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ある職員の悲劇
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/12/10 18:32:58 -
相談卓
最終発言2018/12/12 00:54:57
オープニング
●好事魔多し
「あ、お疲れ様でーす」
H.O.P.E.本部を出たところで、エージェント達は女性職員に声をかけられた。
「今日も寒いですね。コンビニでおでん買ってきたんですよ、ほら」
職員は、コンビニの袋を掲げてみせた。一瞬おでんをくれるのかと思ったが、そういうわけでもなさそうなので、エージェント達は適当な返事をして、職員の横を通り過ぎようとすると。
「最近、みなさん忙しくて大変ですよね」
職員は、エージェント達の前に移動して微笑んだ。
なんだろう、圧がすごい。
「まあ、こんな状況ですから忙しいのは当然ですよね」
職員は、左手で髪をかきあげた。その指にキラッと光る物。
「あ、気づいちゃいました? そうなんです、私、婚約したんです!」
気づくまで逃がさないつもりでしたよね、とツッコミを入れたい。寒いので、早く解放してほしいのだが……。
「相手は職場の先輩なんです。お花見に誘っても流星群の観測会に誘っても、ずっと断られ続けていたんですけど、世界が大変な時だからこそ、ちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃと思って告白したら、うまく行ったんですよー」
幸せのオーラがまぶしい。
「あ、指輪をもっとよく見たいですか? 一応、本物のダイヤです。何カラットかは秘密ですよ、うふふ」
職員は指輪をはずして、エージェント達に差し出した。
「あ」
職員の手がすべって、指輪が地面に落ちた。
「あーーーーーー!!」
どこからともなく現れたカラスが、指輪をくわえて飛んで行った。突然のことに、誰も身動きできなかった。
「……終わった。私の人生終わった……」
職員はへなへなとその場に座り込んだ。
幸せの絶頂から不幸のどん底に突き落とされた職員。
どうしたらいいのだろう、とエージェント達が戸惑っていると、職員は泣きながら目の前のエージェントの足にしがみついた。
「うっうっ……お願いします。指輪を取り戻して下さい。お昼休みが終わったら、先輩が職場に戻ってくるので、どうかその時までに……。一生のお願いですから……ひっくひっく」
解説
●目標
制限時間内にカラスから婚約指輪を取り返す
●状況
現在時刻12時10分。晴天。
13時までにカラスから婚約指輪を取り返し、H.O.P.E.のロビーで待っている職員に届けて下さい。
カラスは、周辺にたくさんいます。
捜索をしつつ、「そう言えば、自分はまだ大切な人に自分の気持ちを伝えていなかったな」と気づき、その人に自分の気持ちを伝えましょう(恋の告白、日頃の感謝等何でもOK)。
従魔や愚神は登場しません。
リプレイ
●ミッション開始
地面に落ちた婚約指輪。それをくわえて飛び去るカラス。
「『……あ』」
突然の出来事に、マオ・キムリック(aa3951)と英雄のレイルース(aa3951hero001)は、しばし唖然として飛んで行くカラスを眺めていた。
『烏は……光る物、好きなんだね』
レイルースが淡々と呟き、マオは我に返った。
「……はっ! た、大切な指輪が……っ」
あわわ、となったマオが職員のほうを振り向くと、職員は泣きながら荒木 拓海(aa1049)の足にすがりついていた。
「ええっ、お昼休みの間にどうにかしろってこと!?」
職員の訴えを聞いて、天野 一羽(aa3515)は思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。
制限時間は短いが、涙にむせぶ職員を放っておくわけにはいかない。
「取り返してくる……だから落ち着いて待ってて」
拓海は、職員に話しかけて、職員にはH.O.P.E.本部のロビーで待っていてもらうことにした。
職員から解放された拓海は、英雄レミア・フォン・W(aa1049hero002)のほうを振り向いて言った。
「レミア、頼むよ」
『おてつだい……ね』
レミアは頷いた。
『……どうする』
腕を組んで他人事とばかり飛び去るカラスを眺めていた英雄の墓場鳥(aa4840hero001)は、ナイチンゲール(aa4840)に言った。
「うーーーーーん」
ナイチンゲールは、言葉を濁した。やるとは言わない。でも、やるけど。
「指輪を自慢したい時って指から外して見せるもんなのか?」
『“自分が”貰った事を自慢したいなら、外すべきではないような気はするわね』
迫間 央(aa1445)の疑問に、英雄のマイヤ サーア(aa1445hero001)はそう答えた。央とマイヤは婚約中なので、若干気になる話題ではある。
ともあれ、エージェント達は成り行きで指輪奪還のミッションを遂行することになった。
●捜索
まず、エージェント達は、ライヴス通信機やスマートフォンでお互いに連絡が取れるように準備を整えた。
既に、指輪をくわえたカラスの姿は見えなくなっていたが、カラスが飛んで行った方向はわかっていたので、そちらの方角を中心に手分けしてカラスの捜索を始めた。
「拓海も小夜鳴ちゃんも人がいいというか」
央は呟いた。
(……自分だって同じじゃない)
そうマイヤは思ったが、口に出してしょんぼりする央を見たくないので胸に留めた。
央はマイヤと共鳴し、鷹の目を使用してライヴスで隼を生成した。
(央は地上から、私は空から。お互いの死角をなくしてローラー作戦で探索してしまいましょう)
マイヤが隼をコントロールし、上空からカラスの集まっている場所を探すことにした。
「飛んでくれれば、逆に目立つから直ぐに対応出来るんだけどな」
央はそう呟いて、地上からカラスの捜索を開始した。
レミアと共鳴した拓海は、カラスが指輪を巣に持ち去ったと仮定して、警備員や付近の人に聞き込みを始めた。カラスが飛び去った方向に、カラスの巣やカラスが多く住む場所が無いか聞き、その情報をもとに、高い樹木や高層建築物の屋上、個人宅のソーラーパネルの隙間などをエージェント能力とジャングルランナーを駆使して確認していった。足場が無い所は、縛られぬ者を使用したり、ジェットブーツを使用したりして、飛行し確認した。
「鉄塔・電柱の巣は電力会社が即撤去してると思うが……」
そう思いつつ、拓海は鉄塔や電柱も確認した。その途中で、コンビニに寄って空瓶を入手して、ポリ袋に入れて中で割った。共鳴中は硝子で怪我はしないが、破片が散らないように注意した。
拓海は、小さな公園に辿り着いた。昼食時なので、公園には誰もいなかった。
拓海は、大きく綺麗に割れた空瓶の破片や所持しているイヤリングを目立つように公園の中央に置き、付近の木を順に探していった。しばらくすると、一羽のカラスが飛んできて、硝子の破片を興味深そうに突っついていたものの口にはくわえずに飛び去った。
拓海は、仲間にカラスが飛んで行った方向を報告してから、素早く硝子等を回収し、全力移動でカラスを追跡した。
マオは、泣いていた職員さんの為にも頑張って探そう、と気合いを入れた。捜索する時は、レイルースと二人で行動して見落としがないようにした。
『……巣に持ち帰ってしまったのかな』
「そうかも。カラスさんは……向こうに飛んで行ったよね?」
マオはレイルースの言葉に頷き、カラスが飛んで行った方向を指差した。
『うん、まだそんなに遠くへは行っていないんじゃないかな』
捜索していると、カラスが一羽飛んでいるのを見つけた。マオ達はカラスを追いかけた。カラスは林の中へ消えた。
「あ、あれそうかな」
木を見上げていたマオは、幹と枝の間にある小枝の固まりを見つけた。
『そうだね』
カラスは今、巣にはいないので、巣の中を確認するなら今がチャンスだ。マオはレイルースと共鳴して木の枝に手をかけた。
(……待って。マオが登るの?)
レイルースは、木に登ろうとするマオを制止した。
「うん、木登り得意なの知ってるでしょ?」
(知ってる、けど……その服で?)
スカートで登るのはさすがにどうかと……と、レイルースは苦笑した。
「……!! レイくんに任せるよ」
マオの頬が赤くなる。マオは、慌ててレイルースに共鳴主体を交代した。
レイルースは、するすると木に登り、巣の中を確認した。巣の中には婚約指輪はなかった。
木の上から見渡すと、他の木にも巣があることがわかった。現在は使われていない巣も多そうだが、一つずつ確認していこう。レイルースは、ジャングルランナーを使って隣の木に飛び移った。
レイルースはカラスを驚かせないように極力静かに巣の中を調べていった。
『ゴメンね、お邪魔するよ……』
カラスがたくさん枝にとまっている場所では、レイルースは潜伏を使用して巣の中をそっと確認した。
全ての巣の確認を終えると、レイルースは共鳴を解いた。
「ここにはないみたい」
『そうだね』
二人で話していると、カラスが飛んできて木の枝にとまった。続いて現れたのは、カラスを追いかけてきた拓海。
マオは、林にある巣を全て確認したが指輪は見つからなかったことを拓海に伝えた。
拓海とマオ、レイルースはその場で別れて、再び捜索を始めた。
英雄のルナ(aa3515hero001)と共鳴した一羽は、人通りの多い商店街を歩きながらカラスを探した。
「どこかでゴミを漁っているかもしれないよ」
一羽は、ライトアイを使用して視界を確保すると、路地裏や歩道橋の下などの暗がりを調べた。カラスが見つからなかったので、一羽は住宅街に移動した。
一羽は、事前にビー玉、おもちゃのコイン等の安く手に入る派手な光り物を用意しておいたので、そういったものを囮としてゴミ捨て場の周囲に置いた。
物陰に隠れて待つこと数分。
(来ないねー。ずっと待ってたらタイムオーバーになっちゃうよ)
「もうちょっとだけ」
飽きてしまったルナを一羽がなだめていると、黒い影がさっと舞い降りた。カラスは、おもちゃのコインをくわえて飛び上がった。
一羽は、ライヴス通信機でカラスが飛んで行った方向を仲間に報告した。
鳥好きのナイチンゲールは、冷静に状況を分析した。
冬季の今はカラスの繁殖期から外れ、特に都市部では行動範囲が狭い筈だ。恐らく付近の営巣地を根城にしているのだろう。そして、カラスは布や光り物を巣に持ち帰ることが多い。というわけで。
「ここは慌てず騒がず」
ナイチンゲールは呟いた。まずはスマートフォンで地図を検索し、周辺で最も樹木の多いランドマークをチェックする。その中でも電線などにカラスが特に多数見られる方角の最寄りの場所へ向かうことにした。
「大きな公園があるんだね」
ナイチンゲールは墓場鳥と共鳴し、通行人との衝突に気をつけつつ全速力で見つけた公園へ向かった。
ナイチンゲールは、進行方向の安全確認をしてから樹上や電柱の上に注意を向けた。
木に巣があれば冬枯れで剥き出しになっているだろうし、常緑樹もさほど茂らないから見つけやすいだろう。電柱の上に巣がある場合は、大抵電柱から大きくはみ出しているので、気を付けていれば分かるだろう。
その予想は的中し、いくつか巣を見つけたので、ナイチンゲールは通信機でマオと央に連絡し巣の確認をしてもらうことにした。そして、自分は公園の中央の広場に向かう。
ナイチンゲールが広場に立って周囲を見回すと、公園にはクスノキやポプラの木がたくさんあり、小さな川もあって、カラスにとっては絶好の環境であった。
その時、一羽から連絡があった。ナイチンゲールは、空を見上げて目を凝らした。
おもちゃのコインがキラッと光った。
コインをくわえたカラスは、公園の中で一番大きな木にとまった。常緑樹なのでてっぺんの方はよく見えないが、巣があるようだ。
ナイチンゲールが通信機で仲間に報告すると、間もなく拓海が公園に到着した。
拓海は足元の石に碧の髪を使用してみた。最小の威力で発動したのだが、突風で石が欠けてしまった。罪のないカラスを傷つけたくはないので、碧の髪は使わないことにしよう、と拓海は思った。
マオとレイルースも、公園に到着し、共鳴した。今度はちゃんと最初からレイルース主体の共鳴である。
レイルースは、地不知を使用して木の幹を歩いて行った。レイルースが進むにつれて、枝にとまっていた他のカラス達が騒ぎ出した。
ナイチンゲールは、守るべき誓いを使用した。カラスの群れは、木から舞い下りてナイチンゲールをつつき始めた。野鳥を傷つけるわけにはいかないので、大人しくつつかれているナイチンゲール。
「早くしてね。痛みはないけどなんかつらいから」
最初は怒っていたカラスだが、すぐに怒りは消えたようで最早ナイチンゲールをつつくのが遊びになっていた。ナイチンゲールの両肩にカラスがとまり、足元にはカラスが輪を作っている。
「わー、私モテモテ」
ナイチンゲールは苦笑した。
一方、レイルースは巣に辿り着いた。小枝や針金ハンガーが組み合わさって出来た巣の中央に、婚約指輪とおもちゃのコインが並んでいる。巣の持ち主であるカラスは、落ち着きなく巣の中を歩き回っていた。
レイルースは、通信機で仲間に指輪を発見したことを伝えてから、そっと手を伸ばした。
『それは大事な物なんだ。返してもらうよ……』
レイルースの手が指輪に届く寸前に、カラスは指輪をさっとくわえた。そして、翼を広げて、巣から飛び出した。レイルースは、急いでそのことを仲間に伝えた。
指輪をくわえたカラスは、悠々と公園上空を飛んで行く。
拓海とナイチンゲールは、カラスの後を追った。少し遅れて木から飛び下りたレイルースが続く。
カラスは、公園を出た地点でスピードを緩めた。カラスの前方から隼が飛んできて進行を阻害したためである。央が作り出したライヴスの隼は、カラスを追い立てて公園の外にある電柱へと誘導した。
拓海、ナイチンゲール、レイルースが電柱の傍に辿り着いたのと、央がその場に到着したのはほぼ同時だった。
央は、地不知を使用して電柱を駆け上がった。カラスはぱっと飛び立った。
央は、用意しておいたハングドマンを投げた。カラスに怪我をさせないため、短剣が当たらないように注意した。銅線部分でカラスを絡め取ることができれば、と思ったのだが、カラスは巧みに飛んできた銅線をすり抜け、ガードレールにとまった。
「足止めするよ」
拓海は仲間に声をかけてから、未知なる掌を使用した。ふわっとした風がカラスを包み込み、カラスは怪訝そうに首を傾げた。その隙に、レイルースがカラスの後方から忍び寄る。レイルースは、拓海が用意しておいた毛布を広げ、カラスをくるもうと……。
捕まえた!
かと思われたが、カラスはすんでのところで身をかわし飛び上がった。
宙に舞い上がったカラスは、市街地に向かって飛んで行く。
「あっ、指輪!?」
大きな公園へ向かっていた一羽は、指輪をくわえたカラスが自分のいる所へ真っ直ぐ飛んでくるのを見つけた。
(カラスってただの動物でしょー? そういう時はこれよ)
ルナが言っているのは、セーフティガスのことである。一羽のセーフティガスは、何やらいい香りがするのが特徴だ。たぶんルナの影響だろう。
「おーい」
カラスの少し後ろから仲間が手を振りながらやってきた。
「セーフティガスで眠らせるから、誰かキャッチして」
一羽は、仲間に声をかけてから、ジャングルランナーで電柱に登りカラスを射程内に入れた。
拓海がカラスの下で服を広げて待機しているのを確認してから、一羽はセーフティガスを使用した。
カラスの動きが止まり、落下していく。
拓海は、広げた服でうまくカラスを受け止めた。気絶しているカラスのくちばしから、指輪がぽろっと落ちる。央は指輪が地面に落ちる前に空中でキャッチした。
「間違いない。彼女の婚約指輪だ」
央が指輪を確かめてそう言うと、皆はほっと安堵の溜息をついた。
拓海は、カラスの状態を調べた。怪我をしていたら動物病院に連れていこうと思っていたのだが、幸いなことに怪我はなかった。マオが万一のために準備していた医療キットも今回は出番がなかった。
「……よかったぁ」
マオは呟いた。
『時間も間に合ったね』
レイルースは腕時計を見た。
現在時刻は、12時48分。急いでH.O.P.E.本部に戻ろう。
気絶しているカラスを放置するわけにはいかないので、ナイチンゲールが抱きかかえて連れて行くことにした。
●それぞれの絆
エージェント達がH.O.P.E.本部のロビーに入ると、女性職員が観葉植物の鉢で顔を隠しながら、ささっと近づいてきた。
「どうでしたか? 見つかりましたか?」
「はい。どうぞ」
マオは、ハンカチに載せた指輪を差し出した。来る途中にあった小さな公園の水道を使って、マオが指輪の汚れを落とし綺麗な状態にしておいたので、指輪は新品同様で、ダイヤがキラリと光った。
「ぅわわわ、ありがとうございます! 本当に本当にありがとうございます!」
職員は大きな声でそう言うと、指輪を左手の薬指にはめた。嬉しいのはわかるのが、声が大きい。そんな目立つことをしていると……。
「……なにしてるの?」
案の定、昼休みが終わって外から戻ってきた彼氏に見つかってしまった。
結局、職員はこれまでの出来事を全て婚約者に打ち明けた。
彼氏は渋面を作って黙り込んだ。
職員はしゅんとうなだれた。
「愚神に襲われたかのように反省してたから……ここは男気を」
拓海はそうとりなした。
『しあわせだって……みんなに……おしえたかったんだよね、ゆるして……あげて』
レミアも彼氏を見上げて訴えた。
「いや、俺が怒っているのは、指輪をなくしたことじゃないんです。それを俺に隠そうとしたことなんですよ」
「だって、指輪をなくしたなんて知られたら嫌われちゃうと思って……」
「そういうドジなところを知ったうえで、結婚しようと思ったわけだから」
「そうだったの?! ごめんなさい……」
見つめ合う二人。どうやら仲直りできたようだ。
エージェント達は、礼を言う二人と別れて、H.O.P.E.本部を出た。
ナイチンゲールの抱えているカラスが、身動きを始めた。
ナイチンゲールは、カラスを地面に下ろした。カラスはきょろきょろ辺りを見回している。
『それ……ひとつ……もらってもいい?』
レミアは、一羽が持っているビニール袋に目を留めて尋ねた。
「あ、これ? いいよ。もう使わないから」
一羽は、ビニール袋からおもちゃのコインを取り出してレミアに渡した。
レミアはカラスの前にしゃがんで、おもちゃのコインを地面に置いた。
『これで……ゆるしてね』
レミアからカラスへのプレゼント。
カラスは、おもちゃのコインで遊び始めた。
『……婚約指輪、ね』
「俺達のはどんなのがいいかな?」
マイヤが油断してうっかり漏らしてしまった一言を央は聞き逃さなかった。央に気を使わせたくなくて、マイヤが何処か意図的に避けていた話題だった。
『……私の誕生日なんてわからないから、誕生石とかで選べないものね』
勢いで自虐のように言ってしまった。
「記念日がないなら作ればいい。迷惑じゃなければ俺が作ってもいいかな?」
それでも、央は笑いかけてくれる。その笑顔を曇らせたくない。
『……そうね。央が選んでくれるなら、それが一番嬉しいわ』
(私の中でこれだけは間違いのない本心。ちゃんと伝えられるように、もう少しだけ……)
マイヤが微笑むと、央は微笑み返してくれた。
婚約指輪の実物やそれでプロポーズする人を見て、雰囲気に飲まれたらしい一羽は、真剣な表情でルナを見つめた。
「その……、ルナ、ごめんね、恋人らしいこと全然してなくて」
『一羽ちゃん??』
「う……、ほら、色々……したのに」
テンパって意味深な言い方になっていることに一羽は気づいていない。
一羽とルナは、ちょっと前にキスをしたことがある。でも、それは仮面舞踏会の会場で、ふたりきり、ドレス姿のルナとの出来事。夢の如き舞台での話で、思い返してもどこかふわふわと現実感が無く、一羽は恋人としての一歩が何となく踏み出しにくかった。ルナはずっと待っているのだが……。
「えっと、その……。好き……うん、好きだよ、ルナ」
遂に一羽は告白した。
「まだ時間がかかるけど、指輪だって絶対贈るから」
やっぱりテンパって、告白だけでなくプロポーズまでしちゃう一羽。
『一羽ちゃん……。好き、私も大好きよ、一羽ちゃん』
ルナは、目をうるませて言った。
『お嫁さん、私でいいの……!?』
ルナは一羽のプロポーズを受け、恋人からフィアンセまで一気にかけ上がった。
「うん……。待ってて絶対、だから」
『一羽ちゃん……!!』
その後、ルナが一羽に滅茶苦茶ちゅーしたのは言うまでもない。
『ゆびわって……つながり……だよね? きえたら……はなれるの? ひとりに……なりたくない』
レミアは、拓海を見上げて言った。
拓海とレミアをつなぐ幻想蝶、アイオライトは、指輪に加工していつも拓海が身に着けている。レミアにとって、指輪がなくなるということは二人のつながりがなくなるということを意味していた。
自分と出会うまでは孤独だったろうレミア。少女が抱える孤独に拓海は改めて気づかされた。
拓海は、膝をついてレミアと目線を合わせた。
「……不安にさせたね」
拓海は、レミアの手を取った。
「はっきり伝えなくて、すまない……。決して無くさない、離れない、レミアは家族だ。王を倒し誓約という繋がりが消えてもずっと一緒だ」
拓海が微笑むと、レミアは指輪と拓海を交互に見て、拓海の明確な言葉に安堵し、笑みを浮かべた。
「大切な人からの贈り物を無事に取り戻せてよかったね」
マオは、嬉しそうに笑った。
レイルースは、マオの笑顔を見てふと思った。
(こんな穏やかな気持ちで過ごす「今」があるのは、あの時、彼女が手を差し伸べてくれたからだ)
自然と感謝の言葉がレイルースの口からこぼれた。
『マオ……ありがとね』
「……どうしたの急に?」
不思議そうなマオ。
『うん、何となく言いたくなった』
レイルースは、穏やかに微笑んだ。
これからも前を向き共に歩いていこう。レイルースは密やかに誓った。
『いっそ美しい迄の自業自得ぶりだったが』
墓場鳥は淡々と言った。
「まあ……」
ナイチンゲールは確かにそうだと思いつつ言葉を継いだ。
「でも、あんな人が居るとちょっとだけ嬉しいかも。世の中がこんなでも日常ってまだあるんだな、って」
『そうか』
「うん」
ナイチンゲールは、墓場鳥の美しい横顔を見ながら気づいた。
(そういえば私の日常は、いつからか必ず墓場鳥が傍に居る。無茶ばかりしてたくさん振り回してしまったけど、今日まで見限らずに付いて来てくれた)
「ね、墓場鳥」
『なんだ』
「ありがとう」
墓場鳥は、すぐナイチンゲールの意図を察して『時期尚早だな』と呟いた。
「この先いつ言えるか分からないもの」
『……そうか』
墓場鳥はクールな表情のままだったが、ナイチンゲールの気持ちはちゃんと伝わったようだ。
ナイチンゲールは、よく世話になる央達にも「いつもありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。笑顔が返ってきて、ナイチンゲールの心は温かくなった。
「あ、まだいたの」
ナイチンゲールは、おもちゃのコインをくわえて塀の上にとまっているカラスに気づいた。
その鳥を思わせる“ある人”の代わりに、ナイチンゲールはカラスにその人への言葉を聞いてもらうことにした。
「あなたと知り合えて良かったです。ありがとう」
カラスはバサッと飛び立った。ナイチンゲールの言葉を“あの人”に届けに行くかのように。