本部

薄曇りに何を待つ

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/09/10 21:10

掲示板

オープニング

●プリセンサー、かく語りき
「今日の午後、何か出る気がするんだよなー……えーとね、U町の辺りに」
 9月2日、早朝。東京海上支部所属のプリセンサーは、地図を開きながらそんなことを言った。
「出るって、従魔ですか? それとも愚神?」
 女性オペレーターが、表情を引き締めて答える。性格はゆるいが、今まで幾度となく予測を的中させてきたプリセンサーの発言である。
「うーん、どっちかはわかんないんだけど……こういうときって何かしらの対応した方がいいよねえ?」
「それはそうですけど、あまりにも抽象的ですよ」
 粘ってみたが、ライヴス反応の詳細についてはわからなかった。今日、それも日没までに何かがあるということ以外は。
「仕方ないですね。エージェントたちには待機任務ということで依頼をしましょう」

●エージェント出動……?
 何もない日だった。――と、言えば語弊がある。今日は椿康広(az0002)の誕生日である。所属する軽音部の仲間たちは、張り切って誕生日パーティーを準備してくれているらしい。楽しみだ。ただ、予定がうまく合わなかったため、決行は9月4日の放課後と決まっていた。
 仕事の都合で、両親は東京にはいない。英雄のティアラ・プリンシパル(az0002hero001)はここ数日、幻想蝶から出てこない。ネットで配信するための曲作りをしているらしいのだ。しかしこの世界に来た時よりは、ひきこもり癖がずいぶん改善したと思う。良い傾向だ。
 決して、悪い日ではなかった。
「暇だな……」
 だから、問題があるとすればその一点に尽きた。薄曇りの空。じっとりと停滞する空気。夏の終わりを感じるには及ばない気温。待機任務を受けたのは、誰かに会いたかったから。そして、特に理由もなくまとわりつく憂鬱をはねのけたかったからだ。
「出かけるぞ、ティアラ。何かあれば呼ぶけど、それまでは幻想蝶の中に居てくれて構わねぇ」
『いいえ、ちょっと気分転換がしたいの。着いたら呼んでくれる? 出てくるから』
 向かうのは『現場』に程近いカラオケ。外での待機よりはマシだろうとH.O.P.E.が用意してくれたらしい。作詞用のノートと筆記用具、幻想蝶には愛用のギターをいれて、康広は家を出た。

解説

【任務内容】
 『何か』が現れると予想される現場(東京都、U町)付近にて待機。他のメンバーの迷惑にならない範囲で、過ごし方は自由。

【場所】
カラオケ
 12時から日没の18時まで借りている。詰めれば15名ほど入れる部屋×2(仮に部屋A、部屋Bと呼ぶ)。飲食物の持ち込み可能。部屋同士の移動も可能。

【NPC】
康広
 部屋Aにいる。バンド少年。ギターとボーカルを担当。秋にある学園祭に向けて、歌詞作りをしようかと思っている。まだ白紙の状態だがテーマは「秋」。秋といえば失恋ソングや切ない歌が多いが、恋愛についての引き出しがないのでどうしようか迷っている。
 まだ余裕があるため、雑談にも応じる。
『康広からの話題』
「今夏、一番の思い出は?」「歌は得意? 楽器はできる?」「秋といえば?」「失恋したことある?」

ティアラ
 部屋Bにいる。康広には秘密にしているが、誕生日祝いに歌をプレゼントする予定。披露のタイミングは未定。アコースティックギターを使ったバラードがほぼ完成しているが、歌詞は一行も書けていない。周りの者にアドバイスを求めたり、「自分にとって英雄(能力者)とはどんな存在か」を尋ねたりする。
 康広とは戦友であり、音楽に人生を懸ける同志である。

【PL情報】
 17時30分頃にH.O.P.E.より連絡。U町にてライヴス反応を確認。新しい英雄が能力者と誓約したときの反応だったことが判明。つまりプリセンサーの勘違い。待機任務は終了となる。

リプレイ

●A:退屈しのぎ
「珍しい依頼だが……タイミング的には良かったか」
 御神 恭也(aa0127)が言った。依頼の内容を知った伊邪那美(aa0127hero001)は不満そうに頬を膨らませている。
「ひ~ま~。ボク、あっちの部屋に遊びに行ってくる」
 恭也は生返事で彼女を送り出した。
「久しぶりに思いっきり歌おうかな?」
 のんびりとした声で言うのは大宮 光太郎(aa2154)だ。
「光太郎様? 時間があるのでしたら宿題でもやられてはどうです? 夏休み終わってますけども」
 楽しい計画を一刀両断したのは、英雄のオウカ(aa2154hero001)。光太郎は反撃を試みる。
「……こう、夏休み最後の思い出的なサムシングで良くない? 夏休み終わってるけど」
「…明日から特訓を3倍程度に致しましょうか」
「喜んで宿題させていただきまぁす!」
 オウカの目が冷たい光を発し、光太郎を串刺しにしていた。
「待機依頼、いつでも出られるように……って何見てるの?」
 斉加 理夢琉(aa0783)の隣で、メニュー票を開くのはアリュー(aa0783hero001)だ。
「とりあえずピザを注文して昼メシにしよう、他に頼む奴いるか?」
 レイ(aa0632)はゆるく首を振る。その手にはサプリメントが。アリューは彼以外からぱらぱらと上がった注文を訊き、まとめて注文していく。
「……緊張のカケラもないね、アリュー」
「よし、Bの皆にも聞いてこよう」
 もしかしてカラオケが珍しくて楽しいのだろうか。理夢琉は首を傾げた。
「このまま事が起らなければ、何とか提出日に間に合うな」
「御神君も夏休みの宿題?」
 光太郎は小声で尋ねた。
「ああ。……解けなくは無いが、量が多すぎだろ……」
 どんよりとした目で恭也がぼやく。
「思えばこの夏……殆どが依頼か、出席日数補充の為の補習で登校していたな」
「あー、ドンマイ」
 虎噛 千颯(aa0123)がへらりと笑った。
「……思い返したら、碌な思い出が無いな」
「ま、こういうのも一種の青春なんだぜ!」
 光太郎は会話に入りたい気持ちを抑えながら、次なる白紙の頁に挨拶した。

●B:バースデーソング
 カール シェーンハイド(aa0632hero001)は部屋Bへと向かった。
「折角待機するんだったら、美女と一緒の方が良いじゃん?」
 というのが理由だ。
「って、どったの?」
 険しい表情を浮かべて座っていたティアラは、深呼吸すると意を決して答えた。
「お願い。力を貸して」
 ティアラが未完成の『プレゼント』について説明する。ナイチンゲール(aa4840)と墓場鳥(aa4840hero001)は、しおらしいティアラの様子に、思わず顔を見合わせる。
「きっと本人が思ってるより特別で……無意識に気負っちゃってるのかも」
「同感だ。書けないことそれ自体が大きな存在であることの表れ、か」
 墓場鳥は薄く笑んで、問う。
「手伝うのか?」
「勿論。私だって康広さんのバースデーをお祝いしたいもの。でも」
 何か考えがあるらしい。
「ここは任せよう」
 墓場鳥はガラス張りのドアを開け、部屋を後にした。
「誕プレどすか! うちやったらその気持だけで……!」
 メンテ中の工具から顔を上げ、弥刀 一二三(aa1048)は言った。そこへ店員がやってくる。
「お菓子の盛り合わせの追加です」
 一二三の顔が青ざめた。犯人の名はキリル ブラックモア(aa1048hero001)。メリッサ インガルズ(aa1049hero001)と共にファッション誌を眺めているはず、と気を抜いていたのがいけなかった。
「……待機も任務中やし……経費で……」
 ちゃり、と情けない返事をする財布と荒木 拓海(aa1049)とを見比べる。
「……もしもの時は出すから、そんな顔するな」
 待つべきものは以心伝心の相棒である。閑話休題。
「せやな……二人の思い出、片端から書き出してみたらどないどす?」
 言いながら、自分にできることはないかと考える。
「常に一緒やし、相手に魂揺さぶられるよな衝撃、感動……そんな時あらへんどした? そんな時感謝したい事おへんか?」
 その言葉は子守唄の様に優しかった。夢見るかのように、ティアラの脳裏に思い出がよみがえる。出会った日、康広のギターを壊した従魔を倒したこと。音楽について語り合ったこと。都会の喧騒を嫌う自分を根気強く外へ誘ってくれたこと。
 彼女を待つ間、一二三はささやかな贈り物を準備することにした。
 ティアラの真剣な眼差しと想いはカールの胸を打った。だが、ベースを1年半程触っただけの自分では力不足にも思えた。
「あのさ、ヒントになれば……なんだけど……」
 だからエールの代わりに贈るのは、フレーズではなく問いかけ。
「この曲……ほら、この部分は切ない感じもするけど、こっちの部分はスッゲー優しくてあったかい。ティアラはさ、この曲。どんな想いで作ったの?」
「最初は康広の顔を思い浮かべてた。そうしたらHOPEや部活、康広経由で出会った人たちも頭に浮かんで……」
 ナイチンゲールの考えはカールの想いと似ていた。ティアラが康広に贈る曲。――その歌詞には、ティアラ自身の言葉が一番相応しい、と。
「教えてくれませんか、康広さんのこと」
 ティアラが最初に見たのは、怒りに震える康広だった。憧れだったミュージシャンモデルのギターを、買った直後に従魔に壊されたのだ。いつ殺されてもおかしくないのに、彼は怯えてなどいなかった。
「康広のこと、どう思ってんの?」
 一目見て分かった。彼は自分と同じ音楽馬鹿だ。
「友達、とは違うと思うの。家族もしっくりこない。じゃあ恋人?っていうのは的外れな質問よ」
 ティアラは席に着いたエージェントたちを見回す。
「皆にとって誓約相手ってどういう存在なのかしら」
 即答したのはカールだ。
「オレにとってのレイは……自慢の悪友、って感じ? あと……ね、ここだけのハナシ、こっそり尊敬もしてたりする」
 烏兎姫(aa0123hero002)は元気な声で答えた。
「パパだよ! ボクにとってはずっと会いたかったパパだよ!」
 千颯を大好きだという気持ちが全身から伝わってくる。ティアラは今日初めて少し笑った。
「ボクのいた世界のパパとは違うのかもしれない……でも、この世界でもパパはパパだよ。ボクが会いたいと願っていたパパなんだよ!」
 誇らしげに胸を張り、アリューも答える
「理夢琉が私の英雄だと認めてくれるのが嬉しい。何もない俺に笑う事を教えてくれた大切な……家族だ」
 伊邪那美は考え込んでいた。
「ボクにとっての恭也? う~ん、なんだろう……氏子とは違うし保護者とも違うしな~」
 そばにいるのが当たり前の存在。いざ言葉にしようとすると難しい。
「やっぱり、相棒って言うのが一番しっくり来るかな 恭也が知らない事や出来ない事はボクが頑張るし、ボクが出来ない事や知らない事は恭也がやってくれるからね」
「持ちつ持たれつ、だね」
 拓海が言った。
「オレは……戦いの無い世になっても離れず居て欲しい存在」
「少し、わかる気がするわ。伊邪那美の思いも、拓海の思いも」
 皆の視線は拓海の隣の一二三へ移る。
「改めて聞かれっと……」
 一二三は視線を中空に投げる。
「フミは私がいなければ何も出来んからな、仕方なく英雄をしてやっている」
「それはこっちの台詞どす! 一人が嫌てうちの場占領しおるし荒らしっぱ! 卓袱台から飯催促しおるし! うちはオカンか?」
 反射的に言い返せば、一瞬だけキリルのポーカーフェイスが崩れる。
「そ、それを! ……そ、れに見返りは……」
「共鳴もうち主導……て共鳴は見返りちゃうし!」
 沈黙。一二三は深く溜息をつく。
「……それでも放っとけんのが【相方】どすやろか……?」
 ティアラは思い当る節があったのか、ゆっくりと頷く。一二三はふと拓海の手元をのぞき込む。白い紙に描かれていたのは、ティアラだ。
「厳しい顔してるよ……少しの間、忘れないか?」
 それは自分が行き詰った時の対処法だと拓海は言う。
「一旦、頭から消して、動いて、笑って。その後ふと思い出すとそれまで見えなかった事が見えて来る事があるんだ」
「だから、1曲派手に踊ろう? とか言いたいんでしょ」
 リサが笑顔で引き継ぐと、拓海が言葉を詰まらせた。
「じっとしてれないなら隣と行き来してみたら?」
「……そうだな」
 拓海と一二三、キリルは部屋Bへと移動することにした。
「……リサにはまだ聞いてなかったわね?」
 ティアラが言うと、リサがふっと笑みをこぼす。
「毎日変わっていく人、止まれない人。時々置いてかれそうでも、実は隣に居て充足感をくれる人」
 相棒の背を見守るような優しい瞳だ。
「椿さんへ怒る事とか無い? 私はどれだけ怒っても、怒った理由が一緒に居る事を選んだ理由でもあるから許しちゃうな」
「今のところは。逆の方があるんじゃないかしら」
 彼がティアラを外へ連れ出そうとするのはお馴染みの光景だ。
「愛想をつかされない限りはここにいたいわね。音楽の趣味が合う相手っていうのは、貴重でしょう?」
「ボクは二人のこと、仲良しだと思うけど」
 烏兎姫は不思議そうに言った。ティアラが親愛の情を素直に認める性格ならば、似合わぬスランプに足を取られたりはしなかったのだろう。

●A:掴めぬ秋
「少し混んで参りましたね。ワタシはあちらへ参りましょう。光太郎様……」
「むー、俺ってそんなに信用ないワケ?」
 あるかないかでいえば、ない。しかし、亀の歩みでも進んだ課題に免じ、ひとまず信じることにした。が。
「改めてよろしくにゃ、椿君! 俺のことは好きに呼んでくれていいよ!」
 オウカのなけなしの期待は、数秒と持たず裏切られていた。ペンを持ち、宿題のノートを開いているところまでは良かったが、頭は完全に休憩モード。初対面の面々に自己紹介したかと思うと、自然な流れで雑談へとなだれ込む。
「大宮は音楽関係に興味あるか?」
「歌はそれなりだけど……アコギなら初心者だけど多少弾けると思うにゃ」
「荒木サンもアコギですよね。それと」
 康広は千颯へと視線を送る。
「こう見えても高校の時はドラムをやってたんだぜ! 歌もそれなりに上手いんじゃないかな? 何? 歌って欲しいの? 康広ちゃん?」
 アカペラの鼻歌でも、彼の実力の片鱗は見て取れた。
「一応任務中っすよ?」
 いつか本気を見てみたいと思いつつ、康広は彼をたしなめる。
「聞いてみると意外と経験者多いっすね。何かの機会にエージェントバンドとか組めたら楽しそうだな」
「いいねいいね! あれ、恭也ちゃんは何かやってたっけ?」
「前に依頼でチェロを教えて貰ったな」
「マジかよ!」
 康広が目を輝かせる。恭也は依頼についてかいつまんで話した。
「折角だから腕前を落とさない程度に偶に弾いたりはしているが」
 一方、理夢琉はアイドルを目指してレッスン中の身だ。
「私はデビュー目指して歌とダンスを。楽器は……何かできた方がいいのかな?」
「できたら格好良いよな。弾き語りするならアコギやキーボードか?」
 康広は先ほどいなかった面々に夏の思い出を尋ねる。一二三とキリルは漫才めいたやりとりをしながら「年中金儲け」だと答える。
「この夏のかぁ……第二英雄とのバスケ勝負で勝ったのが一番印象深いなぁ」
 光太郎が言えば、彼の英雄の噂話が始まる。
「って荒木サン、何て顔してるんですか」
 緩み切った拓海の表情に気づき、康広が問うた。彼の一番の思い出は、大切な人と喧嘩しつつも腹を割って話し、進展があったことだそうだ。
「秋といえば、なんですかねー」
 ぼんやりと康広が言った。
「いやね、新曲の制作中なんすよ」
 秋、失恋、寂しさ。ティアラなら朝飯前なのだろうが、自分の作風にはなかった要素ばかりだ。
「そりゃもちろん食欲の秋なんだぜ! この時期になると美味しいものが沢山出てくるからな!」
 千颯が楽しそうに答えた。
「秋刀魚に栗、柿に梨と美味しいものが勢ぞろいなんだぜ!」
「秋か……モンブラン。スイートポテトにタルトタタン。シャルロットオポワールにぶどうゼリー……」
 そう続けたのは意外や意外、クールな美貌を持つキリルだ。
「せ、世間一般だぞ? 私は甘い物は……」
 慌てて付け足すが、説得力は地に落ちていた。
「秋と言えば猫の秋だにゃ! 秋の猫もまた一段と素晴らしくて、知ってた? 同じ猫さんでも季節によって行動が」
 息継ぎももどかしく語りまくる光太郎。天高く、猫萌ゆる秋。――否、猫はオールシーズン360°可愛いのである。
「……そうだな、より厳しい冬へ向けての力を貯める時期……優しいが、何処か心の奥底に訴えかける空気を持つ、そんな時期、か」
 レイの言葉を受け、康広は考え込む。
「秋って、他の季節に比べるとイマイチつかみどころがなくないっすか? 失恋ソングのイメージが強いし」
「秋に咲く失恋の花、って所か」
 レイが呟く。康広は失恋どころか、恋愛自体あまり縁がないと言う。
「あの子カワイーとかくらいはありますけどね。焦がれるほどとか、そいつじゃないとダメっつー感覚はわかんなくて」
 救いを求めるように同年代の光太郎を見やる。
「にゃはは、オレ、こう見えて彼女持ち。だから失恋をしたことは無いにゃね」
 おお、と歓声が上がる。期待のこもった視線にさらされた光太郎は困ったように笑った。
「でも、時間が合わなくて中々会えなくてさ……寂しいけど、愛してるからこの関係が続けられる……なんてね」
「お、大人だ」
 見た目は光太郎より大人びている康広が、子供のような表情で零した。
 次に頼ったのは、謎めいた大人の女性。私の記憶ではないが、と前置きして墓場鳥は語った。
「何も見えなくなり、頭の回転は鈍り、心は常に重苦しく、それでいて空虚だ」
 淡々と彼女は告げる。
「唯一、容易く死を選ぶほどの哀しみばかりが募る。殊に涙が出ない時は極めて危険と言えるだろう」
「……オレに理解できるのか? 妄想で失恋を書くなんて、真剣に恋してる奴らからしたら……けど」
 頭を抱える康広。弱々しく話を振られた恭也は、少し考えた後こう切り出した。
「失恋と言えるかは判らんが、親戚の年上の女性に憧れた事があったな……」
「興味ない、とか言われると思った」
 康広が顔を上げた。そう見られているのかと薄く苦笑し、恭也が話を続ける。
「肺を患っていたらしく儚げな感じだったが、色々と優しくして貰ったよ。養生の為に地方の空気が良い所に行ってしまった時は、悲しかったのを良く覚えてる」
 皆の空気が張り詰める。千颯は特別心配そうにこちらを見ていた。
「その女性か? この前の親戚の集まりの時に顔を出していた。まぁ、あの頃の鬱憤を晴らすかの様に太っ……いや、豊満にはなって儚げのはの字も見当たらなくなっていたが」
 緊張の糸が切れる。話のオチに、皆ふっと噴き出す。
「虎噛さんは何かあります、失恋話?」
 積極的に話に乗ってきそうな千颯が聞き役に回っていることに今更気が付いた。
「……あるぜ。とびっきりのな」
 まるで別人の声だった。千颯は見たこともないような悲痛な表情を浮かべて、どこか遠くを眺めていた。
「辛い話ですか?」
「うん。できれば思い出したくはないけど……それじゃ、あいつの存在を全部否定することになるから」
 高1の時、恋人に先立たれた。ただ「疲れた」とだけ書かれた遺書を残して。――今日、誕生日を迎えたという彼にはふさわしくない話題だ。
「やっぱ今のナシ!」
 千颯はにかっと笑う。結局、自分は相手にとって何だったのか。あの時どうすれば良かったのか。未だにわからない。消化できない思いは、あの日からずっと心の中で燻り続けている。――せめて、と彼は祈る。恋を知らないロック少年に幸せな恋が訪れることを。
「そーそー、作詞の参考にしたいって話だったよな。拓海ちゃんはどう?」
「失恋は得意技だ。例えると、突然、契約解除を言い渡されるような衝撃かな……」
 それならば少しはわかる気がした。
「歌詞が恋愛縛りなら、涼しくなり寄り添える事に幸せを感じる時期、二人で冬を越える準備する時期だな。恋を友情に置換えても良いと思う」
 そこまで聞いて一二三は立ち上がる。
「あとは、恋愛達人に任すわ」
「達人なら振られてないぞ」
 一二三はひらりと手を振る。部屋Bに戻ってやることがある。ティアラに伝えたいことも。
(悩みも似るて気い合うとる証どすな)
 康広を中心に据えた会議は、尚も苦しいダンスを踊る。
「……大切な物を完全に喪失した経験は? 或いは最も大切な何かや誰かを失った時のことを想像してみて欲しい」
 墓場鳥が問う。
「喪失っていうと大げさだけど、バンドのベース担当だった先輩が卒業したときはきつかった。最初からそういう約束だったのに」
「成程。そういう経験から想像を広げるのもアリか」
 レイが頷く。
「……オンナっ気がないなら……もっとお前にとって身近なことに置き換えれば良い」
「身近なこと?」
「失恋相手を……そうだな、例えば康広や俺ならギターに置き換える。ギターを手放したくないのに、手放さなければならない。そんな状況にもしなったら……康広、お前はどうする? どう思う? それはどんな別れ方だと思う?」
 レイは幻想蝶に入れてきたギターを出し、即興曲を奏でる。マイナーコードで構成されたそれは、寂しさと共に優しさと暖かさを感じさせた。
「できた!」
 永遠に続くかに思われた優しい沈黙。破ったのは弾けるような理夢琉の声。彼女は思いついたフレーズをノートに書いていたらしい。

――太陽燦々ハシャイダ夏が弾けて少し傾いた日差しが刻を進めた
思いがけず触れた君の手が 冷たくて不安になるんだ
引き寄せ温めたい衝動抑え ポケットに手をねじ込む僕
このまま歩き出せば片思いか失恋に 君がポケットに手を入れてくれば恋の始まり

「すげぇな。作詞は普段からやってるのか?」
「はい! 今は『絆』をテーマにした歌詞を考え中です」
 それを聞いて拓海が思い出したのは「半分ずつの力で引き合う事で絆が保たれる」というエピソードだった。
「それ、いいですね!」

――大好きな気持ちは時に凶暴 力任せに引っ張りそうになるんだ
大好きって明日も笑い合えるよう 息合わせて心繋いで歩いてくよ

「歌詞の候補が思いついちゃいました! ありがとうございます!」
「それはよかった。完成したらぜひ聞かせてほしいな」
 拓海が微笑んだ。
「オレだったら……不安を不安のまま抱えるのは性に合わねえかな」
 康広が言う。
「つまり不安に立ち向かう歌、とか?」
「だな」
 康広は協力してくれた皆へ頭を下げる。まだ霧の中ではあるが、目指すべき灯台の光は見つけられたようだ。

●B:はじまりの音色
 音源を受け取ったナイチンゲールはイヤホンをつけて、隅の席で目を閉じる。何度か繰り返すうち浮かんだフレーズをメモして、やがて手を止めた。
「うーん……どんな感じがいいのかなー?」
 烏兎姫はティアラの隣で唸っていた。
「バラードでしょ……それで誕生日を祝うならー……『貴方色に世界を染めて』とか『世界が産声をあげた』とか??」
 どうにも調子が出ない。
「うーん……なんだか誕生日ってなると難しいね……」
 しかしティアラはピンときたようで、歌詞をメモしていた。
「あの」
 ナイチンゲールはおずおずとメモを差し出した。

覚えてる? あの日のこと
朝のニュース 乙女座の運勢
きっと最低 だけど気にしない
どうせ頭にお花咲いてたんでしょ

覚えてるよ 出会った瞬間
最初の試練 ばらばらに散ってた
まさに悪夢からの覚醒
そう あなたは何度でも花開く人

生意気ね 子供のくせに
でも…

花の雫 椿色に結んで
香りほど甘くない夢を遂げるまで

「……このままは使わないで、ください。これは『ティアラさんから話を聞いた私の言葉』でしかないから。ティアラさん自身の気持ちを素直な言葉に…出来ません、か?」
「やってみる……いいえ」
 ナイチンゲールは、ティアラの目が光を取り戻す様をコマ送りで見た。
「このタイトル、頂いていいかしら? それからこのフレーズを膨らませたいの」
 ナイチンゲールはこくこくと頷く。
「……よかった」
 ティアラは歌う。何度も口ずさんだメロディに、生まれたばかりの言葉を乗せて。



 理夢琉はアリューから聞いたティアラの歌詞作りが気になり、部屋Bへと移動してきた。H.O.P.E.から待機任務の終了が告げられたのは、その直後だった。
「近くで新しい絆がうまれたんだね」
 理夢琉が笑う。
「結局、従魔も愚神も現れなかったということか」
 キリルが言った。
「誓約交わしたライヴスに反応……て、どえらい誓約やな……拓海、一応見に行こか?」
「なる程……どの辺りで反応したか聞いてみようか」
「大切な出会いよ、そっとしましょう」
 くすりとリサが笑う。結局、新米英雄の元に向かう者はいなかった。彼らは思いついたのだ。
「今から康広の誕生日パーティを?」
「緊張しつつ待機していたんだ、椿の誕生日にかこつけてはっちゃけてもいいだろう?」
「サプライズだね!」
「ああ。つまらない誕生日になんか、しないよ?」
 アリューと理夢琉が微笑み合う。
「ボクも歌ってもいいかな?」
 心強いとティアラは頷く。理夢琉は部屋Aに飛び込み、康広の足止め作戦を開始する。
「残りの時間、歌っていきませんか?」
 部屋BからAのメンバーへは誕生会の知らせが送信される。
「オレちゃん、賛成! 康広ちゃんも歌うだろ?」
 千颯は十八番としているロック曲を歌い始める。理夢流がアニソンを予約し、康広も好きなバンドの代表曲を入力した。大騒ぎを愛する者もいれば、苦手とする者もいる。めまぐるしく入れ替わるメンバーにも違和感はなかった。
「知ってたらケーキでも焼いて来たのに!」
 カールが言うと、拓海が受話器へと走りながら言う。
「注文しよう! 俺のおごりで全員分!」
「よっ、太っ腹!」
 一二三が手を叩く。隣室からやって来た光太郎は、はっと思い立ちまた飛び出していく。
「パーティと言えばクラッカーにゃ! スタッフさんに置いてあるか聞いてみるにゃ!」
 誕生会の準備は急ピッチで進められた。全員が入れる部屋を用意し、ケーキにクラッカー、そして貸し出し用のパーティグッズを運び込み、会場が完成した。

●薄曇りハッピーデー
 けたたましいクラッカー音が康広を迎えた。
――誕生日おめでとう!
 不揃いなユニゾンが、彼にはこの上なく美しく思えた。
「康広くん、びっくりするのはまだ早いんだよ!」
 烏兎姫が笑う。両隣には理夢琉とナイチンゲール。彼女たちの一歩前にはティアラが立っていた。
「あなたのために作った曲よ」
 ティアラはギターを構えたレイに目で合図して、歌いだす。


『椿の結晶』
作詞:Tiara with Friends

覚えてる? あの日のこと
朝のニュース 乙女座の運勢
きっと最低 だけど気にしない
春の花降る 勇敢なTHE FOOL

『友達』なんて照れ臭いでしょ? 例えるならルームメイト
パパやママよりそばにいる 似たもの同士の誓いを抱いて

世界は産声をあげた あなたを抱き上げたとき
手にした刃、砕けようとも その声は死なない
何度でも花開く人 円を形作る人
どうかあなた色に世界を染めて


同じじゃないのに噛み合う心 例えるなら3度の和音(コード)
隣り合わせで『斬』り拓いてく 幻想喧騒うずまく街を

世界は覚醒を待ってる あなたが揺さぶるときを
6の魂、震える限り その歌は死なない
何度でも花開く人 縁(えん)を結い上げる人
どうかその音色で世界を染めて もっと


花の雫 椿色に結んで
香りほど甘くない夢を遂げるまで
私もここに ”Around the Rock 'n' Boy”!!
18の花びら重ねて歩き出そう


「お誕生日おめでとう、ございます……康広さん」
「おめでとう」
 ナイチンゲールと墓場鳥に促され、ティアラも改めて「おめでとう」を口にする。
 一二三は自作のプレゼントを差し出す。光を源力に花弁を開閉させる二輪鉢だ。
「ありがとうございます! 皆さんも!」
 それ以上の言葉が紡げない康広の肩を拓海が叩く。
「荒木サン?」
「康広って呼ばせてよ。オレは拓海で良いよ」
「私も康広さんって呼びたいな。もち、リサって呼んでね」
「はい!」
 ティアラはこっそりと手渡されたスケッチを見ていた。一枚は眉根を寄せて視線を落とす彼女、もう一枚は解放されたような表情で歌う彼女だ。拓海が「お疲れ様」と口パクするのに気づき、ティアラは微笑みを返した。
 月が薄雲にひきこもる宵。けれど。少年の胸を覆っていた曖昧な不安は、どこかへ飛び去ってしまった。そう、今日は薄曇りのハッピーデー。



――NEXT SONG :テーマ「秋、別れへの不安、弱虫な戦士」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 希望を歌うアイドル
    斉加 理夢琉aa0783
    人間|14才|女性|生命
  • 分かち合う幸せ
    アリューテュスaa0783hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • アステレオンレスキュー
    大宮 光太郎aa2154
    人間|17才|男性|回避
  • エージェント
    オウカaa2154hero001
    英雄|24才|男性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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