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愛の背後に潜むのは
掲示板
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【相談卓】ミトンに込めて
最終発言2018/09/14 11:50:52 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/09/13 19:44:54 -
【質問卓】
最終発言2018/09/12 07:35:51
オープニング
●伝統的な告白方法
バルト三国の一つ、ラトビア。
一年を通して平均気温がマイナス六度であるこの国は、古くから編み物が発達していた。
特に鮮やかな多色編み込みが施されたミトンがラトビアの編み物として特徴的である。
ラトビアのミトンには寒さから手を守るだけではなく、特別な意味がある。
それは、ミトン――それも既製品でなく、手編みのもの――を渡すことは、『愛している』と告白することと等しい、ということ。男性も女性も関係ない。
この伝統は現代でも受け継がれ――否、若者の間では少しばかり変容していた。『愛している』だけではなく、『好き』『親友』『憧れ』というものを伝えるためにも用いられるようになった。
しかし、ミトンの模様は変わることはない。
今日もまた、誰かが誰かに、心を込めて編んだミトンを送っている――。
●学校一の美少女
「おい見ろよ、ニーナだ」
ラトビア、首都リガにあるネッセルローデ高等学校。
中庭を颯爽と歩く金髪のロングヘア―の少女に、ベンチに座ってサンドウィッチを食べていた男子生徒三人組は手を止めた。
「いいなあ、やっぱり可愛いよなあ」
「でも聞いたか? ニーナさん、十二年生主席のシャルパック先輩を振ったって」
「えーあのかっこいい人だろ? なんでだろな」
「……もしかして不良っぽいのが好みだったり?」
「お、それあるかもな!」
一人が笑う。その目が本気になりかけているのを見て、二人は冗談だよと言った。
「お前みたいの、ニーナさんが相手にする訳ないだろ?」
「そっかぁ? いや、本気を示せばいけるだろっ!」
「まあ、当たって砕けてみれば? それよりもほら、もうすぐ授業始まるぜ」
「やべっ」
本棚の影からメアリーは恍惚の表情でニーナを見つめていた。
(あんなに美しくて……勉強も出来て……運動も……はぁ、素敵……ニーナ先輩……)
自分の鼓動をメアリーは感じていた。クラスメイトはあの先輩がかっこいいとか、先生がいいとか言っているけれど、そんなのニーナと比べたら雲泥の差だ。
(ああっ、この思いを……どうにかしてお伝えしたいっ……!)
「メアリー、図書委員の仕事終わったー? 帰ろー?」
友人の声で、メアリーは現実に引き戻される。あともう少しニーナを眺めていたかったけれど、仕方ない。
「今行くー」
●事件か事故か自殺か
コトロンド・サーマス刑事は、顔をしかめた。通報を受け、やってきたのは町から少しばかり離れた山。そこのとある崖の下で、女性の死体が見つかったのだ。この山にはハイキングコースがあるとは言え、何カ所か滑りやすいところがある。それに最近ではこの山から見える景色が綺麗だとかで、写真を撮りに来る女性も多い。だから事故だと、一報を聞いた時そう思ったのだけれど。
(最近、こういう事件が多すぎる……事件か、事故か、自殺なのか……よく分からない事件が)
教会の側を流れる川で死んでいた男性。
工事現場の中で、重機に轢かれ死んでいた男性。
(いずれも、最後の足取りがつかめていない。目撃証言もとれない……いったいこれは何なんだ、それに)
コトロンドは女性の死体を見た。
その手には、しっかりとミトンが握られている。鑑定に出してみないと分からないがおそらく手編みだろう。
(どの事件でも必ず、ミトンを握っていた……何かのメッセージか? 被害者三人のうち二人は学生だし、学校絡みか?)
いくら考えても良い答えは出てこない。こういう時は彼らを頼った方がいいだろう。コトロンドはスマートフォンを取り出して、あるところに電話をかけた。
●次の被害が出る前に
H.O.P.E.サンクトペテルブルク支部。
西原 純(az0122)は集まったエージェント達に任務の説明を始めた。
「ラトビアの首都、リガに居るサーマス刑事から依頼があった。最近奇妙な事件が起きていて、それを解決して欲しいと。もし、事件だとしたら、既に三人も犠牲者が出ている。これ以上被害を広げたくない、と彼は強く言っていた。詳しくは情報をまとめたメールを送っておいたから確認してくれ。……説明は以上。後は任せた」
●真っ暗な部屋の片隅
彼女は震えていた。ここ最近、悪い夢ばかり見る。どの夢でも、親しい人が亡くなる。目覚めた朝、それは現実となっている。
夢遊病にでもなったのだろうか?
いや、それにしたって――。
(怖い、嫌……誰か、助けて……)
解説
ラトビアの首都、リガで起きている事件の解決が今回の目的です。
以下の情報に注意して、目的を達成して下さい。
◆被害者
被害者の身元は、警察の調査で既に判明しています。
モリス・ブルックス …… 男。ネッセルローデ高等学校十一年生。死因:頭部強打
メアリー・ミーレンバハス …… 女。ネッセルローデ高等学校十年生。死因:頭部強打
アロン・ウルマニス …… 男。食品販売会社社員。死因:内臓破裂
◆警察
サーマス刑事に会うことは可能です。
◆ネッセルローデ高等学校
ごく普通の高等学校です。
十一年生は、日本の高校二年生。十年生は高校一年生に当たります。
事件の影響もあってか、現在、登下校には親が付き添っています。
◆その他
何か分からないことがあれば、純が答えます。
リプレイ
●警察署にて
加賀谷 ゆら(aa0651)とシド (aa0651hero001)、皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)、氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)、荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は警察署のとある会議室でサーマスと会っていた。
「これが被害者たちが握っていたミトンだ」
サーマスはビニール袋の中に入ったままのミトンを並べる。左から、白とピンクが使われた可愛らしいもの、青をベースに水色のあっさりとした模様が入っている者、少し大人っぽいチャコールグレーと赤のもの。
『確かに手編みね。既製品じゃないわ。……それにしても』
メリッサが首を傾げる。彼女が何を言いたいのか分かったのか、拓海が口を開く。
「片方だけ汚れてる」
ラドシアスは三つのミトンをよくよく観察した。色も模様も違う。同一人物が編んだとは言えないだろう。
「誰が作ったんだろう?」
『この国では特別な意味があるらしいな』
六花は静かにアルヴィナと共鳴し、マナチェイサーを使用した。全てのミトンに反応。螺旋状の紫色のライヴス。瞬間、誰もがこのミトンに従魔が憑依しているのではないかと思った。しかしミトンは全く動かなかった。
(先が愚神に繋がってたりは……)
ゆらは期待したが、それは叶わなかった。
「サーマスさん、改めて事件の詳細を聞かせてくれません?」
「ああ。まず一人目、モリス・ブルックス。教会の側の川の中程で発見された。死因は頭部強打。川にある岩に頭をぶつけたことが鑑識で分かっている。川の向こうに渡ろうとして足を滑らせたのでは……というのが、こちらの見解だ」
次、とサーマスはスマートフォンを操作する。
「二人目。アロン・ウルマニス。工事現場で発見された。死因は内臓破裂。事件当日は工事は休みで、誰も居なかった。この事件に関しては、まだこちらも見解が固まっていない。ただ誰かに会う約束はしていたのではないか、と考えている」
「それは何故ですか?」
若葉が質問した。
「突然休暇を申請したからだ。会社の同僚に話を聞くと、アロンは休む時は必ず一か月くらい前から調整をする男だったようだ。そんな男が突然休みたいと」
『なるほど。それは怪しい。先程の反応と工事現場が休みだったことも踏まえると……やはり愚神か従魔か、ヴィランか』
顎に手を当て、シドは考え始める。
「三人目。メアリー・ミーレンバハス。崖の下で発見された。死因は頭部強打。どうやら崖の上から落ち、その時に崖の途中の岩に頭を強くぶつけたようだ。服装もハイキングに行くような恰好だったし、これは事故だろうとこちらは考えている」
「……ん。刑事さん……被害者の……人物像や、交流関係は……?」
六花の問いに、サーマスは頷いて話始める。
モリス・ブルックス。
ネッセルローデ高等学校十一年生。
明るい性格で友人が多かった。つい最近、ニーナ・ルセフという女生徒を気にしていたようだ。
アロン・ウルマニス。
食品販売会社社員。ネッセルローデ高等学校に購買のサンドイッチを卸している。
真面目な性格だが、会社外での交流は少なかったようだ。
ネッセルローデ高等学校の担当になったのはつい最近だが、同僚や上司の話によると、担当になる前と比べ、目に見えて明るくなったとのこと。
メアリー・ミーレンバハス。
ネッセルローデ高等学校十年生。
友人はそれほど多くなかった。本が好きで、図書委員をしていた。最近は図書委員の仕事と言って、図書室に行く回数が増えていた。
「……ん。ひとまずそのニーナって人に……会ってみよう」
――そうね。
「六花ちゃん、オレたちも行くよ」
その後を拓海とメリッサが追う。
残された四人は、一人だけ死因が違うアロンの現場へと出向くことにした。
●工事現場
そこは、未だに規制線が貼られていた。転ばないようにゆらは規制線の中に入った。後に、シド、若葉、ラドシアスと続く。ゆらはマナチェイサーを発動させた。と、ミトンと同じような、螺旋状の紫色のライヴスが現れる。それも一か所ではなく、複数個所。地面に二つ。重機に一つ。
シドは重機に近づいた。よくよく見れば、何かがぶつかったような跡がある。押された、という表現がぴったりかもしれない。
『被害者が倒れた時に、この重機を押したのか? それで轢かせた?』
「こんな平らなところで転ぶことなんてあるんでしょうか?」
『転ばせた、のかもしれない』
ラドシアスが仮説を立てる。その可能性もあるか、と一同は思ったけれど、具体的な手段は浮かばなかった。
「……やっぱりまず、ニーナさんに会ってみるしかないわね」
『そうだな』
ゆらとシドは規制線を再度くぐった。
「ラド。俺たちはアロンさんの自宅に行ってみよう」
『ああ。何かあるかもしれない』
●ネッセルローデ高等学校・中庭
ナイチンゲール(aa4840)は墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴した姿で、モリスの親友達に近づいた。何だ、と軽く警戒した彼らにイングランドから来たんだ、と笑顔で言う。その言葉でどうやら彼らは転校生だとでも思ったのだろう。一緒にランチどう? とナイチンゲールを誘ってきた。ナイチンゲールはもちろん、応じる。そして六花からの情報を踏まえて、彼らに問いかける。
「ねえ、この学校にニーナ・ルセフっていうとっても可愛い子が居るって聞いたんだけど」
「ああ、ニーナさん! 可愛いっていうか、美人!」
「勉強も出来るしな」
「スポーツだって万能だしなーあんな人が彼女だったらいいよなー」
へぇ、とナイチンゲールは相槌を打った。
「そういう子だったら、もちろん彼氏居るよね」
「そう思うだろ? ところが、居ないんだよなー不思議なことに」
一人がサンドイッチを頬張り、言う。
「それどころか、学校一の天才と言われるシャルパック先輩を振ったんだぜ」
「ふぅん。……ね、その……シャルパックって人、どんな人? 何処に行けば会える?」
●ネッセルローデ高等学校・通学路
教師から手に入れた情報を元に、グラナータ(aa1371hero001)は車に乗ろうとしている女子生徒……一番目の被害者であるモリスのクラスメイトに近づいていた。
《蛍っにー、ちょっといいとこ見せてみたいー!》
鼻歌混じりにグラナータは言う。けれど直後、心の中に小さな影が落ちた。
拒否されても自分が仕えるべきは蛍であると、胸を張って言える。けれど、彼女との会話がないのはやはり、寂しい。
今は、この事件の解決が最優先だ。
《あのーすいませんっ》
近づいてきたグラナータに、女子生徒が足を止める。彼女の保護者……母親も異変を感じ取ったのか、運転席から降りてきた。
「なに、貴方?」
明らかに警戒している母親にグラナータは笑顔を見せる。
《やっぱり心配っスよね。立て続けに変な事件が起こってるって》
「当たり前でしょう! うちの可愛いエリスちゃんに何かあっては遅いのです! だからこうして送迎をしているのですよ!」
《立派ッス。守ろうとする心、本当に素敵ッス》
言いながら、グラナータは蛍の事を思い浮かべていた。立派、素敵、と言われたことに悪い気はしないのか、母親の表情が少し緩んだ。
《その心意気とこの学校の生徒を自分に――H.O.P.E.に守らせて下さいッス》
「あら、あなたH.O.P.E.のエージェントさんだったの」
《名乗るのが遅くて、申し訳ないッス。お嬢さんにお話を聞きたくて》
「そうなの。じゃあ、車の中へ」
《ありがとうッス》
グラナータは車に乗った。女子生徒――エリスの隣に座り、彼女に軽く会釈をした。
《モリス・ブルックスのことについて、聞かせて欲しいッス》
「モリスの……」
《こういう時はプレッシャーを感じると思うッスが、先入観のない、有力な情報のため、思いついたことはバンバン言ってくださいッス》
グラナータの問いかけにエリスは少し考えて。
「……事件の前、手芸部の子に声をかけてたみたい。あと、その子と手芸店で買い物してたって」
グラナータは一つの仮説を思い浮かべた。あのミトンのどれかはモリスが編んだものではないだろうか、そしてそれを誰かに――。
《その手芸部の子って、誰か分かるッスか?》
「ええっと……」
エリスが挙げたその名前をグラナータはメモする。事情を聞くべき人はまだ居るようだ。
《ご協力感謝するッス。また何かあったら、聞くかもしれないッスがその時はよろしくッス》
●ネッセルローデ高等学校・グラウンド
舞い上がる埃に顔をしかめながら、時鳥 蛍(aa1371)はグラウンドに足を踏み入れた。時間帯を考えれば、今は部活の真っ最中のはずだ。けれどグラウンドは閑散としている。
(最近はこうやって事件の捜査をしてる方が一つのことに集中できるのか落ち着きますね……。死体は慣れるものではないですが……)
蛍は木陰で休憩している女子生徒――メアリーの友人である、アンジェラに声をかけた。
「あ、の……」
アンジェラが顔を上げる。すかさず、蛍は文字を打ち込んでおいたタブレットの画面を見せた。
『すみません、お話いいですか? エージェントです。よろしくお願いします』
「あ……H.O.P.E.の」
アンジェラはタオルで軽く顔の汗を拭いた。
『何でもいいので。「変だな」と感じたことがあればいくらでも』
「……メアリー、事件の前は先に一人で帰ってたな。私が部活ない日は、一緒に必ず帰ってたのに。どうしたのって聞いたら、用事があるからって」
『用事ですか』
「具体的な内容は教えてくれなかったけど。あと、様子も変だった。何て言ったらいいのかな、緊張、というか……その一方で何かを楽しみにしているような」
『あの、ミトンに心当たりはありますか』
「ミトン?」
アンジェラは首を傾げた。どうやら何も思い当たる事はないようだ。
『ありがとうございました』
深くお辞儀をし、蛍はアンジェラの元から立ち去る。今聞いたことを皆にメールした。もちろんグラナータにも。しかしその内容は事務的だ。
(次は……メアリーの、家)
●アロンの家
若葉とラドシアスはサーマス刑事の許可を得て、アロンの家の中に入った。とあるアパートの狭い部屋。真面目だった彼の性格を反映するかのように、整理整頓が行き届いている。目についたPCを若葉は立ち上げた。パスワード等はかかっていなかった。
「あの最新作がインストールされてる。……趣味合ったかもしれない」
とりあえずドキュメント類を――と若葉はパソコンを調べる。一方、ラドシアスは部屋を調べていた。仕事関係のファイル、観葉植物、壁にかけられたカレンダー。
『……これは?』
カレンダーのある日に、大きく丸がついている。そこに添えられているのは、”ニーナさんと初デート”の文字。そして近くにあるローテーブルの上には、チャコールグレーの毛糸と、赤い毛糸。ミトンに使われていた色と一緒だ。
『若葉』
ラドシアスは若葉を呼び、カレンダーを見せた。
「……やっぱりアロンさんもニーナさんとの接点があったんだ。そしてそれは、恋愛感情……」
『あのミトンはアロンがニーナに渡した、と考えて良さそうだ』
「うん、そうだと思う。ネットのアクセス履歴に編み物の基礎が載っているサイトがあったから」
とりあえず、皆に情報共有を――と、若葉はライヴス通信機を手にした。
●ネッセルローデ高等学校・昇降口
「ああ、ごめんなさい。はるばるイングランドから友達に会いに来たんだけど……いい男が目に入ったから、つい」
昇降口から出てきたシャルパックにナイチンゲールはウィンクをした。
「君、転校生?」
「違うわ。言ったでしょ、友達に会いに来たの」
「誰だい?」
「……ニーナっていう子」
ナイチンゲールはシャルパックの様子を注意深く観察する。動揺、その他感情の起伏。否、シャルパックの表情は変わらない。ナイチンゲールは時計を見た。
「ごめんなさい。もう行かなくちゃ」
ナイチンゲールはスマホ番号を書いたメモをシャルパックの上着のポケットに差し込んだ。
「え」
「……いつでも連絡を」
そう言って、ナイチンゲールは立ち去った――フリをした。物陰に隠れてからもう一度シャルパックを観察した。彼はナイチンゲールが渡したメモを見て、少し嬉しそうに頬を緩めた。名前聞いておけばよかった。何とかデート出来ないかな、と呟く。そして校門のすぐ近くに停まっていた車に乗り込んだ。
(……怒ったり、苛立ったりしなかった)
――ニーナに特別な執着があるようには思えん。
(そうよね。……でも犯人じゃないと決まった訳じゃない)
同時刻。
メリッサと拓海、六花とアルヴィナはは別の昇降口でニーナが出てくるのを待っていた。本当はもう少し早く接触したかったけれど、中々タイミングに恵まれず、こんな時間になってしまった。
『どうやって話しかけようかしら』
「……リサが行くのか?」
『年齢的に拓海が行くより自然でしょ? 彼女が怯えるかも知れないし』
言い切るメリッサに拓海は何も言えなかった。
ニーナが、やってきた。その表情は何処か暗い。手が小刻みに震えている。唇が絶えず動いていて、何かを呟き続けていた。
「……ん。ニーナさん……物凄く、不安、そう」
『やっぱり、何かあるようね……』
拓海はにライヴスゴーグルとモスケールを起動させた。そこには特に異常は映し出されていない。
ニーナが鞄の中から何かを取り出す。それは、手の甲に大きなエイトスターの模様が編みこまれたミトン――。
メリッサはニーナに近づいた。
『可愛いミトンね、一目ごとに気持ちが籠ってそう』
突然現れたメリッサにニーナが後ずさる。怖がらせてしまったか。
『それ、誰かに渡すの? それとも、誰かから……』
「っ……貴女には、関係、ない!」
ニーナは突然走り出した。メリッサは慌てて追いかける。もちろん他の三人も続く。
ニーナは校門ではなく、庭へと向かっていた。何でそんなところにと皆、疑問を持ったが、それはすぐに解決された。
「焼却炉?」
『……まさか!』
メリッサはニーナの腕を強引に掴む。
「離して!」
『そのミトン、燃やすの?』
「っ……だって、燃やさないと……!」
私。
ジョレスを殺してしまうかもしれないもの。
『それ、どういうこと?』
メリッサの問いに、ニーナがしまったという表情をする。ミトンを投げ捨て、逃げようとする彼女の前に六花は立ちはだかった。
「……ん。安心して、私たちはH.O.P.E.のエージェント……きっと、貴方の力に、なれる……」
「H.O.P.E.の――」
ニーナはその場に座り込んだ。
●真相
数時間後。
ゆら、蛍、六花、アルヴィナ、メリッサ、ナイチンゲール、グラナータはニーナの部屋に居た。女性ばかりなのは、異性を部屋に入れたくないというニーナの希望だった。
(……女性に見えるなら、そう振舞っておいた方がいいッスね)
エージェント達に紅茶を振舞い、ニーナはゆっくりと話始める。
「最初……クラスメイトのモリスに告白されたの。――ミトンを渡されて」
《モリスくん、一生懸命編んだみたいッスね。手芸部の子が話してくれたッス》
「その日は少し考えさせてって言って別れて。……そしたら、モリスがあんなことに……それに、ミトンも無くなっていて……っ」
震えるニーナの背中をメリッサは撫でる。ゆっくりでいいから、という彼女の言葉にニーナは頷いた。
「次にアロンさん……購買でサンドウィッチを売っている人……に付き合って下さいって言われて、ミトンを受け取って。断るのも……悪い気がして、でもそしたら、あんなこと……!」
その時に、H.O.P.E.に相談すべきだった――。
後悔の言葉を口にするニーナに対し、六花はゆっくりと首を振る。
「……ん。自分を……責めちゃ、だめ……」
『六花の言う通りよ』
「そして、今度はメアリーにミトンを渡されて……メアリーとは委員会が一緒で可愛い後輩って思ってた……」
『メアリーさんの家に行ってきました。個人の遺物を漁るのは気が引けましたが……白とピンクの毛糸と、ミトンの編み方の本がありました』
そう書かれたタブレットを蛍は皆に見せた。本当はメアリーの日記も見つけて、そこにニーナへの思慕がしたためられていたことも分かっているのだけれど、それはここで言わない方がいいだろう。
「ニーナ先輩、プレゼントです! って……そしたら……っ」
ニーナの話を聞きながら、ゆらは彼女の部屋を注意深く観察していた。愚神の残留ライヴスなど、あやしいところは特にない。それなら、彼女自身はどうか。ゆらは密にマナチェイサーを発動させる。ニーナのライヴスの形を見た。螺旋状の紫色。ミトンに残っていたライヴスと一緒。ニーナの様子を見ていると、とてもヴィランのようには見えない。ということは。
(彼女は愚神に憑依されている)
ゆらがそう思った、刹那。
「……ふん、ばれたみたいだ」
ニーナの口から野太い男の声が零れる。ニーナの体からぶわ、と影のようなものが出現し、窓の外へと飛び出して行った。守るべき誓いを発動させ、ナイチンゲールはすぐにその後を追う。即座に共鳴できる者たちも続いた。外にパートナーを待たせて居たゆらとメリッサ、若葉とラドシアスは遅れを取ってしまった。
夕暮れ時。人通りが多い道を愚神が逃げていく。辺りが騒然とし始めた。
『皆さんの安全はH.O.P.E.が保証します。大丈夫です』
「安心して」
「家の中へ。お願いします」
メリッサ、ゆら、若葉は人々を誘導する。
一方、ナイチンゲール、六花、蛍は愚神を追いかけていた。人がなるべく居ない場所へ誘導しようと、六花は断章をひも解く。掌の前に魔法陣を生み出して、そこから細かい氷を生み出した。愚神は指笛を吹いた。と、犬の姿をした従魔がこちらに襲い掛かってくる。ナイチンゲールと蛍は剣でそれらを薙ぎ払った。町の人々の誘導が終わったのか、メリッサ、ゆら、若葉が合流する。
「数が増えたところで……!」
二本だった愚神の腕が八本に増える。その内の二本を長く伸ばし鞭のように振るうった。一同はダメージを受ける。
「くっ」
「……ん。終わらせる」
六花は断章から巨大な氷の槍を出現させた。彼女が何をするのかを読み取り、ナイチンゲールとメリッサは愚神に向かって走り出す。また別の二本の腕で、愚神は六花に攻撃しようとした。その攻撃を蛍は弾き返す。別の腕が攻撃できないようにと若葉は狙いを定めて弓を引いた。放たれた矢が腕を撃ち抜く。ゆらはゴエティアを紐といて、悪魔の翼が生えた楔で愚神の腕の動きを止めた。ナイチンゲールとメリッサが愚神の懐に飛び込む。まだ行動前だった腕二本、切り落とした。
「がっ」
「……ん。氷槍……貫け」
六花が断章から氷槍を作り出す。巨大なその槍は一直線に愚神に向かい、その体を貫いた。びきびきと氷が音を立てて、愚神の体を凍らせる。
「死ぬ前に教えてくれる? どうしてニーナに憑依して、彼女にミトンを送った人間ばかり狙ったの」
ナイチンゲールの問いに愚神は笑って。
「あの女には多くの人間が近づいてくる。どいつもこいつも好意を持ってな。……いやあ、面白かったぜ」
女が眠る隙をついて、夜中に会う約束を取り付け、貰ったミトンの片方を、川に落とし、崖下に落とし、従魔にくわえさせ、工事現場へ。
相手がミトンを拾おうとしたその瞬間、足を払い、突き落とし、重機に。
「その時のあいつらの絶望しきった顔! 最高の見世物だったぜ!」
「最低」
ナイチンゲールは愚神に止めを刺した。
●事件終わって
蛍はグラナータとの共鳴を解いた。事件は終わったのだ。ここに居る必要はない。
《蛍》
グラナータの呼びかけに、蛍は振り向かず返事をした。
《――何でもないッス》
駄目だ。
まだ、蛍は自分と向き合ってくれない――。
「ありがとうございました」
エージェント達に向かって、ニーナはお礼を言った。愚神に憑依されていたが、その影響はなかったようだった。あの愚神はニーナをとことん利用しようとしていたのだ。
「H.O.P.E.として、当たり前のことをしたまでだから」
『ああ、気にする必要はない」
ゆらとシドがニーナを気遣う。メリッサはそっと彼女に近づいた。
『貴方と周りの人を助けたかったの、でも不快にさせたわよね……気持ちに踏み込んでごめんなさい』
メリッサの言葉にニーナが首を振る。皆さんが来てくれなかったら、どうなっていたことかと微笑んだ。
ニーナに別れを告げ、三人は土産を買おうと地元の手芸店へ向かった。そこでは既に、若葉とラドシアス、拓海が何を買おうか悩んでいる。
「柄も色々だね、どれにしようか……」
『そうだな……』
「ピピにはこれが似合うかな」
若葉が手にしたのは、赤と紫が使われた鮮やかなミトンだった。どちらも、ピピに使われている色。いいんじゃないか、とラドシアスは同意した。
「あったかいミトンで愛の告白かあ。気持ちもほっこりしそうね」
『おまえも旦那に送ってみたらどうだ?』
「え? シドがそんなこと言うなんてっ?」
予想していなかった言葉に、ゆらが瞬きを繰り返す。シドは彼女から少しだけ視線を逸らした。
『ふん。俺だって、おまえの幸せを願ってるんだ』
メリッサは拓海の手元を覗き込んだ。
『これは初めの作り目から違うのよ、見た目が綺麗で伸縮性も良いでしょ』
「詳しいな、編めるなら買わなくても良いんじゃ……」
『この模様は編むの大変なの』
笑いながら大量のミトンを渡してくるメリッサに拓海ははい、と返事をするしかなかった。
「六花」
ナイチンゲールは六花を呼んだ。
「不器用だからさ。手編みのミトンとはいかないんだけど」
ナイチンゲールは髪を飾る拝火水晶を外した。そして六花に差し出す。
「はい、これ。しばらく預かってて」
六花の手に拝火水晶を握らせ、ナイチンゲールは六花に背中を向ける。
(六花の心が……凍てついたその心が、黒く、染まりませんように。いつか、解けますように)
ナイチンゲールの背中から、六花は彼女の気遣いを感じ取っていた。嬉しい、と素直に思う。でも――。
(六花は……憎むことを止めない。全部、凍らせる……)
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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