本部

歪んだライヴスはどんな味

山川山名

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 6~9人
英雄
9人 / 0~9人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/17 20:11

掲示板

オープニング


 さあ、それでは始めましょう。今日も明日と変わらない、狂った遊戯の幕を開けましょう。
 これは私のクライアントを愉しませるための遊戯。どうか存分に、踊ってくださいませ。
 ……私がどこにいるのかって? ふふ、さて、どこでしょうね?


 これはゲームなんですよ、とその男は言った。高級ブランドの服飾品をごてごてと身につけた嫌味ったらしい奴だった。
「皆さんに行っていただくゲームは至極単純です。十四日の間、毎日ひとつ課題に挑戦してもらいます。それは皆さん全員で協力していただくものもあれば、個人で取り組むものもあります。最後までゲームをクリアしていただければ、お約束した報酬を皆さん全員にお支払いいたしますよ」
 広い屋敷の広間に集められたのは、説明する男を除いて十五人。男が七人、女が八人だった。誰も彼も説明役以外は安物の服ばかりを着ていて、笑顔のまま言葉を紡ぐ男とは対照的に彼らは口も開かず男を睨みつけていた。
「ゲームの内容は当日になるまで公開することはできません。あくまで平等な状態で、挑戦していただきます。えー、それではこちらからの説明は以上になります。何かご質問等はございますでしょうか?」
「本当に、そんな簡単なことであの金額を全部もらえるんだろうな?」
 そう問うたのは、高給そうなソファにどっかりと座った大柄な男だった。服の下からでもわかる筋肉の分厚さと目つきの鋭さは、心臓が弱いものが見れば卒倒してしまうような威容を誇っていた。
「俺は、いや、俺たちはみんなあの報酬目当てでやってきたんだ。てっきり何か重労働をさせられるかと思えば、言い渡されたのはただゲームをやることだけ。本当にそんなことで報酬を満額支払ってもらえるんだろうな? 最後まで残った連中で山分け、なんて言ったらどうなるかわかってんだろうな」
 もともと強面なうえに瞳がぎらついているので、飢えた肉食獣のような風貌となっている。だが男はまるで気にせずにその視線を受け流した。
「もちろん、満額、その場で現金でお渡しいたします。そうでなければ意味がないでしょうから」
 この場に集まった者たちの中には諸般の理由で口座が凍結されているものも少なくない。それらに配慮した――話し方のせいで神経を逆なでしたようにも聞こえたが――言葉だった。
「よろしいですか?」
「……ああ」
「結構。それではさっそく最初のゲームを開始いたしましょう! どうか皆様、最後まで気を抜かずにご健闘ください!」
 その日のゲームはツイスターだった。指示に合わせて指定された色に足や腕を乗せていくこのゲームで、肥え太った不健康そうな男が一人クリアできなかった。
 するとその男は先ほどの説明役とともにどこかへと消えていった。
 ライバルが早くも一人減ったことで参加者は喜んだ。心配する者など、当然いるわけがなかった。

 一夜明け、再び参加者が広間に集められた。だが、いつまでたってもあの太った男が現れない。もうすでに外へ帰されたのだろうか、と誰もが何となく想像していたところに説明役がわざとらしく手を叩いていった。
「ああ、そうそう。昨日ゲームに失敗されたあの方ですが。あの後丁寧に解体して臓器をしかるべきところへ売却いたしましたので。どれだけ待ってもあの方はこられませんでした。いや失敬、私としたことが、皆様にお伝えし忘れておりました」
 電球が切れていたから買ってきた、ぐらいの口調で言ってのけたので、最初は誰も言葉の意味を理解できなかった。
 が、やがて言葉を飲み込んだあの筋肉質の男が声を荒らげる。
「な、お前、今なんて言った!? 臓器を売った、って言ったのか!?」
「はい、そうですが?」
「そうですが、じゃねえよ! そんなことをあのデブが許可したのか!? 一体何の力があってそんなことできんだ!」
「何の力も何も、これは私のクライアントの指示ですので」
 男は胸に手を当て、苦しそうな表情を見せていった。
「私はあくまでクライアントの代理でここにいるにすぎません。私がどれだけ抗おうとしても、かの方のお力は絶対です。なので臓器を売ってしまうのも仕方のない事なのですよ」
 ゲームをクリアできなければ、殺される。
 その事実が、参加者の心を押しつぶした。
 男はうつむく参加者をぐるりと見渡すと、満足げにうなずいてから言った。
「それでは、今日のゲームをご紹介します。このゲームは皆様が協力して行うものですので……どうか、頑張ってくださいね?」

 そして、十日後。
 あの筋肉質の男が、人も太陽も寝静まった真夜中に屋敷からの脱走を果たした。
 すでにあの屋敷には、自分を含めて参加者は四人しかいなかった。
 いいや、もう三人になっていたか?
 それを判断する心さえ、男は持ち合わせてはいなかった。
 持ち合わせ、られなかった。


「十数年前、とある大富豪が金に困った連中を集めて殺し合いをさせた。最後の一人になれば莫大な報酬を与える、とそそのかしてな。結局それは内部告発者のおかげで最後の一人になる前に摘発できたんだが、今同じ奴が狂ったゲームをしているという情報が入った。
 場所は山奥にある奴の屋敷。今度は殺し合いではなくゲームらしいが、クリアできなければそいつの臓器を取り出して売っているらしい。立派な犯罪行為だが、事はそれだけにとどまらん。そのゲームに愚神が一枚噛んでいるらしい、と解析部から報告が上がった。おそらく内部告発者の話にあった『説明役』と推定される。
 内部告発者は、死んだ。ここにきて、情報を伝えた後眠るように息を引き取った。心身ともに疲弊していたことがよくわかったよ。
 我々H.O.P.E.は、この大富豪を摘発対象に指定した。君たちにはこの大富豪の逮捕と、関連性が疑われる愚神の撃滅を依頼したい。
 敵性呼称名は『ブックメーカー』。健闘を祈る」


「――ということで、すでにネズミは逃がしておきました。いずれH.O.P.E.がここに攻め込んでくるでしょう」

「いえ。貴方がご心配なさることはありません。私が、すべて、何とかして見せますよ」

「……ですが、その前に貴方がお亡くなりあそばされた場合は、どうする事も出来ないのですが。ふふ」

解説

目的:大富豪の逮捕、並びにデクリオ級愚神『ブックメーカー』の撃破

登場人物
 『ブックメーカー』
・デクリオ級愚神。大富豪の屋敷で存在が確認された。大富豪が主催するゲームでの説明役を務めている。
・この愚神が大富豪よりも現場の情報を知りえている可能性が高い。他の参加者がどこにいるか、大富豪はどこにいるかなど、聞き出せる情報は多い。
・屋敷の土地勘に優れているため、戦闘では苦戦を強いられると思われる。
・以下、戦闘データを記す。

 コギト・エルゴ・スム
・相手に直接触れることで体内のライヴスをかき乱す。BS封印を付与。

 タブラ・ラサ
・空間全体のライヴスを取り込み、一時的にゼロにする。空間内の対象に中ダメージ。

 エッセ・エスト・ペルキピ
・対象に接触し、内臓に直接刺激を送り込む。大ダメージとBS減退(2)付与。

 大富豪
・数年前にも同様の犯罪を犯した老人。出所後、自身の屋敷でこのゲームを主催した。
・この老人が持ちうる情報は他の犯罪を解決する重要な証拠と成り得るため、彼が持つ書類などはすべて押収することを要請する。
・老人が愚神とのパイプを持っているとは過去確認されていないため、『ブックメーカー』から老人へアクセスしたと推定されるが、詳細は定かでない。
(PL情報:すでに干からびて死んでいる)

 参加者
・大富豪が主催するゲームに参加した人々。金銭的な問題を抱えた者ばかりである。
・現在屋敷にいるのはおそらく三人。彼らは老人や『ブックメーカー』の被害者であるため、保護を求める。最終的なメンタルケアはH.O.P.E.で行うが、可能なら一時的な処置を依頼したい。

屋敷
・大富豪の屋敷。とても広い。プリセンサーの報告では『ブックメーカー』、参加者三人はともに二階大広間にいると確認。大富豪の居場所は不明。
・大広間へは正面玄関を入ってすぐの階段を上がれば辿り着ける。
・周囲は深い森に囲まれ、家屋はない。時間帯は早朝である。

リプレイ


 大富豪が住まうはずの豪邸は、不気味なほど静まり返っていた。
「『説明役』と呼ばれる高級ブランドの服飾品で着飾った奴が、討伐対象の愚神ね。他の参加者はみんな安物の服装らしいから、見たらわかるかな?」
『そうだな。内部告発者の言葉が正しければ……だが』
「何よニック。気になることでもあるの?」
 空の段ボールを台車に載せて押していた大宮 朝霞(aa0476)がニクノイーサ(aa0476hero001)に片目を上げて問う。
『いや、確信があるわけじゃない。ただ、以前にも内部告発で摘発された大富豪とやらが、また同じミスをやらかしているのが……な』
「罠だって言いたいの?」
『どうかな。まあ、依頼を受けたからにはどのみち行かなきゃならんだろう』
 紫 征四郎(aa0076)はすでに共鳴済みの状態となり、細い腕を胸の前で組んでいた。眉間にしわが寄り、唸るように言った。
「しっくりきません。一般人を取り逃がすような愚神には、到底思えない」
『罠かもしれんな。……戦場ではなくゲーム、か』
 ユエリャン・李(aa0076hero002)が言葉を継ぐ。実際に、今回の敵は内部告発があるまでその狂気を外部に漏らすことが一切なかった。それを踏まえれば、こうして情報の提供が命がけであったとはいえ存在することが不自然に思えてくる。
「ゲームってなら何か用意されてそうだな~」
『そうは言っても行かなければならないでござる!』
 虎噛 千颯(aa0123)の含みを持たせた言葉に白虎丸(aa0123hero001)が真面目一辺倒に応じる。千颯はそんな相棒を楽しげに見やってから、
「参加者がまだ残ってるってことは、絶対にクリアできない内容じゃない。けれど脱落者が出る程度のものだと思うんだぜ。ただ本当にクリアさせるかといえば」
「ありえない、ですか」
 ナイチンゲール(aa4840)のおずおずとした声に千颯が頷く。
「次が最後のゲーム、とか言って無理難題吹っ掛けてる可能性が高いかもだ。そうしたら、参加者たちがどんな状態なのかわからないんだぜ」
『このゲームとやら、おそらく想定外の出来事さえ織り込み済みなのだろうな。私たちがここに来ることすら』
「たとえそうでも……目的に忠実な限りきっと大丈夫」
 墓場鳥(aa4840hero001)は豪邸を見つめて呟くナイチンゲールをじっと見つめた。彼女の決意は、何よりもその相棒がよくわかっている。
 豪邸そのものが旅人を襲う魔物と化したかのように悠然とそびえている。朝日を浴びる白い壁はどす黒い何かを無理やり誤魔化したかのようだ。


 豪邸に突入したエージェントたちは、即座に二手に分かれた。一方は『ブックメーカー』や参加者たちのいる二階大広間へと階段を駆け上がり、もう一方は右手へと進み、一階から豪邸内の調査を開始した。
 大広間へは拍子抜けするほど何事もなく突入できた。道にトラップが仕掛けられていることもなく、むしろ来るもの拒まずといった雰囲気だ。
 彼らの前には、数人で使うには広すぎるほどの空間。高級そうなソファや長机、調度品らはすべて壁際に寄せられていた。
 そこにいた四人の見分けはすぐについた。薄汚れた服を着た男性が二人、女性が一人。各々手には鉄パイプや包丁を手にしていて、鉄パイプはすでに先端が赤黒く染まっている。
 そして、その後ろ。明らかに大量生産品でないスーツに指や首にいくつも指輪とネックレスを下げて邪気のない笑みを浮かべる男。
「これはこれは。ようやくご到着なされたのですか、案外に遅かったですね」
 人を食ったような笑顔。朝霞は『ブックメーカー』を見つけると隣のニクノイーサに言った。
「見つけた! ニック、変身(共鳴)よ!」
『やれやれ。手早く頼む』
「もっとやる気を出してよ! 変身、ミラクル☆トランスフォーム!」
 決めポーズまで取りながら共鳴を完了させた朝霞は、参加者たちに叫んだ。
「私たちはH.O.P.E.です! 助けに来ました! 皆さんは下がっていてください!」
 だが、彼らはその場を動かない。どころかその目はますます敵対心と焦燥に燃え、呼吸が荒くなったせいか得物が小刻みにぶるぶると震えはじめた。ナイチンゲールが再度呼び掛ける。
「ゲームはもうおしまい。逃げて!」
「だ、だ、誰がそんな手に乗るか!」
 鉄パイプを持った男がしどろもどろになりながらも言った。『ブックメーカー』の笑みが深まる。
「こ、こいつを、捕まえる気なんだろう!? そんなことさせるか! 俺たちは、俺は、ここまで来て諦めるわけにいかねえんだ。ここまで来たらなにがなんでも金を手に入れてここから帰ってやる!」
「あんたたちに私たちの邪魔なんてさせないわよ!」
「これが最後のゲームなんだ、私たちがこの説明役を守りきれば私たちはゲームに勝てるんだ!」
 口々にわめき、嘆き、罵倒する声の嵐。千颯が豪邸に向かう際に推測していたことが現実になった。参加者はいいように利用され、エージェントに対する壁にさせられていた。
 狐杜(aa4909)はそれらをあえて無視し、軽い調子で言った。
「やあ、きみが説明役かな? 今動けるのはここにいる全員でよいのかな?」
「どうでしょう」
「他の人達はどこ?」
「さて。それも私の管轄ではありません故」
 白々しい返答。朝霞の手が痛々しいまでに強く握られる。
 それほどに、目の前のこの愚神は人間というものを軽んじすぎていた。替えの効く駒か、餌程度にしか見ていない。ナイチンゲールが続けて質問した。
「貴方のクライアントはどこ?」
「お教えすると思いますか? 顧客の情報を簡単に渡すようではビジネスマン失格です。そうですね。彼らと一緒に私のゲームに参加していただき、勝ち抜けばお教えいたしますよ」
 『ブックメーカー』は参加者たちのすぐ前まで歩を進め、笑みを崩さぬまま両手を広げた。胡散臭いその仕草に、ナイチンゲールが首を振ることはない。
「やだ。勝ち残ってお金を手に入れたって、生きて帰れる保証はないもの。そうでしょ? 『ブックメーカー』……いいえ、グルメ気取りの『ピッキーイーター』さん」
 愚神の口の端が彼の意思とは関係なしに痙攣する。共鳴することなくここに辿り着いた木霊・C・リュカ(aa0068)は、赤い瞳を静かに向けて、
「いいね、賭け事。お兄さんも嫌いじゃないよ」
 『ブックメーカー』の表情が明確に緩む。大宮が色めいて彼に詰め寄った。
「リュカさん、何言って――」
「大丈夫。……ところでさ、料理とか食事好き?」
「並み程度には」
「そう。作る過程も楽しいって人、いるもんね。――ねえ、絶望やら悲哀やらでぐったぐたに煮込まれたライヴス、美味しかった?」
 生物であればなんであれライヴスは保有しているし、血液のように生命を支える。
 では、血液に砂糖を無理やり流し込まれたらどうなるか。人間はおそらく死ぬかもしれない。だが甘ったるい血液を好むようなバケモノはそんなことをいちいち気にするだろうか。
 『ブックメーカー』が一瞬無表情になり、やがて水あめを引き延ばすように口元を割いたのがすべての答えだった。
「勿論。新鮮で、甘美で、強烈。これほどまでに濃密なライヴスを得られたことはありません。楽園とはここのことだと錯覚するほどに」
 もはや言葉は必要なかった。共鳴を完了させると、凛道(aa0068hero002)は麻袋の中に手を突っ込んだ。
『罪には罰を、正義の刃を』
 霊石と穀物がばらまかれる。それらは寄り集まって尾先と足元に炎を持つ黒猫を形どり、愚神めがけて襲いかかった。なーお、という鳴き声とともに愚神の右腕に火がつく。
「こいつを守れ!」
「あいつらを倒せ!」
 誰に命令されたわけでもないはずなのに愚神を守るために武器を構える参加者たちを、八朔 カゲリ(aa0098)は何の興味もないかのように見やってから右腕につけられた銀の腕輪をかざした。
『やれやれ。覚者、油断はするでないぞ』
「そこを、退け」
 ナラカ(aa0098hero001)の言葉に応じるように冷気をまとう狼が腕輪の中から現れ、跳躍する。『ブックメーカー』はむしろ好機とばかりに進んで右腕を差し出した。
 右腕が凍りつく。無理やりに炎を鎮めると、何事もなかったかのように彼は言った。
「すでにこの中に入ってしまった以上、もう私からは逃げられません。私を倒すか、皆様方が倒れるか。もしも私を倒せたのなら、すべてお話いたしましょう」
 『ブックメーカー』は息を吐き出すと、思いっきり空気を吸い込んだ。
 その瞬間、ぞんっ!! という音とともに、大広間のライヴスが一瞬で枯渇した。真空状態に近い状態で、まず参加者が白目をむいてばたばたと倒れた。エージェントたちは倒れることはなくとも多くが膝をつき、全力疾走直後のように息が荒くなる。
 だが、カゲリと狐杜は傷を負いながらも互いの顔を見合わせていった。
「見えたかね?」
「ああ。次は回避できる」
 立ち上がった朝霞はレインメーカーを構え、『ブックメーカー』めがけて疾駆した。
『朝霞、ココは俺たちにはアウェイだ。油断するなよ』
「分かってる!」
 身の丈をはるかに上回るそれをバトンのように振り回し、ハートマークをまき散らして『ブックメーカー』をその場に押しとどめる。愚神がそれを回避し続けている間に、朝霞が背後に向かって叫んだ。
「参加された方をお願いします! 私たちが押さえ込んでいる間に!」
「サンキュ、朝霞ちゃん!」
 千颯とナイチンゲールが倒れ伏す参加者に駆け寄り、その体を抱え上げる。大人であるにはあまりにも軽すぎた。
「もう大丈夫だ。俺ちゃんたちが守ってやるよ!」
『この身にかけても護るでござるよ』
「……許さない」
 大方最後に残った人のライヴスが目当てだと思っていた。
 だがそれは違った。『ブックメーカー』は最初から参加者全員のライヴスを絞り上げていた。その為に大富豪に「寄生」していた。
 ナイチンゲールたちは最後に『ブックメーカー』を一瞥すると、大広間の扉を蹴破って飛び出していった。
 『ブックメーカー』を嘲るかのように狐杜が毒々しい髪染めをぶっかけた。
「そんな身なりではもう参加者と見分けがつかんからね。目印にはちょうどいいだろう?」
「……は」
 あちこちが破けたスーツと地面に滴り落ちる髪染めを交互に見て、愚神はただ肩を揺らした。笑みの質が、明確に変わる。
「いいでしょう。これもまたゲーム。であれば皆様は存分に踊りあかすが務め。私はただそれを演出するのみでございます」
 『ブックメーカー』はただ指をパチンと鳴らして、
「どうか、心行くまでお楽しみください。私にその力強いライヴスを渡しながら」
 直後、大広間の床が冗談みたいに抜け落ち、エージェントたちは一階に叩き落とされた。

 大広間で交戦していたころ、耳に装着している通信機から大広間の会話の内容を聞き取りながらシェルリア(aa5139)が不思議そうに言った。
「ところで、グライヴァーはなぜ大富豪さんを選んだのデショー?」
『お金じゃなーい?』
 肉体の主導権を握るイオ(aa5139hero001)が書斎の机の引き出しを開けながら言った。めぼしいものはとにかく朝霞が運んできた段ボールに詰めていく。
『あの内部告発した人が脱走したのだって気づいてないはずない。そのうえでわかりやすく大広間で待ち構えてた。何が目的かははっきりしないけど、作戦とか罠とか用意してるかもね』
 通信機が参加者の言葉を拾った廊下を歩きつつマッピングを行っていたレイ(aa0632)が無表情に言う。
「まったく愉快なゲーム、だな……」
『同感』
 彼らは書斎など分かりやすい場所にこだわらず、全体を見て捜索をしていた。ライヴスの流れをノクトヴィジョンで探り、マッピングした地図を屋敷の見取り図と見比べて改造の有無を確認していた。
『やっぱり俺たちもゲーム相手にされてたか。それに、参加者に何か吹き込んでる。腹立つぐらい嫌な予測が的中してるな』
「ああ。だがやることは変わらない。彼らの安全を第一に動く」
『分かってるよ』
 カール シェーンハイド(aa0632hero001)がゆったりと答えると、そばの扉が開け放たれた。中から出てきた征四郎が問うた。
「捜索はどうですか?」
「問題ない。そっちは」
「あまり情報は見つかりません。その代わり安全な部屋を確保できました」
 彼女が出てきた部屋の事らしい。元は居室の一つだったらしく、大きすぎるベッドやら何やらがそのまま保存されている。
「罠もありませんでしたし、扉も分厚いです。守るには最適ですよ」
 そのとき、入り口のほうから千颯の声がした。
「征四郎ちゃん! 何処かこの人たちを寝かせられる場所ある!?」
「トラガミ! こっちです!」
 千颯とナイチンゲールは部屋に転がり込むと、参加者をベッドに寝かせた。三人いてもなおベッドにはあまりがある。征四郎が彼らの生気のない顔に言葉をかけた。
「助けに来ました。だから、もう、大丈夫なのです!」
「愚神の攻撃で倒れたところを、私たちが運んできたの。これ以上巻き込まれちゃいけないから……」
 ナイチンゲールが幻想蝶から経口補水液と栄養食品を取り出していく。だが参加者たちは完全に気絶していて、ものを飲み込める状態ではない。ひとまずベッドのそばにそれらをおいた。
『可能ならここではなく外へ運び出したいが、可能でござるか?』
『あー、それは無理だよ。あの入り口、なんかすごい力で閉じられてるから。愚神を倒さなきゃ出られないと思う』
 答えたのは入り口に立つイオだ。その足元には口が閉じた段ボールが鎮座している。
「なら、ここで護衛するしかないな!」
 千颯の言葉に全員が頷く。彼らを残して移動することはあまりに危険だ。
 しかし、その瞬間。通信機の奥で何かが盛大に落ちる音がした。
「何ですか!?」
『向こうで何か動きがあったか。だが、それにしては様子が変であるな』
「ええ。しばらく彼らは動けませんよ」
 ユエリャンの言葉に応えたのは、本来絶対にこの場にいない者。ナイチンゲールがその姿を見て奥歯を噛む。
「『ブックメーカー』……!」
「ここにもいたのですね、エージェントの皆様」
「……何の用だ」
 レイが一瞥すると、『ブックメーカー』は柔らかく微笑んだ。
「皆様にもゲームに参加していただくためです。あそこにいる皆様がすでに挑まれていますのに、ここにいる皆様がそうしないというのはアンフェアですから」
 ドン!! と廊下のほうで何か重たいものが落ちる音がした。通信機からは怒号と奮闘が聞こえてくるが、入り口に陣取る『ブックメーカー』が彼らの援護に向かうのを阻む。イオが気楽な調子で問う。
『「ブックメーカー」、ねえ。君がやってるのはゲームというよりギャンブルでしょ? 今は何を賭けてるのさ』
「命を。皆様方の命と等価となる大金がテーブルに積まれております」
『あ、そ。そのお金を出した人は今どこにいるの?』
「申し上げられません。守秘義務に違反します」
 イオの攻撃を片手間に弾いて『ブックメーカー』が答える。征四郎は刀を抜いて言い放った。
「クライアントとは大富豪の事なのですか? 貴方のバックには他の何かが関わっているのですか!?」
「私の背後にはクライアント様しかおりませんよ」
 『ブックメーカー』が音もなく床を蹴る。その先には参加者が寝かせられているベッドがある。攻撃を加えられれば彼らにとっては致命傷に至る。
 だから、征四郎は彼らの盾となるように立ちはだかり、『ブックメーカー』の魔の手を受け止めた。
「ぐっ……う、ああっ!!」
 胃が搾り上げられる衝撃に襲われながらも、紫が刀を振り抜く。それでも愚神は悠然と後ろとびで回避した。口元の笑みは全く変わらない。
「内臓を自覚することは自らの生を自覚することですよ」
「だから、内臓を売った、と?」
 レイの不可視の矢が愚神の右太ももを抉り穿った。それに顔をしかめながらも、なお『ブックメーカー』は応じる。
「ええ、まさしく」
「内臓を売られた彼らはどこにいる?」
「さあ。脱落した方の内臓を生きたまま取り出して保存したところまでは覚えているのですが、そこから先は記憶にありません」
 見せつけるように下卑た笑いを浮かべる愚神に、ナイチンゲールがレーヴァテインを振るい、『ブックメーカー』の体を切り裂くよりもむしろその腹で叩き潰すように打ち付けた。
「いつまでゲームをしているつもりでいるの。言ったはずだよ。ゲームはもうおしまいだ、って」
「それは、参加者であるあなた様が決めることではありません」
 『ブックメーカー』は大剣を払いのけると、慇懃に頭を下げた。直後にその姿は霧が晴れるように消え失せた。
「ッ、待て!」
 千颯が声を上げるも、すでにその姿はない。膝をついた征四郎にクリアレイで治療して、千颯があごに手を当てる。
「どうする? またここに来られたら対処のしようがない。じり貧になってしまうんだぜ」
「早急に情報を吐かせ、『ブックメーカー』を倒す必要があるな」
『なら、僕が行くよ。情報を得た後すぐにそれを確かめられたほうが好都合でしょ?』
 イオが律儀に右手を上げると、レイもそれにうなずいた。膝をつく征四郎もよろよろとだが立ち上がる。
「……私も、行きます」
「征四郎ちゃん」
「大丈夫です。トラガミ、ナイチンゲール。ここは頼みます」
 征四郎に名を呼ばれた二人は顔を見合わせると、そろって首を縦に振った。
「おう! なにがなんでもここを守っておくんだぜ!」
「気を付けて、みんな」
 かくして、三人は装備を整えたのちに部屋の外へと足を踏み出した。

 さて、最初に大広間へ向かった四人は、捜索組とは反対側の廊下の一番奥まで押しやられていた。壁に手をつく彼らの背後には、天井まで届く巨大な鉄球が佇んでいた。
「……さすがに鉄球に襲われるとは、思わなかったな」
 カゲリが呟く。狐杜も自分の頭に手を当てて応じる。
「ああ全く。天井からいきなり落ちてきてそのまま転がってきたとか、わたしたちのような人間以外ならまず死ぬだろうね」
『ですが、こうして生きている。ずいぶんと大広間からは離れてしまいましたが』
 凛道は廊下の先を眺めた。その視線から少しそれれば、大広間へと移動できる豪奢な階段がまだあるはずだ。
「とにかく急ぎましょう。通信機からの声を聴く限りだと、虎噛さんたちと征四郎さんたちが合流したところに愚神が現れたみたいだし――」
 大宮が壁に手をつきながら一歩を踏み出すと、彼女の右足の下から、カチ、という音がした。ちょうど、何かのスイッチが押されたかのような。
『油断するなと言ったろう。――来るぞ』
 ニクノイーサがそう告げた瞬間、ざざざざざざざ!! と壁一面に手のひら大の穴がスポンジのように開き、内部からフォークやらナイフやらが飛び出してきた。
『これもトラップですか、ぐっ!』
「とにかく走れ、回避しながら進むんだ!」
 凛道と朝霞の衣服に刃が絡まり、壁に縫い留められる。嵐をかいくぐったカゲリと狐杜の前に現れたのは、先ほどよりも服にこびりつく血の量が増えた『ブックメーカー』だった。
「お疲れ様です。首尾のほうはどうでしょうか」
「最悪だね。危うく死んでしまうところだったよ」
「左様で。内臓を取り出す手間が省けて私もほっとしていますよ」
 口の端を吊り上げた狐杜はこれ以上の口答えを許さないとばかりに言い放つ。
「もう一度問おうか。大富豪は、今、どこにいる?」
「……そうですね。そろそろお話してもよいころです。私のクライアントは地下にいます。二階の廊下がせり出している箇所の真下から行けますよ」
 あっさりと情報を提供した『ブックメーカー』に、カゲリが赤い瞳にわずかに疑問の色を乗せた。
「どうして今それを言う気になった」
「いずれ皆さまは真実に気づく。であればそんな皆様を私の手の中で踊らせたいと願うのは当然の事でしょう」
「そうか」
 カゲリが両手に鞘に収まったままの剣を握って床を舐めるように体勢を低くして駆ける。彼の背後では狐杜が弓に矢をつがえ、慎重に狙いを定めていた。
 だが、その攻撃のすべてが回避される。矢を回避した『ブックメーカー』はカゲリの一閃を紙一重でかわすと、彼の背中にそっと手を置いた。
 カゲリの心臓が、冗談抜きに一瞬止まった。
「存在するとは知覚されること。ほら、今あなた様の心臓は確かにそこにありますよ? 感じていますか?」
「ごほっ……お、まえ」
 愚神の姿が溶け消える。ようやく解放された凛道と大宮の姿を二人は確認すると、重い体に鞭打って廊下を駆けだした。

『痛いのは怖いかね、おチビちゃん』
「……怖いです。でも、行かなくては」
 征四郎の手は、かすかに震えていた。その震えは恐怖か、単純な生理的反応による痙攣か。おそらく両方だ。
 参加者たちがいる部屋を後にした征四郎、レイ、イオは『ブックメーカー』の声に従って大広間への階段を目指していた。
しかし、階段の前にはやはり愚神がいた。階段の前で立ちはだかる彼は幾分疲労の度合いを増していたが、変わらず胡散臭い笑顔を浮かべている。
「その後ろに地下につながる階段があるんだな?」
 とレイ。『ブックメーカー』は静かに首肯して、
「ですが、ここを通すわけにはいきません。私の目が黒いうちはお見せするわけにはいかないのですよ」
『であれば、黒くなくなればいいということかね』
 『ブックメーカー』はユエリャンの言葉に苦笑した。そこまでストレートに言うものか、という笑みだ。だが、それだけの本気は察したようだ。
 愚神が駆け出す。向かう先はユエリャンの相棒、征四郎だ。レイの弾丸をものともせずに疾走する彼の両手には、ライヴスが渦を巻いている。先ほどの一撃と比較も出来ない。
 喰らえばどうなる。もはや征四郎は考えない。差し違えてでも倒す――!
 と、思っていたのだが。
『……もー、痛いなあ』
 イオが、彼女の前でその両腕を体で受け止めていた。征四郎の目が見開かれる。
「イオ!?」
(ひゃぁぁぁイオ大丈夫デス!?)
『ねえシェル、頭の中で騒がないでよお、うるさーい。気にしないでよ、きみは早くこいつを倒して』
 イオの口の端から血が流れ出る。『ブックメーカー』の両腕はイオにしっかりとつかまれ、逃げ出せない。愚神の顔がさすがに歪む。
「な、何を、放せ!」
『早くしてー、そろそろやばいー』
「……はい!」
 征四郎の一撃が『ブックメーカー』を二つに裂いた。もはや血も何も流すことなく、彼は苦悶の表情のままばらばらと崩れ落ち、そのまま空に溶け消えた。
 後に残ったのは、主のいなくなった豪邸の静寂のみだった。


 愚神の最期に立ち会った三人が地下に降り、残ったものは書類など情報の回収と参加者の治療に当たることになった。
 地下室は地図に載っておらず、新たに彫られた者らしかった。小さな机の前の椅子に腰かけていたのはミイラと化した大富豪の姿だった。
『……早くない?』
「?」
「干からびている……ずっと前に死んだ、ということでしょうか?」
 征四郎がイオに肩を貸しながら言った。ユエリャンが淡々とそれに続けた。
『もしくはライヴスを吸いつくされたか、かね』
「大富豪がいなかった理由もこれで判明したな。自分で出てこれないところにいたからだとは」
 レイの呟きの後、イオがふと声を出した。
『……ん? なんだこれ』
 イオが取り上げたのは、机の上に置いてあった日記だ。暗くてよく文字が読めなかったが、記してあったのはだいたいこんなところだ。
 私は騙された。奴は自分の目的――ライヴスを得るために私を利用しつくした。すでに私は用済みで、ここに閉じ込められた。この日記を読む者は、どうか奴を殺してほしい。あれは、この世界に居てはいけないものだ。
 征四郎はすべて読み終えるとそっと息を吐いた。
「……やっぱり、被害者だったんですね。この人も」
『だね。とはいえ、この人の目的は果たされたわけだ』

 三人の参加者はほどなくして意識を取り戻した。そばで防衛をしていた千颯とナイチンゲールはいち早くそれに気が付き、自分の事のように喜んだ。
 ナイチンゲールはすでに取り出してあった食料を全員に手渡して、
「お金がなくて自分一人困るだけなら、まず命を大事にして。そうじゃないのなら、それこそこんなところで命を無駄遣いしてる場合じゃないよ。その責任を果たすために……生きなくちゃ」
「そうだぜ。もうゲームは終わったんだ、俺たちにできることなんて数えるぐらいしかないけど、話ぐらいなら聞けるぜ?」
 かたや天使とまで呼ばれた者の名を冠する者、かたや一児の父親。話をするにはうってつけの二人だったに違いない。

『こちら凛道。大広間の奥に大富豪の居室を発見しました。調べてはみますが……いい結果は得られないと思います』
 かつて大富豪の居室だった空間は、手術台に散乱したメス、異臭を放つ液体に肉片が転がる地と化していた。ここで何があったかというのは、内部告発者の情報によって容易に想像がつく。
「犯罪の証拠かあ。怪しいのはとにかくみんな持って帰ろう!」
 朝霞が端から家探しを始めていくのに合わせ、凛道も行動を開始した。共鳴は解かない。たとえ見ているとしても、リュカの目にこれを映すのは彼の矜持が許さなかった。
 狐杜は共鳴を解き、手術台を指で撫でた。べっとりとした血が彼の指の腹にこびりつく。
「アオイ、わたしはね、奪われることが嫌いなのだよ。いっそ奪ってしまおうかと思うほどにね」
『……知っている』
 狐杜は薄く微笑んで、蒼(aa4909hero001)から視線を外す。濃密な死の叫びが木霊しているかのようだった。
「アオイ。全員ではないが、生存者がいることを、喜んでよいのだろうか」
『どうだかな……』
 言葉少なに答える蒼を狐杜は眩しそうに見つめる。それで満足した、とでもいうように。

 以上を以て、一連の事件は幕を閉じた。貴殿らの協力に深く感謝する。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 今を歩み、進み出す
    狐杜aa4909
    人間|14才|?|回避
  • 過去から未来への変化
    aa4909hero001
    英雄|20才|男性|ジャ
  • エージェント
    シェルリアaa5139
    人間|19才|女性|命中
  • 享楽の檻を滅ぼす者
    イオaa5139hero001
    英雄|13才|男性|カオ
前に戻る
ページトップへ戻る