本部
幻影蝗と貪食蛙
掲示板
-
蝗パニック相談卓
最終発言2017/09/14 20:35:00 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/09/13 05:08:02
オープニング
●デブじゃないデブ
「あっちにいたぞ!」
「こっちに隠れてた!」
夜の街にエージェント達の声が響き渡る。武器を担ぎ、彼らは連絡を取り合いながら駆け回る。物陰に潜んでそんなエージェント達の様子を窺っているのは、一匹の痩せに痩せた、毛むくじゃらのカエルであった。
「クソクソクソッ。オレは食べたいだけなのに。どうして寄ってたかって邪魔するんだ」
目をぎょろぎょろとさせて、カエルはひっそりと喉を鳴らす。一月ほど前の一件以来、プリセンサーに片手間にマークされるせいで食事をろくに取れないでいた。今夜もそうであった。夜中にひっそりと穀物倉庫に侵入しようとした矢先、エージェントの待ち伏せに遭ったのである。
「クソ……だんだん眩暈までしてきた……あいつらのせいだ……あいつらが……」
「随分と困ってるようだな」
不意にカエルの頭上で声がする。見上げると、杖を片手に黒いローブを纏った老人がふわりふわりと降りてくる。
「随分とエージェント達に目を付けられているようじゃないか。一体何をしたというのだね」
「何もしてない……ただ食べたいから食べてただけだ」
カエルは呻く。彼にしてみれば、エージェントが勝手に怒って襲い掛かってきたようなものだった。老人はカラカラと笑い、カエルの背を叩く。
「そうかそうか。それは災難だったな。……時にカエル君よ。私には君に、エージェントに囲まれてもなお好き放題物を食べられるだけの力を貸してやることが出来るんだが……貸してほしいかね」
「何だって? くれ。貸してくれ! オレはもう腹が減って減って仕方ないんだ!」
「勿論タダというわけにはいかない。まずはお前が集めたライヴスの一部を私に拠出すると約束したまえ。そうでなくては私も力を貸す意味がないというものだ。そしてもう一つ……」
老人はくるりと振り返る。路地に響く蹄鉄の音。
「お前は世界の食べ物を食べ尽くせ。こいつも助けに出してやるのでな」
「世界の食べ物を、食べ尽くす……」
老人の視線を追い、カエルは見た。
夜空にはためく黒い旗を。
「大仕事になるぞ。この世には棄てるほど食べ物が溢れているらしいからなぁ」
●広場に響く悲鳴
翌日、街の中央の広場は大盛況であった。日本各地のB級グルメを集めた”食の展覧会”が開催されていたのである。数え切れないほどのテントが広場にひしめいて互いに味を競い、またわざわざ地方から遠出してやってくる客もいて会場はごった返している。また要所要所にはエージェント……君達の姿も見える。プリセンサーが察知したのである。例のカエル――”アバドン”が出ると。守備は万全、熱気も十分、展覧会は間違いなく成功裏に終わるはずだった。
のだが。
「あ、あああああっ!」
テーブルに料理を広げ、いざ食べようとしていた一人の男が悲鳴を上げる。彼だけではない。会場の至る所で悲鳴が上がった。彼らは弾かれたように立ち上がり、料理から逃げ出す。
「バッタ! バッタが! バッタがあああッ!」
悲鳴はすぐさま会場全体へと広がっていく。慌てて会場に飛び込んだ君達は愕然とする。会場の上空を埋め尽くすほどの規模で、大量の蟲が、飛蝗が飛んでいる。巨大な翅を広げたそれは次々食べ物に向かって舞い降り、肉だろうと野菜だろうと構わず食いつき始める。これでは食の展覧会どころではない。店主も客も我先にと逃げ出した。
「ぐふ、ぐふふ……メシ、喰う!」
そこへ突っ込んできたのが、だぶだぶに肉を付けたカエルである。テントを体当たりで薙ぎ倒し、カエルは煮込まれていた鍋を手に取ると、いきなり中身を全て口の中へとぶち込む。その間僅か一秒の出来事である。そのままカエルは隣のテントを吹き飛ばし、舌を伸ばして仕込み前の鶏肉も今まさに炭で焼かれていた焼き鳥も纏めて呑み込んでしまう。これもまた一秒もかからぬうちの出来事であった。
虫はキモイ。視界も遮られるレベルだ。しかしカエルを放っておくわけにもいかない。武器を闇雲に振って虫を薙ぎ払いながら、カエルを目指して走り出す。
「……」
だが、そんな彼らの前に一人の騎士が立ちはだかる。虫の羽のような光沢を放つ黒い鎧を纏い、その右手には秤を持った騎士が、黒い馬に跨り旗を掲げている。その黒い布地は至る所を虫に喰われ、また季節外れの霜が纏わりついていた。
その旗を見た途端、君達は背筋がぞくりと冷えた。舌が痺れ、胃が押し潰されるような感覚を覚える。今にも胃の腑の中身を全て吐き出してしまいたい気分だ。
しかしそんな事をしている場合では無い。本能が叫んでいる。
この騎士は、少なくとも”この騎士”だけでも、倒さなければならないと。
解説
メイン 黒騎士を撃破する
サブ アバドンを交戦などで追い返す
エネミー
ケントゥリオ級従魔ファメース
虫のような光沢を放つ鎧を纏った黒騎士。ライヴスで出来た蝗をばら撒きイベントを大混乱に包んだ。
ステータス
魔防B、その他D~E
スキル
・死の舞踏
虫に集られた凍れる黒旗が掲げられる時、飢餓が起きる。
[接敵中回復アイテム使用不能。また、このキャラクターの周囲1000sq以内にいる限り、食事を行う事が出来ない]
・アイスローカスト
夢か現かもわからない、冷たい蝗の大軍が襲い掛かる。
[自身を中心に半径50sqの攻撃。魔防の対抗判定を行い、勝利した場合(15-特殊抵抗)の固定ダメージを与える]
ケントゥリオ級愚神アバドン
前回の出現以来、エージェントの警戒のためにろくな食事をとる事が出来なかった食いしん坊。突如現れた老人の口車に乗せられ、力と黒騎士を借り受けた。
ステータス
物攻C 物防F 魔攻C 魔防F 命中A 回避A 生命S 移動S イニS 抵抗A(十割ガリ)
物攻A 物防A 魔攻C 魔防A 命中A 回避F 生命S 移動F イニF 抵抗A(十割デブ)
スキル
・でぶでぶ…鯨飲馬食を行う。[回避・移動・イニ減少。物攻・物防・魔防・体重増加]
・がりがり…脂肪を燃焼させる。[生命力回復orBS回復。物攻・物防・魔防・体重減少。回避・移動・イニ増加]
・大跳躍…緊急離脱。[シナリオ中一回のみ使用。戦闘から離脱する。(10-イニシアティブで上回られた値)割の確率で妨害を回避する]
フィールド
●B級料理イベント会場
ご当地グルメがこれでもかと集められた大イベント。デブと蝗はとにかく目に付いたものを食べている。
●障害物
テントが多く張り巡らされている。デブが薙ぎ倒しているが長物(1.5m以上)を扱う際には注意。
●幻影蝗
蝗が飛び回っている。きもい。
リプレイ
●吐き気と空腹のチークダンス
「予測通りに現れたね、でっかいカエルが。黒騎士というオマケまで連れて」
杏子(aa4344)は既に刀を抜き放ち、臨戦モードに入っていた。テトラ(aa4344hero001)が彼女の元へふらふらとやってくる。
『……胃から何か上がりやがる』
「大丈夫かい?」
しかめっ面でテトラは頷く。邪神の意地にかけて吐きはしない。右手に握った割り箸をばりばりと折り、彼女は声を絞り出した。
『食事の邪魔をしやがって……おい杏子、今回は私に戦わせろ。こいつらをまとめて吹き飛ばして、仕切り直しだ』
「(黒い馬に乗って、秤を持った騎士……他にもいたりするのかしら)」
水瀬 雨月(aa0801)は憂いの籠った溜め息をついて騎士を見据える。その右手は鳩尾の辺りをさすっている。胃に石でも詰められたような感覚だった。
「(それにしても、あの旗を見てから気分が悪いわね。奈落に叩き落としてあげようかしら)」
『何故だ。このカレーを食することを心から欲しているのに、身体はそれを拒否している』
アムブロシア(aa0801hero001)はカレーを一掬いしたまま硬直している。雨月は気だるげに手を伸ばしてスプーンを皿の中に置かせると、その襟を掴んで引っ立たせる。
「虫に囲まれてたら食欲なんて失せるわよ。さっさと片付けましょう」
「……原因は、あの旗ね」
ルー(aa4210hero001)と共鳴したフィアナ(aa4210)は飛び交う虫にも怯む事無く戦場に立つ。正面に黒騎士を捉えながらも、その目は鋭く会場全体を見渡していた。混乱の中、逃げ遅れてしまった人はいないか。澄んだ若竹色の瞳で彼女は見渡す。
『(さて、どうする?)』
「決まってるわ」
フィアナはにっと笑うと、胸を張って揚々と歩き出す。
「あの旗を折って、この旗を代わりに掲げるの。闇を遍く照らし導くこの光の旗を」
聖銀のポールを一気に振るうと、傍を飛び交う蝗は次々に吹き飛ぶ。ふわりと吹いた風に、黒い布地が翻り、白金の文字が輝いた。
『俺虫苦手なんだよ! ……とくにこういうバッタ系』
「大の男が何言ってるのよ! 佃煮が飛んでくると思えば……」
『虫の佃煮なんか食えるかよ!』
御童 紗希(aa0339)とカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は蟲に囲まれても平常運転の口喧嘩だ。何故か銀髪に真っ赤なドレスの出で立ちをしていたが。
「長野県民に謝れ! というか何で変装なんかしてるのよ!」
『こないだの調査に入った俺らはあのカエルに恨まれてるかもしんないだろ?』
黒騎士を相手にしている間に殴りかかられては困る、というわけだ。
『貧相な身体つきに2メートル越えの大剣……お前の共鳴姿は目立つからな!』
「華奢って言いなさいよこのバカ!」
『うーっす、じゃあ行っきまーす』
「ちょっと!」
「バタバタ跳ね回りやがって。纏めて薙ぎ払ってやろうじゃねえか!」
『(蟲なんぞ、我にとっては虚仮威しにもならんわ!)』
逢見仙也(aa4472)は長剣を鎖付きの鞘に納め、荒ぶる獣のように構える。その視線の先には我が物のように会場の地を踏みしめる騎士の姿。
「大人しく死んどくんだな」
鞘の奥から鋭い光が起こった瞬間、彼の周囲に何本も得物が浮かび上がる。騎士が気付いて仙也に振り返った瞬間、ディオハルク(aa4472hero001)は吼えた。
『ぶった切る!』
剣が抜き放たれた瞬間、幾つもの衝撃波がバリスタのように飛んでいった。
「……」
騎士は秤を衝撃波に向かって突き出した。両の皿から新たな蝗がうじゃうじゃ溢れ出す。蝗は見る間に密集して巨大な壁となり、衝撃波をその身で受け止め粉々に砕け散った。騎士は秤をさらに高々と掲げる。
途端に蝗が冷気を纏う。さながら黒い霧となって、周囲を覆いつくした。羽音と共に冷気がエージェント達へと襲い掛かる。だが、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は一切動じなかった。
『(大丈夫よ六花。この程度の温い冷気、私達には通じないわ。私がついている限り……雪も氷も、六花の味方だもの)』
アルヴィナは冬の女神。大地を雪氷に閉ざすは嘗ての使命。それにかけてこの騎士は見過ごせない。氷鏡 六花(aa4969)もまた、力強く頷いた。
「ペンギンは……南極の厳しい環境で寒さにも飢餓にも耐えて生きてるの。こんな奴に、負けたりなんかしないっ!」
開かれた魔導書。彼女が呪文を唱えた瞬間、氷のサリッサが騎士へと飛んでいく。仙也の一撃で散った蝗はサリッサを止められない。騎士の肩にその切っ先が直撃した。騎士はぐらりとよろめくも、どうにか体勢を立て直す。
蜘蛛模様の着物を着崩しカグヤ・アトラクア(aa0535)が、ブーツを鳴らして駆けていく。その隙にも飛び交う蝗を光の鉤爪で薙ぎ払いながら。
「バッタをばったばったと薙ぎ倒すのじゃ」
『……はぁ。雑魚より黒いの狙いなよ。暇でしょ?』
「うむ」
クー・ナンナ(aa0535hero001)に下らないダジャレを窘められると、カグヤは歪んだ笑みを浮かべつつ騎士の懐へと踏み込んだ。群がる蝗など意にも介さず、馬の脇腹に爪を突き立てる。
「のぅ、頭が高くないかの?」
騎士は旗を振るうと、カグヤをその石突で突き離す。そのまま蝕まれた旗をカグヤに突き出すが、彼女は動じず裏拳で弾く。
「もとよりわらわはモノを食する事が嫌いじゃ。命が勿体ないのでな」
カグヤは再び構えを取ると、悠然と懐へと潜り込む。鉤爪が歪に光った。
「故に、わらわの飢えはこうして収まるのじゃ」
「あれが……騎士か」
『(蒼の騎士以来ですね。また直接お会いする機会に恵まれるなんて……)』
蝗を払い除けながら、桜小路 國光(aa4046)は内側のメテオバイザー(aa4046hero001)と共に黒騎士を見つめる。件の漁村で“死神の主”の名を目にして以来、騎士達はそれとなく気にかけていた存在だった。
「(今相手にするべきはあれじゃない。こっちだ)」
『(えと、すごい食べっぷりなのです……)』
國光とメテオは金属の触れ合う音を立てる蛙に目を向け直す。鍋を手にとっては口に中身を流し込み、火傷も構わず鉄板を掴んでは、上に載っていたものを全部呑み込む。アバドンの識別名も必然と思えた。
「ぐふ、うま」
「……これもどうぞ」
國光は静かに蛙に歩み寄ると、段ボール箱に詰めた肉や野菜を差し出す。刹那、素早く伸びた舌が段ボールごと食糧を絡め取り、巨大な口の中へと詰め込んでしまう。
「うまうま。生きてる味だ。うま」
蛙はもごもごと呟く。その様子は、まるで食糧を差し出した國光などそこに存在していないかのような振る舞いだ。
「あの、蛙さん」
「もご」
『あの』
「うま」
ろくな反応がない。ひたすら食べている。メテオはひそひそ國光に話しかけた。
『(あの、チョコとか、マグロとか)』
「(今出しても……意味が無さそうだな)」
その時、大人の姿を取り戻したテトラが禍々しい装飾の双剣を手にアバドンの方へと突っ込んできた。
『おい、そこの邪神もどき!』
全力で呼びかけるものの、アバドンこれを無視。むしろ聞こえているかも怪しい。テトラは頬を引きつらせて歪んだ笑みを浮かべる。
『この私を無視するとは良い度胸じゃないか』
テトラは蛙の正面に回り込むと、怒りを肩に漲らせてその目を斬りつける。しかしそれでもアバドンは無視した。潰れた目がみるみる癒えていく。
『……良い度胸だな本当に!』
呆れたように叫び、テトラは蟇蛙と蝙蝠の装飾が施された双剣をアバドンの脳天に叩きつけた。脂肪がぐんにゃりと沈み、刃を呑み込む。効いているかも怪しい。
だが、その一撃はついにテトラ達を気付かせたらしい。
「もぐ、……何?」
●明かされるフラグメント
「この凍気で、貫く!」
六花の周囲に浮かび上がる氷槍の幻影は、護符の光を帯びて一瞬実体を得る。舞うように艶やかに、その細い手が伸びると同時に槍は空を切って騎士へ飛んでいく。しかし黒騎士も蝗を次々呼び出すと、それを盾代わりにして直撃を避けた。
「そちらが蝗をばら撒くというなら、私も一つ喚ばせてもらおうかしら」
雨月はすかさず騎士の側面へと回り込むと、素早くネクロノミコンのページを繰る。瞬間、ページとページの狭間からどす黒いスライムにも似た何かが次々に溢れ出してくる。それはぬめぬめと地を這い、蝗を次々に飲み込みながら騎士へと迫る。
「こわくないこわくない。たぶん、おそらく、きっと……」
口端にほんの僅か笑みを浮かべ、雨月は呟く。“何か”は黒馬の足下に集うと、一斉に騎士に騎馬に飛びつきぬるぬると中に呑み込まれていく。騎士は慌ただしく旗を振るって“何か”を振り払おうとするが、上手くいかない。その瞬間、“何か”が突然燃え上がり、馬も騎士も蝗も炎へと包む。霊力を敵に染み込ませた状態で放つ名状しがたい一撃。一等の魔導士である雨月ゆえに成せる業だ。魔導書に挟み込んだ護符を指で撫でると、笑みの奥に恨みを潜めて言い放つ。
「……食事を邪魔したのだから、これくらいはされて当然でしょう?」
騎士が炎に巻かれて混乱している隙に、今度は厳めしくも見える手甲を両腕に嵌めたカグヤが突っ込んでいく。
「降りよ! 時代は格闘じゃ!」
早速カグヤは飛び掛かるように騎士をぶん殴る。雨月に燃やされていた馬は体勢を崩して転げ、騎士は咄嗟に馬から飛び降りた。
「なんかこう、殴り殴られる感覚というものは、生を実感出来ていいものじゃぞ! 着物の裾を流して蝶のように舞い蜂のように差す様は絵になるじゃろ? うん」
ピーカブースタイルで間合いを削り、さらに拳を騎士へ叩き込む。
『えー、可憐とかとはかけ離れたガチの重戦士じゃん』
その姿にクーは冷静なツッコミを入れつつ、実況を始めた。
しぶとい生命力と鉄壁の防御で攻撃を受けきって、そのまま反撃カウンター。相手が鎧なのに中身をミンチにするくらいに殴ってるし、足甲に切り替えたと思ったらローキックで膝壊しにかかるし。……むしろ凶暴、狡知。身も心も蜘蛛になった?
「カカカッ、まあたまにはいいじゃろ。強敵と戦えぬ日々が続けば心が飢える」
無駄話の隙に蝗の群れを呼び出し、騎士は新たな騎馬を生み出しそれに跨る。大回りに走って飛び交う魔術を躱す騎士に、カグヤはにやりと笑みを浮かべた。
「おぬしは楽しませてくれるかの?」
くとぅるふふたぐんにゃるらとてっぷつがーしゃめっしゅしゃめっしゅにゃるらとてっぷつがーくとぅるふふたぐん!
『ふっははは! 聞こえるだろう私を讃える声が! 自分が何に歯向かっているか理解したかこの邪神もどきが! ……脳味噌にまで脂肪付けてにぶちんになりやがって!』
テトラはアバドンの耳元に剣をぶっ刺し、剣から響く悍ましい詠唱の声を聞かせる。その姿は邪神としての威厳と脅威に溢れていたが、何処か意地を張っているようにも見えた。
「うがあくとぅんゆふくとぅあとぅるぐぷるふぶ……? ん? なに、言ってる、おで?」
『くそっ、この怠惰野郎め!』
「あの……そろそろ交代してもいいです?」
テトラが蛙の正体は本当にツァトゥグアなのではないかと思い始めた頃、國光がそっとその肩を叩き、ワールドクリエーターを差し出す。苦々しげな表情をしたテトラは、小さく頷いた。
『あ、ああ。……コイツ、なかなかのタマだ。正気度90はある』
「初期最大値じゃないですか。えーっと、アバドンさんですね? 質問に答えたら食べ物あげると言ったら、答えてくれますか?」
「食べ物! よし、こたえる、おで」
すぐ乗ってきた。食べ物をちらつかせるととりあえず思考を放棄するらしい。國光はなるべく愛想の良い笑みを浮かべ、丁寧に尋ねる。
「あの黒い騎士とは前から知り合いなんですか?」
「知り合い? 違う。あれ、貰った」
國光は素早くホワイトクッキーを差し出す。コンマ数秒で呑み込んだ。
『渡された? 一体どなたにですか?』
「知らない。何か、変な、じじい。ローブ、着てた」
メテオの問いにもするする答える。一を聞いたら五は返ってくる勢いだ。國光はチョコレートを差し出す。これも一秒とかからず食べる。
「ローブを着たお爺さんですか……知り合いでもないのに、どうしてあんな強い従魔を貸したんでしょう……? その人は黒騎士を貴方に差し出す時、貴方に何か欲しいって要求しませんでしたか?」
國光がいかにも興味津々な雰囲気を装って尋ねると、アバドンは新たな食べ物を求めてずんずんと会場を突き進みながら声を絞り出す。
「欲しい? 言った。ライヴス、くれって。おで、あげた。よく、わかんない、けど」
ボルシチを投げる。加熱剤も容器も纏めて食べた。
『(……食べ物じゃないものまで食べちゃっているのです)』
メテオはアバドンにとっての食事の定義が分からなくなってくる。愚神に常識を求めても無意味ではあるのだが。メテオは気を取り直して質問を投げかける。
『他に何か言ってましたか? なんでもいいですよ?』
「ほか? じじい、この、世界の、食べ物、食べ尽くせって、言った。この、世界には、棄てるほど、食べ物、溢れてるから」
國光はとっておきのマグロを取り出す。咄嗟に舌を伸ばし、大口を開けてマグロを頭からゴリゴリと食べていく。意地汚い食べ方を前にして、國光はふと考え込む。
「(この地に飢饉でも再現しよう、って事かな)」
『(もしそうだとしたら、その愚神にとってそうするメリットって、何なのです?)』
『うがあああキモい! キモいって!』
凍った蟲に集られ、カイは大剣を振り回して叫ぶ。そんな彼の顔面に、カグヤの放ったケアレイの妖しい輝きがぶつけられる。
『ぶっ』
「パワー馬鹿の癖に、虫に囲まれたくらいで足を止めてしまうのかのう?」
『うるせっ! こういうのが俺の一番苦手なタイプなの!』
冗談交じりに言葉を投げ合い、カグヤとカイは並んで騎士へと間合いを詰める。騎士は旗を高く掲げたまま、馬を右に左に転じてカグヤとカイから間合いを離すように駆け回る。
「全然なってないわ」
そんな騎士を見つめ、フィアナは堂々と言い放った。彼女の掲げる旗は誇らしげに翻る。彼女は知っていた。旗の本分とは敵に絶望を与え、何より味方に希望を与える事であると。
「(あの旗は徒に死を振り撒くだけ。旗が泣いてるわ)」
『(そうだね。旗は光でないと、希望でないといけない)』
「その旗、叩き折ってやるよ!」
物陰に隠れていた仙也が、不意に騎士へと向かって飛び出す。抜き身の長剣を次々にその身の周りへ生み出し、一気に斬りかかる。最初は二本の剣を取って馬に足払いを掛ける。もろに喰らって馬の足が止まったところを、新たな剣で旗を斬りつけた。
旗の蝕まれた黒布がバッサリと裂け、無数の蝗の死骸となってばらばらと散らばる。騎士は素早くポールを振るい、新たな蝗を集らせ新たな旗を生み出そうとした。
「そう簡単にやらせるか!」
だが仙也の攻勢は止まっていなかった。軽く跳び上がると、落下速も乗せて思い切り剣を振り下ろす。咄嗟にポールを突き出しその一撃を受けようとしたが、金と紅の瞳を獣のように光らせた気迫を止められるわけもない。その手からポールはもぎ取られ、地面に転がる。
その瞬間、エージェント達を密かに苛み続けていた妙な空腹感が薄れる。
「(敵の旗が倒れた……まだ蝗は残ってるけど)」
白い剣を抜き放ち、フィアナは騎士へと一気に間合いを詰める。その間にも飛び交う蝗がフィアナに向かって突っ込んできた。ルーはさらりと呟く。
『(蝗はあの秤から溢れているようだからねぇ)』
「元々狙うつもりだったけど、なおさら試してみる価値があるね!」
一足飛びに詰め寄ってきたフィアナに気付いた騎士は、馬の腰に差したエストックを左手で抜き放ち、馬を走らせながらその切っ先を突き出す。フィアナはライヴスで盾を生み出しつつ、騎士の右側に回り込んでその一撃を躱す。
「これで!」
秤を手にした右手を狙って剣を振り下ろす。騎士は身を引いてその一撃を躱そうとするが、深く切り込んだ刃は、片方の皿をぱっくりと断ち割った。途端に氷を纏って飛び回っていた蝗の半数がうねり、闇となって消えていく。騎士は秤を掲げて新たな蝗を呼び出そうとするが、足無し、翅無し、明らかな奇形ばかりが生まれてはボロボロと地面に落ちていく。
しつこく襲い掛かる吐き気も、やにわに薄れた。反撃とばかりに振るわれたエストックを盾で弾き返し、フィアナは再び間合いを切る。
「(……蝗を操っていたのは、その秤の力だったのね)」
『(よし……今だ!)』
カイは水縹を振るい、その刃に左目と同じ燐光を纏わせる。そのまま大剣を振り回してその肩に担ぎ、全身にライヴスを湛えて前傾する。
『この技で一気に仕留める!』
仙也とフィアナの連続攻撃で足を止められた騎士に向かって、風のように突っ込む。その勢いに任せた袈裟切りで、まずは馬の首を斬り飛ばす。そのまま踊るように身を翻し、横薙ぎで騎士の胴体を真っ二つにする。それでもカイは止まらない。
『オラァッ!』
前宙の勢いを乗せて振り下ろされた唐竹割は、騎士の頭蓋を叩き割り、そのまま上半身を再び縦に引き裂いた。
騎士は大量の蝗の死骸となってその場に溢れ、周囲の蝗と纏めて霧散する。エージェント達はその瞬間、何にも喩えようのない不快感から解き放たれた。
蝗が消え、暴飲暴食を続ける蛙の姿がハッキリと見える。魔導書を閉じた六花は、顔色を曇らせそれを見つめた。
『あとは……あの蛙だけね』
「……うん」
●即物思考のインカーネーション
「うま、うま……あの、じじい、確か、名前、名乗った、気がする、なんだ?」
柄からにゅるにゅると伸びるUDONを食べながら、アバドンはうんうんと唸る。その名前こそが気になる國光は、渋々彼の食欲に付き合っていた。
「これ、いつまで伸びるんだろう……?」
『(何だか疲れてきたのです……おうどんさん、メテオ達のライヴスが材料なんじゃ……)』
「(……つまりこれで栄養補給しても実はプラマイゼロ、か)」
鈍間な蛙の相手に疲れてどうでもいい事まで考え出してしまう二人。テトラは溜め息をつき、UDONをその刃ですっぱりと断ち切った。
『桜小路、もういいだろう。こいつこれ以上喰ったら本気で何にも分からなくなるぞ。なんたってこいつは白痴の神、アザトースの一族だからな』
「そう、なのか? おで、わかんな」
『……はぁ』
そんなところへ、紅いゴスロリのカイがやってきた。國光とテトラの間に立つと、じっと覗き込む。
『(マリ、頼んだ)』
「うん……ねえ、あなたがアバドンさん?」
声をあからさまに上ずらせ、紗希は未だに口の中で何かをもちゃもちゃさせている蛙に語り掛ける。
「この間エージェントに散々な目に遭わされたんでしょ? あの件でもう懲りたのかと思ってたけど?」
「……? 何のこと、だろ」
「あ、え、憶えてない?」
紗希は思わず言葉を失いかける。蛙はただただ身をぐんにゃりと捻るばかりだ。てっきり怯えるか、怒りを示すかと思っていたのだが。カイはがっくりと崩れると、いきなりイメージプロジェクターのスイッチを切る。
『クソッたれ! じゃあわざわざ変装する必要も無かったじゃねえか!』
元の黒ゴスロリに戻ると、カイは思い切り水縹を振りかぶる。
『久しぶりだな、この蛙野郎!』
脂肪の塊に向かって叩き込まれる三連撃。その威力はあっという間に吸収されるが、圧倒的な気迫と共に放たれた一撃は蛙の思考回路を僅かに醒ます。
「痛い、痛い。どうして、殴る? おで、食べたいだけ。暴力、はんたい」
『出会いの瞬間からやり直しになってんじゃねえか!』
ツッコミを入れつつカイはさらに追撃を叩き込む。後から追いついてきたフィアナもまた、雪の刃を振るい、蛙の喉元に向かって切り上げを見舞う。
「こんにちは。貴方については色々聞かせてもらったわ。……少なくとも、日本の食糧は全部食べ尽くしちゃいそうだから放っておくわけにはいかないね」
「なんで? なんで?」
蛙は自らが殴られる理由が本気で分からないらしい。次々に刻まれる生傷を回復しながら、蛙はぎょろぎょろと目を動かしてエージェント達を見渡す。その中には、魔導書を開いた雨月の姿が新たに加わっていた。
「お祭りの場がすっかり無残な事になってしまったわね。あんなものを引っ張ってきたのだから、少しは痛い目を見てくれるかしら?」
ネクロノミコンを開いた瞬間、地から触手が生え乱れ、鞭のように唸ってアバドンを痛めつける。
「ううー……」
蛙は呻き、咄嗟に舌を伸ばして触手を払い除けた。
『(……白痴の子孫め)』
外の戦いも構わず、アンブロシアはぼそぼそと呟いている。好物のカレーを食するのを邪魔されたことがよっぽど堪えたらしい。
「派手にやってんなぁ」
蛙を囲んで繰り広げられる戦いを遠目に、仙也はビルの狭間を覗き込む。相方の方は何処か不服そうだが。
『その派手な戦いに、お前は何故加わらんのだ』
「あんだけいりゃ十分だろ? それに、なーんかいる気がするんだよ。厄介そうな奴が」
仙也はビルの屋上に目を向け、じっとその目を凝らす。
「何する。おで、食べてただけ、なのに」
少しずつ痩せてきた蛙が、やや回るようになった舌で呻く。そして、とうとうカイの存在に気付いた。蛙はぐぶりと息を呑む。
「あ、お前。この前、見た奴……!」
『おせえよ! 気づくの!』
カイは顔を顰め、剣を大振りに担ぐ。
「待って。……待って!」
しかし、駆けこんできた六花がその背後から必死に呼びかけた。尋常でない声に、カイは思わず剣を振るう手を止め彼女の方に振り返る。
『氷鏡?』
「お願い、少しだけお話し、させて」
六花はアバドンの前に立つ。
「アバドン……! こないだは、その、ごめん……なさいっ!」
ふと六花は頭を下げる。取り巻く五人は思わず彼女を凝視した。
「南極で暮らしてわかったの。日本にどれだけご飯が溢れて、無駄になってるか。その無駄になってるご飯を、アバドンが食べてよ。店に並んでるものじゃなくて。そしたらアバドンと六花達は共存……できるはず」
『おい? 何言ってんだよ、氷鏡、そんな事――』
「……カイ。待ってあげて」
紗希はカイの言葉を遮る。六花は俯き、泣き出しそうな曇った目で呟く。
「六花もわからない。だって、お父さんやお母さんを奪った愚神は許せないから。でも、この世界のどこかには、一緒に共存していける愚神もいる……そんな気もするの。あの夜から、ずっと」
「よい傾向ではないか。真に憎むべきは“死”。愚神によって死がもたらされてしまうから問題なのであって、その問題が取り除かれるのなら共存するに一切の不都合はないじゃろ」
『カグヤはずうっと愚神との共存を考えてるもんねえ。言う事が違うや』
何であれ“生きている”事を重んじるカグヤは、六花の言葉を面白がりながら囲いに加わる。隣のフィアナは怪訝な顔をしていたが。
「そういう問題なの……?」
「教えてアバドン。あの黒騎士は誰から“貰った”の? そんな奴の言う事なんか忘れて、六花達と、一緒に生きよう? この世界のご飯を全部食べ尽くしたら、アバドンの食べるご飯も、無くなっちゃうよ……?」
「なくなる? やだ。おで食べられなくなる、やだ。……やだ」
六花の言葉に、アバドンは声を震わせた。今まで見たどんな時よりも動揺している。六花はダメ押しとばかり口を開く。
「ねえ――」
「やれやれアバドン。食べ物ならここにたんとあるだろう」
「食べる。……食べる!」
アバドンはいきなり叫ぶと、全身が一気に萎む。
「トーテス、トリープ」
痩せたアバドンは早口で呟く。聞き返す間もなく、それは高々と跳び上がった。
「アバドン!」
六花が叫びながら振り返ると、ビルの屋上に降り立ったアバドンは、山のように積まれた何かに必死にむしゃぶりついている。その背を撫でながら、一つの人影が立っていた。それを目にしたカイや國光ははっとなる。
『まさか……』
「あれが、“死神の主”……?」
「そんな繰り言で誑かされては困るのだよ。仕方ない。ここは日を改めよう」
「なるほどな。やっぱりいたか」
仙也は傍のビルからその人影を見下ろす。ローブに身を包み、フードに目深に被ったその隙から、しわくちゃの顎が見える。それはふと顔をぐりんと動かし、仙也をじっと見下ろした。
老人は微笑みとサムズダウンを送ると、アバドンと共に消えた。
予想外の事態ではあったが、少なくとも黒騎士は撃破され、アバドンは撤退した。人命にも被害は無く、任務は成功と言えるだろう。
しかし、運命は刻一刻と大きなうねりへと漕ぎ出そうとしていたのである。