本部

【ドミネーター】自由

玲瓏

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2018/05/24 20:52

掲示板

オープニング


 人間が七人入れば窮屈さを覚える小さな家でも、一人でいれば心に寂寞は宿るものだった。今更、見張っているHOPE職員に戻って欲しいとは言えない。一人にしろといったのは自分自身だったから。
 眼を瞑りながら、ナタリアは右手で拳を作った。作った拳を胸の上に乗せて小さな溜息を零す。
 心を覆う霧が晴れない。聞けば、次でドミネーターを完全に消滅させる作戦に出るのだという。ナタリア自身、狂った組織が無くなることは喜ぶべきことであった。
 苦笑を交えて心から呟きが溢れた。
「私はまだ、奴の事を想っているのか」
 銃を向けられ、殺すと言われ。普通ならとっくの内に情は冷めていてもおかしくはないはずなのに。
 ――私は馬鹿なんだな。
 私はもう誰も愛することができないかもしれない。それなら、こんな人生に望みを持っても仕方がないのだろうか。
 ナタリアはゆっくりと起き上がり、職員の作ってくれたホットココアを口にした。美味しいと感じられることが、彼女の中での救いだった。
 彼女は昨日までの事件で疲れが出たのか風邪を引いていた。職員からもらった薬を飲んで熱は下がったが、体の怠さは取れない。暖かい毛布に包まって、一日を過ごすだけの時間。
 此処は、彼女が子供時代に住んでいた家。
 一階建てで、入り口近くにトイレがあって、玄関を通ればすぐリビング。寝る部屋もリビングだ。独房よりも遥かに落ち着くことができる。また時間が経ったら、独房に行く必要はあるが。
 ココア色の溜息がまた一つ零れ落ちた。暖かさが喉奥に潜む暗澹な霧を押し込むかと思えば、そうはならなかった。霧は気体だからだ。
 いくら寝ようとしても眠れない。心が落ち着かない。あの時の震えがまだ続いているように思えた。
 そんな時に備えて、近くに睡眠薬が幾つか置かれている。これも職員が用意してくれたものだ。ナタリアはそれを見つめ、脳裏に過った考えがあったが、急いで首を振った。
 腹部に痛みを感じた。難しい話じゃなく、単なる腹痛だ。人生で一番、長い夜になる予感がした。


 一人用病室のベッドは心地良く、殺風景ながらも生を感じることはできた。ドクター・リンはキャビネットの上に乗っていたグラスを手で持ち、ジントニックを味わった。
 脳外科医を志してからの禁酒は終わった。これから行く先でその知識が使われることもないだろう。長寿を願って娯楽を絶つくらいならば、余生は娯楽だけで過ごしてみたいものだ。
「フェン、チョコレートを買ってきてくれ。急いで」
「落ちぶれたな。昔のお前とは程遠い」
「悪いか」
 ベッドの横に立つショートヘアーの女性はフェンと言い、彼の英雄だ。
 フェンはジュエラという女性を愛さない。それが二人に結ばれた誓約であった。
「もう少ししたらリンカーが来る事になっている。今までやってきた事を包み隠さず全て話すんだな」
 リンは顎に手を当てた。
「難しい相談だな。親友を裏切る行為になる」
「裏切る? ホントに呆れる」
「だってそうだろう。確かに僕らがやってきたことはテロ行為だ。でも、誰かが動かないと駄目なんだよ。国を動かすには、敵を作るしかない。世間を動かすには大きな争いを生むしかない。フランメスだって僕だって、最初は我慢していた。誰も動かないから、こうするしかなかったんじゃないか。分かってくれよ」
「最初から武力に頼る時点で低俗だと理解しろ。チョコレートは買ってきてやるが、私も食うぞ」
「構わない」
 リンは彼女の後ろ姿を見届けた。
 ――ジュエラは、どうしているだろうか。
 病院まで付き添ってくれて、それから何処かまた姿を消してしまった。
 

解説

●目的
 ナタリアが保護されている村の見回り。
 ドクター・リンから情報を聞き出す。

 本シナリオは自由に動いてもらう事を意識しているため、これといった解説は特にありません。
前情報はないですが、シナリオで得られるものは何かしら用意されてます。前のシナリオを見れば、想像はつくかもしれません。
 とはいえ、情報を手に入れなくても手に入れても良いという気楽な心構えで臨んでくれればなと思います。
 ドミネーターを潰すこと、上記にある目的を考えて動けば必然的に、どう動くかは決まってくると考えてます。

リプレイ


 病室の扉が開いた。
 エージェント達が揃っている。フェンは病室のカーテンを開けた。陽の光が目を焦がす思いだ。
 私は残っていたジントニックを飲み干してフェンに手渡した。
「こんにちは、突然の訪問を快諾してくださりありがとうございます」
 先頭を歩いていた少年が早口で言った。
「こうして顔を合わせるのは初めてですよね。僕は黒金 蛍丸と言います」
 脳内で復唱した。黒金 蛍丸(aa2951)だ。彼は隣にいる少女の名前も紹介した。詩乃(aa2951hero001)という名前だという。可愛らしい模様の人間だ――いや英雄だと言う。彼女は小さくお辞儀をしてくれた。
「色々と聞きたいことがありますが、その前に」
「ジュエラは」
 単純な問いには誰も答えなかった。
 ここ数日、私はジュエラの来訪をずっと待ち続けた。折角会えたのだから来てくれるだろうと信じていた。もし会えたら積もり積もった些細な出来事を、一日もかけて全部教えようと思った。そのための日記も用意しているくらいなのだから。
 引き出しの中に閉まってある日記は、ジュエラに伝えるために書いていたものだ。何冊あるだろう。彼女に伝えたいことを忘れないために、書き続けていたのだ。
「本当の事を言うと、貴方を病院まで送ったのは、私なんです」
 女性が言った。名を尋ねると、彼女は葛城 巴(aa4976)と答えた。
「すさんでいる貴方を、なんとか宥めたくて……。私が変装して、ジュエラさんが居たらこうするだろうなって思った事をしていたんです」
 この瞬間に空白の時間が出来た。葛城は言葉を選んでいる様子だった。それは私もだ。
「結果的に騙してしまった事は謝りたいと思います。でも私は、貴方を否定しません。貴方の怒りも、悲しみも、苦しみも、言葉にならない衝動も」
 ああ。
「ですから……」
「打つなり罵倒するなり、好きにしてもらって構わないんですよ。それが巴の望みですから」
 白い髪の青年は言った。
「それとも貴方は、自分の大切な想いを都合良く使って踏みにじった奴を許すんですか」
 睡眠をとりすぎたせいで頭が痛い。重い。
 買ってきてくれたチョコレートに手が伸びない。私は飾らない声音で言った。
「僕は本当に愚かだよな。あのタイミングで、ジュエラが来る訳が無かった。完成され過ぎた現実。気付かなかった僕は文字通りの愚か者だった。そして」
 フェンが呆れるだろう。それでも構わないから、私は言うことにした。
「束の間の幸せな時間を与えてくれた君に感謝している所も含めて、私は愚かなんだろうな」
 滑稽だと思った。テロ組織に入っている人間がこう口走るとは。
 今頃になって酔いが回ってきた。
「怒られると、思っていました」
「病院に連れてこられて、一人で考える時間があった。その時に気付いた、出来過ぎている。私は怒りは感じた。しかし、ジュエラと再会した時の気持ちは幸せな物だった。感謝すべきだと思った。泡に似た夢を見せてくれた者に」
 薬と酒を同時に服用することは一般的にはご法度だが、私は構うことはなかった。永遠に夢を見ていたかったから。
 空を見上げれば鳥が飛んでいた。
「ジュエラは何処にいるんだろう」
 葛城と黒金二人の間を割って入るようにして、黒い髪の青年が私を見下ろした。彼は礼儀正しく頭を下げた。
「お久しぶりです。些か不自由だとは思いますが、御容赦下さい」
 九字原 昂(aa0919)と言う。英雄のベルフ(aa0919hero001)は自分から名乗った。
「ジュエラの居場所が分かったのかい」
 心臓が跳ねた。頭痛は忘れて、私は九字原の瞳の中に入り込んだ。
「見つかりました」
「そうか、そうだったか」
 ――逝ってしまったんだね。
 もう一度空を見上げた。出来ればジュエラと目を合わせたかった。大きな雲の上にいるんだろうか。
 会えないのか。
「僕がここで暴れたことにしよう」
 突拍子もない事を言ったと思っている。葛城も、九字原も、誰もが目を丸くしていた。
「そして君達に襲いかかった。自分の身を護るために僕を攻撃し、そのうち所が悪くて僕は死んだ。それなら君達は罪に問われないんだから!」
 私の手が暖かい手に包まれた。
 でも、分からない。じゃあ僕はどうやってこれから生きていけばいいのか。教えてくれよ。誰か、誰でもいいから……。


 窓から入り込んだ光は地面に落ちたぬいぐるみを照らし、陽だまりに浮かべている。体が怠く、布団から起き上がるのは億劫だ。
 部屋を暖めてくれていた暖炉の火は消えている。飲み終えたココアのカップ。口を付けた箇所ではチョコレートが乾いていた。
 自分から呼ばない限り、部屋の中に人が入っては来ない。歩哨達との約束事だ。
 軽快なノック音が耳に届いた。布団の中で天井の模様を追っていたナタリアは、頭だけを扉に向けた。
「はーい、ナタリアさん。ちょっと一緒にいてもいいかな」
 聞き覚えのある声だ。断る道理も無く、分かったと応えれば扉は静かに開いた。風代 美津香(aa5145)と彼女の英雄アルティラ レイデン(aa5145hero001)が作られた隙間から同時に顔を覗かせた。
「あの、ちょっと美津香さんが騒がしいと思いますけど、ご迷惑ならすぐ出ていきますので……」
「迷惑じゃない。どうか入ってほしい」
 友人を招き入れない理由はない。
「坂山さんが村に来る日を作ってくれて、今日は皆で来たんだよ。わざわざ送迎用の車まで用意してくれてさ」
「六花も?」
「モチロン」
 扉が大きく開かれた。外には多くのエージェント達がナタリアの様子を見に来てくれていた。
 ゆっくり起き上がったナタリアの髪はボサボサで、前髪が目まで降りてきていた。片目は完全に隠れてしまっている。
 氷鏡 六花(aa4969)を目に映した時、彼女の顔が僅かに上を向いた。
「エージェントのお仕事はいいのか。六花も忙しいだろう」
「ん、大丈夫……です」
 友人の顔が見られて、声が聞けて体の調子がやんわりと戻ったのだろうか。彼女は空腹を感じた。
「少し、顔を洗ってくる。小汚い顔を皆に見せたくないしな」
「小汚くないよ。今のままでも十分だけど、素敵な顔が髪に隠れちゃってるのは勿体ないかな」
 茶化すように風代は言った。氷鏡も言葉に頷き立ち上がった。
「ん、ナタリア……さんの準備が終わるまで、六花は……飲み物の用意、してきます、ね」
 客人に持て成してもらうのは流儀に欠けるが、ナタリアは迷いの後頷いた。普段なら断りを入れる筈だ。そこまで精神が薄弱になっているのか。
 机の上にあったカップを持って氷鏡がシンクまで向かうと、ナタリアはゆっくりと立ち上がった。立ち上がる時、体が左右に揺れた。
「大丈夫か?」
 赤城 龍哉(aa0090)が心配そうに声を掛けた。
「大丈夫だ。すまない」
「顔色が悪いな。体調が優れないなら我慢せず言ってくれ。俺たちは医者じゃないんでな。気がついたら酷い事になってたなんてのは避けたい」
「大丈夫」
 カップを持ったまま、氷鏡が不安色の目を彼女に向けていた。気付いたナタリアは自然な微笑みを送り、バスルームに向かった。
 部屋には幾つかの服が用意されていた。白いシャツと黒のチノパンに着替え、鏡を見る。髪型の暴落ぶりには思わず笑みを溢した。
 扉が静かに叩かれた。ナタリアが扉を開けると、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が櫛を両手で持って立っていた。
「梳かしてあげるわ。落ち込んでる時って、身だしなみを整えるのも大変でしょう」
 いつもなら断っているだろう。
 頼む、と彼女は頷いた。強がる気力も残っていなかった。
 まだ歯を磨いていなかったナタリアは、歯磨きと整髪を同時に行う事になった。
「六花なら歯を磨いてあげましょうかって言うわね」
「さすがに、これくらいは自分でな」
 氷鏡の髪を手入れしていたアルヴィナは手慣れた技法でナタリアの髪を綺麗に戻していく。時折櫛に水をかけながらだ。
「六花、あなたの気持ちを知りたがっていたわ」
 要領を掴めず、ナタリアはアルヴィナの言葉をそのまま聞き返した。その様子が可笑しく、アルヴィナは小さく笑った。
「フランメスに向ける愛の気持ちや、思い出とか」
「そんな事を話しても、何もならないと感じてしまう」
「気持ちの整理は付くわ。あなたさえ良ければ、話してあげて。六花や私、皆の願いは貴女が心から笑う日が来る事だから」
 子供の頃、母親によく髪を綺麗にしてもらっていた。今の感情がまるで似ているから、思い出していた。


 彼の名前は晴海 嘉久也(aa0780)というみたいだ。さっき私に挨拶してくれた。私の心が落ち着くまで彼は随分と待ってくれた。
「少しだけ、あなたの事を調べていました。ニック・リンさん」
 ニック、懐かしい名前だ。
「さっきは取り乱して悪かったね。色々聞きたい事があって来てくれたのに」
「心情はお察しします。どうかお気になさらず。九字原さんはジュエラさんの事について調べてくれていました。よければ……情報交換という形で、ドミネーターの事を教えてもらえれば」
 目の端で突っ立っていたフェンに目を合わせると、彼女は睨み返してきた。
「正直な話になるけれど、言うのは難しい。フランメスを裏切る行為になってしまう。固い誓いを結んだ仲だから。誓約を破ることになる」
 申し訳ない。見舞いに来てくれたエージェント達は出会ってからまだ一週間も経っていない。しかし、フランメスとは何年もの長い付き合いになる。私は彼の行いの間違いには気付いている。だが裏切ることはできない。
 分かって欲しい。私は、九字原と晴海に目を合わせた。
「フランメスは、あなたに取って掛け替えのない友だったのですね」
「苦境を乗り越えた友だ。あの家で起きた悲劇を偶然免れた私を非難せず、仲間として迎え入れてくれた。頼む。フランメスを裏切るような行為を、僕にさせないでほしい。君達なら出来るはずだから」
 フェンの視線が痛い。針のように突き刺さってくる。
「大切な人が連れ去られたんです」
 消え入りそうな声で黒金が言った。大切な人、という言葉は明確に聞き取れた。
「少し前まで僕は、大切な人……橘さんとお付き合いしていました。どうして大切かっていうと、僕は彼女に助けられたからです。ありがとうって言葉だけじゃ収まりきらないくらい助けてもらって、だから大切な人なんです。でも僕は、最低な僕は彼女を裏切ってしまった。きっと僕の事なんて待ってくれてないと思います。だけど、僕は彼女の事が好きで、守りたいと思っていて」
 彼はだんだんと早口になっていった。私は言葉の一つ一つを胸の中に閉まった。
「一刻も早く、助けに行きたいんです。お願いします、ニック……さん」
 私の愛した人は死んでしまったが、この子の愛した人はまだ生きている。まだ若いこの子に、私のような死んだ人生は似合わない。
 心の中で生きているジュエラに問いかけた。私はどうするべきか。答えはすぐに返ってきた。
「九字原君、晴海君。今から僕が言うことは重要なことだから、メモ用紙を用意するといい」
 晴海の横にいた秘書のような女性は手慣れた速度でメモ用紙とペンを胸ポケットから取り出した。
「橘ちゃんを連れ去ったヘリコプターは、恐らく何処かで乗り継がれている。中継地点があって、他のヘリコプターに連れていかれたと思う。あの場所から基地までは、あのヘリに搭載されている燃料じゃ届かないからね」
 自分ですら驚くほど穏やかな口調だった。フランメスを裏切ることが怖かったはずなのに、受け入れた自分にも驚いた。
 秘書の筆の早さにもまた驚いたが、別の話だ。
「では、発信機は無駄骨になってしまったのでしょうか」
「抜かりないからね、フランメスは。そして、別のヘリに移されて向かった先はナホトカ湾だろう」
「ピョートル大帝湾の東部にある湾ですね。しかしナホトカ湾は氷の影響を受けないところから海上の商業が発達していると聞きますが」
「ナホトカ湾には既にドミネーターの手先が潜んでいる。地元の警察や市民達に警戒されないよう手を回しているみたいでね――それで、ナホトカ湾からボートに乗り換えて日本海へ出る。すると特徴的な形をした島が見えてくるんだ。特徴的というのは、随分と大きな木の生えた島だ。うん、巨大なブロッコリーが地面から生えているような、大きな木が見える。島は地層で盛り上がっていて、ナハトカ湾から出たら大きく右に回った所に洞窟があって、そこから島に登れるようになっている」
「こんな感じか?」
 ベルフがメモ用紙を私に見せた。島の全体図となる絵が簡易的に記されている。
「うん、ただ円形じゃなくて歪な楕円形だ。島の中に洋館が建てられていて、そこが基地だ。ただ……これはドミネーターの基地ではなく、フランメスの基地になる。正確にいえばドミネーターに基地なんてない。僕や、ナタリアや、他の幹部の人々は個別に家を持っているんだ。残念ながら僕の家は壊されてしまったけれど」
 結局、壊されて正解だった。あの家は呪われていたから。
「あの、一つ質問があります」
 秘書が言った。晴海は彼女をエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)と紹介してくれた。
「連れ去られてしまった橘さんは、どういった処遇を受けるのでしょうか」
 詩乃と黒金も、同時に私を見つめる。
「死ぬことはない、それは約束する。でも良い状況とは言えない。ドミネーターの隊員達は抑圧された欲望や、怒りに飢えている。僕は鎮静剤を作ったり、催眠で抑えてきたが、僕がいなくなった今それらに依存していた彼らがどうなるかは想像し易い。そこに現れた一匹の子猫。フランメスの狙いは橘ちゃんを使った脅しのはずだから殺すとは思えない。でも、隊員達も人間だ。何をするかは分からない」
「具体的には……」
 詩乃は縋るような眼で尋ねた。
「君達のリーダー、純子さんが連れ去られたことを覚えているね。あの時、隊員達は彼女に傷つけはしないもののイジメをしていた。腹の上に土足で乗ったり、口に布を詰め込んで苦しめたり、全身麻酔を使ったり……これ以上は言葉にはできないな。とにかく、酷いイジメを受けていた」
 多分、黒金は橘の現状を想像している。視線が斜め上を向いているからだ。考えたくもないだろう、大切な人が辱めを受けている所等。でも黒金は想像から逃げなかった。苦しそうに目を瞑った。
「今すぐ、助けにいかないと……!」
「頑張ってくれ。僕にはもうジュエラは戻らないが、君にはまだ希望がある。僕のようにはなってほしくない」
 私は引き出しの中からリンゴを取り出して、黒金に託した。
「これは……?」
「お守りだ」
 エージェント達は次々と病室を後にしていった。最後、扉を閉めるために振り返った葛城はこう言った。
「今も、死にたいと思ってますか?」
「出来ればね。でも、もう少しだけ生きてみて。生きる意味を探してみる。死にたいなんて言ったら、また君に気を使わせてしまうし」
「そうですね、フフ。でも生きる意味を探してみる、その言葉は嘘じゃないって思います。直感ですけど……」
 私は葛城に手を振った。勘のいい娘だ。
 死ぬほどに死にたいが、もう少し生きてみるのは悪くない。生きる意味を探すために生きるのは悪くないだろうから。

 レオン(aa4976hero001)は病室を出ると、小声で九字原に声を掛けた。
「言わなかったのですね、真実は」
 胸につけていた来賓用のプレートを外した晴海は、レオンの言葉に耳を傾けた。
「真実、ですか」
「聞いてもいい事ないぜ」
 ベルフは待合室のソファに腰かけた。目の前にあるモニターには報道番組が映されている。
「言ったところで、ニックさんを混乱させるだけです。これ以上彼は苦しむ必要はない。だから僕は、必要最低限の書類だけ渡しました」
 九字原は情報源の書類を数束だけ渡して病室を後にしたが、鞄の中にはまだ一枚残っていた。
「ジュエラさんに関することでしょうか」
 エスティアは小声で訊いた。九字原は一つ頷くと、静かに口を開いた。
「ジュエラさんは愚神でした」
 報道番組の女性記者は、楽しそうにニュースを報道している。火事が起きた家の中から、赤ん坊が無事に救出されたそうだ。赤ん坊の父親は涙ながら笑顔を浮かべている。


 テーブルの上にはマカロンや、ショートケーキ等が並んでいた。
 氷鏡の作ってくれたココアを飲んだナタリアは、揺れるチョコレートの水面に視線を落とした。すると、氷鏡が彼女の唇に人差し指を添えた。
 懐かしく感じた。このコップはどうにも飲みにくいのだ。その事で母親に文句を言ったことがあっただろうか。
 口の端についたチョコを拭いてくれた氷鏡は、どういう訳か人差し指を口の前に差し出した。ナタリアは少し上気して言った。
「り、六花。恥ずかしいぞ」
 氷鏡はくすくす笑った。
 笑顔には弱いんだ。ナタリアは目を瞑って、差し出された指を口で挟んだ。
「……冷たくて美味しい」
「ん、六花の冷たい手、こんな使い方もあったんです……ね」
 眼を開けてみればアルティラやヴァルトラウテ(aa0090hero001)、アルヴィナや赤城まで皆の注目になっていた。風代にいたっては満面の笑みだ。
「朝来た頃に比べて、良い顔つきになってきたよな、ナタリア。風邪っぽいのも治ったか? 後で体温計ってみるか」
「今は遠慮せずに食べて欲しいですわ」
 マカロンを口にするナタリアを見て、アルティラは心の中に閉まっていた声を言葉にした。朝来た時、ナタリアの心が表情に出ていたのだ。
 言わないか、言うべきか悩んだ。
「ナタリアさん、貴女の心は苦しんでいます。かつての仲間に対する想いが残っているのですね」
 彼女は顔を少しだけ下に向けた。風代が言葉を引き継いだ。
「勘違いしないでね、ナタリアさん。私達、貴女がそう思っている事、とても嬉しく思っているんだよ」
「私も嬉しいって思います。ここに集まっている皆もだと、思います。それは、貴女が優しい心を持っているから。貴女が命をかけて守るに値する方だと言う事が私達には嬉しいんです」
 長い間マカロンを咀嚼して、ナタリアは飲み込んだ。
「でもね、フラメンスさんのやっている事は間違っていると私達は思うんだ。だから、誰かが止めなくちゃいけないんだ。倒す為じゃない、過ちを止める為に私達は戦う……それだけは解って欲しいな」
「分かっている。奴は最悪のテロリストだ。倒さないなんて、言ってはいけない。息の根を止めなければならないような人間だ」
 近くで聞いていた氷鏡には分かっていた。ナタリアは自分自身に言っている事を。その証拠に、彼女は誰とも目を合わせていなかった。
「おかしいでしょ。私はどうやら、テロリストの事をまだ想っているみたいだ」
 森の風に乗って、優しい声が聞こえてきた。森に住む優しい妖精の声だと錯覚するほどに。
「ここにあなたを害する者はおりませんわ。もし差し支えなければ、辛さや悩み、そうした物を分かち合うのもまた良いのではありませんか?」
 そして、ナタリアは言う。
「どうすればいいのか、ずっと分からなかった。組織を作ろうといったのは私だ。人間なんて、クソくらえだと言ったのも私だ。でも! それは、バグダン・ハウスに行ってから思いは変わった。ママ――ペーチャは人間だった。最初ママは、私達を仲間だと思ってもらうために自分もリンカーだと嘘をついた。それで、人間だと言ってくれた時、私は人間に対する情が変わった。人間にも良い人はいたんだって希望が芽生えた。でも、フランメスに言えなかった」
 ナタリアは手に力が入った。氷鏡は力の重さを感じ取った。
「組織が出来た時も、私が初めて人を見殺しにした時も言えなかった。奴を、その、愛してしまっていたから。裏切るのが怖かった。私のせいで沢山の人が死んだなぜなら、最初から裏切ればよかったから。今更になって裏切って、愛した奴に殺されそうになって悲しかったし、恐ろしかった。もう二度と前のようには戻れないと確信して、もう――」
 彼女の視線の先には睡眠薬があった。机の端に、謙虚な姿勢で置かれている。
 氷鏡は手を強く握った。
「……ん。ダメ……ぜったい、ダメ……です、よ。ナタリアさんに、もしものことがあったら……六花……」
「ごめん」
 ナタリアは隠し切れず、眼が潤んだ。「ごめん」の声がまた零れ落ちた。
「六花の……お友達に、愚神に……恋してる人がいて」
 焦点が六花に合った。ナタリアは耳を傾けた。
「愚神を、守ろうとしたけど、お友達は……行けなかった。護れなかったら、一緒に……死ぬつもりだと。誰かを愛するキモチっていうのは……激しくて、どうにもならないものだと、思います。だから、フランメス――さんを、愛する気持ちは、間違いでは……ないんです。無理して、愛を止める必要なんて、ないんです」
 愛してるからこそ、奴を止めなければならない。
「その通りだ……よね」
 男の真似がついにできなくなった。ナタリアの低かった声が僅かに上がった。
「今だけは、強がらないようにする。自分が弱いって言われたくないから強がってたけど、私は本当は、すごく弱い人間だから。強がることしかできなかったけど、もう限界みたい」
「もう自分を隠す必要はありませんわ。今だけじゃなくて、ずっと偽る必要はありません」
 風代とアルティラは互いに顔を見合わせて微笑んだ。良かった、二人は揃って言った。これで幸せへ一歩進んだ。
 赤城は風代に邪魔にならないようにと告げると、村の見回りに勤しんだ。
 今夜は氷鏡と一緒だ。
 良い夢が見られるといいなあ。


 さて……助けが来るまで時間を稼がないといけない訳だけど。
 来るかな? いや坂山は救援を出すじゃろうが、危機は目の前じゃぞ。
 そりゃHOPEは間に合わないでしょうけど、もっと近場に因縁の相手がいるでしょう?
 ヘリコプターから降ろされた橘 由香里(aa1855)は見ず知らずの屋敷の中を案内されていた。細い目つきの男たちが三方向から橘を取り囲んでいる。
「よし、こっちだ」
 連れていかれた先は倉庫だろうか。乱雑に箪笥や物が地面に転がっている。
「ここならフランメスさんの監視の目は届かねえ。おいお前、鍵しめろ」
「へい」
 眼鏡をかけた男が倉庫の扉を閉め、鍵をかけた。
 男の一人が橘の背後に回り羽交い絞めで体を固定させた。
「口を開けろ、舌を噛んで死なれたら困るからな。俺の言う通りにしなかったらどうなるか分かってんだろ」
「分かってるわ。でもあなた達は私を殺せないはず。フランメスに逆らう訳にはいかないものね」
「生意気な奴だ」
 男は橘の腹部を膝で強打し、喘いだ瞬間にタオルを詰め込んだ。三人の常套手段だ。
 そんな血気盛んな男は少数だけであって欲しいが、ドミネーターの連中だ。今は我慢だ。ひたすら耐えるしかない。
 不意に倉庫の扉が破裂した。三人の男たちは飛び上がって、解放された橘は地面に倒れた。
 向こう側にいるのが誰なのか、すぐに理解した。逆光がシルエットを作っている。
「あ、違うんだ。これは――」
 銃声が聞こえて、一人の男が倒れた。
「お前!」
 続けざまに二発の銃声が倒れ、二人とも倒れた。
「こんな所で会えて光栄だわ」
 待ってたわよ。橘は苦笑しながらジェシーを見上げた。彼女は橘の声を邪魔するタオルを取り除き、拘束を解いた。
「大丈夫? 怪我はないかしら。ねえ六花ちゃんはいないの? さすがに欲張りかしら」
「そうね、欲張り。今回は私だけで我慢しなさいな」
 拘束から解かれた橘は立ち上がって倒れた男達を見下ろした。そしてジェシーに目を向ければ、以前とは違った顔になっている事に気付いた。
 眼帯をつけていて、サイドテールだった髪は短くなっている。ドレスも所々黒ずんでいた。
「愚神かこいつらかを天秤にかけて愚神の方がまだましって結論もどうかと思うけど、期間限定で手を組まない? お礼にデートぐらい付き合ってあげるわ。デートっていう名の最終決戦で良ければね」
「良い提案ね、それ。もし最終決戦で負けたら私の子になってくれる?」
「ええ、約束するわ。ただ私が勝ったらあなたは消えちゃうわけだけれど、あなたこそ大丈夫?」
「平気よ。ジェシーは負けないわ。ジェシーだけじゃない。私の率いる"ジェネシス"は負けないから」
 ジェシーは橘の服についた汚れを取り払ってニコやかに笑って、彼女の額に口づけをした。
 誰にも渡さないわ。六花ちゃんもこの子も。二人とも私の物にしてやる。

 ――まったく、一体どうなることやら分からんのう。
 飯綱比売命(aa1855hero001)のぼやきは止まらない。帰った後坂山と会うのが恐ろしい。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976
    人間|25才|女性|生命
  • 食いしん坊な新米僧侶
    レオンaa4976hero001
    英雄|15才|男性|バト
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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