本部

雨天中止!!!

ガンマ

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
25人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
4日
完成日
2017/06/27 12:03

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-

掲示板

オープニング

●テルテルボウズは無力だった

 六月、それは祝日のない日。
 だったらせめて楽しい日を……そういうわけで、日々任務を頑張ってくれているエージェントへの慰労として、H.O.P.E.主催のバーベキュー大会の開催が予定されていた。

 が。

 当日も予備日も雨雨雨……梅雨ナメてました。
 結果としてバーベキュー大会は一次延期……まあ、つまりは、雨天中止というやつだ。

 ――今日も雨。

 本来だったら、今頃、山間の自然豊かな川沿いで、皆で楽しく美味しくバーベキューだったのに。タダで肉食べ放題だったのに。
 君達は、色々計画を立てていたことだろう。友達や恋人と打ち合わせをして、遊ぶ約束を取り付けていたことだろう。あるいは英雄が、異界の文化に心を躍らせていたことだろう。
 きっと楽しい一日になるはずだった――のに――。

 テルテルボウズも晴れ乞いの祈りも晴れ男や晴れ女のジンクスも虚しく。
 やっぱりその日も、雨だった。


●で
 君達はバーベキューに参加する予定だったエージェントである。
 だがバーベキューは雨天中止……つまり予定が空いた訳だ。

 雨の日、君と英雄はどう過ごす?

 家でひたすらノンビリ過ごすのもよいだろう。
 町に出かけて時間潰しするのもいい。
 H.O.P.E.に赴き、鍛錬したり記録を見返したり、仲間と語らうのもいいだろう。
 任務に赴き、バーベキューに行けなかった哀しみを従魔にぶつけて発散するのもいい。
 もしくはエージェントと兼業である仕事が待っているだろうか?
 あるいはいっそ、雨だろうがおかまいなしにバーベキューを敢行するとか。

 時間は一日。
 雨音に彩られた君達の二四時間が、幕を開ける。

解説

●目標
 雨の一日を過ごそう。

●状況
 以下のタグはある程度の指針です。タグ以外の行動をとっても構いません。

【自宅】
 家でごろごろ。
 積みゲー消化とか、ひたすら掃除とか、不貞寝とか。

【支部】
 H.O.P.E.に赴き、訓練する・報告書を読み返す・依頼一覧を漫然と見る、などなど。

【八当】
 雑魚従魔狩りに赴き、八つ当たりめいて蹴散らします。
 従魔のデータはフレーバーで実質ないに等しいので好きなだけ蹴散らして良し。ある程度プレイングで指定してもOKです。

【強行】
 雨だろうと俺達のバーベキューはこれからだ!
 雨の中バーベキューします。がんばれ。


●登場
ジャスティン・バートレットとその英雄たち
 会長は支部にいる。今日も会議やらなんやらと忙しそう。アマデウスはその補佐。
 ヴィルヘルムは支部の食堂で肉食べてる。BBQ行きたかった……。

綾羽 瑠歌。
 支部で今日も仕事です。BBQ行きたかった……。


※注意※
 「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
 相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
 リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
 一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。

リプレイ

●雨の町

 灰色に煙り、雨音に歌う――。

 その日もやはり雨だった。自宅のベッドに寝転んで、バルタサール・デル・レイ(aa4199)は「解放された」とくつろいでいた。紫苑(aa4199hero001)が勝手にバーベキュー参加を申し込んでいて、ちょうどそれを面倒臭いと思っていたところだ。雨天中止、大いに結構。
 その傍らで紫苑はなにやらスマートホンで検索している。
「雨の日のデート……スパ、水族館、プラネタリウム、猫カフェ、映画、ショッピング、ホテルブッフェ……かあ。ねえ、どれに行く?」
 雨天中止で清々していたバルタサールを「甘いな」と嘲笑するがごとくの、提案。これには思わず男も上体を起こす。
「デートってなんだよ。女ができたんなら勝手に行ってこい」
「きみは彫り物あるから、スパは無理だよね……。その形相で睨まれたら、魚や猫も可哀相」
 バルタサールの言葉を無視して、紫苑は指先を動かしている。
「プラネタリウムって興味あるな、これに決定。さ、早く着替えて」
 これは何を言っても無駄だな。諦めたバルタサールは溜息を吐くのであった。


「雨が嫌いになりそう……」
「まあ、こんな時もあるわ」
 レイラ クロスロード(aa4236)の溜息に、N.N.(aa4236hero002)が肩を竦めた。
『雨かー、家でできるもんっていったってなー』
『バーベキューできないねー……』
 傍らにあるスマートホンはハンズフリーの通話状態で、フラン・アイナット(aa4719)とフルム・レベント(aa4719hero001)と繋がっていた。
 四人は友達同士。もともとは一緒にバーベキューをしようねと約束していたのだけれど、雨天中止になったもので――それでどうしようか。こうして電話で話し合っていたのだ。

 というわけで。折角の休日、結論はこうだ。バーベキューができなかった分、家でささやかなパーティを。
 なのでパーティの準備が必要だ。四人は近所のショッピングモールで待ち合わせることにしたのである。

「何が食べたいかしら?」
 レイラの車椅子を押しながら、食品コーナーを見渡すノーネームが一同にたずねる。
「やっぱ肉かな、もともとはバーベキューって話だったし」
「デザートも食べたい!」
 ショッピングカートを押すフランが肉コーナーを覗き込み、フルムが元気良く答える。
「パーティ、楽しみね」
 レイラは友達の賑やかな声を聞きながら、ニコニコと微笑みを浮かべていた。
 特に英雄同士仲のいいフルムとノーネームは会話を楽しく弾ませている。フランはそんな妹の姿に、表情を綻ばせ。
「やっぱり、あいつは笑顔が一番だな。まあ、にしても……」
 苦笑、思案の顔。
「なんで、あいつはもっと変装しないもんかねー」
 アイドル「Soleil」としてデビューしたのはまだ新しい出来事なれど、フルムにはアイドルの自覚を持ってほしいものだとフランは思う。ただでさえその美貌で視線が集まりやすいというのに――溜息は飲み込んだ。

 さて、そんなショップングの最中である。
 奇遇にも二組とも、ちょっと私用で買いたいものがあるとか何とか。一時的に離れ、そしてほどなく合流し――昼下がり。

 レイラの家で賑やかに進むのはパーティの準備。キッチンではフランが、腕によりをかけてローストビーフを作っている。だけでなく、プチドルチェ――小さなカップのパンナコッタや、プチサイズのティラミスもだ。ノーネームも調理を手伝う。
 居間ではフルムとレイラが、きゃっきゃと楽しそうにしながら部屋の飾り付けや配膳など、ぱたぱたと忙しげにしているのであった。

 さあ準備もできればパーティの始まり――その前に。

「ちょっと目を閉じててくれる?」
「理由はナイショっ!」
 フランとフルムが、レイラとノーネームにそんなことを言ってくる。言われるままに目を閉じる二人――兄妹は顔を見合わせて微笑むと、二人の手にとあるものを手渡した。
 それはレイラとノーネームを模した可愛らしい人形で。
「プレゼント? 嬉しい!」
「これはこれは、可愛らしいわ」
 人形を抱きしめるレイラ、照れ臭そうに微笑むノーネーム。すると今度はレイラが、友人へこう話しかけた。
「私達からもプレゼントがあるの。受け取ってくれる?」
 お返しのように。レイラはフランにヘッドホンを、フルムに髪留めを。ノーネームはフランにブレスレットを、フルムにネックレスを。
 実は彼女達、偶然にもあのショッピングモールでこっそり贈り物を揃えていたのだ。
 ショッピング中に一時離脱したのは、それが理由で。
 お互いがそうだったと分かると、なんと奇遇なことか――ひとしきり、笑いあった。それから、もちろんお礼も。

 そして賑やかなパーティが始まるのだ。夜遅くまで、ずっと楽しく。
 ノンアルコールシャンパンで乾杯して、美味しいご飯を召し上がれ。


 ――ショッピングモールの程近くにある科学館。
 プラネタリウムは家族連れとカップルだらけだった。雨の日の休日、というわけで考えることは皆同じだったか。紫苑とバルタサールのいでたちは目立つけれど、紫苑は全く気にしていないし、バルタサールは気にしないことにしていた。
「星を見て、動物の名前をつけたり、神話を考えたり。それだけ星空が神秘的ってことなんだろうね」
 シートに腰かけ、紫苑はまもなく星が映されるであろう天井を見上げている。そのまま横目に、相棒を見やった。
「きみの母国の夜空と、日本の夜空では、見える星座が違うんでしょう?」
「空を見上げる余裕なんてなかったし、そもそも興味がないからな」
「不粋なきみらしいね」
 からかうように紫苑が笑う。バルタサールは鼻を鳴らした。「まあ、」と英雄が言葉を続ける。
「今日くらいは星空を見上げて、人はどこから来て、どこへ行くのか。古代や未来に思いを巡らすのもいいんじゃないかな」
「哲学は哲学者にやらせときゃいいだろうが」
「あ、プラネタリウム観終わったらこの科学館ぐるっと回ろうね。チケット買ってあるし。君のお金で」
「おい」


 町を包んだ雨雲は相も変わらず。
 雨は世界に、降り注ぐ。


「……来る気配がないな」
「そうだねえ」
「止む気配もないな」
「そうだねえ」
「まだ待つのか」
「そうだねえ」

 墓場鳥(aa4840hero001)が何を言っても、ナイチンゲール(aa4840)は上の空。
 二人はH.O.P.E.支部に向かう途中だったのだけれど、乗り継ぐべきバスはまだ来ない。運休遅延の話もない。結果的に二人きり、停留所で待ちぼうけ。
 ペンキの褪せたベンチには、申し訳程度に簡素な屋根。そこで雨を凌ぎつつ――ナイチンゲールは雨ばかりを眺めていた。
 中途半端な時間帯。人通りはなく、ほんの時折、車が通り過ぎるだけ。墓場鳥は小首を傾げ、隣に座す能力者の横顔を見やった。ややあって、雨を眺める能力者に倣ってみる。

 雨に煙る町。
 真っ白な空。
 濡れた世界。

 耳で、肌で感じる、いつもと違う光景。独特な趣。
 無為な時である。されど有意なる時でもある。

 いつしかナイチンゲールは瞳を閉じ、うっすらと微笑んでいた。それはまるで、雨音をひとつの音楽として楽しんでいるのかのようで。
(近頃は物怖じすることも少なくなった)
 墓場鳥はそんな横顔を、見守っている。
(何事にも素直な気持ちと言葉を発露するようになった)
 未だ劣等感という名の殻を、丸ごと破るには至らぬが。
(変化とは常に劇的なようでいて、その実……小さな積み重ねの果てにあるもの)
 この雨と呼ばれる事象が、小さな雫の群れであるように。
(私はただ見守り、必要とあらば力を貸すのみ)
 墓場鳥は見守り続ける。穏やかに目を細めて――。

「歩こうか」

 最中だった。ふいにナイチンゲールが弾むように立ち上がると、傘も差さずに雨の中へ飛び出したではないか。降り注ぐ雨はたちまち彼女を濡らしてしまう。なのに彼女は嬉しそうに、墓場鳥へと振り返って「早くおいでよ」と手招いていて。
「……!」
 こんなことをする娘だったか。不覚にも墓場鳥は目を見張った。けれど。水を差すのは雨で充分。
「……」
 しからば英雄は無言で連れ添うのみ。雨に濡れて服が透けることに気付いたら、きっと騒ぎ出すに違いない――そんなことを予見しながら。



●雨降る窓から

「雨、止まないね」

 借家の窓から見える曇白の景色――アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が溜息を吐いた。「そうだな」と答えたのはマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)、暇潰しのように聖書を開いているけれど、おそらく読んではいないだろう。
「タダ酒が飲めなくて残念だ」
 ガッカリした様子で肩を竦めるマルコ。「やっぱり肉より酒か」とアンジェリカはジト目である。
「まあ、ずっと窓を見てても雨は止まんさ」
 先ほどから窓辺にいるアンジェリカにマルコはそう言う。しかし少女は窓から世界を眺めたまま――ポツリ、不意に言葉を呟いた。
「ボクが孤児院に来た日も、こんな雨の日だったんだって」
 シスターがそう言ってた、と付け加える。当時は赤ん坊だったアンジェリカは、何も覚えてはいないけれど。
 そうか、とアンジェリカの言葉にマルコが頷く。
「そういえば……お前がよく言ってる、そのシスターって人。俺はまだ会ったことないが、どんな人なんだ? やはり聖女のような人物なのか?」
「見る? 写真だけど」
 マルコの隣にやって来たアンジェリカが、スマホの画面を見せる。英雄がそれを覗き込み――
「おい今すぐ紹介しろ!」
「いや喰いつきすぎ」
 なんという秒速。呆れたアンジェリカが肩を竦める。
「シスターは美人でスタイルもよくて料理はプロ級だけど、喧嘩が強くてガラも口も悪いんだ。昼間っからお酒飲んだりしてるし」
「それは聖職者としてどうなんだ?」
「マルコさん、説得力ないよ」
 突き刺すように言い、アンジェリカは続ける。
「でも本当は凄く優しいんだよ。最初にボクの歌を褒めてくれたのも彼女なんだ。『お前の歌はいつか皆を幸せにできる』って」
 その言葉は心から嬉しそうで――マルコも釣られるように微笑んだ。
「尊敬しているんだな」
「うん」
 弾むような頷き。すると、マルコが聖書を閉じてやおら立ち上がる。
「では俺も少しは尊敬されるよう、晩飯を作ってやろう。男料理だがな」
「え。料理できたの? てかお酒のつまみみたいのじゃないの?」
 心配そうなアンジェリカ。英雄は「任せておけって」と笑うのみ。
 まぁ、こういう日があってもいいかもね――苦笑した少女は、お行儀よくテーブルで待つことにしたのだった。


「雨……か……」
「これじゃあ何もできないだろ……」
 窓から外を眺めていた笹山平介(aa0342)の呟きに、ゼム ロバート(aa0342hero002)が答えた通り。バーベキューは雨天中止となり、予定は空になったのだ。
「いい機会だし……今のうちに想定されるハプニングでも洗い出しておこうかな……」
 平介は元々、例のバーベキューを後日友人と出かける際の練習にと思っていたのだ。踵を返す彼に、ゼムは黙ってついて行く。

 雨の音――

 それは心を落ち着かせる音。けれど平介にとっては、過去を思い出させて少しだけ哀しい気持ちにさせる音。
(おっと、いけない)
 これから楽しいことの計画をしなければならないのだ。ブルーな気持ちではよろしくない。気持ちを切り替え、平介は椅子に座る。目の前にはテーブル、そこに広げられたメモ帳、そしてペンが一つ。
「何するんだ……?」
「今回予定していたスケジュールをまとめて、今度みんなで行くバーベキューのスケジュールを作っておこうかと♪」
 走るペンを覗き込むゼム。さらさら、几帳面な文字が生み出されてゆく。
「今回みたいに雨が降ったらタオルも必要そうだし……屋根がある場所を初めから探しておこうかな……」
 独り言と共に箇条書きで書かれてゆくハプニングと解決方法。ゼムはしばしそれを眺めていたものの……次第に飽きれば、視線を雨粒が叩く窓へ。そこに吊るされたテルテルボウズへ。
(晴れにするのがお前の役目じゃないのか……)
 など、吊るされたそれをジッと見つめ、心の中で独り言ちるのであった。
 そんな彼が、「ゼム」と名前を呼ばれたのはしばしの後。
「少し外を歩こうか……」
 メモ帳を閉じた平介が立ち上がる。ゼムをあまり退屈させるのもしのびない。笑む彼に、されどゼムは怪訝な顔で雨の空を見やり。
「……歩きたいのか?」
「えぇ♪ 傘なら用意してあるので」
 そう言って。平介がゼムに贈ったのは、番傘だった。
「……ほう」
 悪くない、といった顔をしているゼム。早速それを開いて、平介と共に雨の中を歩き始める。
「雨も……たまにはいいかもしれないな……」
 カーテンの傍、窓の向こうに見えるテルテルボウズ。それを横目に、口角を薄く吊る英雄に――平介はニコッと笑みを返すのであった。


「……うー……おにくぅ……」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の狼耳も尻尾もしんなりと元気がなかった。メソメソと自室で不貞寝している始末である。
「やれやれ……まったく、仕方ないな」
 麻生 遊夜(aa0452)は困った笑顔。そして外出の用意をする。「出かけるの?」とたずねてくるのは、彼が運営している孤児院の子供達だ。
「夕方までには戻る。それまでに……西のあの部屋に、山間の自然豊かな川沿い風の飾りつけを頼めるか? 理由は~……ふふ。サプライズってやつさ」
 サプライズ、その単語に子供達もパッと表情が華やいだ。
「さて、と。時間は空いたことだし……牛、豚、鶏肉は基本として……」
 許可手続きやら申請やらを済ませて――遊夜が向かったのは狩猟可能な山の高台。
「今は水無月、雨の日なら忍び猟日和だからな……俺の眼から逃げられると思うなよー?」
 金銭的な問題をクリアしつつ子供達にも食べさせるためには、肉は業務用スーパーだけでは事足りない。つまりジビエ作戦だ。意気揚々と雨の中、銃を手にした遊夜が歩き出す。お父さんの頑張りどころ。忍び足や解体も、日々の経験からお手の物。

 そうして、時計の針が進み。

 ぱたぱた、がさがさ。
 聞こえてきた賑やかさに、ユフォアリーヤの耳がピコンと動いた。何だろう? 眠い目をこすって部屋から出て、音の元へ向かってみれば……。
「お。起きなすった」
 貼り付けられた子供達の絵で、山間の川沿い風に飾られた部屋。肉料理がドドンと並んだ大きなテーブル。そして、微笑む遊夜。
「自然豊かな川沿いでもねぇし、タダでもねぇが……悪くないだろう?」
 そんな光景に。ユフォアリーヤはしばし呆然としていたものの――途端に耳と尻尾が立ち、最後には満面の笑顔に。
「……ん! ……ありがと、みんな愛してるー」
 尻尾をぶんぶん振りながら、子供達に、そして愛する人にハグとキス。嵐のようにハグとキス。元気が戻ったユフォアリーヤに、遊夜も安堵の笑みを浮かべた。
「うむ、皆で苦労した甲斐があったってもんだ……さぁ、焼いて食うぞ!」
「……おー!」
 孤児院に楽しげな声が重なった。幸せなひとときだ。
(家計簿は見ない、絶対に見ないぞ! 今は晩餐を家族と楽しむのだ!)
 まあ、お父さんだけは悩みのタネを今は忘却に葬っていたのだが。


「『晴耕雨読』という言葉の経緯に従って、今日は一日を読書に費やしましょう」
「大賛成だよぅ!!」
 雨の日、キース=ロロッカ(aa3593)と匂坂 紙姫(aa3593hero001)はそんな言葉を交わして――現在地はとある洋館の図書室。キースが管理を任せられている場所だ。
 さて。そんな場所で、コーヒーも用意して、キースが両手いっぱいに抱えてテーブルに運んできたのは……、
「『円卓の使徒』全二五巻セットです」
「キース君、これ幻の初版だよぅ!」
「書庫の奥にあるのを見つけました。今日は時間の許す限りこれを読みましょう」
「はーいっ!」

 ――遠く聞こえる雨の音。ぺらり、ページがめくられる音。
 コーヒーのこうばしい香りと、本のにおいが漂う、時を忘れたような世界。

 ぱたん。紙姫は二五巻めを静かに閉じた。彼女の読書速度はまさに光。チラと見やるキースは、まだ本を読んでいる。
(キース君まだ読んでるしな……他に何かあるかな?)
 立ち上がり、ズラリと並ぶ本棚へ。気の向くままに視線を巡らせ――ふと、目が留まったのは一冊の古びた本。アレにしよう、ムググッと限界まで背伸びをしてそれを持ち出し、再びキースの傍へ戻る。

 そうして紙姫が再び読書を始めて、まもなくである。

「……あれ?」
 はた、と紙姫の読書の手が止まった。開いたページに、何かが挟まっている――写真だ。随分と古びている。写っていたのは、紙姫と同じ髪色をした女性だった。ただ写真の端は火の粉が飛んだのだろうか、焼け焦げてしまっている。
「キース君、このお写真なに?」
 写真をしげしげ眺め、紙姫は傍らのキースへたずねてみる。顔を上げたキースは「ああ、」と静かな声で問いに答えた。
「……それは、紙姫がこの世界に来たときに持っていた写真です」
「この女のひと、あたしの元の姿かなあ?」
「そうかもしれません。でも、ボクが見かけた時は既に今の姿でしたよ」
「そうなんだぁ」
 紙姫は首を傾げつつ熱心に写真を凝視している。
「あたし、キース君と初めて会った時、何か呟いていたのかな?」
「あの場所に行けば、何か思い出すかもしれませんね」
「うん、晴れたら行こうねっ!」
 穏やかなキースの表情に、天真爛漫な紙姫の笑み。交わしたのは小さな約束。そして二人は、再び読書の世界に浸り始める――。


 某所の豪邸、豪奢な窓から見えるのは雨の世界。御剣 正宗(aa5043)とCODENAME-S(aa5043hero001)は一緒になって、雨粒が踊り続ける窓ガラスを見上げていた。雨の景色は綺麗だけれど、これのせいでバーベキューは中止になったわけでして。
「バーベキュー……」
「やりますか」
 ポツリと呟いた正宗の言葉に間髪入れずにエスが言った。正宗がパチクリと瞬きをする。「できるの?」と言わんばかりのその表情に、エスはしっかと頷いてみせる。

「この家には、お部屋がいっぱいありますので。室内バーベキューができる部屋も、あります」

 というわけで。
 換気もバッチリな広い温室。テントもひっぱりだしてバケーション気分。バーベキューコンロに火を起こせば、お肉と野菜を二人で一緒に手際よく焼いていく。
「めしあがれ」
「ありがとう」
 エスによそわれたお肉をふぅふぅ冷まして、正宗はさっそく一口を。あつあつ、ジューシー、炭火の風味が最高だ。
「とっても、おいしい……」
 綻ぶ表情。エスもその隣で、仲良くお肉を食べるのであった。

 さて、室内バーベキューを満喫して、後片付けも済んだなら。
 二人は居間にて、マンガを読んだりテレビゲームをしたり、まったりタイムを満喫していた。
「DVDでも観ますか」
 協力型ゲームを一通りクリアしたところでエスが提案する。レンタルしてきたものがあるのだ。正宗はもちろん賛成だと頷いた。
 そうして、映画さながらの大きな液晶テレビに映し出されるのはアドベンチャーものの物語だ。ポップコーンを頬張りつつ、正宗はそれをじっと観ている。
(……ボクも、この主人公みたいに強くなれたら)
 心に決意。ポップコーンを飲み込んで、隣のエスに視線を向けた。
「えすちゃんには感謝しないとな、このボクを居候させてくれるなんて……」
「ありがとうございます。それで、DVDを観たら次は何をしましょうか」
「うーん……お昼寝とか」
「悪くないですね」


 あるエージェントが営む廃旅館、その一階の階段下、六畳一間の和室と二畳の広縁。
 それが狒村 緋十郎(aa3678)とレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)の自室である。
 二つに折った座布団を枕に、緋十郎は畳の上に寝転んでいた。まどろむように目蓋を閉じれば、聞こえてくるのは静かな雨音――心を穏やかに撫でるそれに、大猿の尻尾も心地よさげに揺らいでいた。
「そういえば……【絶零】の戦い以来、ゆっくり休みを取ったこともなかったな」
 バーベキューが中止になってしまったけれど(そして噂によると強行する面子もいるそうだが)、たまにはこんな日も悪くない。呟いた緋十郎に「そうね」と答えたのは、広縁の窓辺から雨の世界を見上げるレミアだ。
「催し事が中止になったのは、少し残念ではあるけれど……こうして二人でゆっくり過ごせるのなら、それも悪くないわね」
 レミアにとって、日本の梅雨は二度目の経験。雨を見、そして聴いていた少女は、ふと纏っていた漆黒の外套をに手をかけた……。

 衣擦れの音――甘い香り。

 愛する人の気配。緋十郎は目蓋を開け、ようとした瞬間だ。
 華奢な体にのしかかられる気配。柔らかな髪の感触と、首筋にかかった甘い吐息、そして――鋭い痛み。
「……、」
 目を開ければ、漆黒の外套を脱いで袖なしの黒ドレス姿になったレミア。緋十郎の肌に牙を埋めながら、愛らしい紅榴石の瞳でじぃと彼を見上げている。
「――、」
 男の眼差しに少女が何か答えるも、牙を突き立てたままでは首筋に舌が這っただけ。
 嗚呼。緋十郎は笑みを浮かべる。ご主人様が俺の血をご所望なのだ――然らば黙って従い、捧げるのみ。隷属の悦び。奉仕の愉悦。それは、牙で肌を破られ、血を啜られる痛みを、主から賜ることのできる快感。
 うっとりと目を細める男の頬を、少女の白い指の背がそっと撫でた。顔を上げるレミアもまた甘美なる血の味に酔いしれて、赤い血に染めた唇で妖艶に微笑むのだ。
「緋十郎、窓を閉めてきなさい」
「……仰せのままに」



●六月某日、H.O.P.E.東京海上支部
 真昼・O・ノッテ(aa0061hero002)の胸元を飾るリボン。そこにはめこまれた幻想蝶に、木陰 黎夜(aa0061)が指先で触れる――。

「じゃあ、試し撃ち、開始……」

 開く瞳は黒と青。長い黒髪をなびかせて、共鳴を果たした黎夜は彼方の的を見やった。
 ここはH.O.P.E.の訓練場。黎夜達は収得した新たなスキルの確認を含めた自主練習のため、ここにいる。野外で雨に濡れるとしても、広い訓練場を選んだのにはワケがあった。
「ライヴスキャスター……いくよ」
 直線上の全てを薙ぎ払うという、カオティックブレイドの必殺技。深呼吸の後、黎夜はライヴスを練り上げる――その周囲にズラリと展開されるのは、大量のダガー。瞬間。嵐のように放たれる切っ先の弾幕。触れるもの全てを引き裂く脅威の奔流。
「おー……」
 消し飛んだ的に感嘆の声を零しつつ。黎夜はナイフを一本取り出して、握り潰す。砕け散った刃は光となり、大技の為の贄となる。
 集中――武器としての魂と本能を想起させ。眼差しは鋭く、再度展開される刃の鳥葬。それは先程よりも破壊力を増し、地面すらも巨獣の爪痕のように抉り取った。
「……思ってた以上に、威力、出た、な……」
『ですの……』
 無差別攻撃だから取り扱い注意。うん、と頷く二人だった。

 スキルの試し撃ちの後は、ダガー使用の訓練である。的への投擲、走りながらの投擲、動く的への踏み込み、斬り込み。雨に濡れてぬかるむ地面での戦闘を想定。そこでの足の運び方、など、など――。

「はふぅ……」
 ひと段落する頃にはクタクタになっていた。共鳴を解除し、屋根のある場所で、黎夜はタオルで濡れた髪を拭いている。
「真昼も、使って……英雄は風邪ひかないっていうけど……心配……」
「ありがとうございます」
 そのまましばし、雨の景色を眺め。ポツリ、黎夜が呟く。
「真昼……お腹すいたし、帰りに買い物、していこうか……」
「はいっ。お兄さまにもお知らせして、おいしい晩ご飯を作っていただきますのっ」
「うん……お肉、食べたい……」
 途端にお腹が空いてきた。「早くシャワーを浴びて帰りましょうっ」と真昼に手を引かれ、黎夜は歩き出す……。



 別の訓練場では、ゼノビア オルコット(aa0626)とヰ鶴 文(aa0626hero002)が模擬刀を構えて向かい合っていた。
 それじゃあ、よろしくお願いします――手話で語ったゼノビアは、幾分か緊張しているようだ。というのも文と出会うまで刀に触れたことがなく、接近戦もまだ不慣れゆえ。だからこそ、文と刀による白兵戦闘の訓練をしようと思い至ったのだ。
「……こういうのは、理屈で覚えるより、身体に染み付かせちゃった方がいい。慣れるまで大変だけど、頑張って」
 ゆっくりやっていこう。文の静かな声に、ゼノビアはコクッと頷いては刀を握り直した。

 ――いざ。

 踏み込む文が、居合いのように刃を横に振るう。だがそれは緩やかな速度であり、素人の目でも見切れるほどだ。
 ゼノビアはそれを半歩下がって回避して、今度は攻勢に出た。力いっぱい振るった刃は、しかし、文の流水がごとき剣さばきにいなされる。
「……力まなくていい。柳の葉っぱを意識して」
 ゆっくりと。一手ずつ。丁寧に。攻を、防を、文はゼノビアに教えてゆく。
「……柔よく、剛を制す。……重心しっかり、ズレてきてる」
 その都度ゼノビアはコクンと頷き、文の指示通りに身と剣をさばく。こう来たらどう防ぐ? こう来たら? ここからどう打ち込む? ――文の指導はその挙動一つ一つがゼノビアにとってはなによりの参考書。
「……そう。上手。……その調子。……速度上げるよ」
 刃が閃く。息一つ上がっていない文に対し、ゼノビアは汗びっしょりで肩で呼吸をしていた。されど少女は真剣そのもの。最初はおぼつかなかった剣筋が、みるみる上達していっている。とはいえ――まだまだ初心者、「様になってきたかな」という範疇ではあるが。

 ふは。
 訓練がひと段落すれば、ベンチに座り込んだゼノビアは水を飲んで息を吐いた。「お疲れ様」と、その傍らに文が座る。と、笑む少女が手話で語りかけるではないか。
『雨、残念だった、ですけど、文さんとこうやって、運動できて楽しかった、です。だから、結果オーライ、です、ね!』
「……ちょっと、肉は食べたかった」
『だったら、帰り、お買い物行く、です。家で、三人で焼肉、なら雨でも楽し、ですから!』
「……デザートに、アイスも買っていい?」
 そんな文の、チラッと窺うような眼差しに。ゼノビアは笑顔で頷きを返すのであった。


 雨は止まず――しかしこの雨天でバーベキューを敢行する猛者がいるらしい。
 桜小路 國光(aa4046)とメテオバイザー(aa4046hero001)は、にわかに活気立つ(殺気立つ?)一行に応援の眼差しとエールを送ったところだ。
「彼らの肉への根性は賞賛に値するかもしれないな……」
「そうですね……」
 なんてやりとりを交わしつつ、二人は漫然と依頼一覧を眺めていた。
 と、そんな時である。國光の視界に見えたのは、急ぎ足のアマデウス。
「……頑張ってください」
 肉強行軍は彼も誘うのだろうか――ヴィルヘルムとは仲良くやっているのだろうか――などと思いつつ。こっそり、國光はアマデウスに応援の言葉。メテオバイザーはそんな相棒をふと見やり。
「サクラコとアマデウスさんって似てるのです」
「そう?」
「サクラコも皆と楽しむべき時は楽しんだ方が良いのです」
「うわ~……耳が痛いです」
 彼女のジト目に眉尻を下げるしかない。國光はどうも、イベントごとは気遣いで心から楽しめていないきらいがある。
「む。桜小路殿、メテオバイザー殿」
 その直後である。アマデウスが軽く会釈を送ってきた。國光も片手を上げてそれに答える。
「お元気そう……って、ちょっとおかしいですね」
「変わらず達者にしているさ」
 眼差しはそれなりに気さくのように見える。そんなアマデウスを見、メテオバイザーはニコヤカに微笑んだ。
「あれから仲良くしてますか?」
「ヴィルヘルムとか? まあ、『あの時』よりいさかいは減った、かな」
 その言葉に「何よりです」と國光が答え。「今度はヴィルヘルムさんともお話したいです」と続ければ、「その辺にいるから会いに行けばどうだ」と言葉を置いて、アマデウスは業務へと戻っていった。

 さて、と。

 國光は踵を返す。どこへいくのだろう、という眼差しでメテオバイザーがついてくる。目的地は程なく、そこは報告書が並ぶフロア。足を止めたのは、四年前の報告書が収められている場所……。
「サクラコ……」
 メテオバイザーの視線、言葉。彼は目を閉じ、深呼吸を一度。
(思い立って勢いで来たけど……)
 少しずつでも、向かい合わないといけない気はしている。
 本当は、凄く怖い。自信もない。けれど、H.O.P.E.にいる以上は。
(姉さんが、能力者だった時のこと……)
 覚悟を決めて、國光は報告書の一つに手を伸ばす――。


「雨の日に行った遠足を思い出すなぁ。恥ずかしいポエム大会を開催して先生に審査してもらったんだ!」
「元の世界でどんな学生生活を送ってたんだよ」
 報告書の閲覧スペースの程近く、資料室にて。不知火あけび(aa4519hero001)の言葉に、日暮仙寿(aa4519)は肩を竦めていた。
 さて賑やかにしているが、二人はジャスティン会長の手伝いとして資料探しをしているのである。どこだ、どこだ、あったあった――協力して見つけ出したそれを手に。
 ふと、最中だ。仙寿が資料の一つを開く。それは四国の事件に関するものだった。
「……、」
 真剣な横顔を、あけびは見やる。
(四国の事件を通じて、仙寿様は成長した気がする)
ただ敵を斬るだけでなく、刃を抜く意味と意義とを考えるようになった。その成長を嬉しく思う、と同時に少しだけ寂しくも思う。
(導いていると思ってたのに、いつか置いて行かれそう)
 小さく苦笑する。彼の横顔を、見守り続ける。
「……――」
 一方の仙寿は、資料の文字を目で追いながら……感染調査の際に、英雄にこぼした心中のことをふと思い出していた。

「……俺にも誰かを救えるのか?」
「できるよ! 仙寿様ならできる!」

 感染者を救えず、何度も敵にしてやられて。
 この手は何も救えない? 殺すことしかできないのか? そんな自問自答を繰り返して。
 ――その度、思い出すのはあけびの肯定で。

(四国は俺達H.O.P.E.が必ず救う。空海上人の遺志を継ぎ、四国を守ると約束した感染者の為にも。あけびがくれた言葉を嘘にしない為にも)
 資料を閉じて、深呼吸――そんな仙寿の様子にあけびが「仙寿様? どうしたの?」と首を傾げた。「なんでもない」と彼は薄く笑んでみせる。
「あけび、そういえば恥ずかしいポエムってどんなの書いたんだ? 中二か?」
「それは友達! 私はヤンデレイメージだったよ。恋愛はしてなかったけど」
「……したことないのか」
「初恋はお師匠様ってぐらい! か、な……」
 それまではからから笑っていたものの、尻すぼみになるあけびの言葉。逸らされる視線、不意な沈黙、なぜかの緊張。仙寿にもそれが伝染していた。
 お師匠様、というのは二人の共鳴姿であり、仙寿が成長した姿であるともいう。が。
(それだけじゃないような……)
 遠く聞こえる雨音に、少女は小さく息を吐いた。


「ふむ、こちらに在るようになってもう少しで二年ですか」
 手にした過去の報告書を開きつつ、その記録日に構築の魔女(aa0281hero001)はそう言った。場所はH.O.P.E.の食堂。持ち出し許可を得た報告書。辺是 落児(aa0281)と共に、二人の軌跡を辿るように読み始める。

 雨の日でも食堂は賑やかだ。そんな人々の声を背景に……。

 ふと、顔を上げた構築の魔女は、うつむき文字を読む落児を見やる。魔女の表情がほんのわずか、曖昧に変わった。
「ロロ……――」
 男が目線だけを魔女に向ける。
「死者の願いや想いとはいえ、すべて叶える必要はないのじゃないかしら?」
 魔女が言う。男は目を伏せ、沈黙するのみだった。

 とある物語。
 男には恋人がいた。
 恋人は男に「『普通』に生きて欲しい」と願い、この世を去った。
 それは男が恋人に願ったことと同じことで――けれどそれに男が気が付いたのは、魔女から気付かされたのは、もう魔女と契約し『普通』ではなくなっていた頃で。
 そして、男が『普通』の人生を共に歩みたいのは、亡くした恋人とだけだった……。

「……、ままならないものね」
 魔女の呟きは、喧騒に消えた。


「いよいよバーベキューだな! 楽しみだな、朝霞!」
 それは時を遡り今朝の出来事。光速で支度を済ませた春日部 伊奈(aa0476hero002)に、カーテンを開けて『現実』を突きつけたのは大宮 朝霞(aa0476)で。
「伊奈ちゃん、バーベキューは中止になったよ、雨が降ってるからね……」
「なん……だと!?」
 露骨にショックを受けた顔をする伊奈。
「それじゃハマグリは? カルビはどーなっちゃうんだ? 焼けないのか? 食べられないのか?」
「残念だけど……」
「えぇ~」
 ガーン。というわけで、あまりに伊奈が落ち込んでしまったものだから……朝霞はコンビニで焼き鳥にフライドチキン、それからコーラを購入して、H.O.P.E.東京海上支部の食堂へ。
「伊奈ちゃん、ほら、チキンだよ~」
「わ~い、チキンおいしいなー」
 棒読みである。せめてバーベキューをした気分に浸ろうと目論んでみたものの、これは、ちょっと……。
「……むなしい」
「むなしいな……」
 ハァ。溜息が二人分、重なった。
 と、そんな時である。
「おっ、あそこにも私達みたいなのがいるぜ? ちょっと声かけてこよ!」
「ちょっと伊奈ちゃん!」
 朝霞が止める暇もなく、パッと席を立ってしまう伊奈。英雄が向かった先には、退屈そうにハンバーグ定食を食べているヴィルヘルムが。
「よ~う、絶好の肉日和だな! よかったら一緒に食べようぜ?」
 そう笑いかけ、伊奈が差し出すのは焼き鳥だ。「肉だ!」とヴィルヘルムは嬉しそうにそれに食い付いてくる。「こんにちは、ヴィルヘルムさん」と後からやって来た朝霞が改めて挨拶を。
「今日はバーベキューできなくて残念でしたね」
「そうだよなー。ハマグリとか海老とか焼きたかったなー」
 二人の言葉に、ヴィルヘルムは焼き鳥を頬張りつつ「全くだ」と肩を竦め。
「チッ。せっかく肉食い放題だったのによー、雨ん中でもやればいいのに」
「あはは……。そうだ、会長さんやアマデウスさんは一緒じゃないんですか?」
 苦笑した朝霞が問えば、「仕事だってよ」とつまらなさそうに答えた。そんな彼(姿は彼女だが)の隣に、伊奈は座ると。
「もーしょーがねーよなー。ほら、ヴィルヘルムちゃんも一緒に飲もうぜ! カンパーイ」
 掲げるのはコーラだけども。
「おう、こんな時はパーッと飲むに限るぜ!」
 同じくヴィルヘルムが掲げたのも、コーラだけども。
「こんにちは。ここ、いいでしょうか?」
 そんな感じでヴィルヘルムと伊奈(と巻き込まれた朝霞)が杯(コーラだけど)を交わしていた時だ。横合いから穏やかな声。構築の魔女が微笑んでいる。
「おう来いよ来いよ。お前も焼き鳥食ってコーラ飲めよ」
 プシッとコーラ缶を開けて構築の魔女に手渡すヴィルヘルム。「どうも」と魔女は穏やかなまま、コーラの缶を受け取った。そのまま乾杯をしつつ、
「天気には勝てないものですけど……今日は雨で残念でしたね」
「そーだなー。まあ、こうやってボサーッと飯食ってコーラ飲むのも悪かねえかも」
 言葉終わりに、コーラをぐいーっとあおるヴィルヘルム。それに便乗するように、構築の魔女も甘い炭酸水を一口。
「そういえば、こちらの世界を楽しんでおられますか? ……まぁ、私も異邦人ですけれど」
「まーな! 今日をめいっぱい生きるのがこの俺様の生き様よ」
 得意気な笑みだ。と、そんな時である。遠くからヴィルヘルムを呼ぶ声――バーベキュー強行班からのお誘いだ。
「いってらっしゃい、楽しんでこられてくださいね」
 構築の魔女は笑顔を浮かべ、表情を輝かせたヴィルヘルムを見送ったのであった。

 どんな日でも、H.O.P.E.の支部は賑やかで――そして、忙しげな雰囲気で。

 H.O.P.E.会長、ジャスティン・バートレットが廊下を早足に進んでいた。
「……う。会長さん、とっても、お忙し、そう……」
 氷鏡 六花(aa4969)が、惑う様子で会長を遠巻きに窺っていた。
「だからこそ今、伝えに行かないと」
 その背をそっと押すのはアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)だ。英雄の言葉に、六花は意を決すると会長へと歩を進め始める――。

 ――庄戸ミチル。とあるフリーライターがキッカケに起きた一つの任務。六花は彼と約束をした。エージェントの懲罰規程の運用強化、各種指導研修の拡充。一つでも、一人でも、悲劇をなくす為に。
 支部の人間には全てを報告し、お願いもした。きっと会長の耳にも届いている、はず。けれど六花は直接、会長に伝えたかったのだ。今日なら会長に会えるかも、そう思って。

「あの、会長、さん……っ」
 多忙の彼を呼び止めることを、申し訳ないと思いつつ。勇気を振り絞って話しかければ、老紳士が振り返る。
「先日は……東京支部からの、異動を許可してくださって、ありがとう、ございました。今は、H.O.P.E.南極支部の所属になりました、氷鏡……です」
「六花君か、君の目覚ましい活躍は聞き及んでいるよ。こちらこそ、いつもH.O.P.E.の活動に協力してくれて本当にありがとう」
 忙しいだろうに――ジャスティンは足を止め、キチンと彼女へ向き、感謝をこめた優しい笑み。六花は少しホッとしつつ、「あのっ」と頭を下げつつ真っ直ぐ嘆願書を差し出した。少しでも迷惑にならないようにと、極力手短に要件をまとめたものだ。
「こ、この、手紙、後で……お時間の、ある時に……読んで、くださいっ」」
 顔は緊張で真っ赤、震える両手にはペンギン模様の可愛らしいお手紙が。

(なんだか……告白みたいね……)
 アルヴィナは「これも一つの経験」と六花を遠巻きから見守ることに努めていたが。流石にあの様子には、内心でツッコミを入れざるを得なかった。
 実際問題、会長はちょっとはにかみながら「大事に読むよ」とお手紙を受け取り、そして会議へ向かって入った。――なお、この会議こそが、六花の望んだ懲罰規定の見直しや指導強化に関するものだったのである。

 ――いきなり変わることは難しいが、少しずつでも変わっていくはず。

 一仕事を終えた六花は、アルヴィナと共に窓から外を眺めていた。
「この雨の音……ミチルさんも、どこかで……聴いてる……のかな」
「ええ、きっと。この空は、誰とでも繋がっているもの……」



●それでも我等は肉を食べたい:自然編
「雨が降っちゃってるね~」
「どうするか……」
 ハンズフリーの通話にて。葉月 桜(aa3674)の困った声に、ヘンリー・クラウン(aa0636)は窓を見やる。その傍らの片薙 蓮司(aa0636hero002)が仏頂面で言葉を続けた。
「バーベキュー……、雨ならできねえじゃん」
「梅雨だから仕方がないっすよ~」
 答えたのは五十嵐 渚(aa3674hero002)。ちょっと残念そうだ。

 能力者同士、英雄同士で付き合っているこの四人は、今日という日を楽しみにしていた。前日、四人仲良く念入りにバーベキューの用意をしていたほどだ。
「明日のバーベキュー楽しみだな」
「どこでやるんだったけ……」
 ヘンリーと蓮司がそう言えば、
「山間の、川沿いだって!」
「お肉いっぱい食べたいっすね~」
 桜と渚がそう答え。そんな感じに、嬉しく楽しくしていたものの……。

 それでも、やるけどね。バーベキュー。

 ヘンリーと桜の声が重なった。
「え、やるのかよ。雨だぜ? 雨でもやるのか?」
 ハモる二人をよそに、目を見開く蓮司。
「そーだ! 森でバーベキューすればいいんすよ! 木が天然の屋根になってくれるっす!」
 渚までノリノリで、能力者達は「確かに」と頷きながら早速、場所決めを話し合い始めて――蓮司は、呆気に取られていたのであった。

 で、雨の森に到着したわけでして。

「じゃ、よさげな場所を探してくるっす!」
「おたくらはのんびりしてて」
 敬礼する渚、手をヒラヒラ振る蓮司が、森の中へと消えていく。その足取りがどこか楽しげなのは、二人きりで冒険という状況ゆえか。
「桜、寒くない?」
「ううん、へーき」
 そっと桜の肩を抱き寄せたヘンリーに、桜は頬を名前の色に染めてはにかんだ。二人きり。優しい雨の音と、愛しい人の息遣いだけが聞こえる世界――。

「「おーい」」

 英雄二人の声が森の奥から聞こえたのは程なく。能力者二人が向かってみれば、なるほど木が密集して上手く濡れない場所ではないか。が、肝心の英雄達がいない。しばし待ってみたものの……「ぐう」と桜のお腹が鳴って。
「じゅ、準備だけでもしよっか!」
「ん、りょーかいりょーかい」
 恥ずかしさをごまかすように提案する桜、それに苦笑するヘンリーであった。
「……ヘンリー、さっきの……聞こえた?」
 炭に火を起こす為のうちわをパタパタさせながら、ポツッと呟く桜。するとヘンリーは確信犯的な笑みを浮かべて、恋人へと振り返る。
「ん~? 聞こえたって、なにが?」
「もう! イジワル! なんでもないもん!」

 一方その頃。
「あー、迷った」
「迷ったっすね……」
 蓮司と渚の声が重なる。もっとバーベキューに適した場所はないか探検していたものの……。
「……はぐれんなよ」
 おもむろに、蓮司が渚の手を握った。照れ臭そうにしている。
「はーい。じゃ、先導お願いっす」
 すると渚が腕を組み、体を密着させた。引っ付いた場所は熱いほど。どくどく、互いの心音まで聞こえてきてしまいそうで。
「……なんか今日は素直じゃん」
「気のせいっすよ、気のせい。……んふ」
「そ」

 そんな、甘酸っぱい雰囲気で。
 漂ってくるバーベキューの香りを頼りに、英雄はなんとか能力者のもとに戻ってくる。
 ……バーベキューの香りにつられたのか、野良猫やらなんやら動物を引き連れて。
「ちょ、」
 その光景に、ヘンリーと桜が「どういうこと!?」とお腹を抱えて笑ったのは言うまでもない。

 雨は降り続く。
 優しく優しく振り続ける。
 時折、葉っぱから落ちた雫が身を濡らすけれど。
 火を囲んで、お肉を焼いて、和気藹々。
 心もお腹も満ちるひととき。

 恋人達は寄り添い合って、温かくて幸せな時間を過ごしたのでした。めでたしめでたし。



●それでも我等は肉を食べたい:支部編

「雨だって人が集まればできる!」

 その日も雨だった。けれどエージェントの「バーベキューをしたい」という熱意は凄まじく、皆月 若葉(aa0778)は堂々と言ってのける。
「……集まるか?」
 首を捻るラドシアス(aa0778hero001)だったが。
「ふっ……雨がなんだ! 雨ぐらいで俺ちゃんを止められるワケないだろ!」
 ここに賛同者その一、虎噛 千颯(aa0123)が意気揚々と現れる。
「千颯、落ち着くでござる。ばーべきょーというのは、後日やるとのお達しがあったでござろう」
 とはいえ傍らの白虎丸(aa0123hero001)はいさめるように物申す、が、「うるせー!!」と千颯は勢いよく振り返り。
「俺ちゃんは今日の日の為に肉を……肉を一週間も抜いて来たんだぜ! 肉食わせろー!」
 彼のその気持ちは、ウィリディス(aa0873hero002)も同感だった。そう、朝、窓の向こうの雨を見て、ウィリディスは月鏡 由利菜(aa0873)へこう言ったのだ。
「みんなでバーベキュー、楽しみだったのに! ……ユリナ、バーベキューしたい人達と連絡取って今日一緒に行こう!」
「……ゆっくり異世界の研究書を読みたかったけど、リディスの頼みなら……」
 と、肩を竦める由利菜も伴い、雨のバーベキューに馳せ参じたワケである。
「え! 皆バーベキューやるの!? 僕もやる!」
 そんな賑やかさに誘われたようで、犬耳をピンと立てたルー・マクシー(aa3681hero001)もそこに加わった。傍ら、相棒のテジュ・シングレット(aa3681)は雨とルーを見て、頷いて一言。
「……やるか。彼らが、楽しそうだからな」
「皆で何かするのが、醍醐味だよね!」
 ウンウンとルーが頷く。「それに……」と見やるのは、麻端 和頼(aa3646)の横顔だ。
(なんか変……だよね。得ダネは逃さないんだから!)
 と、彼女はカメラをコッソリ用意するのだった。ちなみに華留 希(aa3646hero001)から貰ったものである。
「あいつ、そわそわしてるっていうか、上の空っていうか……絶対なにかあるっ!」
「そっとしておいてやるのも、必要と思うが……」
 また英雄の悪癖が、と思いつつ、呟くテジュだった。

 人は続々と集う。五十嵐 七海(aa3694)とジェフ 立川(aa3694hero001)、それからヴィルヘルムにオペレーターの綾羽 瑠歌も。会長とアマデウスも、仕事の合間に顔を出してくれるとのことだ。

「ごきげんよう、皆様」
「みんな、カリメラー!」
 ニコヤカに、そして参加者一人ずつに挨拶を交わす由利菜とウィリディス。二人はビーチパラソル「マダム・バタフライ」の下にいる。
 そんな彼女達のいる現場は、H.O.P.E.東京海上支部。
「会場? そんなの俺ちゃん達がいる場所が会場だ! H.O.P.E支部! H.O.P.E支部があるじゃないか! 完全に盲点だった! そう会場ならH.O.P.E東京支部を借りればいい!」
 そう、千颯が声を張った通り。駐車場でもなんでも空いているところはあるはず――というわけで若葉が交渉してみたところ、だだっ広い演習用野外グラウンドを使ってよいとお達しを得た。(倉庫やらはちょっと火気厳禁でお願いしたいのと煙の臭いが付くのはカンベンして欲しいだので断られてしまった)
 その代わり、イベント用のテントやらは貸し出してくれたので完全に雨の中でズブヌレ状態ではなくなった――かと思ったか。テント設営するまでは風雨に晒されるよね! まあ、テント設営は和頼、若葉組、ジェフ、テジュの男衆が水も滴るイイ男になりながらやってくれたが。

「肉だ! 肉を食わせろ! 今日バーベキューをすることに意義がある! そう肉が食いたい!」
 そこへダッシュで戻ってきたのは、白虎丸と共に両手にたっぷり食材(九割肉)を買って持ってきた千颯だ。
「さあバーベキューだ! レッツバーベキューだ! やったね母さん! 今日のお昼はバーベキューだよ! 東京支部なら誰が来ても安心だね! 誰が来てももう肉るもんね! バーベっちゃおうぜー!!」
 肉を食べた過ぎて若干、千颯の目がイッてしまっている。
「ばー……ばーべきゅーとは此処まで人を狂わせるものでござったか……いや千颯はいつも通りでござるが」
 白虎丸はただただ相棒の熱気に圧倒されている。「その手は傘を差す為ではなく肉を運ぶ為にある」だのなんだの言われて、雨の中、傘も差さずに買い出しに行って、もう全身ビッショリだ。ただ顔と尻尾のモフモフだけは「安心して欲しいでござる。ちゃんと防水仕様になっているでござるよ」とのことで、モフモフは死守されている。

 さて材料も揃えば早速バーベキューの始まりだ。

「和洋両方、作りますね。子供の頃から、両親が家を空けがちで自炊の機会は多くて」
 由利菜は日英ハーフ、料理の幅はとっても広い。飯ごうで米を炊きつつ、味噌汁、じゃがいものホイル焼きと、野菜系の料理をテキパキと作ってゆく。「手伝いますね」と瑠歌もそれに加わった。
「あたしは料理全然ダメ~…。アヤハネさんは料理する?」
 機材や食器の準備をしつつ、ウィリデイスがオペレーターに問うた。彼女は苦笑を浮かべると、
「一人暮らしが長いものですから……まあ、それなりに。けれど月鏡さんほどではありませんよ」
 見事なものです、と瑠歌が次々作られてゆく料理に賛美を送る。「そうでしょうか」と由利菜がはにかんだ。
「あたしも一人暮らししたら料理が上手くなるのかなー?」
 なんて。蒸らし中のティーポットを見守りつつ、ウィリディスは呟くのであった。

 肉焼きは千颯と白虎丸が主に請け負っていた。若葉がそれの手伝いをしている。特に若葉は肉焼きだけでなく、ありとあらゆる手伝いに会場を駆け回っていた。気付けばスタッフのようなポジションで、食べるのも後回し状態になっている。
「虎噛さん何飲みます?」
 最中、クーラーボックスを開けつつ若葉が問うた。
「肉!」
「えっ」
「肉!!」
 ギラついた目の返答。すかさず白虎丸が「千颯!」とフォローに入る。
「我が儘を言うのはやめるでござる! 皆月殿が困っているでござろう」
 ほら、と差し出す肉。「にぐー!」と一週間ぶりの肉にがっつく千颯。英雄はヤレヤレといった様子だ。
「……あ、俺は別に肉食というわけではないでござるよ?」
 と、白虎丸は由利菜特製のパエリアをモグモグしているのであった。
「月鏡さん達の料理も美味しそうだね!

 その様子に笑みを浮かべつつ、若葉は「焼きそばもできたよー!」と皆へ呼びかける。
「雨の日は鉄板シャブシャブ! 美味しく蒸しあがったのを皆で食べるよー」
 一方。誘ったヴィルヘルムの前で、七海が得意気に料理を披露している。
「蒸す時点で焼じゃないぞ……それと鉄板じゃなく網を使おう」
 そんな相棒をさり気なく(?)フォローするジェフである。彼は他にも料理の手伝いや配膳と急がしそうだ。
「料理手伝うね! 野菜も用意しないとね」
 ルーは楽しげに、両手にニンジンを持ってはしゃいでいる。

 まあ何はともあれ。

 若葉はプシッとビール缶を開封する。片手に肉串、片手にビール、最強の布陣。
「それじゃ、かんぱーい!」
「乾杯」
 ラドシアスも同様にビール缶を掲げる、が。
「……と、お前はこれだ。来年まで我慢しろ」
 さっ、と若葉の持つ缶をお茶缶とすり替えてしまう。「ばれたか」と、まだ少年である彼はぐぬと歯噛みするのであった。
「口に合うか分からんが、チーズフォンデュも作った」
 そんな若葉の気を紛らわせるかのように、「食べろ」とラドシアスが飯ごうで作ったチーズフォンデュを勧めるのだ。

「ベルカナで教わりまして。出発まで時間があったので、家で作ってきました」
 由利菜は仲間達へ、見た目も可愛らしいレモンケーキを配ってゆく。
「素敵……!」
 瑠歌はそれに目を輝かせ、ヴィルヘルムは肉の合間にそれをペロッと平らげてしまうのだ。
「うん! おいしいよ!」
 同じく、ウィリディスもほっぺをいっぱいにレモンケーキを頬張っている。由利菜はクスリと微笑んだ。
「リディス、おかわりはまだあるから……喉を詰まらせないよう、ゆっくり食べてちょうだいね……」

 雨の中の酔狂な宴は続く――まもなく会長も第一英雄と共にやってきて、一同へ笑みを向けた。肉の焼けるいいにおいと、数々の手の込んだ料理と。雨音の中、こんな一時も悪くない。

「ほーら、美味しそうデショ?」
 希は自由気ままなもので、肉焼き真っ只中で手が離せないテジュに肉を差し出す。本来はタープを支える予定だったがH.O.P.E.からテントを貸してもらったので……ハンズフリーになるかと思ったけれど、結局なんのかんの忙しくなっている状況。
「お、希……すまないな」
 彼は口を開けてありがたく頂戴しようとする、が、希はそれを自分の口の中へ。もぐもぐごっくん。テジュは渋い顔を浮かべる。
「希……頼む、食べさせてくれ」
「どうしようかなー」
 イタズラっぽい笑みを浮かべるも、今度はちゃんと食べさせてくれる希。「ありがとう」とテジュはジューシーな肉を噛み締める。
「酒も取ってくれないか?」
 モグモグしながら見やる先にはジェフだ。「はいよ」と彼は酒瓶を開ける。杯に注げば、乾杯だ。
「お疲れ様だよ」
 そこへ七海が顔を出し、「はい、アーン」と二人に肉を食べさせてあげながら「後で交代するね」と言う、が、
「俺は良いから和頼と過ごせ。……気負わず、ゆっくり進めば良いさ」
 ボソッと呟いたジェフの言葉。一瞬、七海は視線を惑わせる。
 そんな時だった。「ちょっといいか」と言わんばかりの和頼の視線が、七海を呼び出したのは。

「……土産だ。お前に似てねえか?」
 ぼふ。二人きりになった直後、振り返った和頼がぬいぐるみを七海の顔面へと投げ寄越した。
「わぶ。……えー」
 それを両手で受け止めた彼女は、なんともいえない笑みを浮かべた。談笑、なんて雰囲気も作りにくくて――妙なものだ、久々に会えて嬉しいハズなのに――雨音だけがもどかしく沈黙に色を添えていて……。
「俺みたいな半端者は、お前にふさわしくない……だから、諦めようと思った……」
 不意に切り出したのは和頼だった。
「が、ずっと後悔していた。なんで“忘れてくれ”なんて言ったんだ……と。……けど、あの時、お前は“嫌だ、待つ”と言ってくれた。それがまだ有効なら……」
 ひとつひとつ、声音は真剣――二人の関係は一度、別れというハサミで断ち切られた筈だった。
 けれど。

「……好きだ……! 俺だけの七海にしたい、誰にも渡したくねえ……!」

 意を決して、彼が差し出すのは赤いバラの花束。もう一度、その手を掴んでいいだろうか。差し出されたそれに、七海は――呆然と、言葉を失っていた。
 雨が降る。また沈黙だ。遠くで仲間達の賑やかな声が別世界めいて聞こえてくる。
「あ、あの……」
 ぬいぐるみを抱きしめて、彼女はうつむく。
「……私ね。自分から待つと言ったのに……何度も不安で自信がなくなって……その度にルーに元気づけられて……本当の意味で待ってなかったかも」
 それでも良い? 顔を上げた、彼女の顔は――嬉しくて嬉しくてどうしようもなくて、今にも泣き出してしまいそうで。泣き顔なんて見せたくなくて、七海はバラの花に顔を埋める。
「……当たり前だ」
 和頼の声は優しくて。逞しい両腕が、彼からすればずいぶん小柄な彼女をそっと抱きしめる。
「愛してる……俺の傍にいてくれ……」
「一気に進み過ぎだよ……もしかして和頼も不安だった?」
 涙声を誤魔化すように、七海はおどけるように笑ってみせる。和頼は苦笑を浮かべ、頷いた。
「ああ……忘れられてるんじゃないかと、不安だった……」
「……同じだね」
「同じだな」
「……。ねえ、あのね……」
「なんだ?」
「好き……」
 胸に抱かれ。心音を聞いて。温かくて。優しくて。消えそうな声で、七海は呟いた。
 和頼は微笑む。愛しくて大切な、世界でただ一人のひと。もう二度と離しはしない――そう伝えるかのように、彼女をしっかと抱きしめ直すのだった。

「和頼達がいない? ……すぐ戻ってくる」
 オペレーターの問いに、テジュは苦笑と共にそう答えた。と、そこへ『しばらくどこかに行っていた』ルーが現れて、彼の皿に焼けた肉を盛り付けていく。
「ジェフ! お肉焼けたよ! あ~ん! 美味しい?」
「ん。……楽しそうで何よりだが……葉っぱがついてるぞ」
 差し出された肉を頬張りつつ。随分とご機嫌なルーにテジュは笑みを浮かべ、その髪についた葉っぱを取ってあげたのだった。
「くぅ~いい絵も取れて、お肉も美味し―! あ! お皿洗うね! こっちのお皿綺麗だから使えるよ~」
 そんなルーは超が付くほどのご機嫌だ。それもそのハズ、こっそり和頼にデスマークを付与して追跡し、草むらに隠れ、一部始終をバッチリ撮影したのだから。
 さて、幸せな友人が戻ってきたのは間もなくだ。出迎えるルーの手には、特盛り肉。ドンと二人の前に置いて――「おしあわせに」。口の動きと、ウインクを。

 雨は続く――明日も雨かもしれない。
 楽しい時間はあっというま。片付けに掃除も全て済ませた若葉はようやっと一段落だ。ラドシアスが片付けを楽にする為に、宴中もさりげなく片付けを進めていてくれたので随分と手際よく終わったものだ。
「雨でも楽しかったよ」
 真っ白い雲に覆われた空を見上げ、若葉が言う。
「……悪くはなかったか」
 同じ空を見、ラドシアスも呟くのだった。
「若葉さん、ラドさん、今回の発案ありがとうございました」
 そんな二人を労うのは、温かい紅茶を差し出す由利菜だ。
「みんな、またお話ししようね!」
 ウィリディスも晴れの日のように微笑んで、「今日は本当に楽しかったね」と締め括るのだ。

「くしゅっ」
 なんのかんの、濡れた者もいる。ルーがその一人で、クシャミをした彼女にテジュは――彼もまたテント設営で濡れている――肩を竦めて笑った。

「帰ったら風呂だな」



『了』

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 生満ちる朝日を臨む
    真昼・O・ノッテaa0061hero002
    英雄|10才|女性|カオ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 私ってばちょ~イケてる!?
    春日部 伊奈aa0476hero002
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • エージェント
    ヰ鶴 文aa0626hero002
    英雄|20才|男性|カオ
  • 戦うパティシエ
    ヘンリー・クラウンaa0636
    機械|22才|男性|攻撃
  • ベストキッチンスタッフ
    片薙 蓮司aa0636hero002
    英雄|25才|男性|カオ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 友とのひと時
    片薙 渚aa3674hero002
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 今から先へ
    レイラ クロスロードaa4236
    人間|14才|女性|攻撃
  • 先から今へ
    N.N.aa4236hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • これからも、ずっと
    フラン・アイナットaa4719
    人間|22才|男性|命中
  • これからも、ずっと
    フルム・レベントaa4719hero001
    英雄|16才|女性|カオ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃
  • 共に進む永久の契り
    CODENAME-Saa5043hero001
    英雄|15才|女性|バト
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