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最終発言2017/07/17 23:11:36 -
【相談卓】
最終発言2017/07/21 16:44:17
オープニング
――貴方様に、この身体を、智を、命を捧げます――
それはかつて交わした誓いの言葉。
――だからどうか、その御心のまま、この世界に夜をお与えください――
たった一人の主と出会い交わした、私の願い。
それはいつだって消えることはない。
――貴方様の築いた夜であるのなら、それがどれだけ苦痛に満ちようとも、私は永劫愛してみせましょう――
だから私は……この夜を死で満たした。
――――――Link ・Brave――――――
屍国編・終
『花鳥風月―愛する夜に捧げる詩―』
―――――――――――――――――――
岡部雪江は高度な教育を施されたが、一つだけ、他者とは違う異常な点があった。
人間を種として捉え、個人と言う感覚が稀薄なまま育ったのだ。
社会を意識した教育や、幼少期にあまり人に触れあわなかったことも原因かもしれないが……あるいは彼女は、世界侵の影響で先天的な異常を持った存在だったのかもしれない。
彼女は、自分も他者も、人類という種を構成する一員としか捉える事が出来なかった。
コミュニケーションを円滑にする為に笑顔を浮かべ、感情を動かされないからこそ誰に対しても平等に接し、誰よりもただ種の存続の為に社会に没する。
それこそが岡部雪江と言う人間であり、同時に自らの意思を放棄した、屍でもあった。
彼女の世界に色はない。
人の言葉も、暖かな団欒も、優しさも……。
悲哀も怒りも、恥じらいも、ただ流れていく風景にしか過ぎない。
親同士の決めた婚姻にも躊躇うことなく同意した自分を他人事のように俯瞰して見ていた雪江は、既に人の皮を被っただけの、人ではない何かに成り果てていた。
(故に、岡部雪江にも私にも、同情など必要ないのですよ……)
夜愛は、必死に自分の動機を尋ねた能力者達を思いだし、優しく笑った。
夜の山の中……木々の隙間から見える人の世界は……今の夜愛には眩しい。
かつて自分がいた場所。
価値を感じなかったその世界。
今であれば、あの場にいた人間達が何を喜び、何を悲しんだかが……よく理解出来た。
それでも夜愛は人を殺し、神門に仕える。
(私が、それを望んだから……)
それは、人の命を奪う理由としてはとても無垢で、粗末なものだった。
思い返すのはあの日……神門にあい、岡部雪江の無色の世界に黒が混じった時……。
あの瞬間に……岡部雪江は生を終えて屍となり……夜愛としての生が始まったのだ。
現れたのは一人の男……。
感じるのは強い嫉着と欲望、現世への固執。
理屈も知識も否定するような、あまりにも鮮明で、あまりにも異質な個の存在は……それまでに動く事のなかった岡部雪江の感情を、深く揺すぶった。
それは無色の世界に唯一落とされた、真黒い染み。
世界と命を見限った雪江の感情を唯一刺激した、真黒い欲望。
ああ、これも生なのか。
高潔でもなく、種の為でもなく、理想でもなく……ただ己の欲望の為にある、愚かな神。
身体が腐敗していく中、激しい痛みを気にかけず……岡部雪江は、その黒に染まる事に強い羨望と悦びを抱いていた。
言葉でもなく、理屈でもなく、存在そのもので自分の欲望を果たすことを肯定する神門の姿は……雪江にとって、羨望の対象に写ったのだろう。
声を発する器官が動かなくなろうと、腕が腐り果てようと……眼前に見つけた黒を、その眼に焼き付けるように。
人間として生きてきた経験の全てを忘れ、岡部雪江はその愚かな神の姿を眼に刻み……死んだ。
次に目を覚ましたのは、それからすぐの事だった。
狂信的にまで神門を求め、願ったからか……。
彼女はウィルスに適合し、屍となってなお、その意思を保っていた。
それがヨモツシコメ三姉妹としての始まりであり……神門と言う名の常闇に惹かれた次女、夜愛が産まれた瞬間だった。
(……だから私は、この夜に生き、そして死にましょう)
岡部雪江も夜愛も、いや、他の姉妹も……人間から尊重され、同情される必要などない。
自分に冷淡な瞳を送った青年こそ正しく、人間から見れば各々の決断など身勝手なものでしかないのだから。
黄泉醜女(ヨモツシコメ)……それは自らの欲と願望に忠実な、神門の配下。
自分勝手な欲など、周囲から見れば醜いだけだ。
けれどもし、神門の満たした世の果てで、美しいこの世が死に耐え、愛でるべき花鳥風月が腐り果てたとしても……夜愛は笑っていられるだろう。
その地獄を、いつか朱天王や芽衣沙、そして神門と共にすることが、夜愛の目的なのだから。
神門と合ってから、初めて世界を自分で感じ……神門や姉妹の事を、大切に思えた。
それだけが闘う理由だが、それで夜愛には充分だった。
自分勝手な願望。
美しい世を汚す邪悪。
それを批難されようとも、悔いや後悔など微塵もない。
木々の隙間から懐かしむように眺めていた人工の明かりに、目を瞑る。
郷愁に浸ることも、想い出に浸ることも……もう不要だろう。
天を仰ぎ目を開けば……美しい夜が、そこに広がっていた。
(全ては神門様の為……)
全てを捧げ、屍山血河を築く為に……。
――善通寺市・市内――
神門の出現を予知したH.O.P.Eは、予知の三十分前に現地に着くよう車を送った。
車の台数も一台ではなく三台……情報を把握されている恐れがある為に、こうして戦力を拡散し、迎撃のリスクを減らしているのだ。
その目論見は……成功と言えた。
夜道を走る車の一台……その前方の景色が一変する。
広がるのは草原と、天に浮かぶ淡い月……。
澄んだ空気と月明かりは花鳥風月の風靡に彩られ……囀ずる虫の音、夜風が草を撫でていく音には、時間を忘れるような心地よさがある。
けれど、その光景を歪めるように……百鬼、いや千を越える妖怪達と、巨大なドクロの上に立つ夜愛の姿が見えた。
こんな戦力は報告にはない。
「恐らくは幻術でしょうね。車はここに待機させますので、皆さんは夜愛の迎撃を」
車の運転手である黒松鏡子が、ブレーキを踏みながら全員に告げる。
「夜愛が過去、ここまで大規模の幻術を展開したことは報告にありません。自力でここまでの事が出来るなら最初からしているはずですし……恐らくは何かしら、術の補助をするものが……」
話ながら、鏡子もまた共鳴をし……そこで気付く。
車に乗っていたはずの能力者の姿が見えず……声も聞こえない。
「え……」
慌てて車を飛び降り周囲を見るが、そこには今いた能力者達はおろか、たった今降りた車さえも消えていた。
足の裏から感じるコンクリートの感触だけが、この不確かな場で現実感を感じさせた。
これは……危険だ。
「この月夜に……あなた方の死を、神門様への供物として捧げましょう」
あまりにも不確かな現実、美しい夜天の中……夜愛の声が響いた。
解説
【依頼】
神門の元に向かう道中、夜愛に襲撃を受けました。この迎撃及び討伐を行います。
【状況】
ドロップゾーンに近い性質の幻術が発生中。
また、結界外部に対して通信機は利用できないようですが、 レーダー等による場所の探知は有効な他、身に付けているものでの連絡や確認は行えます。
【敵戦力】
夜愛?
他不明
【マップ】
道幅10mの市街地
脇道等有り
(幻術により地理情報と視覚情報に大きな差異)
以下PL情報
【エネミー】
依代×4
神門の腕の埋め込まれた依代。
屍を素体としているが、自力での移動はできない。結界の内部にばらばらに配置されている。
耐久力は高め。
スキル
呪文『炎』
射程13 範囲2 【減退1】
夜愛(武装ver)
破壊された災禍の念呪のかわりにAGWを改造したものを利用し、自らに神門の腕の一部を埋め込んだ夜愛。傷つけられた瞳は全快している。
防御力は薄いが、神門の腕の霊力により力は上がった。
狙いやすい相手や、壊されると嫌な物品(レーダー等)を集中して攻撃する。
スキル
『暗夜弄月』
範囲内にいる相手の記憶を利用し、各自に幻を見せる。結界内で使用不可
タイミング:ファースト/メイン
範囲:周囲10SQ
BS【狼狽】【翻弄40】ダメージ無し
対霊力試作兵器『胡蝶』
AGW゛遥『彼岸花』゛を改造した試作兵器。
簪のような形をした投擲武器、当たった相手に呪毒を送り攻撃をする。
『花鳥風月』
術の依代四体と自身に『神門の腕』を移植し可能となった、巨大な幻術の結界。
依代達を破壊することで結界が解除出来る。
内部の敵に幻を見せ、自分達の姿を把握されなくする。
効果:BS【翻弄30】常時、攻撃を全て無差別に変更する。
また、聴覚と視覚で人物や建物の位置が把握出来ない。
範囲:夜愛を中心にした600mの円形。依代が破壊される度に150m縮む、内部からこの範囲の確認は出来ない。
他
刀鬼×3
火獄×3
血生×3
リプレイ
危機に瀕した黒松鏡子の手が、一人の少年に引かれた
「黒松さん!」
GーYA(aa2289)は、夜愛の前にいた黒松鏡子の腕を掴んだまま、その前に出る。
彼がこうして彼女を助けに来たのは、決して偶然とは言えない。
幻術が展開される中、ジーヤは咄嗟に、もっともメンバーの中でも力が弱い者……職員としての経験しかない黒松鏡子の元に向かったのだ。
夜愛と多数相対し、幻術にかけられた回数が多いジーヤだからこそ、幻術がかかる予兆のようなものを肌で感じとれたのだろう。
「ジーヤさん、状況は……」
「今、みんなと通信機で確認してます」
夜愛への警戒を強めながら、ジーヤはヴァルキュリアを握りしめる。
夜愛は、そんなジーヤ達から視線を外すと……眼前に来たのであろう誰かに視線を向け話し始めていた。
(なんだ……?)
それに疑問を覚えたジーヤは・・・やがて通信機から聞こえてきたその話の内容に耳を傾けていた。
従魔や夜愛への警戒、現状の把握、鏡子の保護をやめたわけではない。
けれど、その通信には意識を向けざるをえなかったのだ。
そこで話されていたことは、カグヤに対して夜愛が語り始めた……夜愛自身の過去。
ずっと気にしていた、夜愛の戦う理由だったのだから。
「くふふ」
蜘蛛が笑った。
夜愛との対話前……カグヤ・アトラクア(aa0535)は、この窮地の中で迷わず夜愛に向かっていった。
何か肉塊のようなものが身体に触れたが、カグヤはそれを手甲で掴み、うきうきとしながら通信機に声をかける。
「誰か手甲に掴まれた者おるか? いなければ殴るぞ」
宣言から間髪入れずに殴ると、その肉塊のような感触はどこかに消える。
大規模な幻術の結界。
普通であれば驚異を感じる空間は、カグヤにとっては未知の技術の詰まった玩具でしかない。
「くふふ、当然のように待ち伏せがきたのぅ。前回の意趣返しかの」
『おー、百鬼夜行だ。あっちも趣味に走ってるよねー』
そのカグヤの行動を当然の事として……長く連れ添ったクー・ナンナ(aa0535hero001)はのんびりとした態度で夜愛のその百鬼夜行を眺めていた。
幻……ドロップゾーンではなく、技術によって構築された空間と妖怪。
その空間の主に、カグヤはまず挨拶をする。
「ごきげんよう。その面白そうな幻術のやり方を教えてくれぬかのー?」
童女のように純粋で、それでいて欲望を感じさせるカグヤの言葉。
美しさにも醜さにも一切の興味を持たず、技術を追求するその姿に……夜愛は敬意を持って、言葉を返した。
「ごきげんよう。 私の幻術はただの能力ですよ、結界はまた別ですが」
「ほう、ではそちらを見て覚えるとするかのぅ、どうせ教える気はないのじゃろう?」
そう言って武器を構えたカグヤに……夜愛から口を開いた。
「この闘いの後であれば、教えてさしあげますが」
本気にしたのかは分からないが、おお、と、カグヤから歓声があがる。
本当に子供のように笑う、そう夜愛は思った。
その姿は主に似ているようであり……けれど歩み方も歩む先も、厳然として違う。
主が欲望に浸り奪おうとするのなら、カグヤは欲望を純化させ、自らの歩みとしている。
あるいは主と会う前に彼女と会っていたのなら、岡部雪絵は夜愛には……。
(……罪な方ですね)
カグヤと共に生きた別の自分、それに一瞬だけ心を惹かれた事に恥じ入り、主の……欲望と憎しみ、その我儘な本質とを思い出し、今の生を思い返す。
比べて悔いはあるか?
そう問われるなら否と答えるだろう。
比べて今は幸福か?
そう問われるなら是と答えるだろう。
妹も姉も主も……夜愛にはかけがえのない存在だ。
しかし、カグヤとの対話を、その在り方を楽しんでいる自分がいるのも事実で……それに苦笑しながら、夜愛はカグヤに、技術の対価を語る。
無論、ただ話すことを目的とするわけではなく、戦術的な意味は存在するが……。
「条件は、私のお話しに付き合っていただければ、ですが」
それでも夜愛が、嘘偽りない生い立ちを、ここに至るまでの経緯を語ろうと思ったのは……それだけ目の前の人物を認めていたからこそだろう。
●夢と現に惑えども
見えない何かが通り抜けていく感覚と同時に、目の前の光景が一変した。
急停車した車の中……なんとか前面の座席に顔をぶつけずにすんだ志賀谷 京子(aa0150)は、周囲の異変にすぐ気付く。
「これは……」
周りに乗っていた仲間達も、運転手の職員の姿も見えない……。
(でも、いる……)
それはすぐに分かる。
理由は、車のドアが勝手に開いた事と……あとは微細な振動と……率直に言えば勘だ。
仲間達は、車を次々に降りていっているようだ。
状況確認の為と、車にいることに危険を覚えたからだろう。
声も音も聞こえない、姿も見えないこの異様な状況は……。
(夜愛かな……)
「やってくれたなあ」
そんな呟きが思わずこぼれた……けれど以前相対した際は、数珠を壊し、その瞳も破ったはずだ。
その前の情報を聞く限り、こんな真似が出来ると言う情報も入ってない。
京子はそれに疑問を感じながら車を降りる……空も地面も、全てが幻術の中に閉ざされ、美しい夜空と草原で満たされていた。
明らかに、前回より力が上がっている、下準備をしたのかは分からないが……。
「……でもこんな大仕掛けで来るのは正面から叩き潰す戦力がないことの証左だよ」
遠くには夜愛の姿が見えたし、その周囲には妖怪の集団も見えたが……あれが本物かは怪しいものだ。
京子の言葉に、英雄であるアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が答えた。
『それにこれだけの結界を単身で支えているとは思えません。付け入るスキは必ずある』
結界、と、アリッサは口にした。
これだけの規模の幻術なら、そう表現することは正しいだろう。
いや、それかあるいは、長い間エージェントとして戦い抜いて来た彼女達は、既にこの状況の本質を無意識に感じ取っていたのかもしれないが……。
「まずは倒されないことが最低限の仕事かな。それから主導権を取り戻そう」
いつもの様子でそう語る京子も、そしてアリッサも、この程度の窮地で動揺する気は、欠片もなかった。
奇妙な状況だ。
風が草を撫で、月光が穏やかに夜を照らすその光景……しかし伝わる感触は硬質なコンクリートのものであり、風からは草の匂いもしない。
巨大な骸骨の上に立つ夜愛の姿も見えるが、それも本物かは怪しいものだ
「これは……幻術か?」
石動 鋼(aa4864)がそう呟きながら煙草を出した瞬間、近くで熱風が膨れ上がるのを感じ、咄嗟にその場から飛び退いた。
熱風が広がってきたのはたった今降りてきたばかりの車の方向……夜愛が動いた気配もない。
音はなく、けれどビリビリと空気の震える振動と強い熱、何かの堅い破片が身体に当たる感触を鋼は感じた。
『鋼!? これは?』
「襲撃だろうな……」
コランダム(aa4864hero001)の言葉に、鋼は静かに思考する。
以前の……芽衣沙を逃してしまった時のような不手際はもうしない。
何が起きてもいいように他の能力者との連絡先も交換している。
そうした意識があったからか、事実として鋼の対応は的確であった。
まず彼はその場から離れ、先程取り出した煙草に火をつける。
無論、落ち着く為ではない、こうして幻術によって乱された五感のうち……視覚、聴覚を除いた三感……嗅覚、味覚、触覚のうち、どこが正常かを確認する為だ。
そうして煙草を咥え、スマホを一瞥し……圏外であることが分かると、カメラを起動させながら通信機を耳に当てる。
「石動だ……」
さらにマテリアルメモリーから出現させて背中に背負うのは、モスケールと呼ばれるバックパック型のレーダーだ。
ゴーグルとセットになったそれを装着しながら、彼は通信機の向こうの能力者達に言葉をかける。
『石動さんも無事だったのですね』
通信機の向こうから聞こえた声は、安堵を感じさせる構築の魔女(aa0281hero001)や、他の能力者達の声も聞こえてきた。
レーダーに映る限り……従魔のものもあるだろうが、能力者達の反応は全員分確認出来た。
先程の攻撃の被害は車だけのようだ。
『まずは安全の確保と状況確認を優先しましょう』
そう纏めるのは…… キース=ロロッカ(aa3593)。
天秤を司る者……その二つ名を持つ銀髪の青年は、通信機の向こうから落ち着いた声を聞かせた。
キースと言う能力者は、調停者としての一面を持つ人物でもあり……この混乱が起きやすく、情報が倒錯しやすい現状で大きな役割を見せていた。
皆が話す情報を纏め、今の状況や意見を把握し、混乱や動揺を宥める。
冷静な知性とその暖かな感情は、【天秤】……即ち調停や公正を司るその二つ名を与えられただけあり、情報を纏める立場となった際に、ある種のカリスマ性を発揮していた。
それに加え、構築の魔女、水瀬 雨月(aa0801)と言った優秀な分析力や知性を持つ人物、それに鋼のようにいち早く現状の把握に努めた能力者や氷鏡 六花(aa4969)のように過去の依頼を良く知る人間達がいたお陰で、今の状況を通信で把握し合うことはできた。
本来の夜愛ならその隙を与えるとも思えなかったが……今は幸い、カグヤとの対話に興じているようで、現状を把握する時間は充分にあったと言える。
違和感はある……これだけの結界を用いて、カグヤとの対話に時間を割くのは通常ありえることではない。
攻撃も先程のものだけで、京子がその際に反撃し三匹の従魔を射抜いたそうだが、従魔達が反撃してくる様子もない。
だが今は、相手の思惑はどうあれ情報を纏める時間が出来た事は幸運だったと言える。
対話と言う、空白の時間。
その時間を有効に使う必要があるだろう。
『キースです、夜愛対応班は対話中ですね、刺激しないよう……会話は長引かせてください。各班の現状を……』
『結界対応班ですが、今は探索中です。従魔の情報は昂さん、お願いできますか?』
「従魔はつかず離れずで、銃の射程外をついて来ているようですね……数は今のところ三匹です。以上」
『結界対応二班の水瀬よ。まず最初の報告にあった、動かない従魔の場所に向かっているわ、氷鏡さんの予想だと依代は4つはあるそうだから……』
キース達と情報や現状のやりとりをしながら九字原 昂(aa0919)は通信機で言葉を交わす。
その通信機からは、現状の報告が次々に飛び交っていた。
能力者として誓約をする前の昂であれば、行動をしながらその膨大な情報を把握する事など出来なかったであろうが……今は至って自然に、その会話に参加している。
ベルフ(aa0919hero001)から見れば、まだまだ指導すべき場所はあるだろう。
けれど、ベルフが師のように、そして時として兄のように教えてきたその技術は、着実に昂のものとなり……今の能力者達の、大きな助力となっていた。
幻影によって広々とした草原にしか見えないその空間……元は市街地であり、眼に見えない建物が多数建っている。
移動するにも困難なその空間は、特殊なゴーグルを使っても僅かにしか建物や人物を認識出来ない。
けれど昂は通信機やレーダー機器を駆使しながら、草原にしか見えないそこを俊敏に移動する。
視線や目配り……足運び、その姿は充分に、諜報員や、密偵を思わせるものと言えた。
そうする間に、夜愛の人生語りが終わる。
この後に及んでわざわざ自らの胸の内を語る理由は分からないが……どちらにせよ、話が終われば向こうも黙って見てはいないだろう。
『絶対に分かり合えない輩ってのは、往々にしているんもんだ』
闘いの前兆を感じとりながら、ベルフは夜愛の語りに対して、そんな感想を抱いた。
それには昂も同感だ。
「もともと、説得で丸く収まる人じゃないと思ってたけどね」
『価値観が根本から違うんだろう。結局は潰し合う道しかない』
そう語るベルフに昂が頷き、不可視の建造物の間を走り抜けた時……。
「動いた」
昂の瞳に、鋭利な……それでいて真剣な光が宿った。
レーダーの中の従魔達……これまでは付かず離れずで動いていた数匹の従魔達が動き、同時に夜愛が移動を開始したと報告が入った。
接近されれば、直視は出来ない。
レーダーが破壊されれば、仲間さえ見失う。
ミスも油断も許されない状況。
昂を支える教えと、経験。
それを幻に対する足場としながら……刃影の二つ名を持つ青年は、月夜の中を疾駆する。
「夜愛達が動いたそうね……せめて一つは壊しておきたかったけど」
そう話す雨月の手は、しっかりと六花の手を握り、反対の手は、藤咲 仁菜(aa3237)と共鳴したリオン=クロフォード(aa3237hero001)の肩に触れていた。
「早くしないとね!」
『ああ、早くしないとな!』
年齢と背丈、外見の関係から、姉妹や友達が並んで歩いているようにも見えるが、理由はある。
こうしていないと、手を離しただけで姿が見えず、直接の声も聞こえなくなるのだ。
依代の破壊班である雨月達だが、目的地までは距離があり、破壊作業には取りかかれていない。
不可視の市街地を、データに存在する地図や写真、機械から把握出来る情報や建物の薄い輪郭を頼りに進むしかなく、移動に時間がかかっているのが現状だ。
従魔達は……夜愛が動くまでは60mほど離れた距離を、つかず離れずでついてきていたが……今はレーダーの圏外に出てしまっている。
攻めてくる様子はないが、嫌な気配を感じていた。
(夜愛との戦闘は避けたいけど……もしもの場合は私達が対応するしかないわね)
この状況で狙われれば、逃げることは容易くない。
その時は覚悟を決めて、夜愛の対応に回るしかないだろう。
雨月がそう考える中……依代の破壊に向かう三人の通信機に、目まぐるしく動く戦場の報告が聞こえてきた。
『……君達は夜愛を追え』
「ッ……はい!」
通信機から聞こえる鋼の言葉を受けて、ジーヤとカグヤは夜愛を追っていく。
三人で夜愛を相手取る予定であったが、自らの過去を語り終えた後、夜愛はすぐその場を離脱した。
油断していたわけでもなく……唐突に姿を消した夜愛は、予想を越える速度で他の能力者の元に向かったのだ。
擦れ違い様に鋼は煙草を投げ、夜愛に匂いをつけようとしたが……さすがに夜愛自身の姿が見えず、うまく匂いをつけることは出来なかった。
そうして逃げた夜愛を追ったジーヤ達の行き先に、従魔達が立ち塞がった為、鋼がジーヤ達を先に行かせたのだ。
鋼はいつも、その身で仲間を護り抜いてきた……この場でも、彼がこうして従魔を引き付けてくれることは大事な役割だ。
すぐに従魔達と鋼との闘いが始まり……ジーヤはこれまでの闘いを思い出し、戻りたい感情を抑えて夜愛を追った。
構築の魔女は思案をしていた。
今発見している依代は二体、キースが報告をしたものと、自分達が見つけ雨月達に教えたもの……。
等間隔や均等に置かれているかと思ったが、ややばらついた位置と思った方が良さそうだ。
最低でも後二体は見つけたいところだが、今のところ見つかる気配はない。
結界が予想よりも広く、障害物が多いことで移動に手間取っているのだ。
そんな中で少しでも早く見つける為には……ただ闇雲に探すだけでは意味がないだろう。
そうして思案する魔女に……京子の言葉が聞こえてきた。
『魔女さん、夜愛がこっちに向かってるみたい。従魔も一気に来たわ』
「そのようですね……」
『私と九字原さんで足止めしてるから、調査はお願い』
「……分かりました。京子さん、九字原さん、お気をつけて」
そう告げると、通信機から意識を離す。
この異様な空間であっても……京子達に任せるのならば、不安は感じなかった。
(ロロ……。ロ……)
辺是 落児(aa0281)の内面での言葉に、魔女は頷く。
「姿が見えず、声が直接届かなくても……えぇ、信じていますよ」
だから、魔女は思案と行動で、結果を導く。
草原としか映らないその空間を、ライヴスゴーグルで目視する。
なぜライヴスゴーグルかと言えば、構築の魔女はただ依代を探すのではなく……この結界を形成している霊力に意識を向けていた。
以前善通寺で夜愛と相対した際は、霊力の流れのようなものを特定した経験がある。
そうした流れは、先程見つけた依代の一つにも存在しており……その流れを考える事で、この結界の構成自体を読み解こうとしているのだ。
そうしてライヴスゴーグルで霊力に意識を向けていると、分かることがあった。
依代の周囲の地面から根を張るように霊力が延び、不自然な霊力が旋回しているようだった。
地中深くまで伸びた、樹木の根を想像すれば分かりやすいだろうか。
深くまで向かっている為、どう広がっているかは分からないが……地中から一定量の霊力を汲み上げ、依代を通して大地に霊力を広げる役割があるように思える。
地面……その深くにあるとすれば、四国を流れるとされる霊脈しかないだろう。
だとするなら依代の場所は……。
ライヴスゴーグルで得られた情報が元になった為、事前に予想していた幾つかのパターンとは違ったが……結界の特徴はおおよそ解析出来た。
魔女は、一つの可能性を導き通信機に……今別の場所を探索しているキースと、破壊班である雨月達に連絡を繋いだ。
京子とアリッサの現状を把握し、その行動を考えた時……常人であるならば、無理だ、と断言しただろう。
構えた銃が狙う先に対象の姿は見えず、頼りになるのはレーダーのみ。
草の揺れる穏やかな音しか聞こえないうえに、不可視のケントゥリオ級相当の敵に銃を向けようと言うのだから……。
自殺行為、その言葉が、本来であるなら相応しいはずだが……。
アリッサと京子は、それがさも当たり前の事であるように、レーダーの射程に入った敵に、銃を向けた。
『視覚、聴覚を塞がれようとも、わたしたちならば……』
「もちろん、当てるよ!」
距離にして60mを越える距離。
当たるはずがない、そう誰もが思うだろう。
しかし、雑念を消し去り、ただ草の凪ぐ草原の向こうに銃を向けた京子は……迷うことなくその引き金を引く。
「当たったのかな?」
レーダーの反応が止まった事を確認し、昂はそう呟いた。
今、京子に迫ってきていた三匹の従魔を霊力の糸によって拘束していたところだ。
恐らくは腕を刃にしたような異形……夜愛と共に攻めるつもりだったようだが、例えしっかりと見えなくても、レーダーや特殊なゴーグルを用いれば、昂には対応の出来る相手だった。
霊力の糸はすぐに引きちぎられたが……夜愛と思われる反応は京子達の近くから撤退を始めていた。
ここに残されたのは従魔達だけだ。
直視すればただの草原……しかし確実に迫ってくる従魔達の反応を、昂はその機械に映し。
影満ちる美しい月夜に、鷹のごとき刃が走った。
流石の夜愛も、京子が銃を構えた姿を見た際に、一瞬意図が分からず足を止めた。
それはそうだろう。
間には不可視の建造物もあり、こちらの姿は確認不能。
いかに数珠を狙い打ちにした相手とは言え……当てることなど不可能なはずなのだ。
しかし……。
「……!!?」
京子が発砲した瞬間……ボッ、と、音がした。
夜愛の右目が抉れたのだ。
テレポートショット。
夜愛は見ることさえ出来ないはずの京子は、夜愛の右目を弾丸で容赦なく抉っていた。
まさか、と思ったのは一瞬だ……この状態でまともに銃で闘える人間がいるとは、さすがの夜愛とて予測はしていない。
夜愛は急ぎ、銃の射程外に出る……京子は無理に追っては来ないが、その瞳と銃口は……まるで見えているかのように夜愛の方向へと向いていた。
異常な光景だ。
夜愛は最低限、結界がある間は優位を保てると認識していたが……今、一人の能力者によって、その足を止められてしまっていた。
従魔達と共にこちらの三人……この状況下では不利としかいえない銃器を扱っていた三人をまず制圧する予定であったが、夜愛はその予定を変更する……いや、変更せざるをえなかった。
自作の端末を耳に当て、暗号化された通信を傍受する。
次に向かうしかない、その候補は、既に決めていた。
「三つ目を見つけました」
キースは、自身の場所に夜愛が向かっている事を知りながら、三つ目の依代を見つけた事を構築の魔女に報告していた。
その顔に被っているのは、視界を覆い内側に映像を表示させる機器、『VR-RPGデータリンク』……昔、デュースと呼ばれる直視すると危険な愚神にも用いた映像装置だ。
キースの視界はこれにより、人物や従魔の姿であれば問題なく認識出来るようになった。
予想に反して風景は変わらなかったが、こうした風景には、今自分の身に纏うイメージプロジェクターのような虚像が用いられているのかもしれない。
大した結界だが……魔女の見立てによれば、この結界を維持する依代は霊脈から霊力を汲み上げ利用する、中継機の役割があるのではないか、とのことだ。
配置も一見バラバラに見えたが、地図と照らし合わせたところ霊脈……つまりお遍路ルートに頻繁に使われる道に沿っていくと、すぐに見つけることが出来た。
こうした魔女の発見のお陰で、無秩序に探す必要がなくなったことは大きい。
さらに朗報がある。
雨月達が術の依代一つを破壊し、鋼や京子達が従魔を退けることに成功したそうだ。
発見された従魔はまだ残っているが、数は僅かだろう……大きな問題は夜愛と、結界だけになったと言える。
「では、鋼さんはジーヤさん達と合流を、雨月さん達は引き続き……」
キースはそこで夜愛がデータリンクの映像に映るの見て通信機に語りかけた。
「こちらキース……夜愛と遭遇しました。後はお願いします」
『キース君、あたし達は囮だよねっ?』
(ご名答。……行きましょうか?)
キースは穏やかに答えながら、距離を離す。
彼は囮だ。
まとめ役のような空気を見せていたが、実際には他にも、場を纏められる人間はいる。
囮だからこそ率先して意見を纏め、リーダーのように振る舞っていた部分もある。
そうして孤立したところを狙われたとしても、夜愛の攻撃を避けきる自信はあった。
迫ってきた夜愛が、簪を投げた。
視認出来るそれを避け、データリンクで確認された夜愛の映像を見て……キースは目を細める。
奇妙な事だが、撃たれた傷と関係なく、片手が腐り落ちている。
これだけの結界を維持しているのだ、夜愛にもなにか悪影響があるのかもしれない。
「まさに『死諸葛走生仲達』、素晴らしい戦術です。……こうして敵として相見えなければ、なおいいのでしょうが」
「私はこうした出会いで構いませんよ。岡部雪江として会っても、何も感じなかったでしょうから」
僅かに話し……夜愛が片手で放った簪を避け、キースは後退する。
データリンクの影響もあるが、壁や足場の見えないこの空間の中でも、キースは冷静に攻撃を見切っていた。
しかし……。
彼は、いや、能力者達は知らない。
皮肉なことにこれまでの能力者達は皆、夜愛の攻撃を守り、防ぐことが多かったからだ。
夜愛は自身が避けることよりも、相手の思考を読み解き、確実に狙うことが得意であり……逃げるキースを追う立場になった今、その真価が発揮されようとしていた。
建物の並びと特徴、位置を全て暗記した街の中、夜愛はキースを追っていく。
しばらくもかからなかったであろう、夜愛がその背中に追い付くと、簪を投げた。
キースは音もなく投げられたそれを、まるで見ていたかのように避けた……はずであったが、その簪の投擲が、光学的な虚像を扱ったフェイントだと気付いた時には、その身体に簪が突き立っていた。
呪毒が身体を巡り、血が口から溢れてくる。
『キース君!』
この結界内でなければ、また短い時間であれば、避けきる事も出来たかもしれない。
しかし、この結界の中で、囮と言う危険な役目を負うには、夜愛は相手として悪かったと言える。
キースが地面に崩れたところに、もう一本……簪が刺さった。
意識の遠のいたキースは……口に広がる血の味と共に……眼前で夜愛がさらに一本、簪を取り出すのを見て……確かな死の気配を、感じ取った。
氷の翼を広げた二人の少女は、手を繋ぎあったまま二つ目の依代に片手を向け、その霊力を氷結させた。
「次ね……結界が縮んでるらしいけど、依代が結界の外に出たらどうなるのかしら?」
「やってみよ、早くしないと」
雨月と六花は話し合い、リオンとまた、次の依り代の地点へと向かう。
キースからの連絡が途絶えた。
その事実は三人に伝わり、六花やリオンが不安な表情を見せたが、雨月は冷静に行動を指示していた。
雨月とて、心配していないわけではないだろうが……物静かなその表情からは、動揺などは微塵も感じさせない。
今、ジーヤ達が急ぎこちらに向かっている。
次に狙われるとしたらここだろうと、すぐに判断されたからだ。
珍しく、リオンの中の仁菜が、か細い声を出した。
「大丈夫かな……キースさん」
『大丈夫だ! きっと無事だから』
リオンがそう返すが、そこに論拠などはない。
ただ信じたい、その無事を祈り願うリオンの耳に……六花の慌てた声が聞こえてきた。
「来たよ! 一人だから夜愛だと思うの」
「ジーヤさん達が来るまでは、持ちこたえるしかないかしらね」
雨月が話す中、リオンか……あるいは仁菜だろうか。
白い鎧に身を包んだ少女が、しっかりと二人の前に立った。
「大丈夫、必ず守ってみせるから」
「左!」
六花の確認したレーダーに合わせ、すぐにリオンが動く。
そうすることで六花や雨月への攻撃はほとんど、防ぐことが出来た。
しかし目隠しをしたまま庇っているようなものだ……盾を扱ってる為防げる面積は広く、六花が香水を当てた為香りもするが、防ぎきれなかった簪はリオンの身体に突き刺さり、身体を呪毒で満たしてくる。
でも動けないほどではない。
しっかりと構えた盾や、鎧に包まれた身体で仲間を守ることが出来るのであれば、この程度の毒の苦しみなど、気にする事ではなかった。
六花や雨月も、美しい氷の翼を広げ、攻撃の飛んできた方向へとその魔法を解き放つ。
攻撃が来る度、絶零の力の書かれたその書物から冷気を放ち、反撃を加えた。
しかし広範囲を一気に巻き込もうとしたが……夜愛は建物か何かにでも飛び乗り避けたのだろう、依然変わらず、攻撃を仕掛けてきていた。
「リオンさん、走りながら守れるかしら?」
「任せてくれ!」
なんにせよ、その場に留まっているより動いた方がいい。
合流しようとしているジーヤ達の方面に進みながら、夜愛の攻勢を堪え忍ぶ。
攻勢と言っても、単調なものではなくフェイントも織り混ぜてきている。
盾を構える事で致命的な箇所には当たっていないが、ほぼ全ての簪が鎧や肌の隙間を狙い突き刺さり、苦痛がリオンを襲った。
「リオンッ! 右だよ!」
『わかった!』
レーダーを確認して指示を出す六花は、指示を送る度に傷を増やしていくリオンの姿に、微か涙を浮かべながら……それでも必死に指示を出して、リオンに庇ってもらう。
それは辛いことだ。
自分の指示に従い、仲間が傷付く。
自分は傷付かず、守ってもらうことしかできない。
それでも六花は、レーダーで確認した内容を、唇を噛み締めながらでも必ず言葉にし、指示は止めず……リオンが僅か一度かばい損ねた攻撃も、雨月がその盾で防いでいた。
そんな中で、夜愛に魔法が当たらないことが、六花に焦りを募らせる。
そんな六花に、ライヴスゴーグルをつけた雨月から声がする。
「次、私と同じ方向を狙ってみて」
「う、うん!」
モスケールはあくまでレーダーの表示、実のところ、立体的な空間の把握には向いていない。
対してライヴスゴーグルなら、今の状況、夜愛の霊力を元に位置の確認が出来る。
そうした条件でも、雨月はなかなか夜愛に当てることが出来なかったが……見た限り六花の方が、魔法の発動が早く、避けられる心配は少なそうだ。
それに、六花は傷付くリオンを見る内、本人も気付かない心の傷が、焦りとなって広がっていた。
内に燻る復讐心は、時には力となるが、時には攻撃を闇雲なものに変質させてしまう。
雨月がそうした事情を考えたかは定かではないが、彼女の冷静な思考と判断は、六花の焦りを沈める作用をもたらした。
二人を守るリオンと、そのリオンに守られながら闘う二人……この幻の中で、互いの存在を頼りとしながら……彼女達は言葉を交わしあい……夜愛と言う難敵を相手に立ち向かう。
そして……。
「力を貸して、アルヴィナ!」
『ええ、六花』
アルヴィナの応じる声と共に20枚からなる氷の鏡、高速で展開されたそれにより拡散した絶零の冷気が、一つの嵐となり、凄まじい氷雪を発生させる。
避け損ねた夜愛の足が凍りいた。
思考を高速化させた雨月が指示をし、六花が狙い……ついに夜愛の身体を捉えたのだ。
その夜愛の元にジーヤや鋼達が追い付いたのは、その直後だ。
シンガンロッドにより五感を強化したジーヤが飛び込み、香水の匂いを頼りに夜愛に組み付いた。
通信機からジーヤの声が聞こえ、リオンが答える。
『遅れてごめん!』
「いいよ、後任せた! 無茶はするなよ!」
鋼は夜愛に、剣を向けた。
「私はお前を知りたいとは思わない。私達は敵同士。それ以上でも以下でもない」
その言葉に、夜愛は微笑みを浮かべる。
組み付いたジーヤを投げ飛ばしながら、消えていた自身の姿を鋼に見せる。
『鋼……無理に悪役になる事はないんだよ?』
「悪役? コランダム、君にしては的外れな回答だな」
『鋼……』
「お話は、終わりましたか?」
夜愛は律儀に、二人の会話を聞いてから武器を取り出した。
どこか楽しむような夜愛だが、先程の鋼の言葉が……些か足りない部分があるとは言え、夜愛自身のあり方を認めたからこその発言だと認識していた。
鋼の前に姿を現したのは、彼女なりの敬意なのだろう。
その近くを、カグヤと投げ飛ばされたジーヤが囲う。
無論互いに視認は出来ないため、同士討ちは避けなければならないが、夜愛はもう、その隙をついて逃げようともしない。
「夜愛と申します、主の為、お命をいただきましょう」
「鋼だ……覚悟してもらう」
興じるよう夜愛に対し、鋼は不器用に言葉を返し……闘いは始まった。
しばらく闘っていた夜愛の足を……銃弾が穿った。
『私達も支援します』
『キースさんの事は九字原さんが見つけたから、心配しないで』
構築の魔女と、京子。
これで5対1。
まだ結界の効果は残っている。
けれど連携し、対応し、状況に馴染んだ能力者達を相手では……もう時間の問題だろう。
しかし、夜愛は、それに絶望するでもなく静かな笑みを浮かべた。
目的は、充分果たした。
それであるならば……この人間達と相対することに、最後まで興じて見せよう。
やがて、三匹目の依代が破壊されると同時に、結界の維持が不可能となった。
美しい草原は荒れたアスファルトに戻り、街並みが姿を現す。
空は、まだ暗かったが、建造物が幾つも顔を覗かせ、市街地の光景と、様々な音がその空間に戻ってきた。
夜愛は……まだ闘っている。
結界が解かれるまでの間にジーヤに簪を刺し、カグヤや鋼、九字原に囲まれないよう不可視の街を動き、間合いを取る。
能力者達も結界が消えるまでは無闇に攻めていなかった為、なんとか夜愛は凌いでいたが……。
命綱とも言える結界が、今、消えた。
そこからはほんの一瞬……十秒にも満たない、僅かの時間の闘いだった。
結界が解けたと同時、十字……完全にタイミングを合わせて放たれた構築の魔女と京子の弾丸が、夜愛の片足を撃ち抜き……そこに影が躍り出る。
いつからいたのだろう、バランスを崩した夜愛の背後……物陰から現れた昂の霊力の針が、夜愛の首筋に突き刺さる。
「さぁ、存分味わうと良い!」
そこに、カグヤの書物から放たれた光が伸びた。
パニッシュメント……カグヤの放つそれが、動けなくなった夜愛の身体を焼き……。
そこにジーヤが駆けた。
幾つもの苦渋も、後悔も……。
犠牲者を斬り葬ったあの感触も、取り戻せない命も……。
それを背負い切れず、抱えきれず、頼りなかったはずの一歩が……今、確かな剣撃を刻む力強さで、アスファルトを蹴りしめて。
ヴァルキュリア……その美しい大剣は、夜愛の胸に……神門の腕の見えたその場所に、深々と突き刺した。
身体が、崩れていく。
芽衣沙は、生き延びられるだろうか。
朱天王は、闘い抜けただろうか。
神門様は、無事だろうか。
……ゾンビを通して確認をすることも出来たが、夜愛はあえてそうしない。
今見ても、なにも出来ないのだから……それならば美しい世界を抱いて眠ろう。
剣を突き刺した少年は、同情ではなく断罪と、真っ直ぐな願いをその瞳に浮かべているようにも見えた。
彼らは夜を越えていくのだろう。
そして彼女は、私の見たことのない、遥か先へ行くのだろう。
それならそれで構わない。
瞳を瞑る……。
光のない死の気配、穏やかな闇の中に、いつか主に捧げたかった美しい月夜を夢見ながら……。
夜愛だった死体は、その肉を溶かし……細かな白骨となって、土に還った。
●エピローグ
「明けぬ夜はないのじゃ」
カグヤは夜愛が消えた時、そう言葉にした。
そこに悲しみはなく、ただ夜を愛した彼女に、事実を告げただけなのだろう。
「さぁ参ろうぞクー! 帰ったら実験じゃ!」
『ねむい~、おやすみぃ』
死に意味はない、生きるからこそ意味がある。
カグヤは失ったものに愁いを抱くことなどなく……今回得られたものをどう技術に取り入れるか、心を弾ませていた。
夜愛は結局、直接の技術を教えてくれることはなかったが、依代を扱った幻術結界の仕組みが理解できた事は大きい。
依代には、幻を見せる機能ではなく、持ち主と霊力的な繋がりを持ち、その力を変換、遠隔地で放出する中継機のような役割が備わっていると考えればいいだろう。
骨に文字が書かれていたのは、術者との精神的、霊力的な繋がりを強める為……。
それに神門の腕を埋め込み、四国に流れる霊脈から力を汲む事で、夜愛は自身の幻術の能力を結界にまで昇華させた。
刻まれた文字等でどこまで効果が変わるのかは分からないが、それも後々調べれば済む話だ。
もっとも、後々調べた結果、人間の霊力ではなく……どころか夜愛自身の能力であるゾンビ同士の交信や干渉を利用していた為、特殊な愚神でなければ活用は難しそうであったし、実験用に持ち帰った依代や従魔の死体は消えてしまうのだが……最低でも今のカグヤは、新たな技術の取得と進歩を心から喜んでいた。
そこには死者が入る余地などない。
それこそが、夜愛が惹かれた、カグヤと言う人物なのだろう……。
「【Re-Birth】の事はごめんなさい、私達の車は積めなかったから……助けたかったのよね?」
通信を終えた鏡子がジーヤに声をかけると、ジーヤは静かに首を横に振った。
「あ、いや、そういうわけでもないんですけど……」
ジーヤは夜愛の罪を決して許したわけではない。
それでもその薬を申請したのは、最後に人としての終わりを求めた時に、応えたかったからだろうか……。
ジーヤの真意をはかりかねた鏡子であったが……まほらまはそんな鏡子とは違い、四国の闘いを歩ききったジーヤに、穏やかな視線を向けていた。
少しずつ消えていく夜空を見て、ジーヤは祈った。
岡部雪江……そして夜愛。
彼女の罪は許されない、けれど自分も、『死』を知っているからこそ思う。
もし彼女に、次の世界があるのなら……。
その生が、生きる喜びに満ちたものとなるように。
手近な建物の椅子に寝かされたキースの周りには、仁菜や六花、雨月、構築の魔女や京子、それに鋼や昂達が相棒と共に待機していた。
無事にキースは目覚めたが、しばらくは呪毒の影響で吐血しやすくなり、身体もふらつくらしい。
「お騒がせしました、今から向こうに合流は無理ですね」
状況を聞いて申し訳なさそうに言うキースに、構築の魔女が応えた。
「キースさんが囮になっていただいたお陰で、時間が稼げたのですから……どのみち、車も壊されていましたし」
車、最初に破壊された移動手段と結界の解除が必要だったのだから、間に合わなかったのは明白だ。
「まんまと足止めされたけど……」
『逆に考えれば、各個撃破に持ち込んだとも言えるな』
それに昂が頷き、ベルフが答える。
この場にいる皆が皆、この夜を戦い抜いたのだから、ベルフのように前向きに考えればいいだろう。
『これからどうしようか?』
紙姫がキースに尋ねると、彼は小さく微笑んだ。
「『夜』が明けるのを信じましょう」
遠く……今も闘う仲間達を思いながら、彼は建物の外の、明け始めた夜の空を、静かに眺めた。