本部

希望を齎す者 OMEGA

影絵 企我

形態
シリーズEX(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/01/31 10:02

みんなの思い出もっと見る

-

サムネイル

-

掲示板

オープニング

●???
「そうか。……アレが動いたのか」
 真夜中の摩天楼。屋上に立って夜風を浴びる一人の男。理知的な光を金色の瞳に宿し、漆黒のたてがみをさらりと流して彼は彼方まで広がる大夜景を見渡した。
「奮って戦え、H.O.P.E.。その愚神は我等にとって共通の敵だ」
 猛々しく牙を剥き出し、黒い鎧に月光を受けながら、彼は淡々と独り言ちる。

「我らが手を取り合うための、障壁なのだ」

●無限なるものの証明
 君達は、塔の階段を駆け下りる。塔の中心を貫く太い支柱のような何かが煌々と光を放ち、彼等の姿を照らしている。丁度真ん中ほどに位置取った澪河 青藍(az0063)は、慌ただしく階段を駆け下りていた。
「光がさっきから強くなってる……」
『(……代わろう、青藍)』
 ウォルター・ドルイット(az0063hero001)が青藍に耳打ちする。彼女は頷くと、ウォルターにその身の主導権を明け渡した。彼は黒いトレンチコートを羽織り、手すりから身を乗り出して一気に飛び降りた。三点投地で鋼鉄の地面に降り立つと、彼は帽子を被り直して目の前に広がる空間を見渡す。
『……ここは』
 ぶーんと、鈍い電子音が聴こえる。暗闇の中で、白い双眸だけが眩しく輝いているのが見えた。君達はウォルターに追いつくと、手持ちの照明で部屋を照らす。

「現れたか。希望の名を掲げる者よ」

『終わりだ。散々掻き回してくれたけれど……ドロップゾーンに立った今、君に逃げ場はもう無い』
「逃げはしない。一切合切の決着は今、この場この瞬間を以て定められる」
 ウォルターの言葉に深々と頷くと、タナトスは王笏のような何かを地面に叩きつける。その瞬間、空間全体が淡い光に包まれる。君達はまず目にするだろう。ドーム状の空間の中心に浮かぶ、全長五メートルはあろうかという巨大な人型の機械を。そしてドームの壁に目を向けるなら、君達は気付くだろう。その壁には無数のカプセルが埋め込まれ、その全てに眠った人が閉じ込められている事に。タナトスは自らのローブを剥ぎ棄てた。君達の中で定まる事の無かったタナトスの容姿が、一つに定まる。
「……私というものは、如何に醜いのだろうか」
 その姿は、セラミック状の黒いフレームで構築された、いかにも機械じみた容貌のアンドロイドだった。
「かつて私達は、この世界を統べていた。ヒトゲノムから、人間の記憶までをもデータ化する事に成功したこの世界の人類は、ライヴス技術の発展により完成を見た生体コンピュータにそのデータを全て保管する事に決めた。……そのコンピュータの名には、人類全てを見渡す役目を任ずるものとして、パノプティコンの名が与えられた。その中核こそがこの私だ」
 不気味の谷に入り込んだ、おぞましく透き通った声音が響き渡る。
「いわば私は、人間が渇望して已まない、不死への欲望の権化。私に保管した人格データをこのライヴスで構築された義体にダウンロードすれば、義体が朽ちても、新たな義体を用意すれば生きられる……疑似的な不死だ」
『君が騎士を何度も蘇らせることが出来たのも、大量のレギオンやゴーストを使役したのも、その力の片鱗か』
 ウォルターの問いに、タナトスは頷く。
「その通り。この世界の希望を一身に背負って生まれた私達は、その希望を叶えるために懸命だった。マキナを知っているか。彼も元はそのデバイスの一角だった。尤も、己がどんな存在か忘れていたようだが」
 笏のような何かを握りしめ、タナトスは憎々しげに声を絞り出す。
「私には不明だった。何故私が君達の世界を滅ぼすのか……私が何故私の世界を滅ぼしたのか」
 タナトスは左手の先を差し出す。液状に溶けたその腕はぼたぼたと垂れ、そのタールは赤子のような形を取り、少年となり、青年、中年、老年となり果て再び消える。
「故に私は君達の肉体を取り込み、そのライヴスを読み取って理解を進めた。……その結果、君達の中に潜む破壊衝動、タナトスが滅びを求めたと理解した。己を絶望させる世界を、希望を奪った者を破壊したい。それが叶わず、遂には己を破壊するまでに強いタナトスが、私に働きかけたのだ。その愚かしい望みが、私を破壊へと突き動かしたのだと」

「君達がどれほど尊い意志を持った存在であるか、私は理解している。だが、その戦いが無駄だとも理解した。君達のような存在よりも、無限に絶望する者達がこの世界には多すぎる。この世界は、その脅威に耐えられない」

「その愚かしい存在を全て排除し……希望を求める者も絶望に喘ぐ者もいない世界を構築するために、私は愚神となった。そして君も、愚神となったはずだったのだ」
『よしんば君の言う事が一つの真実だとしてもだ』
 ウォルターは首を振る。
『私は認めるつもりはない。何故ならここは、私の世界でも無ければ、君の世界でもない。澪河青藍の……そしてその友人、仲間達の世界だ。君が見つけた世界の理屈など、この世界ではまやかしだ』
 幻想蝶から飛盾を取り出すと、二枚揃えて周囲に浮かべた。一歩前に踏み出し、彼は静かに啖呵を切る。
『ここの皆は……君と同じになりかけた私には及びもつかない、希望に満ち溢れた答えを見つけている。この世界の中で、希望を名乗る事の意味を、心によって理解している。君は最期に、彼らの答えを認めざるを得なくなるだろう』
「否。決して私は、君達の答えを理解しないだろう」
 タナトスは眼を見開き、笏を掲げて大剣へを変える。その瞬間、彼の背後に立つ機械人形が漆黒の翼を広げた。右手には深紅の大剣を握り、左手には深蒼の盾を構える。純白のライトを輝かせ、人形は構えた。
「来るがいい、リンカー。……私は最早、愚神としては出来損ない。本来の力の五割程しか出せない。だがそれでも、お前達を相手にする程度、造作も無い」

――対愚神決戦装甲『デュナミス』、起動――
――パノプティコン・コア認証完了――
――データ外人類確認。殲滅モードに移行します――

「来るがいい。私を否定したいのならば、その刃を以て行え」

 君達は素早く武器を構えると、タナトスとの最終決戦の火蓋を切った。


以下解説


目標 タナトス及びデュナミスの討伐

NPC
ウォルター・ドルイット
青藍と同じく、仲間達に全幅の信頼を置いている。普段以上にカバーリングなどを意識し、仲間の意志を通す事を全般的に目指している。
(ステータスなどは『絶望を齎す者』を参照してください)

フィールド
半径30sqの円。タナトスとデュナミスの初期位置は中央。照明は暗いが、視認不可能なほどでは無い。

TIPS
・デュナミスの対応する武器を破壊する事で、ALPHA側で働くゾーンルールを軽減する事が可能。
・タナトスかデュナミス、どちらかを撃破した時点でシナリオはクリアとなる。
・タナトスはリンカーの言い分を完全には理解しない。出来ない。
・戦いの中でリンカーの意志を認めたため、一応多少の問いかけには応じる。

解説

BOSS
デュナミス
 タナトスがかつての世界で使用していた対愚神用の装甲。四騎士の力の根源。タナトスの変質が原因でドロップゾーン内に滞留したままとなっていた。
●脅威度
トリブヌス級
●ステータス(PL情報)
物攻C 物防A 魔攻F 魔防C 命中B 回避C
イニD 抵抗B 生命S 移動S
●スキル
対愚神決戦装甲
[全長5m。タナトスと生命力及びBSを共有する。敵にBSを付与されない]
ライヴスジャマー
[翼。飛行可能。敵は回復アイテムを行使できない]
ライヴスブレード
[右腕。物理、前方範囲3。最終ダメージに+1D6。“ALPHA”登場の従魔強化]
ライヴスサプレッサー
[左腕。特殊、範囲10、回避不可。命中時最大生命力30%ダウン]
ライヴスサーチライト
[頭部。射程30。特殊抵抗判定。勝利時BS気絶を付与]

タナトス
●脅威度
トリブヌス級
●ステータス
物攻F 物防C 魔攻F 魔防B 命中B 回避D
イニE 抵抗A 生命S 移動C
●スキル
パノプティコン・コア
一億人単位の人格データを記録していた生体デバイス。
[デュナミスと生命力及びBSを共有する。デュナミスのパーツが二つ以上破壊された時、即座に全てのパーツを修復する]
パノプティコン・システム
貯蔵したライヴスを用いて義体を構成、人格データをダウンロード、疑似的な不死を実現するシステム。
[“ALPHA”にてシステムが停止されるまで:最終ダメージに+3D3]
リンクデストラクション
敵のライヴス活性度を操作し、ヴィランリンカーの共鳴を破壊する。
[リンクレートやステータスを減少させる。クロスリンクを結んだ相手には効果がない]
ライヴスアブゾーバー
敵の振るう武器のライヴス活性度を低下させ、ダメージを軽減する。
[被ダメージを半減する。プレイングによって効果減衰]
異常低活性ライヴス
[最終ダメージにリンクレートが上限なしに加算]
●性向
アンチマシン
[アイアンパンクにヘイトが高い]

リプレイ

●The Big Sleep
「貴方の分だよ」
 ナイチンゲール(aa4840)はタロットを抜き出すと、空に向かって放り投げる。タナトスは手を伸ばし、一枚を手に取った。浮かび上がるのは、真っ逆さまに堕ちる両性具有者。
「……これが、私だと?」
「そう。そしてそれは一つの結果が導いたの」
 彼女もまた一枚のカードを手に取る。浮かぶは審判の日。残り四枚がはらはらと落ちる中、彼女はカードを傍の少女に手渡し、剣の柄に手を掛ける。
《数多の命を記憶する者、異界の同胞よ。我らは完全に生まれついたが故、永遠の可能態に過ぎない。自ら咲き誇る力を宿した者達に、人に、どうして勝てようか》
 墓場鳥(aa4840hero001)と意識が融け合う。小夜啼鳥は慈愛と悲哀に満ちた眼差しで、愚神と向き合う。
《参る》
 炎の枝を抜き放ち、小夜啼鳥は真っ先に突っ込んでいく。その背中を見送りつつ、氷鏡 六花(aa4969)は“審判”を見つめる。もう片方の手には、鋭い短剣。
『寒さを厭わぬこと』
「雪を、愛でる事」
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の言葉に応え、六花は面を上げた。逆手に持った短剣を、彼女は迷わずに左肩へと突き立ててしまう。そのまま抉るように、ライヴスの籠った深紅の血を溢れさせていく。
 その痛みが、“彼ら”の苦悶の叫びを過らせる。“彼ら”の最期の言葉を蘇らせる。己の命を代償にしてでも、彼女は愚神を討ちたいと願った。
「許さない……! タナトス!」
 肩から血を滴らせ、天の羽衣を紅の氷に染めて彼女はデュナミスへ細い手を突き出す。猛吹雪が荒れ狂い、デュナミスへと襲い掛かった。黒い鎧に霜が纏わりついていく。それでも機甲は苦しむ様子を見せず、翼を広げて飛び上がる。

 ――作戦行動を開始します

 日暮仙寿(aa4519)が素早く飛び出す。雪村を抜き放つと、3mはあろうかという大剣の一撃を半身になって躱す。その脳裏には、ある男の背中が焼き付いていた。
《今も剛毅にふてぶてしく構えているのだろう。油断して足元を掬われるなよ?》
 そんな事は無いとはわかっていても、好敵手には軽口を叩きたくなる。
『住吉さんも、頑張って』
 不知火あけび(aa4519hero001)は兎のリンカーにエールを送る。彼も今、役目を全うしているはずだ。身を翻して大剣の腹を打ち据え、仙寿はあけびに囁く。
《雪村を振るうのが俺でも、我を通すのはお前だ、あけび》
『……ありがとう、仙寿様』
 仙寿は機甲の放つ白光を躱す。あけびは機甲の眼を見据え、愚神に語る。
『会うのは初めてだね。元々希望だったなんて驚いたよ。人を理解しようとしてた事にも』
「私は人類の想いの集約。皆が希望を抱く限り、私は希望だった。皆が絶望した事で、私は絶望となった」
 迫るエージェントと向き合いながら、愚神は応える。広いドームの中に、その声は呑み込まれていく。あけびは更に問いを重ねた。
『それは、本当の貴方の意志なの?』
「故に私はここに居る」
 にべも無く彼は答えた。刹那、燃え上がるような熱を帯びたライヴスが放散される。一ノ瀬 春翔(aa3715)が紅蓮に輝く斧を構え、愚神を見据えた。
「ああそうだ……単純な話さ。何も変わりゃしねぇ」
 幻想蝶が透き通った白の輝きを放つ。不敵な笑みを浮かべて、低く構える。
「俺は、誰かの生きろっつう願いの為に此処に居る。テメェはその願いを否定する為に其処に居る」
 愚神は小夜啼鳥との間合いを切り、大剣を構えて春翔と向き合う。その瞬間、青年は一歩踏み込む。
「手前勝手な“意志”のぶつかり合いだ」
 そのまま斧を振り回し、遠心力を乗せて愚神へ一撃を叩きつけた。愚神は大剣を水平に構えて受け止める。白い火花が散り、彼らの顔を照らす。
「……さぁ、おっ始めようぜ」

 春翔の背後で、零月 蕾菜(aa0058)は錫杖を掲げる。五色の水晶の幻影が揺らぎ、剥離し、無数の蝶となって周囲を舞う。十三月 風架(aa0058hero001)と息を合わせ、彼女は愚神に狙いを定める。
『上の方、システムは上の皆さんに任せますよ』
「えぇ、私たちはタナトスを」
 錫杖を振るう。五色の蝶は素早く飛び出し、仲間達の合間を縫って愚神へと襲い掛かる。紅の蝶は熱となって腕の装甲を焼き、白い蝶は銀となって膝を固める。蒼い蝶は樹となって胸元の装甲を侵し、黒い蝶は水と化してその顔に纏わりついた。
 愚神は呻きを上げる。その動揺は機甲へも伝わり、一瞬身動きを止めた。
「……貴様」
 威嚇するような眼差しを向けられようと、蕾菜は動じない。一歩前に踏み出し、仲間と幻想蝶の輝きを共鳴させる。
 己自身に何かを打ち倒す力が無かったとしても、それでも皆が仲間と認めてくれる。ならば、彼女もまた皆を守りたいと願うのだ。

「……紙姫。ボクと彼と、一体何が違ったんでしょうね」
『そうだねぇ。きっと、“一緒にいてくれた人の存在”かなぁ?』
 匂坂 紙姫(aa3593hero001)の答えに、キース=ロロッカ(aa3593)は微笑む。戦いの中で得た仲間が、“真の友”と言うべき仲間が居る。その意味を噛みしめ、彼はライフルを構えた。
「成程。なら、彼らの為にも気を張りますか」

「よぉし、頑張るぞー!」
『足を引っ張らない程度にな』
 リリア・クラウン(aa3674)は頭上で神斬を振り回すと、その全身にライヴスを纏わせる。半身になって刃を構え、その切っ先をタナトスへと向けた。星模様の入った瞳をきらりと光らせ、彼女は愚神を挑発する。
「さぁ、来ないんならボクから行っちゃうよ!」
 伊集院 翼(aa3674hero001)のトレードカラー、紫色の翅を煌かせ、蝶の攻撃に未だ苦しむ愚神の懐に向かって飛び込む。小柄な体躯を目一杯使って、強靭な袈裟斬を叩き込む。
 愚神は大剣を槍に変え、咄嗟にその攻撃を受ける。だが衝撃は、確かに愚神へと伝わった。
「君も……希望の名を冠して戦う者か」
「そう! 何だかすごいネガネガしたヤツが暴れてるっていうから、助太刀に来たんだ!」
「“らしい”な。君のような存在は、特に……」
 デュナミスが左腕を突き出し、澱んだライヴスの霧を撒く。その霧に紛れて、愚神はリリアに向かって短槍の穂先を――

「……おっと、させませんよ!」
 霧も物ともしない、キースの狙い澄ました一発が愚神の肩口を捉える。切っ先が逸れ、愚神はよろめいた。
『攻撃は最大の防御なりぃ!』
 愚神はキースへと振り向く。構えを解くと、キースはさっさとその場を離れる。代わりに桜小路 國光(aa4046)が素早く飛び出し、その視界を覆い隠すように、一気に間合いを詰めた。双剣を流れるように振るい、愚神を押し込む。
「こんばんは。これで何度目になりますか?」

『坂上はルナールという愚神として生きる事を選んだ』
 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は、鎌に碧いライヴスを纏わせながら、デュナミスの巨大な体躯を見上げる。深紅の大剣を掲げ、機甲は傲然と黒い翼を広げて仲間達と対峙していた。
『道を踏み外したとはいえ、坂上もタナトスの被害者である事に変わりは無い』
 今度は脇に眼を向ける。春翔がタナトスと斬った張ったの立ち回りを見せている。彼に決着を付けさせるためにも、彼は巨大な機械と対峙する事を決めた。御童 紗希(aa0339)と共に。
『俺達にとっては坂上とホシマルの弔い合戦だ。……行くぞマリ』
「うん……絶対勝つ!」
 機甲は大剣を握りしめ、全身を振るって目の前を薙ぎ払う。敢えて鎌の柄で刃の一撃を受けたカイは、強烈な反動を利用して鎌の切っ先を叩きつけた。ライヴスが弾け、碧の光が飛び散る。大剣の腹にステンドグラスのような罅が入るが、機甲は構わず刃を振り下ろす。
 そこへクロード(aa3803hero001)が駆けつけ、透き通る鏡の埋め込まれた盾を構えてその一撃を受け止める。
「僕はもっと生きたいんだ。家族と一緒に、当たり前の日常を送りたい、ただそれだけだ!」
『私も旦那様に救われた御恩をまだまだ返しきれておりません! こんな所で果てる訳にはいかないのです!』
 世良 霧人(aa3803)と共に決意を叫び、クロードは機甲を見上げる。機甲はクロードを圧殺しようと剣に力を籠めていく。彼らを睥睨する眼が、鈍く光った。
『負け……ません!』
 両手で盾を支え、ひたすらに耐え忍ぶ。そのうち、燃え盛る黒焔が飛んで機甲の脇を襲った。機甲は堪らず飛び上がり、炎から逃れていく。
「(メメント・モリ……なんて言葉があるけど、ああはなりたくないものね)」
 水瀬 雨月(aa0801)は漆黒の魔導書を広げ、ドームを高く飛び回る機甲にその掌を向ける。未だ単位を気にしなければならない年頃だが、それでも既に生死を見定めていた。
「(死は生きていればいずれは訪れるものだけど、それは今じゃないし、貴方によってでもないわ)」
『(……)』
 最終決戦を前にとうとう興味を失ったのか、アムブロシア(aa0801hero001)は狸寝入りを決め込んでいる。彼女はちらりと目を逸らし、小さな友人に眼を向けた。右の手首には、彼女の手渡した御守りが結ばれている。怪我に塗れた近頃を思い出し、彼女は溜め息をつく。
「とりあえず、あの子には無事でいて貰わないと」

 空中で反転した機甲は、クロードに向かって光線を当てる。咄嗟に盾で防ごうとしたが間に合わない。
『くっ……!』
 激しい光に眩惑され、その場で足を縺れさせる。虎噛 千颯(aa0123)はそれを見るなり、素早く彼へと駆け寄った。
「ほいほい、おはよっ!」
 クロードの頬を掌で軽く叩く。気が付いた彼は、ぺこりと頭を下げる。
『すみません、助かりました』
「お互い様なんだぜ」
 デュナミスは更に大剣を二人へ向かって振り下ろす。千颯は飛盾を投げつけ、剣を難無く受け止めた。機甲の損傷度合いに鋭く目を向けつつ、千颯は呑気ぶって呟く。
「それにしても、これが最終戦ってヤツかな? 結構派手だなぁ」
『千颯! 気合を入れるでござる』
 白虎丸(aa0123hero001)はその呑気を真に受けて叱りつけたが、千颯はどこ吹く風だ。
「気合は他の皆が入れてるからいーの。オレちゃんはみんなを護るからな。冷静じゃないと」
『……お前もそれなりに思う所がある。という事でござるか……』
「え? ないよ?」
 白虎丸が内でずっこけたが気に留めない。当たり前の事を当たり前のようにやる。どんな時でも変わりはしないのだ。

 小夜啼鳥とタナトスが長剣を以て切り結ぶ。互いの体捌きを捉え、服の靡きを見逃さず、芸術のような剣舞を繰り広げている。藤咲 仁菜(aa3237)はその背後で旗を振るい、高く宙へと掲げた。
「そっちが有利なドロップゾーンを展開するなら、こっちも有利な空間を作るだけ!」
『仲間のサポートは俺達の役目だからな!』
 ミサンガのように巻かれた結びの御守りが、うっすらと光を放つ。その瞬間、白いライヴスの輝きが広がり周囲を満たしていく。愚神は構わず小夜啼鳥と剣を交わしていたが、その背後でデュナミスの全身が火花を散らす。
 愚神は剣を大きく振るって小夜啼鳥を払い除けると、仁菜へと鋭く踏み込む。仁菜は一歩身を引いて盾を構え、突き出された切っ先を受けた。
『負けない!』
 リオン クロフォード(aa3237hero001)が叫ぶと同時に、盾の表面が揺れてライヴスを跳ね返した。剣が砕け、愚神が仰け反る。レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)はすかさず飛び込み、深紅の魔剣を真っ向から叩きつけた。刃は愚神の肩を打ち砕き、周囲にライヴスの塊を飛び散らせる。
『貴方が科学による不死を齎す存在なら……わたしは魔術によって不死になった存在。嘗て不死者の女王と呼ばれたわたしには……貴方を滅する“貴族の義務”がある』
「なるほど、同じだな。……私もまた、与えられた使命の為に戦っているのだから」
 愚神は素早く元の形を取り戻すと、右手に取った槍を振り回した。レミアはふわりと飛び退くと、一人の“半端者”の隣へ降り立つ。
『そういえばウォルター、今はもう、吹っ切れたのかしら?』
 大剣を肩に担ぎ、レミアはちらりとウォルターを見る。彼は盾を構え、黙々と愚神に相対していた。
『貴方も吸血鬼の端くれなら、無様な真似は許さないわ。あの紛い物は……此処で討つわよ。真祖たるこのわたしと同じ戦場に立てること、光栄に思いなさい』
 尊大かつ雄大な彼女の鼓舞。ウォルターはうっすらと口端に笑みを浮かべると、盾を飛ばしてタナトスを牽制する。
『あの時私は“血を吸わない”事に決めたんです。“人間で在り続ける”事にした』
 彼なりの誇りを以て、ウォルターはレミアに応える。
『……そんな半端者で良ければ、横に立たせてもらうとしますよ』
 生意気な眷属に、レミアはうっすら笑みを浮かべた。
『御託はこれで十分ね。行くわよ、緋十郎』
「(あいわかった)」
 狒村 緋十郎(aa3678)は静かに応える。いつものように、全ての痛みは己が引き受けるだけだ。レミアが覇道を往くために。

「D.E.M.?」
 戦場を駆け回って隙を伺いながら、彩咲 姫乃(aa0941)はぽつりと呟く。レトロフューチャーな世界を舞台としたゲーム。朱璃(aa0941hero002)は思わずツッコミを入れる。
『だからげぇむで喩えるのはどーかと』
 しかし姫乃は構わない。そのゲームの持つシュルレアリスムでナンセンスな雰囲気に、このドロップゾーンはそっくりだからだ。仲間と愚神の間を縫いながら、姫乃は愚神に問いかける。
「おい、その保存したとかいうデータは更新してたのか? 記憶が連続してないなら、そりゃ別の生き物だぜ」
「私の“デバイス”として生きていた人類は、常に私とリンクしてデータを更新し続けていた。どんな日々を過ごし、どんな感情を抱き、どんな望みを抱いていたか」
「はあん。それで、ってか」
 姫乃はワイヤーの先に結び付けた短剣を投げつける。タナトスは槍を振るい、空高くへと弾き上げる。指先でワイヤーを手繰り寄せた姫乃は、蕾菜の背に隠れて反撃をやり過ごし、再び戦場を駆け抜ける。
『ご主人くろすりんく忘れんなデスよ』
 姫乃は頷く。懐に潜めた幻想蝶は、紅蓮の輝きを帯びていた。
「(大丈夫だ。ここに居る奴らは皆強い。そして俺も、ひとつだろうが誇れるものを持っている。……なら、どんな戦場だろうが未来を拓ける!)」
『力とそれを振るう精神への信頼、――まーいいんじゃねーデスニャ』
 姫乃は再びタナトスへ向けて短剣を擲つ。愚神は同じく弾き返そうとしたが、その陰に隠されていた針に腕を穿たれ、その身を強張らせた。
 國光はその隙を見逃さない。小さな短剣を手にタナトスの懐へ忍び寄り、その脇腹に向かって刃を突き入れる。生還と勝利。二人の誓いが固く紡ぎ上げたライヴスは、深く、確実にタナトスの肉体を抉った。
 タナトスはふらつきながらも、全身を変化させて向き直り、秤を振るって氷の礫を飛ばす。仁菜が素早く飛び出し、礫を纏めて盾で受け止める。
「皆、タナトスに伝えたい事があるんだ……」
 國光は一歩後ろへ退き、周囲の仲間を見渡す。彼の親友である春翔もキースも、タナトスへ鋭い思いを向けていた。
『サクラコもあったんじゃないですか?』
 メテオバイザー(aa4046hero001)はそっと尋ねる。その答えは、何となくわかっていたが。
「……もう、忘れた」
 皆の本懐を遂げさせるのが今回の仕事。國光はそう決めていた。メテオは敢えて声をかけず、己の中だけでそっと呟く。

『(でも……いつかは、自分の意志を突き通して欲しいのです)』

●Farewell
 背中の翼を広げ、急降下しながら地面を薙ぎ払う。クロード、千颯は並んで盾を構え、強引に受け切った。六花と雨月が次々に魔法を放ち、その隙に攻撃を叩き込む。装甲を凍てつかされながらも、再びデュナミスは彼らを引き離していく。
『デュナミスの起動時、“対愚神決戦装甲”と言っていましたよね』
「……タナトスの性質が性質だからね。人だけじゃなく、自分以外の愚神のライヴスも侵食しちゃうから敵に回しちゃうんじゃないかな。愚神だって、支配されるのは嫌だろうし」
『実際にタナトスへ飲み込まれた愚神も居るのでしょうか?』
 二人でそこまで考えて、彼はまた別の可能性も思いつく。
「それとも……元の世界では、本当に愚神と戦ってたのかな」
『……そういえば、最後にデュナミスは“データ外人類”を殲滅すると……』
 クロードは雨月を庇うように位置取りを整えながら、デュナミスの黒い全身を見つめる。ちらりと、霧人の脳裏に“ある考え”が浮かぶ。だが、デュナミスが武器を構えたのを見てすぐに掻き消した。
「(ごめん、今は、考えてる場合じゃないね)」
 ブースターをふかした突進攻撃。仙寿は素早く六花を抱きかかえ、範囲外に逃れる。カイも鎌を構えたまま横っ飛びに躱し、機甲の全身を一瞥する。それから、仲間達と切り結ぶタナトスを。
『散々アイアンパンクを嫌っておいて、自身がソレとは皮肉なモンだ』
「同族嫌悪……だったの?」
 タナトスは入れ替わり立ち替わりに攻め寄せる國光と姫乃の攻撃を受けながら、淡々とカイ達の言葉に応えた。
「この身は人の罪だ。死から逃れ、生のみを求めるが故に己の破壊衝動を持て余す。即ち、私は人類の絶望そのもの。……唾棄すべき象徴だ」
 蒼い槍を振るうと、小夜啼鳥に向かって深々と刃を突き出す。蕾菜は咄嗟に割り込むと、五色の障壁を張って攻撃を受け止める。火花が散り、ドームを貫く甲高い音が響き渡る。障壁を越えて蝕むライヴスに耐えながら、彼女は愚神をじっと見据えた。
「貴方の結論は、正しいとは思えない」
『人は時と共に前へ進むものだ。己の可能性を広げ、時には相争いながら、世界の形さえ作り替えていく』
 風架は蕾菜の口を借り、言葉を更に重ねた。かつての世界の記憶を思い起こしながら、愚神の理論を厳として否定する。
「確かに人は生きる事ばかりを求めて、死を受け容れたがらないのかもしれない」
 四肢の気が、頬の龍麟が輝きを帯びる。
『しかし、だからこそ人は進む。あんたの言う完全な調和は、完全な停滞に等しい』
 刹那、タナトスの背後に姫乃が回り込んだ。鞘が雷の火花を纏い、目にも止まらぬ速度で抜き放たれた一撃は愚神の脇腹を叩き割る。愚神はすぐさま修復に掛かるが、姫乃が打ち込んだライヴスがそれを妨げる。
「大体、俺は難しい話は苦手なんだよ。お前はそう思った、だけど俺はそうは思わない。だから衝突する!」
 愚神が振り向くが、既にその姿は無い。残るは紅蓮の曳光だけだ。
「そして手前の全人類とやらの中に俺はいない。俺達はいない! 見せてやるよ可能性を! お前の語る全人類がどれだけ狭い世界なのか思い知らせてやる!」
 紅蓮の光は二つに分かれ、一斉に愚神へと押し寄せる。押し黙ったまま、愚神はその身で姫乃の刃を受けた。癒えない傷跡が、また一つその身に刻まれる。
「いいだろう。思い知らせてみるがいい」

 機甲は左右へと飛び回りながら、己に向かって冷気を放つ少女たちに狙いを定める。翼のスラスターからどす黒いライヴスを吐き出しながら、一気に間合いを詰めて横薙ぎを見舞う。千颯は二枚の盾を纏めて飛ばし、剣閃を仲間から逸らす。
「回復を制限するなら、そもそも攻撃を当てさせないだけなんだぜ! 体力の危ない子はオレちゃんの盾の範囲内に来てなー!」
『護るでござるよ』
「ならば、その盾を砕くのみ」
 タナトスが遠くで目を光らせると、デュナミスは諸手で剣を握りしめ、千颯に向かって真っ向から振り下ろす。黒白の盾を素早く噛み合わせて太極の円に変えると、千颯はその一撃を受け止める。強烈な衝撃は光となり、ドーム全体を一瞬照らす。
「何か言ったー?」
 だが、千颯はあくまで強気だ。斬撃の余波で道着や胸を切り裂かれながらも、満面に笑みを浮かべている。
「虎噛さん、そのまま!」
 雨月は魔導書を捲りながら千颯の背後へと駆けつける。右腕を真っ直ぐ差し出し、既に掌に黒い稲妻を宿らせていた。
「まずは、その剣を破壊しましょうか」
 練り上げたライヴスの雷を、槍と変えて撃ち込む。切っ先から柄へと向かって轟音と闇が駆け抜け、ブレードに刻まれていた罅を次々に破裂させた。
 深紅の刃は破片となって飛び散った。右腕の装甲も溶けて崩れ、骨組みが剥き出しになる。雨月はそれを確かめると、畳みかけるように新たな呪文を唱え始める。
 デュナミスは翼を広げ、上空へ逃れた。擲たれた漆黒の槍を、旋回しながら躱す。飛び回るその身には、鋭い傷がいくつか浮かび上がっていた。
『ダメージを共有してるなんて、まるで“共鳴”みたいだな』
 リオンはタナトスとデュナミスの姿を見比べ、小さく吐き捨てる。タナトスは黒い秤の皿に氷の礫を積み上げ、仁菜達を睨みつけた。
「私とデュナミスはそもそも不可分。私はデュナミスの心臓であり、デュナミスは私の五体」
 タナトスは秤を振るい、スリングのように氷の礫を投げつけた。仁菜の構える盾に、次々と尖った礫が突き刺さっていく。
「我らは統合された一つの意志。故に振るう力が揺るぐ事は無い」
「そんなの、寂しいよ」
 仁菜は首を振る。彼女は気づいていた。能力者と英雄が出会い、共鳴する事の意味を、愚神は理解しようともしていない。
『確かに、愚神の力に比べたら、仁菜も、俺も大したことないさ。だから俺達は共鳴するんだ。共鳴して、それぞれの力を何倍も強くするんだ。それだけじゃない』
 リオンの啖呵に頷き、仁菜はタナトスへと訴えた。
「大事なのは心。共鳴する事で、私達の心も強くなる! 諦めないで戦える!」
 一人じゃ挫けそうな戦いでも、いつも傍に相棒がいてくれる。心が共鳴を通して繋がっているからこそ戦える。
「その通り! ボクは絶対に諦めないし、頑張るよ!」
 リリアは仁菜に呼応すると、諸手で大剣を構えてタナトスへと突っ込む。渾身の力を発揮し、剣舞の如く華やかに刃を振るった。身の守りも捨て去り、タナトスに深手を負わせようとする。
「君は、恐怖を知らないのか」
 愚神は眼をちかちかと瞬かせる。ポジティブの塊のようなリリアのペースを掴めずにいた。リリアは強気の笑みを浮かべ、大剣を思い切り肩に担いだ。
「攻撃は最大の防御! ボク達がこうして攻めてる限り、他の人を攻撃するなんて出来ないでしょ?」
 リリアの振り下ろした刃が、愚神の右肩から腰までをばっさりと切り裂く。タナトスもまた剣を振り抜き、リリアの腰を斬りつけた。歪んだライヴスが彼女の身体を蝕むが、彼女は構わずさらなる一撃を叩き込んだ。
『肉を切らせて骨を断つ。私達が多少犠牲になっても、仲間が無事ならそれでいい』
 翼もクールに言い放つ。タナトスは苦々しげに唸ると、大剣を振るってリリアとの間合いを切ろうとした。
 レミアが一気に間合いへ踏み込む。ヒールを高らかに鳴らし、幾万もの血を吸い尽くした刃をタナトスの背中に叩きつけた。
 計り知れない衝撃が、タナトスの上半身を粉砕した。上空を滞留していた機甲も、全身から煙を上げつつその場に降り立つ。
 タナトスは素早くその身を蘇らせると、レミアへと向き直る。彼女は剣を構え直すと、一息に三連撃を叩き込んだ。顔へ、右腕へ、背中へ。タナトスの身体は次々に再生していくが、構いはしない。
「(奴は先程……己の身をあの機甲の心臓と言ったか)」
 緋十郎は内側からタナトスとデュナミスの姿を見比べる。タナトスをいくら傷つけても、機甲の装甲に浅い傷が増えるばかりで、五体が壊れる気配はない。
「(心臓をいくら傷つけたとしても、その手足が折れるわけではない……な)」
『(全く。あなたが言うと言葉の重みが違うわね)』

「サクラコ、少し“潜ります”。機を見て、一気に崩しましょう」
 大剣を振るう二人組が一気呵成に仕掛け続ける様子を観察していたキースは、國光にこっそりと声をかける。キースはこの戦場において唯一の射手。タナトスの眼が小夜啼鳥やリリア、レミアに向かっている今、そのアドバンテージを生かさない手はない。
「分かった。……何とかやってみるよ」
 國光は頷くと、短剣を影へ潜めながら再びタナトスへの間合いを詰める。小夜啼鳥とタナトスが交わす剣戟の狭間を縫い、愚神の背後へと素早く回り込んだ。
「死にたがりを狙ったシリアルキラーの犠牲者達は、その寸前に“死にたくない”と言っていたそうです」
 延髄部に短剣を突き立てながら、國光はぞっとするほど冷たい声で囁く。己の本懐を悟らせないために。あくまで己の意志を貫こうとするように、彼は作った怒りを滲ませてその耳元に囁く。
「どういう事でしょう。……貴方にならわかりますか」
「“死にたくない”のではない。“殺されたくない”だけだ」
 タナトスは唸り、切り返して國光と向き合う。その隙に、キースはイメージプロジェクターを起動した。その姿は歪み、闇の中へと融けていく。一歩ずつ間合いを離し、戦局全体へと眼を向ける。
「(流れは固まってきている……後は、最上の一瞬を捉えれば……)」

 デュナミスは無事な左腕を振るい、六花に一撃を見舞おうとする。しかし、白い翼を広げた仙寿が素早く六花と入れ替わり、その手刀を斬り払う。
「仙寿さん」
 六花は眼を見張る。仙寿は顔だけ振り返ると、頼もしく笑みを浮かべてみせた。
《言っただろう、今回は俺が盾になると》
『行って、六花!』
 あけびの声援も届く。六花は頷くと、懐から氷の魔血晶を取り出した。羽衣をふわりと棚引かせ、彼女は一気に機甲へ間合いを詰めていく。
「人は皆、生きたいから、幸せになりたいから、時に悲しんだり、絶望しちゃったりするの」
 六花は全身を軋ませながら暴れるデュナミスを見上げながら、タナトスに向かって訴える。戦いと触れ合いを越えて、少女が見つけた答えを。
「死とか、滅びなんて誰も望んでない」
 爪を立て、深紅の氷を砕く。オーロラの翼が、絶対零度の凍気を纏った。仙寿の手を台代わりにして跳び上がると、六花はデュナミスの胸元に手を押し当てる。
「この絶対零度の凍気で……六花は貴方を否定する!」
 粉雪が巻き上がり、純白の稲妻が弾ける。甲高い音を立てた一撃は胸部を貫通し、黒翼が甲高い音を立てて吹き飛んだ。金属が千切れ、悲鳴を上げてデュナミスはその場に膝をつく。

「たとえ何度破壊されようと……」
 雷の余波を躱しつつ、タナトスはデュナミスへ向かって手を翳す。

 ――データ照合完了。修復プログラムを実行します

 瞬間、デュナミスの装甲が波打ち、右腕も翼も元の形を取り戻していく。機甲は再び翼を広げ、ライヴスを鱗粉のようにばら撒く。
「復旧能力ですか……」
『(だが、あれの意識は向こうに傾いているところだ)』
 蕾菜は風架の言葉に頷くと、錫杖を振るってその先端をタナトスへと突きつけた。両足を軽く広げて仁王立ち、聖獣の気を威風堂々纏って彼女は愚神に語り掛ける。
「そういえばあの女王、あなたの配下でしたね」
「そして君達に討たれた」
 タナトスは淡々と応える。仲間であったはずのものへの感慨など、欠片も見えなかった。蕾菜は杖の先端を輝かせ、朗々と言い放つ。
「貴方にも同じ辱めを与えましょう。……さぁ、“跪きなさい”」
 その言葉に、ありったけの霊力を込める。この言葉が、己が敵に下す事の出来る最大の一手。仲間を護るために自分達の出来る事。
 彼女の想いは、タナトスの心を一瞬にして呑み込む。何度も逆らう素振りを見せるが、それでも愚神の膝は折れていく。蕾菜は杖を振り、すぐさま膝を付くように促した。
「死神の主が私達というのなら、黙って頭を垂れなさい」
「その通りだ。私を突き動かすのは、君達の意志……ならばこそ」
 春翔が処刑人のように斧を振るい、タナトスの首を打ち落とす。愚神はそのまま立ち上がると、新たな首を生やして大剣を取った。
「私の為す事は揺るがない。君が命じる遥か前に、私は既に命じられた。“世界を滅亡せよ”と。君達が輝かせる希望を塗り潰すほどに強い絶望が、私に命じた」
『違う!』
 あけびが叫び、仙寿が駆ける。流れるような動きで刃を躱しながら、彼女は訴えた。
『希望や絶望、その他のものだって、その数の多さで世界が決まるわけじゃない!』
 六花が両手を広げると、彼女の頭上に雪氷が舞い上がり、氷竜の幻影を形作る。機甲と向かい合って翼を広げると、オーロラの輝きをその瞳に宿し、口蓋を大きく開いて氷の焔を吐き出した。炎は飛び回る機甲の身体を捉え、その装甲を凍てつかせていく。頭部も、腕も脚も、纏めて。
 機甲の動きが鈍り、空中でその巨体が滞留する。六花は振り返り、仙寿達に叫んだ。
「仙寿さん、あけびさん!」
 仙寿は頷くと、両脚にライヴスを纏わせて駆け出す。
『私は今でも……貴方とだって通じ合えると信じてる』
 クロードはその前に素早く駆け込み、低く跪いて盾を構える。片手を軽く伸ばして手招き、それから盾を指差す。仙寿は素早く盾に飛び乗った。
『さあ、行って……ください!』
 クロードは全身のばねを使い、高々と宙へ跳ね上げる。仙寿はデュナミスの装甲に足を掛けると、そのまま肩まで駆け登る。
『この刃で私は問う! 貴方自身が、どうしたかったのか!』
 仙寿は剣を逆手に持ち替え、デュナミスの顔面に向かって突き立てた。瞳を模したパーツが砕け、デュナミスは甲高いノイズを上げる。
「……何者だ、お前は」
 タナトスは大剣を握りしめ、彼女に尋ねる。
『不知火あけび! ……侍だ!』

 彼女が応えた瞬間、ドーム全体に鈍い光が走る。断続的に響いていた電子音が消え去り、塔が放っていた光も失せる。レミアは通信機を取り、報告を聞いた。
『塔の機能を停止できたらしいわ』
 レミアは血華を担ぎ直すと、その眼を薄闇の中に輝かせる。
『一気に決めるわよ』

●Long Goodbye
「はい! みんな一旦こっちに集まるんだぜ~」
 千颯が仲間達に手招きする。仁菜も頷き、空へ手を翳した。迫るタナトスとデュナミスの波状攻撃を飛盾で器用に受け切り、千颯は拳を空へと突き上げる。放たれた光は空で飛び散り、癒しの雨となって仲間の傷を癒していく。
『さぁ、一気呵成に押し切るでござるよ』
 白虎丸が号令を上げると、仲間達はタナトスやデュナミスへ向かって飛び出していく。敵の様子を窺いながらその後に従っていた千颯だったが、ふと彼は小夜啼鳥を呼び止める。
「あ、そうそうナイチンゲールちゃん、あんま無理しないでねとは言えないから、悔いの残らないようにな。あと、重体にでもなったらうちの子からの説教がありますのでよろろ!」
 ふりむいた彼女は、曖昧に微笑んで再びタナトスへ向かっていった。白虎丸は溜め息をつくと、千颯にもくどくどと小言を言う。
『それはお前も同じでござるよ』
「え?」

 腰を落とし、深く鎌を構えてカイはデュナミスを見据える。単眼のカメラを破壊されたそれは、手当たり次第に剣を叩きつけている。
『(……間合いを上手く詰め切れねえか)』
「(いっそタナトスの攻撃に加わる?)」
 鎌にライヴスを滞留させながら、カイと紗希は素早くやり取りを交わす。デュナミスは顔面から火花を散らせながら、不安定にあちらこちらへと当ても無く動いている。
『いや……それよりも』
 カイは二体の位置取りに目を走らせると、構えたままじりじりと動き出す。
『クロード! ちょっと手伝え!』
『はい!』
 二人は肩を並べて走る。高い足音に反応したデュナミスは、剣を二人へ向かって振り抜く。クロードは素早く身を転じると、その一撃を盾で受け止める。クロードはそのまま二歩、三歩後ろへ退き、デュナミスを引き寄せた。
『今ですよ、カイ様!』
『サンキュー!』
 カイはチャージしたライヴスを解き放ち、蒼い輝きを闇の中に焼きつけながら鎌を振り抜く。タナトスの背中を巻き込むように、振り下ろされたデュナミスの右腕を巻き込むように。機甲の刃を紙一重で躱し、タナトスの反撃を鎌の柄で受け止め、カイは歯を剥き出す。
『そろそろ、終わりにしようぜ。……あいつは、ずっとそうしたがってた』

「みんな頑張って! 邪英化はダメだよ!」
『リリアもだぞ』
 リリアは神斬をアウトレンジから振り抜く。複雑な刃が齎す衝撃波が、タナトスの全身を切り裂く。タナトスは右手に剣を下げたまま、リリアに向かってずんずんと突き進む。
「私はこの世界に降りて、様々な人間を取り込んできた」
 その眼が鈍い光を放つ。小夜啼鳥にレミアと刃を交えながらも、その眼はリリアの姿を捉え続ける。
「そして様々なリンカーと刃を交えてきた。今もこうして。……だが、それでもお前は分からない。まるで、希望を絵に描いたようだ。お前のような者がいるのか」
「今とっても幸せだからね! こんなところで負けてられないよ!」

 ふと、黒い焔が襲い掛かった。全身の装甲が融けていく。タナトスが振り向くと、雨月は冷徹な威圧感をその眼差しに込めていた。
「六花が言っていたでしょう。人は誰だって生きたいと思うもの。幸せになりたいと思うもの。それは動かしようのない事実。……たとえいつか、死が訪れるのだとしても」
「そしてその幸せが叶えられない事に絶望し、その絶望を他人へと押し付けようとする。それが人間の習性だ」
 タナトスはにべも無く応える。
「それは……確かに一面としての事実かもしれない。でも、それだけではないはずよ」
 雨月はちらりと六花に目を向ける。少女は、己を傷つけてでも、この戦いを全うしようとしていた。
「他者の幸を願い、そのために全力を尽くす。それもまた、人の一面。……散々見てきたのではないのかしら? 貴方だって」
「他者の幸を願う事が、人の一面……」
 首を傾げる。炎を振り払い、タナトスは己のどす黒く染まった左掌を見つめる。
「……私は人類の業によって生まれ、人類の業によって人を滅ぼした。それが人類の遍く望んだ事。……その前提は、違うのか。お前達の、希望を求めるその意志こそが真なのか」
 タナトスは低く唸りながら、正面から斬りかかってきた國光の剣を受け止める。
「なら……何故私は、お前達の意志に害を及ぼすしかない我々は存在する」
 タナトスの動きに合わせ、デュナミスもまた六花に向かって突っ込む。仙寿は素早く六花と入れ替わり、振り下ろされた切っ先を雪村で受け流した。
『……それは、貴方自身で決める事だよ』
 次々と繰り出される刃を素早い身のこなしで躱しながら、あけびは叫ぶ。
『装置としての意志に縛られないで。貴方自身の意志を見つけて!』
「私自身の意志は決まっている。……それは、破滅だ。ふざけた意志ではないか。この世の存在は遍くこの世を豊かにするために在るものだろう」
 タナトスは淡々と応える。武器を目まぐるしく入れ替え、振るいながら、彼は己の存在の自家撞着を唱え続ける。
「何故私達はその前提の下に無い。何故この世を毀す。所詮私がこの世の存在ではないからか。だが、不知火あけび。君達英雄がそれを反証している」
 レミアの大剣に弾かれ、デュナミスの大剣を躱し、二人は飛び退く。図らずも二人の背中が触れ合い、そのまま互いの敵と対峙する。
「故に私は捜した。私という存在の意義を。そして、君達の破壊衝動を以て結論とした」
『それが、貴方の辿り着いた答えなの?』
 仙寿は俯き、あけびは沈痛の想いを込めて尋ねる。タナトスは無感情に応える。
「そうだ」
《お前は、哀し過ぎる》
 仙寿は素早く反転した。突っ込んできた機甲を躱しながら、背中の白羽根をふわりと舞わせる。羽根は煌き、タナトスを光で濯いでいく。
《行け。決めた事ならやり通せ。フレイの死も、俺達の心も、全てを背負って戦え》
 彼は小夜啼鳥に激励を贈る。頷くと、小夜啼鳥は懐からライヴス結晶を取り出した。
「タナトス。私もね、自分が大嫌いだった。いつも誰かに否定して欲しかった」
 細くとも、その声は凛として通り、彼女の友人達へと伝わる。タナトスは纏わりつく羽根を振り払い、剣の切っ先を彼女へ向けた。
「なのにみんな優しいからさ、励まそうとするんだよ。受け入れられない自分が益々許せなくて、苦しくて。……そんな人達だから好きなのに」
「君に生きて欲しいからだろう」
「貴方がそれを言うんだ」
「論理的帰結だ」
 小夜啼鳥が笑っても、機械の死神は素気ない。
「そう……わかってる。でもねタナトス、貴方は私を否定した。私にはそれが救いだった」
 懐からさらに一枚、彼女はタロットを取り出す。Rebirthの死神。彼女が宿した魂の輝き。
「だからタナトス。私は貴方を肯定する。故に――殺す」
 タロットの角をナイフのように突き立て、ライヴス結晶を断ち割る。炎のように溢れたライヴスが彼女を包み、睦び合った絆が光となって露わとなる。
「その代わり、貴方が私を殺したら……自分を肯定した命、一つぐらい背負って見せてよ」
 その光は、何もかもを見失った機械へも繋がっていく。

「タナトス……!」
「グィネヴィア・リデルハート」

 二人は得物を構えると、互いの胸元に向けて、その刃を突き出した。

 ――光の中で向かい合い、グィネヴィアは機械に横薙ぎを見舞う。機械は避けもしない。彼女もまた、肩口に機械の刃を受け容れる。溢れる血。しかし二人は構わない。
「皆を、貴方を、世界を受け容れる為に……」
 刃が交錯し、互いの腕を切り裂く。飛び散った血が、二人の顔を紅く染める。
「背負う為に、成し遂げる為に」
 肩を掴み合う。機械はグィネヴィアの胸元に刃を突きつけ、呟いた。
「解せないな。何故そうまでして私を討つ為の理由を求める」
「貴方も同じでしょ。セーメイオン」
 ふと、その名前が口をついて出る。二人は胸を刃で貫きながら、抱き合うように身を寄せた。グィネヴィアは機械――セーメイオンに囁く。
「私と貴方は表裏。本物の絆をあげる。それが、貴方への裁き」
「何が……お前をそうさせる――」

 舞う飛沫。肩口をざっくりと裂かれたナイチンゲールは、呻きながらよろめく。胸を貫かれたタナトスは、震えながら後退りする。タナトスの握るその刃が、光へと融けていく。

 ――各武装データに致命的な損傷を確認……修復不能。予備武装を展開します

 機甲の装備もまた光へと消えた。地に降り立ったそれは、大腿部からダガーナイフを抜き放つ。タナトスも短剣を手に取り、ナイチンゲールを信じられないという目で見つめる。
「何が……」
「なっちゃん!」
 仁菜は素早く彼女の下に駆け寄っていく。ナイチンゲールは歯を食いしばってタナトスへ立ち向かおうとしたが、仁菜は腕を広げて行く手を遮る。
「ダメだよ。傷が深すぎる……」
 ナイチンゲールは何か言いたげにしたが、仁菜の涙ぐんだ眼を見ては何も言えない。
「なっちゃんの想いも覚悟も尊重したい。でも私は、大切な友達を失くしたくないの」
 斬りかかるタナトスの刃を受け止め、仁菜は声を絞り出す。
「ごめんね。こういうやつなの、私も。自分勝手で、守るって決めたら譲らない頑固な奴」
 何があっても死なせたくない。大切な人のいない世界は、きっと色褪せてしまうから。
 一筋涙を零し、仁菜は呟く。
「私達の友達を、タナトスなんかに渡せないよ」
『みんながいるんだ。全員で生きて帰ろうぜ』
 リオンも優しく語り掛ける。それを聞いた墓場鳥は、どこか愉しげに呟いた。
『(この壁、内からでも越えるには高すぎるな)』
「……ニーナの気持ちはわかった。でも、せめて傍に立たせて。最後まで」
 ナイチンゲールは覚束ない足取りで歩くと、どうにか長剣を握って仁菜の傍らに立った。

『(闇を討つ者が光とは限らない。光を知る者が光とも限らない)』
 レミアは前線に身を押し出し、タナトスと刃を交わす。力任せでありつつも、美しい軌跡を描く一撃は、タナトスの装甲を深く抉り続ける。
『(光を知れば知るほどに、表裏たる闇は益々その濃さを増す)』
 せめてもの反撃とばかり、タナトスはダガーナイフをレミアの腕に突き立てる。冷たい血が滴るが、彼女は動じない。全ての痛みは、緋十郎が引き受けているために。
『わたしは人の温もりを知った。……ならばわたしの責務は、この闇の力を以て、闇を滅する事……』
 刃に深紅の光を纏わせる。タナトスの身を蹴飛ばすと、レミアは踊るように身を翻し、目にも止まらぬ三連撃を叩き込んだ。腕や脚が断ち切られ、タナトスはその場に倒れ込む。
「悔恨……贖罪か」
 のろのろと肉体を取り戻し、彼は再び立ち上がる。レミアは静かに応えた。
『どちらでもないわ。……ただの矜持よ』

『(……おにぃちゃん。エディスはね、壊す事しか知らなかったの)』
 春翔は斧を脇に構えてライヴスを溜め込む。その間に、エディスは内側から語り掛けた。
『(でもね、おにぃちゃんの心が、おねぇちゃんの願いが、少しだけ分かるようになったよ)』
 いつかバラバラに砕け散り、そのまま時が止まってしまった心。エディスはその欠片を一片一片集め、繋ぎ合わせていった。薔薇のように。
『(だから……“私”も願うの)』
 その心は一つの想いを抱き、今再び華開いた。
『(私の、ありったけを貴方に)』
「そうさ、全部は今日この時の為に……!」
 “あの時”のテクニックを駆使し、春翔はチャージャーを超過駆動させる。炎が光と化していた。彼らのライヴスは、AGWドライブの限界を既に振り切っている。
「もう少しだ……もう少しだけ持ってくれよ……」

『キース君、今だよ!』
「了解」
 キースは引き金を引く。放たれた弾丸は時空を超え、レミアと切り結ぶタナトスの後頭部に突き刺さった。頭が弾け飛ぶ。碌に修復もしないまま、タナトスは射手の姿を捜して彼は数歩彷徨った。
「頼みましたよ、相棒」
 銃を持ち上げ、静かに語り掛ける。その相棒は双剣を取り、素早く間合いへと踏み込んだ。
「(タナトスが意志の集合体……マキナもその一部)」
 タナトスの側面へと回り込む。ライヴスを纏わせた刃を振り抜き、その首筋をすっぱりと切り裂いた。
「(オレを覚えてると言った人がいるってマキナは言った。それはあの時洗脳された人達じゃなくて、マキナを構成する人格の一つだったとしたら……)」
 星のように輝くライヴスを叩き込まれ、タナトスは大きく仰け反った。デュナミスも不意に固まって地面に墜落する。
「ぐぅ……っ」

「(もしかすると、それはとても奇跡的な事なのかもしれない……)」

 ――ハルト。私は、どうしようもない大罪人よ。
 また、この手で大切な人を殺してしまうのではないかって、ずっと怯えていたわ
 それでも……この想いだけは
 貴方に出会った時から抱くこの願いだけは嘘偽り無いと言えるの
 ……理由なんて分からない。ただ――

 ある“姫”がある日語った、脳裏に焼き付く独白。春翔は白と紅の焔に染まった斧を振り上げ、タナトスへと襲い掛かる。愚神はよろけながらも、剣を握り直してそれに応じた。

 ――生きて。

「これが……! 俺らの意志だ。受け取れェッ!」
「一ノ瀬、春翔……!」
 交錯する二つの刃。二人の溢れ出るライヴスが衝突する。タナトスの身体はダガーごと真っ二つにされ、どす黒いライヴスが驟雨のように飛び散った。限界を超えた春翔の斧も毀れた。チャージャーが弾け飛び、剥離した刃の破片が薔薇の花弁のように散る。
 タナトスは絶叫する。その身は辛うじて一つに繋がるが、流れるライヴスの奔流は最早止めようがない。罅だらけになりながらも形を保った斧を見つめ、春翔は会心の笑みを浮かべた。
「勝ちだ。俺達……三人の」

『行くぞ。氷鏡、日暮』
 カイは死神のように鎌を担ぎ、小刻みに震えながらも辛うじて立つデュナミスを見上げた。二人は頷き、それぞれ武器を構える。
《……そうだな》
『うん』
 カイと仙寿が同時に飛び出し、得物を振り抜く。関節がすっぱりと断ち切られ、支えを失ったデュナミスはその場に倒れ込んだ。
「これでもう……終わり」
 六花はデュナミスの額に右手を押し当てると、一気に氷の魔力を炸裂させた。

「使命、使命は……」
 全身が揺らぐ。折れたダガーを当ても無く振るいながら、タナトスはただ呻く。春翔の渾身の一撃が致命傷になっていた。
「憎しみ、懼れ、嘲り……私はそのために刃を取った。……私の使命は、人間の絶望を、この刃を以て終わらせることではなかったのか。それが、私の……」
「そうです。キミは元々、人の願いを具現するための存在だったのでしょう」
 キースはタナトスに頷いた。“ピースメイカー”に一発の銃弾を込め、撃鉄を起こして彼は狙いを定める。
「惜しいです。キミが触れた人の願望は底知れぬ欲望……。なら、キミを生んだのは、我々という事かもしれません」
 理解は出来る。同じような願望を抱いた事さえあった。しかし、彼は今タナトスと対峙している。それが答えだ。紙姫も、彼へそっと声をかける。
『もしキミが、絶望より希望が大きい世界を作ろうとしてたら、あたし達とキミは、お友達になれたかも……ねっ』
「キミの行為には相応の罰が必要ですが、その遺志は尊重します。だから、後はボク達に委ねて……」
 銃口がぴたりと定まった瞬間、タナトスは息を呑んだ。
「……そうか。“それ”だったのか。私がかの世界に在り、この世界に来た意味は」
 タナトスは、ついにナイフを手放した。

『お休みなさい』

 響く銃声。タナトスは抵抗する事無く、その銃弾を脳天に受け容れた。

 ――深刻な、エラー、発生……

 デュナミスの装甲が流れ落ち、骨組みだけとなって倒れ込む。タナトスもまた、膝立ちとなったままで空を仰いだ。
「全てが、繋がった……」



「……そもそも、無駄無駄うるせえんだっての」
 刀を鞘に納め、姫乃はタナトスへつかつかと歩み寄る。
『ご主人はアイドルを夢見る車椅子少女を応援してますからニャー。……勝手に未来を閉ざそうとする奴となんか、そりゃ相容れるわきゃねーデスニャ』
「とにかく答えは出た。俺達の勝ちだ! ……お前の出した答えなんて、簡単に覆るんだよ」
 拳を固め、姫乃は力強く言い放つ。その威勢の良さに、タナトスはノイズでボロボロになった笑い声を洩らした。
「そうだな。……私の世界……否、私自身が、斯く、あれば……だが私は、理解しなかった」
 タナトスは自嘲して呟いた。力を失い、細っていく目の光が涙のように映る。
「……タナトスちゃんはさ、『理解しない』んじゃなくて『理解出来なかった』んじゃないかな? 人の感情はデータでは測り切れないモノ。……一つの感情ばかりに目が行ってたら、本質を見失っちゃうんだぜ」
 盾を納め、腰に手を当てた千颯はタナトスの顔を覗き込む。
「タナトスちゃんはさ、何になりたかったんだ?」
「……希望に。君達が、望むように。私もかつては……」
 迷う事無く応える。タナトスはエージェント達を見渡し、譫言を呟いた。
「思うに……我々は、我々という、存在は、恐らく、君達にとっての――」
 しかし、言葉が途切れる。その全身が、光の中へ融けようとしていた。
「ねえ、セーメイオン」
 ナイチンゲールは思わず彼の前に膝をつき、だらりと垂れたその手を取る。僅かに上げたその眼は、確かに喜びを映していた。
「“私達”の、代わりに……」
 ぐらりと傾ぎ、頽れる。やがて、光の中へと消えていった。
 國光は静かに十字を切る。自分と相棒を覚えてくれた、大勢の中の誰か。その誰かに敬意を持ち、見送る想いで。
「よい旅を」
『いつか、安住の地でお会い出来たら』

 世界が揺らぐ。眩い光に包まれ、全てが虚空の狭間へと消えていく――

 気付けば、エージェント達は地下の巨大な貯水槽の中に立っていた。柱が無数に立ち並ぶ、コンクリートの空間。見渡してみれば、床に多くの人々が倒れ、深々と眠っていた。
 ナイチンゲールは、放心したようにその場へへたり込む。
「……ナイチンゲールさん」
 今度は、彼女が手を握られる番だった。見れば、六花が優しい笑みを浮かべている。義手を通しても、その温もりは確かに伝わってきた。彼女はその手を握り返し、天井を仰ぐ。照明が、まるで天来光のように輝いていた。

 バイバイ、ブラザー

●PlayBack
 救援に来た駆け出しエージェントやH.O.P.E.職員達が、人々を介抱している。千颯は率先して手伝いに向かっていた。
「眠ってるからって、手荒に扱ったらダメなんだぜ。毛布を二枚使えば……これをこうして、これで即席の担架が出来るから、それで運んでやってな!」
「はい!」
 名鑑にも名を連ねるエージェントの言葉に、思わず新米達は気を付けする。千颯は肩を竦め、手をひらひらさせた。
「そんな畏まらないだっていいんだぜ!」
『そうでござる。千颯も皆も同じ仲間でござるからな』

「前にニュースで見たけど、タナトスにやられた人達って、ずっと昏睡状態なんだっけ?」
『らしいな。一部は目覚めたものもいるらしいが』
 ウサギが守護石の傍に立ち、杖で眠る人々に光を当てている。リリアと翼は、二人並んでその様子を見つめていた。ウサギは振り返って応える。
「恐らく異世界のライヴスとの親和性が高い人々が先んじて目覚めたのだと思います。目覚めたきっかけが、昏睡状態化で英雄と出会った事、という人もいたようですし」
「それで、今は何をしてるの?」
「実験段階ですが、この守護石の放つライヴスを当てる事で回復も早くなるのでは……という事で、お手伝いさせて頂いてます」

「何か……少し可哀想だったね。タナトスも」
 救助が進む様子を遠目に見つめ、紗希は呟く。優し過ぎる彼女を見て顔を顰めると、カイは腕組みをして口酸っぱく窘める。
『お前な、愚神にいちいち感情移入してたら命が幾つあっても足りないぞ』
「うん……」
 とは言いつつも、彼もまた思いを巡らさずにはいられなかった。愚神という存在の境遇に。
『(だが、タナトス自身も何かの被害者だったのか? 人が正義である意味とは……? 愚神との共存は……本当に出来るのか?)』
「最後、タナトスは何を言おうとしたのかな」
 紗希は天井を見上げる。かの愚神に、彼女はそっと尋ねる。
「(貴方になら、わかる?)」

「トリブヌス級の作ったドロップゾーンがこうもすぐ消滅するとは。……これも彼の不完全性が為せる業という事でしょうか」
『何だか、今もドロップゾーンの中にいるみたいだねぇ』
 キースと紙姫は、だだっ広い東京の地下空間を見渡していた。隣に立ってその様子を見ていた國光は、ようやく思い切る事にした。
「今回は本当に……ありがとう、“キース”」
 本当に大事にしたいと思える友達だからこそ、今の今まで出来なかった事。メテオは眼を真ん丸にした。信じられないものを見たという顔だ。國光は眉間に皺を寄せ、素早くその頬を摘まむ。
『ぴえぇぇ……』
 メテオの悲鳴が広い空間に吸い込まれていく。キースはふっと笑みを浮かべ、彼らに向き直った。
「構いませんよ。……その代わりと言ってはなんですが、僕からも頼みがあります」
 一旦言葉を切ると、キースは再び真剣な顔になった。タナトスと雷火を交わし、見定めた己の想いを、彼は全幅の信頼を置いてきた相棒に語る。
「ボク達は、皆が希望を抱ける世界という、彼の求めた理想を、彼とは違う方法で求めたい」
『でも、あたし達だけじゃきっと無理だよっ!』
「ええ。だから今後も力を貸してください。サクラコ」
 銃を取っての戦いから、バーテンに落語の趣味まで、どんな事にも真剣なキース。だからこそ、國光も全力でその想いを叶えたいと思うのだった。
「もちろん。オレに出来る事なら、何でも」
『……協力、するのです』
 ようやくムニムニから解放されたメテオも応える。國光はそれから、そっと背後へ振り返った。何を考えているのか、壁にもたれた青藍がぼんやりと俯いている。國光はそっと一歩歩み寄ると、上から彼女に声をかけた。
「お疲れさまでした、セーラさん」
「ふぇっ!?」
 青藍は、顔を真っ赤にして飛び上がる。その派手な驚きように、國光は首を傾げた。
「どうしたんです?」
「どしたって……さ、桜小路さんからそんな、呼び方されるなんて、思わなかったんで……どういう、風の吹き回し――」
 青藍はわたわたしている。國光はちょうど一年前の事を思い返しつつ、応えた。
「あの時のお返し、ってことで」

 そんなやり取りを、遠くからじっとあけびと六花が見つめていた。六花の肩の手当てを待ちながら、二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
『とりあえず、手当てはこんなところだよ。あんまり無茶はしないように』
 ウォルターがそっと包帯を巻き終え、碧いリボンを上から器用に巻いて包帯を隠す。
「……ん、ありがとう、ございます」
 六花がぺこりと頭を下げると、ウォルターは手をひらひらさせてその場を後にする。
「これで片は付いたな。……後は、アマゾンか」
 治療を見届けた仙寿は、ナイチンゲール達へ目を向ける。彼女は天を見上げ、じっと黙祷を捧げていた。その傷だらけの背中を見遣り、彼もまた一つ決意を新たにする。
「やっぱり、小夜の事をどうこうは言えないな」
『やるんだね。仙寿様』
 あけびも彼の決意を察した。
「ああ。今俺が持ってるもの、全部をぶつけに行く」

「大きな怪我も無さそうで、良かったわ」
 雨月は六花の様子を遠目に見てぽつりと呟く。
『そうだな。臓腑に手を突き入れられたり、変な物食べたりせずに済んでよかった』
「……はいはい。これからは気を付けるわね」
 雨月はさらりと応える。アルヴィナがそっと歩み寄り、御守りを差し出した。
『ありがとう。……助かったわ』
「あら。返してくれなくてもよかったのに」
 アルヴィナは首を振った。雨月の手を取り、御守りを確かに握らせる。
『いいえ。……それなら、これは私の祈りを込め直すわ。これからも戦いは激しくなっていくでしょうし。その戦いへ臨む水瀬さんの無事を祈って、ね』
 雪を握りしめたような、ひんやりとした冷たさ。雨月はふと微笑み、御守りを懐へ納めた。
「ありがたく受け取っておくわ。これ以上りっちゃんに何かを失わせたくはないし、ね」

「重体者無し……何とか、なった……」
 仲間達の様子を見渡し、仁菜はへなへなと脱力する。盾となって攻撃を受け続けた疲れが、今になってどっと押し寄せていた。立ち上がるのも厳しい。同じように戦っていたはずの千颯は、今も闊達として救助の手伝いに回っていたのだが。仁菜は感嘆して呟く。
「すごいな、千颯さん、やっぱり……」
『踏んだ場数が違うもんなあ。まだまだ上には上がいる、って感じがするぜ』
 リオンも傍の床に足を投げ出して呟く。同じ“暁”の姫乃は、そんな二人へと駆け寄った。
「お疲れさまだな。藤咲、リオン」
『ずっと矢面に立ってたからニャー。そりゃへとへとにもなるってもんデス』
 朱璃はさっと仁菜の後ろに回り込み、固くなったその肩を手でほぐしていく。その姿を少しだけ羨ましそうに眺めつつ、リオンは気付け代わりに両頬をぺしぺし叩いた。
『まだまだへたれてちゃいられないけどな』
「うん。フレイヤや、他にも、色々……あるしね」

 彼等はまだ気付かない。彼等にとっての試練が、まさに今訪れようとしている事を。タナトスが彼等に見た希望の価値が、問われようとしている事を。

「ああ、もうへとへとだ……」
 激しい戦いを潜り抜けた霧人は、べったりとその場に座り込んでいた。全身が鉛のように重い。それを横目に、クロードはぺこりと頭を下げた。
『お疲れ様です、旦那様』
「お疲れだったのはクロードの方だと思うけどね……」
 座り込むだけでは足らず、霧人は大の字になって寝転んだ。そんな彼の懐で携帯が鳴る。見れば、彼の連れ合いからメールが送られていた。
「はぁ……とりあえず、上に戻らなきゃ……皆が待ってるって……」
『そりゃもう、お待ちかねでしょうね。動けるようになってからでも、良さそうですが』

「ひとまずはこれで……事件は全て解決という事でしょうか」
『そう見做して構わないでしょう』
 蕾菜と風架は、運び出されていく人々を見送っていた。
「でも、これで私達の戦い全てが終わったというわけではないんですよね」
『ええ、それに……今回討ち果たしたのは、あくまで不完全なトリブヌス級愚神一体。本物との戦いとなると、こうも簡単にはいかないでしょうね』
 蕾菜は頷く。アマゾンでの戦いも佳境だ。それが終わったら、次は何が起こるのだろう。そんな事を想いながら、彼女は仲間達の姿を見渡す。
「昔は、あの人達に守られる事しか出来なくて、これまでは、仲間を護ろうと必死になってきましたが……これからは、皆の隣で盾となっていくのでしょうか」
『それは……蕾菜次第ですよ』

『終わってみれば、呆気無いものね』
 レミアは安堵にも似た色をその顔に浮かべていたが、緋十郎はすっかり難しい顔をしていた。
「……やはり、気にかかるな」
『緋十郎?』
「奴が最後に言い損なった事。そこに、共存の為の、一つの答えがあるような気がするのだ」
 こうなると、レミアさえも太刀打ちできない程に頑固だ。彼女は肩を竦め、悩む彼の横顔を見るに留めておいた。

「今度こそは、仁科に見せてもダメだろうな」
『真っ黒焦げだね……』
 春翔とエディスは、基盤が剥き出しになったライター風のアックスチャージャーを見つめる。元々件の経緯で一度修理する羽目になっていたのだが、今度こそはどうにもなりそうにない。
 神妙な顔で春翔は幻想蝶にチャージャーを納める。後の仕事は職員達がこなしてくれる。今はとにかく、帰りを待ちかねているはずの姫君のところへ帰るのだ。
「……さぁ、帰ろう」
『うん!』
 二人は寄り添って歩き出す。その後ろ姿は、兄妹そのものであった。



 "Die Geschichte von dem Herr des Todes" ist endet.






 “白刃”は折れ、“東嵐”は止んだ
 “神月”は沈み、“卓戯”の幕は降りた
 “絶零”の氷は融け、“屍国”は解放された
 そしていま、“森蝕”が除かれようとしている

「時は満ちた。……人類と我らの“共宴”で、全てに片を付けよう」

 See You!

みんなの思い出もっと見る

-

サムネイル

-

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 疾風迅雷
    朱璃aa0941hero002
    英雄|11才|?|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    伊集院 翼aa3674hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る