本部

休息パーティ一日目

玲瓏

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~15人
英雄
6人 / 0~15人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/11/17 19:41

掲示板

オープニング


 褒美と奉仕はいつの時代も離れられない仕組みになっている。努力すればそれに見合う対価を得られるのが常々の成り行き。残念ながらその仕組みが成り立たず暴動を起こすのは昔から今日までいつでも行われることだ。
 決まって、奉仕者たいする義理と愛がないから生じる事件。だから今回の場合、決して起こることのない事件だった。
 坂山は作戦が終わってすぐ、ノボルとスチャースと三人でパーティ会場を決めていた。三人で一つのモニターに注目している。
 一つ一つの作戦はエージェントに苦戦と不安を強いるものになった。なぜならば、事前の調査で作戦地域のことを全く調べられなかったからだ。エージェントの知識と判断力に任せなければ成功の文字は見られなかった。
 だからこそ、今まで以上の労いをしたい。
 坂山が今回の労いを催すのに当たって考えたのは、二回行うということだ。なるべく全員が参加してくれればな……と思う。一日だけじゃ都合のつかないエージェントもいるだろうから、合計二日分開くのだ。
「あ、ここなんて素敵じゃない? このホテル、海を見ながら優雅なお食事ですって」
「おお……」
 感心の声を鳴らしたのはスチャースだ。
「坂山見て、ホテルにはプールもあるって! すごいなぁ……絶対このホテルには泊まれないんだろうなぁ」
 ページを上から順番に見ていっているノボルの目に、遊び場の文字が止まった。結構広めのプールがあるみたいだ。
「一泊の値段は……。げっ、百二十万?! ここに泊まれるのって多分プロスポーツ選手か大作家くらいだわ」
「頑張って貯金したリンカーも泊まれそうだけどね」
「一日の夢のために貯金するっていうのも確かに素敵ね。えっと、ここの宴会場の値段は……あんまり見たくないけど見てみなきゃね」
 料金表は施設説明のページの下部にあった。せっかくだからプール付きのバルコニーがあるルームがいい。
「あれ? 意外と安い……」
 五十万で事足りた。一般的な他ホテルのルームに比べれば高いが、高級ホテルと考えると五十万は手の届く範囲だ。フリーターが頑張って節約を続けて半年もあれば貯まる額……と考えると安く感じる。
「会費はどうするつもりだ」
「そうね。本当なら一人二万円っ、なんて言いたい所だけどこれはご褒美だし、皆にそんな高いお金出してほしくないし……」
「別の場所を探した方がいいんじゃないか。五十万はさすがに、現実的とは思えない」
「う、うーん。でもプール……」
 中途半端な場所にはしたくない。しっかりとした場所でエージェント達を饗したい。プールも捨てがたい。何よりこのホテルの食事はバイキング形式になっていてステーキやらスイーツタワーやら名前が分からないが上からチョコクリームが垂れてくる物やらが詰まった優雅なホテルなのだ! 
 見捨てられない……。
 坂山は思い立って自分の鞄から銀行の通帳を取り出した。先月までの振込額を眺めている。
「……大した痛手じゃないわ」
「坂山まさか」
 最初スチャースは冗談だと思ったが、坂山の覚悟を決めた目を見て嘘じゃないと分かった。
「いや確かにできなくはないが」
「スチャース、まだ日本人が武将と呼ばれていた時代はご褒美に土地を与えたのよ。たかが四十万前後、楽勝よ」
 見ればのぼるも目を輝かせているではないか。
「後になって後悔しても私は知らないぞ」
「私の辞書に後悔の二文字はないわ。それに、私こういうお金の使い方好きなのよ。貯金して貯金して自分が本当にしたい事に一気に注ぎ込むの。周りをびっくりさせるくらい大きなお金を使ってね」
「変わった使い方だな」
「よく言われるわよ。でも迷惑は誰にもかけてないでしょ」
 スチャースはあんまり納得が行かないながらも反論は諦めた。ちょっと頭脳があるだけの犬型ロボットが、他人のやり方にケチをつけて止めさせるのは見合わない。
「せっかくだからゲストも呼ぼうかしら」
 そして坂山の計画は止まらない。ノボルも楽しげに後に続いている。
 なるほど、スチャースは納得した。自分が楽しんで計画するからこそ他人も楽しませることができるのだ。

解説

●目的
 色んな人との交流で絆を深めたり、パーティを楽しんでくれると嬉しい。
 とにかく一人一人が楽しめれば。

●会費
 スターコイン1000円。

●概要
 作戦に参加したエージェントだけでなく、そのエージェントの友達の参加も考慮に入れている。リベレーターで作戦に参加できなかったメンバーや、ただ単に楽しそうだから参加も歓迎。なるべく多くの人達に参加して欲しいと主催者の理念だ。
 一日目には以前からドミネーターシナリオに関わってくれていた「斎藤 綾」、「クォーター」も参加する。こういう機会じゃないと滅多に話す機会がないから、もし知りたいことがあれば話してみると良いだろう。
 一日目と二日目、二回参加も問題なし。

●一日目会場
 洋食のバイキング。ステーキやサラダ類、スイーツが充実している。お酒も飲み放題だが、決して未成年者には飲ませないように。
 お酒の種類も豊富でビールからカクテル、ノンアルコール、ワインも揃っている。
 部屋には一つの丸い机に四つの椅子があり、そのセットが並べられている。部屋の右側にはカウンターがあり、そこでお酒等を注文するようだ。料理は厨房から直接運ばれてきている。
 バルコニーには主催者オススメのプールがあり、皆で遊ぶのも楽しい。海を見ながら楽しめる。夜にはライトがつき、ロマンチックさを演出。今まで胸に秘めていたことをここで言うのも、綺麗な夜景が歓迎してくれるだろう。
 プールには道具の持ち込み可。
 会場にはリード付き限定でペットの同伴も許可されている。

 食事を早々に終わらして今後の対ドミネーターに対する作戦を立てるのも一興。ドミネーターに対する質問や今後の予定等、色々な真剣な話もできれば良い。坂山に対するお願いもあれば、何でも聞いてくれるだろう。

リプレイ


 ピアノが奏でる静かなミュージック。部屋を歩けば、数歩歩くごとに変わる淑やかな香り。スパイシーなバジル系の良い香りだったり、甘さが喉奥に入りこむようなシナモンの香りだったり。会場の隅には本物のピアノやアコースティックギターが置かれていたが、今日は奏者は来ていないみたいだった。音楽は何処かに隠れているスピーカーから聞こえているのだ。
 集合したのは夕食時。窓から見える東京の夜景がパーティクルで、装飾いらずだった。
「……使ったね」
 アリス(aa1651)が会場に到着した時、他の全員は揃っていて早速パーティを始めていた。開会式とか大きな計画は無く、到着次第順次スタートだ。Alice(aa1651hero001)とアリスは坂山を探した。
 彼女は片手にワイングラスを持ちながら赤城 龍哉(aa0090)と話していた。隣ではヴァルトラウテ(aa0090hero001)がバター風味のクロワッサンを口にしている。
「やぁ、今晩は」
 二人のアリスは声を並べた。
「二人とも来てくれてありがと。心から嬉しいわ」
「こちらこそ今日はお招き頂きありがとう。ご馳走させてもらおうかな」
「勿論、存分に」
 挨拶が終わって、パンをお腹に収めたヴァルトラウテがアリスの姿を見て、こう口を開いた。
「以前の作戦に参加してくだりましたわね。任務地こそ違いましたが、お疲れ様でしたわ。中々手強いとお聞きしました」
「ターゲットは逃してしまったけど、向こうのやり方は分かった」
 何年も続いてきたドミネーターとの抗争、アリスは今回が初めての参戦だった。
 二人とも背丈は中学生くらいだ。坂山はそんな子供を戦場に送ることに不安を覚えていた。結果的に帰ってきてはくれたものの、永遠にも続きそうな戦いは同じ結果が続くとは限らない。
 不安は、たとえ子供であろうとも行動を制止する理由にはならない。
「しっかし、あいつらを逃したってだけでも勲章もんだと思うぜ。……あのカナピルだろ、以前相手にしたことがあるんだが、手強かった感触が残ってる」
 ドミネーターの名前が出て来る以前。今は坂山のいる部屋に、まだ葉山というオペレーターが座っていた時期だ。赤城とヴァルトラウテは違法闘技場を摘発する任務に出向いていた。カナピルという男は闘技場の常連であり、多くのリンカーや人間を殺害していた。
「そういや、葉山さんはどこにいるんだ? 前の病院での一件依頼全然話を聞かねえな」
「今は精神病院で療養しているそうよ」
 幻覚を用いる愚神の能力を食らってから、彼女は幻覚が治っていない。愚神が撃退された後も幻覚が消えずに苦しみ続けていた。
 元々、坂山はオペレーターの志望ではなかった。葉山というオペレーターが長期的に休暇を取り、その代役として席に座り始めて、帰らなくなったから正式にオペレーターになった……という粗筋がある。今でこそ慣れ始めたが、最初は何も分からずにエージェントに苦労をかけたものだった。
 アリスは二人とも食事を取りに足を動かした。トレーを持って、お皿とお箸をトレーの上に乗せる。赤いアリスが一番最初に取ったのはサイコロステーキだった。
「そろそろドミネーターの件に片を付けて、普通のオペレーター業務が出来るようにしたいとこだな」
 赤城の言葉に、坂山は大きく頷いた。
「うん。もうこんな生活から脱したいわ。また今住んでる家が知られたら……なんて考えると、怖くて仕方ないもの」
「ノボルやスチャースがいるから大丈夫ですわ」
「ホントよね。こんな時……」
 彼女の中には言葉の続きがあったのだが、声に出す直前で止まった。赤城もヴァルトラウテも催促はしなかった。
 一人を除いて。
「一人ぼっちは寂しいしのう」
 既にできあがっていた飯綱比売命(aa1855hero001)が坂山の肩の上に顎を乗せながら茶化した。
「え? あ……いや、そんなんじゃなくて」
「嘘を言えい~、顔に出ておるのじゃ。気持ちは分からなくはないぞー? もしこんな時恋人がおったら、こんなに寂しくなかったのにぃーと言いたげじゃ」
「ち、ちが」
 図星だ。久しぶりにどぎまぎする坂山を見た赤城は小さく笑った。
「そうと決まったら坂山、早速ナンパじゃ。こんなイケメン揃いのぱーてぃで何突っ立っておるのじゃ! それとも赤城殿に既に」
「さあさあちょっとお酒のおかわりでも貰いにいきましょう、飯綱さん」
 最初は狼狽えていた坂山だったが、クスクス笑いを浮かべる余裕を持ち直すとワイングラスを机に置いて先導されるまま手を引かれていった。
「また後でね、赤城君」
「おう、達者で」
 主催者も平穏無事ではいられない。赤城は応援も兼ねて手を振った。大変そうだなあ、と感想混じりに。


 当ホテル自慢の和食中のメニューの中には、厳選されたシェフが作ったスイーツも人気なのだ。キリル ブラックモア(aa1048hero001)は会場につくやいなやすぐにスイーツ類に飛びついた。
 最初に手に取ったのは、パフェ用のグラス。好きな果物や味のアイスを自分好みに作ることができるのだ。ゼリーやチョコソースも備わっている。キリルは抜群のバランス感覚で山のようなパフェを完成させ、上品にスプーンで一口頂いた。ストロベリー味のソフトクリームだ。
 本物だ。スイーツの王女はすぐに分かった。着色料を使ったとか、苺ではなくベリー系の別の果物を入れて味だけ整えたとか小細工はない。何とも、本物の苺が舌に乗ったような感覚。
 本物の味、それ以上にスイーツグルメを唸らせたのは溶けたアイスだった。ストロベリーのクリームが溶けて下へと流れて――これ以上は長くなるので割愛。
「……スイーツ系、足らんようなってもうたら堪忍どす……」
 スイーツに特化したキリルの姿。弥刀 一二三(aa1048)は挨拶しにきたノボルに言った。
「多分大丈夫……じゃないかなあ。お腹壊さないといいんだけど」
 キリルの視界にふと豪華な代物がうつった。採掘され尽くしたパフェを片手に、キリルは弥刀に近づいて豪華な代物を指差してこう言った。
「ひほ! ふふぃ! ほほはふんへんほはあーは!」
 こう言った、といえるのかは怪しいが。
「口に物入れたまま喋らんとくれやす!」
 指の先にはチョコファウンテンとタワー。珍しい代物だ。キリルはパフェを弥刀に託して(押し付けて)チョコファウンテンへと早歩きした。近くにいはホテルの職員にこう尋ねる。
「食べてもいいのか?」
「はい。食べ放題ですよ」
 職員がまた、乗せるのが上手。どうぞ、とキリルは串に刺されたマシュマロを手渡された。これをチョコに浸して食すのだ。
 甘美なる味わい。日常ではありえない、スイーツの美しさ。チョコクリームの――割愛。
 さて、弥刀の目的は二つあった。年中財布が重くならない彼はここぞと言わんばかりに料理を楽しむことと、もう一つはスチャースと会うことであった。
 次々とマシュマロが無くなっていくのを目の当たりにする。職員は美味しそうに食べる姿を愛想良く見ていたが、今の所なくなるペースが早い。マシュマロの残像が見える。大丈夫だろうか……。
 おかわりの品を集めにいっていた荒木 拓海(aa1049)が戻ってきた。少し遅れてメリッサ インガルズ(aa1049hero001)も帰還だ。
「ただいま~。このホテルは凄いね……二回おかわりしただけじゃ足りないほど、まだ沢山料理が眠ってたよ」
「ほんますごいと思うで。大物俳優の人らが来るような場所どす」
 二人の会話を耳にしていたスチャースは近くの椅子に座った。彼はロボットだから食を楽しむ機能はないが、場を楽しむことはできる。
「大物俳優ならぬ、大物リンカーとでも言えようか」
「大物リンカーかあ……。今まで頑張ってきた成果が実ってきたのかな」
 豪華なホテルでやるという話から、弥刀と拓海は衣装を整えてきていた。弥刀は黒いスーツにループタイを付けて、拓海はテーラードジャケットを着て来場している。キリルはタイトワンピに身を包み、メリッサはサテンミニドレスだ。優雅さを感じる四人の格好は、大物俳優が公の場に姿を現している情景に似ている。
 弥刀はスチャースの隣の席に座って腹を撫でながらこう口にした。
「昔よか表情豊かんなっとるで。坂山はんとノボルはんや皆のお陰やろか?」
「そうなのだろうか。私の視点からは分からない、変わったように感じないせいだろうか」
「自分じゃ気付きにくいやろしなあ。でも初めて会った時のスチャースはんは、大物リンカーだなんて洒落た言葉は言えんと思う」
 心なしか、無機質な体のはずなのに柔らかさを感じた。金属で出来ているはずなのに。
「私は、エージェント達と一緒にいる内に変わったのかもしれないな。今思えば、私の目的は幸福を探すことだったはず。本当の幸福を知れば電気ショックが発生し、この意識も無くなっているはずだった。最初は躊躇はなかったが……」
 色々なエージェントと出会って、色々な言葉を受け取った。幸福を探す旅は呪いであると橘は一年前に言ってくれたが、最初はその意味がよく分かっていなかった。
 一年越しに理解していた。今は意識の消失の恐れに気付いた。
「初めて私の意識に戸惑いを感じた時はバグだと認知せざるを得なかった。私は対処法を知らなかったし、相談もできなかった。だからつい最近だ、そのバグが愛と呼ぶことに気付いたのは。気付いてから、意識の消失が嫌になったな」
 愛という感情を知る程に、スチャースは大事にされてきていた。弥刀は腹を撫でていた手を頭に移して微笑んだ。
「スチャースが元気で幸せそうやとうちも幸せな気分、なりまっせ」
 愛という感情を知りはしたが、理解するのはまだ難しい。愛を知るのは、またいつになるだろう。一年後か、遠い未来か、もしかしたら永遠に理解できないのか。


 ナンパに耽る英雄を尻目に橘 由香里(aa1855)はディナーを終えて食休み中だ。
 ……他の参加者の迷惑にならないよう、行き過ぎたら止めに入ろう。
 遠くでは白金 茶々子(aa5194)が坂山とお喋りをしていた。坂山はつい五分前、飯綱の手から何とか解放された。それまでは赤城やホテルの支配人に見境なく声をかけていたが、話し好きのバーのマスターに救われた。飯綱がマスターに多弁さを披露しているのを傍らに、ひょっこり抜け出してきたのだ。
「以前はお世話になりましたっ」
 白金は一度坂山にオペレートしてもらっていた。お礼の機会を窺っていて、丁度パーティをすると知って参加したのだ。
「あら、茶々子ちゃん。来てくれてありがとう、美味しいものなら沢山揃ってるから是非食べてちょうだいね」
「はい! あの、プールって使っても良いのですか?」
「勿論。水着は持ってきてなくても貸してくれるみたいよ。遊びたい?」
 茶々子は大きく頷いた。四季彩々の料理よりもプールだ。元気なお子様らしい選択に愛嬌が見える。
 坂山は周りを見渡した。偶然に橘と視線がぴったりと重なると微笑みを浮かべ、彼女を手招いだ。
「そろそろ止めた方がいい?」
 橘は横目で飯綱を見ながら坂山に尋ねた。坂山は苦笑して首を横に振った。
「ふふ、その事で呼んだんじゃなくてね。茶々子ちゃんに紹介しようと思って。まだ二人とも会った事がないって聞いて。黒金君の恋人、由香里ちゃんよ」
 大袈裟に表現してくれるもんだから、多少ながら橘も照れ模様を浮かべて斜め上を向いたが、持ち直しに努力して白金と目を合わせられた。
「橘由香里よ。よろしくね」
「お兄ちゃんのお話していたお姉さんなのです! 美人なのです!」
「そ、そう? ありがと」
 黒金、白金の兄なら面と向かって美人なんて照れくさくて言えないだろうか。
「坂山さん、プールお借りします! 由香里お姉ちゃんに遊んでもらいたいのです」
 顎に右手を置いて少し思い悩んでいた橘の左手を繋いだ白金はお散歩が待ちきれない元気なわんこのようだ。やれやれ、溜息混じりに橘はプールに出掛けた。
 坂山はバーに寄って、静かにカクテルを楽しむシェオルドレッド(aa5194hero001)の隣に座った。
「可愛い子ね、あなたの主人は」
 隣で、坂山は赤ワインを一つ。
「世話の焼けるっていう言葉の意味をしっかり教えてくれる良い主人よ。迷惑はしてないけれど」
「あの年代の子は皆、そういうものよ。だから可愛くて、一緒にいたくなるのよね」
「根っからの先生向きね。あなたが教師だった頃、随分と生徒達から人気だったんじゃない?」
「自信はあるわ。何十年と黒板の前に立っていたけれど、生徒を愛さなかった年なんてなかった。だから皆もすごく良い子でね」
 色々な思い出が蘇る。幸せな出来事はたくさんあったが、その裏では不幸な出来事もあった。当然のように。
「生徒一人一人には皆、必ず壁があったの。試練って呼んでもいいかもね。私は試練を何とか乗り越えさせたいと思って、一緒に手を繋いで頑張る時もあった。だけど、私の行き過ぎた行動から不登校になった生徒がいるの。何となくその子、茶々子ちゃんに雰囲気が似てて、元気な子だったのよね」
「元気だった分、尚更重いのね」
「そう。だから茶々子ちゃんには元気なままでいてほしいしできれば、二度と武器を握って欲しくないとさえ思うわ。反面、それは成長の切っ掛けを奪うエゴだとも思う。パーティに来てくれたアリスちゃんだって、普通なら中学校に通ってるくらいの子よ。握ってるのは鉛筆やシャーペンじゃなくて剣」
 ワインのほろ苦さが、何となく自分の気持ちを表現してくれているような気がして、だから坂山は慣れないワインを飲んでいた。
「子供達が戦場に行く事のない世界に変わっていけばいいって、事ね」
「そう。シェオルさんとは話が合うわね」
「ありがとう。日本だけじゃなく、リンカーだけじゃなくて色んな所で子供は使われてる現状よ。大人である私達が努力すれば変わっていくに違いない。私はそう思ってるわ。簡単な話じゃないんだけど」
「そうね。私達が頑張るしかないか……」
 希望とはどこからともなくやってくるものだ。同じ考えの人間が、シェオルさん以外にも沢山入れば不可能ではない未来。簡単じゃないけれど、想い続けていればそのうち叶うだろうか。


 月明かりとホテルの柔らかな明かりに照らされていたプールには何人かのリンカーが集まっていた。メリッサはキリルとノボルを連れて遊んでいた。プールサイドには夜景を楽しめる腰掛けイスもあり、赤城ははしゃぐ様子を眺めながら夜景を楽しんでいた。隣には斎藤綾の姿が。そのまた隣で二人のアリスが飲み物を持って喧騒の中でゆっくりしている。
「ノボル君! いくよーっ」
 メリッサはどこからかビーチボールを持ってきてプールに降りると、ノボルに向かってトスした。プールの中でのビーチボールは難易度が跳ね上がるものです。
「ちょ、ちょっ」
 不意打ちだった。ノボルは片腕を上にあげてボールを浮かした、次はキリルの番だ。キリルは両腕を頭の上に掲げ、ボールを見事! キャッチ!
「ボール取っちゃうの?!」
「間違えた」
「すごいね、綺麗に間違えたねキリルさん」
 ノボルは水を跳ねながら面白そうに笑って、拍手。その見事具合に拍手を送るのだ。
「キリルさん、わたしに向かってボール投げてー」
「分かった」
 キリルはボールを打ち上げると、手の平で、掌底! ボールは一直線にメリッサの方へ飛ばされる。メリッサの拳骨に当たったボールは何故か引き寄せられるように真後ろへ向かい、丁度後ろでよくわからないポーズを決めていた白金の背中に突撃、すってんころりん。「わぁー!」という声と共にバランスを崩してプールの中へ消えた。
「私は、ビーチボールの才があるのかもしれない」
「多分勘違いなんじゃないかな……? あ、そうじゃなくて、茶々子ちゃん大丈夫ー?」
 メリッサはプカプカ大の字で浮き上がってきた白金に近づいた。白金は目が開いており、意識は失ってない様子。
「申し訳ない。まさかボールがあんな動きをするとは思わなかった」
 キリルはプールサイドに登っていて、便宜的な保護者橘に謝っていた。普段は強く人見知りなキリルだったが、今回ばかりはと腹をくくっている。
「ええ、私も同感よ。大きな事故じゃないし大丈夫だと思う。茶々子ちゃんも楽しそうだし……」
 プールに落とされて起きながら茶々子は「びっくりしたのです! でもとってもスリル満点で、なんだか感動しました!」と、確かに楽しそうである。
 メリッサはビーチボールは危険だからと、大きな浮き輪を持ってくることにした。これなら危害もないだろうし。
 斎藤は学校の帰りだ。今日は制服の格好で、自分の場違い感から何となく遠慮がちな位置にいた。
「ちゃんと勉強頭に入ってるか? 結構バタバタしちまったし、集中すんのも難しいと思ってな」
「あ、大丈夫です、ありがとうございます。リンカーの皆さんがついているって思うと、なんだかそんなに心配いらないような気もして」
「なら上々だ。信頼感があるって嬉しいもんだぜ。任せとけ。奴らを片すまで兄には会えないと思うが……」
 両親の行方が分からない綾は、兄と二人で仕事をして生活していた。二人を雇ってくれた店のオーナーも寿命で倒れ、家ごと譲ってもらって仕事を続けているのだ。
 兄がいなくなった今、クォーターという保護者リンカーの力も借りて二人で生計を立てていた。綾から兄に送られる親愛の情は、大きい。その分赤城は気がかりだった。寂しくはないか。
「我慢します。兄に会うのは、だけど……早く会いたい気持ちはあります」
「そんなら、早い内にとっちめないとな。頑張るぜ」
 そういえばクォーターの姿が見当たらないと思って周りに目を走らせると、会場の方で飯綱に絡まれていた。足元がおぼつかなくなり始めた飯綱の肩を支えている。
 以前の作戦では世話になったからと感謝の言葉を授けに行こうかと思っていたが、今は難しそうだ。
「赤城さん、兄をよろしくお願いします……!」
 綾は椅子から立ち上がって頭を下げた。ただの口約束では終わらせない。赤城は分かったと返事をして、満面の笑みを作ってみせた。
「よし、そろそろスイーツに」
「もう少し泳ぎましょう~」
 デザート食べ放題に戻ろうとしたキリルの腕はメリッサの手によって引っ張られ、プールに沈む。
 綾は頭を上げた時にその光景が見えて、思わず笑みが声に出てしまったのだ。


「愛と涙のお笑いコンビ、アラッキー&ヒフミン、二人合わせてブラッドオペレート! 自分で自分を切り刻み、身を挺したネタの果て!」
 どうやら弥刀と荒木は今度M1でお笑い芸人としてデビューするらしい。
「ま、待て自分で自分の身を切り刻むのか?」
 マゾヒストなのか? と冷静な言葉。
「って……冗談だから、な――」
「お、驚いた……。しかしなるほど、これがお笑いというものか。お笑いも理解しなくてはならないな」
「スチャース、漫才は本気にせんでありのまま楽しむのが一番なんや。理解する、とはちょっと違うような気がしはるで」
「そうなのか。うーむ、やはり難しい」
 スチャースはまだ笑いという感情を知らなかった。知れば、より人生には深みが増すというものだろう。人生は感情の数によって左右されるもの。人間を理解する旅はまだまだ続きそうだ。
 漫才のちょっとした披露が終わると、そろそろ閉場の時間が近づいているとアナウンスが鳴った。慌てた二人は急いで食べ物をお皿の上に乗せお肉やお米をバクバク平らげていく。
「今食わんで何時食うんや! うちは万年金欠なんや!」
 腹の八分目まで来ると、二人は今度はバーに寄った。本当に仲が良いんだな、スチャースの真正面からの感想だ。
 アナウンスは来たもののまだ三十分は時間があるとの事で、ゆっくりとお酒を堪能する時間はあった。荒木は日本酒のカクテル、弥刀はスティンガー、バラライカ、ジンフィズを堪能だ。最後はズブロッカをストレート。
 すると弥刀は珍しくも酔いが回り始めていた。
 その様子を後ろで見ていた坂山は支配人に、こう囁いた。
「タクシー、二台分呼んどいてもらえるかしら。∪Dタクシーがいいわ」
「畏まりました。……お客様方は実に楽しそうですね」
「クス、そうでしょ。皆良い子で、面白い子達なの」
「見てる私らも、皆楽しくなるものです。今宵は良い時間を、どうもありがとうございました」
「こちらこそ。美味しい料理に、優しい支配人さん。――あ、そうだ。お願いがあるんだけど……あのピアノ、引いてもいい?」
「勿論でございますとも」
 坂山はピアノの前に座った。以前、ピアノを努力して演奏していた時期があったものだ。その時にお世話になった「月の光」は未だ、忘れたことがない。
 白と黒の鍵盤。坂山はふと真横に人影があった。人影はアリスが作ったものであった。
「気が散るかな」
「ううん、そんなことないわ。お客さんは多い方がいいもの。聴いててくれる?」
「そのためにここに来たんだしね」
 久々に弾いてみたいという感情だけで椅子に座ったが、気づけばシェオルもお客さんの一人に加わっていた。坂山と目が合うと彼女は微笑むだけで、演奏を待った。
 会場に響いていた音楽は止まり電気は消え、スポットライトは坂山を照らした。
 やがて、演奏が始まる。静かで物悲しい始まり方だが、音色が優しさを帯びていた。
 ピアノは月の光を浴びて、輝いていた。演奏が終わるまで、誰もがピアノの音色に心を奪われていた。演奏が終わり、坂山の手が鍵盤から離れると同時に、沢山の拍手が降り注いだ。
「今日は皆、集まってくれて本当にありがとう。とっても嬉しいわ」
「オレ達も楽しかったよ、ありがとう」
 暗闇から聞こえた優しい声。楽しい夢の幕は、少しずつ降りてきていた。

「スチャースーうちの子んなれやあー」
「しっかりしろ……こう言うのは独り占め出来ないから良いんだぞ」
 酔っ払い弥刀に肩を貸して、荒木は会場を後にした。下で待機していたタクシーに一緒に乗り込んで家まで送ってもらうのだ。
 ちなみに、飯綱はといえば、鼾をかいて熟睡中。
「……ねえ、スチャース。これ、置いていっていい?」
「う、うーん」
「駄目? やっぱり……?」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 希望の守り人
    白金 茶々子aa5194
    人間|8才|女性|生命
  • エージェント
    シェオルドレッドaa5194hero001
    英雄|26才|女性|ソフィ
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