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その心、温めるために
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/07/24 23:03:41 -
【相談卓】子供達に笑顔を
最終発言2017/07/26 13:55:57
オープニング
●傷跡
ヴァルリア及びその配下の攻撃は、北の大地に深い傷跡を残した。そして、心身に傷を負った住民も数多くいた。
中には両親をはじめ肉親を失った子供たちも少なからずおり、そうした子供たちは各地の支援センターなどに引き取られた。また、施設では手が足りず、一時的にH.O.P.E.で預かっている子供たちも少数いた。彼らの精神的ケアについては、追いついていないと言わざるを得ない。
今回あなたたちが請け負った依頼は、H.O.P.E.サンクトペテルブルグ支部を仮宿とする子供たちへの慰問だった。
●少年の叫び
「つまんない!」
若いH.O.P.E.職員は眉を下げた。可愛らしいその声は、今の彼にとっては小さな悪魔の叫びだった。
「イワン、今日はどうしたの?」
「今日は? 今日も昨日も同じだよ! それが問題さ!」
イワンという少年はよく口が回った。しかし、出てくる言葉は文句ばかり。
「ここにある本はもうぜんぶ読んじゃったよ! ここにはテレビゲームもないし、遊び相手だってこいつらだけ!」
「イワン、やめてよ!」
ソニアが言った。イワンの幼馴染の少女だ。サンクトペテルブルグ支部では現在20名の孤児を預かっているが、一番元気なのがイワンである。二番がすっかりイワンを叱る役となったソニア。あとはみんな一様に元気がない。それは仕方のないことだった。彼らはシベリアでの厳しい戦いの中で親しい者を失った。その上、行く当ても定まらず、ここにとどまっているのだから。
「魂の抜けた人形と遊んで何が楽しいっていうんだい?」
「お友達をそんな風に言うなんてひどい!」
イワンの言葉を諫めるのはソニアだけ。他の者は最初から抵抗を諦めて、イワンとあまり話さないようにしていた。口喧嘩をふっかけられても、あいまいに笑みを浮かべて逃げるだけだ。それが余計にイワンを苛立たせる。
「大変なのはみんな同じでしょ? おもちゃを我慢してるのだって、私たちだけじゃないもの」
優等生然とした表情で言った後、少し寂しそうにソニアは呟く。
「どうしちゃったの、イワン。前はそんな子じゃなかったのに」
イワンはソニアとは目を合わせず、職員の袖を引いた。
「だったら遊びを教えてよ。モノがなくたって、楽しいことはできるだろ? 僕たちの知ってるのは、もうやりつくしちゃったんだ」
職員は子供のころの記憶を辿ろうとして、うまくできずに短い息を吐いた。復興のために働きづめの頭が、柔軟な発想を許してくれない。
「ね! もうすぐ、エージェントたちが訪問してくれるんでしょ?」
ソニアが言った。
「あの悪い愚神たちを倒してくれたヒーローだよね! 私、お話を聞くのが楽しみだな!」
沈んでいた子供たちの眼にわずかな光が宿る。職員は「そうか」と呟いた。
「そうだね、ソニア。皆が知らない遊びも、知ってるかもしれないよ。ね、イワン?」
職員は、エージェントたちに話を通しておくと約束した。
「エージェントね。ちょっとは面白い奴らだといいんだけど」
イワンはわざとらしいほど小憎らしい調子で、フンと鼻を鳴らした。
解説
【目的】
子供たちへの慰問
本やテレビゲームがなくてもできる遊びを紹介してください。また子供たちとおしゃべりなどをしてもOKです。
(※簡単な道具を用意し、持ち込んでも構いません。ただし現地は様々な物資が足りていません。繰り返し遊べないもの、充電が必要なものなどは適切ではありません)
【場所】
修練場
体育館のようなだだっ広い部屋。普段はエージェントの訓練に使われている。遊び道具の類は置いていない。
※必要があれば、以下の部屋を使用可能
会議室:机と椅子とホワイトボードがある殺風景な部屋。
仮眠室:子供達の寝室。二段ベッドが2台ずつ置かれた狭い部屋。
【人物】
子供たち
シベリアでの戦いで親を失った孤児たち。イワンとソニアを含めて、20名(男子:10人、女子10人)。年齢は6歳から12歳。おとなしく、H.O.P.E.職員の言うことをよく守る。全員に共通して、元気のなさが目立つ。H.O.P.E.には感謝の気持ちを持っている。エージェントたちのことは勇ましいヒーローだと思っており、興味を引かれている。
イワン
わがまま放題する少年。12歳。ソニア曰く、「ここに来る前は、頭が良くて優しい子だった」。何かに苛立ち、焦っているように見える。
ソニア
イワンの幼馴染。12歳。真面目な性格。いつもイワンを諫めていて、疲れた表情をしている。自分の感情についてはあまり口に出さない。
H.O.P.E.職員
手の空いたものが交代で様子を見に来る。エージェントたちがいる間は来ない。
リプレイ
●それぞれの思い
出発前のグリーフィングルーム。
「あらあら、まぁまぁ、可哀想な子達ですわねぇ」
マリアンヌ・マリエール(aa3895)は資料を見ながら言う。
「ボクと近い年の子達かぁ……お友達になれるかなぁ?」
「大丈夫よぉ」
不安そうに言う幻・A・ファビアン(aa3896)をマリアンヌがハグして勇気づける。同年代の友達がいない幻や、英雄のベル・ブベズリーブ(aa3895hero002)に友達ができればとマリアンヌは願っていた。
「ふん、ありふれた悲劇……だが、当人らにとっては大事よな。些少なりとも慰めてやろう」
バゼルベルメルゼル(aa3896hero002)は尊大に言い放つ。
「んっ、お腹が空くと気分が滅入っちゃうの。皆でお菓子食べよぉー?」
ベルは用意したお菓子をポーチに詰め込んでやってきていた。
「戦争孤児……他人事とは思えないし、子供たちが少しでも落ち着いて日々を過ごすことができるように、お手伝いできたらいいね」
加賀谷 ゆら(aa0651)が言うと、加賀谷 ひかる(aa0651hero002)が頷く。
「だね。ちょっと年下くんたちだけれど、わたしも思い切り遊ぶよ」
リリィ(aa4924)とカノン(aa4924hero001)は友人である二人組に声をかける。
「アクチュエルさま! アヴニールさま!」
「リリィとカノンではないか! 久しいのう。息災であったか?」
答えたのは赤い瞳を持つアヴニール(aa4966hero001)。青い瞳のアクチュエル(aa4966)がリズム良く続ける。
「我らは変わりなく元気なのじゃ」
「あら、相変わらず鏡のよう……2人とも元気だったようで何よりね」
「ご一緒するなんて……思っても見ませんでしたわ。楽しくなりそうですの!」
狒村 緋十郎(aa3678)は名簿に目を落とし、20人の顔と名前を覚えていた。
「この中には…もしかすると、ヴァルヴァラに家族を殺された子も居るのだろうか…」
愚神である雪娘との共存。彼の悲願がいかに罪深いかを改めて痛感する。
「辛気臭い顔は止めなさい、緋十郎。あんたがそんな顔してたら、子供達も益々暗くなってしまうわ」
レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)の言葉を受けて彼は自らに喝を入れた。
●雪解け待つ心
そして、訪問の時間がやってきた。ゲートを抜け、一瞬にて遠い北の地へ。
「俺は千颯。こっちは日本で大人気のゆるキャラ白虎ちゃんだぜー!!」
「びゃ……白虎ちゃんでござるよ……」
次々に自己紹介するエージェントたち。その中には虎噛 千颯(aa0123)と白虎丸(aa0123hero001)の姿もあった。
「お兄さん、お姉さん、初めまして」
「来てくれてありがとう」
子供たちは礼儀正しく挨拶してくれる。好奇心をたっぷり含んだ視線は注がれているが、はしゃいだり、騒いだりといった子供はいなかった。元気が無いとは聞いていたが、子供たちの様子はむしろ――。
「……寂しそうじゃの……」
アクチュエルが呟くと、アヴニールが小さく答える。
「……皆、家族を亡くしておるそうじゃ」
それは彼女らも一緒だった。だが乗り越えられぬ事など無い。何よりも自分自身が、家族と在った証だと信じていた。
「寂しさを乗り越えられる力を」
「明日への足掛かりを」
今は共に笑顔を取り戻す為に。
「皆ぁ、わたくしのことは遠慮なくママって呼んで下さいなぁっ♪」
そう言ったのはマリアンヌ。子供たちと変わらない見た目を持つが、子持ちの成人女性であり、今は幻の母親代わりだ。
「お菓子いっぱい持ってきたよー。食べよー?」
ベルはさっそく菓子を配りだす。
「美味しいよ~? 皆で食べよー? あむっ。むきゅむきゅっ♪♪」
「ほら、美味だぞ。思いつめても薬にはならぬ、菓子でも食って気分を変えるが良い」
ベルとバゼルは持っていた菓子をひとくち美味しそうに食べる。単に食べたかったせいもあったが、他人の食べているものは美味しそうに見えるのだろうか。子供たちがおずおずと集まり始めた。バゼルは離れた場所からこちらを伺う子供たちの元へ向かう。
「つかまえたぞ、小童。さぁ口を開けろ」
言葉だけは悪役のようだが、実際にはハグして菓子を口に入れてやり、エージェントたちの元へ連れてきているだけだ。
「ベルにもあーん」
「……ってベル、貴様また余の手まで食う気か!」
べしっと叩かれたベルだが、動じることもなくふわふわと笑っている。
「日本のお菓子だぜー! みんなで食べような!」
千颯の持ち込んだ駄菓子は、彼らには物珍しかったようで人気だ。彼らの周りにはいつしかイワン以外の子供たちが集まっていた。まだ笑顔には程遠いが、一歩前進だ。
「菓子を恵んでやろう、有難く思うが良い」
「ありがとう」
「甘ぁいお菓子と一緒に、ママのハグもいかがかしらぁ?」
「お姉ちゃんじゃなくてママ? 変なの~」
マリアンヌに抱き着かれた少女が少しだけ笑う。彼女を振り払おうとする様子はない。
「やめなよ。イワンはいつも怒ってて怖いんだ」
少年たちに力なく制止されながら、白虎丸は部屋の隅にいるイワンの元へと向かう。
「ど……どうしたでござるか? お腹痛いでござるか?」
「お菓子なんてすぐになくなっちゃうじゃないか。そんなものじゃ騙されないよ」
とげとげしい態度。しかし違和感がある。隣に座ろうとした白虎丸を鋭い言葉が拒む。
「あのボーダーの服の子と遊んだら? 確か動物が好きだから」
どうやら反抗的なだけの少年ではないらしい。彼は子供たちの様子をじっと見ている。邪魔するな、と態度で示しながら。エージェントたちは一旦引き下がり、折を見て話しかけることにした。
「あっちで何か始めるみたいよぉ。一緒に行きましょうか」
マリアンヌは先ほどの少女と手を繋いで歩いていき、隣合って座った。
「元気の無い時には音楽ですの! カノンねーさまの歌われる歌はとっても元気が出ますのよ?」
「ほう、元気の無い時に音楽か。我らもカノンの歌、聴きたいのじゃ」
カノンが歌ったのはロシアで広く知られる『カチューシャ』。恋人を想う少女の歌だ。
「美しい声じゃのう……」
歌が終わると、拍手の音がカノンを包み込んだ。
「心にもじゃが、魂に語りかけられる様な歌声じゃ」
「ええ、アヴニール。音楽は世界共通の言葉……そして……魂の響き……」
「ふふっ、お2人も皆さまも……カノンねーさまのお歌、お気に召して良かったですの」
リリィは満足げに周囲を見回した。
「わ、私はマザーグースを紹介します」
――Peter Piper picked
a peck of pickled peppers.
ナイチンゲール(aa4840)が口ずさんだのは、早口言葉のような歌。
「もう一回歌って!」
そんな言葉には何度でもアンコールを。持ってきた全集はここに置いていく予定だ。何度も歌って、お気に入りを見つけて、感想を語り合って。きっと彼らの良い友となることだろう。
●優しい魔法
「皆、次は日本の遊びの数々を紹介しよう」
子供たちは3、4名のグループに分かれて遊ぶことになった。あとでお互いに遊びを紹介しあうのも楽しいことだろう。
「これはあやとりという」
輪状に結ばれた糸一本。これで遊べるものかと子供たちはいぶかしむ。緋十郎の大きな手が慣れた手付きで、あっと言う間に。
「箒の完成だ」
小さな子たちは「魔法みたいだ」と声を上げる。大きな子らも仕組みに興味を持ったようだ。
「一人で色々な形を作るのも面白いが…こうやって、相手の指から糸を受け取る…という遊び方もあってな」
千颯と協力して、遊び方を紹介する。その間、白虎丸は彼を気に入ったらしい幼い男子たちに囲まれていた。
「白虎丸はヒーローだろ? 必殺技はあるのか?」
「う……む……千颯! 千颯は何処でござるか」
「ごめーん、俺ちゃん今、手が離せない! ファイトなんだぜ、白虎ちゃん」
文字通り手がふさがっている相棒。白虎丸にできるのは真摯に対応することだけだ。
「必殺という言葉は適当ではないな。守り、癒すことが俺たちの戦い……でござる」
少々難しいようだが、彼のヒーローとしての心意気は少年たちをひきつけるらしい。あれこれと質問をしながら話についてきてくれた。
レミアは、軽やかに玉三つでジャグリングしてみせる。使うのは端切れでつくられたお手玉だ。ナイチンゲールたちやリリィたちは年少の女子と共に、緋十郎から教わったおはじきをしている。
別の子らはゆらとともに折り紙を折っていた。アクチュエルとアヴニールも共に鶴を折っている。特にアヴニールは興味津々で、手を動かしながら他の遊びにも見入っている。
「上手ねぇ。たくさん折って千羽鶴にして、あとで一緒にお墓参りに行こうか」
「千羽鶴?」
ゆらが説明すると、子供たちはそれぞれに頷く。そんな中、一人の少女は泣き出してしまった。涙は連鎖反応を起こす。
「ママ! パパ!」
ゆらは少女の頭を撫でる。悲しみに向き合うことからは避けて通れない。泣いてもいい。この世の理不尽さに憤っても良い。彼らが立ち上がる支えになりたい。それはこの場にいる誰もが思っていることだ。
(出来ることなら、この子達みーんな、養子に迎えてあげたいくらいですわぁ)
だが、それが現実的ではないことはマリアンヌもわかっている。
(ならばぁ、今だけは皆のママになってあげませんとぉ♪)
寂し気に涙をこらえる少年と目が合う。しかし恥ずかしいのか、誰かに縋ろうとはしない。
「ぎゅーってしてさしあげますわぁっ♪ ほらぁ、こうやってマホちゃんみたいにぃっ♪」
「えへへ、マリィママー♪」
幻が手を差し伸べると、おずおずとやってきた。ふたりまとめて豊かな胸の中に抱きしめる。
「幻は優しいママがいて良いね」
「マリィママのコトは大好きなのっ。ホントのママじゃないけど!」
「そうなの?」
「ええ。だからあなたも、みんなも、わたくしをママって思ってくれて良いんですのよぉ?」
少年ははにかむ。血のつながりがなくても、優しく手を差し伸べてくれる人も世の中にはいる。その事実はこれからの彼の人生に大きな希望をもたらしたことだろう。
*
「わ、面白そー♪ みんなも一緒に遊ぼうよ♪」
幻が真っ先に声を上げた。緋十郎を指南役として、みんなで鬼ごっこを始めるのだ。
「HOPEに名高き“緋色の猿王”の力、見せてやろう…ッ」
「すげえ! 変身だ!」
きゃっきゃと言いながら逃げる子供たちを、緋十郎は追いかける。
鬼ごっこ、高鬼、氷鬼、影鬼。ルールを入れ替えれば、鬼ごっこだけでも長く楽しめそうだ。だるまさんが転んだも良い。
「何?」
幻はイワンの元へやって来た。
「ボク、イワンとも一緒に遊びたいの……ダメ?」
うるんだ瞳が上目遣いにイワンを見る。彼は純粋な好意に少しだけたじろいだ。
「……僕なんかより、他の子と仲良くしてあげてよ」
「え?」
「なんでもない! お前らが遊んでて面白そうだったら、僕も参加してあげる!」
「わかった! あとでね、イワン!」
幻は、本当に彼と遊ぶのを楽しみにしているらしい。イワンは眉を下げ、壁にもたれた。背に隠したメモ帳には、ずっと観察していたらしい遊びの手順が書かれていた。
●イワンとソニア
氷鬼に捕まり、氷を演じていたソニアの隣に墓場鳥(aa4840hero001)が立った。
「元気がない様だ。皆そうだが君は特に」
彼女はソニアの視線をたどり、その先にいるイワンを見る。
「嫌わないであげてね」
かつては優しく賢い少年だったのだとソニアは訴える。
「自分の目にもあの少年はその様に映る。嘗てもそうだったのなら何も変わってなどいない」
その言葉にソニアは希望を見出す。
「それならどうして?」
「聡明であるが故に正確な現状認識が焦りを促し、優しいが為、無力な己に対し苛立ちが募る。結果、発露されるああした態度は……言うなれば自傷行為だ」
イワンは何もできない自分を責めている。怒りでも哀しみでもいい、あいまいな笑顔以外の表情を引き出したくて。できるならば、笑顔にしたくて。追い詰められた彼はわがままで聞き分けの悪い子供を演じるしかなかった。
「イワンの馬鹿! それじゃ自分だって苦しいじゃない!」
「だからそれを知る誰かが支えてやらなくてはならない」
ソニアが頷く。――けれど、ここまでは前置きにすぎない。
「……だが、君も同じの様だ。皆同じ境遇の中、一人押し殺しているのは……年長だからか?」
「お姉さんって呼ばれるのは悪い気分じゃないよ」
彼女は大人ぶって微笑む。
「イワンだってほっとけない。大切な友達が嫌われるのはいやだし、皆で仲良く暮らしたいの」
「気丈は美徳だが度を過ぎれば体に触る。偶には肩の力を抜いて甘えてみてはどうか。――断っておくが子供扱いしている心算はないし歳は関係ない大の大人とて耐え兼ねれば人を頼るのだから」
彼女は10ばかり年下の少年に追い回されている相棒を見やった。
「まして今の状況、何を憚ることがある。例えその相手が気紛れに通りすがった小夜啼鳥であっても。例えそれが言葉にならない思いであっても」
ソニアは泣かなかった。なぜなら。
「私、甘えるってよくわからない」
「恐らくイワンも君のことに気がついている」
感情を犠牲にしてでも、良きお姉さんであり続けようとする少女。愚直で、ひたすらに健気な姿だ。
「恥ずかしがることはない。これからは少しだけ素直になればいい」
ソニアは先ほどより少し子供っぽく笑う。
「たくさん走って疲れちゃったー。何人か誘ってお絵描きしようかなって思うんだけど、ソニアも来ない?」
タイミングを見計らい、ゆらが声をかけた。優し気な雰囲気の年上の女性。彼女相手なら自然に『お姉さん』の役目を休憩できるだろう。墓場鳥は安心したように息を吐いた。
「……ソニアとは、幼馴染なのか?」
鬼ごっこを千颯たちに任せ、緋十郎がやって来た。イワンは億劫そうに頷く。
「そうか。俺にも……同い年の、幼馴染の女の子がいてな」
緋十郎はそこで言葉を止めた。
「その子は……今は、もういない」
「いない、って?」
「俺も……15歳の時のことだが……イワン達と同じように……故郷の村を従魔に滅ぼされて……な。俺以外は……皆、殺された。以来20年間……レミアと出会うまでずっと、俺は山奥で一人で生きてきた。寂しくて……辛かった」
自分や仲間たちと同じ傷を持つ者。イワンは追い払う言葉を忘れた。心配そうな瞳は隠せず、気づいた緋十郎は微笑む。
「なぁ、もしかしたら……いつかイワンの前にも英雄が現れるやもしれん。その日に備えて、体を鍛え続けてみてはどうだ?」
「どうして僕に構うの?」
問いに答えたのは緋十郎ではなかった。
「他の全員が楽しくたって、一人でも憂鬱そうな子がいたらいやだもん」
息を弾ませてひかるが誘う。
「イワンも一緒にどう?」
思わず頷きそうになったところで、イワンは『役割』を思い出す。
「僕は良い。それより次の遊びを教えてよ! 面白いおもちゃとか……」
ひかるは傲慢に言い放つイワンを強い視線で射抜いた。
「甘えてんじゃねーぞ。12歳ならもうおもちゃって年でもないだろ。自分でできること考えろ!」
「……うるさいな。今日しか居てくれない人がお説教?」
「うるさい? 自分でできることも考えないで、文句ばっか言ってっじゃないよ! 男なら先頭に立って皆を引っ張ってみろってんだ」
「僕じゃダメだったんだよ! だから、ヒーローを待ってたんたじゃないか!」
ひかるは言葉を止めた。
「皆、感情を恐れているんだ」
心ごと凍りつかせなければ、悲しみで溺れてしまいそうだから。
「笑うことも泣くこともしない。怒らせるようなこと言っても、ケンカにすらならない。エージェントたちが来てからは楽しそうだったけど、すぐに帰っちゃうんでしょ? だったらひとつでもたくさん遊びを教えて! おもちゃをちょうだい! 僕は皆が楽しそうに笑ってるところが見たいんだ!」
「それが、君の本音?」
一度作ってしまった仮面は、意地で凝り固まって自分でははがせなかった。今、叩き割ることができたのは、ひかるが彼にぶつかってくれたから。
「うちのママもね。愚神に肉親を殺されて、自分も死にたいって思いながら生きて来たんだって。でもね。今は幸せだって。死にたいってまだ時々思うけど、それでも生きているのは仲間のおかげなんだって」
「仲間……」
イワンはいつの間にかこちらの様子を見守っていた子供たちへと向き直る。
「今までひどいこと言ってごめん。僕のこと嫌いになったと思うけど、僕は皆のこと嫌いなんかじゃない。それだけは知ってて」
一人の少年が答えた。
「違うよ、イワン。……ずっと心配してくれてありがとう」
「ううん! 僕のやり方は間違ってたんだよ」
子供たちは彼が遊びに加わるのを歓迎した。ひかるが元気よく言う。
「次はわたしが鬼だ! 行っくぞー!」
仲間に入る前にイワンは緋十郎に言う。
「さっきの話……」
「その気があるなら俺の剣技も教えよう。男なら……ソニアを……折角一緒に生き残れた幼馴染を……守ってやって欲しいと……俺は思う」
「……うん」
彼は頷く。硬い床を蹴る足音たちは、苦しくとも嵐の中を飛ぶ羽音のようだった。
●明日へ
最後は2手に分かれて遊ぶことになった。イワンを含んだ10名は会議室へ向かう。主導するのは千颯だ。
「今からテーブルトークRPGを始めるぜ!」
千颯は簡単に、遊び方について説明する。
「みんなが主役になれるし想像力の数だけシナリオがあるんだぜ! さて、最初のお話のタイトルは~『破れた白虎丸のズボンを救え!』」
子供たちから笑いが漏れる。最初はコミカルな短いシナリオや、格好良いヒーローになれるシナリオなどをやってみるのだ。
「君たちは白虎丸と同じヒーローの一員。ある日、悪の怪人との戦いによって白虎ちゃんのズボンのお尻がぱっくり裂けちゃったんだぜ!」
「今日はここまでか。覚えていろよ、ヒーローども」
「敵は追い払った。しかしこのままじゃ、恥ずかしくて次の戦いで実力を出せないでござる」
わかりやすいよう、千颯がナレーター、白虎丸が本人、墓場鳥が敵として喋る。ナイチンゲールは話の流れによって、服屋の店員などを演じることになっている。
子供たちはそれぞれに解決法を考え始める。ストーリーが今、動き出した。
残り10人の子供たちとエージェントは修練場に残った。
「楽器は。きちんとしている形が全てじゃありませんわ。リリィ達にでも作れますの!」
持ってきた荷物の中から、いくつかを選び出していく。
「ご飯を食べるの?」
ベルが首を傾げるが、彼女の表情はやがて好奇心と驚きに染まっていった。
ストローに穴をあけて作った笛。庭で拾った二又の枝に瓶の王冠を括り付ければ、鈴の完成だ。余った瓶の王冠は、コップを張り合わせて作ったマラカスの中身にもなる。
「しゃかしゃかっていい音がする! 面白いね!」
幻は、友達になった少女と共に小さなセッションをする。
「我らも作るのじゃ」
アヴニールが言うと、アクチュエルも材料に手を伸ばす。
「楽器が作れるとは思わなんだ。リリィとカノンは凄いのう。……して、これはなんじゃ?」
「食品用のトレーだそうですわ」
ぴんとゴムを張ればギターの完成。ラップとトイレットペーパーの芯を階段のように並べれば、紙製の木琴。
「オリジナルのペイントや飾りをつけても良いわね」
カノンが言うと、ゆらが声を上げる。
「クレヨンとマジック、ここにあるよ~。好きなの使って」
アクチュエルたちも子供たちに交じり、マジックで絵を描いていく。
「……むぅ……なかなか難しいです、の……」
カノンは子供たちの作品を見て回り、微笑と共に出来を称える。
「あら、なかなか素敵に出来たわね」
優しく頭を撫でられて、少年が照れ笑いした。
「アクチュエルさまもアヴニールさまも素敵な楽器ですの!」
リリィはにこりと笑う。
「こう言う楽器も面白いですわ……リリィは普段、ピアノが中心ですけれど」
「リリィはピアノが出来るか」
アクチュエルが感心した声を上げると、アヴニールが思い出したように言う。
「そう言えば汝には言うておらなんだが、我もピアノならば、多少は弾けるのじゃぞ?」
「まぁ! アヴニールさまもピアノを? 今度ご一緒に連弾なんか出来たら楽しそうですの!」
「うむ。リリィとは何時か一緒に弾きたいのじゃ」
よく似た二人の相違点。それは寂しいことではなく、楽しむべきこと。
「2人の紡ぐ音、早く聴いてみたいモノじゃ」
カノンと子供たちは先ほどの民謡を歌い始める。手作り楽器のチューニングはでたらめも良いところだけれど、みんなで歌えばなんだか心が温かくなる。リリィはカノンが言っていたことを思い出す。
「人ってね、落ち込んでいても声を出すと元気になったりがあるの。歌は立派な心の薬なのよ」
瓜二つの二人は語り合う。
「音楽というモノは凄いモノじゃのう……」
「うむ。カノンの歌声も、リリィのピアノも、恐らく魂が忘れはせぬだろう」
アクチュエルはそこで話題を変える。
「然し、汝がピアノが出来るとは、知らなんだ」
「そうじゃの。そう考えると我らは互いの事を余り知らぬ……な」
「ゆっくり話してみる機会もなかったしのう……」
「されど我らは共に」
「道ある限り進もうぞ」
*
間も無くお別れの時間。職員がやってきて子供たちに尋ねる。「楽しかった!」と口々に言う仲間たちの顔を見て、イワンは氷が解けたように笑った。
「ねぇ、イワン」
カノンが少年の名を呼ぶ。
「本を読むのが好きなら……そしてその本を読破したのなら……今度は貴方が作れば良いのよ、素敵なお話を」
「僕が?」
「イワンさまのお話……イワンさまの中の素敵な物語……リリィも聞いてみたいですわ」
千颯は頷く。
「じゃ、次のGMはイワンちゃんにお願いするんだぜ。できそうか?」
イワンは少し考え、やがてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「例えば……悪い怪獣が北の大地に目をつける」
イワンは声を低め、怪獣のセリフを語る。
「ここを私の城としよう。花も、街も、民の心もすべて凍らせてしまおう」
「そんなのダメ!」
叫んだのはソニアではなく、別の幼い少女だった。ソニアが彼女の頭を撫でて言う。
「私は戦士の役がしたい。賢くて仲間を思いやる気持ちをもった勇敢な男の子」
「ソニアお姉ちゃんが?」
「うん! あなたはどんな役がいい? 一緒に怪獣を倒すんだよ」
子供たちは自らの役について話し合い始める。
「イワンお兄ちゃん、早くお話を考えてよ!」
「いいけど、全員でセッションするのは無理だよ。たくさん話を考えないと」
考え込むイワンの肩を別の少年が叩いた。
「それなら、今度の今度は俺がGMになる!」
彼は千颯を見て、進行役に憧れを抱いたようだ。
「読み尽くしたと言っても支部内の専門的な資料に迄手を伸ばしてはいまい。彼ならば全て読み解いて糧とするだろうから」
墓場鳥が職員に薦めたのは、差し支えない範囲でイワンに資料を閲覧させることだった。正しい知識の普及は肝要だ。特に愚神の被害者である彼らには。将来的には、彼を媒介として他の子供たちにも有用な知識を広められればなお良いだろう。
「みんなでお出かけ? いいの?」
「うん。いつもは手が足りないみたいだけど、今日は私たちが引率できるからね」
ソニアの問いにゆらが答える。彼らは千羽鶴を持って、墓地へとやってきた。
「また来るよ。折り紙とスケッチブック持って。みんなに会いに来るよ」
ゆらが言うと、同じ考えを持っていた緋十郎が頷く。
「イワン、次は共に鍛錬をしよう」
「待ってるね」
マリアンヌもまた、職員に定期的に支部を訪問したい意志を告げていた。
「マリィママ、もう帰っちゃうの?」
「そうなのぉ。その代わりぃ、何時でも連絡して下さいなっ♪ わたくしは、皆のママですものぉ♪」
そして連絡先を預け、子供たちの話し相手になりたいとも申し出ていた。
明日は何をして遊ぼうか。次にエージェントが来たら何を話そうか。そんなささやかな希望は、子供たちを明日へと運ぶ架け橋のようだった。