本部

奪い合うカレワラ ~魚骨の唄~

ケーフェイ

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/10/31 19:37

掲示板

オープニング

●パレオマニア

 フランス南部の街、トゥールーズの入り組んだ路地を、男が歩いている。浅黒い肌を隠すように殊更襟を立て、帽子を目深に被っている。
 男はある店の前で止まる。パレオマニア。その妙な看板の骨董店に男が入っていく。帽子を目深に被った怪しい風体に、店の主人も怪訝そうな目を向けた。
 口元だけが、そんな視線を楽しむように笑っている。
「何かお探しですか? 最近の出物だと――」
「パレオマニア――古代妄想狂ってところか。面白い屋号だな」
 声を聞いた主人の顔が目に見えて険しくなっていく。
「お前、H.O.P.E.の――」
「憶えていたか。キターブ・アルセルフだ」
 勿体つけて帽子を取り、恭しく頭を下げる。
「……何の用だ」
「客商売の顔じゃないな。アレグ」
 早速アレグが殺気じみた気配を放つが、それを無視してキターブはカバンからあるものを取り出した。それは今しがた土の中から取り出されたように酷く汚れた何かだった。
「……これは、竪琴か。相当古い。材質は、何だ?」
 キターブが露骨に破顔する。敵が持ってきたとはいえ、古物商としてこの遺物に無視し得ないものを感じたのだろう。
「最近いい腕の贋作師を拾ってね。そいつに作らせた」
「贋作、なのか」
「材質は魚の骨を使ってる。本当はカマスを使いたかったが、マグロので代用してる」
「カマスの竪琴……ワイナモイネンか」
 我が意を得たりとばかりにキターブが手を叩く。
 ワイナモイネン。フィンランド叙事詩『カレワラ』における登場人物だ。ワイナモイネンは叙事詩の中で巨大なカマスの怪物を倒し、その骨を使って竪琴を作ったとされている。
「これを俺に買い取れと?」
「いいや。ある富豪に売り込んでほしい。そしてあるものを交換してきてもらいたいんだ」
「交換?」
「件の富豪がオーパーツを所有していてな、H.O.P.E.から再三の要求を拒み続けている」
「そりゃそうだ。H.O.P.E.といえど人の宝に手出ししていい理屈はない」
「保管環境が十分なら認めているさ。だがそうはいかない事情が出来てな」
 いつの間にか店の中の椅子に座っているキターブは、骨董品を弄いながら話す。
「セラエノがそのオーパーツを狙っている」
「H.O.P.E.で守ってやればいい」
「いざとなればそうするが、より経済的なほうが好まれる」
 経済的。つまりなるべく安く済ませたいということだ。
「俺が拒むとは考えないのか」
 大げさに目を開き、キターブが微笑む。
「そのときはH.O.P.E.に君の情報を全て渡すだけだ」


●オーパーツの取引

 フォンランドの北端、イナリ湖に浮かぶ島の一つに建てられた城は、アーロ・フィルペリ子爵の居城となっている。
 その豪華な客間では、二人の男がアタッシュケースを挟んで座っていた。
「珍しい客人だ。骨董品を売りに来たと」
「はい。子爵に是非見ていただきたいものが」
 言って、男はケースの蓋を開けて中身を見せた。それだけで、胡乱な客をあしらおうとしていた子爵が息を呑んだ。
 白く尖った骨が複雑に入り組んでいる凡そ長方形をしたもの。一見してそれと分かるような特徴はないが、じっくり眺めている子爵の目には確信の色があった。
「もしや……ワイナモイネンの魔琴か」
「さすがカレワラ研究の第一人者。ご慧眼です」
 歯の浮くような文句を並べ立てるアレグは、客向けの柔和な笑みを深めた。
「いやはや、素晴らしい。是非買い取らせてもらおう。そちらの言い値で構わんよ」
 会って十分と経たずに商談を成立させようとする。なるほど果断な性格のようだ。
「いえ、申し訳ありませんが、とても金額のつけられるものではないので」
「それでは一体――」
 何のために持ち込んだというのか。子爵の訝しむ視線を正面から見据えて、アレグは本題を切り出した。
「子爵の所有するものに、大変な遺物があるとお聞きしました。それも同じく、カレワラの至宝だと」
「……サムポの破片か。それと交換しろとでも」
 アレグはゆったり間を取ってから頷いた。
 サムポの破片。ワイナモイネンの竪琴と同じくカレワラに出てくる遺物である。草木の成長を操る力を持ち、壮絶な争奪戦の末に砕かれ、破片は海に没したとされている。
「……H.O.P.E.に聞いたか?」
「噂程度に。ご安心を。この取引はH.O.P.E.に気取られてはおりません」
 抜け抜けと言ってみせるアレグ。子爵はソファに深く背を預け、大きく息を吐いた。
 その様子を見て、アレグは薄ら寒い心地を感じていた。ここまでの展開を、キターブから既に言い含められていたからだ。
 子爵の持つサムポの破片はオーパーツであることから、H.O.P.E.は再三移譲を請求している。しかしあくまで個人の所有物であるため、拒まれればどうしようもない。そのため彼は古物商であるアレグに竪琴を持ち込ませ、それと交換させる作戦に出た。
 オーパーツの持つ価値は計り知れないが、その在処がH.O.P.E.にも知られているとなれば社会的な信用に影響を及ぼす。実際、子爵と好んで取引しようという古物商は殆どおらず、本来の事業である木材の輸出業も不振が続いている。
 カレワラ研究者の一面を持つ子爵だが、H.O.P.E.の足がついた品はなるべく早く手放したいはずだ。取引する余地は十分に存在する。
 子爵が難しい顔つきで思案に耽っていると、家人が何か用を取り次ぐために恭しく部屋に入ってきた。
「旦那様。お客様が、その……」
「今は応対中だ。待っていただけ」
「それが、H.O.P.E.のエージェントと名乗っておりまして」
 瞬間、子爵の射るような視線がアレグへと向けられた。


●セラエノとの談合

 アーロ・フィルペリ子爵の居城から離れた岸辺で、キターブはしきり時間を気にしていた。すでにアレグは子爵と会合しているはずだ。仕掛けとしては単純だ。アレグにはすぐに看破されるだろうが、奴が取れる選択肢は限られている。
 キターブはスマホを取り出すと、予め設定してある番号を呼び出した。
「こちらキターブ・アルセルフです。ええ、あるヴィランがノイエラ氏の屋敷を訪れていまして。至急リンカーの派遣をお願いします。場所はフィンランドのイナリ湖です」
 より経済的に。労は少なく、実りは多く、犠牲は他へ強いるに限る。
 H.O.P.E.への連絡を済ませたキターブは、さらにもう一件電話をかけた。
「どうも。以前はお世話になりまして。フィルペリ子爵の城はH.O.P.E.への応対で手一杯でしょう。ええ、盗みに入るなら好機かと……いやあ、それはそちらの手際次第ですので。期待していますよ――セラエノの方」

解説

======OP解説======

・目的
 ヴィランの撃退。

・ヴィラン
 アレグ・ブーネ 足技を主体とした格闘技『サバット』を得手とする。

 ヴァニタス・ヴァニタトゥム アレグに憑依している英雄。

・場所
 フィンランド北部、イナリ湖に浮かぶ島。

リプレイ

●湖上の霧城

 霧煙るイナリ湖に浮かぶ城についたリンカーたちは、みな神妙な顔つきをしていた。
『あそこにヴィランがいるってのは確かなのか』
「勿論。城に入るところまでは確認している」
 ベルフ(aa0919hero001)が訊ねると、キターブは大きく頷いた。それを聞いた九字原 昂(aa0919)が薄く笑う。
「随分と、ピンポイントな割には抽象的なタレコミだね」
「これから確かめるところだからな。オーパーツの件も気になるし」
「なるほど、ヴィランの狙いはオーパーツか」
 麻生 遊夜(aa0452)がしきりに頷く。アーロ・フィルペリ子爵の屋敷でもあるこの城には、H.O.P.E.が再三に渡って移譲を請求しているオーパーツが保管されている。
『……ん、やっぱり狙われたね……今回助けたら、譲ってくれるかな?』
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)がしたり顔で笑う。もっとも、子爵が早くに返還してくれていればこのようなことにはならなかっただろう。
「サムポの破片、だったか。とっとと返還要求に応じていればいいものを」
 犬尉 善戎狼(aa5610)も同じようなことを考えていたようだが、若干辟易していた。
『セラエノが狙ってるなんて噂もあるしね。ヴィランを取っ捕まえてとっとと帰ろう!』
 戌本 涙子(aa5610hero001)が元気よく叫ぶ。
『ところで、キターブ様はどうしてこちらに?』
 アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)を連れて歩くエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)が、ごくさりげない風に訊ねてきた。
「ああ、この辺で静養中に偶然ね……嘘だよ。アレグを追っていたんだ。奴に似た面相の男があの城に入っていった。それで十分だろう」
 どこか取り繕うような言いざまに、八十島 文菜(aa0121hero002)とアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は堪えきれないと言った様子で笑い出した。
『キターブはんも信用あらしまへんのやな』
「なんか企んでるっぽいし、しょうがないよね」
 アレグの名を聞いて希月(aa5670)は少々思案顔になった。以前、従魔の宿った女神像を巡る戦いに関わったヴィラン。彼のことをまだ追っていたという。
「キターブ様は何を考えているのでしょうか……」
『まあ、いい人だけじゃこの世界渡っては行けねぇ、ってとこなんでしょうがねぇ』
 キターブが何か良からぬことを考えていることは、ザラディア・エルドガッシュ(aa5670hero001)にも察せられた。恐らく他のリンカーも勘づいているだろう。願わくばそれが足を取られないようしたいものだ。このメンバーで事に当たる以上、足並みが揃わないことほど恐ろしい事態はない。

 特にやることもなく、火蛾魅 塵(aa5095)は石畳の街路脇で煙草を吸っていた。吸殻を捨てて新しい煙草を取り出すと、人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)がすかさず付けたライターの火に咥えた煙草の先を近づける。
 手に持ったスマホからは、エリズバークからのメッセージが表示されていた。
『あらあら尻尾を巻いて逃げるのですか? あぁ先日無様に大怪我をして逃げ帰ってきたのでしたね? 怖いのでしたら無理しなくてもよいのですよ』
「バーカ、俺ちゃんが行く訳ねーだろーがよ、勝手にやってろォ〜」
 言いながらスマホを取り出すものの、依頼内容の場所が火蛾魅の頭を過ぎっていた。イナリ湖といえば、ここからそう遠くないところにある。


●侵入者の好機

 周囲の警戒を買って出た麻生は苦い顔をしていた。僅かな時間で湖を覆う霧は濃さを増し、城の周囲さえ覆うほどになっていた。
 正門にいるメンバーはまだ屋敷の人間と揉めているようだ。まさか取り逃がすことはないだろうが、一応は警戒しておかねばならない。
 城の周辺を探索していた麻生は、城の裏手に回ったところで身を隠した。いつの間に上陸していたのか、二十人近い男たちが次々と塀を登っていく。
「おいおい、ヴィランだけじゃないのかよ」
『もしかして、セラエノとか?』
 確かにここにあるオーパーツをセラエノが狙っているという情報があったが、よりによってここで遭遇するとは不運極まりない――こんな、まるで狙いすましたかのようなタイミングで。
 ともかく、H.O.P.E.としてこのまま見過ごすわけにはいかない。
「お兄さんたち、ここは私有地だよ。一体何して――」
 気さくな警告の返答は、問答無用の銃撃だった。しかも強いライブス反応。どのような素性であろうと放っておけるものではない。
 咄嗟に草薮へ飛び込み、取り出した自動小銃で木に隠れながら応戦する。その間にも男たちは塀を登って侵入していくのを防げない。如何せん相手は十人以上。銃の数が違いすぎる。増援が欲しいところだが通信する余裕もない。
『どうしよう、ユーヤ』
「せめてこいつらを遅滞させる。あとは向こうが合わせてくれる!」


●盗まれたオーパーツ

 家人の拘束を解くのは、アレグにとってそう難しいことではなかった。H.O.P.E.の訪問と謎の銃声。どう考えても直前に現れたアレグが疑われる流れだった。
 それをいちいち釈明する暇もなかったので、アレグは逃げ出すようにして城の地下へと急いでいた。気配を追って扉や壁を蹴り破り、石室のような部屋を見つけると、アレグは安堵したように顔を綻ばせた。
 先ほどから追っていた、まるで森林の中にいるような、むせ返る緑の気配。ジュラルミンのケースに仕舞われていても分かる。
「これが、サムポの破片……」
 アレグがケースを開くと、中には透明の樹脂が充填されており、そこに四つほどの木端が埋め込まれていた。
 確かにオーパーツだが、それほどのライヴスは感じない。これだけで大きな力を持つような代物ではないのだろう。これもキターブの予測通りだ。
 ここからは骨の折れる作業になる。全く業腹だが、当面の安全を人質に取られては従わざるを得ない。
『H.O.P.E.の走狗なんてぞっとしないわね』
「仕方ないさ……今はな」
 傍らに漂うヴァニタスに軽く返す。ケースの裏のポケットに小さなボタンを忍ばせると、アレグはサムポの破片を地下室から持ち出した。


●三つ巴の通路

 リンカーたちは城の中を走る。麻生がいる場所から銃声が届いたことで敵が来ているのは分かった。となれば中の人間の安全とオーパーツの確保を行なわねればならない。
 全員既にリンクを済ませている。入り組んだ城内では、いつどこで敵と遭遇するか分からないためだ。
 三叉路に差し掛かった時、むせ返るような熱気とライヴスの気配が道の向こうから噴き出してきた。それに押されるように飛び出してきた男は、犬尉にとって見覚えのある顔だった。
「アレグ!」
 呼ばれた男が向き直る。金髪を束ねた長身痩躯の男。そのすぐ傍に幽霊のような姿の女を侍らせている。
「H.O.P.E.のエージェントか!」
 言い差し、アレグが通路から飛び退る。そのすぐ後を激しい炎が弧を描いて走り抜ける。掠めた火炎に吹き飛ばされたアレグの手元から、ジェラルミンのケースが弾かれて転がっていった。
 数人の男がさらに通路から飛び出してくると、そのケースを抱え込むように奪い取っていった。彼らから漂う強いライヴス反応と強力な魔術。まず第一流のヴィランと見受けられる。
「あいつら何? アレグの仲間なの?」
「さあな。どうせセラエノ辺りだろう。お前らのとこのキターブにでも聞いてみろ」
 アンジェリカが訊ねると、アレグは顔を顰めて吐き捨てた。
 セラエノと思われる連中もH.O.P.E.のリンカーに気づき、一気に緊張を走らせる。そのまま全員が三叉路を挟んでのにらみ合いとなってしまった。
 セラエノ、HOPE、ヴィラン。状況は三つ巴の様相を呈した。皆が互いの隙を伺い、迂闊に動けないでいる。
 そんななか、後方にいたエリズバークはのんきにスマホを操作してメッセージのやり取りをしていた。
『皆さん、もう少し辛抱なさって』
「エリーさん、何か手があるんですか」
 希月が訊ねると、エリズバークはスマホの画面を見ながら微笑んだ。
『ええ、そろそろ来ますわよ。とりあえず驚かないでね』
 エリズバークの思わせぶりな台詞の直後、三叉路を照らす大きな窓をぶち破った。
 ガラスが降り注ぐ最中、皆が睨み合う中央に男が降り立つ。背中に分かりやすい悪魔の顔がでかでかと刺繍された赤黒いローブをはためかせている。
「我が名はアクロン! 故あって馳せ参じた。さあ、私の敵になるのは誰だ」
 どこの誰かもわからない、敵か味方かも分からない相手に対し、セラエノやアレグは注意を向けざるを得なかった。彼の正体に心当たりのあるH.O.P.E.のリンカーたちだけが動くことができた。
 犬尉は真っ先にアレグへと向かう。それを見たアレグが振り払うように蹴りを放った。腹を狙う足尖蹴りに合わせて屈む犬尉。肩の上を掠れせてそのまま軸足へ飛び込んだ。
「くっ!」
 悔し紛れに犬尉の頭と肩を押さえるアレグ。そのまま二人は倒れ込み、ガードポジションに入った。突き出していた足で犬尉の頭を挟む。三角締めの体勢だ。
 犬尉はすぐに尻餅をつくと両足をアレグの腹に乗せるようにして挟み込んだ。そこから背筋で踏ん張り、決まりかけていた三角締めを無理やり引き上がすと同時にアレグの足首を脇で捕獲し、ヒールホールドの形を取った。
 しかしアレグも三角締めが破られたと見るや、腹に乗せられていた犬尉の脚を取ってこちらもアキレス腱固めで足首を締め上げる。
 互いの足首を極め合う形となるが、双方退く様子はない。腕や胸の筋肉がパンプアップし、服を破かんばかりに盛り上がっていく。
「んぐっ!」
「があっ!」 
 同じタイミングで互いの胸を蹴り合い、転がるように離れる。二人の足が破壊される寸前を見極めたぎりぎりのところだった。
 できれば足を破壊したいところだったが、犬尉は気落ちしていない。別段、一人で戦っているわけではないのだから。
「せいやっ!」
 二メートル近い魔剣『トライゾン』による振り降ろしがアレグの背中を擦過する。犬尉と戦っている間に後方へ回り込んでいた希月がアレグを追いつめる。
 真後ろからの遠慮ない斬撃を転がって避けながら、剣に対して靴裏で蹴り上げた。刀身が大きく弾かれる。しかしそれも希月の計算の内だった。
 軸足を入れ替えながら弾かれた勢いを殺さず、魔剣の横薙ぎが大きな弧を描いた。だがそれはアレグの頭の遥か上を通り抜け、壁や窓を根こそぎ薙ぎ払っていく。
 外す方が難しい近間での不自然な軌道。明らかに敵の干渉によるものだ。
『確か、クォ・ヴァデス、でしたね』
「発動したみたい。その前に決められればよかったけど」
 攻撃の狙いをでたらめに逸らしてしまう魔術『クォ・ヴァデス』。以前の戦いのときにも発揮されていたが、相変わらず厄介な効果だ。
「なんだよ、三人で取り囲んだならあとは袋叩きにするだけだろ。とっとと来いよ」
『以前の依頼の時からどうも食えねぇ奴だとは思っていましたからねぇ。それこそ彫像に入っていた従魔よりも』
 慎重に間合いを取って追いつめていく。一度に掛かれば逸れた狙いが味方に当たりかねない。
『善戌狼様、以前のように無様にやられないでくださいね? アレグより傭兵としての腕は劣ると噂を流しますよ?』
「そいつは一大事だ。負けられんな」
 正面に犬尉。後方から希月。さらに後詰のエリズバーク。いつの間にかアレグは窓際まで追い詰められていた。
「まったく、見た顔ばかりだな。やりにくいったらない」
 愚痴を漏らすアレグに、希月が微笑んで返した。
『そういえば先ほど、キターブさんがどうとか言ってましたね。どういう意味でしょう』
 希月の言葉を聞いているのかいないのか。露骨に目を逸らして韜晦するアレグ。
「さあ、そんなこと言ったか――」
 言うに早いか、アレグの左足がうねり、背後に向かって振り抜かれた。それは当然、後ろにあった窓を叩き割る。
 窓の間近にいたアレグに向かって、割れたガラスが一気に降り注ぐ。
 一部始終を見ていたエリズバークに悪寒が走る。アレグの身を案じたのではない。あの手の小悪党は保身に関して策を巡らせているものだ。ならば、この行動の意味は――
 彼の魔術 クォ・ヴァデスは攻撃の方向をでたらめにする。つまり降り注ぐガラス片は、どこに飛んでいくか分からない。
『ニーエ・シュトゥルナ!』
 犬尉や希月を庇う形で前に出たエリズバークが幻想蝶から多数の玻璃を展開する。細長い玻璃にガラス片がぶち当たり、やかましくも涼しい音色が響き渡る。
 ガラス片の飛来が収まると、エリズバークは口角を上げて微笑んだ。先ほどまでいたアレグの姿がどこにも見当たらない。
 犬尉が窓際から身を乗り出す。辺りを見渡しているが、アレグを見つけた様子はない。
「……噂、流していいぞ」
『やめておきますわ。私や希月さんまで何か言われそう』
 犬尉の言葉を弄うように断ると、エリズバークは玻璃を幻想蝶へと格納した。


●セラエノの策略

 九字原とアンジェリカは逃げたセラエノの連中を追っていた。何故かアクロンと名乗った謎の男もそれに付いてきている。
 城内を逃げるセラエノの一人が向き直ってくる。その手に宿るライヴスが真っ赤な炎へと変換される。
「だりゃあっ!」
 それに応じたアクロンが鏡写しのように火炎を放ち、ブルームフレアを無理やり堰き止める。
「ナイスだ、火蛾……アクロンとやら」
 火炎を見越すように天井へ飛んでいた九字原が、敵勢を飛び越して眼前で降り立つ。その手には真っ白な柄が握られている。
「いくよ、ベルフ」
『おう、いつでも』
 一瞬にして敵陣へ踏み込み、銃を構える連中の眼前で抜き放たれた刀がさっとそよぐ。刃の軌道が雪の花を散らして浮かび上がり、遅れてすっぱり断ち切られた銃と腕とが零れ落ちる。
 横からの銀閃。視界の端に見える刃物の気配を見逃さなかった九字原は膝を抜いて下りながら横へ体を逃がした。振るわれる刃が刀身を叩き、取りこぼしかねないほど大きく弾かれる。
 間合いを整え直した九字原が相手の全容を見る。身の丈を超えるような大剣を担いでいる。なかなかの威容だが――正直、手こずるような手合いではない。
 ぴんと立てた雪村の刀身からはらはらと氷の結晶が落ちていく。剣術の指南書に載せたくなるような正眼を取り、足指でにじり寄って間合いを潰していく。単純に剣の長さで相手が勝っているのだから、より優位な間合いを奪うために接近しなければならない。
 そうして相手の攻め気を誘えば、自ずと仕掛け時は訪れる。
「おおっ!」
 担いだ大剣が大きな踏み込みと共に振り下ろされる。相手の気合いに遅れず体重を前に出した九字原が剣を振り上げた。端から見ていたアンジェリカが息を呑む。それは明らかに、一手遅れていた。
 ギンと耳に痛い鉄の音。互いの体が交錯し、九字原の顔に飛沫を上げた血が掛かる。僅かに間を置いてから、大剣を取り落とした男の体がぐったりと頽れていく。
 大剣が九字原の脳天を狙ったのに倒し、九字原は右へ踏み出しながら大剣に向かって刀を振り下ろした。そうすることで大剣の軌道を僅かにずらし、さらに体を逃がすことで自身だけ剣を避けつつ斬りつける高等技術。新陰流の合撃打ちや北辰一刀流の切り落としに近い術理である。
 前衛を瞬く間に壊滅されられたセラエノのヴィラン達の動揺は明らかだった。アンジェリカは手に持った魔導銃50AEで片っ端から男たちを狙い打った。
『あれまあ。これは鴨撃ちより簡単どすなあ』
「よーし、大量検挙だよ!」
 注意が逸れている上に密集しているのだから射撃場の目標より当てるのは容易い。
 アンジェリカが魔導銃で残党を撃ち抜くと、それだけで掃討は完了した。
「けっ、案外脆いじゃねえかよ」
「そうだね。火蛾魅さ……じゃなかったアクロンさん」
「んだよ。バレちまってんじゃねえかよ」
 リンクを解いた火蛾魅は、諦めたように纏っていたローブを脱いだ。
『というかなんどすの、そのけったいな恰好は』
「かっけえだろ。ヴィランっぽくてよぉ」
「危うく他の敵と一緒にやっつけるとこだったよ」
「悪ぃ悪ぃ。次から気ぃつけるわ」
 言いながら倒れているセラエノの連中を足で小突いて回る火蛾魅。別に八つ当たりしているわけではない。彼らが持って行ったはずのケースを探しているのだ。
 九字原も同じことを気にしていたらしく、自分が倒した相手の持ちものを確認していた。
「ケースがないね。こいつらに吐かせるのも手だけど――」
「無駄骨だろうぜ。そもそもこいつらの中にいなかったってか。狡い真似しやがってぇ」
 セラエノがアレグから奪い取ったケース。大人数が逃げ出したための追わざるを得なかったが、こうして逃げる以前に小勢を別方向に逃がしていたのだろう。タイミングは三竦みになっていたときか。
「外の連中が逃げていくぞ。そっちは片付いたのか」
 麻生からの通信に九字原が訊ね返した。
「中の連中は制圧した。でもなにかケースが持ち出されたようなんだ。麻生さん、そっちで確認していないかい?」
「すまんが分からん。城の後方しか押さえてなくてな」
 わかった、ありがとう。それだけ言って九字原は通信を切った。
 それに外に残った連中の遅滞だけで手一杯だった麻生には、そこまで確認している余裕がなかった。彼が押し留めてくれていたから中の連中を制圧できたのだ。さらに窓を見やれば、湖の霧が濃く立ち込めている。これでは逃げる連中を確認するだけでも困難だろう。
「……今日はここまでか」
 とりあえず人的被害は皆無。敵勢を追い出すことには成功した。だが――
「オーパーツか。一体何なんだ」
 九字原の呟きは、傍らにいるベルフにしか聞こえなかった。


●追撃は終わらない

 状況報告のためにリンカーたちが集まると、そこにいないはずの顔があることにキターブは驚いた。
「え? 火蛾魅さん、何でいるの?」
「いや〜キターヴぅ奇遇だなオイ!」
 悪びれもせず挨拶する火蛾魅は気軽に肩を叩いてきた。
「ちぃと気が向いてな。まぁ良いじゃねーかヨ、細けぇこたぁヨ? それより、相変わらずテメー、金の匂いしてんねぇ。俺ちゃんも手伝ってやんヨ」
「そいつはありがたい。あんたもいてくれれば次も勝ったようなもんだ」
「次だとぉ?」
 皆が訝しむ中、キターブは自分のスマホを取り出して皆に見せた。そこには地図アプリが表示され、赤い光点が少しずつ移動している。
「これ、もしかして連中の居場所ですか」
 九字原の言葉に、キターブは寿ぐように手を叩いた。
「サムポの破片を奪われてしまったが、このままじゃ済まさねえさ」
『前もって発信器を付けていた……元からサムポの破片を奪わせるつもりだったのかしら?』
「まさか。子爵に内緒で付けといただけだよ。いつまでも移譲に応じないんでな。次善の策だ」
 呟いたエリズバークが微笑む。キターブの発言は予想の範疇を超えなかった。そして、その程度のことで事前に屋敷に忍び込み、発信機を付けるなんて面倒を負うとも思えない。
「そもそもさ、サムポの破片って何なの?」
 アンジェリカの質問にキターブがゆっくり頷く。
「サムポとはフィンランド叙事詩に出てくる魔法の臼のことだ。これを英雄たちが奪い合い、最後には砕けて海に没したとされている。子爵が持っていたのはその一部の木端に過ぎん。それだけで大した力はない。実際、彼のような好事家でも管理できる代物だったわけだからな」
「ならばそれをどうしてセラエノが欲しがる? 本当は物凄い力をもっているんじゃないですか?」
 九字原が問い詰める。キターブもすぐに応じた。
「俺もそう思う。あるいは、力を取り戻す方法をセラエノが知っているか」
「……他の破片か、大本を既に確保している?」
「そのどちらかだとは思うが、気になるだろ。確かめずにはいられない。ならば居場所を探るまでだ。この好機にね」
 好機とはよく言ったものだ。文菜は控えめに微笑んで見せる。セラエノの摘発が目的ならば、ここまでキターブの思惑通りということになる。その薄ら寒さは笑うしかない。
「楽しそうどすな。キターブはん」
「そりゃそうさ。ヴィランを追ってたらセラエノが現れた。海老で鯛を釣ったようなもんさ」
 海老で鯛を釣る。理想的な、ローリスクハイリターン。
「ならばアレグは、わざわざ発信器のついたオーパーツをセラエノに渡してやっただけか」
 犬尉が冷静に分析する。アレグはこの場合何も得られずじまいだが、それにしては退き際が見事過ぎるのが彼には気がかりだった。
「……本当に、それだけなのでしょうか」
 それまで聞き役に徹していた希月が、控えめながらも確固たる口調で喋り出した。
「アレグ――あのヴィランは言いました。侵入者の正体をあなたに聞いてみろと」
「ほお、そんなことを……」それらしく顔を顰め、キターブは鼻から抜けるようにせせら笑う。「油断を誘う妄言の類だろ。そんなものに惑わされるとは、希月さんらしくもない」
『予断を持たないってだけですぜ。こうも情報が錯綜していては、判断材料を探すだけでも一苦労なんでね』
 ザラディアが強く言い切り、キターブを正面から見据える。
『キターブさん。今回の騒動、あんたの仕込みじゃねえんですかい』
 直截的な問いに動揺したのは、むしろ周囲の方だった。当のキターブはしたり顔で笑うだけである。
「んでよぉ、実際どうなんよ?」
 胡乱気にキターブの肩に手を掛ける火蛾魅。獰猛に歯を剥いたその笑みには凄絶さすら漂わせている。
「ちゃ~んと答えろよ、キターヴ。それとも、骨までゼーンブ灰になるかヨ?」
 間近で燃え上がる火蛾魅の拳。それを見せつけられたキターブの額から汗が流れ落ちる。
「ふむ。火葬の手間がなくて魅力的な提案だが、俺をどうこうするのはセラエノの連中を片付けてからでも遅くはないぞ」
 凄絶な笑みのまま思案する火蛾魅。その手が払うように拳の火を掻き消した。
「咄嗟の命乞いにしちゃあ上等な類だ。いいぜぇ、取り立てんのはまた今度にしてやんヨ」
 気が向いたらまた来らぁな。そう言い残し、火蛾魅はそのまま帰っていってしまった。ともかく猶予をもらったと、そんな風に解釈したキターブは額の汗を拭って肩を竦めた。
「まあ、疑惑も尤もだが、俺としてはこんな形でしか返せない――リンカーに対しあらゆるサポートを行なう。それだけだよ」
 何の答えにもなってはいないが、ひとまずザラディアは退き下がることにした。このような行いを続けていればいずれ破滅することは目に見えている。敢えていま手を下す面倒を負うことはないか。
 少なくとも、オーパーツを盗んだ連中を捕まえるまでは、キターブが有用なのは確かだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • エージェント
    犬尉 善戎狼aa5610
  • 光明の月
    希月aa5670

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
  • エージェント
    犬尉 善戎狼aa5610
    獣人|34才|男性|命中
  • エージェント
    戌本 涙子aa5610hero001
    英雄|13才|女性|シャド
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • 光明の月
    希月aa5670
    人間|19才|女性|生命
  • エージェント
    ザラディア・エルドガッシュaa5670hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
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