本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】死者の都は露と消える

絢月滴

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~15人
英雄
5人 / 0~15人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/10/13 23:04

掲示板

オープニング

●転移予知
 ばたーん! という凄まじい音に西原 純(az0122)は何が起こったのかを察した。とりあえず先程買ったばかりのボルシチスープが入ったカップを机の上に置いて、音の原因である倒れたままの彼女に近づいた。
「おいノルン」
「純くん!」
 がし、と純レインコートの裾を掴まれる。
 床にうつ伏せに倒れた彼女――プリセンサーのノルン・ペオース(az0121)が真っ赤な顔をして、自分を見上げていた。
「大変だよ純くん! あのね!」
「落ち着け、何を予知したんだよ」
「引っ越しだよ!」
「……は?」
 愚神が拠点を移す、ということだろうか? と、純が首を傾げているとノルンはそうじゃなくて! と大声で否定した。
「地球の! えっと、ほら、あの、カッパドキア――!」



 三十分後。
 緊急招集されたエージェント達に、純は任務を告げた。
「プリセンサーのノルンが”トルコのネクロポリスが異世界に消える”という予知をした。転移が始まるのは今から三時間後。それまでにネクロポリスから住民及び観光客を避難させるのが今回の任務だ。が、ありがたくないことにノルンは愚神の襲来も予知した。しかも一体や二体ではなく、多数の。――避難場所はミュラの北東にある、アンタルヤ。……説明は以上、後は任せた」



●人形の行く末
 ノルンが”転移”の予知をする一時間ほど前。
 H.O.P.E.サンクトペテルブルク支部の鍵がかかったとある部屋で、黒崎由乃(くろさき・ゆの)は横たわっていた。
 この前の戦いで負った胸の穴は、ぽっかりと空いたまま――塞がっていない。
 偽りの主従関係は、終わった。
 しかしまだ”自分”は”黒崎由乃”だ。
(由乃ちゃんは……もう)
 死ぬ――いや、”壊れる”。そしてもう二度と、起動しない――。
(酷いこと、した……)
 遺跡を壊したり、海竜たちを捕まえようとしたり――。
(……壊れる、前、に)
 由乃は手をゆるゆると握った。
 この手に傘と宝石があればまだ、”戦士”を生み出せる――。



(――何か、できない、かな)


解説

愚神の討伐及び住民・観光客の避難が今回の目的です。
以下の情報に注意しながら、目的を達成して下さい。


◆遺跡の転移について
 ・現在の時刻は正午です。
 ・転移は三時間後、午後三時に始まります。
 ・住民と観光客の人数(移送対象)は凡そ五千人ほどです

◆避難について
 ・避難先のアンタルヤは北東へ70km離れた場所にあります
 ・移送に使う車はH.O.P.E.が用意します。
  一度に全員を移送することは出来ません。何度か往復します。

◆愚神について
 ・ノルンは「ネクロポリス」「アンタルヤ」「その周辺の海」に現れると予知しています。
 ・どこも数は百近くです。
 ・階位はほとんどがデクリオ級です。

◆トルコのネクロポリス(岩窟墓)について
 南トルコ、ミュラにあるリキヤ文明の遺跡です。
 外見は窓がたくさんついた高層ビルのよう。
 古代リキヤの人々は「死後の魂は天に昇る」と信じていました。
 それ故、墓を高い場所に作ったようです。

◆他、何か分からないことがあれば、純が答えます。

リプレイ

●ネクロポリス
 はぁ、と橘 由香里(aa1855)は深い溜息をついた。何処までも青い空に溜息なんて似合わないのだけれど、つきたくもなる。埃っぽい匂いがして、少しむせそうになった。こちらにお願いします! というH.O.P.E.職員の声。そう、任務は既に始まっている。
「気のせいから。観光客の避難先が愚神出現ポイントになっている気がするのだけれど」
 先程連携された任務内容をもう一度頭の中でなぞる。そんな由香里を見ていた飯綱比売命(aa1855hero001)は首を緩く振った。
「気のせいではないのう。きっちり予言に入っとるのう」
「なんでここを避難先に選んだのか理由を聞きたいものね。馬鹿じゃないの? 戦闘終わったらおしおき物よ」
 ぶつぶつ言いながら、由香里は避難対象となる人々に近づいた。避難に使うバスへと誘導するのも大切だが万が一――本当に万が一、人々が戦闘に巻き込まれた時のことも考えておかなければならない。
「この中に医学の心得がある人は居る?」
 由香里の呼びかけに何人かが手を上げた。その人々に対して、由香里は救急キットを渡した。渡された男性は少し戸惑ったような表情を浮かべる。起こるかもしれないことを
「戦闘中は介護できないから」
「すまぬのう」
 飯綱比売命は男性に頭を下げた。
「やはり、人手が少ない過ぎるのう。あの、なんといったか、一刀斎という男が言うには、”くろさきゆの”というおなごが加勢してくれるかもと、言っていたが――」
「かも、でしょ。……はい、そこのあなた! 横入りしないで順序よくバスに乗る!」
 由香里は言った。
「私は黒崎由乃のことをよく知らない。だから、期待なんてしない。自分の仕事をきっちりやるだけよ。……自分の意志でね」
「そうさのう」
 飯綱比売命は目を細めた。



 荒木 拓海(aa1049)は消えると予言されたネクロポリスを見上げていた。外壁に幾つも窓のような穴があるせいか、高層ビルのようにも見える。けれど漂う雰囲気は都会的なものではなく、古代の空気。
「この遺跡が無くなるのか……」
 驚く拓海にメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が少しばかり低い声で告げる。
『驚いてる暇は無いわ……遺跡より人、3時間以内に避難完了とその間の愚神足止めと討伐をしなくちゃ』
「ああ、まずは人々の誘導だ」
 メリッサと手分けし、拓海は遺跡を観光客と住人に――もちろんH.O.P.E.職員たちと協力しながら――避難を呼びかける。まずは避難対象を一か所に集めることからだ。拓海はモスケールを起動させた。まだ愚神の影は見えない。この間に、早く。
「すいません、H.O.P.E.です! 避難をお願いします!」
『詳しいことは後で説明します。こちらへ!』
 拓海とメリッサの呼びかけに人々が不安そうな顔をしつつも移動を開始する。集合場所へと拓海は彼らを誘導した。メリッサも人々を連れてくる。彼らが連れてきた人々由香里がバスへと誘導する。H.O.P.E.が用意したバスに次々と人々が乗り込み、一台目が満員になった。H.O.P.E.の職員が乗ったジープが一台目を先導しようと、出発する。続いて、二台目、三台目と次々にアンタルヤへと向けて走り出す。
「私も行くわ」
 由香里と飯綱比売命がジープに乗り込む。
「橘さん、お願いします」
『無理はしないでね』
「心配は無用じゃ。わらわがついておるからのう」
 飯綱比売命が笑う。そして二人はアンタルヤへと向かっていった。ここにはまだ、避難するべき人達が居る。彼らを守り切らなければ。もちろん一人でも限界まで戦う。だがやはり人手が少ない――。
「……一刀斎さん次第か」
 作戦が始まる前に一刀斎から聞いた”彼と由乃の物語”に拓海は想いを馳せる。
「……付喪神のような話しだ……初めに道具であったとしても時を経て心が持てば人(神)となる……」
 メリッサは眉根を寄せた。先のスペイン・マヨルカ島との戦いの後の一刀斎の姿を思い出す。とてつもなく重い後悔の念を抱いていた、その姿を。
『人は後悔して成長するのよ。私達はその手伝いを』
「ああ……っ、来た!」
 拓海は右手をメリッサに差し出す。そこにははめたモルダバイト――メリッサの瞳と同じような深い緑を持つ石――があった。それが二人を繋ぐ幻想蝶。メリッサは一つ頷いて、モルダバイトに触れた。二人の周りを青の蝶が飛び交い、拓海の髪が銀色に染まり、少しだけ伸びた。共鳴を終え、拓海はもう一度モスケールを確認した。敵は遺跡の北側から群れをなしてやってくる。ところどころに密集している箇所を見つけて、拓海は愚神の群れに向かった。幻想蝶の中からカチューシャを展開させる。愚神――その姿はさまざまな動物の姿を模していた――の密集地点に放つ。神経接合スーツで底上げした攻撃力。はたして、何体倒せるか。モスケールの点が減っていく、一つ、二つ、三つ――。
 ――約半分減らせた、と言ったところね。
「予想以上!」
 拓海は群れの中に飛び込んだ。突然攻撃を仕掛けてきた――いやきっと仕掛けていなくても――拓海を敵と判断し、愚神たちは彼をぐるりと取り囲んだ。拓海はデストロイヤーを構える。
(もっと集まれ……お前達の相手はオレだ)



●アンタルヤ
「母様! 今日はたくさん壊せますね!」
 心底楽しそうな、嬉しそうな――期待に満ちた顔でアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)は笑った。それを見たエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は穏やかな一見すると聖母のような笑みを返した。……だが、よくよく見れば口元には破壊を羨望する冷たい笑みが浮かんでいる。
 アンタルヤから、北東へ五キロほど離れた山間部。
 エリズバークの目は、こちらへ向かってくる百体近くの愚神を捉えていた。ああ、ああ、ぞくぞくする。あの数を殲滅できるなんて。
 エリズバークはライヴス通信機を手にした。今、ネクロポリスで避難誘導を行っている適当な職員を呼び出して、告げる。
『私達は襲ってくる敵の対応で、そちらまで手が回りませんわ』
 通信機の向こう、職員がはい、分かっています、と言う。職員の声の向こう、ざわざわとした落着きがないと形容していい音が聞こえてくる。混乱するのは当たり前だろう。
『皆さまにお伝えください。――そこが墓であれば避難を渋る人もいるでしょう。ですが死んだ人は貴方と共に消えることは望みません。怖がって動けない人もいるでしょう。そんな人には手を差しのべてください』
 エリズバークは通信を切った。そうだ、死んだ人は縁ある人が共に消えることは望まない――。
(貴方もそう思うでしょう? ……待っていて下さい。貴方を殺した全てを屠って……私はアトルと共に私たちを拒絶しない世界を作り上げます)
「母様、どうしましたか?」
『何でもありません、アトル。……さあ』
 とエリズバークは彼に手を差し出す。にっこりとアトルラーゼは笑ってエリズバークの手に己の手を重ねた。青い瞳、髪は金色。身長はアトルラーゼの影響で少し縮んでしまうが、仕方がない。
『それにしても……今回の人数で、民衆の避難と愚神を対応をしろなんて、H.O.P.E.も無茶を言うものですわ』
 ――本当ですね、母様。
 でも、とエリズバークは言葉を切った。目を細めて、くすくす……と笑う。
『やられる気はないのですけれど』



●海
 H.O.P.E.から借り受けた船に乗り、氷鏡 六花(aa4969)はアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は水平線を見つめていた。自分の鼓動が聞こえるくらいに、静かだ。頬を撫でる潮風はいつも通り穏やか。けれど、流れゆく雲のスピードが不安を掻き立てる。そろそろ来る、六花はそう思った。その予想は見事に当たり、白の雲を背景に無数の黒い影――おそらく鳥の形を模した愚神――の群れが見える。
『六花。海にも』
「……ん。分かってる」
 六花は幻想蝶を握り締めた。
「……ん。異世界への、転移……。そうなる前に、皆、避難してもらわなくちゃ……。邪魔は、させない……の。陸には、上がらせない……から。愚神は、ぜんぶ……凍らせる」
 六花の手にアルヴィナが触れる。刹那、アルヴィナの体はライヴスの粒子と化した。アルヴィナが六花に憑依する。白雪色に染まる髪、玉虫色の瞳、青色の薄衣。
 六花は”氷鏡”を発動させた。十、いや二十枚以上の微細な氷の鏡がダイヤモンドダストのように、六花の周りに散らばる。そのまま断章を紐解いて、魔法陣を出現させる。背中に現れた氷柱の翼をはためかせながら、六花は絶対零度の冷気を作り出した。
「……ん。氷槍……全て、凍らせて」
 六花は冷気を拡散した。彼女の周囲にある氷の鏡が冷気を反射した。それは無数の槍となり、愚神たちに襲いかかる。醜い断末魔。肉を切る音、骨が折れる音。海の中も嫌な色に染まる。
 ――六花、まだ来るみたいよ。どうやら予知は少し外れたようね。少なくとも百体以上……。
「……ん。分かった。……でも、数なんて、関係ない……」


●人形の決断
 H.O.P.E.サンクトペテルブルク支部。
 獅堂 一刀斎(aa5698)は比佐理(aa5698hero001)と共に、とある部屋の前に来ていた。彼らをここまで案内してきたH.O.P.E.職員が嫌そうな顔をする。どうしてここを開けなければいけないのだろうか。ここに居るのは、マガツヒの――。
「――早く開けてくれ」
 一刀斎の殺気に似た気配に、職員は体を震わせた。は、はいと情けない声を出しながら、鍵を開けた。扉が開き切る前に、部屋へと飛び込む。ソファーの上、ぐったりとしている彼女に声をかけた。
「黒崎……!」
 その声に、彼女――黒崎由乃が反応する。黒ネコ、とその唇が微かに動いた。先の戦いで負った胸の空洞が痛々しい。
「くそッ、あいつら! ろくに手当てもせずに、こんな部屋にお前を閉じ込めて…! 遅くなってすまん……ずっとお前の傍に居たかったんだが……やっと面会の許可が下りてな……」
 由乃は緩く首を振った。
「それに……すまない、黒崎……。あの時、俺は……ハガルに一矢報いることなどよりも……お前を護ることを考えるべきだった……。すぐ傍に居たというのに、俺は……お前を護れなかった……」
「……変なの。どうして黒ネコが由乃ちゃんの事を気にするの?」
 由乃は笑った。しかしその笑顔に、これまでの彼女が持っていた勢いはない。何処となく哀しそう。
 一刀斎は由乃の胸に視線を落とした。
「胸の傷は……痛むか?」
「全然、痛くない」
 比佐理が口を開く。
『一刀斎様なら……もしかしたら、治せない……でしょうか』
 比佐理の言葉に一刀斎はそうだな、と頷いて。
「……黒崎。胸の傷……見せてくれるか?」
 一刀斎に由乃が怪訝な視線を向ける。いや、待て! と一刀斎は言った。
「下心有ってのことではないッ。お、俺は純粋にお前を心配して……!」
『一刀斎様、言い訳に聞こえます』
「ほんと。そういうのはもう少し落ち着いて言うものじゃないの?」
 由乃がゆっくりとブラウスのボタンを外した。白い胸元があらわになる。一刀斎はそこにそっと触れた。質感は人間の肌のそれだ。何を使っているのだろう。傷周りはなめらかで、穴から見える内部は複雑な文様が刻まれていた。それは魔法陣にも、機械回路にも見える。
 一刀斎は唇を噛んだ。

 これは――無理だ。

 一刀斎の気持ちを感じ取ったのか、由乃がブラウスの前を閉める。
「……黒崎。何か俺に……お前の為にしてやれることは……ないか」
 由乃は目を伏せて、少し考え。
「今まで、由乃ちゃんは酷いことしてきた。だから……せめて、黒ネコたちの力に、なりたい」
 そう言う由乃の前に、一刀斎は黒フリル付きの日傘を渡した。傘が一瞬だけ、青白いライヴスの光を帯びる。
「ならば……頼む。お前の人形操りの業で……五千人の人々を救って欲しい」
 力強く由乃に告げ、一刀斎は持っていたプリンセスティアラを破壊する。暗い床に大小様々な宝石が散らばった。比佐理はそれらを集め、由乃に手渡す。
「人々の誘導と、愚神どもの迎撃をしたい。何を作るかはお前の判断に任せるが……誘導には人々が怖がらぬようなものが良いと思う。それと……もし可能なら宝石は人形の体の中に隠せ。それも一体ごとに別々の場所に……な。それだけで敵にとっては格段に厄介になる筈だ」
 由乃は手渡された傘と宝石をじっくりと交互に見た。そして、笑った。その表情はかつて、”比良坂清十郎の為に”動いていた時によく浮かべていた表情。しかし意味合いは全く違う。
「行こう、黒ネコ!」



●伏兵、そして
 エリズバークは愚神の群れに囲まれていた。傍から見れば大変危険な状況。しかしこの状況はエリズバークが故意に作り出したもの。くすり、とエリズバークは小さく笑った。罠だとも知らず飛び込んでくる者のなんと愚かなことか――。
『全て、刺し殺しなさい』
 エリズバークはウェポンズレインを発動させた。切っ先の鋭い、レイピアが雨のように愚神に降り注ぐ。ぐさり、ぐさりと多くの愚神が貫かれる。血が跳び、エリズバークの頬を汚した。愚神の死骸を飛び越えて、次の集団が迫ってくる。なんとまあ、学習能力のない。エリズバークは笑うのを止められなかった。再びウェポンズレインを発動させる。結果はさっきと一緒。いや違うのは、もう愚神はここには居ないということ――。
 ――物足りないです、母様。
『そうね、アトル。戻って、援護と行きましょうか』
 そう言ってから、エリズバークは気づいた。向こうから、何か大きな禍々しい気配が近づいてくる。一つではない、二つ。その正体は――。
 ――母様!
 エリズバークはほんの少しだけ、表情を曇らせた。
 やってきたのは巨大な愚神。四つ足で、ずしん、ずしんと大地を踏みしめてこちらに近づいてくる。その愚神の上半身は人型をしていた。ケンタウロス、というのが一番近いか。それが、二体。
 ――デクリオ級、と聞いていたのに!
『予知では”ほとんど”と言ってました。つまり――全てではない、ということ』
 エリズバークは幻想蝶に手を翳した。群青色の光が広がり、白夜のような輝きが灯る。そしてエリズバークの周囲に細長い玻璃が多数展開された。愚神の階位など、正直関係ない。やることはただ一つ。
『さあ、壊してあげましょう』



 愚神から一撃を貰い、拓海は吹っ飛んだ。すぐさま、状況を確認する。大丈夫、最後のバスは出発した。それに愚神は気づいていないようだ。現に相手は拓海を睨みつけている。
 ――想定外だったわね。まさか、あんな愚神が居るなんて。
 拓海は今一度相手を見た。二本の首を持つ、巨大な鳥――怪鳥、と形容してもいいだろう。
 最初の集団は怒涛乱舞で散らした。残っていた愚神たちもデストロイヤーで次々と倒していった。それで終わりだと、思っていたのに。
「諦めるか」
 ――当然よ。
 拓海はデストロイヤーを握り直す。怪鳥に向かって、跳躍した。



 六花は、肩で息をしていた。自分の呼吸がうるさい。肩に、脇腹に、足に、様々なところに負った傷が痛む。そんな彼女を、クジラのような姿をした愚神が見下ろしていた。
 小さな愚神はわざと引き寄せ、魔結晶を砕いて魔法攻撃力を高め、”氷獄”を発動させて――全て凍らせ、殺した。それで終わりだと思った。けれど愚神はまだ残っていた。六花が凍らせた海を割り、現れ、無数の泡のようなもので攻撃をしてきた。六花はもちろん反撃をしたけれど、予想以上に相手の動きが早い。なかなか、当てることが出来ない。
 ――六花、大丈夫?
 既に、体力を半分以上消耗している六花にアルヴィナが声をかける。六花はしっかりと首を縦に振った。こんなところで、やられるものか。何故なら。
「……ん。六花は全部、凍らせる……それまで、生き残る……っ」
 六花は再び、”氷鏡”を展開した。



「何ですって?」
 由香里の元に、それぞれが苦戦しているという連絡が入ったのはこれで全ての人の避難が終わると、胸を撫で下ろしかけていたその時だった。がたん、と石か何かに乗り上げたのかジープが大きく揺れる。またライヴス通信機が反応を示した。今度は誰からだ。由香里は受信ボタンを押した。告げられたのは最悪の状況だった。
「新しく愚神の群れを確認……こっちに向かっている? 全く、ここは私だけなのよ……っ」
「まあ、落ち着こうぞ。やれることを。のう、由香里」
 飯綱比売命は由香里の目を見ていった。そうね、と由香里は呟く。飯綱比売命と同時に幻想蝶に触れた。淡い光が一瞬だけ現れ、彼女の服装が変化する。飾り気のない巫女装束。けれど、使う武器はこの恰好に似つかわしくない、鉄の塊。
 ――来たぞ、由香里。
 上空に由香里は愚神を見つける。翼を持つ、人型の愚神。数は十、いや十五か。それとも、今起きていることを考えれば、もしかしたら……。
 由香里はバスの上に立った。運転手達に告げる。
「アンタルヤまで全速力! 後ろと――上は気にしないでっ」
 ガトリング砲を持ち、由香里は愚神に向かって放った。そんなに強い階位ではないのか、愚神はあっという間に地面へと落ちていく。けれどその分、また現れる。
「雨後の筍みたいににょきにょきとウザいのよッ!」
 由香里はガトリング砲を撃つ。嵐のような弾丸が愚神を襲う、落とす、落とす、落とす。
 ――筍は殲滅じゃー。筍よりきのこの方が美味いのじゃー。
「何言ってるのよ!」
 由香里の攻撃が功を奏し、バスはアンタルヤに無事に到着した。H.O.P.E.の職員が人々を誘導する。近くに居る職員と避難してきた人々に由香里は告げる。バリケードを……バリケードを! 街の入口を塞げ!
 由香里は町を飛び出した。バリケードを背に、力尽きるまでの防衛を誓う。
「一人も――犠牲を出すものですか!」



●贖罪
 ――母様! 母様!
 ライヴス内に響くアトルラーゼの悲痛な声に、エリズバークは何時ものように応えようとして、でも出来なかった。二体のうち、一体は何とか倒した。残りは一体。これを倒せば――。
『もう少し、ですのに』
 エリズバークは何とか立ち上がる。ここで死ぬ訳にはいかない。そうでしょう? 貴方。 貴方を奪った世界を滅ぼすまで。私は。
 エリズバークは賢者の欠片を使用した。体力が戻ってくる。ケンタロスの姿をした愚神がエリズバークを踏みつけようとした。
 その刹那。
 ”何か”がケンタロスとエリズバークの間に割って入る。エリズバークは驚いたけれど、すぐにその正体を知った。額に輝く宝石。そう。
 由乃の、泥人形。
『あら、懐かしい』
 エリズバークはケンタロスと距離を取った。と、地面が揺れる。見れば、巨大な蛇――頭を九つ持つ、ヒュドラがそこに居た。その額にもまた、宝石。ヒュドラの口元には、既に炎が集まっている
 エリズバークは笑った。
 これで――形成逆転だ。
『何かあれば私のインタラプトシールドで守ってあげますわ。――だから、精一杯、踊りなさい』



 六花の前で、クジラの姿をした愚神は突如現れた巨大なタコにその胴体をがんじがらめにされていた。タコの頭に光る宝石。それに、上空に現れた巨大な翼を持つ鳥。全く敵意を見せないあれはおそらく、戦いが終わった後の移動用としてこちらに送ってくれたもの。六花は全てを理解した。
「……ん。由乃さんの、人形」
 ――あれなら、敵は動けないわ。
「……ん。これで……本当に終わらせる」
 六花は最後の力を振り絞り、断章をひも解いて、巨大な氷槍を作り出す。
「……ん。貫け」



 怪鳥を相手に拓海は苦戦していた。もう何度、飛ばされ、地面にたたきつけられたか。体力は既に半分以上、削られている。デストロイヤーを支えに、拓海は立ち上がった。負ける訳にはいかない。だが。
(……せめて、もう一人……誰か、居れば)
 拓海がそう思った、瞬間。
 自分と怪鳥の間に、多くの宝石がばらまかれる。
「おいで、ドーラちゃんたち!」
 宝石が光る。
 現れた戦士に拓海は見覚えがあった。上半身が乙女、下半身が竜――ドラゴンメイド。
「変な鳥をやっつけろ!」
 聞こえた声に、拓海は振り返る。
 一刀斎と、比佐理――それに傘を持って、得意げに笑っている由乃がそこに居た。
「すまない荒木殿。遅くなった」
 拓海は首を振った。
 由乃が呼び出したドラゴンメイド達は一斉に怪鳥を攻撃している。あれなら、勝てる。
 拓海は再び槍を構え、攻撃を仕掛けた。ぐ、と踏み込む。全体重を乗せてデストロイヤーで怪鳥を貫く。濁った声を上げて、怪鳥は絶命した。
 ――お疲れ様、拓海。
「うん。……でも、まだだ」
 モスケールを確認し、拓海は言った。反応がアンタルヤに集中している。
「じゃあ、急いで駆け付けなきゃね!」
 由乃は宝石を地面にばらまいた。ちらりと、一刀斎を見る。
「……黒ネコ、さっき言ったよね。由乃ちゃんの渾身の人形が見たいって」
「あ、ああ」
「――じゃあ、見てて!」
 由乃は傘で魔法陣を描く。
「おいで、黒豹ちゃん! 由乃ちゃんたちを乗せて――走れ! 守るために!」



●決着
 由香里は愚神の群れの中に飛び込み、片っ端から攻撃を仕掛けていた。やはり先程の嫌な予感は半分当たってしまった。階位はともかく、数が多い。どうしてこれは予知できなかったのと思わず文句を言った。バリケードの前から離れないよう、常に気を配る。可能であれば、避難民たちにももう少し協力を仰ぎたかった。だが勇気のない者に無理強いは出来ない。由香里の懐でライヴス通信機が受信を告げる。けれどそれに応じている暇はない。
 ――由香里っ、一時撤退じゃ!
 ライヴスの中、叫ぶ飯綱比売命を由香里は拒絶した。ここで引いたら、引いてしまったら愚神が町になだれ込む。そんなことさせたくない。
「まったく……作戦終わったらおしおきと言ったけれど、これ最後まで立っていられるかしら? せめて援軍でも来てくれればなんとかなるんだけど」
 由香里がそう思った、瞬間。

「……ん。氷槍……降り注げ」

 小さな、けれども鋭利な氷槍が多くの愚神の息を止めた。上空から誰かが飛び降りてくる。そちらを見ずに、由香里は声を張り上げた。
「遅いわよ、氷鏡さん!」
 表面上は文句。けれど心の中は感謝でいっぱいだ。
「……ん。橘さん、ごめんなさい」
 六花は小さく頭を下げ、愚神と対峙した。そこに、エリズバーク、拓海が合流する。一刀斎と比佐理、そして由乃はバリケードの中へ。
「橘さんっ」
『あら、まだこんなに残って』
 これだけ人数が居れば、あとはもう、大丈夫。
 残る愚神に四人は一斉攻撃を仕掛け。
 無事に、アンタルヤを――人々を守り切った。



 同時刻。
 誰も居なくなったネクロポリスは淡い光に包まれ始めた。耳鳴りに似た音が響き、ネクロポリスの輪郭が徐々にぼやけていく。それと反比例するかのように、光はどんどん強くなっていき――唐突に”破裂”した。
 光が消えると、そこにネクロポリスの姿はなく。
 代わりに、クレーターが出来ていた。



●戦い終えて
「それで? 何で愚神襲来の予知が出ているアンタルヤを避難先に選んだのかしら? ……はあ? 五千人を受け入れられる町が他になかった? それは考え不足と言えるのではなくて? そもそも……」
 今回の避難作戦を立てたH.O.P.E.職員――西原純と電話で口論をしている由香里を見ながら、飯綱比売命はトルコアイスを堪能していた。
「ほお、よく伸びるのう。美味じゃ」
「え、上に呼ばれたから切る? ちょっとまだ話は終わって……! ああ、もう」
 由香里は仕方なく電話を切った。
「まあまあ由香里。誰も犠牲にならなかったから良いじゃろう? ほれ、共にトルコアイスを堪能しようぞ」



「母様」
『なんですか、アトル』
 H.O.P.E.が用意してくれたホテルの一室で、エリズバークは優雅に紅茶を飲んでいた。
「母様はどうしてここに来たのですか? マガツヒは来ないのに」
 エリズバークは手を止め、紅茶の表面を見つめた。小さな茶葉が紅茶の中で動いている。
(そう、人を守るために前線に立つなんて私らしくない)
『そうね……お人形を愛した愚かな男の行く末を見てみたくなったから、かしら』
 全てを壊す。それが心の底にある”欲望”。守るために、ここに居る訳ではない。この戦いでもし一般人が死んでいたとしても、心を痛めるような善人ではない。
 ただ、獅堂 一刀斎が――あの黒ネコが由乃を見る目に気づいて、大切な人を失う彼がどう判断するのかを見てみたかっただけ。
 エリズバークの回答にアトルラーゼは首を傾げた。
「よく分からないです母様……」
 アトルラーゼは頬を膨らませる。不満をありありと表現する我が子に、エリズバークは小さく笑いながら言った。
『アトルにはまだ早かったかもしれないわね?』



 アンタルヤの街角にある、喫茶店。
 拓海とメリッサ、六花とアルヴィナはトルココーヒーとオスマンル・バクラワス(小麦粉で作られた細綿状の生地を小さな鳥の巣のような形状にし、その中にヘーゼルナッツ、ピスタチオ、アーモンドなどを入れてシロップで固めたお菓子)を食べていた。
「……ん。誰も……死ななくて、良かった」
「そうだね、六花ちゃん。ちょっと厳しかったけど。……リサ?」
 少し遠くを見ているメリッサに拓海は声をかけた。
『……今頃、一刀斎さんと比佐理ちゃんは黒崎由乃と最後のお別れをしているのね……』
「ああ……」
「……ん。でも……きっと、獅堂さんは……”最後”って思ってない……」
『私もそう思うわ、六花』



●再会を信じて
 H.O.P.E.ロンドン支部。地下。オーパーツ管理室前。
 由乃は車イスに座っていた。その表情に生気はなく、目に宿っていた光は今にも消えそうだった。
 一刀斎は由乃の傘を破壊した。戦闘終了後、全ての戦士の宝石を破壊したが、念のためだ。
 本当にもう――最後が、近いのだ。動きが止まれば、由乃は扉の奥に連れていかれる。オーパーツ――チョールニィ・マリオニェトゥカ……”黒い人形”――としてここで、”保管”される。
「黒崎」
 一刀斎の呼びかけに由乃が彼を見る。
「お前のお蔭で五千人の命が……俺達の命が救われた」
 由乃が笑う。良かった、と力なく呟いた。
「少しは、黒ネコの力になれたみたい」
「マガツヒに使われていたお前に罪はない。……必ずお前を治して”再起動”させてみせる。その時は……」
 ちらりと、一刀斎は比佐理を見た。比佐理は一刀斎を見ることなく、一心に由乃を見ている。
「もし嫌でなければ、俺の第二英雄に……比佐理の妹に、なってくれないか」
 一刀斎の言葉に由乃は目を見開いた。唇を微かに震わせて、何かを言おうとした。けれどすぐに口を閉じた。
「何言ってるの、黒ネコ」
 その声は、少しだけ苦かった。
「由乃ちゃんは、オーパーツ。道具。英雄じゃない。……だから黒ネコと誓約を結ぶことは、出来ない」
「っ……そう、か」
「でも」
 由乃は一刀斎の手を取った。ぎゅ、と力を込めて握る。
「もし由乃ちゃんが治ったら――その時は黒ネコの側に居させて。それと」
 由乃は比佐理に手を差し出した。比佐理は少し躊躇いつつも、その手を握る。
「その時から”お姉ちゃん”って呼んでもいい?」
『……はい』
 比佐理の微笑みに、由乃もまた同じ表情を返す。彼女の瞼がゆっくりと降り始めた。一刀斎と比佐理、二人に委ねていた手が脱力し、落ちる。



「――またね」



結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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