本部

ネフシュタンの欠片 ~完全なる青銅~

ケーフェイ

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/27 18:51

掲示板

オープニング

●約束の地までの幾ばく

 H.O.P.E.アレキサンドリア支部近くの病院は故郷に近いものの、キターブは未だ里帰りできずにいた。先の任務で受けた負傷のため、入院が必要なためだ。従魔と至近で対峙したのだから、死ななかっただけでも儲けものである。
 この期に蔵書を片付けようと、魔導書やら研究書をたっぷりと持ち込んだキターブが悠々と読書に勤しんでいると、傍らの机でスマホが着信を訴える。ちらりと横目に番号を確認したキターブは胡乱げに取り上げた。
「はい。こちらキターブ」
「死にかけたそうだな。どうだ、幽体離脱くらいは会得したか?」
「まさか。わたくし、魔導の実技はからきしでして」
「そうだったな。文弱の徒」
「そんな嫌味を言いに連絡を?」
「私もそれほど暇ではない。メールの件に関連しそうなことが起きてな」
 ほう、それはそれは。言いながら急いでメモ紙を引っ張り出し、話を促す。
「どうも盗掘団らしき奴らがうろついてな。美術品に混じってオーパーツも狙っている」
「場所はどちらで?」
「ジェヴェル・ハールーン。君が追っているオーパーツの根源地にも近いだろう」
「ペトラ遺跡ですか。あなたがたが追わせている、でしょう」
「見解の相違だな。いずれにしろ、我々の庭を荒らされるのは面白くない。君たちに任せよう」
「いつも獲物を譲っていただいて申し訳ない」
「見返りは……分かっているな」
「どうぞ結果をお楽しみに」
 精一杯の諧謔味を含ませて通話を切ると、病衣を投げるように脱ぎ捨てて着替える。
 本や荷物はそのままにしておく。退院手続きも事後でいい。今は従魔の気配がする場所へと向かうことが最優先だ。


●現れる青銅の蛇

 同僚のオペレーターたちの制止に聞く耳を持たず、垂直離陸機をチャーターしたキターブがペトラ遺跡に降り立つ。紅い砂と岩の世界でえずくと、細かな砂が喉の奥まで入り込む。
 キターブは走る。目指すはジェヴェル・ハールーン。盗掘団はどうやらそこの宝を狙っているらしい。
 場所が分かれば特定するのは容易い。人目に付かず、まだ発掘する余地のある場所は存外少ない。ジェヴェル・ハールーンがあるホル山の麓の洞は、観光客も寄り付かない奥まった場所にある。そこに当たりを付けて向かう。
 岩陰に隠れて覗き見れば、三人ほどの男が洞の中で何やら作業している。しかしキターブの視線はさらに奥へと注がれていた。
 長い長い青銅の杖。刻まれた怪獣達の図像。そこに絡みつく蛇。間違いない、あの青銅器だ。
 そのうえ――キターブが歓喜とも畏怖とも知れない震えを背に感じる。初めて見る、完全な状態の青銅器。あれが本来の姿。杖の先に付いた金具らしきもの。古い旗竿の痕跡か。
 これまでの青銅器は悉く破壊されていた。それでいてあれほどの力を発揮するのなら、十全な状態ではどうなるのか。
 考えたくもない。そしてそれを盗まれでもしたら――
「動くな!」
 拳銃を差し向けて身分証を晒す。男たちが驚いている間に大声で名乗りを上げる。
「こちらはH.O.P.E.だ。貴様らは盗掘の現行犯として現地警察に引き渡す。大人しくしていろ」
「いえ、あの、我々はヨルダン大学の研究チームでして」
 男の足元に銃弾を一発くれてやる。跳弾がキターブの耳元を過ぎって外に跳んでいく。
「……芝居が寒い。そんなに寒いのが好みなら、頭の風通しを良くしてやるぞ」
 踊り出しそうな足腰を、頬肉を裏から噛み潰して何とか耐える。長旅の直後に盗掘団を押さえるのは、病み上がりの体には重責だ。せめて気取られないよう虚勢を張るが、銃を向けられた盗掘団たちはまだ降伏を示していない。
「随分具合が悪そうだな。H.O.P.E.って言やあ、リンカーなんだろ。英雄だかの力を使うんだろうが、そいつは出さねえのか」
 野卑な煽りに痛々しく目を瞑る。寒い芝居をかましてしまったのはどうやらこちらのようだ。全てばれている。となれば畢竟、行きつくところまで行かねばならないか。
 いや、あるいは――頭の片隅に過ぎる陰惨な思い付きを隠すように、キターブは俯く。
 片頬をひきつらせ、彼らには見えないように笑う。
「……貴様ら、それが何か分かっているのか」
 洞の奥、立てかけられた青銅の杖に目を向けると、男たちがその視線を追う。
「さあな。H.O.P.E.が出張るってことは、ただの骨董品じゃなさそうだ」
 男が杖に手を伸ばそうとするのを叫んで止める。
「そのオーパーツに触るなッ!」
 キターブの怒号を聞き、男がいやらしく笑う。
「へえ、こいつ、オーパーツだったのか! そうか、そりゃあいい。セラエノだっけか。奴らに吹っかけりゃあ金に――」
「やめろッ!」
 言いながら、キターブは地を蹴って低く飛んだ。目の端に捉えたのは、膨れ上がる青銅に押し潰される男たちの姿だった。
 岩の道を転げ落ちながら、盗掘団がいた場所からの断末魔は途切れていた。代わりに現れる見慣れた姿。長く巨大な体。青緑の皮膚。大蛇、それ以外の何ものでもない。
 全身が青緑の錆色に染まった岩蛇。いや、まさに青銅の蛇と呼ぶべきだろう。奴は最低でも三人の人間のライヴスを食らった。少なく見積もってもデクリオ級――この世界遺産のど真ん中で。
「はっ……ははっ、ははははっ!」
 思わず笑けてくる。我ながらどうしようもない外道だ。盗掘団に奪われるくらいならと彼らを生贄にし、観光客や研究者が入り浸る世界遺産の地に従魔を呼び出す。しかし脳髄の冷えた部分は現在の状況を客観的に分析していた。
 彼らはオーパーツと知らずに青銅器を扱おうとしていた。遅かれ早かれこのような事態は起きただろう。そんな連中の手に渡る危険性を鑑みれば、まだデクリオ級の召喚で済んだとさえ言える。そしてその現場に事情を知るオペレーター。迅速な対応が可能だ。
 既にH.O.P.E.の名を出してヨルダン観光局から頭越しにペトラ遺跡の警備や周辺警察に避難指示を要請してもらっている。岩蛇は谷から顔を出すほどの巨体を這わせながら、ほぼ西へと向かっている。
 ああ、とキターブは感嘆した。悲しいほどに予想の通りだ。
 目の前のライヴスよりも強固な目的意識。従魔自体の性質か、あの青銅器にかけられた魔術の効果か。
 あれは約束の地を目指している。乳と蜜の流れる土地。地中海と死海に挟まれた肥沃の地。
 従魔によるエクソダスなど、許すわけにはいかない。

解説

・目的
 岩蛇の討伐。

・敵
 岩蛇。完全なる青銅器が三人分のライヴスを吸収したもの。少なくともデクリオ級と思われる。
 深い谷から顔を出すほどの巨体であり、全身が青銅で出来ている。

・場所
 ペトラ遺跡最奥部のジェヴェル・ハールーン。そこから西へ向かっている。

・状況
 谷深く、起伏の多い土地柄であるため、移動に支障がある。
 現場は世界遺産であるため、被害は最小限であることが望ましい。
 岩蛇は青銅器そのものから現れたため、青銅器の回収は困難と思われる。

リプレイ

●紅い谷の地へ

 垂直離陸機のローター音が響く機内では、リンカーと英雄たちが作戦に向けて準備を進めていた。
『あれがペトラ遺跡か。このような時でなければゆっくり見学したいものだ』
 巨体はシートに深く沈めながらキルライン・ギヨーヌ(aa4593hero001)が呟く。
「状況次第では崩壊してしまうのが残念だな」
 隣に座るオルクス・ツヴィンガー(aa4593)も同意する。映画の舞台になることも多い遺跡だけに、従魔の暴れ方次第では崩壊の危険があることを考えると憂鬱な気持ちになる。
『それをさせぬ為の我等だろうに』
「分かっている。だが楽観はしない」
『無論だ。危険を軽んじる者は長生きできん』
 危険と言えば確かに危険だ。今回は制約が多く、それがそのまま作戦内容の難易度と危険を増している。
「従魔を内部で討伐し、かつ遺跡への被害を最小限に……。随分と負担が大きい依頼だね」
 紀伊 龍華(aa5198)が難しい顔をする。これまでの従魔も討伐は決して楽ではなかった。しかもさらに体が大きいとなると、討伐するのにどれほどの労力が必要か、今から考えるだけでも少し憂鬱になる。
『一々そんなのに従う必要はないですよ。従魔を討伐することに集中したほうが良いです。二兎を追う者は一兎をも得ず、というです』
 ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)があっけらかんと言い放つのに、紀伊は気圧されるようにのけぞった。
「いや、流石に無視するわけにはいかないから……」
『とはいえ難題であることは変わらぬ。あくまで善処の域に留めておくのがいいだろう』
 向かいの席に座っていたナラカ(aa0098hero001)が言う。オペレーターからの依頼を蔑ろにする意図は彼女にはない。必要がある限りにおいて躊躇もなく、相手に猶予を与えるつもりがないだけだ。
 それにしても約束の地――成程、神話の道筋を追う従魔かと、彼女としては興味深そうに頷いた。“おおぱあつ”としても中々に面白い。とは言え愚神従魔の類を見逃す理由もない。約束の地に辿り着けばどうなるのかと興味が惹かれない訳でもないが、それはそれである。
 隣の八朔 カゲリ(aa0098)はシートに深く体を沈めて瞑目している。眠っているように落ち着いているが、その奥底でライヴスが熾火のようにくすぶっている。いつ戦闘になろうとも十全に力を発揮できるよう、静かに備えているのだ。
 垂直離陸機が旋回のために大きく傾き、横Gがぐっと体を押さえつける。ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は機内に固定されたラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)のハーネスに器用に寄り掛かり、微動だにしない。
「そのまま埋めておけばよいものを。人の欲望とは計り知れんのである」
 腕を組んで溜息を深く吐き出す。この手の話はどこにでもあるだけに、またなのかと多少辟易する。
「……たらふくライヴズを喰らって肥えに肥えまくったどでかい蛇でありますか……蛇と言っても動く石くれ、粉砕するのは訳ないのであります」
『いやー、今回はマジで楽っすね。敵のなかを無理やり突撃する必要もねぇし』
 同じように固定されたオブイエクト266試作型機(aa4973hero002)に座るサーラ・アートネット(aa4973)はブリーフィング内容を読んでいる。巨大な蛇の形をした従魔。悪路の多い渓谷地帯。多脚戦車が運用するのに適した状況と言える。
「でかいと言っても小山ほどであるか。小官の国を食った奴には遠く及ばんな」
「砲撃目標として申し分ないですね」
「敵が谷底から出てこない場合、曲射射撃が必要だろう。サーラ、弾道計算のプログラムを確認しておいてくれ」
「了解です! ソーニャ上官殿」
 傾いた機体の窓からはペトラ遺跡の紅い岩山や渓谷が確認できる。旋回しながら降下しつつある。そろそろ着陸するのだろう。
 窓から地表を見つめているエミル・ハイドレンジア(aa0425)が小さく嘆息した。
「ん、案の定、次が目覚めたんだね……」
『起こるべくして起こった、と言った感じか』
 ギール・ガングリフ(aa0425hero001)にしても、今回の事態は予測の範疇だった。あの男は近々、かならず従魔を呼び込むはずだという謎の信頼を抱いていた。
「ん、スケジュールを空けておいて、正解だった」
 ハニー・ジュレ(aa5409hero001)がどこかつまらなそうに鼻を鳴らした。
『病院を抜け出して従魔に遭うたと? あやつもしょうがないのう』
 今回もキターブがオペレーターとして居合わせている。しかも彼はわざわざアレキサンドリア支部近くの病院を抜け出し、自分で飛行機をチャーターして一人で訪れたのだと言う。
「何が彼をそうさせているのかな。怪我、酷くなってなければいいけど」
 乙橘 徹(aa5409)はむしろキターブの動機のほうが気になった。従魔の発生に居合わせる彼の調査力は大したものだが、そもそもどうして入院するような怪我を推してまで現場に赴いたのか。
「……また彼が見つけたんだろうな」
 麻生 遊夜(aa0452)が呆れ気味に言う。いい加減、青銅器、従魔、キターブという取り合わせに慣れてしまった。プリセンサー並に従魔を事前に察知する手腕はなるほどオペレーターとして優秀なのだろうが、どう考えても妙としか思えない。
 垂直離陸機がローターの角度を変え、地表に降下していく。眼下の遺跡や建物の周りには人ひとり確認できない。既に避難が行なわれているのだろう。
『……遺跡の外には、出せない……でも遺跡の被害は、最小限に』
「キツイことを言ってくれる……が、両方やらなきゃならないのがエージェントの辛い所かね」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の肩を叩いて励ます。しかし麻生の目にいつもの柔和さはなかった。前回の作戦同様、キターブが迅速な対応をしてくれたおかげでエージェントとして素早く対応できている。結果論としては良いのだろうが、前回のときに皆が言ってたように文句の一つも言いたくなるだろう。
 今回初めて参加するエージェントもこれまでの経過報告は読んでいる。口には出さずとも訝しむような雰囲気があることを麻生は感じていた。
「やれやれ、こんな状況で来たくなかったな」
『……ん、世界遺産……映画で見た、観光したい』
 ユフォアリーヤの髪をくしゃくしゃと撫でる。作戦が終わったら観光できるか訊ねてみるのもいいだろうと麻生は考えていた。


●疑念は晴れずとも

 キターブが焚いた発煙筒を目印に垂直離陸機が着陸する。そのすぐ下の谷からは厳めしい地鳴りが続いている。巨大な岩蛇が谷底を這っているのだ。
「こんなに近づいて大丈夫なのか?」
「心配ない。人間なんぞには目もくれずにいるよ」
 真面目に訊ねたオルクスに対し、キターブがどこか楽しそうに答える。彼特有の諧謔味なのだろうか、ここまでくると嘘寒いほどだ。
「ここから西に長い谷が続いている。上方から攻撃するならうってつけだろう」
『谷の下には遺跡があるのではないのかえ? ここで戦えば被害は最小限では済まぬぞ』
 ナラカが少し意地悪そうに訊ねるが、キターブも同じように笑っていた。
「そりゃあ場所柄、派手にやれとは言えんさ。だが壊れ方が良ければ未発見の遺跡が見つかる可能性だってある。好きにやってもらって構わないよ」
「ん、いいの? そんなこと言って」
 心配そうなエミルを見て、キターブが少しだけ態度を大人しくする。
「いいさ。従魔が討伐される限り、誰にも文句は言わせない。そして俺は君たちが従魔を討伐すると確信している」
 だから何も問題はない。キターブはそう断言する。その真面目くさった様を見てナラカは呵々大笑した。そこまで信じてもらえているなら、自分たちの行なうことはただ一つだ。
 垂直離陸機のハッチから降りてきた麻生が、キターブの胸倉に手を伸ばした。きな臭い雰囲気に皆が注目する。
「どういうつもりだ?」
「いきなり挨拶だね。どう、とは?」
「あんたが呼び出しているんだろう。一連の従魔を」
 一同にさっと緊張が走る。ここまで直截に詰問するとは誰も予想していなかった。
「そうとも言える。俺の活動で従魔の出現が早まったのは事実だ」
「だったら――」
「寝かせておいたほうがよかったかね。もう二、三年? その間にセラエノかマガツヒが見つけるぞ」
「その代わりがこの騒動か」
「大都市じゃなくて本当に良かった」
 襟元を掴む拳がみしりと音を立てる。そして麻生が振るうように手を離すと、キターブはよたついて尻餅をついてしまった。
「非能力者だの雑事がどうだの云々より、起こった事件の後始末の方に手を割かれる方がキツい。その貴重な戦力一人で良かった所が、結果的に八人駆り出されてるということを自覚して頂きたい!」
 眼鏡の奥で厳しく目を怒らせ、麻生は言い放った。
「……ああ、以後気を付けよう」
 キターブには、そう返事するのが精一杯だった。
 リンカーたちも各々に準備を急ぐ。ソーニャはラストシルバーバタリオンと共鳴し、足裏のキャタピラをフル回転させて滑るように従魔の前方へと急ぐ。同じようにオブイエクトに乗り込んだサーラは高台に昇り、攻撃位置を確保する。
 オルクスや紀伊たちもそれぞれリンクを行ない、谷底を進む岩蛇を追うように崖の縁を走る。八朔とナラカもライヴス光を伴いながらリンクを完了し、崖上を怖がりもせず走り去っていった。
 乙橘に支えられながら立ち上がるキターブは、それを見て満足そうに頷く。脇腹の痛みに顔を歪めると、乙橘がケアレイをあてがってくれた。
「あなたの情熱はわかりましたから。命より大事な夢なんですね」
『従魔の出現に迅速な対応ができたのは結果オーライじゃが、若いもんが死に急ぐのは感心せんのぅ」
「死に急ぐなんて大げさだな。痛みもそれほどじゃない。麻生さんも加減してくれたし」
 痛みが徐々に引いていき、脂汗がようやく止まる。
「見た目ほど怒ってはいないさ。彼は頭のいい男だ。皆の前で釘を刺したんだよ」受け取った霊符を湿布のように脇腹に貼りつけながら言う。「麻生さんみたいなことはみんな思っていたろうさ。作戦前にそういうものを抱えていると士気が下がる。だから発散させたんだろう」
 苦労性だよねえと他人事のように呟くキターブ。
「まるであなたが悪者みたいじゃないですか」
「そりゃそうだろ。次々と現れる従魔。そこに必ず居合わせる男。どう考えてもおかしいじゃないか」
 自分で言うのかと乙橘は呆れてしまうが、確かにそう思ってしまうのも事実だった。
「ただねえ、そうと分かっていても赴かざるを得ないんだ。僕たちは」
 キターブは乙橘から離れ、その背中を押す。
「さあ、君も行きたまえ。それが大事な仕事だ」


●青銅蛇、西へ

 岩蛇を追走しながら、麻生は顔を苦くしていた。リンクしているユフォアリーヤには心情が痛いほど伝わってくる。
「……あの手の奴は言っても聞かないだろうがな」
『キターブさんのこと?』
 ユフォアリーヤが訊ねると、麻生は小さく頷いた。
『……お騒がせキャラが、定着しそう……だねぇ』
 コロコロと笑うユフォアリーヤ。彼女も麻生もキターブのことはそれほど嫌ってはいないが、危険を顧みない調査方法には変更の必要があると感じている。
「今度バディ付けるよう進言してみるか、監視役に」
 それがいいと二人で言い合う。相棒がつけば彼も無茶なことは出来なくなるだろう。
 大型リボルバーであるアルター・カラバン.44マグナムに実包を装填する。崖下を確認すると、麻生はそこから思い切りよく飛び出した。
 左腕に抱えたロケットアンカー砲を崖上に突き刺すと、落ちる麻生の体が大きく弧を描いて岩蛇へと接近する。高速ですれ違う一瞬に、44マグナムを全弾ぶちこんだ。
 アンカーを駆使した立体起動による至近距離からの射撃は岩蛇の背中に大きなクレーターを作ったが、動きを止めるには至らなかった。マグナム弾が削り取った箇所はすぐに盛り上がって再生を始めている。これまでの岩蛇と同等かそれ以上の再生力だ。
「これが完全体か……」
『……ん、おっきいねぇ』
 多少削った程度では注意を引くこともできない。アンカーを巻き上げて崖上に戻った麻生は、進行方向と地形を見て、従魔を止める罠を設置する場所を確認した。
 対岸ではキャタピラから砂煙を上げてバタリオンが走っている。
「でかぶつにはでかぶつ向けの闘い方がある。小官が貴様に戦争を教育してやろう」
 多脚戦車のコクピット内でほくそ笑むソーニャ。頭部砲の仰角を調整し、ライヴス砲弾を斉射する。放物線を描いて崖下へうまい具合に吸い込まれていった砲弾が岩蛇に命中する。ときおり起き上がるように首を上げるが、リンカーたちには見向きもしない。
 さらなる砲撃が岩蛇に命中する。それはサーラの乗るオブイエクトからのものだった。
「硬ぇ……でありますね。まぁ今回は別に邪魔がないから、気にせずぶっ壊れるまでバンバン撃ちまくってやるのであります!」
『さーらんさーらん、口調がアイドルじゃねぇっすよ』
「うるさい! 今は関係ないだろ! 黙って次弾装填してろであります!」
『ちょ、中で足蹴しねーでくだせぇ』
 下士官の微笑ましいやりとりが通信から聞こえてくる中、ソーニャは冷静に砲撃効果を観測する。やはりこの程度では従魔を脅かせない。まるきり無視というのも癪だが、それならそれで都合がいい。
「サーラ、MRSIで行くぞ」
「了解です! ソーニャ上官殿!」
 崖から少しく離れた岩山。通信を受けたサーラがオブイエクトのコクピット内でコンソールを素早く操作する。ライヴス通信を音声や位置情報に限られていたものを、戦術情報システムのレベルまで引き上げる。
「戦術情報システム、リンク開始」
「リンク確認。サーラ伍長、弾着予測、送れ」
「弾着予測、敵従魔、頭頂部」
 互いに情報が行き来し、オブイエクトから砲撃目標と現在位置からの弾着予測が送信される。それを確認したソーニャが命令を発する。
「弾着予測情報、確認。斉射三連、開始せよ」
「了解。主砲斉射三連……てぇッ!」
 オブイエクトの背負った砲身が唸る。微妙に仰角を変えながら放たれた砲弾は、異なる放物線を描きながら飛んでいく。
 それをバタリオンのコクピット内で精査するソーニャ。弾道計算も仰角設定も済んでいる。あとはサーラが放った砲弾に合わせてこちらも放つだけだ。
 オブイエクトに遅れてバタリオンの頭部砲が火を噴く。僅かに仰角を下げながら発射された砲弾は、谷底の目標を狙うために極端な曲射軌道を取っている。
 それぞれ異なる放物線を描く六つの砲弾。それらは空気を引き裂く金切声を上げながら、一つの場所に、同じタイミングで命中した。
 赤い谷底から轟音と噴煙が上がる。火山の噴火と見紛うそれは岩蛇の頭部の大半を吹き飛ばし、地面に叩きつけた。
 MRSI。マルチプル・ラウンド・サイマルティニアス・インパクト。仰角を変えながら連射し、多弾頭を一カ所へ同時に弾着させる砲撃技術である。互いに情報を共有した多脚戦車二両によるライヴス弾頭六発の同時命中が、ようやく従魔を平伏させた。
「オオオオアアアアアアアアッ!」
 岩蛇が初めて叫ぶ。弾頭の炸裂で煮えるように溶けた青銅を振り乱し、頭を殊更に高く掲げた。その鎌首が狙うのは、正面にいたソーニャであった。
「グイラバーデストロイモード起動!!」
 音声を受けたラストシルバーバタリオンが超過駆動モードへ移行する。全身がライヴスによって輝き、急速に前進しながら頭部砲を連射する。圧し掛かるような噛みつきを寸で見切り、横合いの至近距離から12.7mmカノン砲を浴びせかける。上顎が砕け散り、口の中が顕わとなる。しかしその目はまだ、ソーニャを睨みつけていた。
 砕けた口を開き、再び呑み込もうとする岩蛇。ソーニャと入れ替わりに飛び出した影が、その下顎に深々と食い込んだ。
「ん~、どっこいしょ~」
 気の抜けそうな掛け声をまるで裏切る苛烈な剛剣が、岩蛇の下顎を半分以上斬り飛ばした。それでも抵抗する岩蛇の側頭へ紀伊が飛び蹴りをかます。蹴り足に飛盾『陰陽玉』を装備し、それごと叩きつけた。
 巨大な青銅がよろけ、岩蛇の首が力なく仰け反る。その様をオルクスは谷底から眺めていた。
「オルクスさん、そろそろだ。頼むぞ」
「了解。こちらでも見えているよ」
 崖上に控えている麻生がオルクスに通信する。彼の足元に固定されたアンカーは長く伸び、対岸の崖の付け根まで伸びていた。同じようなアンカーがちょうど互い違いに張り渡され、渓谷に×印を描いている。
 オルクスと麻生と協力して張ったワイヤーの罠に岩蛇がもたれかかる。巨大な青銅の塊が圧し掛かり、食い込んでいたアンカーが耐えきれずに岸壁から飛び出した。
 それが目の前に勢いよく落ちると、オルクスはアンカーを素早く拾い上げ、引っ張り上げて再び地面に打ち込んだ。
 その調子で他にもワイヤーやアンカーで岩蛇を縛り上げ、谷底へ縫い止めるように固定してしまった。
 キルラインが深く鼻息を吐いてその様を眺める。
『ともかく動きは止めたか』
「ああ、一先ずはな」
 他のメンバーも谷底に集結しつつある。ここは最大攻撃力を投入して一気に決着をつけるべきだろう。
 しかし岩蛇も諦めない。呻きながら体を揺すり、ワイヤーを外そうとしている。
「上手く拘束できましたね」
 飛盾に器用に乗りながら紀伊が谷底に降りる。皆が集まったらまず頭を砕き、次いでじっくり体を砕いてしまえばいい。
 従魔から少し離れて他の者たちを待っていた二人だったが、あることに同時に気が付いた。もぞもぞと蠢く従魔の頭が、地面から徐々に離れつつある。
 オルクスの顔に緊張が走る。頭は特に厳重に縫い止めた部分だ。他の部分ならともかく、先ほどまで微動だに出来なかったはずだ。
 紀伊は飛盾に乗り、従魔を俯瞰した。そしてある意味で拘束が解かれつつあることをすぐに看破した。
「……すり抜けているんだ、再生しながら」
 上から見れば一目瞭然だった。ワイヤーに岩蛇の体に深く食い込んで多くのひび割れを作っている。だが同時に割れた傍から岩蛇は再生していた。その分だけ体が浮かび上がり、徐々に自由度を広げている。
 紀伊から報告を受けたオルクスは僅かに逡巡した。このまま仕掛けるべきか。しかしさらに砕けばとどめを刺す前に拘束を解いてしまいかねない。
 その間にも岩蛇は蠢動を強めている。ともかくやるしかないと覚悟を決めて大剣を取り出したとき、濃い影がさっと彼を過ぎった。
 次の瞬間、巨大な岩蛇の首が半分ほどまで切り裂かれ、青銅の破片が荒々しく飛び散った。これまで待機していた八朔が飛びかかり、天剣『十二光』で斬りつけたのだ。
 拘束など関係ないと言わんばかりに八朔がさらに剣を振り下ろす。それは意外なほど容易に青銅の体を切り破ってしまった。そのまま踊るように剣を振り回し、岩蛇の体をずたずたに切り刻んでいく。
 その様に驚いたオルクスだったが、すぐに得心した。ワイヤーをすり抜けてはいるが、そこはつい先ほどまで割れていた部分だ。再生したと言っても、そうでない部分と同じ防御力をすぐには発揮できない。ならばワイヤーが通った部分は他よりも脆い。剣で容易に切り裂けるならば、拘束が解けても岩蛇をばらばらに出来る。
 取り出した竜爪の大剣でオルクスも斬りかかる。案の定、ワイヤーが通過した部分は他より脆く、容易に斬り抉れる。
「みんな、ワイヤーが食い込んでいるところを攻撃するんだ! そこは他より脆くなってる、一気に切り崩すぞ!」
 オルクスの呼びかけに応じ、リンカーの皆が岩蛇のいる場所に到着する。 
 崖上から飛び出したエミルは、一際大きい魔剣『ダーインスレイヴ』を思い切り叩きつけ、ワイヤーが通った箇所どころか岩蛇の胴体を丸ごと輪切りにしてしまう。そしてようやく皆に追いついた乙橘がハニーとリンクし、骸切の一閃で岩蛇の頭をずっぱりと両断した。
 崖上にいた麻生やソーニャたちが到着したときには、もはや岩蛇の体に動ける部分は存在していなかった。岩蛇の体が完全に再生をやめたのは、それからさらに五分ほど斬撃に晒されてからのことだった。


●蜜月は息を潜め

 ペトラ遺跡での作戦後、病院で無聊を囲っているキターブは屋上で煙草を吹かしていた。彼の隣に入院患者らしき男がおもむろに座る。軽く挨拶して煙草を融通すると、キターブはにやついて訊ねた。
「ここまで来るのは難儀だったでしょう、セラエノの方」
「別に。世界が我々の庭だ。どうということはない」
 セラエノの名前を出しても慌てない。近くの人気は予め払っているということだろう。
「例の品は?」
 男が短く言うと、キターブはポケットからおもむろに石くれを取り出してさっと投げ渡した。
「む、剥き身かよ……」
 少し慌てる様子を底意地の悪い顔で眺めるキターブ。
「心配いりません。銅九十二パーセント、鈴三パーセント、残りは亜鉛等の金属類。つまり――」
「……青銅。それも単なる」
「精錬の度合いは古代としては非常に純度が高いだけ。ライヴストーンの類も混入していない」
 ならばこれは――従魔を呼び寄せる青銅の破片は、一体何なのか。
「ネフシュタン。あえて名付けるならそれが相応しいでしょう」
「あのヒゼキヤ王が国中に触れを出し、砕かせたという青銅の蛇。これがそうだと言うのか」
「その一種かもしれない、程度にしか言えません。まあ要はその効果こそ重要だ」
「効果? 従魔を呼び寄せるということか」
「そうです。工夫次第では任意にね」
 キターブがさらに資料を取り出す。それには彼がこれまで遭遇したネフシュタン――従魔に取りつかれた青銅器に描かれた紋様についての詳細な解説が記されていた。
「そもそも何故ネフシュタンが砕かれたのか。それがネフシュタンの意味を消すために必要だったのです」
 これまでの飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、静かに語り始める。
「ペトラで遭遇したもの以外、青銅器は入念に砕かれた状態で発見されていた。壊す、砕く、割るなどの行為は原始的な意味において呪術の否定を表す。つまり最もプリミティブな解呪効果をもたらすのです。つまり他の方法ではネフシュタンの呪術的意味を消しきれない可能性があった。ならば砕かれる前に描かれていた紋様こそ、ネフシュタンの骨子ということになる」
「なるほど、その紋様さえ判明すれば従魔を好きに呼び寄せられる」
 あとの台詞を男が引き継ぐ。ネフシュタンの紋様は大気中のライヴスを吸引することで活性化する。ならば大気を遮断した状態で管理すれば、任意のタイミングで効果を発揮させることが出来る。
「ご満足いただけましたかな」
 男が軽く頷いて資料をカバンに入れる。そして代わりに取り出したファイルを渡してきた。
「約束の報酬だ。有効に使ってくれ」
「いつもありがとうございます」
 そそくさとファイルを受け取り、キターブは男と別れた。受け取った中身は確認しない。いつもの通り、セラエノからの貴重な情報提供だ。
 キターブはほくそ笑む。セラエノの男は従魔の召喚にのみ注目していたが、ネフシュタンの紋様にはそれ以上の意味がある。
 従魔を引き寄せる、つまりライヴスを高効率で発揮する紋様。つまりそれを施しさえすれば、あらゆる物質がライヴストーン並のポテンシャルを発揮する。グロリア社やアルターリソース、その他ライヴス開発で後塵を拝している他企業にとって垂涎の代物だ。
 セラエノもいつかそれに気づく。そしてさらなる資料を必要とする。となればネフシュタンに遭遇し、それを間近で観察してきたキターブに頼らざるを得なくなる。
 H.O.P.E.オペレーターとしての権限と、セラエノの情報網。その二つはキターブにとってなくてはならない力だ。愚神と従魔をこの世から刈り取るのに正攻法では後れを取る。ならばたとえ敵とでも内通してみせる。
 つまりまだまだこの蜜月は続くということだ。あとは静かに息を潜め、この世ならざる者たちを追い立てればいい。
 そのために自分は、H.O.P.E.にいるのだから。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    オルクス・ツヴィンガーaa4593
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • エージェント
    オルクス・ツヴィンガーaa4593
    機械|20才|男性|攻撃
  • エージェント
    キルライン・ギヨーヌaa4593hero001
    英雄|35才|男性|ジャ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973
    機械|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    オブイエクト266試作型機aa4973hero002
    英雄|67才|?|ジャ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
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