本部

【ドミネーター】終幕

玲瓏

形態
シリーズEX(続編)
難易度
易しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~15人
英雄
7人 / 0~15人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/29 20:12

掲示板

オープニング

 オペレーター室で椅子に座っていた坂山は、目を開けていながら現実から遠ざかっていた。昼食を済ませ、お気に入りのミルクコーヒーを味わってからというもの延々と何かに耽っている。真横にいたノボルがついに口を開くが。
「お疲れみたいだね」
 一瞥をノボルによこしただけで、現実に戻ってきたとは言い難い眼をしていた。
 水泡のようなうわ言が坂山の声として室内に鳴った。
「これで終わりでいいのかしら」
「うん?」
「分からないの。フランメスを倒し、ドミネーターを崩壊させて終わりでいいのか」
 コーヒーの香りがノボルの鼻をつついた。甘い香りは彼自身も夢現に誘っているかのよう。
 机の上で眠りについているスチャースの背中に手を置き、坂山は言葉を続けた。
「いくら考えても延々と同じ思考の繰り返し。同じ答え……答えというより、道ね。同じ思考の道を歩むと分かっていながら何度も同じことを考えてしまう。本当に終わったのかって」
「終わったんだよ。本当に」
 声で諭してみるも、彼女は机に肘をついて再び深く考え込んでしまった。眼を閉じたかと思えば突然開いて、背もたれに深く凭れ掛かったかと思えば、もう一度肘を机について親指で額を押す。ノボルは忙しない動きに微笑みを漏らすも、真剣な悩みに代わりはなく微笑みをすぐに閉まった。
「皆ね、様々な思い入れがあると思うのよ」
「リンカー達のことだね」
「そう。HOPEとしてはドミネーターっていう私達の敵を倒して、それでお終いでいいの。でも私や皆は? 突然全ての糸が断ち切られても困惑するだけ。まだ終わってないのよ、仕上げが。そうね、喩えるなら――六弦のないギターを奏でているようなものよ。氷の入っていないカクテル、卵のないオムライス」
 どれも商品としては提供できる。ところが仕上げが足りていない。
「分かりにくい喩えだよ」
「うん、言ってから私もそう思ったけれど。とにかく、最後の仕上げに向けてこれから動こうと思うの」
 会話を交えている間に、坂山は現実に眼の焦点を合わせていた。
「フランメスの事、ナタリアの事。それから今まで戦ってきたドミネーターの隊員達。斎藤兄妹。会わなくちゃいけない人はたくさんいるわ。最後にリンカーに、全てを託そうと思うの」
「全て?」
「リンカー達が会いたい人物、成したい事。全てを個人に委ねようと思っているのよ」
 断固とした声に、否定の余地はなかった。ノボルは暫く考えた後、一度だけ頷くと坂山にこう訊ねた。
「坂山は何をするんだい」
 すると彼女は椅子から立ち上がり、スチャースの身体を軽く叩いてこう告げた。
「ちょっとロシアまで飛んで、被害にあった街の復興支援と追悼式をしてくるわ。それが私個人の仕上げよ」
 スリープ状態から目覚めたスチャースは前足を伸ばして机から降りた。 

解説

●目的
 ドミネーターという物語に終止符を打つ。
 それは全体としてではなく、個人として。自分だけの終わらせ方を見つけ、実行する。

●例
 特に制限はない。今までドミネーターに出てきた人物で、生存している人物に会う。建物を訪れる。交渉する。様々なことが可能。その他可能な事、不可能な事について質問があれば坂山が答えてくれるだろう。
 単独行動、複数人の行動も問題無し。
 坂山はリンカーからリクエストがあれば基本的に受け入れてくれるだろう。ホームパーティや、お買い物等。

●危険
 言動によって、自殺を図る者がいる可能性は少なくない。ドミネーターの隊員達はそのほとんどが希望を打ち砕かれており、処刑を希望している。彼らは独房に閉じ込められているが、舌を噛むことは出来るのだ。
 ドミネーターの被害者達も同様だ。被害にあった街の住民も家族や友達、恋人を殺されて今でも自殺する者が多い。
 終幕でも、死者がでないとは限らない。一体誰が、どのタイミングで自害を選ぶか。どうして選ぶか。予測を立てながら動くと良いだろう。
 どうか、死者が出ないように。

リプレイ


 部屋には窓が無く、殺された風景が三百六十度広がっている。画家を呼べば、絵の中だけでも彩り豊かな部屋にしてくれるだろうか。彩りを加える余地は十分にあるのだから。
 とりとめもない足音が聞こえ、扉の前で音が終わった。次にいつもと変わらぬ無機質な声が扉の前に取り付けられたスピーカーから聞こえてきた。
「面会の申し出があった。お前さえ断らなければ許可は出すが」
「僕に客人がおいでなさるとはね。一体誰だろう」
「応じるか応じないかだけを答えろ」
 小さく鼻を鳴らし、シルヴァーニは肯定的に答えた。
 厳格な刑務官は返事を聞くとスピーカーのスイッチを切り足音を遠ざけていく。やがて部屋の片面に閉じられていたシャッターが開き、面会者が姿を表した。
 眼光を鋭くした迫間 央(aa1445)は椅子に座りながら、壁に凭れ掛かる囚人に目を向けていた。同行者としてマイヤ サーア(aa1445hero001)は迫間の隣で歩哨のように立っている。
 向かい合う沈黙の中で、先に口を開いたのはシルヴァーニだった。彼は天井を見上げながら抑揚のない声で言った。
「僕を殺さないという選択をした君達は、確固たる勝利を手にしたと誇ってくれたまえよ。あの日から今日まで僕はずっと自我と戦っているのさ」
「その戦いは苦痛か」
「苦痛だよ。もしここに銃があったら、僕は君達の前で引き金を引いているだろうね、勿論銃口は僕の喉に向いている。これが僕の、第一段階の罪滅ぼしだと言うんだろうね」
 彼は前を向いて言葉を言い切った。彼の着る白いカッターシャツには点々としたシミがついていて、半透明だ。
「見物料は取らないから、いくらでも観劇してるといい。無様に散ったテロリストのリーダーの姿をね。足掻いても、足掻いても死ねない無残な末路だとも」
「お前に会いに来たのは悪趣味な理由じゃない。お前に問うべき事柄がある。そのためにお前を追い続けたんだからな」
 壁に寄りかかっていたシルヴァーニは突拍子もなく怒りの形相を露わにして、迫間と彼を取り仕切る透明のアクリル板を拳で叩いた。
「嘘をつくな偽善者が。僕を嘲笑いに来たんだろう? 僕に会いに来る理由として、最も相応しい動機じゃないか。所詮君達は人間だ。かつて人間は処刑をショーと楽しんで見物していたんだぜ。言ってやるよ。お前達正義のリンカーにあるのは虚栄心だけなのさ。違うか」
 息を切らしたシルヴァーニは、打ち付けた拳を震わせながら目の前の椅子に座り頭を抱えた。
「満足か」
「ああ、十分だ。悪いね――僕の心の中にはフランメスが住み着いてしまった。自我を食い破ろうとしてる。頭がどうにかなりそうだ」
 髪をオールバックにした茶髪の刑務官がマイヤに手招きをして、シルヴァーニに声の届かない隅まで移動した。名札には「ジューン」とロシア語で書かれている。
 ジューンは声を落としてマイヤに言った。
「牢屋に入れてから三日程経って、彼の精神が二つに分裂し始めてしまったみたいでして」
「二重人格、という話かしら」
「少し違い、一種の神経症だと犯罪心理学者は言ってました。学者の話では、シルヴァーニの扱いは厳重にしなければならないとのことです」
 組織にいた頃と比べて、彼の肉付きは細くなっていた。髪も整っていない。不恰好な容姿であり、態度も落ち着かない。テロリストのリーダーとしての風格は今や過去の代物となっている。
「迫間さんの問いに満足いく答えが得られなかったとしても、面会は最長一時間にしなければなりません。更に、一日の面会を終えたら次は一週間も空けなければならない」
「強く追い詰められているみたいね」
「自業自得ですよ」
 タイル張りの地面に眼を落していたジューンは、改まった様子でマイヤと目を合わせて軽く頭を下げた。


 ドミネーターが一番最初に頭角を露呈させた事件が二年前の八月に起こった。ドイツの町での話になり、いまだに傷跡が強く残っている。町の指導者が被害でいなくなり、一ヵ月も経たないうちに選挙が行われて市長が決まったが、新たな市長は一年で市民の反感を大きく募らせる結果になった。
 テロ組織も剥がれ、シエロ レミプリク(aa0575)と彼女の英雄ジスプ トゥルーパー(aa0575hero002)は街の復興支援の手伝いに訪れていた。
「シエロさん、この瓦礫の入った袋を外に捨ててきてはくれんかね」
「はいはーい! ウチにお任せあれ!」
「シエロちゃーん、こっちのコンクリートもあっちの車まで運んでもらっていいかい」
「はいなー! ひとっ走りしてくるよー!」
「シエロさんー、申し訳ないんですけど仮設トイレを運んでもらっても……」
「はいさい! 楽勝楽勝~」
 町に来るなり一番の力持ちとして彼女は大健闘だ。ドミネーターの崩壊後、彼女は毎日のように復興を手伝ってくれているものだから住民から人気者になっていた。中には好奇心で彼女を尋ね、写真を一緒に撮ってあげる時間もあるが、シエロは全ての時間を大切にしている。
「どっせいやあ!! 瓦礫通りまーっす!」
 細かい瓦礫は袋の中に、入り切らない瓦礫は両手を駆使してシエロが道を歩いていると、視界の隅っこでありながら彼女はいち早く坂山の存在に気付いた。
「さっかやっまさーん!!」
 全ての瓦礫を上に舞い上がらせるとパーティクル模様になるのだ。シエロは勢いのまま坂山に飛びついて、苦笑を浮かべる彼女の顔をキラキラ星のついた目で見惚れていた。
「わーい、坂山さんッスー! 奇遇でッスね! お散歩ですかッス?」
「ええ、まあそんな所かしら」
 ジスプは放り出された瓦礫を一か所に纏めながら流石に散歩にしては遠出過ぎだと言葉を地面に落とした。
「事件からここの支援を手伝ってくれているみたいね。ありがとうシエロちゃん、頼りがいのある子ね」
「へっへっへーん!」
「ジスプ君もありがとう。大変でしょうけど、まだまだ支援のお手伝いは任せちゃっても大丈夫なのかしら」
「はい、お気遣いありがとうございます。町の人達は優しいので、本当は自分達が支援に来ているのに町の人達から元気を分けてもらいながらお手伝いしてるんです」
 仮設住宅に住む人々から飴を貰ったり、子供達からは正義のヒーローと呼ばれたり。たった今もシエロが呼ばれるくらい大忙しだ。
「そうッス! 折角だからパーティーするのはどうでしょうッス!」
 思わぬ発案に坂山はシエロの言葉を自分の言葉遣いに直して復唱し、シエロは頷いた。
「凄い事したんだから、お祝いするのは当然ッスよ!」
「そんな、私そんなたいそうなこと」
「そうと決まれば行動ッス! お買い物デートしましょ? 坂山さん!」
「――デ、デートって」
 照れ臭そうにしながらも坂山からシエロの手を取って、三人で一緒に歩き始めた。向かう先は街の大型ショッピングセンターだ。新に建築されてから今や市民の人達を支える第一人者になっている。


 背筋に震えが走るようであり、薄暗い廊下を氷鏡 六花(aa4969)は早歩きで渡っていた。アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)はこの時、廊下の向こう側待っているナタリアに向けて捧げる言葉を思料していた。
 独房の中で、彼女は消え入りそうに立っていた。目の前に椅子はあったが座ろうとはしない。
「ん……良かった、ナタリアさん……!」
 以前のように自殺を図ろうとしていたのではないか、氷鏡は案じていたのだ。問題はない。元気とは言い難いが、ナタリアは氷鏡を見て立っているし、苦し紛れの作り笑いが彼女の顔に表れていた。
「私が死んじゃってるんじゃないかって思ってたのか。大丈夫だよ、六花。私が死んだら六花が悲しむ。私は六花の事を悲しませたくないから、生きてたよ」
 喜びも相まったせいか気付かなかったが、氷鏡はナタリアの頬を見た途端に笑みを止めた。厳密には頬ではないのだが、口元に切り傷が出来ていたのだ。
「ん、ここに、怪我が……」
「あ、ああこれか」
 彼女は自分の指で傷口をなぞり、乾いた血のついた指先を見て視線を氷鏡に向けた。
「パンを食べる時に傷がついちゃったんだ。気にしないで」
「ん……本当、ですか?」
「心配性だな。本当のことだよ」
 ようやく椅子に座ったナタリアは、ぎこちない笑みを向けてからこう切り出した。
「看守の人が親切で、ここにいる時に聞いた。外で何があったのか」
「フランメスが、幼い子供を匿っていたことも……」
「いや、それは知らない」
 驚きで目を丸くしたナタリアは、次に氷鏡が何かを話すまで口を挟まなかった。信じられないような気持ちで食い入るように氷鏡と視線を合わせている。
「モーニャさんを、ご存知ですか……?」
 名前を出した時、ナタリアは時間を逆行していた。古き記憶が蘇る。
「そんな、そんなことって!」
「ん、ナタリア……さん?」
 不安そうな氷鏡の眼。
 そして次にナタリアは言葉を紡いだ時、得体の知れない感情を呼び起こす事実がどこからともなく生み出されるのだ。
「モーニャは、テスとペーチャ先生の子供だよ」
 ナタリアは更に言葉を続けた。ミシンで布を織る時のように早い口振りで。
「私はモーニャが死んだと聞かされていた。風の噂だったけど、あの事件で生きているとは思えなかった。でもニックが、もしかしたらモーニャは生きているかもしれないって言ったんだ。何故かと問うと、ニックは答えてくれなかった。だけどそうだよな。あの事件を仕組んだテスが、自分の子供を置き去りにするはずがないんだ」
 目まぐるしく回る思考回路は、ナタリアの身体を保っていた最後の砦を突破した。
 ――まさか……。
 座っていたナタリアは両手で腹を押さえ、椅子ごと地面に倒れた。自分の名前が呼ばれていることに気付いたが、ナタリアは返事が出来ない。鳩尾をドリルで貫かれている痛みが苦しく、声が出せない。


 日差しは強く照り付けていてロシアから吹く涼しい風が木々を揺らす。自然の香りは十分で、今は人気のないこの島で全てが始まり全てが終わったのだ。戦いの傷跡はまだ癒えていない。
 島を調査しに訪れていたのは晴海 嘉久也(aa0780)だった。彼はヘリコプターから島に降りた後、真っすぐに館へと向かった。
 館は傷跡が少なかった。ほぼ屋外での戦いだったからだろう。唯一の違いは蝶の銅像が真っ二つに割れて地面に落ちていることだ。エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は二つの像を拾って左右から合わせてみたが、稲妻のような亀裂が以前の美麗さを失わせている。
 館には資料保管室があったはずだ。晴海は玄関から入ってすぐ左側の部屋に向かった。
 資料室は簡素な出来合いだった。入ってから左右に机と椅子があり、壁を向いている。中央には100cm程の棚が三つ連なっている。奥には大きなスクリーンがあり、その下にはDVDディスクを挿入する機械が置いてある。
 晴海は一度扉の前に戻り、資料室全体を写真に収めてからまずは一番手前の棚に手を付けた。ファイルに挟まれて、様々な書類が保管されている。
 テレポート装置、改造されたスチャース、洗脳装置。これらの開発に取り組んでいた技術者達の存在がそこには記されている。
 ドミネーターの内部構造は幹部、軍隊、技術隊、諜報部、医療部、雇用という役割に別れており、技術者は三十人もいる。一同に集められているのではなく、三十人はそれぞれ五人ずつ別れながら合計六か所で開発を行っているのだ。
 六ケ所の住所も全て記載されており、晴海は念のため写真に収めた後に鞄の中にしまい込んだ。
 愚神に関する情報も乗っていた。クノウとジェシーだ。
 彼らの身体能力と固有する部隊の他、扱いに関する情報が記載されている。万が一裏切った場合、処罰はエージェントに任せると書かれている。
 クノウに関しては今も生存している可能性が大きい。
 その最もな理由は、ドミネーターの技術部とジェシーが協力した従魔を使った生体実験の資料で説明がつく。ジェシーのコピー能力を使って他の愚神の能力を従魔に移せるかという実験は成功した。ジェシーがクノウの能力をコピーしている際にジェシーの血を従魔に輸血し、加えて培養液の入った同じカプセルで一日過ごし、体液や細かな細胞を送り込む。そうすれば疑似的にクノウの能力をコピーできるというのだ。
 コピーした従魔は技術隊の中にある生体刷新部に引き渡され、姿と形をクノウそのものに作り替える。完成したコピー体は愚神ではない。そのために従魔によっては著しく能力が下がるというのだ。
 晴海は最後の一文に注目した。
 コピー体が消滅する際に、血泥のような黒い液体になって蒸発する。
 資料にはクノウ本体の居場所は書かれていなかった。
 エスティアは資料室から離れ、館の外に出た。窓からちょうど橘 由香里(aa1855)の姿が見えたからだ。
「おぬしらも来ておったか」
 飯綱比売命(aa1855hero001)は一番に声を掛けた。エスティアは頷いて、挨拶の後に言葉を続けた。
「お二人も館の調査をしに来たのでしょうか」
「ううん、ちょっとね」
 地面には剣が突き刺さっている。橘は地面に目を向けながら言った。
 飯綱は苦笑を浮かべ、橘の肩を指先でつついた。
「なあにしけった顔をしておるんじゃ。折角会いに来てくれた戦友に向ける顔にしては暗いのう」
 茶化した声に、橘は真正面からこう答えた。目線はまだ地面に向いていた。
「まだ、”友達になれたと思ったのになぁッ“って声が頭に残っているのよ。友達として絆を結べれば彼女を正道に引き戻せたのかしら。それとも、友人として戦って私が彼女を倒していれば、彼女は納得して消滅できたのかしら」
 死人に声は出せない。せめて魂さえどこかに残っていれば。輪廻転生という概念に嘘がなければ、いつかはまたやってくるのだろうか。
 暗い顔をしたままの橘に、飯綱はこう言った。
「どんな可能性があったとしても結果は動かぬ。先に進んだ時計の針は巻き戻らぬよ。愚神にしろ、別件にしろ、のう。わらわ達に出来るのは、その場その場で最善を尽くす事のみじゃ。全てを救えると思うのは傲慢じゃよ。救えぬものはあるし、救いを求めぬものもおる」
「……今日はやけに分別臭いのね」
「いつものわらわじゃ。なーんにも変わってないぞ?」
 ようやく橘が短いながらも笑みの息をこぼし、エスティアも朗らかに笑みを作った。
 橘は短い溜息を地面に落とし、剣にもう一度目を向けた。眼を瞑り、心の中で言葉を唱えるとどこからか声が聞こえたような気がした、風が運んできたのだろうか。
 ――ねえ由香里、私が愚神じゃなかったら……良かったのにね。


 この日、赤城 龍哉(aa0090)は大忙しだ。ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は付添として同行するが、同時に計画通りに動くための審判の役目も担っていた。
「予定を詰め込み過ぎですわ」
 彼女が言うのも無理はない、のだろうか。赤城は合計八人に会う計画を立てていたのだから。ドミネーターの関係者ほぼ全員の様子を見に行くのだ。
 最初はシュレインだ。彼はフランメスと同じく、ロシアの刑務所に捕らえられている。
「久しぶりだな、元気か?」
「程々にな」
 彼は一ヵ月前に拳を突き合わせた時と変わっていない。落ち着いた声音だ。寒気がする刑務所内で、彼は上半身に服を纏っていなかった。部屋を見れば、地面に服が落ちている。
 筋肉質の肉体から、以前の傷跡がまだ窺えた。
「今日はお前に頼みがあってきたんだ。引き受けてくれるだろうと思ってな」
「頼みか」
 赤城は頷いてから体を前に乗り出した。真剣な眼差しを崩さずに言った。
「シルヴァーニを支えてやってはくれねえか。余計なお世話だったら悪いな。だけど、どうしても言っておきたかったわけだ」
 彼が言い終えると、シュレインは自分の腕に刻まれた刺青を見た。刺青には蝶が描かれている。刺青を見てから彼は薄く笑みを作り、腕を組んで背凭れに寄りかかった。
「此処で俺はずっと迷っていた。これからの人生をどう生きるべきか。刑期を終えて外に出た時、俺はまともな人生は送れないだろう。だがシルヴァーニは更にひどい扱いを受けるだろうと想像はしていた。だが……相応の報いだと感じた。まだ俺は努力次第で引き返せる人生だが、シルヴァーニには不可能だろう。そこで手を差し伸べればどうなるかを考えた。ナタリアに対するデモがいい例だ。残忍なテロリストを擁護することで批判を買い、彼と一緒に俺も引き返せなくなるだろう」
 言葉を切って、シュレインは組んだ腕を机の上に置いた。
「赤城、君は最初からドミネーターの事件に関わっていて、シルヴァーニがどんな罪を重ねてきたか知っているはずだ。ドミネーターのほとんどを知っていて、それでも支えてやってほしいと、君が言った。だから俺は……その道を進もうと思えた」
「そうか。サンキューな。でも今思えば、フランメスになった奴を守っていたお前のことだから俺が言わなくても支えてたかもな」
「それは分からない。だが赤城の言葉が俺の背中を押したのは事実だ。だから俺こそ、ありがとう」
 シュレインに伝えたい事を終えて、次に赤城が向かった先は斎藤兄妹だ。妹の綾はドミネーターの崩壊によってHOPEの保護下から解放され、自由に外出出来るようになっている。二年もの間、彼女は学校以外で外出を制限されていたのだ。
 赤城は綾のいる花屋を訪れた。ヴァルトラウテは綺麗な花達を眺めている。
「おー! 赤城さん!」
 お団子頭の彼女はいかにも若い女性らしい笑みを浮かべて赤城の所へ駆け寄ってきた。
「元気そうだなあ。最初にあった時とは大違いだぜ」
「はいー! それはそれは! 花屋さんもまた出来るようになりましたし、お兄ちゃんももうちょっとで帰ってくるしで! 良い事づくめなんですよ!」
「お、そいつはいい事を聞いた。千草に会う勇気は出たんだな」
 最初、綾は千草との面会を断っていた。
「はい! すみません、正直最初は私も混乱してました。兄がドミネーターだなんて信じられなかったからです。なんだか私の知っているお兄ちゃんじゃない気がして、会うのが怖かったんですけど」
 花を見ていたヴァルトラウテは立ち上がって、幾つもの花が入った綺麗なブーケを持って店の中に入った。
「あの、これを頂いてもよろしいでしょうか。とても綺麗で、可愛らしい花なのですわ」
「えっ! いいんですか!」
 綾は吃驚しながら言った後、ヴァルトラウテの苦笑を見て「あっ!」と惚けたように声を出し、かしこまりました、と定型句を述べてレジに向かった。赤城は店内の様子を眺めることにしたが、花も全部元気そうだ。良い香りも立ち込めている。


 風代 美津香(aa5145)は以前に被害の地となったナタリアの故郷に足を運んでいた。閑散としている中、保護を受けて故郷に帰ってきた村人の姿も幾つか見えていた。HOPEが村で起きた悲劇を消し去るべく、その努力の成果もあってか村として機能は取り戻している。
 しかしながら、アルティラ レイデン(aa5145hero001)はこう言った。
「まだ、人々の心はあの時のままなのですね」
 村人達の心の傷は癒えていない。
 舗道された道から歩いてくる若い女性の姿があった。女性は木で出来た杖を持っていて、二人に向けて礼をした。胸に手を当てて、暫く目を瞑るのだ。
「こんにちは、村長のフリュー・リメロンと言う者です」
「こんにちは! 私がエージェントの風代だよ。フリューさん、少し村について聞いてみてもいいかな」
「ええ、大丈夫です。では家にご案内します」
 村の出入口から村長の家までは歩いて七分程だ。
 玉ねぎのような形をした丸い家の前には六段の階段があった。軽い靴音を鳴らしながら登り、家の中に入ると、外の冷気が消えて暖炉からの暖かい空気に歓迎された。
 三人は丸椅子に落ち着き、風代は言葉を切り出した。
「今の村の状況を教えてほしいんだ」
「良い状況とは言えません」
 明瞭な声で、きっぱりとフリューは告げた。杖は机に立てかけられている。
「宗教という形で人々の心を支えてはいます。犠牲者たちは安楽浄土に向かい、弔いの心を忘れずに毎日祈りを捧げれば必ず村にも平和が戻ってくると。しかし、愛した者を喪う悲しみは民に大きな毒素をもたらしました」
 木の燃える音に混ざって、フリューの薄弱とした声が鳴っている。
「私も愛する母を亡くしました。村長になるにあたって、最初こそ私は村長になって皆を救いたい気持ちでいっぱいいっぱいでした。でも現実は甘くなかった。私を支持してくれる人はたくさんいます。ですが、私はしっかりと役目を果たせているのかどうか不安で仕方なく、自殺者や犯罪者もいます。特に……犯罪者を村から追放する時は、とても辛いのです」
 寂寥の吐息が落ち、言葉が止まった。きっと彼女は村人に、この顔を見せたことがないのだろう。村人は彼女を支えにして生きている。そんな彼女が辛い顔をしたら、村人を不安にさせてしまうだろう。
「私はね、フリューさん」
 風代は両手で、彼女の小ぶりな手を握った。
「大事な人を失った悲しみはずっと癒えはしないと思う。苦痛は癒えることはない。本人が、周囲がいくら励まそうとも深い傷跡は直らない。でも、私は皆に生きていて欲しいんだ。亡くなった人達が望んでいた未来を取り戻して生きて欲しいんだよ。それが、亡くなった人達も望んでいる事だと思うんだ」
 皆に生きていて欲しい、その言葉がフリューの細かった目を丸くした。
 この閉塞してしまった村に訪問者はいない。だから村人たちは互いに支え合って生きている。しかし村人達の心に孤独という感情は確かに実在していた。
 だから村人以外の人間から「生きていて欲しい」と言われた時、彼女の心に救いが生まれたのだ。
「私達に何でも言って。辛い事、苦しい事、何でも受け止めて分かち合って行くから」
 フリューはアルティラに目を向けた。アルティラもまた、二人の手に手を重ねた。
 一緒に生きていこう。
 自然と滴る涙が机の上に落ちた。フリューは何かを口にしようとするが、言葉が出てこなくて口を開けたり閉じたりを繰り返している。やがて彼女は微笑を浮かべ、目が細くなった途端にまた雫が落ちた。
「言葉というのは、素敵ですね。こうして人を幸せにすることができるのですから」
 風代とアルティラは同時に笑って、フリューにその笑みを向けた。
「一緒に生きましょう、フリューさん」
 アルティラの言葉が、フリューの感情に乗る。


 お茶会にはシエロと、偶然立ち寄って参加することになった橘と飯綱の姿があった。
「気が利いておるのう! こういう場に酒はもってこいじゃな。お? ほうほう獺祭か!」
「普段買わないんだけど、買いたくなっちゃって」
 場所はロシアから一転変わって坂山家である。場所の提案者はノボルであり、万が一……ということらしいが。
「イェーイ! そんじゃま、パーティーを始めましょっか! じゃあいくっすよー! 皆さんコップ、グラス、御猪口を手に!」
 乾杯! と威勢の良い声が響き、机を囲んで乾杯。シエロは勿論、坂山の隣で肩を寄せ合っている。
 パーティの料理はいたってシンプル。シエロの買ったロシア料理のオードブル。ビーフストロガノフや、シャシリク、キシュカ等々。件のショッピングモールで炭火を使った出来立てを提供してくれたおかげで本場の味そのものを体験できるのだ。
 それに加えて橘が持ってきてくれたお菓子は和の物。餡子のお団子や手頃に食べられる大福等が机の上に乗っている。落ち込んだ時には甘い物だ。
 一口目を飲み終えた坂山は焼酎を注ぎ、橘持参のお茶で割っていた。
「由香里ちゃん島に行ってたのよね。その、ジェシーとはしっかりお別れ出来たのかしら」
「多分――いえ、できたわ。今頃正気に戻ってまた新しい綺麗な物探しに出かけてるんじゃないかしら。別の世界でね」
 飯綱のグラスが空いたのを見て、ノボルが酒を注ぎに歩いた。飯綱はノボルの頭に軽く手を置いて称賛した。幼いのに社会の礼儀をしっかり心得ておる。
「シエロは街の復興、しっかり出来てる?」
「もーまんたい! シエロちゃんの手にかかればお茶の子さいさいだー! あ、そうだ。役員のおじちゃんにもらった飴もこの机に並べておこう! そおい!」
「慕われておるのう。お主程の元気があれば、街の人らも元気を分けてもらえそうじゃな」
「そうね。私もシエロちゃんの活躍振りを見ると元気が出てくるもの」
「いやいやー! ウチはただのボランティアッスから! それより、パーティの主賓である坂山さんが褒められるべきッス!」
 目標が自分に移り変わり、坂山はいそいそとコップに口を付けて飲んだ。お茶割の焼酎がほんのり甘く感じた。
「ドミネの件を解決出来たのは間違いなく坂山さんの成果ッス、ウチ等はただのお手伝い。坂山さんはすごいッス、だから誰よりも坂山さんがお祝いされるべきだと思ったッス」
「わ、私はそんな」
「まあまあ、そう謙遜するでない。お主の可愛い可愛い隊員達からの褒め言葉ぞ? 素直に受け取るのもリーダーの役目じゃ」
「そ、そう言われると……敵わない……ケド」
 坂山はもう一杯自分でコップに注いで、一度に飲み干した。こうして何とか冷静を保つのだ。
 ところがシエロは隣にいる坂山に豪快に抱き着いてこう言ってみせた。
「本当に、本当にお疲れ様でしたッス、ウチは坂山さんが大好きッス!」

 こうして楽しいパーティの終わり。散々気持ちがあっちこっち行き来していた坂山は酔いと疲れからか眠りに落ちていた。シエロは膝枕をしながらニコニコ笑って見下ろしている。飯綱も熟睡模様だが、彼女は坂山や橘をからかって遊びつくして酔っ払っているのだ。
「……まあ、まだ夕方にもなってないし、起きるまで暫くは待ってあげてもいいわね」
「そうだねぇー。私は坂山さんが起きるまでここにいるよー」
 楽しいパーティの終わりかと思いきや、まだまだ続きそうである。
 家のチャイムが鳴った。家主は夢の中にいるし、シエロは枕役を担っているからと橘が玄関の扉を開けると、赤城とヴァルトラウテが立っていた。
「あれ、橘だったか。お前も坂山さん家に来てんだな」
「ええ。ちょっとお茶会をしにね。シエロちゃん達もいるわよ」
「お茶会途中か、邪魔しちまったか?」
「ううん。もうほとんど余興だもの。坂山さんは寝ちゃったし、飯綱も見るに堪えない姿。それでも良かったら何かお話してく? まだお料理もあるし」
「そうだなあ。今日は歩き回って疲れたから参加させてもらうか」
 二人を中に入れた時、ヴァルトラウテの持っていたブーケから良い香りがして橘は思わず見惚れた。聞けば、斎藤家の花屋で買ったものだという。
「彼らも無事、元の生活に戻れたみたいね」
「そうですね。元気そうでしたわ。これ、坂山さんにと思って持ってきたのです」
 居間からシエロと赤城の交わる声が聞こえてきた。挨拶を手短に終え、早速会話に興じているらしい。
 坂山は眠りの中で、少しだけ体勢を変えて仰向けになった。何か寝言を言っていたように感じた。シエロは何となく「私も大好き」と聞こえたが、しどろもどろな口調で正確かは分からない。
 唯一分かるのは、どうも坂山の顔は楽し気だった。


 病室でナタリアが目を覚ました時、不安気に手を握ってくれていたのは氷鏡だった。
「ん、おはよう……ございます」
 医師は付添のアルヴィナにこう言っていた。ナタリアは過度なストレスに長期間晒されていたせいで身体が弱り、胃潰瘍を患ったと。ナタリアが目覚めるまでの間にアルヴィナは氷鏡と別れ、ナタリアが入っていた独房についてインターネットを使って調べていた。すると、その独房の評判の悪さが浮き彫りになっていた。囚人に対する過度な暴力や囚人同士のイジメ。性差別は日常的。
「ごめんな、六花。ちょっと吃驚しすぎたみたいだ」
「気にしないで……ください。お医者さんも、すぐに治るって……仰ってましたから」
 しかし、氷鏡も大きな心配の念はあった。額をくっつけあって、ナタリアの暖かさを、吐息を感じてようやく安心する。
「フランメスは、これからどうなるんだろう」
 漠然とした問いを氷鏡に投げかけ、ナタリアは天井を見上げた。
「フランメスは……きっと、今までの罪を……法に裁かれて、償うことになるんだと……思います」
「今までの罪。あの人は様々な罪を背負ってる。ロシアには死刑制度がないから、死刑にはならない。だが……あまりにも大きすぎる罪だ」
「生きて……償いを終える日が来るのか、六花には……解らない、です……」
 人間という器の寿命は短い。短い中で、多くの罪は償えるのだろうか。ドミネーターの被害にあった人間は、死んだ人間だけではない。今を生きる人々をも苦しめ続けているのだ。
 ロシア政府には死刑制度の復活を求める声も上がっている。フランメスを死刑にすべきだと。
「その……ナタリアさんさえ、良ければ……その日が来るまで……南極で、六花と、アルヴィナと、オールギンと一緒に……暮らしません、か」
 ナタリアは答えられなかった。喉が何度も上下して生唾を飲み込む音だけが聞こえた。目まぐるしく、彼女の脳内は思考で溢れているのだろう。
 隣で立っていたアルヴィナが腰をベッドに乗せ、ナタリアにこう言った。
「私も六花と同じ気持ちよ。貴女には幸せになって欲しい。もし、一緒に南極に来てくれるなら、心から歓迎するわ」
 彼女はナタリアの手を握って、はっきりとした声で続けた。
「でも……道はもう一つ、あると思うの」
 視線をナタリアから氷鏡へと移したアルヴィナは、一度言葉を止めてから再びナタリアに目を向けた。
「……警察に出頭して、法の裁きを受ける道。……フランメスと一緒に、ね」
「ん、そんな……」
「私もできれば……このまま貴女を南極に連れて帰りたい。だから、どっちの道を選ぶのかは……貴女に任せるわ、ナタリア。貴女がどっちを選んでも……私は、貴女の気持ちを尊重したい」
 ナタリアの涙が頬を伝って枕に落ちた。仰向けだった彼女は横向きになり、氷鏡の顔を見ながら手を強く握りしめた。
 そして弱々しい声で言った。
「私は……、本当なら、六花と一緒に行っちゃダメなんだ。なぜなら……私は、皆から犯罪者だと思われてる……だから……六花と一緒にいちゃだめで、シルヴァーニと一緒にいないと……だめなんだ。だけど……私は裏切られるのが……もう、嫌なんだよ」
 視界がぼやけるから、ナタリアは目を閉じた。
「ごめん……ごめんね。本当なら、皆と同じように……私も警察で罰を受けるべきなんだ……。だけど……、もう限界……。六花の所に行きたい――」
 彼女の心からの願いが、全てが詰まった言葉だった。
 ――もう幸せになってもいいよね……? ペーチャ。私は悪い子だったけど、もう甘えていいよね……? 
 ――ごめんねシルヴァーニ。ごめんね。


 迫間のいる部屋の扉が開き、風代とアルティラ。二人に続いてモーニャが入ってきた。風代はモーニャとシェノとさっきまでパンダクッキーを食べていたが、モーニャはシルヴァーニと会いたい……と文字に書いたのだ。それは彼女が初めて書いた文字だった。
「お前達がかつてドイツのL町を襲撃した時……宮本の英雄、ヒラナの記憶を消し、本人たちの意思と無関係にリンカーと英雄の誓約を強制的に破棄させた事があったな?」
 迫間はシルヴァーニに向けて言った。彼は何も口に出さずに頷いた。
「アレは、今でも再現可能なのか。お前以外の者でもなし得るのか」
「ああ。やろうと思えば」
「今自分の隣で家族のように接している英雄が、誰かの意思で誓約を書き換えられ悪意をもって自分と接しているかもしれないと気付いてみろ。中世の魔女狩りと同じレベルの蛮行が、人の手による英雄狩りが始まる」
 彼はただ黙って迫間の並べた言葉を耳にしていた。そして額に手を当て、苦笑交じりの息を吐いた。
 マイヤは黙りこくるシルヴァーニに向けて言う。
「私は央がいつ、いかなる時にリンカーの能力が必要になっても共鳴できるよう、幻想蝶の中から央の周囲を警戒している。私には私個人の私的な立場も時間も必要ない。私の私的な都合を優先させたせいで、共鳴できず央を失うなんて事は絶対にさせない。だから、他のリンカーならともかく、私達には絶対にそんな方法通じさせない」
 一息分の言葉を区切ってから、マイヤは続けた。
「……けどね。普通はそんな事出来る訳がない。英雄にも人格が、自分として生きる時間が、人生がある」
「全てのリンカーと英雄が真に自由に生きていけるよう、社会の中での地位を確保する。それが俺の目的。それが俺達がリベレーターに入ってでもお前を追った理由だ。もし、法の裁きがお前に生きて償えと言うのなら、英雄狩りが現実にならないよう死ぬ気で頭の歯車回してどうにかしてみせろ」
 黙っていたその口がようやく動いた時、その時に聞こえてきた声は薄く、途切れ途切れだった。
 彼は言った。
「君と僕とは、正義と悪として長い間の付き合いだった。それが君の願いなら、何とかして止めてみせよう」
 自分の撒いた種は、時に回収が困難を極める。それが一輪の花になるだけなら簡単だ。種から生えた根が困難なのだ。根は時間が経てば経つ程に広がり、大きくなる。
 十分な解答を得られた迫間は席を立ち、風代に譲った。
 一つの話を聞き終えた風代は、彼に向けてこう告げた。
「大丈夫。シェノさんは貴方の味方だし、モーニャちゃんだって」
 シルヴァーニは部屋にモーニャがいることに初めて気付いた。眼が僅かに開き、シルヴァーニは前に手を伸ばした。二人の指が透明な板に重なった時、彼は腕を降ろした。
「人の心を取り戻した貴方にお願いがあるんだ」
 モーニャも手を降ろし、虚ろな目でシルヴァーニを見つめている。彼女が何を思っているのかは分からないが、アルティラは小さな変化に気付いていた。モーニャは常に口を半開きにしていたが、今ではしっかりと口を閉じて現実を直視しているのだ。
「それは、絶望に沈んでいる貴方の部下達に希望の芽を植えて欲しい。少しでいい、生きている限り希望は消えない事を彼らに教えて欲しい。それが、友達としてのお願いだよ」
「そうか……」
 絶望の種を取り除きながら、希望の種を撒く。途方もない生き方が彼を待っている。風代は言葉を更に続けた。
「それと、モーニャちゃんが貴方に」
 赤い折り紙。モーニャはポケットから取り出して、丁寧に折られた紙を広げた。
『ありがとう』
 彼女の頭の中にある小さな小さな辞書から出てきた文字列だった。

 刑務所から外に出た風代は、次にナタリアの所へと向かうべく足を動かしていた。刑務所に向かえば、彼女は病院にいるという。氷鏡が付き添っているとも聞いて一安心だ。
 病院に向かうバスの中、風代は呟いた。
「ナタリアさん、今度こそ笑顔になれるかな」
「はい。今頃、氷鏡さん達と一緒に笑ってるんじゃないかと思います」
 強く、自由に生きて欲しい。風代の心からの願いだった。辛さを、悲しみを知った彼女は誰よりも優しくなれる。それは他の人達に希望を与えられる人だから。
 幸せに生きてほしい。どうか。


 晴海はHOPE本部に立ち寄って、集めてきた書類を全て提出した。提出を終えて廊下を歩いていると、スチャースが彼を待っていた。
「何か分かったのだろうか」
「ええ。色々と」
 幸福を追求するロボット、スチャースはどうしても聞かなければならない事柄が出来ていた。だから椅子の上で彼が出てくるのを二十分も待っていた。
「フランメスにおける正義とは、なんなのだ」
「彼が求めていたものは最初と最後で異なりますが、理念は同じでした。世界中の人に自分達の悲劇を訴え、二度とするな……という一種の警告のような理念です」
「悲劇を訴えるために、悲劇を作ったのか」
「彼が取った手段ですね。他にも様々な方法はあったでしょうが……」
「残党は島にはいたのか」
「いえ、いませんでした。恐らく逃げ出したのでしょうね。また、クノウについてですが……まだ生存している可能性があります。しかし技術者達を捕まえれば消滅させることができるでしょう」
 廊下を歩きながらスチャースは更に質問を重ねた。
「常々気になっていた疑問だが、彼らはどうしてあそこまで成長したのだ」
「彼らはインターネットを経由して人材を集めていました。ダークウェブはご存知で?」
「ああ。見たことはないが」
「それを介在として……ですね。大きな噂にならなかったのは隠れたサイトの存在と、厳密な体制下によるものでしょう。一つの場所に大きな拠点を作らなかったのも大きいと思います。彼らは様々な場所に散らばっていましたからね。資料を見てみれば、私達の知る場所以外でも小さいながら破壊活動をしていました。世間にはそれがドミネーターの仕業だとは知られておらず、ただの過激派テロ組織によるものだと言われています」
「シルヴァーニには人望があったというわけか。先に晴海が言った理念に人望が集まるということは、似たような組織が今後いつ出てきてもおかしくない……という事になるだろうか」
 長い戦いであるドミネーターとの決着は終わり、平和は取り戻せたが氷山の一角でしかないのだ。まだ底には、大きい何かが隠されている。
 何もかもが終わるまで、後どれくらいかかるのだろうか。
 戦いは終わらないのだろうか。
 英雄の、リンカーのあるべき姿とは。その全ての解は、解かれる時が来るのだろうか。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • 解放の日
    ジスプ トゥルーパーaa0575hero002
    英雄|13才|男性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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