本部

【終極】連動シナリオ

【終極/機抗】作戦コード「十字軍の刃」

影絵 企我

形態
ショートEX
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
12人 / 4~12人
英雄
11人 / 0~12人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/12/18 08:51

掲示板

オープニング

●Government of...
「一つだけわかったことがある」
 彼女は、己の英雄達に向かって口を開く。
「この世界は余りにも危うい。この国どころか、このままでは世界全てが滅ぶ。あと数年も猶予はないだろう」
『H.O.P.E.が何とかしてくれるんじゃないのか?』
 男の英雄、キスクは言う。だが彼女は沈痛な面持ちで首を振った。
「ラグナロクやD.D.、ヘイシズ程度なら、かの規模を以って当たれば何の支障もあるまい。だがその首魁は、そのクラスの存在を束のようにしてぶつけてくるのだぞ」
『何より、彼らの本分は市井の民を守る事にあると見なされています。いざ市街地で戦いとなれば、民の救助に人員を割かねばならず、不利な戦いを強いられるでしょう』
 少女の英雄、セオドラもすらすらと語り続ける。キスクは諸手を掲げて口を尖らす。
『ああ、そうかいそうかい。あんまりオジサンをいじめないでくれ。お仕事頑張ってんだからな』
 キスクはおちゃらけたように言うと、不意に眉根を寄せて彼女を見据える。
『じゃあどうするつもりだ。イザベラ』
「何もやることは変わらんさ。ユナイトシステムの開発は継続、特に、ロジェによるD.D.の影響の排除は急がせねばならん。彼ならばやれるはずだからな」
『ロジェか。……最近どんどんおかしくなってきてるのが気になるところだけどな』
 キスクは煙草を吸い始める。一瞬物憂げな顔をした彼女だが、すぐに仏頂面へと返る。
「ケイゴにしろロジェにしろ、元々危ういところはあった。というより天才の科学者はどいつもこいつもそんなもんだろう」
 窓の外を見遣る。割り当てられた仕事の為に、彼らは今日も市井を行き交っていた。彼らにも危機が迫っている事など、気付いていないらしい。
「この世界には剣が足らんのだ。征夷の剣が。盾がなくては己が身を守ることが出来ないが、剣がなくては夷狄を除けん」
『その剣になろうってのか』
 キスクに尋ねられ、彼女はふと頬を和らげる。
「そもそも、お前はともかく、私に政の才覚は無い。いつかはそれが出来る奴らにこの国を受け継がせねばならんのだ。それが早まるだけの事さ」
 神妙な顔で立ち尽くすセオドラ。“彼女”は向き直ると、静かに歩み寄る。
「ついてきてくれるな、セオドラ」
 刹那、セオドラは微笑み返す。
「ええ、私とイザベラ様は、いつでも一つであります故……」
 不意に覗く狂気。頬を上気させたセオドラは後ろ手に隠した刃を逆手に持ち替え、イザベラに向けて――

「――セオドラ!」
 テントの中。目を覚ました彼女は、振り下ろされた刃を咄嗟に受け止める。英雄は狂気に駆られた目を爛々と輝かせ、イザベラの胸に刃を突き立てようとしていた。イザベラは空いた手で彼女の頬へ平手を飛ばす。ハッとなった彼女は、息を詰まらせナイフを取り落した。
「目を醒ませ、セオドラ」
『……申し訳ありません。こんな、不甲斐ない』
「仕方のない事だ。USを使い続ければこうなると、ロジェは最初から予見していた」
 テントの隅に縮こまり、少女は青褪めたまましゃくり上げる。
「気に病むな。……私も同じだ。最近は起きていても幻聴が聞こえる。幸せに笑う人々の声が耳について離れない。もう、戦いなどしなくて良いのではないかと、そんな気分にさせられる」
 イザベラは懐から電子タバコを取り出す。
「お陰で、もうこれが手放せんよ」
 彼女は英雄を手招きする。目から大粒の涙を零し、英雄は彼女の胸元へ必死に縋り付いた。イザベラはそっと彼女の髪を撫で、微笑みながら囁く。
「恐れる事はない。最期まで、私達は一つだ」
『はい』

●希望の在り処
「もし、GLAIVEを止めるのなら今回の戦いが最後のチャンスになります」
 仁科恭佳はブリーフィングルームに集まった君たちを前にして説明を始める。目の前の箱には、青いラベルが巻かれた大量のグレネードが積まれていた。
「ロジェが我々に与えたシミュレーションデータによれば、もうすぐ部隊全員が王の影響下に置かれ、愚神化することになります。その為の対応策も用意しているようですが、ロクなもんではないでしょう」
 言いつつ、彼女は年上の助手を使ってグレネードを配らせる。
「そうならないための対策は用意しました。“インターディクト”です。同様の能力を持った愚神の能力を参考にし、爆発と同時にライヴスの活性度を乱し、強引にリンクを断つ為に製作したものです」
 一つを拾い上げ、恭佳はじっと見つめる。天井の光を浴び、それはぼんやり青く光っていた。
「まだ試作段階ですし、普段のヴィランズに使っても大して効果ないんですが……心身を酷使し、綱渡りのようにリンクを維持し続けている今の彼らなら、これでも到底共鳴を維持出来ないレベルの大ダメージを受ける事になるでしょう」
 彼女は君達に向き直る。その目に迷いは無かった。
「もしも彼らを止めたいと考えているのならば、これを有効に活用してください」

●機甲襲来
 冬の山が炎に包まれ、人々の悲鳴が周囲に響き渡る。四枚の翼を広げた機械の天使が、金色の眼を輝かせて彼方の街を睥睨する。
「ターゲット確認。攻撃を開始します」
 天使が地面に手をかざすと、空間がみるみる歪み、中から黒い流体金属が溢れ出す。それは次々人の形を取り、ばたばたと街を目指して駆け出した。
 天幕を飛び出した青藍は、呆然と終末感溢れる光景を見渡した。
「何だよあれ……」
『……誰?』
 隣に立つテラスは、眼を明滅させる。天使はひたすら黒鉄の屍人を喚び出しながら、無感情に街を見つめていた。
『誰でも関係ないか。……アレはもう、王に操られたただの機械』
 輸送車から飛び降り、君達も武器を担いで戦場へ駆けつける。二人は君達を振り返った。
「皆さん! ……見ての通り、ここはこんな状況です。急いで撃退しましょう!」
 そう言う間にも敵が迫る。素早く武器を構える君達だが、次々に飛び抜けた銃弾が屍人達を撃ち抜いた。
「……心配いらん。ここは我々が凌ぐ。お前達は急いで避難誘導に当たれ」
 武器を構えたGLAIVEの兵士達が、イザベラを中心にいそいそと隊列を整える。しかし君達は動けない。大切な決断の瞬間が、まさに今訪れているからだ。
「どうした。早く行け! 人間を守るのが君達の使命ではないのか!」
 叫びながら、イザベラは屍人の頭をぶち抜いた。脳幹型のパーツが吹き飛び、屍人は一瞬で金属の塊へと還る。
「早く。……人類が勝つためにお前達の命も、ここなんぞで削らせるわけにはいかない」

 疲れ果てた彼らは、君達が携えたグレネードの事など気づけない。固まっている今この一瞬だけが、彼等を無力化し、救うチャンスだ。

 君達は、グレネードを――

解説

メインα 市街地を防衛する
メインβ 自ら敵勢力を全滅させ、かつ誰一人死者を出さない
失敗条件 市街地に愚神勢力が侵入する

ENEMY
☆ケントゥリオ級愚神ドミニオン
 ある愚神と融合して変異したエクスシア。攻撃力は殆ど持たないが、嘗ての世界から次々と従魔を呼び寄せてくる。
●ステータス
 生命SS、攻撃G、その他D~F
●スキル(PL情報)
・カタストロフ
 ドロップゾーンから次々と屍人を召喚する。[毎CPにロストを10体召喚する。300体で打ち止め]
・不動
 [このキャラクターは移動しない]

☆デクリオ級従魔ロスト×50
 嘗てライヴス技術の精華を極めた世界の住人達。事実上の永遠の命さえ手にしたが、今や見る影もない。
●ステータス
 物攻A、魔防E、その他C~D
●武器
・ライヴス照射
 頭部のコアからビームを照射する。[物理。効果はライヴスショットと同等]
・脆弱
 頭部のコアが弱点。[頭への部位攻撃を防御・回避できなかった場合、即死する]
・侵攻
 流体金属の身体を捉える事は難しい。[ZOC無効]

NPC
☆イザベラ
 GLAIVEの首魁。彼女は人類のために修羅の道を降りなかった。
●ステータス
 命中ジャ(80/50)

☆エリートGLAIVE×15
 イザベラに付き従う精鋭。彼らの中にも既に犠牲者は出ているらしい。
●ステータス
 命中ジャ(75/45)

☆澪河青藍
 GLAIVEの動向を確認していたエージェント。君達と戦う。
●ステータス
 回避カオ(70/30)
●スキル
 ストームエッジ ウェポンズレイン ライヴスキャスター

FIELD
☆ケベックシティ北部の森
→火事で視界は確保されている。足元は影になって見にくい。
→木々が遮蔽となり、遠距離攻撃はやや難しい。
→ドミニオンと街までの距離は200sq、PCの初期位置と街までの距離は50sq。ロストはドミニオンの周囲に召喚される。
→街に侵入されればパニックが拡大し、街に被害が発生する。

リプレイ

●救済の意志
――一時間前――
 配られたグレネードを、海神 藍(aa2518)は握りしめる。これがあれば、GLAIVEを止める事が出来る。しかし、それで本当に彼らを救えるのか。その先に希望はあるのか。いつの間にか、彼は恭佳へと詰め寄っていた。
「仁科。こんなものを渡すんだ。彼らの絶望を覆す事が出来るのだな?」
 命を拾うだけでは、死を先延ばしにしただけならば、それではあまりに無責任だ。禮(aa2518hero001)もいつになく真剣な顔で尋ねる。
『仁科さん、彼らを、その瞳に映るせかいを救うことができるというんですね?』
 恭佳は白衣の懐に手を突っ込むと、白と黒、二つのUSBを取り出した。
「私達に出来る事なら。今私達の手元には、この研究を主導してきたロジェとケイゴが残したデータがある。この実験に関わった人を日常生活へ復帰させるだけの目途は間もなく立つでしょう。それに……」
 言葉を切り、彼女は二人を見渡す。胸を張って立つその姿には、一切の迷いが無かった。
「もし逆の立場であるとしたなら、彼らも同じように私達を止めるでしょう。私はそう確信しています」
「……それが君の答えか」
 藍は踵を返す。グレネードを幻想蝶へ押し込み、大股で部屋を歩き去った。
「(私は彼らの在り方を、その覚悟を、否定しない。彼らの死をも厭わぬ覚悟を無価値などとは言わせない。……今日まで、私たちが殺してきた敵の死がそうであったように)」

 仲間達が次々に部屋を出ていく中で、八朔 カゲリ(aa0098)は黙して立ち尽くしていた。目の前のデスクにはグレネードが転がっている。
 彼は何も口にしない。GLAIVEの決死の覚悟も、彼らに対する懸念も理解はしていた。そしてこのグレネードを使う為の判断が皆に委ねられているという事も。だが彼は、常に進むと決めた道を進んできた。それ故に、彼女達の決意と覚悟を穢す事は誰にも出来ない、してはならないと、そう思っていた。

 廊下を早足で行くアークトゥルス(aa4682hero001)。その隣で、君島 耿太郎(aa4682)は、グレネードを握りしめる。二人には使わないという選択肢は無かった。
『間違いなく目的達成の難易度は上がるだろう。……覚悟はいいな』
「もちろんっす。これが最後のチャンスなら、最高の結果を目指してやりきるっす!」
 助けられる命ならば、決して誰一人犠牲にしない。それが二人の答えだった。

 準備を手早く終えた赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)は、出発前に一人のオペレーターにボイスレコーダーを預けていた。
「もしイザベラ達が担ぎ込まれてくる事があったら、こいつを渡してくれ」
「りょ、了解しました……」
 襲撃の予定時間まで猶予は無い。龍哉とヴァルトラウテは支部のロビーから駆け出した。ボイスレコーダーに残したメッセージを思い出し、ヴァルトラウテはくすりと笑う。
『本当に柄じゃありませんわね』
「言ってろ。準備は良いか、ヴァル」
『いつでも、ですわ』

――現在――
「早く行け! 人間を守るのが君達の使命ではないのか!」
 イザベラの叫びが雪原に響き渡る。ナイチンゲール(aa4840)はその背中を見つめる。静かにグレネードを取り出すと、そのピンを引き抜いた。
「その通りだよ、イザベラ。私達は“人間を守る”。例えば……重要参考人のヴィランなんかもね。どう? “H.O.P.E.的”でしょ?」
 彼女の呟きに、イザベラは怪訝な眼をして振り返る。ナイチンゲールは既に、グレネードを持つ手を振り被っていた。
「それに、私は貴方達に生きてて欲しい。誰も死なせない!」
『いいだろう。“成し遂げろ”』
 墓場鳥(aa4840hero001)は心の内から囁きかける。二人の誓約が、絆を強めていく。

 ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)に乗り込んだソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は、一糸乱れぬ姿勢で敵を迎え撃つGLAIVEの背中を見つめる。覚悟の決まった死兵をも生かそうとする皆の気持ちに、亡国の士官としては思うところがあった。祖国安寧を命にも代えて手にしようとする彼らの想いは、痛いほどわかるのだ。
「……恨んでくれて構わぬよ」
 死すべき運命を覆された彼らが、果たしてそれを喜ぶのだろうか。それとも憎むだろうか。
「されど諸卿らの闘い方を看過する事、H.O.P.E.には出来ん相談なのである」
 H.O.P.E.と志を違えた戦いは、たとえ人類の理に適おうとも見過ごすわけにはいかない。ソーニャはそう己を納得させ、グレネードを放った。
 仲間達が一斉に投げつけたグレネードは次々に青い光を放つ。彼らの右腕に組み込まれたRGWドライブが激しい火花を散らし、共鳴は一瞬にして引っ剥がされる。兵士達が次々と倒れる中、イザベラは茫然とエージェントを見渡す。
「……賽を、投げるのか?」
 掠れた声で呟き、そのまま彼女は崩れ落ちた。

 H.O.P.E.の真価を問われる瞬間が訪れた。

『ごめんなさい。マニーさんには言いましたけど』
 藍は幻想蝶から釣竿を取り出す。片手で振り抜き、太い鉤をコートの襟繰りに引っ掛ける。
『“H.O.P.E.は”そういうの、見過ごせないんです』
 禮は呟くが、彼女も藍も、彼らの闘いを本当は邪魔などしたくなかった。英雄としての彼らの末路を見届けたかった。兵士を引き寄せ、藍は呟く。
「すまない。少し、眠っていてくれ」
 藍の動きを皮切りに、エージェントは一斉に動き出す。真っ先に飛び出したのは、日暮仙寿(aa4519)だった。
(“士道とは、それをして己を捨て、人を生かす道だ”と思って戦ってきた)
 ヒーローとは何か、正義とは何か。敵とぶつかり合いながら道を探し求めてきた彼は、イザベラとの邂逅を経て一つの答えに辿り着いていた。
(しかし違った。“己を捨てず、なお人を生かす道こそが士道”だ)
 イザベラを肩に抱え上げ、輸送車へと駆ける。
《お前達が死ぬ事は許さない。ダスティンとの約束だからな》
 仙寿は意識を失ったと見えたイザベラに訴えかける。
《守りたいものを守る。杏樹も小夜も、ここにいる誰もがそうだろう》
 イザベラ達にしてもそうだと、仙寿は既に気付いていた。けして彼らは死にたがりではなく、自らが“必要な犠牲”になろうとしている事にも。だからこそ、認めることは出来なかった。
《自己犠牲は楽なんだ。優しさとか、何かを想ってだとしても……自分は満足したとして、悲しんでくれる奴等の心は無視して良いのか?》
『私達は貴方達の犠牲を望まないよ。貴方達も、みんな救ってみせる。そんな“強さを目指し続ける”から』
 彼女に向かって、不知火あけび(aa4519hero001)は語り掛ける。反応はなくとも。
 十影夕(aa0890)は倒れた英雄を幻想蝶の中へと収め、隊員の胸ポケットへと押し込む。すっかり意識を失った彼らは、一切抵抗の色を見せない。その姿を見つめる夕の胸中は、ほんの少し複雑だった。
「(会長もヘイシズさんも、“あの人”も、本当のことは言ってくれなかった。共に戦えるとは信じて貰えなかった。GLAIVEだって……でも)」
 夕は静かに隊員の傍に跪くと、その腕を掴んで引っ張り、その肩に担ぎ上げる。
「イザベラさんらしくないんじゃない。邪英化するまで身を削って、挙句に自爆しようなんて人達を見殺しにするわけがないって知ってたでしょう?」
 仙寿に担ぎ上げられたイザベラの背中を見つめ、夕は静かにつぶやく。
「命懸けで戦うのと、戦って死ぬしか道が無いのは話が違うよ。悪いけど、みんなのための生贄を肯定する覚悟なんて俺は出来ないから」

 GLAIVE達の救出に回るエージェント達の脇をすり抜けて、氷鏡 六花(aa4969)はロストの群れに突っ込んでいく。少女の事など眼中にないらしく、ロストは雪原を滑るように、ひたすら街へ向かって前進を続けていた。
「(“希望”を信じてたGLAIVEに、ここで死ぬ事なんか許さない)」
 冷然とした怒りを込めて、六花は魔導書を開く。戦場で散る事が許されるのは、心の底から“絶望”している人間だけだと、そう信じていた。
『(今なら、殆どのロストを影響範囲に収められるわ)』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の言葉に合わせ、背中に広げた雪の翼がオーロラの輝きを放つ。六花がその手を雪原に叩きつけると、吹き荒れた地吹雪が周囲のロストに纏めて襲い掛かる。流体で出来ている彼らの身体は次々弾け、樹氷のように凍り付いていく。
「――!」
 氷漬けを免れたロストは、一斉に六花へと振り向く。その頭の形を変化させながら、するすると六花を狙って迫っていく。アークは盾を構えると、少女の後を追うように雪原のど真ん中へと突っ込んだ。
「敵の動きが変わったっす!」
『攻撃を受けて、我々の排除を優先する事にしたか。……ならば好都合だ』
 アークはマントを翻し、構えた盾からライヴスを放つ。頭部を砲身へと変えたロストは、ライヴスの波を受けて一斉にアークへ振り向いた。
 タールのように重いライヴスの塊が、次々とアークに向かって放たれる。何発も直撃を受けたが、彼は一歩も揺るがずに立ち続ける。
『まずはこの場を凌がねば……』
 彼がロストの注目を掻き集めている間にも、吹雪を免れたロストが木々を抜けて街へ向かおうとする。泉 杏樹(aa0045)は“sion”を起動しながらそんなロスト達の正面に立ちはだかる。
『お嬢、覚悟は出来てるな』
「はい。GLAIVEの皆さんを救う、最後のチャンス、成功させます」
 榊 守(aa0045hero001)の問いに迷わず応える。深く息を吸い込むと、杏樹は凛とした声で言い放った。
「死者は黄泉の国に、お帰り願うの」
 放たれた声は五線譜を象り、波を描いて先頭のロストに炸裂する。そのロストは掠れたノイズを発しながら杏樹へ殺到したが、背後のロストは構わず前進しようとする。
「逃がすか!」
 そこへ青藍が素早く駆け寄る。無数の刃を翼のように浮かべ、纏めてロストを薙ぎ払った。脚を止めたロスト達は、一斉に頭部にライヴスを集め始めた。
「青藍さん、また一緒に戦えて、嬉しいの」
 放たれた弾丸を杏樹が受け止める。青藍はその肩越しに銃弾を頭へ叩き込み、一体のロストを破裂させた。
「……私も。こんな大見得の切り方したんだ。何としてもこの場を抑えるぞ!」
「はい!」

 ドミニオンは両手を地面へ向け、ライヴスを放ち続けている。歪んだ空間がその足元に広がり、中から次々に機械の亡者が這い出して来る。ロストの頭を双剣で穿ちながら、桜小路 國光(aa4046)は彼方の機甲を見上げた。機甲も碧い瞳で睨み返してくる。
『増援を呼ぶしか出来ない……本当にそれだけ?』
「前回の戦いでは、3キロ先まで届くビーム銃を持ち出してきたと確認してますが」
 メテオバイザー(aa4046hero001)と國光は通信機でテラスに尋ねる。いつもの彼女とは違う、落ち着き払った声が返ってくる。
[あの銃はすでに破壊されています。修復も出来ない一点物の武器なので、その点については問題無い筈です]
「了解。ですが、不安は全部潰したい。何かあったら教えて下さい」
[わかりました。……少なくとも、中の“操縦者”には注意してください]
 魔法や銃弾が激しく飛び交い、傍のロストは次々に壊れていく。大剣を振り回してロストの頭を吹き飛ばしながら、龍哉が國光の隣まで駆け寄ってきた。
「待たせたな。あいつらの積み込みは終わった。今から本丸まで駆け抜けるぜ」
 國光は頷く。龍哉は大剣を背中の鞘に納めると、通信機に手を当てる。
「青藍、手間を掛けて済まないが、頼りにさせて貰う」
[ええ。皆さんも居ますし、何とかなりますよ]
「ドミニオンの様子は適宜共有する。テラスも何か気付いたら教えてくれ」
[了解です]
 青藍とやり取りしている間に、仙寿も駆けつけた。
《行くんだな。ならば急ごう》
 一斉に三人は駆け出す。彼らを見下ろす“支配者”は、両腕を構えて三人を迎え撃たんとするのだった。

「六花や、クリスマスにはちゃんと来るのぢゃよ」
[うん。……ヴァイオレットさんも、無理しないで、ください]
 ヴァイオレット メタボリック(aa0584)は、ノエル メタボリック(aa0584hero001)と共に輸送車に乗り込んでいた。激しい戦いの中で負傷してしまった彼女達は、運転手としてフォローへ回る事にしたのである。
『ええか。予め打ち合わせした通りの道を辿るだよ』
「わかっとるだ」
 ヴィオは中央の操作盤を操作し、コンテナのスピーカーとマイクを起動する。老婆は確信していた。“彼女”はあの爆発を受けても、未だ気を保っているだろうと。
「イザベラ、逃げ切る頭を貸してほしい、虫の良い話だが、借りねば意味も成さぬ故」
[……迷った時は、アクセルを……踏め。愚神従魔とはいえ、衝撃まで、受け流せるわけではない。……後は、知らん]
 だが、返事は余りにも頼りなかった。その弱弱しい声色を聞いただけで、その返事が一つの奇跡だとわかる。これ以上は何も言えず、ギアを切り替えながらアクセルを全開にした。
[自己犠牲は楽……か]
 ふと、イザベラが掠れた声で呟いた。
[そうだな。……私は、ずっと、楽になりたかったんだろう。この戦いで皆と死ねば、この“罪深き人生”も、終わりに出来ると……どこかでそう思っていたに違いない……]
 魂まで吐き出しそうな、深い溜め息が聞こえる。それきり、通信機からの声は途絶えてしまった。イザベラの告白を聞き遂げた一人の老いたシスターは、皺を深く刻んでハンドルを切る。
「にげるだよぉ……」

●亡者を祓え
「(そなたらは十分に戦った。後は小官らに任せてもらいたい)」
 戦車のカメラで走り去る輸送車を見送ると、ソーニャは正面の亡者に狙いを定める。彼女の放ったライヴスに引き寄せられ、亡者は次々にライヴス弾を撃ち込んでくる。戦車は後退して直撃を避けると、肩に備え付けたロケット砲を敵陣のど真ん中へと放った。くぐもった爆音と共に雪が吹き飛び、手足を吹き飛ばされた敵がぐにゃりと仰け反る。
『命中確認。次弾装填完了』
 戦車は機械的に報告する。ソーニャは彼方から波のように押し寄せる亡者の群れを見渡し、照準を合わせた。
「塵は塵に、である」
 再び飛んだ砲弾が、亡者の腰を次々に砕いた。しばらく倒れていた亡者であったが、すぐにその身体を修復して動き出す。照準はソーニャに定めながらも、それらは着実に街へと歩を進めていた。
 夕は木の陰に身を隠し、遠目に戦場を見据えていた。ヴァンピールを肩に担ぎ、レーザーサイトでロストの頭部へ狙いを定める。
「出番だよ、存分に食い荒らして」
 引き金を絞ると、僅かな反動と共にロケット弾が飛んでいく。まさにライヴスを放とうとしていた亡者の頭部に直撃する。核を砕かれた亡者は、タール状の肉体を雪原に撒き散らす。その姿を見届ける間もなく、夕は木陰を抜けてくる別の亡者へ狙いを定めた。
「逃がさないよ」
 二発目のロケット弾も、周囲も巻き込みながら亡者の頭を吹き飛ばした。爆風を受けた亡者は、耳障りなノイズを放って夕へ狙いを定める。夕は怯まずに三発目を撃ち込んだ。雪原に突き刺さった弾は、亡者の足を纏めて薙ぎ払う。体勢を崩した亡者の反撃は、明後日の方向へと飛んでいった。
 アークに群れ集まる亡者を、冷たい瀑布で押し流す。藍は愛用の魔導書“須美乃江”のページを繰りながら、敵陣深くへ切り込んでいく三人を見送る。状況は整った。
「行ったか。……先ずは眼前の敵を討つ」
 魔導書に刻まれた文字をなぞる。幻影の水が雪原に溢れだし、水面には巨大な満月が浮かび上がる。俄かに周囲の重力が歪み始めた。
「星よ、縛れ」
 藍が言い放った瞬間、水面の月が光を放ち、亡者も戦士も纏めて雪原に縛り付けた。亡者の姿が歪み、底なし沼に放り込まれたかのようにもがく。流体金属は底へ底へと沈み、中に埋め込まれた核が剥き出しになる。
『死を越え、しかし死せるものに、手向けの花を』
 禮の祈りと共に、藍は周囲の亡者へ向けて紫炎の奔流を放つ。水面を滑るように飛んだ炎は、亡者の肉体へと燃え移った。金属を擦り合わせたような、耳障りなノイズが響き渡る。
 六花は竜の幻影を頭上へ喚び出すと、もがくロストを睥睨させた。右腕に留めた戦屍の腕輪が、淡い煌きを放つ。
「……逃がさない」
 右手を振り抜いた瞬間、翼を広げた竜が氷の炎を亡者に放った。燃え盛る木さえも薙ぎ倒し、亡者を氷雪の世界に閉ざしていく。前線を潜り抜けようとしていた亡者さえもれなく巻き込み、薙ぎ倒していく。
「(もう、愚神が町や村を虐殺するのは二度と見たくない)」
 少女に宿ったその意志が、その魔力をいよいよ強めていた。

 圧し掛かる重力に耐えながら、アークは盾を構えて亡者の攻撃を一手に引き受けていた。ライヴス弾そのものの直撃は物ともしない彼だったが、着弾と同時に放たれる熱波が徐々にその身を蝕んでいた。
『この程度で……!』
 アークは唸ると、盾を背負って剣を抜き放つ。目の前に立つ亡者へと迫り、その頭を叩き潰した。タールの塊と化した亡者は、べったりと地面に広がった。
 周囲を見渡すアーク。頭部を変形させた亡者もアークを狙っていたが、不意にその砲門を藍や夕へと向けて次々放った。
「(効果が切れたみたいっす)」
『一瞬の間隙を突かれたか』
 剣を構えると、アークは再びライヴスを周囲へ放とうとする。全身に傷がついていたが、構おうともしない。ナイチンゲールは駆け寄ると、その肩をそっと叩いた。
「交代。一旦態勢を立て直して」
 言うと、早速ナイチンゲールはライヴスを纏わせたレーヴァテインを振るう。周囲に振り撒かれたライヴスに反応し、亡者達は一斉にナイチンゲールへ狙いを定めた。放たれたライヴス弾を、彼女は剣を振るって受け止めていく。
『すまん、ミス・ナイチンゲール』
 アークは賢者の欠片を取り出し、手の内で握り潰して口へ放り込む。ナイチンゲールは振り返り、にこりと笑って頷いた。
「うん。任せてよ」
 群がる亡者を、彼女は一閃で薙ぎ払う。剣を構え直して、彼方の機甲に対峙する。
――アレはもう、王に操られたただの機械。
 テラスの言葉が蘇る。ナイチンゲールも、あの機体を操っているのが何者なのか、何となく気が付いていた。
「(そうだね。もう、あれは“私達”の知る“彼”じゃない)」
 この襲撃はプリセンサーが感知した。つまりあれは、何の変哲もない愚神なのだ。

 カゲリは剣を構え、亡者の群れの只中へと躍り込む。当たるを幸い、黒い焔に包まれた剣を振るって次々に亡者の頭を切って捨てていく。
『永遠の命を求め、意志無き亡者と成り果てたか』
 ナラカ(aa0098hero001)は敵を見つめ、淡々と呟く。只の従魔の群れにも増して、その存在には輝きを感じない。ひたすらに退屈な存在だ。影俐も迫り来る群れを見渡し、次々に斬って捨てていく。
 周囲には、全てを救わんとして意気軒昂に戦うエージェント達が居る。彼方を見れば、身の危険さえも省みず、亡者の群れを突っ切って巨大な機械仕掛けの天使へ向かっていく者もいる。
『ふむ……』
 しかし、今夜の神鳥には、全ての景色がくすんで見えた。影俐の戦いぶりに一切澱みは無く、戦う者達の総てを見定め、その先を占う者としての在り方にも変わるところは無い。
 それでも、彼女は一切の昂揚を感じなかった。目の前の肉を掻っ攫われた獣のような心地で、エージェント達と亡者達の衝突を見つめていたのだった。

 押し寄せ続ける亡者の群れを仲間達が押し留めている間に、龍哉、國光、仙寿は三組で機甲を目指し疾駆していた。彼らが眼の前まで接近しても、亡者はひたすらに街を目指して走り続けていた。
「俺達には構いやしねえってか」
『構われない分には近づきやすいのですけれど。此処まで徹底されると逆に奇妙ですわね』
 不定形の肉体は、仙寿が正面切ってぶつかりに行っても、ぬるりと変形してそれを躱してしまう。一体の頭部を柄頭で砕いても、周囲は反撃さえする様子を見せなかった。あけびはそんな亡者達を訝しむ。
『何だか嫌な予感がする……』
《しかし進むと決めたんだ。しかし、もう後には退けない》
 機甲が全身からライヴスを発すると、新手のロストが再び姿を現した。國光は通信機を取り出す。散らばるロストの姿を見渡しながら、マイクへ声を吹き込む。
「ロストが40体ほど後方へ抜けています。大きく外側に抜けているものもいるので――」
『サクラコ、様子が変です!』
 機甲は背中の翼を展開し、歪んだ空間の中から喇叭銃のような武器を取り出す。その銃口は三人へと向けられた。
「対象の脅威度を更新。防衛圏内における敵勢力の排除を優先」
 ライヴスの散弾が降り注ぐ。三人が身を庇うと、周囲のロストが次々に三人へと狙いを定めた。ライヴス弾が次々に弾け、熱波が三人に襲い掛かる。
《さすがに、易々と突破させてはくれないか》
『爆風は躱せないから注意だよ、仙寿様』
《わかっている》
 翼の幻影を広げると、仙寿は刀を振るって空高々と跳び上がる。身を捻りながら降り立ち、周囲に白い羽根を無数に放った。
《舞え!》
 幻影は刃のような鋭さを秘め、取り囲む亡者の群れに直撃した。人の形が崩れ去り、曖昧な異形の塊と化して亡者達はその場に立ち尽くす。その隙を突いて、一足飛びに國光が群れの中へと飛び込んだ。
「まずは敵を減らす……!」
 右手の剣を逆手に持ち替え、身を翻しながら亡者の喉元を切りつける。そのまま全身のバネを溜め込み、左手の剣で周囲の敵を一斉に薙ぎ払った。
 機械の天使へと続く道が、僅かに開ける。國光は振り返った。
「赤城さん!」
 身を低くすると、どろどろした敵を蹴っ飛ばしながら機甲の懐へと潜り込む。
「今度は逃がさねえ!」
 大剣を抜き放つと、機甲へと斬りかかる。反射的に、機甲はその銃口を龍哉へと向けた。
「させるか!」
 袈裟懸けに振り下ろし、銃を叩き落す。そのまま剣を振り上げ、右手首も切り飛ばした。一旦仰け反った機甲であったが、流体の金属がその腕先に集まり、すぐさま再生させてしまった。
『なるほど……そう簡単には行かないようですわね』
[“操縦者”がいる限り、パーツは破壊しても再生します。無理せず、ダメージの蓄積に専念してください!]
 テラスの通信と共に、亡者からの攻撃も飛んでくる。仙寿が素早く駆け込み、体当たりで龍哉を退かした。ライヴス弾がその場をすり抜け、彼方で炸裂する。
「助かった」
《増援を待とう。突っ張ると袋叩きにされる》
「そうだな。……まぁ、元から簡単にいく戦いじゃねえとは思ってたさ」

 輸送車を走らせるヴィオ。火に包まれた悪路を強引に走り抜けるせいで、サスペンションを突き抜けた衝撃が何度も二人に襲い掛かる。
「ぐぬぬぬ……」
 ドライビング用にと義手と義足は丹念に再調整を行った。しかし、接合部に激痛が走る。それでも、イザベラの言葉を守ってアクセルを踏み続けた。ガタガタと助手席で揺らされながら、ノエルが通信機に向かって叫ぶ。
『さっき、二、三体脇に走っていくのが見えただよ!』
[確認しています。十影さんと共に現在撃破へと向かっておりますので、安心してください。そちらは大丈夫ですか]
『何とかなっとるだよ。もうすぐ街に入れる。可能ならそっちの戦況も教えて欲しいだ』
[現在前線組に増援の攻撃が集中している状態です。街への侵攻は緩んでいますが……このままだと三人が危ない、そんな状況です]
『ふむ……何もしてやれないのが歯がゆいだな……』
[そちらは任せております。どうか集中してください]
 老婆二人は頷き合う。側道を抜け、輸送車は街へと突き進むのだった。

「國光さん、前線の敵の数は、何体、いますか?」
[今、20体に増えました。何とかこなしてはいますが……]
 遠目に見ても、明らかに三人に攻撃が集中していた。亡者は相変わらず近づいてはいるが、明らかに勢いが停滞している。
「了解、です。そちらに、向かいますね」
 一人頷くと、杏樹は遠くの仲間へと呼びかける。
[青藍さん、夕さん、後ろのロストは、お願い、します]
[了解。今左翼に抜けようとしたのを倒したところ]
 ちらりと左を見れば、青藍と夕が炎の影を抜けてくるところだった。杏樹は目配せすると、前線へ向かって走り出す。薙刀を手に取り、正面に構えて雪原を疾駆する。
『思い切り前に押し出すしかないな。このままじゃフリーガーファウストも届かない』

 無数とも思えるロストの大群を切り払い、エージェント達は雪原を攻め上がる。翼を広げた機甲は、歪に目を輝かせ、エージェント達を見渡す。
[貴方達も……皆の願いに応えているのですか?]
 エージェントの通信機に、機械の声が響き渡った。

●願う者、願われる者
 新たな亡者が次々と這い出して来る。仙寿達の周囲には、数える事さえ億劫になるほどの亡者が広がっていた。龍哉は頭上高くへ大剣を振り上げる。溜め込まれたライヴスが放たれ、身の丈の何倍もある光の刃を構築した。
「こいつはどうだ!」
 龍哉は一息に剣を振り下ろす。刃は亡者を薙ぎ払いながら機甲の肩口に炸裂し、激しい火花を散らした。
[貴方には聞こえますか。彼らの生への希求が]
『一体何の話ですの?』
 周囲を取り囲むロストが、一斉に龍哉へ狙いを定める。仙寿は刀を構え、素早く敵の間に割って入った。数体が仙寿へと狙いを変え、ライヴス弾を撃ち込んでくる。雪原を軽やかに飛び回って躱す仙寿だったが、爆風の煽りを受けて思わず体勢を崩した。
『流石に、数が多くなってきたかな……』
《後ろは何処まで上がってきている?》
 一体の頭を切っ先で穿ち、仙寿は背後を振り返る。ブレイブナイト三人を先頭に、後衛組がすぐそこまで間合いを詰めていた。仙寿は懐からライヴスソウルを取り出す。
《行くぞあけび。この場を何としても保たせる》
『……うん。行こう、仙寿!』
 ライヴスソウルを天へ掲げる。誰かを救う刃であれ。二人の誓いを刃に捧げた瞬間、翼の幻は雪原に散った。一人の剣士となった仙寿は、袈裟懸けに空を切り裂き、機甲に刃の幻影を突き立てる。闇から這い出す亡者の動きが、一瞬止まった。更に仙寿は周囲を薙ぎ払い、蒼白く光る牡丹雪を浮かべて亡者の群れを包み込んだ。
「こんな所で止まってられないからな」
 胸元に留めた幻想蝶が光を放つ。振り返ると、杏樹が薙刀で目の前の亡者を切り払ったところだった。藤の髪飾りが、仙寿の幻想蝶に呼応して光を放っている。
「皆で、生きて帰る、です」
 杏樹は薙刀で天を衝き、國光達へ癒しの雨を降らせる。機甲は杏樹に狙いを定め、拳銃の引き金を引く。一斉に亡者達も彼女へ照準を合わせ、ライヴス弾を次々に放った。
[……我々は人々の願うところに従ってきた。彼らの望みを、叶えようとしてきた]
 國光は機甲の足下に潜り込むと、膝のパーツを掴んで跳び上がり、そのまま肩に飛び移って肘へと滑り降り、関節の奥深くに刃を突き立てた。火花が散り、流体合金が液状化して雪原に零れ落ちる。その眼を光らせると、機甲は腕を振るって彼を振り落とそうとする。
[その願いを叶えるために、我々はあらゆる手を尽くしました]
 國光はそのまま手首の先まで飛び降り、機甲の拳銃の撃鉄を柄頭で叩いて砕いた。
[なのになぜ、こんな事になってしまったのです?]
 通信機のスピーカーに響く、かつて救い主だった者の嘆き。國光は飛び降りると、剣を構え直して機甲を見上げる。
「相変わらず“君達”は、そのスタンスを崩さないのか」
『自由でなければ。心臓が動いているだけでは。生きているなんて言えないのです』
 周囲を取り囲む亡者が、次々にライヴス弾を放ってくる。紙一重で何とか躱し、再び國光は敵の懐へ向かって飛び上がった。その肩にしがみつき、彼は機甲のカメラを覗き込む。
「君達もだ。願われるままに命を救い続けた“君達”の意志は、どこにあったんだ?」
[我々の……?]

 周囲のロストを片付けたエージェント達は、続々と前線へ向かっていた。先陣を切るアークとナイチンゲールは、共に視線を交わす。
『交代だ、ミス・ナイチンゲール。次はあなたが体勢を整えてくれ』
「うん。よろしくね、アークトゥルスさん」
 アークトゥルスは走りながら盾を燃え盛る天へ掲げる。埋め込まれた宝石が光を放ち、前線を離れたロスト達が一斉にアークに狙いを定めた。幽霊のように滑るそれらは、ライヴス弾を次々に放ってきた。アークは全力で踏み込み、着弾の衝撃を敵へと跳ね返す。
『ぬぅっ……』
 しかし、その脚がふらついた。回復を織り交ぜながら攻撃をその身に受けてきた彼であったが、全身が悲鳴を上げ始めていた。
 背後で構えていた六花は、幻想蝶からライヴスソウルをそっと手に取る。
「……一気に畳みかけるから、手を貸して、アルヴィナ」
『ええ、行きましょう』
 ライヴスソウルに大量のライヴスを流し込む。宝石が砕けて光が零れた。踊り子の羽衣は蒼白のドレスへ変わり、腕や脚の火傷が次々に癒えていく。魔導書を構えると、低く構えて敵陣深くに潜り込んだ。
 亡者が振り回す腕を掻い潜り、六花はライヴスを集めた右手を雪原の中へ突っ込む。氷の茨が次々と生え、亡者達を突き刺し、絡め取り、切り裂いた。傷口から侵入したライヴスが、亡者達を氷の中へと閉ざしていく。限界を超えて放たれた一撃。余りにも激しい冷気を受けて、心臓が跳ね回り、全身の筋肉が燃えるように熱くなる。それでも、六花は怯まなかった。
「絶対に逃がさないから……!」
 六花は歯を食いしばり、右手を雪原に突き入れたまま、さらにライヴスを込めた。身に纏わりつく氷を砕き、逃げ出そうとしていたロストを再び氷の中へと閉ざしていく。
 藍と禮は、六花が奮迅する姿を背後で見つめていた。
「また氷獄を……?」
『……あれは何度も放てるものじゃありません』
 無理はするな。そう言いたい気持ちはあったが、少女の想いまでをも否定する事は出来なかった。幻想蝶を握りしめ、彼は少女との絆に思いを馳せる。
「(彼女は、氷鏡さんはどうすれば救われるのだろうか)」
 頭を振って掠める思いを振り払い、彼はドミニオンを見据える。
「……何故動かない。その翅は飾りか……?」
『動かないのかもしれません。動けないのではなく』
 亡者はなおも空間の歪みからこの世界へとすり抜けてくる。機甲の眼が、ちかちかと明滅する。その姿は、まるで泣いているようだった。
[我々は貴方達に希望を与えようとしていた。死の恐怖から、この世界から消える恐怖から貴方達を解き放ちたかった。ただそれだけなのに]
 戦車が群がる亡者を薙ぎ倒す。腰部にマウントしていた戦斧を手に取り、全身の質量を乗せて目の前の亡者を真っ二つに叩き割った。
「それが貴公の本心だというのなら、皮肉もいいところであるな」
 ソーニャが呟くと同時に、戦車は天に向かって森中に轟く号砲を放った。
「今や貴公こそが、世界に死の恐怖をばら撒き、この世界さえも消し去ろうとしている」
 ライヴスが周囲に満ち渡り、エージェント達に力を与える。ソーニャは仲間を見渡すと、朗々と言い放った。
「討つべき将は眼の前である。怯まず進め。最早我々に退転の二文字は無い。我々は自ら我々への救いを断ったのだ。民衆をも、我らをも、己の手で救う他無い。それが、ただ一人の英雄である事を選んだ我らの責務である」
 ソーニャの鼓舞に呼応するかのように、燃え盛る生木が爆ぜ、火の粉が飛び散る。夕はその中を潜り抜け、樹上に飛び上がった。狙撃銃を構え、凍り付いた亡者の核を丹念に撃ち抜いていく。
「逃がさないよ。一人だって、ここを通すわけにいかないんだから」
 夕はスコープを覗き込む。戦場を離れつつあった亡者を、じっと視線で追いかける。その動きが止まった瞬間を見計らい、彼は引き金を引く。炎が微かな軌跡を描き、亡者の頭部に突き刺さった。
「始まりがあれば、終わりがあるんだよ。どんな絆も、いつか終わりは来る。……でも、誰にだってその絆を終わらせる権利は無いし、その絆を“終わらせない”権利も無いんだ。だから、そうなっちゃったんでしょ?」
 コアを砕かれもがき苦しんだ亡者は、その場で爆ぜて消滅する。
「だから……俺は戦うよ。誰もが終わるべき時を、きみ達に奪われないように」
 冷たい風が吹き抜け、銀の髪に結ばれた髪飾りがふわりと揺れた。

 六花が放った氷気に包まれた空間を、影俐は天剣を振るって疾駆する。ソーニャを狙っていた亡者の背後へと迫り、頭のコアを叩き割る。傍の亡者が振り向きざまにライヴス弾を放つ。軽く伏せてその一発を躱した影俐は、足元を切り裂いて雪原へ引き倒し、顔面に燃え盛る刃を叩きつけた。
 銀色の髪が揺れる。深紅の瞳が輝く。普段は洗練されている太刀筋が、今は荒々しい。狼が敵へ飛び掛かるように、影俐はまた別の亡者へ突進し、その顔面に左手を突き入れた。容赦なくコアを抜き取ると、亡者の身体が影俐へ縋り付いてくる。
『生きたいと思うあまりに意志をも投げ出すとは、見苦しいのではないか』
 ナラカは静かに言い放つ。コアを天へ放り上げると、一太刀で真っ二つに叩き割った。亡者の身体は形を失い、雪原を黒く染める。
 爛々とした眼で影俐は周囲を睥睨する。唇を固く結んだ彼に、荒魂が宿っていた。時には全てを焼き尽くさんとする太陽の怒りが、彼の身さえ焼き尽くさんばかりの力を彼に与えていた。その怒りが向けられる先は、影俐以外には知る由も無い。

 アークはカラドボルグを構える。亡者の首を斬り飛ばし、雪原に落ちた首へ切っ先をさらに突き立てる。肩で荒く息をしながら、アークは周囲を見渡す。
『あと何体だ、耿太郎』
「……20体? 30体? だんだん減って来てるっす」
 彼が必死に敵の攻撃をしのいでいる間に、後衛の範囲攻撃が亡者の群れを駆逐しつつあった。アークは胸元に手を当てると、周囲に分厚いライヴスの壁を展開する。亡者の放つライヴス弾は、完全に阻まれていた。
『このまま減らせば押し切れるか。……行くぞ、耿太郎。もうひと踏ん張りだ』
 剣を脇に構えると、一気に前進して亡者の顔面を刺し貫いた。タールのようなライヴスが纏わりついた刃を払い、彼は決死の形相で敵に対峙する。
 杏樹はアークにその掌を向けた。放たれた癒しの輝きが、アークの傷を直ちに癒していく。全身に纏わりつく痛みと疲れが、僅かに薄れた。彼はロストの砲撃を受けながら、杏樹に目配せする。
『すまない。助かった』
「……あと少し、です。皆、無事で、戦い抜きましょう」
 足元から亡者が這い出して来る。杏樹はロケット砲を担ぐと、立ち上がったばかりの亡者に砲弾を撃ち込んだ。亡者の身体が吹き飛び、それは大きく仰け反った。

 次第にエージェント達の囲いは狭まる。機甲はその眼を曇らせ、眼の前に立つナイチンゲールを見据える。
[我々は何を間違ってしまったのでしょう。どうして、何故命を奪い去る事しか出来なくなってしまったのでしょう]
『……そうか。貴公は、そうして答えを探し求め続けていたというわけだ』
 墓場鳥はぽつりと呟く。ナイチンゲールがレーヴァテインを鞘へと収めると、アサルトライフルを構えたテラスが側に並び立つ。
「テラス、行こうよ」
『了解です。……私の世界に、これ以上何かを苦しめさせはしません』
 機甲は虚空からナイフを抜き放ち、真っ直ぐに突き出してくる。テラスは半身になって躱すと、反撃で機甲の胸部に向かって銃弾を叩き込んだ。火花が飛び散り、機体が僅かに仰け反る。剥き出しになった胸元を狙って、ナイチンゲールは鋭くレーヴァテインを抜き放った。迸った刃の輝きが、機体の胸元に炸裂し、表面の装甲へ僅かに罅を入れる。
「私はあなたを肯定する。故に、殺す……何度だって」
 輝く剣の切っ先を、機甲の、内部に潜む“それ”へと向ける。機甲はその眼を一際強く輝かせ、全身を軋ませる慟哭を放った。300体目の亡者が、闇の中から這い出してきた。
[……感じる。貴方達も、我々と同じように、意志を叶えようとしている。永久に続く安寧の願い、死の恐怖からの完全な自由を人類に与えようとしている]
「そうじゃない!」
 機甲の言葉に、小烏丸を握りしめた仙寿は首を振る。傍らを通り抜けようとした亡者を擦れ違いざまに斬り捨て、生き血のように紅い瞳で機械の天使を見据えた。
「これは俺の意志だ。俺とあけびが犠牲を望まないから戦っているんだ。それだけだよ……そうさ。こんなの、只のガキの我儘かもしれない」
『でも私達は私達自身でこの道を選んだ! 誰かが正しいと認めたからとか、望んでくれたからって、そういう事で決めたんじゃない。私達自身が正しいって信じてるから!』
[自分が……正しい?]
「ああそうだよ。分からず屋が」
 龍哉は黄金に輝く剣を振るった。刃の放つ熱は、周囲の雪を融かしていく。その気迫を前に、機甲は僅かに身動ぎした。
「今度は逃がさねぇ!」
 機甲は翼を広げると、大量のライヴスを放ってシールドを展開する。龍哉は構わず正面から突っ込んだ。鋭い突きでシールドを叩き割ると、跳び上がって機甲の頭部を叩き割り、そのまま力任せに刃を下へと振り抜いた。
 金属が裂け、心臓部のコアが砕けた。全身から火花が散り、形を維持しきれなくなった流体がだらだらと血のように流れ出す。
[……母よ。申し訳ありません。我々は、貴女に与えられた使命を、果たせなかった……]
 機械の天使からの通信が途絶える。眩い光に包まれ、その身体は跡形もなく融けていった。

 炎を切り裂く白光は、街にいたノエル達の目にも届いていた。勝利を確信した老婆は、ほっと溜め息を吐く。
『……終わっただな』
 何もかもを機械とライヴスにすり替え、命の形を誤魔化していた亡者達。僅かに見たその姿を思い起こして、ノエルは呟く。
『永遠の生は、永劫の苦しみ……、彼らは、死という救いをロストしてしもうた』
 呟いていると、突如激しいクラクションが鳴り響く。振り返ると、ハンドルに突っ伏して、ヴィオが眠り込んでしまっていた。
「……六花や、ばあさんはな、心配なんぢゃよ……」
 冬の静けさを切り払うほどの甲高い警笛。それでも、何やら呟く老婆は目覚める気配を見えない。ノエルは肩を竦めると、その右腕を伸ばした。
『まったく……冷えるが、仕方ないのう』

 その手をエンジンキーに伸ばしたノエルは、静かに輸送車のエンジンを切る。ライトが消え、世界は再びしんとした夜の帳に包まれるのだった。

●薄明光線の下で
 H.O.P.E.所有の療養所。その一室で、イザベラは静かに目を覚ました。傍の棚には新聞が載せられている。ケベックシティの戦いは、一つの被害も出さずに勝利を収めた事が一面にて伝えられていた。
「……そうか。完敗だな」
 呟く彼女の表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。新聞を畳んだ彼女は、棚に乗った一台のボイスレコーダーに気付く。
――相談なしの不意打ちになってすまないな。だが、ロジェの話じゃもう限界も限界。これ以上戦えば愚神化は避けられないそうだぜ。ここまでRGWの件を含め、色々問題はあった。が、身を削って戦ってくれたお前らの愚神化を看過して、あげくそれを倒すなんざ冗談でも御免だ。
 彼女がスイッチを入れると、龍哉の伝言が淡々と流れ始める。
――だから、ここで止めさせて貰った。柄じゃねえが、俺達がお前らの希望だ。後は任せろ。
 その言葉にイザベラが神妙な顔をしていると、病室の扉が開いた。守だ。彼はベッドのそばまで歩み寄ると、彼女の目の前で小さく頭を下げる。
『協力すると言いつつ、攻撃して済まなかった。……だが死に急ぐなと言ったはずだ』
「そう言えばそうだったな」
『俺達に任せて、休んで治療してくれ。リオ・ベルデも、世界も俺達が守る。戦争が一段落したら一杯やろうぜ』
 イザベラは守に探るような眼を向ける。やがて溜め息を吐くと、彼女は頷いた。
「検討しておく」
 これ以上交わす言葉も無い。守はしばらく立ち尽くしていたが、やがて外へと出ていく。入れ替わるようにして、ソーニャが入ってきた。イザベラの目を覗き込み、彼女は呟く。
「目が覚めたと聞いた」
「ああ。部下の命を随分犠牲にして、私自身はおめおめと生き延びてしまったようだ」
「心中察する。小官も貴公と似たような立場なのでな」
「構わん。……それでいいんだ。君達はそれでいい」
 イザベラは包帯の巻かれた右手の甲を一頻り見つめた後、その手でベッド脇を探った。しかしその手は何も掴まない。戸惑ったように棚や窓辺へ目を泳がせる彼女の様子を見て何かを察したソーニャは、小さく溜め息をついた。
「貴公、病室は禁煙であるぞ」
「……堅い事を言ってくれるな。あれがないと生きた心地がしないのだが」

 ロンドンのとあるアパート。メテオは青藍からの電話を受け取っていた。
[目を覚ましたそうです。命にも別状はないとか……]
『そうですか。……良かったのです。よね?』
 メテオは國光に振り返る。パソコンに向かってレポートを纏めながら、彼は頷く。
「戦う人間の気持ちより、帰りを待つ人間の気持ちの方が大事だからね」
『はい。私達は、一人の勘違いを正して、五人の笑顔を守る。そう決めたのです』
「……それに、イザベラには罪を償ってほしいんだ」
 闇の底に潜った彼女は、H.O.P.E.より何年も早く、事態の切迫に気付いていた。兵士を纏め上げるカリスマよりも、國光はその先見性を認めていた。
「悪用した技術を正しく使って、人を、国を助けて欲しい。国で待ってる、彼女のもう一人の英雄の為にね。オレはそう思ってる」
『……ですね』
 國光のきっぱりとした言葉に、メテオは小さく微笑むのだった。

 東京海上支部のトレーニングルーム。仙寿は鏡に向かって、模造刀でひたすら型を繰り返していた。その姿を、耿太郎とアークが横でじっと眺めている。
「もう身体は大丈夫なんすか?」
「ああ。別に重体ってわけでもなかったしな」
『二人もお疲れ。物凄い数の攻撃を受けてたよね……』
 お茶のペットボトルをあけびが耿太郎達に差し出す。二人は頷いた。傷を癒しながら何とか耐えきったが、死んでもおかしくは無かった。それでも二人は戦い抜いたのである。
「今なら分かるっす。最後までやり切らないとって気持ち」
『そうか。だが、我らには孤高は似合わんという事も、わかるだろう』
 アークは真剣な顔で周囲を見渡す。あけびも小さくガッツポーズを作る。
『勝とうね。皆で』

 その頃、イザベラの病室には藍と禮が訪れていた。彼女の先を案じる藍は、自前のコーヒーを彼女に差し出して尋ねる。
「これから、どうするんだい?」
「休めとは言われたがな……前線に立つだけが戦いでもないし、我々は我々なりに出来る事をするつもりだ」
『この戦いが終わって、その先は……』
「それを決めるのは、私ではなく、私が苦しめてきた市民だ」
 彼女の淡々とした言葉が重くのしかかる。やはり、彼女の命を蔑ろにしてしまっただけではないか。そんな思いがひたりと迫った。

 街灯やスクリーンの照明が眩しい夜の東京を、影俐とナラカはともに歩いていた。ブーツの底を高らかに鳴らして歩くナラカは、能面のような笑みを張り付け、闇に向かって呟く。
『彼女達を邪英化させたくない、愚神化させたくない。か? 言葉としては綺麗だが、耳障りの良いその装飾の底意たるは一体何だ』
 影俐は黙ってその背中を見つめていた。此度の戦いで見せた黒い焔は余りにも激しく、己の身さえ焼き尽くさん程だった。悲嘆か赫怒か、慟哭か。そしてその想いは、敵へ向けられたものではなかった。
『彼女達の意志と決意を軽んじた。それ以外にあるまい』
 GLAIVEの意志と覚悟。命を賭して、死して尚遂げんとする祈りが彼らにはあった。そうナラカは信じていた。故にそれを蔑ろにした彼らを認める事が出来ない。
『いっそ己が邪英化してしまえばいい。私はそう思っているよ』

 しばし藍達の沈痛な顔を見つめていたイザベラは、ふと窓の外に輝く朝日を見つめた。
「“王”は……偉大だったのだろうと思う。人々の“生きたい”という想いに真摯に応えようとしていたのだろう。様々な愚神と会って、私はそう結論した」
 二人は顔を見合わせる。ヘイシズの姿が脳裏をよぎる。それが偽りだとしても、彼は人を“善”へ導こうと足掻き続けていた。
『それが、いつしか命を己の中に取り込み続ける事に変わってしまったのでしょうか』
「……わからない。だがこれだけは言える。王に打ち克つためには、王以上に強い意志を持たなくてはならない。誰かの“生きたい”という想いに応える以上に、自分の“生きて欲しい”という想いを貫かねばならないのだ」
 イザベラは再び振り向く。彼女は眉を開き、柔らかく語り掛けた。
「もちろん、その想いも暴走すれば、今度は手のつけようもない“魔王”が誕生するだろう。そうならない為にも、人の想いを汲み取り、俯瞰できる君のような人間は無くてはならない。……そう、私は思っているよ」
「随分と重たい仕事だな。それは」
 イザベラから掛けられた一つの期待。肩にのしかかる重みを感じて、藍は溜め息を吐くのだった。

 別の病室では、ベッドに倒れた六花をヴィオとノエルがいそいそと看病していた。
「大丈夫だか? クリスマスには、来れそうか」
「……ん。その頃までには、ちゃんと治ってる、から」
 六花は微笑んでみせる。近頃のリンクバーストの連発で体調は悪くなる一方だったが、何故だか今日は、少し気分が楽だった。
「お見舞いに来たよ、六花」
 果物の詰まったかごを抱えて、ナイチンゲールと墓場鳥がやってきた。果物ナイフを取り出すと、ナイチンゲールは早速リンゴの皮を剥き始めた。
「ありがとう、ございます」
『(少し、気色が変わったか)』
 墓場鳥は六花の表情を見つめ、一人沈思する。二人が初めて出会った頃の表情に、少し戻ったように見えた。
「(US実験の犠牲者は可哀想だけど……もし六花が能力者じゃなかったら、復讐の牙をくれた事に、きっと感謝した)」
 窓に映る自分を見つめ、六花はそっと思いを巡らす。己の復讐心を原動力に、他者の希望を守ろうとしていたGLAIVE達。彼女達の背中を見た少女は、その心の奥のどこかに、これまでとは違う何かが芽生えつつあるのを感じていた。
「(アルヴィナ……)」

 支部のとある廊下に立ち尽くし、夕は北の方角を見つめていた。
「GLAIVEの人たちは、助けられた……のかな」
 夕は自問する。彼らが意識を取り戻したと聞いて、夕はそれとなく様子を窺ってみた。皆揃って、自分が今生きているという事実を少しずつ確かめているようだった。
「(生贄なんて要らない。それで世界が救われても、きっとまた同じ事を繰り返すから)」
 拳を固め、静かに応える。ヘイシズが語った未来の世界。同じように、世界へ命を捧げた人がいくらでもいた。そんな気がしていた。
「皆で戦わないと、ダメなんだ」

 北の空の彼方にはうっすらと暗闇が立ち込めている。遍く命を奪い去る“王”がいる。


 今まさに、その爪を突き立てようとしている。






●ブラックコート出撃
「諸君。まだ身体は動くかね。心は躍っているか。ついに我らの勝ち目が出たぞ」
 H.O.P.E.のとあるブリーフィングルームに、GLAIVEの筆頭となるメンバーが集まっていた。彼らは既に隊服へと着替えている。イザベラは彼らを見渡し、ふてぶてしく笑った。
「既に我々は十分休んだ。準備を整え次第、我々も最終決戦に参陣する。USを使ってきた影響がどれだけ出るかは分からんが……無理に交戦しなければ問題はあるまい」
「要するに斥候となるわけですか」
 イザベラは力強く頷く。その眼が悪戯っぽく輝いた。
「あのアメリカさえ出し抜いてやった我々には最も相応しい仕事だ。あの憎き愚神共の陣容を丸裸にしてやろう。この世界に命を捧げた仲間達に、必ずや勝利を捧げてやるのだ」


「我らは拾われた命だ。無駄にはするなよ」


 Continue to Last Battle.

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

  • 絶対零度の氷雪華 ・
    氷鏡 六花aa4969

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
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  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
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  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中



  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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