本部

【ドミネーター】夢見たリンゴ

玲瓏

形態
シリーズEX(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
13人 / 4~15人
英雄
11人 / 0~15人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/08/20 22:52

掲示板

オープニング

 ――随分と柔和な表情をしているね、シルヴァーニ。
 ――そう見えるかい。
 ――そうとしか見えないね。私達の感覚は誤魔化せない。でも不思議だね。人間ならもう少し反抗するかと思っていたというのに。
 ――反抗した所で何になる。飾り気のない花には分からないのさ。いや、地球上の誰もが僕の芯たる物を知らないままだろう。
 ――何人かは知ってる奴がいるかもしれないよ。
 ――いる訳ないだろう。僕は気が狂ってしまった殺人鬼だ。今まで殺めてきた人間の数は幾つだと思う。分かるだろう、僕は殺人鬼だ。
 ――いいや、ある意味で君は一般人だ。簡単じゃないか。自分が為したいことのために、邪魔者を消す。人間は邪魔だ。自分自身の未来のために邪魔な人間はいる。道徳観とやらで抑制しているが、殺人衝動を堪えている人間は世の中に沢山いる。彼らは我慢強く、また知能もある。
 ――まるで、僕にどちらもないような言い方だ。
 ――さっきも言ったが君は一般人だ。そこそこの我慢強さ、知能はある。だが衝動を堪えるために大事なものが一つ欠けている。それは、愛だね。
 ――僕は沢山の人に愛されて育っている。じゃあないか。何を言っているんだ。
 ――本当、私達は何を言っているんだろうね。テロリストを愛する奴なんているかい? 大事な家族を殺され、仲間を傷つけられ、君を恨んでる人間は大勢いる。だからもう諦めるといい、シルヴァーニ。
 ――とっくの昔に諦めている。
 ――というより、君は自分を諦めさせたんだね。
 ――こんな所で暇をつぶしてる場合かよ。せっかく僕の身体を貸しているんだから、最大限頼むよ。倒された仲間たちの分、あんたらには頑張ってもらわないと。
 ――勿論。

 勝ったところで、負けたところで彼に未来はない。
 それを知りながら、微笑んでいたというんだね。
 乾ききった花は、腐った愛がきっと包んで、燃やしてくれるだろう。だから安心するんだシルヴァーニ。
 フランメスはしっかりと、私達が処分する。

解説

●目的
 フランメスを殺害するか、捕縛するかは現場のリンカーに委ねられている。

●ドミネーター(第一形態)

 植物の能力を持って攻撃を仕掛けてくる。花弁は一つ一つが武器となり、蔦は鞭のように伸び、様々な攻撃がリンカーに繰り出されていく。その手法は無限とも思える。
 本人自身の戦闘能力も開花している。攻守ともに万能となっており、接近戦は強力。武器は状況次第で変化する。
 火に対する抵抗力は高く、鋼鉄の硬さを持つ花の耐久性は高い。

●ドミネーター(第二形態)

 島の中心部にある木にドミネーター自身が寄生し、第二形態へと変化する。
 第二形態時、彼の身体は木の表面から上半身だけ見える状態となる。第二形態になった場合、この上半身だけが攻撃の通ずる手段となる。
 主に広範囲による攻撃が充実。地面に生える根は数百にもなり、自在に動かして武器とする。
 葉からは強い酸性液を降らし、第一携帯にはなかった突風を使った攻撃も使う。防御面には特に優れており、上半身以外の攻撃は無効化。上半身に無暗に近づけば、木から落ちる青い果実が爆裂しエージェントを遠ざける。この青い果実は触れると同時に破裂し、周囲に神経毒を撒く。

●隠れ家
 第二形態の巨木の中には隠れ家が入っている。その隠れ家に被害は全くない。

リプレイ

 逃げてシルヴァーニ! あんたは生きろ。絶対に死んではだめだ。
 馬鹿を言え! 僕は味方を置いて逃げるなんてことはできない。一緒に逃げるんだ。出口ならきっとあるから!
 なあ、俺はあんたの野望を聞いて驚いたよ。他の連中は人間のことを嫌っているが、お前だけは違ったんだな。
 何言ってんだよ!
 もうこんな家に用はないだろ。あんたには行くべき所がある。俺は無い。だから、奴らが俺を食ってる間に逃げろ。
 無理だ、嫌だ! 仲間を置いていけるかよ。
 俺は死ぬのが怖くねェ。だけどな、お前の――お前が掲げた野望を信じた奴らの希望が無くなるのは何よりも怖え。
 僕は君が死ぬのが怖い! 皆生きて出るんだよ。今生きてる人らで全員、生きて出るんだよ!
 来るぞ、奴らだ。
 頼む、頼む。こっちを向いてくれよ。僕は君の笑顔に何よりも救われてきたんだ。一緒に逃げよう。ねえ!
 ――
 死なないで! 僕は皆と一緒に叶えたいんだよ、分かってくれよ! なんで、なんでッ!
 ――


 前衛を保っていた藤咲 仁菜(aa3237)はアイギスの盾を握り、伸びる蔦を弾き返した。続けざまに左右から伸びる蔦は雪村、NAGATOの刃が切断し、晴海 嘉久也(aa0780)はライフルはドミネーターの頭部を狙っていた。トリガーを握った瞬間轟いた銃声。銃弾は彼の左右に咲いていた花から散る花弁が真っ二つに切り裂き、分裂した弾丸が背後のガラスを砕いた。瞬間、ドミネーターは両手を真横に広げ掌から生えた橙色の花が黒く染まり、全ての花が宙に舞った。花は外から吹く風に乗り室内を走り回る。不規則な動きをした花の一つが九字原の頬を掠め、切り傷から血が滴った。
 出鱈目に走り回っていた花は収束し、円らな模様を形成すると藤咲に向けて走り出した。盾と円形が衝突し、発生した波動が黒い花弁を燃やし、消滅させた。
「さすが、我らがリンカー。私達の攻撃など意に介していないと見えるね」
「馬鹿にしないで……! 私達はこれまで、たくさんの敵達と戦ってきたの。貴方がどんな攻撃で来ようと突破させるつもりはない!」
「じゃあ、神のコンクラーヴェを見届けるとしよう」
 彼は地面に片手を押し付け、地面から根のような太い蔦を生やし、それは藤咲の脚に何重にも巻き付いて拘束した。九字原 昂(aa0919)の持つ雪村が蔦を切り裂いたが、傷を負わせた箇所は即座に修理され、切断は不可能だ。
 晴海は再びライフルを手に、引き金を引いた。同時にドミネーターは腰から銃を引き抜き、瞬時に照準を銃弾へと合わせ引き金を引いた。二つの銃弾がドミネーターの眼前で交差し弾き飛んだ。
 刹那、天井の中心にラフレシアのような大きな花が咲き、藤咲は盾を上に振り上げた。
 花の中心部には空洞が見え、空洞からは鉛に似た重い石がアイギスの盾に降り注ぐ。九字原は隙を見出し、側面から接近すれば雪村を横に薙ぐ。蔦がドミネーターを防御したが、想定の範囲内だ。横向きに薙いだ刃は下に振り下ろされ、床に突き刺すのだ。そしてハングドマン、片方の短剣を投擲し、ドミネーターの腕に食い込ませ、手前に引く。
「ほう」
 倒れた先に刺さっていた刃が彼の腕を切り裂き、血を噴かせた。
 盾に降り注いでいた雨は止んだ。ラフレシアの花は枯れ、朽ちた花が藤咲の周囲に落ちる。
 壁を足で蹴り飛ばし、反動で起き上がったドミネーターは手を上に向け、天井に花を這わせた。咲き乱れた花は破裂し、天井を弾き飛ばす。蒼い空が戦場を見下ろした。
 床から青の花が二つ咲き、日光が花を照らした。
「さあ! 君達に教えなければならない。この島は私達の味方だ。この島にある森や海や風が私達を強くし、勝利を与える。今まで散っていった分の、負けた仲間の雪辱をここで晴らす!」
 青色の光線が天空から花へと注がれ、ドミネーターは花弁手に取った。花弁は形を剣へと変化させ、彼の両手には青い剣が二つ握られた。
 床を引き裂くように走り出したドミネーターの背中からは二つの蔦が生え、晴海と九字原を牽制した。二人は互いの刃で蔦を切断し、走り出したドミネーターの前に立つ。
 刃と刃が重なり合う音。
 途端、衝撃波が刃の間に発生し雪村とNAGATOは空に舞った。
「二人とも、下がってください! 私があの攻撃を受け止めます!」
 九字原と晴海は藤咲の背後に避難し、晴海はライフルを構えた。
 ――あの衝撃、盾とはいえ耐えられるかどうか分からないぞ。マズイな……。
 蒼い剣の感触を知るベルフ(aa0919hero001)は九字原にそう言い聞かした。彼の額から汗が滴る。
「さようなら若きヒーロー、藤咲仁菜。私達は君の雄姿を忘れないよ」
 蒼き剣は表面に花柄の模様が刻まれてあった。眼前に来たからこそ見える模様だった。藤咲は両手で盾を持ち、振り下ろされる瞬間に眼を瞑って精神を一つにした。
 悍ましい程の衝撃が盾に加わり、押し潰されそうになった。
「まだ、まだ……!」
 ライフルの弾丸が彼の腕を射抜いた。しかし、ドミネーターは目の前の敵に全てを賭けていて、晴海へと見向きもしない。
 ドミネーターは剣を上に振り上げ、再び盾に叩きつけた。それでも盾は崩れず、何度も上に振り上げては盾を切り裂く。藤咲の腕は震えていた。盾を持つ腕に限界が近いのだ。アイギスの光が、目の前の闇に飲まれようとしていた。
 その腕に、別の腕が重なった。眼を開いた藤咲が見えたのは、九字原の横顔だ。
「助太刀します……!」
「あ、ありがとう……ございますッ」
 絶対に、誰一人として仲間を傷つけさせない。盾は落とさない。藤咲の震えた腕は少しずつ止まり始めた。
 二発目に放たれたライフルが腕の関節に命中し、片方の剣が地面に落ちた。その瞬間、床から生えた蔦が剣を握り、晴海へと伸びた。横向きに払われる刃の動きをイヤシロチで完全に止め、蔦を斬る。そのまま藤咲の背後に回り、彼女を飛び越えて大剣を構え、振り下ろす。
 剣と剣が衝突し合い、ドミネーターは背後へと退いた。
「面白い……。やはりリンカーとはこうでなくてはならないね。強く、逞しく気高く。でも分からない。なぜ君達は下等な人間を守ろうとするのか」
「簡単だぜ」
 ドミネーターは教室の入り口に眼を向けた。出入口からは他のリンカー達が次々と教室に入ってきていた。最後に入って来た赤城 龍哉(aa0090)は言葉を続けた。
「あんたが思ってる程人間は下等じゃないからさ。ドミネーターさんよ」
「私達は何人もの人間に寄生し、ありとあらゆる行く末を見守ってきた。人間は須く洗脳され、名ばかりの自由意志をぶら下げて生きているだけに過ぎない。弱き者を救う強者は偽善者と言われ、強者は弱者を甚振る事で立場を確立する。金という幻想の力に頼り、あたかも自分自身が神にでもなったかのような人間のなんと多いことか」
「貴方と同じように、私達も色々な人間の行く末を見てきたわ」
 橘 由香里(aa1855)はフリーレンサーベルの切っ先をドミネーターに向けた。
「その中には確かに救いようもない人間もいた。けれど、それでも私達は人間を守ってる」
「愚かだ。君達は最後に後悔するだろう。人間を守って戦ったことに。――せいぜい、彼らに絶望するといい」
 ドミネーターの傷ついた腕は再び癒され、彼は両腕を交差して拳に力を込めた。すると建物の外――彼の背後から大きな花が一輪咲き、項垂れた頭部がエージェント達を見つめている。強い風が吹いたかと思えば、葉が舞い散りエージェント達に降り注ぐ。
 陰陽玉に意識を集中させる黒金 蛍丸(aa2951)はしかし、数の多さに狼狽を隠す心が必要だった。
 吹き荒れる幾千もの刃が次々とエージェント達の血で濡れる。氷鏡 六花(aa4969)は大きな氷壁を形成し、ドミネーターと分断した。
 氷壁に蔦が這う。
「ん……、その程度じゃ、六花の氷は解けない……」
 だが、氷鏡は別の意図に気付いた。蔦から小さな花が生えたのだ。
「なんでもアリかよ、こいつ」
 花から放出された一つの棘が赤城の腕を突き刺すと、傷口から花が咲いた。深く体内へと食い込む草に、まるで麻痺してしまったかのように腕が動かない。
 ――神経が寄生されてしまっていますわ。本当に何でもアリだなんて……。
 赤城は片手で花を根本から強引に引き抜き地面に投げ捨てると、氷壁を飛び越えてドミネーターの前に降りた。上を見上げた途端、額に銃口が当たった。
 瞬発力の勝負は赤城の勝利となり、銃声と同時に弾丸が床にめり込んだ。赤城は側面に回り、燃え盛る炎を直線状に放出した。床から生えた蔦が炎を弾き飛ばし、ドミネーターの背後で咲く花弁が赤城に向けて放たれた。
「……ほう、これで燃え難い特性と言う訳か。小賢しい」
 花弁をブレイブザンバーで真っ二つに切り裂いた後、氷壁が溶けるのを見れば赤城は仲間の下へと引いた。
 花だから燃えやすい……敵は人間の常識的な考えを根本的に引き裂いたのだ。
「綺麗な花だよね」
 餅 望月(aa0843)は傷口を片手で押さえながら花を見上げていた。ドミネーターは彼女の言葉に頷き微笑を浮かべた。
「そうだろう。私達の一番好きな花だ。花言葉は夜夢の女神、導師の帰還」
「女神かあ。私は天使だからちょっと違ったな~。天使を使った花言葉、何かないかな?」
「花言葉ではないが、エーデルワイスはどうだろう。天使に恋した登山家に、天使が渡した花だよ。それかスノードロップ。アダムとイヴを慰めるために、天使が雪を花に変えたんだ」
「へえ。天使ってやっぱりすごい。ねえドミネーターさん、私達は天使に見える?」
「どうだろうね。でもその立派な羽は天使に相応しい。後は君自身の選択だろうね」
 ――何を無駄話しているんだ、早く……終わらしてくれ。
 ――落ち着くんだよシルヴァーニ。分かっている。
 背中から蔦が生え始めるが、その数は尋常ではなかった。九字原達が最初目にした二本の蔦とは程遠く、数え切れはしない。


 全てのエージェントに伸びる深緑の蔦が次々と地面に朽ちては、新たな蔦が背中から生え無限の戦いを生み出していた。シエロ レミプリク(aa0575)は一度に五十本もの蔦を、鳳凰の幻影が切り落とした。
「まだまだ、まだまだ……! エージェント、いい加減諦めたらどうだろう? 私達は負けない」
「さあてェそれはどうだろうな。いい事を教えてやるよ。君が相手してんのはエージェントの中でも優れ者って事をな。ウチらを相手にしちまった時点で、君の思惑は全て崩れ去るわけだ。言ってる意味分かるよな」
 蔦を斬り、シエロはドミネーターの眼を睨んだ。
「分かるよ。しかし私達は負けない。ねえ君、何度か見かけた事があるよ。覚えてるかい? 坂山純子が騙されて病院行きになった時のことを。とても怒っていたのを覚えているよ」
「そんな事もあったなァ。で、それをウチに言ってどうするつもりだよ?」
「別にどうという訳でもないよ。少しだけ早く走馬灯を見させてやろうと思っただけなのだから」
 ドミネーターは微笑を浮かべながら銃を手にし、銃口をシエロに向けた。シエロは防御の姿勢を構えたが、寸前で銃口はシエロではない別の者の方へと向いたのだ。
 銃口の先には白金 茶々子(aa5194)が果敢に蔦と激闘を繰り広げていた。卯花を俊敏に動かして蔦との戦いに懸命になり、銃口に気付いていない。
 速射砲を構えたシエロの脚を蔦が貫いたが、構わずシエロは発射した。
 二つの銃声が空へと立ち上った。
 一つの銃弾はドミネーターの腕を弾き飛ばし、一つの銃弾は、黒金の背中を射抜いた。
「お兄ちゃん! 大丈夫……?!」
「まったく……、ちゃんと周りを見るんだって教えたじゃないか。敵は蔦だけじゃないんだよ」
「うう、ごめんなさい。私のせいでお兄ちゃんが」
「気にしないで。妹を守るためなら背中でも腕でも、何でも差し出そうじゃないか」
 どこからか蔦が伸びていた。白金は黒金の背後から伸びる蔦に気付いたが、気付くのが一つ遅かった。その蔦は、あまりにも素早かったのだ。
 だが蔦が黒金を痛めつけることはなかった。
 藤咲は盾で蔦を押し返し、彼岸花が蔦を切り裂いた。
「そんな事はさせないんですけどね……! 蛍丸さんの応援で駆けつけたのに、そんな危険な事はこの私がさせません……!」
「仁菜さん……! ありがとうございます。来て頂いただけでも嬉しいですから、無茶はしないでくださいね」
「無茶はしないでって言葉、蛍丸さんもですよ」
 白金は卯花を手にし、三人は横に一列に並んで武器を構えた。
 速射砲に弾き飛ばされた腕は、その箇所に花弁が集まって即座に再生した。ドミネーターはまるで踊るかのように華麗なステップを踏みながらシエロに接近し、硬い拳を胸に伸ばした。シエロは両腕を前に拳を受け止め、薙刀を構えて大きく一回転した。ドミネーターは腰を下げて薙刀を避け、床を蹴って跳躍するとシエロの肩を踵で強打した。
 痺れる右腕。
 高速で動いたシエロの左腕がドミネーターの脚を掴み、骨の髄まで握り締め強く地面に叩きつける。笑みを浮かべたドミネーターの手の甲には花が咲いており、全ての花弁が散りシエロの手には、気付けば痛みが走っていた。
 自由を手に入れた彼は、部屋中で暴れる蔦の動きを停止させ、数秒の後に蔦は自爆を引き起こした。発生した爆風には棘が入り交じっていた。
 橘は一足早く立ち上がり、治癒のライヴスを周囲に輝かせる。フリーレンサーベルが構えられ、邪魔な蔦が消え去った隙を使い、腰を下げて橘が突進した。ドミネーターの手には剣が握られ、二つの剣が衝突し火花が散った時、橘は剣を押し付けながらドミネーターにこう言ってみせた。
「随分と強いのね。黒幕に見合う能力を持っていると思うわ」
「だろう。私達も自分の力が恐ろしいよ。憎悪の力が、ここまで強大だとはね」
 エージェント達は立ち上がり、各々武器を手にしていた。
「でも、大事な事を忘れちゃってるんじゃない?」
「へえ。その答えを教えてもらいたいね」
 橘は視線を彼の後ろに向けた。答えは後ろにあるのだ。彼は橘の眼を答えだと知り、押し殺した声で笑った。
 氷漬けになった大きな花は音を立てて崩れ始めた。
 ――ドミネーターの心が少しだけ揺らいだ。
 突然とも呼べるだろうか。
 壊された窓、その奥から人影が現れた。常識的とは呼べないスピードでその人影は、側面からドミネーターに食らいついた。飛び蹴りで地面に倒された彼の上に跨り、迫間 央(aa1445)はヌアザの銀腕から伸びた剣でドミネーターの腹部を貫いた。
「どうやら、間に合ったようだな」
 赤城はブレイブザンバーを手に、笑みを作って頷いた。
「待ってたぜ、迫間」
 ドミネーターから剣を抜き、迫間は仲間の前衛、藤咲の横に立った。
 腹から血を流し、彼は仰向けに倒れたまま低く笑っていた。
「赤い。久しぶりに見た。人間の赤い涙。迫間か……私達は君の事を知っている」
「しばらく見ない内に随分変わったモノだな、フランメス。いや”お前は”ドミネーターだったか」
「ああ。そうだよ」
 彼は立ち上がり、後ろの壁に凭れ掛かった。深い傷口から次々と血が滴り落ち、地面を濡らした。
「フランメスは君を警戒していた。だから私達にも、気を付けるように言っていた。しかし、こんな形で、不意を取るとは」
「驕りが招いた敗北だ。受け入れるんだな。フランメスの身柄を渡せ」
「それは、無理な相談だね」
「諦めろ。お前に勝ち筋はない」
 深く食い込んだ傷口は今までよりも治癒速度が遅かった。体内が引き裂かれたせいだろう。もげた腕を直すよりも、千切れた体内を治癒させる方が何倍も時間がかかるのだ。体中を襲う痛みが集中力を奪い、これ以上戦うのはドミネーターにとって悪手だった。
 邪英が少しずつ和らいでいく。
 藤咲が一歩、前に足を踏み出した。
 建物が揺れた。
 揺れるだけではない。島全体に地響きが鳴ったのだ。潮騒は一層激しくなり、不穏な風音が耳に跡を残して過ぎ去っていく。全てのガラスは割れ――エージェント達は唖然とドミネーターを見ていた。
 彼の体内から木の根が生え始めたのだ。下半身が根に包まれ、服が避けた上半身の胴体や、顔の額には入れ墨のような木目が現れていた。
「ははははッ。敗北? 私達に敗北はあり得ない。あってはならない。憎悪の力、その真髄を教えてあげるよ」
 口を閉じ、彼は両手を後ろに伸ばした。そして、異様なまでの速度で窓から外へと落ちたのだ。
「追いましょう! 逃がす訳にはいきませんッ」
「勿論だぜ。いくぞ!」
 二階の窓から飛び降りると、地面には血の跡が出来ていた。引きずられたような跡だ。血痕を辿りその先で待っていた物は、最早フランメスとも、ドミネーターとも呼べない生物だった。
 島の中央に生えていた木の中心部にフランメスの上半身が飛び出しており、根が蠢いているのだ。
 木には細長い目が創作されていた。大きな瞳がエージェント達を見下ろしている。
「私達は屈しない。さあ始めようか。私達はドミネーター、世界を支配する者ッ」
 武器を構える音が聞こえ、戦いの声が周囲にこだました。


 地響きが轟き、風代 美津香(aa5145)とアルティラ レイデン(aa5145hero001)は急いで隠れ家に戻った。立っていられない程の揺れが島全体に流れていたのだ。
 扉を開け、部屋を見渡す。
 ベッドで男の子とモーニャがシェノに抱えられていた。
「シェノさん、大丈夫ですか?!」
「ええ、私共は問題ありません」
 部屋の中はリンゴが床に落ちていただけで、荒れた様子はなかった。落ち着いた様子でシェノが子供達を宥めているだけだ。
「あれだけ揺れていたのに、この部屋凄いね。何かに守られているみたいに平和だよ」
「ええ、実際守られているのですよ。この木には守り神が住んでいる、という言い伝えがありましてね。それより、お仲間の所に戻った方がよろしいのではないでしょうか。今の地響きは、良くない兆しです」
 風代は思い詰めたような悩み顔で床に落ちたリンゴを眺め、シェノの言葉に首を横に振った。
「何かあった時のために、私はここに残ることにするよ。アルティラも、いいよね」
 彼女も首を縦に振った。風代はその決断を仲間に報告するようアルティラに託し、三人のいる近くに立った。
「よいのですか。彼の強さは、おそらく我々が考えている以上です」
「大丈夫だよ。皆強いからさ。それに、フランメスがまだ優しい心を本当に持っているなら、誰一人死なない。私はそう思うんだ。それでね、私は持ってると思う。その心。直感なんだけど、実は私の直感はよく当たるんだよね」
 シェノは細い目を下げ、小さく笑って頷いた。
 少し時間が経って、モーニャと男の子は疲れからかベッドで口を開けて寝ていた。シェノはベッドから立ち上がってテーブルに座ると、包丁を上手に使ってリンゴの皮を剥き始めた。皮がテーブルの上に落ち細やかな音を立てると、その音にシェノの声が交ざった。
「リンカーさん、私はね、あの時の音を一生忘れたことがないんです」
 笑い顔の赤い皮が風代とアルティラを見上げていた。
「事件が起きた日、私の娘だったペーチャは助けを求めて私に電話してきたんです。怪物が来た、助けて欲しい。私はとても慌ててしまって、その時は本を読んでいたんですけれど、本を落としたんですね。何かあったのか聞いても、娘は何も答えられず慌てるばかり。もう何人もの子が死んでしまったと聞いて、私には娘の感情が伝わってきて足が震えました。受話器の向こうからは悲鳴が聞こえてくるんです」
 白いリンゴが机の上に置かれた。
「ペーチャは受話器を捨てて走り去りました。電話は通じてます。だから私は、向こうから聞こえてくる声から様々な想像をさせられるんです。逃げ惑う子供達、引き裂かれる音。気持ちの悪い音でした。私は自分がどうすればいいのか分からず、ただ音を聞いていました。何か叫んでいたようにも思います。それで、聞こえてきたんです。子供の声が」
 ――シェノさん、助けて! 助けて。どうすればいいんだ。僕の友達が死んじゃったよ。
「シルヴァーニの声でした。私は、大丈夫だ大丈夫だと何度も声をかけて彼を慰めようとしました。子供達にとって、私は何でも出来る存在だったのです。だから、何もできない自分がひどく無様に思えましたね」
 ――悲しいよ、おばさん。恐いよ。
「それからシルヴァーニは受話器を外して、叫び声を上げて走って行ったんです。多分、怪物が近くにいたんでしょうね。私は耐えられなくなって、電話を切りました。そして車で、急いで町まで出かけたんです。孤児院の前にはたくさんの人が集まっていて、警察もいました。私は、彼らの遮りを押し通して家に入りました。不思議なことに、遺体はありませんでした。血の跡だけが痛ましく残っていて、愚神も従魔もいませんでした。でも確かに家は、殺されてしまったのだと私は知った」
 バグダン・ハウスはテスの策略によって潰された。しかし後になって彼の使っていたメモ帳から意図的な破壊でないと知れたのだ。つい最近の発見であった。テスが捕獲され、警察が彼が使っていた家を隈なく調べて出てきた物だった。
 当初、テスはリンカーの持つ力の偉大性を他の住民よりも理解していた。忌むべき存在ではない。そう市民達に教えるために、彼は愚神と手を組んだフリをした。バグダン・ハウスに従魔を攻め込ませ、それを退治させることによって彼らの社会的立場を向上させようとしたのだ。
 しかし、策略は無残に終わる。テスは死ぬ気で家の中に入り、シルヴァーニとナタリア、モーニャを救出した後、親友であるフランメスを殺害した。
 策略が失敗に終わったのはフランメスが原因だったのだ。彼はリンカーではなく、愚神の力に心を奪われた。
「シェノさん、そんなに辛い経験をしたのに……こうしてモーニャちゃんを守っているって、すごいと思うな」
「せめてもの償いです。あの時何も出来なかった私は、こうして罪滅ぼしをするしかない。子供達は私が助けてくれると信じて、待ってくれていたでしょう。あの子達には可哀相な事をしてしまった」
 彼女の口どりは重かった。溜息と悲しみがリンゴには似合わなかった。それに気づいたのか、彼女は笑う皮に向けて律儀に微笑んでみせた。


 雨宮 葵(aa4783)は島に到着する前から木の異変には気付いていた。遠目に見ると、島全体を覆い隠すような霧が立ち込めていることが分かった。ボートから降り島に立つと、真っ先に戦場へと向かう。過激な音が一つだけじゃなく聞こえ、荒れた戦場に到着するとカチューシャMRLを放ち、木に命中させた。
「お待たせ~! うわっ、凄まじいことになってる……」
 根が地面を這い、地面から突き出した細い枝が剣のように振るわれる。迫間は枝を切り裂き二つに割るが、すぐに次の枝が他のエージェントを襲うのだ。
「到着してすぐで悪いんだが、雨宮に伝えなきゃならねえ事がある」
 赤城は雨宮の横に並び、迫る木の根を剣で刻みながら言った。
「俺らはあのシルヴァーニって奴を生きたまま捕獲しなくちゃならねぇ。短期決戦に持ち込もうと思う。雨宮、その辺よろしく頼むぜ!」
「了解! ちなみに、どこ狙えばいいの? さっき撃った弾、全然効いているように見えなかったよ」
「恐らく、木の真ん中から生えてる上半身しか攻撃が通らない」
「よし、なら……!」
 カチューチャを構えた雨宮は、根の対処を赤城に任せて照準を上半身に合わせた。重苦しい音と同時に放たれた弾は上半身を狙っていたが、自在に動く木の枝が弾を弾き返した。
「なるほど。接近も難しくて、遠距離攻撃も当たらない。相当な手練れだね、このシルヴァーニっていうのは」
「今はドミネーターって言ってやるといいぜ」
 武器を構え直し、態勢を取った赤城は瞬時に木に接近する。木は接近するにつれ根や枝の数が無数になり、六つの根があらゆる角度から赤城に迫った。
 左右には九字原と晴海が控えており、根を切断し赤城への道を作ると赤城は上半身に向けて跳躍した。
 途端、彼の脚に無数の枝が絡みついた。その枝は赤城自身の剣で切断したが、地響きと同時に突風が赤城を襲い、上半身から弾き飛ばした。
「やっぱりな、あそこだけ異様に防御が集中している」
「問題は、どうやって近づくかですね……。赤城さん、良い案があります。少しだけここを離れても良いでしょうか」
 晴海は赤城に眼を配り、真剣な眼差しでそう言った。
「妙案を思いついたような顔つきだな。いいぜ、ここは任せろ」
 地面から生える棘が砂埃を巻き上げながら晴海を狙った。赤城は剣で棘を斬り、剣を振り回しながら突進した。
 木の根本に近づくにつれ、攻撃は激しさを増す。黒金は槍で根を薙ぎ払いながらも着実に前へと足を進めていた。背後では白金が根を弾き返し、小さな躯体で根の攻撃を躱しながら兄の後ろに付いていた。
「茶々子ちゃんはもう少し後ろに! 前に出過たら危険だから!」
「大丈夫なのです、これくらい……しないと! 強くなれないのです!」
 黒金は周囲を取り囲む根を瞬時に薙ぎ払い、雷上動の矢を二発シルヴァーニに放った。二つの矢は左右に垂直に放たれるが、やはり途中で根が弾いてしまう。もう一撃――黒金が弓を構えた途端、指に雫が垂れた。その雫は焼けるような痛みを伴い、思わず照準が下がった。そして上を見上げれば、無数の雨粒が垂れてきていた。
 眼を瞑った黒金はしかし、痛みが全身に立ちまわることはなかった。
 レザーシールドが雫から黒金を守っていたのだ。
「これで大丈夫なのです! ちゃんと傘は持ってきているのですよ」
「あ、ありがとう茶々子ちゃん。でも盾が焦げてるよ……!」
「えっ」
 焦げるような臭い。盾が少しずつ軽くなっていく感覚。
「た、盾が溶けてきちゃったです」
 黒金の頭には様々な行動パターンが浮かんでいた。白金を庇いながら走り去るか、雨が止むのを寸前まで待つか、傘から出て痛みに耐えながら尚上半身を狙う賭けをするか。しかし、そのどれも痛みが伴うものだった。白金に痛い思いはさせない。
 一刻と盾が溶けていく。白金の顔が青くなりつつある。
 彼は弓を構えた。上半身を攻撃し、雨が止まるか賭けに出るしかない。
 立ち上がろうとした黒金の腕を、何かの手が掴んだ。
 目まぐるしく景色が揺れ動き、眼を瞑って開けた時には雨の外にいた。
「大丈夫~? 二人とも! 盾溶けかけてたよ。ピンチの時はウチを呼ばないとね。名前を呼んでくれればすぐに駆け付けるよ」
「シエロさん……!」
 シエロの腕には痛々しい火傷の後が残っていた。
「大丈夫、あんま痛くなかったからサ。それより、どうしたもんかな。これじゃあまともに近づくこともできない。遠距離からの攻撃は弾かれ、近づけば突風やら雨やらで妨害を食らう。これじゃあ圧倒的に向こうが有利過ぎる状態……。でも大丈夫、晴海さんから朗報が聞けたよ。この戦いも、そんなに長くはかからず終わる」
「一体、どんな朗報だったのですか?」
「それはね――」
 地面から無数の枝が生え、迫間と橘の周囲から離れようとしなかった。斬り、払い、そして斬る。
 ――このままじゃキリがないのう。どうするのじゃ。消耗戦に持ち込まれておるぞ。
 飯綱比売命(aa1855hero001)は幅広い視野で周囲を観察していたが、突破口となるものは一つも見当たらなかった。戦場を照らす日差しが体力の消耗を早め、汗が服に染みつくのだ。
「何とか突破口は開いてみせるわ。絶対に何かあるはず、無ければ作りだすまで!」
 迫間の分身が周囲の枝を薙ぎ払い、再び生えてきたのは木の根だった。木の根は空中で二つに絡みつき強度を増し、ドリル状の凶器となり迫間に走った。迫間は剣でドリルを弾き、袖から伸びた光線で根を切断した。
 腰を下げ、根の挟撃を前転で避けて木へと接近し、再びの左右からの攻撃を二つの剣で切り裂いた迫間は、根を踏み台に高く跳びあがり幾つもの根を切り刻みながらシルヴァーニに攻寄った。
「無駄だ」
 不意に危機を感じた迫間は、目線を上に向けた。丁度シルヴァーニと自分自身の間に青い果実が落ちてきたのだ。
「剣を摂れ銀色の腕……アガートラム!!」
 吹き飛ばされた青い果実はシルヴァーニに命中し、呻き声が聞こえた。
「おのれッ!」
 迫間の剣がシルヴァーニの胸に突き刺さるその直前で突風が吹き乱れ、迫間は後ろに吹き飛ばされた。後ろで控えていたシエロが迫間の身体を受け止めた。
「助かった。強い衝撃だったが、お前は平気か」
「ウチは大丈夫だよ、気にしない気にしない。にしても後ちょっとだった……。央さんが吹き飛ばした青い果実、効いてたのかな」
「恐らくな。だが大したダメージじゃないだろう」
 体制を立て直した迫間は再び立ち上がり武器を構えたが、突然に耳に入り込んできた音に気付き周囲を見回した。


 轟音とも呼べる音はヘリコプターの音であり、その機体からはタンクがぶら下がっていた。中には多量の水が含まれている。
 通信機から晴海の声が流れてきた。
「お待たせしました。氷鏡さん、今から水を上からかけます、その間に水を全て凍らせ、ドミネーターの動きを封じてください」
「ん……分かった。任せて」
「お願いします。それと、このタンクだけの水では足りるか分かりません。他に水を使える方がいたらぜひ……!」
 晴海は操縦士に頷き、ドミネーターの真上まで機体が来た時に吊るされたタンクの片方を切り落とし、滝のように水を降り注がせた。
「蒼き神よ。その清浄なる力で我に仇なす者を捕えよ」
 雨宮は片手を空に掲げ、その時水流が木を覆い囲んだ。彼女を貫くべく根が群を成して飛び掛かるが、橘は彼女の前に降り立つのだ。
 左から来た根は左手で持った剣で切断し、即座に迫りくる右方向からの根は腰を下げ、右手に武器を持ち替えて仰ぐように斬る。
「ついでに私からもプレゼントよ」
 橘は斬った根を踏みつけ、口の開いた水筒を木に投げつけた。
「六花、やるなら今だ!」
 赤城の呼び声。六花は本を開き、周囲に冷気のライヴスをこめ始めた。
「……ん。ぜんぶ……凍らせる」
 冷気が島から吸い寄せられ、ドミネーターに集中していく。雨宮は水が広範囲に広がらないよう水流を操りながら、絡みつく木の枝の攻撃に必死に耐えていた。氷鏡を狙った根は、黒金の弓が叩き落とし、シエロは速射砲で上半身を狙って何度も銃を放っていた。敵が攻撃だけでなく、防御にも集中するように。
 詠唱の終わりに、氷鏡は目を見開いた。
「全部、凍らせるッ」
 瞬間、ドミネーターの木は根本から凍り付いていった。抵抗すべく根が地面を這うが、力は弱まっている。それは氷のせいか? 答えは違う。
 藤咲の顕現させた彼岸花の持つ毒は、少しずつドミネーターを蝕んでいたのだ。
「体の痛みに気付けないというのは、大きな弱点なのです! この彼岸花に含まれた毒を知ることもできない」
 氷鏡は手が震え始めた。ドミネーターの抵抗力が上がり、完全に凍結するまでにライヴスを強めなければならない。氷の範囲はようやく七割達したが、勝負はまだ終わっていないのだ。
 青い果実が木から生え落ち、突風が果実を吹き飛ばした。恐るべきスピードは氷鏡が反応出来ない程であり、覚悟をする猶予すら与えられなかった――だが、間一髪でシエロの腕が彼女を守った。果実は破裂し、シエロの身体全体に汁が撒き散らされる。
「ん……ありがとう」
「おうおうッ。六花ちゃん、あとはパーッと凍らせちゃってくださいよ!」
 微笑みを浮かべようとして、彼女は地面に腕をついた。
 ――これは、毒……! 主様!
 ジスプ トゥルーパー(aa0575hero002)の不安気な声に、今度こそ彼女は笑みを浮かべた。「心配すんな、これくらい」。
 木はほとんどが氷に埋め尽くされ、一葉も残らず氷漬けとなった。
 橘は木の背後に回り込み、パイルバンカーから杭を射出させ、水筒から中に水を注いだ。橘は氷鏡に通信機で合図を送り、内部ごとの凍結に成功した。
「いくぜシルヴァーニ。歯、食いしばれよ!」
 赤城はブレイブザンバーを構え高く跳躍した。根や枝は凍り付いており、彼の動きを阻害する物はない。接近しても、果実が落ちてくることはない。全てが凍っていた。
 シルヴァーニは接近する赤城を睨んだ。
 刃が、深くその胴体に突き刺さった。一度だけでない、刃は何度も上半身を切り刻み傷を負わせていった。剣が振るわれる度にシルヴァーニの胴体が左右に揺れ、血を降らせていく。
「これで終わりだぜッ」
 赤城は剣にライヴスを込め、空に切っ先を向けた。
 剣は振り下ろされた。
 ――終わらせないよ。
 剣がシルヴァーニに触れる直前、竜巻のような突風が吹き荒れ、周囲の雑草を巻き上げる。激しい音を立てて氷が割れ、自由を取り戻したシルヴァーニの根が空中の赤城を捕らえ、その体を締め付ける。
 救出に先手を取った黒金が大きく跳躍し赤城の根を切断するべく槍を振るったが、異様なスピードで迫った根に黒金の胴体は貫かれ、上空に掲げられた。
「お兄ちゃん! 今助ける!」
「待った茶々子ちゃん。この木、さっきよりもスピードが上がってる。無暗に近づくと大変なことになるかも」
「でも、お兄ちゃんが!」
 望月は白金の頭に手を置き、大丈夫だと断言した。
 シエロは神経毒の抜けない体で速射砲を構えたが、照準がずれて簡単に引き金を押せない。下手をすれば弾丸が二人に当たってしまう。
「終わらせないよ、エージェント達。シルヴァーニの戦いは、復讐は、絶望には終わりがない! だから私達が終わらせると誓った。だからこそ、ここでは朽ちられない!」
「貴方はフランメスと小さい頃から一緒にいるの? 全てが始まる前から」
 音符のような模様が浮かび、その音符はドミネーターに向けて発せられていた。雨宮はマイクを手にして、彼らにそう問いかけていた。
「ああ。あの事件が起こる前から、私達は一緒だった。共に歩いていた」
 人間に絶望しかけていた頃、シルヴァーニを見つけた。彼は、絶望を感じていた私にとっては一番の友であった。
 迷いはなかった。彼こそが、私達の新しい主だと思った。
「じゃあ何でフランメス、ううん……シルヴァーニを止めなかったの?」
「止める、だって?」
「能力者と英雄。私達は一人じゃない。貴方が真っ先にシルヴァーニを止めなきゃいけなかったんじゃないの?」
 一つ一つの音符がドミネーターに届く。シルヴァーニの耳に、雨宮の声が届く。
「私達の苦しみは、誰かが理解できるようなものじゃない。理解してはならない。まだ、その失言を許すよ。だから――」
「願いを叶えるだけが英雄じゃないでしょ。共に生きて、共に成長して馬鹿な事したら怒って、一緒に笑って。英雄って……相棒ってそういうものじゃないの?」
 藤咲が周囲に治癒のライヴスを届き渡らせた時、シエロの体内を蝕んでいた毒が消えた。手の震えが消え、速射砲が放たれると黒金と赤城を捕らえる根を同時に引き裂いた。
 これ以上時間はかけられない。
 晴海はヘリコプターから降り、エージェント達は互いに顔を合わせて頷いた。
「私達は、間違った道を歩んでいたのかもしれない。でも自分の正義にだけは正直に生きてきたんだ。朽ちるのは君達の方だよ。全員が等しく、私達の養分になるんだよッ」
 ドミネーターが動くと同時に、幾千もの根が空を覆いつくすのと同時にエージェントのライヴスは臨界を超えた。
 ――終わりにしようぜ、フランメス。
 氷鏡は両手を前に掲げ、強大な氷の剣を形成した。剣は木に突き刺さり、鞘に騎乗していた。迫間は剣を縫うように走り、氷が弾けた時に発生した浮力でシルヴァーニを切り裂いた。
 彼のスピードに反応できるものはない。遅れて伸びてきた根も、瞬く間に氷となり地面に落ちた。
 ――派手な攻撃だから、その陰に忍ばせるのは常套手段……。
「守りが堅いなら、内から崩すまで」
 迫間の攻撃に気を取られ、側面から近づくもう一つのエージェントにドミネーターは気付けなかった。仮に気付けた所で、雨宮と藤咲の毒が根を鈍らせていたために反応できただろうか。九字原は雪村を前に掲げ、シルヴァーニの胴体を貫いた。途端、葉から舞い降りてきた幾つもの果実が見え、迫間と九字原は息を止めた。
 シエロの速射砲は青い果実とシルヴァーニ、その二つを同時に射抜いた。
 白金は卯花を握り締め、迫りくる根を踏み台にしながら次々と上り、シルヴァーニの目線の高さまで訪れた。背後から近づく根に気付かず――。
 雷上動の弓は背後の根を引き裂いた。白金が斜め下を向くと、黒金は片目を閉じて白金を見上げていた。
 卯花と弓が、それぞれシルヴァーニの胴体を突き刺した。
「朽ちぬ、絶対に朽ちてたまるか!」
 果実が幾つも落とされ、吹き荒れる風が乱雑に果実を宙に浮かせた。その果実に向けて葉が放出され果実が破裂し周囲に毒が撒き散らされた。
「そうはさせない!」
 藤咲は毒を払うかのように浄化されたライヴスを風に乗せ、かげろう光で毒を消し飛ばした。
 晴海は助走をつけて飛ぶ。アンチマテリアルライフルで周囲の根を破壊し、それでも尚迫りくる根や枝は全てが凍り付いた。凍り付いた根を踏み、更に高く跳ぶと晴海はNAGATOの刃でシルヴァーニの肩を切り裂き、瞬時に横に剣を払い、腹を切り裂いた。
「負けるものか……私達に敗北は許されない!」
 ドミネーターは島全体の空を覆い包んだ根から大きな棘を伸ばした。
 その時だ。海風で靡く髪のように、縁側で揺れる風鈴のように聞こえてきた歌声に、棘の動きが止まった。
 ――この歌は。
 
 Расцветали яблони и груши

Поплыли туманы над рекой

Выходила на берег Катюша

На высокий берег на крутой

Выходила, песню заводила

Про степного сизого орла

Про того, которого любила

Про того, чьи письма берегла――

 歌が過ぎ去った後、シルヴァーニは腹部に強い衝撃を感じた。痛みはあるが、敵意のある痛みではない。
「もういいだろ」
 赤城はシルヴァーニの耳元で囁いた。赤城は幾つもの棘に突き刺さっていて、血が雫となって垂れていた。だが剣は決して手放さず、目は前を向いていた。剣が更に深く食い込むと、島を覆っていた根は灰になって消え、葉は枯れた。
 地面に落ちた彼は、仰向けになって赤城を見上げていた。
「負けたのか、この僕が」
 血に濡れた言葉が紡ぎだされた。荒い息が彼の声を掻きけしたそうにしていたが、赤城や他のエージェント達には彼の言葉が確かに聞こえていた。負けたのだ。
「殺せよ」
「少なくとも二人はお前の死を望まない連中がいるんだぜ」
「知ったことか。僕を殺すために、来たんだろ?」
 彼の服は破れていて、ジーンズには穴が開いていた。至る所から血が落ち、傷が幾つにも出来ている。上半身の入れ墨は無くなっていた。
 仄かにリンゴの香りがした。彼の口に、食べやすい大きさのリンゴが差し出されていたからだ。黒金の手がそこにあった。
「どうか、食べてください」


 ――僕はね。いつか絶対に僕たちの存在を世間に認めさせるのさ。ナタリアや、ニックや。ここに住む家族達は誰もが外に出て、一緒に働いて暮らす。レストランだっていけるし、遊園地にだって遊びにいける。ペーチャやシェノさんに苦労をかけた分、絶対に僕たちを認めてもらってさ、恩返しをするのさ。
 ――そんなこと、できるの? 絶対無理だね、私には分かる。
 ――無理じゃないさ。確かに僕たちは世間から見放されて、捨てられてここにいる。でも何か方法があってさ、皆に認めてもらうことだってできるはずさ。
 ――何も計画がないのに?
 ――ないのに。
 ――馬鹿みたいだ。バカみたいだけど、私もそんな未来になったらいいなって思う。皆が幸せになればいいなって。
 ――うん! 僕も全く同じだ。だから頑張って、頑張って何かしよう。目指すは僕たちと人間の共存。皆で一緒に仲良く暮らそう。
 ――そうだね。じゃあ誓いのリンゴを食べよう。これは約束のリンゴ。これをお互いに口にしたら、約束成立だ。
 ――それはいい! じゃあ、いただきます。

「青空が滲んで見えてしかたない。僕の世界が、まるでおかしくなってしまった」
 自己再生能力のおかげで、自分自身で潰した目はとうに蘇っていた。
 隠れ家の扉が開き、風代とシェノ、モーニャが姿を現した。モーニャは血にまみれたシルヴァーニにひどく驚いた表情をして駆け寄り、両手で彼の手を握り締めた。
「もうこれ以上貴方が戦う必要はないんだ」
 言い切った風代は、彼の近くに腰を下ろした。
「貴方には誰よりも人を愛する心が残っている。なぜそう言い切れるか? なら、なぜ貴方は彼女達を傷つけないように戦っていたの? 貴方は愛を与えられた事がなかったから愛の与え方を知らなかったんだ。貴方の破壊衝動も、愛し方が解らない不器用な心が暴走したものなんだよ」
 シルヴァーニは黙ったまま空を仰いでいた。眼を開いて、ただ呼吸をしていた。
「ねえ、シルヴァーニ。どうして私達に全てを委ねなかったんだい。最後の最後まで」
 木はそう言って、彼に語り掛けた。シルヴァーニは目を閉じてただ微笑するだけだった。歌が聞こえてきて、シルヴァーニの心が一瞬だけ停止した。近づいてきた赤城の攻撃を弾き飛ばす体力は残っていたはずだ。
 シエロは武器を地面に置いて、口を開いた。
「多分そいつが君の誘惑に落ちきらなかった理由、すごく簡単だと思うよ」
「へえ?」
「単にそいつは復讐なんて望んでないって事。世界が悪い、この世は何だって話を大きくしてごまかしてるけど、結局そいつは《大切な人を失って悲しかった》だけなのさ」
 滲んでいく空。大事な仲間たちの面影が、波の声に重なって揺れる。揺れていく。
「止まらない悲しさのはけ口を探して、復讐を言い訳に敵を作って八つ当たりを始めた。んで、相手がいなくなればまた適当な理由で復讐の対象を増やしていく、復讐してる間は悲しむ余裕なんて無いから。そんなやつに終わりのある《正しい復讐》を勧めても食いつきが悪いのは当然だよ」
「シルヴァーニは、最初から復讐を望んでいなかった。私達は、誤解していた?」
 ドミネーターは彼に問いかけた。木の問いかけに、彼の笑みは沈んだ。
「僕は最後まで悪役でいたかった。世界の悪であり、最後は正義に殺されて死ぬ。それが僕の、最大の望みだった」
 地面が凍っていた。ひんやりした背中。
 小さな声が聞こえてきた。その声は、氷鏡の物だった。
「ジェシーを殺した六花が、フランメスは生かそうとする……それじゃ、自分の大事な人の命だけを護ろうとして、他人の大切な人は平気で殺す……汚いHOPEのやり口と一緒になっちゃう。だから……フランメス。貴方のことも殺さなくちゃいけないって……そう、思ってた」
「なら、殺せよ」
「……六花には、貴方は殺せない。だって、ナタリアさんは今でも……貴方を愛してる」
「ナタリアが。僕を」
「ねえ、フランメス……お願い。生きて……罪を償って。もう一度、ナタリアさんに……会ってあげてよ」
 海鳥達の声が聞こえる。波が岩に打ち付けられて、血の混ざった磯の香りが鼻につく。リンゴの味がまだ残っている。五感が少しずつ、体中を呼び覚ましていく。死を覚悟していた彼は、体を震わせながら起き上がり、モーニャの髪を片手で持ち上げた。
 シルヴァーニに突き立てられた刃が、彼の首筋を捕らえた。切っ先が頸動脈に触れる寸前で、迫間は手を止めた。
「貴様の所業は万死に値する……が、だとしても。感情に任せた私刑など許される事ではない。シルヴァーニは死んだんだ……それはお前自身が語った事。フランメスとして法の裁きを受け、もし機会が与えられるなら”フランメスとして償え”」
 沈黙が時を靡かした。彼は木に寄りかかり背中を預け、空を見上げた。
「――それが、最後の君達の選択か。久しぶりだよ、やけに久しい。何がって、僕にも分からないが、懐かしいんだよ……な」
 二機ヘリコプターが近くに止まり、片方の機体から坂山とスチャースが降りてきた。坂山は手を振ってエージェントの所に歩き出した。
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は二人の来訪に笑顔を向け、彼女もまた手を振った。こんにちは、エスティアが声を出そうとした時、坂山の顔から笑顔が消え、白くなった。
「シエロちゃん!」
 戦意を失くしていたのはフランメスだけだったのだろう。
 ドミネーターには、まだ戦いの意志が残っていたとでもいうのか。
 幾つもの根がフランメスを狙っていた。直角に折れ曲がった根がフランメス目掛けて伸びいく。
 血が飛散し、木に降りかかった。
 根はシエロの両腕、脚、胸を突き刺していた。
 フランメスは怯えるような声で、「どうして」と呟いた。シエロは不敵にも笑いながら、こう応えた。
「生きるんだよ……ッ。お前は誰よりも生きて、償わなくちゃならないんだよ。お前が死んだら悲しむ奴がいるんだろ……ッ。だったら、生きるんだよッ!」

 ――逃げてシルヴァーニ! あんただけは生きなくちゃだめだ!

 フランメスは立ち上がり、モーニャを抱えて脚を引きずりながら歩き出した。
 背後から聞こえる衝撃音。迫りくる根。
 後ろを振り返らない。
 坂山の前まで来て、フランメスは体力が尽きた。足から転げ落ち、坂山に懇願した。
「助けて……くれ。頼む」
 何も言わず、坂山は頷いて彼を背中に乗せ、モーニャと手を繋いでヘリコプターまで走り出した。二人を機体に乗せると、操縦士に後を託した。


 朽ちた木が残滓となり、島に立っていた。斜めになった躯体からは、既に生命の灯は失われているように感じられた。
「これで、ようやくフランメスも終われたのかな?」
 九字原は地面に座り、木を見上げる。彼の言葉は、隣にいたベルフ(aa0919hero001)が拾った。
「さてな……だが、ドミネーターはこれで終わりだ」
 長い、長い。戦いだった。
 その戦いがたった今、全て終わった。重い傷を背負ったシエロは坂山に連れられて臨時で病院に運び込まれ、治療を受けている。
 ぼんやりとしたあと残りだけが島を包んでいた。
「お前が今のまま戦い続けるなら、お前のバーストに二度とクロスリンクはしない」
 戦場の香りが立ち込める中で、迫間はそう言った。彼の視線には氷鏡が立っていた。彼女は迫間に眼を合わせようとせず、朽ちた木を見上げていた。マイヤ サーア(aa1445hero001)は不安気に氷鏡と迫間と眼を行き来していた。
「六花ちゃん、私も央も責めてるわけじゃないの。ただ、考え直してもいいんじゃないかって」
「私は今でも……あの時の六花さんの決意と優しさは間違ってなかったって思ってるんですよ」
 その声を、リオン クロフォード(aa3237hero001)は暖かく見守っていた。藤咲は氷鏡に向けて、言葉を続けた。
「六花さん、もう一度信じて一緒に進んでみませんか?」
「ん、六花は、何を信じればいい……? もう何も、信じられはしない。全部凍るまで、何も」
 隣で、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が彼女の肩に指先を立てて手を置いていた。藤咲に一瞥を送ると、小さく頭を前に下げる。
 リオンは藤咲の背中を拳で軽く叩き、笑顔を向けた。
「大丈夫だ」
 眼を丸くして藤咲は笑みを浮かべたが、少しだけぎこちなかった。ぎこちない笑みを浮かべた彼女の所に、雨宮が寄ってきた。彩(aa4783hero002)も一緒だ。
「可愛い顔して結構やるのね?」
 藤咲はきょんとした顔になり「私ですか」と聞き返した。
「ええそうよ! 戦況が不利になっても決して退かずに仲間を想うその姿勢、お姉さん立派だと思ってね。称賛してあげなくもないわよ!」
「仁菜ちゃんが大人しく下がる子なはずないじゃん」
「あら、それもそうかしら!」
 クスクス、彩の声だ。愉快に笑っている。楽し気な笑い声が、戦場の痕を少しずつ消していった。


 白金が坂山に優しく諭されているのを後目に、黒金は館を調査していた橘に声をかけた。勇気を出して声を出したが、言葉が上手に紡げるか分からなかった。詩乃(aa2951hero001)は彼の瞳を見つめた。
 橘と飯綱比売命(aa1855hero001)は同時に振り向いた。
 一呼吸、彼は間を必要とした。
 開き放された扉から颯爽と森の香りが巡ってきた。木々の揺れる音が耳に靡く。
「由香里さんと仲良くなる切っ掛けになった病院での出来事を覚えていますか? あの時も本当に心配しました。不安でたまりませんでした」
 隣で見守ってくれている詩乃は、彼から告げられる言葉を一言一句聞き逃しはしなかった。
 二人の間で育んだ芽を、彼は枷だと語った。そうだと思えて仕方なかった。橘は親から束縛されていて、今度は自分自身が束縛をしているのではないかと彼は不安で仕方なかったのだ。黒金はお互いが別れる方法を、気付けば模索していた。
「自由の枷になって、ごめんなさい。突き放すような別れ方をして、すみませんでした」
 誰かに手を引いてもらう人生というのは本当の人生じゃないと思うんです。
 真実の言葉を聞きながら、橘は静かに頷いていた。
 一度だけ、彼女は目を逸らした。
 真実が語り終えられると、彼女は苦笑した。
「最後に本音を言ってくれて良かった。私は、もう誰に手を引いて貰わなくても自分の足で自分の道を歩ける。貴方のおかげよ。感謝しています」
 地面には砕け落ちた蝶の銅像が転がっていた。飯綱比売命はしゃがんで羽に手を這わせて、立ち上がった。黒金は彼女に向けて口を開きかけたが、飯綱比売命はそれを制するように口を開いた。
「わらわには謝罪など不要じゃ。経験を積んで、いい男になるのじゃな。此度の失敗を無駄にするなよ? さらばじゃ」
 二人は階段を上り、二階へと向かった。バルコニーからちょうど見えるのだ。ジェシーとの戦いの痕が。

 空飛ぶ機械の中で、フランメスは坂山に訊ねた。
「僕は分からない。エージェント達の選択が。一人は、償うためだという。一人は、愛する人のためだという。なあ坂山君。僕は分からないことだらけなんだ」
 彼は虫の息だ。喋るだけでも痛みが体を突き刺している。
「貴方はテロリストっていう生物じゃない、人間よ」
「僕の大罪は、死して償われるものだと思っていた。未練等ないというのに」
「人間にはね、最低一人はいるのよ。自分が死んで悲しんでくれる人が。まあ、人間に限らず犬とか猫もだと思う」
「ナタリアの事かい」
「その内面談の機会は与えてあげるわよ。ただ貴方が生きている理由は償いや、愛のためじゃない。もう一つあるの」
「罰か?」
「ううん。自分のため。貴方の復讐理由は、愛する人達を失った悲しみからだった。彼らのために貴方は復讐していたんでしょう。自分の本音を殺して。なら、これからは自分のために生きるのが正解だと思わない?」
 護衛も兼ねて一緒に搭乗していたヴァルトラウテ(aa0090hero001)は、フランメスと視線を合わせた。
「生きて罪を償うのですわ。今まで貴方が殺してしまった人の分まで、死んでしまった友達の分まで」
 坂山の通信機が鳴った。フランメスは目を閉じて、通信機越しに聞こえてくる声を聴いた。
「坂山さーん! ジェシーが率いてた人達、無事に救助完了したよ。島に回ってた毒? みたいなのも撤去完了!」
「お疲れ様、美津香ちゃん」
「モーニャちゃんは大丈夫そう?」
「ええ、安心して。疲れてぐっすり眠ってるみたい。酔い止めを飲ましてあげたら気分も良くなったみたいだし」
「よかった! あ、それと気になったんだけど、坂山さん達って晴海さんが呼んだの?」
「え? どうして?」
「私は中にいたから見てないんだけど、晴海さんヘリに乗って水を撒いたんだよね。打ち合わせしてたのかなーって」
「ううん、偶然。居ても立ってもいられなくなった私が様子を見にきたら、晴海さんが水を運んでいるのが見えたの。そこで事情を聞いて……流れるように決まったわ」
 暫く二人の応酬は続いた。坂山は通信を切りたくなさげである。
 フランメスは島を見下ろした。もうじき地平線に飲み込まれてしまうだろうから、最後に眼で拝んでおくべきだと思ったのだ。
 麗しの島は、組織は今日で終わりだ。
 何もかもが終わった。
 フランメスは心から、安堵した。
「最後まで悪役でいたかったよ。でも人生そう上手くはいかない。最後の最後になって僕は、エージェント達の優しさに甘えてしまった。情けないよ」
 島はもう見えなくなってしまった。さようならドミネーター。短い付き合いだったが、あんたの事は忘れない。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145

重体一覧

  • LinkBrave・
    シエロ レミプリクaa0575

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • 解放の日
    ジスプ トゥルーパーaa0575hero002
    英雄|13才|男性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命




  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 桜色の鬼姫
    aa4783hero002
    英雄|21才|女性|ブラ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 希望の守り人
    白金 茶々子aa5194
    人間|8才|女性|生命



前に戻る
ページトップへ戻る