本部

PathFinder

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/12 11:09

掲示板

オープニング

●荒野を抜けて
 テキサス州、メキシコやリオ・ベルデにもほど近い位置にある国立公園、ビッグベンド。雄大な自然を車で横切り、H.O.P.E.の職員は地平線の彼方に聳える山並みを目指していた。
「急に現れたという洞窟はどのあたりです?」
「もうすぐです。皆さんもきっと驚かれると思いますよ」
 現地のガイドは好奇心半分、畏怖半分といった声色で職員の質問に応える。手が汗ばんでいるのか、ハンドルを彼は何度も握り直している。
 サンクトゥス――聖域。そう名付けられただけの事はあるのかもしれない。職員はガイドの様子を横目に見てそんな事を考えるのだった。

●突然現れた洞窟
 車から降りて一時間ほど山を登ったり下ったり。そうして彼らはサンクトゥス洞窟システムへと辿り着いた。峡谷の間にぽっかりと口を開けたその洞窟を目の当たりにして、職員は思わず目を見開く。
「これは……」
 ドラゴンが口を開いたかのように、荒々しい入り口。中の空気がうっすらと光を放っている。彼はエージェントではなかったが、それでもその地に満ちる霊力を肌で感じた。ガイドはヘルメットを被り直しながら、言葉を失っている職員へ説明を始めた。
「ここはちょうど一か月ほど前に出現が確認されました。元々局所的な地震が観測されたりもしていたのですが……」
「な、なるほど」
 職員は恐る恐る近寄ってみるが、燐光を放つ空気を吸った瞬間、肺が押し潰されたような錯覚に陥って思わず仰け反る。デコボコな地面に躓いて尻餅をつき、彼は力無く咳き込む。
「凄すぎる……こんな空間中々無いですよ」
「どうなってるんです? ここがあの、ドロップゾーンとかになってたりしませんよね?」
 不安そうに尋ねるガイド。何とか立ち上がった職員は首を振った。
「ドロップゾーンなら支部の検出器に反応するはずです。ですからそういうわけではないでしょう。でも、この状況を放置すると従魔や愚神の巣窟になる可能性はありますね……」

「急いで対策しましょう」

●我らパスファインダー

 今回の任務は、ビッグベンド国立公園内に出現した、サンクトゥス洞窟システム内部へのプローブの設置です。内部は高密度のライヴスによって満たされており、リンカーでも共鳴していなければ常にダメージを負うような状態です。この洞窟システムのライヴスの発生源と考えられる地点にプローブを打ち込む事で、発生するライヴスが吸収され、活動しやすくなる筈です。
 従魔の存在は確認できていませんが、それなりに危険な任務となります。注意して臨んでください。
 
 オペレーターからこんな説明を受けつつ、君達は雄大な大地に口を開いた洞窟へと足を踏み入れる。一寸先は闇。思わず君達は息を呑むのだった。

解説

メイン ビッグベンドに現れた洞窟内にプローブを設置する
サブ 内部の様子を何らかの形で記録に取っておく

FIELD
☆サンクトゥス洞窟システム…()内はPL情報
 ビッグベンド国立公園内に出現した巨大な洞窟。内部は非常に高密度のライヴスで満たされており、一般人は近づけず、並のリンカーでもダメージを受ける程の危険な地域。出現した洞窟の内情を調査しなければならない。
・入り口
 峡谷が裂けたように口を開いている。岩が急に砕けた為か、瓦礫だらけで歩きにくい。
(天井の岩盤が剥がれて落ちてくるが、回避適性のPCはスキルを用いる事でその前に気付く事が出来る。)
・前半部
 内部は鍾乳洞。僅か一月前に出現したとは思えないほど内部は成熟している。
(巨大な石柱が道を塞いでいるが、攻撃適性のPCならスキルで的確に破壊できる可能性がある。)
・霊石の大鉱脈
 二つに分かれた道の、一つの先は巨大な霊石の鉱脈で塞がれている。しかし、妙に鉱脈が熱い。
(霊石に触れると減退(1)を付与される。防御適性のPCならスキルで無視できるだろう。)
・白い湖
 道なりに広がるライヴスを溜め込んだ巨大な湖。もしかしたら奥に何かあるかもしれないが……
(侵入すると1分毎に10ダメージ。生命適性が生命力を積み増せば、中から額縁のようなものを拾えるかも)
・奥地
 特にライヴスの反応が強い空間。歩くのも大変。ここにプローブを打ち込み、過剰なライヴスを抑制しよう。
(プローブを打ち込む事で任務完了。命中適性ならば、スキルによって打ち込むべき位置を見極められる。)

ITEM
・ミミズク二号
 仁科恭佳の開発した星図盤型の探検用アイテム。サンクトゥスの洞窟の状況に適応するため、様々なコーティングが為されている。
[使用する事で、内部の地形情報と現在地を確認する事が出来る。星図盤としても使える]

リプレイ

●竜の顎
 一先ずの準備を整え、エージェント達は洞窟までやってきた。刺々しい顔貌を前にして、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は顔を顰める。
『……リオ・ベルデにも近いとなると、ライヴスを制御した後の方が気になるな。どうせなら洞窟ごと吹っ飛ばして穴塞いじまったほうが良いんじゃねえか?』
「大雑把な事言うね……そんな事出来ないからプローブを打ちに行くんでしょ?」
 調査の前からガサツな事を言う相方を、御童 紗希(aa0339)は溜め息交じりに窘めた。するとカイは早速本性を現した。
『う~……めんどくせえなぁ。俺こういう細かい仕事向いてねえんだよな~』
「そう言う人が怪我したり迷ったりするんだよ。他の人には迷惑かけないようにしてね!」
 紗希にカイが小言を言われている横で、ネコミミをふわふわ揺らして彩咲 姫乃(aa0941)が天井を見渡していた。
「洞窟探検と言えば、岩が落ちてきたり転がったりとかは良くある話だよな」
『ムカデやゴキブリやアリや色んな虫がうじゃうじゃしてますニャ』
「言うなそういう事! その一言で全てのやる気が吹っ飛んだぞ!」
 朱璃(aa0941hero002)が言った瞬間に尻尾の毛を全て逆立て、ひょこひょこと飛び回りながら周囲を窺う。相変わらず虫嫌いな姫乃に、朱璃は溜め息を吐く。
『水晶ドクロでも出てこないかニャー、とか言ってノリノリだったのは主の方デスニャ』
「クソー……」
 観念した姫乃、帽子を被り直して耳を立てる。敵の殺気に触れて磨いた超感覚が、姫乃にすぐそこへ迫る危機を伝えた。
「おいあんた。そこに居たら頭を岩でぶん殴られるぜ」
「え?」
 荒木 拓海(aa1049)は咄嗟に頭上を見上げる。根元の罅割れた鍾乳石が、今にも降ってきそうだ。顔を青くすると、拓海は慌てて盾を頭上に掲げてその場を離れる。それを確かめた姫乃は、ロケットアンカー砲を罅割れに射ち込んだ。その後を追うようにカイはヘパイストスの銃弾を撃ち込み、確実に岩を破壊する。
『(全く……ちゃんと周りを見てないと駄目じゃない)』
 地面に散らばる瓦礫を見下ろしながら、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は拓海に小言を始める。
『(そもそも、脳筋な人が何で調査なんて繊細な仕事に来たの?)』
「洞窟にはロマンが有る……探検がしたかったんだ……」
 拓海は盾を頭上に構えつつ、ぼそぼそと呟いた。クロード(aa3803hero001)はそんな彼の言葉に深々と頷く。
『奥様ならば諸手を挙げて賛成する事でしょう』
「何だかざわざわしてくるけどね、ここ……ライヴスが強いからかな」
 世良 霧人(aa3803)は気弱に呟く。とはいえ、学者肌なのか洞窟の様子は気になるらしい。クロードをそっとせっついた。
「クロード、写真を撮っておかないと」
『そうでしたね』
 グロリア社製のリンカー用スマートフォンを取り出し、洞窟の入り口を写真に収める。内から吹き流れた風が、周囲に漂う青い粒子を揺らした。

●竜の喉
『……何だか、不思議です。ここだけ、この世界ではないような……』
 獅堂 一刀斎(aa5698)の身体から、ひょいと比佐理(aa5698hero001)の蒼白い幻が浮かび上がる。一刀斎は小さく首を振ると、その幻の頭を撫でる。
「比佐理。この洞窟に満ちるライヴスは性質があまり良くない。気になるのは分かるが、俺の中に隠れていろ。見たければ……俺の眼を介して見るといい」
『は、はい……』
 比佐理は素直に引っ込む。一刀斎はほっと溜め息を吐くと、サバイバルランタンの輝度を最大に高め、頭上高くに掲げた。眩い光が、鍾乳洞を照らす。鍾乳石が凍原の氷柱のように連なり、石筍が棘罠のように生え揃っている。霧人は思わず息を呑んだ。
「たった一ヶ月で鍾乳石がこんなに……普通じゃ考えられないよね」
『これもライヴスで作られたものなのでしょうか?』
 クロードは息を深く吸い込む。思わず彼はむせ返ってしまった。胡椒でも吸い込んだような気分だ。傍ではヴァイオレット メタボリック(aa0584)もげっそりした顔をしている。
「ああああ……足場は悪いだし、一歩踏み込んだだけで、息が苦しくて仕方ないだ……」
 しかし、ノエル メタボリック(aa0584hero001)は真逆だった。老体とは思えない足取りで段差を乗り越えている。
『足腰が軽いだな、ヴィオ……』
 そのままノエルは普段以上に顔色の悪いヴィオを覗き込んでしまい、思わずひっくり返りそうになる。
『ぶっ、ぶひゃぁああ、お化けだぁあ』
「ノエル姉者、オラを見て幽霊って、驚くでねぇの。取り乱すと危険だぁよぉ」
『どう見てもヴィオの方が危険だよ』
 老婆漫才を繰り広げる二人を見下ろし、アークトゥルス(aa4682hero001)は憮然とした顔をする。
『あの……なんだ。共鳴せねばこの場は危険であるという予測も行われていたわけだから』
「わかってるだぁよ」
 言うなり、ノエルとヴィオは共鳴する。一気にその姿は若返り、妙齢と言って差し支えないほどになる。獣のような義足で岩場を踏みしめ、彼女はこくりと頷く。
【どれほどのダメージになるか調査するつもりでしたが……仕方ないですね。共鳴状態で無ければ生存もままならないほど危険なようです】
 突然四角四面の物言いを始めたノエルに、アークはさらに戸惑う。
『あ、ああ。……身をもって確かめる、というのは助かるが……ほどほどにな』
 ノエルはこくりと頷くと、取り出した星図盤を起動し、鍾乳洞の先を指差す。
【百メートル先、このツールによれば奥へと続く道が続いているようですが】
 それを聞いたナイチンゲール(aa4840)は、スマートフォンのライトを掲げて真っ先に洞窟の奥地へと足を踏み入れる。獣が両顎を固く噛み合わせたように、鍾乳石と石筍が密接に絡み合っていた。
「あー……かんっぺきに塞がれてるよね、これ」
『進まんとする者を拒もうとしているかのようですね』
 ナイチンゲール(aa4840)が義手で壁を叩くと、甲高い反響音が壁の奥を駆け巡る。奥に道が続いているのは事実のようだ。マッピングツールに周囲の風景を書き込みながら、一刀斎もまた壁を睨みつける。
「先程から全体を観察しているが、この先以外に続く道が無いようだな」
「ならここを叩き割るしかない、って事か……」
 ナイチンゲールはロザリオを左手に握りしめ、右手の平から短い水流を放つ。壁の天井付近にぶつかり撒き散らされた水は、周囲のライヴスに晒され急速に乾いていく。彼女はその様子にじっと目を凝らした。
「(特に早く乾いたのは……)」
 彼女はそっと岩壁の一点を指差す。
「ここ」「ここだ」
 ほぼ同時に、一刀斎も同じ場所を指差した。二人はちらりと顔を見合わせる。
「石柱の構造や組成……それらから最もこの壁を破壊しやすい点は此処だと感じた」
「水を良く吸う場所は密度が低いって事。だから……」
 二人は一斉に武器を構える。カイと拓海も身を乗り出し、銘々武器を手にする。
『加勢しとくぜ』
「どうすればいいんだい?」
「じゃあ、このままの角度から。同時に今指差したところを叩いてください」
「この洞窟のライヴスで強度が増している可能性もある。全力で行くべきだろう」
 言いつつ、一刀斎は漆黒の大剣に霊力を込める。湧き立つ靄が、黒紫の淡い輝きを放つ。
「……毒には毒を、か」
 ナイチンゲールが一拍早く動き出す。薔薇十字に封じられた禁書を開き、ディースの炎を岩壁に叩きつける。熱せられた岩が白く染まり、じわりと水が沁み出す。その瞬間、地獄の番犬の叫び声、雷霆の稲光、漆黒の一閃が同時に岩壁に炸裂した。刻まれた壁の罅は瞬く間に全体へ波及し、バラバラに砕け散る。燐光に包まれた底へ底へと続く道が露わになった。
「へー……ゲームじゃお約束の展開を現実でも拝む事になるなんて思わなかったぜ」
 姫乃は道の奥を覗き込む。ふわりふわりと、細かい火花にも似た粒子が漂っている。朱璃はそれを眺めてすっとぼけた。
『ますます光が強くなって……これは夜光虫ですかニャ?』
 再び姫乃は猫のように飛び跳ねる。その動きに巻き込まれた燐光が、ふわりと飛び散る。どうやら虫ではないらしい。姫乃はほっと胸を撫で下ろした。
「やめろって。おどかすんじゃねえよ……」
『なら主の懐に溜め込んでるお金、少しあたしに分けてくれたっていいと思いますニャ』
「うっせえ。これは内部留保だ。部屋の借り賃だって払うし、飯代も……ああもう、行くぞ! どうせ虫なんていねえだろ、ここ!」
 姫乃はぶんと首を振り、ライトを片手に真っ先に坂道を下っていった。

●竜の火袋
 奥へ足を踏み入れると、洞窟はさらにその貌を変えた。所々に霊石の鉱脈が表出し、蛍のように明滅している。一刀斎は思わず夢中になってその造形を描き込んでいた。
「“聖域”と呼ぶには些か禍々し過ぎるが……歪んだ霊力の為せる造形美か。霊石の輝きも、鍾乳洞の曲線も、実に美しい」
『本当ですね……見惚れてしまいそうで――』
「いや。無論、比佐理の瞳の輝きや肢体の曲線の美しさには何物も及ぶまいが……」
『はぁ……』
 歪み過ぎてむしろ真っ直ぐな一刀斎の愛情は、被造物にも少し理解しきれないようだ。
【地図によれば、左の道は長く、右の道はすぐに行き止まりとなっているようですよ】
 分かれ道の前で立ち止まり、ノエルは周囲を見渡す。クロードは黄金の刃を抜き放ち、右の道を差す。刃に漂うライヴスが纏わりつき、深紅の光を放つ。
『どうにも、右方向から苛烈な勢いを感じます』
「直ぐ行き止まりになってるなら、行ってみるのもありじゃないかな……?」
 霧人もクロードに言葉を重ねる。拓海は腕に取り付けたライトで道の先を照らしつつ、そろそろと足を踏み出す。
「ここに来てから妙に霊石を多く見るしね……」
 特に急いでいるわけでもない。エージェント達は頷き合うと、右の道へと慎重に足を踏み入れていった。蒼く輝いていたライヴスの光が、やがて紅色に染まっていく。周囲には火山地帯のように蒸気が噴出し、熱気と湿気がエージェント達に纏わりつき始める。流れる額の汗を拭い、カイは溜め息を吐いた。
『マジかよ……こんな数メートル進んでる間に……』
『おい、あれを見ろ』
 幾つもの明かりで照らされた、道の先をアークは指差す。彼の内側で、君島 耿太郎(aa4682)も眼を凝らす。
「(赤く光ってる……霊石っすか)」
『周囲の岩も熱で変性しているし、この辺りの熱源はこれだろう』
 近づこうとするだけで、肌がじりじりと焼かれるような感覚に陥る。エージェント達は鉱脈から数歩距離を取って覗き込む。
『原石のうちからこれほど活性化している霊石も、中々見た事ありませんね』
「見てるだけで熱そうだよ……」
『触ったら我々リンカーでも間違いなく火傷してしますね。ライヴス由来の熱でしょうし』
 クロードと霧人が口々に言う。一刀斎はキリングワイヤーを取り出し、何とか引き寄せられないか試しながら呟く。
「だが可能なら回収しておきたいところだろう。良い研究のサンプルにはなる筈だ」
「じゃあ、ここは打たれ強いオレが……」
 兄貴キャラ志望、荒木拓海が真っ先に鉱脈へと一歩乗り出す。サバイバルキットからジップロックを一枚抜き取り、鉱脈の端に転がる霊石の欠片を手でそっと拾い上げる。
「あっつぃ!」
 思わず拓海は拾った霊石を放り出しそうになる。沸騰したヤカンにうっかり触れてしまった時の熱さだ。ネバーギブアップの精神で何とか耐えた拓海は、ジップロックに霊石の欠片を放り込む。しかしプラスチックの袋は融け、地面に転がってしまった。
『ジップロック程度じゃ駄目みたいね』
「うーん……幻想蝶に直で入れるしかないのかな……」
 火傷しかけた手に息を吹きかけながら、拓海は肩を縮める。拓海とリサのやり取りを聞いていたアークは、自身もじりじりと鉱脈へと近づいてみる。心臓が動くように明滅する紅蓮の霊石。アークと耿太郎は、ライヴス結晶やら幻想蝶やら、嘗て目にしてきたものと脳裏で比べる。
『何かと類似している様子は』
「(見えないっすね……)」
 手で触れてみると、罪人へ当てる焼き鏝のような痛みが襲い掛かる。アークは顔を顰めたが、その頑健な肉体で耐え抜き、彼は霊石を鉱脈から引っぺがす。鉱石を幻想蝶に収める彼の姿を一頻り見ていたクロードは、改めて剣を取り出す。
『わたくし達も一つ回収しておきましょう』
「サンプルは多い方がいいしね」
 クロードは鉱脈に向かい、ピッケルのように長剣を振り下ろす。霊石は簡単に砕け、岩盤の上に転がった。

●竜の臓腑
 一通り鉱脈の調査を終え、エージェント達はさらに深く洞窟の中へと潜り込んだ。気が遠くなるほど坂道を下った頃に、洞窟は急に開ける。ドーム型の天井は目を凝らさなければ見えなくなるほど高くなり、乳白色に輝く湖がそんな広い空間を照らしている。
「……真っ白。入浴剤入れたお風呂みたいだね」
 彼方がおぼろげになるほど広い湖を見渡し、霧人は嘆息する。岸辺でしゃがみ込んだ姫乃は、膝の上に頬杖ついて眉根を寄せる。
「入浴剤ならリラックス効果くらいありそうだが、こんな所のこんな色の水、どう考えても毒沼の類だよなー」
『あたし達じゃ10分も浸かってられなそうデスニャ』
 セイレーンを履いたノエルは、真っ先に湖へと飛び出した。水上にふわりと浮き上がり、湖を滑るように走り出す。
【少し見て参ります】
 舞い上がる飛沫が、光の粒となって宙に舞う。その光の粒に当たる度、吸い込む度に胸が締め付けられるような気がした。身体も熱っぽい。風邪でも引いたような気分だ。
【……】
 ノエルはスマートフォンで湖を照らしてみる。水は光を乱反射し、全く水底を見せようとしない。諦めたノエルは、ミミズク二号を取り出して見つめる。地図は目標となる地点の他にも、いくつかの方向へ道が伸びている事を示しているが、見る限りはどれも湖の底だった。
【今の所はプローブの設置を優先するのが良さそうですね……】
 再びノエルは水の上を滑り、岸辺に立つエージェント達の下へと帰還する。その頃には、五組のエージェントが中へ入る準備を進めていた。
「地底湖探検か……テレビで見たけど、自分でするとなるとロマンが有るよね……」
『言ってる場合じゃないわよ。私達にとっては火山の火口よりも危険だわ、ここ』
 少し足を踏み入れただけでも、自身のライヴスが湖に溶け出していくような錯覚を覚える。いや、錯覚ではないのかもしれない。一歩踏み込む度に深くなる水深に、いつも鷹揚な拓海も覚悟を決めた。
「そうだね。……まあ、少しくらい長居したってオレは大丈夫だから……」
 彼は装備の袖を絞ると、深く水底へと入り込んでいった。隣でも一刀斎が屈伸に伸脚で準備運動を進めている。
「調査の一環として、湖底も調べておく必要がある……か」
『比佐理の思うところでは……行きに3分、帰りに3分、というのが限界です』
「十分だ。何度も水練を続ける事になったからな」
 拓海とは違い、一刀斎は一気に湖の奥へと飛び込み、すいすいと水底へと潜っていく。外見と違い、中は白水晶のように透き通っている。水底で乱れ跳ね返る光で目が眩むが、彼は力強く水を蹴り、そのまま水底を目指した。
 アークもまた、全身を縛り付けるような圧迫感に堪えながら水底を進んでいた。ダウジングロッドはやっぱりぱっとせず、直接潜水するしかなかったのだ。
『(……このようなものが突然出現するなど、偶然で済ませていいものか……)』
 物的な調査は拓海と一刀斎に任せ、アークは湖の存在そのものをじっと観察していた。その脳裏に、ヘイシズの言葉を蘇らせる。
「(ヘイシズがどうこうしようとしてたライヴスって、ここもそうなんすかね? ……だとしたら……王さん、ちょっと代わって貰っていいっすか。やってみたい事があるんす)」

 水上では、MM水筒に湖の水を汲みつつ、ナイチンゲールも思索に耽っていた。
「……少し、試してみようかな」
『無理をし過ぎて、本来の役割を果たせないようではいけませんよ』
「わかってるよ」
 善知鳥(aa4840hero002)にお節介を言われつつ、ナイチンゲールはアサルトユニットの出力を落とし、湖の中央に腰まで沈んだ。目を閉じ、彼女は両手を組む。
 心に思うは、世界、現世、大切な人、消えた愚神、それから王。

 水底では、両腕を目の前に突き出し、耿太郎が湖の彼方を睨めつけていた。
「ライヴスの相を見る……これだけライヴスが濃いなら、プリセンサーじゃない俺にも、何か見えたりしないっすかね……」
 期待するような、しないような心地で耿太郎はクロスリンクのイメージを描きながら、湖の中にライヴスを流し込んだ。

 刹那、耿太郎とナイチンゲールは真っ暗闇の中へと放り出される。互いに顔を見合わせた後、二人は慌てて周囲を見渡す。
「これは……銀河っすか?」
 暗闇の中に、真砂を散らしたように点々と星が灯る。巨大な闇を中心に、星が無数に巡り始める。理科の参考書で見るような、お手本通りの銀河だ。しかし、何故だか二人は違和感を覚える。
「それとも、世界……?」
 ナイチンゲールが呟いた瞬間、視界が眩い光に包まれる。

 気付けば、耿太郎は湖の上に浮き上がり、ナイチンゲールの傍らにいた。耿太郎の手はカイがしっかりと掴んでいる。
『大丈夫か、おい』
「は、はい。俺は……大丈夫っす」
『お前らさっきからずっと固まってたが……何かあったのか?』
「え? ……えーと」
 カイの問いかけに二人が逡巡していると、岸辺の方が俄かに騒がしくなる。見れば、石を削りだした額縁を手に、拓海と一刀斎が岸辺でへたり込んでいた。それを見たカイは、慌てて岸辺へと飛んでいく。
「ぐええ……頑張り過ぎた……」
『お、おい死ぬな! 荒っきー!』
 岸辺で伸びてしまった拓海の口に、カイは懐から取り出した賢者の欠片を押し込む。拓海は目を丸くして吐き出そうとする。
「……いや、勿体なくて貰えな、モゴ、自分のムガ、あるっ」
『うるせーやるよ一つくらい! 皆で生きて帰るんだよォッ!』
「カイ、そんな大げさな……」
 紗希は野郎二人のやり取りに呆れたような声をあげている。傍では、一刀斎がクロードに手当てを受けていた。
『大丈夫でしょうか?』
「ある程度はな。だが想像以上に水中が厳しかったのは事実だ」
「とりあえず受け取ってください。もう少し先がありますから、少しでも体力を回復しておかないと……」
 クロードは一刀斎に賢者の欠片を手渡す。一刀斎は小さく頭を下げつつ口へ放り込むと、手にした額縁の一部を目の前に掲げた。
「……しかし、何故こんなものが水中に……」

 再びアサルトユニットを起動し、ナイチンゲールはアークを改めて水上へと引き上げる。
『すまない、ミス・ナイチンゲール』
「いいんです。……とにかくみんなの所へ戻りましょう」
 ナイチンゲールはアークを連れ、素早く岸辺へと飛んでいく。耿太郎はこっそり尋ねた。
「今見えたもの、報告した方がいいっすかね」
『いつかは。だが今ではないな。我々自身が、今見たものを呑み込み切れていない。混乱させるかもしれないし、逆に等閑に付される可能性もある』
『ですね。その方がよろしいでしょう』

 湖にて何かを覗いた二組は、様々な想いを胸に秘めて仲間の下へと戻るのだった。

●竜の心臓
 湖への進入で負傷した仲間をしばらく休ませた後、エージェント達は再び洞窟の奥地を目指して歩を進めた。その度に、朝霧に包まれたかのように、薄らと光を放つライヴスが空間を満たすようになっていく。
「凄いね……足元も見えないよ」
『水の中を歩いてるみてえだ』
 幻想蝶から取り出したプローブを抱え、カイは顔を顰める。纏わりつく霊力が、彼らの歩みを阻んでいた。カメラも回してみるが、映像は殆ど砂嵐で覆われている。
【これほどの環境では、動植物の生息にも適していないのかも知れませんね】
 ノエルはライヴスアイを輝かせ、視界の悪い周囲を見渡す。濃霧のような空間の中でも、狙撃手としての鋭い眼が何とかライヴスの流れを見極める。
【見えますか、カイさん。この空間の奥の方に、霊力が噴き上がっているポイントがあるようです】
『ああ。俺にも見えてるよ』
 カイは頷くと、プローブを起動し、その探針を小さな空間の一点に打ち込んだ。扇風機の回るような鈍い音と共に、プローブは周囲のライヴスを吸い上げ始める。
[探査プローブ、起動開始。周囲の地形の分析を開始します]
 無機質な電子音声が響く。カイはカメラを改めて周囲に向けた。ライヴスの霧が薄れるとともに、画像に映り込むノイズも消える。息を吸っても、何かに纏わりつかれるような感覚がなくなった。
「無事に起動してる……って感じ……?」
『身体は楽になったが……不思議不思議って感じでもなくなったな』
 カイは探査プローブに掌を重ねる。ライヴスの密度が低くなったせいか、念じても何かを感じたりはしなかった。

「とりあえず……これで任務完了ってとこか?」
 姫乃は肩に担いでいたカイのコールドボックスをそっと地面に下ろす。中には、拓海が回収した鍾乳石の欠片や、三人が回収した紅蓮の霊石、ナイチンゲールの回収した白い湖の水が収められていた。
『これで後続が安全に進入できるようになったから、これからの調査はその人らがやることになるんでしょーニャ』
「聖域の結界を解除したら、わるーい黒幕が入ってきました、なんて結果にならなきゃいいけどな……」
 姫乃は眉間に皺寄せ、洞窟の内壁を見渡す。光の届かない暗闇から、いきなり何かが這い出てきそうな気がしていた。
『相変わらず漫画にかぶれすぎデスニャ、主』

 拓海は共鳴を解除する。深く息を吸い込んでみると、ひんやりとして目が覚める思いがした。それだけだった。
「共鳴を解除しても問題無し……とりあえず探検完了、ってところかな」
『すぐにまた共鳴するわよ。坂道や岩場だらけだし、結構キツイ道のりだもの……』
 リサは肩を竦めながら背後を振り返る。石筍だらけの刺々しい岩場が、その姿をはっきりと晒していた。
「そっか……帰るまでが洞窟探検だものね」
 クロードはスマートフォンを構え、改めて周囲を映す。シャッターを切り、画像でもデータを残しておいた。
『ここのライヴスを制御する事で、湖や鉱脈も無害なものになるのでしょうか』
「そしたら、湖の奥にある分かれ道や鉱脈の調査もしやすくなるよね」
 肩に比佐理の霊体を顕しながら、一刀斎は顰め面のまま周囲を見渡す。湖で感じた、全身の溶け出すような感覚は今でもありありと思い出せる。
 愚神の“王”との関係をも想像しつつ、彼はぽつりと呟いた。
「リオベルデは潤沢な霊石資源を持つにも関わらず、国境を侵してまで米国の霊石鉱脈を襲撃したと聞くが……まさかこの洞窟を探していたのか?」
『わかりませんが、或いは……こうした洞窟が生まれる可能性は察知していた……かもしれませんね』
 一刀斎と比佐理のやり取りを聞きながら、アークは難しい顔をした。
『いずれにしても、この洞窟はリオベルデに少なからず影響を与えるだろうな』
「二年前みたいに、進軍してきたりするっすかね」
『分からんが……』
 かの大佐が簡単に事を荒立てる事は無い。そう確信はしていたが、いざとなったら迷わず攻撃を試みる。そんな気もした。

【この額縁、やはり気になりますね……】
 文明どころか、生物の痕跡すらないこの洞窟に唯一眠っていた額縁。ノエルは拾い上げて見つめる。
【一体これの出所は何処なのでしょうか?】

 周囲のライヴスを吸い上げて起動したプローブが、周囲に蒼白い光を発し始める。じっと眺めていたナイチンゲールは、物憂げな顔をしていた。
『どうしました?』
「うん……このあたりってさ、元々古生物の化石とかで知られてるみたいなんだけど、他にも九千年前の人工物が見つかったりしてるんだって」
 善知鳥は彼女の心を眺める。そこにはかの遺跡があり、“竜”達の目覚めがあった。
『……符号、ですか』
「しかもリオベルデの目の前でだよ? 出来過ぎてる」
 善知鳥はナイチンゲールに幻想蝶を手に取らせる。プローブの光を浴びて、吸い込まれるような輝きを湛えていた。
『偶然も必然も同じ事。元を質せば全ての川の水は一なる根源より湧き出でて、一なる海へと至るものでしょう。貴方達人の子が認めた、ありとあらゆる事象がそう』
「じゃあ、この始まりは? 南極? 世界蝕? 私が生まれた年の? それとも……」
『さあ……』
 ナイチンゲールの問いかけに、善知鳥は肩を竦める。

 或いはこの洞こそが縮図であり、答えなのかもしれません。

 To be continued.

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 疾風迅雷
    朱璃aa0941hero002
    英雄|11才|?|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 明日に希望を
    善知鳥aa4840hero002
    英雄|20才|女性|ブラ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る