もそっちの方が多かったと思うが」
 言葉の端々に厭そうな雰囲気を滲ませる恭也。雫は口を尖らせる。
『私は実物を見て触れてから買う主義なんです。何か嫌そうですけど、予定でもあったんですか?』
「正直、寝るか修練をしていたかったんだが……ああ、盆栽の手入れをしても良かったな」
『盆栽』
 雫は狐につままれたような顔をした。色恋沙汰に興味がない、くらいならともかく。
『……那美が貴方を枯れていると言っていた意味がよくわかりましたよ……』

●穏やかな昼
『これからは勝手が違ってくるぞ』
 義手の最終調整を見守りながら、墓場鳥(aa4840hero001)はナイチンゲール(aa4840)へ静かに語り掛けた。オルリアとの別れが苦しく、彼女は自ら義手を壊していたのだ。ナイチンゲールは曇りがちの表情で呟く。
「痛みが欲しいから」
「ナイチンゲールさん……」
 氷鏡 六花(aa4969)は不安と希望が入り混じった眼差しで換装の様子を見守っていた。ナイチンゲールが義手を壊してからというもの、六花は彼女の腕となって甲斐甲斐しく世話をしていたのである。
「これでどうですかね。少し動かしてみてください」
 義肢装具士は義手に最後のパーツを取り付ける。ナイチンゲールはおもむろに立ち上がると、腕を曲げ伸ばし、左右に捻ってみる。掌を開いたり閉じたりを繰り返す。永らく失っていた感覚が蘇っていた。義手を動かす度、その節々がぴりぴりと痛むような気がした。
「少し感度を高めにしてあります。今から調整していきますが……動きなどは問題ありませんか」
「はい。動きます。……動くよ、六花」
 ナイチンゲールはそっと手を伸ばすと、六花を腕の中に抱き寄せる。彼女の温もりが伝わってきた。感じているうちに、その眼には涙が溢れてくる。長い戦いだった。守りたかった者は既に無く、残るは彼らの想いだけ。
 六花は何も言わず、彼女をそっと抱き返した。ナイチンゲールは啜り泣き、さらに六花を固く抱きしめた。
「ごめんね。私甘えてばかりだ」

「こんにちは。こんなところでお会いするとは」
 恭也と魔女は、食糧品コーナーを前にばったりと出くわした。微笑みかける魔女を横目に、恭也は牛肉にするか豚肉にするかの攻防を繰り広げていた。
「こいつ用の家具を買っていたんだ。……ただの休日に牛肉なんて買わんぞ」
『そのただの休日が少ないんだからいいじゃないですかー』
 涼やかに文句を垂れている雫とそれをさらりと受け流す恭也。二人のやり取りを見て魔女はくすりと笑った。
「あらあら」
「魔女も買い物か?」
「愚神やヴィランズはこっちの事情を考慮しませんからね……買える時に買っておきませんと。でも買い過ぎには注意ですね」
 魔女はカートの持ち手に引っ掛けた買い物袋の束を見つめる。激しく身を動かすと、どうしても服がほつれたり擦れたりしてしまうのだ。
「服代も結構馬鹿になりませんしね……」
『気付いたら裾や袖がボロボロになっていたりしますよね』
 牛肉戦線に敗北した雫がガールズトークに乗り出してくる。二人がうんうんと頷き合っていると、恭也がぽつりと呟く。
「丈夫な服を選べばいいだけだと思うが」
 雫は溜め息をついた。薄手の上着をふわりと揺らし、彼女は振り返る。
『分かってないですよね、キョウは』

「元気そうで何よりだな」
 所変わって、東京海上支部の一室。赤城 龍哉(aa0090)は財布を取り出しつつ、青藍を労う。ヴァルトラウテ(aa0090hero001)もその隣で頬を和らげ微笑んでいた。
『ようやく因縁の類に一段落付けられたようですわね』
「ええ。……赤城さんのご活躍も、時折耳に届いておりましたよ」
 それを聞いて龍哉とヴァルは顔を見合わせる。夜霧の一件から、蛙や狐との邂逅も経て、死神の影を踏み続けてきた二人だったが、死神がドロップゾーンを展開した時には所用で手が離せない状態に陥っていたのだ。龍哉は肩を竦め、青藍に向かってクレジットを差し出した。
「俺もタナトス相手にきっちり落とし前を付けたかったぜ」
『最後の決戦の機会を逃したのは辛いところでしたわね』
 ひとまずの救いは、最終決戦に飛び出していった狐が無事に戻って来たことだ。奴との決着は何としてもつける。その思いを固めつつ、彼はにっと笑った。
「まあ、今日は皆を労わせて貰うさ」

「一品って食べ物の事だったのね。澪河さんにナイトドレスでも用意しようかと思ったのだけれど」
 龍哉達に続くようにやってきた水瀬 雨月(aa0801)。参加名簿に名前を書き込みながら、茶目っ気のある微笑みを浮かべた。当の青藍は不服そうに口を曲げてしまうが。
「色々とツッコみたい事があるんですが、どこからツッコめば良いです?」
「大丈夫よ。下の厨房を借りてサラダを作って来たから」
 切れ長の眼や艶のある黒髪は年に似合わぬ大人らしさを湛えて、中身も泰然自若として常に余裕を崩さない。童顔で少々落ち着きがない青藍と並べると、どちらが年上かわからなかった。青藍は彼女を羨ましそうに見つめている。
「どうかしたかしら?」
「いえ、別に……」
 テーブルの方へと去っていった雨月と入れ替わるように、今度はフィアナ(aa4210)とルー(aa4210hero001)がやってくる。戦いの時の凛とした表情からは打って変わり、春の綿毛の様にふんわりした笑みを浮かべている。
「こんにち、はー」
『お招きいただき有難う』
 ルーは青藍へ手を差し出す。青藍はその手を取り、軽く握手を交わす。
「いえいえ。こちらこそ、急な誘いでしたのに、おいでくださってありがとうございます」
「フィアナ、ルー……っと。これでいいのよ、ね?」
 フィアナは名簿に自分達の名前を丸みの強い筆記体で書き連ねる。青藍は頷くと、部屋の中へと手を差し出した。
「ええ。まだ開会まで間がありますけど、お話ししながら待っていてください」
 こくりと頷くと、フィアナは保温鍋を両手に持ってテーブルへと向かう。それを見たチルルは、素早く彼女へと駆け寄っていく。
「それなに?」
「シチュー。一番得意なの、よ。あのね、……あれ、何ていうんだっけ。あったかいままになる入れ物に入れてきたの」
 保温鍋の蓋を開くと、野菜とマトンの匂いがふわりと漂う。チルルは美味しそうな匂いに頬を緩めつつも、小さく首を傾げる。見慣れたクリームシチューとは違う。むしろスープのようにも見えた。
「あたいの知ってるシチューとは違うのね」
『シチューといってもアイリッシュシチューだからね』
「森で取れたお野菜、いっぱいはいってるのっ」
 フィアナはにこにこ微笑んでいる。じっくりと煮込まれたシチューには、彼女の太陽のような温かみが詰まっていた。

「これがアップルパイで、これが肉じゃが。あと梅酒もあるのよ」
 そう言いながら、世良 杏奈(aa3447)はさらさらと参加者名簿に自分とルナ(aa3447hero001)、それから母親達の名前を記していく。それを見た青藍は廊下の方を覗き込む。
「来られるんですか?」
 杏奈は頷く。彼女がいそいそとテーブルの上に広げたホールのアップルパイは既に一切れ分が無くなっていた。母が“彼”の見舞いにと持って行ったのである。
「お母さんはちょっと寄り道してから来るって♪」
「寄り道?」
『そう。ちょっと気になる事があるみたいよ』
 事態がよくわからない青藍は不思議そうに眼を瞬かせている。杏奈とルナはそんな彼女の前で顔を見合わせると、どこかそわそわした、落ち着きのない顔色で廊下の方を見遣るのだった。

「何となく、来るんじゃないかと思っていたよ」
 東京海上支部の端っこ。リンカー拘束用の独房に差し込む光を浴びながら、狐は呟く。杏子(aa4344)とカナメ(aa4344hero002)が、連れ立って独房の前に立っていた。
「やあルナール、決戦以来だね。どうだい調子は」
「良くも悪くもないね。飢えてしまいそうだが、思弁に耽っていられる」
 狐は二人の方を見もせずに応える。素気ない態度に、カナメは少し顔を暗くした。杏子は笑みを作ったまま、鞄から一切れのアップルパイを取り出す。
「杏奈が作ったんだ。食べないかい?」
 ほら、と杏子は鉄格子の隙間からアップルパイを差し入れる。気だるげな調子で立ち上がると、のろのろ彼は歩み寄り、アップルパイを受け取った。ラップを開くと、尖った口にそれを運ぶ。
「甘い。程よく砂糖とシナモンが振られているな。丁寧に作られていると思うよ。……まあ、これで私の飢えが癒されるわけではないのが残念なところだけど。……愚神だから仕方ないね」
 赤子へ言い含めるように付け足された言葉。それを両の耳でしっかりと聴いた杏子は、深々と溜め息をついた。鉄格子を掴み、狐へじっと顔を寄せる。
「ルナール……私達と共に生きるつもりはないんだね」
「少なくとも、私は君達と生きる為に生まれたわけではないからね」
 にべも無く応える。ラップを丸めて手の内で弄び、彼は二人の事を見ようともしない。消極的な拒絶だ。杏子は悄然と肩を落とし、一歩後ろへ退く。
「君が自分で決めた事だ、外野がとやかく言う権利はない。……少し残念ではあるが」
『少しどころじゃない! せっかくここまで来たのに、認められるか!』
 カナメはいよいよ声を荒げた。両手で鉄格子を掴み、ガタガタと揺すぶる。
『何でだ! 何で……!』
 狐はいよいよ彼女へ背を向ける。カナメは何か言いかけたが、杏子がその肩に手を載せ、その言葉を制した。カナメは鉄格子を蹴りつけると、憤懣遣るかたない顔で幻想蝶へと引っ込む。
「すまなかった。君に過度な期待をかけてしまっていたかな」
「私がそれを期待と感じなければ、負担に感じる事もないさ。申し訳なく思う事は無いよ」
 杏子は幻想蝶を指で撫でると、留置所の出口へ歩き出す。
「あえてこう言おうか、ルナール。……また会おう!」

「うなぁ」
『……すっかり好かれたみたいね』
 頭の上に白い子猫を乗せた荒木 拓海(aa1049)は、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)と共に東京海上支部を訪れていた。猫は落ち着かず、頭の上から飛び降りて拓海の腕の中に納まる。猫を持ち上げると、拓海は顔を見合わせる。
「来るかい?」
「うなぁ」
 猫は応える。拓海は口元を和らげると、猫を抱いて支部の中を歩き出した。浮かない顔をしている。普段は温厚で前向きな彼も、突然舞い込んだ知らせには心中穏やかでいられない。
「……ミロン」
 拓海はふと、その名を呼ぶ。ヴァルヴァラに囚われた少年。彼を救う手がかりを探るため、H.O.P.E.内に広まる噂の真偽を確かめに来たのだ。
 そんな彼の傍を、大きな袋を背負った仙也とディオが通り過ぎていく。雪の匂い、獣の臭いが拓海の鼻をまさぐった。
「前と違って突っ込んで来られても平気だし、弾の心配いらんし、何の問題も無かったなー。テストの結果も上々? だし」
『……アラドヴァルで肉をぐずぐずにして食えなくしたり、肉を吹っ飛ばして骨ごとミンチにしたり、様々な困難があったが?』
「ちゃんと一匹は確保したんだからいーの。これだけあれば十分でしょ」
 彼らは調理場の方へと消えていく。ちらりと見送った拓海とリサは顔を見合わせた。
『そういえば、央さんが今日は慰労会なんだって、言っていたかしら。見に行く?』
「そうだね。……まあ、それは後で」
 普段なら自分も参加しようと思う所だったが、今はそんな気分にはなれなかった。とある愚神の少女が、彼の心を捉えて離さないのである。

「お疲れちゃーん!」
『お疲れ様でござる』
 大きな袋を抱えた虎噛 千颯(aa0123)と、風呂敷で包んだ一升瓶を提げた白虎丸(aa0123hero001)が慰労会の会場に飛び込んできた。
「お店から持ってきたんだぜ。酒のつまみにもなるから、皆で食べるんだぜ~!」
 トレードマークの底抜けに明るい笑顔で、千颯は袋からざっと駄菓子をテーブルの上に広げる。麩菓子から、一口チョコや一口カルパス、誰もが一度は食べた事のあるお菓子がずらりと並ぶ。龍哉は明太子味の麩菓子をひょいと手に取る。
「流石駄菓子屋って感じだな」
『遠足のお供、ですわね』
 ヴァルもミルクチョコレートを手に取っている。
「龍哉ちゃんみたいな大人の男の為に、ちゃんとお酒も用意してきたんだぜー」
『酒屋の知り合いから頂いたお酒でござる』
 白虎丸は風呂敷を解く。“錦”の銘が堂々と輝いていた。

「こんにちは! 今日はよろしくお願いします!」
 藤咲 仁菜(aa3237)は満面に笑みを作って仲間達に頭を下げる。仲間達はそんな彼女に笑みを返して会場へ迎え入れた。
『……』
 そんな彼女の背中をリオン クロフォード(aa3237hero001)は見つめていた。しかし何も言わない。彼女の想いを考えれば、拳に力が入るばかりで、何も言えなかった。
『(ニーナ……)』
「おかずは皆さん持ってくるかなと思って! 私はおにぎりにしてきました!」
 仁菜は努めて明るい表情を作っている。彼女の努力を崩さないようリオンも笑みを繕おうとするが、その顔は強張るばかりで、中々器用にはいかなかった。
 そんな二人の背後から、二本の瓶を手にしたリディスが会場へと飛び込んでくる。
『カリメラ~! 風の聖女ウィリディスと親友姫ユリナ、ケアレイ、ケアレイン、リジェネーションにピキュールダーツ完備でみんなを癒しに来たよー!』
「し、親友姫って……そんな造語、聞いた事ありませんよ?」
 声を弾ませ名乗りを上げるリディスに引っ張られるようにして、肩掛け鞄を提げた由利菜も会場に入ってくる。
『……リオンくん。元気?』
 周囲を見渡したリディスは、早速リオンの微妙な表情に気付いて声をかける。フレイヤ戦線での出来事は彼女も耳にしていた。下手な言葉は作らず、ただ一言だけ尋ねた。リオンは眼を丸くすると、頬の堅い笑顔を作る。
『元気だよ。だからこうしてここにいるじゃん』
「藤咲さん、何だかお変わりになられました?」
 由利菜は隣の仁菜を見つめて不思議そうな顔をする。仁菜の内心に気付いたわけではなかった。ただ、これまで由利菜が見てきた天真爛漫な彼女の顔とは、どこか違って見えたのだ。
「何だか、大人びたような気がしますね」
「そうですか? 由利菜さんにそう言ってもらえたら嬉しいです!」
 仁菜は由利菜の言葉に応じて目を輝かせる。その内奥を悟らせない、完璧なペルソナだ。

「最前線で活躍する現役エージェントがよくこれだけ集まったな……」
 迫間 央(aa1445)とマイヤ サーア(aa1445hero001)は、会場に集まるエージェント達を見渡す。赤城龍哉、月鏡由利菜、虎噛千颯……H.O.P.E.の中でも指折りのエージェントが一堂に集っている。マイヤは彼らを見渡しふっと微笑む。
『そうね。一度手合わせしてみたい人が何人か……』
「勝てるかねぇ……それでも負ける気はないけど」
 その身のこなしでは右に出る者はいない。自信に満ちた笑みを浮かべ、二人は見つめ合う。
「あのぉ……」
 封筒を持った青藍がやってくる。その眼を真ん丸に見開き、二人を凝視していた。央はそんな彼女をまじまじと見つめる。
「こんばんは、澪河さん。凄い顔してるけど、どうかしましたか?」
「いいえ、何でも」
 彼女の眼には、マイヤが央に腕を絡めてぴったりと寄り添う姿が映っていた。いつも通りの光景、マイヤはどうして青藍がそんな顔をするのかわからない。
 マイヤと青藍が互いをぼーっと見つめていると、その背後から零月 蕾菜(aa0058)がひょっこりと顔を出す。
「こんにちは」
「あ、こんにちは、零月さん」
 青藍は慌てて平静を装う。そんな彼女に、蕾菜はきょとんとする。
「お取込み中でしたか……?」
「いえ別に、そういうわけでもなくて」
 青藍は小さく首を振る。
「なら良かったです。これ、風架さんが作ったドライフルーツと果物のハチミツ漬けです」
 タッパーに詰められた二つの甘味を青藍は見つめる。どこからどう見ても美味しそうな色つやだ。一緒に見つめながら、蕾菜はどこか残念そうな口調で呟く。
「何か作ってこようかと思いましたが、止められちゃったので……」
「ま、まあ……一品あれば十分ですし」
 青藍は引きつった笑みを浮かべる。その意味が取れなかった蕾菜は、狐につままれたような顔のままテーブルへと向かった。タッパーを開くと、蜂蜜と果物の香りが混じった快い匂いが漂う。

●盛り上がる昼下がり
「森蝕事件お疲れ様! 死神事件もね!」
 遅れてくる面子以外は全員出揃い、待ちかねたとばかりにチルルが音頭を取る。スネグラチカもその横でぴょんと跳ねる。
『お疲れ様! 今日は楽しもうね!』
「と、開会の辞は二人が言ってくれたって事で……乾杯!」
 青藍の掛け声に合わせ、仲間達は一斉にコップを掲げた。俄かに会場は盛り上がる。

「ミートソース、ペペロンチーノ、カルボナーラ……ま、適当に食ってくれよ」
 春翔はそんな事を言いつつ、隅の方に陣取ってちびちびと白ワインを呑む。仁菜やチルル、仙也がパスタを皿に盛りつけていく様子を穏やかな顔で眺めていた。
『ええっとー、ちょっと遅れちゃったけど! アリス様からのヴァレンタインデーだ!』
 アリスは鞄からフィルムに包まれたチョコレートを幾つも取り出す。一口サイズのトリュフチョコレートが幾つも入っている。同じ小隊のメンバーである仁菜は、早速袋を開けて、トリュフを一つ口に運ぶ。
「あ、美味しい! 美味しいですね、アリスさん!」
『ふふん、アリス様に掛かればお茶の子さいさいなのだ』
 アリスは得意げに笑う。世界蝕の始まり頃に現れてから、何だかんだと春翔の世話を焼いてきたアリス。家事のスキルはそれなりにある。
「(丸くなったもんだよな)」
 アリスが仁菜と談笑する姿を見つめ、春翔は静かに眉を開くのだった。

「大変な戦いが続いたけど、上手く行って良かったわね。仙寿君のリンクバースト、カッコ良かったわよ♪ ああ、あけびちゃん、この竜田揚げ美味しいわね!」
 【理想郷】に所属していた杏奈と仙寿は、会場に向かっているというナイチンゲール達を待ちながら話に花を咲かせていた。
『ホントに大活躍だったわね! 杏奈、アタシ達ももっと頑張らないと、すぐに追い越されちゃうわよ? あ、このネコさんクッキー美味しい』
 杏奈はあけび特製鮪の竜田揚げを、ルナは仙寿特製の猫型クッキーを頬張っていた。
「リンクバーストを通せたのは杏奈達や、六花が協力してくれたお陰だ。……一緒にトールと戦えて良かった。……ん?」
 仙寿は杏奈の肩越しに、入り口に佇む杏子を見つけた。仙寿は声を掛けようとしたが、塔の杏子はジェスチャーで杏奈を呼ぶように言っている。
「杏奈。呼ばれてるみたいだぞ」
「え?」
 杏奈が振り向いてみると、杏子は神妙な顔で彼女に手招きする。その顔だけで半分くらいは察しつつも、杏奈はにっこり笑って振り返る。
「ごめんなさい。ちょっと席外すわね」
『あ、はーい』
 杏奈達は出入口へ駆けていく。入れ替わるように青藍がやってきた。
「どうしたんでしょうかね」
「うーん……? ああ、そうだ。これ作ったんだけど食べるか? 青藍は猫が好きって――」
「ばか! 私は犬派だ!」
 青藍はいきなり顔を真っ赤にして噛みつく。そのまま踵を返すと、肩をいからせたままいなくなってしまった。仙寿は眼を白黒させたままその背中を見送る。
「あいつに何かあったのか? あけび」
『そういえば、誰かから聞いたような気が……』

「あいつは……こっち側につく気は無いようだ」
「そっか……そうね。納得してあげるのが、ルナールのためかしら。……残念だけど」
 狐の話を聞いた杏奈は肩を落とす。愚神との和解の端緒を開かんと四苦八苦していた二人に、彼との決別の重みは深くのしかかるのだった。

『すごいね仙也。何だか食べるのが勿体ないよー』
 あけびは目の前に広がる仙也の料理を見つめる。低温でじっくりと焼き上げた鹿肉を丁寧に切り分け、その上に赤ワインと山葵を使ったソースで紅葉模様を描いている。高級レストランの一品にさえ見える。
「最近こういうのに凝ってきてさー。最近はフグも捌けるようになったぞ」
『もう本当に料理人になっちゃいそうな勢いだね』
 仙也はあけびと話しつつもパスタやらなにやらをどんどん食べ進めていく。瓢箪にいれてじっくり熟成させた酒をお供にして。仙寿はそれをただただ眺めていた。
「さっきから随分食ってるな、仙也」
「明け方から狩りに出て、その後もずっと料理してたからさー。腹減るでしょ」
「というか、お前未成年じゃなかったか? 何で酒飲んでんだ?」
 仙寿の方にまでツンと臭ってくる酒を、顔色一つ変えずに飲んでいる仙也。多少のやっかみ――彼は酒には強くない体質らしい――を込めて仙寿は尋ねた。
「え? だってオレもう二十……何歳だったっけ。途中から数えてない」
「もう成人してたのかよ! 知らなかった……」
 呆気に取られる仙寿をよそに、仙也は目の前の果実酒を手に取る。
「別に言う必要ないし? この酒は誰の?」
『確か……年取ったシスターさんがくれたんだったかな?』

 孤児院の離れに設けられたセーフルーム。ヴァイオレット メタボリック(aa0584)とノエル メタボリック(aa0584hero001)は共鳴し、砕けた紫色の鏡と向かい合っていた。
『同じ轍を踏むことはせぬよう、心して居りますぢゃ。愚神化した子供たちを救いきれませんでしたが』
 ノエルは己の師に向かって語り掛ける。鏡の傍に置かれた写真立てには、彼等よりも何回りも若い青年が少年少女に囲まれた写真が飾られていた。紫の衣を纏ったノエルは、静かに青年に向かって語り掛ける。
『この姿は、気に入らぬかも知れませぬが、空から見届け下され』
――其処に居るのは、本当の貴方達ですか。
 ふと、心の奥底に問いかけが聴こえてくる。ヴィオは顔を上げた。
「私は……」
 答えかけ、慌てて首を振る。心が後へ戻りかけていた。発した言葉も、普段の様に掠れて潰れてはいなかった。共鳴を解くと、彼女は入れ歯と老眼鏡を付け直す。
「わらわはもうこうなってしまったのぢゃ。楽しむほかないのぉ」
『おらも、今の方が性に合ってるだ。どんくさくなっちまっただども』
 二人でゲラゲラ笑っていると、鏡台に置かれていたタブレットに着信が入る。ポイント高めの大きな文字は、あくせく働く元不良少年達の愚痴が次々書き込まれていた。つぶさに目を通しながら、彼女は呟く。
「ラボに行かねばならぬし、精神のメンテナンスも頼むかの」
 目まぐるしい変化もまた自分。彼女達は己を己として受け容れ、前へと進むのだった。

「こちら、インカ支部からの贈り物として頂きましたパッションフルーツを使ったジュースです」
 栓を切ると、由利菜は自らジュースを注いでフィアナへ手渡す。リディスも紙コップをルーへと渡した。
『食物繊維が残るように、ミキサーで作るよう指示したよ。花はキリストの受難って呼ばれるんだって』
 丁重に受け取ったルーは、果肉の混じった黄金に光るジュースを見つめる。
『受難、ね……』
 フィアナは一口含み、果肉を口の中で転がす。酸味が口の中に広がり、芳香が鼻の中を抜けていく。口を真っ直ぐ結び、彼女は小さく目も伏せる。
 外に出ていった杏子と杏奈が気になったフィアナは、そろりと後を追ってみたのだ。そして彼女は、ルーと共に狐の話をこっそり聞いたのである。
「(それが、貴方の選んだ道ならば)」
『(運命は君を悪いようにはしないだろう)』
 二人はそろりと輪を外れ、狐へそっと想いを馳せる。世に仇為す決意を固めた狐へ。

「ヤギ鍋っても、野菜鍋だけどな」
 コンロを借りてきた龍哉は、温野菜を詰め込んだ土鍋に火をかけ始める。人参おろしと大根おろしで作ったヤギの飾りが、昆布だしに少しずつ溶けていく。ヴァルはその様子をじっと見守っていた。
『春も近いですし、これが食べ納めとなるかもしれませんわね』
 深皿を手に、蕾菜は鍋の様子を見守っていた。
『そういえばあなたの相方様は?』
「風架さんは少し用事があるという事で、不参加みたいです」
『どちらに行かれたのです?』
 果物のハチミツ漬けを一つ貰いながら、ヴァルは蕾菜に尋ねる。口元に指をあて、蕾菜は首を傾げた。
「どこに行くかは言っていませんでしたが……たぶん里帰り、でしょうか?」

『蕾の開花はまだまだ先だろうけど、ちゃんと育っていますよ』
 十三月 風架(aa0058hero001)は、勿忘草に囲まれた墓前に立っていた。周囲は森。何かの爪や刃で裂かれたように、周囲の木々は抉れている。
『花開くまで自分が見守るから、安心して眠っていてほしい』
 彼は眼を閉じ語り掛ける。共に戦い、しかし彼女だけが果てた。風架はそれでも生を望まれ、蕾菜と共にいる。それを確かめつつ、風架は彼女の冥福を祈る。
『……さてと、久しぶりに稽古でもつけてから帰りましょうか』
 踵を返して歩き出す。森の向こうに細い煙が棚引いている。彼の昔馴染みが夕飯の支度をしているらしい。

「わぁ~卵焼き!」
 仁菜はマイヤと共に央の開いたタッパーの中を覗き込む。
『央のお母様が得意な一品ね』
 央は頷く。三温糖を多めに使った、甘い味つけの卵焼きだ。小鹿のローストのような派手さは無いが、誰にとっても外れない出来である。仁菜も一切れ取って食べると、いかにも美味しそうに長い耳をひくつかせた。
「こんなおいしい卵焼きをいつも食べれるマイヤさんが羨ましいです!」
 それを聞いたマイヤはうっすら微笑み、央は少し照れたようにこめかみあたりを掻く。
「肉とかメインになりそうなのは得意な人が持ってきてると思ったからな。……見栄張って失態を晒すのもね」
 今度は央が仁菜のおにぎりを指差した。
「一つ貰っていいかな?」
「はい! 早起きして頑張りました! どれにします? 丸いのが梅、三角が鮭、俵型がおかかですよ!」
 仁菜は皿に並べたおにぎりをひょいひょいと指差す。鮭を指差して受け取った央は、自分の卵焼きも合わせて並べた。その眺めに、央は表情を和らげる。
「卵焼きと合わせると、お弁当みたいな取り合わせで、なんかホッとする」
『央はお米好きだものね』
 美味そうに仁菜のおにぎりを頬張っているのを横目に、マイヤは紙コップへ茶を注ぐ。
『(お嫁さんとしては、やっぱり料理は出来た方が良いのかしらね……)』
 遅ればせながらに花嫁修業の必要性をひしと感じ、少しブルーになるのだった。

●物思いに耽る夕刻
「こんにちは」
 慰労会が盛り上がっている中、桜小路 國光(aa4046)は医務室のドアをそっと開く。ウォルターは顔を上げると、柔和に微笑み椅子を指差した。國光は小さく会釈すると、そこに腰を下ろす。
 しばらく続く沈黙。ウォルターは何も言わず、机に向かって帳簿に目を通していた。
「あの……あの村で助けた少年、どうなりましたか?」
『今は退院しているよ。同じくあの村で生き残った男性と、今は東京で暮らしているそうだ』
「そうですか」
 それだけ言って、國光は黙り込む。ウォルターがキーボードを叩く音だけが医務室にカタカタと響いた。ウォルターは彼を見ずに尋ねる。
『少年の事が気になるかい?』
「……いえ」
 会ってみたいわけではなかった。しかし、血生臭い惨劇の跡は脳裏の片隅に残っている。
「でもいつか、恨み辛みでも、何でも……あの少年が言いたいというなら……」
『会おう、と?』
 國光はウォルターの横顔を見つめて応える。
「オレがあの村を救えなかったのは事実ですから」
『そうだね。仕方ないという言い訳は、私達がすべきことではない』
 ウォルターはノートパソコンを閉じると、椅子を引いて國光に向き直る。
「一般人として平和に暮らしていけるなら、出来る限りそうしてもらいたいんです。……オレは願っても、もう戻れませんから」
 英雄を失った姉は、心をも失い今も塞ぎこんでいる。何の因果か、自分までもメテオバイザー(aa4046hero001)と出会い、世界の趨勢に関わる日々を送っている。
『そうだね。世界がどうなっているかなんて、悩まずに済む人生を送ってほしいよ。ただ、自分とその身の回りを大事に出来るような生活をね』
 國光は頷くと、鞄の中を軽く探る。
「お二人に渡したいものがあるんです」
『……奇遇だね。私達にもあるんだよ』
 二人は小さな箱を取り出すと、互いに差し出す。

――Thanks for being my friend and my Valentine this year.
――You are our hero. We pray for your great success.

「お二人に。一緒に食べてください」
『大したものじゃないけど、向こうの紅茶には合うと思うよ』

 青藍は慰労会の様子を眺めて難しい顔をする。何だかんだで三十人近く集まった。一品と言わず数品用意してくれた春翔達もいるが、食べ盛りな少年少女が多いお陰で食事のペースが速い。
『どうしたんだい?』
「あ、ウォルターさん。ちょっとご飯が」
 そろりと会場に滑り込んできたウォルターに、青藍は軽く耳打ちする。
「私、何か作りましょうか……?」
 隣でやり取りを聞いていた蕾菜がそっと名乗り出る。訓練に鍛錬で腹をすかせた仲間達の為に大量の食事を用意してきた蕾菜。一会場分を新たに用意するくらいわけもなかった。しかし青藍はあまりいい顔をしない。
「ううーん……そうですねえ」
 明らかにはぐらかしている。青藍は某惨劇を目の当たりにしている。味は良いとわかっていても、中々うんとは言えないのだ。蕾菜は何をそんなに困っているのかと、小首を傾げるしかなかった。

『ごめんなさい、遅くなってしまったわね』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)がそこへやってくる。六花もやってくると、幻想蝶からクーラーボックスを取り出した。
「……ん。料理……今から作っても間に合いますか?」
 蓋を開けてみると、中には鯛やらなにやら、新鮮な魚が沢山詰まっている。青藍は目を丸くした。
「どうしたの、これ?」
「海で、捕って……来ました」
「釣ってじゃないんだね」
 いつもの控えめな様子ながらも、どこか誇らしげな様子も見える六花に、青藍は思わずツッコミを入れてしまう。ウォルターは肩越しに魚を見つめると、蓋を閉じてクーラーボックスを手に取る。
『手が空いているし、捌いてこよう。凝ったものは作れないが、刺身くらいなら』
「私もご一緒していいかしら。せっかくりっちゃんの持ってきてくれた魚だし、何かしら良いものを作りたいから」
 雨月はウォルターの後に従って部屋を出ていく。六花はそれを見送ると、肩を落としつつ青藍に話す。
「本当は、マグロを持ってきたかったんです……けど。許可が無いから、ダメ、らしくて」
 横で聞いていた龍哉とヴァルは顔を見合わせた。
「グロリア社の謎の格安マグロでも用意しておけば良かったか」
『本当に謎ですわよね、あれ……』
『マグロなら捌けたんだけどなぁ。普通の魚は内臓取れなくて……』
 あけびは至極残念そうに呟く。それを聞いていた仙寿は不思議そうな顔をした。
「むしろマグロは捌けるんだな……」

「新調したんですね」
 央はナイチンゲールの新しい義手を手に取る。単なるチタンフレームとは違う、不思議な質感の合金だった。
「喩え義手だとしても、“貴女の腕”が壊れてしまったら、悲しむ人も沢山いるわけですし……今度は、義手も含めて自分を大事にしてくださいね」
 彼女の右手に手を重ね、央は真っ直ぐにナイチンゲールを見つめる。
「余計なお世話かとは思いますが、自分を大事に出来れば、大切な人の事も大事に出来ますから。それはそれで悪くないでしょう?」
 ナイチンゲールは小さく頷く。今は無き“徴”の言葉が蘇る。目から鱗を落としてもらった。央の掌の温かみを感じながら、彼女は改めてそう思うのだった。
「そうですね。今は本当に……そう思います」

「いやー、なんかみんな思い入れがある感じで? こー、オレちゃんも頑張らないとな! って思ったんだぜ~」
 仲間を労っていた千颯は、ナイチンゲールの肩を後ろからポンと叩く。
「ナイチンゲールちゃん、思いはちゃんと伝えれた?」
「は、はい。おかげさまで……」
「なら良かったぜ」
 千颯は傍のロゼワインを手に取り、一つのコップに注ぐ。それをナイチンゲールの手にそっと握らせつつ、千颯はじっと顔を寄せる。
「で~も~、あんま危ない事するなら今度はオレちゃん止めちゃうんだぜ?」
 千颯らしい、からっとした表情。しかしその何処かに、親としての責任感やら凄みやらが顕れていた。コップを持ったまま、ナイチンゲールは眼を白黒させる。
「うちの子の悲しむ顔は見たくないからな。オレちゃんこう見えてあんまり優しくないんだぜ?」
 ナイチンゲールは何も言えずに眼を泳がせる。
「……なんてな~」
『千颯……お前、どの口がそれを言うでござるか……』
 冗談っぽく言葉を濁し、千颯は彼女からそっと離れる。事あるごとに無茶をする相方を横目に、白虎丸は小さく溜め息をつくのだった。

「直ったんだね。……よかった」
 千颯達が離れた所へ、そっと仁菜が歩み寄る。彼女の手を強く握り締め、仁菜はその感触を確かめていた。
「なっちゃんには……まだ手が届くかな」
 俯き、声を震わせる。守りたかった妹の身体を、雪山で従魔が貫いた。友が邪英となり、ロシアの凍土に囚われた。救いたかった少女は、アマゾンの奥地に散った。彼女の手がもう少しで届きそうだったのに、届かなかった。いつも。
「……ニーナ」
 ナイチンゲールは口を開きかけるが、仁菜はその前に顔を上げる。
「お腹すいたでしょ! 料理はまだまだあるから、一緒に食べよう?」

「……ん。藤咲さん……」
 六花は背後から声を掛けようとするが、結局黙り込んでしまう。仁菜が明るく“振る舞っている”事には気づいていた。カタキの愚神が現れたと聞いて、彼女もまた心中穏やかではなかったのだ。
『今日は見守ってあげましょう?』
 アルヴィナはそっと六花の肩に手を載せる。
「ん。そう、だね……戦いは、これから……だから……」
 しばらく心配そうに見つめていた六花だったが、やがて頷く。仙寿達のところへと向かうのだった。

「……お疲れ様、だな」
「俺は助っ人ってところだけどね。……折角だし、寄っていかないか?」
 会場内の盛り上がりを外で聞きつつ、拓海は央にちょっとした労いの言葉をかけていた。央は頷くと、彼を中へ招き入れようとする。しかし拓海は首を振った。
「いや、いいよ。今日はヴァルヴァラの事を調べに来ただけだし、この子もいるからさ」
 拓海は両手に抱えた猫を央の前に差し出す。部屋から漂う匂いが気になるのか、両手両足をピンと張ってもがいている。刺身やカルパッチョを載せた皿を運ぶ雨月が横を通り過ぎると、物欲しそうに喉を鳴らした。リサは喉を撫でて猫を宥め、マイヤに向かって微笑む。
『どうか今日は楽しんで。また違う日に会いましょ』
『そうね。……荒木さんも、あまり思い詰めないようにね』
「ありがとう。気を付けるよ」
 拓海はふっと微笑むと、リサと共に歩き出す。楽しそうな声が、廊下にも響いてきた。
「自分もこんな風に祝える時が来るのかな」
『来て欲しいわね』

●逍遥する夜
「今日は随分と客が多いね」
 独房の中から月を見上げ、狐はぽつりと呟く。非常灯の薄明かりに照らされていたのは、狒村 緋十郎(aa3678)である。彼は鉄格子の隙から深紅の盃を差し入れ、狐に手招きした。狐は眼を細めると、一足飛びで近寄り、鉄格子の傍に腰を下ろす。
「……死神との決戦では世話になった」
「何のことやら」
 緋十郎は狐の差し出した盃に酒を注ぐ。自らの盃にも酒を注ぐと、ぐいと飲み干す。
「お前と初めて会った時、俺が尋ねた事を憶えているか」
「……氷雪を操る娘が何たらとか、言っていたね」
 狐は舌を伸ばして酒をちびちびと舐めながら応える。
「そうだ。その娘が……発見されてな。俺は、これからその少女を追うつもりだ」
 狐は首を傾げる。緋十郎は二杯目を空け、言葉を繋いだ。
「お前も、このまま仮面のリンカーとしての生を続けるようなタマでもあるまい。お前との決着、つけられぬのは残念だが……俺は、何としてでもあの娘に会って、償わねば……ならん」
「償い、ねえ」
 狐は大口を開くと、盃の酒を一気に喉へと流し込んだ。差し出された盃に酒を注ぎながら、緋十郎は暗闇の中に光る眼を見つめた。
「……狐よ。お前は、何を果たす為にこの世界に在る?」
「さあ。わからないから私は愚神なんてやってるんだ。そういう君はどうなんだい」
「俺は……レミアのお陰で復讐を果たせた。以来、俺はレミアに報いる事が俺の存在理由だと思い、生きてきた」
 暗闇の中、酒の水面にぼんやりと映る己の姿を見つめる。顔を顰め、彼は直ぐに言い直す。
「いや……そんな高尚な話ではないな。俺は……只々レミアに惹かれた。ずっと一緒にいたいと思った。それだけだ」
「浮気者め。それなのに他の女の子を追うのかい?」
 狐は揶揄うようにけらけら笑った。
「自分でも……正道から外れてしまっているように思う。だが、あの娘への償いを果たさねば、俺は前へは進めぬと……そうも思う、のだ」
「……私は愚神だ。君の為になるような事を言うつもりはないよ」
 狐は盃を突き返す。緋十郎は険しい顔のままそれを受け取った。膝をついて立ち上がると、欠伸をして寝転んだ狐を見下ろす。
「構わん。共存の道を、俺は決して諦めぬというだけだ。これが今生の別れだろうが……達者でな、千両役者」
「まあ、精々頑張り給えよ」

『気は済んだ?』
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が、留置所を出てきた緋十郎に尋ねる。
「ああ。奴のような者には生きて欲しいと思うが、奴のような者だからこそ、決して相容れぬのだろう」
『それが彼の選んだ道。私達がどうこう言う話じゃないわ。さあ、行くとしましょう』
 レミアは踵を返すと、一足先に歩き出す。雪娘の事は口にしない。既に暗黙の了解ともなりつつあった。緋十郎は彼女の小さな背中――彼の全てを背負った背中を追い、のしのしと歩き出すのだった。

『ナイチンゲールさんの事、小夜って、呼び捨てにしちゃっても良いですか?』
 談笑の最中、あけびはナイチンゲールに尋ねる。
『あと、もっと距離の近い、友達って感じで話したいなあ、って……』
 それを聞いたナイチンゲールはくすりと笑う。
「あれ。とっくにお友達だと思ってたのに」
『ありがとう、小夜!』
 あけびはナイチンゲールにばっと抱きつく。そっと受け止めながら、ナイチンゲールはふわりと表情を和らげた。
「何だか、セレナーデみたいでくすぐったいかも」
 そんな二人のやり取りを、杏子はうっすら顔を紅くして眺めていた。右手には仙也が持ってきた酒が握られている。ざるの彼女でも酔ってしまうほどの代物。酔わせてくれるような代物だった。
「ああ、良い事だ。仲が良いのは良い事だ。……彼らとも、仲間として会えたら良かったが」
 フレイヤの事か、トールの事か、それともまた別の誰かの事か。横でそれを聞いた仙寿は、ふと真剣な顔になる。
「単純に敵でしかない奴なんて、いないんだ。……許せない奴も、いるけどな」
「そうよね。もうちょっと、何とかしてあげたかった……」
 杏奈も肩を落として嘆息する。本当に、どうにもならなかったのだろうか。ほんの少しお酒を口に含み、ナイチンゲールは呟く。
「だから、私達は……希望にならないと。希望になりたかったのに、なれなかった人の為に」
『希望になりたかった……でござるか。俺達英雄も立場が違えばたなとすの様になっていたかもでござるな……』
 横でナイチンゲールの呟きを聞いていた白虎丸が、ふと物思いに耽る。彼のコップに日本酒を注ぎながら、千颯は首を傾げる。
「ん~例えそうだとしても、白虎ちゃんは英雄じゃん? たら、れば、かもの話をしても仕方ないんだぜ」
 特にアレへ思い入れがあるわけではない。それでも、少し思う事があるとしたら。
「タナトスちゃんは希望で居られる程、人を信じ切れなかったって事なんじゃないかな~」
「……そして多分、人も彼の事を信じられなかったんです」
 ナイチンゲールはそっと千颯の言葉に付け足す。宴もたけなわが近づき、次第にしんみりした会話が増えてくる。そんな空気に気付いた千颯は、どこからともなく虎のぬいぐるみを取り出した。
「はっ! オレちゃんとしたことが、ゆるキャラ白虎ちゃんを売り出すのを忘れてたんだぜ!」
『売り出さんでいいでござる!』

「ロロー……」
 日が昇り、暮れ、夜が訪れた。何も変わる事は無い。愚神と戦って保ち続ける安寧、されども決して埋まらぬ喪失。二つの相克が織りなす彼の世界は今も色を変えない。
 辺是 落児(aa0281)は一人部屋の中で物思いに耽る。たまの休みにやる事も決まっていた。戦いに備えた装備の調整、部屋の片づけ。必要な事を必要なようにこなしていくだけだ。

『ふむ……愚神とは一体何なんでしょうか……?』
 東京支部の資料室。己の思考を反復するように呟きながら、魔女は報告書に目を通していく。様々な戦いを通して、少しずつ明らかになっていくかに見えた謎。しかし、核心に触れようとするたびに、それは遠ざかっていく。
『個体で完結した目的を持つ者もいれば、“王”を仰ぐ個体もいるようですし……』
 他にも、存在意義が理論的に追及できないような存在もたまに見かける。従魔にまで目を向ければ、餅やら即席めんに取りつくようなものもいる。魔女は眉をひそめた。
『たまに目を疑う個体が現れるのも何なのでしょうね……?』
 ちらりと顔をあげてみると、茶髪の青年が桃色の髪の少女と何かに目を通している。
『あの方は、確か……』

『行かないんですか~?』
 任務の資料を静かに読み込んでいる國光に、メテオは尋ねる。國光はそっと目を上げ、彼女のむくれたような顔を見つめる。
「……ん?」
『慰労会……サクラコも活躍したじゃないですか』
 明らかにメテオは行きたそうにしていた。彼女も友達を労わりたかったのである。しかし國光は資料へ眼を戻し、ひっそりと呟く。
「オレね……タナトスともう少し、話がしたかった」
 誰もが死ななくなった世界で、機械仕掛けの神は皆が死ぬ事を祈った。何を想い、彼はその結論を導き出す事になったのだろう。答えの得られぬ問いが、幾つも積もっていた。
「戦いの中で押し付け合ってただけじゃなくて、お互いの価値観を……もっと、あいつの生死観について、ゆっくり聞いてみたかった」
 メテオは國光の複雑な心境に気付いていた。どうしても祝宴の場へ行く気になれない彼の気持ちが。不服な顔は崩さずにいたが、メテオは口を挟まず彼の独白を聞いていた。
「……お茶でも飲みながらさ」

 その頃、六花とあけびは会場をふらふらしていた青藍を捕まえていた。六花は頬を紅くし、少しそわそわしながら、やがて思い切って彼女に尋ねる。
「……ん。青藍さん、その……今、好きな人って、います……か?」
「へっ?」
『青藍って國光さんが好きなの?』
 あけびは一方わくわくした雰囲気を漂わせて尋ねる。仰け反り、あからさまに厭そうな顔をしたが、年下二人の無邪気な疑問を切って捨てる勇気も彼女にはなかったらしい。深々と溜め息をつくと、穏やかな面持ちで応える。
「……少なくとも、私にとっては大切な人だよ。初めて出会ってから、私の傍にはいつもあの人がいてくれたしね。でもそういうのは……よくわかんないかな」
 そう話す彼女は、乙女のような眼をしていた。
「……さて。大人を揶揄ったんだ、覚悟はできてんだろうな不知火」
 不意に彼女の顔が歪む。ワインを一気に飲み干すと、コップを握り潰してあけびに迫った。
「語れよ。仙寿君の愛を」
 耳元で囁く。あけびは耳まで真っ赤にしたが、どうにか取り繕おうとする。
『や、やだなあ。仙寿様と私は、別にそんな』
「なぁに? 好きな人の、話?」
 フィアナがぽけっとした調子で話に割り込んでくる。あけびは誤魔化そうとするが、彼女はにっこり笑う。
「好きなら、好きって、ちゃんというのよ。ね、兄さん」
『ああ、そうだね』
 ルーは悪戯っぽく目をきらりとさせる。二人の有無を言わさぬ勢いに、あけびは笑うしかなかった。
『いやいや、だから別にさー……』

『ヴァルって名づけましょうか?』
 帰り道、猫を見つめてリサが呟く。拓海は眼を丸くし、リサはふっと笑った。
『……冗談よ。夢中そうだから』
「あ、……あいつ、猫アレルギー持ってるんだった」
「うなぁ」
 拓海は自分のミスにようやく気が付いた。ツッコミを入れるように白猫が鳴く。そんな猫を見つめ、拓海は悩む。
「うーん、でも、せめて引き取り手を見つけるまでは家に置いてやりたい……」
『わたしの部屋で飼いましょうか? それなら少しはましじゃない?』
 リサが拓海の手から白猫を受け取った。真ん丸に目を開き、猫は尻尾をゆらゆらさせる。絵になる構図だった。
「すまん、世話掛ける」
『良いわよ。少しは役に立ちたいもの』
 拓海に向かって微笑みかけると、拓海は小さく首を振る。
「少しじゃないさ。……リサがいて、今のオレがいるんだから」
 かくして二人は、改めて二人の在り方を見つめ直すのだった。

 海上支部のバルコニーに出て、仁菜は月を見ながら風に当たっていた。柔らかな光を眺めていると、失ってしまった人への想いが蘇ってしまう。喉が苦しくなり、目には涙が溢れてくる。
 不意に、背中から柔らかく抱きしめられた。はっとして振り向いた仁菜。そこにはナイチンゲールが立っていた。ふっと微笑むと、再び彼女は仁菜を抱き寄せる。
「ほら届いた。……ちゃんと生きてるから。消えたりしないから」
「ずるいよ、なっちゃん……ちゃんと我慢してたのに……!」
 仁菜は玉のような涙を零し、ナイチンゲールの胸元に縋りつく。少女の啜り泣きが、バルコニーへ微かに響く。

 だから独りで苦しまないで、ニーナ
 まだ私に、護れるものはあるかな?

『声はかけなかったのだな』
 墓場鳥は隣のリオンに尋ねる。リオンは自分まで泣き出しそうなのを堪え、小さく頷く。
『ニーナの強がりを壊すのが俺じゃ、意味が無いから……』

 支部の外に出た春翔は、気に入りのタバコに火を点ける。ずっとやめられないまま、結局今日も吸っている。アリスはそんな彼の顔を覗き込み、にっと笑う。
『なぁに黄昏ちゃってんのさ』
「……終わったな、ってね」
『そーねー。なんか、長かったか短かったかわからないけど』
 二人は振り返り、支部をじっと見つめる。H.O.P.E.が出来る前から、彼らはずっと共にいたのだ。
「長かったさ。なんせ20年だ」
 長年連れ添った夫婦の様に、春翔は応える。
『そっか。もうそんなになるのね』
 子の成長を見届けた親の様に、アリスは呟く。
「憶えてるか? ガキの頃」
『もっちろん。おねーちゃんおねーちゃん、って。随分甘えん坊さんだったわぁ』
 世話焼きの姉の様に、アリスは笑う。
「はは……。そういうアンタも、尖りに尖りまくってたじゃねえか」
 生意気な弟の様に春翔は応える。
『む、昔は昔!』
「そうだな……その昔も全部、あの願いがあったからだ」
 “生きて欲しい”。それは他者への赦し。この世で希望を持つ事を承認する事。その承認があって、人は初めて本当の希望を抱く事が出来るのだろう。
「ありがとう、アリス」
『……ううん。助けられたのは、私』
 アリスは微笑む。自分も生きていて良いのだと、彼女はようやく実感していた。
『ありがと、ハルト』

 かくて穏やかな夜は更けていく。戦いの中で傷つき疲れ切った心を僅かなりと癒して、エージェント達は戦いの非日常へと帰っていく。

 不穏と急転直下が次々に襲い掛かる非日常へと。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    不破 雫aa0127hero002
    英雄|13才|女性|シャド
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命



  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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