本部

夢、いりませんか

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/04 20:41

掲示板

オープニング


 僕は家を出た。家だけでなく、社会からも脱出した。夜道を歩くだけ。電灯の明かりと家から漏れる明かりしかなくて、それ以外に人気はあんまりない。子供の頃、この道は怖くて一人じゃ通れなかった。
 いい加減うんざりしていたのだ。一人暮らしをしようにも手続きをために区役所にいって、なんやら儀式みたいな事をしなければならない。外国にいこうにも、なんだってんだパスポートって。面倒くさい。七面倒くさい。
 このままじゃ本当の意味での自由なんかもらえないと思った。何千年も前の原始時代に帰った方が、今より何倍もマシに楽しく暮らせるに違いないとな。
 いやだって、都会の夜空を見てみろよ。星が見えればラッキーだ。
 今は夜道を歩くだけ。電灯の明かりと家から漏れる明かりしかなくて、それ以外に人気はあんまりない。子供の頃、この道は怖くて一人じゃ通れなかった。
 僕はもうこりごりだった。手続き、福祉、保険、法律……そんなもの全て勘弁だ。
 僕は大人じゃない。まだ高校生であり、一人で生きていくには何もかもが足りないと大人はいうだろう。その時に使えるQ&Aはもう揃っている。
 Q.家はどうするの?
 A.公園があるだろ。
 Q.お金は?
 A.原始時代に金なんてねえよ。
 Q.悪い人に襲われたらどうするの。
 A.子供扱いするんじゃない。
 Q.どうやって生活していくつもりなの。衣食住は?
 A.服なんて今のが着られればそれでいい。食? それは――考え中だよ。
 掃き溜めで食事を探すのは少し抵抗がある。自分でも自分が情けないと思いもする。社会を出る覚悟があるなら、甘ったれた事言えないんだとそれくらい分かってる。でもやっぱり抵抗があるだろ。
 大雑把な計画を立てて家を飛び出した今夜だが――ああもう、じゃあどうすりゃいいんだよ。社会に大人しくしたがってろって言うのは嫌だ。だからといって汚物を食べるのも嫌だ。
 なんだよ……八方塞がりかよ。
 家を飛び出したのはもれなく、親子喧嘩だ。家を出てけって言われた、だから出てった。それだけの事だ。行く宛は考えてなかった。公園でいいやと思っていたが、良く考えれば今日は寒い。
 天気まで僕の邪魔をするのか。昨日は暖かかっただろ?
 風邪を引いて家に帰るのは面倒だ。仕方なく、携帯を使って一晩泊めてくれる友人を探した。十何人かいる携帯のリストの中に片っ端から電話をかけて、ようやく一人見つかった。
「マジか! すげえ助かった……ありがとよ」
「気にすんな。親と喧嘩した時、家に居づらいって気持ちは俺も分かるからさ」
「感動するな。もう愛してるレベルで」
「きもいぞ。そういや夕飯は?」
「いや、まだ」
「あー……一応俺の所の親はうちに来なさいって言ってるから、飯もここで食うといい。あ、ただ、お前の所の親には一言言うってさ」
「う、うん。まあそうだよな」
「そこは我慢しろよ。お前はただうちにきて泊まるだけでいいからな」
 本来なら、僕は泊まる事すら許されないんだろうよ。大人はみんなこう言う。大人しく家に戻って謝罪しろって。だっつん――友人の親はその類の大人とは少し違ってるという事だ。
 少しは気持ちが分かってくれてるって事なのか? いや、なんか深く考えるのが面倒くせえ。
 って所でさっそく僕はだっつんの家まで歩いていく事になった。
「やあやあそこの君!」
 ちょっと僕はビビった。後ろから声をかけられて振り返れば、ピエロみたいに派手な髪とマスクを被った女がいたんだ。服もピエロっぽく華やか。派手という言葉は、この女のためにあるもんだともいえる。イメージカラーを言うとすれば、ピンクか?
「な、なんですか」
「ウチはみんなに夢を届ける魔法の芸術家! キョッキョだよ! 知ってるかな?」
「いや、知らないんですが。……急いでるんで」
 怪しい宗教の類の連中か。時間の無駄だな。急いでだっつんの家にいこう。
「ちょっと待ったぁ! 君、親と喧嘩して飛び出してきたでしょ?」
 誰だってそんな事を言われたら足を止めるだろ? なんで知ってんだよ。
「図星だね! それで家を飛び出して、ふむふむ、友達の家に向かう所だったかな?」
「占い師の人ですか」
「半分正解! でもウチは夢の芸術家だから。――ウチに任せればね、なんでも願いが叶うんだよ。これは本当にね?」
「……いえ、急いでるんで」
「無料で夢を提供するよ! 君は家を飛び出して、その後どうするつもりだったんだい? 家なんかない、食事もまともにとれない、睡眠だって。人間って楽な方に行こうとするのが自然だから、君はどうにでもなると思っているだろうけど、……無理だよ?」
「何とかしようと思っているんで。……お金もないんで」
「ああ安心して! ウチは宗教とかそんな類じゃないよ。お金も取らない。ただただ、夢を提供するだけ。魔法を。暇つぶしにはなるよ?」
 確かにまあ、面白そうだとは思った。声から察するに、この人は結構美人だろうし。……っていうか、場合によっちゃこの人、頼れるんじゃないか? 話を聞く限り、家とかも貸してくれるんじゃ?
「あまり時間はかからないですか」
「勿論! 君の自由だよ。ウチはただ夢をプレゼントしてあげるだけ」
「……じゃあ夢、ください」
 暇つぶしになればいいか。友人の家には後で電話しておこう。少し遅れるとな。


 ここ連日、老若男女の行方不明事件が相次いでいた。警察の調べでは何一つ犯人像が出てこない。高名な探偵をもってしても、動機、犯人の年齢予想が分からないのだ。
 各地で行われる行方不明事件。警察はついに、リンカーの助力を求め始めた。犯人が従魔や、愚神の可能性も秘めていたからだ。
「そういう事で調査する人達を使って全国を回らせてみたんだけれど、愚神と思われるライヴス反応があったの。それも、行方不明になった被害者の現場の近くにね。だからこの事件の犯人は愚神っていう所に行き付いたのよ。拠点となるでしょう場所も特定されてるわ。ただ、その場所っていうのが海の下だから、そこから先は不明点が多いの。その不明点をあなた達に解明してもらうわ」
 海の下に沈んでいる愚神の拠点。リンカー達に任されたのはその拠点の調査と、愚神の排斥だ。


 ここはどこだ? 僕はどこにきてんだ。
 少し眠ったと思えば……。なんだこりゃ。このベッド、フカフカだな。
「お目覚めですか、ご主人様」
 僕の事か? メイドさんみたいな人が突っ立っている。……美人だ。
「ここ、どこですか」
「ここはご主人様の住まわれる家ですよ」
「ここが? 冗談だろ。なんだってここが」
 ――夢を無料で売る。そんな事を言っていた女がいた。という事は、本当に夢を売ってくれたってのかよ。
 おいおい、マジかよ。最高じゃねえか。
「今日の朝食は?」
「一流のプロの作ったステーキでございます。ご主人様のオーダーメイドです」
 マジかよ。

解説

●目的
 愚神拠点の調査と、そこに住んでいる愚神の討伐。

●拠点について
 日本海の下、光のない深海の下にある真四角の施設。外部からの圧力に耐えられるよう、非常に強い素材に強力なライヴスを注入している。
 建物はドーム状になっている。足場が安定せず、左よりに傾いている事も特徴。
 施設内は三つの部屋で構成されている。入り口から入ってすぐ右の部屋には愚神の部屋。人間の子供の部屋のように玩具等がたくさん置いてある。
 向かって左の部屋は裏口に通ずる部屋となっており、人間を地上からここに運ぶための装置をしまう場所となっている。
 入口から入って正面の部屋は通称創作室で、そこに行方不明の人々が連れ去られている。広々とした空間で、人間が横に一列に並んで頭に箱のような物を被せられ、拘束されている。室内は薄暗く、不気味な雰囲気を演出している。異様なほど殺風景。

●夢の芸術
 キョッキョが全ての犯人で、愚神である。キョッキョは現実に疲れた人々につけこみ、夢を無料で売るという文句で人々を行方不明にする。
 人を勧誘した後、手短にある家を使って人を睡眠状態とする。(その家が、坂山の行方不明になった被害者の現場の近くにライヴス反応、という言葉に通ずる)睡眠状態にした後、拠点に連れ込むのだ。
 連れ込まれた人々は箱を被せられる。箱の中には人間の脳神経を全て作り変える空気が充満している。五感、全てが現実の物とは違う物となる。彼らに見えているものは、自分の望んだ世界である。

●キョッキョについて
 愚神に戦闘力はない。しかし、箱の中の空気を少しでも吸った途端、五感の機能は失われる。ガスマスク等を装備してもあまり意味を成さない程。
 夢を見させられた後、本体を倒すか、夢の世界を壊すと現実に戻る。夢の世界は、その夢を構成する中核を破壊すれば崩壊させることができる。
 夢を見ているエージェントが、一番愛すもの。それが中核となる。

リプレイ


 木漏れ日が部屋の中に、遠慮がちに入室している。門番のカーテンは、日光という客人を丁寧にもてなしていた。
「……あー? ここはどこでやがりますかねえ?」
 フィー(aa4205)はベッドの上にいて、起きながら言った。この部屋に見覚えは無い。
 可愛らしいぬいぐるみや綺麗な照明器具は、フィーのために誰かが飾っていると思えた。
「まあ、考えてもしゃーねえでやがりますしこの部屋から出やがりますかね」
 部屋から出て、右側に続くちょっとした廊下を渡って階段を降りるとリビングに出くわした。
 リビングには女性がいた。フィーよりも年嵩だ。
「あらおはよう、ご飯の準備ができてるから食べちゃいなさいな」
「……はあ? あんたさん、誰でやがりますかね」
「寝ぼけてるのね。母親の顔を忘れたの?」
 母と名乗る女性はフィーに微笑んだ。
 記憶の中にある面影が覚まされた。本当に彼女はフィーの母親なのだろう。
 しかし……。
「確かにあの時ちゃんと殺したはずなんでやがりますがねえ」
 食卓につくと、母親は皿を次々とフィーの前に持ってきていた。
「大学はどう? 勉強はしっかりできてるの?」
「はあ」
「はあ……じゃなくて。本当、からかうのが好きなんだから。まあいいわ、しっかりと朝ご飯を食べてね。卵焼き、少し砂糖多めに入ってるから甘いわよ」
 馴染みのない光景。突然目の前に出された食べ物をすぐに手を付けずにいたが、やがて卵焼きを口にした。
 確かに、甘い味が広がった。
「美味しいでしょ? お弁当の中にも入れておいたからね」
 まだ頭の整理がついていなかった。
 朝食を食べ終えたフィーは、鞄を手にして通学路へと足を乗せた。
 見知らぬ大学に辿り着くために道を歩いているフィーに、今度は友人と名乗る人物が声をかけてきた。
「そういえばノート、ありがと! 返すねっ」
 友人はフィーにノートを差し出してきた。英語、と表紙に書かれている。
 友人との雑談を終え、大学で何とか講義を受ける。やはり、見知らぬ所だ。
 帰路につく頃には、おおよその想像を終えていた。
「……成る程、そういう事でやがりますか。他人に夢を見せる類の愚神。たしか過去の資料にもそういうのが居やがりましたなあ」
 ――平穏な日常、幸せな時間、あったかもしれない未来。
「となると核となる愚神自身を殺すか……それとも」
 家の玄関の前で立ち止まった。もうこんな時間だ。母親は家で夕食でも作っているのだろう
 フィーが手をかざした途端家は燃え盛り始めた。
「この世界自体をぶち壊すか、でやがりますね」


 眩しい光であった。太陽があるのだから、仕方ないのだろう。しかし、その輝きを望んだ者がいた。
 光を両手でかき集めながら、木霊・C・リュカ(aa0068)は喜びを体で体現していた。
「凄い凄い! お日様がしっかり見える! 身体も凄く軽いし、日差しが痛くないんだ」
 先ほどまではH.O.P.Eの依頼で、愚神討伐に明け暮れていた。愚神をおびき出すために、人気のない公園でリュカは、疲れた演技をして愚神を待っていたのだ。
 リュカは高く跳ねた。何の障害もなく、跳ねる事ができた。
 ビルが立ち並ぶ街を歩いた。人々が行き交い、車が往来する。赤信号も難なく渡れるし、一人でタクシーに乗る事だってできる。リュカは丁度良く通りかかったタクシーに手を挙げて停車させ、乗り込んだ。
「運転手さん、海の見える崖に連れていってほしいな。一番近い所でいいよ」
「はいよ――ッて、リュカじゃねえかっ」
「ガルーちゃん! タクシーの運転手、だったっけ?」
「ちげえよッ。ちょっとした依頼だぜ、依頼。タクシードライバーに成りすまして調査するっていう奴。征四郎じゃ運転できねえからって、俺に回ってきたんだ」
 ここはリュカ以外が入ってこれない夢の世界。目の前にいるガルー・A・A(aa0076hero001)は確かにガルーなのだろう。本物ではないものの。
 アクセルが踏み込まれてタクシーは発車した。
 座っているだけで次々と景色は色を変えていく。リュカはその様子を眺めていた。それだけで楽しかった。頻繁に移り行く景色を眺める事。
 都会から開けた場所に出た。人や車の往来は少なく、快適に車を走らせる事ができる。
 全ての事がリュカにとっては新鮮だった。
「着いたぞ」
 海の音が聞こえてきて車は止まった。
「もう着いちゃったんだ。早かったね」
「ドライヴじゃねえんだぜ」
「そうだね。ガルーちゃんこれから仕事だよね。本当はもっとお話していたかったんだけど……頑張ってね」
 崖の上は風を良く感じられる。海の香りを乗せている。そこから眺める海は綺麗すぎた。一本の線のように見える地平線。その先には、まだ見た事もないような世界が広がっている。
 崖の先端に近づいた。
「ごめんね、キョッキョちゃん」
 リュカは言った。
「お兄さんのこれは夢だけど夢じゃないんだ。叶わない、ただの欲だよ。――でもちょっと楽しかった。ありがと」
 空に向かって笑みを作った。空が笑みで返したような気がした。リュカは空中に足を一歩踏み出した。
 暗闇に包まれる直前、聞いた事がある声が何かを言ったような気がしたが、何も分からなかった。


 瞼を開けた。確か先ほどまで夜だった。紫 征四郎(aa0076)は困惑しながらも横になっていた体を起こした。
 広いリビングだ。何人かの話し声が聞こえる。その声を全て紫は知っている。
「母さま……?」
 紫はすぐ目の前に座る人物に向かって口を開いた。
「あら、起きたのね、おはよう。今日も怪我がなくて良かったわ。今日はどんなお仕事をしてきたの?」
「えっと……」
 行方不明の事件があったからという事で、その調査をするという事で紫は任務に駆り出されたのだ。愚神を誘き出して、遭遇して、それからの記憶は曖昧であった。
 だがそんな事はどうでもよくなる程に、目の前の光景が紫を驚かせている。
「愚神の討伐任務、だった……と思うのですが。えっと、征四郎は――」
 その時、紫の頭に手が乗った。紫の手よりも一回り大きな手で、全てを優しく包みこむようで。
「征四郎は強くなったな、紫家の誇りだ」
「父さま……」
 誇りだ――。紫はいつも剣を握る両手を見つめた。この手で誇りを勝ち取ったのだ。いくら怖くても前に進んできたその成果がここにあるのだ。
 頑張ったご褒美ならば、それ以上に嬉しさを感じる事はない。心の底から紫は喜んだ。
 家族全員で揃って笑い合う幸せなひととき。
 ――でも、いない。
 周りを見渡しても、ガルーの姿だけは見えなかった。暖かな家族の中で、幻想蝶だけが冷たかった。
 どうして、ガルーは出てきてくれないの? 紫の問いかけは誰も答えなかった。まるでそこにはガルーが存在していないかのようだった。
 それもそうだろう。ガルーの夢は生を得ない事なのだから。
 この幸福感に、紫は違和感を覚え始めていた。ガルーは生を望まなかった。それは生きてきた経験から得た夢なのだ。生というのは、ここまで幸福なのだろうか。頑張りの成果とはいえ、対等な褒美なのだろうか。
「今日はご馳走だな」
 夢から覚めるには壊さなければならない。どうして幸福を壊せるというのか。夢とはいえ、幻とはいえ、目の前に広がっている光景は紫の最大の幸福なのだ。
「椅子に座って、今日のお話を聞かせてほしいな」
 椅子……? 紫は見覚えのない椅子がリビングにある事に気づいた。紫のために用意された椅子だった。
 ――征四郎達の誓約は、恐れて足を止めないこと。ここで征四郎が立ち止まっているわけには、行かないのですよ!
 ここで躊躇していては誓約を破る事になる。幻を砕かなければ、前を見れない。紫は父の手を握って、立ち上がった。
「修行か?」
「……そうなのですよ。ちょっとたいへんですけど、大切なしゅぎょうです」
「そうか、そうか」
 父はその後に何か言葉を続けようと思って口を閉じなかったが、結局何も言う事はなかった。紫は庭に出て、剣を握った。


 ――誘拐犯はね、隙だらけの人につけこんでくるものなんだよ!
 片桐・良咲(aa1000)の脳内に、直前に自分が言った言葉が聞こえてきた。任務を受ける時、チーム達と拠点へと連れ去られる作戦を立てて、愚神に会って……。
「どうかしたのかな」
 優しい声が聞こえてきて、微睡の中を泳いでいた片桐は顔を上げた。ここはどこだろう? 公園だ。公園のベンチに座っていたのだ。
「デート中に退屈させちゃったかな?」
「え、あ、ううん。そんな事ないよ! 全然!」
 片桐はすぐにこの状況を知る事ができた。デート中という事は、隣に座っている自分より身長の高い男性は、彼氏なのだ。黒縁眼鏡がよく似合い、爽やかな顔立ちをしている。
 理想の男性とどうやら、デートをしているらしい。
「お腹空いてきちゃったなあ」
「知り合いに、喫茶店を営んでいる人がいるんだ。落ち着くお店だから、そこにいこうか」
 公園からそこまで歩かずに喫茶店に到着した。
「うーんメニューはどうしようかな」
「ここのショートケーキすごくおいしいよ。週に三回は食べる程ね」
 二人とも注文を終えて一息がついた。
 間が起きた。話題はずっと彼が提供していたが、奇妙な間が発生したのだ。無言の時間が何秒か続く。
 どうしたの、と片桐が訊こうとした時に、彼はこう言った。
「実は、言いたかった事があるんだけどさ」
「な、なになに?」
「えっと……」
 注文した品を運んでこようと店主が近づく足音が聞こえた。
「結婚、してほしい」
 何も誤魔化さず、目も逸らさずに彼は言った。
 ショートケーキが届いた。その上には代わりに、指輪が乗っていた。綺麗に形を整えて。

 片桐は再び微睡の中にいた。気が付けば、あの公園にまた戻っていた。隣には、彼がいる。
 公園には二人だけではなかった。他にも三人の子供が遊んでいたのだ。
「お母さんもやろうよー!」
 この子供達は家族だったのだ。自分も運動に参加しようと立ち上がった片桐だったが、遠くに尾形・花道(aa1000hero001)の姿が見えた。
「こんな所で何をしてる」
「尾形っ」
 彼の姿を見て思い出した事がある。この世界はあくまでも理想の形だけであるという事を。片桐自身で分かっている。こんな事はあり得ないのだという事が。自分には茨の道以外ないのだ。
「男として、立派な道を歩まなければならない。もう、目覚める頃なんじゃないか」
「そう……だね。でも、ボクは男にはなれないよ」
 夢の中の時は止まっていた。何もかも、静止してしまっていた。


 窓のない地下室。乾燥しきった空気と心。ヨハン・リントヴルム(aa1933)は拘束されて並んでいる古龍幇の構成員を、上から見下ろしていた。パトリツィア(aa1933hero001)は彼の横で、無表情のままだった。
 ヨハンは手始めに一番右にいる構成員の一人に向かった。様々な道具を手にしている。
 ――
 絶叫がこだました。
「ああ、なんて心が安らぐんだ! こんな清々しい気持ち、日本で拉致られてからは初めてだ!」
 気絶してしまったらしく、ヨハンは次の人物の前へ訪れた。今度は円形をした先端の道具。一体何に使うのか分からない。次の構成員は女性であった。
 ――
 鼓膜が崩れてしまう程の悲鳴。
「こんな夢なら覚めなきゃいい……自分の運命に決着も付けられない、やられっぱなしの惨めな僕なんか要らない! 一生ここでこいつらを虐めていたい!」
 そしてまた次に。
 ――
 また――
 ――
 ――
 血の匂いが室内を満たしてきた所で、パトリツィアがヨハンに口を開いた。
「行方不明者の救助は、よろしいのですか?」
「……どうでもいいよ。お金欲しさに参加したけど、よく考えたら、僕の時だって誰も助けてくれなかったんだから。それに、ここから出るには君を殺さなくちゃいけないんだろう? 君の事を心から愛しているのに、そんなの出来るわけないじゃないか」
 次は拳銃を手にした。マグナムだ。構成員の一人の手に銃弾を打ち付けた。大きな穴が開いた。次は肩に、膝に――。
「僕の人生を台無しにしてくれた罪はこの程度じゃ済まされない」
 夢の世界だから、何度でもできる。ヨハンはその事を知っていて、「全員が生き返る事」を望んだ。
 すると以前の記憶をそのままに、拷問を受け死んでいった人物達が蘇った。傷跡はないが、死ぬ直前にヨハンに何をされたのかは覚えている。
「死んで終わりだと思ったかい。甘いよ」
 ――
「ご主人様、そろそろお目覚めの時間です」
「……どういう事?」
「他のエージェント達がそろそろ目覚めます。一人だけ寝坊するわけには……。ご主人様?」
「……分かってる、分かってるよ……依頼を受けたんだから、ちゃんとやらなくちゃ」
 拳銃を手にしてヨハンは言葉を続けた。
「……ねえパトリツィア、どうして僕たちはいつまでも子供でいられないんだろう。どうして、夢を見るのをやめて、現実に生きなきゃいけないんだろうね」
 拳銃をパトリツィアに向けるためだ。
「……痛くはしない、すぐだから」
「はい。……現実の世界で、お会いしましょう」
 籠って、冷めた銃の音が跡に部屋の中に残されるだけであった。


 晴れた日差しが心地よい。この調子なら、洗濯物も早く乾くのだろう。GーYA(aa2289)は朝、テーブルを三人で囲んで――父と母と――ご飯を食べていた。
「良い天気だし、海にでも行こうか」
 父親は言う。良い提案だった。もう夏も近くて、海で家族で遊ぶという思い出を作るのは魅力的だ。母親も大賛成で、さっそく弁当の支度を張り切って始めた。
「お弁当、できたわよ。海まで走っていこうか。汗をかいた方が、気持ちいいわよ」
「だめだよ、だって心臓が……」
 病弱なジーヤは、走る事すら普通にできなかった。心臓は彼の物ではなかったはず……だが、不思議な事にジーヤは体の軽さを感じていた。
 いつもと体が違う。ジーヤは外に出て、試しに駆けてみた。
「す、すごい、走れる……!」
「苦しくないでしょ」
「うん! わあ……」
「よーし。海まで競争だ、よーいどん!」
「あ、父さんずるいぞ!」
 日常の一端だった。父親が走って、その後ろからジーヤがついていく。走る事には不慣れで中々追いつけないが、体力はジーヤの方があったのか、段々スピードが追いついてくる。
 ――またね。
 耳元で不意に聞こえた女の子の言葉に、ジーヤは立ち止まった。振り返ると、大きなスクリーンがあった。ジーヤは訳も分からず見つめていると、とあるアニメのオープニングが映し出された。
「また会えたね! 元気いっぱいはーじまるよー!」
 昔昔に眠っていた映像。記憶というのは、よほどの事がない限り失う事がないのだ……。
 そこに映し出されていた少女の水色をしたツインテールが解けて、ジーヤの視界を包み込んだ。不思議とジーヤは恐れる事はなかった。
「青……まほらま……?」
 後ろから肩を叩かれた。そこには母親がいた。
「疲れちゃった? ほら、いきましょ。お父さんに負けちゃうわよ」
 ジーヤの父親は死んだ。
 母親も行方不明で、おそらく……。
「わかってる」
 両親の笑顔が嬉しくて。
「わかってたよ!」
 目の前に広がる全てが夢、幻想だという事を。
「ち、っくしょう! あの笑顔も本名も忘れようと……ッ」
 溢れる涙はとめどなかった。止まる事を知らず、ただ垂直に落ちていった。この後に自分が何をしなければならないのか。その事を考えると、余計にあふれ出した。
 残酷だった。幸福を殺すというのは。


 彼女は笑いながら待っていた。何もない白い空間にただ彼女の影だけが存在していた。
「こんなところに、いたんですねー。あはは、何処を探しても居なかったのに」
 風深 禅(aa2310)はモナカを彼女に差し出した。
「結構なレア物なんですよー、それ。せっかくあえたんですから、色んな事をお話したいですねー。貴女と別れてから色々な事があったんですよー。たくさんのヴィランズや愚神達から地上を護ったり、五月病を乗り越えたり……。色々ありましたー。あ、そうそう後、映画にも出たんですよー。今度一緒に見たいですね」
 影は頷いた。
「モナカの講習会をぜひ開いてくださいよー。俺、聴きに行きますからー」
 影は笑った。その笑みに誘われて、風深も笑みを作った。
「……あー、そう見えますか? それなら良かった。俺、今は笑顔を大事にしてるんですよー。理由は、特にないんですけどー。そのおかげか、結構友達もできてきましてね。今回の任務も、ヨハンさんと一緒になったんですよ」
 ――ヨハンさんは、どんな夢を見ているんですかねー。
「貴女から学ぶ事は本当に多かったと思ってますー。でも、まだ学び足りない所が色々あって。だから、こうしてあえて良かったと思ってますー。……うん、本当に思ってます」
 眼が沁みて、風深は袖で目を擦った。
「ああ違いますよー。愚神を誘き出すために家出少年の真似事をしましてねー。目薬をさして、泣いた振りをして家を飛び出したんですよー。こう――」
 うわーん! お母さんは僕の事分かってくれないんだ!
「家出する少年っぽくて、いい演技だと思いませんかー? その時さした目薬がまだ沁みてるんですねー。いやあすごいなあ。しっかり長続き。ドライアイの人は重宝するんでしょうかー?」
 モナカを食べ終えた彼女は、美味しかったと風深に告げた。
「そうでしたかー。それは何よりですねー。頑張って買った甲斐がありますー」
 風深は彼女に両手で抱きついた。もう終わりが近い事を、何気なく分かっていた。真っ白な空間に、暗澹たる暗い光が差し込んできていた。
 そして互いに、首に両手を置いた。
「あなたは、おれ、だから」
 せめて寂しくないように。
「一緒に、帰りましょう。帰るべき、場所に」
 暗雲が空を作り雨を降らした。雨は風深の顔を濡らして、たくさんの雫を作っていた。


 目の前には"兄さん"がいた。だからこれは夢なのだろうとフィアナ(aa4210)はすぐに分かった。
「"兄さん"……っ」
 心には喜びの感情だけが溢れだしていた。衝動的に彼女は、"兄さん"に抱きついていた。どんな言葉も頼りなかった。今はただ、こうしているだけでフィアナは至福を感じられていた。
「よく、約束を果たしてくれた。待っていた」
 戸惑いもした。フィアナは喜びの次に、動揺の心を思い出したのだ。目の前にいる"兄さん"。フィアナは約束を果たしたのだろう、しかし……。
「……ありがとう。でも、この程度で果たしたなんて"兄さん"なら言わないから」
 フィアナが望んだ夢の世界。夢の中の夢。
「これで妥協したら、私は私の名を貶めた事になる。だから、ごめんね。……ありがとう」
 "兄さん"はずっと笑みを崩さなかった。フィアナに怒る事もしない。かといって人形のようでもなかった。確かな光が瞳の中で輝いているからだ。
 蛇矛を両手で握ったフィアナは、躊躇をする事はなかった。自分の本当の夢に妥協しないためには幻を壊さなければならない。だからこそ、意志が強かった。
 矛は"兄さん"を貫いた。その時に血も何もでなかった。感じられるのは世界が崩れていく事だけ。
「必ずまた、逢いにいくわ。その時まで待っててね」
 世界のピントがぼやけ始めた。ぼんやりとして、徐々に漆黒が世界を塗り変えていく。漆黒に意識を奪われるように、やがてフィアナは何も見えなくなっていった。
 再びピントが戻り始めた頃、見覚えのない部屋で彼女は座らせられていた。椅子のすぐ隣にルー(aa4210hero001)の姿があった事で、この世界が夢ではない事を理解した。
「ここは……」
「おはよう。良い夢を見ていたみたいだな」
「……あっ、愚神は?!」
 急いで立ち上がろうとして、フィアナは踵を椅子の脚部にぶつけた。
「こらこら落ち着いて。愚神ならもう――」
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が拘束されたキョッキョのすぐ傍で見張っていた。他のエージェント達は全員目覚めていた。
「この施設の事は僕達が調べておいた。拉致された人々も無事だという事が分かったよ。全員、箱のような物を被せられて夢を見ていたっていう」
「そんな状態、命が保てる筈がないわ」
「まぁ、人の子は何も摂取せずに生きていける程、頑丈ではないからね」
 無事に解決できた事が、今は何よりだった。エージェント達は用意されていた潜水艦を使って、人々と一緒に地上へ帰還する事とした。
 最後にキョッキョを始末しなければならない。ヨハンは拘束されたキョッキョの前で言った。
「君の事、嫌いじゃないし、久しぶりに幸せな夢が見れて感謝もしてるけど……しょうがないね、仕事だから」
「私も貴方の事嫌いじゃないわ! 面白い夢だったもの! 別に負けたからって悔しくないよ! これも運命だもの」
 キョッキョは目を閉じた。
「さあ、私は今から夢を見にいくよ。その間に、済ませちゃってね!」
 最後は卑怯な愚神であった。幸せな夢をみながら逝くというのだから。
 一発の銃弾音が永遠の夢の招待券となった。愚神は動かずその命を終えた。
 その姿を見て、ヨハンはパトリツィアの方を見ずに、しかし彼女に向かってこう言った。
「ねえ、パトリツィア。僕、思うんだ。殺せないなら、死ぬより辛い思いをさせればいいんだって」


「超カッコイイ男の子とイチャイチャしてたのに、尾形に邪魔されて夢から覚めちゃったよ!」
 膨れっ面を見せる片桐。「そうかよ」とだけ言ってまるで相手にしない尾形。
「オレモ見テタガ、随分ト幸セソウダッタナ?」
 フィーに向かってそう言ったのはヒルフェ(aa4205hero001)だった。
「まーそうでやがりますねえ、ちっとは楽しかったでやがりますかね」
「アノ中ニ居テモヨカッタンジャナイカ?」
「はっ、なにアホな事ぬかしてやがりますか。私みてーな屑に、あんな幸せは似合わねーでやがりましょうよ?」
 けたりと笑うヒルフェ。
「ソウカ? 少ナクトモオ前ハソウ思ッテナイダロウ?」
「……さあ? どうでやがりましょうね」
「みんなそれぞれの夢を見ていたんだね」
 二人のやり取りを聞いて、リュカが言った。
「征四郎も見たのですよ。リュカが戻ってきてくれなかったら、どうしようかとおもいました」
 海を眺めていた風深不意に、虚空(aa2310hero001)にこんな問いを投げた。
「虚空、もし俺が、本当はずっと夢の中にいたかったと言ったらどうしますー?」
「はは、何を言うんだ? ここが、君の帰るべき場所なんだろう? モナカと触れ合うんじゃなかったのか」
 別の場所で、まほらま(aa2289hero001)は気になる事がありジーヤに尋ね事をしていた。
「そういえばあの愚神は前の、七翼と関係があったの?」
「ううん。無かった。ちょっと似てるだけの愚神だったよ」
「ふぅん。あ、それとさ。どんな夢を見たのか気になるんだけど」
 ところで、エージェント達が助け出してくれた事に、戸惑いを感じている青年がいた。いち早く彼のその態度に気づいたフィアナは、ルーと一緒に彼に近づいた。
「……もしも、あのまま死ぬ事ができたら、よかったんだろうなって」
 幸せな夢を見たまま死ぬ。青年はそれが幸せであると、そう口にした。
「私も夢、見たわ。……素敵な夢ね。きっと、貴方もそうだったのでしょうね。……でも、望む夢を見ながら、望んでもいないのに死んでいくの、どう思う?」
「それは――確かに少し……」
「良し悪しは貴方が決めると良い。貴方の夢で、貴方の身体だから」
 人が一人死ぬ。星の数ほど存在する人間だが、その人間の中に様々な人間が住んでいる。
「でも、貴方がいないと悲しむ人がいる事、忘れないで」
 死を悲しまない人はいない。たとえどんなに悪事を働いた人間でも、人を殺した動物でも。


 僕は重い足取りだった。携帯の着信を見ると、家族や友達から何十件もきている。
 家出をするつもりで家を飛び出したんだ。誘拐されたのも全部僕が悪い。だから家に帰る足取りは牛のようだった。いっその事牛になりたかった。
 本当なら友達の家に行きたかったが、尾形っていう人に男らしくないって言われたもんで、自分が情けなくなってこの道を歩いている。
 家のインターホンを押した。この行動に、一体どれだけの勇気を必要としたかは、僕以外の誰も分からないんだろう。
「おかえり、智ちゃん。お腹空いてない?」
 え? ……僕は固まった。
 怒られると思っていた。でも母さんは怒らなかった。夢なのかと思った。
「ごめん。家を飛び出して」
「私も言い過ぎたって、反省してるの。……反省会は、美味しい物を食べながらにしようか」
 僕は家に入った。
 夢の中で感じた幸せよりも、何倍も今は楽しかった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 楽天家
    片桐・良咲aa1000
    人間|21才|女性|回避
  • ゴーストバスター
    尾形・花道aa1000hero001
    英雄|34才|男性|ジャ
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • メイドの矜持
    パトリツィア・リントヴルムaa1933hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    風深 禅aa2310
    人間|17才|男性|回避
  • エージェント
    虚空aa2310hero001
    英雄|13才|女性|シャド
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
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