本部

絶望を齎す者

影絵 企我

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/13 11:17

掲示板

オープニング

●微睡の中へ
 人々が眠っている。タナトスのライヴスに汚染され、昏睡状態に陥った人々は、まるで永劫の眠りにでも就いたかのように眠り続けていた。数日して、一週間して、ふと目覚めた者もいる。しかし、多くはただひたすら眠り続けていた。
 看護師も寝ていた。医者も寝ている。病院の廊下を掃除する清掃員も、風邪のために病院へ来ただけの人々も、皆揃って寝ていた。

 眠りについた人々は気付かない。既に彼らを取り巻く世界が様変わりしてしまった事を。

●急襲
「タナトスによって形成されたドロップゾーンは、現在急速に拡大を続けています。タナトスの影響を受けて昏睡状態にあった市民が一種の媒介装置となっているようです……」
 輸送車に乗った君達は、モニター越しにオペレーターの説明を聞いていた。本部で体勢を整えている余裕は最早無かったのである。
「ドロップゾーンに接近した市民もまたタナトスのライヴスに汚染されて媒介装置の一部となってしまうため、拡大速度は今も早まっています。一刻も早くタナトスを撃破し、この拡大を止めなければなりません」
 君達の中に混ざって、澪河 青藍(az0063)もモニターを見つめていた。信頼するエージェントと共に戦いを続けてきた彼女の横顔には、どこか剽悍さも漂っている。
「これより皆さんには先遣隊としてドロップゾーンに侵入してもらいます。今回のドロップゾーンはライヴス活性度が非常に低く、内部の詳細な探査や、内外での連絡が行えない状態にあります。追加の人員の招集も行っているところなので、くれぐれも無理はしないようにしてください」

●絶望の涯
 都市に展開されるドロップゾーンに足を踏み入れると、其処は天をも衝くようなビルが並ぶ大都市になっていた。多層に張り巡らされた道路が、そんなビルとビルを結んでいる。都市の中心には、見上げても見上げきれない程に高い塔が聳えていた。ウォルター・ドルイット(az0063hero001)は青藍の眼を借りて都市を見渡し、ぽつりと呟く。
『こんな世界は、前にも見たかな』
「あん時とは比べ物にならないけどね」
『流石はトリブヌス級といったところか……広い分、寂寥感もまた比べ物にならないけれど』
 君達も武器を構えながら大都市を見渡す。人っ子一人いない。立ち込めた暗雲からは絶えず雨が降り、ビルの狭間を風が駆け抜けていく。
「“らしい”世界だよ」


「私は愚神だ。世界に滅びを齎す者だ」
 暗闇の中、タナトスは何かを前にして呟く。
「皆が希望を抱けるのなら、世の終わりなど望まれないというのなら、私という存在は必要なく、またこの世界もこうはならなかったろう。だが私は現にここにある。そしてこの世界は滅びている。残るは、私がこうして有する記憶だけだ」
 タナトスの身体が揺らぐ。しかし、その眼だけは揺るがず爛々とした輝きを放っていた。
「……私は声を聞いた。滅びを望んでいる声を。それがアルファでありオメガだ。皆が“私”を望んだのだ。私はその望みを聞き遂げ、それを達成する」
 腕を振るうと、モニターが一枚輝く。武器を抜き、何かと対峙する君達を映していた。
「幾らでも否定するがいい。……出来るものなら」


「こいつらが……今までタナトスが使役してきた従魔の正体ってとこ?」
 青藍は武器を構え、塔の入り口から続々と現れる漆黒の異形を睨む。タナトスのような、澱んだライヴスで構成された肉体を引きずりながら、君達を見据えて異形は吼えた。異形は次々に形を変え、君達に向かってくる。
『今は凌ごう。増援の人が来てくれるまで耐えるんだ』

 タナトスとの最後の戦いが、幕を開けようとしていた。






以下解説

目標 10分間戦闘不能者を出さずに耐えきる

ENENY(PL情報)
デクリオ級従魔???
 タナトスと同じような物質で構成された肉体を持つ従魔。ドロップゾーンの中心となる塔から次々と溢れだしてくる。[1分ごとに5体、ランダムな形態で追加出現する]
①ライダー×5…武装付きバイクに乗った兵士。
・ステータス
 攻防全てB 命中A 回避C 移動S
・スキル
 ライヴスレーザー…どす黒いライヴスを照射する。[射程1~100。物理攻撃。心眼不可]
 スプレッドキャノン…ライヴスを拡散照射する。[範囲10。魔防の対抗判定に失敗時、3ダメージ]
 再行動…[攻撃後移動力が残存している時:即座に残存移動力を消費し移動できる]

②レギオン×5…銃を構えた兵士。
・ステータス
 物攻A 魔防D その他B~C
・スキル
 重ライヴス弾…澱んだライヴスの塊を発射する。[射程1~10。物理攻撃。命中時、追加で3ダメージ]
 ヒートブレード…高熱のライヴスで攻撃する。[近接。物理。防御、回避失敗時減退(1)]
 横列陣形…[左右にレギオンが隣接している時:防御+100、命中+100]

③ファントム×5…不定形の浮遊体。 
・ステータス
 魔攻A 防御D その他B~C 飛行
・スキル
 ライヴスキャプチャー…敵のライヴスを吸収する。[射程1~10。魔法攻撃。命中時、与えたダメージの半分生命力を回復する]
 フォノンバスター…音にライヴスを乗せて攻撃する。[範囲3。魔法。魔攻半分で攻撃。回避不可。]

解説

NPC
澪河青藍&ウォルター
 憧れの仲間達の背中を追ってここまで来た。自分なりに仲間を守るために働く。
・ステータス
 回避ブレ63/36
・スキル
 守るべき誓い、リンクバリア、アタックブレイブ
 攻撃予測、零距離回避

FIELD
未来都市
 宗教観の欠片も無い世界。戦闘区域は幅30sqの高速道路上。前方からひたすら敵が押し寄せてくる。
・ゾーンルール
 死の舞踏
  最大生命力1割減
  回復アイテム効果半減
  毎EPにライダー、レギオン、ファントムのいずれかの攻撃力が50上昇

TIPS(PL情報)
・これまでにタナトスと関わってきたなら、ゾーンルールは直感的に把握可能。
・タナトスが傍にいないため、ゾーンルールはやや微弱。
・敵軍を全滅させた場合はその時点で目標達成。一旦増援は途絶える。
・青藍は回避盾志望。アタックブレイブも活用してやってください。
・登場する敵はこれまでタナトス絡みで登場してきた雑魚を彷彿させる行動を取る。(ライヴスキャプチャー=魂魄吸収)など。

リプレイ

●溢れる影
「……いつだって、いつも通りに役目をこなすだけ。でも無理はしないでね」
 ナイチンゲール(aa4840)は青藍と手短なやり取りを終える。釘を刺された青藍は悪戯っぽく笑い、蒼く光る刃を抜き放った。
「わかってます。……さあ来いよ! 纏めて相手になってやる!」
 青藍は剣舞しながら歩を進める。異形の歩兵はその舞に惹かれ、彼女へ銃を向けた。放たれる弾丸を青藍は素早く躱すが、その奥で輝くものにまでは気付けない。
 放たれる漆黒の線。桜小路 國光(aa4046)は素早く割り込むと、鱗盾を構えて受け止める。
「感謝します」
「此処で変に消耗するわけにもいきませんし、ね」
 青藍と軽く目配せすると、國光は数歩後ろ側に陣取り直す。動き始めた戦場を見渡しながら、メテオバイザー(aa4046hero001)にだけ聞こえるように彼は付け足す。
「アレにもう一度会って話がしたいから……って考えはおかしいかな」
『(いえ……それなら、態度がなってないお出迎えの方には、早々に引いていただかないと)』
 如何にも未来風なプロテクターに身を包んだ異形達は、禍々しいノイズを叫びながら武器をリンカー達へ向けてくる。
 青藍の舞いも、彼方のバイクには通じない。一歩引いて構えているカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)に向かって、一台がレーザーを放った。
「おっと! 俺ちゃんがいる限り戦闘不能者なんて出さないんだぜ!」
 虎噛 千颯(aa0123)は黒い盾を飛ばしてレーザーを受け止める。カイに向かって親指立てたりしつつも、その眼は抜かりなく戦場を見据えていた。そのうちに、うっすらと疑問も湧いてくる。
「タナトスちゃんだっけ? これがこの間のあいつのドロップゾーン? 何だかあいつに似て陰気な感じだな~」
『わかってると思うが……今はそれどころではないでござる』
 敵の本拠でも自分のペースを守る千颯を、白虎丸(aa0123hero001)は呆れたように嗜める。千颯は頷くと、くるりと身を翻す。その瞬間に、カイは機関砲の引き金を絞る。道の彼方から押し寄せるバイクに、無数の弾丸が襲い掛かった。
『あの塔はさしずめバベルの塔か』
「神に挑戦しようとした人類が、神の怒りを買った塔……だっけ」
 御童 紗希(aa0339)は昔どこかで聞いた知識を呟く。カイも頷くと、ちらりと塔へ眼を向けた。全身を反らなければ頂上が見えない程に高い。
『あれが本当に塔なのかは分からねえけどな』
「……皆と一緒なら、勝てるよね」
 幻想蝶は左目と同じく碧く輝いている。紗希の心は長い戦いを通して変わりつつあった。カイは機関砲を水縹に持ち替えながら頷く。
『マリがそう言えるようになったからな』
 カイが一歩踏み出す間に、紅蓮の輝きがその脇を掠める。彩咲 姫乃(aa0941)は敵中を駆け巡り、兵士の背後から燃える氷の居合切りを見舞った。
「タナトスぶっ潰す! 邪魔なドロップゾーンも手駒もまとめて焼き払う!」
『あたしは同僚ほど炎っていめぇじじゃないデスよ』
 “疾風迅雷”を冠する朱璃(aa0941hero002)はぺろっとツッコミを入れる。姫乃は刀を鞘に納めつつ、怒りに満ちた金の瞳を塔へと向ける。
「細かいことはいいんだよ。ただ、あいつにはいい加減キレてんだ!」
『ま、言いたい事は奴の面を見れる場所に行ってから直接言ってやるデスニャ』
 従魔達がエージェントに押し寄せる間にも、塔からは新たな異形がぞろぞろと現れる。飛行機へと姿を変え、それらもまた突っ込んでくる。
「新手きたっぽい?」
『……ようでござるな』
 千颯は彼方に目を凝らすと、腕時計にちらりと眼を向けた。

「小夜さん! 交代!」
 高熱の刃を往なしながら、青藍がナイチンゲールに叫ぶ。“誓い”の効果が切れたのだ。柄を握りしめて鎖を解くと、チタンの義手を敵に見せつける。
「さぁ。おいでよ」
 徐々に間合いを詰めていた浮遊体が、ナイチンゲールに向かってゆらゆらと向き直る。それは爬虫類の口蓋にも似た何かを開き、不気味な引力を発生させた。ナイチンゲールが浮遊体に目を向けた瞬間、剣の柄元が輝き、炎のルーンが浮かび上がる。
「(彼に伝えないと。……みんなにも聞こえるように)」
『(それが、お前の答えなのだな)』
 墓場鳥(aa4840hero001)が神妙に囁く。グィネヴィア・リデルハートの人生が、一つの結実を迎えようとしていた。
「(うん。……だから今は前に進まないと。誰一人、欠けないように)」
 小夜啼鳥は剣を抜き放つ。燃え盛る炎が浮遊体を襲った。刹那、蒼い光が稲妻のような二つ、軌跡を描いて浮遊体の群れへと躍りかかる。
「アバドンの一件、裏で糸を引いた黒幕の面を拝みに来たつもりだったが……」
『存外に面白い状況ね。今年はツキがあるんじゃないかしら』
 迫間 央(aa1445)は変幻自在の身のこなしを見せつけ、ただでさえ炎に気を取られている兵士を困惑させつつ斬りつける。マイヤ サーア(aa1445hero001)も意気軒昂の兆しを見せていた。
『攻撃に気付かれるとダメージが取れないなら……』
「俺達が掻き回す! その間に追撃を頼む!」
 央は再び蒼い影となって姿を消す。兵士が銃を構える間もなく、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が大剣を振りかざして襲い掛かった。その袈裟斬りは兵士を一撃で切り崩し、その場にねじ伏せる。
「(アバドンを暴走させて我が悲願たる愚神との共存の芽を摘み……狐を誑かし、その生き様を歪ませた……死神よ、俺は決してお前を許さぬ……!)」
『良いわ。存分に滾りなさい緋十郎。わたしの中の、緋十郎のその憤怒が……死神を討つ為の力になるわ』
 狒村 緋十郎(aa3678)の声を聞きながら、レミアは黒蔦の絡みついた対物ライフルを取り出す。艶めかしく光るその銃身を彼方から走り寄るバイクに向け、彼女は駆け出した。
 浮遊体は地を滑るように飛び回り、ナイチンゲールの背後に立つ仲間にさえも襲い掛かろうとする。だが、リオン クロフォード(aa3237hero001)が盾と旗を両手に立ちはだかる。
『ここは通さねーぞっ!』
 旗を叩きつけて浮遊体を押し留め、反動でくるりと回りながら盾を叩きつける。浮遊体はスライムのように崩れた。リオンは再び身を躍らせて姿勢を戻す。
「盾持ちながらよくそんなにくるくる出来るね」
『演武は得意だからな!』
 藤咲 仁菜(aa3237)が感心したように呟くと、リオンは見栄を切りつつ会心の笑みで頷いた。
「手先まで器用だったらよかったのに。何で包丁も泡立て器も使えないの……?」
『武器じゃないからかなー! せっかくカッコつけたのに台無し!』
 仁菜のツッコミにリオンはずっこける。ずっこけている間に、地面で伸びていた浮遊体は再び形を取って飛び上がろうとする。しかし、突如その身体は白霜に包まれていった。白い魔導書を携えた水瀬 雨月(aa0801)は、普段通りの涼しい顔で凍りつく従魔を見据える。
「本命がいるのに、ここで躓いている場合じゃ無いわね」
『(……得体の知れない邪神が良からぬ儀式でもするのかと思ったが。当てが外れたな)』
 アムブロシア(aa0801hero001)は未来都市の街並みをぼんやり見渡し呟く。雨月は双眼鏡を取り出すと、彼方から近づいてくる増援に目を向けた。
「貴方が言えた義理かしら、それ」
 ジェット機になって押し寄せる従魔軍団は、兵士二人、バイク三台へと姿を変えた。

 “誓い”の範囲外から、バイクは次々レーザーを撃ち込んでくる。黒い輝きは、後列に構える一ノ瀬 春翔(aa3715)達をも狙っていた。手甲をその身の前に構えた零月 蕾菜(aa0058)は、身体をレーザーの前へ投げ出し受け止める。
「お城や要塞のようなものは見た事がありましたが、大都市のドロップゾーン、ですか」
『(どちらにしても、これだけのものを展開したとなれば、奴自身も身動きは取れないはず。此処で念入りに息の根を止めたいところだよ)』
 十三月 風架(aa0058hero001)の言葉に頷く。蕾菜は手甲を振るい、密集して銃を構える兵士達に向かって蒼く輝く風を放った。龍の姿を象りながら吹き抜けた風は、異形の纏う黒いプロテクターを次々に蝕んでいく。
「……ですね。出来る事を、落ち着いてこなしていきます」
 一方、エディス・ホワイトクイーン(aa3715hero002)は斧の刃に炎を入れながら、後方に控えてヘイト下げに徹していた。
『さっき狐さんの件が終わったばっかりっていうお話だったけど……おにぃちゃん?』
「ああ……ただの陽動、にしちゃ意図が読めねぇな」
 春翔は全身に纏わりつく重苦しい気に意識を向ける。まるでタナトスそのものに感じられる。街並みも、目の前に蠢く敵も。
「……ヤツも自分から手を打たざるを得なくなった、って所か」
 青藍が再び誓いを発動し、兵士やバイクを引き寄せる。クロード(aa3803hero001)は兵士の前に立ちはだかり、高熱の刃を鏡の盾で受け止める。
「(何か思ってたのと違うなぁ。もっとおどろおどろしい雰囲気だと思ってたよ)」
 世良 霧人(aa3803)はノイズを吐き散らかす兵士を見つめて呟く。
『死神ですからねぇ。墓地や地獄のような所を想像していたのですが』
 クロードも盾を構え直しながら頷く。それを横で聞いていた不知火あけび(aa4519hero001)は、ひたむきな怒りを滲ませ吐き捨てる。
『死神……私にはタナトスは駄々っ子にしか見えないよ。自分の思い通りにならないから、癇癪を起こしてるんだ』
《その癇癪で振り回してくれた礼をしよう。六花も、アバドンの仇を取りたいだろう》
 氷鏡 六花(aa4969)は小さく首を振る。ドロップゾーンの枯れ切った風に羽衣を流し、少女は真っ直ぐに戦場を見据えていた。
「ううん。仇なんて、言わない。どうあれ、殺したのは……六花だから」
 別れ際のやり取りが、今も胸に残っている。あれは、確かに六花に“ありがとう”と言った。彼女はオーロラの翼を広げ、敵に狙いを定める。
「でも、人も愚神も不幸にするタナトスを、六花は許さない。あの塔の上に、いるのかな」
『あるいは、その地下かもしれないわね。あの塔、さほど広くは見えないし』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は応える。新たな軍勢がまた塔から這い出し、こちらに押し寄せようとしていた。日暮仙寿(aa4519)は刀を抜き放ち、六花の前に立つ。
《六花、今回は俺が盾になるから、思う存分に戦ってくれ》
「うん。……行こう、アルヴィナ!」
 彼女が腕を振るうと、氷晶に増幅された霧氷が吹き荒れた。

 仲間達の数メートル後ろに位置取り、キース=ロロッカ(aa3593)はライフルを構える。その身はドロップゾーンの世界に溶け込んでいた。その眼は抜かりなく戦場の全てを見据えている。
「全員戦意は高いですが……」
『少し前のめりになってるかも?』
 可愛く見えて、確かな慧眼を持つ匂坂 紙姫(aa3593hero001)。レミアが若干突出気味で、盾役の二人がそれに若干引っ張られている事にもう気が付いていた。
「……戦場にもバランサーが必要でしょう。紙姫」
『りょーかいっ!』
 ソニックブームを叩きつけてきた浮遊体を跳弾で撃ち落とし、キースは通信機を起動する。ノイズはあるが、使えない程ではない。
『増援は兵士一体、バイク二体、浮遊体二体! レーザーや音攻撃に気を付けてね!』
「突出し過ぎないように気を付けてください。敵は全員“誓い”の範囲外から攻撃できるので、上手く敵が集められない可能性が出て来ます」
 そのベルトに取りつけられた目覚まし時計は、刻一刻と時を辿っていた。

●死を穿つ
『解っているわよ』
 友人からの忠告。聞きながらレミアは“血虎”の引き金を引く。赤黒の銃弾はバイクの前輪を掠め、その平衡を崩す。そして再び武器を大剣へ持ち代えると、レーザーを放ちまくるバイクに向かって走る。
『けれど、わたしは多少そのリスクを冒してでも、攻める役が必要だと思うわ』
 バイクは一斉に反応し、カウルを開いて無数のライヴス弾を周囲にばら撒く。大剣を横に構えて強引に受けた彼女は、バイクへ猛然と襲い掛かった。

「また新手が来た! 気を付けて!」
『(お前も気を付けろ。消耗が少し激しい)』
 ナイチンゲールが叫ぶ裏で、墓場鳥がそっと忠告する。断続的に矢面へ立ち続けていた彼女の装いには、あちこちに焦げたような跡が残っていた。彼女は顔を顰めると、剣を納めて盾を取り出す。飛び交う銃弾が、蒼紅のライヴスとぶつかり合う。
 そんな彼女の背後から、リオンは純白の光を当てた。その光は、彼女の傷を次々に癒していく。自分の傷には賢者の欠片を擦り込みながら、彼は叫ぶ。
『とりあえずこれで頑張ってくれよ!』
 旗を振るうと、リオンは右翼側の仲間にも言い放った。
『ちょっとの火傷は気合で頑張れ! いけるいける!』
 単純な根性論。だが持久戦の最中では仕方ない。千颯も苦い顔で左翼の仲間に告げる。
「回復にも限りがあるから、悪いけどギリギリまで我慢してな……」
 癒しの技にも限りがある。だがそれでも、持久戦の屋台骨にはやらねばならない事がある。千颯とリオンは力強く笑った。
「負傷が酷い人はオレちゃんの傍に来てな! 体張って守るんだぜ!」
『後で最大限回復するでござる。皆には負担をかけて申し訳ないでござるが、頼むでござる』
 護る、励ます。それが彼らの使命。二組は敵の攻撃を盾で弾き返しながら、戦場を進む。
「命も心も信念も、全てを守り抜く。どんな土砂降りの中でも笑ってやるの!」
『行こう! いつも通りに戦えば、絶対勝てる!』

「まずは一発だ、エディス!」
『りょーかい!』
 蒼炎に燃える斧を振るい、目の前に突っ込んできたバイクに一撃を叩き込む。泥の中に腕を突っ込むような違和感が襲った。力が上手く伝わらない。
「やっぱりこの感覚か」
『面倒だね……』
 斧を引き、國光の割り込む間合いを空けながらエディスは呟く。壊せはしても、手間がかかる。しかし春翔はそれを前向きに捉えた。
「だが、ヤツの手の内を明かす絶好の機会だ……!」
 國光はその言葉に頷くと、シンガンロッドを敵に向けて振るった。白い棒は兵士の身体を掻き分ける。サクラコの剣として、武器に全神経を注いだメテオはついに気が付く。
『……敵に触れた瞬間、武器の出力が落ちているのです。きっと、敵に上手く力が伝わらないのはそのせいなのです!』
 ロッドを構え直し、國光は通信機越しに尋ねる。
「聞こえたよね、キースくん」
[ええ。武器に流し込まれたライヴスの活性度を下げているのかもしれないですね]
 キースは素早く分析する。國光も頷くと、千颯を見た。
「虎噛さん! 敵の攻撃を一発受けてください!」
「オッケー! オレちゃんも少し試したい事あるし!」
 丁度、三度目の“誓い”を放った青藍に兵士が斬りかかろうとしていた。千颯と國光は同時に飛び出す。千颯は盾を構えて兵士の剣を受け止め、同時に國光がロッドで兵士を打った。
 兵士の身体が柘榴のように弾ける。更に盾が放った光を受け、更に身体は吹き飛ぶ。それを見て、ついに國光は確信する。
「……前、タナトスと手を組んで似たような手を使った敵がいました。その敵と同じで、相手に攻撃を加えるその瞬間は、こちらの攻撃を軽減しきれないみたいです」
「そっか。ミラーや今のリフレックスがよく効いたのもそういう事なんだな……」
 國光と千颯のやり取りを、蕾菜は手甲で敵の攻撃を受けながら聞いていた。増えもせず、減りもせず、従魔は次々に襲い掛かってくる。タナトスの底知れぬ力を示すかのように。
「でも、難しい状況には違いないですね」
 返しに拳を突き出すと、深紅の炎が噴き出し、戦場を煌々と染める。
『流石にトリブヌス級と相撃ちを狙い続けていたら、先に倒れるのはこちらです』
 風架も重々しく呟く。その背後から姫乃は跳び出し、銃火を掻い潜りながらバイクの背後へと回り込む。空高くに撥ね上がると、ロケット砲を担いで爆発を叩き込む。
「こいつらはどうにでもなるんだけどよー」
 そのままその場に舞い降りると、するりと敵のビーム攻撃を躱しながら首を傾げる。
「流石にあの死神野郎を奇襲し続けるってのもムズい気がするんだよな」
『そんな奴なら今頃狩り終わってますニャ』
 続けざまに太刀を構えると、青藍を狙う兵士の首を背後から打ち落とす。
「もう一押し、これっていう手があれば別なんだけどな」

「ここまで発展したドロップゾーンを作れる余力があるなら、まだ仕掛けをもう一つくらい打ってきてもおかしくないわね」
『(この動きも、時間稼ぎの一環である可能性があるな)』
 押し寄せる浮遊体に向かって氷の風を放ちながら、雨月は周囲に目を配る。歩みを進めれば進めるほど、果てしない道のりを歩んでいるような錯覚に陥る。長剣を持ち替え目の前の兵士達に向かって振るい、クロードも再び塔へ視線を向ける。
『とにかくあの塔が怪しいのですよね……』
「多分だけれど、タナトスの力を全体に行き渡らせるための媒介なんじゃないかな。……それだけじゃない。この街がもし、タナトスがかつていた世界を模してるんだとしたら、本当はもっと、違うモノを扱うための塔だったんじゃ……」
 霧人は世界に思いを巡らせる。複層的に張り巡らされた交通網だけ見ても、技術レベルは現実を卓越している。その網の影に紛れて、浮遊体が不意に横槍を突いてきた。次々にソニックブームを放ってくるが、鋭く飛んだ黒い稲妻の槍に貫かれ、並んで墜落していく。
「いずれにしても、何かあの愚神の好き放題を止める手立てを捜しておいた方が良いのは確かね」
 ネクロノミコンに武器を持ち替えた雨月が、涼しげな顔のまま右手に雷の余韻を閃かせる。敵の武器を弾き返しながら、クロードは深く頷く。
『あの塔を叩き毀せば何かある、って感じならいいんですが……』

[バイク一台抜けた!]
 國光の通信がノイズ交じりでもはっきりと聞こえる。バイクはカウルの先端を輝かせ、六花に狙いを定める。戦いが進むにつれ前後が広がり、クロードもカバーが間に合わない。
 仙寿は迷わず飛び出した。その身を挺してレーザーを受け止める。六花は一瞬はっとなったが、すぐさま切り替えて鋭い氷槍を撃ち返した。カウルに穂先が突き刺さり、バイクはバランスを崩す。仙寿は刀を雪村に持ち替えると、バイクの前輪を斬り落とした。
 バイクはクラッシュし、高速道路の壁を越えて落ちていった。それを見届けると、仙寿は六花に振り返る。
《大丈夫か》
「うん。ありがとう……」
 六花はうっすらと頬を染めて俯く。仙寿はそっと六花の頭を撫でると、再び敵へと向き直る。
《六花は攻撃の要だからな。頼りにしている》
「……任せて!」
 奮い立つと、六花は魔法陣から氷竜を喚び出し、激しい氷の炎を叩きつける。横並びになった兵士は、半身を吹き飛ばされながらもそれを耐え忍ぶ。
《レギオンだな。これほど近未来的な形は見た事がなかったが……》
『防御が固いとこも、並んだら面倒なところも同じかな』
 言っている間に、ナイチンゲールが最後の“誓い”を発動する。着実に敵の数を削っているが、それでも目の前には10体以上の従魔が残っている。
《突破口が無いと、殲滅までは厳しいか……》

「エディス。ねぇちゃんの話、聞いてたな」
『お話?』
 ふと、春翔はエディスに尋ねる。エディスはきょとんと眼を丸くする。
「たった一つの願い事、だ」
『……うん、わかった』
 何となく理解した。エディスは内に下がり、その純真な心を深化させる。破壊へ、破壊へとひたすらに向いていた想いを、“生きてほしい”という願いへと変える。その瞬間、春翔は光り輝く刃を無数に空へと浮かべた。
 それを見た央は、素早く駆け出す。敵の影に入りつ離れつしながら、春翔を狙うバイクに向かって忍び寄る。忍刀を納めると、背中の叢雲に手を掛けた。
「やらせはしない!」
『無粋な真似はさせないわ』
 前宙の要領で放たれた袈裟懸けの居合は、バイクを一撃で両断した。狙いは逸れ、レーザーは明後日の方向へ飛んでいく。次々に飛ぶレーザーの反撃を躱し、央は叫ぶ。
「決めろ、春翔!」
 春翔は頷くと、エディスの純粋な想いを、仲間達から伝わる熱を汲み上げ、揺るぎない刃へと変える。
「こいつが……俺達の意志だ!」
 降り注いだ刃は、群れる兵士を次々に寸断した。黒いタール状の何かは、再び寄り集まって一つの形を為そうとする。しかし、集まり切らずに次々に崩壊して消滅した。春翔は会心の笑みを浮かべた。
「……見つけたぜ。こいつが答えだ」

 モニターの前に立ち、タナトスは戦いを見つめる。消え去りゆく端末から、うっすらとエージェント達の想いが伝わる。
「――他者の生を願う純粋な想い……もし、皆が持ち得るものならば……」
 闇の中で目を見開き、タナトスはただモニターを見つめていた。

『キース君! 戦局は優位だねっ!』
 春翔が見つけた突破口。差し込んだ希望が、皆のライヴスを堅固にしていく。しかし、キースは油断を知らない。百里を行く者は九十を半ばとするのだ。
「……紙姫、次の仕掛けを施しましょう」
 通信機を操作し、こっそりと囁く。
「頼みがあるのですが……」
[ハイ。何でしょうか]
 キースは浮遊体を撃ち落としながら説明する。腰の時計は、なおも時を刻んでいた。
「あと少しで時計が鳴ります。そうしたらアタックブレイブを発動して欲しいんです」
[……わかりました。とびっきりの奴を決めますよ]
 静かに微笑むと、再びキースは頬を引き締めた。
「どうも。キミを信じ、そしてキミが信じた彼等に、希望を」

 仲間を庇い、仲間に庇われ、ケナーツの意志を振るってナイチンゲールは戦う。彼女は今、充足感に似た思いに包まれていた。

 一緒にタナトスを追う戦友
 こんな時も、傍にいてくれる友達
 大丈夫。みんな強い

 だから、“私”も強くいられる――

●生の覚悟
 ナイチンゲールの“誓い”が終わりを迎える。引き寄せるものは無くなり、敵の軍団がいきなり色めき立つ。一気に乱戦の様相を呈する空間。カイは首を振り、水縹を幻想蝶に納めて叫ぶ。
『一旦仕切り直す! 巻き込まれんなよ!』
 言うなり、カイは背中に鋼鉄の翼を生やした。翼は一気に広がると、ミサイルの羽根を覗かせる。その脳裏に、一つの考えが巡った。
『(俺達は奴を認識しきっていない。あいつは他の愚神とは違う。……それも奴に決定打を与えられない原因だろう。……俺達は奴を認識し直す必要がある)』
「(否定じゃなくて、肯定。死を肯定して、その上で生を考える……)」
 紗希もカイに応える。二人は二人なりに、タナトスの言葉を捉え直す。
『(タナトスの言う通り、死から逃げる事は出来ない。……絶対、向き合う事になる)』
「(それでも、命ある限りは生きる権利がある。あの存在を受け入れないのは、その権利を守るため)」
 それが二人の見つけた“生と死”のあるべき姿。カイと紗希は跳び上がると、目の前の敵集団を見据えた。
『一ノ瀬達が答えを見つけたなら……俺達がそれを証明する!』
 一気に放たれる大量のミサイル。次々地面に突き刺さり、兵士もバイクも、浮遊体もまとめて吹き飛ばす。紗希は眼を見張ると、信頼する仲間に向かって鋭く叫んだ。
「蹴散らしましょう!」

『待たせたでござる』
「回復使うんだぜ! 集まってな!」
 待ってましたとばかり、千颯と白虎丸が仲間達に呼びかける。それを横で見たリオン達も、周囲に向かって旗を掲げた。
『俺達も使うぞ! ごめんな、火傷とか長々引っ張って!』
「でももうひと踏ん張り! 一気に塔まで押し込めちゃおうよ!」
 エージェント達は素早く二つの円陣を組む。曇天の彼方から、輝く雨が降り注ぐ。雨に包まれた光は、仲間達の傷を一つ一つ癒していく。千颯は盾を構え直し、己の身も新たな癒しのライヴスに包む。
「さあ、こっからもがんがん庇ってくから、どんどん行っちゃって!」
 リオン達もまたその身体を癒しの光に包むと、盾を構えて最前線へと身を押し出す。
『安心して狙ってくれよ! 後ろには絶対通さねえからな!』
 どんなに強い矛も、彼らの強固な意志は貫けない。重ライヴス弾を次々に受けながら、二人は並んで前線を押していく。その若干後ろに立った蕾菜は、全身の気を輝かせた。
「盾役として……私も後れを取るわけにはいきませんね」
『……自分の全力に耐えたんだ。まだ三代目には届かないが……十分に一人前だろう』
 全身を翻した瞬間、放たれた気は無数の蝶へと変わる。蝶は優雅に羽ばたきながら、眼前の敵へと押し寄せていく。
「ありがとうございます。……クロス」
 舞い散る蝶は異形達を呑み込んでいく。もがく黒い塊は、ずるずるとその全身が崩れ始めた。適当に放たれた弾丸が彼女に飛ぶ。蕾菜は手甲を振るい、弾丸を弾き飛ばした。

「速度制限ぶっちぎるぜ! 回避じゃまだまだでも、疾さじゃ負けねえからな、迫間!」
 紅の光と蒼い光が高速道路を入り乱れる。兵士を蹴倒し、バイクをバラバラにし、浮遊体を斬り落とす。紅蓮の炎を背に負う姫乃は、最強のシャドウルーカーとも目される央に向かって敢然と啖呵を切った。央自身は余裕綽々だが。
「言ってくれる。……何なら競うか。このスサノオと」
『血気盛んね、お嬢さん』
 敵の攻撃をするする躱しながら、流水のように滑らかな剣捌きで敵を次々捌いていく。その動きには一切の無駄がない。挑むようなマイヤの呟きに目を三角にすると、姫乃は一層その足を速める。
「お嬢さんって言うな! 調子乗ってたら、俺の火に巻かれて火傷するぜ!」
『主……わかりやすいデスニャ……』
 朱璃が呆れるのも構わず、分身しながら敵の周囲を駆け回った姫乃はそこから網を擲つ。残像さえ作るその挙動に敵は対応しきれず、次々網に捉えられた。央は軽く目を見張り、不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど……面白いじゃないか」

「そこだ!」
 春翔は姫乃の捉えた敵に向かって何本もの刃を叩きつける。揺るぎない活性度を得たライヴスは、最早敵の小細工など受け入れない。成す術無く消し去られていく。
『少し、減って来たかも』
「このまま押し切るぞ。……俺達が、生き残るために」
 二人の希望が重なる。エディスはほっとしたように呟いた。
『何だか……温かい。おにぃちゃん』
「……ああ。俺も同じだ。エディス」

 後方に下がった國光は、巨大な盾を構え、キースの斜め前に控える。常に偏りなく戦場を見渡すキースと、その細やかな思慮深さで脇を固める國光。二人が揃えば百戦危うからず。
「いつも通りに行こう。指示は任せた」
「ええ。サクラコのお陰で、ボクは安心してこの目で全体を見渡せますよ」
 キースは素早く時計を取って見つめる。既に約束の時が近づいていた。キースは素早く姿を現すと、手にした時計を敵に向かって放り投げる。
『さて、ラストスパート!』
「皆さん、もうひと踏ん張りですよ!」
 敵中に落ちた時計は、フォノンバスターを掻き消す勢いで爆音を鳴らした。
 刹那、青藍は皆の中心に駆けつけた。塔を真っ直ぐに見上げ、蒼く光る刃を高く掲げる。
「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! これなるは無限の希望なり! 恐れ慄け愚かな神よ、気高き意志を知るがいい!」
 刀の切っ先を回した瞬間、放たれたライヴスが仲間に力を与える。カイは水縹を担ぎ、最前線に立つレミアと肩を並べる。一斉にスキルを放って異形を打ちのめしながらも、カイは小さく顔を顰めてレミアをじっと見据える。
『ったく、突っ走りやがって。バランス取るの大変だったかんな』
『皆ならついてこれるだろうと思っての事よ』
 レミアは大剣を振り回しつつ、悠然と言い放つ。あくまで己を貫く彼女に溜息をつき、カイは丁寧な剣捌きで異形を打ちのめしていく。
『まあお前のお陰で乗り切れた部分もあるが、本丸に突っ込む時はもう少し足並み揃えてくれよ』
『善処するわ。でも、この猿が随分と荒ぶるものだから』
 緋十郎の怒りが、冷たいはずの血潮を熱くする。今回はそれに突き動かされていたのも事実だった。カイはお熱い二人に肩を竦める。
『……狒村も頼むぞ。マジで』

「私は右に向かって撃つわ」
「うん。……じゃあ、六花は左ね!」
 雨月と六花は揃って純白の魔導書を広げ、オーロラの翼を広げる。減っていく敵に狙いを定め、絶対零度の冷気を生み出していく。クロードと仙寿はその前で得物を構え、彼女達に襲い掛かろうとする敵を迎え撃つ。
『人が滅びを望むとか、自分は絶望の具現だとか……希望と絶望どちらかだけなんてあり得ない。彼には聞きたい物だけ聞こえてるんだ』
 あけびは怒りを滲ませる。この世の不条理に屁理屈で応える愚かな神。彼女はそれを認められない。認めたくも無かった。仙寿は兵士の剣を往なし、身を翻して蹴り返しながら、彼女の怒りを引き受ける。
《……あれ自身がどう思っていようが、巻き込まれた者達が死にたいと思うようには考えられない。……眠っている彼らを、犠牲になった者達を救う》
 密林での哀しい出会いと別れが、今や彼に確固たる意志を与えていた。小烏丸を確かと握りしめ、仙寿は決意を露わにする。
《その為に、俺は刃を振るう》
『ならば、わたくし達は盾となりましょう』
 器用に盾を振るって敵を右へ左へ押しやり、クロードは仙寿に応える。霧人も自らの歩んできた道に思いを馳せながら呟く。
「こんなだけど、僕もたくさんの子の人生を預かってる身だからね……自分が何かを掲げるってよりは……皆の意志を守る方が性に合うのかもしれない」
『旦那様がそう言うのですから、わたくしはその意志に従うのみです』
「ありがとう。だから……」
 クロードは振り向く。霧人は背後の少女二人を見渡し、優しく語り掛けた。
「その意志、僕達に守らせて」

 並んだ六花と雨月は、一斉に吹雪を放つ。透き通った声と共に風にライヴスを込め続ける。従魔達は纏めて風に絡め取られ、錐揉みにされ、その場に倒れ伏した。鶴のように翼を嫋やかに広げ、六花は言い放つ。
「怖くない。あなた達なんか。みんなが、ナイチンゲールや青藍がいるから」
 その円い瞳は、ちらりと“彼”の背中を見る。白翼の幻影を広げ、六花に近づこうとする敵を切り伏せる頼もしい後姿。六花は誰にも聞こえないように、付け足す。
「……仙寿さんが、いるから」
『(六花は……すっかり変わったわね)』
 アルヴィナは六花の中でこっそりと呟く。衝動的な復讐心はもしかしたら恐怖の裏返しだったのかもしれない。今はもう、理性的に仇との向き合い方を考えられている。
『(いい友達に、出会えたわね)』
 隣で幼い友達の横顔を見つめ、雨月は首を傾げる。六花は誰にも聞こえていないつもりでも、彼女にはしっかりと聞こえていた。
「(ふぅん……)」
 氷の礫を鋭く投げつけながらも、彼女はうっすらと微笑む。その美貌からして浮世離れしたところもある雨月だったが、他人のそれともなれば話が別だ。大きく一歩踏み出し、雨月はそっと耳打ちする。
「私自身はあまりそういうの、よくわからないのだけど……」
 悪戯っぽく目を光らせ、無貌の神のように軽やかに、雨月は囁いた。
「応援しているわよ。りっちゃん」
 六花は一瞬で耳まで真っ赤になる。
「え? ええ!? 何のこと?」

 國光が素早く盾を構える。その脇から素早く銃口を突き出し、キースが従魔に引き金を引く。従魔の身体はキースの銃弾を受けて水風船のように弾け飛ぶが、國光は両足で敢然と道路を踏みしめ銃弾を受ける。
「サクラコ、問題ありませんか」
「ああ。心配は要らないよ」

 塔のすぐそばまで駆け抜け、跳び上がったカイとレミアが一斉に剣を振り下ろす。足を止めてしまった従魔に向かって、春翔は次々と斧を擲ち、その身を引き裂き消滅させる。三人は顔を見合わせると、それぞれ残党を追って散開した。
 肩を擦り合うくらいの勢いで跳び回り、央と姫乃は残り少ない敵に向かって八艘跳びを披露する。若さ故の荒々しい動きと、無駄のない流美な挙動。その間に割り込むように、踊るように軽やかに仙寿も身を乗り出した。三者三様に、彼らは己の技を敵にも味方にも魅せる。
 クロード、千颯、リオン。盾を構えた四人は、一斉に放たれた悪足掻きのレーザーを受け止める。その背後では、三人の魔法使いが銘々に呪文を唱え、最大火力をぶつけた。

「(わかるよ。タナトス……貴方の意志は、何となく)」
 青藍と背中合わせになって武器を振るいながら、ナイチンゲールはいずこにいるとも知れない黒幕に問いかける。
「(でも……本当は伝わってるんでしょ? 貴方にだって、私達の意志は)」
「……どうかした? 小夜さん」
 黙り込んだまま剣を振るい続けるナイチンゲールの事が気になったのか、ふと青藍は彼女の顔色を窺う。ナイチンゲールは眼を丸くすると、小さく首を振った。
「ううん。何でもないんだ。……心配かけて、ごめんね」
「なら……良いですけど。行きましょう、もうすぐです」

「……理解した。私が滅びの尖兵となった、真の理由を」
 戦いを見つめていたタナトスは、静かに呟く。身を翻すと、空間の中央に浮かぶ黒い球体に手を翳す。その球体は急に変質し、巨大な機械仕掛けの兵と変わっていく。
「決着を付けねばならない。……無為な戦いから、彼らを解放するためにも……」

 闇の中、白い両眼が歪な光を放った。

●崩壊のタワー
 最後の一体が春翔の斧に切り伏せられる。すっかり塔は沈黙し、新手が出てくる気配はない。斧を納め、春翔はほっと息を吐く。
「……止んだ、か」

 キースも銃を下ろすと、隣の國光に向き直る。
「お疲れ様です、サクラコ」
『メテオちゃんもお疲れ様だよぅ!』
 盾を身体の正面から外し、國光はようやく安堵の笑みを浮かべる。周囲を見渡しても、立てない程の怪我をした仲間はいない。
「うん。皆大きな怪我も無くて、よかった」
『紙姫ちゃんもお疲れ様なのですよー』
 キースは國光に向かって小さく頷くと、塔を見上げる。基部から見上げると、頂上は最早見えない程高い。
「お誂え向きの塔、その入り口を守る敵兵……」
『これがゲームなら、間違いなくラストダンジョンだよねぇ』
 紙姫がぽつりと呟く。傍で汗を拭っていた姫乃は、急に深刻な顔を作った。
「そうだ……そしてゲームなら、この場合は頂上か、あるいはすごい地下にボスはいるんだよな。もし地下なら……めっちゃ強いロボットとかが隠れてるんだよ、しかも」
『だから、主はフィクションの世界に浸りすぎなんデスニャ……』
 塔を見上げていたクロードは、ふと周囲の世界にも眼を向ける。今も広がっていくように見える世界。円状の巨大な塀に囲われた、荒れ果てた都市。霧人とはうっすらと気付く。
「ああ。何かで読んだと思ったんだ……」
『旦那様?』
「パノプティコンだ。塔を中心に、円状に広がるこの街の構造……それに似てるんだ」
 カイは腕組みしながら眉を顰める。
『ベンサムの考案した、全ての囚人を効率的に管理するシステム、だったか』
「何でそんなこと知ってるの、カイ」
『……いや』
 カイははぐらかすように首を振る。カイの説明を聞いていたレミアは、肩を竦めた。
『町全体が、そのパノプティコンとか言うシステムに則って作られているのだとしたら、管理するのはそこに住まう人、って事になるわね』
「究極の管理社会、などというものか。サイエンス・フィクションには詳しくないが……」
 公務員として日々を生きる央は、その言葉に顔を顰めた。
「近いのは……1984か。無数に世界があるなら、そんな馬鹿げた社会を実現したような世界もあっても不思議でもないな」
『待っているのは、偽りの幸福……』
 スキルや道具で仲間を手当てしつつ千颯は耳を軽く掻く。
「なんだろうな……やっぱりちょっと違う気がするんだぜ」
『どうしたでござる』
「いや。タナトスちゃんはやたらと絶望絶望言ってたけど、どっちかっていうと影みたいな存在だな、って感じ? オレちゃん達が光だってするなら、あいつは影? 何かそんな気がするんだよなー」
 首を傾げていた蕾菜は、ふと一つ閃く。
「……愚神は、愚神になる前の行動を模倣する事もありましたよね」
『人の肉を喰い漁った事は、模倣になるのですかね……』
 雨月は寒々しい風に髪を流す。
「でも、皆の声が聞こえるっていうのは……もしかしたら、かつての模倣かもしれないわね」
「どうせなら、みんなの希望に耳を傾けてよ。絶望だけじゃなくて……」
 仁菜は、ぽつりと不満げに零す。
《事実はどうあれ……為すべき事は変わりようもないが》
「うん。タナトスを倒して、みんなを救おう」
 仙寿と六花は見つめて頷き合う。紫煙をふかした春翔は、灰皿に吸殻を押し付ける。その眼は、いずこの死神を見据えていた。
「すぐに行くぜ。首洗って待ってろ」

 仲間から一歩離れたところに立っていたナイチンゲールは、傍の青藍に尋ねる。
「そうだ、一枚引いてみない?」
「……タロットですか」
 タロットの束を差し出すと、青藍は首を傾げながら一枚カードを引く。無地の銀板に浮かび上がったのは、戦車に乗る騎士だ。ナイチンゲールはそれを覗き込むと、仲間達にも山を差し出す。
「みんなもどう?」
 断る理由も無い。突然の申し出に戸惑いつつ、仲間達は一枚ずつタロットを引いた。そこに映り込んだのは、彼らの魂を表す象徴。
 ナイチンゲールも息を吸うと、そっと一枚引く。映ったのは、鎌を担いだローブの死神。見つめていた墓場鳥は、小さく溜め息をついた。
『(私達には……似合いなのかもしれないな)』
 神妙な顔で死神を眺めたナイチンゲールは、塔を振り返る。

「引いて貰うよ。あなたにも」

 The Ending is coming soon……



「本当にやるんだね?」
「当たり前じゃないか。……僕達の力が役に立つなら、手を貸すしかないだろ? ……じゃあ任せたよ、みんなの事」
 兎のワイルドブラッドが、バイクのアクセルを回す。その先には今なお広がるドロップゾーン。

 サイドカーには、プロテクターで厳重に守られた巨大な霊石が載せられていた。“君達”もまた、彼らを追うようにバイクや車を走らせるのだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 疾風迅雷
    朱璃aa0941hero002
    英雄|11才|?|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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