本部

ネフシュタンの欠片 ~鍾乳の白蛇~

ケーフェイ

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/17 19:46

掲示板

オープニング

●ジブラルタルの洞窟

 日本での一件が終わってまもなく、キターブはジブラルタルへと向かった。
 フランスの端にあるイギリスの飛び地、ジブラルタル。地中海と大西洋を繋ぐ要所として古代から人が行き交っていた。
「H.O.P.E.の職員さんですか。はあ、研究で……」
「オーパーツの査定なども僕らのような下っ端の仕事でして」
「査定ですか。確かに古いものだけど、オーパーツってほどのもでは……」
 遺跡を発見した地元の考古学者を伴い、キターブは傾斜のきつい岩山の西斜面を登っていく。
 ジブラルタルを象徴する岩山『ザ・ロック』にはいくつもの鍾乳洞が広がっている。今回はその西斜面にある一つから潜っていく。観光用に整えられているような場所ではなく、入口から這いずるように降りていくのがやっとだった。
「どうやら元々あった鍾乳洞を掘削して作ったようです。恐らくは祭祀に用いたのでしょう」
 その意見にキターブは賛成する。洞窟を祭祀に用いるのは珍しいことではない。フランスのサントボームには洞窟自体が教会になっている遺跡があり、日本にも長く狭い洞窟を通って参拝する胎内神社というものがある。
 やがて辿り着いた洞窟の最奥は、剥き出しの電球で照らし出されていた。なるべく出土した状態を保っているのだろう。にじみ出た鍾乳石に埋もれるようにして据えられている青銅の錆び色がまず目に入る。
「これは、青銅の杖……」
「恐らくタルテッソスの青銅器と思われますが、アンダルシア地方で見つかっていたものとは異なっていますね」
 近づいてじっくりと観察する。青緑の錆び色。青銅に相違ない。一説には古代タルテッソス帝国は金属資源が豊富であり、特に錫の貿易で栄えたという。実際、タルテッソスの時代と思われる紀元前八世紀頃の青銅器は、ジブラルタルから北にあるアンダルシア地方を中心に出土している。
 一本の杖と、それに絡まる二匹の蛇の姿が確かに見て取れる。ところどころ砕けてはいるが保存状態は良好だ。
「蛇、いや、杖だな、これは……」
「恐らく両方かと。我々の研究チームではクノッソス神殿の『蛇の女神像』のようなものではないかと考えています」
 クノッソス。エーゲ海にあるその島はミネア文明の最盛地と言われている。そこからは両の手に蛇を握った女神の像が出土している。
 そのモチーフが地中海を介して渡ってきたと考えるのは、無理のある推理ではない。だがキターブには判じかねた。何よりこれは蛇のモチーフがありつつ杖の部分がある。だが『蛇の女神像』は杖ではなく、生きた蛇自体を握りしめる躍動感を有している。
 そして何より杖の部分に彫り込まれている図像が、先ごろ日本の青銅鏡に見られたものと同じ古オリエント的モチーフだった。僅かに見える部分だけだが、蛇の杖に刻まれた絡み合う蛇。躍動する無翼のグリフォン。四足の龍。その他の怪獣たちが彫られていることが分かる。
 スケッチブックに書き写すためさらに近づいたとき、キターブは気づいた。僅かに透ける鍾乳石の奥に、単なる模様とは違う記号のようなものが見える。
「………これは、ヘブライ文字?」
 現在、イスラエルの公用語となっているヘブライ語は現代の言語として復活しつつあるため、キターブにも見覚えがあった。だが鍾乳石に埋もれており、文章や意味を読み取るまでにはいかない。より詳しく調べるため学者に許可を取り、ハンマーとタガネで少しずつ鍾乳石を削っていく。
「あっ」
 思わずキターブは声を上げる。少し力を入れすぎたのか、大きめのひびが杖の部分まで入ってしまう。
 慌てて確認すると、うまく杖から鍾乳石が剥離していたので安堵した。しかしそれも束の間のことで、キターブはハンマーとタガネを取り落としてしまった。
 ひびは徐々に大きくなっていく。それだけではない。杖を中心に振動が広がっている。
「あ、あの、キターブさん。これは………」
 学者の男が尋ねると、キターブは彼の首根っこを引っ掴んで走り出した。
 割れた隙間から吹き出ていた臭気が、彼の本能を刺激した。感じ取れなくとも分かる。問答無用で退避を選択させるほど濃密なライヴスの気配。
 キターブがそれを確認に変えたのは、背を押しつぶすように響く轟音を聞いたときだった。洞窟全体をぐちゃぐちゃに撹拌するような衝撃から逃げるように、彼らは洞窟から飛び出していった。


●岩蛇、再び

 鍾乳洞を砕いて現れたのは、白く長い体をそびやかす巨大な蛇だった。恐らく内部の鍾乳石を吸収したのだろう。ぬめりを宿したその体は生きた蛇の質感に近い。
 恐怖と疲労でぼんやりと見上げるキターブ。起き上がっている部分だけでも三十メートル近い。それが明らかに街を目指して降りていく。岩山の西斜面を下れば、すぐにジブラルタルの街が見えてくる。そのライヴスの匂いに誘われているのだろう。
 機械的な手つきでスマホを操作し、H.O.P.E.を呼び出す。
「……こちらはキターブ・アルセルフ。ジブラルタルにエージェントを送ってくれ。至急で頼む」
 喘鳴の中でキターブはなんとかエージェントの要請を終えると、今度はすぐ地元の警察へ連絡し、住民への避難勧告を行なうよう命令した。異世界関連において絶対的な信頼を獲得しているH.O.P.E.の権限に改めて感心する。
 その間にも白亜の岩蛇が斜面を下っていく。燦々と降り注ぐ陽の光を一身に浴びながら、天空に向けて咆哮を放った。
「イイイイイアアアアアアアッッ!」
 それは声というより音。地を揺すって耳を劈いて、腹の底からの恐怖を呼び起こす大蛇の嘶きだった。
「あれ、杖、飲み込んでますね……」
 学者が呆然と呟く。叫ぶ岩蛇の口中には、あの青銅の杖が確認できる。恐らく従魔はあれに憑りついたのだろう。
「回収……いや、破壊、してもよろしいですよね」
 キターブの言葉を、学者は虚ろな様子で了承した。

解説

・目的
 ジブラルタルの洞窟から出てきた岩蛇の討伐。

・敵
 岩蛇。全身が鍾乳石で出来ている。全長三十メートル超。青銅器に取りついたと思われる。

・場所
 ジブラルタルの岩山中腹にある洞窟。岩山のため傾斜が厳しい。

・状況
 岩山を下るとすぐにジブラルタルの街があり、避難している最中であるため、その前に撃破することが望ましい。

リプレイ

●ザ・ロックを見上げて

 混乱に見舞われているジブラルタルの岩山の麓に、人の流れを逆走して乗り付ける一台の大型ジープ。避難は既に始まっており、麓の露店群は閑散として客の一人も見当たらない。
 車から降り立ち、そこを悠然と歩くリンカーたち。
 麓からでも見える従魔の姿を見上げ、ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)は感心したように呟いた。
『これまた大きな従魔ですね。巨躯であり、かつ重量であるのならそれだけで脅威たりうるものです。街に入るだけでも被害は馬鹿にならないです』
「うん。……何とか、ここで引き留めよう。あんなものが暴れるなんて想像したら……ね」
 彼女の言葉に紀伊 龍華(aa5198)が頷く。しかし音無 禊(aa0582)は少し違った目で従魔を見ていた。
「……この蛇はどんな想いを、どんな感情を持っているのかしら?」
 別に音無は従魔に対して同情や憐憫を寄せているわけではない。ただ薄い関心の中に為すべき義務が確かに通っているのだ。
 ***(aa0582hero001)にはそれが分かっていた。何故なら彼に従魔の如何を問うつもりがなく、それでいて決して逃がすつもりなどないからだ。
『関係ない、どんな敵であろうと斬るだけだ』
 夜刀神 久遠(aa0098hero002)もまた従魔への関心が薄かった。控えめに言っても払うべき路傍の石塊程度にしか思っていない。
『――たかだか青銅の蛇。蛇の王である私に下せぬ道理などありません』
「そうだね。頼りにしているよ」
 隣にいる八朔 カゲリ(aa0098)を見て夜刀神は微笑んだ。人に任せるようなことを言いながら、もう幻想蝶から竜殻格甲『零竜』を取り出して調子を確かめている。やる気は十二分と言ったところだ。
 エミル・ハイドレンジア(aa0425)はむしろ興味深そうに目を輝かせて従魔を見つめている。山の中腹から白い頭が見えるだけだが、様相は前回の岩蛇とは違っているのが分かる。
「ん、今度も岩蛇が、出たらしい……?」
『前回と同様、従魔だろう。原因は、やはり古物か……』
 ギール・ガングリフ(aa0425hero001)もやはり日本で遭遇した岩蛇のことが頭を過ぎった。
「ん、前回の出現と、何か関係とか、あるのかな……。なーぞー……」
『何れにせよ、倒さねばならぬ事に違いはあるまい』
「ふうん、前回ってどんな感じだったの?」
 アリソン・ブラックフォード(aa4347)がさりげなく訊ねる。エミルとギールが日本でも青銅器に宿った大きな岩蛇を退治したことを伝えると、キアラ・ホワイト(aa4347hero002)は大きく頷いた。
『こんなことが続くなんて。蛇神お怒りみたいね』
「はっはっは! おっかないねえ。見たとこ大物だし」
『潰されるなよ??』
 豪快に笑ってみせる逢見仙也(aa4472)を、相棒のディオハルク(aa4472hero001)がすかさず諌める。
 そんな彼らの元に通信が入った。皆でスマホやライヴス通信機のヘッドセットを取り出す。
「よく来てくれた、リンカーたち。オペレーターのキターブだ」
 通信主が名乗るなり、橘 由香里(aa1855)がうんざりとした声を出す。
「あなたまたなの!? 働きすぎじゃないの? クリスマスくらい時間作らないと彼女に振られるんだから!」
「ワーカーホリックの日本人に言われると説得力が違うな」
『師走に依頼が立て込んでいて彼氏とデートにいけない女子の戯言じゃ。気にするでないぞ』
 飯綱比売命(aa1855hero001)の言い様にキターブが笑って返す。
「まあそれはいいとして、こちらは従魔の後方二十メートルほどのところにいる。一般人と同行しているので余裕があれば保護を頼みたいんだ」
「それは僕が行きます。無理はしないでくださいね」
 乙橘 徹(aa5409)が申し出ると、キターブは間近で従魔と遭遇したにしては明るい声で宣う。
『それがいい。ワシらが行くまで大人しくしておれ』
 ハニー・ジュレ(aa5409hero001)が涼し気に言うと、キターブはおどけた調子で言った
「分かった。せいぜい震えて待つとするよ」
 要請を受けた乙橘はハニーとリンクして一気に斜面を駆け上がった。通信で誘導したので合流するのにそう時間はかからなかった。
 震えあがっている学者然とした男の横で、キターブは乙橘の姿を見るなり気軽な様子で手を振ってきた。それに呆れる前に乙橘は聞くべきことをぶつけてみた。
「キターブさん、あなたも大変ですね。さて、あれは前回の蛇より蛇っぽいですが、完全な青銅器を依代にしてるんです?」
「そう見て間違いない。岩蛇はちょうど洞窟を裏返すように吸収して体を構成したのだろう。だから先頭にあたる口に杖があったんだ」
『では杖は喉の中かのう』
「――あるいは心臓、とか」
 乙橘の言葉にキターブは強く頷いた。彼もそのどちらかだろうと予測していた。
「蛇の心臓は体長の半分より上のところにある。喉元から胸の辺りがクサいな」
「それで行きましょう。いずれにしろバラバラに捌くつもりでしたから」
 討伐というよりは、何か料理でもするような声音で軽やかに言ってのける乙橘に、キターブは尊敬の念を禁じ得なかった。
 乙橘はキターブと学者を流れ弾の当たらないところまで避難させる。学者にはそのまま街まで逃げてもらったが、キターブは現場を観察すべく離れた高台に移動した。
「橘さんも言ってたけど、あの人ほんとうに仕事熱心だね。ちゃんと現場に残るなんて」
『――そうじゃな。あるいは離れられない理由がある、とか』
 ハニーの不穏な発言に、乙橘が眉を顰める。彼の行くところに連続して従魔が発生したことといい、端から見ているとどこか想像の翼を広げたくなるきな臭さがある。
 とはいえ、今やるべきは従魔の討伐だ。
「皆さん、敵が宿っている青銅器は喉から胸の辺りにあると思われます。そこを切開すれば取り除けるかと」
「ん。了解。その辺ズバズバやってみる」
 エミルが緩い返事を返し、魔剣『ダーインスレイヴ』を肩に担いで走り出した。


●岩蛇捌き

 従魔へ直接向かったメンバーの中で、いち早く現場に到着したのはアリソンだった。彼女は反り立った崖目がけてロケットアンカーを打ち込んだ。ワイヤーを一気に巻き取ってラペリングのような姿勢を取ると、グリュックハーネスと繋いで体を固定した。一気に高所を確保するとアンチマテリアルライフルを取り出し、すぐさま照準を岩蛇の頭に定める。
「知ってる? 映画の中じゃ神話生物だろうと弾丸にはかなわないのよ!」
 本来は二脚を置いて固定したいところだが、外骨格式のパワードユニットで無理やりライフルの衝撃を抑え込み、斯様に不自然な射撃姿勢での狙撃を完成させている。
 まずは様子見だ。一射目が盛大な銃口炎を上げて放たれ、岩蛇の後頭部に吸い込まれ行く。しかし弾丸は撃音を上げることなく、岩蛇の表面を擦過して水飛沫を上げるに留まった。
「あれれ!? 当たったのに……」
 アリソンの瞳孔がぐっと広がる。よく観察してみると岩蛇を構成する鍾乳石は滑らかで湿潤している。入射角度が少しでも甘いと滑って弾かれてしまうのだろう。
「すべすべでぬるぬるだから逸れちゃうのね。みんな、射角は厳しくいかないとダメみたい」
「ありがとう、アリソンさん。忠告通りやってみるさ」
 逢見は携えた大剣『ディフェンダー』を振りかざし、ライヴスを強く纏わせる。
「ディオ」
「おう」
 互いに一声だけで意図はくみ取れた。ライヴスの燐光を放ちながらそれを払うように剣を振り降ろした。
 ライヴスによって複製された大剣の群れが岩蛇の体中を打ち据える。しかし一本一本狙いをつけたわけではないから殆ど弾かれてしまったが、命中した数本は岩蛇の肌を貫いて亀裂を走らせている。
 敵を構成している洞窟の鍾乳石は不純物や土壌由来の成分を含んでいるため、表面が硬かったとしても決して丈夫ではない。つまりは非常に割れやすいのだ。
 これならいける。確信した逢見は次々と武器を召喚して打ち放つ。広範囲に攻撃し、敵の注意を分散させて狙いを絞らせない。
 上からの射撃を敢行していたアリソンだったが、少々行き詰まりを感じていた。射角は慣れてきたので問題ないが敵の再生速度が思いのほか早く、本来ならば急所であろう首裏などもあまり堪えた様子がない。
「う~ん。頭とか上げたりしてくれないかしら」
「……頭、上げさせればいいの?」
 通信に混ざったアリソンの独り言に、音無が律儀に返事した。
 岩蛇の後ろに回り込んでいた音無はドラゴンスレイヤーを振り上げ、敵の尻尾に突き刺した。刀身が貫通して地面に深々と食い込み、岩蛇の動きを止める。
 地面を斬り抉りながら持っていかれそうになるのを力づくで引き留める音無。前進が阻まれたことをどう感じたのか、岩蛇がうっそりと首を向けてくる。だが彼女は物怖じせず睨み返した。恐れる必要などない。
 ――仲間のカバーリングが間に合っているからだ。
「せいッ!」
 短い気合いの一声と共に、岩蛇の下に潜り込んでいた紀伊が飛び上がった。到着した時点で共鳴済みだった彼女は、その脚力の有りっ丈を岩蛇の下顎に叩きこんだ。
 両手に携えた盾がめり込み、顎が割れて砕け飛ぶ。そして岩蛇の頭が高々と上を向いた。
 一部始終を観察していたアリソンは、その機を逃さない。
「ありがとう、みんな」
 大きく開いたその口へ、アンチマテリアルライフルの弾丸を存分に叩きこんだ。マガジンを一個丸ごと使い切るほど集中した被弾箇所は容易にひび割れ、最後の一発によって貫通した。
 その勢いに押され、岩蛇は盛大な土煙を上げながら仰け反って身を横たえた。頭蓋を貫く軌道を撃ち抜かれたのだ。とどめでもおかしくはない。
 しかしリンクした状態の夜刀神には分かった。従魔の散逸は感じられない。まだ敵は、あそこに宿っている。
 そのとき、岩蛇が僅かに身じろぎを起こす。
『来ますよ、カゲリ』
 八朔が返事もせずに飛び出すのと、岩蛇の尾が向かい来るのとはほぼ同時だった。
 電磁力による神速の抜刀が、尻尾を斬り飛ばす。海側へすっ飛んでいったそれは崖に何度もぶち当たり、派手に砕け散っていった。
 元から逢見やアリソンが攻撃してくれていたおかげだろう。そこら中に亀裂の走る体は斬り破るのに不自由しない。
 さらに地上にいるリンカーたちを薙ぎ払うように、尻尾の一撃が地面を舐める。そこへ紀伊は盾を掲げ、体ごと真っ向からぶつかった。
「うぐっ!」
 両手の盾が衝撃を余すことなく吸収する。『守るべき誓い』を発動した彼女にとっては十分耐えうるものであった。
 紀伊が大きく踏み込んでその尻尾を跳ね飛ばすと、それだけで岩蛇の体には大きなひびが入る。再生は表面の亀裂を塞ぐのに追われ、深部にまで届いていないらしい。 
『敵の弱点は胸の辺り、とはいえなあ』
「う~ん。蛇の胸って……どこ?」
 魔剣『ダーインスレイヴ』を担いで少し逡巡するエミル。とりあえず半分から上だろうと当たりをつけて突進する。その姿に岩蛇も反応した。顎を砕かれた口をいっぱいに広げ、エミルを飲み込まんと襲い掛かる。
 下段に流したダーインスレイヴを思い切り振り抜く電光石火の一撃。上顎を押し留め、眉間の辺りまで深々と斬り抉る。
「エミルさん、そのまま!」
 叫んだ橘が岩蛇の首元に飛びつく。左腕に装備したクロスグレイブ・シールドの鋏部分を叩きこみ、右腕で保持しているガトリング砲を突き付ける。
 殆ど銃口を密着させるような距離でガトリング砲が火を噴く。硝煙と砂礫がない交ぜとなった噴煙が朦々と上がる。徐々に銃口が競り上がり、飛び散る砂礫が増えていく。
 ガトリング砲の銃身が熱で真っ赤に染まり、二百発の装弾を全て使い果たすと、まるで鋸で引き切ったようにずたずたの切り口から、岩蛇の頭がごろりと離れていった。
 再び暴れはじめた胴体から橘とエミルは軽やかに下がって距離を取る。
「岩石系を相手にしていると、どうも無骨な武器しか使わなくて困るわね……。普段使わないわよガトリング砲とか。無駄な筋肉つけるとスタイルが崩れるし」
『女子力が下がるのうー。というかおぬしも気にするのじゃな。そういう事。昔は効率おんりーじゃった癖に』
 頭を失った胴体が暴れ回る。街に降りるような素振りは見せないが、無秩序な動きである分、頭がついていたときよりも始末に負えない。しかしこのまま手をこまねいていてはせっかくつけたひび割れが再生してしまう。
「みんなー。ちょっと離れててー」
 乙橘は大声で呼びかけると、何か瓶のようなものを蛇に向けて投げつけた。中の液が溢れて岩蛇の体に掛かると、それはすぐに激烈な反応を起こした。
 じゅうじゅうと音が聞こえるほど泡が立ち、岩蛇の体が溶かされていく。
「一体何を投げつけたんだ?」
 逢見が訊ねると、乙橘は笑って答えた。
「お掃除セットの洗剤です。塩酸系のね」
 鍾乳石の主成分である炭酸カルシウムは塩酸と化学反応を起こす。ボコボコと溢れてくる泡は分解された二酸化炭素である。あとに残るのは反応しない不純物と塩化カルシウム、それに水だけだ。
 しかも塩酸が掛かった部分は組成が変化したためか、再生が行われていない。あとはじっくりと捌いていくのみだ。
「でぇや!」
 逢見の振り下ろしたディフェンダーが岩蛇の胴体を真っ二つに割ってみせる。負けじと八朔が残った胴体の上半分をすっぱりと輪切りにしてみせた。
 丸太の化け物みたいになってもまだ暴れる岩蛇に、エミルと音無が大剣を両側からぶっ刺して軽々と持ち上げてしまった。串焼きの具材のようになった丸い鍾乳石に乙橘が不死殺し『火葬』をじっくりと突き刺さし、切れ目を入れていく。そこに紀伊が両手に持った盾を無理やりねじ込み、綺麗に開いてしまった。
 中には心臓のように脈打つ鍾乳石に挟まれた青銅の杖が見える。さてどう取り出そうかと皆が思案していると、八朔は竜殻格甲『零竜』を装備した手をおもむろに突っ込んだ。
 極低温を有する手甲が触れた瞬間、鍾乳石から滲む水が凍りついて凝固する。そこへがっしりと爪を立て、青銅の杖がある場所を丸ごとぶっこ抜いてしまった。
『蛇の心臓。さしずめコル・ヒドラエと言ったところでしょうか』
 夜刀神が上品に言ってのける。憑依の根源を取り除かれた岩蛇はほどなく力を失くしたように崩れ、崖や海側へと流れるように落ちていった。


●青銅を由来を探る

 心臓の位置にあった青銅の杖が取り出され、事態の収束を確認したキターブと逢見はともかく写真とスケッチを取りまくっていた。それを真似てか、エミルも彼らと並んで青銅の杖をスケッチブックに描いている。
 青銅器の近くに刻まれていたヘブライ語も解析できればよかったのだが、元より風化が激しく読み取るには至らなかった。しかし重要な手がかりの一つであることは間違いない。
「見てみて。私も描いてみた」
 描き終ったエミルがスケッチブックをキターブに差し出した。それを見たキターブはにんまりを笑って答える。
「おお~……何というか、写実主義に飽きたばかりのピカソって感じだな」
『それ誉めてるのか?』
 ピカソを引き合いに出したのだから最大級の賛辞だと、キターブはぬいぐるみに戻っているギールを撫でながら言って聞かせた。
 自分のスケッチと実物を見比べ、記述漏れがないことを確認する。そして日本で描いたものとも比較すると、キターブは満足そうに頷いた。
「やはり絡まった蛇、無翼のグリフィン、その他にも龍や蛇の怪獣が配されているな」
 杖と鏡の違いがあるものの、図像の種類、位置ともに非常に酷似している。これで日本で出土した青銅鏡と同様の文化圏からもたらされたモチーフであることが確信できた。
 このままH.O.P.E.に管理してもらうべく、実物はケースにしまって厳重に保管する。
「まさか、ねえ……? 今は従魔だからいいけれど、ティアマトとかウロボロスとかヤムとか。古代神級の愚神召喚とかやめて欲しいものね。蛇を呼び出す事とそれを倒す事が何かの因果律の上にあったりすると、この行為自体が封印を解く儀式だったりね」
「……縁起でもないことを言わんでくれ」
 橘の言にキターブは眉を顰める。名のある神が愚神として現れるなど想像したくもない。だがそうした最悪を想定することもオペレーターの仕事でもある。
「ま、次の依頼はできればクリスマス外してね。貴方も寂しい聖夜は嫌でしょ?」
(こやつ、むすりむかもしれんがな)
「それは保証できないな。異世界の暦に聖夜があるとは限らんし」
 キターブが取っていたスケッチを見せてもらっていた逢見が何気なしに訊ねてくる。
「やっぱりこの青銅器、何かしら原因あったりしてな?」
『というかプリセンサーは感知したのかこれ?』
「……プリセンサーとて、森羅万象御照覧召されているわけではないさ。全てを見通すというわけにはいかんよ」
 キターブが皮肉の口調を隠さずに言った。
「だから多くの情報の中から推測するしかない。似たようなことは他のオペレーターもやってる。今回たまたま当たりを引いただけだよ」
 オペレーターから見ればそんなものかと逢見は思った。だが当たりと言うのなら次も当たるとは限らないし、外れるかどうかも分からないということだ。
「……実はその蛇の杖ってあの蛇みたいなのを封印してたもんだったりしてー」
『確かに青銅の蛇は炎の蛇から人を救う物だったが? なんだ? 古代のリンカー的存在がああいうのを封印したとでも言いたいのか?』
「想像だけならタダだろー? それに救う物にたまたま入ってた。より浪漫あるだろ?」
 浪漫というには些か物騒だが、確かに古代のリンカー的存在についてはキターブも心を寄せるものがある。というよりもこれらの青銅器については、リンカーあるいはライヴスに関わる技術が用いられていることはほぼ確信していた。
 しかし、それがどういうものかが分からない。太古の昔に失われたそれは遺跡や書物、神話や民謡の中から選り分けていかねばならない。
「それにしても、何なのかしら? これ」
 アリソンが無邪気に指差してみる。砕けてはいるが杖であったことが窺える青銅器。何故これが従魔などを呼び寄せるのか。
「僕にも分からないな。むしろ英雄の方たちに聞いてみたいよ。ねえ、夜刀神さん」
『私、ですか?』
「夜刀神と言えば日本における蛇神の御名でしょう。君の親戚にこういうのがいたりしないかい?」
 突如話を振られた夜刀神は戸惑ったが、肩を竦めて小さく首を振った。
『親戚にも知り合いにも、寡聞にして存じ上げませんわ。それに所詮は人語を介するわけでもない畜生なので、心当たりの探しようもありません』
「心当たり、か……」
 結局はそれに尽きる。何かこれという取っ掛かりがあれば調査も進むのだが。
「キターブさん、これってもしかして――」
「何か知ってるのかい? 乙橘さん」
 乙橘はスケッチを見ながらうんうん頷いている。
「ええ、ケリュケイオンっぽいなと思いました」
「ケリュケイオン、またの名をカドゥケウスか。確か古代ギリシャの……」
 キターブが言葉に詰まるのを乙橘は見逃さなかった。
「どうかされました?」
「……いや、次の目的地が決まったと思ってね」
「ちなみにどこです」
「……ヨーロッパ最古の文明、クノッソスだ」


●論考と欺瞞と

 事後処理を終え、リンカーたちも引き上げた頃、キターブはH.O.P.E.に提出する報告書を作成していた。
『――青銅は従魔を誘因する能力を有しており、これは青銅内の不純物の中にライヴストーンかそれに似た要素を持った物質が混入していることが推測されるため、入念な組成調査を必要と思われる』
 ジブラルタルのホテルに持ち込んだノートパソコンの傍らにメモやスケッチを置き、参考にしながら文章をまとめていく。
『なお、二つの青銅器に彫刻された図像は同様の文化圏からもたらされたものであり、判明している図像の共通点から起源は北アフリカから西アジアの地域と推測される。これは古代において移民による文化交流が活発に行われてきた証左で、日本には中央アジアから中国へのいわゆるシルクロードによって流入したものと思わる』
 報告書には現在判明している範囲の事実のみを並べておく。今のところ情報が少ないと言わざるを得ない。無用な断定を避けていけば無難な結論しか導き出せないのは自明だ。
 しかしキターブ個人としてはライヴストーンの混入などないと確信していた。ライヴストーンは火山帯に多く埋蔵されていると聞く。図像の起源と思わしき地域で大きな鉱床が見つかったという話は聞かないし、古代にそれを加工できたとも思えない。
 そして青銅器はいずれも出土してから短い時間で従魔が憑依している。ライヴストーンによるものであれば地中であろうと関係なく誘引されるだろう。つまり何かトリガーとなる要素があるのだ。出土して間もないうちの、何かが――
 H.O.P.E.の支部に報告をメールで送ったキターブは、すぐに別の報告書に取り掛かる。凡その内容は同じであったが、青銅器に対する考察においての細部が異なっており、彼の見解が大いに反映されていた。
『――これらの青銅器は従魔を誘因する能力を有しており、これは図像の複雑な紋様が一種の儀式魔術としてライヴスを活性化させる効果を発揮し、結果的に従魔を誘因するものと推測される。
 青銅器はいずれも粉砕され、判明している図像は些少である。そのため特殊な図像を有した青銅器の発掘・出土情報を求む』
 メールを送信して一息つく。これの返信が来る間に、次の目的地を調査してしまおう。ギリシャ行きのティルトローター機をチャーターすると、キターブはパソコンの電源を落とした。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 蛇の王
    夜刀神 久遠aa0098hero002
    英雄|24才|女性|カオ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • エージェント
    音無 禊aa0582
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ***aa0582hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 迷探偵アリソン
    アリソン・ブラックフォードaa4347
    機械|17才|女性|防御
  • 英国の治癒者
    キアラ・ホワイトaa4347hero002
    英雄|13才|女性|バト
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
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