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【ドミネーター】線路上の死闘 下
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最終発言2018/04/20 23:42:57 -
相談卓!
最終発言2018/04/21 18:30:22
オープニング
両手を横に広げたフランメスは遠くの空を見渡しながら深く息を吸い、吐いた。ロシアの空気が血液の底まで入り込み過去を震わせる。あの時と同じ香りだ。香りだけは、数年も前から変わらない。
「人間による断罪は傲慢さりとて、生かしておくべきでない人間は確かに存在するんだ。いいか? 地球は牢獄なんだぞ。お前達リンカーも、僕達ヴィランも全員囚人なんだよ。一般市民もな。牢獄を作ってるのは誰だと思う。神じゃない。人間だ。自分達自身が地球を牢獄にしてしまった。人間が悪だからだ。そんな世界に幸福なんてものは存在しない。目に見える、感じる幸福は全て錯覚だ」
エージェントの隣でナタリアは声を聴いていた。声だけだ。彼の方には見向きもせず、幾分が縮こまった姿だった。列車は既にどこかへ通り過ぎてしまっていた。
震えはもうないが、死の恐怖が消えることはない。
「処刑者は神だ。我々は今処刑台に立っている。審判はどちらを選択するだろう。善を騙る者か、偽善を殺す者か」
フランメスは腰から拳銃を引き抜いた。両手で構え、空に向けて二発放った。
解説
●目的
敵勢力の全滅
●改造スチャース
「幸福の瀬戸際」に登場。今回は本物のスチャースとは無関係。
高い攻撃力、行動力を持った犬型戦闘兵器。肩に自動照準の機関銃、蛇腹剣を持つ尾、口から吐く火炎放射は以前と変わらない。以前の弱点であった、一定時間行動したら数秒行動停止を克服している。合金に加えライヴスを流した胴体は大抵の攻撃弾くが、常に露呈させている胸部のコアを攻撃すればダメージは通る。
●カナピル
「処刑場攻略」に登場。
以前登場時は複数の武器を所持していたが、今回は大剣だけを手に参戦している。二メートルに及ぶ躯体と肉体改造によって得られた戦闘能力はフランメスと並ぶ。怒りに支配された彼は、目の前の獲物を殺すためなら痛みさえ厭わない。
高い生命力を持つ彼とは長時間の戦いになるだろう。
フランメスによって、最初にナタリアを連れてくるように指示されている。
●フランメス
二丁のマグナムを持ち接近戦、遠距離戦をこなす。巧みな体さばきで相手の攻撃を読みながら手足を使った格闘技を仕掛ける。弾は六発だが、服の中にいくつもの弾倉を控えさせている。自己回復能力も継続中。
ダメージを食らえば食らうほどに彼の狂暴性が増す。目は充血し、バーサーカーのように人間性が失われていく。しかし死の一歩手前に近づけば生存本能が芽生え逃走を図る。
フランメスの部下がヘリコプターに乗って救助に来るだろう。ヘリコプターの存在は到着まで五分を切ってから、坂山から全員に伝達される。
●戦闘用ヘリコプター
ミサイル、機銃の揃ったヘリコプターであり、高い防御力を成す装甲を持つ。救助するのはフランメスだけであり、他の生存者は見捨てられる。
●提案
坂山の提案は全員の通信機に流れる。もしヘリコプターがフランメスを救助したら、そこに発信機をつけて逃げ先を追跡できないか? という提案だ。
リプレイ
●
殺意の眼光で正面を睨んだフランメスは全ての予備動作を捨てアークトゥルス(aa4682hero001)に迫った。片手の拳銃で一発の牽制を浴放ち、コルレオニスが銃弾を弾く。予定調和だ。二人は目を決して離さなかった。
薄暗い天気だ。戦場が作る緊張はピークを迎えようとしている。君島 耿太郎(aa4682)は俯瞰しながらも、冷や汗を感じた。
――確かにこの世界に酷い人はいっぱいいるっす。でもそれを人を殺す理由にするのはダメだと思うっす……!
両腕の届く範囲にアークトゥルスを捉え、二撃目は長い脚で顎を狙った。伸びてきた足を後ろに沿って避け距離を取ると剣を構え直す。
「己の願望のために、お前の殺してきた人間の数。彼らの願い。その数だけ、お前には罰が下される」
「ほう。言うね。はたして神様は君の言う通りに動くのだろうか」
「神の意向等関係はない」
一つ、笑みを作ったフランメスは再びアークトゥルスへと接近した、その寸前にイーヴァン(aa4591hero002)が立つ。イーヴァンは構えられた銃を持つ腕を標的にエヴァンジェリンを縦方向に振るった。
刃が向かってくることを知りながらフランメスは構わずトリガを引いた。これもまた予定調和であり、刃はフランメスの腕を切り裂いた。
射出された弾丸は軌道を走り、アークトゥルスの背後にいるナタリアを狙っていた。
ナタリアの心臓は氷の盾に護られた。
攻撃は外れたが、フランメスの動きは止まらなかった。刻まれた腕を垂らし、イーヴァンの腹部を蹴ると片方の腕で銃を構え存分に連射した。弾丸は二人の騎士を狙うが、その全ては地面に転げ落ちた。
腰を抜かしたナタリアは地面に座り込んだ。
彼女の両手が両手で包まれた。両手の持ち主は顔を見なくても分かる、今まで何度も支えてくれた両手だから。氷鏡 六花(aa4969)は冷たい手を少しでも暖めるように、暖かく白い息を触れさせた。
「……六花の手、冷たくてごめんね。こうすれば、少しでも暖かくなる……かな?」
恐怖の眼差しを崩したナタリアは、苦しげに笑った。
「ありがとう。暖かい」
エージェントの数は減っていた。何人かは手当のために戦線離脱を坂山から命じられていたのだ。この場にいるのは五人、フランメスの後援に他のエージェントは追い詰められている状況だ。合流は簡単ではない。
黒金 蛍丸(aa2951)の端末が鳴った。隣に立っていたシエロ レミプリク(aa0575)は彼に頷き、フランメスを見据えた。
黒金はエージェントの撤退命令と同時に戦線に送りこまれたエージェントだ。坂山は、今度の戦いに全てを賭けているのだろう。
「坂山よ。蛍丸君、皆は無事よね」
「はい、こちらに与えられているダメージは多くありません。相手はフランメス一人、このまま数で押し切れば今度こそ……」
「ありがとう、ここが決着の場となりそうね。ただ、再び周囲に身元不明のヘリコプターが近づいているわ。ドミネーターのだと思うけど、さっきのヘリとは機体が違う。用心して」
――あ、もしかして……。蛍丸様、街の方向から何か。
黒金は詩乃(aa2951hero001)の言う方角に目をやった。二機のヘリが確かにこちらに向かっていた。
「あれは、一体」
アークトゥルスは眼を瞠った。何かがぶら下がっている。風に揺られて。
今度はフランメスの通信機が鳴った。彼は通信機に耳を当て「了解」だけ告げると無邪気に笑った。
揺れている其れは、コンクリート製円筒状の入れ物だ。機体がフランメスの真横に二機並ぶと、入れ物は落下した。
落下の衝撃でコンクリートは砕けた。
砂埃の中から影が動いていた。アークトゥルスは目を細め、こう言った。
「来るとは思っていたぞ、処刑人」
入れ物はもう一つあったはずだ。カナピルの他に、誰が駆け付けた。
隣に目をやれば、スチャースの姿があった。黒金は驚いたが、本物にしては大きな躯体と肩に装着している機関銃から偽物だという判断はすぐだった。
「アあ、タすけてくれレ。苦しさ、コワさが」
偽物のスチャースが機械的な声で言っていた。本物の人間のような声で、スチャースとは違う。
静かにしゃがんだフランメスは怯えるロボットの頭を二度撫でた。
「カナピル、ナタリアを連れてこい。殺すんじゃない。あの裏切り者の最後は、一秒じゃつまらない」
声に頷いたカナピルはナタリアに視線を合わせた。氷鏡は僅かに足が竦みながらも顔を下げはしなかった。
クラウチングの態勢をとったカナピルは、風を巻き起こしながら走り始めた。片手には大剣が握られている。アークトゥルスは星剣を横にして氷鏡までの道のりを塞いだ。カナピルは走りながら回転し、上から振り下ろした。
「この力は……ッ!」
コルレオニスが負けた。勇者の剣が弾かれたのだ。カナピルはアークトゥルスの肩を押し、再び走り出した。
シエロは既にバンカーメイスを両手で持っていた。その脚力を利用して跳躍を見せようとして、腕を掴まれた。
「邪魔をしてもらっちゃ困るなあ」
「野郎ッ」
フランメスに目を向けた途端、二つの銃口が見えた。銃口から放たれた弾丸は弱点から逸れた脇腹を射抜いた。今はコイツの相手をしている場合じゃない。痛みにもがく前に、シエロは氷鏡に視線を送った。
カナピルは氷鏡の手前まで来ていた。
●
上空に掲げられた大剣は、振り下ろされはしなかった。
「お待たせ! ちょーっと前座の相手に手間取ったけれど、ギリギリ間に合ったみたいね」
冬姫はカナピルの額に突き刺さり、落下した。橘 由香里(aa1855)は赤城 龍哉(aa0090)にバトンを渡す。赤城は鬼神の腕でカナピルの腕を掴んだ。
「氷鏡、ナタリア、伏せてろ!」
二人が伏せると、赤城は後ろへとカナピルを投げた。フランメス、ナタリアと距離を取れる位置だ。
「ようやく来たか! 邪魔だったジェシーを倒してくれた事を非常に感謝してるよ」
フランメスはシエロから距離を取り、改造スチャースの隣に立っていた。
「感謝とは、どういう意味なのでしょうね」
晴海 嘉久也(aa0780)は目を細めて言った。
「奴は、隊員を何人もコレクションにしているんだ。勝手にな。性質が悪いのは、どうやらコレクションにされた部下は快楽を司る脳が麻痺し、ドミネーターへは二度と帰ってこない所だな。いつしか女性隊員はジェシーの所へ行くようになった。僕の知らない所で、奴は権力を得ようとしていた訳さ。だから君達に殺してもらう必要があった」
「ドミネーターは愚神に利用されていた、という話ですか」
「苛々する話だろう。でも、もうその脅威も無くなった。こうして気楽に、お前達を殺せるからねッ!」
拳銃を装填したフランメスの狙いはイーヴァンだ。
《白鷺》/《烏羽》が放たれた。腰を下げていたフランメスは重心を更に下げて回避し、イーヴァンの戦闘距離へと入り込んだ。イーヴァンは即座に槍を構え横に薙ぎ払う。薙ぎ払いは避けられるが、隙は見せない。攻撃をされる前に足を前に突き出し顎に爪先を命中させた。
然しフランメスは怯まず、足を掴んで手前に引き銃のグリップでイーヴァンの首筋を強打した。
槍は軌道を整え、フランメスの腹を突き刺す。
二人は引かなかった。
背後からアークトゥルスが走ってきていた。フランメスは腕を後ろに向けて弾薬を使い切ると腹部に刺さっていた槍を抜き、胴を掴むと後ろへと引いた。
コルレオニス、エヴァンジェリンの刃が高鳴る。
二人の間から抜け出したフランメスは新たな気配を察し、腕を直線に引き伸ばした。腕には矢が刺さっていた。
「はあぁッ!」
鬼若子御槍を手に、黒金はフランメスの懐へと忍び込んだ。下から上へと振ったが、雷上動の矢が腕に突き刺さる痛みが彼の動きに狼狽を与えた。フランメスは黒金の首を掴む。
背後からはイーヴァン、アークトゥルスの二人が敵を狙い武器を宙へ掲げていた。
●
起き上がったカナピルは立ち上がり、重い足音を鳴らしながらナタリアに向かっていた。
「今回は先にこっちを何とかしねえとな。今度こそ勝敗を決めようぜ、カナピル!」
赤城はブレイブザンバーを両手に強く握りしめ、氷鏡の隣に立ち敵を待った。助走もなく走り始めた彼に、剣を盾にする。氷鏡は強靭な氷で赤城の剣を包み防御力を高めた。
剣と剣が激突し、氷が弾け飛ぶ。最初の衝撃を食い止めた赤城は強く力をこめて剣を反射する。
「どうしたよ、以前のお前はもうちょい上手く戦ってたぜ」
挑発には応えず、我武者羅に剣を振るった。血を求める猛獣の様だった。
「もうまともに話すのも無理か」
――見事に捨て駒扱いされてますわね。
包帯の隙間から見える目は赤く充血していた。人間には相応しくない。ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は多少の憐みさえ覚えた。カナピルも生き方さえ間違えなければ、同志として戦っていたかもしれないのだから。
シエロの背後で弓を構えていた橘は、その腕に矢を放った。感触は鈍いが、命中させるのは容易い。ダメージを蓄積し、部位を壊せば猛獣は大きく衰退するはずだ。
「貴女も面倒な奴らと縁続きなものね」
唖然と戦場を見ていたナタリアは橘を見た。橘は弓を構えながら言葉を続けた。
「でも、彼らは間違っているわ。別に生まれや育ちが不幸なのは彼らだけではないのだから。私も、まあ、貴方たちに比べれば大した事ないけれど、それなりに不幸よ?」
「……すまない。私も人間を恨んでいた時期があった事は認める。その時、私は自分達しか見えてなかった」
「それは仕方ないわよ。リンカーである以前に私達は人間なんだから。腐らなければそのうち良い事ある。だから、前向きにいきましょ。ね?」
橘は片目を瞑って微笑みを向けた。
赤城の剣が上空に弾き飛ばされた、瞬間的に赤城と氷鏡はカナピルの手の中に収まって、左右へ投げられた。
シエロはナタリアの前に立ちメイスを握った。彼女の雄叫びは風を呼び、メイスを地面に叩きつけて助力とすると地面と平行に飛び、直線を描いた。シエロの躯体とカナピルの躯体が激突し、勢いは死なずにカナピルを大きく引かせた。
「そんなもんかぁ! 後ろに友達が控えてる時のウチの強さ舐めんじゃねえぞ!」
――主様、攻撃が来ます!
ジスプ トゥルーパー(aa0575hero002)は警告したが、シエロは動じない。やがてカナピルの剛腕が彼女の心臓部に叩きこまれ、次に胸骨を握った。
「馬力は……ウチのほうが上だぁ!」
シエロは杭を打ち込み、それを手で握ると更に押し込んだ。
胸骨が締め上げられる。シエロは口を開け呼吸するが、迫りくる苦しさは徐々に体力を奪っていった。
頭の中に白いモヤがかけられた。だから最初、カナピルの手が冷たいと感じた時は違和感を見出せなかった。
「ん……、離して……!」
カナピルの身体に鉄柱が衝突した。解放されたシエロは前のめりに倒れてくるカナピルに大振りにメイスを振るい宙に飛ばした。機だ。橘はシエロの背後に着き、何発も矢を放った。
積み重ねられたダメージ……、しかし彼は空中で剣を構え直して両足で線路に落下した。
氷鏡は急いでナタリアの傍に立つ。ナタリアはまだ怯えていた。
●
ファラウェイは顔を出した日光に照らされた。風代 美津香(aa5145)は腰を下げ、改造されたスチャースへと走る。
「機械が相手なら、遠慮なくぶちかませるね!」
棒と尾の剣が交じり音が響く。風代は片手を柄から離し、ロボットの頭を掴んで地面に押した。頭を踏み台に高く跳ぶと、真上からガーンデーヴァの矢を降らせた。ロボットは上を向き、口から火炎を放射する。
――無茶は禁物です! 先程の戦いのダメージは癒えてないのですから。
彼女は連戦だった。少し前にドクターと戦ったばかりなのだ。アルティラ レイデン(aa5145hero001)は主人を案じたが、風代は何も言わなかった。
ロボットは跳躍して風代を追った。
果てなく轟いたのは狙撃音だ。アンチマテリアルライフルはロボットの胴体を吹き飛ばした。
「助かったよ! 晴海さん!」
「まだ安心はできません……、注意を」
地面に足を着けた風代は再び剣を構えた。
――あれは炭化チタン製、だな。
ベルフ(aa0919hero001)は立ち上がるロボットを見て言った。ライフルの弾丸を直撃させて生きられる物質はそう多くない。
――本来ならチタンは衝撃、熱等に弱い性質を持つが……多分克服してる。内部を調べてみなきゃ分らんがな。
「では、あの固い胴体を倒すにはどうすれば……」
――あいつが吹き飛ぶ時、胸の部分に青い円形の装置が見えただろ。あれが弱点だ。チタンの弱点を克服する代わりに、脆い弱点は外に出さざるを得なくなったんだろうよ。あのロボットが四足歩行な訳だ、狙いにくいからな。
先手を握ったロボットは、肩に装着された機関銃を風代、晴海に向けた。照準が合い、轟音が鳴るまでは早かった。
晴海はNAGATOで、風代はパトリオットシールドで耐えるが無限にも思える弾幕に武具がいつまで耐えられるかは不明だ。九字原 昂(aa0919)は飛鷹を抜刀し、鞘を投擲した。鞘はロボットの身体に当たり体幹を一瞬に殺した。
九字原はロボットの真後ろに回りこみ、尾の剣を弾いてから側面に回った。落ちていた鞘を片手にすると機関銃を殴打し、片方を刀で切断した。晴海はライフルを構えると再び発射し頭部に命中させる。
後ろ向きに吹き飛ぶロボット、風代は青いコアを狙った。矢が風を追いコアに命中する。確かな感触を感じた。
「よし! 追撃だ!」
風代は再び走り接近した。ファラウェイに持ち替え地面に倒れるコアに向けて突き刺すのだが、寸前で尾が風代の邪魔をした。
「ヤめロ!」
「ごめんねワンコちゃん、恨むならフランメスだよ!」
尾とバットの取っ組み合いは続いた。
――や、やっぱりどつきあいもするんですね……。
「女は度胸だからね!」
先に弾かれたのは尾だ。
「これで終わり!」
ファラウェイが上に持ち上げられた。後は振り下ろすのみ、しかしロボットは最後の抵抗といわんばかりに火炎を撒き散らした。風代は咄嗟に後ろに引いた。
ロボットは火炎を吐きながら走り始めた。狙いは晴海だ。晴海はNAGATOを両手で構え眼を瞑る。
時が来て、刀を刺す。
目を開ければ、刀はロボットの口に差し込まれていた。
「二人とも、今が機です!」
晴海はくし刺しになったロボットを上に持ち上げた。コアは丸出しだ。九字原は助走をつけて跳び、刀の動きは音を超えていた。
風代は気合を込めてファラウェイを両手で持つと思い切り振りかぶった。
――動かなくなっちゃった、でしょうか。
エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は少しだけ残念な様子だ。
「何か気になることでも?」
――いえ、何でもありません。ただ、なんだか可哀相な気がして。
最初から、このロボットから戦う意思は感じられなかった。だから傷も最小限で留められたのだろうか。
●
時間がいくら経とうがカナピルの猛攻に収まりはない。傷は何度も重なるが怯む素振りも見せないのだ。大剣を地面に叩いて吠え、シエロの真正面に立った。剣と鎚矛は擦れ空気は拗れる。
背後には赤城の姿があった。カナピルは気付いていない。傷だらけの躯体に剣戟が刻まれた。
矛を弾いたカナピルは両手で大剣を握ったまま一回転して二人にダメージを与えると、背後に腕を伸ばした。背後では風代が武器を構えていたのだ。
「まっずい、バレちゃったか!」
ブレーキは効かず、風代は足を掴まれた。仰向けに地面に叩きつけられれば、彼女の上にカナピルが馬乗りになった。
素早く剣を上に伸ばすと、振り下ろす先を定めた。風代の首だ。
剣が首に到達する前に、気付けばそれは地面に落ちていた。剣だけでなく、腕も。
「痛みが分からないから気付かないのよ、間抜けさん」
弓を構えていた橘は笑みを浮かべながら、次は脚を狙った。カナピルは落ちた片腕を拾うと、橘に向けて投擲した。腕は飛び、落ちた剣を片手で拾う。橘は日輪舞扇を華麗に振るい炎の剣を顕現させた。腕は地面に縫い付けられ噴煙を立ち昇らせる。
風代は起き上がり、バットを足に向けて大きく振るう。強力な手応えは感じられたが、動きを止めるまではいかなかった。大剣は風代の真横に迫った。
「ウチの事忘れてねぇだろうなデカいの!」
シエロは振られた剣を片手で握り奥へ押す、押された剣を追うようにバンカーメイスは振り下ろされた。彼女の狙いは剣だ。剣は衝撃でカナピルの手から離れた。
咄嗟にボディブローが繰り出され、シエロは刹那の無重力を感じた。胃からこみ上げる物を耐え、唾を乱暴に吐き捨てた。
「さすが、飼われてただけの事はある。だけどお前は所詮飼われてただけに過ぎないんだよ。それが、ウチとあんたの明確な違いってヤツだ」
決して弱みを見せてはならない――それはシエロの使命だった。自分の後ろにはナタリアや、仲間たちが控えている。命尽きるまで彼女は一歩も引くつもりはなかった。
カナピルはシエロの腕を掴みながら地面に落ちていた剣に視線を送った。
いつの間にか剣は消えていた。落ちていたはずだ。
「こっちだカナピル! 剣、返すぜ!」
大剣はカナピルの胴体に突き刺された。血が跳ね、ゆっくりと差し込まれていく。それでもカナピルは止まらなかった。赤城に振り向くと同時に勢いをつけてフックを繰り出す。赤城は肘でダメージを抑え、ブレイブザンバーを突き刺した。
動きが大幅に鈍くなり始めていた。周囲に、乱暴に腕を振る。狂ったように。その腕に炎の刃が近づいていた。橘は刃に命令を下す。刃は腕を貫き、炎は頭の包帯に燃え移った。
やがて両腕を失ったカナピルは燃えながら走り出した。走る先にはナタリアがいた。
「ナタリアさんには指一本触れさせないんだから! 絶対零度の凍気のチカラ、思い知らせてあげるっ!」
氷鏡は足元に魔法陣を形成した。円形の足場を形成される。
カナピルの足がその場所に乗った。氷鏡は片腕を前に広げ手のひらを上に向けると、強く拳を握った。瞬時にカナピルの脚は凍結を始めた。
包帯の外れたグロテスクな顔が氷鏡の眼前まで迫り、動きが止まった。彼の表情からは、何も感じられなかった。
大きな氷柱が地面から伸び、カナピルを貫きながら山のように広がる。その大きさは六メートルにも立ち上り、頂点からは冷気に混ざって血が滴っていた。
「六花……」
ナタリアは氷鏡の手を掴んだ。
「ごめんなさい。本当は、六花のような優しい子に、人を殺させたくなかったなんて、そう思ってしまっていた。まだカナピルは息をしている。武器を貸してほしい。最後は私の手で、こいつを殺めたい」
カナピルの頭を見たアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は、ナタリアの心理を読み取ることは容易かった。
溶けていた皮膚であるからこそ気付きにくいが、彼の頭部には縫った後が出来ていた。ナタリアも見てしまったのだろう。そして、フランメスの行いに気付いたのだ。
ドクターを使って脳さえ改造し、彼の意志を殺し、最後まで自分の下僕である忠実な犬を作ったと。遅かれ早かれ、リンカー達はカナピルの残虐な死に様を知ることになる。優しいリンカーが心に受けるダメージは大きい。
アルヴィナはそれを氷鏡に伝えなかった。
「ん、ナタリアさん。もう……怖くなくなったんだね、良かった」
彼女の足の震えは止まっていた。
「まだ……ナタリアさんは、人を殺めたことが……ないって、言ってた……。六花は、優しい人が人を殺められないこと……知ってるの。その時の怖さも……何となく、分かるの。もう、ナタリアさんに怖い思いをさせたく……ないから」
人を殺す時、何も感じなくなったら人は悪魔になる。相手が従魔だろうが、愚神だろうが。命を奪うことができるのは、自分の心を殺す訓練をしてきた者が出来る事だ。
決して麻痺することはない。人を殺す時、人は自分を殺す。
氷鏡は前を向き、溶け出した氷柱を音を立てて粉砕した。砕け散った氷柱は雨となり、地面に落ちたカナピルに降り注いだ。
「へん、しぶとい奴だったぜ」
シエロは倒れたカナピルを見下ろした。
――だが、我らのほうが上だったようですね。
「ウチは不死身だからね。よっしゃ、後は大玉か」
シエロはナタリアに指でブイサインを送ると、フランメスの所まで走った。ナタリアは彼女の後ろ姿に、ぎこちないながらも同じポーズを作ってみせた。
●
飛鷹の出す素早い一撃を踵で抑えたフランメスは、九字原の襟を掴んで脚を刈り、地面に薙ぎ倒す。側面から伸びた槍は脇の下で挟み手前に引くと、肘でイーヴァンの胸を突く。そして瞬時にライフルを構えている晴海にリボルバーを放つが、晴海は銃弾を銃弾で弾いた。ライフルの強固なライフルの銃弾は軌道を変えることなくフランメスの脚を狙う。
九字原の腕を掴んで飛鷹を盾にすると、晴海の前まで走った。晴海は再び弾丸を放つが、フランメスは前転で避け間合いに晴海を捉える。晴海はNAGATOに持ち替え咄嗟に振るうが、フランメスは地面にうつ伏せに転がり晴海の脚を銃で射抜いた。痛みに構わず、晴海はNAGATOを地面に突き刺す。横に転がって仰向けになったフランメスは、晴海の頭部に銃口を突き付け口角を吊り上げた。
トリガーを押される前に横に避け、フランメスの背後に回る。晴海は突き刺さったNAGATOの刃にライフルを放ち、跳弾したそれはフランメスの脚を貫いた。
「おおっと」
フランメスは高く跳び晴海から距離を置いたが、着地地点にはアークトゥルス、黒金が控えていた。
アークトゥルスは剣をフランメスに突き刺した。肉を経つ歯応えはあるが、急所からは逸れていた。フランメスは両手でアークトゥルスの腕を掴み、囁くように言った。
「なぜ理解しない? 人間の齎す悲劇は永遠に終わることがない。人間が滅びない限り。今も理不尽に誰かが殺されるこの世界を、どうして救おうと思うのか―――フフ、最初に処刑台に立つのが王というのも、悪くないな」
フランメスは銃口をアークトゥルスに向けた。一発の弾丸が放たれ、それは彼の頬に傷を作って空へと飛び去っていった。
「この世の地獄が人の所業に因るものならば、同じ人が裁かなければ人に成長など望めない。お前が神に裁かれること等無い、人の手で裁かれろ! フランメス!」
アークトゥルスは勢いをつけて剣を引き抜き、再び振るった。腰を大きく下げて剣を避けたフランメスは、二つの銃を構えた。
黒金は矢を放ち、槍を構えて下から上へ。拳銃は矢に照準を向け弾丸は矢を落とす。フランメスは黒金に目線を合わせ、掌底で槍の胴体を突く。バランスを崩した黒金に二丁の銃口を向け、トリガーが引かれる。陰陽玉は弾丸を防ぎ、跳ね返った弾丸がフランメスの肩に命中した。
「ははッ!」
フランメスは目を見開き、絶対的な速度で黒金の背後に回ると頭を掴んだ。
ライフルの音色が鳴り響く。フランメスは黒金をすぐに手放し弾を避ける――その回避先にはイーヴァンが待っていた。
眼前を過ぎる槍に首筋を斬られれば、体を反時計回りに回転させてイーヴァンの頭に爪先を食らわせる。
――銃を装填する、隙が出来るぞ。
伴 日々輝(aa4591)はフランメスの銃の発射をカウントしていた。六発ごとだ。さっきの発砲で今、弾倉は空になっている。
フランメスは弾倉を乱暴に落とした。イーヴァンは一気に脚を踏み出し、槍で体を貫いた。
血反吐を吐く口から、同時に狂ったような甲高い笑い声が漏れる。フランメスは槍を引き抜き強引に装填を終えると、イーヴァンの顔に銃口を定めた。イーヴァンはバク転で弾丸を避けた。
目の端にコルレオニスの刃が見えた。真横から突き刺すように伸びた剣に沿うように回転したフランメスは、手首をアークトゥルスの後頭部に打ち付け、背中を蹴り銃弾を放つ。
戦場は止まらない。黒金と九字原はフランメスの懐に同時に入り込むと、左右から刃を突き出した。フランメスは後ろ向きに倒れブリッヂの態勢から両足で二つの武器を蹴り飛ばし、二人の腕を捻って武器を落とさせ、晴海の放ったライフルの弾丸を、落ちた武器を足で踏みその刃が盾とした。九字原は腰に秘めていたナイフ、ウヴィーツァを引き抜きフランメスの肩に突き刺した。
血が弾け、フランメスの瞳が赤く染まる。
「いいぞ、いいぞッ!」
ナイフは引き抜かれ、背後にいる晴海へ投擲された。晴海は眼前でナイフの柄を掴み、狙撃場所を変えた。
起き上がった黒金、九字原の二人は武器を取り戻し、再び振るった。二つの刃が交差し、左右から胴体を斬る。フランメスは高く跳んでリンカーから距離を置くと、銃を構えた。
「お前らはこの世界の地獄を見たことも、味わったこともないッ!」
フランメスは周囲のリンカー達に素早く照準を合わせ、一人一人に連射した。
「だから生温い事を言っていられるんだよッ! 生は必ずしも美しいとは限らない! 人間は人間を殺すためだけに生まれてきた。どうして愚神や、僕たちのようなテロ組織が生まれるか?! それは神がッ! 増えすぎた人間を殺すために生まれさせた絶対的な存在なんだよッ! ハハ、殺せよ。僕を殺しても、また新たな敵が生まれるだけだ。人間が死なない限り、善と悪はウロボロスのように、互いが互いを食い続けるだけッ! 人間がッ! 死なない限りッ!」
フランメスはナタリアを見つけ、睨んだ。
「裏切り者が……。まずはお前から最初に殺すって決めていた」
銃を素早く装填し、フランメスはナタリアを狙ってトリガーを引いた。風代はシールドで弾丸を防ぎ後ろを振り向いた。ナタリアに傷はついていないが、彼女の表情は固まっている。風代はウィンクをしてみせ、フランメスへと顔を向ける時に風代の表情は引き締まっていた。
「人を殺す以外にさ、その解決法を見出す努力をしてみたらいいんじゃないかな……! 悪い人間がいるのは事実だよ。今まで、根本的な解決をする力は人間になかった。だけど、一人でも多くの人が手を取り合えば、不幸な人なんていなくなるよ」
アークトゥルスは剣を手にフランメスに走った。射出される銃弾を剣で捌き、間合いに入り込む。しかしすぐには剣を使わず、彼の腕を掴んで地面に引き落とす。
「無力なお前には何もできない。ここで散れ」
コルレオニスがフランメスの手に突き立てられた。幾つもの銃声が聞こえ、フランメスは辛うじて退いた。
突然、黒金は手を挙げた。
「皆さん! たった今、坂山さんから連絡がありました。再び未確認のヘリコプターが近づいている、との連絡です」
晴海はスコープを覗いて空を見上げた。レンズの先に、大きな軍用機とも呼べるヘリが戦場に近づいていた。機関銃が備えられているとスコープ越しに見えるのだ。
「ちッ、良い所だってのに」
フランメスはヘリを睨みつけ、小声で悪態をついた。そして前を向くと微かに笑って手を振った。
「逃がすかよ!」
ヘリからガスマスクを被った人間が顔を出し、フランメスの身体に向かってフックのような装置を射出した。引き上げるつもりだろう、アークトゥルスは逃がす前に走り出した。
しかし、一瞬だけ彼の脚が止まった。
フランメスの死角からだ。ナタリアが、何処からか飛び出してきたのだ。一体どこに隠れていたか、吟味する時間がない。ナタリアはフランメスの身体に飛びついた。
「逃がす訳にはいかないから……!」
「馬鹿な女だ、相変わらず」
フランメスは唖然とした表情をするが、ナタリアの首に手を置くと、強く握り締めた。次の瞬間、フランメスは勢いよくヘリの中に引き込まれた。
ヘリの扉は閉められ、戦場は目下になった。途端、ナタリアは笑い出したのだ。フランメスは目を細め、彼女の顔をまじまじと見つめた。
「お前、誰だ」
ナタリアではなく、偽物だ。フランメスは偽物から手を離し、地面に倒すと手足を拘束し、イメージプロジェクターを外した。
「由香里ちゃん!」
シエロは16式60mm携行型速射砲を構え、盛大な弾幕を放った。ヘリの標的がシエロに向く最中、アークトゥルスは正面から飛び上がった。
「叔父上! あんまり無茶はよしてくれよ、ああもう!」
ヘリに取り付けられていた機関銃がアークトゥルスに向けられる。彼は繰り出される弾を次々と弾き、手を伸ばす
――もうあと少しっす!
指が機体に触れた途端、ヘリは旋回して彼を押し退けた。
黒金は矢を何度も放ち、橘の乗るヘリに矢を放つが、全く手応えがない。ヘリコプターは無鉄砲に弾丸を撒きながら空へと飛び去っていった。窓からはフランメスが見下ろしている。
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「フランメスさん、この女。どうするんだよ」
「さてね、まだ有効的な使い方は思い浮かばない。餌にするにしても、僕たちの居場所がバレたら困るしね」
「なるほど。ならちょっとくらいは遊んでもいいっていう事でして?」
「待て。傷はつけるな、何処にも。それが許されるのは僕だけだからね。ただ、心身に傷さえ付けなければ何をしても構わん。掟を破ったら殺すよ」
「ひええ怖い怖い。大丈夫だ、約束は守るからな。良い女が手に入ったって、向こうの連中も喜ぶだろうな」
「さてね。僕はそういうのには興味がないから分からないけれども。でも楽しみだなあ。仲間のいる前で、この女を壊すその時が」
――全く、無茶をしおって。坂山に叱られるのわらわじゃぞ、多分。
いつもと変わらない素振りで飯綱比売命(aa1855hero001)はボヤいてみせた。