本部

白鯨と船と

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/26 04:25

掲示板

オープニング

●海の魔物
 空は晴れ渡り、海も穏やかに凪いでいて、航海は平和と言ってよかった。
「何だ、あれは?」
 水中に何か大きなものがいるのが見える。
 次第に近付いて来るその何かはクジラだろうと誰もが思っていた。
 太平洋を航海している間にクジラに出会うことはそれ程多くは無く、今回の航海では初めての遭遇であった。
 船に護衛として乗り込んでいたエージェント達もクジラを見ようと甲板に出てくる。
 その頃には水中の何かはだいぶ大きく見えるようになっていた。
 ようやく船員達が異常に気が付いた。
 水中から上がって来るその何かは大きすぎるのだ。
 最大の哺乳類と言われるシロナガスクジラでも三十メートル以上の個体は滅多に存在しない。
 だが、海中の影はそれよりも遥かに大きい。
 水面に近づくにつれ次第に真珠のような光沢をもつ皮膚が陽光を受けて水中で輝くのが分かるようになる。
 俄かに船上が騒がしくなる。
 この海域では少し前から不審な影が水中で目撃されていた。
 今の所、被害報告は無いがH.O.P.E.も警戒をしていて、海域を航行する船には護衛としてエージェント達も雇い入れられるようにもなっていた。
 すぐに機関の音が大きくな船が加速を始める。
 水上にそれが姿を現した。
 
 真珠の様な光沢をもつ皮膚。
 血を固めたかのような赤黒い硬質の輝きを放つ左右三対、六個の瞳。
 翼のように水中に大きく広げた幅二十メートル近い左右の胸鰭。
 そして、五十メートル以上の巨体。

 今まで誰も正体を見た事の無かった影の正体はクジラ型の従魔だった。
 姿を現した敵が加速し始めた船の横に並ぶ。
「掴まれ!」
 誰かが叫んだ。
 咄嗟に近くに有った物に掴まらなければ海へと投げ出されていたかもしれない。
 ドォオンという大きな音と同時に横向きの強い衝撃が船を襲う。
 クジラ型従魔が船に横から体当たりしたのだ。
「被害は!?」
「航行に支障ありません!」
 叫び交わす声が響く。
 航行に支障はなくても船へダメージが無い訳では無い。
 積み上げられたコンテナが今の衝撃で荷崩れしなかったのはただ運が良かっただけのように思える。
 体当たりの後、一度海中に姿を消したクジラ型従魔が今度は船の背後に現れる。
 僅かに開いた口には鋭い牙が並び、その隙間から洩れる赤い光がまるで鼓動のように海中で明滅している。
「あ!」
 突然のその声に全員の視線が集まる。
 声の主は船尾に立っていた船員だった。
 その手に有った道具箱が船尾の手すりをすり抜けて海へと落ちていく。
 
 丁度その落下する先にクジラ型従魔がいた。

 それは不可思議な行動であった。
 クジラ型従魔がたった三十センチメートルほどの大きさの道具箱を避けるように速度を落として進路を変える。
 この巨体である。避けたところで体のどこかには当たるのだ。
 それに、AGWでないただの道具箱がぶつかったところでクジラ型従魔が傷つくことは無い。
 実際、道具箱がぶつかった頭部には傷一つ付いていない。
 それでもクジラ型従魔は道具箱を避けようとした。
 理由が分からなくともその行動のおかげで追いかけてくるクジラ型従魔との距離が開いたのは事実だ。
 未だ背後から迫るクジラ型従魔にエージェント達がそれぞれの武器を抜き攻撃を放つ。
 攻撃が届く瞬間、クジラ型従魔は少しだけ避けるように体を動かすが今度は距離が開くような大きな動きは無い。
 避けるというよりは受けたといった印象の方の方が強いかもしれない。
 当然攻撃はクジラ型従魔の体に命中し、その真珠色の肌を傷つける。

 攻撃によりついた傷の大きさは場所によって違うように見える。

 避けられたと思われる攻撃は別として正面の硬そうな頭部と良く動く柔らかそうな胸鰭の近くの傷は明らかに大きさが違う。
 さらにいえば、物理攻撃よりも魔法攻撃の方がダメージを与えやすい様にも見える。
 だが、それぞれの攻撃力は同じではない。
 確信を得るため次の攻撃を準備するエージェント達を嫌がるようにクジラ型従魔が水中へと身を隠す。
 だが、逃げたわけではない事は明らかだ。
 平穏さとは程遠い静けさが海の上を今も支配しているのだから。

●生き残る術
「あんた達に頼らねばならん」
 船長の言葉にエージェント達は頷いて見せる。
 元々エージェント達は不審な影からの護衛として船に乗り込んでいるのだ。
 ならば、あのクジラ型従魔と戦うことになるのは当然だ。
「さっき、H.O.P.E.から連絡があった。プリセンサーにより奴はケントゥリオ級と確認されたそうだ。さらにこの付近に救援に向かえる船は存在しないことも伝えて来た」
 つまりはこのメンバーだけでケントゥリオ級の従魔と戦わなければならないという事だった。
「倒す必要はない。無事に船が逃げられればそれでいい」
 船長がエージェント達にそう声をかける。
 今回の任務は船をと積み荷を無事に港まで送り届けることである。
 クジラ型従魔を倒せても積み荷を失ったり、船が壊れたりしてしまえば依頼は失敗となってしまう。
「幸いにも奴は足が遅い。この鈍足の貨物船よりもほんの少し早いだけだ」
 通常のクジラと同じ速度で泳げるならばもうこの船は浮かんでいないだろう。船長はそう付け加えて視線を再び背後に姿を現したクジラ型従魔に向ける。
「アレはもしかしたらクジラではないのかもしれない。大きな胸鰭に頼って尾鰭をまともに使えていない」
 確かにクジラ型従魔は大きな胸鰭を翼のように使い水中を進んでいて、その尾鰭はピンと伸ばされあまり使われている様子は無い。
「アレは船なのかもしれんな。あの動き、まるでオールで水を掻くようだ……それにあの背、まるで船の甲板のようではないか」
 船長の言う通り追ってくるクジラ型従魔の背は乗り移ることさえ出来れば安定した足場になると思われるほどに平らで広い。
 自らの思考を追い払うように首を横に振って船長は視線をエージェント達に戻す。
「何にしろ、脅威であることは事実だ。互いの速度が近い事も有り横に並ばれさえしなければ攻撃を受けることも無いだろうが、あの体当たりをもう二発喰らえば船は限界だろう」
 さっきと違い船は全速で走っている。
 これ以上の速度を出すことは出来ないが、クジラ型従魔が横に並ぶにはそれなりの時間が必要となる。
 その間にクジラ型従魔をどうにかしなければならない。
 間に合わず横に並ばれてしまえばあの大きな体の体当たりを止める術は無いだろう。
「何とかして奴を引き離してほしい」
 距離を稼ぐ事さえ出来れば逃げ切ることも不可能ではない。
「我々に出来る事ならば何でも行う。救命艇も必要ならば使ってもらって構わない」
 船長はそう言ってエージェント達に頭を下げる。
「我々の命はあんた達に託した」

解説

●目標
・船と積み荷を失わず逃げ切る
(以下記載の作戦成功条件を達成する)

●ルール詳細
作戦成功条件
・従魔側距離カウンターが【0】になる

作戦失敗条件
・敵の攻撃が二回発生

距離カウンター初期値
・船側【10】(船側は固定値で変動しません)
・従魔側【5】

従魔側の距離カウンターの変動
距離カウンター【+1】の条件
・ラウンドの開始時
・あらゆる判定で従魔側がクリティカル、PC側がファンブルする
・クジラ型従魔がそのラウンドにダメージを受けずにクリンナップフェーズを迎える

距離カウンター【-1】の条件
・あらゆる判定で従魔側がファンブル、PC側がクリティカルする
・PCによるクジラ型従魔の動きを妨げるプレイングの成功
・そのラウンドの累積ダメージが規定値以上になる

敵の攻撃
・ラウンド終了時に従魔側距離カウンターの値が【10】の場合に攻撃が発生して従魔側距離カウンターが【-5】されます

●特殊判定
射程
・距離カウンターの差が必要射程となります
・射程の足りない武器での攻撃はクジラ型従魔に乗り移ることで可能となります
※判定上の都合での設定です。実際の距離は異なります

乗り移り
・距離カウンターの差を修正値として移動力で判定を行い、成功すれば跳躍でクジラ型従魔に乗り移れた事になりそのラウンドから攻撃できます
・判定に失敗、又は跳躍以外の方法で移動した場合は次のラウンドから攻撃となります
・乗り移り状態での攻撃は防御・回避されません

命中
・指定がない限り攻撃は頭部に命中します
・クジラ型従魔は体の部位によりダメージ計算が違います。部位狙いの場合はその難易度に応じて修正値が加わります
 ※例:胸鰭・命中補正【-10】ダメージ10%増
・他の部位は隠し要素としますOPなどから予測してプレイングに反映してください

●船の装備
・船は一般的な貨物船です
・水上水中活動用の道具は一通り揃っています

●敵は船以外を攻撃対象にすることはありません

リプレイ

●開幕
「船長、それは……」
 船長の言葉と表情に浮かぶ意志と決意に海神 藍(aa2518)は零れかけた言葉を飲み込む。
「その命、必ず守ると誓いましょう、この冠に懸けて」
 言い淀んた藍よりも先に禮(aa2518hero001)が誓うように銀の冠に触れて船長に応える。
 躊躇いの無い禮の自信と誇りに頷くように一度目を閉じて藍は船長へ視線を向ける。
「了解しました」
 覚悟と決意を含んだ藍の言葉に安堵するように表情を緩めて「頼む」と頭を下げると船長は指示を出す為にその場を離れる。
「皆の命を預かる船長が、救命艇の使用すら許すなんて……その覚悟と信頼、報いて見せましょう」
 見上げる禮の視線は真っ直ぐに藍を見つめている。
「巨大な敵だが、今日は見知った顔も多い、私達ならやれるさ」
 その視線に頷いて応えて藍は禮と共鳴する。
『ええ、いつも通り行きましょう。……人魚に海で勝てるなんて思わないことです』
 巨大な敵を見据える禮の言葉に
「頼りにしてるよ、禮」
 そう応えて藍も冠にそっと触れる。

「頼りにさせていただきます海神様」
 すぐ側で聞こえた聞きなれた声に苦笑を浮かべて藍が視線を向ける。
 そこには執事然とした姿の榊 守(aa0045hero001)の姿がある。
「杏樹も、がんばります、です」
 その隣に立つ泉 杏樹(aa0045)のお嬢様然とした姿と合わさって完璧な執事のように見えるが、その正体を藍は知っている。
「泉さんも頼りにしています」
 藍の言葉に杏樹が微笑んで「はい」と頷く。
 意味ありげに向けられる藍の視線に小さくため息をついて守は杏樹の横に跪き、そっとその頭に触れて藤の髪飾りを手に取り口づけて共鳴する。
『では、参りましょう』
 杏樹の髪飾りから響く守の声に頷いて藍と杏樹がALB「セイレーン」とアサルトユニットを展開して海面へと降り立つ。

「くふふ、ジャイアントキリングじゃ。アシュラよ、適当に楽しむがよい」
 巨大な敵の姿を見つめ楽しげにカグヤ・アトラクア(aa0535)が笑う。
「ふんっ、言われなくったって、アシュラにかかればクジラなんてやっつけてやるんだから」
 立ち向かうように船尾に立ってアシュラ(aa0535hero002)は敵を睨み付けている。
「ほら、ママ! 共鳴して!」
 急かす声にカグヤが「分かっておる」と応えて歩みよって共鳴して、アシュラの体が蜘蛛を模した外骨格に覆われる。
「最初からトップギアなんだから!」
 アシュラの全身にライヴスが満ちる。
『存分に暴れるが良い』
 カグヤは楽しげに、そして愛おしげに戦いに逸るアシュラの背中を押す。

「また無茶をするつもりなのだろう」
 じっと巨大な敵を見つめるナイチンゲール(aa4840)と並んで墓場鳥(aa4840hero001)は静かに声をかける。
「そのくらいじゃなきゃ成し遂げられないって」
 応えた言葉に向けられた墓場鳥の視線から逃げるようにナイチンゲールは視線を海へと向ける。
 その先には杏樹と藍の姿が見える。
「……大丈夫、皆もいるし」
 いつも朗らかで優しく微笑む杏樹の笑顔が心に浮かぶ。
「根拠になっていない」
 静かにどこか窘めるようにそう口にして墓場鳥はナイチンゲールと共鳴する。
『道具箱が当たりそうだったのは頭の中央だったな』
 重なった意識の中で墓場鳥が頭の中央部分を示す。
「試してみましょう」
 そう口にすると同時にナイチンゲールは甲板を蹴って一気に敵へと向けて跳び出す。
 その姿を認めたクジラ型従魔が一瞬だけ速度を緩めるかに見えたが、それは僅かな躊躇いのようで速度を落とすことなく進んでくる。
 ナイチンゲールがレーギャルンへとライヴスを流し込み、九本の鎖が次々と開錠されていく。
 クジラ型従魔の背に足をつけると同時に全ての封印が開錠される。
 引き抜いたレーヴァテインが炎を纏いクジラ型従魔の真珠色の輝きを放つ体を切り裂く。
「硬い……!」
 思わず声が零れる。
 クジラ型従魔が身動ぎしたせいで攻撃が僅かにずれたとはいえ、それでも返ってきた手応えはとても弱点とは思えるようなものでは無い。
『場所ではないのかもしれないな』
 墓場鳥の意識に同意するように頷いてナイチンゲールはレーヴァテインをレーギャルンへと納め、その情報を共有すべく仲間達へと通信を繋ぐ。

「船か、強ち間違ってないかもな」
 後方甲板に立ちフリーガーファウストG3を構え、月影 飛翔(aa0224)が呟くように口にする。
『どうしてです?』
 共鳴したルビナス フローリア(aa0224hero001)の言葉に飛翔はクジラ型従魔の胸鰭に視線を向ける。
「本来、海中遊泳で使うのは、主に身体の柔軟性と尾鰭だ。胸鰭は推進力より舵とか補助よりが強い。それがあれだけの大きさを持つなら」
 飛翔の言葉の先をルビナスが受け取る。
『オールの役目があると』
 頭部に弱点らしき場所が見当たらないならば効果的な他の場所を探す必要も有る。
「アレを壊してみるか」
 水を掻く胸鰭に照準を向けて飛翔はフリーガーファウストG3の引き金を引く。
 放たれたロケット弾が水面下の胸鰭に着弾して爆風が海水を大きく噴き上げる。
 波の影響を受け、ロケット弾は予定よりも浅い角度でヒットしたが胸鰭には明らかな傷がついていた。
「攻撃は効くようだな」
 さらにダメージの影響か、速度に影響が出るほどではないがクジラ型従魔の動きにぎこちなさが感じられる。
「攻撃を集中すべきかな」
 月影の言葉に守が即座に応じて通信で呼びかける。
『皆さん左側の鰭を優先攻撃です』
 共有される情報を聞きながら飛翔は次弾が装填されたフリーガーファウストG3を構える。
「片方だけ壊れたなら、真っ直ぐ進むのにも苦労するだろう」

「左だね!」
 通信機から聞こえる守の声に氷鏡 六花(aa4969)が年相応の無邪気で元気一杯な声で応える。
 その声からも表情からも共鳴前の儚げで控えめな雰囲気は感じられない。
『全力でいきましょうか』
 共鳴したアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の言葉に六花は自身の血より精錬した血色の氷華、魔血晶を取り出し解放する。
 氷華の花弁が舞い砕け、凍てつきながら迸る血の奔流となって六花の周囲を疾駆する。
「いっくよ!」
 六花のライヴスが空中に白銀の雹弾を現し、迸る真紅の奔流がその雹弾へと集う。
 紅へと染まった雹弾が彗星のような輝く冷気の尾を引いて胸鰭に突き刺さり、えぐり取るように巨大な胸鰭の一部を吹き飛ばした。

「クジラだって捕食する蜘蛛の恐ろしさを知りなさい!」
 始まった戦闘音に慌てたようにアシュラがライブスラスターの出力を全開にして船から飛び出す。
 発艦する艦載機のごとく跳び出したアシュラの体が真っ直ぐにクジラ型従魔へと向かう。
 六花の攻撃により胸鰭に傷を負って速度を落としたクジラ型従魔が正面から飛んでくるアシュラを避けるようにさらに速度を落とす。
『敵の動きも想定して……』
 言いかけたカグヤの言葉を遮るようにアシュラが
「想定通りなんだから!」
 と声を上げて凶悪なエンジン音を響かせるZOMBIE-XX-チェーンソーにライヴスを注ぎ込む。
「攻撃こそ最大の攻撃!」
 一気呵成の勢いでアシュラはZOMBIE-XX-チェーンソーをクジラ型従魔の頭へと叩き付ける。
 勢いと重量を乗せた重い一撃の反動でアシュラの体が跳ねる。
『なるほどのぅ』
 感心するように、苦笑するようにカグヤが声を零し、アシュラがクジラ型従魔の背に足をつける。
『しかし、攻撃は最大の攻撃とはの……』
 笑いを含んだようなカグヤの言葉に
「いいの!」
 恥ずかしさを隠すように声を上げてアシュラはクジラ型従魔の背に視線を向ける。

「さて、音に対する反応があるかどうか、だね。」
 海上をALB「セイレーン」で進みながら藍はクジラ型従魔へと目を向ける。
 道具箱を避けた動き、その理由はそこに弱点がある訳では無かった。
 ならばその理由が何かと考えた結果の音だった。
『反応してくれると楽ですけど……どうでしょう?』
 少し不安げに禮がクジラ型従魔を見上げる。
 こうして海面から見上げればその大きさが嫌でも際立って見える。
「試すだけ、試してみよう」
 そう口にして藍はRPG-07Lに対戦車榴弾を装填して引き金を引く。
 噴煙の尾を引いて飛ぶ弾頭が直撃するよりも先にクジラ型従魔は道具箱の時と同じように速度を落とす。
 直後に狙い通りに着弾した弾頭が爆音を響かせる。
『単純に飛んできた物を避けてるんでしょうか?』
 爆音よりも先に反応したクジラ型従魔の様子に禮が疑問を口にする。
 直前にアシュラが跳んで行った時も同じような動きでクジラ型従魔は速度を一度落としている。
「だけど、そうすると……」
 説明のつかない行動が幾つかある。
 藍はクジラ型従魔の動きが良く見えるように距離を取りその動きを観察する。

「鯨さんは、歌を、聞くかな?」
 杏樹は船を背に守るようにクジラ型従魔の正面に立ちふさがっていた。
 見上げる壁のような巨体の前ではどれほど役に立つのかは分からなかったが、それでも杏樹は守るためにそこに立っている。
『効果があるかはわかりませんが、試して見る価値はあるかと』
 無駄に思える行為が全てを覆すきっかけに成りうる事も有る。
「護る事、癒す事、それが杏樹の、役目、です」
 決意を込めてそう口にして杏樹が藤神ノ扇を構える。
『サポートはわたくしにお任せください。お嬢様は敵を見続ける事に専念を』
 守の言葉に頷き、杏樹がゆったりとした静かな旋律を紡ぎ始める。

 黒い海
 彷徨う鯨
 一人きり
 泣いてる

 ここにいるよ
 側にいるよ

 キミに届け
 私の歌声
 海の藻くずと消えぬ様
 離れない

 凪の海のように穏やかに静かに曲を紡ぎながら杏樹は舞うように藤神ノ扇を振るう。

 歌声はナイチンゲールの所までも届いていた。
「杏樹……」
 九本の鎖がレーヴァテインを封印する音を意識の外に追い出してナイチンゲールは杏樹の歌声に耳を澄ませる。
『本物のクジラは歌でコミュニケーションをとるそうだな』
 墓場鳥の言葉に微笑んでナイチンゲールは口を開く。
 聞こえてくる杏樹の歌声のリズムをゆっくりと口の中で転がして自然に湧き出してきた歌を唇に乗せる。

 溟渤たゆたう異邦の王様
 波の花砕いては征みて攻む
 帰路も岐路も見失って久しい
 ただ末路目指して旅路を前へ
 見よ!白き玉体の孤高
 今に藻屑と果てる前に…

 高く低く、ゆったりと大きくたゆたう波のような歌声が杏樹の歌と絡み合い戦場へと響く。

『面白い試みじゃな』
 響いて来る歌声にそう呟いたカグヤの言葉にアシュラが
「倒せないのなら倒すまで攻撃するだけなのよ!」
 そう一際大きな声で叫んで歌声をかき消すようにZOMBIE-XX-チェーンソーの出力を上げる。
 疾風怒濤の勢いで叩き付けられるアシュラの攻撃に真珠の様な光沢をもつ外皮が傷つき血の代わりに輝く光の粒子が零れ落ちていく。
 その傷口を見つめカグヤは違和感を感じていた。
 傷口の奥に見える表面と同じ真珠色の光沢、痛みを感じないかのような挙動。
 それは生物というよりは機械に近い。
「怪しいのは全部壊す!」
 弾かれるように振り向いたアシュラが放った散弾がクジラ型従魔の背中を穿つ。
「あれ?」
 不思議そうにアシュラが首を傾げる。
 そこには何も特別な物など無かった。
「敵がでかかろうと正体不明だろうと、攻撃すれば倒せる」
 疑問を放り投げてアシュラは破壊を再開する。

 杏樹とナイチンゲールの歌声を聞きながら藍は六花の攻撃によって大きくえぐり取られた左の胸鰭に接近していた。
 水を掻く量が減って片側の推進力が落ちたせいで鯨全体の動きにぎこちなさは出ているが、胸鰭だけを見ればダメージを感じさせるようなぎこちなさは感じられない。
「痛みは感じないのか……?」
 そう言いつつ傷口に向けてケイローンの書の光の矢を放つがそのダメージに反応する様子は無い。
『有り得ないです。痛みを感じるのはそれが必要だからですよ』
 禮の言葉に藍も頷く。
「考えても答えは出ないな……」
 自分に言い聞かせるようにそう呟いて藍は胸鰭の側を離れる。
「胸鰭に傷を負って速度が落ちているのは間違いが無い」
 確実な事実はそれだけである。
「片舷をつぶす。直進性を奪えば脅威度は減るはずだ」
 通信機に呼びかけた藍の言葉に飛翔と六花が了解の言葉を返す。
『奥の手がないとも限りません、油断せずに行きましょう』
 禮の言葉に頷きつつ藍は飛翔と六花の攻撃に巻き込まれないように距離を開ける。

『次の準備ね』
 アルヴィナの意識に応えて六花はリフレクトミラー「氷鏡」を展開する。
『高速詠唱で一気にいきましょう』
 鏡のようにきらめく氷片が浮かび上がるとすぐに六花は高速詠唱で次の呪文を放つ。
 終焉之書絶零断章から放たれた凍気が氷の鏡と呼応してダイアモンドダストのような輝きと共に周囲の海水ごとクジラ型従魔の胸鰭を氷漬けにする。
「凍り付いて止まっちゃえなの!」
 氷に閉ざされた胸鰭が動きを止めたのは一瞬だけだった。
 巨大な質量はその氷を押し砕き留まることなく突き進む。
「えぇ!?」
 残念そうな声を上げた六花に飛翔が
「充分だ!」
 と声をかける。
 動きが止まったその瞬間に飛翔はフリーガーファウストG3のトリガーを引いていた。
 動き始めた胸鰭の付け根に絶妙のタイミングで砲弾が突き刺さり、大きく傷ついていた胸鰭が根元から千切れる。

 急激に片側の推力を失ったクジラ型従魔のバランスが崩れ、その体が大きく傾く。
 投げ出されるような衝撃にアシュラは咄嗟にZOMBIE-XX-チェーンソーをクジラ型従魔の背に突き立てて耐えていた。
『さて、どうするかのう……』
 立つのが困難なほど傾いた背中に考えるように呟いたカグヤとは逆に何かを思いついたようにアシュラが楽しげな笑顔を浮かべる。
「アシュラがバラバラにしてあげる!」
 ライブスラスターの出力が高まり、同時に突き立てたZOMBIE-XX-チェーンソーの駆動音も高まっていく。
『何をするつもりじゃ?』
 訝しげなカグヤの言葉を無視してアシュラはライブスラスターの出力を開放する。
 一気に跳び出したアシュラに引きずられて突き立てたままのZOMBIE-XX-チェーンソーが背を切り裂いていく。
『なるほどのう、足元が全部敵ならば地面を耕すのと変わらぬわけか』
 感心するようなカグヤの声にアシュラは得意げな笑顔を浮かべる。

●転劇
 ナイチンゲールと六花は歌い始めてすぐに見られているという感覚を感じていた。
 だが、その気配は定まらずその視線の主がどこに居るのかも分からない。
『嫌な感じでございますね』
 周囲へと意識を広げた守の言葉に
『確かにな』
 と、墓場鳥も同意の言葉を返す。

『あれが船なら、一番効果的なのはラムアタックですよ! 兄さん!』
 大きく傾き左側が沈み込んだクジラ型従魔の目は海面近くに有る。
「なかなか過激だね、悪くない……」
 赤黒い瞳を見据えて藍が禮の言葉に応える。
「よし、突貫する!」
 トリアイナ【黒鱗】を構えて藍が飛び出す。
 真っ直ぐに繰り出されたサンダーランスの雷撃が硬質の瞳を撃ち、黒鱗の穂先がその表面を傷つける。

 戦場が震える。

 クジラ型従魔がその口を開き声なき咆哮を上げる。
 開かれた口の奥には闇が広がっていた。
 見通せぬその闇の中にポツンと一つだけ、血のように赤い輝きを鼓動のように明滅させる球体が浮かんでいる。

●終幕
 クジラ型従魔と船との距離が十分に離れた事を確認して海中に飛び込んだ六花の前でクジラ型従魔が大きく口を開けていた。
「ここで倒すなの!」
 赤い輝きを放つ球体へ向けて六花が放った氷槍はその輝きに届く事無く消失する。
「何でなのです!?」
 攻撃が届かない距離ではないはずだった。
「外から届かないのなら!」
 ナイチンゲールがクジラ型従魔の口腔の縁を蹴りその中へと飛び込む。
『これは……』
 飛び込んだ瞬間、周囲の感覚が一変した。
 上も下も失われた空間の中で唯一絶対の位置を示す赤い輝きに向けて解放されたレーヴァテインの斬撃が闇に吹き散らされるように霧散する。
 だが、吹き散らされた火の粉の欠片が一つ、赤い輝きに触れた。

 その瞬間、闇が波打った。

 ベールをはがすように闇が取り払われ、どこまでも続くような広い空間と船首に女神像を持つ大きな帆船が姿を現す。

「ナイチンゲールさん!」
 杏樹が声を上げる。
 クジラ型従魔の口が閉まろうとしていた。
『お嬢様!』
 守の声を無視して杏樹は薙刀「藤海姫」を口の間に突き立ててナイチンゲールへと手を伸ばす。
 だが、その体は遠く、伸ばした手は届かない。
『ロケットアンカー砲を!』
 守の言葉に杏樹はナイチンゲールに向けてロケットアンカー砲を放つ。

「流石にこれ以上は不味い。一気に叩く!」
 船の上から様子を見ていた飛翔も飛び出していた。
 離れた場所から見れば明らかにクジラ型従魔はその場から離脱しようとしているのが分かる。
 だが、何よりもこれ以上離れれば船への回収が難しくなる。
『下側は氷鏡様に任せて、こちらは上から叩きましょうか』
 潜航しようとするクジラ型従魔の動きを海中で六花が押し留めている。

「絶対に逃がしませんなの!」
 六花が展開した重圧空間が潜航しようとするクジラ型従魔の動きを阻害する。
 だが、同時に覆いかぶさるようなクジラ型従魔の巨体の影が六花の周囲から光を奪っていた。
「六花は、逃げないの」
 何も見えない闇の中で巨大な気配だけが迫って来る恐怖。
 見えないその恐怖を睨み付けるよう正面を向いて六花はその場に留まり続ける。
『大丈夫……六花は私が守るわ』
 アルヴィナの意識が優しく六花を包み込んだ。

『もう一度目を!』
 守が声を上げる。
 杏樹はナイチンゲールの体を捉えていたが、口は今にも閉じようとしていた。
「ロード、カードリッジ!」
 守の声に応え、飛翔がブレイブザンバーへと秘薬をロードする。
『次はありません、確実に決めてください』
 ルビナスの言葉に
「分かっている」
 そう応えて飛翔は蒼い稲妻を纏う刀身を大きく振りかぶり赤黒い瞳へと叩き付ける。

「潮時……じゃな」
 幾筋も傷の刻まれた背を見渡してカグヤが呟く。
『ちょっと、ママ! 私はまだ戦えるわ!』
 急に体の支配を奪われたアシュラの抗議の声を聞きながらカグヤは躊躇いなく海中へと飛び込む。

「前に……」
「進め、ません……」
 口は再び開いた。
 だが、流れ込む海水が杏樹とナイチンゲールの脱出を妨げていた。
「手を!」
 杏樹は流されないように藤海姫にしがみつくのがやっとで、伸ばされた藍の手に手を伸ばすことすら出来ない。
『藍、ぶちかませ』
 守が叫ぶ。
 その意味を即座に理解した藍が口内に向けてブルームフレアを放つ。
 海中で炸裂した火炎に海水が逆巻き流れが変わる。
 流れ込む海水の勢いが緩んだその瞬間、杏樹の手が藍の手を掴んでいた。

「こっちよ!」
 アルヴィナが叫ぶ。
 何も見えない闇の中で感じた微かな気配。
 それに向かって自分の、六花の位置を伝えるように声を上げる。
 闇の向こう側から伸びてきた何かが六花の胴を掴んだ。

『離すでないぞ!』
 カグヤの言葉に
「分かってるわよ!」
 そう叫び返してアシュラがロケットアンカー砲のクローを引く。
「重い……!」
 潜航していくクジラ型従魔に引かれるようにクローが海中に引き込まれそうになる。
『それが生者の重さじゃ』
 クローの先には六花の体がある。
 引き込まれないようにアシュラが全身の力を使って耐える。
 突然、引き込むような重さが消えた。
「軽く、なった……」
 急に消えた手応えにアシュラが呆然と言葉を零す。
『大丈夫じゃ』
 カグヤの言葉に応えるように海面に六花が浮かび上がり大きく息をついた。

●帰路
「……ん。倒せなかった……」
 海を見つめたまま六花が小さく口にする。
「そうね、だけど今回は私達の勝ちよ」
 アルヴィナはそう言って六花の目を船上へと向けさせる。
 無事危機を乗り越えた事を喜び合う船員達の姿が見える。
「……ん。倒せなかったのに……勝ち?」
 どこか不思議そうな六花にアルヴィナは優しく微笑んで見せる。

「倒せていないのであれば、また現れそうですね。それも本来の目的を持って」
 舷側の手すりにもたれて海を見つめる飛翔にルビナスが声をかける。
「ケントゥリオ級か。アイツではなくて、中に乗っている奴がそうだったりしてな」
 飛翔はナイチンゲールが見たという光景を思い出していた。
「ローザリア、でしたか」
 それは帆船に刻まれていた船名だった。

「ママが邪魔しなければアシュラが倒してたんだから!」
 抗議するようなアシュラの声が船室に響く。
「そうじゃな、いつかは倒せたじゃろうな」
 応えるカグヤの言葉にアシュラがふくれっ面を見せる。
「そうカッカすんなって、嬢ちゃん達のおかげで俺達は生きてるんだ」
「嬢ちゃん達が居なかったら今頃どうなっていたことか」
 開け放たれた船室の前を通る船員達の言葉にアシュラのふくれっ面が次第に緩んでいく。
「当り前よ、私はすごいんだから!」
 胸を張るアシュラの姿をカグヤは静かに微笑んで優しく見つめる。

「少し疲れたな……でも、もう一仕事しようか、禮」
 藍は禮にそう声をかけてヴァイオリンを取り出す。
「船の上は暇だろうって持ってきましたけど、正解でしたね」
 禮も人魚の竪琴を荷物から取り出し二人は談話室に向かう。
 船員達の求めに応じて何曲か合奏するうちに自然と杏樹とナイチンゲールが歌っていた曲になっていた。

 微かに聞こえてくる曲を耳にしながらナイチンゲールは一人竪琴を奏で曲を口ずさむ。
 高く低く響く波のような歌声に墓場鳥は黙って耳を傾けいた。
 その歌にたおやかな波のような静かな声が重なる。
 優しい微笑みを浮かべる杏樹の姿に微笑み返してナイチンゲールは歌い続ける。
 二人の声が重なり静かに海へと響く。

 同じ歌を口ずさむ姿がもう一つ有った。
 戦闘の残滓の残る海面に立つその女の姿は彫像のように美しく人間離れしている。
「また、いずれ、な」
 そう呟くと手の中の散弾の破片を海に落とした水音だけを残して女の姿は幻のようにかき消えていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • エージェント
    アシュラaa0535hero002
    英雄|14才|女性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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