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【相談】図書館で戦争
最終発言2018/11/02 20:44:53 -
【質問卓】
最終発言2018/11/02 07:32:26 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/11/02 11:53:48
オープニング
●ロンドンに迫る危機
アルビヌス・オングストレーム(az0125)は、興奮を抑えきれなかった。
リヴィアに近づくため、セラエノ――正確に言えばその下部組織――に入り込んで、幾年。
ようやく、リヴィアの近くに来ることが出来たのだ。出来ることなら、話しかけたい。直接声を聞きたい。
しかし――それは、この”目的”を達成してからだ。
(まさかあの”タイムジュエリー”と再びまみえる日がくるとは……!)
どん、どん、と音が響く。H.O.P.E.ロンドン支部の扉をセラエノが破ろうとしている音だ。
おそらく中では必死にH.O.P.E.のエージェント達が抵抗しているのだろう。無駄だ、とアルビヌスは思う。今ここに集まっているのはリヴィアが集めた精鋭部隊。その数は約二百。いくらH.O.P.E.といえども、抵抗できまい。ああ、とアルビヌスは息を漏らす。何故自分は能力者ではないのだ。英雄と誓約を結んで居れば、リヴィア様の為に華麗に戦えるのに!
(いや、そこは悔しがっても仕方あるまい! タイムジュエリー……必ず手に入れ、リヴィア様に献上してみせる!)
H.O.P.E.ロンドン支部、地下5階。
システム制御室でシステムエンジニアの直井狼(なおい・ろう)は必死でキーボードにコマンドを打ち込んでいた。
地下3階にある研究員用非常口にかけられた電子ロックをセラエノ側が破ろうとしている。監視カメラの映像をちらりと見た。どうやらセラエノは外側から物理的にも扉を破壊しようとしている。地下2階の職員用出入口も同様だ。新しい煙草に火を付けながら、狼はサーバーの状況を確認する。まただ、また書き変えられている――。
(chmod 700 ……権限変更。突破なんて、させるかよっ……!)
H.O.P.E.ロンドン支部、地下1階。
今にも破られそうな正面扉の前で、エージェント達は必死に扉を押さえていた。物凄い衝撃。破られるのも時間の問題だ。
その中の一人であるクレシェ・バーグはとてつもない不安にかられていた。
外には敵がどのくらいいるのだろう。まだ自分はそんなに経験がない。
ヴィラン、セラエノ。
――立ち向かえるだろうか。
そんなクレシェに彼女の英雄たるデクレシェが話かける。
「大丈夫。僕らならやれる。だから、下を向かないで」
「……そうだね!」
(……ん)
黄色のタイムジュエリーに宿る”意思”――ノーリは周囲の様子が変わったことに気づいた。タンプル塔からの脱出劇の後、自分はH.O.P.E.という組織に回収され、箱に入れられた状態で地下深くで保管されていたはずだ。けれど今は――その箱を誰かが持っている? 声が聞こえる。各警備体勢を整えろ! 研究を、オーパーツを――タイムジュエリーをセラエノに渡すな!
(ああ、なるほど。またボクを巡って戦いが起きている訳だ……さて)
周りがどんどん騒がしくなる。これから始まるのだ、戦いが。
(ボクは一体、どうなるのかな?)
(以下、PL情報)
タイムジュエリー。
時を超えるオーパーツ。
それを用い、異次元へ。
真理をこの手に入れる為に。
それ以外のもの、私には不要。
あの頃のように――とは言いません。
ですが、願わくば……いいえ、やめましょう。
今は支部を守り、タイムジュエリーを守る。
それだけです。
解説
ロンドン支部を急襲したセラエノの精鋭部隊の殲滅、ならびにタイムジュエリー(数は二つ。黄色と緋色)を守りきることが今回の目的です。
以下の情報に注意して、目的を達成して下さい。
◆現在の状況
セラエノの精鋭部隊がH.O.P.E.ロンドン支部への入口を突破しようとしています。
◆H.O.P.E.ロンドン支部
支部は大英図書館の地下に存在します。
地下一階→受付、応接室、キュリスの執務室
地下二階→職員専用のロッカールーム、食堂、売店、会議室
地下三階~地下五階→研究所(各部屋出入口にセキュリティチェックあり)
大深度地下→オーパーツ保管の倉庫
エレベーターは地下一階から地下三階まで通じるものが1基。地下五階から大深度地下へ至る1基があります。
地下三階から地下五階の移動は階段です。
大深度地下へ至るエレベーター前には電子扉があり、厳重なロックがかけられています。
正面入り口以外の出入り口は、地下二階と地下三階に存在しています。こちらも非常に強力なセキュリティでロックされています。
◆タイムジュエリーの在処
キュリスが二つとも持っています。彼はファウスト、ヨイと共に地上(大英博物館一階)に居ます。事件の報告を聞いて、地下に戻ろうとしています。(秘密のエレベーターを使用します)
◆その他
何か分からないことがあれば(サンクトペテルブルク支部に居ますが、急襲の知らせは届いているので)純が答えます。
以下、PL情報
セラエノ側の勢力分布は以下の通りです。英雄は各クラス存在します。
正面玄関前→六十人
地下二階出入口前→六十人
地下三階出入口前→五十人
ハッキング班→十人(支部近くの何処か、トラックの中でハッキングを試みています)
リヴィア・ナイの護衛→二十人
リプレイ
●緊急警報
全世界のリンカーたちのスマホが、ライヴス通信機が一斉に”その知らせ”を受信した。
【緊急! H.O.P.E.ロンドン支部がセラエノに襲われた! 敵の数は百を超えている……支部内のリンカー、付近に居るリンカー……いや、駆け付けられるリンカーはこの事態への対応を! 繰り返す――】
●地下一階
受付に居た職員に奥にある応接室へ避難するように言ってから、クレア・マクミラン(aa1631)は扉から響く不快な音に表情一つ変えないまま、現有戦力を確認していた。クラッキングされているという話だが、どうやらシステム班が、そして情報戦のプロたる”彼”が奮闘しているのだろう。ありがたい。
クレアの英雄たるアルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)も同じように――付け加えるなら、青い目を爛々と輝かせて――扉に駆け寄ったリンカー達を見ていた。皆、破壊されそうな扉を何とか抑えようとしている。その意志の強さは素晴らしい。だが、戦いは個々人の強さのみで決まるものではない。それにもうそろそろ扉は破られる。どれだけの人数がここからなだれ込んでくるのか。
ナイチンゲール(aa4840)は善知鳥(aa4840hero002)と共鳴し、エントランス天井付近の照明上部に乗っていた。これからのクレアの行動は良く分かっている。だからこそ、彼女の死角には警戒しなければ。おそらく、彼女の声が、態度がここにいるリンカーたちの心に更なる炎を灯すのだから。――狙うは、あのタイミングのみ。
『破壊は別の神様の領分なんだけどねー』
グラディス(aa2835hero001)は受付正面の案内板を破壊した。これで万が一突破されたとしても、少しは時間稼ぎが出来るはず。それを見て秋原 仁希(aa2835)は一つ息を零した。
「うん……今回は破壊任務じゃないから壊さないようにな」
『……武器貯蔵もない拠点なら、お宝守りきったあとに一度壊して作り直したほうが断然いいよ?? だって防衛能力が全く無い拠点だよ? 防衛するつもりないよね? 冒険者ギルドにここの防衛依頼あったとしても、高ランク冒険者ならまず依頼受けないよ?? まぁ一応壊さないでおくけどさー』
グラディスは仁希と共鳴した。
クレアが声を張り上げる。
「時間がない。近接火力を得手とするものは扉に対し直角に、両サイドに陣取れ。遠距離が得意なものは扉正面、距離をとれ。近接防御に自信があるものは、扉正面の遠距離との間に入れ」
その声に様々な反応が返ってくる。頼ろうとする目。反逆的な目。その視線を全く気にせず、グラディスは扉の前に”花火セット”と”花火セット「動」”を撒く。グラディスの行動を見ていた一人のリンカー……イス・バリスが声を上げる。
「皆、従いましょう。こちらは十人しか居ないのだから」
先人を切って、イスは扉から距離を取った。
「そ……そうですね、出来ることをしないと!」
そう言ったのはクレシェという経験が浅いリンカーだった。彼女は扉の再度へと進む。皆それに続き、各々得意なポジションについた。二人ほど、どうしたらいいのかと視線をさまよわせていた。アルラヤは彼女達のクラスを推量し、言う。
『バトルメディックは流動的に全体を駆け回るのだ。ダメージコントロールを徹底せよ』
「は……はい!」
二人は左右に分かれた。音が大きくなってくる。
(これは――そろそろ)
ナイチンゲールがそう思った、次の瞬間。
扉が破られた。
『いけ!』
爆導索でグラディスは花火に点火した。敵の混乱を期待する。だが、相手方はほとんど乱れない。なだれ込んでくるセラエノ達。その殺気はすさまじい。ナイチンゲールが待っていた瞬間がやってきた。最前列、射程ギリギリーー今だ! ナイチンゲールが発動した飛び越える者と”見えざる鞭”のコンビネーション攻撃が先頭集団を襲う。突然発生した重力に敵の多くががくりと膝をついた。ナイチンゲールは叫ぶ。戦いの始まりを。
「Fire!」
その声でリンカーたちは一斉に攻撃を開始した。ナイチンゲールは突入してきた敵の側面へ移動。”碧の王”と”零竜”を併用して、最前列を強制的に後退させようとする。一方、グラディスはディバイド・ゼロを振り、派手に立ち回っていた。敵の剣を薙ぎ、襲い来る敵を返り討つ。ともすれば隙だらけとも思えるその振る舞い。実質的な隙はない。さあ、もっと僕を見てよ。
二つの意志がぶつかり合う。どれが誰の悲鳴なのか分からない。バトルメディックの二人は、戦場の様子を見て、負傷したリンカーの手当を続けていた。ソフィスビショップとジャックポッドは遠距離から敵のバトルメディックを狙う。ブレイブナイトは敵の攻撃を裁き、ドレッドノートとカオティックブレイドは自信が持つ最大の火力を敵に叩き込んでいた。
クレアは今一度声を張り上げる。
「ヴィランにジュネーヴ条約はいらん。目の前で負傷者が放置されることは敵の士気を下げる。自分もそうなるとな」
『こちらはその逆をする。守れ。誰一人見捨てるな。苦楽を共にした仲間を救え』
クレアはアルラヤと共鳴した。敵の負傷者後退を徹底した妨害する。治療などさせるものか。クレアの意図に気づいた敵のジャックポットがクレアを狙う。頬を掠める弾。なるほど。相手も中々の腕前。
だが、ここを通すことはさせない。
グラディスは”花火セット「動」”を敵の集団に投げ入れた。再度爆導索で着火する。敵の思考停止を狙っての行動。先程の花火で警戒していたのか、敵に混乱は見えない。怒りも呆れも見えない。
『少しはびっくりしてよー』
――花火ではやはり難しかったかな……。
セラエノの構成員が吠える。その声にこもるのは、そしてその目に光るのはただひたすら、目的を遂行するという、意志。
戦況は激しさを増していった。
●図書館地上部・二階
緊急通報を受けた直後、桜小路 國光(aa4046)は直ぐにカフェへと向かった。スマホを使って支部に連絡を試みる。コール回数が十回を超えようとした時、相手が出た。
【……は、はい。こち、こちら、H.O.P.E.ロンドン、支部っ……!】
「桜小路です。そちらの状況を教えて下さい」
國光が電話をしている間、彼の英雄たるメテオバイザー(aa4046hero001)は大きな窓から眼下を確認していた。リンカーか、それとも外にたまたま出ていた職員なのかは分からないが、何人かが一般市民の誘導に当たっているのが確認できる。
「相当大変な状況になってるみたいです」
電話を終え、國光はメテオバイザーに言う。メテオバイザーは一つ頷いて同意した。
「サクラコ。念のため、図書館の状況も確認するのです」
「ええ、そのつもりです。メテオ」
二人は並んで歩き出した。普段の図書館とは違い、人々の行き来が激しい。皆、この図書館から離れようとしている。襲われているのは地下だけだと言うが、ここにセラエノの魔の手が伸びないとも限らない。出入口とここに繋がる道は全てチェックしよう。土地勘がある自分たちならもれなく確認できる。まずは、職員入口、そして団体客用の入口。大通りへとつながる道路――。
「……あ」
「どうしました?」
「あの車」
メテオバイザーの視線の先には、白いトラックが止まっていた。普通の光景だ。こうした状況でなければ。
「あやしいですね。支部に連絡を入れておきましょう。……あとは」
「全て言わなくても。分かっているのです、サクラコ」
メテオバイザーと國光は共鳴する。スリットの隙間からフリルが揺れた。そして身を隠せる場所を探す。
皆に場所を知らせるのはこれが一番手っ取り早い。
國光はデスソニックを投げた。
●地上
「やれやれ、遂に本気出してきたか……」
緊急警報に麻生 遊夜(aa0452)は表情を引き締めた。
『……ん、いっぱいだねぇ……数で負けてる、かき回さないと』
ユフォアリーヤ(aa0452hero001)は一つ息を吐きだした。今二人は大英博物館の一階に居る。H.O.P.E.から避難通達が出されたのか、一般人が慌てて外に出ていく。その逆方向へ遊夜は歩き出した。ユフォアリーヤと共鳴する。モスケールを起動させた。1キロ先にある大英図書館付近に多数の反応がある。その集団から少し離れた場所に二つの反応があることに遊夜は気づいた。ジャングルライナーに換装し、大英図書館へと急行する。その反応に最も近いバルコニーに降り立った。そこから見える室内には予想通りの人物――キュリス・F・アルトリルゼイン(az0056)とヴォルフガング・ファウスト(az0056hero001)、そしてガリアナ帝国の女帝、ヨイ――。
「今は目を向けられてないがここにいるのは拙い」
遊夜の発言にキュリス深く頷く。
「その様ですね。相手の狙いはおそらくこのオーパーツ……タイムジュエリーでしょう」
キュリスは小さな箱を遊夜に示した。透明な蓋の向こう、黄色と緋色の宝石が見える。
「これから私たちは地下に戻ります。この大変な状況を治めなければ」
『安心して、正面から行かないから。秘密のエレベーターがあるの』
少々楽しそうにファウストが言う。それなら、少しでも敵の目を地下から逸らそうと遊夜は判断した。
――……ん、地下に籠って……戦力の集中、撃退だね。
キュリス達を見送り、遊夜は潜行しつつセラエノが居る地下一階の正面扉が見える場所に移動する。そこは既に戦場と化していた。中から聞こえてくるのは、武器がぶつかり合う音。雄たけび。悲鳴。遊夜は敵への攻撃を開始した。相手の手を狙う。突然の狙撃に敵に一瞬だけ動揺が走る。しかし相手はすぐに反撃に転じた。こちらを向いた男三人が周りに武器を展開する。同じように銃口を向けるのが一人、二人。その全てが遊夜を攻撃してきた。その攻撃を遊夜はぎりぎりで避ける。内心冷や汗をかいた。だが、そんな余裕のない表情は見せていられない。
「残念、そこじゃないぜ?」
――……ん、ふふ……鬼さんこちら、ボクたちと遊ぼう?
荒木 拓海(aa1049)は傍らに居るレミア・フォン・W(aa1049hero002)に話かけた。
「怖く無いか?」
その問いかけにレミアは緩く首を振る。
『わたしはだいじょうぶ……だから、タクミは……なすべきことだけ……かんがえて』
「ありがとう」
拓海はレミアと共鳴した。彼女が持っていたヤナミをピースメイカーに持ち替える。そして、支部へと通信を試みた。コールの回数が増える。なんとかつながってくれと拓海は心から祈った。
数十回のコールの後、職員が出た。システム制御室に繋いでもらう。
【この忙しいのに……誰だっ】
「直井さんか? すまない。ハッキングがどこから行われているか調べられないか」
【……潰してくれるのか】
「その為に地上に居る」
言い切った拓海に通信の相手……直井は笑った。
【図書館の団体客用の入口付近から攻撃されている。そこに行けばきっと――】
瞬間。
殺人的な大音量のアラーム音が付近に響いた。
その音が何なのか、拓海はすぐに分かった。直井に礼を言って通信を切る。音がした方へ走り出しながら、モスケールを起動させた。大通りに出る。一般人が居る気配はない。前方、百メートル先。白いトラック。そして。
「桜小路!」
既に戦闘を開始している彼に拓海は駆け寄る。相手は六人。自らも剣を抜いて拓海も戦いを開始する。二人が拓海に気づき、銃と杖を構えてきた。武器と武器がぶつかった。狙撃、水流による阻害。一つ一つの攻撃を受け流し――時には、その身に傷を負いながら、拓海は戦った。國光もまた華麗に剣を操り、相手を追い込んでいく。だが、予想しない方向からの一撃を貰ってしまった。國光はバランスを崩した。追撃しようとするセラエノの構成員と國光の間に拓海は割って入る。攻撃を払った。
「無事か?」
「はい。ありがとうございます、荒木さん」
敵の一人が声を上げる。邪魔はさせない――その叫びと共に降り注ぐのは柔らかな光。ケアレイだ。
「一筋縄ではいかないな」
「そのようです」
●支部内放送
地下一階、自分の執務室に戻ったキュリスは内部放送の電源を入れた。
「本来であれば、私も出るべきなのでしょうが……」
キュリスは手元のタイムジュエリーを見た。
「それがリヴィアちゃんの手に渡ったら大変だもの。……それに、今は人手があった方がいいのでしょう?」
ヨイちゃんも守らなきゃ、ファウストはヨイを見た。彼女は困っている。貴方がそんな顔をする必要はありませんと言ってから、キュリスはマイクに向かった。
「こちら、H.O.P.E.ロンドン支部長、キュリス・F・アルトリルゼインです。今戦っている全てのエージェントに告げます。……支部への損害を気にする必要はありません。今は守ることだけを考えて下さい! ……そして、セラエノの方々……私たちは決して屈しません……っ」
キュリスの拳が小さく震えていることに、誰も気づかなかった。
●地下二階
音が響く。重く、鈍く、不安を掻き立てるような音が。まだ電子ロックが効いているのが幸いだ。
「非戦闘員は下がってくれ。窮屈だが、厨房の方へ……おや、迫間さんじゃないか」
迫間 央(aa1445)に、海神 藍(aa2518)は話かけた。央は海神さん、と応える。
「あなたが居るとは心強い」
「それはこちらの台詞です、海神さん」
バリケードを作るのを手伝いに行く、という央に私もすぐ行きますと言ってから藍は厨房に入った。ちょうど禮(aa2518hero001)が”いま・ここ”に居合わせた十数人に語り掛けているところだった。
『経験の浅いヒトは非戦闘員の護衛を。戦えるヒトはそのまま、耳を傾けて下さい』
空気が引き締まる。
禮の後に藍が続けた。
「敵さんは大所帯だが……”この程度”で落とせるつもりでいるとは嘗められたものだと思わないか?」
『戦いにおいて1+1は2ではありません。連携において、私たちH.O.P.E.に叶うものはないと自負しています……そうでしょう?』
禮の問いかけに、ああ、そうとも、そうだね、と声が返ってくる。扉を壊そうとする重く鈍い音とは相反する明るい声音。希望の声。
「我々は、いつだって英雄と共に戦い、そして同胞と連携して困難を退けてきた。私達は一人ではない、私達は一つだ」
『…わたしたちなら勝てます! いきましょう!』
藍と禮は共鳴した。
一方、扉の前では秋津 隼人(aa0034)は央と協力して、バリケードを築いた。あまり広くない廊下。これで時間稼ぎは出来るはず。
「HOPEの支部に総攻撃とは……セラエノも大胆ですね。それだけタイムジュエリーを重要視している、ということですか」
『流石に厳しそうじゃの……勝算はあるのか?』
彼の英雄たる椋(aa0034hero001)が隼人を見る。隼人は少しだけ、眉根を寄せた。
「押し返す、敵を排除しきる、というのは無理があるかな? なら、出来る限りの時間を稼ぐよ。……あまりしたくはないけど命の遣り取りも覚悟して、ね」
椋が深呼吸をする。そして笑った。
『やはりそうなってしまうかの……共に背負い、共に戦うのが英雄じゃ。往くぞ隼人!』
幻想蝶に触れ合い、二人は共鳴する。マイヤ サーア(aa1445hero001)は央の隣に立った。
『ここはよくよく敵に狙われるわね……』
「……二年前のクリスマス以来か」
マイヤの脳裏にその時の光景が広がる。……あの時、私の力不足で央に重傷を負わせた。
(……同じ轍は踏まない)
マイヤが体を緊張させる。彼女の士気が高まっていることを央は感じ取っていた。
(私と央の絆を疑わない。それを結果で示す)
マイヤと央は幻想蝶に触れあった。共鳴し、改めて戦場に立つ。そこにやってきた藍と数名のリンカー達と共に、改めて防衛線を確認した。がごん、と一際大きい音がする。央は通信状況を確認した。大丈夫。上も下も外にも、ちゃんと通じる。藍がリンカー達に向かって作戦の説明をした。ライヴスキャスターを使える人は私に続いて。ダンシングバレットが使える射手は通路へ。敵はもしかしたらフラッシュバンを使ってくるかもしれない。目の保護を――。
藍が言い終わろうとした、その刹那。
扉が、破られた。
●地下四階
上の方が騒がしい。調べものを中断して、不知火 轍(aa1641)は顔を上げた。
『何かあったようですね』
雪道 イザード(aa1641hero001)は言った。
「……下に向かう」
轍とイザードは下に向かった。システム制御室へと向かう。ドアを開ければ、皆がコンピュータに向かっていた。クラッキングされている、と轍は瞬時に理解した。一番奥に居る男――システムエンジニアの直井に声をかける。
「クラッキング対応……俺にもやらせてくれ」
轍の目に何かを感じ取ったのか、直井が隣の席の椅子を乱暴に引く。
「向こうの権限掌握行動を邪魔してくれ」
そして一枚のカードを轍の前に投げた。
このコンピューターにログオンするためのIDとパスワード。
すぐに轍はコンピューターにログオンした。まずは電子ロックを守り切らなければ。そしてその後、オフライン切り替え、もしくはスタンドアローン化、重要ファイルの取得……やらなければいけないことはたくさんある。
『可能なら、セラエノの情報を手に入れたいですね』
「……そうだな」
自分のノートパソコンとスマートフォンも用意して、轍は正面のコンピュータのターミナル画面にコマンドを打ち込んだ。打ち込んだ。chmod 000。権限全削除。これでも相手は追ってくるかもしれない。だがやらせはしない。自分に寄せられている信頼のためにも。
「……上は任せた、クレア」
●地下五階
獅堂 一刀斎(aa5698)は比佐理(aa5698hero001)と共にオーパーツの研究をしていた。それこそ、ハロウィンの翌日からずっと。
全ては”黒い人形”を治す為に――。
『一刀斎様、こちらの技術を試してみてはどうでしょうか……?』
「……そうだな、やってみるか」
一刀斎の脳裏にあの時見た”黒い人形”――否、黒崎由乃の傷がよみがえる。内部に刻まれた模様……電子回路のような……魔法陣のような……不思議な文様。オーパーツと言えども人が作ったもの。ならば、あの技術の境地にたどり着けるはず。
(どのくらい、かかるか)
自分に残された時間を一刀斎は憂う。四十年か五十年か――。もう、剣を握っている時間など、ないのだ。
「水銀に……クルミ。小さな人形を作り出す……錬金術師の」
【緊急! H.O.P.E.ロンドン支部がセラエノに襲われた! 敵の数は百を超えている……支部内のリンカー、付近に居るリンカー……いや、駆け付けられるリンカーはこの事態への対応を! 繰り返す――】
突如ライヴス通信機から流れた通達に一刀斎は手を止めた。
「セラエノが……?」
『狙いは……オーパーツ……もしかしたら』
「タイムジュエリー、か」
一刀斎の表情が厳しくなる。世界のあちこちで発生した転移。それを止めるためキュリスが何か考えていることは小耳にはさんでいた。時空を超える力を持つタイムジュエリーを使う可能性は高い。
――いや、それよりも。
「敵を――セラエノをオーパーツ保管庫に近寄らせはしない」
”彼女”のために。”妹”のために。
「行くぞ、比佐理」
『はい、一刀斎様』
●地下三階
「セラフィック・ディバイダー!舞え、ライヴスの羽根よ!」
月鏡 由利菜(aa0873)は近づいてきた敵集団を剣の一閃で薙ぎ払った。
数分前に、扉は破壊されてしまった。その場に居たリンカー達と共に、由利菜は戦いを開始していた。心が、ざわついている。
(セラエノ…! やはり、心を許せるような組織ではありませんね!)
入口が広いせいで、敵はどんどん入ってくる。しかし行かせはしない。先程挨拶を交わしたばかりのリンカー……彼女はミーナと名乗った……が、太刀を振るい、敵に重傷を負わせる。彼女の他にも、リンカーたちそれぞれが戦っていた。不運なのは、ここにバトルメディックが居ないことか。
――ユリナ、防衛ラインを崩すなよ。
由利菜と共鳴しているリーヴスラシル(aa0873hero001)がライヴスの中で言う。由利菜は手に力を込めた。
「……ん。ワープゲートが……」
『誰かがセラエノに悪用されないよう、使えなくしたのね……タイミングが良かったわ』
南極支部から援軍に来た氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は通信機を起動させた。ナイチンゲールへと繋ぐ。
【……こちらナイチンゲール。六花、来てくれたんだ】
声の背後で激しい戦闘音がする。今そこで、どれだけの血が流れているのか。負傷者が出たぞ、バトルメディックはこっちへ! 誰かが指揮を取る声。緊張を六花は感じ取った。
「……ん。今、一番大変のは……何処?」
【地下三階。広い出入口だから、敵の数も多い……ごめん、六花! 切るね!】
六花は出入口へと急行した。と、階段から上がってきた一刀斎と目が合う。
「……ん。獅堂さん」
「氷鏡殿……心強い」
「……ん。一緒に、セラエノを……」
「……殲滅しよう」
六花はアルヴィナと共鳴した。
●希望よ、混沌を打ち砕け
『もー、しっつこいなー!』
グラディスは敵のドレッドノートの攻撃をはじき返した。もう何度も何度も、相手には打ち込んでいる。それでも倒れないのだ。周りに居るリンカー達にも、疲弊が見え始めている。クレアは冷静に敵のバトルメディックを撃ち抜いた。大分数は減らしたはずだ。だが、まだ癒しの光が見える。こちらは少々疲れ始めていた。
クレアは通信機を手にした。
「轍、状況は」
【……地下二階、地下三階。どちらも扉は物理的に壊された。各箇所、敵と応戦中……システムはまだ掌握されていない】
「そうか。……轍がいて助かった。心置きなく、戦闘にだけ頭を回せる」
クレアは通信を切った。さて、この状況をどう打開するか――。
一方、ナイチンゲールはわざと隙を見せて、敵を近づかせ、それを狙い撃つという方法を繰り返していた。グラディスの攻撃に合わせることも忘れない。グラディスが敵のソフィスビショップの炎を浴びた。ナイチンゲールがすかさず、攻撃を仕掛け彼女と敵との間の距離を取る。
と、その時。
ナイチンゲールの通信機が受信を告げる。
【ナイチンゲールさんか? 俺は麻生遊夜。今から、やつらの背後にアハトアハトを放つ。……合わせられるか?】
「――ええ、もちろん」
ナイチンゲールは通信を切った。クレアに視線を送る。それだけで彼女はこれから何が起こるのかを察してくれた。皆の士気を高めるため、ナイチンゲールは声を張り上げる。
「私たちは”希望”――混沌に呑み込まれない!」
グラディスも立て続けに叫んだ。
『やられるわけにはいかないでしょー?』
「……そうね」
敵と対峙していたイスが笑う。その笑いは、他のリンカーに伝搬した。重傷に近い怪我を負ったクレシェも武器を握り直した。
「私たちは……勝つ!」
直後、セラエノの背後で爆発が起こる。その側に居たリンカー全員が最後の力を振り絞り、攻撃をした。
敵の陣形が、崩れた。
――来たぞ、サニタールカ。好機だ。
クレアは扉よりの両サイドのリンカー達に告げた。
「いけ、奴らの陣形の首を刎ねろ!!!」
「……ん。氷槍、降り注げ」
六花が作り出した氷の槍がセラエノ構成員達に降り注ぐ。今まで数多くの愚神を屠ってきた槍。しかし相手の中にブラックボックスがその氷を炎で溶かす。他のジャックポッドやソフィスビショップのリンカーたちも六花の攻撃に続いた。一人、二人と仕留めていく。それでも時間がかかっていることは間違いない。由利菜と接近型のリンカーたちは距離が近い相手と武器を交えていた。その中で一刀斎はただひたすらに大剣を振るう。自身のことなど、顧みぬように。戦いの手はもちろん緩めないけれど、六花も由利菜も――他のリンカー達も一刀斎の戦い方に少しばかり戸惑っていた。
「余所見? 余裕ね!」
セラエノの一人が由利菜に近づく。由利菜は回避のタイミングを逃した。後ろに退く。
――回復手段がそろそろつきそうだ。まだライヴスヒールがあるとは言え、な……。
リーヴスラシルの声に由利菜は頭を振る。倒れる訳にはいかない。由利菜の視界の端を銃弾が横切った。その先に居たのは六花だ。
「っ……!」
――六花!
「……ん。大丈夫……」
六花は肩の傷を押さえた。リンカー達も半分近く消耗しているようだ。誰も戦いを諦めてはいない。しかし事実、少しずつ押されているのは分かっている。
「……行かせるかっ」
一刀斎のライヴスソウルが青白い光を放つ。リンクバーストの効果を得た一刀斎は一気に敵の集団へと飛び込んだ。剣を振り、誰彼構わず攻撃をする。その攻撃は怒涛の如く――しかし何処か――何処か、危ういものを抱えて居た。セラエノの攻撃を防ぎもせず、戦う彼の姿を見ていられなくなったのか、ミーナが一刀斎の元に駆け寄る。一刀斎を強引に止めた。
「っ、何を!」
「危険な戦い方をするんじゃないよ! ――あたしはあんたのこと、よく知らないけど! でも、これだけは言える……あんたは自分を大切にしてないっ! そんな奴が何かを守ることなんてできるか!」
ミーナは一刀斎の襟元を掴んで、味方の方へと投げた。
「……ん。皆、下がって……」
不利になりつつある状況を打開しようと、六花はディープフリーズ”氷獄”を発動させようとする。
「させるか、氷鏡六花ぁ!」
敵のジャックポッド二人が六花に銃口を向ける。その二人から六花を守るようにミーナは彼女の前に立ちはだかる
「……ん。だめ、貴方も……凍って」
「あたしは頑丈なのが取り得でね! 心配しなくてもいいよ、後で姉貴に手当してもらうから!」」
「……ん。……でも」
――六花、彼女の意を汲みましょう。
アルヴィナの囁きに、六花は決断を下す。
「……ん。氷獄……全てを、凍らせて……っ」
築いたバリケードは、敵の足止めに少々役立ってくれたものの、すぐに破壊された。そこに向かって藍はサンダーランスを放つ。合わせてリンカーたちがライヴスキャスターを放った。敵が風でその攻撃の大部分を防ぐ。そこに隼人がカチューシャを打ち込んだ。その攻撃は予測外だったのか、敵の防御は間に合わなかった。先頭の二人だけでなく、周りの壁も吹き飛ばす。
「損害は気にしなくていいと、支部長も言っていましたからね」
――存分に戦おうぞ!
戦いに不向きだった狭い出入口が、一瞬にして広がった。その隙をついて、央がジェミニストライクを発動させる。分身で敵を翻弄した。
――ルーカーが矢面に立って戦えないなどという先入観は捨ててもらいましょうか。
ライヴスの中、マイヤが力強く言い切る。それに央も応えた。
「俺達が何故、素戔嗚尊と呼ばれているか……簡単に抜けると思うなよ」
速さを最大限に生かし、敵の攻撃をぎりぎりで避けながら央は攻撃を続ける。央の速さについていけないと判断した敵が標的を別のリンカー、フィザーンに変更する。
「やられるかよ!」
フィザーンはセラエノを蹴り飛ばした。そこに銃弾の嵐を叩き込む。
「皆さん、もう一度バリケードを! そこを防衛ラインにします!」
リンカー達にそう指示をして、藍は央や隼人の援護に回る。手加減など、しない。攻撃を仕掛けてきたブレイブナイトの構成員と目が合う。藍は笑った。
「悪いね、君たちが大勢で来てくれたから手加減などする余裕はないんだ」
――とうに覚悟はできています。私の本質は守るために殺すものですから。
「それはこちらも同じ! 我々はリヴィア様に真理を」
「未来の無い真理など無価値だ」
敵の言葉を藍は遮る。トリアイナを振るい、敵に距離を取らせた。
「――そんなもの打ち砕いてくれる」
戦闘は更に激化する。誰しもが傷を負い、血が流れ、叫び声と悲鳴が響き渡る。誰かが倒れかける度に、バトルメディックの英雄と共鳴したヤーナというリンカーが皆を回復した。隼人が敵の塊に向けて、ヴァンピールを放った。倒れている敵がいても、容赦などしない。爆発。火薬の匂い。隼人は叫んだ。
「これだけの事をしているんですから、覚悟はあるでしょう!」
――わしらを退けられると思うでないのじゃ!
央が地不知を発動し、壁と天井を走る。仲間との挟撃を狙い、敵を混乱させ、誤射を誘う。戦場を駆け巡りながら、央は通信機を手にした。
「他のフロア! まさか抜かれてないだろうなっ? ここに乗り込んできた事……セラエノに後悔させてやれ!」
通信機の向こう側で仲間が応じる。まだ何処も突破されていないようだ。通信を切って、央は再び戦いに集中する。
「剣を摂れ……銀色の腕!!」
藍は敵のカオティックブレイドを探した。支配者の言葉を使用する。どうやら相手は経験が浅かったようだ。藍の言葉に一つ、素直に頷く。彼はウェポンズレインの発動準備を始めた。
――神月の戦いを思い出しますね。
「諸刃の剣よ、その意味を知るがいい」
轍はリターンキーを叩いた。敵のしつこい攻撃をなんとかくぐりぬけ、重要なファイルが格納されたサーバーをオフライン状態にしたのだ。
『やりましたね』
「……まだ終わっていない」
轍は直井に”つぶれてもいい”マシンがどれかを聞いて、その前に座った。起動させる。ターミナル画面にコマンドを打ち込む。cd /home. ls -ltr.no file.no directory.
「……仕掛ける」
先程入手したセラエノのIPとID、パスワードを使い、アクセスを試みる。curl -X POST -H "Content-Type: application/json" -d '{"user":"dione", "pass":"ssllaeenno"}' 11.XXX.XXX.XXX:8083/root/c1/.……access denied。
「……変更したか……すぐに探ってやる」
キーボードをたたき続ける轍の隣で、イザードは監視カメラで戦況を確認していた。どうやらどの階も敵の侵入をなんとか防げたようだ。
『でもまだ肝心な人物が――リヴィア・ナイが姿を見せていません』
マッピングツールを使い、イザードは支部内の簡易見取り図を作成する。万が一のことがあった場合の避難経路確保のため。
今は戦いの間の一間。
『やれることは、やっておきましょう』
セラエノ構成員を戦闘不能に追い込み、拓海は一息ついた。思ったより消耗してしまった。ともに戦っていた國光も同じく、少しばかり息が荒い。しかし二人は立ち止まっている訳にはいかない。急ぎ、トラックの機材を破壊する。中に居た能力者ではないセラエノの構成員たちはザイルで縛ってから、拓海はエンジンキーを抜いた。外で戦闘不能にしたセラエノ構成員をトラックに詰め込む。
「すまん……好きにさせる訳にはいかないんだ」
拓海は通信機で支部に連絡を取った。
【潰したみたいだな】
「少し時間がかかった、すまない」
【いや。あんたらが奮闘してくれている間にこっちはクラッキングに対処できた。不知火、という奴のおかげでな】
――ワダチさんが。
拓海のライヴスの中、レミアが嬉しそうな声を出す。こっちのことは気にするなと言って、直井が通信を切った。
「ロンドン支部に戻ろう」
「そうですね」
拓海はモスケールを起動させた。國光と共にロンドン支部への移動を開始する。もしかしたらセラエノのトップ、リヴィアの反応を捕まえることが出来るかもしれない。
周囲を警戒しつつ、二人はロンドン支部地下一階の入口付近に到着した。
「荒木さん。それに……桜小路さん、だな」
「麻生さん」
ぐったりとした遊夜に拓海が近づく。手当を、と國光は応急手当を始めた。
「地下一階の戦闘は終了。他の階も同じく、だ」
改めて拓海は辺りを見渡した。多くの人が倒れている。そのほとんどがセラエノであることは、明確だった。奥ではグラディスが負傷したリンカー達に手当を施している。ナイチンゲールの姿はない。誰かが連絡したのか、職員達が戻ってきた。念のため、と國光は彼らを注意する。怪しい人物は居ない。彼らはそれぞれ自分の持ち場へと向かっていく。キュリスとファウスト、ヨイが最奥の執務室から出てきた。
「皆さん、よく頑張ってくれました。そんなに損害も出なかったようですし、これならすぐに修理にとりかかれるでしょう」
キュリスの声に、その場が和らぐ。
「後はリヴィアちゃんね。どこから出てくるかしら?」
ファウストの言葉にキュリスの表情が曇る。
その時。
【支部長、大変だ!】
スピーカーから声が響く。
「その声は、直井君ですね。どうしました」
【地下三階、ワープゲート辺りに妙な反応がある。悪いが元気のある奴は、向かってくれ!】
直井の放送を受け、藍、央、隼人の三人は急いでワープゲートの場所に向かった。ゲートの側に誰かが居た。――彼が何者か、藍は良く知っていた。
「アルビヌス……!」
名を呼んでも彼――アルビヌス・オングストレーム(az0125)は反応しない。膝をつき、リヴィア様、リヴィア様と主の名を呟き続けている。よくよく見れば、彼は何かをゲートに取り付けていた。震える指でボタンを押す。
ゲートが光った。
そこから、現れたのは――。
「おお、リヴィア様!」
リヴィア率いるセラエノの部隊だった。リヴィアはアルビヌスをちらりと見て、冷たくご苦労様と言った。
「ああ、あああ、リヴィア様……リヴィア様!」
おうおうとアルビヌスは泣く。リヴィアは彼からすぐに視線を外した。
「どうやってここに来た?」
「……H.O.P.E.のワープゲート技術を少し、応用させてもらいました」
「あの技術はH.O.P.E.が独占しているはずですよ」
「どんな技術でも、研究をすれば見抜けないことはないのです」
隼人の問いに淡々と答え、リヴィアは歩き始める。
「――させるか!」
央がリヴィアに襲い掛かった。しかし彼女の護衛にあっと言う間に阻まれる。隼人も藍も攻撃を仕掛けたが、消耗している体では太刀打ちが出来なかった。即座にブラックボックスの英雄と共鳴した構成員が、重力で三人の動きを封じた。三人が戦えなくなったことが分かると、リヴィアは歩みを進める。
――邪魔さえしなければ命まではとらない、といったところでしょうか、兄さん。
(っ……そう、だろうね)
リヴィアが階段を降りる。地下四階
「これより先には行かせません……!」
「……ん。同じく」
由利菜と六花がリヴィアを止めようと、構える。しかし初手を相手に取られた。リヴィアの護衛の中に居たシャドウルーカーが二人に迫る。隙を突かれ、二人はうずくまった。
「六花ちゃん! 由利菜さん!」
地下一階から駆け付けた拓海が二人の名を呼ぶ。その後ろには國光の姿もあった。拓海の声にリヴィアの護衛のブラックボックスが反応する。炎が拓海を包み込み、國光を風で吹き飛ばす。他のリンカー達も果敢にリヴィアを止めようとした。だが――それは無駄に終わった。大量の血が廊下を汚す。
リヴィアの行く先にあった扉が急に閉まる。轍がロックをかけたのだろう。――それも、力ありあまるセラエノの前には無力。クラッキングなどせず、最大級の物理攻撃で破壊された。リヴィアが更に降りる。地下五階。大深度へ至るエレベーター――その前にナイチンゲールが立っていた。
「コロッセオ以来だね……まあ座りなよ」
飛び越える者と見えざる鞭を組み合わせ、ナイチンゲールはリヴィアの行動を阻害しようとした。が、それは護衛に阻まれる。攻撃を喰らう前にと、ナイチンゲールは距離を取った。
「洒落てるじゃない。図書館でテロだなんて。貴女の野蛮ぶりには真理も裸足で逃げ出すよ。……ここさ、私のホームなの。強盗には何も渡さない。……そして、帰しもしない」
ナイチンゲールはジャングルライナーを使って天井に移動した。リヴィアを照準に移動する。
「独りよがりもいい加減にしろ!」
その勢いのまま、ナイチンゲールはリヴィアの顔を殴――れなかった。
「っ!」
突然の爆発に、ナイチンゲールは吹き飛ばされた。いや、ナイチンゲールだけではない。リヴィアの護衛も何人かその場に倒れていた。まだ立っている構成員達が武器を持つも、見えない何かに次々と倒されていく。うう、とうめき声が響き渡った。どうやらナイチンゲールは爆発の欠片を貰ったようだ。リヴィアの側に誰かが立っている。角と翼を持ち、黒いヴェールを纏ったファウスト似の金色の髪を持つ女性の姿――。
「……投降して下さい、リヴィア殿」
リヴィアの喉元に女性――ファウストと共鳴したキュリス――が杖を突きつける。リヴィアは自分が置かれている状況をすぐに把握したらしい。
彼女は――静かに、目を伏せた。
●数日後
エレベーターから降りた轍の前に、クレアが現れた。
「……酒」
「分かっている」
クレアは少しだけ感情を表に出した。
「今日は特別だ。誰にも教えたことがない店を教えてやる。酒も料理も人も、最高の店だ」
「……ああ、楽しみだ」
『なんとか守り切れたのう』
「でも危ないところもありました」
医務室のベッドの上で、隼人は溜息をついた。自分が知る限り、こっちに死者は出ていないはず。だが……。
『隼人』
椋がじ……と隼人を見つめる。
『今は休むことだけを考えるのじゃ』
「そうですね」
『……ん、ユーヤ……お疲れ様』
ユフォアリーヤは傷の手当が済んだ遊夜に寄り添っていた。ふさふさな尻尾を揺らす。それが少しくすぐったいと遊夜は思ったけれど、今はその感触が心地いい。生きてる、と実感できる。
「……リーヤ」
『ん……?』
「キュリスさんはリヴィアをどうするんだろうな?」
『……ん、そう、だねぇ……』
ユフォアリーヤはしばし視線をさ迷わせた。しかし答えは出なかったらしい。そうだよな、分からないよなと遊夜は零した。
組織として考えれば、リヴィアを野放しには出来ない。
……けれど……。
「リヴィアの気持ちが理解できないわけではありません」
由利菜は食堂の隅で、呟いた。ああ、とリーヴスラシルは水を飲んだ。
『何がリシアを固執させるのか……セイジュウロウとキュリスの関係からすると……望みは逃避なのだろうか?』
推測を口にしつつ、リーヴスラシルはユリナと主の名前を呼んだ。この前から思っていたことを彼女にぶつける。
『……もし私達英雄の存在が世界の全てを無に帰すことが決定づけられたら、その時は……』
「それ以上は言わないでください、ラシル!」
場所を考えず、由利菜が大声を出した。
「……私はずっとあなたと共に歩むと決めました。絶対――絶対、離すものですか」
『……強くなったな、我が主よ……』
拓海はキュリスの許可をとって、黄色のタイムジュエリーと対峙していた。宿る意志の名前が”ノーリ”であると知ってから、この子があのノーリ……雪娘に奪われた少年なのかも……と思った故だった。ラミアは拓海の隣でヤナミをぎゅっと抱いていた。
「ノーリ」
拓海はタイムジュエリーに話かける。と、羽根で自らの体を包んだ、黒と見間違えそうな青の瞳を持つ少年が現れる。
『なんだい?』
「君は……誰だ?」
『面白いことを聞くね。ボクはノーリ。この黄色のタイムジュエリーの意志。それ以下でもそれ以上でもない。ボクが想うのはマリーの事だけ』
ノーリが拓海を見つめる。そして、見透かしたように言った。
『……君がその心に描いている”ノーリ”じゃない』
「……そうか、ありがと」
ノーリがタイムジュエリーの中に消えていく。
『……タクミ?』
「いや、大丈夫だよレミア。……帰ろうか、家へ」
傍らで問題なく体を動かせている央を見て、マイヤは静かに笑っていた。良かった、と心から思う。絆を示すことが出来た。
「マイヤ、こっちを手伝ってくれ」
央の呼びかけにマイヤは直ぐに応じる。
H.O.P.E.ロンドン支部の復興は始まったばかり。
『兄さん、ケーキが美味しいです。とてもとても美味しいです』
「そうだね」
食堂で藍と禮は戦闘の時とは違う、穏やかな時間を過ごしていた。周りでは”日常”を取り戻そうと人々が動いている。このケーキを食べたら、藍も禮ももちろん手伝うと決めている。
『兄さん。このままセラエノは解体すると思いますか?』
「……どうだろうね」
藍はウィスキーを煽った。
「どちらに転んでも、私たちは剣をとろう」
護る為に。
禮は大きく頷いた。
『そうですね、兄さん』
『作り直さないんだねー』
地下一階の出入り口の修理を手伝いながら、グラディスはそう言った。
『もっと壊せば良かったかなー』
「グラディス」
仁希は彼女を窘める。
『冗談だよー。……皆、頑張ったからこの程度で済んだんだ』
一転真面目な顔になったグラディスに仁希は同意する。
『さ、片付けるよー』
「図書館自体に損害はなし……と」
國光とメテオバイザーは地上部分を確認していた。もしかしたらこの騒ぎに乗じてセラエノが貴重な書物を狙うかもと考えていたが、杞憂に終わったようだった。地下とは違い、こちらでは既に”日常”が戻っている。
『良かったのです。……サクラコ、これからスコーンを焼こうと思うのです』
「いいですね。それを食べてから、研究に戻ることにします」
ナイチンゲールは不満をありありと浮かべていた。その視線の先には厳重な警備が施された一室がある。そこに”殴り損ねた”相手がいるのだ。
『戦いは終わったのです。そんな顔をするものではありませんよ?』
くすくす……と善知鳥は笑う。分かってる、とナイチンゲールは答えた。
『まあ……また機会があるでしょう』
「そう思う?」
『ええ。全ては導かれるままに……』
六花とアルヴィナはミーナを見舞いに来ていた。頑丈が取り得、と言っていた彼女だったが、やはり重い傷を負ってしまった。
「……ん。ごめんなさい」
『あんたが謝る必要はない』
ミーナの英雄、セマルグルが言う。その言葉にミーナも頷いた。怪我のせいで上手くしゃべれない彼女の手を六花は取る。
「……ん。ありがとう、ございます」
『私からも礼を言わせて。――ありがとう』
『そう言ってくれると俺達も体張ったかいがあるってもんだ、なあ、ミーナ』
ミーナは笑った。
一刀斎と比佐理は大深度地下、A地区に来ていた。もちろんキュリスに許可はとってある。目的はもちろん”黒い人形”――黒崎由乃に会うためだ。
彼女はガラス製の綺麗な棺の中で眠っていた。
胸の傷は――もちろん治っていない。
一刀斎は無言でガラスに触れた。黒崎由乃をじ……と見つめる。比佐理は一刀斎になんて声をかけていいのか分からなかった。ただ――名前を呼んだ。
「……黒崎、必ず、治して見せる……待っててくれ」
●もしも願いが叶うなら
厳重な警備が施された、とある一室。窓はなく、設備は簡素な机だけ。
リヴィアは椅子に座り、壁の方を向いている。その部屋に静かにキュリスは足を踏み入れた。二人の間に何も障害物などないはずなのに、リヴィアの方に進むのを何故か躊躇してしまう。
「……リヴィア殿」
震える声でキュリスはその名前を呼んだ。
「セラエノは……おそらく解体するでしょう。……貴女はどうするのですか?」
沈黙が二人の間に流れる。それを破ったのは、意外にもリヴィアだった。
「……私は私が求めることをするだけです」
「セラエノが無くなるのに、ですか」
「関係ありません」
「っ……リヴィア殿。貴女の頭脳があれば、きっと」
キュリスは言葉を区切る。そして、言おうとした。
”二度目の世界蝕”に対抗できます。
だから、私達と一緒に――。
(――言えない)
「関係ありません。何もかも。私には貴方すら、不要のものです」
有無を言わさない拒絶に、キュリスは肩を落とした。ここまで意志が通じないのならせめて――と持ってきた写真を机の上に置く。
「リヴィア殿、いや、リヴィア。……ペンタを覚えてますか。子供の時、二人で散歩につれていったウェルシュコーギーペンブロークを」
キュリスはリヴィアの反応を伺う。
彼女は――何も言わない。
「……ペンタの曾孫が今、私のところに居ます。名前は、ヘキサ。ちゃんとウェルシュコーギーペンブロークの血統を保っています。……私は同じように”私と貴女”も続いていると、信じています」
キュリスは部屋を去った。
一人取り残されたリヴィアは写真に視線を送る――。
……果たして、その手は動いたのだろうか。