本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】希望玩ぶ天空塔

真名木風由

形態
イベントEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
50人 / 1~50人
英雄
49人 / 0~50人
報酬
多め
相談期間
7日
完成日
2016/05/02 23:20

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掲示板

オープニング

●最後の遊戯
「んー、そろそろ飽きてきた」
 トリブヌス級愚神幻月は、目の前の異形の紳士相手にそう言った。
「まぁ、面白い録画色々あるし、ちょこちょこ動画サイトにもアップして貰ってるから、皆楽しんでるよ。大盤振る舞いでしょ」
「商売において、試食や試飲は大事でしょう?」
「君風に言うとそうだね」
 愚神商人の言葉に幻月がさもありなんと言った様子で軽く肩を竦める。
「カンチガイちゃんが多くってねー、楽しめる類なら良かったんだけどねー。ボク楽しめないバカ嫌い」
「クリスタル・パレスはお気に召しませんでしたか?」
「んー、楽しんだと言えば楽しんだし、つまんなかったと言えばつまんなかった、みたいな? 詳細はナイショー」
 幻月は自身の黒髪を弄びながら、愚神商人へ答える。
「それより、香港どうなの? 誰かがどっかのおじーちゃんを殺して成り代わったはいいけど、バレたとかって聞いたけど」
「お恥ずかしい限りで。言い訳をするなら、接客業にはマニュアルにない事案も多いものなんですよ」
「じゃあ、愚神商人サン流に言うなら、ボクにクレーマー対策をお願いしたいってコトかな?」
「あなたのそういう理解ある所が非常に助かりますよ。是非お願いしたい」
 幻月が悪戯な目で愚神商人を見ると、愚神商人はそう肯定した。
「こちらが終わったら、少し遅い春休みでよろしいかと思います。春休み中に羽目を外して遊んでしまっても、私としては問題ありませんし」
「愚神商人サンのそういうトコ好きだよ」
 幻月がそう言って笑う。
「それじゃ、広州で最後に遊んであげよう」

●大型作戦
 『あなた』達は、輸送機の中で資料に目を落としていた。
 トリブヌス級愚神幻月(ファンユエ)──この中には水晶塔と呼ばれる超高層ビルと建設中の超高層ビルの惨劇の為に戦った者もいるかもしれない。
 脳裏にその激闘が思い浮かぶが、思考を切り替えた。
 広州市内を流れる珠江傍には、広州の象徴とも言えるタワーが天に向かって聳え立っている。
 プリセンサーの予知と襲撃のアラートは同時であり、今急行しているのだ。
 幻月はゲームのように楽しんでいるが、そのやり口は悪辣と言っていい。
 男とも女ともつかないあの愚神は、『陽動』をきちんと心得ていた。
 遊んでいるが、無意味なことはしておらず、読んだつもりが読み切れていないことも考えておいた方がいいかもしれない。
 が、プリセンサーの予知のお陰で、敵の従魔がゲームに登場したことがあるということは判明している。
 『あなた』達は、資料を捲った。

<プリセンサー予知従魔リスト>
・デクリオ級従魔凶水怪物(スンセグァイウ)
多頭の巨大両生類を思わせる外見。
魔法ブレス(射程1~2)・自爆能力あり。

・デクリオ級従魔遠屠(ユェントゥ)
黒の人型従魔。顔中央が銃口で目鼻口なし。
銃(射程20)攻撃で、命中精度が高い狙撃も可能。

・デクリオ級従魔消兵(シァオビン)
影のような人型の従魔。
透明化能力を持ち、シャドウルーカーの『潜伏』発動状態となる以外の能力はない。透明化は動作音は消えない模様。攻撃行動で解除されるようだが、透明化状態で攻撃を受けるのは危険。透明化能力持ちの為潜伏が予想される。

・デクリオ級従魔薄(バオ)
手の平サイズの蜘蛛型従魔。戦闘能力は全くないが、従魔・愚神の物理攻撃・防御を支援する不可視の結界を張る能力がある模様。

・ミーレス級従魔焔(イェン)
真っ赤な小鳥型従魔。高くは飛べないが飛行能力があり、移動力が高い。
火の玉による単体の魔法攻撃(発火・延焼能力はなし)を行ってくる。

・ミーレス級従魔ヴァオ
体長1~2m程の豹。動くものを攻撃する特性がある。物理攻撃のみだが素早い。

・ミーレス級従魔屍食鬼亜種(グールヤンガー)
ゴブリンのような小柄の悪魔の容姿。翼を有しており飛行能力持ち。物理攻撃のみだが、長い尾の射程に注意。単純なプログラムで動いているらしく言語は理解していない。

・ミーレス級従魔タンロン
大きさ30cm程の飾り灯篭の姿形。常に浮遊。直線距離の魔法攻撃は2種ある。自爆能力あり。

・ミーレス級従魔乱(ルゥァン)
手の平サイズサイズの蜂型従魔。戦闘能力は皆無だが針に一時的に精神を乱す力があり戦闘に悪影響を及ぼす。

・ミーレス級従魔人形(レンシン)
チャイナ服を着た少年少女の従魔。盾要員であり治癒能力を持つ。

・ミーレス級従魔コーヒーカップ?
遊具の姿形をしている。以前はコーヒーカップであった為便宜上の識別名とする。攻撃手段はないが中に閉じ込めた人間の生命力を吸い上げ、愚神の治癒手段に充てることが可能な模様。

・ミーレス級従魔低位人狼
精度は低いが擬態能力あり。見分けは全身の赤いトライバル。

 リストにはないが、愚神は複数いるというのがプリセンサーから伝えられている。
 幻月と共にいる位だ、確実にケントゥリオ級は間違いないだろう、とも。
 人々が多くいることから、討伐と救助、後方支援と大きく3つに分けるとしても、タワーの規模を考えれば手分けしなければこのタワーが広州の象徴から墓標になるだろう。
 タワーの見取り図は添付されており、エレベーターは一般人の逃げ場を奪う場合もある為、現在停止中らしい。
 エージェントが希望すれば、稼動可能というのは現在判明している。
 このタワーは1階から屋上まで5つのブロックに分かれており、向かう必要があるのは4つのブロックであるようだ。
 見取り図を頭に入れ、『あなた』達は手分けして任務に臨むことを誓う。

 間もなく、輸送機は戦場へ到着する。

 内部構造は頭に入れた。
 判明している敵従魔の能力も頭に入れた。
 自分達がすべきことも確認しあった。
 到着までに出来ることは全て行ったつもりだ。

 ゲームの行方がどのようなものになるかは自分達次第──必ず、可能性でしかない未来を掴んでみせる。

解説

●選択肢
プレイング1行目に記載必須
同行者ある場合は2行目へ(共通タグOK・単独行動は空白)
3行目からプレイングを開始して下さい

ア:幻月対応
屋上にいる幻月とその配下と対峙

トリブヌス級愚神幻月(ファンユエ)
男女の見分けがつかない容姿をした愚神
お手数ですが、【東嵐】惨禍流離う玻璃の宮殿の解説にて判明能力をご確認下さい。
※未判明能力が判明した場合リプレイ本文で『 』括りで表記されます。合わせてご確認下さい。

ケントゥリオ級愚神繋結(ジージェ)
中性的な容姿
意識を電波やネットに潜り込ませ痕跡なく任意のPCへ情報を繋げる能力を持つ
武器銃
戦闘能力は高くない

特殊攻撃
シィオンスー
10R、BS減退・拘束・劣化(回避)能力を味方へ付与
ジーウー
10R、1度だけ攻撃を無効化する不可視の盾を味方へ付与

ケントゥリオ級愚神泰山(タイシャン)
10代後半の少年の容姿
武器槍
生命・各種防御高

特殊攻撃
ファン
カウンター攻撃。吹き飛ばし効果あり
ジー
被ダメージを上乗せした物理の範囲攻撃
フー
自身と範囲内対象の物理・魔法防御力上昇

登場従魔
凶水怪物・タンロン・遠屠・消兵
屋上観覧車がコーヒーカップと同種、5つのゴンドラ4人ずつ一般人が囚われている

イ:一般人救助
屋上に近いブロックに取り残された一般人救助

登場従魔
乱・焔

ウ:防衛線突破
中程のエリアにいる愚神・従魔討伐

ケントゥリオ級愚神絶怖(ジュェブー)
年齢・性別不詳の老人愚神
武器弓
魔法攻撃・防御・特殊抵抗高

特殊攻撃
ビィエ
自身を中心とした範囲5へ光刃を撃つ
識別能力あり
ビン
範囲1~10内にいる単体へ氷槍を撃つ
命中するまで追尾
識別能力あり

登場従魔
凶水怪物・薄・屍食鬼亜種・人形

エ:従魔駆逐
地上に近いエリアの従魔討伐

登場従魔
消兵・ヴァオ・タンロン・低位人狼

オ:その他
救護所設立・情報統括専念等後方支援系もこちら

※イ・ウ・エのみ重複OK(ア・オNG)
最優先選択肢へ☆記載下さい(終了次第残る選択肢へ移動)

リプレイ

●ゲーム開始
「ヒューッ! こいつはすげえな。こんな有名所よく押さえたもんだなあ。こいつぁエライ稼ぎ時じゃねえの皆の衆?」
(『……控えろ帯刀』)
 下層での従魔討伐担当の班長役たる帯刀 刑次(aa0055)の内でアストリア(aa0055hero001)の声が響く。
(あっハイハイ。……今日はマジモードなのね)
「ま、ともかく頑張りまっしょ」
 前半部分のみアストリア向けである為心中で呟いた刑次はタワー1階にいるタンロン目掛け、15式自動歩槍の引き金を引く。
 1階部分の完全制圧をしないことには今後が思いやられる為、ここが絶対条件であるが、予想以上に敵の数が少ない。
「何か思惑があるのでしょうか?」
 卸 蘿蔔(aa0405)は動くもの狙いで襲い掛かろうとするヴァオ目掛けて撃つ。
(『何かあるだろうな。理解したくな──』)
「それはそうだろう」
 レオンハルト(aa0405hero001)の声が響く途中で、鶏冠井 玉子(aa0798)が蘿蔔達だけでなく皆疑問に思っていたそれにこう見解を出した。
「敵はトリブヌス級愚神。従えているのはケントゥリオ級と推測されている愚神。知性も高い相手なのだろう? ならば、そのように配置する。ぼく達の進軍を阻みたいのではないか? 資料にある従魔は迎撃を想定したものだ。紹興酒を熟成させるが如く、待っているのだろう。それが最もゲームとして楽しいだろうと。理解出来る感覚ではないけれどね」
 彼女らしい例えで出されたそれは、幻月に合っているものと言えた。
 あの愚神がこの見解にどういう感想を出すのか興味はないし、自分から言ったとしても解ってるなら的になれという嘲笑が返ってくるのは予想の範囲内である。
「ならば、いきましょうか。……派手に」
(『ああ、でも無茶は……まぁ、たまには必要か』)
 蘿蔔へ諌めようとし、レオンハルトは小さく笑う。
(『天に連なるこの地を、人の血で染めるなどあってなるものか。我らが正義を示し、奴らの墓標にしてくれる』)
「なにこの子、おじさんこわーい」
 そう言いながらも、刑次はタンロンを的確に撃ち抜き、遠距離攻撃を防いでいく。
 刑次を狙おうと跳躍したヴァオが側面から鋭く飛んだ何かに突き刺さり、絶叫と共に落下する。確認するまでもなく、リィェン・ユー(aa0208)のものだ。直後に荒木 拓海(aa1049)のSMGリアールが確実に仕留め、三ッ也 槻右(aa1163)と迫間 央(aa1445)が続くと、1階は見た目敵がいない。透明化能力を持つ消兵が潜伏している可能性はあるが──
「一二三気を付けて。上は頼んだ」
「1番美味しい所は譲る。しくじるなよ?」
 先の上層を目指すエージェントが階段へ向かう中、槻右と央がその中にいる弥刀 一二三(aa1048)の背へ声を掛ける。
 魔法少女フミリルにはなっていない彼が一瞬だけこちらを見た。
 拓海が互いの健闘を願うようにサムズアップすると、一二三は軽く手を挙げ、彼らの想いを受けたように階段を駆け上がっていく。
(『それがし達はそれがし達のすべきことを。解ってるな?』)
(うん。帰ってきた一二三に、だからブレイブナイトの方がなんて言われたくないしね?)
 酉島 野乃(aa1163hero001)の発破に槻右はいつぞやのことを思い出し、小さく笑う。
 1階に敵がいないならば、2階へ向かうことになるが──
「ま、ここにいられると、特に困るし?」
 刑次が消火器を振り撒いて見る。
 特に何もなく、恐らくこのフロアには消兵はいないだろう。
 消兵は小学校の襲撃で姿を確認されているが、潜伏場所が潜伏場所であった為ライヴスゴーグルで透明化が割り出せず仕舞いであったこともあり、消火器で物理的に姿を見せてしまえばとなったのだ。
(『空気と一体化するような能力でないなら、そこにいるものね』)
(光の屈折率を調整してるなら、消火器で変化を与えた方が手っ取り早い。そこにいなくとも床の上に足跡が生じて接近に気づける)
 マイヤ サーア(aa1445hero001)へ応答しつつ、央が足跡も注意するよう視線を走らせる。
 攻撃直後に姿を見せたというなら、限定的な能力──一時的に可視出来ない状態というだけで存在そのものが朧になっていないなら、消火器を使えば浮かび上がるだろう、と。
 見る限り、消兵がいる危険性は低いという判断となった。
「どうして1階にはいないんだろう」
(『あまり効果的ではないからじゃない?』)
 拓海の疑問に答えたのは、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)だ。
(『それをする位ならフロア丸ごとタンロンなり凶水怪物なりで自爆させる。その方が解り易い。そう思わない?』)
(そんなことさせない)
 だから、ここにいると拓海は眼差しを強くし、皆と共に階段を登っていく。
「多分無視して上に向かう分には通しただろうね。問題は防衛ラインから上の階へ向かう時と戻って来る時だろうし。寡兵をどう埋めるかねぇ」
「防火扉の遮断で戦闘区域制限、だったっけか。エレベーター周囲は特に安全確保した方がいいだろう」
 刑次へ言葉を投げるのは、ツラナミ(aa1426)だ。
 管制室へ向かったエージェント達が防火扉の遮断を試みれば戦闘区域制限が行われる。一斉に行われれば、かなり大きいだろう。
「屋上の人を避難させる時はエレベーターになるしねぇ」
 防火扉での戦闘区域制限を要請した刑次は、いざという時は現地で手動を考えている。
 制限を行うことで避難ルートを増やすこと。
 自爆能力を持っている従魔が階段で自爆した場合、避難する一般人に被害が出なくともそのルートが使用不能になる可能性は十分ありえる。
 また、エレベーターも屋上の人々を救出後避難させる際、管制室がその時だけ稼動させるらしい。その時、エレベーターが安全でなければ意味がないのだ。
「外はいなかったよーって、これはいっぱいだねー」
 後方から、外の伏兵を確認してきたギシャ(aa3141)が上がってくる。
 到着目前の2階、防火扉が下りていくのが見えるが、目視した段階で敵の数は多い。
 ギシャは途切れた潜伏を発動させ、エージェント達を遮蔽物に別の物陰へ飛び込む。
(悪意なんてよくわかんないし、敵を殺すだけだよー)
(『良くも悪くも、か。……まあいい。皆が無事帰れる場所を準備するぞ』)
 ギシャの明るい殲滅宣言へ、どらごん(aa3141hero001)が小さく漏らし、そして自分達の役割を口にする。
 屋上へ幻月らを討伐に行ったエージェント、人々の救出に向かったエージェント、その防衛ラインを壊すエージェント……その彼らが下へ降りてきた時、従魔がこちらを圧倒していたら意味などない。
(『何で倒しに行かないのじゃ』)
(ただの討伐ならいったさ。だが……今は救わなきゃいけない命があるからな)
 単独で駆けるリィェンは情報を受けつつ、確実に従魔を討ち取っている。
 場合によっては上の階へ向かい、遊撃的に立ち回る彼は奇襲からの一撃離脱を心掛けるつもりだ。
 悪辣。
 リィェンと共鳴したイン・シェン(aa0208hero001)は幻月をそう評し、リィェンもゲームマスターかつ観客で済ませようとする辺りが気に入らないと同意もしているが、彼は屋上へ向かうことを選択しなかった。
 救わなければならない命があるならばと彼は遊撃に回る。
 と、ツラナミが物陰からライヴスガンセイバーを撃ち、タンロンを仕留めたのが見えた。
 彼の位置がエレベーターホールへ続く防火扉に近いのは、タンロンの自爆で防火扉を破壊して突破を考慮してのことだ。
(『ツラナミ、消火器で振り撒いた付近』)
 そのツラナミへ38(aa1426hero001)が声を掛ける。
 刑次がこの階にあった消火器を振り撒き、消兵の姿を炙り出しているが、消火器の範囲外にいた消兵が接近しているようだ。
 しかし、振り撒いた消火器の上、何もないのに生じる足跡を38が見逃していない。
 ツラナミはフロア内のヴァオを引きつけた後、拓海と央と合流し、体勢を整えていた槻右へ奇襲をしようとした消兵の、その姿を見せた瞬間を狙ってライヴスガンセイバーの引き金を引いた。

●電子攻防戦
「幻月は戦うだけでなく人間同士の不信感を掻き立てるようなことをしてきました。何故か人間の使うメディアばかりですが……」
「ネットワークカメラの映像を見ているのではないか、というのは既に出ていますが……こちらをどうにかしないことには戦いは厳しいでしょう」
 エステル バルヴィノヴァ(aa1165)へ応じたのは構築の魔女(aa0281hero001)だ。
 管制室へ従魔が及んでいなかった為、情報統制を行うことを申し出たエージェントはいち早くここへ移動していた。
「遠隔が出来ない状態になっていたというのは、間違いなく相手の攻撃でしょうね」
 構築の魔女は刑次の意見もあり、突入時での防火扉で遮断を考えていたが、警備会社のコントロールセンターからの操作に支障が出ていた。
 刑次は最悪現場の手動で防火扉を下ろすと言っていたが、一斉遮断するに越したことはないと管制室からの操作を試みる。
「警備会社から管理権限を一時いただき、管制室経由でなければネットは遮断したとは言え、スマートフォンに関しては無線ではないですから、ね」
 エステルは携帯通信も外部とは物理遮断をと要請したが、スマートフォンの通話に影響が出ることより、見送られることとなった。
 が、構築の魔女が指を動かし、掌握に乗り出す。
「まずはこちらが制御すればいいことです。情報の暗号化、セキュリティレベルの情報。戦況が進めば欺瞞情報も追加しましょう」
「あと、撃破されている映像や整然と避難されている映像のみを外部に流れるようにすればだいぶ状況は良くなるでしょう」
「幻覚を見せて修行者を誘惑したとしても、幻と知っていれば避けることが出来るわ。けれど、人々が真実を映すと思う物を通じて齎されれば幻と分かる人は少ないでしょう。ならば、尚のこと意味があるわ」
 連絡の手を増やすべく共鳴解除している泥眼(aa1165hero001)がエステルの論に頷いた。
「……油断しない方が、いい」
 不知火 轍(aa1641)の声が静かに場に響く。
 彼はスマートフォンを所持しているエージェントより番号を聞き、グループ回線を作成している。加え、各担当の班長とは中継状態にしているが、それらは全て持ち込みのノートパソコン、スマートフォンだ。
「……ハックは遊び。クラックはちょっとの悪戯。電子の海は遊んだモン勝ち……それなら、何通りもの可能性がある」
 この間に構築の魔女が管制室からなら可能であったと防火扉の遮断し、各階の戦闘区域制限を行っているが、轍は全く油断していなかった。
 現場重視である彼は現場の声は逃さず聞き、必要に応じて全体共有に動く。そして防火扉の絶対性を信頼していない。
「……邪魔は、必ず入る」
「それこそ仕掛ける好機ではないでしょうか」
「ロロロ……」
 監視カメラの見落としがないようにという目の増員で共鳴解除をしている辺是 落児(aa0281)が首を横に振った。
 構築の魔女の表情の動きで、彼が轍はそういう意味の発言をしていないという口添えをしたのが判る。
「轍、予想通りだったようです」
 スマートフォンに応対した雪道 イザード(aa1641hero001)が振り返る。
「警備会社のサーバーが狙われています」
「!」
 構築の魔女とエステルはすぐさまその意味に気づく。
 管制室側に攻撃を仕掛ける必要などない。
 警備会社側に攻撃をした方が確実である。
「……敵は今まで観てるというのを示してる。TV局や小学校では監視カメラの映像をこちらも活用していた、し。それなら……これはありえる。警備会社と管制室両方守らないと狙ってくる」
 轍は言いながらもその指を止めない。
 電子の戦いが始まる中、八朔 カゲリ(aa0098)とナラカ(aa0098hero001)が守られている内にと素早く救出を待つ人々の位置を割り出していく。
 彼は先日、任務中にリンクバーストの末に重い傷を負い、前線に出られるような状態ではない。が、それでも、管制室の負担軽減の為ここにいる。
「この放送を聴いた者は素早く開き戸のある部屋へ逃げ込め。順に誘導を行う。助けが今向かっている」
 カゲリが愚神に気づかれないよう一般人がいるフロアへ限定した放送を行う。
「救護所設置完了したようだな」
 ナラカが玉子の様子を見、呟く。
 有事を考慮してオーロックス(aa0798hero001)と共鳴している状態の彼女は迎え入れる場所、帰ってくる場所となる拠点が必要であると階段やエレベーターから離れた場所に救護所を設置したのだ。
「……鶏冠井さんの見解は僕も賛成だ」
 轍がポツリと呟く。
 玉子はこう見解を出した。
 屋上の敵の首魁がいるならば、従魔はこちらの進軍を阻む為に動く。
 防衛拠点にちょっかいを出す可能性はゼロではないが、敵の構成を考えるならエージェント迎撃及び一般人避難時の強襲の方が高く、注力するならばこちらだろう。
 そこへ偵察要員である骸 麟(aa1166)からの状況報告が入る。
『罠は現状ない。屋上の様子も確かめられれば良かったんだがな』
『麟殿、鷹の目はそう長時間効果があるものではないでござるよ』
 麟の口を借りたらしい宍影(aa1166hero001)だろう。
 ライヴスの鷹は時間にしてそう長く象れる訳ではなく、このタワーの屋上、それも幻月らから気づかれない高度を保つまで上昇が厳しかった。
 宍影より指摘を受けた麟は可能な限りタワー周囲を旋回させて内部の確認を行い、全体へ連絡する形を取っている。
 現段階罠と呼べるようなものはなく、意図不明な設置物もないらしい。が、過去の例を見る限り幻月は無機物の罠を仕掛けておらず、従魔そのものを罠とするか人心を揺さぶる攻撃を得意としている為、杞憂である可能性が極めて高かった。
『中継地点確保の為に外壁を登る?』
 麟の問いはエステルへ向けられているが、エステルはそれを判断している場合ではない。
「ハッキングなんて生易しいものじゃないですね。プログラムが砂糖菓子みたいに崩れていく」
 管制室側を担当するエステルは警備会社に続いてちょっかいを出されている管制室を守る為に必死で阻んでいる。
 構築の魔女も警備会社のサーバーを守るべく動いているが、やはり電子とは違う次元である認識だ。
「意識を電脳世界に潜り込ませて、直接その壁を破壊されているような印象があります」
「……だろうと思った」
 轍は両者の言葉にそう返す。
 彼は本職だから、気づいた。
 愚神はウィザードのような技能を持っているのではなく、電脳世界に直接干渉する『力』があると。
 同時に、こうも気づけた。
「向こうもこれ以上攻め手は増やせない。本気で遊んでるから。なら、スマートフォンの通信に何かされることはない」
 傍受の危険性はないと言われていても、聞いて楽しんでいた可能性はある。
 が、この戦闘そのものが、内部の通信状態安定という援護になる。
「ところで、轍は何を?」
「……電力会社、電話会社方面を一応ね」
 通信関係を一時引き受けているイザードへ轍は簡潔に答えた。
 停電は最終手段であるだろうが、轍が防衛場所としてそこを選んだのは勘である。
(あと、気象情報。名前が名前だ、異変が起こる可能性がある。他に水脈、地盤……地下へ逃れる可能性もある。全て潰す)
 全てを集中させ、轍は己と現場全てと勘を束ねて自身の戦場へ臨む。

●切り拓け
 下層の従魔を引きつけるエージェント達の尽力を受け、唐沢 九繰(aa1379)達は内部階段を駆け上がっていた。
「余裕はあまりないと思いますが、速度重視で!」
 水晶塔での戦いの経験より、情報の連携が大事であることは多くのエージェントが認識している。
 この為、輸送機内部でプリセンサーからの予知情報を基に担当分けがされ、各担当毎に班長という形で連絡役を設け、情報統括を行うこととなった。九繰は班長の1人だ。が、これは刑次も言っていることだが、班長イコール目上というものではない。便宜上の呼称であり、この状況において目上目下もない。
(『九繰、咄嗟の判断自体は各々とした方がいいかと。状況確認の時間が惜しい場合もあります』)
 エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)の言葉に頷き、九繰が全員に伝えた。
 自分達が引きつけている間に屋上と救出を待つ人々がいるブロックへエージェントを送りつけるのが最初の役目だ。
 現在管制室に入ったエージェント達が総出で救出する必要がある人々の場所とどこに従魔がいるか割り出している。
 この為、情報の援護は後に回されているが、救出班が安全に下まで降りられるよう敵を排除しなければ。
 階段を駆け上がっている最中、機械音が響く。
 階の到達してみれば、防火扉が下りており、九繰へ管制室から下層及びこのブロックは刑次の要請で防火扉を遠隔で落とし、戦闘区域制限を行う連絡が入った。避難に必要な階段は残すことになるが、戦闘区域制限により動きが多少読み易くなるだろう、と。
「これは助かりますね!」
 大宮 朝霞(aa0476)が伝え聞く情報に声を上げる。
 が、朝霞のやる気の為にと変身こと共鳴に付き合ったニクノイーサ(aa0476hero001)は戒めを忘れない。
(『自爆能力を持つ従魔が一斉に自爆すれば防火扉が壊される可能性があるのを忘れるな』)
(解ってる。でも、悪影響ばかり考えても仕方ないわ。好機に転じられるように考えないと)
 輸送機の中でも刑次は寡兵を補う手段について言及していた。
 稼ぎ時と言っていた彼は『勝利してこそ』まともな報酬にありつけることを見落としてなどいないのだ。
 自爆で異変が判るなら対応可能、そして敵の数が減る。
 注意を行えば、好機に変えることも出来る──聖霊紫帝闘士ウラワンダーは絶望なんかしないのだ!
「エレベーター周辺は封鎖完了……。とは言え、油断は禁物」
「ボク達は階段部分中心に回るよ。少しでも避難ルートを確保しないと」
 來燈澄 真赭(aa0646)の呟きに応えるようにアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が前へ出る。
 防火扉で戦闘区域制限を行ったとは言え絶対ではないし、救出班が避難開始した時にまだ全ての敵が倒れていない可能性があるならば、優先するのは避難経路の確保だ。
(『美しい女性達の胸が不安に潰されるなどあってはならない。不幸な目などもってのほか』)
 アンジェリカは自身の内で持論を展開するマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)に呆れ返る。
(他に言うことないの。大体男性だっているんだし。それに、美しくない女性はいいの?)
(『ぺちゃんこ胸のお前には難しい話だが、女性は須らく美しい。故にその質問は成立しない』)
 後でマルコは張り倒すとして、アンジェリカは自分達が駆け上がってきたこの周辺の安全確保に乗り出す真赭とは別に救出班に最も近い階層の安全確保の為に駆け上がった。
「俺達は真ん中の階へ向かう。愚神はタワーの中程にいるなら、これを押さえないと通過が厳しい」
「お願いします。その場の判断はお任せしますので。私もアンジェリカさんの後を追います」
 ブロック内で更に小班【駄菓子】を結成した虎噛 千颯(aa0123)へ九繰が頷く。
 防火扉が機能している間に送り届ければ、後は──
「まぁ一矢報いる手伝いくらいはさせて貰おうか!」
(『……ん、手が届くまで、ね』)
 真赭と同じ階を担当する麻生 遊夜(aa0452)へユフォアリーヤ(aa0452hero001)が続く。
 輸送機の中で敵の考えが読めない頭が恨めしいと漏らした彼にしがみついて甘え、いつもの調子を取り戻させたリーヤにとってすべきことはいつもひとつなのだ。
(『行きましょう』)
「解ってる。ゲームは、いつか終わるもの……!」
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)へ応じた木陰 黎夜(aa0061)は人形と共に凶水怪物と屍食鬼亜種が迫っている前方へ目を向けた。
 薄も間違いなくいるだろうという確信はあるが、優先的に対処するのは治癒能力を持ち、盾としても機能する人形である。
(『うっかり階段とか壊すわけにはいかないから、タイミング、気をつけて』)
 Alice(aa1651hero001)を感じながら、アリス(aa1651)はその白い掌を敵へ向けた。
 巻き起こる不浄の風は容赦なく従魔へ襲い掛かり、その風に反応する人形へ遊夜がトリオでその脚を狙う。
「治癒役は早めに落とさないと、後ろの凶水怪物が苦戦する」
「機動力を潰すから、仕上げはよろしく」
 遊夜の言葉に応じるように黎夜は死者の書でダメージがより深い人形を狙っていく。
 盾としての機能がある為前衛に出ており、凶水怪物を優先しているらしく、人形の治癒能力は凶水怪物へ振るわれた。
 が、数自体はそもそも多く、接近されるのは危険であると判断し、アリスは雷上動を構える。形成されるは紫電の矢。狙うのは──
「そこ」
 アリスが狙ったのは、人形でも凶水怪物でも屍食鬼亜種でもない。物陰に少し見えた手の平サイズの蜘蛛、薄だ。
「あそこにも」
 真赭がアリスとは別の方角へハウンドドッグを向け、撃つ。
 彼女もまた、薄へ優先対応を考えており、その視線を巡らせて探していたのだ。
 地元TV局がドロップゾーンになった戦いにおいて姿が確認されたこの従魔は不可視の支援結界、恐らく愚神、従魔の物理攻撃力、防御力を上昇させる能力があるとされ、後の苦戦を考えれば優先対処が必要な種である。
「そっちは任せていいか? 弱点看破の恩恵で狙った攻撃が決まり易い今の内に人形へ対処しておきたい」
「蜘蛛だけあって、あのグループの中じゃなく、物陰にいるみたいだから……こちらで引き受けるね」
 弱点看破が上手く決まり、現状遊夜は部位攻撃が通常より決まり易い状態である。
 この機を逃さず、人形を優先対処しなければ。
 が、物理攻撃、防御面を支援する薄がいると、その殲滅スピードが落ちる為、優先順位を上げる必要がある。
 この場にいる全員が一致した考えを持ち、対応に乗り出す。
 自分達の役目は愚神のフロアまで従魔を確実に殲滅して上へ上がること。
 同じように従魔を殲滅して上層から下層へ下がっていくエージェントと合流するのは中程、愚神がいるフロアだ。
 まっすぐに愚神のいるフロアへ向かった【駄菓子】班へ加勢するには、まず確実にフロア内の敵を殲滅することである。
(『これより下層はひとまず置く。管制室の情報管理と下層で戦う皆を信じよう』)
 緋褪(aa0646hero001)へ頷く真赭。
「幻月の癒活界は発動されている……? 今の所ライヴスの流れにそうしたものはない……」
「この階層はだいぶ離れてるしな。上に行けばまた違うかもしれないが、半径50m程度であると言われてたから、ここではないと見ていいだろ」
 遊夜も真赭と同じく水晶塔の戦いを経験していたこともあり、そうした見解を出す。
 そう、1フロアだけの戦いではない。
(『範囲内に密集しているわ。行きましょう』)
 アーテルの声を聞いた黎夜がブルームフレア発動。
 アリスがこれに続くと、人形が数体崩れ落ち、遊夜が仕上げる。
「次は凶水怪物。自爆持ちは残すのは危険だ」
 自分達を害するだけがこの従魔の用途ではない。
 一般人の避難妨害にも使える従魔だ。
 黎夜は単純に従魔を討伐するだけが自分達の役割ではないと知っている。
 避難経路を、切り拓け──

●安息への道
(なるほどね)
 鋼野 明斗(aa0553)は人々を銃声で怯えさせないよう考慮し、アーバレスト「ハストゥル」 を展開した。
 味方の尽力もあり、早々に取り残されている人々がいるブロックへ救助班は到達したのだが、ここで一般人を狙うのは焔と乱は共に機動力に優れる。焔は遠距離攻撃が可能であり、乱は攻撃力こそないが精神を乱す力があるというのは資料の通りだ。
 プリセンサーの予知だけでなく、施設内の有線放送より焔と乱のみがこのブロックで確認されていることが流れている。
 その際に、時間稼ぎの方策が齎された。シンプルに、ごくシンプルに両従魔は開き戸を開けられない為開き戸の部屋に篭れというものだ。
(乱は多分そうだと思っていたが、焔もか)
 明斗が弓を射る先には乱がいる。
 広州駅の戦いに携わった明斗は乱の精神を乱す力が避難活動において厄介であることを学んでいた。
(『油断禁物。しゃきっと!』)
(はいはい)
 ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)の喝に軽く肩を竦める明斗は周囲に敵がいないことを確認し、軽く手を挙げた。
 明斗の後方、カフェのガラスの開き戸が開き、ライロゥ=ワン(aa3138)が保護していた一般人と共に出てくる。
「助かッタ」
「いえ。皆さんが無事で良かったです」
 明斗は一般人もいる状況である為そう答えるに留めた。
(今度こそ……今度こそ皆救ウ!)
(『元を断つのはどうするよ?』)
 誰も犠牲者など出さないという意気込みに応じるのは、彼の英雄祖狼(aa3138hero001)だ。
 祖狼はライロゥが動物園で無茶をしたことを忘れてはおらず、それ故に彼の愚神へ怒りを覚えているライロゥへ確かめたのである。
(……僕にはまだ力が足りないのは分かっている……皆に任せまス)
(『いいことだ』)
 明斗とライロゥはまずは一箇所に人々を集める為、迅速に動いていく。

(叶うなら一発撃ち込みたいです)
(『落ち着け』)
 このフロアの一般人全員を集め終えたゼノビア オルコット(aa0626)を嗜めたのは、英雄のレティシア ブランシェ(aa0626hero001)だ。
(『やり方に怒るのはいいが、顔に出すな。不安を呼ぶ。彼女を見習え』)
 レティシアから促されて見た先には、九十九 サヤ(aa0057)の姿がある。
 彼女は逃げ込む直前に転んで怪我をした者へケアレイを、泣き出す子供の顔をティッシュで拭いてあげ、板チョコを渡していた。そう、優しく笑って。
 サヤは避難する人々を不安がらせないよう笑顔を心掛けて、彼らと接していたのだ。
(そうですね。避難誘導する私達に希望を見るのなら、私達を見て不安になるような表情は仕舞っておきます)
 ゼノビアがレティシアに応じた後、ぐずりそうな女の子を見つけて板チョコを差し出して微笑む。
 このフロアには従魔の脅威が及んでいないが、ブロックそのものが広範囲に及ぶ。観光名所だけあり人々も少ない数ではない。迅速に安全に人々を救出する必要があるのだ。
 と、紫 征四郎(aa0076)が上のエリアから一般人を連れて降りてきた。
 上のエリアは一般人の数こそ少なかったが、開き戸の空間が少なかった為に征四郎が率先して救助に当たっている。
「戦闘は起こりましたが、皆さんは無事です」
「確実に避難させた方がいい。安全な内に」
 その背後から出てきたのは、木霊・C・リュカ(aa0068)だ。
 が、荒事が苦手であるリュカは共鳴後の主導権をオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)に渡しており、その物言いは彼のものである。
 クレヨンの限り道を記したが、状況によって安全なルートは変化するだろう。
 駆け上がってきた階段が、ずっと安全なままであると考えるのは危険。
 征四郎は全てを救いたいと思うからこそ、その点の油断をしていなかった。
 それ故に、人々がいるフロアがどれ程かを確認し、管制室、各班との連絡を細かく行っている。
(傍受されていないようですが)
(『されていないが、気を緩ませる理由にはならない。上のあいつを馬鹿みてぇに笑わせねぇ為にも1人残らず救う……だろう?』)
(勿論なのですよ)
 征四郎は他班の戦況から見ても敵がスマートフォンを傍受している可能性は低いと判断した。
 が、だからと言って、救助が絶対成功するという意味ではない。
 ガルー・A・A(aa0076hero001)の指摘に征四郎は理解していると頷いた。
「1度に全員って出来ないのが悔しいけど……」
(『落ち着いて、サーヤ。敵はわたくし達の焦りを絶対に利用する……なら、わたくし達が落ち着かないでどうしますの?』)
 サヤを言い含めたのは、一花 美鶴(aa0057hero001)だ。
 行きは予想以上に簡単に上へ行けた。
 仲間の尽力があって障害とならなかったからだが、帰りは行き以上の困難があると考えていい。
 護衛対象が大勢おり、安全の為に移動速度は行きよりも格段に落ちる。
 隊列が伸び切りがちとなり、側面からの攻撃に弱い場合もある為1度の避難は難しく、分けざるを得なかった。
 幸い、上のフロアに開き戸がある映画館があった為、そこへ残る人々を集めたそうで、入り口の防衛に明斗、ライロゥが回ったという。
 内部の安全は確認されており、彼らが守っている間にこの人々を下ろし、次いで映画館の人々を下ろす。
 明斗がバトルメディックで回復手段があり、また、両名遠距離の攻撃手段があるからこそ決断出来たことだ。
「避難を開始します。絶対に助けます。大丈夫ですから!」
 征四郎が声を張り上げ、オリヴィエと共に先行してルート確認へ移る。
「行きましょう。大丈夫ですよ」
(『サーヤ、気をつけて行きましょう。わたくし達自身の無事もまた大事なことですもの』)
 先導するサヤへ美鶴が言い含めるのを忘れない。
 ルート的にまだ側面の心配がない為、ゼノビアが殿を務めて挟み撃ちへの警戒を図る。
(『子供は遅れがちになる。気を配った方がいい』)
(ブロック的に子供の足で降りる階層ではありませんから、ね)
 レティシアが移動速度の低下こそが最も危険と言うと、ゼノビアは有事の際は自らが子供を抱えることも辞さないと微笑みの下に決意を込めて頷いた。
 階段を下りる度に爆音が轟き、それが味方の攻撃によるものなのか下の階層にもいる凶水怪物やタンロンの自爆能力に端を発しているものなのかは判らない。
「ルートを修正します」
 戻ってきた征四郎が煤けた顔でそう言う。
 恐らく、凶水怪物の自爆が階段で起こったのだろう。
 が、征四郎のダメージはなく、どうやら爆発そのものを喰らった訳ではなく、余波の煙で顔が汚れているようだ。
「防火扉で戦闘区域限定を行って貰っています。今なら、ルート変更が可能です。急ぎましょう」
 オリヴィエから一旦主導権を交替したリュカが足が止まりそうな人々を鼓舞する。
 刑次の戦闘区域限定という機転が避難ルートの選択肢を増やすことが出来ている。
 ツラナミよりエレベーターの死守について意見があり、この付近も防火扉で閉ざされた為にエレベーターに切り替えることは出来ないが、それでもその選択肢の増加は大きい。
 とは言え、従魔の自爆に対する耐久力は少々読めない為、急いだ方がいいだろう。
「行きましょう。全員で明日を掴む為に」
 征四郎の凛とした声が人々を導く。

●天空へ続く道
 一段一段、屋上へ近づいていく。
「何もないといいんだが」
(『シウお兄さん……』)
 シウ ベルアート(aa0722hero001)の呟きに、主導権を交替した桜木 黒絵(aa0722)が心中を案じる。
 輸送機の中、シウは屋上へ向かう前にエレベーターと監視カメラの調査を申し出ていた。
 何か仕掛けがあるのではないか。
 水晶塔での戦いにおいて、幻月より屈辱を受けたシウはその仕掛けで動画などを録画しているのではないかと考えたのである。
 が、防火扉で戦闘区域制限を行う下層の作戦、電脳戦を仕掛ける管制室の作戦が幻月側に露見しやすい動きであるとされ、これらの動きが終わって以後、偵察専念の麟が行った方がいいという方向で落ち着いた。
 癒活界にしても半径50m程度と推測される為、こちらが通信系統に影響を及ぼすよりも下層の戦いの悪影響の方が問題視されたのだ。
 特に屋上に近いブロックに一般人が取り残されている以上、管制室の防火扉の動きは必要不可欠であり、これについてはシウも同意せざるを得ず、麟への委託となった。
 監視カメラの仕掛けについては気がかりであったが、こちらカグヤ・アトラクア(aa0535)がTV局の戦いにおいて言及したようにネットワークカメラが主体の施設においては管制室に向かったエージェント達が専門的に仕掛ける電脳戦を信じ、自分はすべきことをと切り替える。
「防火扉の遮断が成功したようだな」
(『信じましょう、クロさん』)
 管制室からの連絡を受けた真壁 久朗(aa0032)の呟きに真っ先に反応したのは、セラフィナ(aa0032hero001)。
 例え、幻月にとってゲームに過ぎないものだとしても。
 何度でも抗う。自分達にはその意志がある。
 それを誰よりも理解しているセラフィナは諦観の終焉ではなく、希求の未来を見出すのだ。
 先頭を行く久朗と同じくして、笹山平介(aa0342)が声を上げる。
「一般の方の保護が開始されました」
 久朗が管制室の状況確認している間、平介はスマートフォンで一般人救出を確認していた。
 焔、乱の両従魔は機動力及びその能力的に一般人避難を阻害するに適しているが、どちらも移動力の見返りとして、単純に開き戸を開けられない特性があり、これを利用した形だ。
「手がないからの。篭城で時間を稼いで保護を待てば、かなり確実な手じゃ。実際TV局においても有効であったからの」
(『あの時はドヤ決めて何言ってんだと思ったけどね』)
 カグヤにツッコミをしたのは言うまでもなく、クー・ナンナ(aa0535hero001)で、どこか楽しそうなカグヤに呆れ果てている。
(『平然と命を救い、悪と戦っても、絶望や不和も楽しむカグヤを尊敬しておくよ』)
(不利な状況こそ燃えるしの。わらわ好みの愚神でもある。ゲームの行方が楽しみじゃ)
 カグヤは自らの同類相手だと楽しそうに笑うが、クーは好きにすればとだけ返した。
 もうじき、屋上へ到着する。
(『平介』)
(……大丈夫。すべきことをし、助けよう)
 案じる柳京香(aa0342hero001)の内の声に平介は声に出さず応じる。
 仲間へ笑顔を向けることは出来ても、愚神、特に幻月相手にそれが出来る自信はない。
「こちらは観覧車に囚われているという一般人救出を優先させる」
「只人を糧になど……その思惑通りに事を進めるなど、このわたしが許すと思っているから青二才なのよ」
 防人 正護(aa2336)が改めて役目を確認するのに続き、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が幻月への嘲笑を浮かべる。
(『レミア、多分あっちはお前が許そうと許さないと関係ないと思うぞ』)
(うるさいわね、わたしの言うことに口を挟まないでよ)
 狒村 緋十郎(aa3678)が思わずぽそりとツッコミすると、レミアがそのツッコミを一蹴した。
 レミアとしても、幻月の意向などどうでもいいので、その点では同じだからだ。
(『どのゴンドラにいるか見る必要があるからの、救出しやすい場所であってほしいのじゃ』)
「誰も人の未来を奪う事は出来ない。人の運命がお前の手の中にあるなら、俺が……俺逹が奪い返す! そうだろう?」
 アイリス・サキモリ(aa2336hero001)の呟きへ、正護は敢えてそれを声に出す。
 すると、志賀谷 京子(aa0150)が「当たり前よ」と声を上げる。
「手の届く限り助けることを諦めない。わたしはそれがエゴでもいいのよ」
 そうじゃなかったら、立身出世も虚しい。
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が『素直じゃありませんね』と京子の内で声を響かせるが、京子はそれが自分のスタンスと笑ってみせる。
 階段の終着点、終わりが見えた!

 屋上へ飛び出すと、そこには既に従魔がいる。
 凶水怪物とタンロンが進路を遮るように在り、離れた場所には遠屠の姿も見える。
 まだ入り口の位置的な問題で愚神の姿はない。
「正念場でござるな、張り切って行くでござるよ」
(『皆がいれば何とかできる、ううん、何とかするわよ。私達の力、見せてあげましょっ』)
 稲穂(aa0213hero001)が小鉄(aa0213)を鼓舞すると、狐月を手に突っ込むように駆ける。
 自分の役目は解っている。
 囚われの一般人を救出するエージェント達が速やかにゴンドラへ向かうこと!
「……いざ、推して参る!」
「派手に斬り焼きスッど」
(『応、やるゼ!』)
 小鉄と付き合うように齶田 米衛門(aa1482)がスノー ヴェイツ(aa1482hero001)の声と共に前に出、タンロン相手にホイールアックスで怒涛乱舞、同時に小鉄が凶水怪物へストレートブロウで吹き飛ばし、道が拓けた。
(『こちらもどうにかしないと、討伐に無理があるな』)
「せやな。──こっちは任せとき!」
 キリル ブラックモア(aa1048hero001)に応じた一二三もエージェントの道を拓くべくライヴスショット。
 密集していた凶水怪物の1体へ命中し、爆ぜた直後に小鉄、米衛門が追撃とばかりに畳み掛け、道を更に拓いた。
(『真琴、あの遠屠を狙うのじゃ。まだ銃を撃ってないなら、命中精度を上げてるやもしらぬ』)
(消兵がいるのかいないのか判らないのが、ちょっと怖いけど……)
 奈良 ハル(aa0573hero001)の言葉を聞いた今宮 真琴(aa0573)がチョコバーを口に銜えつつ、フェイルノートを引く。
 優先したいのは透明化能力を持つ消兵だが、近くにいないのか見つけられていないのか、いるとされている消兵の姿がない。
 が、進行方向上邪魔であるなら、遠屠を射ておかないと、ゴンドラ到達が遅れる。
 真琴の矢を受けた遠屠のバランスが崩れ、攻撃のタイミングがずれた間に観覧車前のスペースに向かうと、そこに、いた。
(そこにいない理由が、ありませんでしたね)
 御代 つくし(aa0657)と共鳴するメグル(aa0657hero001)が心の中で呟いた。
 トリブヌス級愚神、幻月。
 従うように控えるのは、中性的な容姿の愚神と10代後半の少年のような姿をした愚神。
 どちらもケントゥリオ級と推察がされている。
(ラシル、愚神同士の位置が……)
(『弓で分断し、回り込むしかあるまい』)
 月鏡 由利菜(aa0873)へリーヴスラシル(aa0873hero001)が端的に告げる。
 幻月を足止めし、ケントゥリオ級愚神を分断、一般人救出後に個別撃破、従魔も一掃して、幻月を討つ。
 当初より、こうした作戦であったが、愚神の配置についての考慮がされておらず、班分けでそれぞれ戦略は立て、戦場が混在しないように考えられていたが、それ以前にどのように敵を引き離すかについて考慮が不足していたことに皆気づく。
 幻月を会話で引き伸ばすという戦術は、実は賭けである。
 幻月が応じなかった場合、どの戦場に乱入するかがキーポイントであり、そして、応じない可能性のひとつとして『攻撃行為』があった。
 配下の愚神達へ愛着を持っているかどうかは知らないし興味もないが、密集している所に攻撃を叩き込めば、あちらは会話よりも自分のゲームを優先させてしまう可能性がある。
 売れない駄作を大作に見せるだけの馬鹿げたプロモーションであると由利菜が言う前に、その馬鹿げたプロモーションを崩す最も重要な基本を、ここにいる誰もが不足していたのは事実だ。
「何変な顔してんの? もしかして、ボク達がそれぞれ別の場所でがおーってしてるとでも思った?」
 その幻月は楽しそうにこちらを見ている。
 距離が思ったよりゴンドラに近い──これも、計算外だ。
 が、メグルはそうではない、と思い返す。
(つくしは、あの時その身をもって、距離を実感していた……これは、ありえたこと)
 判明している攻撃方法を思えば、ありえたことだ。
 見た所、幻月の近くのゴンドラには人々はいない。
 が、人々がいるとするなら、この屋上を横に周回するゴンドラのレールを通って、落下の危険性乗り越えた先のゴンドラだろう。
「予想外とかつまんないこと言わないよね? 一流の娯楽サン?」
「俗物が……!」
 由利菜が鋭く睨むと、幻月は腹を抱えて笑った。
「君が自分の力とビボーと正義にしか興味がないように、ボクも自分のゲームを愉しむことしか興味がない。君流に言うなら、これがボクの正義かな。あぁ、それなら、君は案外愚神向きだね? ボクらも自分達の正義には大変興味があるし、君は自分の正義の為なら、人を区別も差別もしそうだし。そうだ、転職しない?」
「ラシルを愚弄するなど……!」
(『落ち着け、ユリナ。相手はお前の反応を愉しんでいる!』)
 リーヴスラシルもこの上もない侮辱に血が沸騰しそうであったが、ここは戦場であると押さえている。
 まずは、人々を救わなければ──
「僕達をゲームで絶望させたいのなら、少し話でもいかがですか?」
 メグルは、注意を引くように口を開いた。
 内で眠るつくしの為にも、この戦いで。
 その決意を胸に抱き。

●寡兵を補え
 従魔討伐を行うエージェント達も激闘が続いていた。
 救出班が一般人が取り残されたフロアへ到達し、それから暫くして屋上への到達連絡が入っていた。
「さて、ここからが本番ですね。気合入れていきましょうか」
 蘿蔔が呟き、この階に設置されていた消火器を振り撒く。
 一般人が通る箇所は足を取られて転倒する可能性がある為、振り撒く方向も慎重を期する必要がある。
 壁を背にし、後背を衝かれないよう注意しての散布により、消兵が姿を現した。
 これを見た央が最優先対応と消兵へ孤月を叩き込むと、ちょうど槻右がヴァオを引きつけて拓海まで戻ろうとするのを狙い、タンロンが一斉に光を放つ!
「!?」
 ツラナミとギシャが直前に1体ずつ仕留めたが、残るタンロンの光線、装填が早いグァンが槻右へ命中した。
 魔法攻撃に強いとは言えない槻右の顔が攻撃の痛みに歪む。
(『拓海、ヴァオの注意を!』)
(ああ!)
 メリッサと言葉を交わした拓海が駆け寄り、迫るヴァオへ攻撃し、注意を引きに掛かった。
 が、引きつけた分ヴァオの数が多く、その対処が若干面倒だ。
 けれど、ここで消兵を仕留めた央が駆けてくる。
「荒木、肩を貸せ! 一気に仕掛けるぞ、行けるな!?」
「来いっ飛べ!」
 拓海が躊躇なく答えた次の瞬間、央はその肩を借りて跳躍、女郎蜘蛛を発動させた。
「央さん……何だそれ楽しそうっ」
(『バカモノ、さっさと食べ終われ』)
 槻右がその光景に思わず声を上げるが、野乃がノイヤースプレッツェルの咀嚼を優先させろと喝を入れる。
 この間、絶好のタイミングで蜘蛛の巣に絡め取られたヴァオへリィェンのシャープエッジが抉るように飛び、蘿蔔がトリオで続く。
 食べ終わり回復した槻右がここで怒涛乱舞、ヴァオを一網打尽とした。
 その合間も刑次がタンロンを優先的に狙い撃つ。
「第一陣降り始めたようだなー、まだ時間掛かりそうだけど、のんびりは出来ないなこれは」
(『当たり前のことを』)
 刑次が齎される避難状況へ言及すると、アストリアがその内でそう言う。
 続く情報は避難する一般人が最も早く到達するであろうフロアが寡兵である為の劣勢連絡だ。
「これは行っていただいた方がいいね」
 優先順位を素早く決め、刑次は遊撃のリィェン、有事に応じて上層へ駆け上がるという意思を聞いていた拓海、央へ状況を伝える。
 自分は班長だの指揮官だのご大層な存在ではない、その情報をここにいる全員へ伝えるのみだ。
『了解、最優先で上を狙う。ヴァオ、低位人狼はある程度減らした。タンロンの数が少し多い。消兵は消火器を使う時間が惜しいから対処してない』
「十分助かるねぇ」
 遊撃に動く為ここにはいないリィェンから成果報告を受け取り、刑次は短く応じる。
 寡兵であることもそうだが、ここのエリアを担当するエージェント達の中にバトルメディックがいない。
 この為、アイテムでの回復が生命線だ。
(『央、急いだ方がいいわ』)
「解っている。──三ツ也、何かあれば連絡を寄越せ。こちらも対応する」
 マイヤへ短く応じた央は槻右を見た。
「2人共気をつけて。下層は何とかするから」
「頼んだ。それじゃ、最後に──ごちそうさん!」
 槻右の言葉を聞いた拓海が最後にどこかにいたらしい低位人狼が襲い掛かってくるのを見、怒涛乱舞を浴びせた。
 彼らは振り返ることなく階段を駆け上がり、上層の支援へと向かう。
「さーて、お歴々、報酬上乗せ要求するレベルで忙しくなると思ってねぇ?」
(『そもそもそういう問題では』)
(発奮材料は大事だって)
 刑次が消火器に塗れた消兵が接近してきたことに気づき、蘿蔔と共に迎え撃つ。
 ツラナミとギシャがタンロンへの対応に回り、エレベーターホールに繋がる防火扉を死守する。
(『ツラナミ、タンロンの数が上程多い』)
(防火扉、ある程度読んでんだろ。エレベーター使えりゃ大きいからな)
 38の指摘にツラナミが面倒そうに答える。
 この確保の動きでタンロンから集中攻撃を受け始めており、その数の多さから負傷がだいぶ嵩んでいるのだ。
 が、階段へ着目するエージェントが多い中、選択肢を縛らないよう、また、いざという時の避難効率化を見据えてエレベーターというルートを捨てず確保している動きは、特に屋上で一般人を救助するエージェントにとって助かるのだ。
 何故なら、一般人が歩けなかった場合、階段は危険であり、エレベーター使用をしなければならない場合も想定される為である。
 エレベーターを落とされるのではという意見が出る中、フリーの殺し屋たるツラナミはその点を述べた。
 それは、エレベーターの仕組み。
 エレベーターのワイヤーは強固かつ複数で、1本でも何とか支えられるレベルのものだ。
 が、その常識は一般的なもの、愚神や従魔の攻撃に耐えられるかどうかは別問題であろう。
 ワイヤーが全て切断された場合、エレベーターはその構造上空気が逃げないということもあるが、各階に安全装置があり、落下した場合は作動することになっている。
 落下事故はそれでも存在する為絶対にないとは言い切れないが、高層に到達するものであればある程強風等の影響を受けたりする為にこれらが徹底しているのだ。
 ──確保しておく価値がある。
「人数の少なさと回復手段の少なさは如何ともしがたいですね。戦闘区域の制限がなかったら、もっとずっときつかったでしょう」
(『ああ。上層でも大いに助かってる。感謝しないとな』)
 チョコレートを食べた蘿蔔が頃合いと判断し、出来る限り効率的な場所でと怒涛乱舞を発動させた刑次を見る。
 その攻撃直後を狙おうとした低位人狼へギシャのデビルブリンガーが吸い込まれ、その生命を刈り取るが如く仕留めた。
「上、どうなったかなー?」
 情報は伝え聞いており、避難が始まったと言うが、防衛ラインの破壊はまだである。
 加勢に向かったなら、状況は良くなる筈だが──
(『信じろ。ちゃんと勝って降りてくる筈だから、笑って歓迎してやれ』)
「りょーかい。さーて、残りも殺すねー」
 ギシャは明るく笑って、その無垢な狂気で敵を殺しに行く。

●響く嘲笑
 呼応するように石井 菊次郎(aa0866)が口を開く。
「退屈なのか、ただ空虚なのか……。しかし、御身は何とも中途半端ですね。駒を絶望の底に落すには些か生温い」
 彼もまた幻月の足留めサポートである。
 立ち位置が立ち位置である為に気を逸らす必要があることより、問いかけを優先しなければならなかった。
 実際は特殊能力の妨害や未判明の特殊能力を引き出すことをしたいのだが。
 が、幻月はただニヤニヤ嗤っているだけだ。
「また新しいのを用意しておくから、とあの時あなたは仰いましたが、今度は何をされるおつもりですか?」
「勝つ術もない。屈辱ながら、隠された能力を──」
 直後、その掌がゴンドラへ向いた。
 放たれたのは、重力波。
 貫かれたゴンドラが勢いに負けて吹っ飛び、地上へ落ちていく。
 既に周囲に人もなく、落ちても問題ないとは言え、だ。
 恐ろしい音が地上へ響き渡り、幻月は久朗が音の原因を報告、今回は問題ない旨を告げるのを見つつ楽しそうだ。
「今、あそこに人が囚われてたら、どうなってただろうね?」
 時間稼ぎの話術を見抜かれている。
 背後で従魔と戦っている小鉄、米衛門、一二三がおり、その援護に真琴が入っている状態が見えているのだろう。
 更にその奥、人々のいるゴンドラを選別し、救出すべく動いているエージェントの姿を。
「構ってる暇なんてない!」
「同意じゃの。救える命は救わぬとな」
 ゴンドラのレールの上に飛び乗る京子とカグヤをタンロンが狙い撃つ。
 浮遊する分地形効果を受けにくく移動する強みを持つタンロンは優先順位も高いが、数が多く、全てを問題なく対処と言うのは難しい。
 カグヤがリジェネーションを自分と京子へ付与しているが、追いつかない程タンロンが殺到している。
「このまま救出に成功してもエレベーターホールへ連れて行くまでに只人が危険だわ」
「切り拓きます」
 レミアが声を上げた直後、オーガドライブを発動させた平介が防御を捨てて切り込む。
 タンロンを叩き落すようにして仕留めるが、ゴンドラの上にいた遠屠が平介を狙う!
(『ジーチャン!』)
 アイリスの咄嗟の一言で正護は指を遠屠へ向け、銀の魔弾。
 防人流雷堕脚は着地地点がレールである為に危険であり、逆に平介の危機を招きかねないと判断しての対応だ。
 バランスを崩した遠屠がレールの上へ落ち、そこを真琴が狙い撃つ。
「ありがとうございます。助かりました」
「遠近対応し易い分、俺が敵の攻撃を凌ぐ。それまでに頼む」
「任せなさい」
 正護が礼を言う平介と九陽神弓へ武器を変えたレミアを見、現在位置から遠いゴンドラを目指してその身を翻す。
 一旦レールから降り、最寄りから再度飛び移るのが最短であるのが歯痒くはあるが。
 そうした動きが見えている分、言葉を交わす意味は気づかれ易い。
(そないに余裕ならやっぱり──)
 一二三はアンテナマストの内部に仕掛けがあるのではと心の中で呟く。
 その仕掛けがあるから、余裕なのではないか、と。
「君達の大根役者っぷりには欠伸が出そうだったけど、繋結(ジージェ)が愉しんでるし、泰山(タイシャン)も愉しまないと不平等かな」
 じゃ、遊ぼうか。
 不意に響いた声はエージェント達を戦慄させた。
 会話に応じるつもりが、ない。
 それが人々を救う為、配下を倒すまでの時間稼ぎと気づかれてしまっている為であろう。
(『会話で足留めは言わば相手が反応してくれること前提。選択肢を相手に与えたと言うことだろう』)
(強制的に持ち込まなければきつかったですか)
 テミス(aa0866hero001)の声が響き、菊次郎は支配者の言葉でタンロン辺りに幻月の傍で自爆する洗脳でもすれば良かったかと思う。
 が、そもそも支配者の言葉を活性化させておらず、仮に行使したとしても成功したかどうか判らない策である為、結果が異なっていたかどうかの断言は出来ない。
 滑るように幻月と泰山がやってくる。
「愚神がここまで揃ってるのは壮観といえば壮観ね。見た目もいいし」
(『ワタシの方が』)
 餅 望月(aa0843)は百薬(aa0843hero001)の言葉に軽く竦めると、スナイパーライフルを構えた。飛ぶことは出来ない翼がその背に広がる。
 狙いは、繋結。その手に銃を持っており、遠距離の攻撃手段である為に突出しないことは明らかであるからだ。
「どういう力を持っているかも判らないし、ね!」
 その言葉と同時に引き金を引くと、繋結にあっさり命中する。
 あまり強くないのだろうかと一瞬思ったが、それにしてはダメージが浅い。その上、癒活界が展開されたのだろう、その傷は癒えていく。
(場所が悪すぎる。身を隠して近づくに最適の場所がない)
 ヴィント・ロストハート(aa0473)が舌を打つ。
 敵がどこに、どのようにしているか。
 ゴンドラに人々が囚われているなら、その付近は確実に想定出来るもの。生命を吸い取る治癒能力の効果範囲、あの重力波が狙い易い場所というのは、プリセンサーの予知の段階で読んでおくべきことであった。
 そして、そうした位置が見通しがいい為に可能な限り気配を殺して距離を詰めながら死角へ移動しても丸見えである。
(『ヴィント、由利菜さんに合わせよう』)
(それが現段階成功率が高いな)
 ナハト・ロストハート(aa0473hero001)の声を聞き、ヴィントは由利菜がフェイルノートを携えた突進射撃に呼応するように動く。
「……行くぜ、ルゥ……全力を出し切って、その先を切り拓く。──その『力』を借りるぜ……ッ!」
(『ヒジリー……こういう時は『一瞬』が勝負だからね……?』)
「あぁ、解ってるぜ!!」
 ヴィントと同じように奥へ向かう東海林聖(aa0203)は、Le..(aa0203hero001)の言葉を聞きながら切り込んでいく。
「おやおや、通行料を──」
「それはこっちの台詞だ」
 雁間 恭一(aa1168)より主導権を交替していたマリオン(aa1168hero001)がハイカバーリングで幻月の攻撃を受ける。
 この期に乗じ、聖、ヴィント、由利菜、望月が幻月を突破、繋結と呼ばれた愚神と幻月達を遮断するように立つ。
「なあ、ライヴス吸いと言うのはどうしてこう『人』に拘るのだ? ゲームだとか言いながら貴様の方が人の性に憑りつかれているように見えるのだが……」
(『おい、話し掛けるな! 注意が──』)
 恭一が注意の声を上げた時には、マリオンの腹部を重力波が貫通していた。
 リンクコントロールにリンクバリア、自身を高めていたが、想像以上に重い一撃である。
「なあ、畜生と言うのはどうしてこう馬鹿なんだい? あぁ、だから、畜生でしかないのか」
 顔を見た際、恭一は遠目の幻月が優男に見えた。
 マリオンは自分の姿でなければ恭一は敵に間違われかねない、とも。
 が、それは誤りであったと思う。
 間近で見る幻月はどちらにも受け取れる。愚神なら無性でもおかしくな──
「ハッ! ソの『畜生』ヲ真似た姿シカ取れナイ癖に!」
 佐倉 樹(aa0340)の半身、シルミルテ(aa0340hero001)のものだろう。
 泰山を起点に幻月を巻き込んでブルームフレアをするも、その傷は癒活界の恩恵を受ける。
「このタワーよりも綺麗な縦直線、ひとついいことを教えてあげるよ」
 樹の直前に幻月が迫っている。
 泰山より範囲攻撃が発せられた為、樹へカバーが間に合わない!
「『逆』だよ。真似っこして粋がるなよ?」
 嘲笑と共に掌がまっすぐ向き、樹はその顔面に重力波が叩き込まれた。
「貴様……!」
(『クレアちゃん、後!』)
 クレア・マクミラン(aa1631)の激昂をリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)が一蹴する。
 リジェネーションではこの負傷は厳しい。
 リリアンより助言を受けたクレアがケアレイを発動させる。
 だが、完治には至らず、輸送機内で預かった回復アイテムの数々からチョコレートを手渡した。
「一緒にするなよ……」
 樹とクレアの声が重なり、彼女達は顔を見合わせる。
 言葉も笑みも交わしている暇などないが、胸の大小に関係なく仕舞おうと思わない『それ』が同じと判れば、それでいい。

●辿り着け
「さてと……ここが一番の大勝負……皆行くぜ!」
 千颯はアンジェリカ、九繰が上層へ駆け上がるのを見届け、全員を見る。
 このフロアに愚神がいることは管制室の情報で明らか──従魔がいようとも、優先順位は愚神だ。
 幻月はトリブヌス級とされており、従魔はともかく愚神はケントゥリオ級で間違いないと言われている。従魔の数は多いが、放置して戦うのはより危険である。
(『行くでござるよ!』)
 共鳴直前、【駄菓子】班全員へ「必ず守るでござる。だから気にせず突っ込むでござるよ!」と鼓舞した白虎丸(aa0123hero001)が千颯の中で始まりを告げる。
「んじゃま! 行くぜ!」
 千颯は皆をその背に護るように、一直線に愚神へ駆け出す!
 フロア中央、年齢も性別も判別つかない程老いた姿の愚神、識別名『絶怖(ジュェブー)』が従魔へ護られるようにしている。
「殺される的が──!?」
 千颯がさっと横に飛び退くと、そこには鹿島 和馬(aa3414)の姿が。
「的はそっちだぜ!」
 千颯に隠れるよう身を屈め、低い姿勢からのジェミニストライクが叩き込まれる。
 絶怖へ狼狽こそ与えられていないが、その弓を引かせるチャンスを潰すことは出来ると朝霞のドラゴンスレイヤーが続く。
「このイリュージョンアタック、見破れると思わないことね!」
(『朝霞、そんな名前あったか?』)
(今名付けたわ!)
 ドヤ。
 ニクノイーサのツッコミに朝霞が応じているその合間に呉 琳(aa3404)が跳躍していた。
 着地し、空気を裂くようにしてストライクを放つ。
「イリュージョンアタックの最後にしては可愛いの!」
 絶怖が間合いを取るかのように弓を引き絞って琳へ弓を撃つも、その弓は琳を護るようにして在ったライヴスの鏡により弾き返され、絶怖自身を貫く。
 自身の攻撃そのものに貫かれて顔を歪める絶怖へ千颯がフラメアを迷わず突き出した。
「小僧共が……」
「年の功なら負けるけど体の大きさなんて関係ねぇってこと証明してやるぜ?」
 琳がすぐさまバックステップで間合いを取り、絶怖を見る。
(『今回は上手く決まったけど、全部決まる訳じゃない。ま、意識に残るだろうから、フェイントになるだろうけどね』)
(おう、解ってる。だから、俺は奴に集中する。いつも通り――行くぜ、相棒)
 全体を意識したサポートを担う俺氏(aa3414hero001)へ絶対の信頼を寄せているから、和馬はそう言える。
 ウラワンダー登場の瞬間、黄色い声を上げた和馬へも通常営業であった俺氏は英雄的な白き牡鹿(本人談)らしく「任せてよ」とここでも通常営業。
 従魔もこのフロアにいるが、絶怖へ誰も向かわないのは危険過ぎる。
 凶水怪物の自爆を使った攻撃を指揮する可能性もあり、そうなれば救助に向かったエージェントも無事ではないだろう。
(『ここまでは順調だ。だが、ここから本番であると忘れるな』)
 いつもは茶化す濤(aa3404hero001)の声が緊張に張っている。
 ここに駆け上がってくるまで、琳は自分が足を引っ張ったりしないよう班全員のスキルや武器を考え、自分の戦い方をシュミレーションしていた。
 が、濤は実戦がシュミレーション通りに進まないことを知っている。敵の能力も判らず、判ったとしてもそんな簡単な問題ではない。
「そちらが挨拶したのじゃ、こちらも挨拶するぞ!」
 絶怖を中心に光の刃が解き放たれた!

 一方、救出班に程近いフロアへ到達したアンジェリカ、九繰は苦戦を強いられていた。
 愚神絶怖以後のフロアである為、従魔の数こそ少ないが人手の少なさもあり、1体を倒すのに時間が掛かっている。
「こうしているってことは、簡単に帰さないって意味だよね?」
(『その方がお好みなんだろうな』)
 アンジェリカがエクスキューショナー の重量を生かして振り下ろして凶水怪物を仕留めれば、マルコが冷静にそう言った。
『そろそろ一陣が階段を降り始めるそうですので……急がないといけないですよね』
「そうだね。戦闘の真っ只中を避難なんて危ないし」
 機動力の高さを生かしてフロア内を駆ける九繰は救出班の状況確認を怠っていない。
(『当たり前だ。危険の最中に美しい女性を放り込むなどダメだろう』)
「行き着く所、そこ!? それなら、救出班へ加わった方が良かったんじゃない?」
(『そうしたかったが、その道を切り拓く方を優先させないとな。そもそも護る必要などないように』)
 アンジェリカはそれを聞いて、はっとなる。
 いざという時は一般人を庇おうと思っていたが、そもそも敵が残るフロアを通過させるようなことなどあってはならない。
 相手が何をするか判らない以上、その配慮は最大限にして然るべきこと。
 護りながら避難、ではない。その必要がないようにするのが自分達の役目だ。
『このフロアの薄はどうにかしました。人形は元々いないようですが、屍食鬼亜種にも注意してください。滑空します!』
「今来てる!」
 凶水怪物を優先させていたアンジェリカはその攻撃を阻むように滑空してきた屍食鬼亜種へやむを得ずストレートブロウを放ち、その間合いを取らせる。
 が、凶水怪物が階段へ向かい、直後に爆発音──自爆能力を使われたことを音で感じた。
「状況は!?」
『紫さんより連絡が入りました。先行している征四郎さん達も巻き込まれていません! 防火扉遮断で新たに確保されたもう一方のルートへ変更となります』
 九繰の返答にほっとなるが、ルート変更は一般人への負担が増え、良いことではない。
 既に負傷が無視出来ないレベルになっているが、それでもとアンジェリカが気を吐いたその時だ。
 凶水怪物の側面から央が飛び出してくる。
 アンジェリカはそれが見えていたが、恐らく潜伏を発動していた央は凶水怪物の予想外だったのだろう、思わず足が止まったその瞬間を見逃さず、ジェミニストライク。
 その背後ではアンジェリカが吹き飛ばした屍食鬼亜種が断末魔の叫びと共に崩れ落ちると、その向こうには拓海がいる。
「降り始めたなら、こっちを先にしないとね」
「下から上にリィェンが動き出している。こちらも下へ行くぞ」
 拓海からチョコレートを渡され、アンジェリカは口に放り込み、その心身を束の間でも癒す。
 と、向こうから、別ルートの安全を確保した九繰が走ってきた。
「降りましょう。絶怖がいるフロアも従魔が多いそうです。速さ勝負ですよ」
(『九繰、急ぎましょう。この下のフロアには従魔がまだいます。命を救う道を作るには時間が掛かりますから』)
 エミナに促されるように九繰が先頭に立って階段を駆け下りようとして、アンジェリカにひとつ依頼を出した。
「戦闘の余波で階段の応急処置が必要な箇所があります。お願い出来ますか?」
「任せてよ」
 想定外であるが、ウレタン噴射器を本来の用途で使用したアンジェリカは共に階段を下りていく。

 フロアの敵を排除し、少しずつ上へ上がっていく。
 管制室のフォローがあってこそ出来ることだが、やはり数は多い。
(『……ん、上のフロアで爆発』)
「凶水怪物の自爆だろうな」
「誰か巻き込まれては……」
(『無事だといいが』)
 リーヤに応じるように遊夜が上を見上げると、真赭がそのことを心配する。
 緋褪も案じる中連絡を取った黎夜が九繰経由で爆発の影響を伝えた。
「人的被害はゼロ。ルート変更するだけみてーだ」
 上へ向かったエージェントの数は少なかった。
 その状況を受けて拓海と央が向かうという連絡があったが、彼らは間に合うだろうか。
「と言っても、うちらも安心してる場合じゃねーな」
 黎夜の言う通り、敵の数は多く、回復手段は有限だ。
 皆何を優先して対応するかという攻撃目標をはっきりさせていた為、数の多さを考えればこれでもかなりいい部類だ。
 が、屍食鬼亜種の滑空して接近する能力が地味に面倒で、接近されれば優先対応せざるを得なくなり、その間に凶水怪物の攻撃や自爆を受けることもある。
「上に上がる毎、数も増えてるね」
(『凶水怪物も増えてきたね』)
 アリスが屍食鬼亜種を撃ち落とすが、別方向からも迫っている。
 が、その爪がアリスに届くことはない。
 アリスの後方、階段から強烈な烈風波が放たれていた。
 誰か確認する必要はない、広域において従魔を駆逐するリィェンのもの。
(『何かこうやって動き回って敵を狩っていると妾達の方がダンジョンに出てくるモンスターのようじゃな』)
「いや、それ洒落になってないだろう」
 リィェンはインへぽそりと呟く。
 現状、このフロアの従魔討伐に加担した方がいいと判断し、烈風波を放った屠剣からシャープエッジへ切り替える。
「自爆は絶対にさせない。残さず落とす」
(『出し惜しみしている場合ではなさそうね』)
 凶水怪物が集おうとする動きで自爆の危険を感じ取った黎夜がアーテルの言葉に応じてゴーストウィンドを使い、不浄の風でその歩みを止めさせる。
 その瞬間を見過ごす者はなく、一斉の攻撃によりこのフロアの脅威は排除された。

●完全排除
 寡兵であり、回復手段も乏しい。
 有利な状況とは言い難いが、下層で従魔を討伐するエージェント達は連携し合い、確実に倒していく。
「いましたっ!」
 槻右が自身の消火器を振り撒いた先に消兵の姿が見える。
 攻撃して透明化が解除された後、再度透明化をされた場合、消化剤ごと消える可能性もあると蘿蔔、ツラナミが優先的に対応し、確実に仕留めていく。
(さっきはビックリした)
(『見分けは容易であったがの』)
 槻右は先程拓海と央に変じた低位人狼を仕留めていた。
 拓海もその見分けを注視していた為、槻右も野乃が言うように徹底しており、戸惑いを相手が知ることなく対応したのだ。
 もっとも、何も知らなくともあからさまにその言動が似ていない為、騙まし討ちされることなどなかっただろうが。
「でも、振り回せなかったのは残念」
(『拘束するのと、拘束した相手を投げ回すのは意味合いが違うであろうが』)
 槻右としてはハングドマンで低位人狼の首周りを拘束し、振り回すことで周囲への攻撃にもならないかと思ったが、拘束は想定されていてもそうしたことに想定された武器ではなく、また、低位人狼の重量も軽いとは言い難い為、残念ながら失敗し、ごく普通に倒すこととなった。
「だいぶ下まで降りてきたねぇ。今、愚神のいるフロアを突破したってさ」
(『回復手段が尽きている。油断するな』)
 刑次から齎される情報を聞いたレオンハルトが蘿蔔へ注意を促す。
 愚神のフロア突破はひとつの山だ。
 そこまでに倒せれば理想であっただろうが、少ない人数で広範囲をカバーしているこの状況、寧ろ足止めすることなく突破していること自体が戦果として大きいといって良い。
「まだ制圧してないフロアもあります、からね!」
 蘿蔔がレオンハルトの言葉を認めるように攻撃直後のギシャを狙うタンロンを撃つ。
 既に音で従魔の気を引く段階ではない為、魔銃フラガラッハから九陽神弓へ武器を変更した蘿蔔は攻撃を喰らわない位置からの攻撃になっており、最も負傷していない。が、彼女以外のエージェントの負傷が濃く、油断出来る状況などない。
(『タンロンの数が減りだしてる』)
「減ってる……帯刀君、管制室のカメラ。担当エリアぎりぎりのフロアの確認」
 38の言葉を聞いたツラナミは刑次へ急いで声を掛けた。
 エレベーター死守を考えていたからこそ、タンロンの動きを最も見ており、彼らの意図に気づく。
 刑次が確認を取ると、意図を理解した管制室側からすぐ上のフロアから全てのタンロンが安全ではないと候補から外されているルートから上へ上がっているという情報が齎される。加え、すぐ2つ上のフロアから全ての敵が上を目指している、と。
「防火扉を吹っ飛ばして奇襲って所かねぇ。乱暴すぎておじさんこわいわー」
(『のんびりしている場合か。敵が情報を傍受しているかも──』)
「あ、それはないね」
 アストリアへ刑次がのんびり笑う。
「傍受しているんだったら、加勢を妨害しているからね。皆無事に到達してる。ではなく、予め、こういう状況である場合っていう指示? プログラム? そっちだろうねぇ」
 エージェントが有利不利で加勢は敵も読んでいるだろう。
 だが、その的確なタイミングは戦況による。
 傍受していれば、ここで的確な邪魔をして、味方へ到達出来ない苛立ちを見て嗤う。
 ──屋上の戦況を聞く限り、リアルタイムの情報を聞いて揺さぶるといったことはなく、単純にこちらを読んで仕掛けているだけと判る。
「どうするー? 追い掛けて殺しちゃうー?」
「こっち全部どうにかしとかないと、後ろからやられちゃいそうだからおじさんはやだなー」
 ギシャの問いに刑次が変わらない調子で応対。
(『だろうな。それも全て計算しているだろう。なら、確実に対処してから向かった方がいい』)
「なるほどー」
 どらごんの言葉を聞き、ギシャはやっぱり場にそぐわない明るい調子だ。
 一方、刑次もアストリアから『後顧の憂いを断つと言え』と内々に怒られていたりする。
「面倒ばかり増やしやがって……」
「まー、存在そのものが面倒だしねぇ」
 だるそうなツラナミへいつも通りの対応の刑次がタバコに火をつけ、笑う。
 喫煙している場合かという怒りの声が当然飛んでくるが、彼は彼であることを変えない。
 それはツラナミにもギシャにも言えることだが、彼らの強みとも言える所だ。
「残りフロア、近づいてくる皆さんの為にもしっかり排除しなくてはいけませんね」
 蘿蔔が眼差しを強くするその頭上から爆音が響く。
 刑次から防火扉の一部がタンロンの自爆で吹き飛んだという情報が齎され、先行していた征四郎とオリヴィエが応戦しているという。また、低位人狼の伏兵が奇襲し、こちらはサヤとゼノビアが応戦するとか。
「拓海も央も戦っている。なら、僕は僕のすべきことを」
 槻右が彼らの状況を確認し、小さく呟く。
 刑次の情報によると、タンロンの移動、恐らく消兵の残存も上へ移動しているだろうが、リィェンによりヴァオ、低位人狼も減っていた為にこことすぐ上のフロアさえ排除すればすぐに迎えるとのこと。
「防火扉吹き飛ばしたお陰でタンロンも実質数減ったしねぇ。エレベーター側を飛ばす程じゃないかな」
 負傷は多いが寡兵を埋める為に効率性を考えた刑次の発想の転換もあり、彼らは従魔を廃し、征四郎とオリヴィエの元へ向かう。

●圧倒しろ
 千颯、朝霞に取り囲まれる形の絶怖は依然として余裕のままだ。
 他の従魔が妨害してきており、それが純粋に邪魔なのもあるが、範囲攻撃だけでなく、追尾攻撃を持ってきており、これが最もネックだった。
「あの追いかけてくる氷槍、何とかならないかしらね」
「撃ち落とせれば早そうなんだがな」
 朝霞へ応じる千颯はケアレインを発動。
 自分も仲間も生きる為にというその底力が治癒能力をより高める。
(『和馬氏、我慢の時間だよ』)
(解ってる。あの氷槍、追尾能力は大したもんだ。ちゃんと対象を識別してる)
 物理攻撃については海神の斧を鍛え上げたこともあり、かなりのものだが、防御方面は高いとは言えない。
 突出すればその高い攻撃力を生かすよりも千颯、朝霞の負担を増やしてしまうことより、和馬は両者を歯痒くも遮蔽物としている。
 それは琳も同じで、両者に護られるようにして動きを見ることに専念している状態だ。
「そっちの子供はさてさて、何をするつもりなのやら」
 絶怖は琳が全く攻撃してこない意味に気づいているのだろう、隙あらば琳を狙おうとするが、千颯が率先してその背に琳を隠し、追尾攻撃の師弟にすらさせない。
(『天井の高さ的に曲射はないでござろうが、気を抜かない方がいいでござる』)
(ああ。あの氷槍が特に拙い)
 白虎丸に応じる千颯の表情には遊びがない。
 降りてくる一般人の中には親子連れがいるという情報があり、父親である彼は子を喪わせる悲しみを同じ親に背負わせるものかという想いを尚のこと強くしている。
 その背に庇う琳、和馬が防御面に不安を残すこともそうだが、その情報が尚のこと彼を強くしていた。
 圧倒的な数の不利もあり、幾度となく回復の必要もあった。その為、戦線維持に必要な回復面が心許なくなり、絶怖以外の従魔を減らすべきか考えた、その時だ。
 不浄の風が周囲を荒れ狂い、特に人形がいる周囲を薙ぎ払う。
 敵を察知した凶水怪物がこれに乗じてと和馬、琳へ襲い掛かろうとするが、その動きはライヴスで編まれた蜘蛛の巣に絡め取られた。
 振り返ってる場合ではないと千颯が絶怖へ走っていくのを察し和馬、朝霞、琳が続く。
「何度も同じ手を喰らうとでも」
「琳ちゃん! 決めちゃって!」
 千颯がその言葉と同時に、横へ跳んだ。
 後ろにはやはり和馬がいるが、その和馬が身を屈め、琳が朝霞の手をワンクッションに和馬の背を飛び越し、オートマチックを向ける。
(『タイミングを逃すな』)
「駄菓子!」
 濤への応答代わりに上げた声が合図とばかりに琳のフラッシュバンが放たれた。
「小賢しい真似を!」
 ケントゥリオ級と推測される絶怖はその閃光を物ともせず、瞬時に氷槍を琳へ向かわせたが、その氷槍は琳の直前、炎によって砕け散る。
「砕けば、同じ」
 アリスのブルームフレアだ。
 高い魔法攻撃力を持つアリスだからこそ出来た芸当でもあるだろう。
「従魔はこっちに任せて」
「譲ってやるからしっかり倒せ」
 拓海と央が凶水怪物へ向かっていく。
(『央の発想と私の技能があれば……敵じゃないわ』)
 マイヤの言葉に恥じぬように央が向かっていく。
 ここへ来るまでの間の戦闘で全ての回復手段は終わっている。それ程従魔の数は多かったが、まだ、戦えるのだ。
「進行ルートに瓦礫がないのは救いだけど、討伐後の通過は厳しい……」
(『だが待機させておくのも危険だ。黎夜の指摘通り、援軍が来た場合護るのが厳しい』)
 真赭も緋褪の指摘は理解している為、フロア接近を気にしているのだ。
(『九繰、状況を伝えることに専念してください。時間勝負です』)
(この戦いに皆さんを巻き込む訳にはいかないですからね)
 エミナへ応じつつ、九繰は征四郎との連絡を密にする。
 下層は黎夜と遊夜の凶水怪物の自爆能力を警戒した優先対処で階段爆破されていないが、それでもフロアで自爆したものもおり、その戦闘の影響は出たらしい。
 が、黎夜、真赭がウレタン噴射器を噴射して応急処置を行っている為、避難に影響は出ないそうだ。
 アリスが回復アイテムを多く持ち込んでいたこともあり、その被害は最小限とも言える。
「人形を先に潰す。多分、回復を潰せば全然違う」
 黎夜が死者の書で人形を確実に狙っていく。
(『愚神の獲物は弓か』)
「役割を間違えない」
 今はある怪我が原因で共鳴しなければ弓が引けないものの、かつての世界の自分を思い出すのか、アーテルが絶怖の獲物を見てそう言ったが、黎夜が逆に正した。
(『ええ。なすべきことをしましょう』)
 アーテルの呟く背後で、凶水怪物相手に気を吐くアンジェリカが拓海、央と共に敵を倒している。
「好き勝手に出来ると思うな!」
 正にその通りとばかりに、ここより絶怖への猛攻が始まる。

「そろそろ終わりよ!」
「何人増えようとも死体が増えるだけじゃ」
 朝霞へ応じつつ、絶怖は弓を撃って牽制し、近寄らせようとしない。
 が、その攻撃直後の隙を縫うようにして千颯が床を蹴っており、フラメアを突き出す。
 それを回避した瞬間、和馬が回り込み、その姿が分身した。
「……っ!」
 回避し切れず攻撃を受ける絶怖の背後から琳が威嚇射撃を行うと、その顔が怒りに歪んだ。
「小僧共がッ!」
 再び放たれる光刃が周囲にいたエージェントを容赦なく切り裂く。
 朝霞がケアレイ、千颯もエネルギーバーで支援する。
「いつまで傷は癒えるものかのぅ。後ろは回復出来ぬようじゃが」
 言っている内容は戦闘開始時とさほど変わらないが、その口調は戦闘開始時とは異なっている。
 つまり、追い詰めているということだ。
 その時だ。
 アリスの紫電の矢に気を取られた一瞬を見逃さず、黎夜が残るブルームフレアを叩き込んだ。
 それ自体は大したダメージではなさそうだが、『その一瞬』を作る時間は作れた。
「お膳立てして貰ってんだ、決めるぜ!」
 千颯の元へ小班【駄菓子】、全員集結。
 その言葉が理解出来ない程、愚かではない。
「仕掛けるタイミングはチーちゃんに任せた! ここが意地の張り所だぜ――琳、まだいけるな?」
「当たり前だ!」
「力を合わせてイリュージョンアタックよ!」
(『朝霞が即興で付けた名前だろうが』)
 和馬と琳のやり取りに力を込めて言い放つ朝霞へニクノイーサがツッコミする。
 共鳴こと変身は朝霞が乗るなら今回は(割と特例的に)いいが、命名権はどうだろう。
 そう思ったが──
「イリュージョンアタック、俺達の揺ぎ無い絆がなせる技だ!」
「だな! イリュージョンアタックだ!」
「おーし、和馬、琳、ウラワンダー行くぜ!」
 全員乗った。
 いや、この面子で乗らない面子がいないのだが。(後で俺氏から指摘された)
「避難の方々、フロア突破です!」
 ここで九繰が声を張り上げた。
 戦闘がまだ終わらないが、ルートに影響は出ないと判断した九繰と真赭が進行ルートへ急行、征四郎、オリヴィエと打ち合わせ、誘導のフォローを行って一般人全員、下層へ移動完了したのだ。
 リィェンは既に映画館まで駆け上がり、従魔討伐に加わり、現在降りる準備を進めていると言う。
 彼の動きあってこそ拓海、央も上層へ躊躇なく援軍に行け、また下層からここへ来るエージェントの到達も早かった。
 それを無駄にしないようにという黎夜が優先順位を決めた討伐をすることで効率性を上げ、また、ルートの安全を図った為、避難速度が落ちることもないだろう。
「貴様らぁ」
 防衛線が事実上このフロアだけになり、しかもカードである一般人の通過を許した怒りがそのまま光刃へ乗る。
 チョコレートを渡し、負傷者をフォローした千颯がフラメアを構えて絶怖へ駆け込む。
「避けさせるとでも思っておるか!? 串刺しにしてくれる!」
 氷槍が形成されようとした瞬間、その死角から弾丸が穿った。
「俺はいないとは一言も言ってなかったぜ?」
 遊夜のテレポートショットだ。
 解っていても避けるのが難しい転移弾丸であるが、遊夜はわざと何も言わずに従魔掃討に加わり、その瞬間を待っていた。
 彼らへ絶好の機会を渡す、その瞬間を。
(『隙だらけ……』)
「人間舐めんなぁッ!!」
 リーヤが笑む中、千颯がフラメアを突き出して吼え、その背後から和馬と朝霞が飛び出す。
「これが俺の――俺達の力だぁっ!」
「そう、これが私達の力──」
 両者のタイミングを合わせた攻撃が全力全壊とばかりに吸い込まれ、更に絶怖へレッド・フンガ・ムンガの刃が食い込む。
 歯を食い縛り、絶対に当てると言う気概で攻撃する琳が絶怖の目に映る。
「このッ」
「舐めるなって言っただろうが!!」
 吼えた千颯がさせまいともう一突きすると、それが決定打となり、絶怖は倒れた。
 従魔はまだ残っているが、掃討戦といっていい段階である。
 軽くない傷を負う者も多いが、戦線維持や効率性での立ち回りでカバーし、防衛ライン、完全崩壊。

●繋がれた明日
 時間は多少前後する。
 戦闘の音はますます激しいものとなっていた。
「愚神との戦闘エリアは突破していますが、油断は出来ませんね」
(『戦闘の余波は考慮しろ』)
 征四郎へガルーが戒めの言葉を投げる。
「後続も防衛ラインから従魔が蔓延ってるだけのフロアへ到達する筈だ」
(『連絡しつつ降りているとは言え、注意──』)
 リュカが言い掛けた直後、目の前の防火扉が爆ぜた。
 タンロンが纏めて自爆したのか、防火扉が壊し、そこからヴァオとタンロンが姿を現す。
 直後、後方から悲鳴が聞こえ、征四郎が確認を取ると、サヤから不意の攻撃を受けたという連絡が入った。
『低位人狼がネズミに化けて……!』
(『行くな。低位人狼は動物の姿もコピー可能と言われていた。ならば動物に偽装しての潜伏、奇襲は十分ありえた。ここでお前が引き返すとこいつらを後ろに呼び込むぞ』)
「……解ってます」
 ガルーの言葉を聞いた征四郎は爆破の際の足場の不利を考慮してフットガードを発動させた。
「援護をお願いします。数が多いですから、確実に」
「解っている」
 上層にいた焔と乱との戦闘では攻撃を受けた一般人をクリアレイで対応するといったことはあったが、多くは遠距離攻撃で落としていた。
 が、今この状況はそうしたものではない。
「こちら救出班。タンロン自爆により防火扉突破、多数交戦。場所は──」
 征四郎が落ち着いた声音で報告をしている間にオリヴィエがその範囲ギリギリにフラッシュバンで機先を制する。
(『リィェンちゃんは映画館のフォローへ回って貰ってる。こっちも出来ることをするよ!』)
 念の為というリュカの声を聞き、オリヴィエは消火器を周囲に振り撒いた。
 後方、真っ白な塊が浮かび上がり、消兵の残存もいることを示す。
(『当ての推量っぽいけど……運が良かったかもね』)
 本当にこちらの動きが筒抜けなら、自分達が通過し、一般人が通過している時に行われただろう。
 そうではないことより、防火扉を使用した避難経路の確保を読んで攻撃したものだろう。
「行きましょう」
 征四郎がライオンハートを手に前に出ると、オリヴィエは銃撃でこれに応えた。

 低位人狼の奇襲を受け、人々から悲鳴が上がるもサヤがプレートシールドで一般人の前に立つ。
 動物園での戦いにおいて人に化け欺いていた低位人狼はここでは見つかり難い動物に化けての奇襲要員であったようだ。
(『サーヤの玉の肌に傷をつけるなんて!』)
「美鶴ちゃんはまた助けてくれたじゃない」
 ネズミから本性を現すその一瞬、美鶴が気づいた為、サヤの負傷は致命的なものではない。
 ケアレイは避難する人々の負傷に使用しており、頼みの綱はリジェネーションである。
「美鶴ちゃんがまた私を助けてくれたように、私も今ここで頑張るしかない」
 ゼノビアが威嚇射撃をし、低位人狼の機先を制する。
 数は3体おり、少し楽になるとは言え絶対ではない。
(『確実に対処することを考えろ』)
「大丈夫、です、から」
 レティシアのアドバイスを受けつつ、ゼノビアが小さく掠れた声を上げた。
 彼女は過去の経緯で声をほぼ失っている。普段は筆談や覚束ない手話であり、声を発することはほぼない。が、文字を書いている暇もなく、声で安心出来るならばと決断したのだ。
 まずエージェントを殺すつもりなのだろう、低位人狼は一般人には目もくれず、彼らの前に立つサヤとゼノビアへ襲い掛かってきた。

 明斗とライロゥも映画館の入り口を死守する戦いに終始していた。
「数が多いですね。乱はひとまず、でしょうか」
 最後の乱を仕留めた明斗が見遣る周囲にはまだ焔が多くいる。
 優れた移動力を生かして一定範囲にいる人間を探し出し攻撃するプログラムなのか、1度に大挙してではなく、終わったと思ったら新手の繰り返しで、最終的にこの映画館へ到達しているといった感がある。
「中の皆さんも逃げられるようにしないト」
 幾ら開き戸のある部屋に逃げ込めば安全とは言え、精神的な部分で安寧であるかは別問題。ライロゥのお菓子は一時凌ぎだ。
 ライロゥはそう思うからこそ、彼らの無事の避難を願う。
 その時だ。
 側面から鋭い光のようなものが焔に突き刺さり、焔から絶叫が上がる。
「援軍ですね」
「今こそ倒ス!」
 明斗とライロゥはそちらを見るよりも早く、焔を攻撃する。
 それを裏付けるように駆け込んできたリィェンが怒涛乱舞を発動、速やかに敵を倒した。
「中は全員無事か?」
「ええ。回復手段は尽きて自分達はこの通りですが」
 リィェンへ明斗が簡潔に状況を説明する。
「下層は誰もいない、敵もこれが最後だ」
 リィェンはライロゥが憂慮していた逃げ遅れも考慮しており、管制室へ監視カメラ全てを使っての再捜索を依頼していた。
 味方の道の為、そして味方の援護の為に従魔を最も多く倒したリィェン自身もH.O.P.E.まんを食べて尚負傷が目立つ状態だが、人々は命に別状がある負傷者はなく、無事である。
「行きましょウ」
 ライロゥが索敵の目を増やす為に共鳴を解除すると、リィェン、明斗が護りにつき、下層を目指す。
 防衛ライン付近に接近する頃、愚神討伐の報が入り、従魔の掃討戦へ移行している連絡が入る。
 が、まだ先に階段を下りた救出班が安全区域到達の連絡はなく、油断は出来ないと下へ下へと降りていく。

 旗色は正直に言って悪かった。
 征四郎とオリヴィエはエージェントの中でも実力者であるが、純粋に数が多い。
 一撃一撃が深刻な訳ではないが、蓄積すれば深刻なものとなる。
 ケアレインは全て発動させ、それでも尚、負傷しているが、数の暴力が凄まじい。
「後ろは対処し終えたなら、ここで歩みを止める訳にはいかないのですっ!」
 サヤとゼノビアが協力し、低位人狼は倒せたが、サヤも負傷を残しており、念の為一旦後退したという連絡が来ている。
 ならば、尚のこと──
「遅くなってすみません」
 槻右が到着した。
 続いて光を集めようとするタンロンへ銃撃が飛んで刑次が己の到着を示し、身を低くして疾走するギシャが別のタンロンを仕留めた。
「ここで最後。待たせちゃったねぇ」
 下の安全がなければ同じことを繰り返す。
 そう判断した刑次が下の敵を完全に排除してから到達してきていたのだ。
 蘿蔔のものだろうか、スマートフォンの防犯ブザーが鳴り響いて従魔が反応した直後、別の方角から銃弾が飛び、征四郎に向かおうとしたヴァオを貫く。
 ツラナミのものだろうが、「面倒くせぇ……さっさと死んどけ」などと言ってそうだ。
「まだ手遅れはありません」
 奮い立つ征四郎はオリヴィエの援護を受けて斬り込む。
 数の暴力に等しい敵は徐々に姿を消していく。
 掃討完了し、安全区域へ離脱すれば、救護所を作っていた玉子が出迎える。
「こちらをお願いします」
「ありがとう。落ち着くには重要だ」
 サヤがスキットルに水が入っていると言うと、玉子は人々に役立てると笑う。
「……もう大丈夫ですよ」
 征四郎が自身のチョコマカロンを振舞う。
 彼女もまた、サヤと共に防衛ラインのエージェント合流後ライロゥが先に向かった屋上へ向かう。戦いは終わってない。
 だが、ここに逃げた人々へのケアを怠りはしない。
「しっかり溜まる物も重要だ」
「……ツラ」
 玉子が手をひらひらさせ、彼女を手伝う38がツラナミをガン見する。
「出せばいいんだろ出せば」
 ツラナミはめんどくせぇという響きを含めつつ、あつあつおでんを献上した。
 やがて、途中低位人狼との遭遇はあったが難なく蹴散らし、リィェンと明斗が防衛ラインを壊したエージェント達と残る人々共にやってくる。

●苛烈なるゲーム
 京子とカグヤ、平介とレミアはそれぞれゴンドラから一般人の解放に成功した。
 が、戦闘の影響を考えると、ゴンドラひとつずつの完遂でないと極めて危険で、皮肉であるが、愚神が接近しない限り、ゴンドラが戦闘の余波から囚われの一般人を守っている状況である。
「まだ救助班の方が戻りきれません。防火扉の遮断による戦闘区域制限の恩恵でエレベーターに従魔への悪影響の危険性が極めて低いなら、このままエレベーターでの救助が良いかと思いますし」
 平介は救助班の状況を特に確認している為、まだ彼らの一陣が降りている最中、二陣も避難開始されているが、まだ時間が掛かるだろう。
 タワーとしての高さがある分階段を下りる行為そのものも時間が掛かる為、スムーズに進んでいる状況だとしてもすぐにはいかない。
「エレベーター到着まで俺が入り口を死守しよう。皆はゴンドラに守られているとは言え、危険な状態である一般人の救出を」
「頼むのじゃ。今の所上手く行ってはおるが、ちと、幻月らに近いゴンドラは骨が折れそうだがの。癒活界でどうにかなる範囲であり、まだ使う気はなさそうじゃが」
 正護へ応じるカグヤは先程まで見えていた愚神との戦いを思い浮かべる。
 落ち難い要素を持った愚神である、というのは実際に戦っていなくても気づけた。戦っている者はもっと実感している筈だ。
 足留めを行うにしても全力で行かなければ殺されるのはこちら──油断は出来ない。
「従魔に『守られてる』っていうのも皮肉だけど、でも、ライヴスを吸われるのを待っている状況を考えたら、急ぐしかないわよ。わたしはそういう悪趣味を持った覚えはないし」
「わたしの見ている前で好き勝手な振る舞いをするのは見下されてるみたいで腹が立つのよね」
 出て行く京子へ応じるように平介と並走するレミアが呟く。
(『どんな時でもスタンスを崩さないのは強みと言っていいのか悪いのか』)
(『笹山さんにあまり迷惑をかけるなよ』)
 ブレないパートナーへアリッサ、緋十郎がそれぞれその内で漏らしたのは言うまでもないが、当然その呟きを知るのは当の本人達だけだ。
 苦戦していると言っていい戦場を駆け、彼らは彼らの戦いに専念する。

 愚神サイドの苦戦を見て、動かない者がいない訳ではない。
(仕掛けがあるかどうか見ないと、状況が覆せないかもしれへん)
(『アンテナマストに本当にあるのか?』)
 一二三の呟きにキリルが疑問を投げ掛ける。
 彼の推測はキリルも聞いていたが、水晶塔にアンテナマストがなかった点を考えると、幻月がそこで能力強化をしている可能性は低いのではないかと考えたのである。
(万が一、や)
 一二三は決断し、まだ多いとは言え、数が減っている従魔を託して走り出す。
 ライヴスゴーグルの位置を正して見回すが。これだけ従魔や愚神が犇めき合っていると、煙が複数立ち昇っているように見え、発生源の特定が極めて難しくなっている。
 アンテナマストは観覧車とは離れた場所にあるが、管理区域である為、通常施錠されている。
 幻月が侵入しているなら破壊されている可能性は高いが──
(施錠されたまま!?)
 一二三は俄かに信じ難い気持ちだったが、絶対に一般人が立ち入れないようにされてあるロックを管制室側から遠隔で解除して貰い、その中へ飛び込んだ。

 一二三がアンテナマストに向かった為、小鉄、米衛門、真琴への比重が増す。
(『数が多いわね。遠距離の遠屠や不意打ち要員の消兵は真琴さんに対処してもらってるけど……』)
 タンロンの数が多過ぎる、と稲穂。
 その指摘通り、タンロンは救出作業を行うエージェントだけでなく、愚神対応のエージェントにも向かっている。
 等級よりタンロンより火力が確実に高いと予想出来る凶水怪物は押さえ込んでいるが、人数の少なさが痛い。
「泣き言言っている場合ではないでござる!」
 凶水怪物の自爆だけは食らわせる訳にはいかないと優先対処し、自爆が行われれば敵を巻き込めばとも思うが、自爆する気配がない。
 自爆すれば数を減らす行為である為に遅滞の意味で使われていない──そう指摘を行ったのはハルであり、真琴からその言葉は伝えられた。
「急急如律令……白羅の舞……!」
 その真琴は好機と交換したばかりのラジエルの書でトリオを発動、自身を狙ってきたタンロンを落とし、確実に仕留めるべく動く。
(『読み難い相手じゃ。総力戦とはそのようなものではあるのだが』)
(借りは返さないとね。だって、『鴉』の皆が一緒だもん)
(『そうじゃな』)
 共に在る仲間への心強さへ感じている真琴へハルは笑みを零す。
 その間にも米衛門が凶水怪物を仕留めている。
(何で水晶塔ん時みでに自爆しね?)
(『頭おかしい奴の思考なんてまともに考えるだけ無駄だ』)
 米衛門は大量の自爆を行えばそれだけで十分攻撃になるのではと呟くと、スノーがあっさり言った。
(『ドロップゾーンはオレ達にも解らないことが多いから展開されてるかどうかの断言すら出来ないけどよ、はっきり言えるのは、頭がおかしいってことだ。しかも自分の愉しさ以外に興味がない。なら、考えても仕方ねぇ。どの道、理解しなくていいことだゼ?』)
 幻月がこちらの考えに興味がないように、こちらも幻月の考えに興味がない。
 すべきことを阻み、逃さないことが重要である。
 スノーはそうした上でこうも言った。
(『考えるのは『あっち』に任せ、今は合流を考えろ』)
 スノーの言葉を行動に直結させるように米衛門は目の前の敵をあるがままに討ちにいく。
 視界の端に見えるのは苦戦する味方。
 これを倒すまでに絶対に凌いでくれる味方、いや久朗へ合流する為、全力で事を成すのだ。

 愚神対応に入っているエージェントの旗色は極めて悪い。
 幻月を会話で足留めという、相手に応じるか応じないかの選択肢を与えた手段であった為、それに応じる気がない時を考えていなかった。
(『助けるの見えてたら、そりゃ応じないか』)
(ついでに愚神が揃っている所に引き離す攻撃を行えば、現実的とは言い難かったか)
 幻月の攻撃を妨害すべく動くマリオンは現在最もダメージが深く、恭一は溜息を吐く。
 マリオンがああ言ったから面白くなく、というものではなく、ごく単純に妨害を仕掛けようとする自分と遊んでいる。
 集中的に狙われていると言っていい状態である為、メグル、シウ、菊次郎がフォローに入っているが、啼苦悦での共倒れを防ぐ為に直線になれず庇い切れない為にマリオンへの攻撃が凌ぎ切れていない。
 位置的にクレアの回復支援が難しく、望月がその合間を縫って全員へとケアレインをしてくれたが、望月自身も繋結へ対処している為、回復方面が弱い。
(『それにさっきまで攻撃と一緒に状態異常付与しやがったからな』)
 こちらもやはり望月にクリアレイをして貰ったが、幻月が攻撃した瞬間に毒のようなものが全身を駆け巡り、動けなくなった。
 拘束状態に等しいと解除したが、身体が重く生命力の減少と回避能力の低下を感じ、複数の異常を与える力が加わっていることに気づいた瞬間、状況を把握した望月により事無きを得たのだ。
 報告によれば、水晶塔の戦いにそのような能力はなく、恐らく、どっちかの愚神の特殊能力であろうと予想は出来る、が。
「つっかまえた」
 無邪気だがぞっとする声と共に幻月が眼前に迫っている。
 咄嗟にメグルがリーサルダーク、シウが銀の魔弾、菊次郎がブルームフレアで幻月を妨害すべく狙うが、癒活界の恩恵が強く、既にかなり接近していた為に幻月は気にせず恭一の顔を掴み──零距離で重力波を叩き込んだ。
 恭一の共鳴が解除され──

●ゲームを動かせ
 幻月の配下の愚神の対応に専念していたエージェントにも緊張が走った。
 恭一の共鳴が解除されており、血の海に沈んでいる。
 追撃を防ぐべく、当初会話で幻月の足留めを考えていた3人が合間に入って対処しているが、彼らへも幻月はゲラゲラ嗤って『遊んでいる』ようだ。
「行かなくていいのかな?」
「そちらが考える必要ない」
 久朗は泰山の言葉を遮り、泰山が幻月へ合流しないよう、また、仲間が攻撃されないよう立ち回っている。
 が、ひとつ、この泰山には面倒な能力があることに気づいていた。
(『高火力で一気に落とした方が良かったかもしれません』)
 セラフィナの指摘で気づいたこと。
 それは、癒活界で治癒を受けた後とダメージ直後での範囲攻撃のダメージの深さが違うことだ。
 カウンター攻撃を持っていることも考えると、この敵は見た目こそ少年であるが守りながら勝つスタイル──自身が耐え抜いたダメージを範囲攻撃の威力に上乗せしている可能性がある。
 癒活界が原因でダメージ前後が出ているが落ち難くもなっており、樹のブルームフレア、幻影蝶の影響が軽いものとなったのだ。
 ちらと見た視界には、アンテナマストは何もなかったらしい一二三が恭一のフォローに入ったのが見える。
 が、崩れ落ちた場所が悪い。
 幻月が嗤いながら、手を向ける。
 床から伸びる死者の手──絶死界にメグルと一二三の足が捉えられた。
「よそ見してる場合じゃないよね?」
「……今は救出に動かないと危ない」
 泰山を無視した久朗が樹とクレアへ一時仲間の救出へ回るように告げる。
 高火力で一気に落とさないと危険ならば、妨害に専念して倒さない方向で動いた方が被害が少ない。
「一時、お願いします」
「無理したら納豆アイスだから」
 クレア、樹が振り返りもせず走ると、久朗はフラメアを構えた。
「この先に迎えると思うな」
 何が何でも阻止してみせる。

(『癒活界とこの愚神自身の能力で落ち難いが、対処出来ない訳ではない』)
 リーヴスラシルの呟きに由利菜は頷きのみで応じる。
 繋結は支援能力に秀でている愚神なのだろう、由利菜の攻撃を不可視の盾で無効化するといった能力や他の愚神へ状態異常能力を付与する能力を持っているが、戦闘能力自体は高くないだろう。ただし、ケントゥリオ級の範囲での話になる為、デクリオ級とされる凶水怪物らやミーレス級とされるタンロンと比べ物にならないが。
(恐らく、こいつだ)
 ヴィントは時折戦闘以外に集中が流れるのを見逃さず、確信していた。
 この愚神の真骨頂は戦闘能力ではなく、管制室が防戦でどうにか対処しているネットや電波への干渉能力。
 聖はヴィント程具体的な分析をしていなかったが、集中が時折流れることには気づいていた。
 自身の攻撃の後であるといったタイミングの問題で好機と攻めることが出来ない状態なのだが。
(どこかで決定的な隙は──)
 望月が一瞬、幻月の状況を見る。
 咄嗟にメグルが転倒を立て直す一二三と幻月の合間に滑り込み、代わりに攻撃を受けているのが見えた。
 が、まだ共鳴は解除されていない──九死に一生とばかりにそのダメージは乗り越えたように見える。
(『あ!』)
 百薬が望月と同じ声を上げた。
 救出班のエージェントが姿を見せたのだ。
 残る1つのゴンドラはこの戦闘域に近い為、運び手を増やす意味合いでライロゥと征四郎が京子、平介と走っているのが見える。
「一般人の避難、開始している!」
 正護の声が空に響く。
 従魔がエレベーターホールへ向かおうとし、小鉄、米衛門、真琴の負担がかなり増えている。
 このことより、レミアが迎撃に回り、正護がサヤと共にエレベーターへ乗せ、一陣を下ろしたらしい。
 使用可能なエレベーターの数を考えれば、下ろせる救出対象は下ろした方がエレベーターへ運ぶ時間も考慮すれば効率的である。
 回復の手が足りないことより、カグヤが途中小鉄、米衛門、真琴がその範囲に納まるようにケアレインで治癒し、幻月対応に加わった。
「此度はわらわとも遊んでもらおうかの」
「君とは愉しみたいね」
 安全が保障出来る場所までクレアとメグルが恭一を運び出そうとするのを見ながら、幻月は啼苦悦を、メグルへ放った。
 一瞬、何が起きたか理解出来ない。
 が、唯一理解したメグルは眠るつくしへ詫びながら崩れ落ちた。
 直後、目の前につくしが現れ、息をするのがやっとの状態に共鳴解除されたメグルが怒りに戦慄く。
「わらわとは遊んでくれなんだの?」
「だから、君と遊んでるんだけど」
 幻月は笑顔でこう言った。
「ボクと同類なら、この遊びを理解すると思うけど?」
 この瞬間、カグヤは幻月が自分と似て非なるものであると直感した。
 人を救う術、その技術を嗤うもの、自分が信じる技術を破壊する行為を『遊び』とするものだ。
 カグヤのV8-クロスパイルバンカー を無視し、尚も幻月は掌を樹に向けた。
「同類なら、私が、お前を、破壊することも理解するんだろうな!!」
 見下すべきその存在へ、妹のようなつくしを、その彼女を守ろうとしたメグルが嘲笑われた。
 それは、樹の箱庭へ土足で不法侵入したのと同じ行為である。
「やってみれば? ボクはカグヤで遊ぶのに忙しいんだ」
 喉を鳴らして嗤う幻月は尚もカグヤ本人ではなく、シウへ狙いを定める。
 魔法に対する防御能力を見ているのだろう、素手攻撃に迷いはない。
(『言葉が通じるような状態ではない。聞いている暇はないぞ』)
「……露見した時点でゲームへの誘導は無理でしたか」
 テミスへ応じながら、菊次郎は幻影蝶でシウへの攻撃の妨害を試みる。
 遊園地で遭遇したような幼女の愚神よりも等級が格段に高い相手が、作戦がはっきり見えた状況で会話に応じるというのは無理があった。
 言葉による興味を狙ったが、それはあくまで全てが動く前の話であり、その視界で動きが出ていれば、仕掛けているゲームへ勝利するべく動いていると判断出来、幻月は畜生が自分へ仕掛けているゲームを破壊する手段を選んだのだろう。
「くすぐったい蝶だよねッ!!」
 その手がシウの腹を抉るように貫いた。
 カグヤに続き一二三が幻月の注意を引くべくスナイパーライフルで狙うが、癒活界の恩恵ある幻月はその身を回復させつつ、顔を歪めたシウへ嗤った。
「下手くそな腹芸は娯楽にもなんない」
 腹を抉ったその状態で放たれた啼苦悦、それ単品ではシウも耐えられたが、腹を抉る攻撃という前提があった為に耐え切れず、共鳴は解除された。
「おやおや、楽しそうじゃないね、カグヤは」
「わらわは、わらわとだけ遊べと言うたが?」
「おや、『ご同類』。他人で遊ぶ楽しさを知らないとは」
 怒るカグヤへ幻月が嗤った直後、繋結を討ち取ったエージェントが合流した。

 時間を遡らせることには。
「どちらかへの集中が流れれば一気に落とせる筈だ」
「電脳戦……盲点でした」
 ヴィントはハンズフリーにしていたスマートフォンで轍に自身の考えと電脳戦への強化を伝えた。
 防戦一方の状態であり、放送で揺さぶりをしている場合などないというのは確認していたが、それならそちらへ驚愕を与えればいい。何かないかと聞いたのだ。
『救出状況を考えるなら。オフライン』
 轍は簡潔に答え、電脳世界の道そのものを遮断するという最終防御手段を講じた。
 出来る隙は一瞬──
「!?」
「まずはその防御を終わらせていただきましょう」
 由利菜が驚愕を見逃さず、繋結を射る。
 直前、その動作で盾を生じさせたことを直感していたのだ。その直感は外れることなく、不可視の盾を砕く。
「今だ!」
 聖がその隙を見逃さず、電光石火の一撃を浴びせた。
 もう退くつもりもなく、何があろうとも負けるつもりがない気概は躊躇なく駆け込む一撃となり、繋結の足を止める。
「くっ……」
「そろそろ遊んでいる場合でもなくてな?」
 ヴィントがトップギアからの疾風怒濤でダメージを重ねていく。
 流石にケントゥリオ級愚神の四肢や首の切断は出来なかったが、かなりのダメージであることは解る。
 その直後に由利菜と聖が同時に攻撃を叩き込むと、繋結は癒活界の回復が間に合わなくなる形で倒れた。
 既に治癒が必要な幻月対応へ回った望月を追うように3人も駆ける。

「で、俺の『答え』は合っているか?」
「君は、ボクの為に娯楽小説書いてほしいなぁ
 ヴィントは以前立てた推測について尋ねると、幻月が楽しそうに嗤いながら今度は菊次郎を集中攻撃している。
「恐怖と絶望を与えて魅せろと、それが出来ないのなら……俺がお前にそれを刻んでやる」
 が、幻月はそれに答える様子もなく、菊次郎を素手で甚振り、回復追いつかぬ状態で共鳴が解除される。
「つまらなそうやな、そらそやろ。ゲームがおもろいんはお互いがルールと情報を同等に持っとるからや。トランプ知らん奴とポーカーやったかて勝って当たり前、おもろい訳あら」
「もう少し面白い話術習っておいで」
 幻月は全ての攻撃を無視して一二三を徹底攻撃の末、落とした。
 攻撃だけでなくその言葉まで無視されたヴィントはそのことに気づく。
「人で散々遊ぶ奴が、洞察力低い訳がないな……」
 自分にはこれが良いと判断された対応にヴィントが低く笑っていたが、樹が強引に意識を向けようとした瞬間に幻月の集中攻撃のターゲットにされる。
 回復が追いつかない状況になり、樹が倒れる直前にクレアがその身を支えた。
 一般人から重体のエージェントへの搬送に切り替えたエージェントに託す彼女は、もう間もなく従魔が一掃されるのを知っている。
 故に、それが出来た。
「今は引き離すのを最優先とします」
 樹と共鳴が解除されて現れたシルミルテを景気良く後方に投げた。
 後ろには平介が迫っており、樹をしっかり受け止める。
「お願いします」
「あア」
 平介はライロゥにシルミルテを抱える依頼をすると、ライロゥは幻月を激しく睨んだ後、キリルから一二三を引き継ぎ、麟誘導の下、走る。
 ライロゥが早い段階で屋上へ来なければエレベーターで一般人を下ろすことが出来ず、従魔対応の3人の負担は大きいものであったが、それを軽減させた。またその動きがスムーズであったから、重体者の運び出しも行える為、人々を守る意識そのものが結果としてエージェントの生命保持にも繋がっていた。
「ちくしょう……」
 平介が樹の声がどう表現していいか解らない揺らぎで響き、サングラスの下の瞳を伏せた直後、それはスマートフォンでグループ通話をしている全員に響いた。
『幻月を屋上から──突き落とせ』
 轍のその声が、反撃の始まりであった。

●研ぎ澄まされた一手
 電子攻防戦は粘り強く続いている。
 その間もカゲリとナラカが手分けして放送を使って情報を流し、落児、泥眼が監視カメラの情報確認を続けている。
「第一陣、到着したようです」
 イザードが内線電話を取り、救助活動の開始を告げる。
 その間、轍は全ての情報を統括する形で共有化を図っていく。
 警備会社のコントロールセンター、管制室へ攻撃するのは想定範囲である。
 電力会社、電話会社は今の所無事なようだが、これらの確認が恙無いのは、轍が自前のノートパソコンを使用しているからだ。
 そして、タワー方面には一切手を触れていない為、愚神サイドの手が及ばないことを計算していた。
 確固たる目的の為に動くのに注力する。
 無理をすれば、自身の破滅を呼ぶ。
 優れているからこそ起こりえることを考えたのだ。
 ヴィントからの連絡を受けた轍が一時オフライン指示を出し、それを機に繋結が討伐された一報を聞く。
「……だが、まだ見落としていることがある気がする……」
 何だ、考えろ。
 見落としているのは何だ。
 思い込まず、全ての可能性を考えろ。
 轍は通信の向こうから聴こえる屋上苦戦を打破する一手の為に思考を研ぎ澄ませていく。

 麟は屋上まで到達していた。
 救出した一般人を運搬する効率のいいルートなどは麟の偵察の成果であるが、彼女自身も戦闘の余波を受け、負傷している。
 が、苦戦で重い傷を負うエージェントの離脱フォローの為この場に留まっているのだ。
「罠がないってのは予想外だったな」
 シウの要請で調べたエレベーターにもタワーのどこにもなかった。
 罠を設置する時間がなかったのか、そういうゲームだと言いたいのか。
 判らないとばかりに麟が呟く。
(『違いますぞ、麟殿』)
 宍影はこれも忍として覚えておく術であると告げる。
(『あの愚神自身が、罠ですぞ』)
 人を利用する発想。
 その心を踏んでいく言葉。
 全て悪辣な精神から来る罠。
 有効な術を選定する幻月そのものが罠である。
 そもそも広州での一連の事件は陽動と牽制であると伝えられており、全てが罠とも言える。
(『骸忍術の要諦は禁秘にござる。離脱する者を回収に近づく際、もう何者にも気取られてはなりませんぞ』)
 空に響き渡る幻月の嗤い声。
 その声が途絶えるのはいつなのか、麟にはまだ判らない。

 そして、その時は訪れた。

「……僕達は本当に初歩的なことを見落としていた」
 轍が、クレアが早急だが平和とは言い難い、寧ろ乱暴な後退支援を行う姿を見て呟く。
 屋上で戦う者のスマートフォンへ可能な限り伝わるようはっきり口にした。
「幻月を屋上から──」
 それは確実に逃さない執念から来る賭けの一言。
「突き落とせ」
 轍の唐突過ぎる言葉に管制室でさえざわめきが走った。

 そのグループ通話を聞いた玉子が頬を緩める。
「これは──調理方法を是非に聞きたい」
 彼女らしい物言いを持って、それがどのような理由から来るものか耳を傾ける。
 轍は無駄な過程を経た料理をしない。
 手際のいい料理人──ならば、どのような発想でその調理方法を見つけた?

「轍、逃走のチャンスを増やすのではありませんか?」
「ここで潰さなければ、幻月は水晶塔とは違って避難した人々を殺す」
 イザードの問いに轍は信じて動いてくれたクレアを見る。
「水晶塔での戦いの後、ギシャさん達は幻月の移動手段はその名の通り、幻のように消える移動手段を示すものではないのではと言っていた。わざと歩いている可能性はあるとしても、それが本当だった場合、水晶塔と同じくエレベーター……危険過ぎる」
 避難完了した一般人は、戦闘の行方が判らない為まだ救急車などを呼べる状態ではないことよりタワーの救護所にいる状態だ。
 そこを襲われたら──考えるだけで恐ろしい。
「どちらとも言えないなら、その可能性だけでも潰しておく必要があるわね」
 幻月が何もしないで帰る可能性より彼らで遊んで帰る可能性の方が高い。
 泥眼も幻月の移動手段によっては助けた命が惨劇に見舞われると気づく。
 同時に、轍は気づいたことがあった。
 それは逃走経路も考慮していたからこそ気づけたこと。
「癒活界は、本人中心の結界なのか空間に固定される結界なのかで状況が全く違う」
「……盲点でした」
 構築の魔女も轍が気づいたことに気づく。
 本人中心の結界であれば、本人と共に結界の範囲が移動する。それにより、他の愚神、従魔から引き離せば、その効果は幻月のみに限定される。後を追われる可能性はあるが、場所に固定されるコーヒーカップは後を追えない為救出作業が容易であった点と愚神への治癒能力行使射程から外れる為無力化となるだろう。
 空間固定の場合、幻月がその空間から出た場合どうなるか。本人がいなくとも存続する場合であっても幻月はその恩恵を受けない。が、水晶塔の戦いや下層での戦いを見る限り、リジェネーションの恩恵がなかった。ならば、本人がいないと存続していない可能性がある。また、存続するなら、幻月が有効活用しない訳がない。
 屋上という空間から幻月を叩き落した方が重い傷を負ってこれ以上の戦闘が出来ない者から引き離す意味でも有効である。
 クレアがああしなければ、轍も気づけなかった。
「それに、幻月は逆だと言った。僕達も逆をすればいい」
「あちらはしていいが、こちらはいけないは対等ではない」
「そういうルールがあったとしても認めるかどうかはこちらの判断でもある」
 轍の短時間で出した結論をカゲリとナラカも肯定し、画面の向こうを見つけた。
 言うのは簡単だが、極めて難易度が高いことだというのはここにいる誰もが知っている。
「タワー正面シャッターを下ろします。場所的に正反対の方向狙いで動いているようですが、万全を期しましょう」
 エステルがそう言い、指を動かした。
 相手はトリブヌス級愚神、そう簡単にいくものではないが──
「出ましょう」
「……ロロ」
 構築の魔女が手を差し伸べると、落児が共鳴に応じる。
「遠距離攻撃を行えるエージェントは速やかに外部階段へ」
 突き落とせれば、いや、絶対に突き落としてくれると思って、エステルはその一言を言い放つ。
 ここで、絶対に仕留める。
 人々の心を翻弄して嗤うその幻の月を、現世から滅せよ。

●終焉
 轍の言葉に真っ先に動いたのはクレアだった。
(『クレアちゃん』)
「解っている。ドクター」
 全てを理解したリリアンへクレアは応じると、躊躇なくライヴス結晶を使用、リンクバーストへ突入した。
 重体者も多いこの状況、クレアは轍の、親友の一言に賭ける。
「ふうん、あなたが幻月……やっと会えたわね」
 目処がついたレミアもここで戦線に上がる。
 勝ち誇る笑みと見下す視線を向け、侮蔑の言葉を投げた。
「ふふ、なかなか悪くない趣向だったわよ。でも詰めが甘いわねぇ。だって結局、ぜーんぶわたしたちに阻止、されちゃったものね。今の心境は如何? 青二才の不死」
「避けろッ!」
 そう叫んだのは誰だっただろう。
 レミアは自分の腹部に一撃喰らったのを理解した。
 直後に背後から衝撃が走る。
 泰山の範囲攻撃であり、久朗は幻月の元へ執念で到達させなかったが、レミアはその攻撃射程に入ってしまっていたのだ。
 この時、小鉄、米衛門、真琴が久朗へ合流しており、更に後顧の憂いを断つべきと京子、正護も合流した総攻撃が始まっており、癒活界の治癒量を上回り始めていた。
 そのダメージを上乗せされた一撃は幻月の攻撃を受けていたレミアには致命的なものとなり、共鳴が解除される。
「行きましょう。私はお2人に会えなくなるのは嫌ですから」
「……解ったわ。勝ったと思わないことね。希望は潰えない!」
 途中で征四郎に引き継いだ平介が戻ってきており、緋十郎を担ぎ上げると、レミアは射るように睨んだ後、お前など相手にするまでもないと振り返りもせず走る。
 その背で幻月を屋上から落とすべく、クレアを中心とした執念の攻撃が始まっており、同時に泰山を追い詰める最終段階となっていた。
 誰もがもうボロボロで、回復手段なんて尽きていて、攻撃をこのまま喰らい続けたらどうなるか解っている。
 けれど、レミアが言う通り、ここにいる全員抗う意思を折っていない──希望は、潰えない。

「面倒だなぁ」
 泰山対応の鴉以外のエージェントで動ける者全員の攻撃が幻月へ向くと、流石に幻月は回復が追いつかない、ではなく、純粋に面倒であるように見えた。
 樹から託されたウレタン噴射器を使って平介が一瞬だけ注意を向けている間にクレアは更に前進している。
「おい、クソ野郎」
 クレアのお世辞にも丁寧とは言えない言葉が鋭く放たれた。
「よく聞け。お前が、畜生にも劣るお前が、畜生を語るな」
「ククク……ハハハハハハハハ!! 今日言われた言葉の中で1番楽しい言葉だよ!!」
 ゲラゲラ嗤うそれに答えず、クレアは攻撃を重ねる。
「耳障りに嗤うが……お前はあと何度殺せば死ぬんだろうなッ!!」
「さてね?」
 クレアは幻月の能力が九死に一生のような能力ではないかと仮説を立てていた。
 それは衛生兵としての矜持で、回復の為に前線に身を置く彼女だからこそ、観察の目も違う観点であったのだ。
 無論、答えなど返さないだろう。
 樹や菊次郎はこのトリブヌス級愚神へ聞きたいことがあったようだが、聞いているようで実は一切聞いていないこの愚神はどちらの情報も自分達に与えたりしない。情報漏洩の意味でも、嘲る意味でも。
 だから、問いではない。宣言だ。
 後ろで泰山を討った声が聞こえ、頼れる仲間が合流すべく駆けてくる音が聞こえる。
 だが、ここで、クレアはその動きを停めた。
(しず、まれ……!)
 その願い空しく、バーストクラッシュ、ライヴスの暴走により、周囲へその影響を出しながら、クレアは崩れ落ちた。
「威勢だけはよ……」
 幻月の言葉は最後まで言えなかった。
 ライヴスの暴走を受けて尚、進むことを躊躇しなかった男が目前へ迫っている。
「ちぃとワシと遊んで貰おうか」
 米衛門は泰山との戦闘においても幻月のことを考え、余力を残していた。
 轍が突き落とせと言い、クレアがリンクバーストでそのリスクを背負いながらも率先して追い詰めに掛かり、あと少しでレールの上という所まで来ている。
 全員でやったここまで追い詰めた、ここで行かなければ廃る。
 米衛門はシンプルに、ごくシンプルに幻月にしがみついた。
「ヨネ!」
 久朗の声が響くが、米衛門は構わず幻月を屋上から落とすべくそのまま進む。
「畜生がボクに触るとはねぇ? 殺すだけじゃ」
「黙ってなさいよ」
 京子が遮り、幻月へテレポートショット。
 正護が温存していた最後の銀の魔弾を使用し、幻月を狙い撃つ。
(『真琴、外すな』)
 ハルの言葉へチョコバーを口に突っ込んだ真琴が更にテレポートショット。
「後に悔いは残さねで」
 米衛門はその一言と共に文字通り、飛び降りた。
 自分が行かずして誰が行くのか。
 絶対逃さない為の己の役目であると。
「急ぎ地上へ──」
 由利菜がエレベーターホールへ翻そうとした瞬間、躊躇なく、久朗が米衛門の後を追って飛び降りた。
「最短ルートか。待ってるなんてオレも性に合わねぇよッ!」
 鴉が続々と飛び降りているのを、自分もと楽しそうに聖が飛び降りる(尚、ルゥは当然呆れたそうだ)
 千載一遇のチャンス、米衛門が命懸けで作ろうとしているチャンスだ。
 今乗らないで、いつ乗るか。
 エージェントは最短ルートを選び、追い詰める突破口を作ったクレアをエレベーターがある建物から飛び出してきたらライロゥへ託し、米衛門を追う。

「このクソ畜生、随分勝手に遊んでくれるじゃないか?」
「ワシら畜生に何言うか」
 落下の合間も幻月から啼苦悦での攻撃を受けていた米衛門は何をされても離すつもりなく逆に力を込める。
 入り口とは正反対の位置に落下し、幻月がクッションにはなったが落下の衝撃で動けないでいる米衛門へ幻月がその至近でもう一撃啼苦悦を放つ。
 その重力波に貫かれ共鳴解除となって尚、米衛門は離れない。
 何故なら、『その瞬間』までが自分の役目だからだ。
「!?」
 米衛門へトドメとばかりに掌を向けた瞬間、その掌が勢い良く地面へ縫い止められた。
 久朗の、フラメアの刃である。
 米衛門の落下とほぼ同じ場所から飛び降りたからこそ、着地点が幻月であると判断した彼はその勢いのままフラメアを突き出していたのだ。
 慣性に従ったものであり、自分の身体のコントロールあって行えるものではないもの、運の要素が極めて高い。
「賭けは、俺達でもやるからな」
「くくく、そいつァ面白いことを言う。なら、失敗を──」
 と、久朗が何かに気づき離れ、共鳴解除で姿を現したスノーが米衛門を強引に引き離す。
 その次の瞬間、幻月へ一斉の射撃攻撃が浴びせられた。
 動けるエージェント全員が屋上から飛び降り、落下直後の隙を埋める為に一斉射撃を行ったのである。
 フラメアの刃に縫いとめられる幻月は回避の手段がなく、全弾命中した。
 そして、エージェントが接近できるようにスノーがウレタン噴射器で幻月の一瞬の注意を引いている間に近接系のエージェントが幻月へ間合いを詰める。
「この程度でボクが死ぬとでも?」
 その返答は、京子と真琴のテレポートショットにて返される。
 言葉を交わして相手に時間を与える余裕などない。
 本能は思考になる前に行動となった。
「アハハハハこいつァ愉快だ──」
 エージェントはその先を具体的に覚えていない。
 抵抗しようとするその腕を足を縫い止め、力尽きるまで全員で攻撃し続けたから。
 狂ったような笑い声が響き渡り、それが止んだ時には幻月の存在はない。
 偽者だった?
 そう思う者は誰もいなかった。
 何故なら、落下した位置には木々が植えられていたが、それらが例外なく枯れていたからだ。
 トリブヌス級愚神の貫禄か、幻月は自身の死の余波でさえ、生きとし生けるものに害をなしたのである。
 けれども──戦いは終わった。

●闇の中の嘆息
「優秀な方でしたのに、お亡くなりになるとは……」
 異形の紳士、愚神商人はその報告を大層残念そうに聞いた。
「あなたは、心という月のような不確定なものを暴くのが巧かった。そのくせご自分は幻のように掴ませない。全ての答えはあなたにあったのでしょうが……」
 悼むその言葉の全てが真実なのかそうでないのか。
 それを知るのは、愚神商人のみ。
「そちらで休暇を楽しまれてください。ごゆっくり」

●希望輝く天空塔
 終わった。
 それを認識するのには少し時間が掛かった。
「クレアさん、救護所に無事に収容されたそうです」
 平介が余韻間もなくライロゥに連絡を入れ、最後の重体者の無事を確認する。
 次に幻月に遊ばれて重体となった者の状況を。
 敵をしっかり倒していたからこそ、無事に到着していたそうだ。
 その話を聞いて、エージェント達はやっと戦いの終わりを感じ、安堵の息をやっと吐いた。

 救護所においてクレアは樹の隣に寝かされた。
 その拳が悔しそうに震えている。
 樹の隣にはつくしが寝かされており、メグルが微動だにしない状態で彼女の意識が回復するのを待っていた。
 だから、悔しいのか。
 クレアがシルミルテを見上げると、シルミルテは首を横に振ったが、クレアは「独り言ですが」と前置きしてこう言った。
「あれはひとつだけ間違えていたと私は思っています。私達の諦めの悪さを、ゲームに組み込んでいなかった」
 返ってくる言葉はなくとも、独り言だ。
 その言葉は、他の重体者の耳にもよく響く言葉だった。
「それと、あなたは縦の直線ではないです」
 クッソ真面目な声に樹は顔を背けた。
 元気になったら、『主犯』は納豆の刑。
 その直後つくしが意識を取り戻し、樹と目が合う。
 ボロボロの姿で、どちらからともなく笑みが零れ、互いの無事を喜んだ。

「ヨネ!」
 米衛門は、その声で意識を浮上させる。
 皆が来た安堵で束の間意識を手放していたらしい。
「来て、くれると思ったッスよ……」
 自分が躊躇なくあの行動を取れたのは、その後ろに久朗がいるからだ。
 最短で来てくれると言う絶対の確信が彼にはあった。
「行っただろう?」
 久朗の声が震えている。
 いや、声だけではない。
 手も足も振るえ、貫いたフラメアすら回収していない。
 米衛門を優先して、討伐と同時にこっちへ来たのだと解った。
 見上げる先に、久朗が泣きそうになっているのが見える。
(見だか、幻月)
 米衛門は、勝ち誇ったように言ってやった。
 これがワシの親友、鴉の長よ。

「このお兄ちゃんだ」
 スノーの声がし、皆顔を向ける。
 そこには玉子とスノーに付き添われた小さな女の子と男の子がいた。
「これね、みんなで、つくったの」
「おれたちとくせいのくんしょう」
「救助されてから、この子達がお絵かき帳で作り出した。それから皆、信じて、ずっと持っていたものを持ち寄って、ぼく達の為にと作っていたよ。ぼくの飲茶談義も袖にしてね?」
 救護所に最初から最後までいた玉子がそう言い添えた。
 それは、決して価値のある素材で作られたものではない。
 けれど、それは何よりも価値のあるものであった。
 後に『希望章』と称されることになる手作りの勲章には、クレヨンで感謝の言葉が書かれてある。
 スノーに助け起こされた米衛門はその向こうにアンジェリカとマルコが年配の者から勲章を受け取られているのを見、それから周囲も皆救護所から出てきた人々からそれを渡されているのが見えた。
 自分の反応を待っているような子供達に米衛門は笑った。
「こんな嬉しいものを貰ったことねッスよ」
 ぱっと顔を輝かせた子供達から、最も戦闘において命を張った男の手へ、希望をくれた感謝の証が今渡った。

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • エージェント
    帯刀 刑次aa0055
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
  • エージェント
    ツラナミaa1426
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
  • 焔の弔い
    ライロゥ=ワンaa3138

重体一覧

  • 深淵を見る者・
    佐倉 樹aa0340
  • 花咲く想い・
    御代 つくしaa0657
  • 病院送りにしてやるぜ・
    桜木 黒絵aa0722
  • 愚神を追う者・
    石井 菊次郎aa0866
  • この称号は旅に出ました・
    弥刀 一二三aa1048
  • ヴィランズ・チェイサー・
    雁間 恭一aa1168
  • 我が身仲間の為に『有る』・
    齶田 米衛門aa1482
  • 死を殺す者・
    クレア・マクミランaa1631
  • 緋色の猿王・
    狒村 緋十郎aa3678

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • エージェント
    帯刀 刑次aa0055
    人間|40才|男性|命中
  • エージェント
    アストリアaa0055hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
  • いつも笑って
    九十九 サヤaa0057
    人間|17才|女性|防御
  • 『悪夢』の先へ共に
    一花 美鶴aa0057hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • 薫風ゆらめく花の色
    柳京香aa0342hero001
    英雄|24才|女性|ドレ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃
  • 食の守護神
    オーロックスaa0798hero001
    英雄|36才|男性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166
    人間|19才|女性|回避
  • 迷名マスター
    宍影aa1166hero001
    英雄|40才|男性|シャド
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482
    機械|21才|男性|防御
  • 飴のお姉さん
    スノー ヴェイツaa1482hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
    人間|21才|男性|生命
  • Survivor
    雪道 イザードaa1641hero001
    英雄|26才|男性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 焔の弔い
    ライロゥ=ワンaa3138
    獣人|10才|男性|攻撃
  • 希望の調律者
    祖狼aa3138hero001
    英雄|71才|男性|ソフィ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • やるときはやる。
    呉 琳aa3404
    獣人|17才|男性|生命
  • 堂々たるシャイボーイ
    aa3404hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 初心者彼氏
    鹿島 和馬aa3414
    獣人|22才|男性|回避
  • 巡らす純白の策士
    俺氏aa3414hero001
    英雄|22才|男性|シャド
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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