本部

残暑に! すずむ(し)!

若草幸路

形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
13人 / 1~25人
英雄
13人 / 0~25人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/23 07:22

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きよし

掲示板

オープニング

●涼しいのは嬉しいんですが
 りんりんりーん、りりりーん、けきゃきゃきゃっ。
「……まだ真夏でしょうに……っていうかうるさい……」
 むくり、とベッドから身を起こして青年はぼやいた。カレンダーでは立秋を過ぎて残暑となるも、それで暑さが薄れるわけでもない。いちおうクーラーはつけたまま寝ているが、今宵はやけに虫の声がうるさく、それが寝苦しい。秋に聞けば感慨深い音色も、この時分ではまだ蝉と似たり寄ったりだ。
 まだ夜明けには遠く、しかし寝直すには完全に目が覚めてしまったついでに、コンビニでアイスでも買おうかと青年はふらり、と家を出て道をてくてくと歩く。ああ、確かに秋が来ているのかもな、と感じる風が頬を撫でた。
 ――しかしそこではた、と気づく。秋風にしては妙だ。涼しすぎる。この連日の熱帯夜を忘れさせるような、さながらクーラーのついた部屋から出ていないが如きこの一帯の心地よさはなんだ。その疑念が晴れぬまま、彼はなんの心構えもなく大通りに出た。

 無人の車道にも歩道にも、びょん、びょん、と飛び跳ねる鈴虫に似た大きな生き物がいる。
 音もなく着地するたびに、ふうっふうっと心地よい風が吹いていた。

「…………」
 青年は無言であとずさり、家まで戻り、玄関を閉めてしゃがみこんだ。叫び出さなかったのはオペレーターとしてのパニック抑制訓練の賜物だ。こめかみに脂汗がとめどもなく浮く。自慢ではないが、たいていの虫は平気でもコオロギとかそういう類いは、のたうちまわるほどに苦手なのだ。それもでかい。やめてほしい。そういう虫がバッタみたいに跳ねるかどうかはどうでもいい、そのビジュアルをやめてほしい、それもでかい……でかい? 軽自動車の半分ぐらいある体積の虫? それが心地よい風を出してる?
「あ、従魔か」
 思考を切り替え、手元の端末で本部に緊急回線を開く。画面からは青年のよく知った顔が見えた。言うことには、近くでの愚神討伐の余波とか残党とか、とにかくとばっちりで大量の弱い従魔が町に発生しているということだった。

●暑くとも安全な夜を
 ――かくして夏の夜に招集を受け、リンカーと英雄が集う。偽りの涼に立ち向かうために。

「では、状況開始です。涼しさはもったいないとは思いますが、逃げ足が速いので日が昇るまでに迅速かつ確実な討伐を。というかあの姿を見てるだけでキツいので早めに、早めにお願いします……」

解説

●任務
 すべての従魔を日の出までに討伐する。
 (任務開始の時刻は「日の出まで残り2時間半」となっています)

●従魔について
 ・涼蟲(すずむし)×70
 鳴く虫(鈴虫やコオロギ)の形をした従魔。大きさの平均は軽自動車より二回り小さいぐらい。
 その体からはえもいわれぬ心地よさの涼しい風が吹いており、これで生物をおびき寄せてライヴスを奪うとみられる。弱いがとにかく数が多く、素早い。
 攻撃は噛み付き(近接物理)と鳴き声(遠距離もしくは範囲の魔法攻撃)。どちらかといえば大きく跳ね回って逃げる傾向にあります。また、行動に伴う音は(着地音含め)ほとんどありません。

●場所と時間について
 典型的ベッドタウンで、中規模の公園にある噴水を中心とした半径600~700メートルぶんのエリア。
 住民は現時点で、家から出ないようにとの連絡が全戸に回っています。

●留意点
 涼蟲は大きく跳ねて移動や回避を行うため、建物などに遮られて見失うことがあるでしょう。日の出までに全て倒さないと、
「多くの従魔がうろついているため家から出られないなど、近隣住民の生活に影響が出た」
 としてペナルティ(成功度低下など)が課せられる可能性がありますので、確実に索敵・撃破していきましょう。

リプレイ

●涼しけれども許されざるは
 これは任務開始時間のわずかに前。

「日の出前がもっとも暗いというが、明るくなる気配というのは感じられるものだな」
「風流とは呑気だな。さっさと討伐を済ませるぞ」
 ニノマエ(aa4381)の言に、ミツルギ サヤ(aa4381hero001)がむう、という表情でせっついてきた。ニノマエは、ああはいはい、と気のない返事を返して共鳴をする。姿形こそニノマエのままだが、頭からつま先までをぴったりと包むスニーキングスーツと、背にしたパワードユニットに巡るライヴスが、臨戦態勢であることを示していた。

「う~ん、涼やかな風は魅惑的なのです……が」
 都呂々 鴇(aa4954hero001)は困惑を隠さず、狼の耳をぴこぴこと振るわせた。涼しいのはいいが、見た目と存在そのものは看過できるものではない。その様子を見て、新城 霰(aa4954)はそうねぇ、と穏やかに返した。
「強くないとはいえ立派な従魔がたくさん、このままじゃ街の人たちは涼しくたってどこにも行けない。さっと片付けちゃいましょう」
 そう言った霰の姿はいつの間にかなく、あとには鴇の面差しを持つ青年が残った。ぴんと頭の上にある耳を立てて、鴇は街灯に照らされる夜道へと視線を投げる。
「夜明けまで、だったな。効率的にいこう」

 月鏡 由利菜(aa0873)はすでにリーヴスラシル(aa0873hero001)との共鳴を終え、油断なく装備を点検している。由利菜は身の内にいる英雄に、念話で語りかけた。
「気がつけば、夏も過ぎようとしていますね」
『ああ、この時期からの鈴虫が鳴く様は日本の風物詩ではあるが……周辺住民へ危害を加える従魔とあらば、見逃すことはできん』
 
「鳴き声は風情であるし風は涼しくていいんだが……」
「……ん、涼しさは撒き餌。攻撃性あり、数が多い、時間なし。駆除は必須」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)がこくこくと頷いて麻生 遊夜(aa0452)の言に同意し、寄り添うように共鳴を行う。そして変じたその姿は精悍な男――遊夜主体の姿。この任務においての最適解である。ぴりりと、周囲の空気が戦意に満ちていた。

 ヴィリジアン 橙(aa5713hero001)は、そういった場の雰囲気に不釣り合いとも思える鷹揚さで、かくりと首を傾げた。
「あのでっかい虫が、今度こそ愚神?」
「いや、あれは従魔といって……いやいや、僕はもう騙されない!」
 ルカ マーシュ(aa5713)がぐっと拳を固めて、少し遠くで跳ねている涼蟲を睨みつける。元より愚神や従魔といったものへの知識がきわめて乏しいうえに、以前に経験したことの影響も合わさって、ルカは斜め上の結論を口にした。
「あれはただの進化した生物! あの虫が地球温暖化を食い止める!」
「じゃあ倒しちゃ駄目じゃん」
 四方八方に間違っている2人の会話に、あれは環境に悪影響なので倒してください、とオペレーターの指摘が通信で入る。進化した生物うんぬんも訂正しなければいけないが、それは任務のあとだ。共鳴を促され、ルカは目をつぶって気合いを入れる。と、ヴィリジアンの姿が光に包まれ、ルカを包むオーラのような形で吸収された。目を開いたルカは、
「よおっし、頑張るぞ! ヴィイも頑張ろう……あっ、いない! いつの間に!?」
 まだ共鳴そのものもよくわかっていなかった。戦えるという実感と少しの不安だけが、手元にある。

 集合地点からは、道行く涼蟲が頻繁に視認される。単純に大きな虫、という身近かつ異形である姿が、さまざまな反応を誘発していた。
「うわぁ」
「アレが大量にいるのか……」
 皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)も、その光景に若干冷や汗をかく。接近戦を挑まぬジョブで良かった、とラドシアスは内心でつぶやいた。あの色形を間近で見るなど、できることならごめんこうむりたい所なのだから。
「早々に片付けようか」
 言って、若葉はさっと共鳴状態に入り、モスケールにライヴスを通す。ピ、ピ、といくつもの点がゴーグルに現れ始めた。

「アレに、近づくのか……」
「……薙、任せた」
 それだけつぶやいて、エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)は眉根を寄せたままの魂置 薙(aa1688)と早々と共鳴してしまう。あのサイズの虫を見ているのは精神的に来るので、引っ込んでしまおうという算段だ。もっとも、この2人の場合は共鳴中でも互いの精神が並立しているので、さほど意味のあることではない。
「早めに済ませような、エルル」
 薙は身の内で戦意こそあるものの鳥肌を立てているエルに、そう語りかけた。

 マイヤ サーア(aa1445hero001)と迫間 央(aa1445)も、げんなりとしている。
「あのサイズの虫とか、ちょっと受け付けないわね……」
「……まったくだ」
 数多の戦いの中での勘は敵がさほど強くないという感触を告げているが、それでも見た目が見た目だ、自ずから体に緊張が走る。共鳴してもその嫌悪感に似た神経の尖りは収まらず、それを燃料にして攻撃性が常よりも燃え上がる。殲滅あるのみ、と金の瞳が揺らめいた。

 荒木 拓海(aa1049)は、このあと初陣を迎える少女に穏やかに問う。
「虫は怖くないか?」
 レミア・フォン・W(aa1049hero002)はヤナミ――腕の中にいる、ぬいぐるみの形を持つ魔導機械――をぐっと抱きしめ、答えた。
「すきじゃない。……でも、だいじょうぶ。タクミもヤナミもいる」
 いとけない、しかし毅然としたレミアの表情に、拓海は大きくうなずいてその手を取った。するり、と重なるように共鳴し、拓海は体を軽く動かしながら、魂の裡にいるレミアと作戦の確認を始めた。

「お掃除です!」
 サーフィ アズリエル(aa2518hero002)が、その淡々とした表情と語調からは裏腹に、意気軒昂といったふうに周囲を見据える。
「できるだけ早く終わらせよう。涼しい午前中のうちに後始末もしたいしね」
 海神 藍(aa2518)がそう言うと、そうです、とサーフィは強く同意をする。
「ええ、ええ、町のお邪魔虫を片付けてしまうのです」
 その姿は、”掃除”の機会に少し浮足立っているようにも見えた。それを証するように、するりと共鳴を終えたそこにはメイド服を着た少女とも少年ともつかない姿がある。今回の共鳴は、サーフィ主導だ。
『ビルとか、壊さないようにしないとね』
「心得ております!」

 同じように周囲を見据える御神 恭也(aa0127)は、常とは変わらぬような表情に見える。が、その意識はざわめいていた。現在時刻と日の出の時間を確認し、かすかに眉根を寄せる。
「数に対して、日の出まであまり時間が無いな……」
 不破 雫(aa0127hero002)がこくこく、と首を縦に振った。
「早めになんとかしましょう。それにあの大きさ、生理的に無理ですから」
 ぱ、と瞬時に共鳴が終わり、幻想蝶から取り出した装備を確認する。ジャングルホッパーに関しては現時点での使用は難しそうだった。樹木の多い公園はあるが、街のそういったところの地面は整備されているのが常だ。
『ないよりはあったほうがいいですよ。草むらや雑木林の奥に対応してくれるかもしれませんし』
「だといいがな」

 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)に、巨大な虫を見て思うところは特にない。
「鬱陶しい……」
「同意見だね」
多少鳴き声がうっとうしいと感じるものの、それだけだ。
「じゃ、行こうか」
「そうだね、やろう」
 そっと2人が手に手を取るとその姿はゆるり、と陽炎のように揺れて歪みひとつになり、そして血の赤をまとった、どちらでもありどちらでもない少女が立ち現れた。オーダーをクリアする、それ以上でも以下でもない、そして確固たる目的意識を持った瞳が、ゆらりと動いている。

 対照的に、思うところが山盛りの2人もいる。
「あ~~涼しい」
 ふら、と足が涼しい風に向きそうになるGーYA(aa2289)の襟首を、むんずとつかまえたのはまほらま(aa2289hero001)だ。
「ちょっとジーヤ、誘いに乗っちゃダメじゃない!」
「だってさ~」
 むくれながらGーYAがまほらまの方へ振り向く。リンカーになるまで適温適湿の病院にいたGーYAには、確かにこの夏は酷だったし、この涼しさは魅力的だろう。しかし、この快い気温は危険なものなのだ。
「仕方ないわね、久しぶりにあたし主体でいくわよ!」
 見かねたまほらまがそう言った瞬間、GーYAの姿がツインテールの乙女へと変じる。GーYAが共鳴や戦闘に慣れてからはほとんどした事がない、まほらま主体での共鳴だ。
『涼しいのがいい~』
「なら、さっさと終わらせて帰ってから!」

 若葉が皆ををひとわたり見渡し、さっと地図を広げる。
「さて、みなさんの準備も終わったみたいですし、始めましょうか」
 全員に複写を渡しておいたその地図は一定間隔で縦横に引かれた線で200メートルごとに区分けられ、各区画に番号が付されていた。それぞれの担当区画を最終確認し、全員の通信回線が良好であることを確かめる。そして、
『――状況、開始します!』
 オペレーターの声を合図にして、エージェントたちは散開した。

●静けさの中で追い立てよ駆り立てよ
 割り当てられた各ブロックに散開、相互に連絡を取りながら索敵と撃破を行って徐々に周縁から中心へと涼蟲を追い立て、残らず討つ。シンプルだが確実な作戦だ。

 オフィスビルが建ち並ぶ一角、高層階を壁から壁へと渡っていく影がひとつ。紅い瞳に狼の特徴を備えた男が、狼の彫られた銃を携えて跳ぶ。
「数が多いうちは見つけやすいな、少なくなってからが勝負か」
『……ん、音はないけど……鳴き声はする。ある程度の、目処はつくはず』
 ユフォアリーヤの言うとおり、今の鋭敏な聴覚にはうるさいほど、けたたましい音がそこらに広がっていた。音源を探れば、びょん、びょんと跳ねながら風をそよがせる、大きな虫が1匹、2匹。
「なるほど、大きくて良く跳ぶ」
 カシュン、とハウンドドッグから何度目かの微音がした。そして、涼蟲が爆ぜる。その胴はがらんどうなのか、風船が弾けるような音だ。
「つまり、格好の的だな」
『……ん、ボク達の目と、弾からは……逃げられないの』
 ユフォアリーヤの愉快そうな言葉とくすくす笑いを心地よく身の内に感じながら、遊夜はジャングルランナーでなおも高みを跳び、さらに2匹3匹と蟲を狩る。不利を悟ったかどうか、涼蟲の何匹かはびょおん、とひときわ高く長く跳んで姿をビルの影に隠す。が、跳んだ時点での頭の向きを覚えられていては、手練れの射手が放つ《テレポートショット》から逃れることはできない。ビルの谷間に反響して、ぱんっとかんしゃく玉のような音が夜に響く。
「跳ね回るばっかりじゃ、逃がしてやれねぇなぁ」
『ん。静かに静かに……狩られて、ね?』
 にい、と遊夜の口の端が、不敵に歪んだ。

 《鷹の目》で得た敵の位置を周辺に伝えながら、恭也は大通りに面した商店街をジャングルランナーで一足飛びに移動する。目の前には、自分の出す涼風につられて来たとでも思ったのだろうか、涼蟲が悠然と待ち構えている。
「悪いが、血もライヴスもお前たちにやる分は持ち合わせてないんでな」
 言いながら、恭也はジャングルランナーのマーカーを涼蟲に貼り付け、次いで《縫止》を放つ。動きを止められた虫の巨体に恭也の体が一直線に肉薄し、次の瞬間、虫の3対6足の足が腹ごと吹き飛んでいた。間違って踏んでしまった鈴虫が出すようなかすかな振動音を出し、動かなくなるのを確認する。
『鈴虫はいいんですが……』
 そのさまを見て、身の内の雫は言いよどむ。どうした、と恭也にうながされ、少女は今は実体を持たぬその声で、真剣に言った。
『――コオロギって、ゴキブリに似ているような気がしませんか』
 その発想に、ふだんから硬い向きのある恭也の声が、よりいっそう硬く、そしていつになくこわばって発せられる。
「……今の今まで気にならなかったが、その一言でそう思えてきた」
 短い沈黙が降りる。おずおずと、雫が口を開いた。
『あの、もしかして、私、余計なこと言いました?』
「他の皆には言うなよ。士気がだだ下がりになるだろうからな」
 それきり、恭也は押し黙って移動を再開する。心なしかスピードが上がっているし、見かける涼蟲に対する攻撃にさらに容赦がなくなっているのは、たぶん気のせいではない。

「うふふふ、久しぶりに暴れちゃうわよぉ!」
 GーYAの体を借りたまほらまが大剣を構え、ビルの居並ぶ目抜き通りをジャングルランナーで飛び回る。一匹見つけては即座に両断し、一匹見つけては追って大剣を振り抜いて吹き飛ばす。その度にツインテールが風に舞うさまは、年頃の少年少女なら憧れを禁じ得ないものだ。
「んー、爽快!」
『そりゃよかった』
 GーYAがまったりと肉体の奥底で周囲をうかがう。肉体の軛から少しばかり離れたところにいる今は快適なものだ。惜しいのは、あのそよぐ風を肌で感じられないことだろうか。見つけた涼蟲を蹴り飛ばして地上に降りて周囲を見回すが、地上を跳ぶ虫の姿は見受けられない。
『やったか?』
「何フラグ立ててるの、その台詞が出るっていうのはね」
 念話をしながら、振り返らずに剣を後ろへと突き出す。ぱきっと手応えがあったところに振り向くと、なるほど涼蟲が見事に刺し貫かれていた。先の蹴りでは足りなかったらしい。
「ほら、やってない時なのよ。油断大敵って言うのかしら?」
 まほらまは肉体を動かし、ぶんっ、と再びジャングルランナーで壁を登り、ビルからビルへと飛び移り始める。探すのが面倒なぐらい数が減ってきたらジーヤに任せちゃおう、などと考えながら。

「ラシル、時間がかかると従魔がすぐに周辺に広がります。急ぎましょう!」
『無論だ。こんな気味の悪い姿を日中に見たくはないからな』
 身の内の英雄と声をかけあいながら、由利菜は作戦エリアの周縁部、街灯の間隔もやや間遠な道を駆け抜ける。遠間の薄暗がりからびりびりと音の打撃を飛ばしてくる涼蟲を、レーギャルンから抜き放った剣の衝撃波で正確に撃ち抜きながら進む姿は、まさしく夜の魔を祓う騎士だ。
 あまり賢そうには見えない動きをしていたが、それでも頭数の多寡はわかるらしい。涼蟲たちはライヴスを奪おうと由利菜に近づいてきた。戦意をなだめるかのように吹き渡る涼やかな風の群れが、いっそ憎らしい。
「多勢に無勢、はわかるようですね。賢しらな……」
 眉間に皺を寄せながら《守るべき誓い》を発動させ、涼蟲たちをさらに引き寄せる。噛み付くために飛びかかってくるものをかわし続け、やがて――かきん、と鞘の鍵が外れた。
「群れ集う蟲を切り裂け! セラフィック・ディバイダー!!」
 由利菜自身からの閃光、そして神々しく舞い散る羽根。弾け散る涼蟲のなか、たたずむ由利菜は通信回線を開いた。

「エリアD7からF7での従魔撃破報告を確認、と。ありがとう月鏡さん」
 若葉はそう言って、地図にマークを書き込む。次々と上がってくる報告からみると、順調といっていいだろう。いったん地図をしまい、モスケールを再び覗き込む。見えてきた光点へ、ジャングルランナーを使って歩を進める。と、鳴き声のする地点のビルの屋上で止まり、下を覗き込むと――ひたぶるに鳴きながら風を吹かせている虫を見つけた。小さければ風情もあったのだろうが、この大きさではどうにも不気味だ。
「慎重に、っと」
 矢をつがえ、弓を引き絞り、ライヴスを視力にも回す。《弱点看破》を行って見えたのは、腹の部分。なるほどそこは外骨格が薄く、肉に近かった。ぱん、と矢を放ち、正確に横っ腹を貫く。ばちん、と弾ける音がして、涼蟲が斃れた。
『……悪いが、あとは任せる』
 弱点を通信で伝えていると、絞り出すように声が響く。と、ラドシアスの意識が深層に隠れた。やや距離が空いているとはいえ、巨大な虫を見据えたことで精神衛生によくなかったのだろう。若葉はこくり、と1人頷いた。
「任された。この程度、問題なし」
 若葉は再度モスケールを覗き込み、反応がないか確認する。あれば撃破、なければ全身といったシンプルではあるが着実な歩みでエリアを踏破し、次のエリアへと踏み込んだ。通信を開き、手短に連絡をする。
「こちら皆月、C4の従魔を撃破してC3に移動中。幹線道路近くに多数の反応を確認。誰か一緒に向かえそう?」
 若葉の通信に、よく聞き知った声が響く。薙だ。
『了解。対応する』
 その落ち着いた声に礼を返し、若葉はそのまま歩みを進める。車道が広がり車線が増え、いつしか開けたアスファルトの道が眼前いっぱいに広がった。今は道路封鎖が行われているそこに、涼蟲が我が物顔で――虫の顔に表情もなにもないが――跳ねている。その向こうに、薙がいた。
「若葉、そこにいるね? 行くよ!」
 薙のライヴスが急速に巡るのが遠間からでもわかる。《トップギア》だ。輝いているようにも見えるその力の奔流をひらめかせて、薙は手近な涼蟲に飛び乗り、そのまま横腹に剣を深々と突き刺す。一瞬もがくようにでたらめに跳ね回ろうとするが、上への動きを押さえつけられ、そのまま足を折りたたむようにして動きを止めた。ひらり、と飛び降りて再び《トップギア》を使う準備をしながら次の涼蟲に狙いを定めていると、悲鳴にも近いエルの叫び声が脳裏に響いた。
『薙! 退避じゃ!!』
 エルが体の奥底から叫ぶと、主導権を渡してもいないのに肉体が逃げを打ってしまいそうな気になる。いや、この勢いだと本当に主導権を取られかねない。薙は移動しながら、念話のみならず肉声でもって言い返した。
「逃げてどうするの!」
『どうするもこうするもっ、あー! 近くで見るとよりカサカサでああー!』
 虫が苦手とか得意とかそういうことではなく、単純にこの造形のものがこの大きさである事実がエルには耐えられない。ツヤツヤとした皮、薄い薄い羽根、ぱっきりと折れてしまいそうな体節、すべてこの大きさに対してありうべからざる形だ。今は共鳴で肉体の自覚もおぼろだが、それでも五感に嫌悪感がほとばしる。ああ、虫唾が走るとはこのこと――また虫!
「っ!?」
 念話に気を取られて手元がおろそかになったところへ、やや大ぶりな涼蟲がその顎を開く。がきん、と薙の振るう剣に噛み付き、腕へ、胴へと肉薄してきた。
「このっ……!」
 歯噛みする薙の視界に、しなやかな獣が入ってきた。若葉が黒猫の書で繰り出した「タマさん」だ。ライヴスで練られたその肉体が、ばりばりばり! と涼蟲の羽を背中ごと引き裂く。反射的にだろう、開いた顎から刀身を引き抜き、改めてその口に突き立てる。がさり、と不快な感触のあと、その硬質な体が砂と化した。
「大丈夫?」
「うん。ここはこれで終わりかな?」
 よかった、と若葉がほっとしたように微笑んだ後、ゴーグルを下ろしモスケールの反応を見る。確認できる範囲内に、光点は見当たらなかった。
「そうだね、反応もない。次のエリアに移動しよう」

 同時刻、ニノマエと鴇が雑居ビルの建ち並ぶ小路を見渡している。入ってきた通信によればここに少なからぬ数の涼蟲がいるはずなのだが、いかんせん見通しが悪く、目視での捜索が難航していた。近くで行った戦闘で警戒されているのか、鳴き声もしない。
「……だんまり決め込みやがって」
 ニノマエが重い口を開いて悪態をつく。これまでに少なからぬ数を斬ってきたが、残り時間もすでに半分を切ろうととしている。ここにあまり手間取ってもいられなかった。
「待て、霰さんが何か言おうとしてる」
 鴇はこめかみに指を添え、内にいる霰の声に耳を澄ます。落ち着き払った音が、脳裏に響いた。
『こういうときに、あの煙草が役に立つのよ』
 その助言を受けて、鴇が煙草に火を点け、煙を風に流した。立ち上る煙がひゅ、と急速に揺れ、掻き消える。涼蟲が吹かせる風の風下にいる証拠だ。
「このために持ってきたのに、うっかりしてたな」
『喫煙習慣がないから、意識から外れそうになってたわね』
 霰と語り合いながら、鴇はセットで持ってきていた携帯灰皿に煙草を押しつけて火をもみ消す。それを見たニノマエも、同じく示し合わせて持ってきた煙草を点けて風向きを見た。それぞれの煙が示す先は同一、この通りのさらに裏手。無言で2人がそちらへ抜けると、ふうふうと風を吹かせながら涼蟲たちが群れ集いながら進んでいた。人の気配を探しているらしく、向かう先は地図によるとアパートの密集地だ。
「行かせるか!」
 ニノマエが剣を抜いて斬り込む。場所が場所ゆえに《ストームエッジ》を展開することこそできないが、問題はない。すでに涼蟲の動きは、鴇の《女郎蜘蛛》で押しとどめられているからだ。ばすばす、と巻き藁を斬るような音を立てて、大きな虫の胴体が両断される。
「涼風の礼だ、そっちも涼しくしてやろう」
 そう言い放って、鴇は《デスマーク》を虫に貼り付けてから弓を引き、矢を放った。貫かれた涼蟲がぱき、と凍ったように止まり、そして砕ける。視界に映る蟲をそうやって残らず砕いてからニノマエを振り返ると、そちらも群れを一掃し、他のエリアにいる仲間に連絡を取っているところだった。
「……ああ、こちらは片付いた。念のため、あとでもう一度精査を頼む」
 必要最低限の字句を無愛想に告げるニノマエ。鴇はそれを見ながら、また煙草を取り出して火を点けてみる。風もなくまっすぐ立ち上る煙の先では、暗闇が歩み去り始め、薄明が徐々に訪れていた。

●何も残してはならぬ
 日の出まで1時間を切り、涼蟲が公園近くに続々と追い立てられてゆく。今もまた、跳ね回りながら逃げ惑う群れがそこへ向かっていた。その頭上には羽ばたくフクロウがいる。この近隣に猛禽類が生息しているわけではない。央の放った《鷹の目》だ。
「……袋小路にわだかまってる群れが近くにいる。まったく、ちょろちょろと鬱陶しい」
 央が言い捨てる。うん、と短く同意するのは、近くに居たアリスだ。群れを狩るべく目的の場所に向かうと、偵察通りに涼蟲がうろうろと地上を這いながら鳴いている。
「その手に剣を取れ、ヌアザの銀腕よ!」
 央のガントレットから放たれたビームが剣状に固定され、涼蟲の体を引き裂く。敵襲にばたばたと騒がしくなる群れに、しなやかな赤が近づき、その赤が揺れて燃え広がりはじめた。
「きれいに燃えてくれるといいのだけれど」
 《ブルームフレア》がまたたく間に虫たちを焼いていく、しゅう、ぱちん、とけたたましくはないが静けさとは遠いその音の只中で、追いついてきた央が剣を振るう。《繚乱》で生まれた薔薇が炎の中に溶け込むように舞い、虫が切り裂かれる。もう少し従魔が見目良いものであったなら、それは朝ぼらけに映えるひとつの絵画にも見えただろう。そうして群れを素早く殲滅した2人は手短にそれを通信で伝え、別の群れの存在報告を受けてまた涼蟲を一掃すべく動く。そこに涼風への思いや虫への嫌悪感など、まるで存在しないかのように。

 そして、公園のもう片方では、拓海が藍と通信を繋いでいる。
『拓海、敵さんの方角を教えてくれるかい?』
 通信機の向こうで、お掃除お掃除とはしゃぐように言いつのるサーフィを意識の片手でなだめながら、藍が肉体の口を開いている。伝え聞いたものを含む皆の撃破報告をまとめながら、拓海は言った。
「見てみたけど、公園の近くの住宅街に溜まってるね。この公園から出たのかそれとも来るのか、とにかく最後の大きな群れだと思う」
『よし、では私は群れが公園に向かうよう、君と反対方向から行こう』
「挟み撃ちだね。了解!」
 通信をいったん終わらせ、拓海も住宅街に向かう。肩慣らし代わりに、道中で跳ねながら逃げるものを《碧の髪》で引き戻して剣で斬り伏せる。
 そうしていると、戦いというものを一晩でいくつも経験したレミアが、ふと体の裡からたずねてきた。
『わたし、たたかえてる?』
「上手いもんだ、このまま次へ行くよ」
 その言葉に、レミアは自分の魂が暖かくなるのを感じた。共鳴している今は拓海の表情を直接見ることは叶わないが、嬉しそうに微笑んでいるのが伝わってくる。
『にがしちゃ……だめ」
「大丈夫、こんなのが家に出たらおおごとだからなぁ」
 微笑みでそう答え、拓海がやや遠いところの涼蟲に向けて弓を張り、矢をつがえる。虫の数が最初ほどではないとはいえ多く感じられることは、群れが目的地にいることの証左だった。

 その住宅街で、メイドが物騒なものをたずさえて微笑む。
「さあ、お掃除の時間です」
 意気揚々、といったふうの声が響き、ばっ、とジャングルランナーでマーキングした涼蟲との距離が一足飛びに詰まる、と見えた次の瞬間、ハルバードを振り抜いたメイドと、両断された巨大な虫の胴体が残っているのだけがそこにある光景だ。そして返す刀で逃げ出した涼蟲にハルバードを構え直し、《烈風波》を放ってその外骨格を千々に砕き、と、サーフィ曰く”お掃除”の連打連打である。
「やはり”お掃除”はいいものです。すがすがしい気分になりますね」
『(……サフィにとって、戦闘とお掃除の境界はどこにあるんだろう?)』
 少しばかり問うのが恐ろしいようなそうでないような、と藍は肉体の中で静観し、倒した敵をカウントする。拓海から聞いた報告だと、この住宅街での戦闘が最後の虫たちのはずだ。 

 その正念場が始まっている住宅街で、健闘している少年の姿がある。
「とーう!」
 ルカの間延びした声が響き、涼蟲に三節根が食い込む。ぱきん、と巨体から体液が染みだし、ざらりと崩れていく。
「虫があっというまにさらさらの砂に! やっぱり魔法っぽい!」
 さっき《ウェポンズレイン》を使った時はもっと魔法っぽい風景だったな、と少年の瞳がきらきら輝く。目の前の虫がさらさらの砂になるのはそうできている従魔だからなのだが、そこはまだ思考の及ぶところではない。
「あっ、逃げた! こっちの方にまだたくさん仲間がいるみたい、でっ!?」
 ルカは通信をそれ以上続けられなかった。轟音に背を貫かれ、思わずたたらを踏む。顔を上げると、そこには涼蟲の姿。前にも、後ろにも、横にも。
「えっ?」
 気づかぬうちに跳躍でやってきていた新手に囲まれた。こういう時のジャングルランナーの使用――いったん上方に逃れて包囲から抜けること――について、ルカは短時間ながらしっかりとイメージトレーニングを重ねていた。しかし、今は予想外の事態に意識が追いついておらず、体勢を立て直すことができない。 びり、とまた肌が痛みに粟立った。立ち回りを警戒されたらしく、遠間からの音波攻撃が連続で来ている。
「虫の鳴き声、案外痛いなぁ!?」
 虫ではなく、れっきとした従魔の魔法攻撃なのだが、ルカにはそれを上手く認識するための前提が不足している。なんだろうどうしようと慌てるばかりの意識に、声が飛んできた。
「一瞬だけそこを動かないでね! 今囲みを破る!」
 拓海だ。通信の轟音を拾って駆けつけるや否や、《蒼き舌》で囲みのうちの一匹を絡め取る。味方の姿を見たことでルカの意識も幾分かクリアになり、急いでそこから抜け出て拓海の近くへと駆け寄った。
「あ、ありがとうございます!」
「この辺のはこいつらで最後だ、一気にいこう! 横に回って腹を狙うんだ!」
「わかりましたっ!」
 弱い部分である腹を狙うため、2人は横に回り込みながら武器を振るう。1匹1匹を確実に叩き、ときおり拓海がモスケールを確認する。やがて、ゴーグルに映っていた光点が消えた。
「……このへんのは倒しきったかな。もう夜明けも近いし、みんなに確認してもらおう」

 拓海がその旨を報告すると、様々な場所に散っていたモスケールを持つメンバーが各エリアを巡回し、反応を確認する。やがて、ひとつの通信が全員の耳に入ってきた。
「作戦エリア内に敵影なし、反応なし――状況、終了です!」
 オペレーターの心底安堵した声と、曙光が彼方から射してくるのはほぼ同時だった。

●そして朝が来て秋が来る
 日射しとともに、涼しさがぬるい空気へと変わっていく。
「暑くなってきたし、終わったかね?」
 共鳴を解いた遊夜の言葉に答えを返すように、みーんみんみんみん、と蝉の声が響き始めた。
「あら、虫の音が聞こえるわね」
「早く秋にならないかな」
 まほらまとGーYAの言う通り、忙しないその鳴き声はすでに盛夏のものではなく、秋を思わせるような響きをしていた。尋常な響きを耳にして、ああ、と遊夜が顎をさすって得心する。ユフォアリーヤも、少し警戒の残っていた意識をふっと緩めた。
「なるほど、大丈夫そうだな。……それじゃ、帰るとするか」
「……ん。そろそろ……あの子達も、起きちゃう時間」
 蝉が鳴く大通りに歩む遊夜とユフォアリーヤの視界に、人影が増えてゆく。付近の警報が解除されて、安心して駅やバス停を目指す人々だ。

 その人影の中に、由利菜とリーヴスラシルがいる。ふぁ、と由利菜が小さくあくびをした。
「睡眠時間を奪われた近隣住民への配慮も必要でしょうか……」
「そのあたりはH.O.P.E.の管轄だろうな。建造物への損害を見かけたら、場所を報告しておこう」
 念のためにと持ってきた修復キットでは足りないだろうしな、とリーヴスラシルは周囲に気を配りながら帰路につく。自分には報告書作成、由利菜にはアルバイトの予定がある、守りきった平穏の一日なのだから。

 そして道行く人々を見て、マイヤは今日の央の仕事に思いを馳せる。いち地方公務員でもある央にはこれから仕事がある。有給も心許ない彼には、今日の休息は限られていた。
「日の出前には片付いたけれど、寝直す時間はないわね……」
「そのまま出勤、か」
 少し疲労の色がにじむ央の表情に、マイヤはふと思う。普段はこのまま幻想蝶に戻るが、それではあまりに、なんというか、寂しい。
「央」
 知らず、名を呼んでいた。ん? と目の前の青年が軽く、けれどまっすぐ見つめてくる。その視線に、マイヤは自分の意識できるかぎりに柔く微笑んでみせて、言う。
「仕事前のモーニングコーヒーくらいなら、付き合うわよ」
「あぁ、それならいくらか頑張れるかな」
 央が嬉しそうに笑った。マイヤも、微笑みを形作る意識なく、微笑んでいる。

 その大通りを抜けて公園を横切りながら、疲労困憊といったふうな2人が家路についている。
「朝日が、眩しい……」
「やけに疲れた気がするの」
 駆けずり回ったせいもあるが、それよりずっと体感的にはつらい。共鳴中ずっと念話で虫相手に騒いだので、気疲れしているのだ。はふ、とエルの大あくびに重なるように、ふわぁ、とあくびが重なる。若葉だ。
「もう朝か……眠い……」
「帰ったら朝飯の時間か」
 傍らのラドシアスが素っ気なく、しかし穏やかに言う。そうだなー、とぐるりと首をほぐした若葉は、視界の端に薙とエルを捉え、そちらに向き直った。
「そうだ! 薙たちも家で食べてく?」
 若葉の呼びかけに、薙の表情が明るくなる。
「いいの?」
「もちろん!」
 薙がそれに礼をしようとした矢先、みぞおちからぐうう、と音が鳴る。蝉の声があるとはいえまだ静けさのほうが勝る町並みに響いた腹時計の音に、時計の主は少し頬を染めた。
「……お腹、思ってるより空いてたみたい」
「俺もぺこぺこだよ」
 胃のあたりを押さえて楽しげにそう返した若葉。2人の様子を見て取り、ふむ、とエルが同じように2人を見ている黒髪の男に問う。
「いいのか?」
「ひとりふたり増えても大差はない、気にするな」
 ラドシアスがエルの問いに答えながら、赤い瞳を細めて微笑みを浮かべる。その暖かな感情に同意するように、エルもふふ、と微笑み返した。
「では、お言葉に甘えさせてもらおう」

 一方、戸建ての並ぶ閑静な住宅街のエリアには、うきうきしているメイドがいた。
「さあ、お掃除はこれからです」
 その表情に喜びをにじませて、サーフィは持参した掃除道具で今いる通りを清掃し始める。今回の従魔は骸こそ残しはしなかったが、あちこちに風を吹き散らし、次いで死骸代わりの砂を積もらせたおかげで、どの家もどことなく煤けている。それをサーフィが掃き清め、砂をまとめてゴミ箱に入れる。次いで、家々の門扉を拭き清め始めた。
「にいさま、このバケツに水を汲んできてください」
「はいはい。……朝早くにすみません、水道をお借りしたいのですが」
 藍が、窓に薄明かりのある戸建てのインターホンへそう伝えると、玄関から恐る恐る主婦らしき女性が顔を覗かせた。間近で見る任務直後のリンカーや英雄たちに驚きの表情を見せながら、ガレージの水道とホースを使ってバケツに水を満たしてくれる。藍が礼を伝えてからバケツをサーフィに渡すと、、サーフィは最後の仕上げとばかりにあちこちを拭き清める。さっぱりと埃を落とした住宅街が、朝日に照らされてきらめいたのを見て、彼女は満足げだった。
「ふう、いい仕事をしました」

 その道の端、朝日がきらめく住宅街の隅では、ルカとヴィリジアンがああでもないこうでもないと言い合っている。
「倒してよかったのかなあ。進化した生物なんだろ?」
「進化していても人に害を及ぼすやつなんだよ、だから僕らが呼ばれたわけで」
 二時間半前と変わらぬ勘違いぶりの会話に、拓海がぽりぽりと頭をかきながら割って入った。
「あー、その件なんだけど、もう一回通信機をつなげてもらえる?」
 言われるままにルカとヴィリジアンが通信機の回線をもう一度開くと、安堵と困惑が入り交じったオペレーターの声が響いてくる。
『任務、お疲れ様です。そしてお時間いただいて申し訳ないのですが……簡単に、”従魔とは何か”というところを復習(さら)っておいてください。今ここで』
「ここで?」
「どうしてです?」
 首をかしげる目の前の男二人に、拓海はうーん、と困ったように笑ってみせ、答えた。
「さっきみたいに、任務でまごつかないように。そもそも、従魔っていうのは愚神とも違うもので――」
 そうして拓海とオペレーターが2人に従魔の知識を手短ながらみっちりと教えているのを眺めていたレミアが、ふと周囲に並ぶ住宅に目をやる。――おそるおそるといったふうに、カーテンの隙間から覗き込んでいる顔が見えた。あどけない表情とカーテンを握る手が、レミアと変わらぬ年格好であることをうかがわせる。旅行に行くのだろうか、奥にはキャリーカートも見えた。
「だいじょうぶ、だよ」
 そう言って微笑み、そっと手を振ってみせる。窓越しに見える顔がぱあっと明るくなり、口が言葉を紡ぐように動いてから、カーテンが閉じた。
「……ありがとう、か。ふふ」

 かくして、残暑の平和は守られた。新たな季節を待ち望む日々が、滞りなくやって来る。

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きよし

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    不破 雫aa0127hero002
    英雄|13才|女性|シャド
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 願い叶えて
    レミア・フォン・Waa1049hero002
    英雄|13才|女性|ブラ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 難局を覆す者
    サーフィ アズリエルaa2518hero002
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • 闇に光の道標を
    新城 霰aa4954
    獣人|26才|女性|回避
  • エージェント
    都呂々 鴇aa4954hero001
    英雄|16才|男性|シャド
  • 魔法マニア
    ルカ マーシュaa5713
    人間|19才|男性|防御
  • 自己責任こそ大人の証
    ヴィリジアン 橙aa5713hero001
    英雄|25才|男性|カオ
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