本部

病的な踏みつけ

長男

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/21 23:15

掲示板

オープニング

●突き抜ける絶望
「うるせえ踏み潰すぞ!」
 愚神はもう駆けていた。足首から先が三角に歪んだ4本の脚が道路を踏み砕き、足下と進行方向にいたエージェント数人を吹き飛ばして、あるいは踏みつけて生き埋めにした。愚神が立ち止まると、それはありえない形状に上半身を捻って病的に細長い腕でまた一人を殴りつけた。
「くそ! みんな、無事か!」
「ごめんなさい、全部は治しきれないかも……!」
 生き残ったエージェントたちが隊列を組み直し仲間を回復する。彼らは焦っていた。戦闘が始まって間もないながら、愚神がもたらす破滅的な暴力の嵐を前に、とても持ちそうになかった。
 上半身が正常な位置に戻され、顔のない愚神の頭が彼らを向いていた。脂ぎった光沢を放つ外殻に覆われた顔面からの発声は奇妙にくぐもって聞こえた。愚神は心底失望した様子で頭を振った。
「ハァ……つまらん。小さく脆い、壊しがいのないザコども。英雄入りとくればもっと楽しいかと思ったが、お前らと遊ぶのはもうやめだ」
「何を……!」
「もっと踏み潰しがいのあるところへ行く。たとえば、そうだな……人間の街だ。ビルとかいうあれはいくつもある上にでかく重く脆い。しかも人間を踏み潰せるおまけ付きだろ。あれをひたすら踏み壊すのは楽しそうだ」
 愚神の頭部が道路の奥へ向けられた。小山ほどもあるその体高なら見えるかもしれない。そこは市街地で、避難はまだ完了していなかった。
「させるものか!」
 エージェントの一人が殺気立って針めいた愚神の脚へ斬りつけた。ぶつかり合う金属質の音が響き、ほんのかすかな切り傷を残して無情に剣は弾き返された。
 別のエージェントは電撃の魔法を唱えて愚神を麻痺させようとしたが、愚神の体を覆う鉄っぽいぬめりが電流を滑らせて逃がした。
「邪魔をするな!」
「行かせるか!」
 愚神が踏み出そうとするのを両脇から伸びた鎖が咎めた。彼らは先ほどの決して軽くない打撃の傷をこらえながら、愚神の脚を捕らえたアンカーを全力で引いた。その抵抗は炎に立ち向かう羽虫ほどの印象と効果であった。
 暴れ馬のように愚神の脚がつり上がって鋼線につかまったままのエージェントを逆に引き寄せ、愚神に剣を向けたものもまとめて無慈悲かつ執拗に踏みつけた。道路が割れ、離れた位置で震え上がる少女英雄の肩に破片が浴びせられた。
「うるせえ! 黙れ! 俺は! 踏み潰すぞ!」
 愚神の脚は踏み荒し続けた。道路の破片と血肉が混ざり合い、おぞましい足跡が繰り返し彼らに刻みつけられた。

●砕けぬ意志の砦
「緊急事態です。大型の愚神が市街地へ向けて進行しています。待機状態のエージェントは今すぐ出撃し防衛ラインを配備してください」
 職員が増援を集め始めたころ、すでに愚神はエージェント数人からなる討伐隊を少なくとも2度撃退していた。さらに悪いことに、彼らはみな愚神の脚を破壊しようと試みて、その規格外に硬い外皮に阻まれ、踏み潰されてしまったという。
「体組織の末端ほど耐久力の強固な愚神のようです。脚を壊して静止させるという定石にこだわりすぎず、どうか臨機応変な対処を願います」
 幸い死者は出ていないが重傷者多数、現時点での前線も間に合わせの時間稼ぎにすぎず、実質ここに集まったメンバーが最終防衛線と言ってよかった。
「この愚神について、これまでにわかっていることがみっつあります。まず、平らな地面を――障害物があってもお構いなしに――進むのを好むということ。平地を舗装した都市なんかに出られたら最悪です。しかし道路上で戦えば愚神のほうから横道にそれることはないでしょう。次に、移動よりも驚異の排除を優先する傾向のあること。そして、驚異と見なさなければ戦闘中であっても興味を失うということです」
 恐るべき巨体と防御力を誇る反面、攻撃は肉体による単純なものばかりで、手足が長く射程のあるほかは遠距離攻撃の手段も備えていないとのこと。それでも大きさと怪力を活かした打撃攻撃は単純だが効果的なようだ。
「住民は避難を開始していますが、この速度で進行されたら間に合わないかもしれません。もはや予断を許さない状況です。街を背にして戦う厳しい作戦ですが、逃がさず、通さず、必ずここで撃破してください。私は皆さんを信じています」

解説

●目的
 愚神の撃破
 市街地の防衛

●現場
 市街地から数キロ離れた道路上。
 高速道路の出口付近となる開けた場所であり、ここから侵入しようとする愚神を迎撃することになる。
 多少の高低差やガードレールなどの障害物が存在するものの、完全に隠れることなどはほぼ不可能。

●愚神
 ケントゥリオ級。
 顔のない人型の上半身を備える屈強な胴体に、異様に細長い2本の腕と4本の脚を生やし、毒々しい光沢の金属質な外皮に覆われた、全長・全高5m前後の異形の愚神。
 イニシアチブ、物理攻撃が高い。腕と脚のみ、物理防御と魔法防御が極めて高い。
 踏み潰し叩き壊すことを手段、目的共に好んでいる。特に巨体で踏み潰す爽快感がライヴスを得る充実感に勝っている傾向があり、しばしば短絡的な楽しさを優先して相手や行動を選ぶ。
 ・叩き付け
  短射程単体物理攻撃。この攻撃に対してカバーリングが行われた際、カバーリングしたキャラに与える最終的なダメージを半分にしてもよい。そうしたなら、残り半分のダメージをカバーリングされたキャラにも与える。
 ・踏み潰し
  パッシブスキル。自身が通常移動を行う際、あらゆるキャラや障害物やバッドステータスが存在しないかのように移動を行う。その後、この移動によって通過したスクエアに存在したキャラに少量のダメージを与え、障害物や罠であればそれらを破壊する。
 ・油性金属殻
  パッシブスキル。自身が効果にバッドステータスを含むスキルの対象となったとき、バッドステータスひとつにつき、その使用者が生命力を少量払わなければ、そのバッドステータスを無効にする(複数のバッドステータスを同時に付与する場合、生命力を払うたびにどのバッドステータスを有効にするかは使用者が選んでよい)

リプレイ

「蟻を踏んで遊ぶ子供だ……オレもそうだったよ」
 高速道路の出口側、交差するアスファルトの広場で、ゲートを越えて飛んでくる鳥の群れを荒木 拓海(aa1049)は見上げた。そういえば幼いころに公園のハトを追い回す遊びもやった気がした。
『自分以外の命の価値ってその位なのかもね。で、理解できるから容認?』
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は意地悪く微笑んだ。拓海はむしろ悼みをもって答えた。
「まさか……彼らも自分のテリトリーで生きてたのに……悪い事をした」
『反省できる大人で良かった。蟻の意地を見せましょう』
 今度は柔らかな笑みを浮かべたメリッサの後ろで通信機の音がした。御童 紗希(aa0339)が端末越しに短い返事をして、通話を切り、顔を上げた。
「第3防衛ライン、突破されました。もうすぐこっちへ来ます!」
 誰もが気を張り詰めた。何人かは武器を持ち直し、愛機の最後の点検を始めた。緊張感があった。紗希の相棒以外は。
『なんとも美しくない行動というか……手当たり次第ってのもね』
 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は落ち着かない様子で集中を欠いて見えた。紗希はカイの浮つきを見かねて話しかけた。
「今まで討伐にあたったエージェントはみんな大怪我してるよ? 大丈夫?」
『これだけのメンバーが揃ってるなら何とかなるだろ。つか俺はさっさとこのミッション済ませてやりたい事があるからさー……』
「なによそれ?」
『撮りためた海外ドラマ一気観賞!』
「……バカじゃないの?」
 周りを見てごらんよ、紗希はそう言いかけて、やめた。長身のディオ=カマル(aa0437hero001)とアウグストゥス(aa0790hero001)に囲まれた火乃元 篝(aa0437)と黛 香月(aa0790)の会話はやる気に満ちていたが、火の玉と火柱くらいの粗暴さも溢れていた。
「やれやれ、大物が相手だな!」
「直情的で直線的……実に分かり易い奴だな」
「往くぞ! 私の道なのだ! なればこそ! 前を進もう!」
 彼女らと並ぶと背の低く見える篝の頭の向こうでは逢見仙也(aa4472) が戦闘用オートマトンの動作を確かめていて、ディオハルク(aa4472hero001)が興味のなさそうにその調律を眺めていた。
「シンプルでいいよな」
『その分比較してる相手よりまともに戦えてるかはっきり分かるがな』
 遠くで地響きが聞こえ、見えないライヴスの糸に支えられた人形を揺らした。音も揺れも瞬く間に大きくなる。近づいている。来ている。
「来ます! みなさん」
 紗希の声は破壊音に飲み込まれた。
 火花を上げて砕けたゲートの向こうから、胸の悪くなる玉虫色に脂ぎった愚神が現れた。
 引き締まった胴を支える昆虫めいて刺々しい4本の脚が道路を穿ちそれは止まり、電柱より高い位置の顔のない丸い頭が立ち塞がるエージェントのほうへ向けられた。
「ハァー……またこれか。俺の邪魔をしやがって、どいつもこいつも叩けば黙るくせによ」
 金属質にくぐもった男性的な声が彼らの耳をかきむしった。愚神は腕を持ち上げ、血のついた手をぶらぶらと振った。その腕も指も脚と同じようにめまいのする細長さであった。
「のっぺらぼうかあ。眼でもあれば射貫いてあげるのに」
 愚神が現れてから最初に口を利いたのは志賀谷 京子(aa0150)だ。ざっくりと全体を目でなぞる彼女に対し、アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は構造の点から点へ素早く品定めした。
『物理的に硬い相手のようですが、動く以上関節はあるのでしょう。狙い所は必ずあるはず』
「重そうな身体してるもの、故障で競技人生縮めそうだしね」
 その無遠慮な物言いが図らずも仲間たちの緊張をほぐしていく。
『レベルを上げて物理で殴るってネタがあったけどさー』
 とストゥルトゥス(aa1428hero001)。ニウェウス・アーラ(aa1428)も呆然とそれに続いた。
「これは……極端すぎる、ね」
『脳筋も、ここまで来ると大したもんだわ……』
 意外にも愚神は立ち止まったまま彼女たちが喋るままにさせていた。調子のいいディオと怒り狂う香月が言いたいことを言い、カイと拓海が強気に挑発した。
『踏み潰すしかぁ、脳が無いようですねえ。いやいや、そもそも頭がないでぇすなあ』
「戦略や戦術も解せぬケダモノ風情が人間に逆らおうなど笑止千万。本当の破壊というものを貴様の身を以て思い知らせてやる!」
『今度は俺らがお前の相手だ。さっきまでのエージェント達と一緒にするなよ?』
「そういうことだ。顔無し、柔らかいのを潰して好い気に成るなよ」
 その彼らの中央からフィアナ(aa4210)とドール(aa4210hero002)が踵を鳴らして進み出た。接近戦を挑む彼女たちに必要な位置取りであり、またフィアナはそれによってある種の儀礼的な挑戦の意志を示した。
「さて……ここから先は、通さないわよ」
 刃のつま先が履き心地を確かにするころ、もはや誰もが武器を手に愚神を見上げていた。
 それは再び身動きし、言った。
「むかつく奴だ……」
 愚神の顔がそれぞれを正面にとらえた。端から端へひとりずつ、目のない顔が。
「てめえらむかつく奴だ……言わせておけば、調子に乗りやがって……」
 愚神がかすかに腰を落とした。明らかに突進の予備動作だ。彼らは身構えた。
「俺は!」
 巨体が跳んだ。信じられない瞬発力。それは手前にいたすべてを衝撃に蹴散らし、一瞬で香月の目の前へ迫った。彼女の脳が視界に追いつくころ、頭上には歪んだ三角形の楔に広がる愚神の足があった。
「踏み潰すぞ!」
 垂直の踏みつけに道路が爆ぜ、その下の土が抉られた。愚神の足首から先は地面の段差に埋もれて見えなくなった。

「香月! 香月! 返事をしろ!」
 篝が叫んだ。返事はなかった。愚神はもう足下に興味をなくして頭を上げていた。
 紗希の体でカイが舌打ちした。道路上の適当な街灯にアンカーを巻きつけて飛び上がり、愚神の胴体にガトリング砲を向け、完全に上空をとったところで引き金を引く。無数の銃弾が降り注いだ。胴体に食い込む銃弾は何か金属のぶつかって剥がれるような異音がした。
「変なの。金属? でもひとくちに金属と言っても物性は様々でぜんぜん違うからなあ。そもそも金属なのかもわかんないしね、ここは構造的な弱さを狙うところかな?」
『ならば胴を狙ってみますか。殴打の威力が弱まるか、自ら傷を広げることが期待できるかと』
「おっけー、おっけー。手足よりは柔らかそうだしね!」
 京子はアリッサと共鳴し、愚神の頭に1本、腰と胸にそれぞれ1本の矢を続けざまに放った。愚神は避けようともしなかった。胴体に矢が刺さり、頭部の矢は弾き返された。
「うるせえなあ、チビチビパチパチと!」
「あらそう、じゃあ私はもっと大胆にいくとしましょうか」
 フィアナは愚神の肩に浅く鎖を巻きつけ、それを手がかりに跳躍し、愚神の胴をさらに踏み越え、フルフェイスのヘルメットじみた顔面を蹴りつけた。人間ならおそらく鼻か上顎にあたる位置だ。
 愚神は驚きに呻いたが特別いやがったふうではなかった。鎖をほどいて優雅に着地し、フィアナは心中首を傾げた。鉄板か金属の空洞と似た、けれどもそれらと違う反響。足の裏に不気味な余韻が残った。これはどうやって喋り、聞いて、見ているのだろう?
『肉? 鉄? よくわからん! 鉄なら熱疲労するかな?』
「ん。試せる事は、試しちゃおう」
『どの道、ブッぱなす事には変わりないしな!』
 ニウェウスたちも共鳴し、彼女は胴をめがけて火炎の魔法を放った。毒々しい光沢に灼炎が煌めく。だが苛む熱も長くは続かず、それは一発分の魔力を使い切ると油に弾かれる水のようにかき消えた。
「まあ確かにそうだ、威力の無い武器だが。足らん分は数で補うさ」
 仙也は剣の複製を無数に召喚し、横よりは縦に面積を重ねて胴も頭も巻き込むようにたたき込む。胴体は顔面より傷が深い。やはり腹部に近いほど柔らかいらしかった。
「小賢しい野郎だ!」
 愚神はエージェントの後衛に向かって叫び、彼らを黙らせるべく腰を沈めた。
 注意を引きつけるために拓海と篝はあえて強固な脚部を斬りつけた。篝は斬るというより叩き付けて衝撃を与えようと試みたが、鉄骨をバットで殴るようなものだった。
 愚神は攻撃を蚊ほどにも感じず、ふたりは弾かれる衝撃によろめいた。最大の武器であるとともにもっとも危険な場所への攻撃は愚神の心的な何かに火をつけた。
「俺の足に! まとわりつくな!」
 不健全な均衡で重力をあざ笑う愚神の前足が持ち上がった。拓海は避けるために転げた。篝は剣の刃を上にして立ち向かった、素足に画鋲を踏ませる罠のように。
「痛いぞ! 痛そうだぞ!」
 頭の裏でディオが演技でない叫びを上げた。
『(その前に逃げなさいな主ぃ!)』
 愚神の足が踏み下ろされた。剣は曲がらなかったが、敵もお構いなしだった。それは篝の反応に腹を立てて癇癪を起こした。
「それが! 何だ! ああ? 踏み潰すぞ!」
 致命的な足踏みが数回行われたところで、大地を割る轟音よりもうるさい機関砲が愚神の背中を弾痕で埋め尽くした。我慢ならない様子で愚神は腰を捻り真後ろにいたカイへ振り返った。
『あーヤダヤダ。踏み潰したり叩き壊すことだけが快楽ってつまんなくない? 作ることこそが楽しいってのに』
 喋っている間、カイは聞こえるようにトリガーを離して叫んでいた。彼は自宅のプラモデルを思い出した。踏み潰して壊す。悲劇でしかなかった。
『つか作ったもん壊される事ほど腹が立つことってないんだけどね!』
「知るか! いいか、俺はな!」
 愚神の――それに目があるとするなら――視界に、その棒状の後ろ足を蹴って三角跳びで高さをつけたフィアナが割って入り、そのまま体を捻ってバランスを間違った人馬的形状の背中めがけて踵を落とした。背中は頭よりさらに気味の悪い虚ろな弾力でフィアナの奥歯をむずがゆくさせた。
「てめえ!」
 話の邪魔をするフィアナへの凝視をさらに遮って、京子の矢が眉間に迫り、消え、ほぼ真後ろを向いて伸びきった愚神の脇腹の、最初に撃ったのと同じ場所へ突き刺さった。実のところ京子には突然転移する矢の起動がこの敵を効果的に翻弄しているとは思えなかったが、単に気の短い相手の注意を引きつけるのには充分役に立った。
「ここまでおいで、ってね! そこらの地面みたいにさ、あなたの身体に穴を穿ってあげるよ」
「ふざけるなよ」
 上半身のねじれたまま愚神が跳躍し京子のほうへ向き直った。圧迫を失った足下から何かが転がり出て新たに愚神の背面となった方向に立ち上がり、それは愚神の関節部へ発砲した。外皮に包まれた曖昧な境目に当たった弾は無情に跳ね返った。
「脚のつなぎ目はその性格ほど単純ではないようだな」
 流血の戦化粧に濡れた香月に口調ほどの余力は残されていなかった。だが彼女は少なくとも痛みに屈するのは断固拒否した。今にも倒れそうだが、生きている。戦える。
 香月が狙撃した位置はニウェウスが最初に火を放ったあたりで、ニウェウスは次に関節ごと固めるように凍結の呪文を放った。不愉快な油に覆われた表皮はなかなか凍り付かなかった。
「さっきからちまちまと! 邪魔な野郎! 踏み潰すぞ!」
 愚神は攻撃を無視して今にも走り出しそうだった。それが踏み出すより先に拓海の釣り竿と仙也のけしかけた人形が愚神の脚にまとわりつき、愚神はむかつきに金切り声をあげてそれらを引きはがそうともがいた。
「踏み潰す爽快感なんて絶対与えてやらないから、精々苛立つといいわ」
 フィアナの挑発は一気に愚神の沸点まで届いた。声のない怒りと共に長大な腕から伸びた拳が掴みかかろうと迫った。フィアナは跳び、愚神の指先へ両手を張って宙返りした。長い金髪の黒い先端が背中を通り過ぎる質量を撫でた。恐ろしい曲芸を果たした体の回転するさなか、もう片方の腕が上から降ってくるのをフィアナは見た。
 これは避けられない。
 フィアナは複製した剣を前方にばらまいた。彼女のものではない、幅広の長い剣も即席の盾として混ざっていた。それは仙也のものだった。仙也はその反撃がどれほど防御をおろそかにするかを知っていた。仲間を守るためには自分の力が、追加の防護が必要だった。
 平手がフィアナを叩き付けた。複製の剣は愚神の腕に噛みつき、砕け散った。振り抜かれた腕の下敷きになることだけは避けられたが、フィアナの体はアスファルトにぶつかって何度も跳ね返った。道路に横たわり、フィアナは血を吐いた。
「ったぁ……」
『(くくっ、間抜け)』
「……うるさい」
 激痛に喘ぎながら、フィアナは脳裏でせせら笑うドールをつっぱねた。憤慨がぎりぎりで戦意を繋いだ。黙っていると気絶しそうだった。
「舐めるなよ……お前から踏み潰すぞ!」
 とどめを刺そうと愚神がにじり寄った。突然、割れるような金属音が響いて愚神は絶叫しもんどり打った。同じ位置に京子が正確無比な3本目の矢を突き立て、細い刺し傷がひび割れに変わっていた。
「ふふん、どう? 一点狙いなら任せてよ!」
 京子は歯を見せて笑った。それはつかみ所のない壁に手がかりを作った。真新しい急所に仲間たちの攻撃が集中した。カイはぬめる外皮に火炎放射を放ったが、どうやらそれは可燃性ではないらしかった。いかに怪力であっても愚神の細腕は防御には向かず、いくつもの銃弾や斬撃が傷口をかきむしった。
「ここが勝負の賭けどころ、絶対通す、通して倒す!」
 ニウェウスが放った呪わしい魔力の奔流が愚神の破損した箇所から侵入した。魔法が敵の精神に触れると、汚らわしい反発力があった。
 ニウェウスは叫びを上げた。頭痛を感じながら、彼女はそのぬめった防壁を力任せに貫いた。愚神の意識に打撃が与えられ、それはほんの短い時間気を失っていた。愚神は昏倒から立ち直ると、とうとう遠く離れたニウェウスに敵意を向けた。
「いい加減に踏み潰すぞ!」
 人形や釣り竿の拘束を引きちぎって、愚神は群がる剣士を振り払いニウェウスへと殺到した。
 ニウェウスはジェットブーツを起動し、猛烈に迫り来る圧力を飛び越える高さまでひと息に飛び跳ねた。愚神は脚から逃れたニウェウスに掴みかかったが、加速のあまりに狙いが定まらず、伸ばされた腕はニウェウスの背後をむなしく掴んだ。
「べー、だっ」
「この……!」
 愚神は未だ上空のニウェウスを睨んでいた。それが地上の仲間たちにとっては隙となった。
 カイが間合いを詰め、充分に力を込めた大剣を振り下ろして愚神を叩き伏せた。この戦いで初めて愚神は転倒し、苦悶の叫びが引き出された。狙い澄ました京子の矢が裂傷を射貫き、愚神は憤怒と共に後ろを向いた。拓海が槍を振りかぶっていた。愚神は腕で傷をかばうも間に合わず、助走をつけて投げ込まれた槍に裂け目は砕かれ穿たれた。
「があぁ!」
 短く大声で愚神が悲鳴に咆えた。攻撃が蓄積するたびに愚神の外殻はぼろぼろと剥がれ落ち、破損した甲殻からは体液や臓腑の代わりに濃いもやの熱い気体が漏れ出た。
 拓海の横から別の誰かが接近し、槍の石突きを剣の腹で叩いてさらに深くまで押し込んだ。
「ふはははは! 勢いだけだな! 詰めが甘いぞ木偶の坊!」
 頭から血を流す篝も威勢ほどには余裕でなかった。ここで倒さなければ、詰め切れなければ、次に倒れるのは自分たちだろう。
「貴様らぁ!」
 愚神は豪気にも胴体に刺さった槍を引き抜いた。体に開いた穴は蒸気を吹き上げ、全身を覆い隠すほどであった。愚神は腕をいっぱいに伸ばして拓海めがけて下から槍を放り投げた。
「ちっ、ここが最後の邪魔どころか?」
 仙也はこの殺人的な攻撃に割り込み、ありったけの防御を重ねた。愚神の力で放たれた槍は幾重にも複製された刃の壁をたやすく打ち砕き、仙也は道路に打ち倒された。
 立ち上がろうとする愚神へカイがアンカーを巻きつけ引き倒そうとしたが、それはなお力学を無視した強靱な膂力で鋼線を破り起立した。転がされる仙也を見据えた愚神の顔面が不意にかち上げられた。正面に躍起になっている巨体の死角へ潜り込むのはフィアナにとっては簡単だった。
「そのまま寝ていろぉっ!」
 剣に持ち替えた香月が再び愚神を横倒しにした。
「愚神! 亡ぼすべし!」
 愚神の胴を踏みつけてよじ登り、むき出しの弱点に篝が刃を食い込ませた。崩れかけてもまだ愚神の肉体は弾力と硬質とを不純に保っていた。吐き気を催す手応えだった。一刻も早く武器を振り抜かねばならなかった。
 篝はさらに叫んだ。そしてその手に悪夢を断ち切る手応えを感じた。

「これ、良さそうな研究材料あるよって今から連絡したら間に合うかな?」
『誰か来る前になくなってしまうのでは?』
 京子とアリッサは横たわる愚神を興味深く眺めていた。活動を停止した体は異常に発熱し、発煙しながら崩壊しつつあった。飴細工が熱へ溶けるように。愚神の体内は空洞になっていて、内部構造や感覚器官など多くのことは謎のままであった。
『いや、何つーかさ……』
「タフな脳筋相手って、凄く疲れる、よね」
『やる事はシンプルなのにな!』
 ニウェウスは縁石を椅子代わりにくつろいでいた。仲間たちもくたびれきっていた。負傷の大きいものは戦闘の緊張が解けると横になったまま動けずにいた。
『さー、家に帰ってドラマ一気に観るぞー』
「……ホントなんかバカみたいなことで仕事一気に済ませちゃおうとするよね? カイって……」
「まあその前に清掃なり整備なりの手伝いじゃないか?」
『その様で役に立つものか、お前も帰って寝ろ』
 仙也は言い返す気も起きず力なく笑った。このときばかりはディオの言うとおりに思えた。カイや紗希のように、自分たちにも安静な休息が必要だった。
「先に駆けつけて戦ってくれていたエージェントに挨拶くらいしたいよな」
『ええ、彼らの働きでわたしたちが間に合い、倒せたんですものね』
 拓海は釣り竿と槍を回収していた。糸は無残だがロッドは無事らしい。これからも頼る機会は多いだろう。
「結局、あれは何だったのかしらね」
 フィアナはアスファルトに寝そべって晴れた空を眺めていた。地面に寝転ぶのは品がないかもしれないけれど、骨も肉も言うことを聞かなかった。
『さあなあ。まあでも愚神なんてみんなそうだろ。やめちまえよ、無駄なこと考えるのは』
「……そうね」
 フィアナはぼんやりと顔を傾け死にゆく愚神の肉体を眺めた。
 そして目を見開き、息をのんだ。
 脚が一本道路を踏みしめ、愚神は音を立てて起き上がった。誰も戦う準備はできていなかった。愚神の外殻はモザイクがかったようにこぼれ落ち、隙間だらけの体は向こう側が透けて見えるほどで、体中から喪失の煙が上っていた。
「むかつく奴だ……俺の楽しみを邪魔しやがって……!」
 愚神はたたらを踏み、すぐ目の前にいた京子とアリッサに脚を振り上げた。
「俺は……俺は! 踏み潰すぞ!」
 愚神の脚が踏み降ろされた。道路はびくともせずあり続け、残された愚神の全身は完全に崩れ去り、錆っぽい吹雪となって、煙に溶けた。すでに内側が崩壊していた愚神の脚の中で、身を固めた京子とアリッサが、無傷のままで立っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 裏切りを識る者
    ドールaa4210hero002
    英雄|18才|男性|カオ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
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