本部

白の騎士と速き風

影絵 企我

形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
LV1~LV60
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/24 12:02

掲示板

オープニング

「今回の任務は、福井県の山林で発見された、兎型のワイルドブラッドが構築している集落への接触です」
 ブリーフィングルームに集められた君達を前に、オペレーターは機械的な説明を始めた。目元にクマが出来ているあたり、どうにも寝不足のようだ。
「この集落の存在は最近まで確認できていなかったのですが、その原因は彼らが地下に穴を掘る形で住居を作っていたことと、彼らが所有していた霊石の塊が隠れ蓑のような役割を果たしていたことによるものでした」
 君達の中に、ならばなぜ、今になって集落の存在を確認できたのかという疑問が湧いてくる。誰かがそれをオペレーターに尋ねると、彼は小さく頷く。
「まず一つ目の要因としては、その近辺に愚神が出没した事でした。その愚神を討伐するためエージェントを向かわせた結果、彼らがその集落を目の当たりにする事になったのです。二つ目の要因としては、その戦いの結果、彼らが祀っていた霊石に傷がつき、霊石が発揮していた力が弱まってしまった事です」
 モニターに、森の中に生える一本の大樹に埋め込まれた巨大な霊石が映し出される。オペレーターの言葉通り、月のように丸いその霊石の表面には何かで斬りつけたような深い傷がついている。
「元々周辺に現れる愚神や従魔は彼らの中から現れた数名のリンカーが自警団を組織しこれを片づけていたようです。が、霊石の効果が失われた以上、その攻撃はさらに激化していく事が予想されます。その為、今回H.O.P.E.では霊石が回復するまでの間、エージェントを交代制で派遣しこの集落を保護する事に決定しました。皆さんには、その第一陣を務めて頂きます」

「プリセンサーも危険を察知していないのでおそらく大丈夫かとは思いますが、不測の事態にはくれぐれもお気をつけください」

 かくして君達は兎の住む隠れ里へと向かう事になった。同日何やら”厄介な愚神”が出るという事で精鋭のエージェントはその任務に引き抜かれていたし、四国にも”ある”懸念が残りアマゾンの情勢は不安定、という事で中堅エージェントである君達に白羽の矢が立ったのである。


 ただ、運命はいつも、予測もつかない巨大なうねりを作って人々に襲い掛かるものである――


「ワタシタチ、ジョオウサマ、スキ。ジョオウサマノメイレイ、サカラワナイ」
「そうよ。アナタ達は私の家来なの。故に私の命令は絶対なの。特にそこのアナタ!」
「ハイ」
「アナタ、この前私の顔を良くも傷つけてくれたわねぇ? 今からたっぷりとお仕置きしてあげるから、そのつもりでいなさい!」
「ハイ、ヨロコンデ」

 現場についた君達が出くわしたのは、隠れ里を包み込むドロップゾーン。時は急を要するとして内部に足を踏み入れた君達が見たものは、まるで全てが色紙で作り上げられたような質感の世界。森には燦燦と陽が差し込み、まるで物語の世界にでも迷い込んだかのような様相である。
 そこで君達は、紅いドレスを纏い、金の王冠を被った女が森の広場の真ん中に立ち、それを取り囲むように三十人ほどの兎のワイルドブラッドが跪いている様子を目にした。一人の若い兎は前に引き出され、派手な装飾の付いた扇子でその両頬をビタビタと叩かれている。兎はそれに逆らいもしない。その目は虚ろで、すっかり洗脳されてしまっている様子だ。
 助けに行くか行くまいか。君達がその光景を見て逡巡していると、突如背後に悍ましい殺意が漂うのを感じ、咄嗟に君達は広場へと飛び出してしまった。女王はそれに気づき、兎を殴る手を止める。

「……あら? お客様かしら? ……いいえ。反逆者様のようねぇ?」

 女王は君達の背後を見て歪んだ笑みを浮かべる。咄嗟に振り向くと、そこにはフルプレートに身を包んだ兵士が各々武器を構えて君達に狙いを定めていた。その奥には、白馬に跨り、穢れ一つ無い白い鎧を纏った騎士がいた。彼が掲げる旗には双頭の鷲の刺繍が施されている。
「白の騎士よ、そいつらを殺しなさい。……私達は今から城を作りに行くから。任せたわよ」
 それだけ言うと、女王は踵を返して紙の森の奥へと消える。兎のワイルドブラッド達も揃って奥へと消えてしまった。それを見送った騎士は、弓を取って矢を番える。それに呼応して、兵士達も武器を構えて君達を取り囲んだ。

 囲いを突破しドロップゾーンを離脱する。白い騎士も兵士も纏めて撃破する。今、選択が迫られていた。




 紙の森の中を、全身鎧に包んだ兵士が数人、警戒するように歩き続けている。百歩歩くほどに立ち止まり、きょろきょろと周囲を見渡している。
 しかしその目は節穴だ。紙の葉っぱを切り刻み、突如振ってきた金色の光に気付かない。背後から太刀を思い切り突き立てられ、兵士はがくがくと震えだす。その間にその身体は青い光を放って燃え上がり、その炎は刃の中へ、それを握る黒い和装を纏う戦士へと吸い込まれていく。
「……悪いな同胞よ。だが腹が減っては強者と戦えないのだ」


解説

メイン ドロップゾーンから重体者を出さずに離脱
サブ ドミナートルをエージェントが撃破する

エネミー
ドミナートル
又の名をホワイトライダー。支配を司る死神。
脅威度:ケントゥリオ級
ステータス
物防・生命B、その他不明
スキル
・死の舞踏
 小規模なDZを構築する。
・支配者の言葉×∞
 PCスキルに準ずる。命令は「最も近くの存在を攻撃しろ」のみ。

レギオン×8
兵士型の従魔。
脅威度:デクリオ級
ステータス
物攻B、生命D、その他C-D
スキル
通常攻撃のみ

ニュートラル(以下PL情報)
騒速
 DZに突然現れる愚神。
ステータス
物防S、生命・魔防A、物攻B その他不明
スキル
・見取稽古
 (今回は機能しない)
・相殺
 リアクション。相手がスキルを行使した時、自分がそのスキルを使用可能な場合無効化する。1Rに何度でも使用する事が出来る。
・発破
 リアクション。生命力を5消費して発動。受けたBSを解除し、直前に受けたダメージの半分の値だけ生命力を回復させる。
武器
・ソハヤ
 生命力50%を切っている時、通常攻撃で与えたダメージの半分、生命力を回復する。
性向
 能力者レベル30以下のリンカーは基本狙わない。それ以外の最も近いリンカー、従魔、愚神を常にターゲットする。
出現条件
 3R突入時、確定で登場。

フィールド
・半径10sqほどのひらけた空間。紙のような質感の森で囲まれている。ただし、見た目が紙なだけで燃えたり切れたりはしない。
・広場の中心に君達が立ち、それを従魔が取り囲んでいる。騎士は十二時方向に位置。もしDZから離脱する場合、最低二体のレギオンを倒して囲いを六時方向に破る必要がある。

Tips
・ドミナートルを倒したエージェントは騒速から因縁を付けられ攻撃される。レベルは関係ないので注意。
・ゾーンルーラーは既に女王へ変わっている。ちなみに追いかけても巨大な迷路に出くわす為、女王の下へは到達できない。
・騒速は二時方向から現れる。

リプレイ

●白の騎士
「あらあら、可愛らしい兎ちゃん達でしたのに……ふふ♪」
『残るのは堅物ばかり、か。……だが、今はこいつらに集中しろ』
 セリカ・ルナロザリオ(aa1081)は二丁拳銃を交差するように構える。周囲を取り囲む兵士は、得物を互いに打ち鳴らしながら、徐々に囲いを狭めてくる。髪の先をリゼア(aa1081hero001)と揃いの紅に染めた彼女は、そんな彼らをいつもの余裕綽々な笑みで見つめていた。
「ええ。この程度の状況も切り抜けられなくてはお話になりませんわ♪」
 白騎士が高々と弓を掲げる。兵士は鬨の声を上げ、得物を構えて一気に突っ込んできた。
「えええい! ぶっ飛べ!」
 その瞬間を見計らっていた彩咲 姫乃(aa0941)は、いきなり身を翻してフリーガーファウストを背後へぶっ放す。放たれるロケット弾。兵士二体は咄嗟に盾を構えた。彼女の纏うオーラと同じ、橙色の焔が兵士に炸裂する。そのまま姫乃は駆け出すと、身を固める兵士を踏み台にして跳び上がる。
「背後は貰ったぜ! 戦いは数だってんなら、この爆撃でまとめて黙らせてやる!」
 兵士が振り向く間もなく二撃目を撃ち込む。爆風に揉まれて二体はそのまま転げてしまった。そこへさらに襲い掛かる激しい吹雪。氷鏡 六花(aa4969)の放った雪風が、兵士を雪だるまにしていく。
「すぐにでも助けに行かなきゃいけないのに……邪魔しないで!」
『(とにかく攻めましょう。相手に動く隙も与えないくらいにね)』
「うん!」
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)のアドバイスに頷くと、六花は素早く身を翻し、氷点下の白い焔を巻き起こす。木々をも揺すぶる風が炎を走らせ、槍を持って駆け込んできた兵士を凍てつかせる。
 兵士の動きが鈍る。麻端 和頼(aa3646)はその隙を逃さず白騎士に向かって魔力の弾丸を一発撃ち込む。鬣と尻尾の炎は怒りで一層強く燃えていた。
「あいつらを助けに行かなきゃならねえんだ! 邪魔するんじゃねえ!」
『(今は自分の身を守らないとデショ! ……ケド和頼、もっと早く此処に辿り着ければ人生違ったかもネ)』
 華留 希(aa3646hero001)が揶揄い混じりに囁く。咄嗟にちらつく彼女の微笑み。照れ隠しに和頼は顔を顰める。
「……うるせっ!」
 刹那、白騎士は旗の先を和頼に向かって突き出す。旗に刻まれた獅子が光ると、和頼の思考に空白が割り込んでくる。“目の前の者を討て”という言葉が、木のうろに押し込められた時のようにガンガン響く。しかしその時、軽い平手が彼の意識を現実へ引き戻した。
『和頼、希、大丈夫?』
 ルー・マクシー(aa3681hero001)が翡翠色の眼でじっと和頼を覗き込んでいた。鬣を振り乱すと、和頼はにやりと笑う。
「助かったぜ」
『よかった。じゃあこの調子で行くよ! 援護は任せて!』
「ああ。行こうぜ!」
「(その調子だ。いつものように明るく振舞っていればいい)」
 テジュ・シングレット(aa3681)もルーを励ます。鷹の影舞う刃を振るうと、広場に差す人影を縫って再び駆け出す。
『うん。……大丈夫。死線は僕だって潜ってきたっ!』

「この空間……長居する程愚神への敵意が薄らぐやもしれぬ。一刻も早く脱出せねば」
『奴の首級を挙げれば済む話だろう』
「無論討伐は狙う。だが肝に銘じよ。ここは命を散らす場所に非ず」
 大剣を担ぎ、御剣 華鈴(aa5018)は戦場を駆ける。戦力温存の為にこの長期任務から遠ざけられてしまった主の分まで働くため、彼女は刃を閃かせる。
『ザコはすっこんでろ!』
 フェニヤ(aa5018hero001)の荒い叫びと共に、大剣が立ちはだかるレギオンに向かって振り下ろされた。その重い一撃は、鉄さえ土塊同然に砕いてしまう。
「……ふぇにや、我らの狙いはあくまでもあの白騎士。その言葉遣いも……」
『ふん、戦いに礼節で勝てたら苦労などせぬ!』
 華鈴が窘めても聞く耳を持とうとしない。肩を竦めると華鈴は囲いの外に立つ白騎士へ再び突っ込んでいく。その姿を見つめていたフェニヤは、ぽつりと呟く。
『見るほど似ているな。異教徒が信ずる、支配を司る死神によく似ている』
「けんとぅりお級であろうと、我らは臆することなし!」
 挨拶代わりに大剣を真っ直ぐ振り下ろす。旗を振るってその一撃を受け止めた白騎士は、くるりと翻って矢を番えた。そこへ駆け込む、雪のロングコートを纏った少女。
「そうはさせないよ!」
 雪室 チルル(aa5177)は輝く盾を構え、白騎士の前に立ちはだかる。同時に放たれた矢を軽々と撥ね返し、スネグラチカ(aa5177hero001)は得意げに啖呵を切る。
『そんな矢じゃ、あたし達の守りを破る事なんか出来ないんだから!』
「悔しかったら、もっとなんかしてみろ!」
 盾を氷剣に持ち替え、チルルはその切っ先を白騎士へと向ける。
「かたじけない」
『白騎士よ。我らが貴様の指図に従う義理はない。反逆で返礼とする!』

『(この調子ならば全滅も十分見込めるな)』
 敵と敵の狭間をすり抜け、鮮やかな太刀捌きで兵士が纏う鎧の隙間を突いていく杏子(aa4344)。押せ押せムードの周囲を見渡しテトラ(aa4344hero001)はぽつりと呟いた。
「ああ。一匹たりとも逃さんさ。……ただ、何か起きそうな気もするけどねぇ」
 脇から迫り来る兵士。身を翻すと、幾つもの盾を呼び出し突き出される槍を受け止める。太刀を振るって槍を弾くと、一気に懐へと潜り込んで喉元へ太刀を突き刺す。
『(予定外の事態ならもう起きているだろう。ただの護衛のはずがドロップゾーンに片足を突っ込んでいるんだからな)』
「そうさ。そうだが……変な事ってのはどうにも立て続けに起きるもんだからね」

「強そうなのはその見た目だけのようですわね♪」
 三連続で軽やかに蹴りを叩き込み、兵士がバランスを崩したところに二丁拳銃の弾丸を叩き込む。相方の能力を生かした狙撃が本分とはいえ、体捌きもまたしなやかだ。
「……」
 馬で広場を駆け巡る騎士はそんな彼女に目を付け、獅子の御旗を突き付ける。旗から放たれた光が、セリカを一瞬縛り付けた。
「洗脳女王の部下は洗脳野郎か! ふざけやがって!」
 木々を跳び回っていた姫乃が猛然とセリカの傍に飛び降りる。銃口が向けられる前に神速で動いた姫野は――蹴りを背中にぺちっと当てた。女性への心を尽くした丁寧な一撃だが、それでも罪悪感に包まれる。
「ホントマジふざけんな……」
「まぁ♪ やってくれましたのね♪」
 そんな姫乃の心内を知ってか知らずか、洗脳の解かれたセリカはにっこりと微笑む。掴み処のない彼女の笑みは、姫乃を軽く震えさせた。
「ご、ゴメン。後で、謝るから」
 それだけ言うと、斧を引っ提げ姫乃は再び橙色の光を曳いて駆け出した。

「捌いて!」
 レギオンが猛然と振り回す斧の一撃を、チルルはライヴスの流れる盾を振るって軽々と受け流す。そのまま武器を素早く持ち替えると、大きく一歩踏み込みレギオンに斬りかかる。
『反撃!』
 咄嗟に兵士は鉄の盾を突き出し受け止める。チルルは素早く一歩、二歩と飛び退き剣を構え直した。兵士もまた盾を突き出すようにしながら、彼女との間合いをじりじりと詰めていく。
『スキありッ!』
 不意にルーが影から飛び出し、緋色の刃で兵士の背に突き立てる。チルルに気を取られていた兵士は、ルーに気付く間もなく斬り倒されてしまった。音も立てない一太刀に、チルルは目を見張る。
「なかなかやるわね! でもあたいだって負けないんだから!」

『研ぎ澄ませ、我らの闘争本能……ブルータル・マインド!』
 華鈴は大剣を中段に構え、フェニヤは言霊を紡いで霊気を高める。見開かれた黄金の瞳が広場を駆け巡る白馬の騎士をしかと捉えた。騎士は足を止めると、素早く矢を番えて彼女を狙おうとする。
「てめえらはてめえらの世界で勝手に暴れてろ! 寄生虫共が!」
『そーだヨ! 絶対アンタたちのせいであたし達が巻き添え喰らっちゃってんだカラネ!』
 がら空きになった白騎士の脇腹目掛け、果敢に和頼が突っ込む。蒼炎に包まれた槍を振るい、鋭く切っ先を突き出した。燃え盛る炎は白騎士の身体を捉え、鎧の白化粧を黒く焦がす
 騎士は矢を振るって槍を払い除けたが、そこに華鈴が一気に飛び込む。
「紅く紅く煌け、えくりくしす! 甕速日の如く!」
 一息で大剣を三度振り抜く。日輪の様に鋭い光が鎧に刻まれ、白騎士は馬の上でよろめいた。華鈴は更なる追撃を叩き込もうとするが、視界の脇から突如飛び込んできた兵士に阻まれる。
『何だ!』
 襤褸雑巾のように倒れ込んだ兵士は、そのまま光となって消えていく。

「ふむ……知った顔も見えるな。……私を震えさせるほどの者はいないようだが」
 盾を構えて纏わりつく兵士を一太刀で払い除けながら、黒装束を纏う剣士が現れる。その顔は狐面で覆い、手には己の身長とも違わぬ大太刀。
「それでも、私に示すだけの力はあろう」

 紛れも無く、それは騒速だった。

●人は人であるが故に
「(騒速だと……? 決闘の前の腕試しにでも来たのか?)」
 目の前のレギオンと斬り結びながら、杏子は森の狭間から現れた剣士を見つめる。
『(面倒な奴が来たな。奴も倒してしまうか?)』
「(それは得策じゃあないな……まあ、いざという時は私に考えがあるさ)」

『(増援か……あいつは厄介そうだな)』
 リゼアは呟く。突っ込んでくる兵士を、騒速は床に積もった塵のようにあっさりと払い除けていた。セリカはそんな騒速を見て、いつも通りにくすりと笑う。彼女にとってはこの闖入者も新しい刺激に過ぎなかった。
「まぁっ、ふふふ♪ この状況、皆様はどうするのでしょうか……♪」

 そんな騒速が気に入らないのが華鈴とフェニヤであった。兵士を相手に騒速が立ち回る姿に、蔑むような視線を向ける。
「奴の目的は火事場泥棒のようであるな」
『ふん、気に喰わんな。……つまらん戦いぶりだ』
 武芸百般に通ずる彼女達は気付いていた。その狐はわざわざ殴り込んできたというのに、常に間合いを詰めず、むしろ離すようにして戦っている。己の使命を十全に果たす為に戦う彼女にとって、その立ち回りはあまりにもふざけていた。
「全く同意である。あの構え、死合いに対する覚悟が足りぬ。剣を交える価値もなし」
 彼女は大剣を構え直すと、まるで当てつけの様に、ドミナートルの間合いへと果敢に踏み込んでいった。

『何だか嫌な奴が来たなぁ』
「(まともに取り合う必要はない。この愚神、兵士達にとってもイレギュラーのようだしな)」
『(ん……なら!)』
 刀を収めると、ルーは代わりに術符を取り出す。その時、騒速が彼女に目を付ける。
「……その力、私に見せてもらう」
『やーだ! 誰があんたなんかとまともに戦ったりするのよ!』
 氷牢の術符を放り投げると、一塊の氷となって砕け散り、破片は巨大な氷柱となって騒速に降り注ぐ。騒速は刀を振るって氷柱を弾き返すが、その間にどこからともなく兵士がよろめきながら突っ込んでくる。
『あんたはそいつと仲良くしてればいいんだよっ!』
「む……」
 得物を八相に構えると、騒速は素早く一歩退き、倒れかけた兵士の脳天に一撃振り下ろす。六花はその姿を視界に捉えると、“氷鏡”を慌てず騒がず展開していく。騒速とは何度か出くわしている。“どうしてやればいいか”もわかっていた。
『(余計なおまけが紛れ込んできたわね)』
「あのお侍さんの事はよく知ってるし、気を付けて立ち回れば大丈夫……!」
 断章を素早く唱えると、全身に一際強い冷気を纏う。色紙で出来た芝生は凍りつき、ガラス細工のようにぱりぱりと砕けていく。
「纏めて凍っちゃえ!」
 羽衣を揺らめかせながらくるりと舞うと、六花は細い右手を白騎士と騒速の間に向かって突き出す。氷の鏡に跳ね返り、白銀の光は荒れ狂う厳冬の吹雪となって襲い掛かる。騒速は両腕でその身を庇って一気に飛び退いたが、もろに巻き込まれた白騎士はそうもいかない。絶対零度の一撃は白馬を一瞬にして氷像に変え、騎士の脚を縛り付ける。着物についた霜を払いながら、騒速はじっくりと唸る。
「かつて受けた冷気より、さらに厳しさが増している……ライヴスを研ぎ澄まし、私が戦いを挑むべき相手となるのもそう遠い時ではないか。……だが今は」
 騒速は得物を構え直す。騎士は咄嗟に矢を番えると、騒速に向かって一発撃ち込んだ。一振りでその矢を払い除けると、騒速は騎士に向かって一歩踏み込む。
「来たる戦いの為に――」
「士道不覚悟の臆病者め、どうあっても剣を交えたいか!」
 だが、華鈴はそれを許さない。大剣を脇に構えると、身を低くして一気に騒速に迫る。
「ならば仕方あるまい……我が刃、飛燕の如く!」
 矢のように飛び込みながら剣を振り抜く。騒速は咄嗟に刀を逆手に持ち替え、どうにかその一撃を逸らす。
「ぬぅ……」
 素早く刀を構え直すと、刃にライヴスを纏わせ華鈴に切り返そうとする。
「そうはさせなーい!」
 両手で盾を構え、チルルが突進を仕掛ける。騒速の振り薙いだ一撃は、彼女の構えた盾がしっかりと受け止めてしまった。むっと頬を膨らませ、チルルは騒速ののっぺらぼうを睨む。
「いきなり突っ込んできて、あんた一体何なのよ!」
「……我が名は騒速。武の頂を目指す者」
「武の頂……」
『強さの頂点って事でしょ?』
 首を傾げたチルルの耳に、スネグラチカがそっと囁く。聞くなり、チルルは目を真ん丸にして素っ頓狂な声を上げる。
「……あーっ! つまりあんたもさいきょーを目指してるって事!? だめ! さいきょーになるのはあたいだもん! あんたなんかにさいきょーの座は譲らないわ!」
 素早く剣を抜くと、白いライヴスを纏わせ勢いよく斬りかかる。騒速は素早くその一閃を受け止め、じっとチルルを見返す。
「随分と意気軒昂な少女だ。お前もすぐに私の前に立ちはだかってくるのだろうな」
「当然! あたいはさいきょーになるために戦ってるんだから!」

「今だ! 一気に仕留めちまえ!」
 和頼は右手に集めたライヴスを杏子に向かって放つ。同時に杏子は雪華の幻影を己の周りに次々喚び出していく。
「レギオンを片付けてくれたのは正直有り難いが……ケントゥリオ級のライヴスをあの狐に喰われたら堪らんからね」
 杏子が刀を振るうと、浮かび上がった幻影は螺旋を成して白騎士へと飛んでいく。
「そいつの止めは私らが貰う!」
 次々に突き刺さっては弾ける刃の幻影。白騎士は両腕を構えて凌ぎ続ける事しか出来ない。その嵐に紛れる橙色の閃光が迫っても、反応する事さえ出来なかった。
「焔の如く、焼き尽くす!」
 アステリオスを構え、姫乃は大きく身を捻る。纏う炎のオーラが、一際強く輝く。
「一つ!」
 袈裟に振り下ろした一撃は、白騎士の肩を割る。
「二つ!」
 真一文字に振り抜いた一撃が、白騎士の脇腹を抉る。
「三つ!」
 軽く跳び上がり、宙返りの勢いも載せた唐竹割を叩き込む。白騎士の脳天は、兜ごと柘榴の様に砕け散った。同時に馬は嘶いて跳ね上がり、首無しの主と共にどうと倒れる。
 ドロップゾーンに差し込む燦燦とした白光に照らされ、白騎士は音も無く砂となって崩れ落ちた。

「こいつで仕舞だぜ。ざまぁ見やがれ」
 斧を担ぐと、姫乃は挑発的な笑みを浮かべてくるりと振り返る。剣士二人に行く手を阻まれた騒速が、半ば呆然として姫乃を見つめていた。
「……まさか先を越されるとはな」
 刀を構えると、騒速は華鈴とチルルの間をすり抜け一気に姫乃へ間合いを詰める。しかし姫乃はそれ以上の速さで間合いを切る。
「おっと。俺の速度は捉えきれないってこの前自分で言ってたよなー?」
 馬鹿にしたような笑みを浮かべ、小馬鹿にしてからかうような口ぶりで姫乃は騒速を煽り立てる。
「決闘には招待しなかったくせにこんな時だけ都合よく誘おうたー、浮気っぽいんじゃないか旦那ァ?」
「……」
 騒速は懐に手を突っ込んで一本の寸鉄を取り出すが、脇から攻め寄せた華鈴が一気に奇襲をかける。
「貴様のような者が、我らを傷つけられることなど有り得ぬ」
 左の籠手でその一撃を受け流しながら、騒速は数歩飛び退き対峙する者達を見据えた。武器を構えたエージェント達には一部の隙も無い。しばしそんな彼らを見渡していたが、不意に騒速は大太刀を中段に構える。
「……成程。私は誤解していた。強さとはいかに強く鋭く磨かれた霊力のみと考えていた。だが違うのだ。神剣携えた英雄ではなく、轡を揃え、槍を並べ、呼吸を合わせた兵どもこそが真に強き者なのだ。それこそが絶対零度の龍をその手で討ち果たしたのだ」
 深く息を吐き出すと、騒速は摺り足でじりじりと間合いを詰めていく。構えた大太刀の切っ先が、歪に光った。
「……愚神や従魔ではない。貴様らリンカーこそが、私に立ちはだかる脅威に他ならん」
「待て待て。そう逸るな」
 そこへ杏子が素早く飛び出す。刀の切っ先を地面に突き刺し、軽く構えを緩めて尋ねる。
「アンタ、こんなところで油売ってていいのかい。例の決闘は今日のはずだ。今私達と戦って、ライヴスの無駄遣いしてる場合じゃないだろう?」
「……」
 騒速は足を止める。構えは解かないまま、じっと杏子を見つめた。しばしの沈黙。リゼアはセリカにそっと囁く。
『(……セリカ、構えておけよ)』
「(言われなくても♪ ……話し合って解決だなんてつまらない展開、私は望んでいませんもの)」
 セリカはマガジンを込め直し、引き金に指を掛ける。その隣で和頼とルーは目配せする。いざという時の作戦を、頭の中で何度も巡らせていた。

 やがて沈黙は終わりを告げた。騒速は刀を八相に構え、獣のように深く構える。
「……貴様らもまた霊力を磨き、個として強くなるだろう。そうなってからでは手に負えぬ」
『どこまでも我を呆れさせる。それが強者を目指す者の態度か』
 フェニヤは唸った。全く相容れない存在である。しかし騒速も動じない。
「好きに言え。そもそも私は狐だ。誇り高き虎や獅子に憧れているだけの、陰険な狐だ」
 どこか捨て鉢な呟きを残し、騒速は飛び出す。
「予想通りですわね♪」
 セリカは素早く引き金を引く。放たれた二発の弾丸が騒速の足下を掠める。足が僅かに鈍った隙に、杏子は刀を構え直して騒速を迎え撃つ。
「やれやれ。もっと聞き分けの良い奴だと思っていたんだけど」
「確かに戦いの約束は控えている。だが、貴様らをただ見逃しには出来ん」
 素早く三度斬り結び、二人は再び間合いを引き離す。その隙を突いて、六花が素早く飛び出した。
「だったら……六花だって容赦しない!」
 懐から取り出した魔血晶。六花自身の血で創り上げた、鮮やかに紅い氷の華。その手の上で華は粉々に砕け散り、溢れた凍気が彼女を満たす。彼女が呪文を唱えるまでもなく、彼女の満ちた魔力で世界は凍てつき、無数の氷槍を生み出す。
「喰らいなさい!」
 悪魔の術にさえ手を伸ばす覚悟の籠った一撃を堪えきれるわけはない。騒速は身を捩って直撃は避けたが、それでも槍に全身を揉まれて吹き飛ぶ。
「ぐぅっ……」
「お、おい! あれ新手じゃねえか?」
 騒速が起き上がると同時に、和頼は顔を顰めて騒速の背後を指差す。ルーも顔を青くして長巻を構える。
『今度は黒い騎士!? もう勘弁してよ!』
「……ふざけた事を言うな」
 騒速は呆れたように呟く。しかし、彼の動きは僅かに緩んだ。その隙に和頼とルーは素早く駆け出す。
『嘘に決まってるでしょっ!』
「俺達はてめえなんかに構ってる暇ァねぇんだ! ずらかる!」
「ふふ♪ わたくしもその作戦に乗らせてもらおうかしら♪」
 セリカは銃を構え、眩く輝く一発の銃弾を撃ちだす。光の尾を曳きながら上空へ飛んだ一発は、森を白光で埋め尽くす。その隙に和頼、ルー、セリカは素早く森の外へと駆けていく。他のエージェントも武器を収め、その後に素早く従った。

「……」
 蜘蛛の糸を振り払い、騒速は刃を片手に提げたまま彼方を睨む。しかし、八人のエージェントは既に彼の手には届かないところにいた。
「虎の真似事など、もはやままならんか」
 騒速は大太刀を鞘に納めると、踵を返して森の奥へと姿を消した。

●御伽噺の城
 数分後、エージェント達はドロップゾーンに戻ってきた。余力を使って、一応の調査継続である。だが、姫乃自身は少々違う事に心を囚われていた。
「やーべぇ……どうすっか……」
 視線の先にはセリカの姿。謝るとは言ったものの、どう切り出したものか。助けるためだったというだけだが、罪悪感が姫乃から自信を失わせる。
『オナカスイター』
 一方、そんな事知るかとばかり、メルト(aa0941hero001)は紙で出来た茂みをもそもそと齧り始める。彼女の胃袋は宇宙とはいえここはドロップゾーン。何が起きるか分からない。姫乃は慌ててメルトを引き離しにかかる。
「待てって! そんなもん食うなよ!」

「ルー、お疲れ様だ」
『テジュもだよ。怯みそうだったけど、助けてくれたから何とか頑張れたよ!』
 共鳴を解き、テジュとルーは向かい合う。ルーはにっこりと笑うと、くるりと振り返って背後の和頼に向き直る。
『希っ! 和頼っ! ケントゥリオ級に接近戦挑むなんて! でも、心強かったよ!』
 ルーの目にほんの僅か涙が浮かぶ。希はそんな彼女に明るく応えた。
『大丈夫だヨ。帰ったら何か美味しいもの食べたいネ!』
『うん、そうだね!』
「ったく、緊張感ねえ奴らだな……その前にやることあるだろ」
 共鳴も解かないまま、和頼はのしのしと歩き出す。その視線の先には、何かを手に取ろうとするメルトとそれを止める姫乃がいた。
『オナカスイター』
「待って! 待て! それを喰うのはマジでヤバい!」
「……これが隠れ里の霊石か」
 姫乃がようやくメルトを引き剥がすのと同時に、テジュ達は霊石の前に立つ。六花達もやってきて、丸く磨き上げられた霊石の表面に深く刻まれた傷をじっと覗き込んだ。
『何かで斬りつけられたような痕ね……自然に直るまでにはかなりかかりそうよ』
「……ん。でも、直せれば、このドロップゾーンを……何とかする、手掛かりに、なったりしないでしょうか……」
「ああ。だから今試すんだ」
 和頼は霊石の傷に手をかざすと、ライヴスをそっと流し込む。ライヴスを受けた霊石はぼんやりと光り始めた。傷は相変わらず深いままだったが、霊石の纏う光は徐々に強まり、色紙の森をその光で包んでいく。

「……なんだ」
 杏子とテトラは足元に伝わる小さな震えを感じた。光が強まるとともに、草木はぶるぶると震え始める。木の形を取っていた緑と茶色の色紙はくしゃくしゃと引き延ばされ、その姿を変えていく。みるみるうちに森は広い野原へと変わり、彼方に一つの建物がにょきにょきと生えてくる。
『あれは……』
「ふふ♪ いかにも御伽噺らしい佇まいですわね。ノイシュヴァンシュタインにも見劣りしませんもの」
 セリカはくすりと笑う。エージェント達の眼の前に現れたのは、立派な堀と塀に囲われた、巨大な城だった。隣で見つめていたチルルは、くつくつと得意げな顔で笑い始める。
「ふっふーん。なるほど。ずいぶん落としがいのありそうな城ね!」
『落とす!?』
 いきなりの言葉にスネグラチカは思わず目を丸くする。チルルは深々と頷くと、スネグラチカに向かってどうどうと胸を張ってみせた。
「決まってるでしょ! さいきょーになるために、うさぎさん達を救うために! あの城は何としても落としてやらなきゃならないんだから!」
 張り切る彼女の言葉を聞いて、六花と姫乃もこくりと頷く。
「……ん。です、ね。森の中で幸せにしていた人達……絶対に、救わないと」
「ああ。みっともねえ女王の横っ面、全力ではっ倒してやらないとな」

「……この事は、御嬢様のお耳にもお入れしなければ」
『我らだけで片づけてしまってもよいのではないか?』
 華鈴は城の巨大さを見て取り、表情を引き締めた。主への忠心熱い彼女に、フェニヤは幻想蝶の中から半ば呆れつつ尋ねる。彼女にしてみればせっかく目にした戦場を逃す手はない。
「否。ドロップゾーン攻略となればほぉぷも本腰を入れるだろう。なれば、御嬢様ご自身でお出向きになるか、我々がこれからも戦いに臨むか、御嬢様の判断を仰ぐ必要がある」
『ふむ……そういうものか』


『全く……随分と話が大きくなったものだな。ただの護衛のはずだったというのにな』
「何とでもなるだろうさ。……騒速の事も気になるねえ。一体どうしてるだろうか」
 杏子はドロップゾーンの雲一つない、異様に澄んだ空を見上げる。刃を交えた者の一人が彼女の娘であったことを知るのは、もう少し先の話であった。


“The Queen” continued…

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646

重体一覧

参加者

  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 胃袋は宇宙
    メルトaa0941hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 繋がれ微笑む『乙女』
    セリカ・ルナロザリオaa1081
    人間|18才|女性|命中
  • エージェント
    リゼアaa1081hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 我ら闇濃き刻を越え
    御剣 華鈴aa5018
    人間|18才|女性|命中
  • 東雲の中に戦友と立つ
    フェニヤaa5018hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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