本部

傘忘れた

ガンマ

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
22人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
4日
完成日
2018/06/17 17:12

掲示板

オープニング

●アイツがいない日

 それはH.O.P.E.から帰る時。
 あるいは学校から帰る時。
 電車を降りて駅から出た時。
 スーパーに買い出しに行って帰る時。
 任務が終わってさあ帰還するぞという時。
 散歩中の時。
 ご飯食べに出かけた時。

 とまあ、君達が銘々な事情で外出している時の話である。
 君達はいろんな場所で、いろんな事情で、いろんな時間帯で、まあいろいろしているのだろう。
 そんな君達の唯一の共通点がある。

 ――雨降ってるのに、傘忘れた。

 純粋に傘を持って来るのを忘れた。
 持ってきたのに電車やバスに置き忘れちゃった。
 ていうか傘盗まれた。
 忘れてなかったんだけど使おうと思ったらぶっ壊れてた。

 などなど。まあ、いろんな事情ってやつだ。
 トホホ。こんな日に、頼れる傘(アイツ)がいないなんて。
 まあ、土砂降りってほどじゃない。とはいえ小雨ってワケでもない。
 極論、濡れて死にはしないのだから、ダッシュで事を済ませるという手もある。転んでも、最終奥義として共鳴すれば怪我はしない。ちょっとコンビニまでダッシュすれば、傘が手に入るだろう。
 雨が上がるのをじっと待っているのもいい。……いつ止むのかは天のみぞ知るが、ゆっくりしろという天の啓示なのかもしれない。
 もしくは相棒や知り合いや家族に、「ごめん迎えに来て」と言うのもいい。
 幻想蝶から盾型のAGWを出して傘代わりに……なんてごり押しもできるだろう。町行く人からは「ああ、あのリンカー傘忘れたんだ……」って顔をされるだろうが。
 傘を置き忘れてしまったのなら、失われたそれを求めてバスや電車を追うのも良いだろう。盗まれたなら、リンカーの能力をフル活用(?)して取り返すのもいい。

 そうこうしている間にも雨は降り続ける。
 さて……どうしようか?

 

解説

●目標
 出先、雨の中、傘がない。何も起きないはずがなく……。

●状況
 OPの通り。
 雨が降っています。土砂降りでこそないものの、ズブ濡れる程度には降ってます。
 時間帯や場所などはプレイングで指定して下さい。
 英雄が傘を持ってきてくれる、という指定もOKです。傘を忘れたのであってレインコートはあるんやでもOK。ズブ濡れ覚悟でダッシュで帰るもよし。
 ガンマ所有のH.O.P.E.所属NPC(ジャスティンとその英雄、綾羽瑠歌)も登場します。絡みについてはプレイングでどうぞ。彼らはH.O.P.E.支部にいます。

※注意※
 「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
 相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
 リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
 一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。

リプレイ

●傘忘れた01

 ……エージェントといえど、ウッカリ傘を忘れる日だってある。

「ああ、買い物中に悪いな。……頼む」
 そう言って、真壁 久朗(aa0032)は携帯電話の通話終了ボタンを押した。H.O.P.E.東京海上支部、雨が降る前に帰ろうと思ったのだが、存外に事務作業が長引いてしまった。さて、心配したセラフィナ(aa0032hero001)が迎えに来てくれるまで、手持無沙汰である。

 支部内をのんびり歩いて時間でも潰そうか――それは奇しくも支部の別の場所にいた佐倉 樹(aa0340)も似た状況で。手続きや書類提出を済ませた後、樹はのんびり歩き始める。そして、H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットを廊下で見かけたのは間もなくだった。
「あ、どうもこんにちは」
 基本のマナー、幾つかの挨拶。会長も紳士的に笑み返してくれる。少しよろしいですかと続ければ、彼は足を止めてくれた。
「……会長、コレ、もっと突っ込んだ検査や調査や監視をしなくても?」
 真っ直ぐにジャスティンを見据えつつ、樹は包帯風眼帯の上から右目を指した。愚神商人によって奪われ、呪われ、治癒しない瞳。
「恐らく、コレが治らない仕組みは、能力者と英雄とのライヴスの繋がりへの干渉。邪英化の仕組みにも通じるところがあるのでは? と、ウチの魔女……英雄達が」
 呪いじゃなくてただのシステム干渉でしょ? ――“彼女ら”の意見を付け加える。
「英雄達の発案で私も同意しています。不意に邪英化する可能性もゼロではありません。やるのでしたら是非、徹底的に」
 その提案に、会長は「ふむ」を顎をさすった。
「確かに……気になるところだね。愚神商人の能力には回復能力に干渉するものがあったが……それの対策が導き出せる可能性もあるかもしれない」
 もちろん、樹の普段の生活を阻害しない範囲で。彼女が望めば、H.O.P.E.所属の研究員達が彼女の目の呪いについて調査と解析を進めることだろう。


 一方、セラフィナとシルミルテ(aa0340hero001)は買い物途中に雨に降られ、雨宿りもかねて雑貨屋に駆け込んだ。しばらく降り止まなさそうだ。シルミルテはセラフィナに貸してもらったハンカチで、うさ耳をくしくしと拭いている。頼れるアイツこと兎折畳傘は持って来るのを忘れてしまったのだ。
「見テ!」
 と、シルミルテの目に入ったのは雨具フェアだ。隣の友人の肩をぽんぽんして、そちらを指差す。
「せっかくダし!」
 シルミルテの目が輝いている。もともとお買い物目的だったのだ。とびきり素敵な雨具を買おう!


「……いかがなされました?」
 所変わって、H.O.P.E.敷地内のテラスの傍ら。墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴中のナイチンゲール(aa4840)は、傘も差さずに雨の中、アジサイを見つめていて――その様子に心配したオペレーター綾羽璃歌が、思わずと声をかける。
「なんか分かんなくなっちゃって」
 濡れた髪が貼り付いた頬。顔を上げたナイチンゲールは、苦笑をこぼす。
「いつだってやるべきことは単純明快で……でも、その都合のいい部分だけ見て……」

 我こそ希望だ、なんて聖女ぶったりできない。
 正しく在りたい、だからこそ分からない。
 この状況に意外性も見出せない。

「なんなんだろう私って」
 なお愚神は対話するに足りると確信する自分。色とりどりの花に、ナイチンゲールは顔を伏せる。
 瑠歌は少し、考える様子を見せた。
「私には、なんとお答えすればよいのか分かりません。ですがこれだけは言えます。“今の貴方は速やかに屋根の下に行って体を拭くべきだ”と」
 気の利いたことを言えなくてごめんなさい、と苦笑して、オペレーターは雨の下にやって来るとナイチンゲールの手をそっと引いた。一先ず屋根の下へ。「タオルと温かい飲み物を持って来ます」と、そのまま瑠歌は駆けて行った。
 ナイチンゲールはその背を見送って――ふと、行き交う人の中に見知った顔を見つける。久朗だ。「や」と少し上機嫌に挨拶すれば、彼も会釈で応えてくれる。
 それからしばしの間。時勢のせいか前向きな話題もなくて、なんとはなしに二人の視線はアジサイへ。
「……花言葉は確か『移り気』『無常』だったか」
 沈黙を破ったのは久朗。“とある人物の名前”を調べた傍らに、他の花の言葉も記憶していたのだ。
「色によっても違うんだって」
 ナイチンゲールが答える。その間にも、鮮やかな色彩に雨露が滴っている。花言葉、それは人間の勝手な意味付けだ。さておき花は綺麗だ。久朗は呟く。
「……誰が花に言葉なんて、つけたんだろうな」
「たぶん……久朗みたいな人」
 なんとなくね、とナイチンゲールは口角をもたげてみせる。彼の隣は落ち着ける。信頼しているし、同じ場所にいると必ず同じところを見てるから。
 と、墓場鳥が相棒との共鳴を解除する。会長の英雄達へ挨拶をしに、とのことらしい。ならばとナイチンゲールは英雄に言伝を頼む。部屋型試作AGWのお礼を。実用は遠くとも、それはナイチンゲールの希望そのものであるがゆえ。
(……あ)
 ふと思う。己は会長の思いを追体験しているのだろうか? と。
 そんな時だ。久朗がおもむろに、ナイチンゲールに上着をかける。濡れた彼女の白いワンピース越し、“鮮やかなもの”が見えた気がして。
「……はっ!?」
 その行為にナイチンゲールの顔が途端に赤くなる。初めて見られた非共鳴、そして濡れて透けた下着――死ぬ。次の瞬間、ナイチンゲールは脱兎のごとく走り去った。
「……」
 残された久朗はその背を見送った。ナイチンゲールは非共鳴の姿を恥じていたようだが、彼にとっては「雰囲気が変わった気がする」程度であり、本人ということに変わりはなくて。

「これは……究極の選択を迫られている気がします」
 場面は再度、久朗の英雄とその友人へ。セラフィナは真面目な顔で、キュートな黄色いヒヨコと、目つきの悪い黒ヒヨコの傘を見比べていた。
「今年の梅雨の相棒はどちらが良いでしょう!?」
「ンー、そっくリダからコッチ!」
 シルミルテがピッと指差したのは、目つきの悪い黒ヒヨコ。じゃあこっち、とセラフィナは黒ヒヨコ傘を抱えた。
「赤ピヨ傘も探ソ!」
 真壁家第二英雄に似合いそうだ。とってもうさうさな雨具一式を手に取りつつ、シルミルテが言う。「いいですね!」とセラフィナは笑みを返した。探してみると、ちょっとクールな赤ピヨさんが良い感じにあった。他にもいろんなグッズを眺めて、これはあの子に似合いそう、なんて会話にも花が咲く。

 さて、お会計を済ませて店を出れば、二人は新品の傘を開く。シルミルテが提げている紙袋には、セラフィナが選んでくれたウサギ柄のふわもこタオルが入っている。
「買い物中に悪いことしたってクロさん言ってましたから。合流したら何か美味しいものでも食べましょうか!」
「アイスがいイカナー。ハンバーグも素敵ネ!」
 くろーのオゴリ! ときゃっきゃしながら、二人は水溜まりを跳び越える。


 H.O.P.E.支部廊下。長椅子に座した日暮仙寿(aa4519)は、窓越しの雨を眺めていた。
 思い返しているのは、在学先の剣道部顧問に「能力者になった為、剣道での推薦は取れない」と言われたことだ。尤も、仙寿は刺客の身、後ろめたさから推薦枠は取らずに普通に受験する予定ではあった。彼の一族の男は邸宅付近の高名な大学に通うのが習わしである。仙寿も当然のようにそこを目指し、裏と表の家業を継ぐことになっているが……気持ちは漠然としている。具体的な目標がない。気になる学部もない。
(こんなことで悩んでる場合じゃないのにな……)
 濁を負い清を貫く。刺客ではなく剣士になると決めた。しかし裏家業を担ってきた一族はどうなる? 刺客の嫁候補まで複数いるという。ままならぬものだ。溜息は雨音に掻き消える。
「あ――いたいた!」
 と、そこへ。不知火あけび(aa4519hero001)の声が聞こえる。顔を上げれば英雄と、その隣には会長が。「探したんだから」と肩を竦めたあけびは、隣の会長については廊下で会って道すがらに会話していたと仙寿に伝えた。「そうか」とそぞろに仙寿は返す。あけびの赤い瞳に、梅見での出来事を思い出していた。
「結局、こうなっちゃったね」
 それを察してか、あけびが仙寿の隣に座りつつ、口を開く。
「……奴等の秩序は受け入れられない。俺が守りたいものじゃない」
 膝の上で指を組み、仙寿は毅然と言い切る。トールは仙寿達に“本物の光”を託した。だから仙寿は、何があっても光で在りたい。善性を騙った愚神共が、愚神を信じた友人達を裏切ったことは許せない。今を見定め、皆を守る為に戦いたかった。
「あけび君が心配していたよ」
 と、ジャスティンが物思う青年へ穏やかに笑んだ。仙寿は顔を上げて、少しだけ笑みを返す。
「ジャスティン、この戦いが終わったら、進路相談に乗ってくれよ」
 友人に全部打ち明けたいのだ。そう思った。「その為の未来なら、ちゃんと手土産に持っていくさ」と付け加える。
「承ろう。恋愛相談から今日の夕飯のレシピまで、なんでも任せてくれたまえ」
「れんあ、……そ、そうか。頼もしいよ」
 と、その時だ。びゅんっ、と誰かが二人の間を駆けて行った。ナイチンゲールじゃないか。うーん、どうしたんだろう?

 時間としては丁度そんな頃。
 戻って来た璃歌は周囲を見渡し、見当たらないナイチンゲールに、久朗へ居場所を聴いていた。返事は横に振られる首だった。
「こんにちは」
 タオルとココアを手にどうしようか考えていたオペレーターに、挨拶をしたのは十影夕(aa0890)だ。
「綾羽さんていつもいるけど、いつ休みなの?」
「お兄様のくせにナンパですか!? 雨でも降るんじゃ!?」
 食い気味に言ったのは結羅織(aa0890hero002)だ。
「くせにってなんだよ……ナンパじゃないし、もう雨降ってるし……」
 夕は肩を竦める。璃歌はちょっと笑んで挨拶を返しつつ、
「ちゃんと休日もありますよ、お気遣いありがとうございます。十影様も、いつもお疲れ様です」
「うん。まあ、エージェントとしての用事はもう済んだんだけどね」
 そして傘を忘れて、さあどうしようか、折角だし何か飲みつつ雨宿りでもしようか、とちょうど英雄と二人で話し合っていたところである。

「そういえば」
 座れる場所、手近な休憩スペースに移動しつつ、口を開いたのは結羅織だ。
「先日はひどく落ち込んでいたご様子でしたけれど……」
 見やる先の夕は、自動販売機に小銭を入れて、何にしようか指を惑わせている。
「なんかあったっけ」
「知りません、伺っていませんもの。ちょっとしたらケロッとしちゃって」
「ん、」
 ぽち、がたん。甘いカフェオレを二つ。片方を長椅子に座っている結羅織に差し出した。差し出しながら……リオベルデのことかな、と夕は英雄の心配に心当たり。
 生きて次の機会を得る為に退いて欲しい。そう言って強制撤退させたレジスタンスは、次の機会の為に行動を始めた彼らは、目の前で愚神に殺された。助けきれなかった。無責任な希望だった――己を責め、落ち込んだ日があった。
「へこんだってゆーか悩んだってゆーか……でも誕生日のプレゼントのこと思い出して」
 昨年もらった万年筆。「歩く先が明るくありますよう」とメッセージカードがつけられていた。贈ってくれたひととは、何も特別な関係じゃないけど。
「特別じゃない人が、特別じゃない俺の未来を願ってくれてたから。ただそこにいたから、それだけで、未来や幸せを願ってもいい。って納得できた」」
 そう言って、英雄の隣に座って。ぱき、と缶を開けた。



●傘忘れた02
 木霊・C・リュカ(aa0068)は溜息を吐いた。目の悪い彼に雨は見えないが、肌で感じる湿気と雨音で今の天気がどうなっているかは分かる。そのままおもむろに取り出したのはスマホだ。
「白馬の馬車(タクシー)を呼んだところですよ、お姫様!」
 振り返る先には紫 征四郎(aa0076)がいる。
「優雅ですね。雨が降って、ちょっとお得です」
 見上げる少女は、ニコリと笑んだ。

 二人はH.O.P.E.に訪れていた。ヴァルヴァラとの戦いの舞台となった会議室――その修繕具合を確認しに来ていたのだ。会議室は綺麗に直っていた。壁に穴をあけたことについては、やむを得ないことなのでリュカが処罰されることなどはなかった。
 で、その帰りに雨が降って。正面玄関の長椅子に腰掛け、二人は迎えを待ちながら、雨を眺めている。

「……本当はお兄さん、君にあまり、強くなってほしくないんだ」
 雨音の中、ふと口を開いたのはリュカだった。
 裏切られたら痛い。期待した分、深く刺さる。だから「やっぱり世の中そういうものなんだ」と――彼女の心が慣れと諦めを覚えてしまうのが何よりだと、リュカは思う。
「寂しいんだ、きっと」
 その言葉に征四郎は振り向く。じっと、彼を見つめて。
「ヴァルヴァラに。裏切られたとは思いません」
 目をそらさずに、言葉を始める。
「征四郎に守りたいものがあるように、彼女にも譲れないものがあって。人と人は違う、人と愚神ともなればより違う。きっと譲れない部分がぶつかってしまうことも……」
 寸の間。遠くでH.O.P.E.のいつもの賑やかさが聞こえる。静かで賑やかな場所で、少女の声が続く。
「でも、だからやっぱりあなたとは友達になれないなんて、それは、違うと思います。譲り合えなかったけど、言葉を交わしたことは無駄ではなかった……そう胸を張る為にも。征四郎は、弱いままではいれません」
 そう言って、征四郎はそっと、リュカの大きな手に小さな手を重ねた。

「征四郎は、リュカを一人にはしませんよ」

 リュカのぼやけた視界は、弱視がゆえか、それとも。歳かなぁ、なんて、彼はサングラスの奥の熱い目を一度ぐっと閉じる。
「……タクシー来るまで、手、握ってていい?」
 小さくて、大きくて、手遅れなほどかっこいい、掌。


「ふー。アイゲットコトナキ」
 それはちょっとした往診の帰り道、突然の雨。ガルー・A・A(aa0076hero001)は折り畳み傘で事なきを得ていた。
 と、そんな直後である。見覚えのある少年が駆けて行くのが見える――オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)ではないか。
(ちっ、置き傘しておけばよかった……)
 学生服姿のオリヴィエは、中学校からの帰り道だった。一秒でも濡れる時間を短縮しようと猛ダッシュ中だった。
「リーヴィ! 待てって、体が冷える」
 ガルーはもちろん呼び止める。オリヴィエは驚いた顔で立ち止まり、振り返った。小さい折り畳み傘をちょこんと差した大男。そのパース崩れなサイズ比に、つい笑いが先んじた。
「……あんた、その傘、身体にあってないぞ」
「折り畳み傘ってのは小さいもんなんだよ」
 ないよかマシだろ、とガルーは肩を竦めた。そのまま手招いて、傘に入れと。その好意にオリヴィエは素直に甘んじる。

 小さな傘、互いに身を寄せ合って――これはいわゆる、相合傘ではなかろうか?

 オリヴィエがそのことに気付いたのは数歩の後だった。役得では。舌打ちしてすまなかった雨、感謝する!!!
「……、今日、なんか楽しそうだな。お前」
 ガルーがチラと見やる。つい口角が持ち上がりかけていたオリヴィエはスンと表情を律し、「別に、楽しくない」と小声で返す。実際は、身長が伸びたために前よりも近くなった目線と、物理的な距離の近さに、ホックホクなのだが。
「そーかぃ」
 見え見えな態度にガルーは言及はせず、されどくすっと微笑んだ。

 自分は実は残酷な魔女で――
 それを知った時、彼は裏切られたと思うのだろうか――
 少しずつ大きくなる、彼の体とその想い――

 悩みは尽きないのだけれど。なんだか、隣から感じる鮮やかな感情に、ガルーはどうでも良くなってしまった。
(そう――今だけはまだ、このままで)
 彼の方に傘を傾けてやる。すると途端、文句が飛んでくるのだ。
「もう少し傘を自分の方に寄せろ、濡れてる」
「そうか? こんなもんだろ」
「はぁ……。……なあ、夕飯、家で食べていくか?」
「いいね。献立は?」
「今日は――」
 他愛もない会話。雨の滴が、踊るように跳ねる。



●傘忘れた03
 それは買い物帰りの出来事だった。
「……傘を忘れたって……一体これで何回目よ。いつも行く先々でなくしてるし……」
 リリー(aa5422hero001)は額を抑えた。彼女の目の前ではあい(aa5422)が、天真爛漫に「てへぺろ」して見せる。
「えへへ……ごめんなさいデス。でも確かにお店を出る時には持ってたデスよ? ほんとデスよ」
「じゃあなんでなくなってるのよ!」
「人生、山アリ谷アリ、アリ地獄デス!」
「……。もういいわ、とりあえず遅くならないうちに帰ろ。途中でコンビによって傘買えばいいし」
「デェース!」
 というわけで、リリーは抱えた食料品と薬用品が濡れないようにしながら軒下を小走りに進む。一方のあいはというと、堂々と雨の中をはしゃぎまわっているではないか。もちろんいつもの格好、普通の靴で。
「……風邪引くよ? それにまた濡れた靴履くの嫌でしょ?」
「デス! 天然のシャワーさんなのでダイジョーブデェース♪」
「……全く、そんな訳ないでしょ。それに通行の邪魔だし、なるべく当たらないようにしなさい」
「デェース……」

 そんなこんな、コンビニが見えてきたのは間もなくだ。サンキューコンクリートジャングル。
「あいちゃんは濡れない場所で待ってて。びちゃびちゃのまま入店したらお店に迷惑かけちゃうし……あいちゃんも滑って転ぶかもしれないし」
「ムテキだからダイジョブデス!」
「そういう問題じゃないから! いい? ちゃんと待ってるのよ?」
「デス!」
 敬礼でリリーを送り出すあい。リリーは手早く傘を買った。急な雨で皆が傘を買っていったらしい、一本しか残っていなかった。しょうがないので相合傘である。「あいが持つデス!」と目を輝かせるので、傘持ちはあいに任せることにした。
 そして歩いてしばらく。ふと、あいが足を止める。「どうしたの?」とリリーが問えば、彼女は真剣な顔で路地裏を見つめていた。
「デス、リリー……雨の降っている、路地裏には……組織から逃げ怪我をしている人が倒れているのデスよ!!」
「……はぁ、アニメの見過ぎ。そんな頻繁に誰かいたりなんかしたら一体いくつ変な組織がある計算に……」
「デェース! 調査デス!!」
「ちょ、あいちゃん!! 傘を放り投げるなっ!」
 少女二人の足音が響く……。


「あらあら……やぁねぇ、ちょっとした散歩のつもりだったのにぃ」
 羽跡久院 小恋路(aa4907)は突然の雨に肩を竦めた。
「仕方ないわね……ちょっと時間つぶさなくっちゃ♪」
 そう言って、彼女は棺盾を展開する。AGWは英雄と共になければ効果を発揮せぬが、こうして持って傘にする程度にはできる。
「できるならアンティークなところが近場にあればいいのだけれど……♪」
 盾で雨をしのぐとは、リンカーすげえ――そんな視線も心地いい。小恋路が視線を巡らせれば、良い所にカフェがある。早速入店だ。もちろん傘(盾)は仕舞う。ソファータイプの座席にて優雅に足を組んで座り、小恋路はスマホを取り出した。
「はぁい♪ ……ちょっと雨降っちゃったからぁ……傘持ってきてくれないかしら?♪ 場所は――」
 そうして迎えを頼み終わる頃、注文品である甘いコーヒーにパンケーキとがやってくる。小恋路はコーヒーに角砂糖を追加し、一口飲んで、またざらざら追加する。パンケーキにも追加でシロップをかけた上に砂糖をまぶすほどだ。見ているだけで糖尿病になりそうだが、彼女は魅せつけるように食べているのであった。


「葵~ ライヴスの力でなんやかんやして僕を助けてよ!」
 ハーメル(aa0958)は幻想蝶の中から葵(aa0958hero002)を呼び出すなり、そんな言葉で泣きついた。昼寝をしていた葵は、ふわぁと欠伸をしつつ首を傾げる。
「なんやかんやって……?」
 従魔かヴィランにでも襲われたんだろうか? と辺りを見渡せど、そういう脅威は見当たらない。見えたのは雨が降る町で、今ハーメル達が立っているのはビルの軒先、という風景だ。一通り景色を見た後、ハーメルに視線を戻し、葵は反対側に首を傾げる。ハーメルは困った様子で説明を始めた。
「ほら……雨降ってるだろ?」
「うん」
「僕は傘を持ってないだろ?」
「うん」
「だから葵、英雄としてのなんか凄い力で助けてくれる?」
「うん?」
「具体的に言うと、雨に濡れずに家に帰りたいんだ。できる?」
「うんん?」
「これは試練なんだ……」
「無茶ぶりだね?」
 依頼の時はあんなに真面目なハーメルで、軍師といったクールな称号もあるのだけれど、なんというか今はアレ。
「そんなことでボクを呼び出したの?」
 ジト、と葵が現在湿度よりもジットリした目でハーメルを見て、続ける。
「あのね? 英雄に、天候操作能力とかないからね」
「そこをなんとか……ブレイブナイトだし、絆と友情の力でどうにか……」
「天気を根性論でどうにかできてたら、天気予報とか要らないからね?」
 全く……と葵は肩を竦めた。
「もう、しょうがないなぁ」
「お! どうにかしてくれるんだね!? 流石、葵!」
「要は濡れなきゃいいんだよね? ボクが」
「ン?」
「よーし、だったら任せて」
「ンン?」
「よっこいしょっと」
「ンンンーーー!?」
 
 ※参考画像:アルゼンチン・バックブリーカーで検索してください。

「ぁ ごめんなさい、ごめんなさい あびゃぁぁああ!!?」
 アルゼンチン・バックブリーカー。アルゼンチン式背骨折りとも。自分の肩の上に相手を仰向けに乗せ、顎と腿をつかみ、自分の首を支点にして相手の背中を弓なりに反らせることによって、背骨に大ダメージを与える技である。
「背骨がアアアアアアアアアアアアアアアア」
「さ、帰ろ帰ろ」


 業務用スーパーから出たばかりの麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)は、買い物袋両手に傘立ての前で愕然としていた。
「なん……だと!?」
「……おかしい、さっきまで……ここにあったのに」
 ユフォアリーヤが尻尾の毛を逆立たせる。置いたはずの傘がない。あの傘は子供達がお小遣いを貯めて、一生懸命に自作してくれた世界でたった一つのカッコイイ傘なのに!
「みみみ見つけなければ! 子供達に顔向けできん! 冴え渡れ、俺の第六感……!」
 錯乱する遊夜。一方、母は強し。ユフォアリーヤは冷静に、狼の耳と鼻で周囲を探る。
「……ん、状況把握……離れてたのは、十数秒……匂いは向こう……足音を感知……見つけた、あっち!」
「でかした! よっしゃあとは任せろォ!」
 ユフォアリーヤの分の荷物を持ち、遊夜は彼女と共鳴を。愛妻は出産間近だ、無理はさせれない、風邪などもってのほかであるし、ストレスを与えることも許されん! 負担は全て父である遊夜が受け止めるのだ! それが男の責任だ! そしてこの不快さは全て傘泥棒に!
「この恨みはらさでおくべきかぁ……!」
 英雄が指差していた方向へ猛ダッシュ。義眼が紅く、残光が軌跡を描く。雨に濡れるのも構わずに遊夜は駆けた。共鳴による身体能力を活かし、壁を足場に三角跳び、狭い路地も一っ飛び。犯人は追跡されている気配に慌てて走りだしたようだが――甘い。ぬるい。愚かである。
「逃げても隠れても無駄だ……!」
『……ん。狩人に追われる恐怖、知って貰おっか』
 狼は執拗で、執念深い。獲物がどこまで逃げても、どこに隠れても、見つけ出し――必ず追い詰める。
「ひっ、ひぃぃぃぃ……」
 袋小路に追い詰められた犯人がへたりこむ。眼前には狩人が迫り来る。
「俺達の物に手を出したことを、後悔すると良い」
『……ん、ボク達の目からは……逃げられないの』
 ギラリと遊夜の目が光る。犯人は土下座をして、傘を差し出し返すのだった。

『……ん、帰ったら……お風呂入ろう、ね』
 無事に傘を取り戻し。ずぶ濡れの遊夜に、ライヴス内でユフォアリーヤが心配げに言う。「そうだなぁ」と返しつつ。
「濡れたことについては、コケたって言い訳しておくかぁ」
 大事な傘のせいではないのだ。お父さんの優しい嘘。


「しまった、雨なの忘れてたよ」
 仕事の打ち合わせを終えて、ビルから出ようとして――レオンハルト(aa0405hero001)は雨天に顔をしかめた。
「レオはうっかりさんですね? 私は持ってきましたよ」
 隣の卸 蘿蔔(aa0405)がクスリと笑う。「ほら、ちゃんと傘立てに」と言いかけたところで、言葉が止まる。
「あれ、ないや」
 確かに置いたはずの傘が、傘立てにない。
「誰か間違えて持って行っていったかな」
「そんなはずないのですが」
 レオンハルトの声に答えつつ、蘿蔔は辺りを見渡してみたけれど……やっぱりない。肩を竦めた。「そんなこともあるさ」と英雄が慰める。
「しょうがないですね……ちょっと雨宿りしましょうか」

 というわけで、ロビーの長椅子に座り、自販機で飲み物でも買って。ふう、と一息を吐く。
「こうしてゆっくりするのも久しぶりですね」
 甘いカフェオレを飲みながら、蘿蔔がおもむろに言った。「うん」と隣のレオンハルトはコーヒーを飲んでいる。
「最近はずっと忙しかったからね……蘿蔔は大学もあるし。新しい生活には慣れたかな?」
「ついていくのでやっとです……。でも、丁度いいのかもしれません。独り暮らしは寂しいですし……」
 交わす他愛もない会話。程なく、そろそろ雨は止んだかなとふと外を見やれば。
「あ……あれ! あれ! 私の傘です!」
 思わず立ち上がりながら蘿蔔が指で差す。「なんであんな所に捨ててあるんだ」と、レオンハルトが走って回収してきてくれる。
「壊れてないかな……」
 動作確認、とレオンハルトが傘を開く――おや、裏面は可愛いドット柄。あっ。いや違う。これ、細かくプリントされた「呪」の文字だ。
「納得したわ」
 一瞬心臓が止まりかけたレオンハルトである。一方、蘿蔔は得意気である。
「可愛い上に盗まれる心配もない、素晴らしい傘だと思いませんか」
「可愛くはないね。確かにこの傘は使いたくないが……まぁ、これで帰れるか」
 この傘を開いてしまった人の心にちょっと同情しつつ、「というわけで幻想蝶に入れてくれないかな」とレオンハルトは言うが。
「そう言わずに、一緒に入って帰りましょう? まだ話したいこと、いっぱいあるんです。あと、教えてほしい勉強も」
「それが目的だろう……まったく」
 呪の文字については、可愛いドット柄と思うことにしよう……。



●傘忘れた04
「どんどん降ってくるね……」
 通りかかったビルのちょっとした影で雨宿りしつつ、セレナ・ヴァルア(aa5224)は雨天を見上げた。
「マジかよ……天気予報、勘弁してくれ」
 隣で毒吐くのはヤナギ・エヴァンス(aa5226)だ。二人で買い物に出かけていて、その帰りの雨である。止みそうな気配はない。ヤナギは溜息を吐きつつ、恋人が濡れないようにと華奢な肩を抱き寄せた。

「……」

 沈黙が流れる。セレナはぼんやりと雨を眺めていた。ふと、視界の端で恋人の横顔を見上げる。ヤナギはどこか、遠い所を見るような虚ろな目をしていて。
(そういえば……ヤナギは、)
 雨が嫌いだと言っていた。
(私の知らないヤナギの思い出……ただ空から落ちる雫……ヤナギにとっての意味は? ……私にとっては……?)
 気になった。だからふと、なんとはなしに問うてみる。
「雨……どうして嫌いなの?」
「……どうして、か」
 我に返ったように瞬きを一つ。ヤナギは恋人を抱き寄せ直す。
「そだな……嫌な思い出が付き纏うから、か……。……ロンドンの雨は冷てェンだ」
 その声は普段よりも重く、沈むよう。そう――あの一粒一粒に、きっと嫌な『何か』が入っている。「全く、どうやって帰るかね」と消えそうな声で呟いた。
「冷たく……でも、大したことはない……と、思う……」
 円らな瞳でじっと、セレナは彼を見つめる。
(全てを流してくれそうで、何も流してくれはしない……少し独りを思い出すけれど……)
 ヤナギは今、雨しか見えてない。少し、雨が嫌いになる。
 だから――。
「……濡れて帰る」
 するり、雨の下へ。ヤナギの手を引きながら。
「私もヤナギも、一緒に、二人で」
 ヤナギは目を丸くした。
「……二人、で?」
 その間にもセレナに手を引かれ、彼は酷くなる雨の中を歩き始める。
(セレナと過ごす雨は……温かい、気がする)
 目が、廻りそうだ。
(どうしてセレナは、こんな魔法みてェな真似ができる?)
 繋いだ手、搦める指。それはいつだって温かい。見上げる彼女の微笑みも。
 そうか、とヤナギは納得して、小さな手を握り返し、穏やかな笑みを向けた。
(だから……ここの雨は温かい。セレナと『二人』だから)



●傘忘れた05
「ありがとう、おかげで式のアイデアが浮かんできた」
 喫茶店で会計を済ませ、荒木 拓海(aa1049)は相談に乗ってくれた皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)に感謝を告げた。
「ほんと? なら良かった。楽しみにしてるね!」
 若葉は笑顔で応えつつ、店の扉を開けた。外は雨模様である。
「雨、強くなってきたな……」
 雨天を見上げ拓海はそう言って、スマホを取り出した。
「今から帰るが……迎えに来れない?」
 どうやら迎えを頼むようだ。若葉は友人を横目に、「俺達も帰ろっか」とラドシアスに告げる。頷いた英雄は、拓海の通話の邪魔にならぬ声量で「では、またな」と、若葉と共に手を振った。拓海も笑顔で、別れを示した。
「しかし、また降ってきたか……」
 ラドシアスはそう呟きながら、傘立てにあった傘を取る。若葉もそれに続こうとしたが、「……あれ?」と怪訝気に首を傾げた。
「俺のがない。確かに置いたのに……」
「……誰かが間違えたか。まあ、不運だが、よくあることだろう」
「いや、でも……」
 冷静なラドシアスとは対照的に、若葉は焦った様子だ。
「……どうした」
「あ~……ただの傘ならいいけど」
「……違うのか?」
「この間グロリア社で買ったでしょ? 傘型の……」

 AGWアンブレラシールド。

「……」
 ラドシアスの眉間のシワが深くなった。
「まさか傘立てに放置とはな」
「AGWなの忘れてて……うわぁ、どうしよう」
 英雄は呆れ、若葉は頭を抱える。
「こんな傘そっくりに作ったの誰!? スカーレットレイン(銃)じゃなかったのは不幸中の幸い? いや違うか! どうしよう!?」
「……慌てても何も変わらんぞ」
 一応、一般人にAGWを扱うことはできないとはいえ、武器は武器だ。若葉はぐるぐるしてどうにかこうにか解決法を捻り出そうとして……。
「すいません、あのー」
 見知らぬ人に話しかけられる。どうやらその人が、自分の傘と間違えて若葉のアンブレラシールドを持って行ってしまったらしく。無事、AGWは若葉の元に戻って来た。
「……傘を間違えたのが、親切な人でよかったな」
 頭を下げて去って行った人を見送りつつ、ラドシアスが呟く。若葉は肩を竦めた。
「以後、気をつけます、はい」


「うぁ……土砂降り!?」
 一方、三ッ也 槻右(aa1163)は電気屋の玄関で呆然としていた。扇風機が古くなったので、おニューを買うべく下見に来ていたのだが……油断した。朝は晴れてたのに。
 しょうがない、迎えに――とポケットを漁ったところで着信あり。拓海からだ。
「もしもし? ちょうどいい時に―― え? 拓海も? そうかぁ……」
『お互い出先で傘なしか……よしっ! どちらが先に家に着くか競争しよう』
「え? 濡れる覚悟でダッシュってこと?」
 突然の提案だった。でも槻右は、乗り気な笑みを返してみせる。
「それ面白いね、通信機持ってる?」
『うん! 待ってね、準備する』
 安全の為に、片耳に防水インカム。ハンズフリーになったら、準備体操。「風邪ひかないでよ?」と槻右は楽し気に笑んだ。というわけで。
「『よーい、ドン!』」


「リサ殿……! 凄い量だの」
「でしょう。式と二人の一夏分だもの♪」
 楽し気に言葉を交わす酉島 野乃(aa1163hero001)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)の両手には大小様々なショップバッグが。二人はバーゲンセールに足を運び、戦利品を得てきたところである。
「キャミにフレアスカート、ボレロにミュール……バッチリだわ!」
「某も満足じゃ。この服など妹に絶対似合う、流石はリサ殿の見立て」
 野乃は自分用の甚平も数枚確保している。さて、目当てのものは買えたし、あとは帰宅するだけ……なのだが。外は生憎の雨である。耳も尻尾も服もジメジメ心地で、野乃のキツネ耳と尻尾もへんにゃりしてしまう。
「袋、濡れちゃうわね。小止みになるか様子見ましょう」
「うむ、賛成! 濡れるのは嫌だの」

 というわけで、二人は近くの喫茶店へ。
 女王様のベリーベリースペシャルパフェでございます、とウェイトレスが特大パフェをメリッサの前に置いて行った。長居できるようにとメリッサが頼んだものだ。
「しかし止まないのぉ」
 窓からの雨天を見つつ、野乃はホットケーキにパフェ、プリンなど、テーブル一杯に陣取ったスイーツ達を頬張っている。
「して……確か槻右達も傘を持って出なかったはず、どうしたかの?」
「子供じゃないもの、何とかするわよ」
 笑って、メリッサはイチゴソースのかかった生クリームをスプーンですくった。

「追跡任務みたいだな」
 雨中を駆けつつ拓海が言う。あえて濡れるのは中学生以来で、なんだかテンションも上がってくる。それは通信機越しの槻右も同じのようだ。
「扇風機は買った?」
『いや、買わなかったよ』
「エアコン風を送るならサーキュレーターは?」
『え、サーキュレータ―? その考えはなかったな……今週末、一緒に買いに行かない?』
「格好良い型のが良いな。っと、現在スーパー前」
『えっ嘘! 僕はまだ交番前!』
「続いて歩道橋を抜けた~。ふふ、伊達に足は長くない」
『僕だって足には自信が――あっ! 信号変わった! もーっ早く変わって!』
「ははは。転ぶなよー……やば、雨が靴の中まで滲みて……」
 交わす笑い声。片耳から聴こえる声に、なんだか隣にいるみたいで。
 そして一足先に、家の前に着いたのは拓海だった。
「こちら目的地到着! まだかかりそう?」
『負けたっ! 僕ももう少しっ。そこの角曲がればっ――』
「……あ」
 通信機じゃない生の声が聞こえて、拓海は振り返る。
「拓海!」
 息を切らせて、槻右が駆けてくる。そのまま、広げられた拓海の腕の中へ。
「お帰り!」
「ただいま!」
 互いに強く抱き着いた。そうするとベチャリ、濡れた服の心地が……。
「うぁ……絞れるぞ……」
「ずぶ濡れだね」
 拓海と槻右は互いの顔を見、おかしくってひとしきり笑った。「早く乾かそうか」と拓海は恋人の肩を抱き、玄関へ。
 と、その直後だった。家の前にタクシーが停まり、英雄二人が帰って来た。
「ただいま……何? 二人で濡れ鼠」
 メリッサが目をパチクリさせる。
「あ、おかえりなさい。……いやあ、雨の日もちょっと楽しいよね?」
 槻右がクスクスと笑んだ。その言葉に、野乃は先ほど頂いたスイーツの味を思い出す。
「しかし……うむ、美味だったの。確かに斯様なことなら雨も悪くないのだの♪」
 皆一様に笑みを浮かべる。雨音に、四人の楽し気な声が踊る……。


「……止みそうにないの」
 雨に濡れた髪を掻き上げ、エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)は溜息を零した。建物の軒先に避難したけれど、服が体に張り付く程度には濡れた。魂置 薙(aa1688)にメールで迎えを頼めたのが不幸中の幸いか。こうも濡れていては、暇潰しに店に入るのも躊躇われてしまう。
「……」
 エルは雨天に目を細める。思い浮かべるのは薙のことだ。近頃彼は、ボーッとすることが増えた。話しかけてもたまに上の空で……こういうのは放っておくに限ると散歩に出たら雨に降られたのだ。
(ぼんやりしてヘマをせんといいのだが)
 幾度目かの溜息。そうして間もなくだ。傘を差した薙が連絡通りにやって来る。
「やっと来たか!」
 待ちくたびれたと言わんばかりのエルに、「お待たせ」と薙はタオルを渡した。
「うわ、濡れたね」
「薙がおれば共鳴するでも幻想蝶に入るでも、少なくとも濡れずには済んだものを!」
 そんなこと言われても、と薙は一喝に肩を竦めつつ。
(エルルが一人で出かけるなんて、珍しいな)
 見やる英雄は黒髪を拭いている。されど拭くのも限界があり、早々に諦めたようだ。首に貼り付く髪の感触が気に入らず、ちょっと不機嫌そうである。髪が長いのも大変そうだなぁと思いつつ、薙は返されるタオルを受け取ると、引き換えにエルの傘を差し出した。
「さ、帰ろ」
「薙。……これは日傘じゃ」
「え」
 薙は二度見する。確かにそれは、オシャレなレースのやつだった。めっちゃ雨通すよこれ。エルは額を抑えた。呆れた。でも怒る気にはならず、ついでに自分の不機嫌もどうでもよくなってきて。
「しょうがない。薙、傘に入れろ」

 そして、そんな帰路の最中だった。

「……あ! 薙とエルさん」
「こんな所でどうした?」
 若葉とラドシアスに声をかけられては、薙達も振り返る。
「あれ。偶然、だね」
 薙は小さく片手を上げる。奇遇というやつだ。道も同じ、ならば緒に帰ろうという話になる。
「……随分と降られたようだな」
 濡れたエルの姿に、ラドシアスがハンカチを渡す。彼女は少し驚いたものの、「ありがとう」と笑顔で感謝を示し受け取った。
「そうそう、聞いてくれるかラド。薙に傘を持って来いと言ったら――」
「わああ。言っちゃ、ダメ!」
 薙が慌ててエルの言葉を遮る。さっきの話は恥ずかしいので内緒だ。そんな様子に微笑ましさを感じつつ、若葉もさっきの出来事を話し始める。
「俺達も大変だったんだよ、この傘がさ――」
 ささやかな笑い話。「それは大変、だったね」と薙は口角をもたげるが、ラドシアスは肩を竦める。
「……少しは反省しろ」
「薙も反省するのだぞ」
 英雄達にそう言われてしまえば、リンカー二人は「「はーい」」と声を揃えるのだった。



●傘忘れた05
 夜城 黒塚(aa4625)はバイト中だった。開店前のダイナー、掃除と雑用。窓から見える景色は雨だ。出た時は降っていなかったものだから、傘を持って来るのを忘れて――ちょうど先程、電話でエクトル(aa4625hero001)に傘を持ってくるよう頼んだところだ。
 そして間もなくだ。店の扉が開いて、エクトルがやって来る。だが少年の表情は、黒塚が予想した「持って来ましたよ!」と得意気なものではなく、なんだかそわそわした気配があった。黒塚が片眉を上げれば、曰く。近くの公園で少女二人が傘もなく雨宿りしているとのことだ。
「ね、あそこにいたままじゃ風邪ひいちゃうかもだよ。お店に入ってもらっちゃダメ?」
 エクトルが眉尻を下げる。黒塚は溜息と共に頷いた。途端、エクトルは子犬のように走り出る……。

「……」
 時鳥 蛍(aa1371)とシルフィード=キサナドゥ(aa1371hero002)の間には沈黙が流れていた。蛍をこの公園に誘い出したのはシルフィードだ。踏み込めない煮え切らない友人関係に決着を付けようと思ったのに、こうして雨が降ってきて。今は滑り台の下、身を寄せ合っているのに妙に遠い。シルフィードの手に傘はあるがこれは日傘、可愛いレースで雨は防げない。
 と、そんな時であった。
「そこだと寒いでしょ?」
 少年の声と共に、差し出された傘。エクトルである。
「あっちのお店にどーぞ! お店の人もいいよって♪」
 蛍とシルフィードは顔を見合わせる。驚きはあれど、相手は同年代か年下に見える天真爛漫な少年だ。ならばと、蛍はタブレットPCの画面の文字をエクトルに向けた。
『おじゃまします』

 徒歩まもなく。少女二人を出迎えたのは、目付きの悪すぎる男だった。だがその手にはふわふわのタオルがある。
「何か飲むか? 気まぐれついでだ、俺の奢りな」
 ぶっきらぼうな声音に反して、言葉自体は優しい。一瞬竦み上がった蛍とシルフィードだったけれど、悪い人じゃないようだと判断しては、肩の力を抜いた。
「この人はクロ! 怖い顔してるけど、悪いお兄ちゃんじゃないよ! 僕はその英雄のエクトル♪」
 ひょっとしてフォローのつもりなんだろうか。エクトルの言葉に、「余計なお世話だ」と黒塚は眉根を寄せた。
『ありがとうございます、お世話になります』
 蛍は電子文字を見せ、頭を下げる。
『両親たちに伝えたので、迎えが来るまでということで』
「ああ。……適当な所に座ってていい」
 黒塚のそんな言葉と共にタオルを渡されては、蛍達は逡巡したものの、手近な席に座った。
 そして髪やらを拭いていると――その間も蛍と英雄の間に会話はなく――エクトルがトレイを手にウェイターよろしくやって来る。温かい紅茶と、お皿に盛ったチョコチップクッキーだ。
「良かったら食べる? おいしーよ♪」
「ええ……? いただいていいんですの……?」
 シルフィードは最初こそ警戒していたものの、エクトル達の親切心にすっかり心を許していた。蛍も会釈で感謝を示し、それらを頂くことにする。と、視界には黒塚が。蛍はそっと電子文字を示してみる。
『黒塚さんもクッキーどうです……いえ、お仕事中に失礼でしょうか……』
 正直、怖そうな男性というのは苦手だ。でもそういった人とも交流をしよう、と蛍は思い始めている。一握の勇気に、黒塚は視線を向けて。
「……休憩中だから気にするな」
 伸ばした手でクッキーを一枚。彼も彼なりに、少女達を怖がらせないように努力しているのだ。
「……」
 シルフィードは紅茶を飲みながらそんなやりとりを眺め。
「わたくしだって……蛍さんともっと仲良くなりたいのですもの……」
 ポツリと呟いた。それは雨に濁された“本題”である。
「わたくしだって、呼び捨てで呼び合いたいのですわ……」
 他の人に“先”を越され、焦りがあった。シルフィードは俯いて、スカートをぎゅうと握る。
「……、」
 蛍は――ちょっとだけ安堵していた。蛍も同じく、シルフィードに踏み込もうと思っていたのだが、なんだか自分から言い出せないでいたのだ。だから、小さな声で、照れ臭さを感じつつも、こう呟く。
「……シルフィ」
「ほッ……ほ、蛍ー!!」
 動揺しすぎてシルフィードの顔が首まで真っ赤になってしまった。

 なんだか、少女達の関係は良い方向に進んだようだ。見守っていたエクトルはほっこりした気持ちになる。どうやら彼女達も“能力者と英雄”という関係のようで、親近感で。また御縁がありますように――そう願いつつ、エクトルは彼女達に話しかける。まだお別れまで時間があるはずだ。仲良くなりたいと思った。
 賑やかな話し声だ。黒塚も遠巻きに、それらを見守っていた。



●傘忘れた06
「あぁ、雨ですか」
 H.O.P.E.支部、窓からの天気。構築の魔女(aa0281hero001)は辺是 落児(aa0281)に「傘は?」と問う。彼は黙って首を横に振った。
「ふむ。では少しゆっくりしていきましょう」
 というわけで食堂へ――コーヒー片手にふと見やれば、窓際の席にジャスティンがいる。休憩中? されどコーヒーもそのままに何やらタブレットに目を通しているようだが。
「ジャスティン会長、お疲れ様です。相席いいでしょうか?」
「おや、構わないよ、ちょうど休憩と業務がごっちゃになっていたしね」
 良い区切りだと、会長はタブレットを閉じた。その様子に、構築の魔女は会長の忙しさを垣間見る。
「最近、お忙しくしていらっしゃると思うのですけど、体調とか大丈夫ですか?」
「なんとかね! 君達の尽力と奮闘のおかげだよ」
「いえいえ。無理して倒れることなどないように、お気を付けくださいね」
「ありがとう。……今日は不安定な天気だねぇ」
 会長が窓を見やる。ガラス越しの雨音と、雨に濡れた景色。「そうですね」と構築の魔女も景色を見やる。
「依頼を見繕っていたら降られてしまいまして……傘も忘れてしまって、困ったものです。まあ、少しばかり忙しくし過ぎてしまったので、ゆっくりするつもりでもあるのですが」
「私が言っても説得力がなくてすまないのだが、一休みもエージェントの任務だよ」
「ふふ。ええ、全く。……しかし、こちらに来て短いなりにそれなりに経ちましたが、異世界の研究とか進んでいるのでしょうか? 敵を知ればではありませんが、知ること識ることって大切だと思いまして」
「それなりに、といったところだろうか……一つ謎が解ければ、十の謎が見つかるような分野だからねぇ」
「ああ。未知の究明って心躍りますよね」
 探求と究明、それは構築の魔女にとっては趣味のようなものだ。「っと、私ばかり喋ってしまっていますね」と苦笑しては、彼女から話題を振った。
「会長は近頃、良いことはありましたか?」
 彼の愛娘が手料理でリンカーを撃破したとか聞いたけれど……と思いつつ。「そうだねぇ」と会長は目を細めた。
「こうして君が気遣ってくれていることかな?」
「それはそれは」
 魔女はニコリと笑んで見せた。さて、そうこうしていると少し雨脚も弱まったようである。
「雨も止みそうでしょうか……? ありがとうございました」
 それでは失礼いたします、と丁寧に挨拶を。


「傘、家に置いてきた……」
「まひるも、かさを忘れてしまったみたいですの……」
 木陰 黎夜(aa0061)と真昼・O・ノッテ(aa0061hero002)は窓から見える雨に途方に暮れていた。依頼を探してH.O.P.E.に訪れ、手頃なものがないので帰ろうとした矢先だった。もう一人の英雄に連絡を入れたので、じきに迎えが来るだろうが――それまで時間が余ってしまった。
 というわけで。自動販売機で飲み物でも買って、休憩室へと向かう。隅の席に座り、参考書を取り出した。黎夜は今年、受験生なのである。エージェントである以上こういった隙間時間の勉強は大切だ。
「それでは問題ですのっ」
 先生気取りの得意気な顔で、真昼が参考書の問題を読み上げる。それに黎夜が答えてゆく。
「正解ですのっ」
「よかった……一巡した、かな……?」
 そうして間もなく、一通りの問題も解き終わり。
「ええ。ちょっと休憩しましょう」
「うん……」
 ふう、と息を吐いて黎夜は椅子にもたれた。さっき買った甘いカフェオレを一口。勉強後は甘いモノが染みわたる。ちょっとずつ正解率も上がってきて、嬉しい気持ちがジンワリと。
「つきさまは、普通の高校を、目指しているのですよね?」
 ふと、ココアの缶を手にした真昼がそんなことを問うてくる。「うん」と黎夜は頷いた。
「リンカーの受け入れは認めてるけど、本当に普通の高校……。リンカー向けの高校も、候補だけど……」
「理由をうかがってもよろしいですの?」
「……日常のうちと、非日常のうちと、分けてるから……。隠してるわけじゃないけど、日常のうちに、木陰黎夜を持ち込むのが、怖いのかなって……」
 木陰黎夜はエージェントとしての名前だ。本当の名前は、白野月音という。
「どちらのつきさまも、つきさまですの」
 真昼が顔を覗き込む。きらきらした金の髪がさらりとこぼれる。
「そうだよ……。でも、せっかく非日常の名前をくれたから……今はまだ、分けておきたいなって……」
 きっとどっちも“自分”なのだ。多分、そこに優劣はない。
 と、スマホがピロンと着信の音を告げる。第一英雄からだ。まもなく到着するとのことらしい。「わかった」と返信してから、黎夜は真昼に優しい眼差しを向けた。
「帰り……大丈夫そうなら、アジサイの咲く道、通ってみようか……」
「ええ、きっときれいに咲いている頃ですのっ。お兄さまに提案してみましょう!」


 氷鏡 六花(aa4969)は傘も差さず、H.O.P.E.の中庭に佇んでいた。足元には白い花束が二つ。瞳を閉ざした少女は、雨の中で黙祷を捧げている。
「……六花。濡れてしまうぞ。風邪など引いては――」
 オールギン・マルケス(aa4969hero002)は少し遠巻きからその背を見守っていたが、濡れゆく後ろ姿には心配も沸いてくる。しかし六花は振り返らぬまま、
「……ん。大丈夫……六花、ペンギン……だから」
「……、そうか」
 オールギンの声音は優しい。眼差しもだ。ならば、木陰なれど葉々より滴る雨を是としよう。
「ならば我も白鯨ゆえに……大丈夫だ。このままここで……貴公の背中を見守ろう。何であれ生命が喪われることは……哀しきことでもある。気の済むまで……哀悼の祈りを捧げるが良い」
 緩やかなその声に、やはり六花は振り返らぬまま、コクリと頷いて応えてみせた。……小さな背中。オールギンから見える六花の華奢な肩が、震えているようにも見えた。

 ――長く――雨は――降り続ける――。

「ごめんね、お待たせ」
 まもなく六花は振り向いて、オールギンへ健気に笑んで見せた。頬も目蓋も濡れている。きっと雨のせいだ。だから白鯨は細かいことに言及しない。
「……もう良いのか?」
「ん……」
「では……行くか。我等は……まだ前を向いて……戦わねばならぬ」
「……ん。そうだね」
 雨音に負けそうな声音、ぎこちない笑顔。
(……雨で良かった。オールギンに……涙……見られなくて済む……から)
 少女は雨に貼り付いた髪を払う仕草で、そっと目をこすった。オールギンは黙したまま、六花が歩き出すのを待っている。ゆっくり、雨を踏みしめ、六花は促されるように歩き出す。
 オールギンは六花の後ろを付いて行く。その最中――密やかに中庭へと振り返る。ここで戦いがあった。命を懸けた闘争が。想いが咲き、命と共に散って逝った。かつての世界で“生命の守護者”とも呼ばれた神として、白き鯨は瞳を閉ざし、降りしきる雨と共に鎮魂の祈りを捧げよう。
「……喪われし命には哀悼を。そして……数多の命を守りし戦士達には……心からの賛辞を」


 夕方になっても、降ったり止んだり。雨天だろうが従魔は活動を中止してくれない。バルタサール・デル・レイ(aa4199)がH.O.P.E.エージェントとして従魔退治を終えた直後、空からまた雨が降って来た。
「おい、幻想蝶の中に入っとけ」
 手持ちの傘は一本。バルタサールは紫苑(aa4199hero001)にそう言った。が。
「やだよ、雨の日の景色を見るの好きなんだよね。相合傘しようよ」
「濡れるだろうが」
「照れてるー」
「……」
 めんどくせえ……。バルタサールは口を噤む。何が嬉しくて野郎二人で相合傘せにゃならんのだ。
 と、そんなこんなしている時だ。街路樹の下に老夫婦が。傘がなく、葉々からの雨に濡れてしまっている。バルタサールは通り過ぎようとしたが、紫苑はふっと離れると。
「良かったら、この傘をどうぞ」
 と、老夫婦に傘を差し出していた。「ですが……」と眉尻を下げる老夫婦に、紫苑はニコリと人良く笑む。
「こちらはお気になさらず。バカは風邪をひかないので!」
 そう言っておじいさんに傘を握らせれば、老夫婦は何度も何度も頭を下げた。紫苑は笑顔で手を振り、彼等と別れる。
「……」
 勝手なことを、とバルタサールはずぶ濡れながら溜息を吐いた。戻って来る紫苑は濡れつつも機嫌よく小首を傾げる。
「あれが理想の相合傘だよ、よく見て勉強しといてね」
 見やる先の老夫婦は、一つの傘の下、寄り添い合う。おじいさんがおばあさんの方へ傘を傾けてあげている。
「なんか、ああいう洗剤のCMあったよね」
「……古いネタだな」
「あ! 見て見て。昭和な雰囲気の銭湯! ちょうどいい、行ってみようよ」
 英雄の来訪は一九九五年から、なのになぜコイツは昭和を知っているんだ……などバルタサールは心の中で思いつつ。
「日本はタトゥーがあると入場拒否らしいぜ」
「えー。融通きかないね~。角もアウトかな?」
 紫苑は自分の角を指先でつついた。「さぁな」とバルタサールは銭湯の前を通り過ぎる。銭湯は無理だが、喫茶店はセーフ。二人は一先ずの雨宿りとしてそこに入る。
 そうしてしばらくだ。「見て、あれ」と紫苑が窓の外を指差す。――西の空、雲の合間に真っ赤な夕焼け。雨上がりなこともあってか虹も出ている。
「思わぬ拾い物だね」
 紫苑が笑んだ。「そうだな」と、バルタサールは珍しく同意を示した。


 黄昏時の戦いだった。従魔発生、戦闘開始――終わった頃には、空は暗くなっていた。
 任務を終えたニノマエ(aa4381)とミツルギ サヤ(aa4381hero001)は共鳴を解除した。戦場となったのは公園だった。遊具などが壊されることもなく、無事に護り切ることができた。ふと見やれば、花壇にアジサイ。夜の街頭に照らされて、なんだか幻想的な風景で。柄にもなくのんびりしていたら……雨が降って来た。
「剣の雨嵐には慣れているのだがな」
 ざあざあと降る雨。木の下で雨宿りしつつ、ミツルギが言う。ニノマエは隣の相棒を見やると、
「雨には成す術もなく、か?」
「術はないが道具はあるぞ」
 ジャーン。なんて言いながらミツルギがかざしたのは、傘型仕込銃スカーレットレインだ。普通の傘としても使える逸品だ。
「えっへん。あ。相合傘はせぬぞ!」
 当然と言わんばかりの口調、ニノマエへ雑に投げ寄越すのは仕込番傘「春茜」だ。普通の傘としても使える逸品だ。ただし非常に重いのだ。
「……重いんだけど!」
「男の子だろ!」
「チクショーが!」
 しょうがない。溜息を吐いた。その間にもミツルギは先に歩き出していて――。
(そういえば、)
 英雄の今日のコーデ……という名の戦装束は、彼女のお気に入りだったな。純白のドレス、白銀の脚甲、いずれも花模様が刻まれていて、煌く装飾品も花を象ったものである。花を纏い、花壇を抜けるその足取りは、雨の音色と踊るワルツ。

(――綺麗だ、……)

 伸ばす手すら躊躇われるほど。手折ってはならぬ花。触れてしまうと、今の関係が崩れてしまいそうで。
 刹那である。ニノマエの眼差しに気付いたか、ミツルギが振り返る。視線が合う。彼の心を知ってか知らずか、英雄はニヤリと腹黒くイタズラな笑みを浮かべてみせた。瞬間、パリンと空気が壊れたような気がして、ニノマエは我に返る。
「今日は傘一つで帰ろう」
 ミツルギはそんな彼の隣へ、幻想蝶へ傘を仕舞い。「は!?」と目を丸くする彼に、寄り添う英雄はくつくつと笑った。
「傘が重いなら寄り道をしてもいいぞ。この先にカフェがあっただろ?」
「それって、」
 半分嫌がらせだろ。……そんな言葉は飲み込んで、代わりに溜息を吐いて。

 歩き出そうか。こんな雨の中を。



『了』

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 生満ちる朝日を臨む
    真昼・O・ノッテaa0061hero002
    英雄|10才|女性|カオ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    結羅織aa0890hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 惰眠晴らす必殺の一手!
    aa0958hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 優しき盾
    シルフィード=キサナドゥaa1371hero002
    英雄|13才|女性|カオ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • 感謝と笑顔を
    エクトルaa4625hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 鎖繋ぐ『乙女』
    羽跡久院 小恋路aa4907
    人間|23才|女性|防御



  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • 南氷洋の白鯨王
    オールギン・マルケスaa4969hero002
    英雄|72才|男性|バト
  • エージェント
    セレナ・ヴァルアaa5224
    人間|18才|女性|攻撃



  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226
    人間|21才|男性|攻撃



  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    あいaa5422
    獣人|14才|女性|回避
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    リリーaa5422hero001
    英雄|11才|女性|シャド
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