本部

【終極】連動シナリオ

【終極】北北西の航路を往け

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/12/11 21:13

掲示板

オープニング

●引退したゾーンブレイカー
 これから行く道程を考えれば、あまりに小さな船だった。
 グレーの厚いコートを抱えた女が快活に笑いかけた。
「あんたたちが、今回のあたしのサポートをしてくれるエージェントってわけね」
 ──神代 華。
 五十代半ばの引退したゾーンブレイカーだ。真直ぐに伸びた背筋と大股できびきびと歩く姿は年を感じさせない。
「実はあたし、二度目の復帰でね。本部には辞める辞める詐欺とか陰口叩かれてる婆よ。ま、道中よろしく」
 僅かに苦笑しながら、神代はエージェントに握手を求めた。
「元々H.O.P.E.の所属とは言え、うちの本家が別口であんたたちによくお世話になっていてね。ついこの間も甥が面倒かけたみたいだし──まあ、礼もしなきゃならない、何よりゾーンブレイカーはリンカーより数が少ないからね。非常事態に恥を忍んで参上したってわけよ」
 今は関係ない話だけどね、と神代は付け加える。
「さて、今回の依頼はあたしを北極の氷の中に隠された小島に届けること。北極は知っての通り『王』とかいう愚神の親玉が陣取ってるわけなんだけど、そのせいでその周辺で様々なドロップゾーンが発生しているわ」
 そう言って神代は甲板に置かれた簡易テーブルの上に地図を広げた。
「温暖化で氷が減り──何より、クリエイティブイヤーによってもたらされた技術の恩恵は、かつては厳しかった北極海航路を進む手助けとなった」
 シックなネイルアートを施した爪がロシア沿岸の大陸沿いを進む北極海航路、北東航路をなぞって……止まった。
 海上に巨大な氷塊が浮かぶ写真をその上に置く。
「この氷自体がドロップゾーンよ。航路を阻む形で、ヒトの侵入を許さない密室型のドロップゾーンが発生したの。
 勿論、ある程度はワープゲートだって使えるし迂回だってできる。でも──王との戦いには万全を期したい。何よりこれを破壊することはグライヴァー側の勢力を削ぐことにもなるってH.O.P.E.は判断した。でも、こんな時期で人手は無い。
 そんなわけで、あたしとあなたたち少人数での奇襲が計画されたってわけよ」
 神代は和柄の柔らかな布の包みを人数分取り出した。打ち紐を緩めるとそれぞれの中から金や銀の煙管のようなものが出てくる。
「筆と墨壺を携帯する矢立なんだけどね、中身はお得意のオーパーツってやつさ」
 筆軸に細かな文言が漢字で綴られた小筆と青い墨をよく含ませた布の入った墨壺を紹介する。
「これを氷のちょいと描けば……」
 さっと丸を描く素振り。
「氷の壁の丸の中を一人が一分だけ通れる空洞となるのさ。仮に『通抜筆』とでも呼ぶか」
 大丈夫、凍らないのは実験済みだから、と彼女は言った。



●氷の迷宮
 青空の下に横たわるそれは、氷塊というより氷壁だった。
 広い海に突然現れた空高くそびえる氷の壁。
 船を近づけて張り付いて見れば、雲った氷の壁の中に更に白く濁った氷壁が見える。
「じゃあ、始めようか。ほら、ちょいちょいっとね」
 さらさらっと氷に青い墨が円を描く。端と端が結ばれると、氷の表面が揺れた。
「先行くよ」
 厚いコートを着た神代はその中に飛び込む。
 警護対象がさっと消えたのにも驚いたが、即座にそれを追おうとしても、神代が水に潜るようにくぐれた氷壁は防寒用の手袋が冷たく張り付くだけだ。説明通り、この筆を使った本人しか潜れないらしい。
 円を描き次々に中へと飛び込むと、そこは思ったより広い通路であった。
 天井まで届く壁は白く濁っているが氷で出来ている。時折、クリアな部分を覗くと、その先にも壁があるのが見てとれた。
「無駄に墨を使いたくない。ぎりぎりまで進もうか」
 防寒具は完璧に揃えたはずだが、やはり吐く息は白く身体は冷える。
「これ以上、進むのは無理そうだね」
 何度か分岐があり、都度考えながら奥深くまで進んだがこれ以上は進むのは難しそうだった。
 H.O.P.E.の解析ではこの迷路状の通路はドロップゾーンの中心に向かっているという。そこには、祭壇のようなもののある空間と愚神の反応がある。
「天然の迷宮か。侵入に一回使ってしまったから、矢立の墨が使えるのはあと五回だ。H.O.P.E.の事前の調査と試算じゃ五回も使わないはずなんだけどねえ……まさか、この氷が成長してるなんてこと」
 続く言葉を飲み込んで、彼女は明るく壁を叩いた。
「ま、問題無いよ。ちょっと休んだらこの壁を抜けて行こうか」



●祭壇の間
 神代の呟き通り、事実、このドロップゾーンは急激に成長していた。
 中心たる間にはH.O.P.E.の調査の通り、祭壇があった。
 この祭壇はこの地に元々あったものである。
 ここは地図にも載らぬ小さな島であった。普段は氷に閉ざされ、夏の間だけ見ることができるそこにいつからか小さな祭壇を置いた者がいた。海氷と流氷に長く閉ざされるこの厳しい航路で命を落とした者たち、もしくは阻む自然の神々へ捧げたそれを中心にドロップゾーンは形成されていた。
 祭壇の後ろにはその部屋いっぱいに枝と根を伸ばした美しい大樹の姿がある。
 ──しゃらり。
 風もないのに枝がうねった。
 大樹は氷に覆われていたのではなかった。白く濁り透明に輝く氷で出来ていた。
 そして、その氷は生きていた。
 氷の大樹を模した愚神。かつてH.O.P.E.に付けられた識別名をリメスと言う。

解説

●目的
迷路を進み、ゾーンルーラーの愚神を倒す
愚神の祭壇まで神代を連れて行く

●ルール
・愚神までの道を阻む氷壁は5枚
・氷壁1枚につき通抜筆を1回分使う
・書き始めて一分しか通れず、書いた本人しか通れない
・リンカー1組につき筆は5回使える※使用には共鳴必須
・神代は余分に墨を持っているが決して提供してくれない
※「墨を半量使う」などの調整できない(5回分)


●敵
〇ゾーンルーラー ケントゥリオ級愚神「樹氷のリメス」
氷と雪で出来たブナに似た美しい氷の大樹(枝は動くが根は動けない)
言葉は話せず祭壇の間一杯に根と枝を張る

物攻C/物防B/魔攻C/魔防B/命中B/回避F/移動F/特殊抵抗B/イニシアチブ値A/生命B
攻撃方法 全て範囲:祭壇の間全て(全体攻撃)※BSはそれぞれ判定
祭壇の間に入ると突然《フラム》で襲い掛かる

・通常攻撃:枝による打撃
・フラム:雨のように氷の棘を降らす
 BS:減退、狼狽、衝撃
・フィルイン:地面を揺らし同時に鞭のように氷の枝で攻撃
 BS:劣化、封印


●NPC
・神代 華 五十代半ばの日本人女性 ゾーンブレイカー
さばさば、てきぱきとした女性で攻撃手段は持たないが
自分一人だけではあるが一定時間身を護る結界を張ることができる


●オーパーツ
・通抜筆(仮称)
詳細はルール項目へ


●PL情報
神代はPCの分だけ帰りの分の墨を持っており
愚神を倒した後、神代は祭壇に残ってドロップゾーンの解体をすると言いPCたちを送り出します
「この手のドロップゾーンの解体にはね、一週間ほどかかるんだよ」
「女性を婆さんだって舐めたら承知しないよ。あたしだって立派なH.O.P.E.のエージェントの一員なんだ」
「ここはゾーンブレイカーに任せて、あんたちは怠けてないでさっさと『王』とやらを倒しておいで」
※台詞の細部調整有


迷路の詳細はありませんが迷いながら進行
その際、より良いプレイングがありましたらリメス戦が少し有利になります

リプレイ


●氷の迷宮
 中へ入った紫 征四郎(aa0076)は内部の様子に目を見張った。
「すごく迷路なのです……!」
 氷の壁は僅かの陽光を受けるたびに星のように輝いた。
「出来るだけバラバラにならないように動けたらいいですね」
 英雄を見上げる彼女の顔は、どことなく光を弾く氷壁のように輝いて見えた。
「今まで入ったことのあるドロップゾーンとかなり様子が違うッスね」
 グラナータ(aa1371hero001)もきょろきょろと周囲を見回す。
「不謹慎かもしれないッスけど、ワクワクするッスね! マップを埋めたいッス」
 一瞬、英雄を戒めようとした時鳥 蛍(aa1371)だったが、彼女もまた落ち着かない思いを抱えていて言葉にするのが躊躇われた。
『……めいろじゃ……』
 タブレットに打ち込みかけた文字をデリートする。
 ドロップゾーンを排除するという使命は勿論頭にあるが、その一方で、蛍は親友と共に挑む迷宮探検に浮かれる気持ちを抑えられない。
 一方、困惑する華へ、ガルー・A・A(aa0076hero001)が進み出る。
「こういうのは適材適所でもあるからな。道中は任せてください」
「ああ……そうだね。そのつもりだよ」
 そう言って華は先に進むべく方位磁針を取り出した。
 そんなゾーンブレイカーを、ナイチンゲール(aa4840)はそっと観察する。
「……ふうん」
 船上で彼女の言った『本家』には心当たりがある。成程、確かに彼女はあの時いた文学青年にどこか似ていた。
 そんなパートナーへ、墓場鳥(aa4840hero001)が問いかけるような眼差しを向けたがナイチンゲールは小さく首を振った。甥を知ることを敢えて華へ教えるつもりはない。教えるつもりはないが、その上で彼女はこの年嵩の女性を守らねばならないと固く心に決めた。
「中心に着くまで他の敵性反応がないのが救いだな」
 防寒具をしっかり着込んだ麻生 遊夜(aa0452)は、歩きながら共鳴を解いた仲間たちを見回す。
 通抜筆で描いた円を潜る際は共鳴しないといけないが、手早く迷路を攻略するなら人手は多い方が良い。
「無駄には出来ない、かと言って調整も出来ないか」
 珍しそうに通抜筆を目の高さに持ち上げてまじまじと観察する遊夜。
「……ん、五回が限度……ギリギリ?」
 氷の中心までの距離を考えながらユフォアリーヤ(aa0452hero001)が首を傾げた。
「ふむ、猶予はなさそうだな」
「……ん、今回で……キッチリ、終わらせないと……ね」
 麻生夫妻の心配はすぐに現実のものとなった。
 氷の迷宮は果てが無く、やがてまた行き止まりとなった。
「……奥の愚神とやらは余程強力と見えるな」
 嘆息するガルー。
 エージェントたちは分岐点の度に分かれて探索を続けた。
「お兄さん知ってる、右手をつきながら行けばいいんだよね!」
『やってみるか?』
 顔を輝かせる木霊・C・リュカ(aa0068)。対するオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の顔には『多分、無理だろうな』と書いてあった。
 そもそも、とリュカが通抜筆を持ってのほほんと笑う。
「こういう道具は可愛い女子のお風呂に侵入するのに使うんだよ」
「……同意しかねる……」
「残念、色男。墨の余りは無いからお土産は無しだよ」
 困惑するオリヴィエの背後から口を挟んだのは華だ。
 合流地点に華と共に戻って来たのはナイチンゲール、征四郎、遊夜のペアだ。
「こっちはダメだな。そっちは?」
 ガルーに尋ねられて、リュカも「ダメ」と首を横に振ってオートマッピングシートを広げた。
「天井が空いてりゃ幾らでも手はあったんだが」
「……ん、敵さんも……楽させて、くれないみたい……だねぇ」
 はふぅとため息をつくユフォアリーヤ。遊夜はマッピングツールセットを広げ、リュカの地図に新たに浮かび上がった路をそこに写した。そして、それぞれが調べた別れ道の長さを比べる。
「こっちの方が中心部に近いな。行こう」
「さっきと道が変わっている可能性もありますね。気をつけていきましょう」
 征四郎が手にもったリボンを握りしめた。
 幸い、道に変化は無かった。最奥と思われる壁の前で一行は休憩を取る。
 熱い紅茶を啜りながら華は臍を噛む。
 ──うかつだった。まさか氷が成長してるなんて。
 吸収するべきライヴスもろくにないドロップゾーンだ。その可能性は彼女もH.O.P.E.も薄いと思っていたのだ。


 休憩時間が終わると、華は矢立の墨を筆に含ませた。
 先ず、共鳴したナイチンゲールが壁の向こうを覗く。華を守ると心に決めた彼女はずっと不測の事態を警戒して華の前を先導するように歩いていた。
「こっちは大丈夫だよ」
 するりと彼女が潜ると円が消える。
 逆に、征四郎は移動時も華を一人にすまいと必ず華の後に円を潜るように心がけていた。
 ──カミシロは覚えていないかもしれません。
 征四郎は円を潜る華の後姿を見送った。神無月に絡んだ事件で彼女に会ったのはたった一回、思い返せば僅かな時間だ。
 そんな相棒の心情をガルーは察していた。そして、その一方でそれが無くとも征四郎は今と変わらずこの老女を守っただろうと、彼は思った。
 新しい道もまた、同じような迷路であった。
 蛍は征四郎が氷壁にリボンを結んでいることに気付いた。
 征四郎は氷壁に挑む際、目印になればと思いリボンやロープを用意してもらったのだと説明する。
「絵具も……使ってる」
 ユフォアリーヤが描いた印は絵具で、遊夜は削って印を付けていた。幸い氷自体はほぼ普通のものと同じようで特に問題は無さそうだ。
「じゃあ、そっちは二人に任せるとして、次はお兄さんたちが行ってみようか」
 わくわくとした面持ちでリュカが筆を取り出した。
「通り抜けふーでー!」
 未来の特別道具を出す自称猫型ロボットよろしく、筆をするりんと氷に滑らせようとする。
「待ってください!」
 それを止めたのは征四郎だ。
「一人一回だけのオーパーツ……。使い所は気をつけなければ」
 彼女が指した壁は、薄っすらと向こう側が見える。
「なるほど、いけるか?」
「ちょっと離れて欲しいッス!」
 遊夜の問いにグラナータが頷く。
 次の瞬間、硝子が割れるような音を立てて氷の壁はコールブランドによって砕かれた。
「大人一人なら抜けられそうッスかね?」
「とんだ横紙破りだけど、ここはゲームじゃないしね」
 華が笑った。
『この筆、数人で持ったら数人で潜れたり……しないかな……?』
 蛍からの問いに華は首を横に振った。
「そういうことが出来たらいいんだけど無理だね。それに、墨の残りも少ない。試してあげることはできないんだ」
『いいの……わかった』
 最後に筆を握ったリュカが少し残念そうに砕けた壁を潜った。


 ──愚神か。
 単調な迷路を進むうち、グラナータの意識はついつい別のことを考え始めていた。
 夢の中に現れた愚神商人の話から、彼は王を倒せても英雄が消える可能性に思い至っていた。それについてグラナータはまだ蛍に話すことができない。
 ──言わなくても、愚神商人の話は耳には入っているだろうし聡い蛍ならきっとこの可能性に気づいているだろう。
 征四郎たちと並んで歩く彼女の姿を見ながら、グラナータは雑念を振り払うべく、かぶりを振った。



●氷の樹
 五度目の円を覗き込んだナイチンゲールは振り返った。
「着いたみたいだね」
 先進もうとする華の前を共鳴したリュカが遮る。
「華さんは、ここで待っててくれますよね?」
「……寒いからね。呼んでね」
「もちろん、安全になったらちゃんと呼び出します」
 にっこりと笑ったリュカはライヴス通信機「雫」を振って見せた。
 そうして、華を残して共鳴したエージェントたちは祭壇の間へと侵入したのだった。


「祭壇と巨大な氷の樹──愚神はどこでしょうか?」
 室内を観察した蛍が最後に滑り込んだ、その瞬間、風もないのに静かに立っていた大樹の枝が大きくうねった。豪雨のように氷の棘が部屋中に降り注ぐ。
「危ない!」
 閉まり切っていない円を背にナイチンゲールが銀晶盾「ウィオラファラーシャ」を構える。蒼紅のライヴスが翼のように広がり、降り注ぐ棘を払う。
「……くっ」
 頬を掠めた痛みを耐えるナイチンゲールの後ろで、目を見開く華との間にある円がすうっと消えて道は閉じた。
『……でかい木を折るのは、これが二度目、だな』
「ふふーふ、綺麗な木だね。ちょっと勿体ないなぁ」
 共鳴した金の瞳に映る、氷と雪で出来た大樹。それはまるで童話の世界から抜け出たようだとリュカは思った。
 遊夜は舌打ちすると、華がいるであろう壁の前に立つ。
「手荒い歓迎だな……嫌な予感はしてたが」
『……ん、迷路奥……動かない反応、であれば……無機物か、植物が定番』
 遊夜と入れ替わりに、ナイチンゲールを始めとしたエージェントたちが氷樹の愚神、リメスの根元目指して駆ける。
 ちらりと振り返ったリュカへ遊夜は軽く背後の壁を叩く真似をした。
「どうせ敵は動かないし俺も動かない、なら守れる位置にいた方が良かろう」
 共鳴したユフォアリーヤが気づかわしげに遊夜を見ているのが感じられた。
「全体攻撃特化で攻撃力がそこまで高くないのが救いかね。……回避タイプではないから俺の利点が全く! ないけども!」
 そこまで言って、彼はクスっと笑った。
「やってやるさ!!」
『……おー』
 一方、集中攻撃を避けるため、遊夜と反対側に陣取るリュカ。
 再び枝が揺れて、鞭のようなそれが襲い掛かる。
「先へ!」
 叫ぶ征四郎。
 攻撃を耐え、征四郎とジャックポットたちの援護を受けながら、蛍とナイチンゲールは大樹の根元まで辿り着いた。
 根元から見上げるそれはまさに巨大の一言だった。
 枝も根も部屋中に広がっているのがわかる。
「樹木のような形を、しているからって……安直に切り倒して、大丈夫ですか……?」
 唐突に沸き上がる不安を口にする蛍。だが、言葉とは裏腹に持ち替えた悪鬼の大斧は勢い良くリメスの幹へめりこんだ。
 遅れて追いついたナイチンゲールも剣の柄を掴んだ。その瞬間、ライヴスの通った彼女のレーギャルンの九本の鎖は解かれ、開錠の余波で生み出された衝撃波が剣戟と共にリメスの枝を根元から刈り取る。
 ──枝を減らして……少しでも攻撃を防げれば!
 頭上に広がる無数の枝と蛍を交互に見るナイチンゲール。
 どちらが早くこの大樹にダメージを与えらえるのか。


 陽の光を受けて白く光る氷の天井に、雪のような白い枝が四方八方に伸びている。
 砲身に荒々しい狼を刻んだ20mmガトリング砲「ヘパイストス」。それを換装した遊夜は天を覆うリメスの枝に問いかける。
「枝払い、枝打ち、剪定……どれがお好みだ?」
 白い息を吐いて嘯くフライクーゲルは天を指した。
 心臓を握り潰すような飢狼の咆哮が閉じた迷宮に響き渡り、爆音と硝子の割れるような甲高い音と共に粉雪と無数の氷片がキラキラと降り注ぐ。遊夜の《ストライク》だ。
『……ん、綺麗にしてあげる……割り箸にも、なりそうにないけど』
 遊夜の中で黒狼の少女はクスクスと笑った。
 次弾を撃つ前に、大地がリメスの根と共に大きくうねった。同時に残ったリメスの枝が再び攻撃を仕掛ける。
「──くっ」
 肉体的なダメージもだが、かの氷樹の攻撃には様々な付加効果があるようだった。
 バランスを崩した遊夜は、自身のライヴスの乱れや不調を感じ取り顔を歪めた。
 ──狙いは短期決戦、時間かけてもジリ貧だ。
 自身の中のライヴスに意識を集中する遊夜。
「その前に、枝という枝を全て叩き落してくれよう……ってな」
 やがて、張り詰めた凍えた空気を震わす咆哮が再び響き渡る。


 大樹伐採を手伝いながら常に動き周り、前衛の二人に特に気を配っていた征四郎が異変に気付く。
「ナイチンゲール!」
 瞬時に征四郎からの《クリアレイ》の清浄な光が放たれて彼女を癒す。
 ぎりぎりでリメスの攻撃を避けたナイチンゲールが背を向けたまま、征四郎に礼を述べる。
『長く続くとまずいな。リーヴィの合図はまだか』
 ガルーに問われて弓を手にした征四郎がチラリ振り返る。
 オリヴィエと共鳴したリュカは《トリオ》で枝を打ち払っていた。
「……中々、キツイね……」
 縦横無尽に根を張り枝を伸ばすこの愚神の攻撃範囲は、この部屋に居る者たちに等しく痛みを与える。この攻撃は普段後衛を担うジャックポットたちには堪えた。
『……そろそろだ』
 息を切らしたリュカへオリヴィエが示唆する。
「……おっと」
 愚神の攻撃に耐えながらナイチンゲールと蛍は必死に食らいついてその幹の一面を大きく抉っていた。その切り込みは大きい。
 ──機はここに熟した。
「そろそろ反対側を頼めるかな」
 ライヴス通信機「雫」を使ったリュカの呼びかけに、前衛の二人が大きく頷いたのが見えた。
「蛍、合図だよ!」
 ナイチンゲールが襲い掛かる枝を斬り払った。
『たぶん、この辺のはず──木こりはやったことがないッスよー!』
 グラナータが示した場所へ、蛍は最後の《スロートスラスト》を祈るように叩き込んだ。
「早く……倒れて!」
 追い口切りに似た要領で幹を抉られた氷の大樹は大きく揺れた。だが、これはただの大樹でなく愚神である。
 なんとか留まるリメスへ、今度はジャックポットたちが狙いを定めた。
 ──今だ。
 オリヴィエが叫んだ。
『っ倒す、ぞっーーー……!!!』
「折れろー、なのです!!!」
 征四郎が叫んだ。
 遊夜たちが、そして、大樹から離れるべく駆け出した蛍とナイチンゲールの心が一つになった。


 倒れろ!


 遊夜とリュカの一撃が着弾した瞬間、爆音と衝撃波による爆風が巻き起こり、リメスと共に迷宮が揺れた。
 ──大量のライヴスの爆発、《アハトアハト》である。


「……っ」
 顔を両腕で庇った蛍とナイチンゲールが激しい余波によってよろめく。
 衝撃が収まった後、大樹は大きく揺れて斜めに傾く。
 即座に立ち上がったナイチンゲールは、弾丸のように駆け出す。そして、持ち直したレーヴァテインを握りしめ、大地を蹴って飛び上がった。
「これでお仕舞い──」
 閃々煌々、炎の軌跡を残して繰り出される《コンビネーション》による攻撃が幹に叩き込まれた。
 それから、今度こそリメスは地響きを立てて倒れ──砕け散った。



●勝利へ
「はぁぁ? 華のお婆ちゃん残るのぉ?」
「変な声出さない、イケメンが台無しだわ。そもそも婆さんとか舐めたら承知しないよ。あたしだって立派なH.O.P.E.のエージェントの一員なんだ」
 驚きの声を上げるリュカを華は笑いながら嗜めた。
 華の話によれば、このドロップゾーンを解体するには一週間はかかるとの事だった。
「しかし……解体に一週間もかかるとは思わなかった。普通のドロップゾーンとは規模も質も別と言う事か」
 怪訝な顔をする遊夜へ華はにまりと笑って見せた。
「特別に珍しいことじゃないさ。元々そうだよ。モノによって解体するまでにかかる時間が違う──だけど、あんたたちのお仕事はドロップゾーンを作った愚神を倒すところまで。いつもどおり、この後はゾーンブレイカーが引き継ぐよ」
 しかし、ここは人のいない北極海だ。ここに華を残すのは抵抗がある。
 事実、苦笑を浮かべるリュカの顔には不満と疑問が渦巻く。声にするなら『えー、大丈夫? 凍死しない? 食料持ってる?』といったところだ。
「凍死しないし、食料だって用意してるさ」
「もー、知ってたらもうちょっと食料とかさー、ちゃんと幻想蝶の中詰めてきたのに!
 はいこれ、お兄さん秘伝の暖まるお薬」
 そう言って差し出されたブランデーを華は笑いながら受け取った。
「一仕事終えた暁には頂くわね」
 ……だが、納得できない者もいた。
「こんな危ない場所に置き去りにしろって言うの? いつまた何が出てきたっておかしくないのに!」
 ナイチンゲールである。
 彼女の言葉はエージェントたちが飲み込んだ言葉だ。
 華が何かを言うより前に、墓場鳥がそれを諫めた。
「危険ならばこそ彼女は残り、成し遂げなくてはならないのだろう」
「だったら私も残って一緒に……」
 ──だって、守ると決めた。
 華の傍に向かおうとする彼女を英雄は一喝した。
「見誤るな」
「……!」
「グィネヴィア、お前の……お前達の為さねばならぬことは何だ」
「…………ッ」
 歯を食いしばるナイチンゲール。だが、静かに諭す墓場鳥の言葉に反論することはできなかった。
 彼女は、そしてここに立つエージェントたちは、今日この日まで様々なものを乗り越え抱えて来た。
「優しい子だね。あんたも、そして、皆も。でも、優しいだけじゃない立派だ」
 黙って大義を優先させる道を選んだナイチンゲールを、そして、エージェントたちを華はぐるりと見回した。
「これもあたしの誰にも渡せない仕事なんだ。あんたたちは怠けてないで『王』とやらを倒して──精一杯生きて帰ってくるのが仕事だろう?」
 遊夜が頷いた。
「分かった、お互い戦場で最善を尽くそう」
「……ん、お願いね……こっちは、任せて」
 こくりと頷くユフォアリーヤ。
「せめて、カミシロが居やすいように何か手伝えませんか」
 征四郎の訴えに華はしばらく考え、「大丈夫、ありがとう」と答えた。
 蛍も懸命に華に訴えかけた。
「解体が終わったら……後で、戻ってきます、よね?」
「……言い方が意味深ッスよ」
 フラグが立ちそうな気配を感じて、思わず口を挟むグラナータ。
「もちろん、戻るよ。だから、気にせずあんたたちは先へ行くの。こんなこと、初めてじゃないだろうし何度だって起こりうるひとつよ」
 蛍たちは顔を見合わせ、それから、同時に華へ頷いた。
「……すまない、後は任せた、……ます」
 オリヴィエが不器用に言うと華はどんと胸を叩いた。
「こっちは経験あるプロだからね。任せてちょうだいな」
 そんな華を征四郎が心配そうに見上げた。
「……どうか気をつけて」
「お嬢ちゃんも──あんた、凄いエージェントになったわね」
「!」
 最後に、ナイチンゲールがそっと華へチョコレートと御守りを手渡した。
「……」
 御守りに触れた華は一瞬驚き、それをくれた少女をまじまじと見た。
「何も無いけど、持って行って」
 渡したのは華がここまで来るのに使っていた方位磁針だ。
「大丈夫、予備はある。ただの方位磁針だけど──あんたが迷わないよう、あたしは祈るよ」
「きっと無事で」
 ぎゅっとハグして、そのまま踵を返したナイチンゲールは背を向けたまま手をひらひらと振った。
「今度会うときは桐生くんと一緒にね」
 その背が視界から消えてから、華は御守りの袋を開いた。広げた掌の上に、彼女がかつて守った『御神体』──偶人刀の欠片が転がり落ちた。その気配を懐かしみ、華は呟いた。
「昔を思うなんて年を取ったのかしらね。ま、未来はあの子たちに任せるけど年寄りだって頑張らなきゃね」


「次は王との決戦ッスね。……ん?」
 帰りの墨を貰って帰路についたグラナータは、道すがら蛍の真っ直ぐな瞳が自分に向けられているのに気付いた。
 ──もし王を倒せたら、その後どうするの。
 この氷の迷宮を抜けたら英雄にそう問おうと、蛍は今、心を決めた。
 その眼差しの問いかけを読み取ったわけではないが、グラナータは開きかけた唇を結んだ。問うのも答えるのも、この迷宮の中でではない。
「帰り道の……印? そっか」
 氷壁に印を付ける征四郎に気付いたナイチンゲールがそれを指でなぞった。
「はい。帰りにはこの迷宮は消えているかもしれませんが」
 ──それでも、必要になるかもしれない時のために。
 氷壁に印を付ける征四郎の隣へ蛍が並ぶ。
「……手伝う」
 共に並ぶ唯一無二の友人へ征四郎は微笑みを向けた。
「そうだな」
 何か言いたげな妻の視線に小さく笑った遊夜は、絵具を持ったユフォアリーヤを連れてそこに混じる。
「神代に見やすいように上にも描いておくぞ」
「! オリヴィエ、いくら背が伸びたからって」
「いや、そういうわけじゃ」
「……グラさん」
「はいはい、この辺ッスね?」
「……」
 リボンや絵具で印を付けられた『帰り道』は明るく、楽しい。
「無様を晒せない理由がまた一つ増えたなぁ」
 振り返った遊夜の独白に気付いたリュカは、「そうだねえ」と笑った。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
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  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
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  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
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