本部

不協和音の軽音部?

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/06/12 20:04

掲示板

オープニング

●壊滅的ラブソング
 椿康広(az0002)が部長を務める『軽音同好会』は、新歓ライブによる部員獲得に成功し『軽音部』へと昇格した。学校内での知名度は去年より格段に上がりつつあり、見学者が訪れることもちらほら。調子は上々。しかし問題はゼロではなかった。

――君のハートはリアス式海岸 僕が寄り添ってあげるぅ~

 康広はこれ以上ないくらいに眉間にしわを寄せ、少年を凝視していた。声は悪くない。彼が高1であることを加味すると、作曲ができるだけでも御の字だ。けれど。
「どうですか、椿パイセン!」
「……頭痛ぇ」
 感想を問われれば、こう答える他ない。
「ええっ! 大丈夫ですか、パイセン!?」
 少年の名は、渡 香市(わたり こういち)。ニックネーム兼ステージネームはワタリンである。椿の所属するバンド『Around the Tiara』の演奏を見て入部してくれた期待のルーキーだ。顎の下ほどまで伸ばしたボリューミーなマッシュルームヘアは、よく言えば個性的。はっきり言えばダサい。細身の体格と癖のない顔立ちは、どうとでもオシャレにできそうなのだが。
 根は良いヤツだが行間の読めないところがある男、渡。そんな彼の代表曲がこちらである。

『リアス式彼女』

作詞・作曲 ワタリン

食堂でラーメンはふはふしてたのさ さえない僕
昼休み見かける隣のクラスの君に 片思いなのさ
不機嫌顔 手を振る相手は僕じゃなくて クラスメイト
嬉しそうに駆け寄る女の子に こう言ったのさ

(セリフ)「ここ空いてるけど。べ、別にあんたの為にとっておいたわけじゃないんだからね!」
ふぉ・ふぉ・ふぉ フォーカス!
ふぉ・ふぉ・ふぉ フォーリンラブ~☆

君のハートはリアス式海岸 僕が寄り添ってあげたい
天下無双の天邪鬼(あまのじゃく)ガール そんなところが好きなのさ
君のハートのリアス式海岸 ふたり追いかけっこしよう
浜辺に座り甘いひととき これからもずっと離さないよ

(中略)

君のハートはリアス式海岸 僕が寄り添ってあげる(チュッ☆)


●ぶろーくんはーと系ピアニスト
「ワタリンまじうける~鳥肌ヤバ~」
 こちらは、米原 都(まいばら みやこ)。ニックネームはマイ。ぱっちりとした目と、愛らしい声が特徴的な美少女である。彼女が入部したのは渡の少し後。入部動機は「楽そうだから」というもの。この高校では部活動に入る生徒が大半を占める。入らねば悪目立ちするから、とりあえず入ってみたのだと彼女は言った。
「裏方って楽そうだから、それでいいよ。ウチってカワイイしぃ、呼び込みとかも余裕じゃん?」
 わざとらしいくらいの甘ったるい声で彼女は言う。康広にはその姿が痛々しく思えた。マイの行動に引っかかりを覚えた康広たちは、彼女の友人に話を聞いていたのだ。
 マイは人気アーティスト・早乙女 美歌(さおとめ みか)に憧れて、小学生のころから弾き語りの練習に明け暮れていたのだという。現在無気力気味なのは、その歌手の活動休止によるものだ。音楽性に迷いが生じて無期限の充電期間に入るらしい。
『ピアノを弾くのがたのしくなくなってしまいました。少し時間をください』
 そのコメントがマイにはひどくショックだったらしい。
「なぁマイ、もし舞台に立つ気があるなら協力するぜ? 好きな歌手の歌でもいいし、オリジナルをやりたいなら曲作りも手伝う」
 マイは驚いた顔をして康広を見つめる。――期待を隠そうとして、そうできなかったような表情。そう思うのは気のせいだろうか。「どうした?」と問うが、彼女は「別に」と首を振る。
「それにお前……ピアノが得意なんだろ?」
 マイの表情がにわかに曇った。
「そんな話、誰に聞いたの?」
 媚びを売るような口調は鳴りを潜め、彼女の地声である澄んだソプラノが耳に届いた。
(そっちの声の方がずっといいじゃねぇかよ……)
 誰かが康広を呼んだのをきっかけに、マイは逃げるように帰宅した。康広を呼んだのは彼が所属するバンド『Around the Tiara』のベーシスト、直人だ。
「なぁ『部長』。いくら自主性を重んじるとはいっても、この状況はまずいよな」
 いつも朗らかなドラム担当、純も渋い顔で囁く。
「このままだと……ワタリンはお客さんを置いてけぼりにしそうだし、マイもほっとけないよ」
 康広はメンバーたちと円陣を組み、ひそひそと話す。
「渡、あいつの希望をある程度取り入れる形で再プロデュース。マイの方は……どうしたらいいんだろうな?」
「やる気を出させるなら、具体的な目標を設定するのはどうだ? 誰かにパフォーマンスを見せてもらって、それにマイが憧れてくれれば……」
 直人が言う。純は別の視点から意見を出す。
「この部に入ったってことは、まだ音楽が好きなんだよね。とにかく、マイの気持ちを聞きたいな。……僕たちは全滅だったけど」
 康広は結論した。
「俺、知り合いに片っ端から声かけてみる。知り合いの知り合いにも、そのまた知り合いにも声かけて、協力してくれる人を探そうぜ」
 こうして集まったのが君たちである。
 5月も暮れの放課後。軽音部に一日限定のコーチたちがやってきた。

解説

【目標】
新入部員たちへアドバイスをする
・ワタリン(楽曲やファッションについて、作詞の手伝いなど)
・マイ(これからの活動について、心の傷についてなど)

【場所】
 屋上

【軽音部員】
渡 香市(ワタリン)
・希望の路線:ポップスやフォーク系。甘いラブソングが好き。
・装備:アコースティックギター。マッシュルームカット。ファッションセンスなし(部活中は制服)。身長170cm。
・作詞のセンスは最悪。曲はなかなかの出来。
・思い込みは激しいが、向上心のある良い後輩。説得に成功すれば髪型や服装の変更も可。
・ちょっとKY。意見やアドバイスは、はっきりいわないと伝わらない。

米原 都(マイ)
・装備:着崩した制服。ウェーブした茶髪のロングヘア。身長160cm。
・流行りのアイドル曲を数回聞いただけで歌えるほどの実力者。そのせいもあって「子供でも歌える曲」「媚びている」とアイドルを見下し気味。
・早乙女 美歌(30):10代のころは売れないアイドルグループの一員だったが、実力を買われてソロデビュー。鍵盤楽器による弾き語りを得意とし、静かで優しい曲を多く歌った。2か月前に活動休止。
(以下、PL情報)
・心を開いた相手や実力を認めた相手には、本音を吐露してくれる。↓
・大好きだった美歌の曲が急に偽物に思えて、近頃はピアノを弾いていない。
・本当の入部理由は、楽しそうに練習する軽音部員たちを見かけて心惹かれたから。

『Around the Tiara』
椿康広(ギター、ボーカル)、瀬田 純(ドラム)、外山 直人(ベース)
 サポート担当。手伝えることがあれば、何なりと。

ティアラ
 康広の英雄。サポートメンバー。呼ばれない限り幻想蝶の中にいる。


【お願い】
 ワタリンの作詞にご協力をお願いします。歌詞を一組一つ以上持ち寄ってください。マイは開始時点では裏方志望なので、持ち寄らない組がいても構いません。

リプレイ

●問題児:2名
 屋上へ登ると、キノコ頭を微風になびかせながら渡が待っていた。康広、直人、純も一緒だ。
「本当はねえさまの方が音楽は得意なのですが……ねえさまには外せない用事がありますから」
 サーフィ アズリエル(aa2518hero002)が言うと、海神 藍(aa2518)が苦笑する。
「うん……限定のケーキとかね」
「絶品と聞きます。帰ったらご相伴にあずかりましょう、にいさま」
 榊 守(aa0045hero001)は幻想蝶内で泉 杏樹(aa0045)の声を聴いていた。
「歌う楽しさ、思い出してもらえたらいいな」
 会話の相手はナイチンゲール(aa4840)らしい。
「杏樹、一人でも、頑張るの」
 彼女の自立のため、守はここで待機する予定だ。
 時鳥 蛍(aa1371)は隅に腰を下ろし、スマホをいじる少女に目を向ける。
(あの人が米原さん……)
 見た目はちっとも似ていないのに、自分と似た雰囲気を感じる。それは、きっと。
(言いたい、こと、が言えない、苦しみは……分かります。自分の、ことすらまだ、解決できて、いま、せんけど……力になりたい、です)
 思い出すのは事前にタブレットで調べた早乙女 美歌の歌。マイが憧れるのも頷ける、美しい歌声だった。

――空はどうして広いのだろう ちっちゃな自分にうんざりするよ
何かを始めたいんだ まずはか細い声で歌うことから
君はどうしてここに来たの 僕と手を繋ぐためだと笑った
どこかへ旅立ちたいんだ 君の手をとって立ち上がろう

 渡は康広に促され、さっそく持ち歌を披露していた。
「チュッ!」
(何というか……何て言えばいいんだろう?)
 へたくそなウインクを投げかけられ、ひきつった笑みを返した藍は視線を相棒へと移す。
「渡様……凄いです。よくこの詩を大勢の前で歌えますね?」
「が、がーん!」
「……サフィ、オブラートとかが足りない」
 ナイチンゲールの脳裏には、強烈すぎる彼の歌がリフレイン中だ。予習として何度も録音を聞いてきたせいもある。
「あ……あの……」
 はっきり意見を言わなくては。ファルテッシモで始まる歌でも歌うように、深く息を吸う。
「まず冗長な割に説明不足です。象徴的なワードだけ繋いで文脈で伝えましょう。日本には短歌や俳句がありますよね。それと同じ
限られた韻の中に感じた心を精一杯込めるの」
「は、はい!」
 活舌良くはきはきと話す彼女の言葉を、渡はメモする。
「サビは、片思いから始まったのに飛躍し過ぎかな。二番以降でプロセスを踏むか題材を絞り込んでみて」
「ぎくっ! なるほどです」
「修飾や比喩は言葉のアクセサリー。上手に飾ると全体が引き立ちます。逆に一歩間違えば全部台無しになる諸刃の剣。本当に相応しいかよく考えて」
 そこで藍は付け加える。
「リアス式というのは言葉選びが良くないかな? それは複雑に入り組んだ海岸線。陸の孤島になったりもする」
「ひねくれて考えれば近寄りがたいと。そう言っていることになりますね」
 サーフィが続けると、それまで気丈だった渡が悲しそうな顔をした。おや、と思いつつ優しく伝える。
「歌は、聞こうとしないものの耳にすら届くものだ。もっと意味を考えて詩を紡ぐべきじゃないかな」
 渡が考え込んでいると、普段の様子に戻ったナイチンゲールが言う。
「えっ偉そうでごめんなさい……! でも曲は素敵だから頑張って欲しくて……ここまでを踏まえて、良かったら続き、考えてみて……下さい」
 渡が礼を言うと彼女は微笑み、最後に一言残して去って行った。
「……本来、歌は自由です。でも基本を崩すのは基本を踏まえてから……ね?」
 同じ頃、カール シェーンハイド(aa0632hero001)はマイに話しかけていた。
「名前、教えてくんね?」
「米原 都。マイでいいよ。けど、ウチに話しかけてもあんま意味ないよぉ?」
「俺はシロートだし見学なんだよ。ワタリンのプロデュースはあのギタリスト様にお任せでいーし」
 レイ(aa0632)は彼らの視線に気づかないふりをし、印刷した渡の歌詞に目を落としている。軽くレイの紹介をし、会話は高校生活や部員たちの噂話へと移り変わっていく。意図的にマイ自身や美歌についての話題は避けているせいか、マイの口は滑らかに動いている。しばらくは相棒に託し、様子を見守ることにした。
「渡様?」
「す、スミマセン!」
 マイの様子を見ていた渡は、弾かれたようにサーフィの顔を見る。
「サーフィには音楽についての教養はあまりないのですが……渡様は、恋を歌うにも拘らず人の為の歌を歌っていないと。そう、サーフィは思います」
「そう、だと思います。憧れのミュージシャンたちみたいになりたくて、上っ面を真似しただけの歌詞を書いてた」
 その上っ面についても、独創的すぎる方向にいっていたが。
「このままじゃ誰の心にも響かないですよね……」
 少々刺激的に思われたアドバイスは、まっすぐに受け止めてもらえたらしい。藍は安心した。

●憧れ
「何なのアンタ」
 タブレットのキーボードアプリで奏でられるのは『ねこふんじゃった』。グラナータから教わった、蛍の唯一のレパートリーである。
「ごめん、なさい。下手っぴ……で」
 蛍は身を縮める。
「わかってるなら聞かせないでよ!」
「マイ、どうした? ちょっと落ち着こーぜ?」
 軽い調子でカールが言うと彼女は我に返る。蛍はすくむ体を叱咤してマイへと近づく。
「どこが、下手、でしたか?」
 渡の態度をヒントにそう言ってみる。マイは視線を落として呟いた。
「……別に下手じゃない。自信なさげに弾いてるから、ミスってないのに失敗してるように聞こえるだけ」
 頷いて、蛍はもう一度弾き始める。
「せっかく軽音部に来たんだし、オレもベース弾いてみるかな」
 カールはベース仲間の直人に手を振っている。マイに警戒されているため、直人がこちらに来る様子はない。
「楽器できるの?」
「今、練習中。こっちに来た時に、レイの音楽聞いてすっかりハマってさ。こんなコーフンできるもんがあるのかって」
 マイはレイへと視線を移した。渡からアドバイスを求められているようだ。
「カールはレイに憧れてるんだ?」
「そ、心酔っていってもいいくらい」
 彼に憧れてベースを始めたというエピソードを聞き、マイは目を見開く。
「そっか……。その気持ち、わかんなくもない……よ」
 彼女は、歌詞とにらめっこ中の同級生をみた。
「ワタリン、まじハート強いわ」
 どこか羨ましそうに彼女は言った。

 ナイチンゲールがマイの元へ行こうとすると、ちょうど杏樹が話しかけるところだった。
「練習したいの。手伝っていただけませんか?」
 見れば、キーボードとラジカセが設置されている。
「歌詞は、できたのですが、曲がまだ途中で」
 自分が駆け出しのアイドルであること、曲作りに行き詰まっていることを伝え、丁寧に頼み込む。マイは未完成の曲が入ったCDをいかにも興味がなさそうに受け取った。
「別に再生くらいならいいけどぉ」
 
――泣きたい時 いつも輝いてた一番星
キミに照らされると 優しくなれた
なのにどうして 消えてしまったの

 音楽に合わせ、真剣な様子で練習を繰り返す。
「ここ、ちょっと違うんですよね。どう思います?」
 想いのこもった歌声に魅せられかけていたところに意見を求められ、マイは動揺する。
「う、ウチが知る訳ないでしょ! あんた可愛いんだし、テキトーに愛想振りまいてごまかせば?」
「それは、ダメ、なの」
 下手くそな歌を歌って、媚びを売って、ちやほやされて。アイドルなんて馬鹿みたいだ。だから美歌だって、アイドルを辞めたのに違いない。そう思っていたのに。
(美歌? あんな嘘つきのこと、もう忘れたんだから!)
 八つ当たりのように睨みつけたのに、杏樹は怯むことも敵意を返してくることもなかった。
「お友達が、アイドルリンカーで、杏樹の、憧れなの。Starの歌詞、お友達を、思い浮かべて、考えたの」
「憧れ……」
 まっすぐな思いをぶつけられ、怯んだのはマイだった。
「もう一度、お願いできますか?」

――Star 暗闇を迷い森に辿り着いた
都会の空は明るすぎて見えない
Star 流星にならないで
ずっと側で輝いてよ

 曲を止め、杏樹はキーボードでメロディをなぞる。
「……その音程だとちょっと暗すぎ。こっちは?」
 マイが立ち上がる。長い指が杏樹の目の前で動く。
「うん、しっくり、きます。ありがと、なの」
「別に。何度も聞くならマシな歌の方がいいし。ていうかCDと変わっちゃったけど演奏どうすんの?」
「マイが弾いてあげれば?」
 カールが事もなげに言う。杏樹が顔を輝かせる。マイは無言で鍵盤に指を乗せた。

――星になれたらいいな
キミと共に夜空で輝こう
私も誰かの一番星になりたい

「今のリズム歌いづらくない? なんか不安定」
「もう一回、歌って、みます」
 ぶっきらぼうながら、マイは少しずつ意見を出す。
「楽し、そう、ですね……」
 蛍はほっとした表情を見せる。
「オレもそう思うけど、直接マイに言うなよ。さっきみたいに怒られるぜ?」
 くすくすとカールは笑う。
「サビに、コーラスあると、いいですよね?」
「あんたって意外と図々しい!」
「けど、賛成だろ?」
 カールの問いに悔しそうに首肯する。
「綺麗、です……」
 二人の歌声が溶け合う。カールと蛍が拍手し、拍手は屋上全体に広がった。杏樹が会心の笑みを向けると、マイは泣きそうな顔をした。
「お疲れ様、です。お茶、飲みませんか? ナイチンゲールさんも」
 すっかり聞き入ってしまっていた彼女は、顔を赤くしながらやって来た。
「……ごめん、杏樹。ひどいこと言ったよね」
 呟くマイ。杏樹は首を振る。
「アイドルは人気のために歌を利用してるって、誤解してた」
「歌、好きなんですね。どうして歌わないの?」
 彼女は早乙女美歌への思いと、彼女の活動休止によって傷ついたことを語った。
「憧れた人……見失ったら、辛い……ですね」
「美歌もきっと杏樹みたいに真剣にアイドルやってたんだろうな。アイドル時代も見てみたかったかも」
 真剣に、誠実に。それは大切なこと。しかし。
「……本当はこういうのも諸刃の剣なんです。度を越すと楽しくなくなるから。私も最近迄そうだった。歌が好きっていう気持ちさえ見失って」
 ナイチンゲールの言葉にマイは何度も頷く。
「早乙女美歌さんも、きっと今、素直な気持ちを見失って苦しんでる。それに……」
 マイを見ると、彼女もこちらを見ていた。
「ナイチンゲールはどうやって抜け出したの?」
 彼女は康広の幻想蝶をちらりと見た。
「ある人に言われました。『きっとあなたを拒んだりしない』って。それで気がついたんです。自分で自分を拒んでたことに」
 蛍は美歌のコメントを思い返す。
「『少し時間をください』って、言葉。きっと、また好きに、なりたい、からです……」
「そう……だよね。馬鹿だなぁ『私』は」
 その時、レイの歌声が滑り込んできた。

――鳥籠の中 いつまで瞬間(トキ)を待ってるんだ
少しだけ顔を上げれば ほら 籠の扉は開いてる
鳥籠の中 いつまでグズグズしてるんだ
少しだけ顔を上げれば ほら 自由の空は続いてる
心の叫びに 魂の叫びに お前の旋律 貫いて

 それは彼からのエール。マイの姿を見ていた浮かんだ即興曲だ。マイは大粒の涙をこぼした。
「歌もピアノも、本当はまだ好き……」
 杏樹は言う。
「まずは、都さんが、楽しむ事、だいじに、歌ってみませんか?」
「そうだね。失礼ついでに、甘えていいかな」
 いたずらっぽくマイが笑う。
「今、手伝っていただいたので、都さんの歌、作るの、杏樹お手伝いします、です」

●作る、伝える
「私、ワタリンみたいな独りよがりソングだけは嫌」
「そんなぁ! サーフィさん、助けてくださぁい!」
 彼女は少し考えてこう答えた。
「米原様、音楽は楽しいですか? それは、想いを吐露する一つの方法だと思います」
「まだ自信ない。けど楽しみたいって思ってる」
「手本にしてはつたないのですが……ひとつ、歌いましょう。ある追憶の日々を」
 
『潮騒のリフレイン』

あなたの、その歌声が好き   。
揺れる水面 潮騒の伴奏
あなたの、その笑顔が好き   。
揺れる黒髪 黒曜の瞳

”でした”を飲み込んで、紡ぐ旋律
セピア色に染まりゆく景色を抱いて
今もきっとどこかにいるあなたに
潮騒にのせて この歌を届けましょう

いつか静かな海で きっと一緒に歌いましょう
あなたと一緒に

「”好き”っていうのは、こう歌うものですよ……貴方たちの紡ぐそれとは、違うのかもしれないけれど」
「つまり、これはモデルがいるお歌なのです?」
 サーフィが頷くと、渡は頬を赤らめる。
「……皆様ももっと想いを込めた詩を書いてみては如何でしょう?」
 マイは首を捻る。
「想いかぁ……恋じゃなくてもいい? 今、そういう相手いないし」
「ええ、もちろんです」
「ああ、いないんですか! ……ちょっとショックですが、これはチャンスかも?」
 藍は渡の心中を察して、隣の『リアス式彼女』を見た。心の凸凹はかなり修復されたようすだ。
「つまり、”ただ闇雲に突っ走ればいいってもんじゃない。要は魂さ。”と。そういうことです」
「ああ、そうだね」
 サーフィの言葉が妙にしっくりときた藍だったが、遅れて違和感がついてきた。
「……でもそれ、どこかのギタリストの名言じゃないか……?」
「……バレましたか」
 悪びれなく言う彼女に藍は苦笑する。彼女についてはまだまだ謎が多いようだ。
「アイドルロックが、流行ってるの、試してみませんか?」
 悩むワタリンに提案したのは杏樹だ。レイに協力をお願いし、リアス式彼女をアレンジして歌ってみる。
「おまぇのぉ~」
 鼻にかかったふにゃふにゃとした歌声が、居心地悪そうに発せられる。
「それでは演奏に負けてしまう。作った声も戦略としてなくはないが、一度普通に歌ってみろ」

――オマエの心はリアス式 マシンガンで打ち抜くぜ
ファンクな小悪魔ガール 過激な誘惑で心を壊す
オマエの心はリアス式 浮気で気をひくのは許さない
鳥カゴに閉じ込めて オマエを逃がさない

「すごいの。さっきとは、別人みたい、ですよ」
 杏樹は拍手した。レイは分析する。声量は申し分ない。アレンジにもすぐに対応できた辺り、音楽センスも悪くないのだろう。ただ他の短所が突き抜けているせいで活かせていないのだ。
「こ、これ、女の子が怖がっちゃいませんか? 僕、恋する女の子がキュンキュンしちゃうような優しいラブソングに憧れてて……」
「先ほどの歌は、粘着質な歌声と独りよがりな妄想という意味で恐怖を喚起しそうですが」
 サーフィが言うと渡は「そうだった」と頭を抱える。グラナータ(aa1371hero001)は何かの参考になればとメモを差し出した。
「歌詞のフレーズッス。妹が書いたんスけど」
 前の世界で拾って持ったままだったのだが、その中によさそうなものがあったのだ。
「どうッスか? 最高にロックで……」
 渡がメモを受け取ろうとすると蛍が慌てて走って来た。
「えー、何で蛍止めるッスか?」
「きっと破きたがってるから」
「だから見せるなって? わかったッスよ、もー」
 渡がちらりと見た限り紙にはこう書かれていた。

『降り注ぐは悲しみの雨 打ちひしがれるボクにキミのShine
張り裂けぶほど叫ぶのにどうして届かない
それならいっそ 全て崩してしまえ闇の奥底』

 どうやら妹は中二病、中でも自作のポエムをこっそり書き綴るタイプだったようだ。
「あの、泉さん、グラナータさん、すみません! 僕は変わらなきゃいけない……。でも、迷いを感じたままロックに転向することはできません。本気の本気でロックに向き合うパイセンたちの姿を毎日見てるから」
「いえ。こちらこそ、お役に立てなくて、ごめんなさい」
 杏樹は落ち込む気持ちを抑えて微笑む。
「違うんです! 僕の考える『正解』ってすごく狭くって偏ってたんです。もっといろんな可能性を試してみないと、って思いました」
「答え、見つかるよう、応援、してます」
 グラナータが言う。
「そうだ、見た目からアプローチするのはどうっすか?」
 康広を通じ、『一番イケてる思う服』をもってくるように頼んでおいたのだ。
「ここは一発ファッションを勉強した自分が一肌脱ぐッス! もちろん男性向けファッションにも詳しいッス」
 胸を叩いたグラナータだったが――。
「衝撃っス」
 白地に真っ赤なハート柄がちりばめられたシャツ。ブーツカットのジーンズはどこで買えるやら、ショッキングピンク。スニーカーのかかとには白い羽型の飾り。マッシュルームをぎっちぎちに詰めて破れそうなベレー帽。ツッコミところが多すぎて、聴き手が曲に集中できないのは間違いない。
「まず……そのマッシュルームはダメッスね。ポップを心掛けているつもりかもしれないッスが正直浮いてるッス。遅れてるッス。その服も問題大有りッス、これが似合うんじゃないッスか?」
 彼の服のセンスを察していたらしい先輩たちが私服を持ってきていたので、それを借りてファッション改造に移る。
「カジュアルさを出すなら、こういうチェックシャツ。でかいハート型はヤバイッスけど、こっちの細かいドットならいい感じっすね。適度にポップさを出せるんじゃないかと。あ、そのブーツカットは今すぐ捨てて、普通のデニムかベーシックな色のチノパンを買うッスよ」
「天使さんのスニーカーは?」
「論外ッス!」
 どこかへ行ってきたらしい純が戻って来た。
「演劇部からカツラ借りてきちゃった。これつけて全部着替えてみなよ」
 髪型はショートカット。サイズの合ったシャツとパンツ、スニーカー。最後に愛用のギターをかけてみる。
「個性が、ない……」
「それでいいんス! 全く、見違えたッスよ。そもそも素材は良いんスから」
「優しいラブソングなら尚更、奇抜な格好はよくないよ」
「そもそも個性は、歌で出すべきッスよ」
 グラナータと純が頷き合っていると渡が呟いた。
「……あの格好が奇抜?」
「……あとでおすすめのコーディネート画像送るッス。店員さんに見せて『こんな感じで』って頼んで買うんスよ?」
 センスの矯正は時間をかけて行うことになりそうだ。しかし憂いがひとつ消滅した。残るは歌詞作りのみだ。
「……あの、これ」
 ナイチンゲールが渡に渡したのは改編版の『リアス式彼女』だった。
「ナイチンゲールパイセン……! 僕、感激です!」
 彼女が書いた1番の歌詞を元に、歌詞を完成させることにした。
「むむ……」
 悩みながら筆を進める彼の傍にレイがやって来た。
「マイの方が終わったからな。……ラストが決まらないのか?」
「そうなんです」
「この流れなら、そうだな……無理に成就までもっていかなくても良いだろう」
「そうか……! そうですね!」
 今こそ、都合の良い妄想を脱却するのだ。張り切る渡の背中を押すように、レイは尋ねた。
「この『主人公』は『彼女』に何を求めてるんだ?」
 欲を言うなら、恋の始まりを。けれど、もっとささいな幸せでも構わない。
「笑顔を……。ただ、笑ってほしいです」

●思い届けるための歌
 集まった一同の前で渡が言う。
「ワタリン改め渡 香市です。終わったら美容院予約します。さよなら、僕の髪」
 観客たちに笑いが広がる。
「『リアス式少女』、聞いてください」

お昼休み 遠くの席
不機嫌そうな君を見てた
向かいは空席 少し冷めたランチ
他所のクラス 名前も謎

友達来て 手を振って
「別に待ってたワケじゃない」って
天邪鬼テンパランス
まるでリアス式のハート

(いつか僕も その入り江に)
憧れながら君を見てた
一瞬の笑顔 独り占めしたくて


放課後だけ 僕はミュージシャン
ある日君が通りかかった
君は言った 「伝わんない」って
「もっと本気で恋してみれば」って

優しいくせに 隠したがって
「別にアンタのためじゃない」って
海になったら寄り添えるのかな?
入り組んだ君のハート

いつか君に プレゼントしたい
思い全部 詰め込んだ曲
満開の笑顔 ひとつだけください


君よ咲け、溢れんばかりに
君よ咲け、零れるばかりに
もしも叶うなら
最高の想いをいつか、僕に頂戴

 演奏が終わる。
「前のより全然いいじゃん。実話?」
 マイは言った。
「皆さんのアドバイスで、僕の歌が生まれ変わったところは実話ですかね」
「何それ。じゃあみんなへの恋の歌じゃん。……ま、私の歌もそうかもだけど」
 舞台転換。マイはキーボードに手をかけ歌いだす。隣には竪琴を構えたナイチンゲールがいた。


『firefly』

出会わなければよかったんだ こんな思いに
知らなければよかったんだ 君のことを
明滅する蛍のような残り火 苦しくなって
踏みつけて消そうとして できなかったよ

ちりちりと痛みが走るのは まだココロ死んでない証拠
「やっぱり大好き」なんて今更 君は許してくれるかな?

気づかきゃいけなかったんだ 本当の気持ち
嫌いになろうとしてたんだ 君のことを
明滅する蛍の光、誘われ 顔を上げて
まっすぐでまぶしい光線 手を伸ばせたよ

ひりひりと痛む喉でも またココロ伝えられるから
「ごめんなさい」も「ありがとう」も もう失くしたりしないよ

胸に秘めたるは想い
切ない光、燃やし続け
切ない炎、燃やし続け
今こそ 一条の光を信じて

 小さな演奏会が終わる。軽音部員たちはコーチたちに感謝を伝える。
「佳き日だ」
 扉の向こう側。壁に寄りかかって歌を聞いていた墓場鳥(aa4840hero001)が呟いた。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
  • Sound Holic
    レイaa0632

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
    英雄|19才|?|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 難局を覆す者
    サーフィ アズリエルaa2518hero002
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    美咲 喜久子aa4759
    人間|22才|女性|生命
  • エージェント
    アキトaa4759hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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