本部

THANATOS

影絵 企我

形態
シリーズEX(新規)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/31 10:35

掲示板

オープニング

●タテイトとヨコイト
「タナトスの持つライヴス……その性質はプリオンと似ているんです」
 仁科恭佳はモニターにいくつか資料を映して説明を始める。
「ミスフォールドを起こしたプリオンは、正常なプリオンをも同じように作り替えていく。タナトスのライヴスも同じように、接近した生物の持つライヴスを同質の存在に変えていくんですよ。皆さんのライヴス活性度が奴との接近で急落したのはそれが原因です」
 恭佳がモニターを操作する間、彼女の英雄、ヴィヴィアンが説明を続ける。
『ですが、問答無用というわけではありません。前回までの戦闘データを踏まえると、タナトスは皆さんに疑似的なリンクを構成しているようです。そのリンクを通じて皆さんのライヴスとタナトスのライヴスが接近し、結果としてライヴスが侵食されてしまうのです。特に、タナトスの存在を意識する、攻撃時などには……』
「ですがね。こいつは何もタナトスだけが出来る事じゃないんです。皆さんよくお分かりだと思いますが」
 モニターに幾つかの映像が流れる。決戦の時にリンクバーストを選んだエージェント達の激戦の姿がモニターに映っていた。
「クロスリンクシステムは、構築された横のリンクを通じて、リンクバースト状態にある仲間のライヴス活性度を調整するんです。半ば暴走した英雄のライヴスを受け入れる事で、能力者は心身ともに疲弊していきます。その結果として能力者のライヴス活性度が減衰し、リンクレートが下がっていく。クロスリンクした仲間はそんなバースト者に同調し、一部の負担を引き受ける」
 恭佳はそう言うと、モニターの中に描いた二本の線を互いに引き寄せ、一つに合流させる。
「結果としてバースト者の活性度は増幅し、仲間の活性度は減衰する。その結果どうなるかは言わずともわかるでしょう」
 モニターの映像を消すと、今度は人間が向かい合う簡単な図を映し出す。
「で、クロスリンクシステムはリンクバーストとセットで扱われがちですが、実際にはそうではない。クロスリンクシステムは、あくまで“横糸を構築するだけ”です。精神的交流を通して結ばれた絆をリンクという形で具現化するだけに過ぎない。その結果としてリンクバーストの補助が出来るというだけで。……まあ、普段は横のリンクを生かす術がないんで発動したところで意味なんか無いんですが、今回は違います。クロスリンクシステムを発動する事で、奴のリンクを弾くことが出来ますから」
 一つの戦闘データが表示される。恭佳はそれを指差す。
「これも前回の戦闘データから明らかです。互いの絆を意識していたという二人のエージェントのライヴス活性度は、タナトスと肉薄した状態にありながら全く減衰していなかった。二人の間にクロスリンクが形成されていたんです。……まあ、それでタナトスの力を封殺できたわけじゃないっすけどね。そこからは、皆さんが能力者として、英雄として培ってきた絆がモノをいうわけです」
 モニターの電源を切ると、恭佳は君達を見渡す。その眼はいつになく真剣だった。

「縦糸と横糸が絡んで布になるように、あいつに勝つには一個一個の絆で居ちゃいけない。仲間と戦っている事を、常に意識してください」

●“人間”という世界

――先月から今月にかけて頻発している集団昏睡事件。現在被害者は一万名を超え、その90%は現在も目覚めておりません。病院のベッド不足を指摘する声も上がっています……――

 街の大型スクリーンに、女性キャスターの真面目くさった顔が映っている。ビルの屋上に座って、黒と白に彩られたローブを着た青年はそんなスクリーンの映像を見下ろしていた。その手には、朽ち果てた聖書が握られている。
「みんな私の事を、死神だと思っているかもしれないけれど、そんな事はないよ」
 彼は眼下の広場で行われる、アイアンパンク技術啓蒙のイベントを見つめて呟く。聖書を握る手の力が、心なしか強くなっていた。
「そもそも“神”は君達が“超常的”と見做したものにつける形容詞だ。つまり、神を作り出すのは君達。死神の主というのはつまり……君達自身の事さ」
 青年の影が広がり、じわじわと盛り上がったかと思うと、次々に朽ちたローブを纏う魂の農夫が現れる。右手に巨大な草刈り鎌を引っ提げ、左手に石炭の詰まったランタンを握りしめてそれは主と共に広場のアイアンパンク達を見つめていた。
「私も最初はただの愚神だった。でも知りたくなったんだ。私がこの世界に降りた理由。この世界を滅ぼさなければならない理由を。……君達の身体を取り込んで、ライヴスにしてみれば何かわかるんじゃないかって、そう思ってさ、試してみたんだよ。君達の身体を食べたんだ。そしたら、声が聞こえた気がしたんだ」
 彼は聖書を開いてめくる。彼以外には知る由もないが、それは彼が喰らった誰かの形見だった。
「でも何を言っているかは聞き取れなかった。だから何人も何人も取り込んだ。そして気付いたら、亡骸を取り込む事か、異世界の存在から施しを受ける以外にライヴスを得られなくなっていた」
 擦り切れた文字を指でなぞり、彼は嘆息する。
「何の因果が私をこうしてしまったのかはわからない。けれど私は見限られた。ドロップゾーンを作っても、そこからライヴスを得る事は出来ない。皆のエロースを鎮め、タナトスを呼び覚ましてしまうから。“ただこの世界を喰らおうとする”愚神にとっては、私は邪魔でしかない」
「けれど私は後悔していない。それによって皆の声を聞く事が出来たから。誰もが幸せを見失い、魂をすり減らしていた。……皆、心のどこかで破滅を望んでいるんだ。この世が破滅しないから、魂が擦り切れて、茫然自失で死んでしまうくらいには破滅を望んでいるんだ」
 聖書を閉じると、タナトスはゆらりと立ち上がる。リーパーはふわりと浮き上がり、するすると影に溶け込む。
「どれもこれも生と死の関係が歪んだせいだ。人間が増えすぎて、世界の器で犇めき合っている。器の中で希望を奪い合っている。奪われた人間はただこの世界に憎悪を抱えて死んでいく。……だから私はここに居る。愚神は、従魔はここに居る! “死神の主たち”の望みに従い! この世界を滅ぼすために!」
 一瞬その姿が歪み、タナトスはその正体を現す。黒い喪服に身を包み、朽ちた王笏を握りしめたそれは、空に向かって叫んだ。眼下の人間達もその瞬間タナトスに気付き、悲鳴を上げた。
「救世主が生まれた日、最後の決戦を始める。……希望を奪い合うような愚かで残酷な世界は、滅びなければならない。これは私からの審判の布告と思うがいい」

 タナトスがビルから飛び降りた瞬間、リーパーとエージェントが同時に影から飛び出した。青藍は青白く光る刀を抜き放つと、胸に留めた幻想蝶を輝かせながら走る。

「勝手な事言うな! それはお前の真理だ。お前だけの真理だ! 私は絶対に認めない!」

解説

メイン タナトスを負傷撤退させる
サブ タナトス(第二形態)の能力を全てPC情報に落とし込む

ENEMY
トリブヌス級愚神タナトス
 白黒のローブを纏う、異常なライヴスを有する愚神。神の国を新しく打ち立てる事を標榜している。
〇ステータス(PL情報:第二形態移行時は全能力が1ランク底上げされる)
 物攻E 物防D 魔攻E 魔防D 命中C 回避D 生命S
 移動D イニE 特殊D
〇スキル
・死の衝動
 異常活性ライヴスがこの世の存在に悪影響を及ぼしている。厳密にはタナトスの能力ではない。
 [リンクレートの減少、あるいはBSの伝染。クロスリンクを発動したPCには無効化される]
・死の舞踏(PL情報:第二形態は全ての効果を発揮する)
 愚神や邪英に分割し与えていた、タナトスが本来有する強力なライヴスコントロール能力。
 [DZの構築(白)、自軍能力バフ(紅)、回復アイテム禁止(黒)、最大生命力2割減(蒼)]
・レギオン&ゴースト召喚
 超小型のドロップゾーンを開き、そこから次々に僕となる従魔を召喚する。
 [毎EPに発動。レギオンとゴーストを合計4体召喚する]
〇性向
・召命感
 自己の無謬性を信じて疑わない。[PCの言葉によっては動揺しない]
・自然主義
 機械化は生命の樹の実を食べるに等しい。死を受け入れよ。[アイアンパンクにヘイトが高い]

デクリオ級従魔リーパー
・ステータス
 物攻高め、飛行
・スキル
 首狩り[近接。命中時減退(2)付与]

ミーレス級従魔ゴースト
ミーレス級従魔レギオン
(盾役。)

FIELD
50×50の広場。テントなどの障害物あり。

SYSTEM
クロスリンクシステム
 本来はリンクバーストの補助に用いられるが、本質はリンカー同士が互いの繋がりを意識する事で疑似的に形成されているリンクを明確にするものであり、発動にリンクバーストの有無は関係ない。
※何人も繋がっている必要は無い。クロスリンクが形成される事が大事。

リプレイ

●紡がれる糸
『人嫌いの姐さんが人と繋がらないといけなくなるとは……因果とは何とも』
「(皆知ってる人だけど……やっぱり、気後れしちゃうな……)」
 広場を目指して冬の都会をひた走る中、スワロウ・テイル(aa0339hero002)はニヤリと笑って呟く。次第に変わりつつある御童 紗希(aa0339)とはいえ、まだまだ他人には逃げの一手から入ってしまうようだ。
『そー言いますけど、世の中利用できるモンは利用しないと大損こくっスよ。ヴィランに愚神になんのかんのに溢れてるこんな世界でも、自分はけっこー気に入ってるし、その死神ってのには即刻退場してもらわにゃ困るんですよね』
 スワロウはそんな紗希に釘を刺す。口元には笑みを浮かべたまま、しかし目には真剣な色を浮かべて、彼女は幻想蝶からレガースを取り出し、目の前に放り投げた。
『幸い、ここに集った連中とは利害関係超一致!』
 軽く跳び上がると、右脚を振り抜き空中のレガースを取り付ける。
『故にクロスリンクもせーりつぅ♪』
 着地際に左脚を突き出し、もう一方のレガースも取り付けた。耳を澄ますと、タナトスの声と思しき叫びがビルの上から聞こえる。スワロウは右手にライヴスの塊を握ると、再び駆け出した。
『姐さんは“一緒に奴を潰す”って事だけ意識しといて下さい。後は自分が殺るっスよ』

「こっちだ!」
 人々の魂を追い求めて空を滑る死神に向かって、桜小路 國光(aa4046)はライヴスを放つ。双剣に嵌め込まれた宝石が星のように輝いたかと思うと、死神達の眼を眩ませ國光の方へと引き寄せる。
『皆さんに手を出させはしないのです!』
 メテオバイザー(aa4046hero001)も気合と共に叫ぶ。寄り集まってきた死神は、次々に國光へ向かって鎌を振るった。國光は双剣を振るって鎌の柄を押さえつけ、小さく手首を返して鎌を弾き上げる。次々に死神が襲い掛かるが、國光は隙の無い小さな動きで防いでいく。その堅牢ぶりに死神が身を引いた瞬間、國光の肩越しに飛んだ三本の矢が次々に死神を捉えた。
「さすがだね。キースくん」
『(いつ聞いても、この音は澄んでいるのです)』
 籠手に嵌められた幻想蝶が光を放つ。至宝とでも言うべき親友が戦場にいる。その事実を感じるだけで心強かった。

「誰かに死を強いるなんて、愚論にも程がある」
『“死を敵ではなく、旧い友として受け入れろ”だっけ?』
「あれでは死が憎むべき敵のようです。……嘆かわしい」
 鍛冶神の銘を入れた弓を引き、キース=ロロッカ(aa3593)は侮蔑を込めた視線を死神とその主に送る。匂坂 紙姫(aa3593hero001)の言葉にも頷き、キースは再び弓を引いた。
「他ならぬサクラコの頼みでもあります。力を尽くすとしましょう」

「オレちゃん達がいれば大丈夫! とにかくこの場から離れるんだぜ! 足元には気をつけてな!」
 盾を脇に携え、拡声器を片手に虎噛 千颯(aa0123)が人々に向かって叫ぶ。敵を引き付けるエージェント達を振り返りつつも、一目散に戦場から離れていく。エリック(aa3803hero002)はそんな人々に手招きし、ビルの方へと呼び寄せる。
『こっちこっち! 外にいたら危ないからこっちに入ってくれ!』
「(とにかく、出来るだけ多くの人を逃がさないと……)」
 世良 霧人(aa3803)は自分に言い聞かせるように呟いた。共鳴している自分達ならいざ知らず、人々はもうじき立ってさえいられなくなるはずだった。

『(避難誘導は彼らに任せて良さそうでござるな)』
「なら、ひとまずはナイチンゲールちゃんのフォローに回るとするんだぜ。……何だか、思い入れも強そうだし」
 白虎丸(aa0123hero001)の言葉に頷くと、千颯は陰陽の紋様が刻まれた盾を投げつける。盾は闇の中から這い出した粗末な鎧の兵士を打ち据え、地面に叩きつけた。千颯は戦場を歩むタナトスへ振り返り、千颯は強気にサムズアップを送った。
「てなわけで、ここの人には手を出させないから、そこんとこよろしくな!」

「一ノ瀬と御童は凄い奴だし。藤咲のガッツならリーパーを始末するまでタナトスを抑えてくれるだろ。――いける!」
 紅蓮の光を曳いて、彩咲 姫乃(aa0941)は戦場に突っ込んでいく。仲間達への尊敬が、幻影蝶を輝かせていた。その手にライヴスで編み上げた網を仕込み、死神達の背後へと迫った。
『むしろあたしらより強いのばっかりデスしどうとでもやってくれるに違いねーデスニャ』
 朱璃(aa0941hero002)はいつも通りのマイペースな態度だ。姫乃は背中に負った火車を輝かせると、身を低くして一気に死神の懐へと潜り込む。
「なら俺らも尖った部分で貢献だ!」
『かき回してやるデスニャ』
 國光を取り囲もうとしていた死神は、背後から現れた紅蓮の光に惑い、反射的に鎌を振るう。姫乃は跳んで伏せてその攻撃を躱し、再び死神の背後に回り込む。後に残された死神は、鳩が群れるような有様で固まった。
「女郎“網”!」
 振り返った姫乃は、握りしめたワイヤーの網を死神に向かって擲つ。國光とキースに睨まれた状態では躱しようもなく、死神は次々に網に巻き込まれていった。

『ついでにこいつも貰っときな、っと!』
 戦場の只中に飛び出したスワロウもまた、ワイヤーの網を死神の群れに向かって投げ込んだ。姫乃の網を逃れた死神も、横から網に襲われ崩される。
『オーケィ! 一ノ瀬サン行っちゃって!』
 スワロウが指を鳴らした瞬間、網に捕らえられた下級の死神達に向かって、大量の刃が一斉に降り注いだ。四方を雁字搦めにされながらも死神は刃から逃れようとするが、叶わず全身を貫かれた。
「ただの愚神が、傲慢なこったな」
 ビルの影から悠々と一歩を踏み出し、エディス・ホワイトクイーン(aa3715hero002)と共鳴した一ノ瀬 春翔(aa3715)は広場に立つ。
「破滅を望んでるだとか、そんな事の真相はどうでもいい」
 全身ハリネズミのようになりながら、死神の一体が春翔に向かって突っ込んでくる。春翔は両刃の白い斧を振るうと、軽々と死神の首を撥ね飛ばした。不純なライヴスが溢れ、死神はその場に倒れ伏す。
「それを決めるのは、人間だ」
 斧を振り回して肩に担ぐと、春翔は死に立ち向かうに最も相応しい言葉を送る。
「お前ら死ぬなよ。……絶対に生きろ」

「来たんだね。希望を名乗る者達」
 タナトスはうっすらと笑みを浮かべ、白い矢を地面へ打ち込む。鏃から闇が噴き出し、中から次々に幽霊が飛び出してくる。
「君達の持つ活力は美しい。他人から奪わず生きていけるほどの強さは何人も持ち得るモノじゃないよ。そう。何人も持ち得るモノじゃないんだ」
 愚神は弓を振るうと、幽霊を四方へ向かって飛んだ。会場の端で一人、また一人と倒れていく人々を狙い、幽霊は甲高い悲鳴を上げる。
「君達がその力で以て人を救っても、希望を与えても、その救われた命でその与えられた希望を奪い合うだろう。自らが滅びを望み望まれている事を、そうする事でしか忘れられないから」
 一体の幽霊が倒れた人へ向かって手を伸ばす。しかしその手は、素早く割り込んできた零月 蕾菜(aa0058)の構えた手甲によって受け止められ、反撃の一撃で吹き飛ばされる。
「奪い合わなければならないほどの小さな希望しか見えないのなら、私達が希望になりましょう」
 蕾菜は幻想蝶に金色の光を宿しながら、タナトスを真っ直ぐに睨みつける。
「世界を包み込むほどの、奪い合う必要などない大きな希望に」
『(啖呵を切るのも良いけれど、やらねばならない事は見失わないようにね)』
 十三月 風架(aa0058hero001)が、気合十分の蕾菜にそっと釘を刺す。蕾菜は手甲を構えると、一歩引いて拳を固める。連携こそ取ってきたものの、誰かと一緒に戦っていると意識するのは、エージェントとなってからは初めての事だった。
 自分がそれに相応しいか、不安もあれば抵抗もある。しかし今は。
「ええ。……皆の“隣”で、戦います」
「うん! 行こう、零月さん!」
 白い鎧を纏った藤咲 仁菜(aa3237)は、蕾菜の隣に並び立ち、橙色の瞳で真っ直ぐにタナトスを見据える。リオン クロフォード(aa3237hero001)は死神へ向かって啖呵を切った。
『来いよ! 全部止めてやるから!』
「……おや。見ない顔だね」
 タナトスは首を傾げる。仁菜は愚神の指先一本に至るまで注意を向け、強気に言い放った。
「当然! だって初めて戦うんだもの。図々しいかもしれない。強い皆に私の力なんてなくてもいいかもしれない。それでも皆を守るって決めてここに来たの!」
 仁菜の幻想蝶が光を放つ。同じ部隊で戦ってきた春翔に姫乃。その智慧に助けられてきたキースに國光。日常を共に過ごした霧人に青藍。頼れる戦友の蕾菜、千颯、紗希。共に戦い培った絆が、彼女に揺るがぬ活力を与える。
 何よりも、親友がこの敵と戦いたいと言っている。彼女の為になら、仁菜はどれだけでも頑張るつもりだった。
「なっちゃんが剣になるなら、私は盾になるよ」
 隣に立ったナイチンゲール(aa4840)に目配せし、仁菜は白銀に輝く盾を構える。
「色んな思いがあるのに周りを気にして我慢しちゃうでしょ。今日は私が守るから、なっちゃんは思いっきり剣を振るって!」

「……ありがとう」
 ナイチンゲールはレーヴァテインの柄に手を宛がい、鎖を切って一気に抜き放つ。彼女がタナトスへと向けるのは殺意ではない。怒りでもない。ただただ哀しみをその瞳に宿し、彼へと向けていた。
「なるほどね。つまりあなたの意識は“全て”なんだ。でも気付いてる? 今まさにあなたはアポリアに直面している事に」
 長剣の切っ先をタナトスの鼻先へ向け、ナイチンゲールは澱みなく果たし状を叩きつける。己と同じかもしれない、その存在に向けて。
「だって私も“全て”なんだもの。私にも、死んでいった全ての人の生きたいという想いが聞こえるの。故に私こそが貴方のアポリア。そして」
『――“貴公自身”だ』
 墓場鳥(aa4840hero001)は静かにナイチンゲールの言葉を引き継ぐ。タナトスはそんな二人を見て、肩を竦める。
「気でも狂ったのかい。……生命の実の欠片を食べて」
 ナイチンゲールは手袋を脱ぎ、決闘を申し出るようにタナトスの足元へと投げつけた。露わになった、チタンフレームの黒い義手。それを見たタナトスは、手袋を拾い上げて冷たい怒りを露わにした。
「正気よ。私もまた私のアポリアを認知しているから。貴方の存在を前にして。だから……」

「宜しく、My Brother」

 ナイチンゲールは素早く地面を蹴る。タナトスとナイチンゲールは互いに得物を振り抜き、火花を散らせる。タナトスは身を翻してナイチンゲールを切り返すと、次々に矢を放つ。千颯は素早く盾を投げ込み、その矢を全て受け止めた。
「ナイチンゲールちゃん! 仁菜ちゃん! 蕾菜ちゃん! 俺ちゃんがフォローするから、ドンドン行っちゃって!」
『回復は任せるでござるよ』
 千颯の力強い笑みが少女三人を励ます。三人は頷き合うと、タナトスを取り囲むように駆け出した。

『オレは皆の笑顔を似顔絵にして、見て貰うのが大好きなんだ! その笑顔を奪う奴は許さねえぞ!』
 エリックは全身を躍らせ、コピー人形をダイナミックに操り満身創痍の死神を攻めたてる。エリックの姿を象った人形は、身の丈ほどもある巨大な筆を振るって死神を虹色に染め上げた。死神は負けじと鎌を振るう。素早く宙返りして刃を躱すと、エリックは強気に歯を剥き出し、筆で頭を殴りつけた。

『ふむ……タナトスはステキおじ様と聞いていましたが……』
「(誰もそんな事言ってないって)」
 リーパーを足で小突き回していたスワロウは、ふと首を傾げる。もう一人の仲間から聞いて居たタナトスの姿と、少女三人に取り囲まれる彼の姿が噛み合わないのだ。
『これまでの感じだと、自分の力を分散させて部下に与えてたって事は確かなんすよね?』
「(多分ね。というかほぼ確実にそうだと思うよ)」
『今回の従魔もそうだったりするんすかね?』
 死神の振り回す鎌を跳び越え、勢い任せに回し蹴りを叩き込みながら、スワロウは紗希に尋ねる。
「(どうなのかな……)」
 言われたところで紗希にもわかりはしない。スワロウはファイティングポーズを取り直すと、顎を引いて死神を睨む。
『とりま、全滅させれば分かる事っすがね』

 一方、國光と青藍は隣同士に並んでリーパー二体を相手取っていた。
「そういえば、いつもこうやって一緒に剣を構えてましたっけ」
「ええ。ポンコツロボット叩きのめした時も、殺人鬼ねじ伏せた時も、ずっと一緒でしたよ」
「……あの時は、強く言ってごめんなさい」
 國光は双剣で死神の鎌を受け止め、叩き落としながら呟く。青藍はそれを聞くと、うっすら頬を緩めつつ、死神を袈裟懸けに切って捨てた。
「私こそ……すみませんでした」
 青藍はちらりと國光に振り向くと、そのまま身を翻してもう一体の死神の一閃を鮮やかに躱す。
「桜小路さんとメテオさんには助けられてばかりで、きっと私のどこかでそれが当たり前になってたんです。……あの時、自分がどれだけ不甲斐ない奴なのか気付かされましたよ」
 刀を逆手に持ち替え、青藍は背後に迫る死神の胸元に刀を突き刺す。そのまま後ろ蹴りで蹴っ飛ばすと、國光に間合いを譲る。
「私も追いつきます。だから、いつかは桜小路さん達の背中、預からせてくださいね」
『結論が巫女様のそれじゃないのですよ。澪河さん』
 國光が双剣を振るって死神を切って捨てながら、メテオは嬉しいような、呆れたような口調で呟く。青藍は勝気に笑って応えるのだった。
「頼もしい巫女なんて、この界隈沢山いるじゃないですか」

●露わにした正体
「こいつで終わりだ!」
 残ったリーパーに向かって、姫乃はロケット弾を撃ち込む。死神は爆炎に包まれ、そのまま闇の中へと消えていった。重い砲身を軽々と振り回し、姫乃は得意げに笑う。
「あんな虫さえいなけりゃ、ざっとこんなもんだぜ!」

 女子三人に動きを阻まれながら、タナトスはその光景を忌々しげに見つめる。
「あくまで君達は私を拒むのか。君達にも……いや、君達こそ私が存在する意味を知っているはずなのに。私も、君達の事を愛したいと思っているのに」
『だーれがお前なんかに愛されたいかよ!』
 倭刀のように振り回される弓を盾で弾き返し、リオンは挑戦的に言い返す。仁菜も戦意昂るままタナトスへと肉薄した。
「問答無用で世界を滅ぼす事を愛するだなんて言わない! そこからもうあなたは間違ってるのよ!」
「滅びを求める者に滅びを与える事は、愛ではないと?」
 タナトスは弓を振るって空間を切り裂く。裂け目から闇が溢れだし、四体の兵士が立て続けに飛び出してきた。兵士は立ち上がって槍を構えると、ナイチンゲールに向かって一斉に突っ込んでいく。
『確かに滅びを求めてしまう者はいるだろう。向こうでも、ここでも世に戦いが止まないのはまさにそのお陰だ』
 風架は澱みない口調で言い返す。ナイチンゲールへと向かって伸ばされた槍を的確に手甲で弾き、そのまま魔力の炸裂で反撃すると、蕾菜も言葉を続けた。
「でもそれは希望を得られない事の裏返しです。誰も本気で滅びを求めてなんかいないんですよ」
「その通りだよ。希望を得られなければ滅びを求める。希望を得る為に他人に滅びを押し付ける。そんな絶望の集積が、私達愚神を呼び寄せたんだ。……なのに」
 タナトスは弓を握りしめる。これまでタナトスが一度たりと見せなかった動揺が滲みつつあった。
「何故君達は受け入れない。私を拒絶出来るんだ」
「……今分かった。あなたには何もないんだね」
 兵士を次々に切り捨て、ナイチンゲールは更にタナトスへレーヴァテインを振り下ろす。
「だから誰かと繋がろうとするんだ。絆を強いるんだ。……アバドンにそうしたみたいに」
 胸に光る幻想蝶は輝きを放ち続ける。タナトスは忌々しげに唸ると、弓を振るってナイチンゲールを撥ね退ける。彼女は素早く間合いを切り直すと、レーヴァテインを再び鞘へと納め、タナトスの歪んだ顔を見据える。
「私にはニーナが、千颯が、みんながいる。そして墓場鳥も」
 再び刃を抜き放ち、炎をタナトスへ向かって放った。
「だから、負けない」

「ふむ……クロスリンクのお陰で身体に違和感はないですが……」
 リーパーの始末を終え、ステージの屋根からタナトスとの戦いを見つめていたキースはふと呟く。スコープから目を離し、肉眼で広く周囲を眺め始めた。そんな彼に紙姫は尋ねる。
『その割には、何か不満気だよぅ?』
「順調過ぎる。クロスリンクという対抗策は彼の予想外の事でしょうが……トリブヌス級相手にこの戦局は正直出来過ぎです」
 四方をエージェントに囲まれたタナトス。今のところは最初に立てた作戦通りに全て運んでいる。しかし、キースにとってはそれが却って不気味だった。
『何か搦め手があるのかな?』
「或いは秘策か……いずれにしても、手をこまねいているのは得策じゃないでしょう」
 キースは眼にライヴスを集中させ、改めて戦場を見渡す。タナトスを中心に、建物の影から、彼の立っていた屋上まで、至る所を。
「(タナトスに攻撃した人は揃って“違和感”を覚えていた。“手応えを感じない”とも。もしかすると、あの姿さえも本体ではない……?)」
 過去の報告書から予測を立てていた彼は、タナトスの在処を捜していたのだ。しかし、それらしい姿は無い。
「(……流石に考え過ぎだったか)」
『でも、何だか変だよ? ……そこにいるのに、そこにいないみたいな感じがする』
 キースと共にタナトスの様子を見つめていた紙姫は、そっと彼に耳打ちする。
「……なるほど。状況を見極めてから試してみましょう」

「どうやらタナトスの個体と思しき存在は目の前にあるもの以外に存在しないようです。もう少し観測を続けて、何かわかればまた連絡します」
「わかった。頼む」
 春翔はキースからの連絡を受けながら、エージェント達の環に加わった。タナトスは彼に気付くと、影の差した昏い笑みを浮かべた。
「君には、私の友が何度となくお世話になったようだね。そして君の目の前で誰もが倒れた」
「いい加減しつこいぜ。お前だって気付いているだろ。もうお前の絡繰りは俺達には通用しないってことくらい」
 タナトスに向かって、空気を唸らせながら斧を振るう。左手を伸ばして刃を受け止め、タナトスは笑みを潜めて春翔を睨み返した。
「……予想もしていなかったよ。君達の生きる強さは、まさか私と共にある想いを全て拒絶できるほどのものだなんてね」
『一つ質問~モチ、黙秘権行使OKヨ♪』
 麻袋から飛び出した黒猫が、足先に炎を纏わせながらタナトスに飛び掛かる。反射的に弓を振るって猫を叩き落すと、そのままスワロウに振り返って弓を引いた。スワロウは揶揄うような笑みを浮かべ、わざとらしく首を傾げる。
『ズバリアンタが造りあげようとしてる神の国には君臨すべき“救世主”とやらが必要見たいだけど……それは何れそうなるアンタ自身の事? それとも誰か推しメンが居るの?』
 タナトスはスワロウを暫し見つめていたが、やがて弓を振るって再び世界に裂け目を作った。タナトスはその裂け目に腕を差し入れ、何かを掴んだ。ローブを彩る白と黒が、宇宙の涯にも似た暗黒へと塗り替わる。
「私の……愚神の役目は、この世界に蔓延る絶望を汲み取り、一切を滅ぼす事。この世界だけではない。あらゆる世界で知的生命体は絶望し、滅びを求めて我々を呼び寄せ、故に滅びを迎えた」
 タナトスは腕を引き抜く。その手には四色の宝石に彩られた漆黒の王笏が握られていた。
「そして、その後には主による秩序が齎される」
 刹那、タナトスの肉体は闇へと融ける。タナトスの歪み切ったその姿は、誰の眼によっても認識しきれなかった。時には老人、時には青年、あらゆる姿が残像のようにエージェント達の眼に映り込むだけだ。キースは慎重にその正体を見定めようとしながら尋ねる。
「……貴方の言う主とは……“王”の事でしょうか?」
「王と呼ぶ者は王と呼ぶ。キリストと呼ぶ者はキリストと呼ぶ。YHVHともアラーとも言うだろう。いずれも違いは無い。お前達の求めに応じて外なる世界から現れ、ΩとΑを同時に齎す」
 無機質な声色で応えた。タナトスはふわりと宙へ浮かぶと、七色に輝く杖を天へと向かって掲げる。

「そこにはもはや、希望を失う者も絶望を得る者もありはしない」

 無数の光が弾け、周囲の空間を歪める。タナトスの真ん前に陣取っていた仁菜は、真っ先に胃の腑が潰れるような餓えと喉の灼けるような渇きに襲われた。
「これって、報告書に書いてた……!」
 顔を顰めて耐えつつ、幻想蝶から霊符を取り出してみる。しかし、そこからはライヴスが欠片も感じられない。ただの紙切れと同じだ。
『これじゃ使えねえよ……』
 國光が取り出したアンプルも、中身が澱んでとても使えたものではなかった。
「(この能力はあの時と同じ……黒い騎士が持ってた力だ)」

 タナトスの頭上に広がる闇から、鎧に身を包んだ兵士が次々に飛び出す。四体揃って紅い光を纏い、彼を取り囲む蕾菜やナイチンゲールに襲い掛かる。素早く身構えた蕾菜は彼女に代わり、その攻撃を一手に引き受けた。その腕に伝わる、一撃の重み。
「強化されてる……」
 一歩引いた蕾菜に、さらに兵士が詰め寄る。
「いよいよ本気出してきた感じ? ……んじゃ、オレちゃんも本腰入れて守るとすっか!」
 盾を構え、千颯が間に割り込む。突き出された槍を、盾を振るって弾き返した。盾に張り巡らされた結界はライヴスを逆流させ、兵士達にダメージを与える。
「この程度で倒れるようなオレちゃんじゃないんだぜ!」
 宙から見下ろすタナトスの視線と、得意げに胸を張る千颯の視線がぶつかり合う。タナトスは王笏を握りしめ、その輪郭朧げな顔に怒りを浮かべる。
「生命力を感じる。……私が取り込んだ魂はその生命力に嫉妬を抱いている」
 王笏が蒼に輝く。戦場を満たす光も共振し、次々に輝きを放ってエージェント達を照らす。
「その嫉妬を顕現しよう。その身に与える焦熱によって」
 斧を構えてタナトスと仲間達の戦いを窺っていた春翔は、スペイン風邪のような、筋肉の融ける熱に襲われた。脂汗がじわりと溢れる。エディスにもまた苦痛は伝わり、か細い声を洩らした。
『(おにぃちゃん……身体が熱い……)』
「何度も面合わせてきたが……成る程。写し身っつってたのはこの事か」
 タナトスの影を半年以上も追い続けてきた春翔は、その力の意味に直ぐ気が付いた。
『(どういう事?)』
「憶えてるだろ、あの騎士どもを。その力の大本は全部アイツだったって事だ」

「この愚神……騎士の力を使っています」
 國光もまたマラリアのような高熱と頭痛に苦しめられながら、意識をしっかり保ってタナトスが次々に見せる能力と過去の情報を符合させていた。タナトスは國光を氷のように冷たい眼差しで見下ろし、王笏を白く輝かせた。
『(あともう一つあるのです。ドロップゾーンを作る、白騎士の力……)』
「(……まずい)」
『サクラコ?』
 メテオが呟いた瞬間、國光の中でバラバラのピースが一繋がりになった。漁村で助けた男から聞いた話。報告書で見たタナトスによる誘拐行動。國光は背後を振り返りつつ、蕾菜に叫ぶ。
「零月さん! 幻影蝶をすぐに!」
「は、はい!」
 有無を言わさぬ鋭い響きを受けて、蕾菜は素早くタナトスに向かって無数の蝶を飛ばした。王笏の輝きが広がる前に、蝶はタナトスを包んで覆い隠す。
「ぐぅ……!」
 タナトスが呻く。戦場の端で起き上がろうとしていた人々は、再び地面に倒れ伏した。それを見届けた國光は、タナトスの方へと向き直る。
「漁村を襲った時も、中学校を襲った時も、自らの影響下に納めた人をその力で操ったんでしょう? 何度も同じ手は喰らいませんよ」
「私は声を伝えただけだ。絶望を求める者の声を、彼らにも」
 タナトスが王笏を振るうと、次の瞬間には深紅の巨大な刃と変わる。時空の裂け目から這い出る幽霊と共に、タナトスは國光へ襲い掛かった。仁菜は果敢にタナトスの眼前へと割り込むと、盾を突き出しタナトスの刃を真正面から受け止める。
「私を無視しないでって言ったでしょ!」
 愚神は万力を込めて仁菜を押し潰そうとするが、彼女は歯を食いしばって耐え、そのまま跳ね返した。その背後をすり抜けながら、青藍もまた幽霊に向かって刀の纏う蒼いライヴスを見せつける。
「こっち来いよお前ら!」
 幽霊は國光や仁菜からその矛先を変え、ぞろぞろ青藍へ向かって突っ込んでいく。その側面を狙って、姫乃はすかさずロケット砲を叩き込んだ。幽霊は甲高い悲鳴と共に消えていく。
「はっ。そんなん、纏めてぶっ飛ばしてくれってなもんだろ!」
 次弾を装填しつつ、姫乃は姿の定まらないタナトスの様子を窺う。何だかんだで蒼騎士以外には関わってきた。彼が今どのような状態かは直感で理解していた。
「この第二形態……要するに配下に配ってた四騎士の力が戻って来た状態だろ?」
『確かそんな感じかと』
「じゃあ騎士の力をこうして使えるのは当然として、一つに集まる事で更にパワーアップすんのが“お約束”だよな」
『ご主人は漫画の読み過ぎニャ』
 朱璃は姫乃の言葉に呆れて脱力する。トリブヌス級の本気を前に、まだまだ余裕を失っていないという事でもあるのだが。
「……なあ、ここから虫まで出てきたりしねえよな……?」
『その時はあたしが代わりますから安心して放心するニャ』
 平常心の主に、朱璃は深く溜め息をつくのだった。
『……ったく、アネキやばーちゃん達、こんな奴を今まで相手にしてたのかよ!』
 大きな戦場に臨んだ経験の少ないエリックはやや緊張の面持ちで武器を構えていた。普段振り回されてばかりの霧人は、この大一番で落ち着き払っていたのだが。
「(大丈夫だよエリック。皆との絆があれば、奴のペースに飲まれる事は無いんだから)」
『わかってる! オレはオレの出来る事をする!』
 スーパーミカンキャノンを取り出すと、エリックはタナトスに向かって引き金を引いた。橙色の塊が愚神に飛んでいく。塊は愚神のローブにめり込み、橙色の染みを残す。
『お前をオレのキャンパスにしてやるぜ!』
「……」
 愚神は反応しない。四方から切りかかるエージェントの攻撃に臨み続けていた。無視されたエリックは眉間に皺寄せ叫ぶ。
『チッ! これだけじゃ無いぜ! オレにはまだ策があるんだ! とっておきのヤツが!』
「……」
 またしても無反応を貫く。エリックはいよいよ地団駄踏んだ。
『何だよ! また無視か! それならオレにだって考えがなぁ……!』
 エリックは身を低くすると、そそくさと戦場を離れる。そんな彼の通信機に、密かな連絡が入る。
「……すみません。少しお願いがあります」

「お前には生の望みが聞こえると言う」
「貴方には死の望みが聞こえるって言う!」
 深紅の大剣と炎の枝が交錯する。タナトスとナイチンゲールは鍔迫り合いを繰り広げ、じりじりと間合いを寄せ合った。どちらも一歩も譲ろうとしない。
「ならばなぜ、望みを絶たれた者の声は聞こえない」
「ならどうして、望みを希う人の声は聞こえないの!」
 二人は眼を見開き、舞踏を踊るように右へ左へステップを踏む。
「何もかも壊れてしまえという声が」
「私を助けてほしいって声が!」
 二人は全身を翻して間合いを切り合う。そこへスワロウが飛び込み、タナトスの懐に巨大な籠手を叩きつけた。ほとんど不意を打つような一撃に、タナトスはよろめく。だがスワロウは表情を曇らせた。
『(なるほど……報告書通りっスね。糠に釘を打っているような心地っス)』
「(上手くアイツの身体に力が加わってない……?)」
『なら、こいつはどうっスか!』
 スワロウはそのまま握り込んでいた女郎蜘蛛のワイヤーを投げつける。愚神のローブを引き裂き、ワイヤーは愚神の左腕を捉える。ローブの裂け目からは虚無が覗いていた。
「無意味だ」
 タナトスはその闇の中に手を差し入れ、蒼い旗槍をスワロウに向かって叩きつけようとした。仁菜は頭上に掲げた盾でその一撃を受け止め、全身を引いてタナトスの体勢を崩させる。
「桜小路さん、今です!」
「さっきから矢面に立ってばかりですが、自分の命も大切にしてくださいよ!」
 双剣を交差するように構えると、メテオと共にリンクを純化させながら斬りかかる。タナトスの脇腹を深く抉るように双剣を突き出し、傷口を切り開くように刃を水平に振り抜いた。ローブの裂け目からどす黒い何かが溢れ、地面を穢していく。
『(……何だか、不思議な感じがするのです。まるで水の中で剣を振るっているような……)』
「(クロスリンクでオレ達のライヴスは侵食されてないはず。……でもこいつを切る時の感覚は前の時と同じだ)」
 時空の裂け目から飛び出してきた兵士の攻撃を受け流しながら後退し、國光は春翔と肩を並べる。
「何かわかったか、桜小路」
「少なくともまだ何かが隠されてるって事はね」
 春翔は銃を取り出した。國光の背後に下がって銃を構え、タナトスの心臓に向かって狙いを定める。
「なら、こいつはどうだ?」
 引き金を引いた瞬間、僅かにタナトスは身動ぎする。純白の弾丸はタナトスの胸元を貫き、黒い澱みをだらだらと溢れさせた。
「エージェント。君達の行動は無意味だ。この世が有限の理で成り立つ限り、何者が希望を感じる時、何者かは絶望を感じる。君達は何者かから希望を奪い、それを何者かに与えているに過ぎない」
 タナトスは深紅の大剣を漆黒の天秤に持ち替え、噴き出す澱みを天秤に載せる。澱みは黒い氷の礫と化し、エージェントへ次々に襲い掛かった。
「しかしそれが君達である事も分かっている。誰も無意味であることを受け入れない。……故に私は君達を破壊する。全き秩序に相応する生命が、この世界を享受するために」
「世界の形に人間が合わせるってか? そんなの蟻と同じだろ。……誰が受け入れられんだ、そんな理屈」
 氷の礫を耐え凌ぎながら、春翔はタナトスを見据える。
「どんな奴だって、希望だけで生きているわけじゃねえ。絶望だけで生きてるわけでもねえ。そんな事も分かんねえのか、お前は」

 弓を構えたまま、キースはつぶさに観察を続けていた。仲間達の攻撃行動から、それに対するタナトスの一挙手一投足をその頭に叩き込み、紙姫が読み取った違和感の正体を追い求める。
「(攻撃を躱す様子は無し。さりとて武器で受ける様子もほとんど無しですか)」
『(でも今、何かしたみたいだったよ?)』
「(確かに、今の動きは気になりますね……)」
 キースはライヴスで一本の矢を作り上げると、タナトスに向かって弓を引く。
「(なら、一つ試してみるとしましょう)」
 仲間達が斬りかかるタイミングに合わせて一矢を放つ。シルエットの歪む影をぎりぎり掠めるように、光を曳いて矢は冬空を飛び抜ける。逃げ道を塞がれたタナトスは身構える余裕も無く、次々に刃を突き立てられた。その背後に、空高く跳び上がった影が迫る。
「プレゼント・アタック!」
 エリックが投げつけたプレゼントボックスは、タナトスの背後で弾けた。爆風を喰らった瞬間、タナトスの身体は溶けた蝋人形のように歪み、よろめいてその場に膝をついた。
「……」
『ははん! そうやって無視すっからそういう事になるんだぜ!』
 タナトスの目の前に飛び出し、エリックがガッツポーズをとる。
「詳しいメカニズムはともかく、ボク達の攻撃を受け流す能力があるんでしょう。そして、少なくとも意識外にて行われた攻撃にはその能力を働かせる事が出来ない……」
 人の体裁を整えるタナトスに再び弓を引きながら、キースはしたり顔をする。
「推論を重ねるのは結構ですが、実地に基づいて判断するのも重要……ってね」
 タナトスは人間の形を取り戻すと、輝く王笏を突き上げてキースを睨む。
「いくら傷つこうとも、私はけして倒れはしない。私に与えられた使命を果たすまでは」
 王笏は再び深紅の大剣に姿を変える。タナトスはキースに向かって猛然と突っ込むが、千颯が盾を投げつけそれを遮る。
「悪いな! オレちゃん達にもH.O.P.E.としての使命はあるんだ!」
『そう簡単に道を譲る訳にはいかないんでござる』
「ならばその使命ごと、君達を無に帰す」
 タナトスは千颯に向かって盾を弾き返し、大剣の切っ先を向けた。煌々と光る蒼い目が、彼の身勝手な哀しみを露わにしていた。
『……ちょいっと、あたしにやらせてほしいデスニャ』
「ん? あ、ああ」
 そんな中、朱璃は姫乃に尋ねる。そのまま主導権を借り受けると、彼女は不意にタナトスへ肉薄した。
『破滅願望、無いとはいわねーデス。本音ってのも間違ってないかもニャ』
 愚神の振り下ろした刃と、素早く引き抜いた太刀が交錯する。
『でもそれだけってのは不自然極まりねーデスニャ』
 鍔迫合を繰り広げ、火花を散らしながら愚神と朱璃は間合いを切り直す。朱璃は素早く刀を構え直し、目を細くして愚神を睨む。
『人間なんて、いっぱいの本音を抱えてんデスニャ。てめえが無意識に偏食働かせて、そういう怨念しか食ってないだけなんデスよ。他人までそれに染め上げるなんて、まさにそんな感じデスしニャ』
 口を開きかけたタナトスを、朱璃は刀の切っ先を突き出し黙らせる。
『もっと“我は死神故に殺す”くらいに構えてたらいいものを。てめえのやった事を誰かの所為にしてるだけなんて、ガキの屁理屈より格好悪りぃんデスよ』
「私は神ではない。想いだ。この世に対する敵意であり、憎悪であり怨嗟だ。そうして賢しらぶっているが、君とて例外ではない」
 タナトスは右手を振るって切っ先を払う。
「希望の嚆矢を気取っても、君達の本質もまた我々と同じだ。破滅の願いを叶えるためにこの世に舞い降りたのだ。それを君達は、ただ都合よく忘れているに過ぎない」
『知ったこっちゃねーよ、そんなの!』
 リオンは迷うことなく言い返した。
『大事なのは、今自分がどうあるかって事だろ!』
「反撃と増援は私達が抑えます。皆さん攻撃を」
 蕾菜は仁菜と共に、手甲を構えて一歩前に踏み出す。それを見た春翔は真っ先に動いた。火打石を蹴って火を灯し、刃を白熱させていく。
「エディス。一発でアイツの首を落とせたら、一つ何でも言う事やってやろう」
『ほんと?』
 我ながら強引だとは思いつつ、春翔は応えた。
「……ホント」
『わかった! 頑張る!』
 斧にライヴスを溜めていく春翔の脇を抜け、國光がタナトスへと斬りかかった。王笏に刃をいなされながらも、その反動を利用して更に深く攻め寄せていく。
「前に、貴方にそっくりで、正反対の愚神に会った事があります。その愚神は、死を否定し、個を否定し、皆で一つになろうと唱えていました」
 右の刃で王笏を巻き込んで押さえ、左の刃で心臓を狙う。タナトスは咄嗟に片手を伸ばして刃を握りしめた。タナトスは眼をぎらつかせ、唸るように呟く。
「……マキナか。愚神でありながら、この世に新たな秩序を求めた愚か者」
「御名答。貴方に肯定された時、ふと彼を思い出したんです」
 國光はタナトスの手を払い除け、その胸元へ刃を突き立てた。
「でも……だからどうしたって話ですね。貴方にはお引き取り頂くだけですし」
 その眼に強い意志が宿る。呼応するように、双剣に埋め込まれた宝玉が光を放った。
「オレ達がよりよく生き、よりよく死ぬ為には、貴方は邪魔です」
「私にとっては、君達こそが邪魔者に他ならない」
 タナトスは國光を突き飛ばし、王笏を長槍へと変えてその喉元に狙いを定める。しかし、その穂先が届く前に、鋭く飛んだ一矢が槍を握る右腕を射抜いた。右腕が飴細工のように歪み、槍は大きく逸れる。
「親友に手を出させはしません」
 キースは新たな矢を番えてタナトスを睨む。タナトスもまた得物を強く握り締めて振り向く。青藍はその視界へとすかさず飛び込み、挑発的に刃を振るった。
「射手ばっか見てていいのか?」
 ライヴスを放ちながら走る彼女を、思わずタナトスは眼で追う。そこへ襲い掛かる白い影。
『やっちゃえ、おにぃちゃん!』
「いい加減、くたばっとけ!」
 エディスの全力を籠め、春翔が渾身の力で振り抜いた斧は、タナトスの首を空高くに吹き飛ばした。タナトスは大きく仰け反り、その場でたたらを踏む。
「(……どう来る)」
 春翔は残心して斧を真っ直ぐ構える。仰け反ったままでいたタナトスは、不意にその姿を歪めた。次の瞬間には元の姿に戻ったタナトスが大剣を大上段に構え、素早く斬りかかってくる。
「コイツ……!」
 人間の業ではないその動きに、流石の春翔も反応し損なう。
「させない!」
 仁菜は盾を両手で振るってその一撃を弾き返す。春翔はその背後から身を乗り出してタナトスを蹴飛ばし、ちらりと彼女に眼を向ける。
「悪いな、助かった」
「いいんですよ。暁のメンバー同士、当然の事です!」
 二人のやり取りを見つめていた愚神は、槍を取って虚空を真一文字に切り裂く。
「絆か。繋がりか。……それが君達の活力の源なのか」
 空間の裂け目から、次々に幽霊が這い出す。しかし、その瞬間に五色の光を放つ炎が霊を取り囲み、次々にその怨念ごと焼き払っていく。
「……今まで前へ前へと立って守ろうとしてきた私には、まだその答えがどうなのか、よくわかりません」
 聖獣を象る気を強く輝かせながら、蕾菜は手甲をタナトスに向かって突き出す。
「でも、貴方を押せているんですから、きっとそういう事なんでしょう」
 幽霊の目の前で爆風が弾け、次々に消滅させていく。姫乃はロケット砲を構え、じっと待ち伏せを続けていたのだ。
『増えても行動する暇を与えず爆撃デスニャ』
「随分と寂しそうなこと言うじゃねーか。そんなにお友達ぞろぞろ連れてるくせになあ?」
「……これは私が受け継いだ意志だ。私という形に集約された全ての者の願いだ。友でもなければ同士でもない」
『寂しい事ばっか言ってんな、お前』
 エリックの操る人形が、大振りに筆を薙いでタナトスへと殴りかかる。満面に強気の笑みを浮かべ、彼は脅威に立ち向かう。
『オレは戦うのも傷つくのも好きじゃねえ。けどよー、仲間が頑張ってんの見たら、俺だってやらなきゃって気になっちまうんだよな! そういうの、わかんねーだろ?』
 タナトスが釘付けになった隙に、背後からスワロウが巨大な拳骨を叩きつけた。不意を衝かれた彼の頭蓋は砕け、柘榴のようにはじけ飛ぶ。
『何となくわかった。自分だけが正しいだなんて思ってる奴が、あたしは端的に言って大っ嫌いなんだよ。でもってお前は、その類だ』
 レガースを起動すると、跳び上がってタナトスにドロップキックを見舞った。
『くたばれ』
 タナトスはよろめきつつも、再び元の姿を蘇らせる。その目の前には、レーヴァテインを抜き放ち、正眼に構えたナイチンゲールがいた。
「さあ行っちゃうんだぜ、真打」
 盾を構えつつ、千颯はナイチンゲールの肩を叩く。その瞬間、彼女に力が注ぎ込まれた。仁菜もちらりと振り向き、拳を小さく突き出す。二人の想いを
「ありがとう。千颯、ニーナ」
 ナイチンゲールはレーヴァテインを八相のように構えると、一気にタナトスへの胸元へと迫る。タナトスは大剣を握りしめると、ナイチンゲールの心臓へと向かって切っ先を突き出した。
「……!」
 刹那、深紅の刃は砕け散る。破片は散弾のように次々死神へと突き刺さった。タールのような澱みを垂れ流しながら、タナトスはのろのろと後退りする。
「んふふ~オレちゃんからのプレゼント! どうだった?」
 千颯がピースサインを送る。タナトスはその眼に怒りを浮かべる事しか出来なかった。
「おのれ……」
 最早身を護る術もない。ナイチンゲールはその胸に向かって、深く深く刃を突き立てた。眼にうっすらと光るものを湛えながら。
「貴方は、哀しすぎる」
『我らは墓場鳥。お前が汲んできた絶望の想いも、きっと受け入れねばならぬものだろう。だが……少なくとも“そのように”ではない』
 刃が燃える。タナトスは火に包まれながら、首を傾げる。ナイチンゲールは刃を更に深く差し込みながら、囁くように語り掛ける。
「その想いは戒め。希望がいかに尊いものか、皆で共有されなければならないか、この世界に生きるみんなが胸に刻み付けるための。……絶対に、世界を壊す事を許すものじゃない」

「……私はそれを理解しない。何故なら私は絶望の意志の顕現であるからだ」

 タナトスはそれだけ呟くと、虚空の中に消える。エージェント達は武器を構えたまま周囲を見渡すが、彼は既に影も形も無くなっていた。

●希望を名乗る者として
「何ともなくて良かったですよ……」
 数日後、ミーティングルームで青藍とナイチンゲール達は部屋の隅で言葉を交えていた。
「まあ、万が一が起こるとも思ってなかったですけど」
 青藍はいかにも自信ありげにそんな事を言う。墓場鳥は彼女をじっと見下ろし、尋ねた。
『その心は』
「ナイチンゲールさんは、タナトスを受け入れようと思うかもしれない。でもタナトスは、絶対にナイチンゲールさんを受け入れたいとは思わないでしょう。“自分と似たような存在”ですから」
 ナイチンゲールはそれを聞いて小さく俯く。フレイの最期が、再び彼女の胸を締め付けていた。仁菜はそんな彼女に駆け寄り、顔をそっと覗き込む。
「なっちゃん、大丈夫?」
「……うん」
 か細い声で応え、僅かに顎を動かす。腕組みしてそんな様子を見つめていたリオンは、おもむろにその肩へ手を乗せた。
『まあ、なんだ。気持ちはわかるけどさ、あんまり自分一人で抱え込むなよ? それじゃあ勝てないって、今回いろいろ頑張ったけどさ、それって別に今回に限った話じゃないだろ?』
 ナイチンゲールは僅かに目を上げ、リオンを見つめる。しかし申し訳なさそうに、再びその眼を逸らしてしまう。そんな二人のやり取りを見つめていた千颯は、そっと彼女の傍に歩み寄る。
「無理にとは言わないけど……。でも、ナイチンゲールちゃんは友達だし、友達にそんな顔されたら、オレちゃん助けになってやりたいって思っちゃうんだぜ。……何か力になれる事があったら、言ってな」
『塞ぎこむと、どんな思いもいつか毒になってしまうでござる。吐き出せると思ったら、吐き出してしまうのがいいでござるよ』
 ナイチンゲールは二人の姿を窺う。千颯は快活に笑い、白虎丸も被り物の奥でどうやら微笑んでいるらしかった。ナイチンゲールは肩を落としたまま、それでも小さく頷く。
「ありがとう、ございます……」

『今回はマジお疲れっス。うちのクマさんが何か今日は自分が行けって言うから来てみたものの……彩咲さん達って随分けったいな敵と戦っていたんスね』
「だろ? やることなす事面倒でたまんねーよ……ま、そろそろ止めが刺せそうな感が出てきたかもな」
 同じ暁小隊メンバーであり、共に死神を追いかけてきた紗希達と姫乃達は朗らかに会話を続けていた。朱璃はそんな姫乃の袖を引っ張り、にやにやと笑う。
『ご主人、黒騎士とやり合ってた時はあたしの中でスっ転んでただけデスけどニャ』
「うるせえなぁ。苦手なもんは苦手なんだよ」
 姫乃は黒騎士の名を聞いただけで鳥肌を立て、まるで猫のように眼を見開いて朱璃を威嚇する。蕾菜がそんな二人のところへやってきた。
「お疲れ様です。御童さんに、彩咲さんでしたよね」
「お、おう。そうだぜ。憶えててくれたんだな」
 ルックスは良し、スタイルも良しの美少女と真正面に向き合い、急に姫乃はたどたどしくなった。赤くなった頬を片手で隠しつつ、姫乃は尋ねる。
「あ、あのケモミミ英雄はどうしたんだ?」
「普段は寝ているんですよ」
 蕾菜は自らの幻想蝶を手に取る。寝息を立てるかのように、穏やかに明滅を続けていた。
「あれか。必要な時の為に力を蓄えてるってやつ?」
「多分そんなところです。……何といってもトリブヌス級ですから、常に全力に近いくらいのエネルギーは使わないといけないので」
 そんな二人を控えめな笑みを浮かべつつ見比べながら、紗希は小声で話しかける。
「ここまで来たんです。……もうあいつの好きにはさせないように、頑張りましょう」
「おう。俺の神速でガンガン引っ掻き回してやるよ」
 姫乃はにやりと笑って応えた。蕾菜もぺこりと頭を下げる。
「はい。……力になれたら、と思います」

「何か、巻き込んじゃって……ごめん」
「構いませんよ。親友の助けになるのは当然の事です」
 國光とキースは並んでミーティングルームの外を見つめていた。謝る國光に、キースは微笑みで応えた。
「……サクラコ。地球上の全ての幸運と不幸を足すとゼロになるという話を知っていますか?」
 再び冬空に目を戻すと、キースは國光に尋ねる。國光もまたキースと同じ空を見つめた。
「聞いた事はあるよ。たしか哲学で、法則として名前もあるんだっけ?」
「運不運は波のようなもの。ですが、道標たる希望まで総量が決まっていて奪い合っているというのは、ボクには納得できませんね」
 キースの眼は、この世の法を守らんとする強い意志に満ちていた。親友の想いに勇気づけられ、彼もまた自分として戦う意思を新たにする。
「そうだね……希望は誰もがきっと一つは持ってるはずだから」
 青年二人のやり取りを見ていた紙姫とメテオは、互いに向き合って仲良く手を取り合う。
『メテオちゃんのかわいさはあたしの希望だよ!』
『紙姫ちゃんのかわいさもメテオの希望なのです!』
 楽しそうなパートナーを見て、國光達は微笑ましげに目配せする。そこにミーティングルームの扉が開き、オペレーターがやってきた。
「今回は、任務お疲れさまでした。初動が早かったため、今回被害を受けた方達は徐々に回復しているようです」
 資料を見つめながら、オペレーターは早口に説明を始める。
「それで、今後についてですが……皆さんには特殊部隊“ト・アペイロン”の一員となって頂きます。タナトスの襲撃が発生した時、優先して参戦要請を出します。戦い方を知っている皆さんに、積極的にタナトスの討伐へ向かって頂きたいのです」
 部隊の名前を聞いた霧人は、神妙に目を細くする。
「限りなきもの、か」
『霧人?』
 エリックが彼の顔を覗き込むと、霧人は小さく微笑む。
「……僕達の希望は、無限なのかなって」

「部隊……ね。ま、それがあろうがなかろうが、俺のやる事は変わらねぇさ」
 オペレーターの言葉を聞きながら、春翔はいつも通りの無愛想な顔で呟く。エディスは彼の目の前に回り込み、首を傾げた。
『おにぃちゃん、あいつの事壊したいの?』
「……まあ、そんなとこだ。ここまで来たんだ。この手で最期まで追い詰めてやらねえとな」

 春翔は部屋を見渡す。様々な縁でもって結ばれた仲間達が、そこにいた。

To be continued…

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • 赤い日の中で
    スワロウ・テイルaa0339hero002
    英雄|16才|女性|シャド
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 疾風迅雷
    朱璃aa0941hero002
    英雄|11才|?|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • フリーフォール
    エリックaa3803hero002
    英雄|17才|男性|シャド
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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