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英国産、華麗なる幽霊屋敷
掲示板
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幽霊屋敷演出計画?
最終発言2015/12/04 00:28:23 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/11/30 22:28:59
オープニング
●
目の前でバン、と乱暴にドアが開いた。
「なんだね、君たちは?」
出てきたのは、小太りな男だ。身なりはいいが、睨む視線に品はない。男は、おお、といかにも小馬鹿にした声をあげ、能力者たちを指差した。
「君たちさてはリンカー、とかいう連中だな? 当家に一体何の用かね。化け物と戦うしか能のない非生産的な連中に、用などないぞ!」
一方的にまくしたてると、男は割り込むようにして強引に外にでた。家の前に止めてあった高級車に向かう。
「じゃあね、モリー! 閉館の準備を進めておくんだよ!」
男が振り返ってそう叫んだことで、能力者たちは家の中に少女が立っていることに気づいた。
シンプルな青いワンピース。ゆるく波打つ金の髪、緑の瞳。
少女は呆気にとられたように能力者たちを見つめ、それから
「ようこそ」
と、労りと喜びにあふれる声で言った。
●
少女は、モリー・シェパードと名乗った。
爵位をもつ、本物の英国貴族。現当主は彼女の祖母であり、能力者たちが訪れた家とは別に、目の前に聳える巨大な屋敷を所有しているという。
「過去には、シェパード家の家人が多くの使用人とともに住んでいました」
映画や小説に登場する、「屋敷」そのものだった。
噴水がある前庭。青空に映える緑の芝生に石畳の道が伸び、白亜の外壁をもつ巨大な屋敷へ続いている。
楽しげな観光客や、憩いを求めてきた近所の家族連れがいなければ、時間が数世紀前で止まっていると勘違いしまいそうだ。
「かつて英国の貴族が建築した、カントリー・ハウスと呼ばれる建物です。現在は、観光用に開放しています。皆さま、どうぞ中へ」
内部は、華麗の一言に尽きた。
広い玄関ホール。奥に、階段が円を描いて二階へ伸びている。天井には豪奢なシャンデリア。
「屋敷は3階建てです。来賓用の空間である、1階から案内しますね」
ホールを抜けると、舞踏会にふさわしい広間が現れた。その続きに、100人同時に食事がとれそうな豪奢な食堂。
「厨房はこちらに。使用人の空間は、来賓の目に触れないよう分けられていたのです。出入り口も分かりにくくしていたそうですわ」
ドアの先は、いかにも裏方という空間だった。華やかさは無く薄暗いが、どの部屋もいかにも機能的だった。数百人の食事を同時に作れそうな厨房、銀器を保管する食器室、奥に洗濯室とアイロン部屋。地下には、食料保管庫とワインセラー。
「2階は、家族の私室と生活空間です。こちらの食堂室で、普段の家族の食事を。くつろぎは居間で。3時のお茶は、ティールームでとることが多かったようです」
部屋には、それぞれ家族の誰が使っていたのかがわかるような工夫が施されていた。子供部屋にはおもちゃ、年頃の娘の部屋にはドレスが展示され、夫人の部屋には化粧品が並んでいる。
書斎だけが、異様だった。床も壁も冷たい石造りで、本でいっぱいの本棚も、書類が山と置かれたデスクも、無骨で簡素だ。壁に、顎髭の男性の肖像画。
「19世紀後半の当主、スティーヴ・シェパードの肖像画です。厳しい性格ですが、貧者に慈悲深く、とても敬愛されたそうです。この書斎も、貧しい人々に少しでも気持ちを近づけるために造られたとか」
モリーは、一同を展示スペースも兼ねた廊下に案内した。肖像画の一つに、先ほどの男性が描かれている。家族に囲まれ、表情は柔らかい。
「一番右端、末に生まれたマリーは、8歳で肺炎のため天に召されました。スティーヴはおおいに悲しみ、土地の子どもたちに援助を行うようになったのです。ああ、丁度始まりましたわ」
裏の庭園で、子供たちによるコーラスが始まっていた。観光客が集まり、歌声に聞きほれている。
「当家が援助している孤児院の子供たちです。イベントを行ってくれたり、清掃のボランティアに来てくれたりと助けられています。でも……」
モリーは、切なげに外を見つめた。風景式庭園のあちこちで、多くの人が寛いでいる。
「援助は、もうできなくなりました。この屋敷も、閉園しなくてはならないのです」
能力者たちは、驚いてモリーに理由を問うた。
「祖母がHOPEに出した依頼に、そのことが繋がっているのです。でも、実は」
重い空気が、予期せぬ悪いことが起きたのだと知らせていた。
●
当家の屋敷を、能力者の力を使い、幽霊屋敷に見せかけてほしい。それが、依頼の内容だった。
家に戻り、紅茶で能力者たちをもてなしながら、モリーは理由を話し出した。
「先ほど出て行ったのは大叔父……祖母の弟です。昔あの屋敷で何か怖い目にあったそうで、幽霊の類が大の苦手なのです。祖母は、昔から能力者の方々の大ファンで、すごい力で幽霊のフリもできる、正義の味方だからきっと助けてくれると言って、今回の依頼を出しました。すべては、大叔父をあの屋敷に近付けないために」
モリーの顔に、寂しげな笑みが浮かぶ。
「大叔父は、山師というのでしょうか。事業に手をだしては失敗して、少なくない借金を抱えているのです。一族が代々守ってきた財産も、残すはこの家と、先ほどの屋敷のみになりました」
HOPEに依頼をだして、すぐ後。ほんの二日前に、モリーの祖母は卒中で倒れた。
「命は助かりましたが、意識がまだ戻らなくて。大叔父は、祖母がもう死んだみたいに、屋敷の経営は今後自分がする、と……。改装してカジノにしたほうが儲かると言いだしたのです。情のない方ではないのですが、お金のこととなると強引になって」
話しているうちに、現実が重くのしかかってきたのだろう。両親は既に亡くし、育てられた祖母も倒れ、唯一の血縁者は強引な大叔父のみ。背後に控えた使用人が、気遣わしげな視線を送っている。
「私、気長に大叔父を説得してみるつもりです。孤児院への援助も、どうか続けて欲しいと」
長話をしてしまいました、とモリーは気丈に微笑んだ。
「ご足労いただいたのに申し訳ありません。依頼主の祖母がいなくては依頼にならないのでしょう? HOPEには私から連絡を……え?」
能力者たちの一人が告げる。
「でも」
モリーの表情に、戸惑いが浮かんだ。
もう一つ。続いて一つ。重ねるように、あたたかい言葉が、少女にかけられる。
揺れる瞳から、ほろりと涙がこぼれ落ちた。
ずっと悲しみと寂しさで張り詰めていたのだろう。涙はあふれると、止めようがなかった。一通り涙を流してから、モリーは小さく「ごめんなさい」と言った。それから、「ありがとう」と。
「……本当は、諦めたくないのです。死んだ両親も、祖母も大切にしてきた屋敷ですから……。祖母の代わりに、私が依頼いたします。どうか、大叔父をあの屋敷を遠ざけていただけませんか。当家の屋敷を、」
幽霊屋敷にして下さい。
解説
【目的】依頼主の親類を、一族が所有する屋敷が遠ざけること
【目的詳細】
依頼主モリーの大叔父は、自身の借金返済のために、一族が受け継いできた屋敷を強引に我が物にしようとしています。
強欲ですが悪人ではないため、モリーは大叔父を憎んではいません。
家族の間に遺恨を残さないよう、大嫌いな幽霊が屋敷にいるようにみせかけて、彼を屋敷から遠ざけて下さい。
【関係者】
●モリー
17歳。屋敷の所有者の孫娘。両親は既に他界。
●マリオン
66歳。モリーの祖母で現当主。能力者の熱狂的なファン。脳卒中で倒れ、現在意識不明。
●ダグラス
63歳。依頼のターゲット。モリーの大叔父。強引で金にがめついが、小心者で家族には愛情深い一面も。
過去に屋敷で怖い目にあった(※詳細は不明)経験があり、心霊系が大嫌い。長年屋敷に近付いていなかったが、一族の所有財産が残り少なくなり、とうとう屋敷に手を伸ばした。
【舞台】
●シェパード家の所有する屋敷
●1階は来賓のもてなし階、2階は家族の場所、3階は使用人の生活空間
●屋敷の「表」と「裏」…
上流階級のための表の空間と、使用人が生活する裏の空間は、ばっさり分けられています。双方を出入りする扉はあちこち目立たない場所にあり、今回の依頼では、驚かせたい相手に見つからないよう移動するのに最適です。
●水道・電気・ガスは、全て使用可能
【決行予定日】
オープニングから5日後の定期閉館日。
ダグラスが、業者(法律家・古美術商・内装業者の3名だが、いずれもダグラスを陰で操る悪徳業者であり、後々金を奪ってトンズラするつもり)を連れて屋敷内を見て回る日を狙って決行。
【協力体制】
事情を聞いたHOPEが、「要る物があるなら世界中から調達する」「経費で落とす。資金面心配なし」と太鼓判を押した。
人手が必要な場合は、シェパード家を慕う周囲の住人が喜び勇んで協力してくれる。
リプレイ
●
「やあ、諸君! 集まってくれたかね」
屋敷の前に、4人の男たちが集まっていた。
小太りな口髭の男は、ダグラス・シェパード。
そして、彼が呼び集めた取り巻きたち。
「もちろんですとも。ダグラス様のお呼びですから」
七三分けのキザな男は、法律家。
「こちらのお屋敷を手がけさせていただけるとか? 実に光栄です!」
でっぷりと太った禿頭の男は、内装業者。
「ご英断でしたねえ。無駄に遊ばせていたお屋敷をカジノとして改装されるとは、凡俗にはできない決断です」
穏和にほほ笑む帽子の男は、古美術商。
口々に称えられ、ダグラスは自慢げに髭を撫でた。
「なあに、前回の商売の失敗を取り戻そうという苦肉の策だったが、そうかね。やはり英断かね」
「さすがはダグラス様、といったところでしょう」
「我々も、成功のために尽力させていただきますよ!」
「そうか! では早速、屋敷のなかを見てもらうとしよう。鍵を持ってくる、少し待っていてくれるかね」
弾むような足取りで、ダグラスが遠ざかる。
男たちは、それを見送り。
姿がすっかり遠くなったところで、すっと顔を見合わせた。
●
「……うおお……」
『どうしました!? 真壁さん!』
通信機ごしに聞こえるうめき声に、月鏡 由利菜(aa0873)が声をあげる。
『何かトラブルなのかい?』
『緊急事態でしょうか?』
「いや、トラブルじゃない……。ある意味予定調和なんだが」
立花=トルヴェール(aa0189)と、彼の契約英雄ヤナギ(aa0189hero001)の問いかけに、真壁 久朗(aa0032)はひきつりながら応える。
「露骨だな。ダグラスが離れたら、あの連中すぐに悪巧みの算段を始めたぞ」
『ええー』
『わーあ。早速だね』
ナト アマタ(aa0575hero001)ののんびりした声と、相棒であるシエロ レミプリク(aa0575)の呆れた声が聞こえてくる。
久朗は、業者たちが大声で算段をたてるその真上、屋敷の2階の部屋に潜んでいた。作戦全体のフォローとして、ターゲットの動向を把握する役割だ。 “幽霊屋敷”に大切な、作戦実行のタイミング把握役として、気をひきしめて作戦に臨んでいたのだが……。
「……聞いてて頭が痛くなるくらい低俗だな……」
『ほほう、どんなものだ? 試しに言うてみよ』
『あかんよリュシアン、作戦前で皆緊張してんのに』
『よいではないか。敵を知ることは重要であるぞ』
二階堂 環(aa0441)が諌めるのを聞かず、彼の契約英雄リュシアン・クストー(aa0441hero001)は楽しげだ。
「まあざっくり言うと、古美術品は全部売却、売り上げはそっくり懐に入れる。売りさばいてる間に、法律家が法律手続きで、内装業者が改装のためにっていう名目で、どんどん金を出させる作戦らしい」
『そして、最終的にはその資金を持ったまま逃走、か?』
由利菜の契約英雄リーヴスラシル(aa0873hero001)が、冷たく言い放つ。
「あれ、聞こえてるのか?」
『聞こえてなくてもわかるさ』
メイナード(aa0655)が、呆れた声で言った。
『HOPEから情報は聞いていたが、絵に描いたような悪党だな』
『こんな連中に騙されるなんて、ターゲットはおバカさんですね。おじさんとは大違いです』
『小心な男なんだろうさ、イデア』
メイナードの契約英雄Alice:IDEA(aa0655hero001)が、淡々とした声の底に憤りを含ませている。準備期間で、彼女からメイナードへの深い……ちょっと深すぎてる感もある愛情はよく伝わっていた。モリーの唯一の保護者があの男であるという事実に、思うところがあるのだろう。
『あ、今外で大きな声で笑った? 聞こえたよね、リチェ』
『もちろんよポム。盛り上がってるみたいじゃない』
「あー……」
通信機ごしに聞こえる、ポム・プリゾニエール(aa0576)と、彼の契約英雄リモンチェッロ(aa0576hero001)の言葉に、久朗は言葉をつまらせる。
『なんだよ、気になるぞ。ターゲットの情報は知ってて損じゃねえんだから、教えてくれ』
そう言うレティシア ブランシェ(aa0626hero001)には、特に教えたくはない。彼と、可憐な能力者ゼノビア オルコット(aa0626)との関係が、兄妹のように親しいだけに。
通信機ごしにあちこちから届く催促に、久朗は言葉を選びながら口を開く。
「つまりだな、法律家の男が、モリーのことも知ってるみたいなんだが」
外で広げられる会話は、ほとんど猥談である。
「だからその、一文無しになった家に残しておくのは可哀想だと。前から可愛いと思ってて……まあ口説いて、連れて逃げて、その、なんだ、恋人同士でしかできないことを、色々、したいと」
できるだけオブラートにくるんだが、意味は正確に伝わってしまったらしい。通信機ごしに悲鳴ども怒声ともつかない声がいくつも湧きあがる。
『……AGWの使用許可を要求したいところだ』
『待て、待て、待て』
リーヴスラシルの氷の声音に、メイナードが大慌てで止めに入る。
『皆、落ち着いてくれ。当初の目的を忘れるなよ。今回は戦闘任務ではなく、メインターゲットはダグラス・シェパードだ』
同意する声は、渋々だった。
『悪徳業者どもは、HOPEから英国の警察組織に通達して、捜査が進んでいる。今日はただ怖がらせるだけでいいんだからな』
「……皆、来たぞ」
窓の外、ダグラスが屋敷へ近づいてくる。
通信機の向こうから、それぞれ準備完了の声が聞こえてくる。が、先ほどよりも若干、殺気だっているメンバーもいるようだ。
(マズいことを言ったかな)
(皆やる気がでたみたいだし、いいんじゃないですか?)
共鳴状態にある、久朗の契約英雄セラフィナ(aa0032hero001)が、優しい声で言う。
(あの大叔父、彼女がこんなこと言われてるなんて知らないだろうな)
久朗はふと、室内に視線を送る。家族のための、くつろぎの居間だ。モリーの先祖が住み、毎日を過ごした場所。
自分がこの家を守ろうとしていることに、久朗には何の異論もない。ただ違和感は、胸の内側を思い出したように撫でる。
(……家族と飯を食った記憶なんて、俺にはないのにな)
(今は、僕がいっしょでしょ?)
間髪を入れない返答に、ふっと笑みがもれる。
(さ、抜き足差し足忍び足、ですよ、クロさん!)
(傍から見たら、俺は完全に不審者なんだよなあ……)
そう思いながら、どこか楽しい気持ちで、久朗は床を蹴った。
屋敷の扉が、開く音がする。
●
「ひ」
ダグラスは短い悲鳴をあげた。
「おや、あれは展示の品ですか?」
玄関ホールの中央に、巨大な銀の甲冑が直立していた。
「素晴らしい巨躯ですな! 持ち主はさぞや立派な騎士だったのでしょう」
「あ、ああ」
古美術商は、正面からまじまじと甲冑を観察した。ダグラスは腰が引けている。
「名君と呼ばれた、スティーヴの甲冑だ。当家は多くの武人を輩出した家系で、武芸を重んじた。近世にいたるまで、家族だけでなく、家族の守護を担う使用人にも、礼装として鎧や剣を」
「さすが、名家は違いますなあ」
内装業者は、にやにやと笑いながら室内を見渡した。鏡のように磨かれた床に、人影が5つ映っている。一つは不自然に背が高い。
……5つ?
はた、と顔を上げる。
奥の広間。明かりが射し込む窓の前に。
「……はっ?」
「どうされました?」
「いや、そこに」
内装業者が指差す先には、誰もいない。
「おかしいな……。なんだか、ボロボロのドレスを着た女性がいたような」
「はあ? 誰もいませんが」
弁護士が、奥の広間へ歩み寄る。
こぉぉおん!
「ヒッ!」
高い音。照明が、ふっと暗くなる。
一同は立ち止まり、それぞれ周囲を見渡した。
「今のはなんでしょう」
「あ、ああっ」
ダグラスが悲鳴をあげた。
先ほどまで正面を向いていた甲冑の首が、ダグラスの方向を向いている。
小心な男は震えあがった。
「ど、どうしてだ。まさか、スティーヴが怒って」
「ダグラス様?」
「やはり、屋敷に手をつけるべきでは」
「ダグラス様!」
古美術商がぴしゃりと呼んだ。ダグラスはハッと飛び上がった。
悪徳業者たちは、視線だけで団結した。
「きっと甲冑の留め具が緩んでいたのですよ。それだけのことです」
「おそらく、清掃や整備でスタッフがいるのでしょう。人影はそれです」
「そうか……。そうだな」
ダグラスはハンカチで汗を拭く。
「私は先に3階を見せていただいてよろしいですかな。機械室として使えそうですからね」
「我々は先に、他の部屋を見て回りましょう」
「うむ」
ダグラスは気を持ち直し、ぐっと胸を張った。
●
扉の陰に潜んでいた久朗は、素早く告げた。
「3階担当班。そっちに一人行くみたいだ」
『イデア、音はもういい。死角をついて接近する案は中止だ、分断されるとやりにくい』
『メイナードさん、甲冑着っぱなしやけど大丈夫ですか?』
『心配ない、環くん。しかしこの甲冑、名品だとは思っていたが、スティーヴのものだったのか』
『貴公並の巨躯であったと見えるな』
楽しげにリュシアンが告げる。メイナードは、身長が2mを超える偉丈夫であった。
『しかし悪徳業者の皆さん、心霊現象は気のせいで押し通すことに決めたみたいだね』
やりにくくなるな、と立花が思案する声で言う。
「ターゲットが既にかなり参ってるからな。話を反故にされたら困るってことだろう」
久朗がスコープで覗く先に、ダグラスを煽てまくる二人の悪党が見える。
『3階担当班です。そろそろ始めますね』
緊迫した由利菜の声。
●
「まったく、何が幽霊だ!あの臆病者め」
3階へ続く階段を上りながら、内装業者は毒づいた。
煌びやかな屋敷の表側とは違い、使用人のスペースは、無骨で簡素だ。頭上から、ぎしぎしと人の歩く音がする。
「なんだ、やっぱり誰かいるんじゃないか」
階段を上がり、左右を見まわす。左の廊下に個室の扉が並び、右は使用人用の食堂と台所になっているようだ。
台所に、メイド服の後ろ姿が消えていく。
「おい、君!」
足を踏み入れると、つんとした臭いが鼻をついた。
「なんだ? 掃除が行き届いて」
いないのか、という声がつまった。
蛇口から、ぽたり、と落ちる水滴。それが、鮮やかに赤い。
内装業者は、おそるおそる顔を近づけた。錆だろうか。きっと赤錆だ。ぽたぽたと落ちる水滴が、まるで滴る血のようなのは、気のせいで……。
「ヒっ!?」
背後を、何かがが通った気配がする。使用人服の男の背中が、食堂のテーブルの向こうを歩いていた。
「おい、おい貴様!」
廊下の向こうへ消えていく背中を、内装業者は追いかける。
ブツン!
照明がすべて落ちた。窓から差し込む白い光だけが全てだ。使用人の背中は、奥に消えて行く。
(古い建物だからだ……! ブレーカーでも落ちたんだ!)
「おい!」
声を張り上げた喉が、息を吸い込んだ。
男が消えた暗い廊下の先に、鎧の人影。
剣を下げている。全身が、淡く発光している。
「……マリーさま」
女の声だ。
(武人の家系。家族の守護を担う使用人にも、礼装として鎧や剣を)
ダグラスの説明が、がんがんと脳内で揺れる。マリー。死んだスティーヴの娘の名前。
「……ずっと、御守り……します」
甲冑が、すっと一歩を踏み出した。
「何者です」
厳しい声が誰何した。
「この家に……私欲を、持って」
「う、うう」
「脚を、踏み入れる者は」
剣の切っ先が上がった。
喉が裂けるような悲鳴が上がる。
●
申し訳ありません、と由利菜は通信機ごしに縮こまった。
「すみません、怪我はさせない方向だったのに……!」
「いや、い、今のは不可抗力だろ。というか、今の声とか音が下に届いてないか?」
『それは大丈夫だ。連中、気付いてもいない』
久朗の言葉に、3階担当班……由利菜とリーヴスラシル、ゼノビアとレティシアは胸を撫で下ろす。
階段に向かった内装業者は、一段目を見事に踏み外した。悲鳴をあげてつつでごろごろと転がり落ち、踊り場で壁に激突。共鳴して女騎士に扮していた由利菜も、メイドと使用人に扮していたゼノビアとレティシアも、これには仰天した。
『まあ、命に別状はないんだな?』
メイナードが通信機ごしに苦笑する。
「ああ、保証する。頭にタンコブできてるけどな」
おろおろするゼノビアを宥めながら、レティシアは断言する。
『よし。じゃあ、レティシアはそいつが気絶してる間に外に運んでしまってくれ。残りの3人は2階班の手伝いを頼む』
「は、はい」
通信が切れると、リュシアンはよっこらと内装業者を抱えあげた。
「由利菜、リーヴスラシル。ゼノビアを頼む」
「わかりました」
「よしよし、仕事だろゼノビア。ベソかいてないで頑張れよ」
……正直、由利菜の女騎士の迫真の演技が、怖すぎた。
流石に言えないゼノビアなのであった。
●
1階では、久朗のフォローによる、シエロとナトの奮闘が続いていた。
両脚・左目・喉に機械を纏うアイアンパンクのシエロは、貴婦人のドレスをまるで惨殺でもされたかのように左側だけぼろぼろにしている。対照的に、儚げな美少年のナトは、人形のように可愛らしく飾りたてられていた。二人が、遠くから、鏡ごしに、姿を見せてはまた消す、という仕掛けは、ターゲットの恐怖を煽っていた。イデアが遠くから時折物音を響かせ、環が照明を操作して驚かせる。
「なんだ、やはり、おかしい」
冷や汗をダラダラと零しながら、ダグラスは震え声で言った。
「ダグラス様、お気になさらず」
今更話を反故にされては困る悪徳業者二人は、宥めるのに必死だった。
「し、しかし先ほどから明らかに」
「2階に人がいるのかもしれません。上がってみましょう」
久朗はすかさず、通信機に告げた。
「2階班。3人ともそっちに向かう」
『はーい!』
ポムの明るい返事があった。
『じゃあ、うちらも行こうかナトくん!』
『はあい』
『3階班も合流します』
人が集中しすぎているな、と久朗はふと案じた。
通信機ごしに、2階に上がったターゲット達を、ポムとリモンチェッロ、それにリュシアンが物陰からくすくすと笑い声を聞かせて怯えさせていることがわかる。ターゲットの悲鳴。それを宥める声と、
『あっ』
『え、え』
立花の悲鳴じみた声と、ナトの戸惑いの声。
久朗は、2階へと向かう階段を、音をたてずに出せる最速で駆けあがった。
●
「こっちには誰もいないようですが」
「うむ、こっちもだ」
弁護士は、震えるダグラスを古美術商に任せ、あちこちの扉を手当たり次第に開いていた。家族の私室、居間、美術品の間を縫うように奥へ進む。
外に近所の子どもでもいるのか、と窓を覗いてみるが、誰もいない。
首を傾げた弁護士は、ふと室内に人影を見つけた。
「……なんだ」
瞳を閉じ、慎ましやかに直立しているのは、メイドの人形だった。傍のテーブルに小物が広げられ、清掃に使った小道具、という札がかかっている。傍の椅子には、少女の人形が座っていた。
こういう物を、人影と間違えたに違いない。弁護士は鼻で笑った。
が、実のところは。
(ゼノビア……!)
レティシアは、人形のフリで立ち尽くすゼノビアを物陰から見ているしかできない。
(ナ、ナトくん……!)
シエロも、いつナトが人形でないと気付かれるか、気が気ではなかった。
ターゲットが2階に上がってすぐ。
恐慌状態に陥ったダグラスを落ち着かせるため、悪徳業者たちは行動を開始した。あちこちの扉を開け、中を覗く。仰天したのは、能力者と英雄たちである。立花とヤナギは大急ぎで仕掛けを隠し、あとのメンバーは死角を縫って身を潜めた。が、弁護士はどんどん移動し、逃げているうちに、隠れようがない袋小路の部屋にゼノビアとナトが置き去りにされてしまったのである。咄嗟に人形のフリをしたが、いつまでも騙しきれそうにはない。
『音をたてて注意をひきます。その間にお二人を』
『イデアさん、待って下さい! 様子が変や』
弁護士の男は身を屈め、腰かけるナトの様子をまじまじと見つめた。
「出来のいい人形ですね」
視線は顔から、首を下り、腰、それから足先へと移動する。
「……どこまで出来がいいかな?」
不意に、声に好色が混じり。
……あろうことか、ナトのスカートに手をかけた。
●
『い、生きてるんだな?』
メイナードの声に、立花が大丈夫、としっかりした声で告げる。
「血がどくどくでリアルホラーになっちゃってるけど……」
『大丈夫なのかそれ!?』
ごめんなさい、という声が重なった。
きょとんとしているナトをハグしているシエロ、心底申し訳なさげな環、ゼノビアは「ごめんなさい」と書いたメモを掲げ、三人並んで正座している。流血して気絶している弁護士を、リーヴスラシルがてきぱきと応急処置していた。
弁護士がスカートを捲りあげた瞬間、まずゼノビアが持っていた盆でぶん殴った。ぐらんと揺れたところを、環が放り投げたソーサーが一撃。さらにシエロが、機械の義肢で踵落としを喰らわせた。
共鳴していなかったとはいえ、戦闘に慣れた能力者からの三連続攻撃である。弁護士はあえなく昏倒し、回収された。ポムとリモンチェッロ、それにイデアとリュシアンが、物陰から音をたててターゲットの気を引いたため、なんとか騒動はバレていない。
穏和な環とゼノビアは、己がしてしまった暴挙に縮こまっている。
『リュシアン、またそいつを外に頼めるか』
「ああ。ほら、いつまで凹んでんだお前等。まだ任務は終わってねえぞ」
「か、カッときたとはいえ僕はなんちゅう乱暴を……」
『なかなかやるではないか下僕! 褒めてつかわす』
「うれしゅうないよ、リュシアン……」
「いい一撃だったぜ、ゼノビア」
涙目のゼノビアは、メモに「嬉しくない!」と書いて掲げた。
「二人とも、ありがとう……」
ナトを抱えたままのシエロが、環とゼノビアにぺこりと頭を下げる。
「ナトくんを助けてくれて」
「いや、そんな、とんでもないです」
「ほらほら、三人とも立って」
立花がせかし、ヤナギが背中を押して移動させる。
「仲間のために頑張ったんじゃないですか。さ、向こうに加勢にいきましょう」
「は、はい」
ヤナギの励ましに、環もゼノビアも笑顔を取り戻す。
ナトがきょとんとして言った。
「シエロ。あの人、ナトのスカート上げて何しようとしたの?」
「…………」
「ナ、ナトくん気にしたらあかん」
「急ごう! ほら! ね!」
「…………」
「シエロ君、顔! 顔が鬼神になってるから!」
●
べちゃり。
「う、うう」
ダグラスの歯は鳴りっぱなしだ。先ほどから、濡れた音が追いかけてきている。
裏で、ポムとリモンチェッロが濡れたモップで出している音である。立花とヤナギの仕掛けだったのだが、怪我人のフォローで離れてしまったため、機転を利かせて二人が担当した。
「す、水道が漏れているのですかな」
ずっとフォローしてきた古美術商も、限界が近いらしく、顔色が良くない。
べちゃり。べちゃ。
……くすくすくす。
「マ、マリー」
「はっ?」
「お前なのか? そうなんだろう?」
くすくすという笑い声。
「違うんだ。お前のおうちを、壊したいわけじゃ……しょうがないじゃないか! も、もう後がない。姉さんの治療費もいる。モリーもいい学校にやらないといけない」
ダグラスは後ずさりし、よろめいて背中でティールームの扉を押し開いた。
「小さい頃、気付かず、お前と遊んだこともあったさ。もう、やめてくれマリー! 頼むよ!」
ちか、ちかと照明が点滅する。古美術商が腰を抜かした。
「わ、私は、恥じるようなことは何もしてないぞ!」
ダグラスが叫ぶ。
照明が消えた。カーテンは閉まっている。暗闇だ。
かたかたかた。ティーセットが鳴り、テーブルが唸る。部屋の中に、いくつもの人の気配がする。くすくすという笑い声。ごうっと、風が渦巻いた。
「い、一族の資産を取り戻してみせる! だから」
壁の一面だけが明るくなった。ここにはないはずの肖像画。
「ス、スティーヴ……」
怒りを込めた視線が、ダグラスを睨んでいる。その目から、すっと、赤い雫が流れ落ちた。
「ゆ、ゆるし、ゆる」
ダグラスは部屋を飛び出した。
古美術商の男は、這うように肖像画に近付く。
「そ、そんなわけはない。原因が、そう、え、絵の具が溶けてるんだ…!」
その肩に、手がかかる。
……もうダメだよ。
●
「まだ一言しか言ってないのにぃ」
ポムとリモンチェッロは、頬を膨らませた。
足元には、古美術商の男が燃え尽きた様子で気絶している。
「肩に赤い手形つけるのできなかったなあ」
「もう十分ですよ、立花……」
残念そうな立花を、ヤナギが諌める。
「メイナード殿、ターゲットはもう外に?」
リュシアンの問いに、返ってきたのは固い声だった。
『……上手くいかなかったら、すまない』
「うん?」
『おじさん!』
イデアが小さく叫んだ。
●
ダグラスは腰を抜かしていた。
玄関ホール。出口はすぐそこだ。だが、動けない。
甲冑の脚が、がしゃん、と動いた。
一足、一足、踏みしめる。こちらへ近づいてくる。
もうダメだという思いだけが、頭を支配していた。
へたりこんだダグラスと、スティーヴの甲冑は対峙した。
「ダグラスよ」
重い声が、甲冑の中から響いてくる。
「お前は己の義務を怠った。此度のことは罰だ」
「わ、私は」
「お前は己の虚栄心に憑かれている」
「きょ、えい?」
「真に手をかける守るべきものは、金ではない。当家の姓、シェパードのとは羊飼いの意。お前が真に守ってやらなくてはならない羊とは、金か? あの男どもか? この屋敷か?」
ダグラスの全身から、すっと力が抜けた。
「弱き者を守り、愛して生きよ」
玄関の扉が開いた。甲冑は、ダグラスの手を取って立たせ、背中を押した。
外には、美しい庭園が広がっている。そこに、娘が一人、息をきらせて駆けこんできた。
「モリー」
名を呼ぶモリーの手をとって、ダグラスは子どものように泣いた。
「すまなかった」
そればかりを繰り返す。
涙とともに、色々なものが流れていくようだった。
●
その後。
HOPEのもとに、モリーから能力者と英雄一人一人へ、感謝の手紙が届いた。
ダグラスは、意識を取り戻した姉とともに、屋敷の運営を行うようになったそうである。後遺症で車イスになった姉と、庭園を散歩することを楽しみとしている。
ダグラスは、遠い昔に屋敷で幼い少女と遊んだ思い出について、モリーに話した。少女の顔立ちが、肖像画に描かれているマリーのそれであることに気づき、屋敷から遠ざかったのだという。
手紙には、写真が入っていた。屋敷の前で、モリーとその祖母、ダグラスの3人が並んで立っている。
久朗は、能力者一人一人に連絡をとった。
肖像画の仕掛けを作成した立花は、あれからギミック付絵画の開発にのめりこみ、ヤナギは溜め息をついている。
シエロは、ナトにもう可愛い恰好をさせないほうがいいのかと苦悩の最中。
ポムとリモンチェッロは楽しかった!またやりたい!と元気だ。あからさまにはしなかったが、由利菜にも楽しい任務だったようで、リーヴスラシルは微笑ましげだ。
ゼノビアは、ナトを守るためとはいえ怒りで行動してしまった己を恥じ、レティシアに特訓の増量を申し込んで辟易させている。環は環で、投げてしまったソーサーの弁償をするといってきかず、リュシアンが頑固者だと零していた。
メイナードだけが、気配に気付いていた。
『通信機ごしだったが、たしかに聞こえてね』
ダグラスが屋敷から逃げようとした時、少女の声で「ダグラスを見捨てないで」と懇願されたのだそうだ。
『急に、モリーを呼んできてくれなんて無茶を言ってすまなかったね。あの子の姿を見せるのが一番効果があると思ったんだ』
「いや、うまく言ってよかった。イデアは元気にしてるか?」
最後のアドリブがすごかった、さすがおじさん!と度々熱っぽく主張するので、困ってしまうらしい。
笑って、二人は会話を終えた。携帯電話をテーブルに置くと、オープンカフェのテーブルの向こうに座ったセラフィナが、悪戯っぽく見つめてくる。
「どうでした?」
「マリーの声だけ、らしい。写真に写ってたのも、3人だけだそうだ」
セラフィナが、日常的に幽霊と馴染んでしまう気質の持ち主だからなのか。同じ写真を焼き増しされているはずなのに、どうして久朗の写真にだけ、窓の内側に幼い少女と肖像画の男が、並んで微笑んでいたりするのだろう。
「ちなみに、この二人だけでもないんですけど」
「……勘弁してくれ」
「皆言ってましたよ」
「何を?」
セラフィナは、にっこりとほほ笑んだ。
「ありがとう、ですって」
久朗は脱力して、抜けるように青い空を仰いだ。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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