本部

投げキッスを打ち破れ!

石だるま

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2018/05/14 13:04

掲示板

オープニング

●悩殺、投げキッス!
 とある博物館の一室。そこにはショーケースが平行に三つ、通路を作るように並べられていた。縦長いショーケース内に、煌びやかな装飾品の数々が展示されている。
 どの装飾品も金銭的だけでなく、歴史的にも価値のあるものだ。それを示すように、ショーケースが並ぶ部屋へと繋がる通路には、厳重な警備がしかれていた。本来なら虫の一匹でさえ、その部屋に侵入することはできないだろう。
「貴様ら、なにをしている? 持ち場へ戻れ!」
 部屋に通じる扉の前で、二人の門衛の内一人が怒鳴った。彼ら――あるいは扉――に向かって、通路を担当しているはずの警備員たちが、ゆっくりと歩み寄って来ているのである。深夜であるため、警備員たちの表情はうかがえない。だがその緩慢な足取りからは、どこか狂気が感じ取れた。
「聞こえないのか!? そこで止まれ! ……おい、準備をしておこう」
 二度にわたる警告をするも、警備員たちの歩みは止まらない。門衛二人は示し合わせ、腰にかかっていた警棒を抜き取り構えた。警備員たちの足音が鳴るたび、風船が膨らんでいくように緊張が高まる。
 警備員たちが立ち止まる。門衛との距離はおよそ三メートルほどだ。ごくりと生唾を飲み込んだのは、門衛のどちらか、もしくは両方だったのか、はっきりとはわからない。

「うふふ、そう怖がらないでいいのよ」

 張りつめた空気に似つかわしくない、色っぽい声だった。
 突如、警備員たちが機敏に動き、左右に分かれて列をなす。そして一斉に、その中央に向かってお辞儀をした。さながら、ヴィップ待遇の人物をもてなすかのように。

「あなたたちも、私に協力……してくれるわよね?」

 お辞儀のそえられた道の先には、妖艶な雰囲気をまとった女性がいた。
 女性は深い胸の谷間が強調された赤いボンテージをまとい、同色の背の高いブーツを履いていた。ボンテージの上から黒色のマント・コートを羽織り、露出されているだろう両肩を隠している。艶やかな黒色の髪の毛は首元で揃えられており、内側に向かってゆるやかにカールしていた。
 女性の顔は髪型のせいもあってか、元々小さなものがより小さく見える。その顔に納まるのは切れ長い目と細く伸びたまつ毛、筋の通った高い鼻に、小ぶりで厚みのある真っ赤な唇。彼女を構成するパーツは、異性の思考をかき乱すことに特化していた。
「なにが協力だ。怪しい女め……おとなしくしろ!」
 異常な状況の中、門衛二人は痺れを切らして女性にくってかかる。構えていた警棒を振りかぶり、異常の原因であろう彼女に向かって駆け出した。
 屈強な男性二人が迫ろうという最中、女性は楽しそうに目を細め、ほんの少しだけ口角を上げる。
 女性は右手を口元まで持ち上げると、二本指を立てて指先を自分の唇に押し当てた。口紅が塗ってあるのか、光沢のある唇を二本の指が覆い隠す。そして短く、チュッと吸着音が鳴り響く。赤く柔らかな唇がみずみずしく震え、指腹にほんのりと口紅のうつった二本指が、門衛二人に向けて差し出された。

「『飛吻』」

 門衛二人が女性の行動を認識する。その瞬間、彼らの脳内は桃色のもやで覆いつくされ――。

●怪盗現る!
 H.O.P.E.香港支部のブリーフィングルームに、数人のリンカーが集まっていた。彼らは用意された長机につき、机上にある『怪盗現る!』と題された資料へ目を通している。
「諸君らも知っているだろう。先日、とある博物館で大規模な窃盗被害があった」
 苦々しい表情を作った職員が、資料を片手に口を開く。
「その手口というのも、警備員を洗脳状態にして、堂々と館内で盗みを行ったというものだ」
 情欲を取っ掛かりにして、相手を強制的に自分の支配下に置く。これは常人には決しておこなえない、能力者の手口である。職員はそこまで語り、この事件の犯人はヴィランである可能性が極めて高い、と推論を続けた。
「このヴィランから、H.O.P.E.に向けて犯行予告が送られてきた。よほどの目立ちたがり屋らしい」
 職員が資料の項目を示す。そこには自信に満ち溢れた文章が記された、キスマークと思わしき跡のあるカード。そのコピーが載っていた。
「『下記の日時にH博物館へと参ります。私を一目でも見たい方は、どうぞいらっしゃってください。まかり間違っても、邪魔などできないでしょうから。 怪盗、ソ・ピングオより』我々も舐められたものだ」
 吐き捨てるように言って、職員は資料からリンカーたちへと向き直った。
「今回の任務は、この自称怪盗の逮捕および博物館の警備! ヴィランの能力に注意をはらい、万全の状態で迎え撃ちたまえ!」
 職員の激励にリンカーたちが頷いた。


●登場
 怪盗 ソ・ピングオ
 怪盗を自称するヴィラン。セクシーな雰囲気の女性です。身体能力に優れており、身のこなしは非常に軽やかです。
 今のところ、契約対象が英雄か愚神かは判明していません。
※以下はプレイヤー情報となります
 ・飛吻 射程:6メートル
 投げキッスをすることで、射程内の対象すべてにバッドステータス『洗脳』を付与します。
 無条件で成功するのは一般人の男性に対してのみです。リンカーは抵抗することができます。抵抗する際の判定難易度は普通で、具体的な対策がある場合は簡単となります。
 女性の場合はほとんど効果がありません。
・急所攻撃 射程:2メートル
 ブーツで急所を蹴り上げ、単体にバッドステータス『気絶』を付与します。
 この行動は『洗脳』状態の対象に積極的におこないます。
・盗む 射程:2メートル
 自身がショーケースに隣接している場合、装飾品を盗みます。
 この行動は戦闘の合間におこなわれます。この行動を一定回数行うと、逃亡を図ります。

不明
 ソ・ピングオ以外に女性がいた場合のみ、登場します。
・みんな俺を見ろ! 射程:8メートル
 『不明』が雄叫びをあげながら走り回り、射程内の対象すべてにバッドステータス『翻弄』を付与します。
・ワイルド・ダンス 射程:4メートル
 『不明』が猛烈なダッシュで体当たりし、単体にダメージを与えます。

解説

目標:ソ・ピングオの逮捕
失敗条件:ソ・ピングオに逃げられる


●警備員 複数
H博物館にいる男性の警備員です。その内の一部が装飾品の展示室を担当しています。戦闘に関する講習は受けていますが、リンカーの脅威にはならないでしょう。
ソ・ピングオが発見されると、少しずつ駆けつけて来ます。
場合によっては敵対することもあります。一般人として丁重にあしらいましょう。

●環境
深夜。空に雲は見当たらない。H博物館にある装飾品類の展示室。
展示室は独立した建物です。玄関と2つの部屋で構成されています。玄関を入ると突き当たりに受付と左右へ別れた道があります。
左右の部屋はシンメトリーになっており、同じ内装です。どちらも戦闘ができる程度には広いです。
部屋の壁一面がガラス張りのショーケースになっており、高価な展示品はそこに並んでいます。部屋の中央にも長方形のショーケースが1つ設置されています。
部屋の天井の一部は天窓となっています。月明かりや星々を見ることができるでしょう。

●注意
ソ・ピングオの飛吻には気を付けましょう。具体的にどう抵抗するか書いてあると成功率が上がります。
『洗脳』状態になった仲間を助けてあげましょう。正気に戻さなければ、気絶させられたり、攻撃させられたりします。
ソ・ピングオはある程度盗みを終えると、逃亡してしまいます。戦闘を長引かせていると、失敗の可能性がでてきます。

リプレイ

●彼ら彼女らの事情
 H博物館にある建物の一つ、展示室にエージェントたちは集まっていた。太陽が沈み閉館時刻を過ぎているが、ヴィラン――ソ・ピングオの予告した時間になるまでは、まだ余裕がある。
 エージェント四人は展示室の受付あたりを陣取り、警備員たちの様子を見に行った二人を待っていた。
「ん……その、今回のヴィラン……すごいですよね、いろいろ」
 暇つぶしに会話をしている途中、氷鏡 六花(aa4969)がピングオの話題を切り出した。思うこともあったのだろう、エージェントたちが話にのる。
『わざわざ犯行を予告してくるなんて、ちょっと変よね』
 まず反応したのは。六花の英雄、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)だった。
「警察ではなくH.O.P.E.に予告を出してくる辺り、なんというか……」
『”リンカーの能力で泥棒してます”って自己紹介かしら』
 迫間 央(aa1445)が途中で言葉を切り、マイヤ サーア(aa1445hero001)が幻影蝶からそれに続いた。
「予告状まで送って、漫画みたいなことをやる輩がまだいるんだなぁ」
『対応させられる俺達も、それと似たようなものだがな』
 ピングオの行動に呆れながら九字原 昂(aa0919)は言う。それに対し、ベルフ(aa0919hero001)が自嘲気味な台詞を吐く。
「まぁ、結果だけは漫画と同じにならない様にしないとね」
 怪盗に翻弄されるのは、漫画の世界だけでじゅうぶんだ。そう思い、苦笑して昂が答えた。
 葛城 巴(aa4976)が口を開こうとした時、展示室に日暮仙寿(aa4519)とナイチンゲール(aa4840)がちょうど帰ってきた。巴が二人に向き直り、迎え入れる。
「おかえりなさい! 二人とも。どうだった?」
「こちらの指定通り、展示室の警備員は女で固められていた」
「彼女たちの容姿も一通り確認しました。ヴィランが変装しても、体型でわかると思います」
 ピングオは色仕掛けで男性を操る。その情報から、エージェントたちは事前に博物館側に特別態勢を要請していた。二人はその最終確認をおこなっていたのだ。
『気になっていたんですけど、巴さん、その格好は……?』
 仙寿の幻想蝶から不知火あけび(aa4519hero001)が疑問を口にする。彼女の注意は巴の服装に向いていた。
 巴の姿は普段のボーイッシュなものとは異なり、煌びやかな紺色のドレスとなっていた。それはあけびの認識では、巴の趣味からかけ離れているはずのものだ。
「あー……僕も気になってましたけど、聞いちゃうんですね、それ」
「ん、六花も……触れていいのか、わからなくて……」
 あけびの疑問に、昂と六花が遠慮がちに同意する。口にこそ出さないが、彼女と交流があるものは皆そう思っているようだった。
「いやいやいや! なんでデリケートな話みたいに言うの……?」
 周囲の雰囲気を察し、巴が言う。
 一瞬の沈黙が、エージェントたちの間を流れる。それを破ったのは央だった。
「葛城さんが色気づいたら、困惑するに決まってますよ」
 央の言葉を受け、巴が何度も口を開閉する。溢れ出そうになる言葉の濁流をせき止め、言うべきことを整理し、ようやく彼女は声を出すことができた。
「わ、私なりにヴィランの対策しただけで、色気づいたとかそんなんじゃないよ!」
 巴の主張を聞き、彼女の幻想蝶からレオン(aa4976hero001)が現れる。驚く巴をよそに、レオンは彼女の姿を上から下にさらりと確認して、肩をすくめてみせた。
『衣装で張り合おうっていう姿勢は、間違っていると思うぞ』 
「ちーがーう! あんたが洗脳されないように着てるだけだし!」
 レオンの呆れのこもった一言を、巴が否定する。事実ドレスには着衣したものの意識を強める効果があり、洗脳対策にはうってつけなのだ。
『まぁ、色気じゃ敵さんに勝てっこないしな――』
 レオンの脇腹に巴の肘が突き刺さり、彼の台詞は中断された。
 腋を抑えてうずくまるレオンに対し、巴はむくれてそっぽを向いた。一連のやり取りを、他のエージェントたちは生暖かく見守っていた。
「漫才は置いておくが、ヴィランの洗脳は確かに脅威だ。俺は平気だが、他はどうだろうな」
 そう前置きし、仙寿がエージェントたちを見渡す。すると、ナイチンゲールの幻想蝶が反応した。
『そう言うからには、日暮仙寿なりの対策があると見たが?』
 ナイチンゲールの英雄、墓場鳥(aa4840hero001)が興味深そうに聞く。
「敵が好みから完全に外れてる。論外だ」
 ヴィランの洗脳は情欲を鍵におこなわれている。そのことを言外に示しながら、仙寿はこともなさげに答えた。
 六花の体がわずかに緊張したことに気づき、間髪いれず、ナイチンゲールが質問する。
「仙寿くんの好みって?」
 眉根が寄りそうになるのを自覚しつつ、仙寿は黙り込んだ。沈黙で終わらせるのは許さないとばかりに、ナイチンゲールがたたみかける。
「ねえ、好みって?」
「と、とりあえずその女の真逆だな……!」
 追撃に耐え切れず、仙寿は視線を逸らす。先に持ち場へ行っている。そう言い足して、仙寿は速足に担当している部屋へ向かった。彼を見送り、ナイチンゲールは六花に狙いを変える。
「……真逆だってさ」
「ん……!? な、なんで六花に……?」
 二人の視線が合わさる。どこか楽し気に微笑むナイチンゲールに根負けし、六花もまた視線を逸らした。そして仙寿と同じように、速足で彼とは逆の部屋へと向かう。
『意地悪だな』
 墓場鳥の言葉を聞きながら、ナイチンゲールは仙寿を追って歩き始めた。
 作戦会議の終わりを察し、残りのエージェントたちも移動し始める。
『仙寿君はあぁ言ってるけど、妖艶なタイプ、央は好みなんじゃない?』
 担当である屋根上に向かう途中、エージェントのやり取りに影響を受けたのか、マイヤがいたずらに央へと問うた。
「否定はせんが……赤より青の方が好みだ」
『何それ』
 抽象的な答えに、思わずマイヤが聞き返す。
「お前の方が品がいいって事だ」
『……莫迦』
 歯の浮くような反撃に、青髪の英雄は静かになった。

●不意打ちは怪盗のたしなみ
 深夜を迎え、展示室は暗闇に包まれていた。建物内の照明はすべて落とされ、人工の光は見当たらない。小さな天窓から差し込む細い月明かりのみが、それぞれの部屋を照らしていた。
 エージェントたちはそれぞれリンクを済まし、息をひそめて、ヴィランが現れるのを待っていた。変化が訪れたのは、昂、六花、巴が待機している部屋だった。
 通路から足音が響き、部屋に誰かが走りこんでくる。それを見て、昂が証明のスイッチいれた。部屋に人工的な明かりが灯り、部屋内の人影が照らし出される。
「現れたな――って、警備員さん、ですか……?」
 侵入者の正体は、紺色の制服に身を包んだ小柄な女性だった。思わぬ事態に、三人の動きが止まる。警備員らしき女は、入口の近くにいた昂へと歩み寄っていく。
「すみません。至急ご連絡したいことがあって参りました!」
「連絡は通信機でおこなうはずでは?」
「ですがどうしても、口頭でなければならないので……」
 昴の胸中に疑問がわく。通信機で話せない内容とはなんだ。そもそもこの女は、暗闇の中どうやってここまでたどり着いた。
 なおも距離を縮めてくる女を見据え、昂は一つの結論に達した。反射的に彼女から離れようとする。間もなく、六花の持つレーダーユニットに、突如ライブスの反応が増えた。
「レーダーが反応……!? 昂さん、その人リンカーです!」
 しかし昂が行動をする前に、女は制帽と制服を脱ぎ捨てその正体をあらわす。黒色の髪の毛に赤いボンテージ、ソ・ピングオがそこにいた。
「ふふふ、可愛い子ね」
 ピングオは片腕で胸を抱き、柔らかな胸部に深い谷間を作る。もう片方の指を唇に当て、甘い吸着音を鳴らし指を離した。彼女の投げキッスは当然、昂に向けられている。
「昂くん!」
 巴の悲鳴を通信機がとらえた。異常事態の発生を理解し、他所のエージェントたちが急行する。

●苦肉の策
 昂の頭の中を桃色の靄が侵食する。靄は思考をかすませ、判断力を奪っていく。昂は靄に身を任せるのが、とても素晴らしいことのように思えた。
『先に決めてただろう? 対抗策』
 そうだ。意識を明け渡す前に、やることがある。ベルフの言葉で昂は意識を浮上させ、力が抜けそうになる首を無理やり動かす。そして脳裏にお姉さんぶる女性の顔を思い起こした。
 昂の用意した対抗策、それは巴を思い浮かべることだった。それだけでなく、本人を目にすればより効果があると判断した。
「どっきゅ~ん!」
 昂の視線の先に、彼へ向けて投げキッスをする巴がいた。彼女はピングオと同じく胸を強調したポーズをとっている。だが悲しいことに、ドレスから確認できる胸囲が圧倒的に足りていない。さらに棒読みの擬音が少ない色気を台無しにしている。
 巴の横には、口を半開きにして困惑する六花の姿もあった。
 桃色の靄が昂の頭から急速に引いていき、彼はクリーンな思考を取り戻す。
「ぐっ」
 そして呻き声をあげ、昂は片膝をついた。
「あ、あれ? 昂くーん、昂くーん!?」
 巴が心配そうに声をかける。呻き声に混じり、昂がつぶやく。
「とんでもないものを見てしまった……」
「聞こえてるんだからねー! こらー!」
 声を張り上げる巴に軽く手をふり、昂は立ち上がる。
『照れ隠しか?』
「どうだろうね」
 内心で巴に感謝しつつ、昂は思考を戦闘に切り替えた。

●乱入者
 ピングオは洗脳が失敗したことに驚きつつも部屋内を駆ける。部屋の中央にあるショーケースに接近し、長い脚を大きく持ち上げた。そのまま体重をのせてカバーを踏みつけると、強化ガラスに蜘蛛の巣のような亀裂が走り、ケースはいとも簡単に砕け散った。彼女はかかと落としの衝撃で飛び上がった装飾品を手に取り、懐の幻想蝶へ収納する。
 盗みを続けるピングオに影が被る。弾かれたように彼女が見上げると、天窓から刀を振り上げて落下する央の姿があった。
 着地と同時に刀が振り下ろされ、飛び退いたピングオの肌をかすめた。数滴の赤い雫が飛び、斬撃で敷かれているカーペットに一文字の傷ができる。央の金色の瞳が彼女をとらえた。
「武装したリンカーが警備する中に手ぶらでお出ましとは、余程、徒手空拳に自信があるか……何らかの術式の用意があるのか」
 ピングオから目を離さず、央はゆっくりと刀を構え直す。その切っ先が彼女に向くと、英雄経巻が展開され彼を中心に白光が舞う。
「お前がなにをしようと殺すつもりはない。だから、下手に避けないことだな」
 今にも央が飛びかからんとする時、奇声が聞こえてきた。野太いがよく通るその声は徐々に音量をあげ、突如、一旦途切れる。次の瞬間、甲高い声が聞こえたかと思うと、大男が部屋へと駆け込んでくる。
「マイスウィートハニィー! 助けにきたよぉー!」
 奇声の主は燕尾服を着た浅黒い肌の大男だった。短い金髪を後に流し、幾筋もの血管が浮いた筋肉質な体を燕尾服に無理やり詰め込んでいる。
「さあ、俺が相手だ。ホォープ共ぉ!」
 真っ白い歯を強調するように笑い、大男が雄叫びをあげる。エージェントたちはもちろん、ピングオさえ唖然としていた。
 大男に遅れて仙寿とナイチンゲールが到着する。二人が真っ先に注目するのは、当然その騒ぎ続ける男だった。
『大人しくお縄につきなさい! ……あ、あれが怪盗?』
《どう見てもお洒落なゴリラだな》 
「暑苦しそう……仙寿に任せていい?」
《他をあたってくれ》
 会話の間各々が我に返り、再び戦闘が始まる。

●足止め
 誰よりも早く動きだしたのは仙寿だった。長い銀髪をなびかせ、エージェントと大男の間を駆け抜けると、彼は一直線にピングオへと接敵する。幻想蝶から真っ赤な簪を取り出し、彼女に向けて最小限の動作で振るう。
 ピングオは仙寿の一振りを寸前でかわし、彼に小さな投げキッスをしてみせた。しかし、わずかな予備動作からその動きを予測し、仙寿はすでに目を閉じている。
 お互いに一手をしのぎつつ、ピングオとの距離を保ち仙寿が立ち止まる。
 仙寿は首だけで振り返り、肩越しにピングオへ流し目をおくる。さらに口元に簪を添え、妖しげな笑みをつくった。
 ピングオの肩に白羽が一枚乗っていた。ライブスによって形成されたそれは、仙寿にとっての標的のマークだ。そのマークが消えない限り、彼から逃げることは許されない。なによりもそれは、次の一撃を必殺のものへと変えるのだ。
《……あまり男を馬鹿にするなよ?》
 仙寿のつぶやくような忠告が、ピングオに届くことはなかった。
「ハニーに手を出すな!」
 大男は仙寿に敵意を向けるも、その間に昂が割って入る。構わず地を蹴り、彼は昂に目掛けて体当たりを仕掛ける。
 迫りくる黒い巨躯を横っ飛びに避けると、昂は大男の通りすがりざまにライブスで形成した網を投擲した。放射状に広がった網が大男に絡みつき、手足の動きを制限する。体勢が保てず、大男は前のめりにカーペットへ転がった。
「手を出すなはこっちの台詞ですよ」
 横たわる大男を見下ろし、昂が吐き捨てた。
  
●怪盗の苛立ち
 ピングオは目の前にいる央を狙い、洗脳を試みる。柔らかな唇と染みひとつない肌が彼の目に映った。桃色の靄が彼の頭を覆おうとするが、先刻の会話が彼の意識を強めていた。
 目の前の女性よりも魅力的な人を知っている。その認識と刀から伝わる破邪の力により、央の頭から桃色の靄が打ち払われた。
「それで終わりか?」
 自然と尊大な笑みが浮かび、央の目が鋭くなる。
「揃いも揃って、私の魅力がわからない人ばかり……!」
 ピングオは悔しそうに歯がみすると、壁際のショーケースへ跳躍して回し蹴りを放った。破砕音とともにケースが割れ、破片が床に散らばる。
 装飾品を手に取ろうとするピングオの足元に、純白の短槍が突き刺さる。それは自身に意思があるかの如く宙に浮かび、持ち主の手元へ飛んでいく。
 巴は短槍を苦戦気味にキャッチし、もう一度ピングオへ不格好な投槍をおこなう。不慣れなフォームには不釣り合いな速度で放たれたそれは、その身を白き一陣の風に変えてピングオを狙った。
 不満そうな表情を隠さず、ピングオは半身になって投槍を回避する。思うように装飾品が集まらない焦りが、彼女をより一層苛立たせていた。その心の揺らぎが視野を狭くしたのだろう。彼女は央の動きを見逃していた。
 自分から意識がそれたことを確信し、央は幻想蝶からハングドマンを取り出していた。よどみない動作でそれをピングオに投げつける。二対の短剣はワイヤーを伸ばし、彼女の右足を地面に縫い付けた。

●捕縛成功!
 動けなくなった対象を確認し、六花は魔導書を媒介にライブスを氷へと変化させる。彼女の羽衣がはためき、変化途中のライブスが渦を巻く。彼女を中心に部屋内の温度が下がり始め、天窓を曇らせた。
 ピングオの足元には霜柱がたち、その頭上には透き通った氷の槍が並ぶ。周りを漂う氷鏡のおかげか、その本数はいつもより多い。自らに起こる惨劇を予感し、彼女は目を見開いた。
「い、色っぽいからって、みんなを誘惑しないでっ……!」
 幼い嫉妬が入り混じった宣告がなされ、氷の槍が雨のごとく降り注ぐ。仙寿のつけたマークをめがけて、氷と氷がぶつかりあい、煙のように霰が舞った。突き立った氷の槍と槍の間から、おぼつかない足取りでピングオが脱出する。凍傷と切り傷により意識を失いつつある彼女へ、細い金属製の糸が幾重にも巻き付いた。
「センス磨きなよ。いくら美人でも、今のあなたじゃいい男は見向きもしない」
 ナイチンゲールが糸を手前に引っ張る。連動して、ピングオが大した抵抗もなく引き倒された。
「そうよね?」
 同意を求めてナイチンゲールが仙寿のほうを向く。彼は目を合わせず、言外にノーコメントと示していた。
 
●怪盗の正体
 戦闘が終わり、エージェントたちがリンクを解除する。変わっていた姿が戻り、各々の英雄がその場に現れた。
 あるものは戦場となった展示室の清掃を、あるものは捕縛したヴィランの見張りを担当することになった。
『多少なりと煽られたのに靡かなかった御褒美が必要よね?』
 マイヤはリンクが解けるとすぐに、傍にいる婚約者の腕に抱き着いた。面食らう央のことなどお構いなしに、彼女は魅力的な肢体を擦りつける。
『あんな妖艶なタイプに……あれ?』
 マイヤがピングオを一瞥する。だが、違和感をおぼえてもう一度彼女を見た。そして絶句する。
『怪盗なんて名乗れば聞こえは良いが、所詮はただのコソ泥だ』
「それに、泥棒はこうやって逮捕されるのが筋だしね」
『筋っていうなら、コソ泥にも正体の一つや二つあるのが筋かもな』
 ベルフと昂が捕縛されたピングオを見下ろし言う。
「こ、これが……さっきまでの、色っぽい……人……?」
 六花の語気が萎んでいき、最後には言葉をなくす。捕縛されたピングオの姿は妖艶な美女ではなく、幼い少女に変わっていた。つまりあの姿は共鳴状態のものだったのである。
「まさか子供だったとはね……」
 困ったように頬をかき、巴がピングオのそばに座り込んだ。
「貴女が本当に欲しかった物は何?」
 巴はピングオの境遇を曖昧に予測していた。妖艶な美女に姿を変え、装飾品を集め、男性の心を盗む少女。彼女はどう歪んでしまい、なにを欲していたのだろう。
「盗んだものはね、返さないといけないんだよ?」
 もしピングオが英雄の力でそれを手に入れたとして、満足できるのだろうか。
 気絶しているピングオに、その問いを答える術はない。
「それぞれ浸っているのは勝手だが、男の方はどうした?」
 展示室の清掃をおこなっていた仙寿が突っ込む。
 エージェントたちの間に気まずい空気が流れた。

●一方そのころ
 大男は隙を見て逃げ出していた。夜道を走りながら、自分の失態を恥じる。
「マイスウィートハニー! 必ず助け出してみせるからな!」
 今頃ホープに捕縛されている愛しの人を思い、大男は決意を固める。
 ピングオに深い愛情をもつ彼は、いずれ彼女を救うことになるかもしれない。

●いつかきっと
 アルヴィナが展示室の清掃をおこなっていると、六花がおずおずと話しかけてきた。
「……ねえ、アルヴィナ。六花も……あと何年かしたら、アルヴィナみたいになれる……かな」
『そうね、凍気の扱いなら……もう私と比べても、ほとんど遜色ない位よ。自信を持っていいと思うわ』
「……ん。そっちじゃなくて……その……」
『え?』
「む……胸……とか……」
 意外な内容に目を丸くしつつ、アルヴィナは温かく微笑み、六花に励ましの言葉を送るのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976
    人間|25才|女性|生命
  • 食いしん坊な新米僧侶
    レオンaa4976hero001
    英雄|15才|男性|バト
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