本部

ネフシュタンの欠片 ~アスクラピアの棺~

ケーフェイ

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/04 19:28

掲示板

オープニング

●クレタ島のアスクラピア

 クレタ島はピュロスの宮殿、通称『ネストルの王宮』にある玉座の間で、キターブは壁画を見つめていた。玉座の両側に侍らう翼のないグリフォン。グリフォンのモチーフは地中海から中央アジアまで広く伝播しているが、翼を持たないものはここクノッソスでしか見られない。
 日本の青銅鏡、ジブラルタルの青銅の杖に見られた図像の一種だ。しかし日本やジブラルタルで感じたもの――身の危険を感じるほど濃密なライヴスの気配はない。この壁画に従魔が宿ることはないだろう。やはりあの図像なのだ。あれらが揃い、配置されて初めて意味を持つ。
 古代人のテクノロジー。人類が早い段階で異世界存在と接触していたことは以前から指摘されていた。彼らは現代人とは異なるアプローチで異世界存在と接したに違いない。
 果たしてどうのようなことがあったのだろうか。キターブの興味は尽きない。
 ――これはX線による……石棺の中に……青銅……杖、蛇が……。
 聞き捨てならない単語がキターブの耳に入る。後ろを歩いていた学生が絵葉書のようなものを見ながら喋っていた。
「ちょっと、君!」
 思わず呼び止めたキターブは先ほどの台詞と学生が持っていた絵について訊ねた。
 それは単なるイラストで、青緑色の杖が描いてある。長い杖に蛇が巻き付いたもの。丁度ジブラルタルで出土したものを修復したならこうなるであろうと思われるほど酷似していた。
「これは、この青銅器はどこで?」
「これですか? 近くにあるアスクラピアの遺跡で見つかったものです。石棺の中に入れられてまして、これはその予想図です」
「アスクラピア? この辺りの地名かい?」
「いいえ。アスクラピアとは、古代ギリシャにおける病院のことですよ」
 キターブはぶるりと身を震わせた。強く着想するものがあったのだ。
「病院、アスクラピア……アスクレピオスか!」
 アスクレピオス。ギリシャ神話における医学の神。彼の持つ杖にはケリュケイオンと同じように蛇が絡みついている。
「はい。これはアスクレピオスの杖をモチーフにしたものと思われます」
 これだ。キターブは確信した。これは同類だ。日本やジブラルタルで出土したものと同じものだ。
 アスクレピオスの杖――蛇や龍を中心としたモチーフ。
「この現場に連れて行ってくれ。今すぐ!」


●アスクラピアの石棺

「HOPEのキターブ・アルセルフです。責任者はおられますか」
 遺跡の奥にある石室の中に入るなり、キターブは怒鳴るように言った。室内の中心には石棺が鎮座しており、教授と思われる老齢の男がうっそりと立ち上がる。
「私がそうだが? こんなところのH.O.P.E.が何の用かね」
「この遺跡は従魔発生の危険が高い地域として封鎖します。急ぎ撤収の準備を」
「いきなり現れて無礼な! 一体どんな権限があってのことだ」
「あなた方が現在発掘している青銅の欠片と酷似したものが既に日本とジブラルタルで発見され、いずれも従魔は発生させて周辺に被害を及ぼしているのです。これもまた従魔による被害を起こしかねません」
「理由がどうあろうと、そのような言だけでは対応しかねる。きちんとした証拠を提示してもらわねば」
 当然の要求だ。手順としてはそれが正しい。しかしキターブはひしひしと感じていた。窮屈な石室に充満するライヴスの気配を。
「事は一刻を争うのです。どうかーー」
 言い差し、ばきんと大きなひび割れの音が重なる。見れば奥の石棺を封じていた詰め物が砕け落ちている。
「……蝋付け、ですか?」
「いや、泥だ。石棺の隙間に詰められている」
 教授の解説にキターブは訝しむ。そのような様式、聞いたことがない。
「泥。まさか、封泥ですか?」
 泥による封印は封泥と言われ、中国で広く発達したが、起源は古代シュメールにまで遡る。
「ああ。よほど厳重に保存したかったのだろう。この辺りの風習とは異なっているが」
 古代ギリシャの様式ではない。つまり渡来したのだ、他の場所から。
「……中身はなんですか」
 しつこく訊ねるキターブに、老教授はつまらなそうに言った。
「単なる青銅の杖だ。アスクラピアの遺跡ということで何かの医療器具かとも思ったが、とんだ見当違いだったよ」
 開封されていないことを示す封泥の印章がさらにひび割れていく。石棺の隙間を埋めていた泥も同様だ。空気に晒されて急速に風化しているのだろう。
 そう、空気だ。それが引き金なのだ。図像を宿した青銅器が空気を――クリエイティブイヤー以降、大量のライヴスを含有してきたこの世界の大気を吸い込むことで親和性を高め、ライヴストーンのような性質を帯びる。それが結果的に従魔を引き寄せるのだ。
 考察を遮断したのはさらなる鳴動だった。立っているのも難しいほどの揺れに、キターブはこれ幸いと教授達を石室から追い立てて避難するように促した。
 一瞬、石室を満たしていた空気が希薄になる。キターブは直感した。青銅器が吸い込んだのだと――
 その直後、衝撃が石棺から広がった。砕け散る破片をまともに受けたキターブは壁に叩きつけられ、崩れ落ちる岩に巻き込まれてしまった。近くにあった発電機も潰され、盛大な火花を上げて電球が割れ、石室が一気に暗闇に包まれる。
 電球が放つ残り火のような火花の他に、暗闇の中で光るものがある。僅かな光を跳ね返す蛇の目。キターブは息を荒げ、歯の根を震わせた。身動きの出来ない密室で従魔と相対することは恐怖以外の何ものでもない。
 従魔の息遣いを間近に感じる。目をまともに見てしまう。異世界存在の視線が、彼に反応を許さない。
 バチバチと跳ねまわる火花。僅かな閃光で確認できたのは白い石と青緑のまだら模様。これまでの青銅器をそのまま取り込んでいたものではなく、全身に吸収している。これでは取り除くのは難しい。
 そうしてどれほど時間が経ったのか、やがて気配が遠ざかっていく。岩の隙間から、従魔が天井を砕いて上に向かっているのが見える。あの従魔もこれまでと同様、周辺の鉱物を吸収して巨大化していくことだろう。
 だが今は見逃された。何故だ、この近距離で。より大きなライヴスを見つけたのか、あるいは――
 自分の無事を喜ぶ暇もなく、震える手を何とか動かしてH.O.P.E.支部に連絡を入れる。
「こちら、キターブ。クレタ島にて従魔……エージェントを、早く……」
「キター……今、どこに……従魔、情報を……」
 スマホから雑音が聞こえる。支部の人間が何か喋っているのだが、それを言葉として認識できない。意識レベルが低下するのを感じながら、それでもキターブは気力を振り絞った。
「……敵は、全身、青銅を、吸収……。弱、点、あの蛇の、弱点、を……」
 そこまでが彼の限界だった。スマホの明かりが岩の隙間に落ちていくのを待たず、キターブは意識を手放した。

解説

・目的
 敵従魔の撃破。

・敵
 岩蛇。青銅と石や岩で体を構成している。周辺の鉱物を吸収し巨大化するものと思われる。

・場所
 ギリシャ・クレタ島の遺跡。

・状況
 人里からは離れており、観光客も殆どいないが、遺跡の発掘を行なっていたチームが避難中のため近くにいる。

リプレイ

●クレタ島へ

 現場近くへと急ぐジープの中、紀伊 龍華(aa5198)が神妙な顔つきでいる。既に英雄とリンクしている彼は支部から渡されたブリーフィング内容を読み返していた。
「また蛇……か。しかも特殊な性質付き」
『ここまで関連性があるとまるでその瞬間ではなく、前々から従魔が取り憑いているかのようですね』
 ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)も従魔の正体は気になっていた。青銅器から現れる蛇という取り合わせは、キターブが関わった事件に共通している。
「もしくは大元となるものが遣わせているかとか……ね。今は人命救助が優先だ。早急に取り掛かろう」
 麻生 遊夜(aa0452)は前回の報告書を軽く斜め読みし、今回の場所柄と結び付けて考えていた。青銅器に取りついて現れる岩蛇。今回も似たような事象かもしれない。
「ギリシャのクレタ島か。青銅の杖……カドゥケウスは使者が持つ杖と言うだけだった筈……いや、古代ギリシャにはもう一人、蛇杖を持つ存在がいたな?」
『……ん、お医者さんの方?』
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)が促す。よく混同されているが別の存在、二体の蛇が絡み合い上部に翼があるカドゥケウスと違い一体の蛇が巻き付いた杖を持つ者、医術の神アスクレピオス、こちらには弱点にまつわる逸話がある。
『……愛された神の子、死者すらも蘇らせた……冥府の王が怒り、主神が雷霆にて撃ち殺す』
 ユフォアリーヤが朗々と歌い始める。ギリシャ神話の絵本より、子供達の寝かしつけのネタに使った覚えがある一節だ。
『……つまり、弱点は稲妻……電気?』
「可能性はある、無いよりマシ程度だが……ま、贅沢は言えん。キターブさんから話を聞ければ確実なんだが」
『……ん、出来る事を……やる、何時も通り』
 リィェン・ユー(aa0208)もキターブが関わった事件の報告書を読んでいた。青銅器から現れ、周囲の鉱物で体を形成する従魔。放っておけばどんどんと巨大化しかねない。
『次第に巨大化していく敵とかものすごく面倒なのじゃ』
 イン・シェン(aa0208hero001)は呆れた様子で呟く。
「まったくだ……できるだけ早く終わらせなきゃいけないな」
『何か明確な弱点でもあればいいのじゃがな』
「そこは情報待ちってことで俺らは被害の拡大を防ぐ方に回ったほうがいいだろう」
 逢見仙也(aa4472)も彼らと似たようなことを考えていた。現場に来ていたキターブから直接話が聞ければ敵との戦いを有利に進められるかもしれない。
「そういやあのおっさん、もうトンずらしたのかね?」
『戦うのに集中しろ。暴れられて色々御終いは困るだろ?』
 ディオハルク(aa4472hero001)も彼を気にかけているが、今は従魔の存在こそ重要だ。
 八朔 カゲリ(aa0098)とナラカ(aa0098hero001)は揃って車窓からの景色を眺めていた。二人とも作戦に興味がないわけではない。既に覚悟を決めているのだ。救助や避難もそれほど気に留めていない。状況の元凶である従魔を抹消すれば済むことであると達観しているのだ。
「通報してくれたオペレーター、巻き込まれるのはこれで三度目らしいな」
 日暮仙寿(aa4519)が感心した声を上げる。H.O.P.E.職員であるキターブ・アルセルフからの通話が途中で途切れ、支部は彼の安否確認も含めた作戦を彼らに依頼した。ブリーフィング内容にもキターブが最近取り扱った事案が凡そ書かれている。
 不知火あけび(aa4519hero001)も同じものを読んでいた。従魔が現れる現場に悉く現れるところを見ると、何か因縁があるのではと思えてしまう。
『キターブさん、無事だと良いけど……ひょっとして従魔を引き寄せる体質なんじゃ?』
「引き寄せられる体質かもしれないぞ。あいつの勘が鋭いのか、それとも……」
 ハニー・ジュレ(aa5409hero001)もそれには大いに頷いた。
『それにしても、弱点を言いかけて落ちるとは、焦らすのう』
「……電話からどれくらい経った?』
 乙橘 徹(aa5409)が気に掛ける。スマホで確認すると、キターブからの第一報から一時間以上が経過していた。彼は遺跡などの地下施設で従魔と遭遇し、崩落等に巻き込まれたと思われる。その場合、およそ二時間以上で圧迫によるクラッシュ症候群の症状が現れる。そうすると生存率は加速度的に削減してしまう。従魔による被害も防がなくてはだが、彼の安否も心配だった。
 エミル・ハイドレンジア(aa0425)もキターブのことは気になっていた。
「ん、またキターブ、巻き込まれてる……」
『巻き込まれていると言うよりは、ある程度危機感を感じ自ずから赴いているのだろう』
 ぬいぐるみのままギール・ガングリフ(aa0425hero001)が鷹揚に頷いた。
「ん、一連の件、真相が分かる日も、近いのかもね……」
『何れにせよ、ここまで関わったのだ。放っておくことなど出来はすまい?』
「ん…! もちのろんろん……!」
 ジープが荒々しく停車した。誰に促されることもなく、彼らは次々に車から飛び出した。


●サーチ&デストロイ

 高台を見つけた日暮が不知火とリンクを行ない、飛ぶように昇って鷹の眼を使う。拡張された視覚で周囲を浚うように眺めると、森から顔を出すほどに巨大化した従魔の姿が早速見つかった。
 その向かう先に目をやれば、少数の人たちが逃げていくのが見える。恐らく報告にあった遺跡の発掘チームだろう。
 スマホを取り出し、日暮は従魔と発掘チームの位置を全員に伝えた。それを受けたエミルは発掘チームの避難誘導へ向かう。他のメンバーは従魔を迎え撃つべく走り出した。
 それを確認した日暮があることに気づく。
「キターブさんが見つからない……!」
 逃げていく発掘チームの中にキターブの姿が見当たらない。やはり遺跡の崩落に巻き込まれ、逃げ損ねているのだ。
『という事は遺跡内部か? とにかく急いで従魔を追うぞ』
「キターブさんのところには僕と紀伊さんで行きます!」
 元気に返事をする乙橘。既に彼らは英雄を伴って従魔が現れたであろう遺跡の位置へ急ぐ。敵が来た道を辿れば、自ずと現場に辿り着ける。
 白い岩と青銅の斑模様をしている巨大な蛇が林を進む。木々を薙ぎ倒して真っ直ぐに街へ向かっている。動きはそれほど早くはないが最短距離を進んでいるため、人がいる場所に出るまでそう時間はかからないだろう。
「まずは足止めと行こうか」
 既にユフォアリーヤとリンクを行なった麻生は、巨大なガトリング砲を軽々と肩に担ぎ、すぐに引き金を絞った。
 暴力的な銃口炎から吐き出された無数の弾丸が、岩蛇の頭にぶち当たる。麻生のガトリング砲『ヘパイストス』の制圧射撃がまずは機先を制する。
 岩蛇の表皮が激しく削れて飛び散るが、すぐに盛り上がって埋め合わせてしまう。それを確認しても麻生は制圧射撃を緩めない。こうして攻撃しておけば従魔の注意を引き付けることが出来、上手く誘導すれば人的被害は抑えられる。
 林の中、音を立てず疾駆するリィェン。その隣でインが手を伸ばす。それを受け取るように手を取ってリィェンが叫ぶ。
「リンク・スタート!」
 二人を包んだライヴスの光から、一人の男が飛び出した。全身から立ちのぼる銀の陽炎を置き去りにして、幻想蝶から一振りの剣を引き抜いた。
 神経接合スーツが彼の運動量に合わせてライヴスを活性化させ、一気に突進して屠剣『神斬』の一撃を叩きこむ。岩蛇の胴体が大きく抉れ、弾かれるように巨体がずれる。
 しかしリィェンもすぐに追撃には移れなかった。思いのほか頑強な敵の肌へ目一杯に打ち込んだため、未だに手首の痺れが抜けない。
『蛇のくせに硬いとは妙な感じじゃな」
「ま……どんなに硬かろうが俺らがやることは変わらねェ……ただ斬るのみだ」
 とはいえ工夫は必要だ。幻想蝶から取り出したネビロスの操糸を振りかざし、胴体を縛りつける。そこへ追いついた日暮が女郎蜘蛛の糸を放ち、岩蛇の動きを制限する。
 動きを鈍らせたところで浅見が振りかざした剣を岩蛇に叩きつける。霜降るように冷え冷えとした刀身を持つフリーレンサーベルが、切り口を凍り付かせるように固定させる。しかしそれも長く続かない。ばっくりと晒された断面が俄かに泡立ち、岩が盛り上がって傷を塞ぐ。
 さらに八朔が天剣『十二光』を携え、一息に連撃を繰り出す。能力者と英雄の絆が生み出す高いリンクレートによる高密度の斬撃が岩蛇の肌を削り取るが、やはり再生力が凄まじく、決定打には欠けていた。


●救助開始

 空からいきなり少女が現れたとき、彼らの混乱は頂点に達した。
 ジェットブーツからの噴炎を切って降り立つエミルは大剣を肩に担いでいた。いきなり従魔に追い立てられて恐慌状態だったため、腰を抜かしてへたり込む者もいた。
 そんな彼らの状態を心配しつつも、ギールが叫ぶように訊ねる。
『不躾ですまないが、そなたらが発掘にあたっていた者達で相違ないな?』
 年配の男が前に出てしきりに頷く。自分たちは近くの大学から発掘調査で派遣されたのだと説明した。
『我等はH.O.P.E.から派遣されたエージェントだ。そなた達の避難を任されている』
 恐々としていた様子の彼らだったが、H.O.P.E.のエージェントが避難させてくれると知ってようやく安心した様子をみせる。
 そんな彼らにエミルは聞かねばならないことがあった。
「ん、これで全員? ……他にいなかった?」
「僕らはこれで全員ですけど、H.O.P.E.の職員とかいう人がいきなり来て、でもその人は一緒じゃないんです……」
 学生の一人が答える。恐らくキターブのことだろう。やはり崩落に巻き込まれたままなのだ。
 彼らから遺跡の詳しい位置を聞き出と、エミルはすぐにスマホで全員に伝えた。
 従魔と戦闘中のメンバーはともかく、キターブの捜索に向かった者たちにとっては有用な情報だった。
 岩蛇が体を引きずった跡やエミルの話から遺跡の位置を突き止めた乙橘と紀伊は、ほどなく遺跡の崩落現場に到着した。石室の名残のようなものは見えるが、キターブの姿は上から確認できない。
 すぐにそれぞれの英雄とリンクを行なった二人は崩落現場に入っていた。リンクしても小柄な紀伊はするすると崩落箇所へ入っていく。乙橘も岩蛇が出てくる際に空けた穴から入っていくので不自由はなかった。
「いた! いたよ、キターブさん!」
 紀伊が叫ぶ。彼の目の前には体が半分以上岩に埋もれたキターブの姿があった。額からべっとりとした出血をしているが、規則的な浅い呼吸が見られる。紀伊と乙橘は協力して岩を退かし、慎重にキターブの体を取り出す。
 リンカー二人の力で岩を退かし、何とかキターブの全身が見えてきたところで、ぎしりと嫌な音が周辺から届いた。周りの岩が崩れかけているのだ。
 それを見て取った紀伊の判断は早かった。即座に幻想蝶から双盾『陰影』を取り出し、飛び回る二枚の盾を岩に密着させて支える。それだけに留まらずキリングワイヤーを辺りに張り巡らし、小さな繭のようにして崩落を防いでみせた。
 乙橘はその間にキターブの体を一気に引き抜き、抱え込んですぐさま脱出する。それを見届けてから紀伊はレイディアントシェルによる衝撃波で岩を持ち上げ、崩落現場から抜け出した。
 キターブを救助した乙橘はすぐに彼を横たえて状態を確認した。見たところ大きな怪我はない。頭を強く打っているだけのようだ。
 手慣れた所作で救命救急バッグで傷を塞ぎ、ケアレイの光を当て続けると、やがてキターブの意識が回復した。
「……こ、ここは」
「大丈夫ですか? 僕が分かりますか?」
「乙、橘。それに紀伊……? そうか、派遣、されたんだな」
 そこまで言ってキターブが目を見開き、起き上がって乙橘に詰め寄る。
「そんなことより従魔だ! また岩蛇が出たんだ!」
「ええ、分かってます。今は他のエージェントが対処してくれています。電話では何か言いかけていたみたいですけど。ここに従魔が嫌な物があったのか、それとも必要な物がなかったとか?」
「それだ! 奴はアスクレピオスの化身だ。ギリシャ神話によれば、アスクレピオスはゼウスの雷で殺される。電気が奴の弱点だ」
「確証はあるんですか?」
 紀伊が訊ねると、キターブは崩落箇所を指差して言った。覗いてみると岩の隙間でバチバチと火花を散らす発電機が見える。
「残っていた発電機の火花を見ただけで、奴は俺を無視して出ていった。目の前のライヴスを無視し得るなどよほどのことだ。でなければ今ごろ俺は飲み込まれていた」
 確かに従魔はライヴスを欲する。そのために人間を見境なく襲う。それが間近に接近しても見逃されるとすれば何かあると考えるのが普通だ。キターブのいう根拠はともかく、試す価値はあるかもしれない。
 乙橘がスマホに向かって叫んだ。
「皆さん、敵の弱点は電気です! 何でもいいから電気で攻撃してください!」
 戦闘班のメンバーから口々に了承の声が返ってくる。これで彼らの戦闘が有利に進んでくれればいいのだが。
 紀伊から貰ったヒールアンプルを皮下に注射すると、痛みの和らいだキターブが乙橘に肩を借りて立ち上がろうとする。
「何してるんですか!? まだ起きちゃだめですよ」
「……俺が遭遇した従魔だ。まだ何か、解説できることがあるかもしれない」
「もう弱点も判明しましたし、休んでいてください。あとは僕たちがやりますから」
 崩落現場から発電機を取り出した紀伊は、それを持って岩蛇のいるほうへ走り出した。電気が弱点となれば、壊れかけでも発電機で何かできるかもしれない。
 さすがにまだ動き回ることが出来ず、再びへたり込むキターブ。その体を乙橘が支える。
「よく食われずすみましたね。従魔を呼び出す出土品を追っていたらこうなることは予見できたでしょう。次からはリンカーの同伴を検討してくださいね」
 乙橘の言い様にキターブは力なく首を振った。
「リンカーは貴重だ。こんな雑用をやらせるわけにはいかんよ」


●蛇杖の化身

 戦闘の最中、乙橘からの通信を受け取った麻生は凄絶な笑みを垣間見せていた。敵従魔の弱点は電気。彼の推察の通りだ。
『やっぱりね』
 ユフォアリーヤも心の中で頷く。こんなこともあろうかと、用意は怠っていない。
「何事も備えはしておくものだ」
 麻生が幻想蝶から取り出したのは防虫電磁ブロックと小型電源システム。それをケーブルで直接繋ぎ、電圧を上昇させる。本来は微弱な電流で虫を追い払う程度のものだが、目に見えるほどのアーク光を放ちつつある。
 他の者たちが牽制してくれるなか、麻生は岩蛇の胴体に防虫電磁ブロックのベルトをばちんと叩きつけた。
 途端、岩蛇の体を紫電がざあっと過ぎり、巨体が硬直した。
 その隙を突いて、日暮が霊刀『木花咲耶』で首裏を一閃する。花びらのような火の粉を散らす斬撃で、岩蛇の延髄がばっくりと赤熱して開かれる。
「ウグウアアアッ!」
 岩蛇の尻尾が地面をなぞるように振り抜かれる。林の木々が根こそぎ薙ぎ倒されるが、動きの鈍った従魔の攻撃などリンカーたちには届かず、事前に飛び退いていた。
 だがまだ岩蛇は余力を残している。とどめにはまだ遠いらしい。
 麻生がくるくると防虫電磁ブロックを振り回して様子を見ていたとき、その後ろから叫び声が聞こえた。
「みんな、退いて!」
 皆がさっと横に退いたところで、彼らの間の何かの塊が急速に横切っていった。それはよく見れば、勾玉のような盾に挟まれた発電機だった。
 紀伊は『陰陽玉』を器用に操作し、発電機を岩蛇の至近で投擲した。狙いは過たず、岩蛇の頭に命中する。瞬間、壊れかけた発電機は最後の電荷を解き放った。
「アガアアアアアアッ!」
 強烈な電撃を食らった岩蛇は、そのまま項垂れるように地面に突っ伏した。先ほどまでならばすぐに回復してみせていたが、日暮の一撃を受けた箇所はまだそのままの傷口を晒している。麻生や紀伊が行なった電撃が功を奏したのは確実だ。
『再生が止まってるぞ。今だ、畳みかけろ』
「おし、いくぞ!」
 ディオハルクの声に応え、浅見が新たに剣を引き抜いた。さらに左手には一冊の宝典を携えている。
 浅見が右手のカラドボルグにライヴスを注ぎ込むと、次第に刀身を紫電がまとい始める。さらに極獄法典『アルスマギカ・リ・チューン』が魔術によって雷電を呼び寄せ、刀身を包み込む。
 剣が霞んで目に痛いほどのアーク光が明滅するのを確認すると、大軍に号令を下すような優雅さで剣が振り下ろされる。そこから放たれた青白い閃光が岩蛇の全身を貫いた。
 落雷のような轟音を伴った一撃を食らい、岩蛇が全身を引きつらせる。しかしまだ首は立てたまま、威嚇の姿勢を崩さない。
 それを見たリィェンが首元を撫で、装着しているスーツの調子を確かめる。
「さて……それじゃ、最後の試運転始めるとしますか」
『敵が敵じゃ。やりすぎて問題はないじゃろうが気をつけるのじゃぞ」
「了解……んじゃ、超過駆動モードアクティブ」
 音声認識による起動信号を受け取った神経接合スーツ『EL』のラインが蒼から金へと推移し、リィェンが一歩踏み出して――その姿が消えた。
 直後、岩蛇の右顔面が派手に爆裂した。続いて背の半ばが断ち割れ、下顎が突き上げられる。強化された身体能力に即応するスーツによって視認さえ難しい機動で岩蛇を翻弄する。その速度を乗せた屠剣『神斬』が岩蛇の肌を容易に切り裂く。
 リィェンが岩蛇を削る中、日暮は気配を感じて後ろを振り向いた。異様な黒い光を湛えているのは、八朔の構える天剣『十二光』だった。
「――其は終焉を告げる神火也。是生滅法、如何なるものも逃れる事能わず――」
 口訣を結び、光が勢いを増す。同じリンカーとて近づき難いライヴスを漂わせながら、八朔が一歩一歩と岩蛇に近づく。
黒い焔を収斂させた光が、ゆるゆると天頂へ向けられる。ぴんと屹立して構えるその様子は、高速で岩蛇を切り刻んでいたリィェンからも見えていた。
 機を察したリィェンが素早く岩蛇から飛び退るのと、八朔が上段から一気に振り抜くのとは、ほぼ同時であった。
 黒焔は巨大な刀身を為して岩蛇を押し潰し、ただ一撃のもと、砂の一片すらも劫火を以て焼き払った。
「ふうう――」
 灰さえ残さぬ滅却の余韻は、己がライヴスを厳かに静める八朔の残心のみだった。


●約束の地へ
 
「ん~~やっぱり稼働直後の能力の落差が気になるな」
 超過駆動モードを使用したリィェンは、体の節々に痛みを感じ、休んでいた。
『じゃな。敵に隠し玉がある場合、そこ突かれることも考慮しておくべきじゃ』
「逆にその落差を活かして敵を崩せたりできればいいんだがな」
『そういった駆け引きより今はあの状態で倒しきれる戦い方を身につけるほうが先決じゃ』
「了解……ま、年末年始で休みだし技を練るにはちょうどいいか」
『ところでリィェンよ。あのモードの起動ワードをもっとかっこよく出来たりしないのかや?』
「それは……おいおい……な」
 今回は要救助者がいるので現地まで垂直離陸機を要請しており、あとはその回収を待つのみだった。
「ん、そろそろ、護衛を連れて、発掘現場を回った方が、良いんじゃ……?」
 横になっているキターブの頭をぽふぽふと優しく手をあてがうエミルに、キターブが顔をしかめる。
「……君までそんなことを言うのか」
「こういう事がまたあるかもしれないなら、事前に防げた方が良いだろ」
 日暮も同意してみせるが、キターブにそのつもりはなかった。リンカーはH.O.P.E.における貴重な戦力であり人材だ。非能力者でも務まる雑事に拘泥させるわけにはいかない。
「ちなみに次はどこへ行くんだい?」
 日暮が訊ねると、キターブは痛む頭を押さえながらポケットから石の欠片を取り出した。
 隣にいた乙橘が覗き込む。キターブが持っていたのは掌より少し大きいくらいの石の塊だった。その表面には小さな文字がびっしりと並んでいる。
「もしかしてそれ、ヘブライ語ですか?」
 乙橘の質問に、キターブが頷いた。
「石棺が爆発したときに欠片を食らってな、そのとき服に入り込んだんだろう」
『ほう、古典ヘブル語とは珍しい。なんと書いてあるのじゃ?』
 ナラカが軽く訊ねると、キターブは石に書いてある文に目を落とした。
「ハ―・アーレツ ザーヴァト ハーラーヴ ウ・ドゥヴァーシュ」
 独特な抑揚で読み上げる。それはあるヘブライ語の一節だった。
「ん、どういう意味?」
 エミルが可愛らしく首を傾げると、キターブは淡く笑って答えた。
「……乳と蜜の流れる土地。豊かな実りの約束された場所」
 キターブは確信に近いものを感じていた。これまでの青銅器に見られた怪獣の紋様も、同じく西アジアの文化圏を示していた。恐らく青銅器はそこから流れ着いたのだ。
 そこへ行かねばならない。たとえまた従魔が現れるとしても、いやだからこそ、向かわなければならない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
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