本部

冬季山間戦闘演習という名の

影絵 企我

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
24人 / 0~25人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2017/02/18 08:51

掲示板

オープニング

 雪合戦を開催いたします。

 ロシアでは激戦が繰り広げられているところだというのに、何故雪合戦などしている場合があるのか、とお考えの方は多いかと思います。

 でも考えてみてください。雪合戦とはどんなスポーツであるのかを。

 正面切って強引な消耗戦を仕掛ければ、互いに多大な被害を出します。それを避けるために、皆さんはあらゆる手段を講じるでしょう。雪山があれば、高所を取って低所の敵に対し優位に立ちまわろうとします。林に入れば、物陰に隠れながらのゲリラ戦を繰り広げます。時には敵の本陣に奇襲を仕掛け、またある時には方陣を布いて敵とあいまみえる事でしょう。いかに相手を雪まみれにするかを考え、皆さんは必死に戦術を練る事でしょう。

 気付きましたか。小隊、中隊レベルの戦術的訓練として非常に有用なのです。

 なので皆さんにはこれから雪合戦を行ってもらいます。試験運転で用いた雪合戦スーツ。これは能力補正をオミットしました。ただの測定器です。これはまあいいでしょう。また、これまた試験運転で用いたスノーシューター。今回は皆さんに共鳴した状態で戦っていただきますので、その性能が完全に発揮されます。また、戦闘区域もより野戦として相応しい状況を用意しました。南西の森林、北東の高所。これらを上手く使って立ち回る事が勝利の近道となる事でしょう。戦闘区域が広くなった都合上補給の難易度も上昇したため、簡易的な雪玉制作キットを三つ用意しました。これを誰に渡すかということも勝敗の分かれ目の一つとなる事でしょう。

 勝者にはご褒美として高級ホテルでの食事を手配していますが、敗者には何もありません。その辺のラーメン屋にでも行ってください。勝利とは厳然たるものなのです。

 以上です。この雪合戦が、ロシアでの戦局を優位に進めるアイディアを生み出すことを願っています。では皆さん、奮って雪玉を作ってください。


[仁科恭佳:……って、スピーチするつもりなんだけどどう思う?]

[澪河青藍:……いや、知らんがな]
[ヴィヴィアン:きっと楽しい事になる気がします]
[エイブラハム:私はもう写真家のような真似は御免だからな]


 ――そんなわけで、エージェント達は雪合戦に臨むことになったのだった。

解説

メイン 冬季山間戦闘演習?に参加せよ
サブ フラッグ奪取で勝利せよ

モブリンカー
互いのチームに20人くらいずついる。賑やかしそして肉盾。多分リプレイにはほとんど出て来ない。プレイングで率いてもいいが、戦力としてはあまり期待しない事。

ルール
・敵を全滅させれば勝利
・敵陣のフラッグを自陣に持ち帰れば勝利
・武器持ち込みは退場
・雪玉は規定の装置で作った物のみ扱える
・チームは赤と青

フィールド
旗R□□□□
RR□□□□
■■◇◇□□
■■■■BB
■■■■B旗
(一マス5*5sq)

・旗 敵陣へと持ち帰られたら負け。
・R 赤組の陣地。
・B 青ry
・◇ 圧雪ゾーン。行動に困らない。
・□ 雪山ゾーン。右上に向かって標高が高くなる。戦闘時、命中と回避に補正が入る。
・■ 森林ゾーン。移動力、命中が半分になる。

装備
・スノーシューター
 雪玉を発射する玩具みたいなバズーカ砲。共鳴する事でそれはそれは凄い威力を発揮した。ステータス補正無し、射程1~10sq。各種スキルの影響を受けない。行動順を最後にすることで『溜め撃ち』が行え、この場合命中した敵を1d3sqノックバックさせる。
・携帯雪玉製造機
 各チームに三つ支給。全アクションを消費する事で雪玉を三つ作ることが出来る。
・雪玉製造機
 各チームの本陣に一つある。固定されていて動かせない。雪玉が30個同時に出来る。
・雪合戦用スーツ
 雪玉を何回ぶつけられたか計測する機能を持ったスーツ。5回で警告が鳴り退場させられる。専用のポーチで雪玉を六つ携行できる。

チーム分け
挨拶スレッドに必ず一度だけ書き込んでください。
このスレッドの発言番号が奇数の人は赤組、偶数の人は青組となります。偶数側は足りなくなる可能性がありますが、その場合は青藍がついてきます。適当に走り回らせてください。
赤組、青組それぞれで作戦会議板など用意してもいいかもしれません。

リプレイ

――誰もが最初はただの雪合戦のつもりだった
  だがそれはエージェントの意地と意地を懸けた戦いとなった
  そこにあったのは遊びではなく、ただ勝利と敗北
  一体なぜこうなってしまったのだろう――

「雪国育ちのメイドの実力、お見せ致しましょう」
 開始の笛と共に、Гарсия-К-Вампир(aa4706)は素早く駆け出した。彼方に見えるは翻る深紅の御旗。蒼い鉢巻を靡かせ、彼女は雪原を抜ける風となる。
『(数えはレティがやるよ! ガルシアは目の前に集中して!)』
 Летти-Ветер(aa4706hero001)の声が彼女の奥から響く。ガルシアは頷くと、スノーシューターを横に構えてさらに疾さを増していく。そんな吸血鬼の赤い瞳が映したのは、人狼の黒い耳を持つ青年。三人を後ろに従え、都呂々 鴇(aa4954hero001)もまた蒼の旗印を目がけて走りゆく。
「(鴇、前に相手が)」
『スルースルー。ここでカウントは消費できない。食べたいんだろ高級料理』
 新城 霰(aa4954)の声に首を振り、鴇は背後の三人に手招きして一気にガルシアの横を擦れ違った。物の怪二人の視線が交錯し、解けていく――

「澪河さん見て! この雪だるま大きいでしょ!」
「ほえー。すごいなぁ……」
 氷鏡 六花(aa4969)は澪河青藍に向かって作り上げた雪だるまを見せつけた。丸々として威風に溢れた出来栄えだ。ついでにペンギンっぽく装飾も施してある。今の六花は文字通り雪を得たペンギンだ。アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)もそんな彼女のはしゃぐ様子を微笑ましく感じていた。
『(これだけ大きければ十分壁になるわね。……でね、六花、敵が一人来ているみたいよ?)』
「むむー!?」
 六花はアルヴィナの報告を聞いて素早く振り返った。三人のエージェントを引き連れ、鴇がシューターを構えて一直線に突っ込んでくる。皆月 若葉(aa0778)も掘った塹壕を飛び越え二人の隣までやってくる。
「もう来たの? 早いなぁ」
『(本気で来たわけじゃないだろ。分かりやすい挑発だ)』
 ラドシアス(aa0778hero001)の見立て通り、青組陣地の目の前までやってきた鴇は、スノーシューターを高々掲げ、陣地を見渡して叫ぶ。
『やあやあ、我こそは赤組が一人、都呂々鴇なり! いざ尋常に勝負勝――うおっと』
 鴇が言い終わらないうちに雪玉がぽんぽん飛んでくる。若葉と六花が次々に撃ち込んでいるのだ。鴇は華麗に躱しているが、後ろの仲間達にはポコポコ当たる。
「ねえ澪河さん、この銃面白い! 雪玉がすごい勢いで飛んでくの!」
「うん。そうね」
 六花が笑みを弾けさせながら雪玉を飛ばした。絶え間なく飛んでくる雪玉の攻撃に堪えかね、鴇達は慌てて森の方へと引っ込んでいく。若葉は何をするでもなくその背中を見送り、持ち場へ戻りながら首を傾げる。
「行っちゃったね。こっちの陣容の偵察かな」
『(偵察といってもな。見られて困るようなものは無いが)』
「だね。雪だるま作って堀作ってるだけだしこっち。向こうはどんな作戦組んでるのか知らないけど……」
 森林に面した囲いに戻った若葉は、赤組の陣地にちらりと視線を送るのだった――

(リュカさん、この雪だるま、どうです?)
「いかしてるねぇ」
 深紅の旗の真ん前に作り上げた雪だるま。ゼノビア オルコット(aa0626)は、おぼつかない手話で木霊・C・リュカ(aa0068)に尋ねる。彼はクールにサムズアップする。ゼノビアは満足げだが、リュカの中では押し込められた凛道(aa0068hero002)が不満げにしていた。
『(代わってください。かまくら作りたいです)』
「(もうちょっとだけ、ね?)」
 斯くして準備タイムからずっと拠点の要塞を固めていた彼らであったが、レティシア ブランシェ(aa0626hero001)が彼方の異変にふと気づく。
『(おいゼノビア、何か来てんぞ)』
 ゼノビアは雪原の彼方を見つめる。ガルシアが突っ込んでいた。たった単騎で、スノーシューターを構え、旗を目がけて一直線に。目を丸くすると、リュカの方を向いてさっと手を動かす。
(敵襲、です)
「もうかい? 早いなぁ。麻生さん! こっち間に合ってないから、任せていい?」
 リュカは、雪玉防塁に引き籠る麻生 遊夜(aa0452)の方に目配せを送る。三丁のスノーシューターに雪玉を込め、彼はさっと手を挙げる。了解のサインだ。傍の仲間にも合図を送り、彼は近づくガルシアに照準を合わせる。
『(……ん、どこにいても、当ててあげる。……そして、お肉食べる!)』
「俺は別に……まあだが、俺達がやる気なら、何をも逃す事は無いぜ?」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)と息を合わせ、遊夜はガルシアと対峙する。次々と放たれる雪玉を右に左に跳んでガルシアは躱していく。しかしその動きも遊夜にはお見通しだ。溜めに溜めた一発が放たれる。体幹に叩き込まれたガルシアは、そのまま四、五メートルは飛ばされた。空中でどうにか体勢を立て直した彼女は、シューターを構えて遊夜を睨む。
「やってくれますね……!」
 そんな彼らを、空高くから一羽の鷹が見下ろしていた――

『AoJ鉄則その一!』
「UAVは必ず打ち上げる!」
『てなわけでやってきました第二回!』
「今回は勝つ!」
『今回も勝つ!』
 雪山を全力で駆け登りながら、アリス・レッドクイーン(aa3715hero001)と一ノ瀬 春翔(aa3715)は交互に唱えた。本戦が初参加の紫 征四郎(aa0076)もやる気に溢れている。
「合戦とは即ち戦争です! 参りましょう!」
『(遊びは本気になってやるからこそ面白いってもんだよな!)』
 ガルー・A・A(aa0076hero001)の言葉に頷くと、彼は続く仲間達に手招きし、先頭を切ってフィールドの最高点を目指す。坂道などモノともしない疾さだ。そのすぐ後ろを軽やかな足取りでついて行けるのは、スワロウ・テイル(aa0339hero002)の健脚あってこそである。
『さあ、張り切って勝ちにいきましょー!』
「(うんガンバろ! 負ける気がしないね!)」
 中で御童 紗希(aa0339)もやる気満々だ。パンクロックの激しいリズムに合わせて、二人はテンションを戦いに備えて高めていた。

「(御屋形様に勝利をもたらす。必ず!)」
 引き連れた仲間と共に雪山に同化しながら、現代に生きるくノ一藤林 栞(aa4548)は彼方から突き進んでくる春翔、征四郎、テイルその他を鷹の目から眺めていた。とある作戦を完遂させるため、彼女は念入りに策を練った。――忍としての。各地には彼女に変装した仲間達がいる。沖 一真(aa3591)を主と仰ぎ付き従う彼女に化ける事は容易。普段の仕込みによって実現される、分身の術だ。そして手薄かに見える雪山に陣を敷き、青組の雪山部隊に奇襲を仕掛けて時を稼ぐ。それが彼女の自らに課した使命だった。
『うーん? 赤組は何考えてんすかね? わざわざ雪山がら空きにするなんて。こっからだった本陣にだって撃ち込み放題っすよ』
 予想通り、特に警戒した様子もなくテイルがさっさか山を登ってくる。
「うむむ。ですが向こうにはリュカに恭也、麻生に迫間、国塚までいます。周到な皆さんがここをそうやすやすと明け渡す布陣を作るとは思えません」
 だが征四郎はガチガチに警戒していた。既にスノーシューターに雪玉詰めて撃てる準備を整えている。栞は息どころか、拍動も止めんばかりにして彼らの様子を見守る。
『頭上を取ったものが有利。こいつはAoJのイロハのロってところだぞ』
「って事で、ここを抜かすわけがねえ以上、油断するわけにはいかないな」
 春翔も鷹越しに雪山のふもとで作業を続ける一真達の様子を見ながら、近くに神経を張る。栞は息を詰める。
「(まずは、一人を仕留める……)」
 揃って雪玉を握りしめ、狙いを定める。まずは奇襲で一人を仕留めて相手の気勢を削ぎ、優位を取って蹴散らす。局所では非常に効果的な戦術と言える。
「……! いけない!」
 征四郎は突如飛び出した雪玉に気付き、テイルを慌てて突き飛ばす。一つ二つ雪玉が当たったが、どうにか即死は免れた。
「伏兵か。やりやがる!」
 春翔はすかさず雪玉の飛んできた方角目掛けて撃ち返した。積もる雪が突然盛り上がり、栞率いる足軽部隊がその姿を露わにした。栞は雪玉を春翔に投げ返し、距離を取って立ちはだかるエージェント達を見渡す。彼らは不敵に笑みを浮かべ、銃口を栞達に向けていた。
「ハロー、マイフレンズ!」
「お覚悟を」
『するっすよ!』
 悲しいかな、歴戦のエージェント相手では決定打とまでは成り得ないのだった。
「くっ……!」

「うわあああぁッ!」
 一人のエージェントが悲鳴を上げながら雪山を転げ落ちてきた。その頭に巻かれているのは赤い鉢巻だ。迫間 央(aa1445)は目が虚ろになっているそのエージェントに気付けを施し、雪山を見上げる。マイヤ サーア(aa1445hero001)はその光景を見て眉をひそめた。
『(紫さんに一ノ瀬さん、その後ろにいるのは一ノ瀬さんの友人の御堂さん……駄目ね。栞さんだけで持たせられる相手じゃないわ)』
「エース揃いだからな、向こうは。正面からぶち当たったらまず力負けする」
 栞率いる小隊は坂の上を動き回って征四郎達を牽制しているものの、また一人がふもとに叩き込まれてしまった。スノーシューターを構えた央の側に、もう一人の藤林栞――に化けたリオン クロフォード(aa3237hero001)が駆け寄ってくる。
『ちょっとあれヤバいんじゃない? 本物が先にやられちゃったら化けても意味ないよ!』
「ああ。ちょっと行って回収してくる。藤咲、リオン、沖に雪玉の完成を急がせろ」
「ひ、一人で大丈夫なんですか?」
 雪山を駆け登ろうとした央を仁菜は呼び止める。央はちらりと振り返ると、自信たっぷりに頷いた。
「俺は、俺もまた一人のエースだと自負してるが?」

「ぐぬぬ……」
 取り巻きが次々麓へと叩き落とされていく中、モブに化けた栞は雪玉を握りしめる。目の前に立ちはだかるエース三人組が鬼に見えた。
『ほらほら。次はアンタっすよ!』
「こんな、こんなところで負けるわけには……!」
「ああ、全くだ」
 神速で突っ込んでくる一つの影。出会い頭に一発の雪玉を征四郎に向かって叩き込む。慌てて飛び退き躱した征四郎は、突っ込んできた影とじっくり対峙する。
「迫間さんですか」
「下がれ。ここは俺が引き受ける」
 央は栞に向かって手で押し退けるような仕草を送ると、改めて友人に向き直った。
「さあ、いくらお前達が相手でも容赦はしない。お前達の実力はよくわかってるからな」
「それはこっちだって同じことだが?」
 一ノ瀬は挑発的に応じるが、央は口端に笑みを浮かべただけ、さらりと受け流す。
「ならわかってるだろ? 俺に攻撃を当てる事がどれだけ困難かってことくらいは……邪魔だよな? 退けられるもんなら退けてみろ」
 央はシューターを担ぎ、くいくいと手招きする――

「九郎、私は反省しなければなりませんね」
『え?(何この子)』
 やけに思いつめた顔で、森の中に陣取った国塚 深散(aa4139)は相方の九郎(aa4139hero001)に語り掛ける。遊びに来ただけの九郎は戸惑うしかない。
「雪合戦だなんて、また仁科さんが面白半分で計画した遊びだと思っていました」
『うん(そうだよ)』
「あんな崇高な目的があったなんて、私は仁科さんを誤解していたのかもしれません……」
『(……面白そうだしほっとこ)』

「そうだ。これくらいの深さでいい。これくらいは無いとエージェントに対して落とし穴を掘る意味は無い」
 白いスキーウェアに身を包み、ゴーグルをつけた御神 恭也(aa0127)は三人の仲間に対して指示を送る。彼らは頷くと、素早く白いシートで深く狭く掘った落とし穴を覆い隠し、手で掬った新雪を被せる。伊邪那美(aa0127hero001)は恭也の眼越しに落とし穴を見つめて溜め息をつく。
『(その落とし穴……遊び用のものじゃないよね。本気のやつだよね)』
「(当然だ。向こうにはリュカや麻生がいるんだぞ。遊びで勝てるわけが無い)」
『(そだけど……これ結局は雪合戦……まいっか)』
 どんな時にもストイックな恭也に半ば呆れつつ、伊邪那美はひとまず恭也を見守る事に決めた。
「隊長、進軍を続けますか」
「……ああ。赤組の陣地も近い。気を抜くな」
 三人を従え、恭也は息もなるべく殺して森林の中を進んでいく。

「どうしてまた参加したのよ……」
『もちろん本番だからですよ』
「またきっと私達の事忘れられるわよ! いいの? あの後風邪ひいて寝込んだじゃん!」
『五十鈴だけね』
「おい、笑ってんじゃねえよ」

 五十嵐 五十鈴(aa4705)と十二月三十一日 午前九時(aa4705hero002)ことタツミが言い争いを繰り広げながらずんずんと森林内を突き進んでいた。恭也は呆れた目でそれを見送る。見送って、通信機を手に取った。その相手は虎噛 千颯(aa0123)である。
「敵が向かっている。気を付けろよ千颯」
「おう、オッケーだぜ。俺ちゃんの作戦もしっかり仕込みは済んでる」
「任せた」
 恭也は通信機をしまうと、さらに先へと進んでいく。その最中、雪にではなく、森の闇に紛れた少女の姿に気付く。彼女は枝の上に陣取り、スノーシューターさえ持たずに森を見渡している。恭也は素早く雪に紛れて身を隠そうとしたが、それは敵わない。烏面の奥に閃く金色の瞳が、彼を真っ直ぐに捉えたのだ。

「あれは……御神恭也さん、でしたっけ」
『そうだね。疾風怒濤は脅威だ。気を付けないと』
「……ですね」
 ポーチの雪玉を一つ取り出し、深散はじっと恭也と向かい合う。互いに出方を窺う二人。睨み合ったまま、指先一つピクリとも動かさない。動かせない。
「(この方……やはり出来る……!)」
「(武器も持たず、どう出てくるつもりだ……)」
 少しでも動けば、それが隙になる。二人にはそれが分かっていたのだった。
『(何やってんだろこの人達)』
『(恭也……)』
 そして英雄は置いてけぼりを喰らっているのだった――

「うおおッ! 前方に敵影!」
 五十鈴は慌てて木陰に身を隠す。スノーシューターを構えたエージェントがぞろぞろと森林に突っ込んでくる。
『どうするんですか。このままじゃ蜂の巣ですよ』
「わかっとるわい。だがこの空間を上手く使えば何とかなる!」
 五十鈴は手元で作った適当な雪玉を挑発代わりに木陰から投げつける。
「お、おい! 敵だ。敵がいる!」
 案の定エージェントは慌て始めた。彼らは後方支援をもっぱら務めてきた実戦経験の少ないエージェントだ。突然の攻撃には慣れていない。だからこそ、彼らを支える漢がいるのだが。
「戦場で泡なんか喰ってる場合じゃないんだぜ!」
 後方から千颯が駆けつけ、慌てたエージェント達を鼓舞し気を取り戻させる。彼は背中に雪玉をたっぷり詰め込んだザックを背負っていた。
『(雪山方面は少々苦戦しているようでござるな。こっちを抜かせるわけにはいかんでござる)』
「(と言っても攻め切れるわけじゃないしなぁ。ポーズだけ見せていく感じかな)」
 白虎丸(aa0123hero001)の呟きに相槌を打つと、エージェントに向かって合図を送り散開する。
「隠れたって無駄なんだぜ!」
 フットガードで積もる雪をものともせずに押し寄せる彼らに、五十鈴は慌てた。慌てて木の上に登る。
「えげつないえげつない! 女の子一人に対してそれはえげつない!」
「ここは戦場! 女の子とか男の子とか関係ないんだぜ!」
 千颯の宣言通り雪玉が五十鈴に向かってぽんぽん飛んでくる。
「うわわわわ」
『仕方ないですね……』
 タツミは主導権を分捕ると、スノーシューターを構えて千颯に撃ち込み、ぴょこぴょこ跳ねて木の上を逃げる。追わない手は無い。千颯はタツミを追って突き進んだ。

『……おやおや。虎噛さんが近づいてきているね』
「む……この睨み合いを続けているわけにはいきませんか……」
『作戦通りに動く分には不利を背負う事は無いはずだけど?』
「なら、動きましょうか」
 攻め寄せる千颯に気付いた深散は、九郎の言葉に従いターゲットを千颯に切り替える。その瞬間、恭也は合図を送ってそそくさと後背に退いていった。それを視界の端に捉えつつも、彼女はあくまで新たな敵に対峙する。
「国塚深散はここにいます! 討ち取りたくばかかってきなさい!」
「おっと挑発か。いいとも。乗ってやるんだぜ!」
 千颯は強気の笑みを浮かべて深散とタツミを追い森林エリアの中を切り込んでいく。深散はエージェントの放つ雪玉を躱しつつ、また撃ち込みつつ、付かず離れずの距離を保って逃げ続ける。やがて分厚い森の壁は切れていき、木々の隙から赤組の陣容が見えてくる。
「さあ、来てください。どんどん……」
『(ちょっと上手く行きすぎな気もするけど……?)』
 だが疑ったところで切る手札も無い。九郎はひとまず疑念を自分の中に留めておくことにした。そのうちに、エージェントの一団は森を抜けて雪原へと出る――

『ようこそいらっしゃいました。我が赤組の陣地へ。不肖凛道、歓迎させていただきます』

 千颯が出くわしたのは、スノーシューターを構えた凛道に遊夜、ゼノビア。全ては千颯を陣地まで釣りだしてくるための動きだったのだ。一斉に飛んでくる雪玉。千颯の前に立っていたエージェントは揃って雪玉にふっ飛ばされる。
「おわわわっ! ちょっと調子に乗り過ぎたか?」
「さあてどうする? 虎噛さんよ」
 遊夜は悪戯っぽく笑って照準を友人へ向ける。千颯は腰にスノーシューターを差して諸手を挙げる。
「そんなん決まってるんだぜ! 三十六計何とやら!」
 瞬間、千颯は背負っていたザックを一瞬で投げ捨てた。一つ二つ雪玉が転がり出てくる。
「簡易パージ! からの逃走!」
 くるりと回れ右すると、千颯は深散の投げた球が横っ面に当たるのも構わず逃げ出した。エージェント達もそれに従う。清々しいまでの敵前逃亡っぷりである。赤組は急いで玉を撃ち込むが、脇目も振らず走っていく彼らには当たらなかった。
(リュック、置いて行っちゃいましたね)
 呆然とその有様を眺め、ゼノビアは凛道に語り掛ける。
『そうですね……回収しておきましょう。雪玉は少しでも多い方がいいですし……』
 凛道は敵が自分を狙っていないことを確認しつつ、そっとザックを拾い上げた。

 ――というところを思い浮かべながら、千颯はにやりと笑う。
「それこそが俺ちゃんの罠! なんだぜ……」
『(引っかかってくれるといいでござるなあ)』
 その頭上、千颯と入れ替わるように木々の上を飛び移る女が一人。杏子(aa4344)である。
「さあ、勝負はここからここから! 全力を以て勝ちに行くよ!」
『(絶対いいところの酒飲もうとしか考えていない……)』
 テトラ(aa4344hero001)は誓約相手にも聞こえないように呟く。何を隠そう杏子は完全にご褒美のディナーを当てにしていたのだ。
「ふふ。下が見えないという事は即ち下から見られないという事でもある。この辺でしばらく待つとしますか」
 彼女は針葉樹の茂りの中に身を押し込み、赤組の陣地を覗き見る。その視界の先にあるものを見て、思わず彼女は目を丸くした。
「(あららら。何でしょ。物騒ね……)」

『やっべ、鷹消えた! テイルよろしく!』
『ほいさっと。でもこれ以上鷹で陣形見守る意味あるんすかね?』
「こんな回避バカ相手取りながらこっちで陣形なんて見守ってられるかよ!」
「バカとはなんだ。バカとは」
「余所見しないでください! やられてしまいますから!」
『苦戦しているようですね。無理はなさらず。こちらの力点は雪山ではないので……』
「はい!」
 雪山組の騒がしいやり取りが一つの通信機から聞こえてくる。またその横にずらりと並べられた通信機もアクティブだ。
「こちら御神。位置に付けた」
「こちら杏子。準備は出来たね」
「こちら虎噛! 仕込みは完了した! 今からそっちに戻るんだぜ!」
『了解しました。森林の方はおおよそ想定通りに事が運んでいるようですね。……となると、やはり問題は雪山方面という事になりますか……』
「(……ロロ)」
 複数の通信機からの声を全て聞き分け、構築の魔女(aa0281hero001)は素早く返答を行っていく。意識内にいる辺是 落児(aa0281)とこなす並列思考の為せる業だ。彼女は青組の司令塔。全ての情報を一身に集め、的確な作戦を練るのを役目としていた。
「魔女さん、壁出来たよ!」
『ありがとうございます。ただ……少々気になる事がありまして』
 イリス・レイバルド(aa0124)の報告を聞いた魔女だったが、浮かない顔で赤組陣地の方を見る。杏子からは既に不気味な報告を受けていた。
――巨大な雪玉が三つ、赤組陣地で作られている――
「(ロロ)」
『(ええ……わざわざ作ったのですから、切り札はアレで間違いないはずです。そしてあれだけの大きさがある雪玉なのですから、突っ込ませる以外に用途は考えられません……)』
 魔女は赤組の作戦に、一つの確信を持てる仮説に至る。素早く彼女は今の陣容を見渡した。平均的に、どの点からの攻撃を受けても対応できるような形に、雪だるま防壁や堀を巡らせた。だが、仮説が正しければ、そのやり方では足りない。魔女は頷くと、イリスに向き直る。
『すみません。作ってもらっておいてなのですが……雪山方面をもう少し、出来る限り強く固めていただけないでしょうか。おそらく向こうは一点集中で攻め寄せてきます。今の陣容ですと、そうした点の攻撃に堪えきれないかもしれないので……』
「むむむ……わかったよ。もう少し頑張るね」
『(いっそ森林に構えて迎え撃つという作戦もアリだと思うのだがねぇ)』
 アイリス(aa0124hero001)はさらりと呟く。イリスは肩を竦めると、シャベルを拾い上げて雪に思い切り突き刺した。
「ボク達がみんなロビンフッドならそうしたかも、ね!」

「はあー。何とか帰って来れたぜ」
『(“フリ”とはいえ中々薄氷を踏むような真似をしたでござるな)』
 エージェント達を引き連れ、千颯はとっくり溜め息をついた。赤組も守りを中心にしているのか追いかけてはこなかった。
「お疲れ様です。無事に帰ってきていただけて何よりですよ」
 六道 夜宵(aa4897)が早速駆け寄り、バケツ一杯に盛った雪玉を千颯達に差し出す。
「よし、これで次の攻撃の準備もばっちりだな」
 ポーチに雪玉を押し込み、スノーシューターにもあらかじめ雪玉を一発詰め込む。魔女は彼らの姿に気付くと、すらりとした腕を振る。隣には残り一回まで追い詰められながらも帰還したガルシアがいた。
『すみません、虎噛さん。これより作戦をお伝えしますのでこちらへ来てください』
「ああ、今行く」
 千颯は夜宵を置いて歩き出す。その背中には、彼女の視線がずっと向けられていた。彼はにやにやして首を傾げる。
「(おっとっと。また見てるな。英斗ちゃんだっけあの子の英雄。もしかして俺ちゃんのファンなのかな?)」
『(それは無いでござるな)』

『……うーん。虎噛千颯さん。虎噛千颯さんか……』
 千颯達のやり取りは知らぬまま、夜宵――の中にいる英雄、若杉 英斗(aa4897hero001)はじっと彼の背中を見つめていた。いつか別の依頼でも共に参加する事となっていたのだが、どうにも彼は千颯を見ていると心のどこかが引っかかるのだった。
「見覚えあるって言ってたわね。どう? 何か思い出した?」
『……いや』

『虎噛さん、ガルシアさん。相手に動きが見えた時点で一気に攻勢を仕掛けます。ガルシアさんや鷹が見た光景の報告から予測はしていたのですが……相手の作戦が完成したら、この陣地はどれほど堅牢にしても最終的には必ず崩れます。そうなってはもう首に指を掛けられたも同然……絞め殺される前に勝つには、心臓を突いてやるしかない。フラッグを取るしかありません』
 雪に作ったタクティックボードに線を描きながら、構築の魔女は淡々と語る。その視線は彼方、動き始めた赤組の巨大雪玉に注がれていた。

「さあみんな! スパートスパート。お姉さんと一緒に勝つのでしょ?」
「ハイ!」
 羽跡久院 小恋路(aa4907)の呼びかけに若いエージェント達は応える。陣に堀を作り、壁を連ね、製造機を全力で動かして雪玉を次々に量産していく。まるで何かに魅入られたかのようだ。いや、魅入られているのだ。男子も女子も無く、小恋路の持つ、スキーウェアという色気もへったくれも無い格好でも伝わる見た目にそぐわぬ妖しい大人の女の魅力に。
 そんな魅力を持つ女は自らもシャベルを振るいながら配下に向かって艶っぽい声で命じる。
「ペースアップよ。みんな、お姉さんを、勝たせてくれるのでしょ♪」
「ヨロコンデー!」
 魅了のバフが罹ったエージェント達はしゃかしゃか動いてどんどん砦を大きくしていく。凄まじい勢いだ。堀はもう雪を掘り抜き土が見えそうである。遠くでリュカやゼノビアは引き気味にその様子を見つめていた。そんな光景を小恋路の眼を通して見つめ、白兎子爵(aa4907hero001)は思い悩む。
『(違う……やはり僕の知る女王陛下とは違う……)』
 とはいえ、今の光景をよくよく見ると、くらくらになったエージェント達が女王達のために必死で働いている。子爵はさらに悩みを深めた。
『(いや。やはり似ているのかもしれない……これはこれで、子どもの心を縛り上げる女王陛下にそっくりなのかもしれない……うう。わからない……)』
「羽跡久院さん! 雪玉貰っていきますよ!」
 そんな子爵の悩みを少年の声が遮る。黒金 蛍丸(aa2951)だ。詩乃(aa2951hero001)を引き連れ、赤いプラスチックソリにぼんぼん雪玉を載せていく。小恋路はくすりと微笑むと、蛍丸の頭にいきなり手を伸ばして撫で始める。
「ふふ。蛍丸ちゃんもお願いね。勝ったらご褒美あげるから……」
 もちろんご褒美とはハートクイン印のトランプの事である。だが蛍丸、何を考えたのか顔を赤くしてその手を慌てて払い除ける。
「はっ! だ、ダメです! お断りします。僕には心に決めた人がいるんですから!」
「え、えぇ……残念ねぇ……?」
 小恋路は戸惑ったように首を傾げる。詩乃は呆れたように何度も首を振った。
『変な事は考えない方がいいですよぉ。蛍丸様……』
「え? ……あ、こんな事してる場合じゃない! 詩乃、迫間さんがピンチなんだから!」
 青少年特有の豊かな想像力を使ってしまった事に気が付いた蛍丸は、取り繕うように声を張り上げ、ソリを引き引き走り出す。詩乃は肩を竦めると、その後ろをたったと走ってついていく。
『そうですよ。早く雪玉を届けないと……』
 遊夜が詰める簡易トーチカの横を抜け、彼らは一直線に雪山を目指す。その背中を見送り、沖一真は周囲に出来上がった三つの雪玉に目を戻した。金色の髪を風に流し、鉢金を貫く角は光を受けて輝く。まるで乱髪兜を被った若武者だ。得意満面にしている一真だったが、灰燼鬼(aa3591hero002)は今一つ一真のテンションに付いてこない。
『(結局は雪合戦だというのに、ここまでする必要はあったのか、一真)』
「(当然。雪合戦でも合戦だ。戦争だ。俺の策だって負けちゃいないって、アイツらに示してやるいい機会だ!)」
『(そこまでの事か……?)』
『さあて。これで雪玉戦車は完成だな! いよいよ突撃か! ……御屋形様!』
 リオンが声色偽り最後にそっと付け足す。今の彼は藤林栞なのだ。仁菜&リオンではない。本物の栞は、なるべく目立たないよう、忍者らしい動きを一切排して平凡に山の上を指差す。
「行きましょう、御……沖さん」
 その背後には、イメージプロジェクターでその身を雪に紛れ込ませたアル(aa1730)がいた。鷹にもその正体を気取られる事のないよう、身を伏せ、仲間達と言葉を交わす事も無く最初から潜伏を続けていたのである。一真はそんなアルに視線を送ろうとしたのか背後を振り返るが、全く見当違いの方向を向いてしまっている。無論それでいいのだが。
「(ふっふっふ。普段目立つ仕事してるからこそ、気配を溶け込ませるのは得意なのだ)」
『(これもお忍び休暇の賜物ね……どんなことになってるのか離れて見てみたいわ……)』
雅・マルシア・丹菊(aa1730hero001)はぽつりと呟く。アルは目を丸くすると、ぶるぶると首を振る。
「(アイドルにふさわしくないかっこうだよ。地べたにべったりだもん)」
 結局アルをまともに見つけられなかった一真は、諦めてくるりと雪山の方に向き直る。その上の方では、相変わらず征四郎達を相手に取って央がくるくるとぎりぎりの回避を続けていた。最後まで雪山の優位を青組には取らせなかったのである。一真は通信機を取ると、朗々と声を張って言い放つ。
「さあ行こう! 小競り合いで出方を窺う時間は終わりだ。一気に攻めかかる!」

――雪山を登る三つの巨大な雪玉
  それは赤組が練り上げた渾身の奇策だった
  迎え撃つ青組にそれを打ち破る手立て無し
  確約された蹂躙
  だがしかし青組は堅実だった
  勝ちに向かって小さく策を積み上げていた――

「迫間さん! 新しい雪玉です!」
 ザックに雪玉をたっぷりと詰め込み、蛍丸は央に向かって投げつける。飛び交う雪玉を器用に躱してザックを受け取った央は、素早く雪玉を装填して撃ち込む。撃ち込まれたエージェントのスーツからけたたましい音が鳴り響き、背中のバッテリーから白煙が吐き出される。退場の合図。これでもう雪山の青組は征四郎と春翔とテイルしかいない。央は得意気な笑みを浮かべ、じりじりと間合いを詰めていく。
「さあ、どうする。俺はまだまだ戦えるが?」
「くそっ。面倒な奴だな敵に回すと!」
 春翔は苦い顔を隠さない。
『迫間さん、マイヤさん、頑張ってくださいね!』
 押せ押せムードの央に向かって、詩乃は大きく手を振る。隙だらけだが、央がいるせいで征四郎達は狙いを彼女に向けていられない。
『(蛍丸や詩乃が見ているなら、格好いいところを見せないとならないわね)』
「(これ以上格好良くと言っても……流石にこの三人相手にしてこれ以上見栄えよく振舞おうというのも無理な相談だがな)」
 央は額に汗を浮かべながら相手を見つめる。テイルが持ち込んだグリードから雪玉をぽいぽい取り出してきて、躱しても躱しても相手は息切れしない。
「紫征四郎さん! これが追加の雪玉です!」
 おまけに玉を撃ち切らせたと思ったら夜宵がすかさず雪玉の詰まったバケツを置いていなくなる。ずっと膠着状態が続いていた。

「ねえ英斗、紫征四郎さん、やっぱり間近で見るとカッコイイわね。それでいて、能力者はかわいい女の子なんだって!」
『(いいから、戻るぞ。最終局面のための準備があるんだろう)』

 だがそんな行き詰まりももう終わりだ。テイルは何となく麓の方を見て、一気に顔を青くする。一真達が束になり、ぐいぐいと巨大な雪玉を三つ彼らに向かって押し上げているのだ。
『うわっ! アイツら本気であんな雪玉こっちに向かって登らせてきてるんすけど!』
「(……カイが来てたら、強引に押し返せたかな……?)」
『でも参加前に配られたルールブック見て、あの人もぉまぢむりっつって炬燵に引き籠ったじゃないすか! もうどうしようも無いっすよ……』
「(そんな事言ってなかったでしょ……でも確かに私達でアレを押し返したりするのは難しいかな……)」
「とはいっても、ここを抜かせてしまったら本陣は総崩れになってしまいますよ! あんな雪玉が山の上から突っ込んできたら雪の壁なんてぺしゃんこです!」
「それが嫌ならまずは俺を倒さないとな」
 必死に雪玉を撃ち込んでくる征四郎に向かって央はすかさず茶々を入れる。流石にその挑発に乗って体勢を乱してくるような事はしないが、思考の余裕は着実に奪っていた。
『(どうするか……普段だったらあんなの飛鷹でザックリなんだが)』
「雪玉じゃ無理ですよ……」
 その横で雪玉戦車を見下ろしていた春翔達は、早口でまくし立てあう。
『とりでマッチ! ゲームが違ってるぞハルト!』
「げげ……俺そのゲームチェックはしたけど結局そんなに触ってないんだが……」
『ふざけんな! 負けるだろハルトこのままじゃ! いいのかそれで?』
「いいわけねーだろ! ここでも負けたら本気で負けっぱなしだろーが!」
 アリスの軽口に噛みつき、春翔は歯をぎりぎりさせて雪玉戦車を睨みつける。雪玉が大きすぎるせいで上から転がし手を狙えない。
「さーて! どんどんどんどん押してきますよ! 春翔さん覚悟してください!」
 下からは一真が声を張り上げてプレッシャーをかけてくる。彼らはこの作戦で青組の総崩れを狙っているのだ。事実、雪玉を前にして手練れの三人が押されている。
『(くっそ、どうするか……)』
 そんな時、三人のインカムに連絡が入ってくる。構築の魔女だ。
『無理に受ける必要はありません。これより私達も攻勢を仕掛けます。三人で一斉に赤組本陣へ切り込んでください。向こうも手薄です』
「で、ですが、いいのですか? ここを抜かれたら……」
 慌てたように征四郎が声を上ずらせるが、青組本陣の真ん中に両の脚を伸ばして立つ魔女ははっきりと首を振る。
『構いません。こうなってしまった以上、遅かれ早かれ本陣は陥落するでしょう。ですが、良いのです。このゲームは本陣が落とされたら負けではありません。一人でも生き残り、相手よりも先に旗を奪えばいいのです。そのためには、今攻めるしかありません』
「仲間の屍をも乗り越え、目的を達する、か。いろんな局面で考えさせられることだな……」
「残酷な選択を迫られる時がある……今が雪合戦で本当に良かったです」
 央の放った雪玉を躱しつつ、春翔は呟く。春翔はゲームの話をしているつもりだったが、それを聞いて、征四郎はエージェントとして戦う事の悲愴な一面を思い起こしてしまった。テイルはそんな征四郎に思わず戸惑う。
『いや、何シリアスになってるんです? さっさと行きましょうよ!』
「そうですね! 行きましょう!」
「(さあ、ここからが本番ね!)」
『(一気に特攻だ。突っ込め!)』
 紗希とガルーも相方に活を入れる。
『全員、突撃!』
 三組は一気に赤組側の麓目掛けて駆け出した。一気に跳び上がり、転がる三つの大雪玉にそれぞれ着地する。そのまま下から見上げている赤組メンバー達に得意な顔を見せつけると、さらに跳び上がって彼らの背後へと抜けた。一真や栞が慌てて振り返って雪玉を撃ち込むが、それには構わず突き進んでいく。
「(あれれれ。まずいんじゃないの、リオン)」
『……大丈夫! きっと大丈夫! みんななら堪えてくれる! 今やるべきは青組の陣地を落とす事! そして旗を取る事! そうですよね御屋形様!』
 坂をたったか降りていく三人を悔しげに見送っていた一真だが、リオンの言葉を聞いて力強く頷いた。
「そうだな。一気に押し込む! そして青組よりも早く旗を持ち帰る! それで勝ちだ! 行くぞみんな!」
「はい!」

「てぇぇえええやぁぁあああああ! 勝つのは、私達だぁぁああああっ!」
 レガトゥス級の愚神へと立ち向かうくらいの気合を込めて叫び、征四郎が真っ先に赤組の要塞へと切り込んでいく。それを見て真っ先に動いたのは凛道とゼノビア。
「さあ、せーちゃんが来たよ。お出迎えしてあげよう!」
『はい!』
(行きます!)
 リュカの号令を受けて頷き、ゼノビアはこっそりと堀の中へ飛び込み、凛道はスノーシューターを構えて征四郎と向かい合う。
『紫さん! そしてガルーさん! 絶対に勝ちは譲りませんからね!』

「あそぉおおおおッ! 覚悟しやがれえええ!」
『ここらでちょっくら脱落してもらえませんかね!?』
 春翔とテイルが叫んで麻生の篭るトーチカに襲い掛かる。
「うおっ。お前らが来たか……だが、こんなのはどうだ?」
『(ん……飛んで火に入る、夏の虫……)』
 一瞬目を丸くし耳の毛を逆立てた遊夜は、傍に突き立てておいた三本のスノーシューターを纏めて取り、雪玉を受けながらも次々に引き金を引いていく。百発百中の名手が放つ雪玉を躱せるわけも無く、二人はまとめて背後に吹っ飛ぶ。
『うわわわっ! ユーヤめ、やりやがる!』

「俺ちゃんに、みんな続くんだぜ!」
「はい。全力で従います!」
 雪原を先頭切って走る千颯、その隣を行くガルシア。その背後には五人のエージェントと、輜重隊を務める夜宵が続く。彼女は両手にバケツを持ち、腰にそりを括り付けて走っていた。
「ああ……自分から名乗り出た事だけど……やっぱり私も直接戦いたいわね……」
『(もう、そのバケツの中身いっぺんにひっくり返せばいいんじゃないか?)』
「ナイスアイディア!」
『(やめろ。躱されたらそれでおしまいだ)』
 それを迎え撃つは小恋路率いるエージェント軍団。数撃ちゃ当たるの気概で、全員シューターを構え横並びに立っている。
「ふふ……みんな、臆せず迎え撃つのよ」
「イエス、マム!」
 引き金が絞られ、千颯達に向かって一斉に雪玉が飛んだ。

「さあ、今こそ好機!」
「……!」
 杏子と恭也、それに従うエージェント達が森林から素早く飛び出す。狙うは本陣の旗印ただ一つだ。しかしその目の前に、国塚深散、黒金蛍丸、詩乃がすかさず立ちはだかる。
「抜かせはしません!」
「通るなら、我々の屍を越えてもらいます」
『……という事みたいです』
 次々に放たれる雪玉。エージェント達は躱しきれずにその雪玉を受けてしまう。伊邪那美は感嘆した。
『(やる気満々だよ、みんな)』
「三人だけとはいえ一筋縄ではいかない。気を引き締めてかかれ」
「はい!」
 三人を包囲するように動くエージェント達。その枠からこっそり離れて、杏子は気を窺おうとする。テトラの献策だ。
『(気を見て後ろに抜けるんだ。ここで足止めされてる意味はない)』
「(わかってるわかってる!)」

 一方、一真達は今まさに大雪玉を三つ、青組の陣地に向かって一斉に転がしたところだった。雪玉はぐんぐんと加速し、さらにその大きさを増しながら陣地に向かって突っ込んでいく。多くの兵を従え、乱髪の大将は一気に坂道を下っていく。
「進軍! 進撃! この勢いで押し潰せ!」
「応!」

『来ましたね……全員、衝撃に備えてください!』
「はい!」
 数百キロあってもおかしくない雪の塊が迫る。構築の魔女はスノーシューターを構えて周囲に呼びかける。守備兵団は全員頷き、分厚く作り上げた雪の壁に身を潜める。雪山の上から、鬨の声が響き渡った。
「三……二……一……!」
 ずしりと響く衝撃。壁に衝突した雪玉が砕け、濛々と雪の煙が巻き上がる。最前線に立っていたエージェントは思い切り飛ばされて本陣の真ん中まで転がされていく。
「行けェ! 一気に攻め落とせ!」
 一真は次々にスノーシューターの引き金を引く。撃ち終わったシューターは隣のエージェントに投げ渡し、エージェントは装填の終わったシューターを投げ返す。装填の隙を見せないための策である。前線に立ち目立つ大将に、エージェント達は当然反撃の矛先を見せる。だが――
『御屋形様には触れさせません!』
「触れさせません!」
 割れた雪玉の中から、突然飛び出してくる黒い雪合戦スーツを着込んだ四人のエージェント達。まるで忍者のようにシャカシャカ動き、一真と共に一人のエージェントを葬り去る。彼女達は全員同じ顔。同じ姿をしている。藤林家秘伝の分身術だ。
「藤林栞! 全力で御屋形様をお守りいたします!」
 そしてドン引きするイリス。栞達(しかも本物はいない)の愛情を見て震えてしまう。
「うわっ……控えめに言ってコワイぞ……」
『(引いてる場合ではないな。攻めていった仲間が帰ってくるまでの時間稼ぎをしなければ)』
「わかってるよ! 藤林軍団、かかって来い! ボクが全員まとめて相手してやる!」
 守るべき誓いを打ち立てたイリスに向けられる五つの銃口。彼女は目を閉じ、ライヴスを限界まで研ぎ澄ませる。その瞬間に飛んでくる大量の雪玉。イリスは素早い身のこなしでスノーシューターを振り回し、次々に雪玉を叩き落としていく。心の眼で見れば、決して打ち落とせない玉ではないのだ。
「射撃なんてボクには効かない! ほらほら、どんどん撃ってこい、どんどん!」
『(ハハッ。効果切れたら大変な事になっちゃうねぇ)』
 必死に挑発して相手の注意を引こうとするイリス。アイリスはからからと笑った。
「(その時はその時。いざとなったら相手の雪玉を五個も使わせられると考えればいい)」
『(すっかり発想が盾としてのそれになってしまったな)』
「いつもと同じ! 自分を擦り減らして他人が守れるなら、それでよし!」

「ハッ!」
 央は何とか携帯を許されたEMスカバードを雪原に突き立て、それを踏み台にして一気に高く跳び上がる。イリスや六花達と対峙している一真達の頭上を越え、一気に構築の魔女が守っているフラッグに迫ろうとしていた。しかしそんな彼の脇腹を、一発の雪玉が貫く。強烈な溜め撃ち。空中でバランスを崩した央は前線へと押し戻される。
「ぐぅっ! ……少し、油断したか」
『(……そうね。青組には彼がいたわね)』
 央は起き上がって目の前に立つ皆月若葉を見据える。彼はスノーシューターを構え、不敵に笑う。
「すいませんね! そう簡単には抜かせたりしませんよ!」
『(胸を張ってられるような状況でもないだろう。一発当てたくらいで油断はするなよ)』
「(わかってるって!)」

「んんん……? 何だこの人、やけに動きが軽いよ……?」
 六花は先陣を切って雪玉を投げつけてくるエージェントを見つめて呟く。顔をフードで隠した彼女。その動きは軽やかで隙が無い。青藍も首を傾げる。
「何だか忍者っぽいよね……」
『(なら確かめてみればいいんじゃない?)』
「そうだね! てりゃっ!」
 アルヴィナに合わせるように、六花は突然飛び出して少女のフードの後ろを掴む。雪玉を避ける事に必死の彼女は、それを避ける事が出来なかった。フードがぐいと引っ張られ、後ろに下がる――
「ふ、藤林さん! こんなところにも藤林さん!」
 白いコートでエージェント達の中に混じり込んで沈黙していたのは、他ならぬ藤林栞であった。イリスはそれを見て目を瞬かせる。
「え? え? じゃあこの人達全員偽物なの?」
『そのとぉーり!』
 一人の栞が突然叫び、空高く跳び上がった。帽子を脱ぎ捨てると、白い兎の垂れ耳が露わになる。
『ここにあるは藤咲仁菜とリオン・クロフォード! はっはっは! 見て驚け!』
「(耳蒸れちゃったよ……)」
 リオンの口上に全員が思わず気を取られた。その隙に、青組の背後へ新たな刺客が突っ込んでくる。
「うおおおおっ! 旗取ってやるうううッ!」
 一人目はやけっぱちになった五十鈴。スノーシューターも投げ捨てて、一直線にフラッグに向かって突っ込んでくる。
『南側が手薄になった今こそ好機! 続け!』
「(ナイスなタイミングね!)」
 それを追いかけるように、鴇とエージェント達が全速力で押し寄せる。魔女は目に怜悧な光を宿らせて五十鈴達を見渡す。
「第一、第二小隊、彼らを迎え撃ってください。六花さんと澪河さんも! 残りはそのまま同じ者との戦線を保ってください!」
「はい!」
 六花と青藍は地面に突き立ててあったスノーシューターを次々と取り、五十鈴達に向かって次々に撃ちかける。
「くっ……こんな、こんなところで負けるかあああっ!」
 オタク特有の演技がかった自棄叫び。しかし青組は容赦ない。てきぱきと五発当てきり彼女を退場に追い込んだ。しかしその死は無駄ではない。一気に鴇達が間合いを詰める。
「私達だって、負けてられないんだよ!」
 うきうきな口調で六花は鴇に銃口を向ける。鴇もまたシューターを彼女に向けて雪玉を放つ。二人の雪玉がぶつかり砕けた――

「(……ロ)」
『……ええ、しますよね。厭な予感が……こんな時には伏兵が必ずいるものです』
 構築の魔女は周囲の気配に神経を集中させようとする。しかしそんな時、空から一羽の烏が飛んできた。カアカア叫んで足に掴んだ雪玉を魔女に向かって放り投げてくる。無視する事も出来ず、魔女はそれを躱す。しかし、そうして彼女の注意が逸れた瞬間、雪に紛れていたアルが迷彩を解いてさっと飛び出した。魔女はハッとしてスノーシューターを向ける。しかしもう遅い。アルは飛び込み、雪に突き刺さったフラッグをその手に掴んだのである。
「よぉし、もらったよ!」

「うわわっ!」
 征四郎はゼノビアの投げたサンタ捕縛用ネットに捕まり、地面に倒れ込んでしまう。凛道はスノーシューターを構え、得意げにつかつかと歩み寄る。
『ガルーさん。今回は僕の勝ちのようですね』
 ぽんぽんと撃ち込まれる二発の雪玉。途端にけたたましい警笛が鳴り響き、征四郎の離脱を伝える。しかし征四郎達は落ち込む事など無い。得意げな笑みを浮かべていた征四郎の目つきが急に鋭くなり、にやりと歯を剥き出す。
『俺に勝ったって仕方ねえんだよ。そう思わないか、りんりん?』
 凛道とゼノビアは目を見開く。広がるゼノビアの視界の先に、レティシアは一つの影を捉える。
『(おい、ゼノビア! 向こう見ろ!)』
「(え?)」

「隙ありっ!」
 恭也率いるエージェント部隊に深散達が囲まれているところを突いて、杏子は一気に旗へ向かって駆けだす。前線に押しやる形で防衛体制を取っていた赤組の面子はその虚を突かれ、一瞬対応が遅れてしまう。そのまま杏子は、赤組の旗を素早く引き抜いてしまった。
「よし、取ったわ!」
『(油断したらいけない……)』
 テトラが呟く。彼女の言う通り、凛道やゼノビアなどが一斉に彼女へ向かって銃口を向けている。ネズミ一匹出られそうな状況ではない。直感的に、彼女は自らの死を悟った。盾を張れば多少は凌げるかもしれないが、それだけだ。後が続かない。どうすればいい。彼女が顔を顰めた瞬間、その答えは突っ込んできた。
「こっちだ!」
 ジェットブーツを起動し、一気に上空高くまで跳び上がった春翔が叫ぶ。その派手な動きに、一瞬エージェント達の照準がぶれる。その隙に杏子は旗を鋭く上空に投げ上げ、ついでに春翔へシールドを張った。次々に放たれる雪玉がシールドに弾かれ、春翔は無事に雪原へ舞い降りる。そんな彼に向かって再び雪玉が嵐のように飛んできた。しかし彼は慌てず騒がず、再び駆けだした杏子に向かって旗を投げ渡す。そのまま彼は一心に雪玉を受け、そっとその場に倒れ込んだ。

「よし……」
『後は、任せたぞ……』

「そう簡単に行かせるか!」
 遊夜はトーチカから飛び出し、スノーシューターにライヴスを充填しながら狙いを定める。そして引き金を引くも――
『(……ん?)』
「(ジャムった!? どうして……!)」
 雪玉が出て来ない。詰まってしまったのだ。それを見た千颯は、得意げに胸を張る。
「まさか遊夜ちゃんに当たっちゃうとは! 俺ちゃんの残したザックの雪玉は偽物! それを装填すると、形の歪んだ弾が固まってスノーシューターに詰まっちゃうって寸法だったんだぜ!」
「……虎噛さん! あんたのいたずらか!」
 余裕を失くして思わず叫ぶ遊夜。普段なら手触りや装填の感覚で間違いなく気づいたはずだが、春翔とテイルに囲まれ必死に応戦していたせいで弾の違いに気付けなかったのだ。
『(まさか本当に引っかかるとは思わなかったでござるよ……)』
「一時はどうなるかと思ったが、これならいけそうなんだぜ……!」
 千颯は足元に光を放つ。杏子はその光を受け、森林の新雪をものともせずに駆け抜けていく。
「あらあら、まずいわね……」
 小恋路は仲間と共に彼女を追いかけようとするが、その目の前に素早くテイルとガルシアが滑り込む。二人は両腕を広げ、エージェント達の往く手を遮った。
『にゃはは! そうはさせないっスよー!』
「ここは通しません」

「く……」
 深散は恭也の放った雪玉を転げて躱し、そのまま森林へと杏子を追いかけた。森の中へと飛び込み、義足の出力を上げてその後を追う。雪は幸い浅い。この程度なら足を取られる事もない。
「あっ」
 しかし、不意に足元がざっくりと崩れた。落とし穴である。深散は反射的に態勢を立て直して雪穴に嵌まる事だけは避けたが、その一瞬で一気に杏子との距離を離されてしまう。
『あらら。罠に気を張っておけばよかったね……』
「く……でもまだ、水際で止める事は出来るはずです……」

「旗を守って! ここで抑えるんだ!」
 若葉の叫びに応じ、エージェント達が一斉にアルに狙いを定める。何とか身を躱していくが、これではいつまでたっても動けない。そこに駆け付ける央。
「こっちに旗を渡せ!」
「はい! ボクの代わりに、これを向こうに届けて……!」
 アルはエージェントと央の間に立ちはだかって旗を手渡す。そのまま振り返ると、両手を広げて大量の雪玉をその一身に受け、はその場にぐらりと倒れこんだ。
『(今の感じ、決まってたわねアルちゃん)』
「(うん……銃撃戦の演技も、出来るよこれから……)」
 次々に飛んでくる雪玉を旗で薙ぎ払いながら、央は張り巡らされた堀を抜けて陣地を出ようとする。手の空いたタイミングに鷹も飛ばし、相手の状態もしっかり頭に叩き込んでいく。
『(このまま真っ直ぐ。虎噛さんには繚乱を当てましょう)』
「(ああ。わかった)」
魔女は央を指差し叫んだ。
「迫間さんに当てようとは考えないでください! 行く手を塞いでください!」
「そうは行かせない!」
『行かせないよ! 俺らの勝利のためにね!』
 一真とリオン率いる偽藤林軍団が一斉に飛び出し、動くエージェントに向かって次々雪玉を放って彼らを落としていく。若葉と魔女はそのカバーへ入ろうとするが、目の前に立ちはだかる鴇と本物の栞がそれを阻む。
「御屋形様の勝利のため、ここは通しません!」
『そういうことだ』
「……いやぁ。参ったなぁ……」
 青組の陣地で脱落を知らせる警笛が激しく鳴り響く。央はそんな彼らを尻目に、真っ直ぐに雪原を突っ切り赤組の陣地を目指した。そこへ立ちはだかる夜宵。手には一杯のバケツを以て、彼女は仁王立ちする。
「ただでは通さないわよ!」
『(マジでやるのか……)』
 夜宵は一気にバケツの中の雪玉をばら撒いた。ちょっと当たる分にはともかく、思い切り踏み抜いたら完全にアウトだ。簡易的な地雷である。もちろんそんなものはものともせず、夜宵ごと央は彼女の頭上を飛び越えていく。そのまま、自分を狙う千颯に向かって黒薔薇の花弁を纏う雪玉を投げつける。躱しきれなかった千颯は、薔薇の花弁に視界を奪われ央を見失ってしまった。
「うわっ! やられたんだぜ……」

「陣地が、見えた!」
 森を突っ切り杏子は青組の陣地を目前にする。気付いた鴇は、身を翻して仲間と共に森の中で彼女を迎え撃とうとする。しかし、雪の中に足を踏み入れた瞬間、エージェント達の間で激しい警笛が鳴り響く。脱落の合図だ。
「そ、そんな!」
「何が起きてる!」

「かちたいのでつかってしまいましたが、やはりじらいはきたないさくせんですね……」
『非人道兵器の名は伊達じゃないからな』

『く……』
 雪玉地雷原を前にし、思わず鴇は足を止める。その隙に杏子はその脇をすり抜けた。最早遮るものは何もない。自陣を目指して最後のスパートを掛ける。



「負けない……絶対に!」
 必死に壁となって立ちはだかろうとする青組エージェント達を躱しながら、央は赤組の陣地へ一気に――

「これで、決まりよ!」
 鴇が反射的に投げつけた雪玉が届く前に、杏子は青組の陣地に向かって槍のように旗を投げつける――



 終了を告げるホイッスルが鋭く鳴り響く。青組の陣地には赤い旗が突き刺さり、赤組の陣地には青い旗を掲げた央が立っている。どちらが先に辿り着いたか、傍目からではわからないほどの僅かな差だった。結果は各地に設けられたカメラによるビデオ判定に委ねられることになった。果たしてその結果は――



『この勝利は、みんなで掴めた勝利です。皆さん、ありがとうございました。乾杯』
 構築の魔女の音頭で、めいめいのグラスが掲げられる。勝利したのは、落とし穴や地雷で帰り道の妨害に対する処理を忘れなかった青組であった。彼らは無事、ホテルでの立食ディナーを手にしたのである。
「皆の動き参考になったね」
『……ああ。雪合戦も奥が深いものだな』
 若葉達が頷き合っていると、傍に恭也、征四郎、千颯組がやってきた。
「皆月、お前達が時間を稼いでくれたおかげで撤退が間に合った。感謝する」
『あと一秒も向こうが速かったら負けてたよ……』
 珍しく、ほんの数ミリ頬を緩める恭也と、その隣で安堵したような表情の伊邪那美。征四郎はにこにこ笑顔で彼らを見上げる。
「みなさんおつかれさまでした。ぎりぎりでしたね!」
『ぎりぎりでも、勝ちは勝ちだ。あいつら、今頃どこで飯食ってるやら』
 ローストビーフに舌鼓を打ちながらガルーは悄然として去っていった赤組の面々を思い起こす。その中には当然彼らの友人も混ざっていた。千颯と白虎丸は揃って首を傾げる。
「ラーメン喰えって言われたんだしラーメンじゃないか?」
『だが大勢で安く食べるには焼肉という線もあるでござる』
 友人同士で話に花を咲かせる彼らを横目に、イリスはほんの少しだけ居心地の悪そうな顔をした。彼女は友人を全員負かしてしまったからである。
「うむむ。蛍丸さんに誘ってもらったのに、ボクだけ勝っちゃって何だか申し訳ないな……」
『仕方あるまい。勝負とはそういうものさ』
 アイリスはさらりと微笑んだ。
 エージェントの中でも高い実力を持つメンバー達の集団。彼らを遠くで眺めながら夜宵は感嘆の色を込めて呟く。
「はあ……こうしてみるとすっごいメンバーが揃ってたのね……共鳴するの初めてだったけど、何とかなるものね」
『そうだな。それにしても、この教科書、必要だったか……?』
 その後ろでは、そそくさとテーブルを拭いているガルシアが。レティは首を傾げてそんな彼女の様子を見守る。
『何で掃除してるの、ガルシア』
「……どうしてなんでしょう。レティ」
 一方、今回始終行動を共にしていた六花と青藍は互いにぺこぺこと頭を下げあっていた。
「……ん、ありがと、澪河さん」
『助かりました』
「いえいえ。こちらこそ……」
 望み通り勝利を手にした杏子は、頬をほんのりと赤くしながら新たな酒を飲み干す。テトラはそれをただただ見つめていた。
「あ、この白ワインおいしいわねぇ」
『(やっぱりこの人酒しか飲んでないな……)』
『にゃはー! おいしーこれ! 姐さんの料理と同じくらいおいしー』
「ちょ、ちょっと。テイル。もう少し大人しく……」
「はっはっは。いいだろ。どうせこの部屋貸し切りで俺達しかいないんだしな」
 テイルは満足げに料理を取ってがつがつと食べていく。そんな彼女に、紗希は恥ずかしそうな視線を向ける。そんな二人を眺めて春翔は満足げに笑う。他ならぬ相棒に辛酸をなめさせられてから、ようやく掴んだ勝利だった。だが彼は気付かない。彼に近づく本当の敗北に。
『(ふひひ……時は満ちた。アリスの戦いは今ここにようやく決するのだ……)』
 春翔の背後に迫るアリス。その手には、アルスマギカが握られていた――







 えーと、一方……

[遊:なあ、リーヤ。機嫌直してくれないか? せっかく焼き肉にしてもらえたんだし……]
[ユ:むー!]
[木:あ、リーヤちゃん、それまだ生焼けじゃ……]
[ユ:狼、だから……]
[凛:勝負に勝って試合に負けるとはこういう事ですか……悔しくてなりません]
[ゼ:(もぐもぐ)]
[レ:まあな。……でも、これはこれでいいだろ。結構いい肉だ、これ]
[ゼ:(もぐもぐ)]

[ア:というかこのボイレコなに……ボク達はもう声だけって事? ひどいよ]
[雅:あはは……写真はあたしが撮るから心配しないで]

[央:俺が後もう少し速ければ勝てたのか……? そしたらこんな雑な扱いには……]
[マ:もう少し鍛錬が必要だとわかっただけいいのよ、きっと……]
[沖:いえいえ。迫間さんがいなかったらもっとボロ負けしてましたよ。雪山ずっと一人で戦ってたじゃないですか。それがなかったらそもそも雪玉完成してなかったです]
[央:そうですか……役に立てたようで良かったですよ]
[栞:おやかたさま……かてなかったです……]
[沖:わかった! わかったから離れよう! 飯食えない!]
[蛍:ひ、膝枕……]
[詩:いつもいつも大胆……蛍丸様も、あの方にしてもらったらいいのでは? 膝枕……]
[蛍:ええ!? い、いや、まだ早いよ……]
[灰:月夜がいなくて良かったな。一真……]

[リ:なあニーナ、楽しかったかい? 元気出た?]
[仁:リオンの方が楽しそうだったけど……でもありがと、リオン]

[小:負けてしまったわね……でも、最後まで戦ってくれて嬉しかったわ。ありがとう皆]
[モ:アザッシター!]
[兎:何なんだ、これは……]

[五:(もぞもぞ)]
[タ:また引きニート根性発揮しているんですか。いい加減人に慣れなさい]
[五:う、うっさい!]

[霰:結局逃してしまった……高級料理……!]
[鴇:いやー、でもこの甘酒美味しいよ?]
[霰:何で甘酒出るのこの店……]

[九:それで、仁科さんはどうしてこっちにいるんです?]
[恭:いやあ、私は主催者であって勝者ではないですから。それにこっちにいた方が楽しそうですし]
[深:仁科さん。今回は貴重な体験をさせていただきました。今まで貴方の事を見くびっていたようです。本当に申し訳ありません……]
[恭:は、はい? ナンノコトデショウ……?]
[深:え?]
[恭:え?]
[九:(やっぱり面白い事になったか……)]


 かくて晩冬の夜は過ぎていく。今回の戦いは映像として記録され、戦術として参考に出来る部分を探っていこうという運びとなった。それだけではなく、青組達のディナーでの色々も特典として付け足したDVDに、どこかの番組のノリで不憫な赤組達の晩餐の様子を切り取ったCDも付けて売りだそうという作戦も芸能課に持ち込まれて画策されているとかいないとか。

 何はともあれ、主催者である仁科恭佳の想像以上に、雪合戦は激しく熱く盛り上がったようである。どんな事にも一生懸命になるエージェント達は、任務続きの毎日を生きるための活力をこの雪合戦で再び得たようだ。


 ……逆に消費してしまったような気もするが。


気付いたらいつの間にか本当に冬季山間戦闘演習になっていたような気がするエクストリーム雪合戦 END

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • 赤い日の中で
    スワロウ・テイルaa0339hero002
    英雄|16才|女性|シャド
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 銀光水晶の歌姫
    アルaa1730
    機械|13才|女性|命中
  • プロカメラマン
    雅・マルシア・丹菊aa1730hero001
    英雄|28才|?|シャド
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • Foe
    灰燼鬼aa3591hero002
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548
    人間|16才|女性|回避



  • 妙策の兵
    望月 飯綱aa4705
    人間|10才|男性|命中
  • 妙策の兵
    綾香aa4705hero002
    英雄|17才|女性|ジャ
  • 守りもてなすのもメイド
    Гарсия-К-Вампирaa4706
    獣人|19才|女性|回避
  • 抱擁する北風
    Летти-Ветерaa4706hero001
    英雄|6才|女性|カオ
  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • 鎖繋ぐ『乙女』
    羽跡久院 小恋路aa4907
    人間|23才|女性|防御
  • 妙策の兵
    白兎子爵aa4907hero001
    英雄|26才|男性|カオ
  • 闇に光の道標を
    新城 霰aa4954
    獣人|26才|女性|回避
  • エージェント
    都呂々 鴇aa4954hero001
    英雄|16才|男性|シャド
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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