本部

奪い合うカレワラ ~熊手の担い手~

ケーフェイ

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/12/06 21:21

掲示板

オープニング

●セラエノのアジト

 ボスニア湾の北端に浮かぶハパランダ諸島の一つ。それが発信器の示した場所だった。
 GPSと詳細な地図、そして実際の島の様子を双眼鏡で見比べながら、キターブはほくそ笑んだ。細かな諸島の中で、地図に記載されていないもの。身を隠すにはもってこいだ。
 好事家が所有していたオーパーツ『サムポの破片』。H.O.P.E.がさんざん移譲を要求していたそれがセラエノに強奪された。先んじて発信器をつけていたキターブは、彼らの目的を確かめるためにアジトを探り当てたが、ここ数日観察していても目ぼしい動きはなかった。日に何度かボートでの行き来が確認できたが、それだけだった。
 やはり乗り込まねば分からないか。すっかり冷えたコーヒーを胃に流し込み、投げつけるようにしてカップをカバンの中へと片付けた。
「これまで何か動きはあったか。アレグ」
 後ろの林から現れた男は長い金髪を鬱陶し気に掻き上げ、つまらなそうに答えた。
「ボートで何度か行き来しているだけだな。中で何をしているのやら」
 キターブからコーヒーを受け取ったアレグが、傍らの木に寄り掛かる。
 とある好事家が所有していたオーパーツ『サムポの破片』。それをセラエノが強奪した。先んじて発信器をつけていたキターブは、彼らの目的を探るためにまず居場所を探り当てた。
 その際に関わったヴィランであるアレグは、再びキターブと会っていた。
「あそこにセラエノのアジトがあるのか」
「国立公園の真っ只中とは恐れ入った。身を隠すにはちょうどいい」
「で、俺たちにまだ仕事をさせたいのか」
 アレグの苛つきを助長するように、キターブは随分と間を置く。
「……威力偵察でも頼もうかな」
『アジトの中に飛び込めと? あんな小芝居では飽き足らず……』
 アレグの傍らに女の姿が浮かび上がる。アレグに憑依している英雄、ヴァニタス・ヴァニタトゥム。サムポの破片がセラエノによって強奪された際、彼もまたオーパーツを盗むために好事家の屋敷に忍び込んでいた――キターブからの依頼を受けて。
「冗談だよ。さすがにそこまで望んでない。報酬は振り込んだから、確認してくれ」
 アレグの懐にあるスマホが震える。確かめたメールの内容は、キターブによる口座への振り込みだった。その額を確かめたアレグは思わず目を見張る。
「身代金みたいな金をポンと出すんだな」
「相応の働きをした。だから払う。それだけだ」
 無論、それだけであるはずがない。また働かせるための繋ぎにしたいのだろう。実際、もうアレグは普段受ける依頼とキターブの払った金額とを比べ始めていた。
「サムポか。ワイナモイネンの作った魔法の臼なんて、せいぜい小麦粉と塩を生み出すくらいだろ」
「そんな話もあったな。他の伝承では作物の実りを助けるとも言われていたっけ。実のところ分からん。そんなものを集めて何をする気なんだか」
 『サムポの破片』はフィンランド叙事詩であるカレワラに登場している。老英雄ワイナモイネンが作った魔法の臼。それが争奪戦の上に砕かれ、細かな破片となった。その破片は小麦と塩を生み出すとも、作物に豊かな実りをもたらすとも言われている。
 セラエノがオーパーツを収集していることは以前から分かっていたことだが、『サムポの破片』に関して欲する目的をキターブは推測できずにいた。小麦や水を生み出し、豊穣をもたらすオーパーツ。そんなものを手に入れたところで何の意味があるのか。まさか農場を経営したいわけでもあるまい。それに制御できる保証もなく、効果があるかも分からない代物だ。
「オーパーツを復元して使う気なんだろう」
「今どき豊穣のオーパーツなんて流行らん。制御できるかも分からないのだから、現代農業ほど使いでがあるとも思えない」
「だったら何故……」
「それを確かめるのもH.O.P.E.の仕事だ」
 キターブがスマホを取り出すのを待ってから、アレグは立ち上がった。元々報酬を受け取るために待ち合わせただけだ。
「じゃあ、俺は次の仕事に備えるとするよ」
 素っ気なく言ってアレグが踵を返す。H.O.P.E.のエージェントとヴィラン。本来ならこうして会うことさえ憚られるのだから、用が済んだらもはやこの会合に意味はない。
「そうしてくれ。またH.O.P.E.とかち合いたくなければ、せいぜい離れておくことだ」
「……ああ。そうしよう」
 アレグがいなくなるのを見計らってから、キターブはH.O.P.E.へ依頼を作成し、メールで送信した。


●巨人の熊手

 地下室というよりは、洞窟を繰り抜いただけの空間を、これまた石を切り出しただけの階段を使って降りていく老人の手には三個ほどの木端が握られていた。
 広大な地下室の殆どは仄かに明るく光る液体で満たされており、他の光源は見当たらない。液が入っている槽の縁では数人の男が液を掬ったり何らかの機材を入れたりして、状態を確認しているようだった。
 老人に気が付いた若い男が駆け寄り、その手から木端を受け取ると、すぐに槽の中へと差し入れた。
「これでサムポの量としては予定の分に到達しています」
 うむと老人が深く頷き、老人が槽を覗き込む。沈んでいく木端はやがて生き返ったようにふやけて広がり、底に蠢いている植物に溶け込んでいく。
「サムポも大分育ってきたな」
「はい。動かすだけならもう十分かと」
 若い男の言葉を受けて、老人は半ば白くなった顎鬚を満足げに撫ぜた。
「知っているかね。古代のフィンランド人、カレワは巨人だったと言われている」
「カレワの土地。それがカレワラの語源、でしたね」
「ああ。これで神話が蘇える。これを持つに足る担い手が」
 老人が背に回した手には、穂先が妙な形した杖が握られていた。まるで手のように広がって湾曲したそれは、熊手と言うべきものだった。
「イルマリネンの熊手。巨人の持ち物は、巨人にこそ相応しい」

解説

======OP解説======

・目的
 セラエノのアジト内の調査。

・場所
 ボスニア湾内、ハパランダ諸島の一つ。

・敵
 老人
 このアジトにおける頭領と思われる。『イルマリネンの熊手』なる武器を所有している。

・状況
 アジトの内部を調査し、オーパーツについての調査を任務とする。

リプレイ

●夜陰に乗じて

 ちゃぷちゃぷと水を掻く音が控えめに響く。雲に隠れた月明かりにときおり波しぶきが反射し、ゴムボートの黒い船体を僅かに照らし出す。
「それで、今回はなんですか。キターブ様」
「……おいおいおい、どこの国の挨拶だこれ」
 アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)はぴたぴたとキターブの頬をナイフの刃で叩いている。端から見ればまるで誘拐の途中と思われるだろう。
『アトル、壊してはダメよ』
 まるで止める気のない声音で窘めるエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)。
「どうしてですか母様? これもういらないでしょう?」
『まだ使い道があるわ』
 リンカーたちが集まり次第、夜陰に乗じてセラエノのアジトと思われる島へ上陸することになった。ゴムボートの上でブリーフィングを始めようとした矢先、キターブはいきなりナイフを突きつけられることとなった。
『キターブ様もまだ取り立てられたくないですよねぇ。貴方の働き期待しておりますよ?』
「……あ、ああ。せいぜい励むとしよう」
 顔を引きつらせながらそう返すのが彼の精一杯だった。努めて落ち着きを戻してからキターブが話すことに、相手がどうしてサムポの破片を集めているのか、それを判明させてほしいとのことだった。
「サムポ、サムポね……集めきって臼にしたとして、もたらすのは豊穣」
『……ん、生み出すのは……小麦と塩? ……制御は出来るか不明?』
 麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)も同じような疑問を抱いていた。最初から制御する気がないか、もしくはそれを材料に何かを作るか生み出すということも有り得る。いずれにしろ推察だけでは限界があるとキターブも感じているのだろう。
「ま、だからこその偵察なんだろうが」
『……ん、ボクらで思い付くことは……キターブさんも、思いついてる筈……それ以上の、情報が必要』
 ゴムボートの先端に座り、ノクトヴィジョンで警戒していたアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が頷く。彼女とリンクしている八十島 文菜(aa0121hero002)が小声で会話に加わる。
『実際サムポの破片なんて集めてどうするんやろな? セラエノが飢饉に苦しんでる人を助けようとしてるとも思えへんし』
「でも小麦があれば粉にして皆大好き粉塵爆発が起こせるよ。てのは冗談だけど、その目的を知る為にもしっかり調査しないとね」
「ああ。頼むよ、リンカー諸君」
 キターブがそう言うと、九字原 昂(aa0919)が小さくため息をついた。
「相変わらず色々とお膳立てというか、誘導されてる気がするなぁ」
『それでも、有益なうちはそれに乗っても問題はあるまい』
 ベルフ(aa0919hero001)が俯き気味にゆったりとタバコの煙を吐き、それを吸殻入れに捨てた。
「些か癪ではあるが……ってやつだね」
「……そういうのは俺のいないところで話してくれ」
 キターブが不平を鳴らすが、そう気にした風はない。互いに果たすべきことを果たしていればそれで問題はない。
『オーパーツを集めて、一体何をする気なのかしら』
「いずれにしろ、ためになる目的じゃあなさそうだね」
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)と荒木 拓海(aa1049)が呆れたように呟く。セラエノとオーパーツという取り合わせは、どう控えめに考えてもロクなことにはならない。
 ゴムボートを接舷すると、キターブは我先に降りてロープを浜の近くの木に括りつけた。
「じゃあ俺、ゴムボート確保しとくから。調査よろし――」
 言い終わるより早く、エリズバークはキターブの体をひょいと持ち上げてしまった。
「何をおっしゃっているのです? キターブさんも調査に参加してください」
「ええ!? やだよ、何あるか分からないじゃん!」
 その何があるか分からないところに人を行かせる者の言い草とは思えないが、普通人とリンカーでは確かに危険度は段違いだ。
 救いを求めるように麻生や荒木を見やるが、他の者も含めてもはやしようがないと言わんばかりに肩を竦めてみせる。
「まあ、僕らが集めて報告するのも二度手間だし、一緒に調査しちゃえば楽でしょう」
 九字原がとりあえず黒魔女の外套をキターブに被せる。これで身を隠して後ろにいればあまり邪魔にはならないだろう。
 皆も潜入の準備を始める。忍装束や迷彩マントを着付けて駆けていくと、暗い森の中にすぐ溶け込んでしまった。
「不謹慎ではあるが、やはりこういう任務はワクワクするな」
『……ん、男の子だねぇ……ロマンも良いけど、油断しちゃ……ダメよ?』
 ノクトヴィジョンをつけたアンジェリカと麻生が先行して周囲を探る。その情報を元に荒木がマッピングツールを用い、月明かりを頼りに島の詳しい地図を作製する。まるで人の気配がなく、中央部の建物がなければ無人島と勘違いしかねない。
 少々肩透かしなものを皆で感じながら、リンカーたちは島の中央部へと進んでいった。そこにあるのは四角四面で面白みのない造りをした建物。歩哨や警備さえ置いていない。
「なんか普通の研究施設みたい」
 アンジェリカがつまらなそうに呟く。建物に取りつくまで人の気配がなく、このままではせっかくの迷彩マントもあまり意味がなくなってしまう。
「だったら看板の一つも出しておくでしょう。ともかく中を探ってみよう」
 九字原が裏口のドアに取りつき、シーフツールセットを取り出す。エリズバークはさっそくモスケールを起動し、ドアの周辺に人の気配がないことを確認してそのまま警戒に当たる。
 ドアの解錠にはものの数分も掛からなかった。音もなく開けたドアの隙間に滑り込み、軽く内部を確認すると、九字原は手信号で素早く合図した。モスケールのレーダーを積んでいるエリズバークが先行し、荒木がキターブを伴って入り、ノクトヴィジョンをつけたアンジェリカと麻生が最後に入っていく。
「人の反応は二階部分に集中してますね。でもここ、地下にもスペースがあるようです。反応が一つあります」
 モスケールに映る反応は五つだけ。四つは上の二階部分に集中し、残り一つが下方にある。
「地下室か。罠かな」
 九字原がどこか不敵そうに言う。
「かもしれないけど、確認しないわけにはいかないでしょう」
 荒木の言葉に皆が頷く。建物内には資料や機材が残されているだろうから人数を割きたいが、地下室にいる一人のことも放っておくのは収まりが悪い。
「二手に分かれましょうか。モスケールを持っている私と麻生さんとで」
 エリズバークが言うと、麻生もすぐに頷いた。
「それじゃあ地下は俺とアンジェリカさんで行く。残りは建物を頼んだ」
 何かあったらすぐに連絡してくれ。そう言うと麻生とアンジェリカは地下室への扉を探しにいく。
 それを見届けることもせず、エリズバーク、荒木、九字原はキターブを連れて二階への階段を静かに登っていった。


●オーパーツの目的

 二階部分に見られる敵の反応は四つ。ほどよく一つの部屋に集まっている。
『一つ所にいるのなら、一気に制圧してしまいましょうか』
 さらりと言ってのけるエリズバークに、言葉を返さず刀や石斧を取り出して部屋の扉に取りつき、両脇を固める九字原と荒木。九字原が扉をゆっくり開くと、荒木はその隙間へねじ込むようにウコンバサラを投げ入れた。
 ライヴスを充填させたウコンバサラが稲光のような輝きを放つ。部屋の中にいる者たちが呻きを上げるより早く九字原とエリズバークが飛び込んだ。
 九字原は一番手前にいる男に狙いをつけると、雪村を鞘に入れたまま振るい、男の脚を掬い上げて床に押さえつける。その影からエリズバークが魔導銃50AEを突き出し、残りの四人へライヴス弾を撃ち込む。肩や足など急所を外しているものの、銃撃の威力に全員が壁まで吹き飛んでいった。
 抵抗する隙を与えない、迅速な制圧だった。
「お手本みたいな突入だなぁ」
 半ば呆れたように呟いてキターブが入ってくる。いざというときのために拳銃を構えていたが、リンカー三人の前に彼の出番はなかった。
 九字原が押さえつけていた男の腕を捩じり上げ、壁に向かって引っ立てる。
「あんたらセラエノだろ。ここは何の施設か、教えてもらおうか」
「お前ら、H.O.P.E.か。何でこんなところに――」
『そういうのはいいから、質問にだけ答えなさい』
 魔導銃の銃口を顔面に突きつけ、嫣然と微笑むエリズバーク。
「巨、巨人を作るとか、イルマリネンの熊手を持たせるって、そんなことしか聞いてない! 本当だ! もう施設を放棄するから、資料を集めて燃やすところだったんだ。俺はそれしか知らない!」
 銃口を見て滑らかになった口からすらすらと喋り出す。泣き笑うような凄まじい表情で喚く男をうるさく感じたのか、九字原は雪村の柄で延髄を痛打して迅速に気絶させてしまった。
「なるほど、もう放棄するところだったから、資料も人も一つに集まってたってわけか」
 九字原が納得し、資料の置いてある机に目をやると、もう荒木とキターブを分け入るように書類を漁っていた。
「巨人かあ……。ヴィーナスのように動かすつもりなのかな?」
「サムポをか。うん、いい線いってるかもしれない」
「昔は神も人は巨大だったっていう神話は世界中にある。再生し愚神化させるつもりとしたら……やめてほしいな」
「愚神化まで行かなくても従魔の時点でロクでもないさ」
 資料を漁りながら話す荒木とキターブ。やがて荒木が一枚の書類に目を止めた。正円の中に複雑な紋様を詰め込んだもの。以前討伐したヴィーナス像の従魔から見つかったものと酷似している。
「……キターブさん、これ」
 さっと前に出された書類を見て、やはりキターブも動きを止めた。かつてキターブが担当した案件に関わったオーパーツ、あるいはそれを生み出す技術。無機物に刻印した紋様がライヴスの親和性を高め、高確率で従魔を憑りつかせる。
「ネフシュタン、だな。従魔にする気か、サムポを」
 うんうんと唸りながら考え込むキターブ。これで施設の目的は判明した。証拠としてこれらの資料を収集するべく、エリズバークの幻想蝶の中へ入れられるだけ放り込んだ。


●地下で待つ者

 光源の少ないものの、底から届く青白い光のおかげで歩くのに不自由はない。辛うじて足場が階段状に整えられているだけで、地下室というよりは洞窟と言うべきだろう。
 アンジェリカが警戒しながら先に進むなか、麻生はモスケールで一点を見つめ続けている。レーダーのスクリーンに映る反応には動く気配がない。
 やがて青白い光を放つ洞窟の底に辿り着くと、二人はノクトヴィジョンやモスケールを外した。もはや必要ない。相手は目の前で待ち受けるように立っている。
 洞窟を大きく刳り抜いたプールの向こうには、古式ゆかしいローブを羽織り、身の丈を超える杖を携えた白眉の老人が佇んでいる。
「不法侵入を詫びた方がいいかな」
「いや、構わんよ。理由を教えてもらえればな」
「それは寧ろ俺が聞きたい。これは何だ」
 麻生が話している間にアンジェリカが魔導銃50AEを取り出す。老人は気にした風もなく悠然とした語り口で話している。
「水耕栽培用の培養液だ。一種の液体肥料と言った方がいいかな。少し手を加えているが」
「サムポを育てているの?」
「知っていたか。まあ、そんなところだ」
「また臼を作る気か」
 プールサイドを歩きながら麻生がアサルトライフルを構える。『LAR-DF72ピースメイカー』。新機構を搭載した最新モデルだ。
「豊穣をもたらす魔臼サムポ。砕け散った魔臼はもはや魔臼ではない。ただの木屑。力を宿した塊として還元される。そうなれば、使い様は幾らでもある」
「何をさせる気だ」
 麻生はじりじりと間合いを詰めながら、横目にプールを見やる。時折にじるように水底で蠢くものがかろうじて分かるだけだ。
「神話の復活。あるべきものを、あるべき場所へと還す」
「この水槽の底にあるもの。それを使うつもり?」
 アンジェリカにもそれが見えていた。恐らくこれが彼らが盗んだもの――サムポを用いた何かなのだろう。
「これか。サムポの破片を繋ぎ合わせただけの人形だ。カレワの巨人とでも言おうか」
「カレワだと? ……木で出来た巨人が現れて、みんなびっくり。それで終いだ。映画にしたって五分にもならない」
「掴みとしてはなかなかだろう。きっと観客は釘づけだ」
 麻生の皮肉にも軽く受け流す老人。すでに銃の射程には十分な位置まで近づいている。
「さ、満足だろ。続きは収容所だ」
「私は殺されるのかね」
「あるいは。それを決めるのは俺じゃない」
「そうか。なら……私が決めよう」
 老人がゆるりと杖を振るい――穂先がアンジェリカの目の前に迫る。
「うわっ!?」
 刃が髪の毛を撫ぜる嫌な感触。咄嗟に屈まなければ顔を抉られていた。
「せっかくここまで来たんだから、ご褒美に何の目的でサムポの破片を集めてるのか教えてくれてもいいのに」
『ほんになあ。ケチな人やわぁ』
「というか杖が伸びたよ! 何あれ?」
『よく見たら杖と違うみたいやわ。先っぽが熊手みたい』
 避けざまに魔導銃を連射するが、自在に伸び縮みする熊手のような杖に弾かれる。その間、麻生は十分に狙いをつけてから引き金を引くことが出来た。
 タタタンと慎ましい三点バーストのライヴス弾が、老人の左肩を的確に射抜いた。ローブがはためいてくるりと一回転した体がどうと倒れたきり、そのまま動くことはなかった。
 一応は警戒して銃を構えていた二人だったが、本当に老人が動く様子がないことを確認すると、
「堂々と待ち構えていたわりには拍子抜けの結果だね」
「戦闘要員じゃあなかったんだろう」
 二対一とはいえあまりに呆気ない決着だったが、二人は油断せず引き金の横に指を置いたまま銃把を握っている。苦し気に呻く老人がかろうじて身を起こす間、全く目を切らずにいる。
「さ、観念したならその杖だか熊手だか分かんないのを渡してちょうだい」
「杖ではないよ。熊手だ……イルマリネンのな」
「――イルマリネン? カレワラに謳われる伝説の鍛冶師か」
「少しは知っているようだな。そのイルマリネンの熊手だよ」
「それにしては随分と小ぶりだな」
 麻生が皮肉げに言ってみせる。伝説の通りなら一千メートル近い長さにもなるはずだ。人の手の中に収まるものではない。
「本来の持ち手ではないからね。熊手のほうも不満があるらしい」
 銃で撃たれ、追いつめられながら朗らかに応じる老人。いかにも往生際が良すぎる。
「早く熊手を渡せ」
 あまりスマートではないが、アサルトライフルを相手に突き付けて急かす。老人は気だるげに熊手をくるりを回し、柄を突き出してみせる。
 ライフルを把持したままそろりと手を出して熊手を受け取ろうとする麻生。その背後でプールの水が俄かに沸き立っているのを、隣にいたアンジェリカが先んじて気が付いた。
「私が教えられることは殆ど教えた。感謝の言葉があってもいいのではないかね」
「知らないね。あんたが勝手に喋っただけだろう」
「勝手に、な……」
 くくくと含むような笑い。麻生が熊手の手を握ると、老人は小賢しくもぐっと握り返して抵抗してみせる。
「……何の意味もなく、自分の計画を話すと思うのかね」
 不敵な言い様に麻生の背筋が少しざわつく。そこをちょうどアンジェリカが後ろから引っ張った。
「麻生さん。ちょっと……なんだかヤバいかも」
 促されて見れば、そこでは湧き上がる泡が山盛りになってプールから溢れ始めていた。何が起きているか分からないが、確かにアンジェリカの言う通りどう考えてもヤバい状況だ。
 さらに間を置かず、水面を断ち割って何かが突き立った。それがどうやら木目をしているところまで確認したアンジェリカは、麻生の腰を引っ掴んでともかく横へ飛んだ。そうでなければプールから溢れた大波と巨木に呑まれていただろう。
「ヤバいヤバい、サムポが溢れちゃった!」
 波に追われながらプールサイドを駆け抜けるアンジェリカ。そして思い出したように通信機を取り出した。こののっぴきならない状況では上の建物もただでは済まない。


●巨人の出現

 粗方の資料を収集し終えた九字原たちの元にアンジェリカからの通信が届いたのは、妙な揺れが前触れなく建物を襲った時だった。
「アンジェリカさん。何か見つかった?」
「みんな逃げて! サムポがでっかくなって溢れそうなの! 建物に居たら大変なの!」
 要領の得ない通信だったが、今まさに建物が不穏な地震に襲われているなか、それを疑う余地はなかった。取るものもとりあえず四人は建物を飛び出すと、巨大な木が建物を下から突き上げていくのが見えた。
「あと少し脱出が遅かったら巻き込まれていたね……」
 冷や汗を垂らしつつ荒木が呟く。しかし突き上げる樹木の勢いは衰えず、地面を割ってどんどん沸き上がってくる。立ち止まったアンジェリカが建物を砕いた樹木を見上げて感心したように言う。
『これが資料にあった巨人でしょうか』
「ともかくボートまで逃げるぞ。アンジェリカさん、大丈夫か!?」
 九字原が呼びかけるとアンジェリカが怒鳴るように答えた。
「先にボートに乗ってて! 絶対追いつくから!」
 言いながらもうみんな走っていた。噴火のように突き上げる樹木が岩を吹き飛ばし、島のそこら中に落ちてきている。もはや一所に留まれる状態ではない。
 幸いにもゴムボートは無事だった。九字原が確保してあるロープを雪村の抜き打ちでさらりと一閃すると、そのまま滑り込むようにゴムボートに乗り込んだ。荒木は担いでいたキターブをゴムボートに投げ入れると、腰まで水に浸かりながらゴムボートに取りついて押し始めた。
「待って待って待ってえええ!」
 パドルを持って今にも漕ぎ出そうとしたとき、アンジェリカの甲高い声が響いてきた。麻生を引っ掴みながら殆ど滑りるような勢いで森を駆けてくるアンジェリカの小さな体が岩を蹴って飛び出してしまった。
 綺麗な放物線を描く二人を見やりながら、九字原たちは夢中でパドルを漕ぎまくる。波でふらふらと揺れるゴムボートを何とか舵を取ると、落ちてくるアンジェリカと麻生を見事に受け止めた。
「どわああ!」
 アンジェリカに腰を掴まれていた麻生が急に投げ出され、ゴムボート自体が波打って投げ出されそうになるなか、何とかしがみついているうちにゴムボートは島から離れた岸の近くへたどり着いていた。
 無事に島から脱出できた虚脱感に包まれている一同が島を見ると、何か山のようなものが堆く積み上がっている。疲れ切った目には、それが何か判ずるのに随分と時間が掛かった。
 折れ曲がった足と腰。隆々と蠢いている腕。突き立つ巨大な熊手に絡みつく五本の指。緑と茶色の樹木が、一繋ぎに人の体を為している。皆の頭に浮かんだ形容は、ただ一つだった。
「巨人……」
 熊手に縋るように蹲り、島の上に佇む木の巨人を見て、誰ともなく呟いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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